大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成14年(わ)664号 判決 2003年1月28日

主文

被告人を懲役1年6か月に処する。

この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由要旨

(証拠により認定した犯罪事実)

被告人は,平成13年10月17日夜,普通乗用自動車を運転し,東北縦貫自動車道弘前線下り線を走行中,後方の出口から同下り線を出るため,転回して逆方向に走行することを企て,これにより同下り線を高速で走行してくる車両の運転手に自車との衝突を避けるため,急制動,急転把等の措置をとることを余儀なくさせて交通事故を惹起させ,同車両の運転手等に傷害を負わせることになるかもしれないことを認識しながらこれを容認しつつ転回し,約29.5キロメートルの区間の下り線追越車線を時速約80キロメートルで走行し,2か所で,各1台の車に被告人運転車両との衝突を避けるため,急制動,急転把等の措置を講じるを余儀なくさせて,走行の自由を失わしめて中央分離帯ガードレールに衝突させ,計5名に加療6日ないし2週間の各傷害をそれぞれ負わせた(第1,第2),また,その際,呼気1リットルにつき0.25ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で,普通乗用自動車を運転した(第3)。

なお,被告人は,公判廷において,転回した時点では,酒に酔って居眠り状態であったため傷害の故意はなかった旨供述する。しかし,関係各証拠(省略)によれば,被告人は,捜査段階では,通り過ぎてしまった出口に戻ろうとして逆走することを決意し,路肩が広くなった場所で,後続車がとぎれるのを待って転回し,この時点から傷害の未必的故意があった旨供述をしていたこと,転回場所を警察官に指示説明したこと,上記場所は,登坂車線の左側に非常駐車帯が設けられて道幅が広くなった箇所であったことが認められ,被告人の捜査段階の供述の信用性に疑問を生じさせる余地はない。他方,前記公判供述は,突然言い出したものである上,その変遷の理由や捜査段階の調書に署名押印した理由も曖昧であり,内容についても,無意識で転回したが転回が終わった瞬間に逆走に気付いたと述べるなど不自然不合理であって,信用することはできない。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,酒気帯びの状態で,対向車の運転手らに傷害を負わせるかもしれないことを認識しながら,高速道路上で転回して逆走し,対向車2台に急制動等の回避措置をとること余儀なくさせ,ガードレールに衝突するなどして,計5名が傷害を負った事案である。

被告人は,自宅から車に酒を積んで出発し,停車中に再三飲酒したのに運転を継続して高速道路を走行中,予定の出口を通り過ぎたものと思いこみ,同出口まで逆走することを企て,転回した上,追越車線上を約30キロメートルにわたって逆行したもので,交通ルールを無視した自殺行為ともいうべき危険な犯行である。被害者らは,いずれも時速約100キロメートルの速度で進行中,対向してくる被告人車両を発見し,間一髪のところで回避措置を講じたものの,中央分離帯のガードレールに衝突するなどして傷害を負い,多大な精神的衝撃を受けたもので,被害者らのとっさの機転がなければ,重大事故が発生した可能性も大きく,被告人に対する処罰感情が厳しいのも当然である。以上によれば,被告人の刑事責任は重大であり,実刑の選択も考慮されるべき事案である。

しかしながら,被告人には,現在では本件事故について反省し,今後二度と飲酒運転しないことを約束するとともに,被害者らに謝罪していること,被告人が被害者らに対し,いずれも治療費や修理費等を支払ったこと,これとは別に,被害者のうち4名に対し,合計110万円を支払って示談が成立し,残り1名についても今後示談を成立させる旨約していること,被害者らの傷害の程度は,幸いにもそれぞれ加療2週間以内の比較的軽傷であったこと,前科は,40年以上前の業務上過失傷害罪等罰金前科2犯のみであること,現在67歳で,健康が優れない妻と二人暮らしであることなど酌むべき事情も認められる。

以上の事情を総合して,今回に限り,主文の執行猶予付の刑とした。

(裁判官 齊藤啓昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例