仙台地方裁判所 平成14年(わ)766号 判決 2003年3月27日
主文
被告人を懲役3年8月に処する。
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
理由
(証拠により認定した犯罪事実)
被告人は,平成14年11月21日午前8時15分ころ,被告人方茶の間において,長女(当時2歳)に対し,小児用の椅子に腰掛けていた同児の頭部を平手で殴打し,その頭部を足蹴にして同児を同椅子もろとも畳に倒した上,多数回にわたり,同児の肩部,腹部,脚部等を,足蹴にしたり,平手で殴打するなどして,同児の頭部等をその場にあったプラスチック製CDケース,同居室壁等に打ち当て,さらに,同児の両足首を持ち上げて逆さ吊りにしたまま数回大きく揺らすなどの暴行を加え,よって,同児に硬膜下出血を主体とする頭蓋内出血等の傷害を負わせ,同日午後零時56分ころ,同児を上記傷害により死亡させたものである。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,長女で当時2歳であった被害者に対し,その頭部をはじめ全身を多数回にわたって平手で殴打し,あるいは足蹴にするなどして,硬膜下出血を主体とする頭蓋内出血の傷害を負わせ,同傷害により被害者を死亡させたという傷害致死の事案である。
犯行の動機を見ると,要するに,妊娠した最初の子供を義父母により中絶させられるなどして義父母に強い憎しみを抱いた被告人が,入院した長男の付添いのために義父母に頼らざるを得なくなり,生まれたばかりの被害者を義父母に預けたが,被害者を引き取ってみても,一向に被告人になつかないことなどから,これは義父母の養育が悪いからであり,被害者は憎いと思っている義母になついてしまっているなどと考え,義母のみならず被害者をも憎み,義母への憎しみを深めていくなかで,被害者を義母と重ね合わせて被害者に対する憎しみを強め,これを抑えきれずに本件犯行に及んだものであるが,その動機に斟酌すべきものはない。
なるほど,被告人は,子供の養育には熱心であり,被害者の出産直後に長男の長期入院に付き添い,その間に義父母に預けていた被害者を引き取るや,被害者をなつかせ,その発達を促すために被告人なりに努力をしたことがうかがえる。しかし,被告人は,生後11箇月で被害者を引き取るまでに,義母と喧嘩して,結局,2回ほどしか義父母方に赴いていないというのであるから,被害者は被告人と接触する機会がほとんどなかったのであり,これでは,いかに被告人が生みの親であるとしても,被害者が被告人に急になつくはずもなく,被告人が期待するような様子を被害者が示さなかったとしても当然のことであって,被害者をなつかせるためには気長で地道な努力が要請されるのであり,被告人もこのことを理解していたものと思われる。しかしながら,被告人は,長男を育てたときの経験から,同じ時期の長男と比べ被害者の発達が遅れているなどと考えて焦るなどしてこのことを忘れてしまったものと認められ,気長で地道な努力が足りなかったというべきである。
また,被告人は,夫と結婚する前から義母と折り合いが悪く,被告人が義母を憎むのも理由がないわけではなく,また,長男が病気で突然入院し,さらに,その病状の関係で仙台市内の病院へ転院を余儀なくされ,被告人が出産して被害者の世話をしながら,長男に付き添う予定であったこともできなくなってしまったことなどの不運な事情も重なったとはいえ,自分達親子で生きていくと心に決めていた被告人が,長男のために義母を頼り,義母の援助を受けていたのであるから,義母へ感謝しつつ,義母とうまくやっていくことが要求されているというべきであるのに,義母に感謝する気持ちに欠け,被害者の養育の仕方が悪いなどと考え,かえって,ことあるごとに義母と喧嘩して義母に対する憎しみを強めたというのであるから,やはり被告人の努力や忍耐が不足していたといわざるを得ず,本件犯行に至る経緯においても,酌むべき事情に乏しい。
犯行の態様を見ると,被害者に対する憎しみを抑えきれなくなるや,抵抗できないわずか2歳の被害者に対し,その頭部を平手で叩き,頭部に足をあてて押すようにして蹴飛ばして小児用の椅子ごと倒し,被害者が泣きやまないと,頭部や腹部を蹴ったり,平手で殴ったりなどの容赦のない暴行を加え,最後には被害者の足を持って逆さに吊り上げるまでしているのであって,その犯行の態様は執拗かつ悪質である。
そして,被害者は,義父母に育てられたため,被告人と接する期間は少なかったとはいえ,こともあろうに,実母である被告人によって,何の合理的な理由もないまま,わずか2歳で,暴行を加えられ苦痛と恐怖の中で死に至らせられたのであって,哀れというほかなく,その結果は重大である。
さらに,被害者の父である被告人の夫は,本件については被告人のみの責任ではなく,自分にも責があるものと思っており,被告人共々償っていく考えである旨述べているものの,他方,被害者を育てた義父母は,被告人に対して厳重処罰を望んでいる。
加えて,前記のとおり,被告人は,いったん義父母に預けた期間を除き,平成13年9月ころから被害者に虐待を加えていたものであり,本件犯行はその一環であることなどに照らせば,被告人の刑責は重いといわざるを得ない。
他方,被告人が,被害者の異常に気付くや,直ちに病院に連れて行って救命措置を講じようとしたこと,本件犯行を真しに反省して,被害者の冥福を祈っていること,本件の背景には,被告人と義父母,特に義母との間の確執があったところ,被告人は,現在では,義父母に対し,子供たちの養育に協力してくれたことに感謝するとともに,本件について深く謝罪していること,被告人を支えるべき夫が,保健師らのアドバイスにもかかわらず,被告人と義母との関係を何ら調整しないで,その役割を果たしてこなかったことなど被告人に同情すべき点もないわけではなく,被告人の夫が,被告人との婚姻を継続し,被告人の社会復帰後の監督を誓約していること,被告人には被告人の帰りを待つ幼い長男がいること,被告人に前科はないことなど被告人に有利ないし斟酌すべき事情が認められ,これらの事情を総合考慮すると,被告人を主文の刑に処するのが相当である。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本間榮一 裁判官 齊藤啓昭 裁判官 菅原暁)