仙台地方裁判所 平成14年(ヨ)160号 決定 2002年11月14日
債権者
甲野太郎
同代理人弁護士
吉岡和弘
同
千葉晃平
債務者
日本ガイダント株式会社
同代表者代表取締役
R1
同代理人弁護士
河野孝之
同
若井広光
同
法月正志
同
飯尾正彦
主文
1 債務者は,債権者に対し,平成14年10月から同16年3月に至るまで毎月25日限り金26万1578円を仮に支払え。
2 債権者のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第1申立ての趣旨
1 債権者が,債務者に対し,労働契約上営業職としての地位を有することを仮に定める。
2 債務者は,債権者に対し,平成14年3月から本案判決確定に至るまで,毎月25日限り金61万9950円を仮に支払え。
第2事案の概要等
本件は,債務者に営業職として雇用されていた債権者が,営業事務職への配転命令を受けて賃金が減額したところ,同配転命令が無効である旨主張して,申立ての趣旨記載の仮処分を申し立てた事案である。
1 前提事実
争いのない事実,疎明資料(<証拠略>)によれば,以下の各事実が一応認められる。
(1) 当事者
債権者は,債務者に勤務する44歳の男性であり,肩書住所地において妻,生後3か月でウイルス性脳炎により呼吸が停止した結果,障害が残り,第1種身体障害者第1級で常に介助が必要である長男(中学2年生)及び小学4年生の二男と同居して生活している。
債務者は,平成6年7月15日設立され,医薬品,医薬部外品及び医療用具の製造,輸出入及び売買,輸出入及び売買の仲介,取次及び代理並びにこれらに関する技術援助等を目的とする資本金1億円の株式会社である。
(2) 債権者と債務者の労働契約の締結
債務者は,平成11年3月8日,債権者との間で労働契約を締結し,債権者を,賃金月額61万3000円(基本給56万5000円,役職手当8000円,住宅手当4万円)で雇用することとし,債務者の仙台営業所の営業係長に配属した。その際の採用通知書(<証拠略>)には,下記の記載がある(なお,債権者の基本給は,平成12年1月1日から月額57万1950円に昇給し,賃金月額61万9950円となった。)。
記
職務 VⅠ事業部営業部
タイトル 営業係長
所属 仙台営業所 勤務
(以下略)
(3) 債務者の給与体系
債務者の給与体系は,職階ごとに分類して給与等級を割り当てられており,等級の低い方から順に,PJ-Ⅰ,PⅠないしPⅢ,MⅠないしMⅢとなっている。営業事務職はPⅠ,営業職の主任はPⅡ,営業職の係長はPⅢであり,債権者は,債務者入社以降後記(5)の配転命令時点まで,仙台営業所係長として稼働し,給与等級はPⅢであった。
(4) 債務者仙台営業所の売上状況及び債権者の営業成績
ア 債務者は,平成10年までは各営業所単位での売上目標額の設定や営業職員ごとの売上目標額の設定はしていなかった。債務者仙台営業所(以下「仙台営業所」という。)は,平成11年の売上目標額が9億3525万5113円,売上実績が9億4793万1524円であり,売上目標達成率は101.36パーセント,同12年の仙台営業所の売上目標額は11億0733万6996円であり,売上実績は8億3769万1447円で,売上目標達成率は75.65パーセント,同13年の仙台営業所の売上目標額は15億7886万0712円であり,売上実績は8億8349万2620円で,売上目標達成率は55.96パーセントであった。
イ 債務者は,平成12年からは,各営業所だけでなく各営業職員ごとの売上目標額をも設定することとし,債権者の平成11年の売上実績は2億0120万7684円であったところ,同12年の売上目標額は2億4202万2000円,売上実績は2億1236万0702円,売上目標達成率は87.7パーセントであり,同13年の売上目標額は2億8400万円,売上実績は1億6343万4658円,売上目標達成率は57.5パーセントであり,同13年における債務者全国営業所のPⅢ職員(ただし同年中の中途就業者を除く)15名中,目標達成率で14位,売上実績では最下位であった。
(5) 配転命令と賃金減少
債務者は,平成14年3月5日付け「辞令」により,同月11日をもって債権者を従前の営業職(給与等級PⅢ)から仙台営業所事務職(給与等級PⅠ)に配置転換する旨命じ(以下「本件配転命令」という。),給与等級を下げたことに伴って,債権者の賃金を月額31万3700円(基本給29万円,住宅手当1万円,食事手当1万3700円)に減額した。
(6) 債務者の就業規則
債務者の就業規則には以下の定めがある。
第12条 (給与体系)
1 社員に支払われる給与は,職務内容,経験,能力,技術および/または特殊な技能や資格,学歴,その他会社が適当と認める要素を考慮して決定される。
第15条 (昇給)
社員の給与は,通常1年に1回の割合で見直すものとする。ただし,昇給額およびその他の給与決定は,会社の自由な裁量による。昇給は自動的に行われるものではなく,各社員ごとに本人の現在の給与水準,職務内容,実績,勤務態度,出勤率,その他会社が適当と認める要素に基づいて決定される。
第22条 (解雇及び解雇予告)
会社が下記AからDのいずれかに該当する社員を解雇するときは,解雇日の少なくとも30日前にその決定を書面でその社員に通告するか,労働基準法に基づき,30日分の月間平均基本給相当額を社員に支払ってその社員を直ちに解雇することができる。
B 社員の能率が著しく低く,または勤務意欲が著しく劣り,業務に適さない場合。(他の事由略)
第23条 (制裁及び即時解雇)
会社は,以下の事由のいずれかに該当する社員を,関係行政庁の認定を得て即時に解雇することができる。但し,事情により訓戒,減給,出社停止,諭旨解雇にとどめる場合がある。(事由略)
2 争点
本件の争点及び争点についての当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 本件配転命令の法的根拠について
ア 就業規則の定めについて
(債務者の主張)
債務者は,使用者として配転命令権を有しており,この配転命令権に基づいて本件配転命令を発したものである。
(債権者の主張)
債務者の就業規則中には,「業務の都合で転勤,配転を命ずることがある」などの条項やこれに類する債務者の配転命令権を根拠付ける条項は見当たらない。したがって,本件配転命令は,法的根拠を欠き,違法無効である。
イ 職種限定の合意について
(債権者の主張)
債務者の如き医療関係の営業は個々の営業員が培ったノウハウが必要であるから,債務者は,人員募集を行う際,個々人の培ったノウハウを営業に生かし利用する目的で「営業職」として採用するものであり,新聞紙上に掲載した募集広告にも募集職種を「営業」と記載しており,債権者も,債務者の人事部長から「営業として雇うよ。」と言われ,前記1(2)の採用通知書にも「職務 VⅠ事業部営業部」との記載があることから,債権者と債務者との間で債権者の職種を営業職に限定する旨の合意が存したものである。したがって,債権者の同意のないまま,債権者を営業事務職に配転する本件配転命令は無効である。
(債務者の主張)
債務者は,債権者を雇用するに際し,職種を営業職に限定する旨の合意をしていないから,本件配転命令に何ら瑕疵はない。仮に職種限定の合意があったとしても,前記1(4)イ記載のとおり,債権者の売上実績等が著しく低迷していた上,債権者が他の営業所に移ることをも拒否している本件のような場合には,債務者は職種限定の合意には拘束されない。
(2) 本件配転命令に伴う賃金減額と債権者の同意について
(債権者の主張)
本件配転命令は,賃金の減額を伴っているところ,経営目的を実現するために従業員をいかなる地位や役職に就けるかという企業経営上の問題である配転と,個々の労働者の極めて重要な労働条件である賃金とは別個のものであり,賃金減額のためには,労働者がその自由意思に基づきこれに明示の同意をし,かつ,この同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要である。しかるに,本件においては,債権者の明示の同意及び合理的な理由を欠くから,本件配転命令は無効である。
(債務者の主張)
債務者は,使用者として有する配転命令権に基づいて本件配転命令を発した以上,これに伴って賃金減額が生ずることはやむを得ず,債権者の同意を要するものではない。
(3) 本件配転命令の客観的合理性について
(債権者の主張)
債務者は,債権者の平成13年2月以降における売上目標達成率及び売上実績(以下両者を併せて「営業成績」ということがある。)の低劣さ故に本件配転命令を発した旨主張する。しかしながら,債務者は,債権者に対して故意に達成不可能で非常識な売上目標額を強要した上,債権者の担当症例数を少数のままで放置したにもかかわらず,そのような事情を無視して,債権者の営業成績不良を主張しているにすぎず,債権者の営業成績が低迷したのは債務者に責任があり債権者に責任はないから,仮に債務者に配転命令権があるとしても,本件配転命令は配転命令権の濫用に該当し無効である。
ア 仙台営業所の営業職員増員を前提とした売上目標額設定
債務者仙台営業所の平成13年の売上目標額は,A(当時VⅠ事業部営業部長)が,平成12年10月ころ,B(当時仙台営業所係長)に対し,「営業職を2名増員するから,2名増員を前提にした目標値を出せ。」とか,「2名入ったらその時点で見直すから。」と言い,Bにおいて,平成13年の仙台営業所の営業職員が7名(当時において,既に平成13年1月までに2名入社予定であった。)であることを前提に15億8000万円(後に15億8400万円)と決定したものである。
その際,Bは,債権者に対し,仙台営業所の各営業職員の売上目標額の割振りにつき,「2名を増員した時点で目標値を減額する。それを前提としたテリトリー(症例数)区分とするから,テリトリーは少なくしておく。」,「CやDらには,とりあえず増員分のテリトリーを与えておいて,増員時に目標値を減額し,テリトリーを減らすこととした。」と言い,債権者がこれを承諾した結果,平成13年の仙台営業所営業職員が7名であることを前提とすれば1人当たり約2億2500万円となるはずのところ,2億8061万円(後に2億8400万円)として設定された。しかるに,実際には2名の増員は実現しなかったにもかかわらず,債権者の売上目標額はそのままとされたのであるから,債務者仙台営業所の営業職員の人数からいって,債権者は達成不可能な売上目標額を押しつけられたものというべきであり,したがって,債務者が債権者の平成13年の売上目標不達成を本件配転命令の根拠とすることは許されない。
イ 症例数の減少と債権者の営業実績の低迷について
債務者は,債権者の営業実績が低迷したのは1症例当たりの売上金額が劣悪であるからであり,債権者の平成13年の担当症例数を前提としても年間売上目標額2億8400万円を達成することは困難でなかった旨主張するが,営業職員の営業努力のみによって1症例当たりの売上金額が上がるものではなく,担当病院数,担当地域の広狭等,多数の要素の総合によるのであり,債権者のように担当病院数が多く,担当地域も広い場合には,1症例当たりの売上金額を高めるのは困難であったものであるから,担当症例数1400症例を前提とすると,到底前記年間売上目標額を達成することは客観的に不可能であった。
ウ 本件配転命令の動機目的
債務者は,債権者に対し,仙台営業所における営業職員数及び債権者の担当症例数では達成不可能な売上目標額設定を要求し,営業職員を増員せず,担当症例数も低い水準で据え置いたまま,売上目標達成率及び売上実績が低いと言いがかりをつけて退職勧奨を繰り返し,それでも債権者が退職に応じなかったため,事実上退職に追い込む手段として,いわば債権者を兵糧攻めするため,本件配転命令を発したものであって,本件配転命令の動機目的も不当である。
(債務者の主張)
債権者は,前記1(4)イ記載のとおり,債権者の平成13年2月以降における営業成績が債務者の全国のPⅢ社員と比較してあまりに低劣であり,債権者には前記1(6)記載の就業規則第22条Bの「社員の能率が著しく低く,または勤務意欲が著しく劣り,業務に適さない」に該当する通常解雇事由が存在し,債務者としては,債権者を通常解雇することもできたのであるが,債権者の生活に与える影響を憂慮し,債権者に再起の可能性を与えるため,本件配転命令を発したものである。もとより,債権者の営業成績が低劣であった理由は,債権者主張のような債務者側の事情によるものではなく,後記のとおり,あくまで債権者自身の営業活動によるものであるから,本件配転命令の客観的合理性に欠けるところはない。
ア 仙台営業所の営業職員増員を前提とした売上目標額設定
債務者は,症例数や営業実績,営業戦略,新製品の開発による売上増の見込み等を考慮して債務者全体の売上目標額を設定したものであり,その際,営業社員の増員という要素は全く考慮していない。このことは仙台営業所における売上目標額の設定においても全く同様であり,営業職員の増員という話題は,売上目標額の設定後に将来的な検討事項として出たのみである。
イ 症例数の減少と債権者の営業成績について
債権者の営業実績が低迷したのは1症例当たりの金額が劣悪であるからであり,債権者の平成13年の担当症例数が1400症例であったとしても,年間売上目標額2億8400万円を達成することは困難ではなかった。
ウ 本件配転命令の動機目的
債務者は,債権者の平成13年2月以降,債権者の売上実績が低迷していたことから,種々の指導,助言を行っており,特に同年9月以降は,仙台営業所の責任者であるE課長(以下「E」という。)が,債権者に対し,口頭や電子メール等により,繰り返し債権者の奮起を図る指導を行ってきたが,債権者の営業実績は低迷を続けたため,平成14年2月28日,債権者に対し,仙台営業所を離れて他の営業所に移ることも打診したが,債権者がこれを拒否したため,債権者の再起を期して本件配転命令を発したものである。
(債権者の解雇事由該当性についての主張)
本件配転命令を解雇に代わる措置としてとらえた場合,その解雇は懲戒解雇であるところ,懲戒解雇の合理性及び相当性についての主張立証はない。
(4) 保全の必要性
(債権者の主張)
債権者は,妻,第1種身体障害者第1級で常に介助が必要な長男(13歳),二男(9歳)と生活しており,妻は長男の介助のために仕事をすることができず,債権者の収入のみが債権者家族の生活の唯一の糧となっている。そして長男の介助のために特別仕様とした住宅のローン支払,長男の介助のために必要不可欠な自動車のローン,長男の医療費,交通費等,通常の生活費のほかにも多額の出費を要する状況にある。このような状況において,月額61万9950円の賃金から,手取賃金19万8830円に減額された結果,直ちに生活に困窮することは必至である。
さらに,債権者の有する人的信頼関係,ノウハウ等は病院や医師を対象とした特殊,専門的なものであるが,それは継続した活動によって保たれるものであり,日々の営業活動が中断することによって急速にその価値が減じられてしまうものである。
したがって,未払賃金等請求訴訟の確定を待っていては,債権者及びその家族の生活が困窮,破綻してしまうことが必至の状況である。
(債務者の主張)
債務者が本件配転命令を発したのは平成14年3月5日であり,債権者はその後現在まで同命令に服し,前記1(5)記載の現在の賃金(月額31万3700円)で生活してきたものであるから,生活が困窮,破綻してしまうことが必至の状況であるとは考えられない。
第3争点に対する判断
1 本件配転命令の法的性格(争点(1)及び(2))について
本件配転命令は,債権者の職務内容を営業職から営業事務職に変更するという配転の側面を有するとともに,債務者においては職務内容によって給与等級に格差を設けているところ(前記前提事実1(3)),債権者が営業職のうちの高位の給与等級であるPⅢに属していたことから,営業事務職に配転されることによって営業事務職の給与等級であるPⅠとなった結果,賃金の決定基準である等級についての降格(昇格の反対措置にあたる。以下この意味で「降格」という。)という側面をも有している。
配転命令の側面についてみると,使用者は,労働者と労働契約を締結したことの効果として,労働者をいかなる職種に付かせるかを決定する権限(人事権)を有していると解されるから,人事権の行使は,基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し,社会通念上著しく妥当性を欠き,権利の濫用にわたるものでない限り,使用者の裁量の範囲内のものとして,その効力が否定されるものではないと解される。
他方,賃金の決定基準である給与等級の降格の側面についてみると,賃金は労働契約における最も重要な労働条件であるから,単なる配転の場合とは異なって使用者の経営上の裁量判断に属する事項とはいえず,降格の客観的合理性を厳格に問うべきものと解される。
労働者の業務内容を変更する配転と業務ごとに位置付けられた給与等級の降格の双方を内包する配転命令の効力を判断するに際しては,給与等級の降格があっても,諸手当等の関係で結果的に支給される賃金が全体として従前より減少しないか又は減少幅が微々たる場合と,給与等級の降格によって,基本給等が大幅に減額して支給される賃金が従前の賃金と比較して大きく減少する場合とを同一に取り扱うことは相当ではない。従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては,賃金が労働条件中最も重要な要素であり,賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから,配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず,労働者の適性,能力,実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度,降格の動機及び目的,使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度,降格の運用状況等を総合考慮し,従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り,当該降格は無効と解すべきである。そして,本件において降格が無効となった場合には,本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから,賃金減少の原因となった給与等級PⅠの営業事務職への配転自体も無効となり,本件配転命令全体を無効と解すべきである(本件配転命令のうち降格部分のみを無効と解し,配転命令の側面については別途判断すべきものと解した場合,業務内容を営業事務職のまま,給与について営業職相当の給与等級PⅢの賃金支給を認める結果となり得るから相当でない。)。
本件においては,債権者は給与等級PⅢから同PⅠへの降格によって,役職手当がなくなったのみならず,基本給自体が約半額となっており,従前の賃金を大幅に減少させる事案であるということができるので,配転の側面に関する争点(1)についてはしばらく措き,前記基準に従い,本件配転命令の効力をまず検討する。
なお,債権者は,争点(2)に関し,賃金減額のためには,労働者がその自由意思に基づきこれに明示の同意をし,かつ,この同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要である旨主張するけれども,債権者の主張は労働者の職務内容に変更がなく賃金のみを大幅に引き下げた事案の場合には首肯できる場合があり得るとしても,職務内容の変更に伴って給与等級を引き下げるすべての事案について労働者の明示の同意を要するとは考えられないから,債権者の主張は,その限りで失当である。
他方,債務者は,使用者の有する配転命令権に基づいて本件配転命令を発した以上,これに伴って賃金減額が生ずるのはやむを得ない旨主張するけれども,賃金が労働条件中最も重要な要素であり,賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えるから,配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできないことは前記のとおりであり,債務者の主張は採用の限りでない。
2 本件配転命令の客観的合理性(争点(3))について
(1) 債権者の営業成績について
ア 債権者の営業成績の数値について
前記前提事実及び疎明資料(<証拠略>)によれば,債務者は,医療機器の製造販売会社であり,営業職員の売上実績は債務者の業績に直結するところ,債権者の平成11年の売上実績は2億0120万7684円であり,同12年の売上目標額は2億4202万2000円,売上実績は2億1236万0702円,売上目標達成率は87.7パーセント,同13年の売上目標額は2億8400万円,売上実績は1億6343万4658円,売上目標達成率は57.5パーセントであり(ただし,同年1月は,月ごとの目標額を上回る売上実績を上げており,同月に限れば,売上目標達成率は101.1パーセントであった。),同13年における債務者全国営業所のPⅢ職員(ただし同年中の中途就業者を除く。)15名中,目標達成率で14位,売上実績では最下位であったことの疎明があり,債権者の営業成績の数値だけをみれば,債務者主張のとおり,PⅢ職員の中で最低の部類に入るといわざるを得ない。
イ 債権者の平成13年の売上目標額設定について
これに対し,債権者は,債権者の売上目標達成率が低いのは,専ら債権者の実現不可能な売上目標額を押しつけた債務者の側に責任があるから,債権者の営業成績を理由に本件配転命令の合理性を根拠付けることはできない旨主張する。債権者主張の各事実の存否如何によっては,債権者の売上目標達成率が低迷した責任を債権者に帰することができないこともあり得るので,以下この点について検討する。
債務者各営業所の平成13年の売上目標額の決定過程つ(ママ)いてみるに,疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が一応認められる。
(ア) A(当時VⅠ事業部営業部長)とF同営業部副部長は,平成12年10月ころ,債務者とアメリカ本社との間で一応の目処とされた平成13年の債務者VⅠ事業部の売上目標額約210億円を,各営業所の症例数を元にした需要ベースの数値,各営業所の従前の市場占有率を勘案して各営業所ごとに割り振り,平成13年の債務者各営業所の売上目標額の素案を作成した。
また,AとF副部長は,当時,債務者の全国営業所営業職員総数を平成13年に100名に増員する計画があったことから,同計画による全国の増員数31名を各営業所に割り振り,前記約210億円の売上目標額を前記増員後の配置人数を基準に各営業所に割り振ったところ,上記素案と大差のない数値となったことから,上記素案を一部修正の上,各営業所に平成13年の売上目標額として提案することとした。
(イ) Aは,平成12年10月18日,Bに対し,前記修正後の素案を平成13年の販売計画案一覧表として送付し,仙台営業所の平成13年の年間売上目標額について意見を提出するよう要請した。同販売計画案一覧表には,仙台営業所の営業職員を当時の3名から4名増加して7名に増員する(当時から2名は増員予定であったことから,実際には2名増員であった。)旨の記載,仙台営業所の年間売上目標額として14億8000万円とする記載があった。
(ウ) Aは,販売計画一覧表に対する各営業所の意見も聴取した上,各営業所の平成13年の年間売上目標額が同年度の営業経費とともに最終的に決定されたことから,平成12年11月27日,Bに対し,平成13年の販売計画表を送付した。同販売計画表には,債務者VⅠ事業部の全国営業所営業職員総数を93名,仙台は7名,仙台営業所の平成13年の年間売上目標額は15億8000万円の記載(年間売上目標額は正確には15億7886万0712円であるが,いずれにしても売上目標達成率に与える影響は微少である。),全国各営業所の1人当たりの売上目標額として2億1600万円から2億4230万8000円までの範囲の額の記載(仙台営業所は1人当たり2億2571万4000円)があった。
以上の事実経過,すなわち,最初に債務者のアメリカ本社との間で債務者の平成13年の総売上目標額の大枠がまず決定し,その後,総売上目標額を症例数と営業所の配置人数を基準に割り振られているという経緯,その結果として全国各営業所の1人当たりの年間売上目標額が近似していることからすれば,各営業所の人数が年間売上目標額の前提となっていたということができ,仙台営業所についても,同年の営業職員の人数が7名であることを前提として仙台営業所の同年の年間売上目標額が決定されたといえる。
次に,債権者個人の同年の年間売上目標額の決定過程についてみるに,疎明資料(<証拠略>)によれば,Aが同年12月4日に作成した「Sales Target-2001仙台営業所」との書面には,同年の仙台営業所の年間売上目標額15億8000万円を同年1月に債務者に入社予定であったGも含めた5名で割り振ってあり,債権者につき,担当地区「山形全県,仙台一部」,売上目標金額につき2億8061万円との記載,同書面下部に「営業部員増員時点で上記金額修正予定」との記載が存することの疎明があり,同記載に疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨を総合すれば,Aは,同書面作成時においては,仙台営業所の営業職員が前記販売計画表のとおり7名に増員されることを前提に15億8000万円を割り振ったこと,仮に仙台営業所の営業職員が増員された場合には,債権者は,担当症例数の減少を伴うことなく年間目標額を減額する予定であったことが一応認められる(なお,債権者の同年の年間売上目標額は最終的に2億8400万円となった。)。
そうすると,仙台営業所の営業職員が当初予定どおり同年中に2名若しくは少なくとも1名でも増員になっていた場合には,債権者の担当症例数は維持されたまま年間売上目標額が減額になった可能性があり,そうなれば当然売上目標達成率が上昇していたことになる。したがって,債権者の年間売上目標額2億8400万円を前提とした売上目標達成率57.5パーセントが他のPⅢ職員と比較して低迷しているからといって,これをもって直ちに本件配転命令の根拠とし得るかについては疑問がある。
ウ 債権者の担当症例数と売上実績との関係について
疎明資料(<証拠略>)によれば,債務者は,本件申立前の平成14年3月から4月にかけて,双方代理人弁護士間で数回にわたって内容証明郵便のやり取りがあった際,上記と同様の債権者代理人弁護士の主張に対し,平成13年の債務者の全国営業職員の1症例当たりの平均売上金額が約20万円であり,債権者の1症例当たりの売上金額が全国平均の約半分しかなかったことを債権者の営業成績が劣悪であったことの根拠としていたのに対し,本件申立後に提出された債務者社員作成の報告書(<証拠略>)によれば,債務者PⅢ職員15名のうち,1症例当たりの売上金額が20万円を超えているのは1名にすぎず,同15名の1症例当たりの平均売上金額は約12万4101円にすぎないこと(なお,債務者主張の同年の全国の申告症例総数11万1196症例と債務者の同年全国総売上185億1397万4827円を前提に算定してみても,債務者全体の1症例当たりの売上金額は約16万6498円であり,いずれにしろ20万円には及ばない。)が明らかであり,同年の1症例当たりの金額を20万円としていた主張との間には無視し難い食い違いがある。さらに,疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は,当初,1症例当たりの売上金額を各営業職員の営業活動の成果としての大きな要素の一つであることを前提としていたことが明らかであるところ,後に提出された疎明資料(<証拠略>)は,担当症例数が少ない場合には営業活動を集中できるため,1症例当たりの売上金額が高くなることを前提に,債権者が担当症例数が少ないにもかかわらず,1症例中の売上金額が低いことを指摘するのであるが,営業活動を集中できるかどうかで1症例当たりの売上金額が大きく変動するのであれば,債権者が主張するとおり,担当病院数や担当地域の広狭も1症例当たりの売上金額に大きく影響することになると解され,担当症例数が少ないことが直ちに1症例数当たりの売上金額の上昇につながることにはならないと解される。
以上によれば,債権者と他のPⅢ職員との間の担当病院数や担当地域の広狭等を無視して1症例当たりの売上金額を比較して債権者の営業成績が劣悪と判断することには疑問があるといわざるを得ない。したがって,債権者の平成13年の担当症例数が1400症例であったとしても年間売上目標額2億8400万円を達成することは困難でなかったとする債務者の主張を直ちに採用することはできず,また,1症例当たりの売上金額を営業職員の営業活動の成果ととらえ,疎明資料(<証拠略>)によって,債権者の同年の担当症例数を1784症例として算定される債権者の1症例当たりの売上額が9万1611円であって,1症例当たりの売上金額PⅢ社員15名中12位であることが一応認められるとしても,これをもって直ちに債権者の営業活動が劣悪であるというには足りない。
エ 以上要するに,債権者の営業成績の数値が低迷している原因は,債権者の営業能力に起因する部分があるとしても,売上目標達成率との関係では売上目標の設定自体に問題なしとしない上,売上実績の関係では担当症例数が少ないことや担当病院数の多さ及び広大な担当地域も影響しているといわざるを得ず,債権者の営業成績をもって従前の賃金と比較して約半分とする本件配転命令の根拠とするには足りないというべきである。
(2) 本件配転命令の動機目的について
債務者は,債権者には就業規則第22条Bの「社員の能率が著しく低く,または勤務意欲が著しく劣り,業務に適さない場合」に該当する解雇事由が存在し,債権者を解雇することもできたのであるが,債権者の生活に与える影響を憂慮し,債務者に再起の可能性を与えるため,温情的に本件配転命令を発した旨主張し,他方,債権者は,債務者による執拗な退職勧奨にも債権者が自発的に退職しなかったため,営業職を外すとともに,債権者の賃金を大幅に引き下げて,いわば債権者を兵糧攻めするための不当な動機目的に基づくものであるものである旨主張するので検討するに,疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が一応認められる。
ア 債権者の平成13年1月から8月までの間の合計売上実績は1億0062万4758円であり,同年2月から同年7月までの売上実績は,月ごとの売上目標額をすべて下回っており,月ごとの売上目標達成率は,46.5パーセントから62パーセントの範囲であった。
イ 債務者のH営業部長は,同年8月29日,債権者に対し,大要,「この成績では債務者に居場所がなく,転職を考えたほうがよいのではないか。ベテランだから年間3億円売り上げてもらわないと困る,少なくとも,年間2億5000万円,最大限譲歩して年間2億円の売上があれば考え直す。」旨述べ,12月までに最低2億円の売上目標額を達成する計画を立てるよう要求した。
ウ 債権者は,その後,同年9月から12月までの合計売上目標額を7717万円とする計画を仙台営業所の責任者であるEに提出した。
エ Eは,同年9月10日,債権者に対し,大要「先週の会議で副社長のR2氏から売上目標額の70パーセントに達しない者は辞めてもらうとの話が出た。先日債権者が提出した前記ウの売上目標額では駄目だ。少なくとも同年9月から12月までの4か月間で1億円以上の売上を達成するという売上目標に書き換えて提出せよ。そうでないと辞めてもらう。」旨述べた。
オ H営業部長とEは,同年11月30日,債権者を呼び出し,H営業部長が債権者に対し,大要「8月29日に最低あと1億円と言っておいたが,全然届きそうにない。どうされるつもりか。」旨述べ,債権者は「考えておく。」旨答えた。
カ 債権者は,同年12月7日から平成14年1月中旬ころまで大腸ポリープの手術で入院し,同年2月20日,退院後仙台営業所に初めて出勤した。
キ 債権者は,同月21日,H営業部長及びEと面談し,H営業部長から,大要「ご自身から身を引かれたほうがよいのではないか。もしそうしていただけるのであれば,債務者が人材紹介会社の費用を3か月くらいは負担する。退職金を少しは上乗せする。」旨告げられ,債権者がこれを受け入れない場合には,「成績不良と昨年8月末からの提出物がきちんと出てこなかったことを理由に解雇できる。」旨言われた。
ク Eは,同月23日,債権者以外の仙台営業所の職員に対し,大要「債権者が療養から復帰してきたが,債権者は近日中に退職の運びになるものと予想される。債権者は仙台営業所の社員ではあるが,担当を持った営業部員ではない。営業,顧客,売上等に関するいかなる情報,資料も提供しないよう注意すること。(社内情報を不法に所持して退職する可能性が大きい!)」旨の記載がある電子メールを送付した。
ケ Eは,同月25日,債権者に対し,「2月21日にH部長から話のあった件はどうされますか。」と尋ね,債権者が平成13年度の売上目標額の設定の仕方や執拗や(ママ)退職勧奨には納得できないので自ら退職届は書かない旨答えた。
コ Eは,同月26日,債権者に対し,大要「甲野さんをすぐには解雇できないので,今年の1月にさかのぼって仙台営業所の内勤になります。」と告げた。
サ 債権者は,同月28日,債務者I法務部長,同J人事部長及びEから,「解雇されると再就職するのが大変ですよ。数字が悪いんだから,後はどうすればよいかお分かりでしょう。」などと退職勧奨を受け,「自分から退職届を書くことはありません。」と答えたところ,I法務部長は,概ね「債権者を単純作業の部署に変更する。1週間以内に条件を出す。」と債権者に告げた。
シ J人事部長は,同年3月1日,債権者に対し,「平成14年1月1日にさかのぼりセールスサポートの仕事をしてもらいたい。給与は450万円位になります。甲野さんの選択枝(ママ)としては,この条件を受け入れるか,自己都合で辞めていただくかのいずれかです。3月5日までに返事をしてください。」と言い,債権者は,同月5日,J人事部長に対し,解雇をちらつかせたやり方は違法だという留保付きで上記セールスサポートへの配転を受諾する旨伝え,同月6日,本件配転命令が発せられた。
ス 債権者は,本件配転命令発令後,日常的な仕事は特に与えられず,同年3月6日から同年9月17日までの間に,<1>2月下旬から3月上旬に担当者別病院別在庫定数表を作成した,<2>3月8日の病院別担当者別2000年ACT,2001年ACT表を作成した,<3>3月中旬に文献2種類をワード(ワープロソフト)で起こし直した,<4>4月17日に営業所の倉庫の片付けをした,<5>5月24日に緊急で商品を病院に配送したことのみである。
セ 債権者は,本件保全処分申立以後の同年9月18日,Eから,「甲野さんへ依頼する業務」と題する書面を受領し,同書面には,担当業務としては,電話応対(サブ),宅配便の発送・受入れ,サンプルファイリング(エクセル入力),廃棄物処理(オフィス内ゴミ),冷蔵庫管理(補充),営業部員依頼資料作成等,その他セールスサポート依頼業務の記載があるものの,同日以降も,セールスサポートからの依頼を受けたことはなく,基本的に出勤時に宅急便荷物の受渡し,1日1度あるかないかの電話対応とわずかなゴミ捨て程度の仕事があるのみである。
以上の疎明された事実,殊に債務者による債権者に対する執拗ともいうべき退職勧奨からすれば,債務者としては債権者を何とか退職に持ち込みたかったところ(疎明資料(<証拠略>)によれば,Bは,債務者から営業成績が悪いことを理由に退職勧奨を受け,平成14年2月,債務者を退職していることの疎明がある。),債権者が退職に応じないために本件配転命令を発することとなった経緯が明らかであり,本件配転命令以後の債権者の営業事務職としての就業実態が営業事務職の名に値しない状態であるといわざるを得ないことも併せ考慮すれば,債務者において債権者を営業事務職として稼働させる業務上の必要性を見いだすことはできず,また,債権者に再起の可能性を与えるためともいえず,むしろ,債権者の給与等級をPⅢからPⅠに下げることを目的としたものと判断せざるを得ないところである。
なお,債権者は,債務者が解雇に代えて温情的に本件配転命令を発したという主張の「解雇」は,懲戒解雇に該当する旨主張しているところであるが,債権者自身は,上記解雇はあくまで通常解雇であって,通常解雇に代えて本件配転命令を発したものである旨主張し,本件配転命令を懲戒解雇に代えてされた一種の懲戒処分として減給の実質を有するものとは主張していないから,本件配転命令を懲戒処分の実質を持つものとして検討する必要はない。
(3) 債務者における降格の運用状況
債務者社員の報告書(<証拠略>)中には,平成13年中に営業課長から係長への降格,係長から平社員への降格,マーケティング研修課長から係長待遇への降格への例があり,それぞれ降格に伴って賃金が減少した旨の記載があるものの,上記各例について給与等級の記載はなく,従前の賃金が約半分となるPⅢ営業職からPⅠ営業事務職へ降格する本件配転命令と同程度の降格があったことの疎明とするには足りず,同記載は,債務者が社員の役職を解くことによって賃金を減少させた実例があったことを示すにとどまる。
(4) 本件配転命令の客観的合理性についての結論
以上検討してきた債権者の営業実績とそれについての債権者の帰責性,降格の動機及び目的,債務者側の業務上の必要性,降格の運用状況等を総合すると,債権者の賃金を従前の約半分とすることについて客観的合理性があるとはいえないから,本件配転命令に基づく債権者の降格は無効というべきである。そして,本件において降格が無効である以上,本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから,賃金減少の原因となった給与等級PⅠの営業事務職への配転自体も無効となり,争点(1)についての当事者の主張について検討するまでもなく,本件配転命令全体を無効というべきである。
3 保全の必要性(争点(4))について
賃金仮払の仮処分は,債権者の生活の困窮を避けるための緊急かつ暫定的措置であり,従前の生活水準を保障するものではないから,当然に賃金の全額を仮に支払わせる必要はなく,生活困窮を避けるために必要な限度で仮払が認められるにすぎない。前記前提事実及び疎明資料(<証拠略>)によれば,債権者は,肩書住所地において妻,第1種身体障害者第1級で常に介助が必要である長男(中学2年生)及び小学4年生の二男と同居して生活しており,債務者からの賃金が唯一の収入であるところ,その収入から長男の介助のためバリアフリーとした住宅のローンや食費等を支出していることが一応認められ,以上の事実に本件記録上うかがわれる債権者の生活状況等を総合考慮すれば,57万5278円から現在支払われている賃金月額31万3700円を控除した26万1578円の限度で仮払の必要性を認めることができる(債権者は従前の賃金61万9950円全額の仮払を求めているが,現在の賃金月額31万3700円の部分は本件仮処分の適否によって影響を受けないから,その仮払を求めること自体失当である。)。ただし,仮払期間としては,今後提起が予想される本案訴訟の進行や時間の経過による生活状況の変動等を考慮すると,平成14年10月から1年6か月を限度とするのが相当であり,既に経過した期間やこれを超えた将来の賃金仮払について保全の必要性の疎明はない。
地位保全の仮処分の保全の必要性につき,債権者は,日々の営業活動が中断することによって急速に債権者の人的関係やノウハウの価値が減じてしまう旨主張するけれども,地位保全の仮処分が任意の履行に期待する仮処分であることに照らすと,債権者の主張のみでは保全の必要性を基礎付けることができず,賃金仮払を認めた本件において地位保全の仮処分について保全の必要性があるということはできない。
4 以上によれば,債権者の主張する被保全権利の疎明があり,保全の必要性についても,債務者に平成14年10月から1年6か月間の範囲で26万1578円の仮払を命ずる限度で疎明があるから,以上の限度で担保を立てさせないで本件仮処分の申立てを認容することとし,その余の申立ては理由がないから却下することとして,主文のとおり決定する。
(裁判官 春名茂)