仙台地方裁判所 平成14年(ワ)1224号 判決 2006年3月28日
平成14年(ワ)第1224号損害賠償請求事件(甲事件)
平成14年(ワ)第1691号損害賠償請求事件(乙事件)
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 甲事件
被告多賀城市及び被告七ヶ浜町は,原告に対し,金248万円及びこれに対する平成14年3月31日から支払済みまで年5分の割合の金員を連帯して支払え。
2 乙事件
被告宮城県は,原告に対し,金248万円及びこれに対する平成14年3月31日から支払済みまで年5分の割合の金員を多賀城市及び七ヶ浜町と連帯して支払え。
第2事案の概要
1 甲及び乙事件は,県費負担教職員である原告が,多賀城市教育委員会(以下「多賀城市教委」という。)教育長A(以下「A市教委教育長」という。)のした平成12年4月3日付け長期特別研修命令(以下「本件研修命令」という。)について,長期特別研修命令制度の違憲無効,原告には,長期特別研修命令の必要性がないのに,被告らに所属する公務員が報復目的で原告を長期間監視し組織的に恣意的な情報集約を行い,それに基づいて本件研修命令を受けたこと,研修内容が不相当であったことにより精神的苦痛を被ったとして,被告らに対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として,慰謝料200万円及び弁護士費用48万円の合計248万円及びこれに対する最終の不法行為日である平成14年3月31日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
2 争いのない事実等(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)
・※ 宮城県教育委員会(以下「県教委」という。)が平成12年4月1日に施行し,平成15年3月31日に廃止した宮城県公立学校教員長期特別研修に関する要綱(以下「本件要綱」という。)の定め(甲2)
ア 目的(1条)
この要綱は,県教委の任命に係る公立学校の教員が,教育指導力等について特に学校現場を離れて再研修を要すると認められる場合に,学校以外の教育機関等における多面的な指導のもとに課題研修の達成や各種調査研究活動に携わることにより,当該教員の職務に対する主体的意欲と児童生徒に対する指導力の伸長を促し,教育現場が抱える課題に適切に対応できる力量を高めることによって,本県学校教育の向上,充実に資することを目的とする。
イ 事前協議(3条)
・※ 県教委の任命に係る公立学校教職員で,教育指導力について特に再研修を要すると認められる者については,以下の者(以下「派遣元の長」という。)から県教育長に事前協議を行う。
a 県立学校教員の場合 校長
b 県費負担教職員である教員の場合 市町村等教育委員会教育長
・※ 上記・※bの場合には,当該者の所属する学校の校長の意見を付するものとする。
ウ 検討会議(5条)
上記イの事前協議があった場合は,教育次長及び関係課長等で構成する検討会議でその適否を検討し,その結果を県教育長に報告しなければならない。
エ 事前協議に対する回答(4条)
県教育長は,検討会議を経た後,必要と認める場合,当該教員を長期特別研修教員と認める旨の回答を派遣元の長に対して行う。
オ 担当センター(6条)
・※ 県教育長は,長期特別研修教員と認める旨の回答を行った際は,宮城県教育研修センター又は宮城県特殊教育センターのいずれかを,当該教員に係る長期特別研修を担当するセンター(以下「担当センター」という。)として決定し,これを担当センターの所長に通知する。
・※ 担当センターは,当該長期特別研修教員についての研修活動の主題,方法,実施場所,スケジュールを作成し(そうして作成されたものを以下「長期特別研修プログラム」という。),長期特別研修に関する企画調整,研修状況の管理,研修の評価等を行う。
カ 長期特別研修プログラムの作成(7条)
・※ 担当センターの所長は,長期特別研修プログラムの作成に際して,適宜派遣元の長等の意見を聞くことができる。また,派遣元の長は,いつでも担当センターの所長に長期特別研修についての意見を申し出ることができる。
・※ 担当センターの所長は,長期特別研修プログラムの作成に際して,当該長期特別研修教員に即して,その主体的,意欲的な教育指導能力の涵養の視点から,①当該教員に応じた教科指導等の能力の伸長,②学校教育課題についての調査研究,③青少年問題,教育行政等の諸課題の調査研究,④教員の責務,組織運営と個人,行政サービスの在り方等の研修といった事項等多面的な研修の内容の設定及び実施について,特段の配慮をしなければならない。
キ 長期特別研修の実施機関(8条)
長期特別研修プログラムにおいては,各長期特別研修教員に応じて,当該長期特別研修の主たる実施場所(以下「実施機関」という。)として以下のいずれかの教育機関のうちのいずれかを指定する。また,2以上の教育機関を実施機関とすることもできる。
・※ 宮城県教育研修センター
・※ 宮城県特殊教育センター
・※ その他の県教委所管の教育機関(図書館,青年の家,野外活動施設,少年自然の家,歴史博物館,美術館)
ク 長期特別研修の期間(9条)
長期特別研修の期間は,原則として2年間とし,4月から3月までとする。この期間は延長することができる。
ケ 長期特別研修プログラムの通知(10条)
担当センターの所長は,長期特別研修プログラムを定めた場合は,当該長期特別研修教員,派遣元の長及び実施機関の長に通知する。
コ 研修を受ける旨の命令(11条)
上記エの回答及び上記ケの通知を受けた,派遣元の長は,長期特別研修教員に対して研修を受ける旨の命令を行う。
サ 長期特別研修の実施に関する意見(12条)
・※ 担当センターの所長は,長期特別研修の実施に際し,適宜派遣元の長,実施機関の長等の意見を聞くことができる。
・※ 派遣元の長,実施機関の長等は,いつでも担当センターの所長に長期特別研修について意見を申し出ることができる。
シ 研修状況等の報告(16条)
・※ 担当センターの所長は,長期特別研修教員及び当該教員の長期特別研修の状況等を派遣元の長あて報告するものとする。
・※ 派遣元の長は,必要に応じ長期特別研修教員の研修の状況について担当センターの所長に報告を求めることができる。
・※ 本件の経緯
ア 原告は,昭和56年M大学法学部を卒業し,昭和58年4月宮城県宮城郡七ヶ浜町立N小学校教諭,昭和63年4月同O小学校(以下「O小学校」という。)教諭,平成10年4月同P中学校(以下「P中学校」という。)教諭にそれぞれ補された,県費負担教職員である(乙16)。
イ 七ヶ浜町教育委員会(以下「七ヶ浜町教委」という。)教育長B(以下「B町教委教育長」という。)は,平成12年3月21日,県教委教育長C(以下「C県教委教育長」という。)に対し,原告について,原告が当時所属していたP中学校の校長D(以下「D校長」という。)の意見を付した上で,長期特別研修を必要とするとして,事前協議を申し入れた(乙9の2・3)。
ウ 教育次長及び関係課長等で構成される検討会議(以下「検討会議」という。)は,同月23日,原告について,長期特別研修を必要と認める旨の検討結果をC県教委教育長に報告した(丙1)。
エ C県教委教育長は,同月24日,B町教委教育長に対し,原告について,長期特別研修を必要と認める旨の回答をした(乙10の1・2)。
B町教委教育長は,同日,A市教委教育長に対し,原告を長期特別研修とすることについての協議を申し入れた(乙11の1)。
オ B町教委教育長とA市教委教育長は,同月29日,A市教委教育長が上記イ及びウの経緯を引き継ぎ,原告に対する長期特別研修命令をすることを合意した(乙11の2)。
カ 原告は,同年4月1日,宮城県多賀城市立Q小学校(以下「Q小学校」という。)教諭に補された(乙16)。
キ 宮城県教育研修センター所長E(以下「E県教育研修センター所長」という。)は,同月3日,A市教委教育長に対し,原告の長期特別研修プログラムを通知した(乙17の1・2)。
A市教委教育長は,同日,原告に対し,研修期間を同月から平成14年3月まで,実施機関を宮城県東松島市(旧桃生郡鳴瀬町)野蒜字洲崎所在の宮城県松島野外活動センター(以下「松島野外活動センター」という。)として,長期特別研修をするよう命じた(本件研修命令)。
ク 松島野外活動センターは,野外活動の普及振興,青少年の健全な育成,一般県民の健全な心身の調和等を図るための事業を行うことを目的として設置された野外活動施設であり,幼稚園児から高齢者まで幅広い年齢層の利用者を対象として,キャンプ,アウトドアスポーツ,自然観察等の野外活動に関する事業を実施している(甲16)。
ケ 原告の松島野外活動センターでの研修内容は,同センターの特色を活かした実践研修と,課題を設定して報告書を提出するテーマ研修とに分かれ,実践研修では,研修を支援する立場にある社会教育主事とともに,利用者対応補助,主催事業における補助的業務,野外活動体験,環境整備活動等を行い,テーマ研修では,平成12年度の前期及び後期,平成13年度の前期及び後期のそれぞれ4回,報告書を提出した(以下この研修を「本件研修」という。乙14の2,17の2)。
コ A市教委教育長は,平成14年4月2日,原告に対し,本件要綱に従い,同月1日から平成15年3月31日まで,仙台市青葉区荒巻字青葉393,宮城県教育研修センターにおいて長期特別研修をするよう命じた(以下「別件研修命令」という。)。
サ 別件研修命令に基づく研修期間は,同日で満了し,原告は,宮城県立R養護学校に勤務するようになった(乙37)。
・※ 県教委が,同月14日施行した県教委訓令指導力不足等教員の取扱いに関する規程(以下「改正規程」という。)及び同年4月1日に施行した宮城県公立学校教員指導力向上長期特別研修に関する要綱(以下「改正要綱」という。)の定め(甲81の1・2,82の1・2)
ア 趣旨(改正規程1条)
教員に求められる資質能力に課題があるため,児童又は生徒に適切な指導ができない指導力不足等教員の取扱いについて必要な事項を定めるものとする。
イ 定義(改正規程2条3項)
指導力不足等教員とは,疾病以外の理由により,教員に求められる資質能力に課題があるため,以下のいずれかに該当し,児童又は生徒が安心して学校生活を送ることができる学校環境を損なっている教員をいう。
・※ 教員としての使命及び職務への自覚が不足し,日常的な職務の遂行に支障を来していること。
・※ 児童又は生徒の心を理解する能力や意欲に欠け,学級経営,生徒指導等を適切に行うことができないこと。
・※ 教員としての力量を高めようとする意欲がなく,向上心を持って教養を磨こうとはしないこと。
・※ 教科,領域等に関する専門的な知識,技術等が不足したり,指導方法が不適切であるため,学習指導等を適切に行うことができないこと。
・※ 保護者,地域社会及び関係諸機関と信頼関係を築くことができず,教育活動に必要な連携,協同を行うことができないこと。
・※ 他の教職員と協調して学校運営に参加しようとする態度が見られない又は校務処理を適切に行うことができないこと。
ウ 研修状況等の報告等(改正要綱10条)
・※ センター所長は,研修教員の研修状況等を派遣元の長及び教職員課長に定期的に報告するものとする。なお,重要かつ緊急の事項については,その都度報告しなければならない。
・※ 派遣元の長は,・※の報告,研修状況の視察及びセンターとの情報交換により当該教員の状況を的確に把握しなければならない。
3 争点
・※ 本件要綱の定める長期特別研修制度の違憲性
・※ 本件研修命令の違法性
・※ 研修内容の不相当性
・※ 被告らの責任
ア 被告宮城県の責任
イ 被告多賀城市の責任
ウ 被告七ヶ浜町の責任
・※ 損害額
4 争点に関する当事者の主張
・※ 争点・※(本件要綱の定める長期特別研修制度の違憲性)について
ア 原告の主張
・※ 教育公務員には,憲法23条により教育の自由が保障されており,そのことは,教育基本法2条,10条1項,学校教育法28条6項(同法40条により中学校に準用)からも明らかである。そして,本件要綱の定める長期特別研修命令は,長期特別研修命令を受けた教師が2年間にわたり勤務場所が所属する学校から研修センターへと変更され,勤務内容も,教師にとってその職務の本質的な要素である学校における児童生徒への教育活動からそれ以外での研修活動へと変更され,実質的には転任処分としての性格を有しており,その研修内容も不合理なものであることに照らせば,教育公務員の教育の自由を侵害するものであり,また,原告は,長期特別研修を受けなければならない理由についてさえ知らされず,納得できないまま長期特別研修を受けざるを得なかったのであるから,本件研修命令は,原告にとって不利益な処分(地方公務員法49条1項)である。
・※ したがって,長期特別研修命令は,不利益な処分として憲法31条の適用があるところ,その制度及び手続は,以下の点で憲法31条に違反する。
a 要件の不明確
長期特別研修は,対象とされた教員に重大な不利益をもたらす行政処分としての性格を有しているのであるから,長期特別研修を受けることになる要件は明確でなければならないが(明確性の原則),本件要綱では,長期特別研修教員とされる要件につき,「教育指導力等について特に学校現場を離れて再研修を要すると認められる場合」と定めているのみであり,これは,具体性,明確性を欠き,通常の判断能力を有する一般人の理解において,具体的場合に当該行為がその適用を受けるかどうかの判断を可能ならしめるような基準とは到底いうことができず,特に,教育指導力等という規定の仕方は,無限定なものである。よって,本件要綱は,明確性の原則に反し無効である。
b 告知聴聞の機会の欠如
不利益処分を行う場合,行政庁は聴聞又は弁明の機会の付与の手続を執るべきことが原則とされているにもかかわらず(行政手続法13条),本件要綱では,対象教員に対する事前の告知と聴聞の手続が全く定められていない。
本件要綱の定める長期特別研修により制限を受ける権利利益は,学問の自由から導かれる教育の自由であり,精神的自由権であるのであって,その制限の程度は,長期特別研修期間中,一切,教育を行うことができなくなるという極めて強いものである。これに対し,長期特別研修命令により達成しようとする利益は,指導力不足等の教員を再研修することにより,教員の指導力を高めることにある。しかし,長期特別研修命令を出すかどうかは,事前に検討会議を経ることとされていることから,事前の告知と聴聞の手続を執れないような緊急性がある場合はおよそ考えられない。
これらの事情を総合較量すると,本件要綱の定める長期特別研修制度に関しても,事前に告知と聴聞の手続が必要というべきであり,長期特別研修を課す前に,対象者の告知と聴聞の手続を執ることを定めていない本件要綱は違憲無効なものである。
c 認定手続の不適正
長期特別研修は,対象とされた教員に重大な不利益をもたらす行政処分であり,かつ本人の意に反して命じられ得る性質のものであることから,刑事手続に準ずる手続上の適正さが要請されるべきである。
しかし,本件要綱の定める長期特別研修制度は,事前協議の段階における認定の主体が派遣元の長であり,県費負担教職員である教員についての事前協議は,学校現場に常駐していない市町村等教育委員会教育長がすることとされている。事前協議に当たっては,校長の意見を付すことになっているとはいえ,現場に不在の者による認定が適正,公平が行われるか疑問であり,また,最終的な認定が必ずしも合議に基づかないという意味で,恣意的な認定がなされる危険がある。
このような手続規定は,恣意的な運用を許す規定として,明らかに適正手続に反するものとして,違憲無効である。
d なお,県教委は,本訴提起後,本件要綱を廃止し,指導力不足等教員の定義要件,対象教員に対する説明義務,学識経験者等で構成される審査委員会の意見の反映等を規定した改正要綱を定めたが,これは,本件要綱が明確性の原則,告知及び聴聞機会付与,手続の適正といった要請に反していたことの証左である。
また,仙台市教育委員会の平成17年9月27日付け課題のある教員の取扱いについてと題される要綱は,原告が指摘する本件要綱の問題点をほぼ是正した形で改正されており,これは,本件要綱の違法性が誰の目から見ても明らかであるからにほかならない。
・※ したがって,本件要綱は,憲法31条に違反し無効なものであり,それに従ってなされた本件処分も無効違法なものである。
イ 被告らの主張
・※ 被告多賀城市,被告七ヶ浜町
原告らの主張は争う。
・※ 被告宮城県
原告らの主張は争う。
なお,被告宮城県が原告主張のとおり長期特別研修制度に関する要綱を改正したのは,本件要綱制定後の地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)の改正,宮城県の有識者による新しい教員の人事管理の在り方に関する調査研究会議における提言を受けてのものであり,本件要綱が違法だったから改正したものではない。仙台市の要綱との比較も何ら根拠がない。
・※ 争点・※(本件研修命令の違法性)について
ア 原告の主張
・※ 本件要綱を合憲的に限定して解釈することができるとしても,前記の教育公務員に対する教育の自由の保障や長期特別研修命令の効果に鑑みると,「教育指導力等について特に学校現場を離れて再研修を要すると認められる場合」との長期特別研修の要件は,憲法23条,教育基本法2条,10条,学校教育法28条,40条の趣旨を考慮し,当該教育公務員に教育実践をなさしめたのではかえって子供の学習権を侵害するというような極めて例外的な場合に限られると解すべきである。具体的には,① 「教育指導力」とそれに密接に関連する事実が問題となっていること,② 客観的に合理的な理由があること,③ 多数の教員中から特に原告を選定することについて必要性と合理性があること,④ 学校現場を離れての再研修以外の方法による解決を試みたこと(長期特別研修命令回避の努力義務を尽くしたこと),⑤ 学校現場を離れての再研修が問題解決にとって必要かつ有効であると認められることの各要件を充足することが必要であり,それらの要件を欠くにもかかわらず発令された長期特別研修命令は,裁量権を逸脱したものとして違法である。
・※ D校長,B町教委教育長,C県教委教育長及び県教委は,原告が市民運動や裁判活動をしており,上司にとって扱いにくい存在であることへの報復として,原告に対し,必要性がないのに長期特別研修を命ずることを企て,D校長及びB町教委教育長において原告を長期間監視して恣意的に原告のあら探しをし,それにより得た情報を基に,B町教委教育長は,C県教委教育長に対し,一方的評価かつ事実無根の保護者や子供たちの声を指摘して事前協議申入れをした。
これにより,原告は,本件研修命令を発せられ,2年間も松島野外活動センターでの苦役を強いられることとなり,精神的肉体的損害を被った。
・※ 被告らは,原告には,積極的に生徒を受け入れ生徒と関わるという姿勢が欠落している,独善的で非協力的である,学校の生徒に対する円滑で十分な教育の実施を阻害しているなどと指摘する。しかし,原告は,生徒に人気があり,生徒から慕われており,また,大部分の保護者との関係も極めて良好であり,被告らの指摘は以下のとおり失当であり,原告に対する長期特別研修の必要性はなかった。
a 原告に休暇(特別休暇,年次有給休暇,病気休暇)が多いとする点については,原告が他の教員と比較して特に休暇が多いという事実は存在しないばかりでなく,原告はこれらの休暇を適法に取得しており,その理由も,公民権の行使や裁判への出頭,教職員組合定期大会への参加,母親の介護,自らの骨折(部の指導中の傷害で,公務災害と認定された。)や持病のぜんそくの治療等のやむを得ない事情によるものであるから,そのことは,長期特別研修命令を発令する理由とはなり得ない。また,原告は,休暇をとった際に,休暇が生徒の教育に及ぼす影響について十分に配慮していた。
b 授業参観の時間帯に年次有給休暇を取得したことについては,そもそも,参観授業を担当する日であっても,年休を申請することは許されるのであり,D校長は,原告の年休申請に対し,時季変更権を行使することなく,年休取得を許可したのであるから,原告の年休権行使は完全に適法であり,そのことを理由として,原告に対する消極的評価ないし不利益な取扱をすることは許されない。また,原告が授業参観の時間帯に年次有給休暇を取得したのは,たった1回のことで,その理由も単純ミスにすぎず,生徒や同僚を困らせようなどという意図は一切なかったほか,原告が年次有給休暇の申請をした段階で,D校長から参観授業の担当になっている旨の指摘もなかった。原告は,授業参観日の前日午後4時ころに,D校長から,代わりに参観授業を担当する教員を原告が手配するよう言われたことなどから,感情的になって,「それは管理職がやることでしょ」と言ったにすぎない。
c 原告が校務分掌の安全確認や清掃計画を怠ったとする点については,原告は,安全点検をきちんと実施していた。点検ファイルの配布は,D校長から毎月1回配布するよう言われていたにもかかわらず,原告は,2か月に1回配布をしていたが,これは,それで足りると考えていたことや,他の業務で多忙であったことによるものであり,意図的に点検ファイルの配布を怠ろうとしていたものではなく,これによって不都合や支障が生じたことは一切なかった。D校長は,これについて,何らの注意,説明,説得を行っておらず,それにもかかわらず,点検ファイルを毎月1回配布しなかったことを本件研修命令発令の理由の1つとすることは,信義に反するし,手続の適正も欠いており,D校長は,長期特別研修命令回避の努力義務を怠っているというべきである。
また,原告が作成した清掃計画案そのものが杜撰であったことはない。
d 原告が日直を拒否したとの指摘については,ここで問題とされている日直は平日に関するものであり,日直とは本来土日又は休日に行うものであって,そもそも教員には,平日に日直を行うべき法的義務はなく,平日の「日直」を行うよう命令することは許されない。また,原告は,平成10年度に他の教員が原告の替わりに平日の日直等を担当したと聞いたことから,平成11年度には,D校長に指示されるとおりに平日の日直を担当している。
e 原告が校長や教頭の指導を無視して無断早退勤をしたとの指摘については,原告は,P中学校のF校長(以下「F校長」という。)との間で,休憩時間などに急に仕事をしなければならない状況が発生したときは,校長の承諾を得ることなく休憩時間に仕事をし,その時間分だけ早く帰っていいということを確認しており,原告は,これに基づいて早退勤を行ったものである。また,事前協議の申入れに記載された無断早退勤は,平成10年10月8日と同月15日の2回に過ぎず,無断早退勤は,平成11年度には一切なかった。
f 交通安全週間の登校指導の不参加については,そもそも教員には,勤務時間外の交通安全週間に参加する法的義務はない。また,原告は,平成10年度春の交通安全登校指導に参加したが,その際勤務時間の振り替えがなされず,この点が改善される兆しがなかったことから,同年度秋の交通安全週間については参加を見合わせたものである。平成11年度春,秋の交通安全週間については,管理職が日時,場所を一方的に決定し,参加が任意であることを明言しなかったことから,参加を見合わせたものである。
g 原告が,周りの教員がカバーしていることを分かろうとせず,それがあたかも当然のように振る舞ったため,他の教職員から原告の自分勝手で独善的,非協調的な振る舞いに不満や不信の声が強かったとの事実は存在しない。
h 給食時間における指導については,原告は,4時間目に授業を担当したときは,授業終了後,一度職員室に戻ってから教室へ行くため,場合によっては,給食時間に10分程度遅れるということがあったが,意図的に給食時間になっても職員室にいたり,食べる用意ができた頃にようやく教室に行くなどということをした事実はない。また,自転車通勤の届出なのに自動車で通勤したことについては,原告が当事者になっている裁判があった日に限って,授業やサッカーの指導に極力影響が出ないようにするために,友人から借りた自動車で通勤していたにすぎない。
i スキー教室に係わる勤務時間の変更措置の要求については,そもそも,原告は,超過勤務時間の割り振りを求めて措置要求書を提出したにすぎず,1年も前のスキー教室に係わる勤務時間の変更措置を要求した事実は存在しないし,仮に,原告が1年も前のスキー教室に係わる勤務時間の変更措置を要求したとしても,正当な言論活動にすぎず,そのことを長期特別研修命令発令の理由の1つとすることは,明らかに不当である。
j 原告が休憩時間に応援練習をしたことにつき,後に振替時間を要求したことについては,原告が,休憩時間に応援練習をしたのは,生徒達の強い希望によるもので,それを勤務時間内に時間を生み出す工夫もせずに勝手に休憩時間に練習したというのは,余りにも不当な評価というほかない。しかも,このような指摘に該当する事実は,平成11年10月7日に1度あったにすぎず,そのことを理由として,長期特別研修命令を発令することについては,必要性も,客観的に合理的な理由も,存在しない。
k 人事異動個人調書の提出についての校内の日程を守ろうとしなかったとの指摘については,原告は,指定された期日までに人事異動個人調書の本書きを提出すれば足りるのであり,予め下書きを提出して,校長のチェックを受ける義務はない。そして,原告は,以前校長の指示どおり人事異動個人調書の下書きを提出したところ,校長から,その内容を書き直すように言われた経験があったことから,今回も,下書きを校長に提出すれば,人事異動個人調書の記載内容について,校長から不当な介入を受けるのではないかと懸念して,D校長から指示された期日に下書きを提出せず,本書の提出期日に本書きを提出したものである。
l 原告の出勤がほとんど時間ギリギリで時折遅れることがあったことはない。そもそも,教員も,一般の労働者と同様,始業時刻までに出勤して,労働力を使用者の指揮命令権のもとにおけば足りるのであり,始業時刻以前に出勤する法的義務はないのであって,原告が始業時刻までに出勤したにもかかわらず,それでは不十分であるとして,そのことが長期特別研修命令発令の1つの理由になっているとすれば,これまた,法的義務のないことを事実上強制する結果となり,明らかに不当である。
イ 被告らの主張
・※ 被告宮城県の主張
a 原告は,授業を124課も欠課し,欠課について事後の指導等の配慮がなく,担任などしたくなかったと発言したり,授業も表面的であり,校務分掌も他の職員がカバーする状況であって,他の教員からの不満や不信の声が強く,原告の行動について住民やPTAなどから被告宮城県に苦情,要望が寄せられており,保護者からは,家庭訪問での対応等で苦情が多かったほか,原告がこのまま中学3年の学級担任に持ち上がれば,さらに大変なことになると危惧されていた。
原告は,このように教育公務員として本来一番傾注しなければならない児童生徒に対する教育指導をなおざりにし続けていたものであり,そのことについて,校長等が配慮を求め,指導しても聞き入れず自己主張を繰り返してきた。原告のそのような行動の結果,児童生徒は,貴重な教育を受ける権利を失ったのである。長期特別研修は,原告にとって自分を見つめ直し,生徒と向き合う教員としての資質を高めるために必要な機会であった。
b 以下の事実からすれば,検討会議が原告につき長期特別研修を必要としたのは相当な判断であり,原告に対する長期特別研修の必要性はあったというべきである。
・※ 積極的に生徒を受け入れ生徒と関わるという教員として最も必要な姿勢の欠落
① 原告は,特別休暇,年次有給休暇,病気休暇で休むことが多く,平成11年度に合計100時間も授業を休んでおり,生徒の学力向上に当たって最小限必要な授業量が不足していたというべきであるが,それにもかかわらず,授業交換の措置も取らず,自らプリント等を工夫して作成することもせず,漫然と白地図やワークブック,業者が作ったプリントしか生徒に与えず,生徒に対する事後の指導に配慮がみられなかった。原告は,裁判への出席のため特別休暇等を数多く取っているが,それによって,本来自らが行うべき授業を自習にして生徒の学力向上に取り組まず,自習に対するフォローをしなかったことも事実であって,原告には,教育の重要性についての認識が欠如していたものといわざるを得ない。
原告は,平成11年12月9日の授業参観の時間帯に年次有給休暇を取得したことがあった。原告は,授業参観の数日前には自らが授業参観の担当だと知らされていたのであるから,その時点で教務主任に相談する等の対応を取るべきであり,責任を持って振替措置を講じ他のどの教員が授業参観を担当してくれるのかを見届けるのが教員としての基本的姿勢であるが,管理職に相談するなどの対応が必要であることに思いが至らず,D校長から直接言われた際にも,善処しようという発言すらなかった。
また,職員会議や学校評価会議は,学校運営や学校の教育方針を把握するために重要な会議であるが,原告は,平成11年度において,職員会議を14回中10回も欠席し,学校評価会議に至っては3回中3回とも欠席し,事後に職員会議の要綱や職員会議録を見るなどしてその内容を把握することもしておらず,学校運営の方針についてほとんど把握できない状態であった。
② 原告は,学級経営において,ほとんど指導はなく,勝手な放任状態であり,生徒から「また休みか,あんな先生はいない方がいいんだ。」という声も出ており,保護者からも,原告に教育に対する前向きな姿勢や学級を作り上げるという姿勢がみられないことに対する危惧の念が表明されていた。
このことは,給食指導は学級指導の一環として当然に教員の職務に含まれるものであるにもかかわらず,原告は,給食時間が始まっても教室に行かないで職員室にいることが多いなど,給食指導の懈怠がみられたことや,後記のとおり,交通安全街頭指導に参加しなかったこと,P中学校で校務を分掌していた安全点検係の仕事を懈怠していたこと,日直の仕事を拒否していたこと等にも現れている。
・※ 独善的で非協調的
① 原告は,校務分掌で,安全点検(学校施設の安全確認),清掃計画(学校内の清掃分担区域の計画)を担当していたが,安全点検は,指導しても実施しておらず,回りの教師が自主的に取り組む状態であった。また,清掃計画も計画案そのものが杜撰で,教務等が中心になってカバーしている状態であった。
② 原告は,平成9年度(O小学校勤務),平成10年度(P中学校勤務)に日直を拒否している。
③ 原告は,P中学校の校長や教頭の指導を無視して無断早退勤をした。
④ 原告は,秋の交通安全週間中,登校指導に参加しなかったり,授業参観の時間帯に裁判に出頭するため年次有給休暇を取得したことがあった。
⑤ 原告は,回りの教職員が原告をカバーしていることを分かろうとせず,それがあたかも当然のことであるように振る舞い,そのため他の教職員から原告の自分勝手で独善的,非協調的な振る舞いに不満や不信の声が強かった。
⑥ 原告は,給食時間の行動について校長から指導を受けても素直に聞き入れようとせず,また,通勤の届出が自転車であるにもかかわらず自家用車を使用し,注意を受けても素直に応じようとしなかった。
⑦ 原告は,1年も前のスキー教室に係る勤務時間の変更措置を要求したり,勤務時間内に時間を生み出す工夫もせずに勝手に休憩時間に練習をしておきながら,後になって振替時間を要求した。
また,原告は,人事異動個人調書の提出についても,校内の日程を説明していたにもかからず,それを守らずに済まそうとした。
・※ 学校の生徒に対する円滑で十分な教育の実施の阻害
① 原告は,前記のとおり,特別休暇,年次有給休暇,病気休暇で休むことが多く,授業参観の時間帯に裁判のため,年次有給休暇を取得したこともあった。
② 原告の出勤は,ほとんどぎりぎりで時折遅れることがあった。
③ PTA主催の地区懇談会において,保護者から原告がいつも休んでいて子供の勉強が心配であるとの話が出されていた。
④ 教職員の学校評価の中でも,校務分掌等について原告に対する意見や要望が出されていた。
・※ 被告多賀城市及び被告七ヶ浜町の主張
以下の平成11年4月1日から平成12年2月末日までの原告の勤務状況からすれば,原告に対する長期特別研修の必要性があったことが明らかである。
a 勤務状況
原告は,当時中学2年生の社会科を担当していたが,その欠課時間数は,合計100時間にものぼり,また,総授業時間数140時間のうち,多いクラスでは21時間を欠課し,平成12年3月の1か月分の授業が残っていることを考慮すると,総授業数の約6分の1を欠課している。
担当授業の欠課の際,生徒達の学力低下を防止するため,他の教員とも相談の上,なるべく授業が欠課にならないよう配慮するということが,ごく自然な慣例であったが,原告は,欠課の際,そのような配慮を怠り,ドリルやワークブックを生徒達に示し,自習をさせていた。D校長が原告に対し,事前の授業振替をするよう指導をした際,原告は,「それは管理職がやることだ。」と独自の解釈を曲げようとせず,決して指導を受け入れなかった。
原告の出勤は,ほとんどぎりぎりで,時折遅れることがあり,その都度,D校長が注意指導していたが,全く聞き入れなかった。
b 教育指導力についての状況
原告が担当する社会科の指導は,表面的で深まりがなく,また,原告が休暇を取得してもワークブック等による自習課題のみであり,生徒達に対する事後の配慮は見られなかった。
原告は,当時中学2年2組の担任をしていたが,学級経営は殆ど指導がなく,勝手な放任状態で,生徒からは「また休みか,あんな先生はいない方がいいんだ」などという声が出ていた。
なお,原告は,後記のとおり職員会議,学校評価会議のほとんどを欠席し,かつ,欠席の手当も行っていなかったものであるから,学級経営について生徒達に指導などできようはずもない。
c 校務分掌についての状況
原告は,当時,安全点検,清掃計画を担当していたが,安全点検は指導に応じず,実施しておらず,そのため,周りの教員が自主的に取り組む状態であった。また,清掃計画も計画案がずさんで,他の教員がカバーしていた。
これらについて校長が注意,指導しても,「裁量権の濫用」であるとして攻撃的言辞を用いたり,また,議論の末,いったんは「分かりました」というものの,そのときばかりであった。
d 職員との関係
職員との関係では,原告は,自分勝手で独善的であり協調性がない。
原告は,周りの職員にカバーされていることを分かろうとせず,あるいは当然という振る舞いであったため,他の職員からは「どこまでカバーすれば良いんでしょうか」,「何とかならないもんでしょうか」などと,不満や不信の声があがっていた。
e 保護者からの意見
保護者からは,「あんな先生だと知って何で担任にしたのか」,「3年生の担任にだけは絶対にさせられないのでよろしく」等の声がD校長及びPTA会長に挙がっていた。
なお,これに関連し,同月24日にも,B町教委教育長宛に2人の保護者から相次いで電話があり,「原告を3年生の担任にはしないで欲しい」との要望がされた。
・※ 争点・※(研修内容の不相当性)について
ア 原告の主張
・※ 被告らの目的は,原告を報復的に学校現場から排除することであったから,被告らは,本件研修の内容について真剣に検討せず,以下のとおり,原告に対して明らかに不適切な研修を行った。
・※ 長期特別研修は,教員を学校現場から隔離して特別の長期の研修を課すものである以上,本当に研修員の能力を高めたり,欠陥を補ったりすることに特段に配慮された研修内容でなければならないにもかかわらず,平成12年4月から同14年3月までの松島野外活動センターにおける本件研修の内容は,同センター利用者の対応をすることはともかく,机に向かっての独学と,環境整備作業と銘打った,遊歩道の造成,倒木の運搬,雪かき,リヤカーの製作,建物の解体作業,草刈り,自転車の整備作業などの野外作業であり,しかも,被告らは,原告に対し,何ら具体的説明をしなかったので,原告としては,どんな目的意識を持ってどんな研修をすればよいのか皆目見当がつかない状態であり,研修の獲得目標や研修方法に配慮がされておらず,研修の効果も期待できない代物であった。このように,被告らは,原告に対し,原告の欠点をきちんと指摘,自覚させ,具体的な改善目標や研修目標を掲げさせることもなく,漫然と独習と肉体作業を原告に命じ続けてきた。
長期特別研修制度は,東京都を始め各地で行われているが,松島野外活動センターのような施設で単に利用者対応をさせたり環境整備作業をさせたりするようなことは行われておらず,学級崩壊などを来した指導力不足教員に対して,指導官がマンツーマンで指導して,適切な授業ができるように導くなど研修が行われるのが一般的であり,個々の教員の課題に応じた研修が配慮されている。また,現在の宮城県における長期特別研修の内容(研修場所,研修を受ける具体的理由や獲得目標の説明,専門の指導教官の有無,研修成績の告知等)と比較しても,松島野外活動センターでの長期特別研修は余りに不当なものである。
イ 被告らの主張
・※ 被告宮城県の主張
原告には,職場の上司,同僚に対する節度をわきまえない非協調的,反抗的,挑戦的態度がうかがわれるので,原告への研修としては,学校内での指導効果を期待できず,いったん職場を離れ,自己を見つめ直す機会を与える必要があった。
松島野外活動センターは,幅広い年齢層の人たちが利用して,児童生徒と接する機会も多い施設で,そこに勤務する社会教育主事の多くは,教員資格を有している。原告がこのような施設で社会教育主事とともに利用者対応補助や環境整備作業を行い,一つの目標に向かって協力し合うことは,組織の一員としての自覚及び協調性を養う点で有意義であるとともに,引率教員の指導ぶりや社会教育主事の利用者(児童生徒)への接し方を観察しつつ,自らも利用者と接することは,原告が教育現場における児童生徒との関わりの持ち方を考察するに当たって効果的である。
また,環境整備活動作業のように肉体労働を伴う作業も,社会が様々な作業によって支えられていることを改めて認識し,幅広い視野を身につけさせ他への配慮の大切さを体得するとともに,社会教育主事と協働することによって,協調性を養うという点で有意義である。
さらに,研修期間中,半年ごとに一つの課題を掘り下げて検討するテーマ研修にも多くの時間が割り当てられており,原告が教育指導の在り方等を振り返り,今後の改善を図るための適切な内容であった。
・※ 被告多賀城市の主張
松島野外活動センターにおける原告の研修内容に違法性はない。
・※ 争点・※ア(被告宮城県の責任)について
ア 原告の主張
・※ 県教委及びC県教委教育長は,原告が宮城県教育委員会の関係者らを相手取って損害賠償請求訴訟を起こしていたことや,市民運動をしていることに嫌悪感を有していたことから,被告町及びD校長に対して,原告を監視するよう指示し,P中学校PTAなどから原告に不利な情報を集めさせて報告させ,このような意図的に集めた情報を基に,被告町に事前協議申請をさせ,違法な本件処分を決定した。
・※ 県教委及びC県教委教育長は,研修内容に何らの配慮をせずに無意味で制裁的な長期特別研修のプログラムを立ててこれを実施し,研修理由や獲得目標すら不明の無駄でかつ苦痛な研修を課した。
・※ 上記・※及び・※の県教委及びC県教委教育長の行為は,不法行為に当たり,C県教委教育長は,被告宮城県の公権力の行使に当たる公務員であり,上記・※及び・※は職務上の行為であるから,被告宮城県は,国家賠償法1条1項の賠償責任を負う。
・※ なお,本件研修命令は,本件要綱に定められたとおりの手続によって発令されたのであるから,県教委及び担当センターがその発令及び研修プログラムの策定に主導的な役割を果たしていたことは明らかである。
イ 被告宮城県の主張
・※ 教員に対して長期特別研修命令をするのは,派遣元の長であり,宮城県教育委員会は,教員に対して長期特別研修命令を下す立場にはない。
・※ 原告が本件研修命令を受けるに至った本質的な理由は,原告の教師としての職務そのものの問題であったのであり,原告の住民訴訟提起等が問題であったとしているのは,原告に問題の本質の理解が欠けているからである。被告宮城県では,県教委において,原告への報復目的のために動いた者は,教育長を始め誰一人として存在しない。
・※ 派遣元の長が長期特別研修命令を発するに至るまでには,長期特別研修教員としての当否を公正に決定するため,詳細な記録に基づき,市町村教委が県教委に事前協議するか否かを判断し,さらには,県教委検討会議等で認定が適当か否かを判断した上で,市町村教委が研修命令を発するかどうかを決定するのであり,システムとして恣意が排除されている。
・※ 争点・※イ(被告多賀城市の責任)について
ア 原告の主張
・※ A市教委教育長は,原告に対する服務監督権限を有していたのであるから(地教行法43条1項),原告に長期特別研修を命ずる理由があるのかどうかを慎重に判断するべきであったのにこれを怠り,県教委の恣意的な働きかけを目の当たりにしたにもかかわらず,県教委の見解を無批判に受け入れて,必要性のない本件研修命令をしたのであるから,A市教委教育長の行為は,不法行為に当たる。
・※ A市教委教育長は,原告に対し,服務監督権限を有しており(同法43条1項),また,本件要綱12条,16条によれば,長期特別研修の状況を把握して,どのような研修がより効果的かを検討しなければならず,必要に応じて意見を申し出るべき立場にあったのであるから,松島野外活動センターでの原告の研修内容を把握し,研修内容が不適切であることを察知して,意見を出して,研修内容を改善できたにもかかわらず,漫然とこれを怠り,定期的な最低限の報告を受けていただけで原告の研修内容を何ら把握しようとせず,研修内容を県教委と松島野外活動センターに任せきりにして,効果のない研修を続けさせ,これにより,原告は,甚大な精神的肉体的苦痛を味わうことになったのであるから,A市教委教育長のこの行為は,不法行為を構成する。
・※ A市教委教育長は,被告多賀城市の公権力の行使に当たる公務員であり,上記・※及び・※は職務上の行為であるから,被告多賀城市は,国家賠償法1条1項の賠償責任を負う。
イ 被告多賀城市の主張
・※ 本件研修命令についての形式的な発令者は,A市教委教育長であるものの,県教委が原告の任命権者であり,本件研修を主体となって実施したこと,県教委教育長が検討会議の議を経て研修の必要性の有無を決定すること等からすれば,A市教委教育長においては,原告に対し,長期特別研修の必要性を判断する実質的権限がなかった。
原告は,同年3月まで,P中学校の教員であったものであり,多賀城市教委としては,県教委からの強い要請により,原告の受入れを断り切れず,同年4月1日付けをもって原告を多賀城市立Q小学校の教員として受け入れ,かつ,県教委からの長期特別研修教員として認める旨の回答に従って,本件研修命令をしたものである。
したがって,A市教委教育長が本件研修命令をしたことに違法はない。
・※ 松島野外活動センターは,県教委によって管理運営されているものであるし,本件研修の研修内容が教育公務員に対するものとしておよそ相応しくないものであるということはないから,A市教委教育長には,研修内容の改善の意見を申し出るべき義務はなく,仮にそのような義務があるとしても,義務違反の事実はない。
・※ 争点・※ウ(被告七ヶ浜町の責任)について
ア 原告の主張
・※ B町教委教育長は,原告が県教委関係者らを相手取って損害賠償請求訴訟を提起していたことに嫌悪感を持っていた県教委と意を通じ,原告を学校現場から排除するため,平成12年3月21日,県教委教育長に対して,D校長が原告を長期間監視した上でかき集めたあら探し情報を基に構成された一方的評価であり,かつ,事実無根の情報に基づき,原告について,「教育指導力について特に研修を要すると認められる者」という事前協議申入れの要件を欠くにもかかわらず,事前協議を申し入れ,原告に対し,違法な本件処分をさせた。
これにより,原告は,本件研修命令を発せられ,2年間も松島野外活動センターでの苦役を強いられることとなり,精神的肉体的損害を被っているから,B町教委教育長及びD校長の前記行為は,不法行為(民法709条)を構成する。
・※ B町教委教育長及びD校長は,被告七ヶ浜町の公権力の行使に当たる公務員であり,上記・※は職務上の行為であるから,被告七ヶ浜町は,国家賠償法1条1項の賠償責任を負う。
イ 被告七ヶ浜町の主張
・※ 原告に対する報復目的というのは,原告の邪推である。
原告については,従前から教員としての資質を疑わせる数多くの言動があり,B町教委教育長ないしD校長が県教委に事実報告をしていたが,その間に本件要綱の制定の通知を受け検討したところ,原告には長期特別研修が必要であるとの判断に至り,事前協議を申し入れたのであり,何らの恣意性もない。
・※ また,原告は,原告に長期特別研修を課して学校現場から排除するべく,B町教委教育長,D校長らが原告のあら探しをしたとも主張するが,そのような意図はないし,原告には,客観的にみて教員としての問題行動が多く,これが単なる「あら探し」としてすませられる程度のものでないことは明らかである。B町教委教育長及びD校長は,それらの原告の行動を問題と感じ,適宜,記録化していたものが,後日,検討会議の判断材料とされたにすぎない。県教委に対する報告の当時,B町教委教育長及びD校長らは,本件要綱の制定を知らされていなかった。
・※ 争点・※(損害額)について
ア 原告の主張
・※ 慰謝料 200万円
原告は,本件研修命令によって所属教育機関における教育に携わる機会を奪われただけでなく,平成12年4月2日から同14年3月末日まで,教育指導力とは何の関係もない「環境整備作業」や孤独な独習を課され,甚大な精神的苦痛を味わった。これらによる精神的苦痛に対する慰謝料としては200万円を下らない。
・※ 弁護士費用 48万円
被告らが任意に損害賠償に応じないため,原告は,11名の弁護士を依頼して本件訴訟提起を余儀なくされ,日本弁護士連合会報酬基準どおりの着手金16万円及び報酬32万円を支払う旨約したので,被告らの不法行為と相当因果関係にある損害としての弁護士費用は48万円が相当である。
イ 被告らの主張
争う。
第3争点に対する判断
1 前記争いのない事実等に,証拠(甲7,16,19の1・2,39,40,44,46,88,89,乙7の1ないし3,8の1ないし7,9の1ないし3,17の1・2,25,26,27の1ないし9,28の1・2,29,30の1・2,33,34,38ないし41,42の1・2,43,44,45の1ないし4,49ないし87,91の1ないし3,92の1・2,93の1ないし3,94の1・2,95の1ないし3,96の1・2,101ないし104,丙1ないし3,5,6,証人D,証人B,証人G,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
・※ 原告の勤務状況等
ア 原告は,平成10年4月1日より,P中学校教諭に補された。
イ 原告は,O小学校在籍当時の平成9年度及びP中学校に異動後の平成10年度,朝の打合せの司会,学校日誌への記載,校内巡視,施錠の平日の日直業務のうち,朝の打合せの司会については実施したものの,その他については管理職の職務であるという考えに基づき,校内巡視や施錠については校長から是非とも実施してほしいと頼まれた場合や裁判例等を示された場合に限り実施し,学校日誌への記載も内容の記載はするものの記名,押印をわざとしなかった。同年8月31日には,学校日誌への記載,校内巡視,施錠の一切を拒否した。
ウ B町教委教育長は,同日に原告が学校日誌への記載,校内巡視,施錠の一切を拒否したことについて,職務命令違反ではないかとの問題意識を持ち,その旨仙台教育事務所を通じて県教委に報告し,同年9月中旬ころ,県教委に相談に赴いた。
B町教委教育長は,職務命令違反に該当するか否かの見解を県教委に仰いだところ,特段の返答はなく,県教委教育次長より,日直拒否のみをもって,県教委が職務命令違反か否かを判断することはできないため,職務命令違反が問題となり得るもので確認できるものがあればまとめるようにとの指示を受けた。
エ その後,B町教委教育長は,原告の行動に関し,事実調査をし,①平成9年度以降,日直勤務を度々拒否していたこと,②昼休みに仕事をした分早く退勤すると言って無断早退勤をしたこと,③学校の印刷機で自らが行っていた裁判に関する新聞への折り込み紙を印刷したこと,④ファックスを私的使用したこと,⑤児童に対し体罰をしたこと,⑥秋の交通安全週間中の登校指導について校長からの依頼を拒否し,参加しなかったこと,⑦上司等への侮辱的言動をしたこと等の原告の問題行動を整理の上,平成11年1月14日ころ,宮城県仙台教育事務所長であったG(以下「G」という。)に対し,原告の言動に関する報告書を提出した。
オ 七ヶ浜町中学校のPTA会長であったHは,同年3月5日ころ,県教委に対し,父母教師会会長の肩書を付した上で,原告が住民訴訟を行っていることを批判するとともに,原告が教員として相応しくないといった意見書を提出した。同意見書は,七ヶ浜町役場のファクシミリにより,県教委に送付された。
カ D校長は,同年4月1日,P中学校の校長として着任し,原告の上司となった。着任に際しては,前任のF校長から,原告について,職員間の和を欠く場合が多いとの口頭での引継ぎを受けた。
原告は,同日より,2年2組の担任となった。始業式が終わった後,原告は,自分のクラスの生徒達に対し,本当は担任をしたくなかった旨発言をした。
そのことを契機として,D校長は,原告の行動についてメモを取るようになり,同年6月以降,B町教委教育長に対し,原告の勤務状況に関する報告書を提出し,B町教委教育長は,同報告書を県教委に提出した。
キ 平成11年度における原告の勤務状況
・※ 休暇の取得状況
a 同年4月1日から平成12年2月末日まで
特別休暇19件73時間(9日と1時間),年次有給休暇49件159時間(19日7時間),病気休暇6件176時間(22日)
この期間中の原告が担当する社会科の欠課時間数は,合計100時間程度であり,欠課時間数の多いクラスでは,年間の総授業時間数が140時間あるうちの21時間を欠課した。
b 同年3月
特別休暇4件20時間(2日と4時間),年次有給休暇8件31時間(3日と7時間),病気休暇1件4時間
c 原告は,上記のように休暇を取得した際には,生徒に対し,白地図,ワークブック,業者が作ったプリントによる自習課題を行わせて提出させ,事後的に自習状況を確認したり,次の授業の際に質問を受け付けるなどの対応をした。
・※ 参観授業当日の休暇取得を巡る問題
平成11年4月ころ,P中学校において,同年12月9日の5時間目が参観授業となることが決まり,同年11月26日の職員会議(原告は病気休暇取得のため欠席)において,この参観授業を原告が担当することに決まった。原告は,同日の職員会議の内容について特段確認をしなかった。
原告は,D校長に対し,同年12月1日,自らが原告となっていた住民訴訟の判決言渡期日が同月9日に指定されていたことから,同日についての年次有給休暇を申請したところ,D校長は,これを許可した。原告は,同日の数日前に,I学年主任から参観授業の担当が当たっていることを知らされたが,教務主任が参観授業を代わってくれる者を探すものと思い込み,自ら探すことはなかった。
D校長は,同月8日までには,1年の主任が参観授業の担当を原告と交替できる手はずを整えていたが,本来は原告自身が授業の交換について対応すべきと考え,原告に対し,その旨注意したが,原告は,「それは管理職がやることでしょう。」等の感情的な発言に終始し,素直に注意を受け入れようとはしなかった。そのため,D校長は,原告に注意した後,1,2年の主任に対し,上記準備どおり,参観授業の交換をするように指示した。
・※ 職員会議等の欠席
同年度中,原告は,職員会議を14回中10回欠席し,学校評価会議に至っては,3回中3回とも欠席した。原告は,職員会議を欠席した後,職員会議の要綱や職員会議録を見たり,同僚に聞く等の事後的に補完する措置をその都度十分には行っていなかった。
職員会議は,校長を中心に職員が協力して学校の教育活動を展開するため,学校運営に関する校長の方針や様々な教育課題への対応方策についての共通理解を深めるとともに,児童生徒の状況等について,担当する学年,学級,教科を超えて情報交換を行うなど,職員間の意思疎通を図る上で重要な意義を有する。また,学校評価会議も,1年間の教育活動を反省し,それに基づいて次年度の教育計画を作成する重要な意義を有するものである。
・※ 給食指導
原告は,同年度当時,給食時間になっても職員室におり,給食当番の配膳ができたころに教室に行くということが多く,他の職員からD校長に対し,原告の給食指導に対する姿勢を疑問視する指摘がされた。同年6月11日,D校長は,原告に対し,食事をとる際だけでなく,事前,事後の指導もするように注意したが,原告は,「そんなこと言われるのは頭にくるよ。いろいろ仕事があり,あの時間帯は活用できる時間なんだ。」等と述べて,素直に注意を聞き入れようとはしなかった。
給食指導は,教科課程の一領域である特別活動のうち学級指導に含まれるものである。
・※ 校務分掌
a 日直
原告は,同年度には,原告の代わりに他の教員が平日の日直業務を行ったと聞き,平日の日直業務を教員が行うことへの疑問を感じつつも,学校日誌の記載,校内巡視,施錠等も行うようになった。
学校日誌の記載や校内巡視,施錠等の業務も,校務に属し,特に校内巡視や施錠は,不審者の進入を防止して児童生徒の安全を確保するために必須の校務であり,校長は,教員に対し,これを分担させることができる。
b 安全点検
原告は,同年度当時,安全点検係の担当であり,D校長から,点検ファイルを毎月1回配布するよう指示されていたが,2か月に1回の配布で十分であると独自に判断したことから,2か月に1回点検ファイルを配布した。
安全点検も,児童生徒の生命,身体を守るため重要な校務である。
c 交通安全街頭指導への不参加
原告は,同年度の交通安全街頭指導につき,D校長から職員会議の中で他の教員とともに交通安全街頭指導の趣旨及び勤務時間より早く働く分早く退勤してもよいという勤務時間の配慮等の説明を受けた上で,担当日時,場所の割当てをされたにもかかわらず,勝手に割当てをされたと不快に思い,事前,事後の連絡もなく,当日になって交通安全街頭指導に参加しなかった。
交通安全街頭指導は,児童生徒が交通安全における決まりを守り,安全に行動できるように,児童生徒に対し登下校の指導をすることにより,自他の命を尊重し,安全な生活を営むことのできる態度や実践力を養うことを目的とするもので,校務に含まれ,校長は,教員に対し,これを分担させることができる。
・※ 保護者や同僚の声
a 上記オの意見書の提出を受けて実施された同年4月22日の県教委のPTA事情調査において,原告の生徒の保護者と思われる者から,原告には,教育に対する前向きな姿勢や学級を作り上げるという姿勢が見られないという指摘があった。
b 同年7月16日のPTAが主催する地区懇談会において,原告の生徒の保護者から,原告がいつも休んでいて子供の勉強が心配であるという指摘があった。
c 同年10月15日,PTA本部役員会において,原告の生徒の保護者と思われる者から,あんな先生だと知っていながら何で担任にしたのか等の意見が出された。
d 平成12年2月ころ,P中学校の教職員の学校評価の中で,原告の校務分掌等に対する不信の念が表明された。
・※ 本件研修命令の発令に至る経緯等
ア 県教委は,多賀城市教委及び七ヶ浜町教委に対し,同月17日ころ,同年3月7日付けの「宮城県公立学校教育長期特別研修に関する要綱の制定について(通知)」と題する文書をもって,本件要綱の制定を本件要綱を添付の上で通知した。
イ B町教委教育長とD校長は,協議の上,原告について,長期特別研修の必要性があるという結論に達したため,B町教委教育長は,同月21日,C県教委教育長に対し,原告について,D校長の意見を付した上で,長期特別研修を必要とするとして,事前協議を申し入れた。
ウ 検討会議は,同月23日,原告について,「積極的に生徒を受け入れ生徒と関わるという教員として最も必要な姿勢が欠落していると認められる。また,独善的で非協調的であることで,校内においては教職員の協力関係を構築できず,学校の生徒に対する円滑で十分な教育の実施を阻害してしまい,他面で,校外的にも保護者をはじめとした地域の不信を強めており,学校にとって極めて問題のある状況である。」「学校が適切な事務分掌と教職員の円滑な協力連携により組織的に行われなければならないことを理解し,自己の意見の主張ばかりでなく,他人の意見を受け入れ,また積極的に対人関係を構築して業務運営の調整を図るなどの協調性が求められる」「生徒及び保護者が教員に求めるものを理解し,職務の遂行に必要な実践的指導力と教員としての自発的な使命感を持つことによって,本来有する熱意を学校教育に傾注すること」が求められるとして,長期特別研修を必要と認めた上で,研修内容について,「組織における事務分掌と協調性について,また生徒と向き合うという教員の基本的使命などについて,真摯に熟考し,自ら修練するための研修が必要であ」り,以下のようなものを含むことが適当であり,これを踏まえて教育研修センターが長期特別研修プログラムを作成すべきである旨の検討結果をC県教委教育長に報告した。
・※ 組織分掌の意義を自覚し,協調性を涵養するとともに,教員としての視野を広げるために,組織的事務分掌に従った業務に携わること
・※ 児童生徒の心理,学級経営,生徒指導(学習指導,生活指導)の意義,内容等について調査研究すること
・※ 教員としての視野を広げるために,社会教育,教育心理などについて調査研究すること
・※ また,当該教員の長所と考えられる面を積極的に伸長させることにより,主体的意欲的な研修の効果が期待されるが,当該教員はサッカー指導に熱意をもって取り組んできたことから,スポーツ,野外活動等を通した学習指導,教材開発等の調査研究の観点を取り入れることが有効であると考えられる。
・※ なお,研修手法としては,適時に研究主題を与えて報告を求めるなど,当該教員の自覚と主体的意識の涵養を促す方法も取り入れる。また,既存の研修である初任者研修や経年研修の中で有効と考えられる講話,課題研究等を適宜活用することとする。
そのころ,宮城県教育庁教職員課課長,G,仙台教育事務所長らが,多賀城市教委を訪ね,在籍だけで学校現場には立たせないこと,同年4月から2年間を限度とすることを条件として原告の受入要請をし,多賀城市教委は,原告をQ小学校の教員として受け入れることを承諾した。
エ C県教委教育長は,同月24日,B町教委教育長に対し,原告について,長期特別研修を必要と認める旨の回答をした。
B町教委教育長は,同日,A市教委教育長に対し,原告を長期特別研修とすることについての協議を申し入れた。
D校長は,同日,原告に対し,Q小学校に転任であること,県教委の指定により長期特別研修を受ける予定であること,内容等についてはQ小学校の校長の指示があることを説明した。
オ B町教委教育長とA市教委教育長は,同月29日,A市教委教育長が上記イ及びウの経緯を引き継ぎ,原告に対する長期特別研修命令をすることを合意した。
カ 原告は,同年4月1日,Q小学校教諭に補された。
キ E県教育研修センター所長は,同月3日,A市教委教育長に対し,原告の長期特別研修プログラムを通知した。
C県教委教育長は,同日,A市教委教育長に対し,原告に対して長期特別研修命令を行うよう依頼した。
A市教委教育長は,同日,原告に対し,本件研修命令をした。
・※ 本件研修の具体的実施状況等
ア 原告は,同月5日の本件研修のオリエンテーションの際,長期特別研修プログラムについて説明を受けた。長期特別研修プログラムには,テーマ研修と実践研修を並行して実施すること,テーマ研修は,個人の抱えている問題状況の認識及びその解決や教員に必要な資質,能力を高めることを目的とし,同年度の前期には「コミュニケーション・組織(人間関係)」,後期には「教育観・教育愛(生徒理解等)」を題材とすること,実践研修は,組織の一員として共通の目的に向かって協力する姿勢を培うことを目的とし,担当業務の目的達成にかかわる補助的な作業を通して,協力体制の必要性を知るとともに,達成感,成就感,満足感から自己に対する自信を取り戻すことにより,現場復帰等の勤労意欲の向上を図ることなどが記載されていた。
イ 宮城県教育庁教職員課課長Jは,同年5月18日,原告に対し,長期特別研修についての説明書を送付した。同説明書には,「前任の学校長や町教委のみならず,保護者からも生徒に向き合って欲しいとの声が直接県教委にも寄せられておりました」ということなどが記載されていた。
ウ 松島野外活動センターでの同年度の実践研修としては,施設利用者の多い4月から10月までは,オリエンテーションの実践及び補助,マレットゴルフ,釣り,貝殻細工などの実践及び指導,自転車の貸出し,野外炊飯等の準備や後片づけ等の利用者対応補助,施設設備の管理補助,野外活動補助等の業務を行い,施設利用者が少なくなる11月から3月までは,翌年の準備のための整備計画に基づく,遊具の点検及び補修,遊歩道の補修,倒木運搬等の環境整備作業を行った(環境整備活動は,おおむね午前中の2時間程度行われた。)。また,1年を通じて,年に数回行われる松島野外活動センター主催事業(野外活動フェスティバル等)の補助的業務等を行った。
エ 平成13年度の実践研修も基本的には前年度と同様であるが,同年度は「一歩進んだ形の実践研修」ということで,補助的業務から支援者,指導者としての活動に重点を置くこととされた。
オ 松島野外活動センターには,社会教育主事(多くは教員資格を有する)が配置され,日常的に上記ウ,エのような作業を行っているが,原告の研修についても,4名の社会教育主事が役割を分担して研修支援に当たっており,原告は,環境整備作業等の上記業務を社会教育主事とともに行った。
カ 同年11月26日から5日間,Q小学校において授業実践研修が行われ,原告は,4年生の国語の授業として接続詞,接続助詞の使用法に関する授業を行った。
キ テーマ研修には,平成12年度も平成13年度も,年間を通して毎日おおむね6ないし7時間が割り当てられ,原告は,以下のテーマを自ら選択して,調査研究を行い,報告書を提出した。
・※ 平成12年度前期
社会教育施設勤務の実際とその実践(コミュニケーション・組織<人間関係>について)
・※ 同年度後期
主催事業における補助的業務と環境整備活動について
・※ 平成13年度前期
校外(野外)活動における目的と安全確保及び校外活動における生徒指導の実際(利用者対応における補助的業務を通して)
・※ 同年度後期
新教育課程の推進の在り方について(授業実践研修を通して)
ク 本件研修において,原告が実際に行った研修内容別の時間は,平成12年度は,テーマ研修が995時間,環境整備活動が178時間,野外活動等の補助が102時間などとなっており,平成13年度は,テーマ研修が1434時間,環境整備作業が15時間などとなっている。
ケ 同年5月19日,宮城県の長期特別研修制度が仙台放送の報道番組「CATCH」において取り上げられ,放映された。同番組では,原告が実名で登場し,長期特別研修の問題点について意見を述べるとともに,松島野外活動センターにおいて原告が環境整備作業に従事している様子が放映されているが,これを見た視聴者は,あたかも原告が毎日,専ら土木作業に従事しているかのような誤解をしかねず,現に視聴者から強制収容のように感じた旨の反応が寄せられた。番組の作成に当たって,松島野外活動センターには取材の申込みがされておらず,作業の様子の映像は,原告から仙台放送に提供された。
「CATCH」の放映により,原告とともに環境整備作業に従事していた社会教育主事をはじめ,松島野外活動センターの所員の間には原告に対する失望と憤りが広がり,被告宮城県から松島野外活動センターの指導担当官に指名されたK等は,県教委に対して,「CATCHの放映後,原告との信頼関係が低下している」旨報告した。
コ A市教委教育長は,平成12年4月に研修プログラムの通知を受け,平成13年3月に長期特別研修報告書を受領し,同年4月に研修プログラム変更の通知を受け,同年11月と平成14年3月に長期特別研修報告書を受領したが,その間,研修内容について,特段の意見を述べることはなかった。
2 争点・※(本件要綱の定める長期特別研修制度の違憲性)について
・※ 当裁判所は,本件要綱の定める長期特別研修制度は,憲法31条に違反するものではないと判断する。その理由は以下のとおりである。
ア 学問の自由を保障した憲法23条により,学校において現実に子どもの教育の任にあたる教師には教育の自由が保障されており,公権力による支配,介入を受けないで自由に子どもの教育内容を決定することができるとする見解は,当裁判所の採用するところではない。
確かに,憲法の保障する学問の自由は,単に学問研究の自由ばかりでなく,その結果を教授する自由をも含むと解されるし,専ら自由な学問的探求と勉学を旨とする大学教育に比してむしろ知識の伝達と能力の開発を主とする高等学校以下の普通教育の場においても,例えば教師が公権力によって特定の意見のみを教授することを強制されないという意味において,また,子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ,その個性に応じて行われなければならないという本質的要請に照らし,教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては,一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない。しかし,大学教育の場合には,学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し,普通教育においては,児童生徒にこのような能力がなく,教師が児童生徒に対して強い影響力,支配力を有することを考え,また,普通教育においては,子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく,教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは,普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは,とうてい許されないところといわなければならない(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照)。
イ 憲法中教育そのものについて直接の定めをしている憲法26条は,その1項において,「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する。」と定め,その2項において,「すべて国民は,法律の定めるところにより,その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は,これを無償とする。」と定めている。この規定は,福祉国家の理念に基づき,国が積極的に教育に関する諸施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにするとともに,子どもに対する基礎的教育である普通教育の絶対的必要性に鑑み,親に対し,その子女に普通教育を受けさせる義務を課し,かつ,その費用を国において負担すべきことを宣言したものであるが,この規定の背後には,国民各自が,一個の人間として,また,一市民として,成長,発達し,自己の人格を完成,実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること,特に,みずから学習することのできない子どもは,その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。換言すれば,子どもの教育は,教育を施す者の支配的権能ではなく,何よりもまず,子どもの学習をする権利に対応し,その充足をはかりうる立場にある者の責務に属するものとしてとらえられている。また,憲法26条は,子どもに対する教育内容を誰がどのように決定するかについて,直接規定しておらず,憲法上,親は家庭教育等において子女に対する教育の自由を有し,教師は,普通教育の場においても,授業等の具体的内容及び方法においてある程度の裁量が認められるという意味において,一定の範囲における教育の自由が認められるが,それ以外の領域においては,国及び地方公共団体は,子ども自身の利益の擁護のため,又は子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため,必要かつ相当と認められる範囲において,子どもに対する教育内容に介入し,これを決定する権能を有するものと解される。
教育基本法10条は,憲法の上記趣旨を受けて教育と教育行政との関係についての基本原理を明らかにしたものであり,その1項において,「教育は,不当な支配に服することなく,国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」と定め,その2項において,「教育行政は,この自覚のもとに,教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」と定めているが,その趣旨は,国及び地方公共団体の教育統制権能を前提としつつ,教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き,その整備確立のための措置を講ずるにあたっては,教育の自主性尊重の見地から,これに対する「不当な支配」となることのないようにすべき旨の限定を付したところにその意味があり,したがって,教育に対する行政権力の不当,不要の介入は排除されるべきであるとしても,子ども自身の学習する権利を擁護し教育における機会均等を確保するという許容される目的のために必要かつ合理的と認められるそれは,たとえ教育の内容及び方法に関するものであっても,必ずしも同条の禁止するところではないと解するのが相当である(前掲判決参照)。
ウ ところで,教育基本法10条2項にいう教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立の内容としてまず考えられるのは,教育施設の設置管理及び教員配置等のいわゆる教育の外的事項に関する条件の整備であり,そこで言う教員の配置には,数的配置のみならず,一定の水準の教育指導力を備えた教員の配置,すなわち質的配置も含まれるものと解される。したがって,公立学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する事務等を管理し,執行する権限を有する地方公共団体の教育委員会(地教行法23条,32条,43条等)としては,子どもの学習をする権利の充足をはかりうる立場にある者の責務として,当該地方公共団体に居住する子どもが均しく一定の水準以上の教育を受けられるよう,一定の水準の教育指導力を備えた適切な人数の教員を公立学校に配置すべき職責を負っていると言わなければならない。
本件要綱は,県教委の負っている上記職責を前提とし,県教委の任命に係る公立学校の教員の教育指導力のレベルを確保する目的で定められたものであって,その究極の目的は,当該教員からの教育を受ける立場にある子どもの学習する権利を擁護し,教育の機会均等を実現することにあるということができる。他方,特定の教員の教育指導力の水準が一定のレベルに達しているかどうかを判断し,これに研修を命ずるに当たっては,当該教員の教育内容にある程度介入せざるを得ない場合もあり得よう。しかし,普通教育を受ける年代の子どもにとって,普通教育に充てられる時間は,可塑性に富み,様々な事象に対する関心を広げ,自己の能力を開発するのに最も適した,その子どもの人生の中でも限られた貴重な時間である。このような貴重な時間を,教育指導力の不足した教員によって失うことがあるとすれば,その子どもにとってこれによる損失は計り知れない。したがって,上記のような損失を最小限に食い止めるために,教員の教育内容に必要かつ合理的な限度で介入することは,上記イのとおり,憲法26条及び教育基本法10条の趣旨に反するものではないというべきである。
エ 憲法31条の定める法定手続の保障は,直接には刑事手続に関するものであるが,行政手続については,それが刑事手続ではないとの理由のみで,そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら,同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても,一般に,行政手続は,刑事手続とその性質においておのずから差異があり,また,行政目的に応じて多種多様であるから,行政処分の相手方にどのような法定手続が保障されるかは,行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきものである(最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁参照)。
本件要綱に基づく長期特別研修命令は,2年間の研修期間にわたり,その命令を受けた教員の勤務内容を学校における児童生徒への教育活動から学校現場を離れた研修活動へと変更し,その教員の勤務場所及び勤務内容に軽視することのできない変更を義務づけるものである点において,不利益処分の性格を有することは否定することはできない。しかし,本件要綱に基づく長期特別研修命令の相手方にどのような法定手続が保障されるのかを判断するに当たっては,その研修命令が教員としての身分及び給与それ自体に影響を与えるものではない上,本件要綱に基づく長期特別研修命令が,その教員の職務に対する主体的意欲と児童生徒に対する指導力の伸長を促し,教育現場が抱える課題に適切に対応できる力量を高めることによって,学校教育の向上,充実に資することを目的とするものであり,上記ウのとおり,その究極の目的が,当該教員からの教育を受ける立場にある子どもの学習する権利を擁護し,教育の機会均等を実現することにある点を十分に考慮する必要があるというべきである。
オ 本件要綱は,長期特別研修命令を発令する要件として,「教育指導力等について特に学校現場を離れて再研修を要すると認められる場合」と規定するが,これは,前記第2の2・※アの本件要綱1条に規定されたその目的や前記第2の2・※カ・※の本件要綱7条に規定された長期特別研修プログラム作成上の留意点などに照らし,前記第2の2・※イの改正規程2条3項の定める指導力不足等教員の定義に当てはまるような場合を意味すると解すべきであり,そのことは,本件要綱の上記各規定の内容から容易に想定することができるから,長期特別研修命令を発令する要件が不明確なものであるとはいえない。
カ 行政処分の相手方に事前の告知,弁解,防御の機会を与えるかどうかは,行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって,常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である(前掲最高裁平成4年7月1日大法廷判決)。
本件要綱に基づく長期特別研修命令により制限される権利利益の内容,性質は,上記エのとおり,教員の勤務場所及び勤務内容が学校における児童生徒への教育活動から学校現場を離れた研修活動へと変更されることであり,他方,上記命令により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等は,上記イないしエのとおり,憲法26条によって保障された子どもの学習する権利を擁護し,教育の機会均等を実現するという国家的,社会的,公益的見地からその確保が強く要請されているものである上,子どもにとって限られた貴重な時間である普通教育に充てられる時間の喪失を最小限に食い止めるという緊急性も有するものであること,行政庁が不利益処分をしようとする場合に,不利益処分の名宛人となるべき者について意見陳述のための手続を原則として執らなければならない旨定める行政手続法13条の規定が,同法3条1項9号において,公務員に対してその職務等に関してされる処分については適用されないこととされている(これは,公務の遂行主体である公務員に対する権利保障は公務の公正の確保という要請との比較較量の観点から一般国民に対するものとは同様に扱うべきでないという趣旨と解される。)ことにより,本件要綱の定める長期特別研修命令には適用されないことなどを総合較量すれば,上記命令をするに当たり,その相手方に対し事前に告知,弁解,防御の機会を与える旨の規定がなくても,本件要綱が憲法31条の法意に反するものということはできない。
キ 本件要綱では,派遣元の長が事前協議の申入れをすることとされているところ,派遣元の長は,県費負担教職員である教員の場合,市町村等教育委員会教育長であり,学校現場に常駐しているわけではないが,市町村教育委員会教育長は,原告に対する服務監督権限を有する立場にあり(地教行法43条1項),また,市町村等教育委員会教育長が事前協議を行う場合には,対象者の所属する学校の校長の意見を付するものとされている。
上記カのとおり,本件要綱に基づく長期特別研修命令により制限される権利利益の内容,性質が教員の勤務場所及び勤務内容の変更にとどまる一方,上記命令により達成しようとする公益は,子どもの学習する権利の擁護という国家的,社会的,公益的見地からその確保が強く要請されているものである上,緊急性をも有するものであることに照らすと,学校現場に常駐していない者が事前協議に関与すること,及び長期特別研修を発令する最終的な判断が合議体の判断に基づかないことが適正手続に違反するということはできず,上記のような長期特別研修命令発令要件の認定手続が憲法31条の法意に反するものということはできない。
・※ したがって,本件要綱の定める長期特別研修制度が憲法31条に違反するとの原告の主張は採用できない。
3 争点・※(本件研修命令の違法性)について
・※ 長期特別研修の要件について
ア 市町村教育委員会は,所属する教員の服務監督権者として,各教員の職務に対する主体的意欲と児童生徒に対する指導力の伸長を促すため,必要と認められる研修を命じる権限を付与されている(地教行法43条1項,45条1項)ところ,意欲や指導力の程度,問題性は個々の教員によって異なり,また,その問題点を改善するために研修を命じる必要性の有無や研修を実施する場合の期間,内容,実施機関の決定は,その教員の抱える問題性の内容及び程度のほか,資質,性格,自らの職務や問題点の克服に対する意欲,児童生徒や保護者,他の教職員との関係,教育現場に与える影響など,諸般の事情を総合的に考慮して検討すべき事項であるから,教員に対して研修を命じる職務命令は,市町村教育委員会が,上記事情を総合的に考慮して判断すべき裁量行為に属すると解するのが相当である。もっとも,本件研修命令のように学校の現場を離れて長期にわたり研修を命じる場合には,その教員に対して与える不利益の程度も少なくないから,研修の必要性がないことが明らかであるのに本件要綱に基づく長期特別研修を命じた場合や,研修の目的に照らし長期特別研修の実施内容が著しく不相当である場合には,市町村教育委員会がその裁量権の逸脱又は濫用したのものとして違法になることがあり得るというべきである。
イ 原告は,長期特別研修を命ずる要件として,①「教育指導力」とそれに密接に関連する事実が問題となっていること,②客観的に合理的な理由があること,③多数の教員中から特に原告を選定することについて必要性と合理性があること,④学校現場を離れての再研修以外の方法による解決を試みたこと(長期特別研修命令回避の努力義務を尽くしたこと),⑤学校現場を離れての再研修が問題解決にとって必要かつ有効であると認められることの各要件を充足することが必要であると主張する。
しかし,前記のとおり,教育公務員の有する教育の自由に関する原告の主張は当裁判所の採用するところではないし,本件要綱に基づく長期特別研修命令により制限される権利利益の内容,性質と上記命令により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等とを比較較量すると,本件要綱による長期特別研修が発令できる要件を原告の主張するように極めて例外的な場合に限定して解さなければならない合理的理由はないというべきである。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
・※ 原告に対する研修の必要性
ア 教員は,学校での授業や課外活動,学級運営等を通じ,児童生徒と日常的に接することにより,その人間形成に大きな影響力を有することから,単に授業における教科指導力に止まらず,全人格的な力量が求められる。したがって,人間的な資質の向上が常に必要であるとともに,児童生徒から求められるものを正しく理解しながら,積極的,自主的に児童生徒に関わっていくことが基本姿勢として要求されているというべきである。特に,児童生徒の教育が,教員と児童生徒との間の直接の人格的接触を通じ,その個性に応じて行われなければならないというのは教育の本質的要請であって,教員と児童生徒との間の機知に富んだ会話を通じ,児童生徒に対して様々な知識を伝達するとともにその関心を広げさせ,児童生徒の潜在能力を引き出し開発するという過程にこそ教育の専門家としての教員の存在意義があるのである。教員としては,児童生徒にとってこのような貴重な機会が失われることのないよう十分な配慮をすべきであるし,仮に,自己の都合によって上記機会が失われることがあった場合には,児童生徒が失ったその機会を取り戻させるべく,最大限の努力が要請されるというべきである。
また,教育指導を行うに当たっては,学校全体が一丸となって取り組むことも必要となる上,教員が児童生徒に対して,協調性の重要性や他への思いやりの大切さなどを身をもって指導するためにも,教員自身が,組織の一員としての自覚と協調性をしっかりと備えていることが肝要というべきである。
イ 前記認定事実によれば,平成11年度における原告の勤務状況は,休暇取得が多く,平成11年度(平成12年2月末日まで)の原告が担当する社会科の欠課時間数は合計100時間程度であり,欠課時間数の多いクラスでは,年間の総授業時間数が140時間あるうちの21時間を欠課し,児童生徒の授業を受ける機会が大幅に減少したにもかかわらず,原告は,児童生徒に対し,ワークブック等の自習課題を行わせるなどの対応をしたのみであった。また,原告は,他の教員と授業を交換する等の方法により欠課時間を減らしたり,欠課を補うための適切な事後の指導をするという努力もしていなかった。上記事実に照らすと,原告の休暇取得自体は正当な権利の行使であるとは言え,原告には,教員として,児童生徒との間の直接の人格的接触を通じた教育の重要性についての認識が欠けているといわざるを得ないし,児童生徒にとってその機会を失ったことがその児童生徒にとってどれくらい大きな損失となるのか,児童生徒がそのような損失を被らないようにするため,他の教員等がどれだけ多くの努力と犠牲を払っているのかについての配慮にも欠けているといわざるを得ず,教員としての使命及び職務への自覚が不足しており,生徒の心を理解する能力や意欲が乏しいと評価されてもやむを得ない。また,前記1・※キ・※の参観授業当日の休暇取得を巡っての原告の言動も,同様の評価を基礎付けるものというべきである。原告は,正当な権利行使の結果としての休暇取得をもって,原告に対する消極的評価ないし不利益取扱をすることは許されないと主張するが,本件要綱に基づく長期特別研修命令は,子どもの学習する権利を擁護し,教育の機会均等を実現するという国家的,社会的,公益的見地から発令されるものである以上,その発令要件該当性の判断に当たって,上記事情を考慮することは何ら妨げられるものではないというべきである。
さらに,原告は,平成11年度の職員会議や学校評価会議もほとんど欠席し,その内容を把握する方法もとっていなかったのであるから,他の教職員と協調して学校経営に参加しようという態度がみられないと評価されてもやむを得ない。
また,原告は,校務分掌として分担していた安全点検についても,ファイルの配布を校長の指示どおりに行わなかったり,日直や校内の見回り,施錠にも消極的で,他の教員が原告に代わってこれらを負担することもあり,交通安全指導についても,校長の指示を無視して参加せず,給食指導についても,これが学級指導に含まれるものであるにもかかわらず,給食時間になっても教室に行かないで職員室にいることが多く,そのことをD校長から注意されても素直に聞き入れようとはしないなどの面があり,保護者や同僚から原告に対する不信の声があがっていたのも,原告のこのような勤務状況等からすれば,無理のないことというべきである。
以上によれば,検討会議が「原告には,組織を理解し,他人の意見を受け入れ,業務運営の調整を図るなどの協調性が求められ,さらに,生徒及び保護者が教員に求めるものを理解し,実践的指導力と自発的な使命感を持って教育に当たることが求められる」として,長期特別研修を必要とする旨判断したのは十分首肯できるものであり,A市教委教育長が原告に対し本件研修命令をしたことが,裁量の逸脱又は濫用に当たるということはできない。
ウ なお,証拠(甲23,29ないし31,33,43,57の1ないし15,62,63)によれば,原告が主張するように,生徒や保護者の中には,原告に対する肯定的な意見も存することが認められ,また,原告は,部活動の指導に力を入れていたり,研究活動や授業実践において評価された経歴があることが認められる。
しかし,上記イに認定した原告の勤務状況は,原告の教員としての意欲と能力に関わる重要な事情であって,一部の生徒や保護者の好意的評価や過去の経歴如何によって,原告の教員としての意欲と能力に関する上記評価を覆すに足りるものではないから,本件研修命令がその必要性を欠いているということはできない。
・※ また,証拠(甲36ないし38,41,69,73,79,80,117)によれば,原告は,平成9年1月ころから,七ヶ浜町議会,七ヶ浜町教委,被告七ヶ浜町及び学校の校長らに関する住民監査請求を起こしたり,原告として住民訴訟を提起し,公金不正支出の責任追及を行ってきたこと,平成11年4月には,七ヶ浜町立S中学校の教員12名が部活動時間を水増し請求したとして,G,L等を被告として住民訴訟を提起したこと,同年10月ころにも,G等を被告とする住民訴訟を提起したこと,これらに対して七ヶ浜町議会議員,七ヶ浜町教委内部などで不快感を示す者がいたことが認められ,前記1・※オのようにP中学校のPTAにも原告が市民活動や裁判活動をしていることを快く思わない者がいたことが認められるほか,前記1・※ウ,エ及びカのとおり,B町教委教育長やD校長が,原告の行動について,調査や記録をしたり,県教委に見解を尋ねたり,県教委に報告書を出すなどしていたことが認められる。
しかし,上記・※のとおり,原告には長期特別研修の十分な必要性が認められることに照らせば,上記事実によって,B町教委教育長及びD校長が県教委と共謀して,原告が市民活動や裁判活動をしていること,上司によって扱いにくい存在であることへの報復として,原告に対し長期特別研修命令が発令されるようにし向けたと推認することは困難であり,他にこのことを認めるに足りる的確な証拠はない。
4 争点・※(研修内容の不相当性)について
・※ 上記認定の事実によれば,松島野外活動センターは,幅広い年齢層の人たちが利用して,児童生徒と接触する機会も多い施設で,そこに勤務する社会教育主事の多くは,教員資格を有しており,原告がこのような施設で社会教育主事とともに利用者対応補助や環境整備作業を行い,1つの目標に向かって協力し合うことは,組織の一員としての自覚及び協調性を養う点で有意義であるとともに,引率教員の指導ぶりや,社会教育主事の利用者(児童生徒を含む。)への接し方を観察しつつ,自らも利用者と接することは,原告が教育現場における児童生徒との関わりの持ち方を考察するに当たって効果的で,実践研修は相当な内容であったと認められる。
環境整備作業のように肉体労働を伴う作業も,利用者の観点に立って施設等の環境を整備することにより,他の者の観点になって物事を考える力の修練となり,ひいては児童生徒の観点に立った教育や教育環境の整備を実践する能力の習得を期待できる。また,社会が様々な作業によって支えられていることを改めて認識し,幅広い視野を身につけさせ他への配慮の大切さを体得するとともに,社会教育主事と協働することによって,協調性を養うという点でも有意義である。
・※ 前記認定事実によれば,平成12年度前期の社会教育施設勤務の実際とその実践(コミュニケーション・組織<人間関係>)というのは,原告の組織人としての自覚の欠如,協調性のなさを改善するのに適合的なテーマであるし,平成12年度後期や平成13年度前期のテーマも利用者の観点から考えるテーマになっており,他の者の観点になって物事を考える力の修練となり,ひいては児童生徒の観点に立った教育や教育環境の整備を実践する能力の習得を期待できるものであるから適切なものといえる。
また,本件研修期間中,半年毎に1つの課題を掘り下げて検討するテーマ研修に最も多くの時間が割り当てられているが,原告のように学校内における上司の指導による改善を期待できない者に対し,その問題点について,いったん学校現場を離れさせ,じっくりと自己を見つめ直す機会を与えたことは,適切なものというべきである。
・※ なお,原告に長期特別研修を命ずる際,原告に対する研修理由の説明が必ずしも十分にはされていなかったきらいがあることは否定できないが,前記1・※ア及びイのテーマ研修の題材及び長期特別研修プログラムの実践研修に関する記載並びに長期特別研修についての説明書の記載からすれば,研修の発令に当たり,原告の問題点について相応の説明はされたというべきであり,上記研修理由の説明不足をもって国家賠償法上の違法を構成するとまで評価することは困難というべきである。
5 以上のとおり,本件要綱の定める長期特別研修命令の手続に憲法31条違反はなく,本件処分について,原告に対する長期特別研修の必要性が認められ,これは原告に対する報復目的でされたものとは認めることができず,また,研修内容にも相当性が認められるのであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の主張は理由がない。
6 よって,原告の請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 潮見直之 裁判官 岡田伸太 裁判官 佐藤久貴)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>