仙台地方裁判所 平成14年(ワ)1346号 判決 2004年1月28日
主文
1 原告の被告Y社に対する請求を棄却する。
2(1) 被告Z社は,原告に対し,金1024万9988円及びこれに対する平成12年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告の被告Z社に対するその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,原告と被告Y社との間においては,すべて原告の負担とし,原告と被告Z社との間においては,原告に生じた費用の2分の1を原告の負担とし,原告に生じたその余の費用及び被告Z社に生じた費用を被告Z社の負担とする。
4 この判決の第2項(1)は,仮に執行することができる。
事実
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して金1200万円及びこれに対する平成12年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
ア 原告は,建設工事の設計及び請負等を目的とする株式会社である。
イ 被告Y社は,土木建築工事の請負等を目的とする株式会社である。
ウ 被告Z社は,建築工事,土木工事の設計,施工,監理及び請負等を目的とする株式会社である。
(2) 請負契約
ア 被告Y社は,全国農業協同組合連合会宮城本部から,平成12年5月,JA仙台大豆乾燥調製集出荷貯蔵施設新築工事(工事現場 仙台市若林区荒井。以下「本件工事」という。)を請け負った。
イ 被告Z社は,被告Y社から,同月,本件工事を下請負した(以下「本件下請負契約」という。)。その代金額は,8300万円である。
ウ 原告は,被告Z社から,同年6月,本件工事を代金8000万円(消費税別)で孫請負した(以下「本件孫請負契約」という。)。
(3) 原告の撤退
ア 原告は,本件孫請負契約締結後,本件工事現場に現場代理人などの人員を派遣して基礎工事に着工したが,その後,被告らとの間で,現場代理人の適格性などについて意見の相違が生じ,原告と被告らとの間の信頼関係にも支障が生じた。
イ(ア) そのため,原告岩沼営業所長D(以下「D」という。)は,被告Z社代表者C(以下「C」という。)に対し,平成12年7月26日,原告の孫請負の範囲を基礎工事までとしたい旨を伝えた(以下「本件撤退申入れ」という。)。
(イ) それを受けて,Cは,同年8月1日,Dに架電し,原告の請負範囲を基礎工事及び埋戻しまでとする旨を伝えてきた。
(ウ) これにより,本件孫請負契約の請負範囲は,基礎工事及び埋戻しまでとすることに変更された(以下,変更後の工事を「本件変更後工事」という。)。
(4) 出来高
ア 原告は,平成12年8月末日までに,本件変更後工事を完成させた上,被告Z社に対し,引き渡した。
イ 原告は,少なくとも①共通仮設工事,②建築工事,③ミニライス棟の工事を完成させたものであり,その出来高は,次のとおりである。
①共通仮設工事 232万円
②建築工事 1482万5690円
③ミニライス棟 117万2960円
合計 1831万8650円
(5) 被告らの不法行為
ア(ア) その後,原告は,被告Z社に対し,本件変更後工事の代金の支払を求めていたが,被告Z社から,「被告Y社との話し合いが済むまで待ってほしい。」との回答がされたため,原告は,その話し合いが済むのを待っていた。
(イ) 被告Z社は,原告に対し,平成12年12月4日,被告Y社との間で本件変更後工事の代金額を1058万6988円で取り決めたとし,この取決め額から被告Y社からの減額分金584万7000円,被告Z社が本件工事で得るはずであった利益分300万円及び別件工事で得るはずであった利益分1800万円を差し引くと,被告Z社が原告に対して支払うべき請負代金はない旨の回答をした。
イ(ア) 原告は,仙台簡易裁判所に対し,平成13年6月20日,被告Z社を相手方として本件孫請負契約に基づく請負代金の支払を求める民事調停を申し立てた(平成13年(メ)第137号。以下「本件民事調停」という。)。
(イ) 原告は,本件民事調停に利害関係人として,被告Y社の参加を求めたが,被告Y社は,同年10月29日の調停期日に出頭し,同年11月26日付け回答書(甲3)を裁判所に提出したが,その後は呼出しに応じなかった。
ウ(ア) 本件民事調停における被告らの代金額算定の説明は,原告が了解していない査定額や,根拠の不確かな損害額や得べかりし利益を主張するものであり,合理的なものではない。
(イ) すなわち,原告としては,あくまで本件工事の全体について,合計1億0853万8038円の見積りをしたのであって,当然に各工程の工事ごとの収益率は異なることを前提にしている。
(ウ) また,下請業者に対して圧倒的な優位関係に立つ大規模ゼネコンである被告Y社が,被告Z社との間で当初予定されていた金額よりも高い金額で他の業者に発注せざるを得なかったという事態が現実に存したのかどうかは,疑問である。
エ 以上の事実によれば,被告らは,原告に本件変更後工事をさせてその引渡しを受けた上,原告に対する請負代金の支払を免れることを企図して,査定金額の決定や減額などを秘密裡に行い,かつ,勝手に合意したものであり,被告らのこのような行為は,原告に対する共同不法行為を構成する。
(6) 被告Y社の不当利得
仮に被告Y社につき,共同不法行為が成立しないとしても,
ア(ア) 被告Y社が,別の業者に発注したことによって余分に要した現実の代金額は,74万4831円にすぎない。
(イ) したがって,被告Z社との間の精算においては,74万4831円を控除すべきであったのであり,被告Y社は,その差額476万5169円について,法律上の原因なく,利得した。
イ そのため,原告は,同額の損失を被った。
(7) まとめ
よって,原告は,被告Y社に対しては不法行為による損害賠償請求権又は不当利得金返還請求権として,被告Z社に対しては請負代金請求権又は不法行為による損害賠償請求権として,1831万8650円の内金1200万円及びこれに対する引渡日の翌日である平成12年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
2 請求原因に対する被告Y社の認否
(1) 請求原因(1)(当事者)は認める。
(2) 同(2)(請負契約)ア及びイは認める。なお,全国農業協同組合連合会宮城本部に対する引渡期限は,同年10月25日である。同ウのうち,代金額は否認し,その余は認める。
(3) 同(3)(原告の撤退)のうち,アは認め,イのうち,原告の請負範囲が本件変更後工事までとなったことは認め,その余は不知。
(4) 同(4)(出来高)のうち,アは認め,イは否認する。
(5)ア 同(5)(不法行為)のうち,アは不知,イは認め,ウ及びエは否認する。
イ 被告Y社が本件民事調停に1回しか出頭しなかったのは,当時,本件工事の担当者が青森営業所副所長の職にあって多忙であったためであるが,被告Y社は,平成13年11月26日付け回答書(甲3)を提出し,十分説明を尽くしている。
ウ(ア) 本件変更後工事の査定額等は,いずれも明確かつ合理的な根拠に基づいて算定したものである。また,被告Y社は,原告とは契約関係にないから,被告Z社に対する下請負代金を決定するに当たり,原告の了承を得る必要はなかった。
(イ)A 被告Y社は,被告Z社との間で,平成12年9月初めころ,本件変更後工事の代金額を1058万6988円とすることを合意した。
被告Y社は,まず,①ないし③の工事の代金として,①共通仮設工事110万円,②建築工事1156万6240円,③ミニライス棟117万2960円,合計1383万9200円の査定を行った。
そして,この合計額に,全体工事見積金額(原告の当初見積額1億0853万8038円)と被告Z社の受注額(8300万円)との比率76.5%を乗じた。
B 次に,被告Y社は,被告Z社との間で,上記代金額から減額すべき金額が次のとおり合計584万7000円となることを合意した。
①手直し工事等
土間シート除く 18万3000円
砕石手直し 4万5000円
軽油代(ユンボ等) 10万9000円
合計 33万7000円
②原告が中断した工事を他の業者に発注する場合に予想された発注金額との差額
左官工事 25万円
コンクリート工事 35万円
木工事 40万円
鉄骨工事 200万円
金属工事 100万円
外構工事 120万円
型枠工事 11万円
鉄筋工事 20万円
合計 551万円
③合計 584万7000円
C そして,被告Y社は,被告Z社との間で,上記Aの代金額から上記Bの減額分を控除した差引支払額は473万9988円となるが,減額分を値引きして差引支払額を消費税を含め525万円とすることを合意した。
(ウ) そして,被告Y社は,被告Z社に対し,次のとおり,525万円を支払った。
① 平成12年8月31日 252万円
② 同年9月29日 28万円
③ 同年11月30日 220万5000円
④ 同年12月28日 24万5000円
(6) 同(6)は否認する。被告Y社が余分に支出せざるを得なかった工事代金は,603万0730円であり,合意によって減額した551万円を超えている。
3 請求原因に対する被告Z社の認否
(1) 請求原因(1)(当事者)は認める。
(2) 同(2)(請負契約)ア及びイは認める。同ウのうち,代金額は否認し,その余は認める。孫請負代金額は,消費税を含んで8000万円である。
(3) 同(3)(原告の撤退)のうち,アは認め,イは否認する。
(4) 同(4)(出来高)のうち,アは認め,イは否認する。出来高は,請求原因に対する被告Y社の認否(5)ウのとおりである。
(5) 同(5)(不法行為)のうち,ア及びイは認め,ウ及びエは否認する。
4 抗弁(被告Z社)
(1) 本件撤退申入れに至る経緯
ア(ア) 平成12年6月22日,被告Y社のE,F,原告のD,被告Z社のC,Gが出席して,本件工事の進行について打合せを行った。
(イ) その席で,Dは,被告らに対し,「原告は,二次下請けではあるが,現場責任者を常駐させ,円滑に工事を進行させるので,被告らは安心してください。」と明言した。
(ウ) また,原告が工程表,施工図,安全関係書類等を作成し,被告Y社に早急に提出することが,三者で合意された。
イ ところが,原告は,現場責任者を常駐させ,本件工事を円滑に進行させることをしないし,工程表,施工図,安全関係書類等を被告Y社に早急に提出することをしなかった。
ウ そのため,被告Y社は,被告Z社に対し,同年7月6日ころから,「原告から,工程表,施工図,安全関係書類が提出されていない。」「現場責任者について,責任者としての自覚が全くない。」「D所長は,現場の社員に対して伝達すべき事項を伝達していないため,業務に支障を来している。」との苦情を数多く述べた。
エ(ア) そこで,被告Z社は,原告に対し,これらの義務を履行するよう催告した。
(イ) しかし,原告は,何ら履行をしようとしなかったため,施工図は,やむなく被告Y社が作成した。
オ 原告の本件撤退申入れは,被告らから当初の約束どおりの履行を求められたが,それに対応することができなかったため,自分勝手にされたものであり,原告は,これにより,本件孫請負契約に基づく債務の履行を放棄する旨の意思を明示したものである。
カ(ア) 本件撤退申入れに対し,被告Z社は,原告に対し,同年7月27日午後3時から被告Y社を含め,三者で話し合うことを伝えた。
(イ) ところが,Dは,その話し合いの場に現れず,電話連絡もつかない状況にした。
(ウ) 原告は,このような欠席により,被告らとの信頼関係を決定的に破壊した。
キ そのため,被告Y社は,被告Z社に対し,同日,被告Z社の債務不履行を理由に,本件下請負契約を解除する旨の意思表示をした。
(2) 解除
ア 以上の経過によれば,原告は,本件工事を履行する意思を全く失っていたものであり,解除前に催告をする必要はなかった。
イ 被告Z社は,原告に対し,同年7月27日から遅くとも同年8月1日までの間に,原告の債務不履行を理由に,本件孫請負契約を解除する旨の意思表示をした。
(3) 損害
被告Z社は,原告の債務不履行により,次の損害を被った。
ア 手直し工事等 被告Y社の請求原因に対する認否(5)ウ(イ)B①のとおり
イ 原告が中断した工事を他の業者に発注する場合に予想された発注金額との差額 被告Y社の請求原因に対する認否(5)ウ(イ)B②のとおり
ウ 本件工事により得ることができた利益
300万円
エ 鴫原ビル工事により得ることができた利益
1800万円
被告Z社は,原告の債務不履行により,被告Y社からの信用を失った。そのため,被告Z社は,被告Y社との間で,口頭による請負契約は成立し,具体化していた鴫原ビル工事請負契約を解消された。
被告Z社が鴫原ビルの工事請負契約を受注していれば,1800万円の利益を得ることができた。
(4) 相殺の意思表示
被告Z社は,原告に対し,本訴において,これらの債権をもって,原告の本件孫請負契約に基づく工事代金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
5 抗弁に対する認否
(1)ア 抗弁(1)(本件撤退申入れに至る経緯)のうち,ア(ア)は認め,ア(イ),(ウ)及びイは否認し,ウは不知,エ及びオは否認する。
工程表等の書類の作成提出は,必ずしも原告において全面的に責任を負っていたわけではない。すなわち,平成12年6月22日の打合せの際,工程表,施工図及び安全関係書類等作成についての話が出たものの,原告がISO基準に適合するような安全関係書類等を作成するのはこれが初めてであったため,その後,同年6月28日,本件工事現場において行われた打合せにおいて,被告Y社から,書類の作成について応援するとの話がされた。また,同年7月6日時点では,工程表は既に被告Y社において作成済みであり,安全関係書類等の作成についても,上記の経緯から,被告Y社の応援を得ることになっていた。
しかも,通常は,工事現場に実際に入る前にこのような書類はあらかじめ作成しておくところ,本件工事については,一方で工事を施工し,他方でこのような書類の作成を求められるという極めて厳しい状況下で,原告が工事現場に入ったため,被告Y社からは,この当時においても,書類の作成面についてはできる限り応援するとの話がされていた。
イ 同カは否認する。
原告は,7月27日の話し合いを行うことについて,連絡を受けたことはない。
ウ 同キは不知。
(2) 同(2)(解除)は否認する。
平成12年8月1日午前中に,Cから原告岩沼営業所に電話があり,本件工事の原告の請負範囲を基礎工事及び埋戻しまでとするとの明確な回答がされた。この過程において,請負代金額の精算についての話はされなかったが,原告は,本件変更後工事の引渡後,被告Z社に対し,繰り返し精算を求めていた。それに対し,被告Z社からは,被告Y社と話をしているので待ってほしいとの回答がされていた。そして,ようやく同年12月5日に被告Z社との間で話し合いをすることとなったが,その前日である同月4日に至って,突如,支払うべき請負代金額はないとのファックス(甲1)が被告Z社から原告に送付された。
(3) 同(3)(損害)は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 当事者,請負契約について
(1) 請求原因(1)(当事者)は,当事者間に争いがない。
(2)ア 同(2)(請負契約)のうち,ア及びイは,当事者間に争いがない。証拠(丙1,証人E(丙13を含む。以下,同じ。))によれば,発注者である全国農業協同組合連合会宮城本部に対する引渡期限は,同年10月25日であったことが認められる。
イ(ア) 同(2)ウ(本件孫請負契約)のうち,請負代金額を除く事実は,当事者間に争いがない。
(イ) 証拠(丙4の1,証人E)及び弁論の全趣旨によれば,請負代金額は,消費税を含め8000万円であったことが認められる。
これに反する証人Dの証言の一部(甲6を含む。以下,同じ。)は,それを裏付けるに足りる契約書等の提出がないから採用することができず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
2 被告Z社に対する請負代金請求について
(1) 請求原因(3)ア(対立)は,当事者間に争いがない。同(3)イ(ア)(本件撤退申入れ)は,原告と被告Z社間で争いがなく,被告Y社との関係では,弁論の全趣旨により認められる。
(2)ア 証拠(証人D)及び弁論の全趣旨によれば,請求原因(3)イ(イ)(被告Z社の応諾)が認められる。
イ 被告Z社が原告の債務不履行を理由に本件孫請負契約を解除したこと又は被告Z社が原告に債務不履行があり,それによる損害賠償請求権を留保した上原告の本件孫請負契約の合意解除に応じたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
ウ そうすると,原告は,被告Z社に対し,本件変更後工事の代金額を請求することができ,被告Z社は,原告の撤退を理由とする損害賠償請求をすることができないこととなる。
(3)ア 請求原因(4)ア(引渡し)は,当事者間に争いがない。
イ 本件変更後工事の代金額につき,被告Z社は,①共通仮設工事110万円,②建築工事1156万6240円,③ミニライス棟117万2960円の合計1383万9200円に,全体工事見積金額(原告の当初見積額1億0853万8038円)と被告Z社の受注額(8300万円)との数字の比率76.5%を乗じた1058万6988円を自認しているところ,本件変更後工事の相当代金額が上記金額を超えることを認めるに足りる的確な証拠はないから,上記1058万6988円をもって,本件変更後工事の相当代金額と認めざるを得ない。
ウ 証拠(甲3,証人E)によれば,本件変更後工事につき,原告には,次の手直し工事等があったことが認められる。これに反する証人Dの証言は,上記証拠に照らし,採用することができない。
①土間シート除く 18万3000円
②砕石手直し 4万5000円
③軽油代(ユンボ等) 10万9000円
エ そうすると,原告の被告Z社に対する請負代金請求は,1024万9988円及びこれに対する引渡日の翌日である平成12年9月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
1058万6988円−(18万3000円+4万5000円+10万9000円)=1024万9988円
3 被告Y社に対する請求について
(1) 不法行為について
ア 被告Y社が原告に孫請負代金を支払わないことにつき共同不法行為を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
イ かえって,各項に掲記の証拠によれば,次の事実が認められる。
(ア) 平成12年6月22日,被告Y社のE,F,原告のD,被告Z社のC,Gが出席して,本件工事の進行について打合せを行った。
その席で,Dは,被告らに対し,「原告は,二次下請けではあるが,現場責任者を常駐させ,円滑に工事を進行させるので,被告らは安心してください。」と明言した。
また,原告が工程表,施工図,安全関係書類等を作成し,被告Y社に早急に提出することが三者で合意された。
(争いのない事実,丙4の2,証人E,証人D)
(イ) ところが,原告は,現場責任者を常駐させ,本件工事を円滑に進行させることをしないし,工程表,施工図,安全関係書類等を被告Y社に早急に提出することをしなかった。
そのため,被告Y社は,被告Z社に対し,同年7月6日ころから,「原告から,工程表,施工図,安全関係書類が提出されていない。」「現場責任者について,責任者としての自覚が全くない。」「D所長は,現場の社員に対して伝達すべき事項を伝達していないため,業務に支障を来している。」との苦情を数多く述べるようになった。
そこで,被告Z社は,Dや現場代理人のHに対し,書類の作成や業務態勢の改善を促したが,Dらがこれを履行しなかったため,施工図は,やむなく被告Y社が作成した。
原告は,書類の作成を適時にできなかった理由として,原告がISO基準に適合する安全関係書類等を作成するのはこれが初めてであったことや,本件工事については,一方で工事を施工し,他方でこのような書類の作成を求められるという極めて厳しい状況下であったため,被告Y社の応援を得ることになっていた旨主張するが,原告の主張に沿う証人Dの証言の一部は,証人Eの証言に照らし採用することができず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
(丙4の4ないし7,10及び11,証人E)
(ウ) このような状況の中で,同月26日,原告から本件撤退申入れがされた。
(エ)A 本件撤退申入れに対し,被告Z社は,原告の岩沼事務所に対し,翌27日午後3時から,被告Y社を含めた三者で話し合うことを伝えた。ところが,Dは,27日の話し合いの場に現れなかった。
そのため,被告Z社は,本件工事の続行は無理であると判断し,被告Y社との間で,本件下請負契約を解除すること,及び解除の原因は被告Z社側にあるため,別な業者に発注することにより生ずる工事費の増加分を損害賠償として支払うことを合意した。
B 原告は,7月27日の打合せについては,そもそも原告に連絡がなかった旨主張し,証人Dはそれに沿う証言をするが,未完成のまま工事から撤退することは建設業者にとって一大事であり,被告らから原告に直ちに何らかの連絡があることは当然予想されること,平成12年当時,既に携帯電話が広く使用されていたことを考慮すると,Dの欠席は,Dの意図的な欠席か,原告岩沼事務所内の連絡体制の不備によるものであると認めざるを得ず,これに反する証人Dの証言は採用することができない。
(丙4の12,証人E,弁論の全趣旨)
(オ) 被告Y社は,被告Z社との間で,平成12年9月初めころ,本件変更後工事の代金額を,①共通仮設工事110万円,②建築工事1156万6240円,③ミニライス棟117万2960円,合計1383万9200円に,全体工事見積金額(原告の当初見積額1億0853万8038円)と被告Z社の受注額(8300万円)との数字の比率76.5%を乗じた1058万6988円とすることを合意した。
そして,この合計額から,次の金額を減額することを合意し,差引支給額を消費税を含め525万円とすることを合意した。
①土間シート除く 18万3000円
②砕石手直し 4万5000円
③軽油代(ユンボ等) 10万9000円
④原告が中断した工事を他の業者に発注する場合に予想された発注金額との差額
合計 551万円
左官工事 25万円
コンクリート工事 35万円
木工事 40万円
鉄骨工事 200万円
金属工事 100万円
外構工事 120万円
型枠工事 11万円
鉄筋工事 20万円
⑤合計 584万7000円
(甲3,証人E)
(カ) そして,被告Y社は,被告Z社に対し,次のとおり,525万円を支払った。
① 平成12年8月31日 252万円
② 同年9月29日 28万円
③ 同年11月30日 220万5000円
⑥ 同年12月28日 24万5000円
(甲3,証人E)
(キ) 被告Z社との本件下請負契約を合意解除したことにより,被告Y社が余分に支出せざるを得なかった工事代金は,603万0730円であった。
(甲3,丙6,7,8の1~3,9の1~19,10,11の1~13,12の1~23,証人E)
ウ 以上に説示の事実によれば,本件下請負契約の契約当事者である被告Y社と被告Z社は,原告からの本件撤退申入れを受け,本件下請負契約を合意解除したものであり,元請負業者である被告Y社との関係においては,いずれにしても被告Z社側の事情で本件工事の続行ができなくなったものであるから,当時の出来高から別な業者に発注することにより生ずる増加代金分を損害賠償として差し引くことを合意することはやむを得なかったものである。そして,被告Y社は,被告Z社との間で,本件変更後工事の査定額を合意し(前記のとおり,正当な査定額が被告ら間で合意された額を超えることを認めるに足りる的確な証拠はない。),別な業者に請け負わせることにより増加が予想される額551万円を損害賠償額として合意し,実際にそれに相当する額の支出を余儀なくされたものであるから,原告に対する共同不法行為の存在を認定することは到底できないものである。
よって,原告の被告Y社に対する不法行為に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(2) 不当利得について
ア 前記(1)に説示のとおり,被告Y社は,本件下請負契約の契約当事者である被告Z社と合意して,本件変更後工事の代金額及び別な業者に請け負わせることにより予想される増加工事代金額を損害賠償額として合意し,本件変更後工事の引渡しを受けたものであるから,仮に被告Y社が上記551万円よりも少ない額で別な業者に発注することができたとしても,被告Y社に不当利得はないといわなければならない。
イ しかも,前記(1)に説示の事実によれば,被告Y社は,予測に基づいて差し引いた551万円を超える603万0730円の支出をせざるを得なかったものであり,被告Y社には,この点からも利得がない。
ウ よって,原告の被告Y社に対する不当利得返還請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
4 まとめ
よって,原告の被告Y社に対する請求はいずれも理由がないから棄却し,原告の被告Z社に対する請負代金請求は,主文第2項(1)掲記の限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。