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仙台地方裁判所 平成14年(ワ)1581号 判決 2004年2月27日

原告

A野太郎

同訴訟代理人弁護士

吉岡和弘

千葉晃平

被告

新日本商品株式会社 (以下「被告会社」という。)

同代表者代表取締役

島津嘉弘

他1名

被告ら訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

川戸淳一郎

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金二八三八万四四七〇円及びこれに対する平成一四年八月一二日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(1)  被告らは、原告に対し、連帯して、金三二二〇万四四七〇円及びこれに対する平成一四年八月一二日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、原告が商品先物取引受託業者である被告会社との間における商品先物取引につき、被告会社営業部長であった被告岩井らの違法な勧誘行為等により損害を被ったと主張して、被告岩井に対しては民法七〇九条、七一九条一項前段、被告会社に対しては民法七一五条又は七〇九条に基づいて、損害賠償金の支払を求めている事案である。

二  争いのない事実等

(1)  当事者等

ア 原告

原告(昭和九年三月四日生)は、昭和二八年三月に高校を卒業し、同年四月にB山郵便局に入局し、昭和六二年からは特定郵便局長となり、平成七年六月三〇日退職した。その後、郵政省の外郭団体である簡易保険加入者協会B山出張所に所長として勤務したが、平成一四年一月退職し、以後は無職である。

イ 被告ら

(ア) 被告会社は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所等に加入する国内公設商品先物取引員として、各取引所の上場商品につき商品先物取引の委託仲介業務を行っている会社である。

(イ) 長久保喜昭(以下「長久保支店長」という。)は、本件当時、被告会社の仙台支店長であった。

(ウ) 被告岩井は、本件当時、被告会社仙台支店の営業部長であった。

(エ) 上林章(以下「上林」という。)は、本件当時、被告会社仙台支店の営業部主任であった。

(オ) 小野田身大(以下「小野田」という。)は、本件当時、被告会社仙台支店の営業部員であった。

(2)  取引経過

ア 原告は、平成一三年九月一八日、被告会社との間で、商品先物取引口座を開設した。

イ そして、同日から平成一四年八月一二日までの間に、原告名義で行われた取引は、別紙売買一覧表一及び二記載のとおりである(以下、これらの取引を「本件取引」といい、各取引は、別紙売買一覧表一及び二の別並びに第一列の番号(No.)により、「取引一―一」(これは、別紙売買一覧表一のNo.1の取引、すなわち、平成一三年九月一八日成立の東京ガソリン買い一〇枚の取引を意味する。)のように表示する。)。

ウ 本件取引の対象となった商品は、東京工業品取引所のガソリン(以下「東京ガソリン」という。)又は中部商品取引所のガソリン(以下「中部ガソリン」という。)である。

東京ガソリンの取引単位である一枚は、一〇〇キロリットルであり、その委託証拠金は一〇万五〇〇〇円であり、その委託手数料は、七六〇〇円(消費税別)である。

中部ガソリンの取引単位である一枚は、二〇キロリットルであり、その委託保証金は一万八〇〇〇円(東京ガソリンと同じ一〇〇キロリットルに換算すると、九万円)であり、その委託手数料は、二二〇〇円(消費税別。東京ガソリンと同じ一〇〇キロリットルに換算すると、一万一〇〇〇円)である。

エ 原告は、平成一三年九月一八日から平成一四年四月八日までの間に、合計三四九〇万円の委託証拠金を被告会社に預託した。これに対し、被告会社から原告に対して、合計九〇一万五五三〇円が返還された。

よって、その差額二五八八万四四七〇円が、本件取引によって原告が受けた損失となる。

三  原告の主張

(1)  適合性原則違反

ア 商品取引所法(以下「法」という。)一三六条の二五第一項四号、日本商品先物取引協会の定める受託等業務に関する規則(以下「協会規則」という。)三条、五条一項一号は、その知識・経験等に照らし商品先物取引を行う適格性を有しない者に対しては、取引の勧誘を行ってはならない旨定めている。

イ 原告は、被告会社との商品先物取引口座の開設当時六七歳と高齢で、商品先物取引の経験も知識もなく、余裕資金を有せず、商品先物取引の適格性を有していなかった。

ウ 小野田、上林及び被告岩井は、原告の勧誘に当たり、これらの点を熟知していた。

エ これは、適合性原則に違反する。

(2)  新規委託者保護義務違反

ア 協会規則七条、八条は、委託者保護のために各取引員が受託業務管理規則を制定し、これを遵守すべき旨を定めている。

被告会社も、その受託業務管理規則(以下「被告会社規則」という。)を定めており、「商品先物取引の経験が三ヵ月以上ある者以外」を「習熟期間委託者」として、「取引開始後三ヵ月間は、商品先物取引口座開設申込書に記載された自筆の当初予定資金での建玉枚数を限度とする。」と規定している(八条一項、四項)。

イ(ア) 被告会社の商品先物取引口座設定申込書(乙三)の「当初予定資金(三ヵ月)」欄は、「A.五〇〇万円未満」「B.五〇〇万円以上」のいずれかを選択して〇を付ける方式となっており、原告はBに〇を付けた。

(イ) Bに〇を付けたからといって、新規委託者に無制限に取引をさせることは違法である。

ウ 被告岩井は、取引開始後三か月間に、原告に三一五〇万円を交付させ、四八五七枚の建玉をさせた。

エ これは、新規委託者保護義務に違反する。

(3)  断定的判断の提供

ア 法一三六条の一八第一号は、「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘すること」を不当な勧誘行為として禁止している。

ここに断定的判断の提供とは、「A商品の値段は絶対に上がる。」「今、B商品を買っておけば絶対に儲かる。」等と言うことによって、先物取引の投機的本質を誤認させ、甘言に乗せて次々に金員を出させるよう、顧客を操縦する行為をいう。

イ 小野田、上林、被告岩井及び長久保支店長は、原告に対し、「今の確実な状況は一日も待てない。直ぐ取り引きすれば確実に儲かる。」「損は確実に挽回し利益を出す。部長の私がここまでいうのだから間違いない。」「これを乗り切れば損が回復する。約束どおり資金をお返しできる。」等と言った。

ウ これは、断定的判断の提供であり、違法である。

(4)  手数料稼ぎ目的の違法行為

ア はじめに

(ア) 被告岩井及び長久保支店長は、原告の犠牲のもとで手数料を稼ぐという意図の下、①コロガシ(無意味な反復売買)、②違法両建、③仕切り拒否、④実質上の無断売買・一任売買の方法により、本件取引を行った。

(イ) これは、公序良俗に反する不法行為を構成する。

イ コロガシ

(ア) 本件取引における建玉は、合計五五九七枚であり、委託手数料は、合計一三六〇万九四〇〇円(消費税を除く。)となっている。

この金額は、本件取引による原告の損失二五八八万四四七〇円の五二・五パーセントを超える。

(イ) 殊に、取引二―三~一七は、売玉を仕切った当日ないし翌営業日に更に売玉を建てるということを繰り返しているものであり、極めて異常な取引である。

ウ 違法両建

(ア) 同一商品について同時に売玉と買玉を建てるという両建は、両建した時点で発生していた評価損を確定するにすぎず、理論的には全く無駄なことであるだけでなく、新規に反対玉を建てる点で委託手数料の負担がかさむものであるから、有害無益な取引方法である。

このため、法一三六条の一八第五号、商品取引所法施行規則(以下「施行規則」という。)四六条一一号は、両建を勧めることを禁止している。

また、被告会社が作成して受託者に交付する「商品先物取引委託のガイド」でも、「商品取引員の禁止行為」「法令による禁止行為」として両建の勧誘が明記されている。

(イ) しかるに、本件取引では、平成一三年九月一八日から同月一九日にかけて合計五〇枚の買玉が建てられた後、同月二五日に合計五〇枚の新規売玉が建てられて、両建の状態となった。その後建玉数に変動はあるものの、取引期間中のほとんどが両建の状態にあった。

(ウ) これは、施行規則等に反する違法な行為である。

エ 仕切り拒否

(ア) 委託者が仕切りを希望しているのに、これに応じないこと(仕切り拒否)、又は、うまいことを言って手仕舞いさせず取引を継続させること(仕切り回避)は、これによって委託者の損害を増大させるものである。

施行規則四六条一〇号、協会規則五条一項六号は、これらの行為を禁止している。

(イ) 原告は、①平成一三年一〇月二四日、②同年一二月中旬、③平成一四年三月六日、被告岩井に対して「すべての取引を中止してくれ。」等と言って全建玉の仕切りを依頼したが、被告岩井は、「損は確実に挽回し利益を出す。部長の私がここまでいうのだから間違いない。」等と言って、仕切りの拒否又は回避をして取引を継続させた。

オ 実質上の無断売買・一任売買

(ア) 無断売買・一任売買は、商品取引員が委託者の無知に乗じて過当な数量の取引をして手数料稼ぎをする危険性が高い。

そのため、法一三六条の一八第三号、施行規則四六条三号は、無断売買・一任売買を禁止している。

(イ) ①商品先物取引の経験がない原告が、商品・取引の種類等について自ら指示することは不可能であること、②取引開始後わずか八日目に両建した上、更に一〇〇枚の売玉を建てること(取引一―三~七)等は、素人が行い得る取引ではないこと、③本件取引のような多数かつ複雑な建玉・仕切りを繰り返すことは、素人のできる取引ではないこと、④被告岩井は原告の仕切り要求を拒否していることなどからすると、本件取引は、実質上無断売買であると評価すべきである。

(5)  被告らの責任原因

ア 被告岩井は、小野田、上林及び長久保支店長と共謀して、手数料稼ぎ目的等で前記の一連の公序良俗に反する不法行為を行ったものであるから、民法七〇九条、七一九条一項前段により、原告に生じた損害を賠償する義務を負う。

イ(ア) 被告会社は、小野田、上林、被告岩井及び長久保支店長の使用者として、民法七一五条により、被告岩井らの不法行為により原告に生じた損害を賠償する義務を負う。

(イ) また、被告会社は、前記の法令違反行為等を組織的・恒常的に行っていたものであるから、被告会社自身が民法七〇九条の責任を負う。

(6)  損害額

原告は、被告らの違法行為により、次の損害を被った。

ア 財産的損害 二五八八万四四七〇円(上記二(2)エ)

イ 慰謝料 二〇〇万円

原告は、被告らの杜撰きわまりない言辞によって本件取引に引き込まれ、その継続を強いられたため、生活資金を奪われ、一睡もできないほど悩み続ける日々を送らされた。その結果、肉体的にも疲労が蓄積し、血圧が上昇し、体重が減少し、食欲不振、体調悪化が生じた。そして、ストレスがたまって、うつ状態であるとの診断を受け、日々の投薬と定期的な通院を余儀なくされている。

さらに、心身共に疲労した状態に陥り、勤務先において仕事が手に付かなくなり、平成一四年一月限りで退職せざるを得なくなった。

原告の被った著しい精神的苦痛を慰謝するためには、少なくとも二〇〇万円を下らない賠償が必要である。

ウ 弁護士費用 四三二万円

原告は、本件訴訟代理人弁護士との間で、着手金一四四万円、報酬二八八万円を支払うことを約した。

(7)  結論

よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害金三二二〇万四四七〇円及びこれに対する不法行為後である平成一四年八月一二日(本件取引終了日)から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

四  原告の主張に対する認否及び反論

(1)ア  原告の主張(1)(適合性原則違反)のうち、アは認め、イのうち、原告が被告会社との商品先物取引口座の開設当時六七歳で、商品先物取引の経験がなかったことは認め、その余は否認し、ウ及びエは否認する。

イ(ア) 原告は、本件取引の開始当時、持ち家で、住宅ローン等はなく、一五〇〇万円の預貯金と三〇〇万円以上の有価証券を保有しており、商品先物取引を行うための余裕資金を有している顧客であった。

(イ) 原告は、野村証券において、株式型投資信託等の証券取引を行っており、三〇〇万円の投資金額が損失発生によって半分以下になることを身をもって経験していた。

(ウ) 原告は、特定郵便局長等の職歴からすると、職業生活、社会生活上十分な経験を有する者である。

(エ) 六七歳という年齢は、現在の日本の現状の下では、決して高齢者とはいえない。

ウ(ア) 商品先物取引は、値上がりが予想される場合には、買玉を建てて、実際に値上がりしたところで転売して利益を得、値下がりが予想される場合には、売玉を建てて、実際に値下がりしたところで買い戻して利益を得るが、いずれも予想に反して値下がり、値上がりしたとすれば、損失となるだけであって、その仕組み自体は、極めて単純である。

したがって、委託証拠金、売買取引の単位と倍率、売買による差損益、手数料等の計算方法を理解すれば、取引の結果生じる損益の額を知ることはさして困難なことではないのである。

(イ) 被告岩井は、平成一三年九月一八日正午ころ、原告の勤務先に訪問して面談し、「商品先物取引委託のガイド」等の資料を交付した上、商品先物取引の仕組みや危険性について説明した。先物取引の経験のない顧客が誤解しやすい倍率という概念、損失リスク、追証拠金の制度については、特に注意して力説した。

その結果、原告は、商品先物取引の基本的な特徴を十分に理解し、被告会社仙台支店管理部課長小島卓(以下「小島管理部課長」という。)と電話で話をして、その旨を伝えた。

(2)ア  同(2)(新規委託者保護義務違反)のうち、アないしウは認め、エは否認する。

イ 原告は、前記のとおり、予定資金を五〇〇万円以上と申告しているところ、小島管理部課長は、取引一―二の開始に当たり、原告が自らの意思で同取引を行うことを確認した。

したがって、原告が三か月間に使用した金額は、新規委託者の保護義務に違反するほどのものではない。

(3)  同(3)(断定的判断の提供)のうち、アは認め、イ及びウは否認する。

(4)ア  同(4)ア(はじめに)は否認する。

イ 同(4)イ(コロガシ)のうち、(ア)は認め、(イ)のうち、取引二―三~一七は、売玉を仕切った当日ないし翌営業日に更に売玉を建てるということを繰り返しているものであることは認め、その余は否認する。

ウ 同(4)ウ(違法両建)のうち、(ア)は否認する。両建がすべて禁止されているものではない。(イ)は認める。(ウ)は否認する。

被告岩井は、原告に対して、相場が予想に反して逆になった場合の具体的な方策として、①仕切り、①追証、③難平、④両建、の四つがあることと、各々の長所・短所等を説明していた。原告は、被告岩井の説明によって両建の意味を十分に理解した上で、平成一三年九月二五日の相場状況(ガソリンのストップ安)に対応する方法として両建を選択したものである。

エ 同(4)エ(仕切り拒否)のうち、(ア)は認め、(イ)は否認する。

①平成一三年一〇月二四日については、被告岩井は、そもそも原告から取引中止の申入れを受けていない。②同年一二月中旬、及び③平成一四年三月六日については、被告岩井は、その時点で取引をすべて決済した場合にはかなりの実現損が発生することから、損失挽回のために取引継続を助言したものであり、仕切り拒否ではない。

オ 同(4)オ(実質上の無断売買・一任売買)のうち、(ア)は認め、(イ)は否認する。

(5)ア  同(5)(被告らの責任原因)アは否認する。

イ 同(5)イ(ア)のうち、被告会社が小野田、上林、被告岩井及び長久保支店長の使用者であることは認め、その余は否認し、(イ)は否認する。

(6)  同(6)(損害額)は否認する。

第三当裁判所の判断

一  事実認定

前記争いのない事実等に、《証拠省略》を総合すると、本件取引の経過につき、次の事実が認められる。

《証拠判断省略》

(1) 原告

ア 原告(昭和九年三月四日生)は、昭和二八年三月に高校を卒業し、同年四月にB山郵便局に入局し、昭和六二年からは特定郵便局長となり、平成七年六月三〇日退職した。その後、郵政省の外郭団体である簡易保険加入者協会B山出張所に所長として勤務したが、平成一四年一月退職し、以後は無職である。

イ 平成一三年九月当時、原告は、一戸建住宅を所有しており、住宅ローンは完済していた。預貯金は一五〇〇万円程度、有価証券は三〇〇ないし四〇〇万円程度を有していた。

原告は、野村証券で、株式、投資信託取引等を行い、三〇〇万円ほど投資した結果、一五〇万円程度の損失を被った経験を有していたが、商品先物取引の経験は全くなかった。

(2) 本件取引の開始まで

ア 平成一三年九月一一日ころ、小野田は、原告宅に電話し、「先物取引を知っているか。」「今ガソリンが注目されている。」「確実に儲かる取引だ。」などと言って、先物取引の勧誘を行った。

イ 翌一二日午前九時ころ、上林は、原告に対して、電話で、石油製品の先物取引の資料を持参したいという話をした。これに対し、原告は、「午後六時過ぎには家に戻っているが、何かあれば遅れるので、時間は約束できない。」と答えたが、訪問を拒絶するものではなかった。

そこで、同日午後六時四〇分ころ、上林は、小野田と一緒に原告宅を訪れ、原告と面談した。そして、上林らは、持参した資料(ニューヨーク・テロ事件の新聞、東京工業品取引所のガソリン取引のパンフレット等)を渡し、「一一日の米国テロを見たでしょう。」「ガソリンの値が必ず上がる。」「こんなチャンスは二度とない。」などと話した。

ウ 同月一七日午後七時ころ、上林は、原告宅に電話して、「ニューヨークのテロ事件でガソリンが高騰している。」「今が買いの絶好のチャンスだ。」「一〇枚、一〇五万円だけで、必ず利益が出る。」「今の確実な状況は一日も待てない。すぐ取引すれば確実に儲かる。」などと話した。

原告は、九月一一日テロ事件の影響で原油が高値を付けている事実などから、上林らの説明は真実であり、今ガソリンの先物取引を行えば確実に相当額の利益が得られるであろうと考え、一〇五万円で先物取引を開始する意思を固め、翌日に勤務先で面談することを約した。

エ(ア) 同月一八日正午ころ、被告岩井は、小野田とともに原告の勤務先を訪問し、原告と面談した。

その際、被告岩井は、「受託契約準則」「商品先物取引委託のガイド」「同別冊」を交付し、「商品先物取引委託のガイド」に沿って、商品先物取引の仕組みやその危険性、相場が予想に反して逆になった場合の対処方法(仕切り、追証、難平、両建)等について説明した。

(イ) 原告は、被告岩井の説明を聞いて、商品先物取引の仕組み等について一応の理解をし、「商品先物取引口座設定申込書」(乙三)を作成した。同書面には、「当初予定資金(三か月)」として、「A.五〇〇万円未満」「B.五〇〇万円以上」のいずれかを選択する欄が設けられていたが、原告は、自分の資金状況などから、五〇〇万円以上の投資を考え、後者に○を付けた。

(ウ) その後、被告岩井は、被告会社仙台支店に電話して、小島管理部課長に原告の顧客審査を求めた。小島管理部課長は、原告との電話で、「商品先物取引委託のガイド」の内容についてきちんと説明を受けて理解した上で「商品先物取引口座設定申込書」等に自署捺印したかを確認したところ、原告は、理解して署名捺印した旨を答えた。

(3) 本件取引開始当初の状況(平成一三年九月)

ア 上記(2)エ(ウ)の小島管理部課長による顧客審査終了後、被告岩井は、原告から委託証拠金一〇五万円の預託を受け、東京ガソリン一〇枚の買い注文を出した(取引一―一)。

イ 被告岩井は、さらに、「短期決戦の絶好の機会だ。」「湾岸戦争のときと全く同じ状況だ。まだまだ上がることは確実だ。」「更に四〇枚買うべきだ。」「四二〇万円など利益がついてすぐ戻ってくる。」などと言って、四〇枚の買いを勧めた。

原告は、これを聞いて、四〇枚の買いを決意し、被告岩井に対し、明日には委託証拠金四二〇万円を用意できると答えた。

ウ 翌一九日午後一時ころ、上林と小島管理部課長が原告の勤務先を訪問した。

小島管理部課長は、口座残高照合書(乙八の一)を原告に示して、取引一―一の買玉は芸干値下がりして一六万円の値洗い損が出ていることなどを説明した上、原告の取引意思を確認した。

その上で、上林は、原告から委託証拠金四二〇万円を預かり、被告岩井との打合せどおり、四〇枚の買い注文を執行した(取引一―二)。

エ 同月二一日午後二時ころ、原告は、被告会社仙台支店を訪れた。

被告岩井は、口座残高照合書(乙八の二)を示して、更に値下がりして一二四万円の値洗い損が出ていることなどを説明した。ただし、委託手数料・消費税込みとした場合は、一六三万九〇〇〇円の損失であった。

オ(ア) 同月二五日午前九時ころ、被告岩井は、原告に電話して、「ガソリンがストップ安になった。しかし全く心配はいらない。」「売りを五〇枚持って両建すればよい。」「両建にすれば損を防げるし、底値に来たときに売りを外せば売りに利益が出、後は値が上がるのを待って買いを仕切ればよい。そうすれば、売り、買いともに利益が出る。」などと買い建玉が値下がりしたことを伝え、その対処方法として両建を勧めた。

これを聞いた原告は、被告岩井の勧めるとおり両建することとし、五〇枚の売り注文をした(取引一―三~五)。

(イ) 同日午前一〇時三〇分ころ、被告岩井は原告宅を訪れて、原告と面談し、追証拠金が二六七万七五〇〇円発生したことを説明した。そして、委託証拠金五二五万円(取引一―三~五)を受領した上で、「明日、明後日もストップ安となることは確実だ。」「損の拡大を防ぎ確実に利益を出すには、更に五〇枚五二五万円が必要だ。」と言って、更に五〇枚の売り建玉を勧めた。

(ウ) これを聞いて、原告は、被告岩井の勧めるとおり、更に五〇枚の売り注文をし(取引一―六)、翌日に委託証拠金五二五万円を交付する旨約した。

カ(ア) 翌二六日午前一〇時三〇分ころ、被告岩井は、原告宅で原告と面談し、委託証拠金五二五万円(取引一―六)を受領した。

(イ) 被告岩井は、この時も、五〇枚の売り建玉を勧め、原告からその注文を受けた(取引一―七)。

キ(ア) 翌二七日午後一時ころ、被告岩井は原告宅で原告と面談し、委託証拠金五二五万円(取引一―七)を受領した。

(イ) この時岩井は、原告に対し、同日から新規取引や建玉一枚について五万二五〇〇円の臨時増証拠金(原告の場合、五万二五〇〇円×二〇〇枚=一〇五〇万円)の預託が必要になったことを伝えた。

ク 翌二八日、原告は、やむなく妹から一〇五〇万円を借り入れて、これを被告岩井に交付した。

(4) 平成一三年一〇月以降

ア 平成一三年一〇月二日、中部ガソリンでの取引が開始された(取引二―一)。

イ しかし、同月一二日以降に行われた取引二―二~一七は、売玉を建てても、翌々営業日までに仕切り、仕切った日の当日ないし翌営業日に再度売玉を増やして建てることを繰り返しているものであり、コロガシと認めざるを得ない取引である。このような取引が原告の発意によって行われたものとは到底認めることができず、被告岩井が勝手に行ったか、被告岩井の勧めるままに行われた実質上の一任売買であると認めざるを得ない。

ウ 同年一〇月二四日午後四時前ころ、原告は被告会社仙台支店を訪れ、相場の上下に原告のみならず、原告の妻も精神的にまいっていることを理由に、取引をすべて手仕舞いすることを申し入れた。

対応した被告岩井は、口座残高照合書(乙八の六)を示して、原告に対して、全体としては二四万六〇二〇円の損になっているが、もう少し待てば利益も見込める、原告の妻に対しても、被告岩井から説得する旨述べ、原告を翻意させた。

被告岩井の損失額についての説明は、不正確であり、委託手数料を含めて計算すれば、当時の損失額は、二三七万六二六〇円である((3150万円-365万4000円)-2546万9740円)。

エ そこで、被告岩井は、翌二五日午前一一時ころ、原告宅を訪れ、原告の妻に対して取引状況等を説明した。

(5) 平成一三年一二月以降

ア 同年一二月中旬ころ、原告は、被告岩井に電話して、「取引のことで頭がいっぱいで、仕事も忙しく、板挟みで大変苦しい。」「心身ともにこれ以上続けられない。」と言って、手仕舞いを申し入れた。同月一〇日の時点で損益を計算すると、約八六二万円の損失であった。

これに対して、被告岩井は、「チャンスと見計らって有利になる作戦を研究している。」「損は確実に挽回できる。」「私に任せていてくれ。」などと言って、取引の継続を強く進め、原告を再度翻意させた。

イ 平成一四年一月七日ころ、被告岩井は、原告に対して、東京ガソリン(当時の建玉数五四枚)の委託証拠金が一〇万五〇〇〇円から一五万七五〇〇円に、中部ガソリン(当時の建玉数三五五枚)の委託証拠金が一万八〇〇〇円から二万一〇〇〇円にそれぞれ上がったこと等を理由に、委託証拠金の不足額合計三九〇万円を入金するように求めた。

これに対して、原告は、「もう資金はない。」と答えた。

そこで、被告岩井は、原告と協議の上、建玉枚数を減らすことなどによって、追加の委託証拠金を入金せずに済むようなかたちで処理した。

ウ 同年三月六日ころ、原告について計算上約一八〇〇ないし一九〇〇万円の損失が計上される状態となった。そこで、原告は被告岩井に、「あれほど確実だと言っていたのに損が出ているのだろう。」「あなたは確実だ、すべて任せてくれと言ったではないか。」「確実に取り戻せると言うから、借金してまでお金を出したのだ。」と言って、手仕舞いを申し入れた。

これに対して、被告岩井は、「相場での損得は相場の中でけじめをつけるのがこの世界だ。」などと言って、現在手仕舞いをすれば巨額の損失が発生するから取引を継続した方がいいと勧めた。

(6) 長久保支店長の担当

ア 同年三月一四日午後六時ころ、長久保支店長が原告宅を訪れて、「今まで被告岩井が責任をもって売買してきた。」「最後に私が責任をもって利益をお返しする。」「私は支店長として一番の経験者だ。」「その経験で絶対損はさせない。」などと言って、これ以後は長久保支店長が本件取引を担当することになったと伝えた。

これは、上記(5)ウのとおり、原告と被告岩井との信頼関係は完全に崩れ、原告が手仕舞いを明確に申し入れるまでに至ったため、長久保支店長が乗り出さざるをえなくなったためである。

その時点での原告の損失額は、二〇〇〇万円近くになっていた。

イ 同年四月二日午後四時四〇分ころ、長久保支店長は、原告宅を訪れ、「証拠金が不足しているので、追証拠金・臨時増証拠金として合計二五〇万円を預託してもらいたい。さらに、新たな建玉をして損を回復するために、委託証拠金九〇万円を預託してもらいたい。支店長という立場上儲けなければ恥ずかしい。」「三四〇万円出せば確実に損が回復でき、利益が出る。」「私の言うとおりにしていればよい。」等と言い、合計三四〇万円の預託を求めた。

そこで、原告は、兄弟から借入をするなどして、同月三日に二五〇万円、同月八日に九〇万円を交付した。

ウ 長久保支店長は、原告の差し入れた九〇万円等を利用して、同月一二日から、原告名義で、中部ガソリンの売買を開始した(取引二―四七以降)。

しかし、長久保支店長になってから建てた取引により、新たに一三五万一二〇〇円の損失を受けた(委託手数料及びその消費税を含む。)。

エ さらに、被告岩井時代に建てた売り建玉の処理が遅れたため、損失が膨らんだ(取引二―六一、二―六五、二―六六)。

(7) 取引内容のまとめ

ア 被告岩井は、本件取引開始後一〇日程度である平成一三年九月二八日までに合計三一五〇万円を交付させ、本件取引開始後三か月時点でも二四八四万六〇〇〇円を交付させており、本件取引開始後三か月以内に四八五七枚の建玉をさせた。

イ 本件取引における建玉は、合計五五九七枚である。

ウ 本件取引における委託手数料は、合計一四二八万九八七〇円(消費税を含む。)であり、本件取引による原告の損失二五八八万四四七〇円の五五・二%を占めている。

エ 東京ガソリンについては、平成一三年九月二五日以降、取引期間中のほとんどが両建の状態にあり、最高で七五枚が両建の状態にあった。

オ 中部ガソリンについても、平成一三年一〇月一二日以降、平成一四年一月を除き、両建の状態にあり、最高で四七二枚が両建の状態にあった。

(8) 取締法規の概略

ア 協会規則七条一項は、「会員は、委託者の保護を図るため、受託等業務を行う過程、管理組織、投資者の適格性の審査、契約時の説明、取引意思の確認、過度な取引の抑制等に関する社内体制を整備しなければならない。」と定め、同八条一項は「会員は、受託等業務の適正な運営及び管理に必要な事項について、本会が別に定めるガイドラインを踏まえ、社内規則として受託業務管理規則を制定し、これを役職員に遵守させなければならない。」と定め、これを受けて被告会社規則八条一項、四項は、「商品先物取引の経験が三ヵ月以上ある者以外」を「習熟期間委託者」として、「取引開始後三ヵ月間は、商品先物取引口座開設申込書に記載された自筆の当初予定資金での建玉枚数を限度とする。」旨規定している。

イ 施行規則四六条一〇号は、「商品市場における取引の委託につき、転売又は買戻しにより決済を結了する旨の意思を表示した顧客に対し、引き続き当該取引を行うことを勧めること」を禁止行為とし、協会規則五条一項六号も同旨の定めを設けている。

ウ 法一三六条の一八第三号、施行規則四六条三号は、無断売買・一任売買を禁止している。

二  判断

(1)  前記一に説示の事実によれば、小野田、上林及び被告岩井は、当時発生したいわゆるニューヨーク・テロ事件という具体的な事実に関連させるなどして、ガソリン価格が値上がり又は値下がりし、確実に利益を得ることができるなどと断定的判断の提供を行い、原告に本件取引を勧誘し、自己責任で取り引きできるというだけの知識・経験を備える間もなかった原告に、本件取引開始後三か月以内に、原告の資産内容を知りながら、最大で三一五〇万円を交付させ、四八五七枚の建玉をさせ、商品先物取引の経験のなかった原告が実質上被告岩井及び長久保の言いなりであることを利用して、実質上の一任売買により、本件取引終了までに五五九七枚の建玉を立てさせ、その内容も、本件取引二―三~一七に代表されるコロガシといわれてもやむを得ない取引や、原告が十分意義を理解しないまま行われた常時かつ枚数の多い両建を含んでいるものであり、その結果、委託手数料(消費税を含む。)は原告の損失の五五%以上を占めており、しかも、本件取引の継続に経済的にも精神的にも耐えかねた原告が再三取引中止を申し入れたにもかかわらず、社会通念上許された範囲を超えて原告を説得して翻意させたものであり、このような小野寺、上林、被告岩井、長久保の本件取引の開始から終了までの一連の行為は、取締法規に反するばかりでなく、公序良俗に反し不法行為上も違法であるといわなければならない。

また、被告岩井は、部下である小野寺及び上林に原告の勧誘行為の一部を担当させ、また、長久保支店長は、被告岩井と原告との信頼関係が失われた後にその後始末をするために原告との取引を担当するようになったものであるから、被告岩井は、意思の共同による共同不法行為として、自己の行為のみならず、他の者の実行した行為の結果についても責任を負わなければならない。

(2)  適合性原則違反との点について

原告が本件当時六七歳で先物取引の経験がなかったことは原告主張のとおりであるが、原告は特定郵便局長等として社会経験を重ねており、本件当時も郵便局の外郭団体に所長として勤務していたこと、住宅ローンの負担のない自宅を所有しており、合計一八〇〇ないし一九〇〇万円程度の預貯金・有価証券等の資産を有していたこと等からすれば、原告を商品先物取引に勧誘したこと自体が不法行為上違法であると認めることはできない。

(3)  新規委託者保護義務違反との点について

被告らは、原告は予定資金を五〇〇万円以上と申告し、小島管理部課長は、取引一―二の開始に当たり、原告が自らの意思で同取引を行うことを確認したから、原告が三か月間に使用した金額は新規委託者の保護義務に違反するほどのものではない旨主張する。

前記協会規則等の定めは、商品先物取引は極めて高い投機性・複雑性を有しており、短期間に大量の取引をさせた場合には、損失額が多額になる可能性があるところ、先物取引の知識・経験に乏しい新規委託者の場合には、この多額の損失を取り戻そうと焦るあまり、更に深みにはまるという事態がしばしば生ずるから、商品先物取引の投機性・危険性を理解させ、自己の責任において取り引きできるだけの知識・経験を得させるために、新規委託者については、その取引について一定の限度を設け、この間は不測の損失が発生しないように保護する必要があることを考慮したものと考えられる。

本件において、原告は商品先物取引の経験が全くなかったから、被告岩井においては、三か月間の習熟期間中は、余裕資金及び一定枚数以下の範囲内でのみ建玉させるなどして、新規委託者である原告に不測の損失が発生しないよう配慮すべき注意義務があったというべきである。原告に最大三一五〇万円を出させ、四八五七枚を建てさせた行為は、原告の資産内容と対比すると、原告は予定資金を五〇〇万円以上と申告したことや小島管理部課長が取引一―二の開始に当たり原告の意思を確認したことを考慮しても、上記義務に違反するものといわなければならない。

よって、被告らのこの点の主張は理由がない。

(4)  違法両建との点について

被告らは、両建がすべて禁止されているものではない、被告岩井は、原告に対して、相場が予想に反して逆になった場合の具体的な方策として、仕切り、追証、両建等があることを説明し、原告は、その説明によって両建の意味を十分に理解した上で、両建を選択したものである旨主張する。

両建は、それ自体が違法・不当な取引ということはできないとしても、新たな委託証拠金の預託、委託手数料の支払が必要となるほか、適切なタイミングで建玉を手仕舞いしないと損失が倍加するおそれがある。商品先物取引の経験に乏しく、値動きが反対となって不安な状態にある原告に対して、両建を勧誘することは、やはり違法な行為といわなければならない。

(5)  まとめ

ア 被告岩井は、民法七〇九条、七一九条一項前段により、これらの一連の不法行為により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

イ 被告会社については、小野田、上林、被告岩井及び長久保支店長の使用者として、民法七一五条により、上記一連の不法行為により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

ウ そして、本件では、過失相殺をすべき事情も認められない。

三  損害額

(1)  積極損害 二五八八万四四七〇円

本件取引の中に、一部でも不法行為に当たらない部分はないから、前記原告に生じた損失である二五八八万四四七〇円が、本件一連の不法行為により原告が被った損害額となる。

(2)  慰謝料 〇円

財産的損害に伴う精神的苦痛は、特段の事情のない限り、財産的損害の賠償によって慰謝されるものと解するのが相当であるところ、本件においては、かかる特段の事情の存在を認めることはできないから、慰謝料の請求は理由がない。

(3)  弁護士費用 二五〇万円

本件訴訟追行の難易等の全事情を総合考慮すると、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては二五〇万円をもって相当というべきである。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、損害賠償金二八三八万四四七〇円及びこれに対する不法行為後である平成一四年八月一二日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、これを超える部分については理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六五条一項本文、六四条本文、六一条を、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 髙木勝己 櫻庭広樹)

<以下省略>

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