仙台地方裁判所 平成14年(行ウ)12号 判決 2005年1月24日
主文
1 被告が,原告に対し,平成13年10月23日付け宮城県(自保)指令第51号によってした,不許可処分を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,被告のした平成13年10月23日付け林地開発行為不許可処分の取消しを求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告は,産業廃棄物最終処分場(以下「本件施設」という。)を設置するため,宮城県白石市α56-1外16筆(以下「本件土地」という。)の林地開発を計画している株式会社である。
(甲2)
イ 被告は,普通地方公共団体たる宮城県の知事である。
(争いのない事実)
(2) 本件不許可処分
ア 原告は,森林法10条の2第1項の規定に基づき平成13年4月25日付けで本件土地について,被告に対し,本件施設にかかわる林地開発(以下「本件開発行為」という。)の許可申請(以下「本件申請」という。)をした(甲2)が,被告は,原告に対し,平成13年10月23日付け宮城県(自保)指令第51号によって,本件開発行為の不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をした。
イ 本件不許可処分の理由は,「申請にかかる開発行為の区域の一部について,申請人が行った農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)第15条の15第1項による許可申請が,平成13年10月19日付宮城県(大産)指令第519号で不許可処分となったため,当該開発行為の実施が不可能となったことによる。」というものであった。
(争いのない事実)
2 争点
(1) 農振法に基づく許可申請が不許可になったことを理由に本件不許可処分をすることができるか。
(2) 本件不許可処分は,行政手続法5条に違反するか。
(3) 本件不許可処分は,行政手続法7条に違反するか。
(4) 本件不許可処分は,行政手続法8条1項に違反するか。
(5) 本件開発行為は,森林法上の不許可事由に該当するか。
(6) 本件不許可処分は,行政権を濫用して行われたものであるか。
(原告の主張)
(1) 農振法に基づく許可申請が不許可になったことを理由に本件不許可処分をすることができるか。
およそ許認可の制度は,それぞれの根拠法令の目的実現のために設けられているものであり,各根拠法令の目的が異なる以上,許認可申請があった場合,行政庁は,各根拠法の立場において,審査判断すべきであり,同一人に対し,他の法令に基づく許認可が下りなかったことを理由に当該許認可申請を拒否することは許されない。
したがって,「農振法」に基づく許可申請が拒否されたことを理由として,「森林法」に基づく許可申請に対し不許可処分をすることは違法である。
(2) 行政手続法5条違反
被告は,森林法に基づく開発許可の基準として,「開発行為の許可基準に関する運用方針」(以下「運用方針」という。)を設定したが,運用方針は関連申請が不許可になった場合に当該申請を拒否しうるとするもので,警察許可の性格に反する違法があり,また,森林法10条の2第2項所定の各要件該当性の有無を判断するための具体的審査基準足り得ていない。
したがって,被告は,行政手続法5条に定める審査基準の設定をせずに,本件不許可処分をしたのであるから,行政手続法5条に違反し違法である。
(3) 行政手続法7条違反
本件開発行為に係る申請書に不備があるのならば,被告は,補正を指示しなければならず,この指示をせずに直ちに「森林法10条の2第2項各号所定の要件に該当しないことが確認できない。」として,本件不許可処分をすることは,行政手続法7条に違反する。
(4) 行政手続法8条1項違反
法の要件を満たした理由の提示は,拒否処分時に行わなければならないところ,被告は,上記のとおり,森林法上の不許可理由を本件不許可処分時に示していないから,本件不許可処分は,行政手続法8条1項に違反する。
(5) 森林法上の不許可事由非該当性
ア 本件施設の計画地点は,岩盤地帯でもあり,地盤定数でもN値50以上と安定した基礎地盤で,当該地で確認される崩壊は層厚1.0m以下の表層崩壊のみである。また,地滑り地形及び地滑り等の履歴は確認されない。
よって,本件開発行為は,森林法10条の2第2項各号には該当しないから,被告は,許可しなければならない。
イ 被告が,上記理由で,本件申請を拒否することは,本件不許可処分の当初の処分理由と異なるから,処分理由の差し替えに当たり,許されない。
(6) 行政権の濫用
ア 本件不許可処分は本件施設の設置を阻止するために森林法に藉口してなされたものであり,行政権限の濫用(行政事件訴訟法30条)として違法である。
イ 原告の前身である株式会社南蔵王ゴルフ倶楽部は,宮城県白石市に産業廃棄物処理施設を設置することを計画し,そのため,平成3年に宮城県庁及び地元白石市役所の各関係部課に赴いて相談したところ,許可申請に先立ち「宮城県産業廃棄物処理施設の設置及び維持管理に関する指導要綱」に定める被告及び白石市との事前協議の手続を行うよう指導された。原告は,この事前協議を平成4年以降,被告及び白石市に対し求めてきたが,地元住民や白石市の反対などから,被告は,これを拒否し続けてきた。
そこで,原告は,平成7年に事前協議をあきらめ,同年10月16日,被告に対し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成9年法律85号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)に基づき本件施設の設置許可申請を行ったが,被告より申請書を返戻された。
原告は,被告を相手方として,同年11月7日,上記許可申請の受理拒否の取消しの訴え及び予備的に不作為の違法確認請求を仙台地方裁判所に提起し,平成10年1月27日,予備的請求について,原告の全部勝訴の判決を受け,さらに,平成11年3月24日,仙台高等裁判所で控訴棄却の判決が下され,被告の敗訴が確定した。
ウ その後,被告は,上記申請書を受理し,原告に対し,補正を指示した。原告は,平成13年4月25日,補正を終了したが,被告は,同年10月22日付けで,不許可処分をした。
また,原告は,農振法15条の15第1項の規定に基づき,被告に対し,平成13年5月29日付けで,本件施設にかかわる開発許可申請を白石市長を経由して行ったが,白石市長は,同年7月6日,被告に対し,農振法15条の15第4項1号に該当する旨の意見書を提出し,被告は,同年10月19日,不許可処分を行った。
さらに,原告は,平成13年4月25日付けで,森林法10条の2第1項に基づき,本件申請を行ったところ,同年10月23日付け宮城県(自保)指令第51号により,被告は本件不許可処分をしたため,原告はこれを不服として,同年12月19日付けで,被告に対し,異議申立てを提起したが,平成14年6月5日付けで異議を棄却する旨の決定があった。
エ 以上のような経緯からすれば,本件不許可処分も,本件施設の建設を阻止しようという,根拠法と無関係な動機に基づいて,行政権を濫用してなされたものである。
(7) 以上によれば,本件不許可処分は違法であるから,取り消されるべきである。
(被告の主張)
(1) 農振法に基づく許可申請が不許可になったことを理由に本件不許可処分をすることができるか。
ア 被告は,森林法10条の2第1項の許可(以下「林地開発許可」という。)を行うに当たり,行政手続法5条1項の審査基準として,運用方針を定めており,その中の第3第1項1号ウでは,「開発行為又は開発行為に係る事業の実施について法令等による許認可等を必要とする場合には,当該許認可等がなされているか又はそれが確実であることが明らかであること」が許可要件として記載されている。
なお,被告の定める運用方針は,林地開発許可事務が機関委任事務であった平成12年3月31日まで,当該事務の執行に際し被告が準拠していた国による通達「森林法及び森林組合合併助成法の一部を改正する法律の施行について(開発行為の許可制及び伐採の届出制関係)(昭和49年10月31日49林野企第82号農林事務次官通達)」の「開発行為の許可基準の運用について」とほぼ同様の内容であり,同通達の第3第1項1号ウに同様の規定がある。また,この規定は,昭和49年10月31日に同通達がなされた当初から存在しており,林地開発許可事務においては,他の法令による許認可の状況を,制度開始当初から,全国的に審査の対象としていた。
イ 申請書の内容がいかに個別立法上の許可要件を充足していても,現実に当該開発行為が実施されない,あるいは実施不可能なものであった場合,許認可処分自体が空疎なものとなるし,実行されない開発計画への許認可が生じることで,許認可制度の目的に何ら寄与しないばかりか,無用の許可に関する事務に時間を割かれ,行政効率が著しく低下する,あるいは同一土地において,適法かつ真に実行可能な開発申請が行われた場合に困難が生じる。
このため,開発行為の許認可制度一般においては,個別立法上の目的による審査の他に,「開発行為が実現可能である蓋然性が高いこと」を制度自体が要請している。
ウ 森林を開発する際は,その自然地形の変更を伴うものであるが,変更の方法については,当該自然地形の状況如何により適切な方法が選択されるべきで,他の法令による規制区域の制定状況から,当該箇所における特定の目的に係る土地の区画形質の変更が認められないとすれば,実施箇所を変更しなければならず,このような計画修正をしなければならないのに,修正前の計画を前提として,森林法10条の2第2項各号該当の有無の審査を継続しなければならないとするのは,著しく不合理である。
エ 確かに,各法律はその固有の立法趣旨に基づき運用されることが原則であるが,同時に行政庁が各法律を運用する際に,行政全体の法秩序の維持を図ることは法理上当然に要求される。
森林法その他土地利用に関する法律についても,これらの法律が国土の適正かつ合理的な利用という行政目的の実現のために相互に秩序立って運用されるべきであることは,国土利用計画法1条及び10条で,個別の土地利用計画が総合的かつ計画的な国土の利用に沿って策定,運用されなければならないと定めているところからも明らかである。
オ 行政処分には一般的に公定力が認められているから,農振法上の不許可処分を受けたことを前提に,本件不許可処分を行ったことには何らの問題がなく,県における土地利用計画全体の整合性の確保の観点からも,本件不許可処分は違法ではない。
なお,行政手続法第11条1項は,複数の許認可等を要する申請における処理の遅延を訓示的に禁止しているものであり,他の法令の処分を自ら行うべき許認可等の審査又は処分に反映してはならないということを意味するものではない。
(2) 行政手続法5条違反に対し
ア 被告が設定している審査基準である運用方針及び開発行為の許可基準に関する運用細則(乙1,3)は,人工物に係る基準等,可能なものについては,極力係数等をもって具体的に記述しており,これが必ずしも適当でない場合,すなわち,森林法10条の2第2項各号に定める不許可事由のように抽象度が高く,開発行為の対象が森林という自然地形であるような場合には,抽象的な基準としているが,これは被告の裁量の範囲内というべきである。
イ そして,被告は,県政情報センター及び担当課において,審査基準である運用方針及び開発行為の許可基準に関する運用細則を備え付け,公表している。
ウ よって,本件不許可処分は,行政手続法5条に違反しない。
(3) 行政手続法7条違反に対し
ア 申請書の形式的な不備の点(開発行為に係る森林について,当該開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていることを証する書類が添付されていないこと)については,平成13年8月28日付けで原告に補正を求めており,原告からは同年9月14日付けで補正書類が提出されている。
イ 原告の委託を受けたコンサルタントは,平成12年10月27日に林地開発についての隣地土地所有者の同意について確認し,平成13年1月30日に林地開発許可申請にかかわる,申請書,添付図書等の作成についての指導を受け,同年2月8日にも同様の指導を受けた。
ウ 同意書の不備以外の不許可事由(森林法10条の2第2項各号該当性)については,形式的補正を求めるべき内容ではない。
エ よって,本件不許可処分に先立ち,行政手続法7条の補正指示をしていないとの原告の主張は失当である。
(4) 行政手続法8条1項違反に対し
本件不許可処分の理由は,審査基準である運用方針第3第1項1号ウの規定に基づくものであることは明白で,行政手続法8条1項に違反しない。
(5) 森林法上の不許可事由該当性
ア 本件申請は,コンクリート重力式堰堤の安定計算において,基幹排水路相当分の体積を除外しておらず,また,浸出水集水管の流末の調整水槽への接続方法が不明であるなど,堰堤の安全性を確認できず,その他土留構造物,施行中の土砂流出防止策などについて,不十分な点があり,土砂流出及び崩壊のおそれがあり,森林法10条の2第2項1号に該当する。
イ 本件申請内容では,開発中又は開発後の雨水流出量の妥当性や十分な流下能力を有するかが判断できず,開発行為に伴い水害を発生させるおそれがなく森林法10条の2第2項1号の2に該当しないと判断することはできない。
ウ 森林法施行規則2条によれば,「開発行為に係る森林について,当該開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていることを証する書類」を添付することとされているところ,本件申請書には,開発区域内に存在する国有地(白石市が管理する公共用財産)に関する同意書が添付されていないなど,本件開発行為については,開発行為に係る森林につき開発行為の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ておらず,また,今後同意を得ることができると認められる場合にも該当しない。
エ なお,本件申請は,上記のとおり,森林法上の不許可事由に該当するが,この点の主張は,本件裁判において,本件不許可処分の理由を追加したものではないから処分理由の差し替えにはならない。
上記は,原告が「本件許可申請が根拠法の定める許可要件を満たしており,許可すべきである。」旨の主張をしたので,これに対し反論したにすぎない。
よって,原告の処分理由の差し替えに関する主張は,その前提を欠き失当である。
(6) 行政権の濫用について
被告は,上記のとおり,本件不許可処分を,林地開発許可に関する審査基準として定めた運用方針に則って行ったものであり,原告が主張するように「本件施設の設置を阻止する目的で行政権限を濫用して」行ったものではない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(農振法に基づく許可申請が不許可になったことを理由に本件不許可処分をすることができるか。)について
森林法10条の2第2項は,「都道府県知事は,前項の許可の申請があった場合において,次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは,これを許可しなければならない。」と規定している。森林法10条の2第2項各号は,森林周辺地域における土砂の流出又は崩壊その他の災害防止(1号),水害の防止(1号の2),水源のかん養の機能(2号),環境保全の機能(3号)の見地から,許可基準を定めているが,これらの基準に該当しないと認めるときは,都道府県知事は,森林法10条の2第1項に規定する当該開発行為を必ず許可しなければならないと解することができる。
本件不許可処分の理由は,前記「争いのない事実等(2)(本件不許可処分)イ」に記載したとおり,「申請にかかる開発行為の区域の一部について,農振法15条の15第1項による許可申請が,平成13年10月19日付宮城県(大産)指令第519号で不許可処分となったため,当該開発行為の実施が不可能となったことによる。」というものであるところ,これは,森林法10条の2第2項各号に定める要件とは別個の理由によって不許可としたものといわざるを得ない。
被告は,この許可基準について運用方針を定め,本件申請は,運用方針で規定する一般的事項のうち,開発行為を実際に行うことが確実と認められるという要件(第3第1項1号ウ)を充足していないと主張するが,森林法10条の2第2項各号にかかる許可要件を定めた規定はないし,許可申請の手続を定めた森林法施行規則にも開発計画,開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意などを申請書に添えるように定めるものの,運用方針に定める「開発行為又は開発行為に係る事業の実施について法令等による許認可等を必要とする場合には,当該許認可等がなされているか又はそれが確実であることが明らかであること」の要件は定めていない。なお,被告が審査基準において用いられる具体的な数値を用いた基準及び算定方法の説明であると主張する「森林法に基づく林地開発許可申請の手引き」(乙4)のうち,「Ⅱ林地開発許可の申請」で不許可とされることがあることの例示にもそのような要件の記載はなく,かえって,「森林法の許可基準に基づいた審査は,他法令の許可・不許可には左右されない。」との記載がある。
また,被告は,本件不許可処分の理由とする当該開発行為の実現可能性の有無が一般的に許可制度自体や法秩序全体から要請されていると主張するが,前記のとおり,森林法に規定もないのに,そのような不許可事由を要件として認めることはできない。よって,本件不許可処分は,違法というべきである。
2 結論
以上によれば,本訴請求は理由があるから,これを認容し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 高木勝己 裁判官 櫻庭広樹)