仙台地方裁判所 平成14年(行ウ)13号 判決 2005年1月24日
主文
1 被告が,原告に対し,平成13年10月19日付け宮城県(大産)指令第519号によってした,不許可処分を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,被告のした平成13年10月19日付け農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)15条の15第4項の規定に基づく開発不許可処分の取消しを求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告は,別紙第1及び第2物件目録記載の土地に,産業廃棄物最終処分場(以下「本件施設」という。)を設置する計画をしている株式会社である。
(甲2)
イ 被告は,普通地方公共団体たる宮城県の知事である。
(争いのない事実)
(2) 本件不許可処分
ア 原告は,被告に対し,平成13年5月29日付けで,別紙第1及び第2物件目録記載の土地について,農振法15条の15第1項の規定に基づき,本件施設に係る開発(以下「本件開発行為」という。)の許可申請を行った(以下「本件申請」という。)。
イ 別紙第1物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は,昭和47年3月28日付け宮城県告示により農業振興地域の指定を受け,昭和49年3月22日付けで,被告は,白石市が策定した農業振興地域の整備計画を認可した。
ウ 白石市長は,農振法15条の15第3項に基づき,被告に対し,平成13年7月6日付け白農第1256号をもって本件申請は農振法15条の15第4項1号に該当する旨の意見書を提出した。
エ(ア) 被告は,原告に対し,平成13年10月19日付け宮城県(大産)指令第519号によって,本件土地について,農振法15条の15第4項1号に基づき,本件申請に対し不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をした。
(イ) 本件不許可処分の理由は,「本件開発行為が本件土地を相当長期にわたり農用地等以外の用途に利用する計画であり,白石市が定める農業振興地域整備計画の達成に支障を及ぼす恐れがあるため,農振法15条の15第4項1号に該当する。」というものであった。
((2)全体につき,争いのない事実)
2 争点
(1) 本件不許可処分は,行政手続法5条及び同法8条に違反するか。
(原告の主張)
ア 本件不許可処分は,行政手続法5条に規定する審査基準を全く定めないままに行われたものであるから,明らかに同条に違反しており,違法であるから取消されるべきである。
イ 本件不許可処分は「開発行為は,申請地を相当長期にわたり農用地等以外の用途に利用する計画であり,白石市が定める農業振興地域整備計画の達成に支障を及ぼす恐れがある」との理由に基づくものであるが,拒否処分をなすにあたって提示すべき理由は,いかなる事実関係についていかなる審査基準を適用して当該処分を行ったかを申請者においてその記載自体から了知しうる程度に記載することを要するのであって,審査基準の公表が義務付けられていたにもかかわらず,被告が審査基準を一切公にしていない本件においては,行政手続法8条1項が要求する程度内容の処分理由の提示があったとは到底いうことができない。
(被告の主張)
ア 被告が審査基準を定めていないことは認める。
被告が審査基準を別途定めないのは,農振法15条の15第4項各号に定める審査基準によって,十分判断が可能であるからである。
つまり,農業以外の目的で行う開発行為のほとんどは,農振法15条の15第4項1号に該当し不許可となり,さらに,同項1号に該当しない場合であっても,同項2号及び同項3号のいずれかに該当すれば不許可と判断されることになる。実際問題としては同項2号及び同項3号は,主として,農業目的での開発行為についての許否の審査基準となるものである。
したがって,農業以外の土地利用を目的とした開発許可申請については,農業振興地域整備計画の達成について支障があるかどうか,すなわち市町村整備計画と申請内容とを照らし合わせ,申請された開発行為が市町村の計画実施を阻害するかどうかについて開発期間や位置関係を確認すれば判断可能であるため,別途審査基準を定めることを要しない。
仮に,別途審査基準を定めようとした場合,例えば,市町村整備計画の実施時期については,地元地権者との調整がまとまったものから順次予算化され整備が実施されることが一般的なため一律に「3年以内に完了する開発行為は許可する」等の一定の数値及び期間的な審査基準を定めることは現実的に困難であり,結局のところ事例ごとに法に照らして判断せざるを得ない。
イ 行政手続法8条1項に違反するとの主張は争う。
(2) 本件土地にされた農用地区域の指定は,無効か。
(原告の主張)
ア 本件において,昭和59年,平成5年及び平成9年にそれぞれ指定された農用地区域の具体的な位置・範囲は,いずれも農業振興地域整備計画書別紙附図に示されるように「林班番号204番い,206番い~ほ」の土地の一部である。
よって,附図を参照することによって初めて,農用地区域の指定の具体的な範囲が確定できるといわなければならない。
イ 農用地区域の指定は,土地所有者の権利義務に大きな影響を及ぼす行為なので,明確に表示されなければならず,その表示方法は登記簿上の地番,平面図及び附図の3者併用方式によるのが原則である。
森林等については,農用地区域の設定の作業が極めて困難となる場合に限り,例外として林班番号で表示することが可能であるにすぎない。
よって,本件土地においては,地番,平面図及び附図の併用方式によるべきであるところ,白石市の農用地区域の指定は,林班番号及び附図のみによって指定しており,無効である。
ウ 昭和59年,平成5年,平成9年の農用地区域の指定範囲の表示は,林班番号によるものと附図によるものとの間に,本件土地周辺において,形状,位置,面積とも著しい差異が認められる。
よって,上記3回の指定は,その範囲が不明瞭又は不特定の行為として,重大かつ明白な瑕疵があり,無効である。
エ 農用地区域の変更が可能なのは,農業振興地域整備基本方針の変更若しくは農業振興地域の区域の変更があった場合に限られる(農振法13条1項)。ここに「農業振興地域の区域の変更に伴う農用地の変更」とは,農業振興地域の区域の変更によって,従来農用地に指定されていた土地が農業振興地域の区域外となったり,又は新たに農業振興地域に加えられた区域に農用地区域指定を行う必要が生じた場合を指す。
本件の場合,昭和59年の農用地区域指定対象地には本件土地は含まれていなかった。その後,昭和59年から平成5年までに農業振興地域整備基本方針の変更は行われておらず,本件土地周辺について農業振興地域の区域変更も行われていない。
平成5年における附図による農用地区域の変更は,農用地区域の法定の変更要件を満たしておらず,無効である。
その後も昭和59年の農用地区域指定が依然有効であるから,本件土地は農用地区域指定の範囲に含まれていない。
したがって,本件土地は現在も農用地に該当しないから,開発許可も要しない。
オ 農用地は,農振法8条2項1号に基づき,今後,おおむね10年以上の期間にわたって,農業上の利用を確保する目的をもって指定されるところ,農林水産省のガイドラインと都市計画法及び建築基準法の一部改正についての昭和56年8月5日付け建設省都計発第109号建設事務次官通達などによれば,農用地区域を定めるに当たっては,地域の農業者の意見を十分に聴き,市町村はあらかじめ地区計画の対象地のすべての地権者とよく話し合って原案を作成すべきこととされる。
しかし,本件では,単に役場の掲示板に公示されただけで上記手続は取られておらず,地権者は1人として相談すら受けていないことからみても,本件土地に対する農用地区域指定は,手続上違法である。
(被告の主張)
ア 「林班番号204番い,206番い~ほ」と示された土地のすべての範囲が,農用地区域である。
イ 農振法施行規則4条は,農振法による農用地区域の指定に用いる表示方法として「①大字,字,小字及び地番,②一定の地物,施設,工作物又はこれらからの距離及び方向,③平面図等」を定めているところ,平面図等の「等」には「他の法律に基づき指定されている地域地区(たとえば都市計画法の市街化区域,国立公園,国定公園の特別保護地区など)」や,「公的な帳簿等によりその位置が明示されている地区・施設(たとえば林班番号)」が含まれる。農用地区域の表示は,上記方法のいずれを用いても,組み合わせてもよい。
よって,本件土地は,表示方法の一つである林班番号を用いて農用地区域指定がされており,これのみで特定性を有する。
ウ 原告は,林班番号による表示と附図による表示とが著しく異なっており,本件土地に係る農用地区域指定の効力は無いと主張する。
しかし,附図と林班番号による表示が異なっていても,農振法施行規則4条には附図を併用すべき規定はなく,林班番号を用いた農用地区域指定自体に影響を与えない。農林水産省の農業振興地域制度に関するガイドラインは,農用地利用計画を表示する際に平面図を用いる場合,平面図は,おおむね500分の1ないし2500分の1程度の縮尺とすべきとし,附図を用いる場合は,農用地区域及び用途区分された土地の区域のおおよその範囲を明らかにした図面(1万分の1ないし5万分の1)を添付することとするとしており,附図は,おおよその範囲を示す計画書添附図面に過ぎない。
「1番地の1の一部」のように文章表現だけでは農用地区域を特定できない場合は,具体的な区域を示すために平面図を用いて農用地区域を指定する必要があり,そのために,縮尺が500分の1から2500分の1という高精度な図面を用いることとされているが,平面図による指定方法はあくまで農用地区域の表示手段の一つであり,指定の必須要件ではない。
本件土地に係る農用地区域は林班番号で特定できるため,平面図を用いる必要はない。
昭和59年及び平成5年に作成した附図は,着色範囲が小さいものの,少なくともその地域に農用地区域の指定があることは表示されており,詳細な指定状況については,農業振興地域整備計画書に定める区域指定内容と照らし合わせれば正確に把握可能であるから,重大かつ明白な瑕疵には当たらない。
エ 市町村が定める農業振興地域整備計画については,おおむね数年ごとに計画内容の見直し作業が行われ,計画変更の必要があれば整備計画と附図等の添付資料を修正変更し,公告縦覧等の法定手続を経て,過去の計画書と置き換えて利用されるものである。
オ 平成9年に変更決定された現行の整備計画は,公告縦覧及び異議申立ての機会を地権者等に設けた結果,異議申立て等が無く,農振法で定める農協,土地改良区,農業委員会からの意見照会も行い広く意見を求めた上で,決定公告されたから,法的に有効な整備計画である。
昭和49年の計画書は昭和59年の計画書により,昭和59年の計画書は平成5年の計画書により,平成5年の計画書は平成9年に整備計画が変更決定されたことにより,それぞれ置き換えられてその効力を失った。
したがって,本件不許可処分の当否は,あくまで現在法的に有効な計画である平成9年の計画をもって判断するべきである。
原告は,白石市が平成5年に整備計画を見直したのは本件施設の設置を阻止するためであると主張するが,そもそも本件許可の対象となるのは平成9年に変更された白石農業振興地域整備計画のみであるから,平成5年以前の整備計画に関して争うことは本件訴訟においては意味が無い。
(3) 本件開発行為は,農振法15条の15第4項1号に該当するか。
(被告の主張)
ア 農業振興地域は,今後相当長期(おおむね10年以上)にわたり総合的に農業振興を図るべき地域としての観点から指定を行うものである(農振法3条の2各号,農用地等の確保に関する基本指針第2)。
イ 本件土地が含まれるα地区は,現況森林及び原野等の地域について,地場産品である葛の団地化に積極的に取り組んで行くと共に,畜産振興(肉用牛)の一環として草地としての整備等も行っていく意向のある地区である。
ウ 原告は,本件土地は近い将来埋め立てが終了した後は,必要な盛土を行って農用地に転用することが予定されており,当該開発行為に係る土地を農用地等として利用することが困難となる場合には当たらない旨主張する。
しかし,本件申請書によると,本件施設設置計画は,工事期間を2年,営業期間を10年,水質管理期間を5年とし,少なくとも工事開始から水質管理等が終了するまでの17年間については,本件土地の利用が固定化されることは明らかである。また,同申請書においては施設管理終了後の建築物及び工作物等の撤去計画が示されておらず,排水の水質管理及び発生ガスの状況等から跡地利用の時期を決定する旨記載されていることから,計画期間の17年を超える可能性がある。
白石市の農業振興地域整備計画は,おおむね10年以上を見越した長期計画であるところ,計画策定から10年目になる平成19年を目標に整備計画の実施が予定されており,本件許可申請は平成13年に行われ,17年間を要する計画として書類提出されているから,仮に平成13年に着手した場合,平成30年までは本件土地を農用地として利用することができないものと見込まれる。
エ よって,本件開発行為は,農振法15条の15第4項1号に該当し,不許可が相当である。
(原告の主張)
原告は,本件施設設置計画に関して,平成4年から被告及び白石市と相談した。当初の見込みでは,平成6年中に事前協議を終了し,平成7年に測量,地質検査,用地買収,実施設計を行って年末に許可申請を行い,平成8年中にすべての工事を完了し,平成9年初めから廃棄物の買入,処理事業を開始し,平成16年末に事業を完了(埋立て完了)の予定であった。すなわち,被告及び白石市の妨害がなければ平成16年には,廃棄物の処理・埋立及び盛土を終了し,本件土地を農用地等として利用することができたはずである。
しかるに,被告及び白石市による法を無視した引延ばし及び他の法律による開発不許可のため,原告が現在まで施設を設置することができないでいる。原告は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)の許可申請を改めて行う予定であるが,被告の妨害やサボタージュがない限り,短期間で許可が下りるはずであり,その後8年で事業は完了する予定である。
被告は,開発期間が17年以上にわたると主張するが,廃棄物処理法所定の手続が10年も遅れたのは,ほかならぬ被告及び白石市の責任であり,この責任を原告に転嫁するのは本末転倒である。
(4) 本件不許可処分は,行政権を濫用して行われたものであるか。
(原告の主張)
本件不許可処分は本件施設の設置を阻止するために農振法に藉口してなされたものであり,行政権限の濫用(行政事件訴訟法30条)として違法である。
ア 原告は,宮城県白石市に本件施設を設置することを計画し,そのため,平成3年に宮城県庁及び白石市役所の各関係部課に赴いて相談したところ,許可申請に先立ち「宮城県産業廃棄物処理施設の設置及び維持管理に関する指導要綱」に定める被告及び白石市長との事前協議の手続を行うよう指導されたので,平成4年以降,被告及び白石市に対し事前協議を求めてきたが,地元住民や白石市の反対などから,被告らは,これを拒否し続けてきた。
そこで,原告は,平成7年に事前協議をあきらめ,同年10月16日,被告に対し,廃棄物処理法(平成9年法律85号による改正前のもの。)に基づき本件施設の設置許可申請を行ったが,被告より申請書を返戻された。
原告は,被告を相手方として,同年11月7日,上記許可申請の受理拒否の取消しの訴え及び予備的に不作為の違法確認請求を仙台地方裁判所に提起し,平成10年1月27日,予備的請求認容の判決が言い渡され,被告が控訴したが,平成11年3月24日,仙台高等裁判所で控訴棄却の判決が下され,被告の敗訴が確定した。
イ その後,被告は,本件施設の設置許可申請書を受理したが,原告に対し,補正を指示した。原告は,平成13年4月25日,補正を終了したが,被告は,同年10月22日付けで,上記申請に対し,不許可処分をした。
また,原告は,農振法15条の15第1項の規定に基づき,平成13年5月29日付けで,白石市長を経由して本件申請を行ったが,白石市長は,被告に対し,本件申請は,農振法15条の15第4項1号に該当する旨の意見書を提出し,被告は,本件不許可処分を行った。
さらに,原告は,森林法10条の2第1項に基づき,平成13年4月25日付けで,本件施設に係る林地開発許可申請を行ったところ,被告は上記申請に対し,同年10月23日付け宮城県(自保)指令第51号により,不許可処分をしたため,原告はこれを不服として,同年12月19日付けで,被告に対し,異議申立てをしたが,平成14年6月5日付けで異議を棄却する旨の決定があった。
ウ 白石市の農業振興地域整備計画において,農用地区域の指定対象は林班番号及び附図の両者によって表示されている。
昭和59年の白石農業振興地域整備計画書の附図によれば,本件土地は農用地区域として指定されていなかった。平成5年,平成9年の各計画書の附図において農用地区域指定は昭和59年の約5倍の面積となり,本件土地の約5分の1を含む範囲に拡大された。
このように,白石市が,平成5年に本件土地を農用地区域に指定したのは,対象地を当該指定用途に供するためではなく,本件申請を被告に拒否してもらうためであった。本件土地の農用地区域指定に際しては,本件土地の地権者の同意は得られていない。
エ 広報しろいしによれば,α地区で昭和55年以降久しく絶えていた葛の栽培を復活させる動きが出たのは平成7年であるが,昭和59年の農業振興地域整備計画のα地区の欄には,圃場整備,果樹,樹園地造成,畜産が挙げられているに過ぎず,平成5年の整備計画でも,水田,樹園地(りんご,もも),畜産が主要作目であり,葛は,平成9年の整備計画に突如として現れた。そば,木炭,きのこに至っては,すべての計画において言及されていない。
以上からすれば,葛を栽培する計画は,本件土地に原告が本件施設を計画していることが明らかになった後に,これを阻止しようとする苦肉の口実として,にわかに決められたものである。
葛栽培の対象地は,β地区の耕作放棄地20アールを含む25アールであるが,白石市は,将来的には葛栽培地の面積を3ヘクタールまで拡大したいとする。しかし,β地区には,他にも休耕地があり(広報しろいしには「遊休農地の拡大が危惧される」,(葛の栽培は)「増加している遊休農地の活用」と記載されている。),本件土地に類する山林も他にあるにもかかわらず,被告は,葛栽培が再開されたβ地区から遠く離れている本件土地を農用地区域とした合理的理由を何ら示していない。
そもそも,葛の根はかなり根深く,本件土地のような岩質地の山奥の斜面には適さない作物である。被告は,葛が自生する多年草であるとした上,葛の栽培方法が未だ研究段階で実用品としての葛栽培に成功していないことを認めている。根茎の大きな葛の栽培は,特に白石市のような雪の多い寒冷地では極めて難しく,いまだ誰も成功していない。葛粉の製造は,根を叩いてすりつぶし,何回も水でさらすなど,多大な時間と労力を要する。また,自生物であっても,その収穫まで少なくとも5年を要するものであり,将来,寒冷地における葛の栽培方法が実用化されるとしても,それには長期間を要する。
このように,栽培方法を開発する方法の見当もなく,白石のような葛生育に不向きな寒冷地で葛製品の製造が採算の合う事業なのか不明な段階で,特定の私有山林を一方的に葛栽培用地とし,他の用途に使用することを禁ずる農用地区域の指定は,極めて不合理であり,正当な公共上の必要なく私有財産に強度の制限を加えるもので,憲法29条に違反する。
オ 以上からすれば,本件不許可処分は本件施設の建設を阻止しようという根拠法と無関係な動機に基づいて,行政権を濫用してなされたものである。
(被告の主張)
ア 昭和59年の白石農業振興地域整備計画において,本件土地は,「林班番号204番い,206番い~ほ」の土地として,既に農用地区域に指定されており,現在に至るまで変更はない。
イ 白石市は,葛自生の北限ではないし,白石市α地区は,江戸時代中期から,山の斜面に自生する葛を採取して葛粉を生産してきた歴史があり,現在においても葛が採取され,商品として販売されており,葛生産に問題がない地域である。
白石市は,αの葛粉の復活を目指して,白石市α地区の農家で構成された「α地区寒葛生産組合」の活動を平成7年度から補助事業により支援するなど計画を推進している。
そして,平成9年の整備計画において,本件土地を含むα地区は,地場産品である葛の団地化に積極的に取り組んでいくと共に畜産振興(肉用牛)の一環として草地としての整備等も行っていく意向のある地区として計画策定されている。
ウ 農用地区域指定は,白石市の権限であり,被告(県)の権限に関する本件訴訟においては,特に重要な争点ではない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(行政手続法5条及び8条違反の有無)について
ア 行政手続法5条違反の有無について
(ア) 本件不許可処分は,本件申請が農振法15条の15第4項1号に該当するという理由によるものであること,被告が同号の審査基準を定めておらず,これを公にもしていないことは,当事者間に争いがない。
よって,本件不許可処分は,行政手続法5条1項及び同条3項に違反するものというべきである。
(イ) 被告は,農振法15条の15第4項1号該当性は,審査基準を定めなくても判断が可能であるため,同号の審査基準を定めていないことは行政手続法5条に違反しないと主張する。
確かに,法令の定めが十分に具体的であれば,法令が自ら定めたものに加えて基準を作る必要はない。しかしながら,農振法15条の15第4項1号は,「当該開発行為により当該開発行為に係る土地を農用地等として利用することが困難となるため,農業振興地域整備計画の達成に支障を及ぼすおそれがあること」と規定されているところ,この規定は,申請の許可要件を判断するに当たって,行政庁の裁量を認めた規定であると解され,具体的な審査基準を定めなくとも同号に該当するかの判断が十分に可能な程度に具体的であるとはいえず,被告は,行政手続法5条に基づき,具体的審査基準を設定し,公にする義務があるというべきである。
(ウ) 被告は,農業以外の目的で行う開発行為のほとんどが農振法15条の15第4項1号に該当し不許可となり,さらに,同号に該当しない場合であっても,同項2号及び同項3号のいずれかに該当すれば不許可と判断される,したがって,農業以外の土地利用を目的とした開発許可申請については,農業振興地域整備計画の達成について支障があるかどうか,すなわち,市町村整備計画と申請内容とを照らし合わせ,申請された開発行為が市町村の計画実施を阻害するかどうかについて開発期間や位置関係を確認すれば判断可能であるため,別途審査基準を要しないと主張する。しかしながら,農業以外の目的で行う開発行為のほとんどが同項1号に該当するということは申請者にとって農振法の規定上十分具体的に明らかということはできず,市町村の計画実施を阻害するかどうかについての判断要素として開発期間や位置関係を確認するということも農振法の規定上明らかではない。これらを審査基準としているのであれば,被告はこれらを審査基準として設定し公にする義務があったというべきである。
また,被告は,農振法15条の15第4項1号の規定を数値等で具体化することは困難であるなどと主張するが,審査基準を定めることにより,行政庁の判断過程を透明化し,申請者の予測可能性を担保し,不公正な取扱いがされることを防止するというのが行政手続法5条が設けられた趣旨であると解されることからすれば,少なくとも,審査に際し考慮されることが予定される事項や方針は,審査基準の内容として掲げるべきであった。農林水産省は,農業振興地域制度に関するガイドラインを定めており(甲5,15。平成12年4月1日12構改C第261号,農林水産省構造改善局長通知),その中で農振法15条の15第4項各号該当性の審査に当たって留意するべき事項を定めていることからすれば,これを参考にしながら被告における農振法15条の15第4項の審査基準を設定し,公にすることは容易であったというべきである。
イ 行政手続法8条違反の有無について
行政手続法8条は,行政庁が申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合に,理由の提示を義務付けることにより,許認可等をするかどうかについての判断の慎重・合理性を担保することでその恣意を抑制し,申請者に不服申立て又は訴えの提起の便宜を与えようとしたものと考えられ,同条1項ただし書が「法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって,当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類から明らかであるときは,申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる。」としたのは,上記のような場合は,理由の提示の際に,審査基準を明らかにしなくても前記趣旨を害することがないと考えたためであると解することができる。
すなわち,行政庁が不許可処分をするには,いかなる事実関係に基づきいかなる法規(審査基準等も含む。)を適用したかを申請者がその記載自体から了知しうる程度の理由の記載が必要である。
本件不許可処分の理由は,「本件開発行為が本件土地を相当長期にわたり農用地等以外の用途に利用する計画であり,白石市が定める農業振興地域整備計画の達成に支障を及ぼす恐れがあるため,農振法15条の15第4項1号に該当する。」というものであった(甲4)。この理由では,本件申請が,いかなる具体的事実関係に基づきいかなる判断基準によって,「白石市が定める農業振興地域整備計画の達成に支障を及ぼす恐れがある」ということになるのかが明らかではない。したがって,いかなる事実関係に基づいて「当該開発行為により当該開発行為に係る土地を農用地等として利用することが困難となるため,農業振興地域整備計画の達成に支障を及ぼすおそれがあること」(農振法15条の15第4項1号)に該当すると判断されたかが,その記載自体から明らかであるとはいえない。
本件不許可処分には行政手続法8条に違反する違法があるということができる。
ウ 行政手続法に違反した本件不許可処分の効力
農振法15条の15第4項の規定が概括的であり,申請の許可要件を判断するに当たり十分具体的な規定ではないこと,被告は,行政手続法5条に基づく審査基準を設定していないことは上記のとおりである。
もっとも,申請が明らかに法令の定める要件を満たしていないような場合などには,審査基準の設定がないという行政手続法5条違反の瑕疵があっても,直ちに不許可処分の瑕疵となることはないと考えられる。
これを本件についてみると,本件不許可処分をするについては,本件訴訟の経過からも明らかなとおり,本件申請の許可要件について,被告は,本件土地が農用地区域に指定されていること,農用地区域指定に手続的違法はないこと,葛の栽培計画など本件土地の具体的な農用地利用計画,原告の開発計画期間と農業振興地域整備計画との関係,開発終了後の跡地を農用地に転用することの可能性などを判断事項としていて,その内容についても白石農業振興地域整備計画の具体的内容との対比をしていることなどを考慮すると,本件申請が審査基準を考えるまでもなく明らかに法令の定める要件を満たしていないということはできない。
よって,本件不許可処分は,被告において審査基準の設定,公表が容易であったのに行政手続法5条に違反して審査基準を設定しないままに行われたものでその瑕疵は重大であるとともに,また,上記程度の理由の記載では行政手続法8条にも違反していることは上記説示のとおりである。
エ 以上によれば,本件不許可処分は,行政手続法5条及び8条に定める手続をとらずに行われた違法な処分であり,取消しを免れない。
2 結論
よって,本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理由があるから,これを認容し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 高木勝己 裁判官 櫻庭広樹)