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仙台地方裁判所 平成15年(わ)32号 判決 2003年10月20日

主文

被告人を懲役6年及び罰金200万円に処する。

未決勾留日数中130日をその懲役刑に算入する。

その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

仙台地方検察庁で保管中のコカイン1袋を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(証拠により認定した犯罪事実)

被告人は,

第1氏名不詳者と共謀の上,みだりに,営利の目的で,麻薬を本邦に輸入しようと企て,平成14年11月30日,M国(以下略)所在の国際宅配等を業とする会社に対し,ロウソク内(中略)に隠匿した麻薬であるコカイン塩酸塩約390グラムを収納した段ボール箱を,宮城県古川市a字b番地Aあてに国際小口急送貨物として運送委託して,これを発送し,同年12月7日,N国O空港において,K航空機にこれを積載させて同空港を出発させ,同日,千葉県成田市所在の新東京国際空港に同機を到着させ,同所において,情を知らない同空港関係作業員をして,上記コカインを隠匿した同貨物を同機から取り下ろさせ,もって麻薬であるコカインを輸入し,引き続き,同日,d所在のL株式会社成田カーゴターミナルビルディング保税蔵置場にこれを搬入させ,情を知らない通関業者をして,e所在の東京税関成田航空貨物出張所長に対し,子供用の靴等のみを輸入する旨内容虚偽の輸入申告事項を入力・送信させるなどして輸入申告させて,同日,その許可を受け,上記コカインを隠匿した同貨物を上記保税地域から本邦内に引き取らせ,もって輸入禁制品である麻薬を輸入し,

第2法定の除外事由がないのに,同15年1月23日ころ,東京都新宿区(以下略)所在の被告人方において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する錠剤1錠を水と共に飲用し,もって覚せい剤を使用し

たものである。

(事実認定の補足説明)

1  被告人は,当公判廷において,判示第2の覚せい剤取締法違反の事実を認めているものの,判示第1の麻薬及び向精神薬取締法違反,関税法違反の事実については,コカインが隠匿された国際小口急送貨物が,被告人宛に,両親らが住む宮城県古川市内の実家に送られてきたことは認めながら,「東京都内で知り合ったBという外国人から頼まれ,Bが仕入れるジャージの送付先として自分の実家の住所と電話番号を教え,自分宛にその荷物を送らせただけであり,コカインが送られてくることは知らなかった。」などと弁解して本件犯行を否認し,弁護人も,同事実について,被告人が麻薬を輸入したことや共謀したことはなく,共謀を直接証明する証拠や共謀を推認させるに足りる間接証拠もないから,被告人は無罪であると主張する。

ところで,被告人は,捜査段階から,前記のように弁解して犯行を否認しており,また,本件においては,犯行に関係したと思われる者等の供述も得られておらず,本件犯行を直接証明する証拠はないから,争点は,証拠により認められる事実から本件犯行を認定することができるか否かである。そこで,検討する。

なお,以下の日時はすべて日本時間を指すものである。

2  関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる。すなわち,(1) 被告人は,平成14年11月当時,暴力団C組に所属しており,20名くらいいる組員の中で上から七,八番目の序列の事務局長の地位にあり,東京都新宿区内にあるマンションに組関係者と共に居住していた者であるが,同月29日午後3時22分ころ,東京都内から,宮城県古川市内の実家にいた母Dに電話をかけ,自分宛の荷物が実家に届くので,届いたら電話連絡が欲しい旨頼み,Dから,受け取った荷物を被告人にどのように渡したらよいかと聞かれると,実家まで取りに行く旨答えたこと,(2) 同年11月30日午前6時35分ころ,M国(以下略)において,何者かが,国際小荷物宅配業者であるEの現地営業所に対し,国際小口急送貨物(以下「本件貨物」という。)の運送を委託したこと,そして,同営業所の担当者は,その者の申告に基づき,本件貨物の航空貨物運送状の差出人欄に「(省略)」と,受取人欄に「(省略)」(後記のとおり,Eの担当者が,「(省略)」と記載すべきを誤記したものである。)と,その住所欄に「(省略)」などと記載したこと,(3) 本件貨物は,同日,同地区にあるEサービスセンターを出発して航空機により運送されてN国内に入り,O空港でK航空機に積み込まれ,同航空機が同年12月7日に同空港を出発して千葉県成田市所在の新東京国際空港に到着したことから,同日,本件貨物が同航空機から搬出されてL株式会社成田カーゴターミナルビルディング保税蔵置場に搬入されたこと,そして,通関手続きの代行業者であって,情を知らないE関連会社の担当者において,東京税関成田航空貨物出張所に対し,本件貨物につき,子供用の靴等のみを輸入する旨の内容虚偽の輸入申告をしたこと,(4) そこで,同出張所係官が,(中略)警察官らの立ち会いの下に検査を行ったところ,本件貨物には,宛名が「(省略)」とされた白色封筒(クリスマスカード在中)等が貼付された紙袋1袋,子供用玩具1点,子供用サンダル1点等の他に,(中略)本件ロウソク1点があったこと,(5) そのため,同出張所係官は,本件ロウソク内の異物を検査すると,コカインである旨の陽性反応を示したため,千葉県警察本部は,本件貨物につき,いわゆるコントロールド・デリバリー捜査を実施することとし,同日,その旨の要請をして東京税関長から輸入の許可を得たこと,そして,その後,(中略)F及びGが本件貨物を配達することになったこと,(6) ところで,本件貨物の航空運送状に記載された住所と氏名には該当する住所がなく,該当者もいなかったが,宮城県警察本部の警察官らが調査するなどした結果,その宛先住所が前記宮城県古川市a字b番地所在の被告人の父Hであり,宛先の者は被告人であると特定できたことから,同年12月10日午後4時50分ころ,FとGは,本件貨物を持ってH方に赴いたこと,(7) GとFは,応対に出たHに対し,「宮城県古川市a字b」の「(省略)」宛の海外からの荷物を届けに来た旨告げると,Hは,「東京にいる息子が荷物が届くと言っていたが,息子の名前は『(省略)』ではなく『A』だ。(以下略)」などと述べたこと,しかし,Gらが,「住所氏名が違っているので本人に確認しないと荷物を渡すことはできない。」旨述べたところ,その場で被告人と携帯電話で話していたHの孫のIがFと電話を替わったので,被告人は,Fに対し,「自分宛の荷物であることは間違いない。送り主が外国人なので間違ったのだろう。」などと述べ,さらに,荷物の航空貨物運送状の番号を送り主に確認して欲しいとのFの依頼を受けると,「調べて連絡するから待っていて欲しい。」と言って電話を切ったこと,(8) GとFがH方茶の間で待っていると,被告人から電話がかかり,Fが出ると,電話口から被告人以外の外国語を話す男の声が聞こえてきて,被告人に日本語で番号を伝え,これを聞いた被告人が復唱する形で三,四桁ずつ区切って番号を述べ,Fがこれを確認すると,航空貨物運送状の番号と合っていたことから,本件貨物は置いていく旨被告人に伝えたこと,(9) しかし,その時,Gは,(中略),Fと電話を替わり,「(中略)住所と名前が違うときは,本人を確認しないとお渡しできないことになっています。」などと伝えると,それまで冷静だった被告人は,「何で荷物を置いていけないんだ。俺が俺のものだと言っているのだからいいじゃないか。」などと怒鳴り出し,Gから,本件貨物は仙台営業所に持ち帰るので,フリーダイヤルに問い合わせて欲しい,フリーダイヤルは東京の新木場にあるなどと告げられると,「東京に誰がいると言ったんだ。」などと怒鳴って,さらに,Gと替わったHに対し,「何で東京にいると言ったんだ。俺は東京なんかいねえぞ。何で荷物を置いていけないんだ。」などと怒鳴り,Hから,「番地と名前が違うんだから,もうしょうがねえだろう。もうフリーダイヤルの電話番号に電話するしかねえんじゃねえか。」などと言われると,電話を切ったこと,(10) 被告人は,同月10日,Gらが帰った後,Hに数回電話をかけ,本件貨物の形状や重量,配達員の人相,風体等を尋ねた上,Hから「フリーダイヤルの電話番号は業者が置いていったぞ。荷物は仙台営業所にあるらしいぞ。」などと言われると,明日,荷物を取りに行く旨述べたこと,そして,翌11日には,新幹線で宮城県の古川駅へやって来て,駅まで車で迎えにきたHと共に実家である同人方に向かったが,途中で,荷物を取りに行きたいと言って車を運転していた同人に仙台方面へ向かわせ,同人の携帯電話を使ってフリーダイヤルに電話をかけ,仙台営業所に荷物を取りに行きたいなどと言ったところ,応対に出た社員から仙台営業所はなく,配送は他の会社がしている旨説明されると,「配達に来たが,住所と宛名が違うということで持ち帰った荷物はどうなるのか。」などと尋ね,同社員から,荷物がどうなっているか確認するために航空貨物運送状の番号を教えて欲しいなどと言われたが,これに答えず,同社員から,勝手に処分することはなく,最終的には発送人に返送する旨説明を受けると,被告人は,「送り返してくれるんだ。」などと述べたこと,そして,被告人は,本件貨物の所在がわからないまま,Hと共に同人方に行き,その日は同人方に泊まり,翌12日の朝に同人方を出て,新幹線で東京都内に戻ったこと,(11) ところが,同日の夜,警察官がH方にやって来て捜索を行い,Hに同行を求め,これに応じた同人は古川警察署まで赴き,事情を聴取されたが,その際,被告人宛に送られた荷物の中には違法な薬物が入っていたと聞かされて驚いたこと,そして,同日午後9時過ぎころ,事情聴取が終わって帰宅してから,被告人と電話で荷物のことを話したこと(なお,話した内容等については後に検討するとおりである。),(12) 同月12日,本件ロウソク等が差し押さえられ,同月13日,宮城県警察科学捜査研究所で鑑定した結果,本件ロウソク内(中略)に隠匿された固形物からコカイン塩酸塩が検出され,その重量は約390グラムであって,これは,末端価格で約2340万円に相当するものであったことが認められる。

以上の事実は,主として,G(甲21。ただし,不同意部分は除く。),F(甲22。ただし,不同意部分は除く。),J(甲23),H(甲24。ただし,後記で信用性を検討している部分は除く。),D(甲25ないし28)及びI(甲29)の各検察官調書並びにG及びFの各公判供述により導かれるところ,F,J,Gは(中略),いずれも本件以前には被告人と面識がなく,あえて被告人に不利な供述をする理由はなく,また,前記各供述は,いずれも具体的かつ詳細であり,不自然なところはなく,互いによく符合しているのであって,Jの供述は同女が作成したメモにより,Dの供述は,通話明細書により裏付けられていることなどに照らせば,いずれも信用性は高い。そして,これら各供述により認められる前記認定事実については,被告人も概ねこれらを認める供述をしているところであって,弁護人も特にこれらを争っていない。

3  ところで,被告人は,前記認定事実に関し,捜査段階から,要旨以下のように弁解している。すなわち,「私は,平成13年の夏ころ,本名,国籍,住所等は不明であるが,東京都内の大久保で露天商をしているBという外国人と居酒屋で知り合った。その後,Bとは20回くらい露店の近くで会ったり,一緒に酒を飲みに行ったりしたが,平成14年10月半ばころに会った時,Bから,『海外からジャージを仕入れる。東京都内のあなたの住所ではだめだ。あなたの実家に送るから,代わりに受け取って欲しい。御礼するから。』などと言って頼まれたので,私の名前や携帯電話の番号,実家の住所と電話番号を教えた。Bから,金額は言われていないが,御礼に5万円か10万円もらえると思った。BからもBの携帯電話の番号をメモに書いて渡してもらったが,連絡するときは公衆電話から電話をするように言われた。同年11月28日ころにBと会った時,ジャージがもうすぐN国から届くなどと言われたので,翌29日,Dに電話して荷物の受け取りを頼んだ。H方に本件貨物が配達された同年12月10日,東京都新宿区歌舞伎町を歩いていた時に携帯電話に電話があり,配達員から伝票番号が分かるかなどと言われた。そこで,Bを探しに大久保方面へ行き,たまたま会ったBから本件貨物の伝票番号を聞いて,これを配達員に伝えた。伝票番号を聞いた配達員は,番号は合っている,荷物は置いていく,東京でも荷物は受け取れますなどと言ったので,Hに対して,『誰が東京にいるんだよ。』などと怒った後で電話を切った。私は,本件貨物を受け取れたと思っていたので,Bと話して一緒に古川に行くことにし,翌朝8時にJR大久保駅で待ち合わせをした。Bと別れてからHに電話した時,本件貨物の宛名や宛先の番地が違っていたので,荷物は受け取れなかったことを聞き,さらに,本件貨物のことが気になったのでHに再度電話し,荷物の大きさや配達員の風体等を聞いた。翌11日,待ち合わせ場所にBが現れず,連絡も取れないので,荷物を確認しようと思って1人で古川に向かった。古川駅に着いた後,迎えに来たHの車に乗り,フリーダイヤルに電話するなどして,仙台営業所を探したが,見つけられなかったところ,Hから,荷物を受け取らない方がいいのではないか,送り返したらどうかなどと言われたので,車の中でフリーダイヤルに電話して,『古川のAですけど,昨日,宅急便が来たんだけど,俺の知らない荷物だから送り返してくれ。』と言うと,電話に出た女性は『調べて処理します。』などと答えた。翌12日の朝,古川から東京に戻ったが,Bに電話してもつながらなかったので,私は,Bにだまされたと思った。Bの携帯電話の番号が書いてあったメモは,自分にも捜査が及ぶと思ったが,同月14日か15日ころ,財布の中を整理しているときに捨ててしまった。」などというのである。

4  しかしながら,上記被告人の弁解は,本件貨物が配達された際の被告人とGやFらとの会話の内容に不自然な変遷があるばかりか,その内容は,素性のよく分からないBなる外国人から,東京都内では受け取れないという衣服が入った輸入貨物を被告人の実家で受け取って欲しいと頼まれ,御礼をやるからと言われたが,その金額も聞かず,暴力団組織の事務局長の地位にある被告人が,これを引き受け,御礼の金額は5万円か10万円と考えていたというのであるが,その経緯は極めて不自然である。また,警察官がH方の家宅捜索に来る以前は,本件貨物について何ら問題が表面化していなかったのであるが,Bと一緒に荷物を取りに実家に行こうとしたというのに,Bと連絡がつかず,Bが現れないまま一人で荷物を取りに新幹線で古川駅までやって来たというのは,誠に不自然であり,さらに,Bにだまされたと分かりながら,Bの電話番号を書いたメモを,自分にも捜査が及ぶと理解した上で,財布の中を整理しているときに捨ててしまったという点においては,無実であるという被告人の弁解を裏付ける極めて重要な証拠を,特段の理由もなく自ら捨て去ったということになるのであって,これまた,極めて不自然である。

以上のとおり,被告人の弁解は,不自然な内容であって,到底信用することはできない。

なお,これに対し,弁護人は,被告人がBなる者の身体特徴等を具体的に供述していることや,前記2の(8)において,被告人が電話で航空貨物運送状の番号をFに言ってきた際,被告人の近くに外国人がいたことなどを持ち出して,被告人の弁解は信用できると主張する。

しかし,FやGは,電話口から雑踏の音が聞こえなかったので,被告人が建物内等から電話をかけていると思ったなどと述べて,被告人が電話をしている状況については,被告人が弁解している状況とは異なる供述をしているのであり,この被告人の弁解は,信用性の高いFやGの供述に反している上,被告人がBなる者の身体特徴等を具体的に供述しているからといっても,被告人の前記弁解内容に照らせば,何ら前記認定を左右するものではない。

5  ところで,証拠上,① 被告人は,前記のとおり,同年11月29日にDに電話をした後も,Dに対し,同年12月4日,8日及び9日にも電話をかけて荷物が届いていないか確認していること,② 被告人は,平成元年ころに実家を離れて上京した後,最近では,平成14年8月に内妻を連れて一度帰省した以外にはほとんど実家に帰ったことはない上,約10年前に実家に被告人宛の荷物が送られたことはあったが,被告人はこれを受け取りに実家に来なかったことが認められ,これらの事実に加えて,前記2で認定した事実における被告人の行動を見ると,被告人は,本件貨物には,被告人にとって重要で大切な物が入っているのを知っていて,自ら是非ともこれを受け取りたいと行動していると考えると,その行動は納得できるのである。そして,このような推測に沿う証拠としては,前記2の(11)に関して,Hが被告人と電話で話した際,本件貨物の中にロウソクがあることを,捜査機関から教えられる前に被告人から聞いた旨のHの検察官調書(甲24)が存在する。そこで,その部分の供述の信用性について検討する。

(1)  上記Hの検察官調書(甲24)の該当の供述部分を見ると,Hは,要旨以下のように述べている。すなわち,「被告人は,平成14年12月12日の朝に東京方面に帰ったが,その夜,自宅の捜索に警察が来て,私も古川警察署で事情聴取され,その際,本件貨物の中に違法な薬が入っていたと聞いたが,薬の名前や内容物については聞いていない。事情聴取が終わって帰宅した後,被告人から私宛に電話があったので,荷物の中身は何かと被告人を問い詰めると,被告人は,最初のうちは『何でもねえ。心配いらねえ。』などと答えていたものの,私が,さらに『警察ではあの荷物には違法な薬が入っていたと言っていた。』と問い詰めると,被告人は,『あの荷物はクリスマス用のロウソクだ。友達がクリスマス用に売ったらいいと言って寄越した。』と言ってきた。その後,平成15年2月6日になってから,警察から自宅で事情聴取された時,荷物の中身がロウソクだということを知っていたかと聞かれ,被告人が間違いなく違法な薬に関係していると思い,警察官の取調べの際には,ロウソクのことは知らなかったととぼけた。」というのである。

(2)  Hは,被告人の実父であるから,上記検察官調書中にも被告人を庇ってうそをついたとの供述があるとおり,被告人に有利なうそを述べることはあったとしても,敢えて被告人に不利益な虚偽の供述をする動機は考えられず,被告人に不利益な供述であるとの一事をもってしてもその供述の信用性は高いと認められる上,Hの供述内容は,感情を交え,電話での被告人とのやりとりが具体的かつ詳細に述べられているのであり,上記検察官調書は,被告人に有利な事情も問答体で録取されているほか,Hが検察官からその内容を読み聞かされ,訂正を申し立てるなどもしていることにも照らせば,上記検察官調書の該当部分の信用性は極めて高いというべきである。

(3)  もっとも,Hは,自宅の家宅捜索を受けた平成14年12月12日及び被告人が逮捕された後の平成15年1月26日以降に事情聴取を受けていたところ,同年2月9日までは,本件貨物の中身にロウソクがあることを知ったのは,同月6日に警察官から事情聴取をされた時である旨供述していたのに,同月17日になって初めて,平成14年12月12日の夜に被告人から本件貨物の中身がクリスマス用のロウソクだと聞いた旨供述するなどしており(甲47,52,56,57),Hの供述には変遷が見られる。

しかしながら,その変遷の理由については,「検事から,Aがやったと思っているなら,今しかAがやり直せる機会がないと言われ,そのとおりだと思った。Aは40歳だが,心を入れ替えればやり直せると思う。それに,C等のヤクザが私や家族に圧力をかけてきても,警察が守ると言ってもらった。それで,検事に隠していたことやうそをついていたことを正直に話した。」などと述べ(甲56),さらに公判廷においても同旨の供述をしているのであり,その理由は,Hが被告人の実父との立場からすれば極めて自然かつ合理的なものと認められ,Hの供述に変遷があっても,その信用性には何ら疑問はない。

(4)  他方,Hの公判供述を見ると,第3回公判期日には,捜査段階で検察官に対して述べたことをしっかり覚えてはいないなどと曖昧な供述をしたり,検察官から,この点は検察官調書のとおりであるかと質問されると,そう思うなどと答える場面が多々見受けられる。しかし,第4回公判期日において,甲24号証の検察官調書を録取されたときは検察官にうそやいつわりを述べなかったこと,しかし,前回期日には被告人の関係者が傍聴席にいたために証言しづらく,また,自分の息子を前にしていることから証言しづらかった旨説明しているのである。そして,第4回公判期日において,供述中に泣き出したりもしているが,「被告人は,今まで親に心配をかけるようなことをしておらず,いい息子だった。まさかこんなことをやっているとは夢にも思わず,親としてあまりにも情けなくて悲しくなった。」などと自己の心情を吐露し,また,「被告人から荷物の中身がロウソクであると聞いたとここで話をするのが,被告人にとって不利になると分かっているが,被告人がもし有罪になったならば,早くその罪の償いをして,とにかく真人間になってもらいたい。」と親としての辛い立場を述べていることなどに照らせば,Hは,前記のような供述しにくい公判廷の状況や日時の経過による記憶の減退のなかでも,同人なりに供述していることがうかがわれ,同人の公判供述は,少なくとも,信用性の高い検察官調書に符合する限度でその信用性を認めることができる。

(5)  これに対して弁護人は,Hの公判廷での供述態度を見れば,Hが誘導に弱い性格であることは明らかであり,また,本件貨物にロウソクが入っていたと聞いたのがいつかという点は,最も捜査官による誘導がされやすい事柄であるから,捜査段階のHの供述は,検察官の誘導により作出された可能性が極めて強いなどと主張する。

しかし,Hの公判供述及び先に指摘した同人の供述経過を見ても,Hが誘導されやすい性質の持ち主であるなどとはいえない上,自宅が家宅捜索されるなどした原因である本件貨物の内容物について,誰から知らされたかなどという点は,極めて印象的な出来事というべきであって,最も誘導されやすいなどと断ずることができないのはいうまでもないことである。

加えて,Hの公判供述を見ると,その供述は,被告人から荷物の中身を聞いたという日時等において検察官調書(甲24)と食い違いが見られるが,本件貨物の中身にクリスマス用ロウソクがあることは被告人から初めて知らされ,その後に警察官から教えられたとの中核的で重要な部分については,終始一貫して述べられているのであるから,そのような食い違いがあっても,検察官調書に符合する部分の公判供述の信用性に影響はない。

この点に関する弁護人の主張は,Hの公判供述の一部を取り上げて,Hの捜査段階の供述及び公判供述のいずれも信用できないなどというものであるから,採用できない。

(6)  したがって,Hの供述によれば,被告人は本件貨物の中に本件ロウソクが入っていることをあらかじめ知っていたことが認められ,これに反する被告人の供述は信用できない。

6  以上のとおり,前記2の各事実及びこれについての被告人の弁解が信用できないこと,加えて,前記5のとおり,被告人が本件貨物の中に本件ロウソクが入っていることをあらかじめ知っていたことなどを総合すれば,被告人は,本件ロウソク内のコカインの存在を知っており,これを輸入しようとした者であることが認められ,しかも,前記のとおり,海外において,これを国際小荷物宅配業者に運送委託した者がいたり,Fと被告人とが,平成14年12月10日,電話で話した際,被告人に本件貨物の運送状番号を教示した者がいることなどに照らせば,共犯者がいることは容易に推測され,被告人の単独犯行とは見られないのであり,前記2,5の各事実を総合すれば,被告人が共犯者と共謀したことが認められ,加えて,本件輸入に係るコカインの重量は約390グラムと多量であって,これが末端価格で約2340万円にも相当する高額なものであったことからすれば,被告人には営利目的があったことが認められる。

7  これに対し,弁護人は,本件貨物の配達の際の電話で,本件貨物を受け取れないことや被告人の居所が東京であるとHが話したことにつき,被告人が怒ったのは不自然とはいえないから,そのような事実は本件を認める間接事実とはなり得ないなどと主張するが,確かに,弁護人指摘の点のみを取り上げて個別に見れば,被告人の言動を安易に不自然と断ずることはできないものの,前記2において認定した事実の流れを見れば,被告人が上記のような言動を取ったというのは,やはり不自然といわざるを得ない。

また,弁護人は,被告人がコカインの密輸を共謀していたとすれば,宛名や宛先を誤るはずがないとも主張するが,宛名が被告人の名前と異なっていたのは,本件貨物を受け付けたM国におけるEの受付担当者が運送状の記載を誤ったためであり(甲31),宛先の番地については,被告人の弁解によったとしても,本件貨物を委託した犯人は,Bなる者から被告人の実家の住所を教えられて,高額なコカインを他ならぬ被告人の実家宛に送ろうとしたのに,その被告人の実家の住所を現に間違えたというのであるから(前記のとおり,被告人及び弁護人は,本件貨物が被告人宛に送られてきたことは認めている。),被告人が共謀していないから宛先を誤ったなどといえないことは明白であり,弁護人の主張は失当である。

8  以上のとおり,本件においては,被告人の供述をはじめ,犯行に関与した者の直接証拠はないものの,関係各証拠から認められる事実により被告人の本件犯行は優に認定することができ,弁護人の主張は理由がない。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,氏名不詳者と共謀の上,営利の目的で,ロウソク内に隠匿した麻薬であるコカイン塩酸塩約390グラムを輸入したという麻薬及び向精神薬取締法違反,関税法違反(判示第1)及び覚せい剤を自己使用したという覚せい剤取締法違反(判示第2)の各事案である。

犯行の動機を見ると,判示第1のコカインの輸入の犯行の動機は,被告人が否認しているために明らかではないものの,その量からして密売を目的とするものと認められ,利欲的なものであって酌むべき事情は全くない。また,判示第2の覚せい剤の自己使用については,覚せい剤の快楽を又味わいたいとの気持ちから犯行に及んだというのであるが,その動機は身勝手なものであり,やはり酌むべき事情はない。

次に,判示第1のコカインの輸入の犯行態様を見ると,コカインをロウソク内に隠匿するなどしてクリスマスカード等とともに梱包し,送付先を敢えて被告人の住居地でなくその実父方にするなどしたのであり,極めて巧妙で密行性の高い犯行で,かつ悪質である。しかも,コカインの量は約390グラムと極めて多量であり,その量からしても重大な犯行であって,捜査によってコカインの害悪拡散の危険は未然に防止されたものの,仮に捜査機関に本件犯行が発覚しなかった場合には,上記の多量のコカインの害毒が社会に拡散され,その悪影響は甚大であったというべきであり,犯情は悪い。

加えて,被告人は,平成3年3月25日,覚せい剤取締法違反の罪(所持と使用)により懲役1年,3年間執行猶予に処せられた前科がありながら判示第2の覚せい剤の使用の犯行に及び,しかも,被告人の供述によれば,平成14年9月以降,反復して覚せい剤を含有する錠剤を服用していたというのであるから,被告人の覚せい剤への親和性,依存性は根深いものがあると認められる。

以上の事情にもかかわらず,被告人は,判示第1の犯行を全面的に否認して不自然,不合理な弁解を繰り返しているのであって,各犯行について,今後の再犯のおそれも疑われ,被告人の刑責は重大といわざるを得ない。

そうすると,上記の前科は10年以上前のものであり,判示第2の覚せい剤の自己使用の犯行についてはこれを認めていることなどの事情を最大限考慮しても,主文の実刑及び罰金刑に処するのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本間榮一 裁判官 齊藤啓昭 裁判官 菅原暁)

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