仙台地方裁判所 平成15年(わ)815号 判決 2004年3月31日
主文
被告人Aを懲役2年に,被告人Bを懲役1年8月に,被告人Cを懲役2年に,被告人Dを懲役1年2月に,被告人Eを懲役1年2月に処する。
被告人A,被告人B,被告人C,被告人D及び被告人Eに対し,この裁判が確定した日から4年間それぞれその刑の執行を猶予する。
訴訟費用中,証人F及び証人Gに支給した分は,その5分の1ずつを各被告人の負担とし,証人Hに支給した分は被告人Cの負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人Aは,I労組J総支部事務局長として同総支部の各種行動等を統括管理するもの,被告人Bは,同総支部執行委員長として,同総支部の各種行動等を統括管理するもの,被告人Cは,K連合k協議会議長として同協議会の各種行動等を統括管理するもの,被告人Dは,上記総支部の執行委員,企画総務部長として同総支部の業務の企画調整をするもの,被告人Eは,L連合l協議会事務局長として同協議会の各種行動等を統括管理するものであるが,平成15年11月9日施行の衆議院議員総選挙に際し,
第1被告人A及び被告人Dは,N党において,Oを,M県第m区における小選挙区選出議員選挙の候補者,かつ,n選挙区における比例代表選出議員選挙の衆議院名簿登載者として届出予定であることを知り,Oに当選を得させる目的をもって,Pと共謀の上,いまだN党による立候補の届出及び衆議院名簿の届出のない同年10月17日ころ,L連合会館内I労組J総支部等において,Oの選挙運動者である株式会社Qj支店長G並びに同支店従業員R,同S,同T及び同Uに対し,O及びN党への投票を電話により依頼する要員を確保して派遣する選挙運動を依頼し,その報酬として,Gらが勤務するj支店に現金81万4000円を支払う旨の意思を表示し,もって選挙運動者に対し,特殊の直接利害関係を利用して誘導し,一面立候補届出前かつ衆議院名簿届出前の選挙運動をした。
第2被告人A,被告人B,被告人C及び被告人Eは,M県第o区における小選挙区選出議員選挙の候補者,かつ,n選挙区における比例代表選出議員選挙の衆議院名簿登載者としてN党が届け出たWに当選を得させる目的をもって,共謀の上,同年11月2日ころから同月3日ころにかけて,iホテル日本料理X店内及びI労組J総支部において,直接又は電話により,Wの選挙運動者である前記Gら5名に対し,W及びN党への投票を電話により依頼する選挙運動を依頼し,その報酬として,Gらが勤務するj支店に出来高に応じて現金約40万円から50万円を支払う旨の意思を表示し,もって選挙運動者に対し,特殊の直接利害関係を利用して誘導した。
(補足説明)
年を明示しない場合は,平成15年を指すものとする。
第1判示第1の事実について
1 関係証拠によれば,以下の事実が認められ,被告人A及び同D並びに被告人両名の弁護人もこれを争っていない(なお,この各事実については,判示第2にも共通するものであり,被告人C,同B及び同E並びにこれら被告人3名の弁護人においても争っていない。)。
(1) 関係各組織の概要
ア L連合は,I労組等の加盟労働組合により構成される産業別労働組合であり,その地方組織であるl協議会(以下「L連合」という。なお,場合により「L連合l県協」ということがある。)は,L連合会館内に事務所を置き,被告人Bが議長,同Eが事務局長の地位にあり,その構成員の約9割が後述するI労組J総支部(以下「J総支部」という。)の構成員で占められている。
イ I労組中央本部は,Iグループの各企業体ごとに組織されているI労組地方本部等により構成されているものであり,上記I労組の下部組織であるJ総支部は,上記L連合会館内に事務所を置き,被告人Bが執行委員長,同Aが事務局長,同Dが執行委員,企画総務部長の地位にあった。
ウ K連合会は,p労働組合等の加盟労働組合から構成される産業別労働組合であり,その地方組織であるk協議会(以下「K連合」という。なお,場合により「K連合k地協」ということがある。)は,被告人Cが議長,cが事務局長の地位にあった。
エ 株式会社Qは,テレマーケティング業務の企画,実施,労働者派遣事業等を目的とする株式会社であり,そのj支店(以下,同支店を単に「Q」という。)は,Gが支店長,Fが総務担当課長,Rが第2営業部門部長,Sが同部門課長,Tが同部門主査,Uが同部門主任の地位にあった。
(2) L連合及びK連合の選挙への取組状況
ア Z連合会は,上部団体の方針に従い,11月9日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)において,N党を機軸に選挙運動に取り組むこととし,M県内の各小選挙区ごとに,担当構成組織を決めてN党公認候補者の支持応援に当たらせることとしていたところ,9月下旬,M県第m区の支持応援に当たる労働組合間の統括調整を担う責任組織とM県第o区の担当構成組織の役割をL連合l県協に,M県第o区の責任組織の役割をK連合k地協にそれぞれ割り当てた。
イ L連合及びI労組中央本部は,10月3日,N党所属のO及びWらとの間でそれぞれ政策協定を交わし,同人らを推薦候補とした。
ウ L連合l県協は,M県第m区の責任組織として,Oの設置する選挙対策本部と連携を取りながら選挙運動を進める予定であったところ,同月5日,同本部の体制などについてのOの支援者の話合いを受けて,被告人Bを同本部の副本部長に,同Eを同本部の事務局次長に就任させることとした。そして,同月14日には,L連合l県協内にも選挙対策本部を設置し,被告人Bを本部長に,同Eを事務局長にそれぞれ充て,翌15日,J総支部内にも選挙対策本部を設置し,被告人Bを本部長に,同Aを事務局長にそれぞれ充てるとともに,電話により有権者に対して特定の候補者ないし政党への投票を依頼する選挙運動(以下「電話戦術」という。)の責任者を被告人Dとし,J総支部分会をして電話戦術を担当させることなどのM県第m区の選挙運動方針などを決めた。
エ 他方,K連合は,M県第o区の責任組織に決まったことから,同月6日,Wの支援として,Wの設置する選挙対策本部に組合員をスタッフとして派遣することを決め,また,K連合内に選挙対策委員会を設置し,被告人Cを委員長に,cを事務局長にそれぞれ就任させることなどを決定した。
2 関係証拠によれば,判示第1の事実に関し,本件電話戦術が実施された状況等については,以下の事実が容易に認められる。
(1) 被告人A及び同Dの共謀
ア 被告人Aは,J総支部が,4月に行われた統一地方選挙で電話戦術を実施したことなどから,本件選挙においても電話戦術の実施を予定しており,9月29日ないし10月6日に,被告人Dに対し,その責任者になって欲しいと依頼した。なお,被告人A,同B,同D及び同Eは,上記統一地方選挙の際の電話戦術において,電話をかける組合員のボランティアが集まらず,J総支部が,Qに依頼して電話戦術の要員派遣を受け,その代金約184万円を支払ったことを知っていた。
イ 被告人Dは,10月6日,J総支部において,q分会長であるa,4月の統一地方選挙で電話戦術を取り仕切っていたr副分会長であるbと打ち合わせを行ったところ,同人らから,「本当に電話がけをやるんだったら,バイトを頼まないと無理だよ。」などと言われたため,組合員を無償で動員して電話戦術を実施するのは困難であり,有償で電話戦術を実施するのもやむを得ないなどと考え,被告人Aに対し,電話戦術をQに依頼することを検討したほうがよい旨進言した。すると,被告人Aは,J総支部が前回Qに電話戦術を依頼した際に,そのオペレーターが電話をかけることに慣れていて,臨機応変に対応し,相手に悪い印象を与えるおそれも少なく,しかも,効率よく電話をかけることができることなどが分かっていたことから,Qに電話戦術の要員派遣を依頼しようと考え,被告人Dにその旨指示した。
(2) 被告人A及びPの共謀
ア J総支部副分会長のPは,過去の選挙運動の経験から,本件選挙においても,J総支部が電話戦術をQに依頼することになると考えていたところ,9月中旬ころから,QにおけるI労組組合員の新規獲得活動に携わり,その過程で組合員であったQのTと会うようになり,同月下旬ころ,同人に本件選挙の電話戦術について確認すると,いまだJ総支部からQに電話戦術の依頼はないが,選挙期間中の要員確保は困難なので早めに依頼した方がよいなどと言われたため,電話戦術の要員が確保できなくなることを心配した。そこで,Pが,その数日後,被告人Aに対し,「Tから聞いたのですが,電話戦術は早めにオーダーしないと要員の確保が難しいみたいですよ。Tと一緒に仕事をしているし,もしよかったら仮に目安となるものを作ってもらって上げますか。」などと持ちかけると,被告人Aは,これに応じ,Pに対し,Qの担当者に電話戦術実施の目安となる資料をJ総支部に届けさせるように頼んだ。
イ Pは,9月30日,Tに対し,「Oの関係で,電話戦術をやるかもしれない。打合せで使うので見積書を上げて欲しい。期間は10月28日から11月8日まで,そのほかは前回と同じような形でお願いしたい。」などと頼み,Tから見積書を作成することの承諾を得た。そして,Pは,10月8日,T及びその部下であるUから,見積書の原案等を受け取ったが,この原案でよいかどうかは選対会議で了承を得てから同月14日までに回答する旨同人らに告げ,そして,同月14日には,Tに対し,「まだ本決まりではないが,原案どおりで了承される見込みであるから話を進めて欲しい。」などと連絡し,同月17日にJ総支部に赴いて電話戦術の打合せをするようにTに指示した。
(3) 判示第1の電話戦術の準備状況及び実施状況等
ア Uは,10月8日のPとの交渉状況等から,上記電話戦術の受注は確実であると考え,翌9日から具体的に要員確保に乗り出し,相手によって臨機応変に対応でき,相手方に不快な感情を持たせず,できれば女性であって,4月の統一地方選挙の際にも電話戦術を担当した経験があることなどの基準で選定を進め,同月24日までに合計24人の電話戦術の要員を確保した。
イ Uは,同月17日,Tの指示で,電話戦術の打合せのためにJ総支部に赴き,被告人A及び同Dから,同Dが電話戦術の担当者であり,実施場所がL連合会館の4階で,J総支部側が電話を用意することなどを説明された上,選挙期間中に毎日10人の要員を派遣することと,できればその間は同じメンバーにして欲しいなどと依頼されたが,Uは,「できるだけ努力するが,固定は絶対無理ですよ。見積りは即答できないので,持ち帰って調べます。」などと答えた。
ウ 同日,Qに戻ったUは,1時間当たりの派遣料金を1人1850円にしようと考え,その旨Tに相談して同人の賛成を得,また,同人がGに報告してその了解も得たことから,上記料金を基に,見積額を81万4000円とする見積書を作成し,あらかじめTらから上記依頼があったことを聞いていたS,Rの決裁をそれぞれ受けた上,同月21日,被告人Dにその見積書を交付した。
エ 上記電話戦術に基づいて,10月28日から11月8日までの本件選挙の期間中,J総支部にQから派遣された要員によりかけられた電話は合計1万9089件であり,その要員による電話戦術の実施状況は,後記第2の1(5)イとほぼ同様であった。
3 ところで,被告人A及び同Dの弁護人は,被告人両名はPと共謀したことはないなどと主張し,被告人両名も,当公判廷において,前記の各事実については概ね認めながら,弁護人の主張に沿った供述をしている。そこで,以下検討する。
(1) 被告人Dの捜査段階の供述を見ると,同被告人はこの点に関して何も述べてはいないが,被告人Aは,捜査段階から,検察官に対し,「私は,PさんにQへ電話戦術のことを打診してもらうようなことを頼んだが,Pさんに任せるという意識はなく,あくまでもQへの電話戦術は,私が連絡を取ろうと思っていた。」などと供述し,Pは,検察官に対し,被告人Aの供述に沿うかのような供述をしている。
しかしながら,前記第1の2(2)で認定した各事実,とりわけ,PがTに対して,「まだ本決まりではないが,原案どおりで了承される見込みであるから話を進めて欲しい。」などと言ったことに照らせば,被告人Aが供述するように,同被告人の指示でPが電話戦術の単なる打診をしたにとどまらず,被告人Aの了解も得ながら,自らの判断も加えつつ電話戦術の要員確保の準備を進めるようにTに指示するなどしたもので,Pが,判示第1の犯行に欠かせない行為をしていたことは明白である。
そうすると,Pは,10月17日以降にUとの交渉には関わっていないが,被告人Aとの間で本件の共謀をしたことは明らかであり,また,被告人Aを介して,同Dとの間にも共謀が成立したことが認められるから,これに反する被告人A及び同Dの各公判供述並びに被告人A及びPの各検察官調書中の前記供述部分は採用できず,この点に関する被告人両名の弁護人の主張は理由がない。
(2) なお,被告人両名は,公示日前に判示第1記載の行為をしたこと自体は争っておらず,これが選挙運動に該当することは後記第4の2のとおりであるから,自らの行為が事前運動に該当することを認識していなくても,事前運動の故意に欠けるところはなく,したがって,被告人両名の「事前運動にあたるとは思わなかった。」旨の公判供述は採用できない。
第2判示第2の事実について
1 関係証拠によれば,判示第2の事実に関し,本件電話戦術が実施された状況等については,以下の事実が認められる。
(1) 被告人Cによる判示第2の電話戦術実施の要請
ア 被告人Cは,前記のとおり,Wの支持応援の責任組織であるK連合k地協内に設置された選挙対策委員会委員長の地位にあり,選挙戦の中盤になっても,WとY党からの候補者の接戦が続き,予断を許さない情勢であると考えていたところ,11月1日,W選挙事務所の選対本部長であったdから,「労働組合の方で電話がけをして欲しい。」などと依頼され,これに応じて「何とかやってみます。」と承諾した。
イ 被告人Cは,同日午後3時30分から午後4時ころまでの間に被告人Bに電話をかけて「(Wでも)電話作戦をやりたいので,お願いしたい。」などと話したところ,被告人Aであれば,同Cの要請に適切に対応してくれるものと考えた被告人Bから「A事務局長に聞いてください。」などと言われたため,同日午後5時ころ,被告人Aに電話をかけて「Wの電話戦術をお願いしたいとBさんに話をしたら,詳しいことはAちゃんに聞いてくれと言われた。」などと話を切り出した。これを聞いた被告人Aは,同CがL連合に対してWへの投票を依頼する電話戦術を要請してきたものと考え,「今から電話を新しく引いて電話戦術をするのであれば,選挙は終わってしまう。」などと言ったが,被告人Cは,「会社」あるいは「Q」に名簿を持ち込んで電話戦術を行って欲しいなどと依頼した。
ウ 翌2日,N党幹事長,O及びWによる街頭演説会が,午前10時ころからh駅前で,午前11時10分ころからは別の場所でそれぞれ行われ,被告人Cは,h駅前の演説会に出ていたが,その演説会が終わった午前10時50分ころ,その場にいた被告人Bに対し,「Aちゃんも含めてちょっと座って話がしたい。」などと誘い,被告人A,同Bらと一緒に次の街頭演説会場へ移動する途中で,cも加えた4名で喫茶店に入った。
エ 同店において,被告人Cが「Aちゃんの方でやってる電話戦術のことを具体的に教えてくれないか。」などと頼んだところ,被告人Aは,「1日10人来てもらって,平日は夜6時から8時まで,休日であれば午前中から終日やっている。
場所は,L連合会館の4階でやっている。Iグループ会社のQにお願いをしている。」などと説明したが,被告人Cが,更に「Qってどんな会社なの。」などと尋ねたため,被告人Aは,「人材派遣やテレマーケティング業務をやっている会社で,例えば104の番号案内などもやっている会社です。」などと説明を加え,被告人Bも同様の説明をした。そして,同店を出る少し前ころ,被告人Cが「電話の件よろしくお願いします。」などと頼んだところ,被告人Aは,判示第2の電話戦術をQに有償で委託することを要請されたものと考えて,「はい,分かりました。」などと答え,被告人Bも,同AがQに依頼して適切に対処してくれるものと考えて,Qとの交渉を同被告人に一任するつもりで,同被告人に対して「よろしく頼むね。」などと言って,被告人Cの依頼を引き受けた。
(2) 電話戦術の実施に向けた被告人A,同C及びUの連絡状況等
ア 被告人Aは,11月2日午後2時ころ,Uに電話をして,Wの関係でQに名簿を持ち込んで電話戦術を実施して欲しい,金額はできるだけ安くして欲しいなどと言って頼み,Uから,「やるとすれば営業部でやるしかない。そうすると限られた人数でしかできない。」などと言われたものの,それでも電話戦術をする件数を尋ねられたので,Uとの電話を終えた後,すぐに被告人Cに電話で確認すると,同被告人から,件数は5千件くらいであると言われた上,「できるだけやって欲しい。名簿持ち込みで構わないからやって欲しい。」などと頼まれた。
そこで,被告人Aは,Uに対し,携帯電話のショートメールで,「件数は5千件です。よろしくお願いします。」などと連絡すると,同日午後4時過ぎころ,Uから,電話で「相手が電話に出なくても1件として数えてよいか。」などと尋ねられたので,それで構わないなどと答えた。
イ Uは,被告人Aとの上記のようなやり取りから,Wの関係でも具体的に電話戦術を依頼されたと考え,R及びSに対し,「労組からWさんの関係でも電話戦術を頼まれました。」などと報告し,その了解を得たので,見積額について,1件当たり36円,5千件で合計18万円と算出して見積書を作成し,同日午後6時過ぎころ,J総支部に赴き,被告人Aにその見積額等を説明したが,同被告人から,その見積額でよいかは後で連絡する旨告げられた。
ウ 被告人Aは,その後の同日中か翌3日に,被告人Cに上記見積額を伝えると,同被告人は,「それくらいでできるんだ。」などと言って了承した上,「50万円くらいまでは大丈夫なので,できるだけやってくれないか。」などと述べ,また,J総支部がOの電話戦術では,eを請求書の宛名にしていると被告人Aから聞いたので,請求書の宛名につき,「Aちゃんの方と同じようにやってくれ。」などと言った。
エ 被告人Cは,同月3日午前10時から午前11時ころの間に,電話戦術で使用するdの後援会名簿等を被告人Aの下に持参し,同被告人に対し,後援会の名簿は9千件くらいであると説明し,さらに,翌4日午前9時過ぎころ,選挙区内の有権者にマーキングが施されたfの同窓名簿やスクリプト等を被告人Aの下に持参した上,dの後援会名簿を優先的に使って電話戦術を実施して欲しいなどと告げた。
オ 被告人Aは,上記のとおり,同月3日に被告人Cからdの後援会名簿を受け取ると,Uに電話をかけ,dの後援会名簿で電話戦術を実施して欲しい,その件数は9千件であって,予算は50万円までなら大丈夫であることなどを伝えた。
カ 被告人Aは,翌4日昼前ころ,Uから,電話で,「単価は36円より若干高くなる。」などと言われたが,「50万円までの予算内であれば,そっちに任せる。」などと見積額の値上げを了承した(なお,Uは,同月10日,単価が45円となり,件数が9053件で,見積額は合計40万7385円になった旨被告人Aに伝えた。)。そして,被告人Aは,同日午後4時過ぎころ,J総支部に来たUに対し,dの後援会名簿やスクリプト等を手渡すとともに,分からないことがあれば,W事務所のHに問い合わせるように説明してHの連絡先を教えるなどした。
(3) 被告人CとHとの間の電話戦術委託に関する会話
Hは,11月上旬ころ,Wの選挙事務所内で被告人Cと話していたとき,同被告人から「I労組の方で,電話を委託する会社があるんだね。」などと言われ,同被告人がQのことを話しているものだと考えて,「うん,あるみたいです。」などと返事をした。
(4) 被告人B及び同EによるGに対する判示第2の電話戦術実施の要請の状況
ア 被告人Bは,Qが報道機関から選挙情勢の世論調査業務を受託していると聞いたことから,最新の選挙情勢に関する情報を入手したいと考え,10月31日,Gに選挙の関係で意見交換したいなどと会食することを申し込み,同人と11月2日に会食する約束をした。
イ 被告人Bは,11月2日午後6時ころ,あらかじめGに同席させることの了解を得ていた被告人Eと共にXに赴き,同店において,Gと酒食を共にしながら選挙情勢等について話をしていたが,会食も終り近くになったころ,被告人Eが,Gに対し,「Wさんが非常に危ない。是非電話戦術をお願いしたい。ただ,事務方が忙しくて難しいと言っているので,是非支店長の方からもお願いできないか。」などと言い,被告人Bもこれに続き,「Wさんが危ない。是非私からもお願いしたい。Qの力を貸してくれないか。」などと言ってきた。そこで,Gは,投票日まで余り期間がなかったことから,余り件数が多ければ電話戦術は実施できないと考えて,件数を尋ねると,被告人Eから,四,五千件である旨告げられたので,「担当に聞いてみるが難しければできない。余り期待しないように。」などと述べたが,被告人Bと同Eから,再度「是非よろしくお願いしたい。」などと言って頼まれた。
ウ Gは,上記会食の後,翌3日ころまでに,重要なことなので忘れてはいけないと考え,自己の手帳の11月4日の欄に「W→5千件アウト(電話発信の意味)」と赤字で記載し,また,実施できるか確認しなければならないという趣旨で,上記記載の右側に赤字で「?」を記載し,さらに,同月4日昼ころ,出張先の東京からFに電話をかけ,「B委員長からWの電話戦術の仕事をもらったが,聞いているか。」などと確認したところ,Fから電話回線工事を含めて準備中である旨報告を受けたので,手帳の上記「?」の上部に,黒字で「レ(確認済の意味)」を記入した。
(5) Qにおける判示第2の電話戦術の準備及び実施状況等
ア Uらは,11月4日,判示第2の電話戦術について,Q内に確保した場所に電話回線6本を用意し,午前9時から午後8時まで電話をかけることとしてRの了解を得,U,S及びTらが,判示第1と同様の基準に基づいて13人の要員を確保した(なお,Tは,同日にUから,QがWに関する電話戦術を依頼されたことを聞いた。)。
イ 上記電話戦術に基づいて,同月5日から同月8日までの間にQが確保した要員によりかけられた電話の件数は9053件であり,その電話戦術の要員は,Uらから,WとN党への投票を依頼する内容のスクリプトを棒読みするのではなく,相手次第で臨機応変に話をするように指示され,また,電話に出た相手と話した場合には,その応対から相手のWへの投票の意向を推測するなどして,x(応援の意思を示した人),y(応援してくれるか明確でない人),z(応援してくれない人)に区別して集計表に記載するように指示されたことから,これらの指示に従って電話をかけ,その結果を集計表に記載するなどした。
2 上記第2の1において認定した各事実は,主として,被告人A及びGの各公判供述,被告人B及びHの各検察官調書並びにT,U及びgらの各検察官調書により認められるところ,T,U及びgらは,いずれもQの従業員であり,本件当時,J総支部の組合員であって,Tは新規組合員を獲得するなどしていたもの,Uは,(略)J総支部にはお世話になったと思っているもの,gはTの下で働いていて,Uが多忙であったために本件でUを手伝ったにすぎないものであることなどに照らせば,T,U及びgらが,殊更本件の各被告人らに不利益な供述をするおそれがないことが認められ,その各供述調書の信用性に疑問はなく,弁護人らも特にこれらの供述調書の信用性を争っていない。
しかしながら,被告人A及びGの公判供述並びに被告人B及びHの各検察官調書については,①被告人Cの弁護人は,被告人Aの公判供述並びに被告人B及びHの各検察官調書の信用性を(なお,被告人Cの弁護人は,被告人Bの公判供述の信用性についても争っている。),②被告人Bの弁護人は,被告人A及びGの公判供述並びに被告人Bの検察官調書の信用性を,③被告人Eの弁護人は,Gの公判供述の信用性をそれぞれ争っている。
そして,他方,④被告人Cの弁護人は,同被告人の捜査段階及び当公判廷における供述に基づき,同被告人は,被告人Aに対し,労働組合に実費を支払うことで電話戦術を依頼したものである,⑤被告人Bの弁護人は,同被告人の公判供述に基づき,喫茶店やXでは判示第2の電話戦術が話題になったにすぎない,⑥被告人Eの弁護人は,同被告人の捜査段階及び当公判廷における供述に基づき,同被告人はGに電話戦術を依頼などしていないなどと主張し,前記認定事実を争っている(なお,被告人Aの弁護人は,前記の事実を認めながら,被告人Eらとの共謀を争い,同Aもこれに沿った供述をしているが,この点の判断は後記のとおりである。)。そこで,以下検討する。
(1) 被告人Aの公判供述の信用性について
ア 被告人Aは,当公判廷において,要旨前記第2の1(1)イないしエ,同(2)のとおり供述している。
被告人Aは,前記のとおり,J総支部の事務局長で,本件選挙に際しては,J総支部選挙対策本部の事務局長の地位にあったものであるが,同被告人の検察官調書を見ると,「私は,同月11日に,電話戦術をQに頼んで派遣社員にやらせていたことが警察に発覚したと分かった。B委員長と連座制の話をしたが,B委員長は連座制のことを気にしていた。」などと供述していること,被告人Aが,判示第2の事実について同B,同Cらと共に起訴されたことなどに照らせば,J総支部で自己よりも地位が上の執行委員長であり,J総支部選挙対策本部の本部長であって,しかも,Oの選挙対策本部の副本部長に就いていた被告人Bのみならず,Wを支援する労働組合のうち,責任組織であるK連合の議長である被告人Cまでもが罪に問われ,ひいては,いわゆる連座制により,本件選挙で当選したWの議員としての地位にまで影響する可能性があることを十分に認識していたことがうかがわれる。それにもかかわらず,被告人Aが,当公判廷において,あえて自己のみならず,被告人B及び同Cら本件に関与した者に不利な供述をしていることに鑑みれば,その一事をもってしても,被告人Aの公判供述の信用性は極めて高いというべきである。そして,その内容は,極めて具体的かつ詳細であって,体験したものでなければ語り得ない内容を含むものであり,記憶の曖昧な点については,その旨を述べて記憶のある部分と区別して供述されているのであり,被告人C,同Bの各弁護人の反対尋問にも何ら動揺していない。加えて,被告人Aが述べる前記第2の1(1)イないしエのような被告人Cからの電話戦術の依頼状況については,後記のとおり信用性の認められる被告人Bの検察官調書と符合し,また,前記第2の1(2)におけるその後の被告人C及びUとの交渉状況については,前記のとおり信用性の認められるUの検察官調書に裏付けられていることなどに照らせば,被告人Aの公判供述の信用性は極めて高い(ただし,被告人Eとの共謀を否定する部分は採用しない。)。
イ これに対し,被告人Cの弁護人は,①被告人Cがdから電話戦術を依頼された11月1日の段階では,電話戦術に用いる名簿をはじめ,具体的なことは何も決まっていなかったから,被告人Cが同Aに電話戦術を依頼できるはずはなく,また,被告人Cが「名簿を持ち込んでやって欲しい。」と述べた旨の同Aの供述は,上記のような客観的な状況と符合しない,②被告人Aは,同Cが,11月1日の段階で,「持ち込む先は『会社』ないし『Q』だと言って,電話戦術を依頼した。」と供述しながら,翌2日に喫茶店において,「Aちゃんの方でやっている電話戦術の話を詳しく教えて。」,「Qってどんな会社か。」などと聞いてきたと供述しているが,これは事実の流れとして矛盾している,③被告人Aは,当初の取調べにおいて,同CにQの説明をしたのは名簿を持ってきてもらった11月3日であると供述していたが,取調官から,喫茶店のレシートを見せられた後,Qの話は同月2日であり同月3日ではないと供述を変えているのであって,このことからすれば,当初の被告人Aの記憶に対して,検察官の誘導によって事実のすり込みが行われた可能性がある,④被告人Cの供述によれば,同被告人は,11月4日の午前中,Zの四役会議等に出席していたのであるから,被告人Aが供述するように,被告人Cが同日午前9時過ぎころに被告人Aに名簿を持参できるはずはないなどと主張して,被告人Aの公判供述の信用性を争い,また,被告人Bの弁護人は,被告人Cの弁護人が主張する上記②,③と概ね同様の主張をして,被告人Aの公判供述の信用性を争っている。
ウ 確かに,被告人Cの弁護人の依拠するdの検察官調書によれば,dが被告人Cに電話戦術を依頼した際には,電話戦術について具体的な話はなく,dは,電話戦術に用いる名簿はどうするのかと尋ねる被告人Cに対し,後で準備するなどと述べるだけで,同被告人に名簿等を渡していないことが認められる。
しかしながら,dが被告人Cに電話戦術を依頼した11月1日は,選挙戦も中盤に差し掛かったころであり,同被告人は,前記第2の1(1)アのとおり,Wの選挙情勢について予断を許さないと考えていたのであるから,電話戦術の準備を早急に進める必要性が高かったことは明らかであり,自己の判断で,dが準備する名簿を電話戦術の場所に持ち込むことや電話戦術の見込み件数を被告人Aに告げたとしても何ら不自然ではなく,同被告人にこれらのことを告げるのに,被告人Cの手元に名簿がなければできないことでもない。現に,被告人Cが同Aに告げた件数は当初5千件であったのに,実際には,dの後援会名簿だけでも9千件以上あり,このことは,被告人Cにおいて,dの後援会名簿などが手元にない段階で,被告人Aに電話戦術を依頼したことを推測させるものである。
エ また,前記第2の1(1)で認定した被告人Cと同Aの,同月1日と同月2日の各会話内容を見ても,電話戦術を依頼する趣旨の言葉のほかには何ら重複している部分がないし,被告人Cは判示第1の電話戦術の詳細については知らなかったものとうかがわれるのであるから,同月2日についての上記供述を取り上げて,事実の流れが矛盾しているなどということはできない。
オ 確かに,被告人Aの公判供述によれば,同被告人は,捜査段階の当初において,喫茶店で被告人Cに説明した内容は,同Cが名簿を持参したときに話した旨供述していたところ,警察官から喫茶店のレシートを示されて記憶がよみがえったというのであり,被告人Cに判示第1の電話戦術を説明した時期について供述が変遷しているとうかがわれるが,会話内容自体に変遷があったわけではない上,その変遷には一応合理的な理由があり,しかも,レシートを見てそのように思い込んだわけではないと明確に供述しているのであるから,被告人Aの記憶に事実のすり込みが行われたということは認められず,その供述に変遷があっても信用性に影響を及ぼすものではない。
カ 次に,被告人Cの弁護人の上記④の主張については,同被告人の供述が信用できないことは後記のとおりであるから,これを前提とする主張はそもそも採用できないし,被告人Aは,「私が,11月4日の午前8時半前に出社すると,Cさんが,午前9時過ぎころにマーキングしたfの名簿とスクリプトを持ってきた。最初に後援会の名簿を使い,それが終わったらfの名簿を使って欲しい。」などと名簿を受領した状況について具体的に述べている上,被告人Cの弁護人からこの点を尋ねられても,「間違いない記憶のほうが強い。」,「私のなかでは4日という記憶は変わりません。」と答えているのであって,その信用性に疑問はない。
キ 以上のとおり,被告人Aの公判供述の信用性は極めて高く,その他,被告人Cの弁護人は,被告人Aの公判供述が信用できないとして縷々主張するが,被告人Aの供述を検討しても,その信用性に疑問を差し挟む余地はない。
(2) Gの公判供述について
ア Gは,当公判廷において,証人として,要旨前記第2の1(4)のとおり供述している。
Gは,本件当時Q支店長で,被告人Bとは前任地の頃から面識があり,被告人Eとは,会話を交わすなどしたのは11月2日の会食が初めてであるが,10月初めにL連合主催のゴルフコンペに参加したことから同被告人の顔は知っていたという関係であり,個人的にもQとしても,被告人Bら及びJ総支部との関係は円満であると供述しているのであるから,あえて同被告人らに不利な供述をする動機は見当たらず,「選挙の話等は事前に想定されたことで余り覚えていないが,Wの電話戦術の件は,そこで話が出るとは全く思わなかったため,聞いた段階で非常に緊張感のような意識を持ったので,記憶としては非常に鮮明である。」旨述べて,前記第2の1(4)イのとおりに明確に述べているところ,その内容は具体的かつ詳細であって,迫真性に富み,被告人B及び同Eから電話戦術を頼まれ,被告人両名に,電話戦術の件数を尋ね,事務方が忙しくて難しいと言っていると聞いたことから,最終的に「期待しないで欲しい。」などというその会話の流れは自然であり,弁護人らの詳細な反対尋問にも何ら動揺していない。
そして,何よりも,その供述は,前記第2の1(4)ウのとおり,G自身の手帳の記載により裏付けられているのであって,Gの公判供述の信用性は極めて高い。
イ これに対し,被告人B及び同Eの弁護人らは,①Xにおいて,Gが,被告人B及び同Eから電話戦術の依頼を受けたのであれば,即座にQの担当者等に状況を問い合わせるのが自然であるのにそのようなことをしていない上,11月4日になってFに電話をかけて電話戦術のことを確認したというのであり,しかも,それが,同日午前10時過ぎころの1度目の電話ではなく,午後0時少し前ころの2度目の電話であったというのであるから不自然である,②Gが重要な申込を受けたというのなら,被告人Bや同Eに対し,電話戦術を受託する旨連絡してしかるべきであるのに,これをしていないのは不自然である,③Gの供述の根拠となる手帳の記載は,「5千件」ではなく,「5日間」と判読すべきものであり,Gの供述はその誤読に基づくものであり,上記記載の実際の意味は,Fに電話した後,5日間はできるという「結果の記載」であると推測され,Gが記載内容の記憶がないのに,検察官の誘導にのって供述しているものと思われるなどと主張して,Gの公判供述の信用性を争っている。
ウ 確かに,Gの供述によれば,Xから即座にQの担当者等に電話をかけておらず,電話戦術をFに話したのは11月4日の同人に対する2度目の電話であることは明らかであるが,Gは,この点に関する被告人Bの弁護人の質問に対し,「被告人Eから『できる範囲でいいんです。』と言われ,そんなに急ぐことはないだろうと思い,また,四,五千件であればそれ程多い件数ではなく,電話戦術が可能であると思われたことなどから,10月31日と11月1日に各担当者が深夜まで仕事をしていたので,(同月3日の)祝日にまで電話をして各担当者に迷惑を掛けることはないなと思い,同月4日に確認すればよいと考えた。同月4日午前10時ころ,Fにかけた1度目の電話の際には,出張先の駅ホームを歩きながらの会話だったので,電話戦術の件を話す時間も余裕もなかった。」などと説明しており,その理由に不自然なところはない。
また,Gは,Fから判示第2の電話戦術の準備を進めている旨の話を聞いて,「これはもう(電話戦術の)準備態勢が整っていると思い,よろしく頼むなどと話して電話を切った。件数も含めて,労組からQの担当者に既に依頼があったと認識していたので,敢えて件数について確認する必要はないと思った。」などと供述し,判示第2の電話戦術の件が受託できると確認した後は,もっぱらRらの部下に一任する意思であったとうかがわれるのであるから,Gが敢えて被告人Bや同Eに連絡するなどしなくとも不自然であるとはいえない。
エ 加えて,確かに,弁護人らが問題とするGの手帳の該当部分を見ると,「5」に続く字が容易に判読し難いが,これにつき,Gは,前記第2の1(4)ウのとおり,記載した経過を供述しているところ,その供述は自然であって,十分に納得できるものである上,「『5千』の字は乱れているが,『5千件』という意味以外には書いた意識はない。」旨明確に供述して,「電話戦術をやるとすれば11月8日までしか期間がなく,時間が非常に短いということで,件数が多ければ多分できないだろうと思った。」などとの電話戦術の件数に注目していたことを述べ,さらに,弁護人らの詳細な反対尋問にも全く動揺していないことなどに照らせば,この点の供述の信用性に疑問はなく,前記のとおり,Fに電話した後に5日間はできるという「結果の記載」であると推測されるなどという被告人Bや同Eの弁護人の主張は,上記手帳を記載した本人の供述を離れた単なる推測にすぎず,前提を欠く主張であり,失当である。
オ 以上のとおり,Gの公判供述には不自然で不合理な点はなく,その信用性に疑問はない。
(3) 被告人Bの検察官調書について
ア 被告人Bは,捜査段階において,検察官に対し,要旨前記第2の1(1)イないしエ,同(4)ア,イの事実に沿った供述をしている。
被告人Bは,J総支部では執行委員長であり,J総支部選挙対策本部では本部長であって,「A事務局長から警察の捜査が入ったと聞き,選挙管理委員会発行の手引き書等を見たりして,同人に『委員長である私が逮捕された場合には,連座制になる。』と話した。A事務局長とQに行き,私が連座の対象になると考えていたので,私から地位が遠ければ遠いほど連座の危険性が減ると考え,Gらに対し,D総務部長がUに電話戦術を発注したことにしてもらいたいなどと言った。」旨供述しているのであるから,上記の供述が判示第1の電話戦術に関してであったとしても,判示第2に関する検察官の取調べにおいて,前記認定事実に沿う供述をすれば,自己のみならず,Wを支援する労働組合の責任組織であるK連合の議長である被告人Cまでもが罪に問われ,ひいては,いわゆる連座制により,本件選挙で当選したWの地位にまで影響すると認識していたことは明らかである。にもかかわらず,L連合,J総支部,J総支部と強い協力関係にあるK連合及び被告人Cのいずれにも不利益な事項を供述しているのであって,その内容も具体的で,L連合及びJ総支部の長の地位にある者としてよく理解できる心情を含んでいることなどからすれば,同調書の信用性は優に認められる。
イ これに対し,被告人Bの弁護人は,一部の検察官調書の中に録取されている,11月1日に被告人Cから電話戦術に関する電話が被告人Bにかかってきたという部分を取り上げ,検察官から,被告人Aの供述内容等をてこに,理詰めで供述を強要され,「どんな電話がかかってきたか思い出して,そのうち被告人Cからかかってきた確率の高いものを話せ。」などと迫られた結果作成されたのがこれらの調書であるが,これは記憶を喚起させて真相に迫るというものではなく,任意性,信用性に疑問があるなどと主張し,被告人Bも,当公判廷において,これに沿った供述をしている。
しかしながら,被告人Bは,当公判廷において,捜査段階の供述状況につき,「逮捕された当初は,動揺したこともあって1週間近くは黙秘をして,その後自分の考えを整理してから調書の作成に応じた。」旨供述しているし,前記第2の1(1)イのとおり,被告人Cに対して同Aに聞くように告げた経緯は,事実の流れとしてよく理解できる上,検察官から,「11月1日の電話において,Cは『Q』と言っていたか。」と質問され,「Cさんは『Q』とは言っていなかったと思う。」などと,自己の言い分を述べていることが問答体で録取されている部分もあることなどに照らせば,被告人Bの検察官調書の任意性,信用性はいずれも優に認められ,記憶がないことを検察官に供述させられたごとく述べる同被告人の公判供述は信用できず,その旨の同被告人の弁護人の主張は理由がない。
なお,被告人Cの弁護人も,被告人Bの検察官調書の信用性に疑問がある旨縷々主張しているが,これまで検討したとおり,その主張は理由がない。
(4) Hの検察官調書について
Hは,捜査段階において,検察官に対し,前記第2の1(3)の事実に沿う供述をしている。
Hは,J総支部分会の役員であり,本件選挙ではWを個人的に支援してその選対本部の仕事もしていたというのであり,また,前記のとおり,被告人CがWの支持応援の責任組織であるK連合k地協の選挙対策委員長の地位にあったことなどに照らせば,Hは,敢えて被告人Cに不利な供述をするとは考え難い。そうすると,そのようなHが,前記のとおり,被告人Cに不利な供述をしていることや,その供述内容の具体性からすれば,上記検察官調書は十分に信用できる。
一方,Hは,当公判廷において,前記の事実に関し,検察官調書を一部変遷させる供述をしているが,変遷の理由について納得できる説明をしていないことなどに照らすと,同人の公判供述は不自然であり,その信用性は乏しい。
3 これに対し,①被告人Cは,捜査段階及び当公判廷において,前記第2の1(1)アのdから電話戦術の依頼を受けたことや,同(1)ウ,エの喫茶店に被告人Aらと入ったことなどは認めながら,前記の弁護人の主張に沿って,11月2日に被告人Aに電話戦術を依頼したが,これは同被告人が所属するJ総支部ないしL連合l県協の組合員による無償の電話戦術に,実費を払うことで依頼したものであるなどと供述し,②被告人Bは,当公判廷において,前記第2の1(1)ウ,エ,同(4)ア,イの外形的な事実を概ね認めながら,前記弁護人の主張に沿って,喫茶店において,被告人Cが判示第2の電話戦術を実施してみたいという意向を示したにすぎず,また,Xにおいては,Gに対し,判示第2の電話戦術の依頼が行ったらよろしくと話したにすぎないなどと供述し,③被告人Eは,捜査段階及び当公判廷において,前記第2の1(4)イのとおり,Xで被告人Bと共にGと会食をし,自らGに電話戦術の話をしたことを認めながら,前記弁護人の主張に沿って,Gに対し,判示第2の電話戦術の依頼がいずれ行くかもしれないなどと話したにすぎないなどと供述している。そこで,検討する。
(1) 被告人Cの公判供述及び検察官調書について
ア 被告人Cは,上記①に関して,要旨以下のとおり供述している。すなわち,「11月1日にBさん及びAさんに電話をかけて,判示第2の電話戦術の話をしたことは記憶にない。同月2日午前11時過ぎころ,Bさん及びAさんらと喫茶店に入ったことは覚えているが,同店内に入ろうと誘ったのが誰か,同店内でどのような会話を交わしたかは記憶にない。同日の午後,L連合に所属していると思われる男から,アルバイトで電話戦術をする方法があるとの話をされ,同人の話にWの選挙対策本部が乗せられては大変だと思い,同日午後2時から3時ころの間に,Aさんに電話して判示第2の電話戦術実施を要請した。翌3日,J総支部に赴いて同人と会い,電話戦術について打ち合わせ,その際,Qについて説明を受けたが,人材派遣やテレマーケティングを業務としている旨説明された記憶はなく,Qの労働組合がボランティアで電話戦術を実施するのだと思っていた。また,Aさんから,1件当たり30円くらいの費用がかかる旨説明されて,ちょっと高いかなと思ったが,通話料や電話回線の増設費用を含めた実費だと思っていた。」などというのである。
イ しかしながら,被告人Cの供述は,前記のとおり信用性の極めて高い被告人Aの供述に全く反している上,喫茶店に入ったことは認めながら,そこでなされたQへの有償の電話戦術の委託を強く推認させる核心部分については,そのほぼ全てについて,何らの合理的な説明もせずに,記憶がないなどと供述しているのであり,被告人Cが,喫茶店に入る前後を含め,本件選挙期間中のその余の自己の行動については詳細に供述していることなども考え併せれば,この点のみからしても,上記供述部分についての信用性は乏しい。
また,その内容を見ても,正体不明の男からアルバイトによる電話戦術を持ちかけられたとの点については,同人の人定に関する供述が曖昧である上,前記のとおり,被告人CがWの支持応援の責任組織であるK連合k地協の選挙対策委員長の地位にあったことに照らせば,その後,Wの選挙対策本部に何らの注意もしていないというのは極めて不自然である。加えて,1件当たり30円の費用は,通話料だけでなく電話回線の増設費用を含めた実費であると思ったとの点についても,通話料とは異なり,電話回線の増設費用は電話の件数に従って増加するものではなく,出来高払いに馴染まないこと,被告人Cが,電話戦術では,相手が電話に出ないために通話料がかからない場合が相当の割合であることを認識していたこと,本件における電話の相手方は市内の有権者であって,高額の通話料はかからないことなどの事情に照らせば,やはり極めて不自然というほかなく,前記第2の1で認定した事実に反する被告人Cの供述部分は全く信用できない。
(2) 被告人Bの公判供述について
被告人Bは,上記②に関し,要旨以下のとおり供述している。すなわち,「11月1日にCさんから電話がかかってきたかについては記憶がない。同月2日の喫茶店での会話については,CさんがQはどういう会社かと聞いてきたので,A事務局長ではなく,私からQについて説明した。Cさんは何とか電話戦術をやりたい意向だったが,Qが可能かどうか確認するのが先決というのが結論だった。同日のXでの会話については,会食が終わったころ,G支店長から『B委員長のところは今,選挙で大変ですね。』というようなねぎらいがあって,それにE事務局長が,『実はWでも電話戦術の考えを持っているようなんで,G支店長のところに,もしそういう話があったらお願いしたい。』というようなことを言った。私は,その話を引き取って,『そのときはお願いします。』などと言った。」などというのである。
その供述は,大筋では検察官調書と一致しているものの,被告人Cが同Aに電話戦術を依頼したことや,被告人Eや自己がGに電話戦術を依頼した言葉の意味内容を後退させるなどしているのであって,被告人Bはその点につき,捜査段階の供述は,検察官の執拗な誘導によるものであるとか,勘違いだったと思うなどと説明するが,前記のとおり,検察官調書の信用性に疑問はなく,被告人Bの公判供述はこれに反する上,信用できる被告人A及びGの各公判供述に反するので,到底信用できない。
(3) 被告人Eの検察官調書及び公判供述について
被告人Eは,上記③に関し,要旨以下のとおり供述している。すなわち,「私は,B委員長がトイレに中座したとき,会話が途切れたため,急に何も話がなくなるのもまずいと思い,A君から判示第2の電話戦術の依頼がきている旨聞いていたので,とっさに,『Wの電話戦術がAさんの方にきているみたいです。いずれQの方に相談が行くかもしれません。』ということを話した。G支店長は『残りの選挙期間もない中で相談されたとしても,ちょっとそれは厳しいし,できませんね。』などと言ってきたので,私は断られたと思った。その際,Wが危ないとか,事務方が忙しい,難しいと言っているとか,電話戦術の件数が四,五千件であるなどと話したことはなく,電話戦術を自分が依頼したという認識はない。判示第2の電話戦術の話をしている途中でB委員長が戻ってきたかどうかは覚えていない。」などというのである。
しかしながら,被告人Eの上記供述は,前記第2の1(4)において認定した事実,Gの公判供述及び被告人Bの検察官調書に全く反するものであり,被告人B自身も,同Eの公判供述について,「私を庇ってそういうことを言ったのではないか。」などと述べていることなどに照らせば,明白な虚偽供述を含むものであって,到底信用できないことは明らかである。
4 被告人A,同C,同B及び同Eの共謀等について
次に,被告人Aの弁護人は,被告人Eと同Bとの共謀を否定し,被告人C,同B及び同Eの弁護人は,当該各被告人らは,他の各被告人らと共謀していないし,本件の犯意も有していなかったものであると主張しているので,前記第2の1で認定した事実に基づいて,各被告人に本件犯行についての共謀の成立等が認められるか検討する。
(1) 被告人Cの犯意について
ア 被告人Cは,前記第2の1(1)イのとおり,11月1日,被告人Aに電話をかけて,Wのために電話戦術の実施を依頼したところ,被告人Aから,「今から電話を新しく引いて電話戦術をするのであれば,選挙は終わってしまう。」などと言われ,「会社」ないし「Q」に名簿を持ち込んで電話戦術を行って欲しいなどと言ったのであるから,その際,被告人Cは,名簿を業者等に持ち込んで電話戦術を依頼し,これに報酬を支払う意思であったことが強く推認される。加えて,同月2日,被告人Cは,喫茶店において,同Aに,判示第1の電話戦術について尋ね,同被告人から,前記第2の1(1)エのとおり,「Iグループ会社のQにお願いしている。Qは,人材派遣やテレマーケティング業務をやっている会社です。」などと説明された上で,「電話の件よろしくお願いします。」などと述べ,さらに同月上旬ころ,Hに対し,「I労組の方で,電話を委託する会社がある。」などと話したのであるから,被告人Cにおいて,同Aらに対し,Qに有償で電話戦術を依頼するように頼んだことは明らかである。
そして,これらは,前記第2の1(2)ウのとおり,被告人Cが,同月2日か3日に,同Aから,電話戦術の見積額が1件当たり36円の出来高払いであると告げられても,「それくらいでできるんだ。」などと言って何ら疑問を呈することなく,かえって「50万円くらいまでは大丈夫なので,できるだけやってくれないか。」などと述べたことや,電話戦術の請求書の宛名について,J総支部やK連合などとせずに,判示第1の電話戦術の場合に従って,敢えて「e」とすることを了承したことなどにより裏付けられている。
イ なお,被告人Cの弁護人は,企業ごとの労働組合が集まって成り立っているK連合においては,L連合とは異なり,企業名がその企業の労働組合を示す言葉として使用されており,そのようなK連合に所属する被告人Cにおいては,「Q」と言われれば「Qの労働組合」を意味するものと考えるのが自然であるから,被告人Cが,喫茶店において,Qについて説明されるなどしても,電話戦術については労働組合がボランティアで実施するものと認識していたものであり,本件については犯意がないなどと主張するが,被告人Cは,前記第2の1(1)エのとおり,被告人AらにQの会社としての業務の説明を求めたり,前記第2の1(3)のとおり,Hに対しては,Qについて「労働組合」ではなく「会社」として話すなどしているのであるから,本件において,被告人Cが,「Q」についてはもっぱら労働組合であると認識していたなどとは考えられず,加えて,上記第2の4(1)アで認定したところによれば,同被告人において本件の犯意があったことは明らかであって,この点に関する同被告人の弁護人の主張は理由がない。
(2) 被告人A,同C,同B及び同Eの共謀について
ア 被告人Bは,前記第2の1(1)エのとおり,喫茶店においては,被告人Aと同様にQの説明をした上で,被告人Cから「電話の件よろしくお願いします。」などと頼まれるや,被告人Aに「よろしく頼むね。」などと言って,被告人Cの依頼を引き受けているが,同Bは,Qから要員の派遣を受けて判示第1の電話戦術が実施されていることを知っており,また,電話戦術に組合員を集めようとしても,なかなか集まらないことも分かっていたのであるから,被告人Cの依頼を引き受けたときの同Bの考えは,Qに有償で電話戦術を委託する意図であることは明らかであり,被告人Aは,同Cや同Bの意図を理解して,電話戦術の実施を引き受けたことは,被告人A自身認めているところである。
そうすると,喫茶店において,被告人C,同A及び同Bが,Qに報酬を支払ってWのために電話戦術を行うという本件の犯意を有した上で,共謀したことは明らかである。
イ なお,被告人Bの弁護人は,被告人Bは,電話戦術の実施方法,報酬または見積額等の具体的な内容を一切知らなかったのであり,したがって共謀はしていないなどと主張する。しかしながら,上記のとおり,被告人Bが,電話戦術の実施方法や報酬額等の具体的な内容を決定するQとの交渉を被告人Aに一任していること,被告人Bは,Qに対して有償で電話戦術を業務委託するとの本件事実の概要は認識していたことなどからすれば,被告人Bが,弁護人の主張するように電話戦術の具体的内容を知らないとはいっても,その点は,Qとの具体的交渉の実行役である被告人Aと共謀することによって補充されているのであって,被告人Bの弁護人の主張は到底採用できない。
ウ 次に,被告人Eについて見ると,同被告人は,前記第2の1(4)イのとおり,Xにおいて,Gに対し,「Wさんが非常に危ない。是非電話戦術をお願いしたい。
ただ,事務方が忙しくて難しいと言っているので,是非支店長の方からもお願いできないか。」などと言い,被告人Bがこれに続いて,「Wさんが危ない。是非私からもお願いしたい。Qの力を貸してくれないか。」などと述べ,さらに,被告人Eは,同Bと共に,再度「是非よろしくお願いしたい。」などと申し向けて,現に依頼をしている。
そうすると,被告人Bと同Eは,Xにおいて,本件の犯意を有した上で,共謀し,GにQでの有償の電話戦術を依頼したことは明らかである。
そして,被告人Eは,その際,前記のとおり,「事務方が忙しくて難しいと言っている。」とか,「電話戦術の件数は四,五千件である。」などとGに申し向けているが,この発言内容を見ると,前記第2の1(2)アのとおり,11月2日の午後2時ころ,被告人AがUから「限られた人数でしか(電話戦術を)できない。」などと言われたことや,被告人Aが電話戦術の件数は5千件とUに言ったこととよく符合しているといえるのであって,被告人E自身,当公判廷において,「私はAさんからWの電話戦術の依頼が来ているという話を聞いていた。」と供述していることも併せ考えれば,被告人Eは,同Cの同Aに対する依頼状況を具体的に把握していたものと思われる。このような状況を把握している被告人Eが,前記のとおり,同Bと共謀してGに依頼していることに照らせば,被告人Bを通じて,同A及び同Cとの共謀が成立したものと認めるのが相当である。
エ なお,被告人B及び同Eの弁護人は,被告人B及び同Eが,Xにおいて判示第2の電話戦術の要請をした時には,既に電話戦術の業務委託契約が成立しているから,被告人Bらの上記要請は電話戦術の業務委託の「依頼」には当たらないなどと主張している。
しかしながら,Gの公判供述及び信用性の認められるFの公判供述によれば,Qにおける業務受託の最終的な決定権限はあくまでGにあり,Xにおける依頼の時点で,Gがいまだ業務受託の決定をしていないことは明らかである上,電話戦術が現に実施される時点までは,契約の成立時期にかかわらず,Gらの電話戦術を実施する旨の意思をより確実にするため,「特殊の直接利害関係を利用して誘導」することができるというべきであり,被告人B及び同Eの弁護人らの上記主張は理由がない。
(3) 以上のとおり,各被告人の弁護人が,当該各被告人において,他の被告人らとの共謀の成立やその前提となる本件の犯意を有していたことを否定してこれを争う主張は理由がない(なお,各被告人が,自ら行った本件行為自体を認識していたことは証拠上明らかであるから,自己の行為が利害誘導罪に該当することを認識していなくても,当該犯罪の故意に欠けることはない。)。
第3本件における特殊の直接利害関係について
1 検察官は,本件構成要件における「特殊の直接利害関係」の内容について,第3回公判期日において,12月11日付け起訴状記載の公訴事実第1については,①J総支部がQに対し,現金81万4000円を支払う関係と②Q従業員の中にJ総支部に加入する組合員が多数存在し,Qの事業計画及びこれに伴う配置転換の実施にはJ総支部の理解と協力が欠かせない関係(以下,②を「理解と協力が欠かせない関係」という。)であり,同月30日付け起訴状記載の公訴事実第1については,③K連合及びJ総支部がQに対し,出来高に応じて現金40万円から50万円を支払う関係(以下,①及び③を総称して「報酬関係」という。)と④理解と協力が欠かせない関係であり,報酬関係と理解と協力が欠かせない関係相互の関係については,理解と協力が欠かせない関係は,報酬関係を補強するものである旨,第4回公判期日において,理解と協力が欠かせない関係単独では「特殊の直接利害関係」に当たるとは考えていない旨それぞれ釈明し,第5回公判期日において,理解と協力が欠かせない関係を訴因に盛り込む形で訴因変更を行っている。
2 ところで,これまでの検討によれば,本件において,報酬関係が認められることは明らかであるところ,各被告人の弁護人は,報酬関係が公職選挙法221条1項2号の「特殊の直接利害関係」に当たらない旨主張して争っているが,この点については後記第4で検討することとして,弁護人らは,理解と協力が欠かせない関係が報酬関係を補強しているとの検察官の掲げる訴因を否定して争っているので,以下,この点について検討する。
この点に関するGの公判供述を見ると,同人は,「Qにおいて,各年度ごとの事業計画を策定したとき,その事業計画についてのJ総支部との事前協議を毎年行っているほか,昨年には,経営改善施策とこれに伴う配置転換についても意見交換を行っているが,仮にJ総支部が事業計画等に反対するなどすれば,組合員である社員を困惑させることになり,目標とする成果が100パーセント達成できなくなる可能性がある。そして,仮にQがJ総支部の仕事の依頼を断るなどすれば,将来的に労使関係がぎくしゃくするような事態が生じるのではないかとの懸念は持った。今回,有償での電話戦術を受託することは違法であるという認識を持ってはいたが,J総支部との間で長年培った信頼関係を崩したくないという気持ちがあって,依頼を断りきれなかった。」などと供述し,Rもこれに沿う供述をしており,このような供述からすれば,QとJ総支部との間に上記理解と協力が欠かせない関係が存在することはうかがわれ,本件において,GやRが円満な労使関係の存続に懸念を抱いたというのも理解できる。
3 しかしながら,Gは,「私が,3年間Qにいた間には,J総支部から事業計画等について異論を言われたことはない。最終的には,(J総支部には)Qの事業活動をサポートしてもらったと思う。」とも供述しており,本件においてGらが抱いたとの懸念は極めて抽象的なものであると言わざるをえない。
加えて,被告人らが,QとJ総支部の円満な関係が破壊される可能性を示唆するなどして,電話戦術の受託を迫ったとか,Gらに明言しないまでも,そのような考えの下に電話戦術を依頼したとの証拠はなく,Q側の担当者であるUらにおいても,4月の統一地方選挙の際にも電話戦術を受注した経験から,依頼を断ることを全く想定しておらず,前記のとおり,むしろ判示第2の電話戦術については報酬の値上げを申し入れるなどしていたことなどに照らせば,本件においては,報酬関係を補強するという限度であっても,理解と協力が欠かせない関係を利用して,Gらを誘導したとは認められないのであって,この点に関する弁護人らの主張は理由があり,検察官の掲げる訴因はそのまま認めることはできず,前記報酬関係のみが「特殊の直接利害関係」の内容となるものとして判示の各事実を認定した。
第4弁護人らの法的主張について
1 弁護人らは,以下の点からも,本件は公職選挙法221条1項2号に該当せず,被告人らはいずれも無罪である旨主張しているので,更に検討する(以下,同条項1号及び2号を単に「1号」ないし「2号」という。)。
2 判示第1の事実について
被告人A及び同Dの弁護人は,O及びN党への投票を電話により依頼する要員を確保して派遣することは,労務的行為であり選挙運動の準備行為に過ぎないのであって,被告人らが「選挙運動」を依頼したとはいえない旨主張する。
公職選挙法にいう選挙運動とは,選挙人に対し,直接に投票を勧誘する行為,又は自己の判断に基づいて積極的に投票を得若しくは得させるため,直接若しくは間接に必要かつ有利な行為をすることをいうと解されるところ,電話戦術の要員を確保して派遣することは,選挙人に投票を直接働きかける行為ではないものの,電話による投票依頼をするための前提として欠かせない行為であり,電話戦術の要員を確保して派遣することと電話による投票依頼とは,密接な関係にあるといえる。
加えて,本件では,前記第1の2(3)アのとおり,公示日を目前に控えた時期に,労働者派遣事業等を目的とする会社であるQにおいて派遣要員の選定が行われたこと,派遣される要員は,J総支部において,電話戦術による投票依頼を行うことが決定していたこと,上記派遣要員には,電話応対に関する一定の資質と能力を有すること,すなわち,短期間に,効率よく大量の電話をかけることに加え,一応の台本は用意されていたものの,相手の対応に即して,自己の判断で,O及びN党に対する投票依頼の趣旨を的確に伝え,かつ相手方の投票に関する意向を把握して評価することが要請されていたこと,現にUらは,その主体的判断に基づいて,上記要請にできるだけ適合する要員を選定したことが証拠上認められ,以上の事実を総合すると,本件で電話戦術の要員を確保して派遣することが,単なる機械的,労務的行為であるとは到底認められず,選挙運動に当たるというべきである。
弁護人は,派遣された者の指揮命令権は派遣先であるJ総支部にあるとも主張するが,これは上記の判断を左右するものではない。
3 判示第1,第2の事実について
(1) 弁護人らは,GらQの社員は,自らの意思に基づいて選挙運動を行ったものではなく,また,会社の業務として選挙運動を行ったとしても,業務遂行の意思のみでは,主体的に当選に資する意思は認められないから,選挙運動者には当たらない旨主張する。
しかしながら,選挙運動者とは,選挙運動を行う者であると解されるところ,特定の候補者及び政党への投票を電話により依頼する要員を確保して派遣する行為(判示第1)が選挙運動に該当することは,上記第4の2で検討したとおりであり,また,特定の候補者及び政党への投票を電話により依頼する行為(判示第2)が,選挙人に対し,直接に投票を勧誘する行為として選挙運動に該当することも明らかである。また,利害誘導罪の相手方としての「選挙運動者」については,同罪が今後行われるべき選挙運動に関して誘導行為を処罰するものであるから,現に選挙運動を行っている者ばかりでなく,将来選挙運動をすることを依頼された者をも包含すると解するのが相当である。
確かに,弁護人らが指摘するとおり,GらQの社員は,同社の業務遂行の一環として,本件各選挙運動を行ったことは認められるが,業務遂行の意思を有することが,選挙運動者であることの認定の妨げとなるものではなく,前記認定のとおり,Gらは,それぞれ自己の主体的な判断に基づいて,積極的に上記各選挙運動を行ったものであるから,同人らが選挙運動者に該当するものと認めるのが相当であり,この点に関する弁護人らの主張は採用できない。
なお,弁護人らは,同様の観点から,Gらの選挙運動は,Qの業務として行われ,その報酬も同社に帰属することになっていたから,私法的にはQの行為と見なされるものであるところ,選挙人又は選挙運動者(以下「選挙人等」という。)と関係する団体に対する特殊の直接利害関係を利用して誘導したと認めるためには,行為者,選挙人等とその関係する団体とが,それぞれ法的に別個の独立した人格と評価できる場合であることが必要であり,本件ではそのような三面関係は認められないから利害誘導罪は適用できないなどと主張する。しかしながら,そもそも個人としてのGらと法人としてのQが法的に別個独立した人格であることはいうまでもなく,弁護人らの上記主張は,この点を看過している上,利害誘導を受けた選挙運動者の応諾行為について,その私法上の法律効果が会社と個人のいずれに帰属するかは,利害誘導罪の成否には影響がないというべきであるから,この点に関する弁護人らの主張も採用できない。
(2) 次に,弁護人らは,選挙運動の報酬を金銭で支払うことは,「特殊の直接利害関係」に当たらないと解するべきであり,そうでなければ,選挙運動者に対し,報酬を金銭で支払う場合,2号の利害誘導罪の構成要件が,1号の事前買収罪と全く同じになり,そのような無益な解釈は採り得ないと主張する。
しかしながら,上記利害関係とは,選挙人等の意思決定に影響を及ぼし得る関係のうち,特定のあるいは限られた範囲の選挙人等又はその者の関係する団体等にとってのみ,特別に,しかも直接に存する関係であると解すべきところ,2号の利害関係につき,「用水,小作,債権,寄附」が例示されていることに照らし,選挙運動に対する報酬を金銭で支払う関係が,上記利害関係に当たることは明らかである。そもそも1号の客体である「金銭物品その他の財産上の利益と公私の職務」と,2号で例示された「用水,小作,債権,寄附」とは,文理上も重なり合いが認められ,2号の利害誘導罪は,1号の事前買収罪の周辺を補充し,かつ包括する関係にある上,2号の利害関係の内容を詳しく見ると,なるほど,①行為者が選挙人等に対する利害関係を利用する場合は,1号の事前買収罪が成立することが多いと思われるが,それ以外に,②行為者が選挙人等と関係のある団体に対する利害関係を利用する場合,③行為者以外の者と選挙人等との間の利害関係を利用する場合,④行為者以外の者と選挙人等と関係のある団体に対する利害関係を利用する場合を包含するなどの点で,1号と2号の構成要件は異なるのであって,選挙運動者に対する現金供与の事例(上記①に当たる。)のみを取り上げて,構成要件が全く同一になるから,選挙運動の報酬を金銭で支払う関係は2号に含まれないなどとする弁護人らの主張は失当である。
4 弁護人らは,その他にも,投票買収と運動買収とを区分した上で,利害誘導罪の立法趣旨は投票買収の禁止にあり,本件のような違法性の低い運動買収の事案に利害誘導罪を適用することは,選挙運動に対する過度の制約であるなどとして疑問を呈しているが,公職選挙法は,基本的に選挙運動無報酬の原則を維持した上で,同法197条の2等一定の要件を満たす場合に限り,費用や報酬の支給を認めているのであって,利害誘導罪の立法趣旨やその適用範囲に関する弁護人らの見解を採用することはできず,これまで検討したとおり,本件で利害誘導罪が成立することに疑問の余地はない。
第5結論
以上検討したとおり,第3の点を除き,各被告人の弁護人の事実面及び法律面からの主張は採用できず,他方,検察官の掲げる訴因については,判示各「罪となるべき事実」記載のとおりの限度で認定したものである。
(法令の適用 省略)
(量刑の理由の要旨)
本件は,平成15年11月9日施行の衆議院議員総選挙に際し,労働組合の役員である被告人らが,人材派遣等を業とする会社の支店長らである選挙運動者に対し,同社に選挙運動の報酬を支払う旨の利害誘導をしたことによる公職選挙法違反の事案である。
すなわち,判示第1では,J総支部事務局長の被告人A及び同総支部執行委員の被告人Dが,分会役員の共犯者と共謀の上,N党候補であるOを当選させる目的で,立候補及び衆議院名簿の届出前に,Qの支店長らに対し,投票依頼の電話をかける要員を確保して派遣する選挙運動を依頼して,その報酬を支払う旨の利害誘導及び事前運動をし,判示第2では,被告人A,J総支部執行委員長の被告人B,K連合k地協議長の被告人C及びL連合l県協事務局長の被告人Eが共謀の上,N党候補であるWを当選させる目的で,上記支店長らに対し,投票依頼の電話をかける選挙運動を依頼して,その報酬を支払う旨の利害誘導をしたという事案である。
犯行の動機を見ると,被告人らは,長年にわたり,労働組合の役員として選挙運動に携わった経験から,電話戦術が重要かつ効果的な選挙運動であると認識していたところ,判示第1の犯行では,J総支部が電話戦術を実施するにあたり,無償で電話をかける組合員を確保するのが困難であったことから,テレマーケティングや人材派遣等を業とし,かつIグループ内の企業で,秘密保持が期待できるQに対し,その要員派遣を有償で依頼し,また,判示第2の犯行では,Wの厳しい選挙情勢を打開するため,急きょ電話戦術を実施することにしたものの,労働組合内では具体的な目処が立たなかったことから,やはりQに対し,電話戦術の実施自体を有償で依頼し,いずれも報酬の支払により,大量の投票依頼の電話を効率的にかけ,効果的に選挙運動を行おうとしたものであり,安易で自己中心的な動機に酌量の余地はない。
犯行の態様を見ると,判示第1の犯行は,J総支部が,4月の統一地方選挙の際にも,電話戦術の要員派遣をQに依頼した経緯から,本件選挙においても,電話戦術をする組合員を確保する努力を怠って,Qに要員派遣を依頼したものであり,そして,これを前提として,被告人Aらにおいて,短期間に大量の投票依頼の電話をかけることができるよう,Qの担当者らと周到な打合せを重ね,L連合会館内に設けた場所に専用の電話回線を引くなどの準備をした上,担当の組合員らの指示の下,電話戦術を遂げたものであって,組織ぐるみで計画的に行われた悪質な犯行である。また,判示第2の犯行は,選挙戦中盤になって,Wの当選を危惧した被告人Cの依頼を受けるや,J総支部が判示第1の電話戦術を既に実施していた経緯から,被告人A,同B及び同EらJ総支部及びL連合の幹部が,躊躇することなくこれに応じ,Qに判示第2の電話戦術の実施を委託することとし,Qの担当者や支店長に執ように働きかけ,電話戦術をする名簿をQ側に交付するなどして,いわば丸投げする形で,投票依頼の電話をかける選挙運動をさせたというのであり,大胆で悪質な犯行である。
本件各犯行により,Qの派遣社員ら計37名が違法な選挙運動に従事し,判示第1で約1万9千件,判示第2で約9千件と大量の投票依頼の電話が短期間に発信され,Qに対する報酬も,判示第1については81万4000円,判示第2については出来高払いによる合計40万円ないし50万円と多額に上ることが予定されていたのであって,我が国の民主主義の根幹をなす国政選挙の公正を害した結果は極めて重大である。
被告人Aは,L連合l県協選挙対策本部及びJ総支部の各事務局長として,J総支部において行う選挙活動を実質的に統括していた責任者であるところ,判示各犯行にいずれも関与し,公職選挙法違反となることを認識しながら,組合側の窓口となり,Qの担当者との間で具体的な交渉をほとんど一人で行って,本件各犯行を主導したものであり,また,本件各犯行発覚後は,被告人Bらと共に,Qの支店長らに対して罪証隠滅のための口裏合わせを働きかけるなど犯行後の情状も悪く,その刑事責任は重大である。
被告人Bは,L連合l県協議長,選挙対策本部長及びJ総支部執行委員長として最高責任者の地位にあり,判示第2の犯行では,被告人Cの依頼に応じて,被告人AにQへの委託を指示した上,被告人Eと共にGに電話戦術の実施を働きかけるなどの実行行為を分担し,上記犯行で重要な役割を果たしている。また,J総支部が従前から電話戦術をQに有償で委託し,それが公職選挙法違反となることを認識しながらこれを制止せず,本件発覚後は,上記の罪証隠滅工作を主導して行うなど犯行前後の情状も悪く,その刑事責任は相当に重い。
被告人Cは,K連合k地協議長及び選挙対策委員長として,W選対の労働組合側の最高責任者の地位にあったものであるが,厳しい選挙情勢を挽回するため,公職選挙法違反となることを認識しながら,なりふり構わずに他の共犯者らを判示第2の犯行に巻き込み,これを積極的に主導したもので,しかも,本件発覚後は,捜査公判を通じて,殊更に不自然,不合理な弁解を繰り返し,全く反省の情がうかがわれず,その刑事責任は重大である。
被告人Dは,J総支部の執行委員及び電話戦術の責任者として,違法性を認識しながら,被告人Aと共に判示第1の犯行の実行行為に加担したものであり,その刑事責任は軽視できない。
被告人Eは,L連合l県協の事務局長の地位にあり,また,J総支部が従前から電話戦術をQに有償で委託し,それが公職選挙法違反となることを認識しながら,判示第2の犯行において,被告人Bと共に,Gに対し電話戦術を依頼する実行行為に加担し,しかも,捜査公判を通じて,明らかに虚偽の供述をして関係者をかばう態度に終始するなど反省の情が認められず,その責任は軽視できない。
しかしながら,被告人Aにおいては,捜査公判を通じて事実関係については概ね認めて,反省の情を示し,被告人らの中で,事案の解明に最も協力したと認められること,被告人Bにおいて,公判廷で,捜査段階の供述を一部変遷させてはいるものの,大筋では事実関係を認めて,一定の反省の情を示していること,被告人Dにおいて,捜査公判を通じて,事実関係については概ね認めて反省の情を示していることなどの事情が認められ,これらに加えて,被告人らには,いずれも前科前歴がなく,長年にわたり,それぞれ会社員や組合役員として真面目に生活していること,本件により,相当期間の身柄拘束を受けたことなど各被告人について有利ないし斟酌すべき事情も認められる。
そこで,以上の事情を総合考慮して,被告人らに対し,それぞれ主文の刑を量定した上,その各刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑―被告人A,同B及び同Cについて懲役2年,被告人Dについて懲役1年2月,被告人Eについて懲役1年6月)
(裁判長裁判官 本間榮一 裁判官 齊藤啓昭 裁判官 菅原暁)