仙台地方裁判所 平成15年(ワ)1223号 判決 2005年1月21日
仙台市●●●
原告
●●●
同訴訟代理人弁護士
坂野智憲
大阪市中央区南本町2丁目6番12号
被告
日本アクロス株式会社
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
同
●●●
同
●●●
同
●●●
主文
1 被告は,原告に対し,金749万8940円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,934万8675円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,商品取引所における先物取引を委託した顧客である原告が,商品取引業者である被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
1 基礎となる事実(認定の根拠を掲げたものの他は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,大正9年生まれで(甲11),おにぎり屋を自営していた経験がある者である。
(2) 被告は,商品取引所法の適用を受ける商品取引所の商品市場における上場商品の売却及び売買取引の受託業務などを業とする株式会社であり,国内公設商品取引所の商品取引員である。
(3) 平成15年6月5日,原告は,被告の外務員である被告仙台支店営業部係長●●●(以下「●●●」という。)から商品先物取引の勧誘を受け,同月6日,被告に商品取引所の商品市場における取引の委託をし(乙1),同日から同月10日までの間に,合計1200万円を委託証拠金として預託した。原告は,同月9日から同年7月3日までの間,被告を通じて,別紙1及び2のとおり,東京工業品取引所における金及び白金の先物取引(以下「本件取引」という。)をした。
(4) 本件取引による原告の売買差損は合計441万0500円,その委託手数料は合計389万3500円,委託手数料の消費税は19万4675円である。
(5) 本件取引の手仕舞いの後である同年7月11日,原告が預託した1200万円から(4)の合計額を控除した350万1325円が,被告から原告に対し返還された。
2 争点
本件の争点は,(1)本件取引において,被告の外務員に不法行為責任が認められるか,(2)損害額である。
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(被告の外務員に,本件取引において,不法行為責任が認められるか)について
(原告の主張)
ア 適合性原則違反
先物取引に必要な知識,情報,経験,資金が不十分なものに対する勧誘は禁止されているところ(商品取引所法136条の25第1項4号),先物取引は,ハイリスクハイリターンである以上,余剰資金でなされなければならず,余剰資金に乏しい年金生活者が不適格とされるのは当然である。また,商品先物取引は,その仕組みが難解であり,かつ相場の推移を判断する能力が要求される以上,理解能力,判断能力が類型的に低下している高齢者が不適格者とされるのも当然である。なお,高齢者が不適格者とされるのは,ハイリスク性故に老後の蓄えを失う危険性があることも理由の一つである。
原告は,相談相手もいない一人暮らしであり,83歳と高齢で,健康状態も優れなかった。資産についても,老後の蓄えとして保全してきたもので,その使途は,まさに老後の不意の出費や生活費に充てるためのものであった。このような原告には,商品先物取引の適格性はなく,被告の勧誘は違法なものである。
イ 無意味な反復売買
本件取引期間(平成15年6月9日から同年7月3日までの25日間)の取引回数は18回であるところ,建玉数(10回)を基準とした1か月当たりの取引回数である売買回転率は12回となる。特定売買は,売り直し3回(うち日計りとの重複1回,両建との重複1回を含む。),両建8回(手数料不抜けとの重複1回を含む。),手数料不抜け1回の合計12回である(重複を除く。)。したがって,特定売買比率は66.6パーセントとなる。
このような外形的事実だけから判断しても,本件取引は手数料稼ぎの転がしに該当し,取引全体として違法である。
ウ 違法な両建の勧誘
被告の外務員は,3回にわたり,原告にそのリスクを説明せずに両建を勧誘している。
両建は,既存の建玉が値洗い損になっているような場合に反対の建玉を建てることによって,既存の建玉を仕切らずに乗り切ろうというものである。しかし,両建は,新たな建玉であるからその分新たな委託証拠金が必要になるところ,両建をして得をするのは委託手数料を手にする被告だけであり,それだからこそ被告の外務員は,両建の危険性や無意味性を説明せず,委託追証拠金を要するようになると,仕切って損の拡大を防止する途を選択させず,両建を強く勧誘するのであり,両建が違法とされるのはこのような理由による。
本件では,被告の外務員は,両建の危険性,無意味性を原告に説明せずに両建をするしかないかのごとき勧誘をしており,違法である。
エ 説明義務違反
原告は,理解能力が乏しく適格性のない者であるが,仮に適格性が全くないとはいえないとしても,その場合には,通常の場合以上に懇切丁寧な説明がなされるべきところ,被告は十分な説明を行っていない。
オ 断定的判断の提供
被告の外務員は,あたかも商品先物取引が安全で短期間に確実に利益が出るかのごとき勧誘をしている。これは,断定的判断の提供に当たり,違法である。
カ 仕切拒否
被告の外務員は,原告が病気を理由に再三にわたり手仕舞いをするよう懇願したのに対し,今仕切ると損をするなどと言って指示に従わなかった。これは,商品取引所法施行規則46条10号,受託等業務に関する規則5条6号に違反し違法である。
キ 新規委託者保護義務違反
従前は,新規委託者には3か月間20枚以上の建玉が禁止されていた。現在でも,各社の定める受託業務管理規則において,新規委託者の保護に関する規則が設けられ,3か月間は500万円を超える取引は原則禁止されているところが多い。
被告は,取引開始翌日の平成15年6月10日の時点で,1200万円を投資させて,実に200枚の建玉をさせており,新規委託者保護義務に違反していることは明らかである。
ク 以上のとおり,本件は,先物取引で問題とされうるほとんどの違法性を備えたもので,その程度も甚だしい。また,被告は,原告の老後の蓄えである定期性預貯金を担保にほとんどその全額に近い借入れをさせており,悪質である。
(被告の主張)
ア 適合性原則違反
原告は,80歳を超えてはいたが,おにぎり屋や米屋を長年自営していた事業者であって,経済感覚もあり,社会経験も豊富な者であり,相応の資産もあるということであったし,株式の取引経験も有する者であるから,不適格者に該当しないことは明らかである。
イ 無意味な反復売買
本件における原告の取引は,すべて原告と被告の外務員が事前に相談の上,原告の判断,指示により行われたものである。また,原告が主張する売買回転率や特定売買比率,手数料化率については,いずれも偶然の事情によって大きく異なるものであり,違法性判断に適しない。
ウ 違法な両建の勧誘
原告が本件取引において,開始後3日目に両建を行っていることは認める。両建は,相場の動向が不透明なときなどに,決済して損を確定させることなく,また,追証の発生なども防止しつつ相場の様子を見ることができることなど,現実の取引における有用性があり,実際に用いられている手法であり,これが無意味であるとか,違法であるなどと断じることは誤りである。また,被告の外務員は,両建のリスクも含め十分説明し,原告は,両建について理解して,自ら選択して行ったものである。
エ 説明義務違反
被告の外務員は,本件取引の開始前において,6月5日,同月6日,同日の現金受領時の少なくとも3回にわたり,原告に対し,商品先物取引の仕組みやリスクについて十分に説明しており,説明義務違反はない。
オ 断定的判断の提供
被告外務員は,断定的判断の提供はしていない。被告外務員は,原告に対し,商品取引の危険性を十分に説明しているのであり,原告が絶対に損はしないなどという認識を持つことはあり得ない。
カ 仕切拒否
原告は,平成15年7月3日に原告代理人を通じて手仕舞いの指示をするまで,手仕舞いの意思表示をしなかった。
キ 新規委託者保護義務違反
原告は,おにぎり屋で儲かり蓄えがあると述べるなど,相応の資産を有すると見受けられたし,証券取引経験もあり,長年自営業を営んできた事業者で,社会経験が豊富な者である。また,取引の開始に当たり,被告に対し,申出書(乙3)を提出し,自己資金の範囲内で無理ない取引を行うことを述べている。原告のように長年自営業を営んでいた者が余剰資金で本件取引の程度の取引をすることは通常あり得ることであり,これが新規委託者保護義務違反になるものではない。
(2) 争点(2)(損害額)について
(原告の主張)
原告は,被告の不法行為により,預託金残額である849万8675円及び弁護士費用85万円の損害を被った。
(被告の主張)
争う。
第3争点に対する判断
1 事実経過
前記基礎となる事実に証拠(甲1ないし6,11,乙1ないし3,4の1・2,5,6の1ないし3,9ないし11,12の1ないし7,証人●●●(以下「証人●●●」という。),証人●●●(以下「証人●●●」という。),原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1) 当事者
ア 原告
(ア) 原告は,大正9年●●●月●●●日生まれで,本件取引当時82歳であった。原告は,尋常高等小学校小学部を卒業し,昭和23年から昭和28年まで食料公団に勤務して米穀の配給の現業業務に就き,食料公団を退職後,同年から昭和50年まで米屋を自営したが,売掛金回収が困難であったり,米の統制が終了すると将来性がないと考えたことから,同年からおにぎり屋を自営したが,体調が悪くなったため平成2年に営業をやめ,以後無職である。
(イ) 原告は,本件取引当時,一人暮らしで,年間合計約150万円の年金を受給し,主として年金で生計を立てていた。原告は,自宅の土地建物のほか,郵便局の簡易生命保険2口,朝日生命の普通終身保険1口,七十七銀行の定期預金350万円,郵便局の定額貯金640万円の資産を有していた。このうち,預貯金等は,基本的には老後の蓄えとしての性格のものであり,必要に応じて取り崩して生活していた。また,原告は,平成8年1月に腹部動脈瘤を手術し,その後東北大学医学部附属病院に月に1回程度通院していた。
(ウ) 原告は,約20年前に一度株式取引をしたことがあったが,これまでに商品先物取引をした経験はなく,本件取引に至るまで,商品先物取引についての特段の知識を持っていなかった。
イ 被告
被告は,商品取引所法の適用を受ける商品取引所の商品市場における上場商品の売却及び売買取引の受託業務などを業とする株式会社であり,国内公設商品取引所の商品取引員である。
(2) 取引経過
ア 平成15年6月5日(以下,日付については,特に断らない限り,同年のことをいうものとする。),原告の自宅に,●●●が電話の上訪れ,商品先物取引についての資料を交付し,原告に商品先物取引の勧誘をしたが,原告は,その日は取引をすることを承諾しなかった。
イ 同月6日,●●●と被告外務員の●●●が原告宅を訪れ,●●●らは,商品先物取引の仕組みや取引中の留意点等について記載された「商品先物取引委託のガイド」という小冊子(乙4の1)や,商品先物取引の危険性,委託追証拠金及び予測が外れた場合の売買対処方法についての説明を記載した書面(乙2)等を用いて,取引の仕組み,内容,リスク等及び金の値動きや相場状況の見通しについて説明した。
ウ 原告は,これらの説明を受け,商品先物取引は,株式取引より元手がかかるようなもので,儲かることもあるが損をすることもあるが,損の程度も十数万円程度の損ならば仕方がないとか,被告が原告から預かった現金を,金を買うなどして運用するというようなものと考え,ちょっとの間だけならやってみようかと考えた。
エ そこで,●●●らは,50枚(委託証拠金300万円)で取引を始めることを勧めたが,このとき,●●●らは,原告の資産や収入,生活状況,以前に原告が行っていた事業や株式取引の具体的な内容について確認をしなかった。
オ 原告は,約諾書(乙1)に署名し,定額貯金を担保に300万円を借り入れて,委託証拠金として●●●らに手渡した。このとき,原告は,「今般貴社において商品先物取引を行うに当たり私はガイド等の説明を十分に受け取引の仕組リスク追証拠金制度等について十分理解しましたそのうえで自分の意志で取引を行います」「預託する証拠金等はすべて自己資金の範囲内で無理のない取引を行います」などと記載のある申出書(乙3)を作成し,「新規委託者の皆様へのアンケート(1回目)」と題する書面(以下「アンケート」という。乙5)にも,取引内容等について理解できたとする項目に丸をつけて●●●らに交付したが,申出書(乙3)は,●●●らから渡されたひな形をみてそのまま書いたものであった。
カ 同月9日,東京工業品取引所における金の先物取引が,同月10日には同取引所における白金の先物取引が開始された。取引経過は別紙1及び2記載のとおりである。
キ 同月9日,●●●らが原告宅を訪れ,原告に対し,相場が下がっていて損をするから,このままでは元金がなくなる,その元金を助けるために,また300万円を振り込む必要があるなどと言い,原告は,これを受けて,300万円を委託証拠金として預託することとし,定額貯金を担保に300万円を借り入れて,●●●らに交付した。
ク 同月10日,被告仙台支店営業部長●●●(以下「●●●」という。)が原告の自宅を訪れ,原告に対し,前日と同様の説明をした。原告は,●●●の勧めに応じて,600万円を委託証拠金として預託し,白金の先物取引も始めることにした。そして,原告は,七十七銀行荒巻支店から定期預金を担保に300万円,郵便局から簡易保険を担保に300万円を借り入れて,いずれも●●●に交付した。
その後も,原告は,被告の外務員から,委託証拠金の追加や,ガソリンの取引を勧められ,生命保険を担保に300万円を借り入れる準備をしたが,それ以上取引を拡大することに不安を覚え,委託証拠金の追加はせず,ガソリンの取引の開始にも応じなかった。
ケ 原告は,本件取引を開始した後,被告から,「売買報告書及び計算書」の交付を受け,残高照合回答書に署名押印の上,被告に提出した。原告は,これらの書類によっても,本件取引の内容について十分に理解はしなかったが,損益差金がマイナスになっていることから,損失が生じていることは理解した。そこで,取引開始の数日後,原告は,被告の外務員に対し,取引を止めたいという意向を示し,さらにもう1度,同様の意向を示したが,元金くらいは戻ってきてほしいという気持ちもあったことから,結局,取引を終了するには至らなかった。
コ 原告は,7月1日,仙台弁護士会法律相談センターに相談したところ,同センターから原告代理人を紹介された。原告代理人は,被告に対し,同月2日付け内容証明郵便ですべての建玉を直ちに仕切るよう催告したところ,同月3日にすべての建玉が手仕舞いされ,同月11日に残金350万1325円が返還された。
2 争点(1)について
(1) 適合性原則違反について
前記1(1)アのとおり,原告は,尋常高等小学校小学部を卒業しており,本件取引当時,80歳を超える高齢で,主として年金で生計を立てていて,その有する預貯金等も基本的には老後の蓄えとしての性格のものであるが,相応の資産を有しており,自営業を長年営み,株式取引の経験も有するのであるから,商品先物取引に関する適格性が全くないとまでいうことはできない。
(2) 断定的判断の提供及び説明義務違反
ア 商品先物取引は,商品を将来の一定時期に物を受け渡しすることを約束して,その価格を現時点で決める取引であるが,商品の価格は様々な要因で常に変動するものであるから,その予測は困難であるし,取引の担保として委託する証拠金は,総取引金額に比べて少額であるため,委託証拠金からみれば何倍もの利益を生むこともあれば,預託した委託証拠金以上の損失を被ることもある,ハイリスク,ハイリターンな取引であり,極めて高い投機性を有する取引である。
そのため,商品取引員が顧客に商品先物取引の勧誘をするに当たっては,顧客が商品先物取引のこのような性格を理解できるようその仕組みや危険性について説明する義務がある。
イ そして,原告は前記のとおり高齢であることに加え,取引開始当時の原告の状況によれば,原告に商品先物取引の経験がないことは被告の外務員には容易に知り得たというべきであるから,原告に商品先物取引の仕組みや危険性を理解させるには,このような原告の状況に応じた十分な説明をすべきであったというべきである。しかし,被告の外務員である●●●らは,原告に商品先物取引の勧誘をした際,原告に,前記1(2)ア,イのとおり商品先物取引の仕組みや危険性について説明をしたものの,原告は,前記1(2)ウのとおり,これらの説明によっても,商品先物取引は儲かることもあるが損をすることもあるとは認識したものの,株式取引との違いも明確には認識しておらず,生じ得る損失も大きなものとは思っていなかったのであるから,●●●らが,商品先物取引の仕組みや危険性について,原告が十分に理解できる程度の説明をしたものとは認めることができない。
また,原告は,前記1(2)オのとおり,申出書(乙3)を自筆で作成しているが,これは,●●●らから示されたひな形を見てそのまま作成したものであるから,原告がこれを作成したからといって,商品先物取引の仕組みや危険性について十分に理解していたということはできないし,このような申出書の作成経緯に照らせば,原告は,アンケート(乙5)の回答に際しても,被告の外務員の示唆に従って記載したものと推認される。
他に被告の外務員が説明義務を果たしたことを認めるに足りる証拠はない。
ウ なお,原告は,●●●らが,商品先物取引は銀行や郵便貯金よりも有利で安全だと言って勧誘した旨の主張をし,甲11にはそれに沿う記載があるが,原告本人は,その点については曖昧な供述をしており,また,商品先物取引は,儲かることもあるが損をすることもあるという説明を受けたとか,数十万円程度の損ならば仕方ないと思っていた旨の供述をしていることによれば,商品先物取引が確実に利益が出る取引であるという趣旨の説明をしたとまでは認めることはできない。
(3) 無意味な反復売買及び違法な両建の勧誘
ア 本件取引の内容は別紙1及び2記載のとおりであるが,東京工業品取引所における金及び白金の取引は,ザラバ市場(1回の注文でも約定の段階で何回にも分かれて成立する仕組み。)であることを考慮すると,本件取引が行われた期間(6月9日から7月3日までの25日間)における取引回数は18回であり,建玉数(10回)を基準にした売買回転率(1か月当たりの取引回数)は12回となる。また,この本件取引における売り直し(既存の建玉を仕切って,同一日内に同じ建玉をすること。),両建(同一商品の建玉と反対の建玉をすること。),不抜け(売買では利益だが,手数料を支払ったら損になるような取引。),日計り(1日のうちに,新たな建玉をして,それを仕切ること。)については,別紙3のとおりである。また,前記第2,1(4)のとおり,本件取引による原告の売買差損は合計441万0500円,その委託手数料は合計389万3500円,委託手数料の消費税は19万4675円であるから,これらの合計額に対する委託手数料の割合は,45.8パーセントとなる。
イ 証人●●●は,売り直し,両建,不抜け及び日計りについて,一定の場合には合理性がある場合がある旨の供述をするが,これらの取引方法に全く合理性がないかどうかはともかくとしても,これらの取引方法の内容に証人●●●の証言を併せ考えれば,これらの取引方法に合理性がある場合は限られるのであって,これらの取引方法は,一般的には経済的合理性に問題があるものというべきであるから,これらの取引を行うか否かについては,商品の需給や価格の動向等について見通しをもった上で,取引上採りうる他の方法との利害得失も考慮の上判断する必要があるものというべきである。しかし,本件では,これらの取引が,取引の開始から間もなく行われるようになり,短期間で繰り返し行われているところ,原告の商品先物取引についての経験や理解の程度に照らせば,これが原告自身の判断で行われたとはみることはできず,これらの取引は,被告の外務員の勧めによるなど,その意向が強く働いたことによるものと推認される。そして,被告の外務員が,これらの一般的には経済的合理性に問題がある取引を,商品先物取引の経験がほとんどない原告に勧めて,その委託を受けることは,社会的相当性を欠く違法なものといわざるを得ない。
証人●●●は,これらの取引は,その時の価格の動向を踏まえ,原告との話し合いの上,原告の意向に従って行ったものである旨の供述をするが,前記認定に照らして採用することができない。
(4) 新規委託者保護義務違反
ア 被告は,受託業務管理規則において,商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託については,3か月間の習熟措置を設け,その期間は,委託者の保護育成を図るため,委託者の売買取引証拠金額(本証拠金の合計額。追証拠金,臨時増証拠金,定時増証拠金は除く。)は,委託者が口座設定申込書に記入した「今回の取引における投下予定資金」(当初「3ヶ月間」の取引予定資金)の70パーセント相当額とするものと定めている。この定めがおかれた趣旨は,商品先物取引が極めて高い投機性を有することから,知識及び経験に乏しく,資金的にも余裕がない一般投資家が参入することには大きな危険を伴うため,一定の期間を習熟期間とし,受託者において,新規委託者が取引経験を積んで,自らの判断に基づいた取引ができるようになるように保護育成することを図ることによるものと解される。同趣旨の新規委託者保護育成に関する規定は,他の商品取引員においてもみられるところである。
イ 前記1(2)エないしクのとおり,原告は,被告に対し,委託証拠金として,6月6日に300万円,同月9日に300万円,同月10日に600万円の計1200万円を交付し,同月9日には合計100枚(委託証拠金600万円)の建玉がされ,同月10日にはさらに100枚の建玉がされている。このような取引は,前記の原告の資産の状況や取引経験に照らせば,余裕資金の範囲を超えるものであることは明らかである。
なお,証人●●●は,取引開始時の委託証拠金の額について,●●●が120万円で始めてはどうかという提案もしたが,原告が300万円で始めると決めた旨の供述をするが,前記の原告の先物取引の理解の内容や,資産の状況に照らしても,原告が元々多額の取引をしようとしていたことは窺われないのであるから,取引開始時の委託証拠金の額については,被告の外務員の意向が強く働いたものと推認される。また,●●●の陳述書(乙10)には,委託証拠金の追加は,原告の建玉に値洗い損が出たことから,被告の外務員と原告が対応を協議した結果,原告が自ら預託すると言ったもので,白金の取引を始めたのも原告の意向である旨の記載がある。しかし,当時の原告の先物取引についての理解や資産状況に照らすと,取引を始めた直後に原告の建玉に値洗い損が出たからといって,原告がさらに委託証拠金を前記の程度に追加してまで取引を拡大するとまでは考え難く,これについてもやはり被告の外務員の意向が強く働いたものと推認される。
ウ そして,証人●●●は,原告が300万円を投下すると決めたのであるから,これは余裕資金の範囲内だと考えたとか,原告が口座設定申込書に記載したはずである投下予定資金の範囲については具体的に記憶がないと供述しており,取引の開始に当たり,被告の外務員が原告の資産の状況や余裕資金の程度について具体的に確認した形跡は窺われない。また,証人●●●も,前日までの取引の状況を見て,原告は資金的に余裕があるとか,説明を十分にした上での本人の指示による取引がされていたと確信していた旨の供述をするのみで,委託証拠金を追加するに当たり,原告の資金内容を具体的に確認し,余裕資金の範囲内で新規委託者との取引を行おうとした形跡は認められない。そして,前記のとおり,被告の外務員は,原告には商品先物取引の経験がないことを容易に知り得たもので,また,原告の年齢や生活状況に照らせば,原告が年金で生計を立てており,預貯金等は基本的には老後の蓄えとしての性格を持つものであることを知ることが容易であったにもかかわらず,原告の余裕資金の程度や取引の知識経験について十分に確認をすることもなく,前記のような取引をさせたのであるから,新規委託者保護育成義務に違反していたものというべきである。
(5) 仕切拒否
前記1(2)ケ,コのとおり,原告は,取引の状況がマイナスになっていることから,取引開始の数日後から2回,被告の外務員に対し,取引を止めたいという意向を示したことがあったが,元金くらいは戻ってきてほしいという気持ちもあったことから,結局は,原告代理人を通じて7月2日付けですべての取引を直ちに仕切るよう依頼する7月3日まで,取引の停止を申し出なかったものである。
そして,被告は,この申出を受けて7月3日に手仕舞いをしているのであるから,被告に原告の指示に反する仕切り拒否があったということはできない。
(6) 以上のとおり,被告の外務員である●●●及び●●●らには,商品先物取引の経験がない原告に対し,商品先物取引の仕組みや危険性について原告が十分に理解することができるような説明をすることなく,原告に商品先物取引を勧誘して取引の委託を受け,委託から5日(取引開始から2日)の間に,その余裕資金等について十分な確認をすることなく,余裕資金を超えることが明らかな1200万円の委託証拠金を受領し,取引期間を通じて,原告に一般には経済的合理性に問題がある両建等の取引を行わせたものであり,これらの一連の行為は,原告のように経験の十分でない一般投資家から取引の委託を受ける商品取引員の行為としては著しく社会的相当性を欠くもので,これらの被告の外務員の行為は,全体として不法行為を構成するというべきである。そして,被告の外務員のこれらの行為が,被告の事業の執行として行われたことは明らかであるから,被告は,これにより原告に生じた損害を賠償する義務がある。
3 争点(2)について
(1) 前記第2,1(5)のとおり,本件取引による原告の売買差損は441万0500円,その委託手数料は合計389万3500円,委託手数料の消費税は19万4675円であるから,その合計である849万8675円の損害を被っており,これは,被告の外務員の原告に対する前記の不法行為によって生じたものと認められる。
(2) しかし,原告も,被告の外務員から商品先物取引に関する資料の交付を受け,その説明も聞いていたのであるから,その社会経験に照らせば,商品先物取引の仕組みや危険性について理解し得る状況にあったということができること,原告は,取引開始の直後から,当初考えていたよりも大きな差損が生じていることを認識していたにもかかわらず,取引を継続していたこと等の前記認定の事実を考慮すると,本件取引による損失が発生し,それが拡大したことにつき,原告にも落ち度があったものと認められるので,本件においては,原告の過失の割合を2割として,過失相殺をするのが相当である。
(3) 以上によれば,原告の損害額は,(1)の損害の合計額(849万8675円)の8割である679万8940円となる。そして,本件事案の内容に照らせば,本件において,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,70万円と認められる。
(4) したがって,被告は,原告に対し,前記の不法行為による損害として,以上の合計額749万8940円を賠償するべきである。
4 よって,原告の本訴請求は,不法行為に基づく損害賠償として749万8940円及びこれに対する不法行為の日(手仕舞い前の最終取引日)である平成15年6月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 岡田伸太)
<以下省略>