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仙台地方裁判所 平成15年(ワ)635号 判決 2007年9月07日

主文

1  被告Y2及びY3は,原告番号1番に対し,連帯して1100万円及びこれに対する平成15年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告番号1番の被告Y2及びY3に対するその余の請求並びに被告国に対する請求をいずれも棄却する。

3  原告番号2番から原告番号6番の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用の負担は,次のとおりとする。

(1)  原告番号1番と被告Y2及びY3との間に生じた訴訟費用は,これを3分し,その2を同原告の負担とし,その余を同被告らの負担とする。

(2)  原告番号1番と被告国との間に生じた訴訟費用は,すべて同原告の負担とする。

(3)  原告番号2番から原告番号6番と被告らとの間に生じた訴訟費用は,すべて同原告らの負担とする。

5  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1編請求

1  被告国,被告Y2及びY3は,原告番号1番に対し,各自,3300万円及びこれに対する平成15年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告国,被告Y2,Y3及び被告Y4は,原告番号2番に対し,各自,3300万円及びこれに対する平成15年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告国,被告Y2及び被告Y3は,原告番号3番に対し,各自,6600万円及びこれに対する平成15年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告国,被告Y2及び被告Y3は,原告番号4番に対し,各自,3300万円及びこれに対する,被告国については平成15年11月18日から,被告Y2及びY3については平成15年11月20日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被告国,被告Y2及び被告Y3は,原告番号5番に対し,各自,3300万円及びこれに対する,被告国については平成15年11月18日から,被告Y2及び被告Y3については平成15年11月20日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被告国,被告Y2及び被告Y3は,原告番号6番に対し,各自,6600万円及びこれに対する平成18年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2編事案の概要

第1概要

1  本件は,原告ら6名が,血液製剤の投与によりC型肝炎ウイルス(以下「HCV」ともいう。)に感染し健康被害を被ったとして(ただし,原告番号2番は,本訴係属中に死亡した原告の相続人の1人として,その訴訟を承継した。),被告各製薬会社に対しては不法行為に基づき,被告国に対しては国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,それぞれ損害賠償を求める事案である(遅延損害金の起算日は各訴状送達の日の翌日である。)。

2(1)  原告らが問題とする血液製剤は,大きく分けて以下の4種類である。

ア  フィブリノゲン製剤

(ア) 非加熱のフィブリノゲン製剤(昭和39年6月製造承認)

(イ) 加熱処理のあるフィブリノゲン製剤(昭和62年4月製造承認)

イ  血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤(以下「第Ⅸ因子複合体製剤」という。)

(ア) クリスマシン(昭和51年12月製造承認)

(イ) PPSB-ニチヤク(昭和47年4月製造承認)

(2)  非加熱のフイブリノゲン製剤,加熱処理のあるフィブリノゲン製剤及びクリスマシンは,Aが製造,販売した血液製剤である。原告らは,Aの不法行為に基づく損害賠償債務を被告Y2及び被告Y3が合併等により承継したと主張している。

PPSB-ニチヤクは,被告Y4が製造,販売した血液製剤である。

3  原告らが問題とする行為は,以下のとおりである。

(1)  非加熱フイブリノゲン製剤について

ア  Aの過失行為

(ア) 昭和39年6月における適応限定義務違反

非加熱フィブリノゲン製剤の製造承認時(昭和39年6月)において,後天性低フィブリノゲン血症を適応から除外せず,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定しなかった。

(イ) 昭和53年における適応限定義務違反

昭和53年の時点において,後天性低フィブリノゲン血症を適応から削除せず,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定しなかった。

(ウ) 昭和53年における指示・警告義務違反

昭和53年の時点において,製剤の肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等について適切な指示・警告をしなかった。

イ  厚生大臣の違法な権限の行使又は不行使行為

(ア) 昭和39年6月における製造承認

非加熱フィブリノゲン製剤の製造承認(昭和39年6月)に当たり,その適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定せず,後天性低フィブリノゲン血症を適応に含めた。

(イ) 昭和53年までにおける規制権限の不行使

a 遅くとも昭和53年の時点において,後天性低フィブリノゲン血症を非加熱フィブリノゲン製剤の適応から除外せず,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定しなかった。

b 遅くとも昭和53年の時点において,Aに製剤の肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等についての適切な指示・警告を行わせ,あるいは自らこれを行わなかった。

c 昭和46年12月の再評価開始時,昭和50年7月の血液・体液用剤の指定時,昭和53年10月の最終指定時において,非加熱フィブリノゲン製剤を再評価指定しなかった。

(2)  加熱フィブリノゲン製剤について

ア  Aの過失行為

(ア) 昭和62年4月における適応限定義務違反

加熱フィブリノゲン製剤の製造承認申請時(昭和62年4月)において,後天性低フィブリノゲン血症を適応から除外せず,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定しなかった。

(イ) 昭和62年4月における指示・警告義務違反

加熱フィブリノゲン製剤の製造承認申請時(昭和62年4月)において,製剤の肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等について適切な指示・警告をしなかった。

イ  厚生大臣の違法な権限の行使又は不行使行為

(ア) 昭和62年4月における製造承認

加熱フィブリノゲン製剤の製造承認(昭和62年4月)に当たり,その適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定せず,後天性低フィブリノゲン血症を適応に含めた。

(イ) 昭和62年4月における規制権限の不行使

加熱フィブリノゲン製剤の製造承認(昭和62年4月)に当たり,Aに対し製剤の肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等についての適切な指示・警告を行わせ,あるいは自らこれを行わなかった。

(3)  クリスマシンについて

ア  Aの過失行為

(ア) 昭和51年12月における適応限定義務違反

クリスマシンの製造承認時(昭和51年12月)において,後天性疾患を適応から除外せず,適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかった。

(イ) 昭和51年12月おける指示・警告義務違反

クリスマシンの製造承認時(昭和51年12月)において,製剤の肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等について適切な指示・警告をしなかった。

(ウ) 昭和54年末における適応限定義務違反

昭和54年末の時点において,後天性疾患を適応から除外せず,クリスマシンの適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかった。

(エ) 昭和54年末における指示・警告義務違反

昭和54年末の時点において,クリスマシンによる肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等について適切な指示・警告をしなかった。

(オ) 昭和58年8月における適応限定義務違反及び回収義務違反

昭和58年8月の時点において,後天性疾患を適応から除外せず,クリスマシンの適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかった。また,クリスマシンを市場から回収しなかった。

イ  厚生大臣の違法な権限の行使又は不行使行為

(ア) 昭和51年12月における製造承認

クリスマシンの製造承認(昭和51年12月)に当たり,その適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定せず,後天性疾患を適応に含めた。

(イ) 昭和51年12月における規制権限の不行使

クリスマシンの製造承認(昭和51年12月)に当たり,Aに製剤の肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等についての適切な指示・警告を行わせ,あるいは自らこれを行わなかった。

(ウ) 昭和54年末における規制権限の不行使

a 昭和54年末の時点において,後天性疾患をクリスマシンの適応から削除せず,適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかった。

b 昭和54年末の時点において,Aにクリスマシンによる肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等についての適切な指示・警告を行わせ,あるいは自らこれを行わなかった。

(エ) 昭和58年8月における規制権限の不行使

昭和58年8月の時点において,後天性疾患をクリスマシンの適応から削除せず,適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかった。同時点において,Aにクリスマシンを市場から回収させず,あるいは自らこれを回収しなかった。

(4)  PPSB-ニチヤクについて

ア  被告Y4の過失行為

(ア) 昭和47年4月における適応限定義務違反

PPSB-ニチヤクの製造承認時(昭和47年4月)において,後天性疾患を適応から除外せず,適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかった。

(イ) 昭和47年4月における指示・警告義務違反

PPSB-ニチヤクの製造承認時(昭和47年4月)において,製剤の肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等について適切な指示・警告をしなかった。

(ウ) 昭和54年末における適応限定義務違反

昭和54年末の時点において,後天性疾患を適応から除外せず,PPSB-ニチヤクの適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかった。

(エ) 昭和54年末における指示・警告義務違反

昭和54年末の時点において,PPSB-ニチヤクによる肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等について適切な指示・警告をしなかった。

イ  厚生大臣の違法な権限の行使又は不行使行為

(ア) 昭和47年4月における製造承認

PPSB-ニチヤクの製造承認に当たり,その適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定せず,後天性疾患を適応に含めた。

(イ) 昭和47年4月における規制権限の不行使

PPSB-ニチヤクの製造承認に当たり,被告Y4に製剤の肝炎感染の危険性,肝炎の重篤性等についての適切な指示・警告を行わせ,あるいは自らこれを行わなかった。

(ウ) 昭和54年末における規制権限の不行使

a 昭和54年末の時点において,後天性疾患をPPSB-ニチヤクの適応から削除せず,適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかった。

b 昭和54年末の時点において,被告Y4にPPSB-ニチヤクによる肝炎感染の危険性,肝炎の重熱性等についての適切な指示・警告を行わせ,あるいは自らこれを行わなかった。

4  各原告の主張する,製剤投与を受けた年月日,製剤名,請求金額等は,次ページの「原告らの主張一覧表」<省略>記載のとおりである。

第2編前提となる事実<省略>

第3編争点及び当事者の主張<省略>

第4編当裁判所の判断(総論)

第1章責任論

第1節基本的な考え方

第1製薬会社の責任

1  製薬会社の安全性確保義務

医薬品は,本来人体にとって異物であるから,治療上の効能,効果とともに,有害な副作用(生物学的製剤における病原微生物による感染症を含む。以下,同じ。)の危険性を避け難いものである。そのため,製薬会社が製造,販売を許される医薬品は,その治療上の効能,効果と副作用とを考慮して,当該適応についての有用性が認められるものに限られる。

また,製薬会社は,薬事法等の規制の下に,人の生命,身体に危害を及ぼすおそれのある医薬品を業として製造,販売するものであるから,これに伴う法的責任として,医薬品の安全性を確保し,医薬品の投与を受ける患者に対する健康被害を可能な限り防止すべき注意義務(安全性確保義務)を負うべきものである。そして,薬害が発生すれば国民に甚大な健康被害を及ぼすおそれがあるところ,医薬品を製造,販売する製薬会社は,医薬品の有効性と副作用に関する情報を十分知り得るだけの施設と能力を備え、あるいはこれを備えることが期待されるのに対し,患者はもとより医師においても製薬会社から提供される情報を信頼する以外には個々の医薬品が有する危険性等を確認する方法がないのが通常であることを考慮すれば,製薬会社は,医薬品の製造,販売等に際し,薬事法の諸規定を遵守することはもとより,その時々の最高の医学,薬学等の学問的水準に基づき,副作用の危険を未然に防止するために最大限の努力を払わなければならないと解される。

そして,製薬会社がこのような医薬品の安全性確保義務に違反して,これを使用した患者に生命,身体に対する被害を発生させた場合には,製薬会社は当該患者に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになる。

2  安全性確保義務の具体的内容

(1)  製造,販売開始時点における注意義務

ア  適応限定義務

製薬会社は,医薬品の製造,販売の開始前に,その時点における最高の学問的水準にのっとり,調査研究を尽くし,当該医薬品の有効性を検証するとともに副作用の危険性を予見し,これに基づき有用性の判断を適切に行い,当該医薬品の有用性が認められない場合には,これを製造,販売してはならず,一部の適応にしか有用性が認められない場合には,当該医薬品の適応を有用性の認められる範囲に限定しなければならない。

イ  指示・警告義務

製薬会社は,医薬品の有用性が認められる場合であっても,製造,販売を開始するに際し,副作用の発生や拡大を防止するため,当該医薬品の副作用の危険,使用上の注意事項等について添付文書の記載等により適切な指示・警告をしなければならない。

(2)  製造,販売開始後における注意義務

ア  適応限定,製造,販売中止,回収義務

製薬会社は,製造,販売開始後も,その時々における最高の医学的,薬学的知見等により,当該医薬品の有効性,危険性及び有用性についての情報収集,調査研究を継続し,その結果,当該医薬品に有用性が全く認められなくなった場合は,即時に製造,販売を中止し,既に市場に流通している当該医薬品を回収するなど,当該医薬品が今後使用されないようにするための確実な措置を執らなければならず,一部の適応について有用性が認められなくなった場合は,承認を受けた効能,効果からその適応を削除しなければならない。

イ  指示・警告義務

製薬会社は,製造,販売開始後も,当該医薬品の副作用の危険が増大するなどした場合は,これについて適切な指示・警告をしなければならない。また,当該医薬品が適応外の疾患に使用され,あるいは注意事項を遵守せずに使用され,これにより副作用の危険が拡散する状況が生じている場合には,製薬会社は,適応及び注意事項の遵守について注意喚起し,副作用の発生や拡大が生じないように適切な指示・警告をしなければならない。

第2国の責任

1  厚生大臣の安全性確保義務

改正薬事法は,医薬品等の品質,有効性及び安全性の確保をその目的とし(1条),厚生大臣に医薬品の製造業者に対して保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するための応急の措置を採るべきことを命ずる権限を与える規定(69条の2)を置くなど,同法が医薬品の副作用等による国民の健康被害を防止するために厚生大臣に医薬品に対する各種規制権限を与えたものであることは明らかである。

これに対し,改正前薬事法は,医薬品の品質確保に重点を置いた規定の仕方となっており,医薬品の副作用や安全性という文言を用いた規定は存在しない。しかし,改正前薬事法も,医薬品の製造,販売等について各種の規制を設けているところ,このような規制の趣旨は,医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから,医薬品の安全性を確保し,不良医薬品による国民の生命,健康に対する侵害を防止するところにあると考えられる。また,改正前薬事法においても,医薬品の製造の承認は,用法,用量,効能,効果等を審査して行われるが(改正前薬事法14条1項),用法,用量の審査に当たっては,治療上の効能,効果とともに,当該用法,用量における副作用の発生とその危険性についても審査し判断しなければならないことをも考慮すれば,改正前薬事法の各種規制は医薬品の品質面における安全性のみならず副作用を含めた安全性の確保を目的とするものと解される。

したがって,厚生大臣は,改正前後を通じて,薬事法上,適正な権限の行使により,国民に対して医薬品の安全性を確保する義務を負うものと解される。

2  医薬品の製造承認に関する厚生大臣の権限及び職務上の義務

厚生大臣は医薬品を製造しようとする者から申請があったときは,それが医薬品として適当かどうかを審査し,承認を与えるか否かを判断するが,薬事法の上記目的に照らせば,厚生大臣は,特定の医薬品の製造承認に当たり,当該医薬品の副作用を含めた安全性についても審査する権限を有するものであり,その時点における医学的,薬学的知見を前提として,当該医薬品の治療上の効能,効果と副作用とを比較考量し,それが医薬品としての有用性を有するか否かを評価して,製造承認の可否を判断すべきものと解される。

そして,厚生大臣は,医薬品の適応のすべてについてその有用性が認められない場合には,当該医薬品の製造承認をしてはならないし,適応の一部についてのみ有用性が認められる場合には,その適応に限定して承認を行わなければならない。

したがって,厚生大臣が医薬品の製造承認に当たり,職務上通常尽くすべき注意義務を怠り,有用性の判断を誤った場合には,厚生大臣の権限の行使は,職務上の義務を怠ったものとして,国賠法1条1項の違法性を有することになる。

もっとも,厚生大臣が行う医薬品の有用性判断は,厚生大臣が,医薬品の効能,効果と副作用との比較考量により,高度に専門的かつ総合的な判断によってするべきものであるから,その性質上,そこには一定範囲の裁量性が認められるものと解される。

3  医薬品の製造承認以外の厚生大臣の権限及び職務上の義務

(1)  製造承認の取消し及び適応の限定

改正薬事法は,厚生大臣に対し,医薬品の製造承認後,当該医薬品が不承認事由のいずれかに該当するに至ったと認めるときは,当該医薬品の製造承認を取り消すべきことを義務付けている(74条の2第1項)。また,改正前薬事法にはこうした明文の規定はないものの,前記のとおりの改正前薬事法の目的及び医薬品の製造承認に当たっての厚生大臣の安全性に関する審査権限に照らすと,改正前薬事法においても,厚生大臣は,同様の権限を有していたものと解される。

したがって,厚生大臣は,医薬品が先に承認した適応のすべてに対して有効性,有用性を欠くに至った場合には,当該医薬品は製造,販売を許されないものであるから,その承認を取り消さなければならない。同様に,厚生大臣は,医薬品の適応の一部について有効性,有用性を欠くに至った場合には,いわば製造承認の一部取消し事由に当たるものとして,承認事項から当該一部の効能,効果の削除を命じなければならない。

もっとも,厚生大臣が行う上記の判断には,前記のとおり,一定範囲の裁量性が認められるものと解される。

(2)  医薬品による副作用被害防止のための措置

厚生大臣は,医薬品の有用性が認められる場合においても,その副作用による被害の発生を防止するため,薬事法に規定された各種権限を行使し,あるいは行政指導を行うことができるが,これらの権限を行使するについては,問題となる副作用の内容,発現率などを考慮し,随時,相当と認められる措置を講ずるべきものであり,措置の内容,時期,態様等については,その性質上,厚生大臣に一定範囲の裁量性が認められると解される。

厚生大臣の薬事法上の権限の行使についての上記のような性質を考慮すると,医薬品の副作用による健康被害が発生した場合に,厚生大臣が当該医薬品による副作用被害を防止するため各種権限を行使しなかったとしても,それが直ちに国賠法1条1項の適用上違法と評価されるものではなく,副作用を含めた当該医薬品に関するその時点における医学的,薬学的知見の下において,前記のような薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし,上記権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに,その不行使は,副作用による被害を受けた者との関係において,同項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁判所平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600ページ)。

第3医薬品の有用性

1  有用性判断の考慮要素及び基準時点等

医薬品の有用性は,医薬品の効能,効果(有効性)と副作用(危険性)との比較考量によって判断される。有効性に関しては,適応疾患の重篤性,医薬品の治療上の効果,代替医薬品の有無などが総合的に考慮の対象となり,危険性に関しては,医薬品による副作用の重篤性,その発現頻度などが総合的に考慮の対象となる。

これらの考慮事項は,研究,開発の成果などによる学問水準の向上,予期せぬ副作用の出現,医療環境の変化等によって時の経過と共に変化し得るものであるから,その内容は,原告らが問題とする各時点における医学的,薬学的知見に基づき判断すべきである。

2  有用性判断のスタンス

原告らは,医薬品の安全性の確保を強調する観点から,有効性の認定は厳格に,危険性の認定は緩やかに判断すべきであると主張する。

しかし,医薬品は国民の生命及び健康を保持する上での必需品であるところ,原告らが主張するような立場を前提とすれば,当該医薬品の持つ有効性が過小評価される一方でその危険性が過大評価される結果,本来当該医薬品によって保持され得る国民の生命,健康がその使用が認められないために失われるといった不合理な結果を招くことにもなりかねない。国民の生命,健康の保持を図るためには,効能,効果のある医薬品が適切に供給されることもまた極めて重要であることはいうまでもなく,有用性の判断は,有効性及び副作用の危険性の双方について中立的になされるべきである。これに反する原告らの主張は採用することができない。

3  有用性の主張立証責任

本件訴訟は,原告らが被告会社らの医薬品の製造販売に不法行為責任があること,厚生大臣の製造承認等の行為に国家賠償責任があることをそれぞれ主張して損害賠償を求めるものである。そして,各製剤の有用性は,原告らが主張する被告会社らの行為に過失があること,あるいは厚生大臣の職務行為が違法であることを基礎付ける事実であるから,原告らが有用性が否定されることを基礎付ける具体的事実について主張立証責任を負担するものと解すべきである。

第4有効性の判断方法

1  申請書添付資料の位置付け

原告らは,製造承認時における医薬品の有効性は製造承認申請書に添付された資料のみから判断すべきであり,これによって有効性が確認できない限り,当該医薬品の有効性は認められない旨主張するようである。

しかし,前記の意味での有用性の考慮要素としての有効性を判断するには,製造承認申請書の添付資料に限定することなく,広く各行為時点の知見を示す資料に基づきこれを判断すべきである。

2  比較臨床試験について

(1)  医薬品の効果確認方法の基準時点

医薬品の治療上の効果の確認方法も医学,薬学等の学問水準の向上に伴い進化するものであるが,前記のとおり,有効性は原告らが問題とする各時点における知見を前提として判断すべきものであるから,医薬品の効果も,当該時点において必要とされる確認方法によって判断されるべきである。

(2)  医薬品の効果確認方法の変遷

前提となる事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

ア  我が国においては,昭和32年に国立療養所東京病院長のA1が中心となって,抗結核薬について無作為化比較臨床試験が実施された。これらは医薬品の市販後の臨床試験として実施されたものであった。

(<証拠省略>)

イ  昭和35年に改正前薬事法が制定され,昭和36年2月に施行された。当時の薬事法施行規則20条は,製造承認申請に当たり提出すべき資料として,厚生大臣は必要と認めたときは医薬品の臨床成績等の提出を求めることができる旨を定めていた。しかし,臨床試験成績の具体的内容については,通達・通知等で何ら定められてはいなかった。

(<証拠省略>)

ウ  厚生省薬務局監修「医薬品製造指針(1962年版)」(昭和37年)は,当時の担当官らが示した承認許可事務の詳細な技術的解説書であり,同指針では,新医薬品製造承認申請書添付資料として「臨床実験に関する資料」を要求し,臨床実験について,「2カ所以上の十分な施設がある医療機関において,経験ある医師により,原則として合計60例以上について効果判定が行なわれていること。なお当該資料中2カ所以上は専門の学会に発表し,または学界雑誌あるいはこれに準ずる雑誌に掲載され,もしくは掲載されることが明らかなものであることを要する。」とした。また,「この症例数については2カ所以上合計60例以上との線が出ているがしかしその内容が問題で,提出された資料に基づいて,その可否を判断する以上,先ず第一に臨床家自身の意見が示されていなければならない。次にその資料が相当権威あるものでなければならない。すなわち『十分な施設がある医療機関において,経験ある医師により臨床が行なわれたもの』あるいはその資料が『専門の学会に発表されたもの,または学界雑誌あるいはこれに準ずる雑誌に掲載され,もしくは掲載されることが明らかなもの』との条件が必要になってくる訳である。」と解説されていた。しかし,臨床試験の具体的方法等については何ら記載がなかった。

(<証拠省略>)

エ  サリドマイド事件を契機として,1962年(昭和37年)に,米国で,食品,薬品及び化粧品法のキーフォーバー・ハリス修正法が制定され,新薬の承認審査においては,申請者に,「適切かつ十分な対照比較による臨床試験からなる本質的証拠」の提出が求められることとなった(<証拠省略>)。

オ  「医薬品製造指針(1966年改訂版)」(昭和41年)は,「臨床実験に関する資料」について,「実際に要求される例数は,個々の品目により必要数が異なるので一概にはいえないが,少なくとも5カ所150例程度の症例を蒐集することが望ましい。」と解説し,その1962年版よりも例数を増やしたほか,「実験結果に対しては出来得るかぎり客観的な評価が望まれる。それ故,実験計画にあたっては,必要ならばダブルブラインド法を採用するなど慎重な配慮を要する。」との記載を加え,初めてダブルブラインド法(二重盲検法)について触れた。しかし,臨床実験の内容については,「次に,その内容が問題で,提出された資料に基づいて,その可否を判断する以上,まず第一に臨床家自身の意見が示されていなければならない。また,その資料が相当権威あるものでなければならない。」とし,従来の方針を踏襲していた。

(<証拠省略>)

カ  厚生省は,医薬品の製造承認等について従来から慣行的に行われてきたところを集大成するとともに,新しい方針を併せて,昭和42年9月に基本方針を,同年10月に基本方針の取扱いを策定し,製造承認申請の添付資料を明確化した。これらによると,臨床試験成績資料に関して,新医薬品のうち化学構造又は本質,組成が全く新しいものについては,「5カ所以上150例以上,1主要効能当たり2カ所以上,1カ所20例以上」とされ,かつ「精密かつ客観的な考察がなされているものであること」が要求されることとなった。しかし,その具体的な内容については,明示されなかった。

また,厚生省は,「医薬品の製造承認等に関する基本方針にかかる別紙2の取扱いについて」(昭和43年3月15日薬製第112号薬務局製薬課長通知)を定め,この中で,臨床試験資料について,適応,疾患の症例総数自体が少ないものについては,実施可能な例数でよいとした。

(<証拠省略>)

キ  椿広計・佐藤倚男ら「誰がための臨床統計?わが国で実践された『患者の立場』からの臨床評価の原則と統計的方法の役割」(統計数理(1998)第46巻第1号97-115)には,基本方針が出たころの我が国の状況として,「長期間にわたって輸入薬に依存し,評価は権威者の経験や輸出国の研究に依存していた。二重盲検法を用いた臨床試験自体は,1957年以降,抗結核剤,精神安定剤,精神薄弱へのグルタミン酸などで先駆的に実施されてきた。しかし,新薬の承認審査での申請資料のほとんどは使用経験の集積に過ぎなかった。」との記載がある(<証拠省略>)。

ク  昭和45年5月19日の第63回国会衆議院決算委員会において,医薬品の有効性評価について,3人の参考人からの意見聴取が行われた(<証拠省略>)。

(ア) 東邦大学教授で,中央薬事審議会の医薬品特別部会の臨時委員,新医薬品調査会の副座長であった桑原章吾は,参考人として,次のとおり意見を述べた。

同教授らは,10年くらい前から,自然治癒の傾向が大きい疾患,治癒の判定が客観的な資料に頼れないような病気及び薬理学的に効力の裏付けが難しいような薬品の評価については,主観とか偏りの入らない比較試験を行うべきことを主張してきた。しかし,臨床部門の各学会の比較試験の価値に対する認識がまちまちであったことも原因して,その実現はされなかった。

我が国においても,昭和37年に塩酸モルホリノビグアナイドのインフルエンザに対する効果判定には,かなり綿密な比較試験が評価に用いられている。また,向精神薬については,昭和40年以降二重盲検法が採用されている。昭和42年に行われた医薬品製造承認基本方針の改正により,臨床試験については,客観的かつ精密な資料の整備が特に強調され,昭和45年当時においては,精神神経科領域のほかに鎮痛剤,鎮静剤,催眠剤など,効果の判定に主観が入りやすい疾患あるいは薬剤,自然治癒傾向の大きい疾患については,基準の薬剤を使うか,あるいはプラシーボ群を含む二重盲検試験が行われる建前になっている。

(イ) 東京大学講師であったA2は,参考人として,次のとおり意見を述べた。

昭和32年に,結核病の領域において,A1・国立療養所東京病院長らが抗結核薬の比較試験を行った。しかし,結核という特殊領域であったためであろうか,一般の薬の領域には普及に至らなかった。

我が国ではこうした科学的な薬効判定法は普及していない。

(ウ) 国立衛生試験所長で中央薬事審議会の会長であったA3は,政府委員として,次のとおり意見を述べた。

二重盲検法については,学者でも大変議論があるところである。二重盲検法を本当に活用し,その価値を発揮するためには,二重盲検,薬に対する知識について訓練された医師の養成,二重盲検法を実行する環境,施設,そういうテストをする患者を十分に自由に駆使できるような環境がすべてそろう必要がある。そういう意味において,日本では,非常に困難な実情にある。

薬によっては二重盲検法が不適当,危険な場合がたくさんあるし,臨床的知見が薬の発見につながることは非常に多く,臨床家の結果が科学的な方法をもってやらなければ無価値だという考え方は具合が悪い。

ケ  A1が昭和45年4月3日に第67回日本内科学会講演会において行った講演をまとめた「薬物療法の臨床評価」(「日本内科学会雑誌」59巻7号別刷・昭和45年7月)は,科学的な薬効判定のために比較臨床試験が必要であることを説いている。

この中には,当時の我が国における比較臨床試験の実施状況について,「日本の名の通った医学雑誌にのった治療論文のうちほぼ満足すべきcontrolがなされているものは1964年には4%にすぎなかったが今日(1969年)では10%に達した。しかし対照試験という考えが全く顧りみられていないものがかつては72%,今日もなお79%を占めている。対照試験の報告が50%に及んでいる英米に比し著しく立ち遅れている。日本では新薬の審査がいくらかきびしくなったため,最近発売を許可された新薬についての臨床報告をしらべると,少なくとも一編の対照試験報告を含んでいる薬剤は12.3%である。しかし多くの報告は何例につかって何例有効であったという形のものであるから報告数を分母にすると対照試験は0.8%にすぎない。比較的対照試験がよく行なわれているのは精神安定剤,気管支拡張剤,鎮痛剤などである。」との記述がある。

(<証拠省略>)

コ  昭和46年7月7日に出された薬効問題懇談会の答申(<証拠省略>)は,再評価の対象とする医薬品の範囲を,原則として昭和42年10月以降に承認された新医薬品並びに医療用配合剤を除くすべての医薬品とすべきであるとした。その理由としては,昭和42年10月以降は,同年9月以前に比べ,① 基本方針により新医薬品の製造承認に必要な資料の範囲とその内容が明示されたこと,② 臨床試験に二重盲検法を含む比較評価が広く実施されるようになったことなどの点で医薬品の製造承認の取扱いが著しく改善されたことを挙げている。

そして,同答申は,臨床試験の実施状況に関する認識として,「かつては,原則として一主要効能につき2か所以上の医療機関において,合計60例以上の治験例を集積することが要求されていたが,このような少数の単純な治験例のみでは有効性を確認するには不十分である。その後治験例数の増加と比較の概念の導入が逐次行なわれ,現行では5か所以上の医療機関において,合計150例以上の治験例の集積が必要であり,その上治験例については,精密かつ客観的な観察が要求され,特殊な医薬品を除き,原則として二重盲検法等の比較試験法を採用した治験成績が重要な資料となっている。」としている。

さらに,臨床評価における比較試験の必要性について,「病気にはそれぞれ軽重があり,かつその経過には自然の動揺がある。また薬の作用は個人により,その上同一個人であってもその場の条件により異なるのが普通である。したがって単に治験薬だけを用いて,病気の経過を観察した場合,医師あるいは患者の主観なり先入観なりの混入を避けることがむずかしく,科学的な効果の判定が困難になる場合がある。したがって薬効を科学的に判定するには,十分に吟味した判定基準を設定し,比較のための適切な対照を置き,相対的に評価する方法によることが原則的に必要である。あらかじめ薬効に影響を及ぼし得る因子について,患者を分類して適当な層別を行ない,それぞれの層について治験薬と対照薬(標準薬または偽薬)とを無作為に割りつけ,確率的に比較の等質性を確保する措置が必要である。この無作為化は試験成績を統計的に吟味するための不可欠の条件でもある。」,「平等の条件下における比較の原則が計画に十分反映されたとしても,治験医,患者のどちらか,あるいは両者に心理的な影響が働いて,治験薬と対照薬との薬効の差以外のかたよりが成績に介入する恐れがある場合には,治験医,患者も,治験薬と対照薬のどちらを用いたかを知ることのできないような方法すなわち,二重盲検法の利用が必然的に問題となる。二重盲検法は,その方法論からみて医師の倫理に反してまで行なうべきではない。この方法を採用する場合には,治験医および被験者の試験内容に対する十分な理解が必要である。」としている。

一方で,同答申は,再検討の具体的な方法について,「膨大な数にのぼる再検討の対象医薬品の個々の品目について,実験によってその有用性を検討することはもちろん不可能であるから,専門調査会では前臨床試験あるいは臨床試験を実施することなく,当該品目の製造業者が収集整理した資料について検討することを原則とする。」,「なお必要あるときは,資料の基礎となる原著論文の提出,あるいは試験の実施を求める場合がある。」,「ただし,学問的に有用性が明らかなもので,部会が認めた範囲の品目,用法,用量ならびに効能効果に関する部分については,別紙2の資料(臨床試験を含む研究論文の項目及び要旨)の提出を省略することができるものとする。」としていた。

サ  昭和47年に佐藤倚男らが中心となってコントローラー委員会が設立された。同委員会は,臨床医学,臨床薬理学,統計学の専門家及び弁護士等から成り,行政及び製薬会社から独立した第三者的立場で,臨床試験のデザイン,実行,効果判定などのプロセスに関与し,その結果を機関誌「臨床評価」に公表するなどの活動を通じて,臨床試験の科学性,信頼性,倫理性を向上させ,比較臨床試験を定着させることを目的としていた。同委員会のメンバーには,中央薬事審議会の委員等も多数参加していた。

(<証拠省略>)

シ  「医薬品製造指針(1972年版)」(昭和47年)は,臨床試験成績資料について,「精密かつ客観的な考察がなされているものであること」との記載が加わったほかは,基本的には1966年版の内容と同じである。

また,例数については,基本方針の取扱いのとおり,原則として5か所以上の医療機関において,1か所20例以上合計150例以上とされているが,これは飽くまでも原則であり,実際には個々の品目により必要度が異なるので一概にはいえないとしていた。

(<証拠省略>)

ス  昭和48年3月24日に一部改正された医薬品再評価における評価判定は,有効性の判定区分及び判定基準について,以下のとおり定めている(<証拠省略>)。

「 (1) 有効であることが実証されているもの

① 『*適切な計画と十分な管理による比較試験』の結果により,有効と判定されたもの。

② 従来知られている疾病の症状あるいは経過を明白かつ異論なく軽減あるいは短縮すると認められるもの。(例 麻酔剤,抗がん剤,ビタミン・ホルモン等欠乏症治療剤,化学療法剤等)

(2) 有効であることが推定できるもの

① 計画,管理などの点で,不十分な比較試験であっても,有効とみなし得るもの(4/5以上の同意を得られたもの)。

② 従来知られている疾病の症状あるいは経過を軽減あるいは短縮すると推定されるもの(4/5以上の同意を得られたもの)。

③ (1)において全員の同意を得られなかったが,なお2/3以上の同意を得られたもの。

(3)  有効と判定する根拠がないもの

(1)および(2)以外のもの。

*『適切な計画と十分な管理による比較試験』とは,少なくとも次の事項について,注意が払われているものでなければならない。

1  対象疾患に関する経験ある医師による試験。

2  対象疾患に関する十分な施設における試験。

3  試験目的にそった患者の適切な選択。

4  比較される群の無作為割付。

5  適切な評価項目の選定。

6  評価に際しての偏りの排除。

7  妥当な用法・用量,投与期間。

8  適切な標準治療またはプラセボの選択。」

セ 桑原章吾「医薬品の再評価―その経過をふりかえって―」(「臨床評価」3巻2号・昭和50年)は,上記判定基準の(1)②について,比較臨床試験がなくても,従来知られている疾病の症状あるいは経過を明白かつ異論なく軽減あるいは短縮すると認められる場合は,臨床経過の観察,各種の検査成績が本質的な証拠として利用できると論じている。さらに,再評価調査会の委員であったA4及びA5も,上記判定基準(1)②について,補充療法(生体内における機能の分かっている成分が欠け,あるいは不足しているときに,これを補うもの)の場合はこれに該当すると証言している。

(<証拠省略>)

ソ 「医薬品製造指針(1975年版)」(昭和50年)においても,臨床試験成績について述べるところは基本的には従来と同様であるが,臨床試験作成に当たっての留意事項として,① 二重盲検試験については,その公平性に十分配慮すること,② 二重盲検試験については各々の薬剤の用法・用量及び効能・効果についてまとめ,かつ申請内容及び既承認内容との関連を明記すること,③ 二重盲検試験の判定の際は,脱落群及び不明例についての検定を十分に行うとともに層別化した場合,単独投与及び他薬併用での効力一覧表をそれぞれ記載すること,④ 二重盲検試験の治験計画書(途中で中止したものも含む)を添付すること,⑤ 臨床検査を行う場合には,投与前値と投与後値の比較したデータを提出し,検査値に異常を示す症例については担当医の意見を付すことなどの記載が加わった(<証拠省略>)。

タ 医薬品再評価特別部会は,昭和51年3月17日,再評価未指定の医療用単味剤の成分指定の要否について,血液製剤については血液成分であって有効性に問題はないとの理由により,何らの資料の提出を求めることなく,将来問題があれば指定することとして,第1次再評価指定しない方針を了承した(<証拠省略>)。

チ 米国FDAは昭和52年から昭和54年にかけて薬効ごとに臨床試験の方法についてのガイドラインを策定した。我が国でも,厚生省が専門家による研究班を組織して,科学的合理性及び倫理的妥当性を満たす臨床試験についての指標あるいは基準となる方法論を薬効別に策定することとし,昭和54年10月の「降圧薬の臨床評価方法に関するガイドライン」を皮切りに,昭和60年ころまでの間に薬効別のガイドラインが作成,公表された。

(<証拠省略>)

ツ 昭和54年の改正薬事法は,医薬品の製造承認を受けようとする者は,「厚生省令で定めるところにより,申請書に臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付して申請しなければならない。」との規定を設け(14条3項),臨床試験成績の提出を法律上義務付けた。これを受けて,薬事法施行規則18条の3は,申請書に添付しなければならない資料を定めた上,「ただし,当該申請に係る事項が医学薬学上公知であると認められる場合その他資料の添付を必要としない合理的な理由がある場合においては,その資料を添付することを要しない。」と規定していた。さらに,厚生省は「医薬品の製造又は輸入の承認申請に際し添付すべき資料について」(昭和55年5月30日薬発第698号厚生省薬務局長通知)を発し,従来の通知を整理,改正し,添付すべき資料の範囲を定めた。

また,改正薬事法80条の2には,製造(輸入)承認申請において提出すべき資料のうち,「臨床試験の試験成績に関する資料の収集を目的とする試験の実施(治験)」に関して具体的に遵守すべき幾つかの項目が初めて示され,治験依頼者は治験を依頼するに当たって厚生省令で定める基準に従ってこれを行わなければならないこととされた。そして,同法施行規則には,治験の依頼に際して遵守すべき事項等の規定が盛り込まれた。

(<証拠省略>)

テ 薬効別のガイドラインとして,昭和59年3月,「血液製剤特に血漿分画製剤の評価法に関する研究」が作成,公表された。これによると,凝固線溶系の製剤については,試験の方法として二重盲検試験,Well controlled試験が行われるとされたが,例外として,「既知の類似の効果を示すactive placeboがない場合は,背景因子を同一にした未治療対照群との間でのopen比較実験を行う。」とされた。

(<証拠省略>)

ト 血液用剤再評価調査会は,非加熱フィブリノゲン製剤に対する再評価の過程で,昭和62年5月に,フィブリノゲン製剤は,先天性低フィブリノゲン血症の出血に対しては一般的に有効性が認められるが,その他の一般的な低フィブリノゲン血症に対しては,提出された一般臨床試験は輸血等が併用されているものやフィブリノゲン値が測定されていないものが多く,有効性を確認することができないとし,一般的な低フィブリノゲン血症の治療に対する有効性は,治験等のバックグラウンドを揃えた臨床比較試験でのみ実証し得るとの判断を示した(<証拠省略>)。

ナ 昭和62年3月にDICの治療薬であるアンチトロンビンⅢ製剤(ATⅢ)である「ノイアート」及び「アンスロビン」が承認されたが,その際,ヘパリンとの併用療法については比較臨床試験は行われず,単独投与についてのみ比較臨床試験が行われた。

(<証拠省略>)

ニ 厚生省は,平成元年10月2日,医薬品の製造(輸入)承認申請の際に提出すべき資料の収集のために行われる臨床試験について,倫理的な配慮のもとに科学的に適正に実施するための基準として,「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」(GCP)を定め,平成2年10月1日以降に開始される臨床試験に適用することを通知した(薬発第874号厚生省薬務局長通知)。

その後,GCPについて国際的整合を図り,また,申請資料のより一層の信頼性を保証する観点から,GCPの法制化が必要となり,平成8年の薬事法改正において,「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(いわゆる新GCP。平成9年3月27日厚生省令第28号)が厚生大臣の定める基準として制定され,平成9年4月1日から施行された。

この新GCPには,健康被害を防止し,医薬品の安全性を一層確保するため,新たに,治験の計画に関する調査の実施,治験を行う基準及び治験の管理の基準の遵守,治験薬等による副作用,感染症等の報告義務,治験に関する立入検査等及び治験依頼者等の守秘義務の規定等が加えられた。

(<証拠省略>)

ヌ 平成5年の薬事法改正において,厚生大臣による希少疾病用医薬品等の指定制度が設けられた。すなわち,対象者の数が本邦において厚生省令で定める人数に達せず,承認が与えられるとしたならば特に優れた使用価値を有することとなる医薬品につき,製造しようとする者から申請があったときは,希少疾病用医薬品に指定することができる(薬事法第77条の2第1項)とされ,薬事法施行規則64条の3で対象者の数は5万人と定められた。

ネ 血液用剤再審査再評価調査会は,加熱フィブリノゲン製剤の再評価の過程で,平成7年7月,Aが後天性低フィブリノゲン血症に対する同製剤の有効性を立証するための治験計画の骨子案を了承した。同計画は,多施設参加の一般臨床試験であり,産科領域及び外科・救急領域とも20例の症例数を目標とするものであった。

(<証拠省略>)

ノ 厚生省は,平成11年,医薬品等の審査体制の強化,承認申請書に添付すべき資料の作成に関する各種基準及び指針の制定,医薬品開発の国際化等の状況を踏まえ,医薬品の製造等の承認申請に関する取扱いを見直し,基本方針及び「医薬品の製造又は輸入の承認申請に際し添付すべき資料について」(昭和55年5月30日薬発第698号厚生省薬務局長通知)を廃止して,「医薬品の承認申請について」(平成11年4月8日医薬発第481号医薬安全局長通知)を定めた。これには,「承認申請に当たっては,その時点における医学薬学等の学問水準に基づき,倫理性,科学性及び信頼性の確保された資料により,申請に係る医薬品の品質,有効性及び安全性を立証するための十分な根拠が示される必要がある。」,「承認申請書に添付すべき資料を作成するための試験は,医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準(GLP),医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)及び申請資料の信頼性の基準を遵守するとともに,十分な設備のある施設において,経験のある研究者により,その時点における医学薬学等の学問水準に基づき,適正に実施されたものでなければならない。」と記載されている。また,同通知は,承認申請書に添付すべき資料の範囲を別表で定めているが,「ただし,資料作成のための試験が技術的に実施不可能な場合及び当該医薬品の種類,用法等からみて実施する意味がないと考えられる場合は,当該資料の添付を要しない。」とも定めている。また,厚生省は,同日付けの「医薬品の承認申請に際し留意すべき事項について」(医薬審発第666号厚生省医薬安全局審査管理課長通知)により,上記医薬安全局長通知の細部の取扱い等を定めたが,その中で,臨床試験成績に関する資料については,申請医薬品の有効性及び安全性を評価するに足る症例数を提出することとしていたが,「希少疾病用医薬品については,目的とする疾病の患者数が少ないことに鑑み,実施可能な症例数において有効性及び安全性が確認できる試験成績でよいものとする。」としていた。

(<証拠省略>)

ハ 日米EU医薬品規制ハーモナイゼーション国際会議での合意に基づく臨床試験における対照群の選択に関する指針が「臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題」として取りまとめられ,通知された(平成13年2月27日医薬審発第136号厚生労働省医薬局審査管理課長通知)。この中には,「倫理上の懸念」として,「特定の集団に対して死亡あるいは回復不能な障害を防ぐことが知られている有効な治療が存在する場合には,通常,その集団でプラセボ対照試験を倫理的に実施することはできない。」としており,その場合には,標準治療と治験薬あるいはプラセボとの併用法による上乗せ効果を見るなどの工夫が必要であるとしている。

(<証拠省略>)

ヒ 「医薬品製造指針(2001年版)」(平成13年)は,製造承認申請書に添付すべき臨床試験成績に関する資料について,「臨床試験成績に関する資料は,別途定められた指針等を参考に,申請医薬品の有効性及び安全性を評価するに足る症例数における試験成績を提出すること。なお,希少疾病医薬品については,目的とする疾病の患者数が少ないことに鑑み,実施可能な症例数において有効性及び安全性が確認できる試験成績でよいものとする。」としている(<証拠省略>)。

(3) 各時点における比較臨床試験の要否等

ア 昭和39年6月当時の知見

上記の認定事実によれば,以下のことを指摘することができる。

すなわち,昭和39年6月当時,米国では,キーフォーバー・ハリス修正法により「適切かつ十分な対照比較による臨床試験からなる本質的証拠」の提出が求められていたが,我が国においては,比較臨床試験は,結核治療などの限られた分野において先覚的な研究者によって行われたのみで,一般の薬にはほとんど普及しておらず,医薬品の製造承認に当たっても,「臨床試験に関する資料」が要求されてはいたが,臨床試験の具体的方法等についての定めはなく,承認申請資料のほとんどは使用経験の集積又は症例報告の性格を有するもので,これらの資料を医学,薬学の第一人者を委員とする中央薬事審議会において検討し,その意見を踏まえて厚生大臣が承認の有無を決定する扱いがとられていた。

以上によれば,昭和39年6月当時,医薬品の治療効果の確認は,一定数以上の十分な施設がある医療機関において,経験ある医師により,一定数以上の症例に実施されて,その医師の効果の判定があり,その情報が専門的医学分野の学会等で発表されるなどされているときに,それらの症例を医学的,薬学的に専門家が吟味することでされていたと認められるのであり,臨床使用の結果を重視したといえるものの,比較臨床試験が必要であるとの知見が確立していたと認めることはできない。

イ 昭和47年4月,昭和51年12月,昭和53年及び昭和54年末当時の知見

前記の認定事実によれば,以下のことを指摘することができる。

すなわち,「医薬品製造指針(1966年改訂版)」では,同指針の中で初めて二重盲検法について言及したが,申請書添付資料として要求したものではなく,臨床試験の計画に当たって必要ならば採るべき慎重な配慮として述べたにすぎず,臨床試験の内容は従来の方針が踏襲されていた。昭和42年に策定された基本方針でも,製造承認申請書に添付すべき臨床試験成績資料について「精密かつ客観的な考察がなされているものであること」を要求したが,その具体的な内容までは明らかにしなかった。その後,昭和46年の薬効問題懇談会の答申は,薬効を科学的に判定するには,十分に吟味した判定基準を設定し,比較のための適切な対照を置き,相対的に評価する方法によることが原則的に必要であるとして,比較臨床試験の必要性を指摘し,患者の層別化,治験薬と対照薬との無作為割り付けなどの方法等を記述したが,昭和47年の「医薬品製造指針(1972年版)」は,臨床試験成績資料について,「精密かつ客観的な考察がなされているものであること」の記載が加わったほかは1966年度版と基本的に同一であった。また,昭和48年4月に一部改正された医薬品再評価の有効性判定基準には,「『適切な計画と十分な管理による比較試験』の結果により,有効と判定されたもの」という形で比較臨床試験を挙げ,「適切な計画と十分な管理による比較試験」のため少なくとも注意を払う事項をいくつか具体的に記載し,また,昭和50年の「医薬品製造指針(1975年版)」は,臨床試験作成に当たっての留意事項として,二重盲検試験についての記載や臨床検査を行う場合の投与前後のデータ提出等を記載したが,臨床試験成績について述べるところは基本的には従来と同様であった。そして,薬効別に臨床試験の方法に関するガイドラインが作成,公表されたのは昭和54年10月ころ以降昭和60年までのことであった。

以上の事実や,A4が,比較臨床試験が確立,定着したのは1980年に入ってからであると証言していること(<証拠省略>)などに照らすと,医薬品の再評価に伴い比較臨床試験あるいは二重盲検試験の必要性が強く意識され,その確立へ向けて努力が払われ,一部にはそれが実施されていたが,基本的には「精密かつ客観的な考察」が必要であることが加わったほかは医薬品の治療効果の確認方法は従前と同様であったと認められるのであり,昭和47年4月,昭和51年12月,昭和53年及び昭和54年末のいずれの時点においても,比較臨床試験が必要不可欠であるとの知見が確立していたと認めることはできない。

ウ 昭和62年4月当時の知見

前記の認定事実によれば,以下のことを指摘することができる。

昭和62年4月当時,医薬品の治療効果の確認には,原則として比較臨床試験によることが必要であるとの知見が確立していた。しかし,二重盲検法等の比較臨床試験が特に要求されてきたのは,医薬品の人体内における作用機序が明らかでない場合や,適応疾患に対する効果等を正確に判定するために医師及び患者の主観による影響を排除し,自然経過を医薬品の効果と区別する必要がある場合などであった。昭和59年3月に策定されたガイドライン「血液製剤特に血漿分画製剤の評価法に関する研究」では,凝固線溶系の製剤については二重盲検試験等が行われるとしながらも,例外として背景因子を同一にした未治療対照群との間でのopen比較試験を行うことを認めていたし,昭和62年にATⅢが製造承認された際にも,ヘパリンとの併用療法については比較臨床試験は行われなかった。

以上によれば,昭和62年4月当時,医薬品の性質(例えば補充療法として用いる製剤など)や適応疾患の性質(例えば希少疾患のように症例数が少なく,比較臨床試験の実施が困難な場合や緊急性のある重篤な疾患であり,比較臨床試験を実施することが被験者たる患者に危険を及ぼす場合など)によっては比較臨床試験によらずに治療効果が認められる場合もあったと認められるのであり,常に比較臨床試験を必要とするとの知見であったと認めることはできない。

エ まとめ

昭和39年6月,昭和47年4月,昭和51年12月,昭和53年,昭和54年末の各時点においては,医薬品の治療上の効果を判断するのに,その当時に必要とされる確認方法に応じ,臨床医療における治療上の効果の評価,補充療法などの理論的根拠,諸外国での使用状況などの知見を総合的に考慮して判断することができた。

また,昭和62年4月当時においても,例外的に,医薬品の性質や適応疾患の性質等に応じて,比較臨床試験によらない効果の確認方法によるべきものも存在した。

第2節フィブリノゲン製剤に関する責任

第1款適応限定義務違反(適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使)について

第1フィブリノゲン製剤の有効性

1  有効性の主張立証責任

本件訴訟は,原告らが被告会社らの医薬品の製造販売に不法行為責任があること,厚生大臣の製造承認等の行為に国家賠償責任があることをそれぞれ主張して損害賠償を求めるものである。そして,フィブリノゲン製剤の有効性は,原告らが主張する被告会社らの行為に「過失」があること,あるいは厚生大臣の職務行為が「違法」であることを判断する際の一要素となるものであるから,原告らにおいて,問題とする各時点における医学的,薬学的知見を前提として,フィブリノゲン製剤の有効性が否定されることを基礎付ける具体的事実を主張立証する責任を有するものと解すべきである。

2  後天性低フィブリノゲン血症

(1)  有効性判断の対象としての後天性低フィブリノゲン血症

ア  有効性判断の対象

医薬品の有効性はその適応を対象として判断されるべきものであり,フィブリノゲン製剤は,その効能,効果を「低フィブリノゲン血症の治療」とするものであるから,低フィブリノゲン血症に対する有効性の有無が判断されなければならない。そして,本件においては,フィブリノゲン製剤の適応から後天性低フィブリノゲン血症を除外して先天性低フィブリノゲン血症に限定すべきであったかどうか等が問題とされているから,同製剤が後天性低フィブリノゲン血症に対して有効性を有するかどうかを検討することになる。

イ  後天性フィブリノゲン血症

<証拠省略>によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 低フィブリノゲン血症なる疾病概念の提唱

1901年(明治34年)にDeleeが胎盤早期剥離に際し,突然血液が凝固しなくなった症例に気付き,これを一過性血友病(temporary hemophilia)と名付けた。1936年(昭和11年)にDieckmannは,この病態を無(低)フィブリノゲン血症(Afibrinogemenia)と名付け,血中フィブリノゲンの低下が原因であることを指摘した。そして,1949年(昭和24年)にはMolonyらが重症胎盤早期剥離の症例に対しフィブリノゲンを豊富に含むFraction Ⅰを用いて治療に成功した。以後,同様の研究論文が相次いで報告され,米国などでは産科固有の疾患として低フィブリノゲン血症が注目されるようになった。

(<証拠省略>)

(イ) 我が国における低フィブリノゲン血症概念の確立

a 昭和30年代

分娩時の出血が,産道損傷や子宮収縮不全(弛緩出血)などに伴って発生することは古くから知られていたが,昭和30年代に入って,産道損傷や子宮収縮不全が認められないにもかかわらず,大量出血が持続する症例が少なくないことが認識されるようになった(<証拠省略>)。

このような大量出血の原因として血液凝固障害が注目され,研究が進められるようになり,大量出血を来した症例ではしばしば血中線維素原(フィブリノゲン)の低下が顕著に認められ,その結果,血液は凝固性を失い出血が持続することが明らかとなり,低線維素原血症(低フィブリノゲン血症)あるいは無線維素原血症(無フィブリノゲン血症)と呼ばれるようになった(<証拠省略>)。

b 昭和40年代以降

昭和40年代には,産科領域の教科書や論文等では,大量出血の際の一病態として,低フィブリノゲン血症(低線維素原血症・脱線維素原血症・無線維素原血症)の概念が頻繁に取り上げられていた(<証拠省略>)。

一方,低フィブリノゲン血症に関する研究が進む中で,低フィブリノゲン血症発症の際には,多くの場合,フィブリノゲンだけではなく,同時にプロトロンビン,第Ⅴ因子,第Ⅷ因子などの凝固因子も低下傾向にあることが知られるようになり,この病態は,全身の血液凝固亢進状態を伴う一つの症候群としてとらえられるに至り,血栓止血学の専門家の間では,消費性凝固障害(consumption coagulopahy)などと呼ばれることもあった(<証拠省略>)。

その後,同様の病態が,産科領域のみならず内科など他領域にもみられることが明らかとなり,国際的にはこの病態を指してDICという用語が統一的に使用されるようになった。我が国では,昭和40年代後半以降,DICの用語が一般に使用されるようになって,低フィブリノゲン血症という疾病名が使用される頻度は減少したが,後記のとおり,低フィブリノゲン血症という病態は,DlCに併発する場合があるにしても,その病態概念がDICに取って代わられたわけではなかった(<証拠省略>)。

(ウ) 低フィブリノゲン血症の病態及び原因

低フィブリノゲン血症の病態及び原因については,以下のとおり理解されている(<証拠省略>)。

a 低フィブリノゲン血症

フィブリノゲンは血小板による第一次止血栓を補強するフィブリン血栓の材料となるたんばく質であり,主に肝臓で生成され,健康人においては,その血中濃度は200mg/dlから400mg/dlであると言われている。血中フィブリノゲン濃度が100mg/dl以下となると,出血傾向が強まり,止血が困難となる病態を示すことから,これを一般に「低フィブリノゲン血症」と呼んでおり,先天性のものと後天性のものがある。

b 先天性低フィブリノゲン血症

先天性低フィブリノゲン血症には,先天的な原因に基づく「無フィブリノゲン血症」(生体内で正常なフィブリノゲンが全く生成されない病態),「低フィブリノゲン血症」(生体内で生成されるフィブリノゲンが少ない病態)及び「異常フィブリノゲン血症」(生成されるフィブリノゲンの構造や機能が通常と異なるためフィブリノゲンとしての正常な活性を示さない病態)がある。

c 後天性低フィブリノゲン血症

他方で,後天性低フィブリノゲン血症は,DIC,大出血,肝障害に起因して,後天的に血中フィブリノゲン濃度が100mg/dl以下に低下して,止血困難を来す病態をいう。後天性低フィブリノゲン血症は,DICの病態の一つとして出現するものが大多数であるが,それ以外にも,大量出血によるフィブリノゲンの欠矢や重症肝障害による肝臓でのフィブリノゲンの生成障害などによって発症することもある。

(2)  後天性低フィブリノゲン血症とDICとの異同

ア  問題の所在

原告らは,DICの病態の解明により,従来産科の領域で低フィブリノゲン血症と呼ばれていた病態はDICの一部であることが判明し,DICの概念が確立されるとともにこれに取って代わられたとして,両者を同一視する。そして,フィブリノゲン製剤のDICへの治療効果を問題とし,DICにおいてはフィブリノゲンのみならずほとんどすべての血液凝固因子等が減少しているから,フィブリノゲンのみを補充しても無意味であり,フィブリノゲン製剤は有効性がないなどと主張する。

そこで,後天性低フィブリノゲン血症とDICとの異同について検討する。

イ  DICについて

<証拠省略>によれば,以下の事実が認められる。

(ア) DICなる疾病概念の形成

Schneiderは,1951年(昭和26年)に,胎盤早期剥離においては,胎盤からトロンボプラスチンが母体の血中に入り胎盤後血腫が作られ,フィブリノゲンが消費され,全身のフィブリノゲン量が低下して易出血性を示すものと推論し,DIC(Disseminated Intravascular Coagulation;播種性血管内凝固)という名称を初めて用いた。それ以降,DICという用語が使われるようになり,特にMcKayが1965年(昭和40年)に,Hardawayが1966年(昭和41年)に,それぞれ「Disseminated Intravascular Coagulation」と題する著書を発表して以降は,頻繁に文献に登場するようになった。

(<証拠省略>)

(イ) 我が国におけるDIC概念の確立

a 昭和30年代

昭和30年代の我が国では,DICなる用語は出現していない。

b 昭和40年代の状況

我が国において,DICの用語が最初に用いられたのは,昭和42年,A6及びA7が日本脈管学会等でDICについて発表したときである(<証拠省略>)。

そして,我が国においてDICが広く議論されるようになったのは,昭和45年以降であった(<証拠省略>)。

c 昭和50年代以降

昭和52年に厚生省特定疾患「汎発性血管内血液凝固症調査研究班」が結成され,DICの研究が本格的に始まった(<証拠省略>)。

同研究班は,内科,外科,産婦人科,小児科,病理学,臨床検査等の多様な領域の研究者により構成され,DICの病態解明,診断基準作成,治療・予防法の確立を目指して様々な視点から研究が行われ,昭和55年には,最初のDICの診断基準が作成された(<証拠省略>)。

研究が進む中で,DICの病態や症状の多様性が明らかとなり,基礎疾患の種類によって,発症が急性に出現するものもあれば慢性に経過するものがあること,血中フィブリノゲンが著滅するものもあればむしろ上昇するものがあることなどが認識され,治療法の検討に当たっては,基礎疾患の種類,それぞれの病態を考慮に入れた対応の重要性が強調されるようになった。

そして,一口にDICと言っても,抗線溶療法(抗プラスミン剤)が必要なものと逆に禁忌なもの,抗凝固療法(ヘパリン)が必要なものと逆に禁忌のもの,補充療法(輸血,フィブリノゲン製剤)が必要なものと逆に禁忌のものがあることなど,DICの基礎疾患の病態に即した治療法に関する知見が確立された(<証拠省略>)。

(ウ) DICの病態等と原因及び治療方法等

a DICの病態等

(a) 病態

DICとは,胎盤の早期剥離,羊水塞栓症等の産科疾患や白血病,悪性腫瘍等の基礎疾患により,異常な血液凝固性亢進状態を生じ,全身の主として微小循環系で多数の微小血栓が形成され,種々の病態を呈する状態であり,基礎疾患の種類やDICの発症が急性であるか比較的慢性であるかなどによってかなり幅広い病態を呈するが,その定型的なものは産科領域に多く,かつ致死的なことも多いとされている(<証拠省略>)。

DICの具体的な病態は,大きく,① 血液凝固亢進病態(全身の微小血管内にフィブリン血栓が形成される結果,種々の臓器における循環障害が生じて臓器の機能障害を来す病態),② 消費性凝固障害病態(全身の微小血管内にフィブリン血栓が形成される結果,血液凝固因子及び血小板が消費され,高度の出血傾向を示す病態),③ 線溶亢進病態(フィブリン血栓の分解(線溶)が異常に亢進し,出血傾向が更に促進される病態)の三つの病態からなるとされている(<証拠省略>)。

(b) 症状

DICの症状については,①の臓器障害が症状として強く現れる場合,②及び③により出血傾向が強く現れる場合,①から③のすべての病態により,臓器障害と出血傾向の両方が症状として現れる揚合がある(<証拠省略>)。

(c) フィブリノゲン値の変動

DICの病態により,フィブリノゲン値が低下することにより低フィブリノゲン血症に至る場合もあるが,フィブリノゲン値が正常になる場合又はフィブリノゲン値が上昇する場合もある(<証拠省略>)。

b DICの治療

DICの治療の基本は,DICの転機となった基礎疾患の治療を最優先とし,凝固系の亢進に対してはこれを抑制すること,消費された凝固因子を補充し,線溶系の亢進に対してはその阻止因子を補充することである(<証拠省略>)。具体的には,① 基礎疾患の治療,② 抗凝固療法(凝固系の亢進の抑制),③ 抗線溶療法(線溶亢進の抑制),④ 補充療法(凝固因子等の補充)といった治療方法がある(<証拠省略>)。

c 産科的DICと内科的DIC

(a) 分類

前記のとおり,DICは単一の疾病単位ではなく,種々の基礎疾患により様々な病態,症状を呈する症候群といえるものであるが,産科領域のDICの特殊性から,産科的DICと内科的DICに大きく二分される。

(b) 産科的DICの特徴

産科的DICには,① 基礎疾患とDIC発症との間に密接な関係がある,② 急性で突発的なことが多く,大出血を伴う定型的なDICが発生する,③ 血小板数は比較的低下しないものが多い,④ フィブリノゲンが著減するものが多い,といった特徴がある。

すなわち,産科的DICでは,突発的かつ短期間のうちに大量の出血を生じ,それに伴ってフィブリノゲンが著減することが多いのが特徴であり,フィブリノゲンの著減により,更に出血が増加するという悪循環に陥り,適切な治療が迅速に行われなければ出血性ショックで死亡する(<証拠省略>)。

産科的DICの基礎疾患のうち最も典型的なものは,常位胎盤早期剥離であり,産科的DICの基礎疾患の中で発生頻度が最も高い(<証拠省略>)。

(c) 内科的DICの特徴

一方,内科的DICは,白血病(このうち最もDICの発症頻度が高いのは急性前骨髄性白血病(APL)である。),固形腫瘍(肝細胞がん,肺がん,胃がんなど),感染症等を基礎疾患として発症する。そして,基礎疾患により病態は多様であるが,概して,病態の進行は産科的DICが非常に急速であるのに対し,内科的DICでは比較的緩徐であり,フィブリノゲン値も産科的DICでは著滅するのに対し,内科的DIC(白血病に伴うものを除く。)では上昇するとされるなど,病態により正反対の検査値を示すことがある(<証拠省略>)。なお,白血病などの場合は線溶優位のDICを発症し,出血症状を起こしやすく,産科的DICと同様に,フィブリノゲン値が低下する傾向にあるなどの特徴を有している。

また,逆に,産科領域でも,妊娠中毒症や重症感染症のように,比較的緩徐に(慢性に)DICを発症することのある病態もあり,このような場合には,フィブリノゲン値は低下せず,むしろ上昇することもある(<証拠省略>)。

ウ  独立した表記方法の存在等

(ア) DICの診断基準が作成された昭和55年以降の我が国の文献において,後天性低フィブリノゲン血症又はこれに類する用語が用いられている(<証拠省略>)。

(イ) また,DICにおいてフィブリノゲンの減少が著明な場合(<証拠省略>)又はフィブリノゲン濃度が100mg/dl以下となる場合として特記しているものがある(<証拠省略>)。

(ウ) さらに,今日における米国の産科や血液学の教科書等(<証拠省略>)にも後天性低フィブリノゲン血症の用語が用いられている。

エ  検討

以上によれば,後天性低フィブリノゲン血症は,DICに併発する場合が多いが,大量出血や重症肝障害の場合にも発症する。また,DICの病態は複雑かつ多様であり,急性かつ突発的な産科的DICもあれば,経過が比較的緩慢な内科的DICもある。DICのすべての病態においてフィブリノゲン値が低下して後天性低フィブリノゲン血症を呈するわけではなく,DICの中にも,フィブリノゲン値が低下せず,正常のままのものや上昇する病態が多く存在している。そして,後天性低フィブリノゲン血症は,DICに併発した場合においても,これと区別した病態として把握され,医師は別個の病態であるととらえている。

したがって,後天性低フィブリノゲン血症とDICとは別個の疾病概念であり,DICに併発する場合においても,低フィブリノゲン血症はDICとは別個の疾病単位として観念されていると認められる(<証拠省略>)。

そうすると,フィブリノゲン製剤のDICへの治療効果の有無を問題とする原告らの主張は採用できない。

(3)  産科医療を取り巻く状況等

後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア  我が国における妊産婦死亡率の動向

我が国の妊産婦死亡率は,終戦後間もない昭和25年には,出生10万対比176.1と極めて高率であった。フィブリノゲン製剤が製造承認された昭和39年には,出生10万対比97.6と低下したが,それでもデンマーク15.6,英国25.9,フランス32.5,米国33.1という欧米先進諸国と比較すると極めて高い数値であった。経済的には高度成長を遂げ先進国の仲間入りをしつつあった時期の我が国ではあるが,妊産婦死亡率,とりわけ出血による妊産婦死亡率は,発展途上国並みあるいは途上国以上に劣悪な水準にとどまっていた。

当時の妊産婦死亡の主要な原因は出血であり,昭和39年のデータでは,出血による妊産婦死亡率は,出生10万対比で,英国2.2,フランス5.5,米国5.7に対して,我が国は24.6と欧米先進諸国と比較すると5倍程度の高率であった。しかも,当時は,常位胎盤早期剥離は妊娠中毒症の一病態と考えられていたことから,常位胎盤早期剥離を発症し大量出血で死亡した場合でも,統計上,死因は出血ではなく妊娠中毒症に分類されることがあったため,実際には出血による死因は上記数値を上回るものであったと推測される。A8が昭和37年ないし昭和39年に関東地方での分娩時母体死亡症例について医療機関からの報告を調査した結果でも,出血死が46.8%,中毒症が25.5%であり,分娩後24時間以内の死亡例に限定すると,出血の占める割合が54.8%と更に高率になり,分娩時急死と出血との因果関係が強く示唆されている。そして,悪化した時点から死亡までの時間は,1時間以内が16%,2時間以内が32%,3時間以内が42%(累積)であり,突発的な大量出血により急死する症例が多いことが示唆されている。

その後,妊産婦の死亡率は,後記のとおり施設分娩が普及した昭和40年には87.6と,昭和25年当時と比較すれば半減し,以後更に10年単位で半減し,昭和50年には28.7,昭和60年には15.8,平成7年には7.2と低下し,平成12年に6.6となっている。これに伴い妊産婦死亡数も,昭和35年に2097人,昭和40年に1597人,昭和50年に546人,昭和55年に323人,昭和60年に226人,平成2年に105人,平成12年に78人と,この半世紀の間に著しい低下を示している。

もっとも,妊産婦死亡原因の割合については,平成3年から平成4年にかけての調査においても出血死が約4割に上り,依然として最も高い割合を占めている。

(<証拠省略>)

イ  妊産婦死亡率低下の背景

このような妊産婦死亡率の改善は,以下に述べるような,医学の進歩,診断治療技術の高度化,更には,母子保健対策の整備充実等の産科医療を取り巻く環境の変化が原因であるとされている。

(ア) 超音波診断装置の開発,導入

かつては,妊娠18週から19週ころに,妊婦が胎動を自覚するまでは,子宮内の胎児の生存を認知することは不可能であった。しかし,現在では,経膣超音波断層法によって,妊娠4週から5週ころから胎嚢,胎芽が観察可能となり,妊娠6週までには胎児心拍が検出可能となり,月経の停止やつわりの出現などにより妊婦が妊娠の可能性を疑った時点,あるいは,妊娠の可能性を疑うよりも以前の段階での妊娠初期から胎児の生存を把握することが可能であり,また,しばしば大量出血の原因となる子宮外妊娠などの異常妊娠の早期診断も可能である。妊娠8週以降には,超音波診断装置により,胎児の頭から臀部までの長さを測る頭臀長測定などにより,妊娠週数,分娩予定日をわずかな誤差で推定でき,さらに,妊娠が進むに従って,胎児の身長・体重の推定,胎児の外形や臓器異常の有無の確認が行われ,超音波診断装置の使用により,子宮内の胎児の発育状態がリアルタイムで観察可能となっている。

妊娠中期以降には,常位胎盤早期剥離や前置胎盤などの診断に,超音波診断装置が効果を発揮する。例えば,常位胎盤早期剥離では,胎盤と子宮壁との間の出血(胎盤後血腫)や胎盤内の出血,胎盤端の異常,胎盤の肥厚などの所見を呈するため,超音波診断装置でこれらの所見を確認することにより早期に診断し,大出血やDICの発生を起こさないように早期の治療が可能となっている。すなわち,現在では超音波診断装置を活用した診断法が確立され,これが導入される昭和50年代以前には想像もできないほどに,常位胎盤早期剥離等の異常妊娠の診断と治療が容易なものとなった。

超音波診断装置は,昭和50年ころから導入され始めたが,当初は,動画像ではなく静止画像であり,精度も粗く,高価であったことから,診断上の意義は限定的で普及率も高くなかった。その後,昭和50年代後半になって超音波診断装置の精度が高まり,普及し始めたが,昭和60年代前半においても,すべての開業医が現在のように常位胎盤早期剥離などの基礎疾患を早期に発見し,大出血を起こさないように早期治療をすることはいまだに困難な状況であった。

平成3年時点において,島功「常位胎盤早期剥離の超音波断層所見に関する臨床的考察」は,最近における超音波診断技術の向上は常任胎盤早期剥離の早期診断をも可能にしつつあるとしながらも,「すでに,胎盤早剥の超音波診断に関しては多くの報告がなされているが,胎盤早剥所見の解析とその臨床的意義に関しては末だ不明の点が少なくない。また,胎盤早剥の予知診断に関しての所見の解明は,皆無といっても過言ではない。したがって,現在臨床的に有用な胎盤早剥の明確な診断基準の確立が期待されている。」と記載して,超音波診断装置を活用した診断が技術的に発展途上にあることを示唆している。

(<証拠省略>)

(イ) 分娩監視モニタリング技術の発展

妊娠中の胎児の状態を知ることは重要であり,特に,妊娠後期や分娩時には,胎盤から胎児への酸素供給が阻害されて胎児が死亡する危険性が高く,母体や胎児双方の救命のため,妊娠後期や分娩時の胎児の状態を知る必要性は高い。

妊娠中の胎児の状態を知るための基本的方法の一つは胎児の心音を確認することであり,19世紀の初頭にドイツの医師トラウベが考案したとされるトラウベ聴診器が長らく産科医療の現場で用いられてきた。トラウベ聴診器を使用した場合,妊娠5ないし6か月以降に胎児の心音が聴取可能となり,昭和50年代ころまでは,分娩室で医師や助産婦が妊婦の腹部にトラウベ聴診器を当てて胎児心音を確認しながら分娩が行われていた。

その後,超音波ドプラー法の開発などによる装置の改善,データ解釈の検討などが進められ,胎児心拍数陣痛図(CTG)の検査として,昭和45年ころから,子宮収縮剤を使用して人工的に10分間に3回の子宮収縮を起こし胎児心拍数の変化を見るCST(収縮ストレス試験)が,昭和50年ころからは陣痛のようなストレスがない状態での胎児心拍曲線の変化を見るNST(ノンストレス試験)が導入され,妊娠,分娩の管理が大幅に改善された。さらに,昭和60年以降には,複数の指標により胎児の健康状態を推定するBPPが提唱,導入されたり,パルスドプラー法の応用により胎児の血流動態の評価が可能になるなど,分娩監視モニタリングの技術の革新が続いている。

(<証拠省略>)

(ウ) 母子保健対策の整備

昭和39年中央児童福祉審議会は「母子保健福祉施策の体系化と積極的な推進について」中間報告を提出し,その中で,婚前から妊娠,分娩を経て乳幼児に至る一貫性のある母子保健指導の体系化と内容充実を図り,児童の健全な出生,育成中心の施策から,母性保護をも加えた法体系を整備すべく,単独法としての母子保健法の制定が提言された。

これを受けて,母子保健法案が昭和40年2月に国会に提出され,同年8月に可決,成立し,同月18日に母子保健法が法律第141号として公布された。

昭和40年代以降,母子健康法に基づき,種々の母子保健サービスが実施され,母子保健手帳を活用した妊産婦に対する保健指導が行われるとともに,地域住民への教育,啓発活動の成果としての妊婦健診の定期受検が促進されるようになった。

(<証拠省略>)

(エ) 救急救命医療に関する診断,治療技術の発展

ショックやDICを来した重症患者の治療に当たっては,刻一刻と全身状態が変化する患者の循環呼吸動態を迅速に把握することが重要である。

昭和40年代までは大量出血症例等で大量輸血,大量輸液が必要な場合には,しばしば静脈切開術が行われていたが,その処置自体が侵襲的で時間が掛かり,熟練を要するなどの制約かあり,昭和50年代以降は,中心静脈穿刺が普及し,この点が改善された。

昭和50年ころからは中心静脈圧(CVP)測定により循環動態の把握が試みられるようになったが,CVP測定で得られる情報には限界があり,現在では,スワンガンツ・カテーテルやカラー・ドップラー超音波診断装置を用いた心機能,循環動態のリアルタイムでの把握が行われている。

また,現在では,ショックやDICなどにより呼吸不全や腎不全を発症した患者に対しては,日常的に人工呼吸器や人工透析装置が使用されているが,これらの治療器具が開発され臨床の現場に導入されたのは昭和40年代であり,昭和50年代以降に普及し,その後も,日進月歩で高性能化が図られている。このように,救急救命医療に関連する診断,治療技術の発展に伴い,産科救急の症例に対する管理,治療法もこの40年間に経年的に向上し,妊産婦死亡率の改善に寄与している。

(<証拠省略>)

(オ) 血液供給の改善

我が国の血液事業は,戦後,アメリカの血液制度を導入する形で本格的に開始され,昭和26年には民間血液銀行が設立され,保存血液の製造,供給が開始された。しかし,当時の我が国の血液事業は,売血制度を基盤とするものであり,やがて売血常習者の健康問題が発生した。このため,昭和31年に「採血及び供血あっせん業取締法」(昭和31年法律第160号)が制定され,供血者の保護を図る一方,倫理性,安全性の観点に立った,預血,返血,献血方式が取り入れられ,その普及活動が行われたが,国民の関心は高くなく,専ら売血主体の血液確保に依存してきた。

このような中で,売血依存による各種弊害が社会問題化し,昭和39年3月に当時の米国駐日大使であるA9氏が輸血後肝炎に罹患したことを契機として,同年8月「献血の推進について」の閣議決定が行われ,以後,献血推進の諸施策が講じられることとなった。我が国の血液事業は,閣議決定により国,地方公共団体,日本赤十字社の3者が一体となって進められることとされ,以後,献血への国民の理解と協力を求めるため献血推進普及活動が国民的運動として展開されることとなった。

この結果,献血者数は飛躍的に伸び,昭和44年には,民間血液銀行で行っていた売血が姿を消し,昭和48年には,民間血液銀行で血液を預かって運用していた預血制度も廃止され,翌年以降,輸血用血液製剤はすべて献血血液で自給されることとなった。

現在では,国民の理解と協力により,献血血液により輸血用血液製剤が国内自給されている状況にあるが,フィブリノゲン製剤が製造承認された昭和39年当時には,売血廃止から献血への切り替え途上にあり,血液不足が深刻化していた。昭和42年にA10は,「わが国の輸血用保存血液の製造は,買血廃止から献血への切換え途上にあるためもあって,現状では需要量を下廻っており,第一線の病院では血液不足に悩まされている。特にその配給機構は極めて貧弱であるので,産科出血のごとき緊急を要する場合には,現在の機構では到底間に合わないのが現状である。」と論じ,産科出血の特殊性と血液の供給体制の充実の必要性を強調している。

(<証拠省略>)

(カ) 我が国の施設分娩

我が国の施設分娩率は,昭和25年には4.6%と極めて低かったが,昭和35年には50.1%,昭和45年には96.1%と劇的に上昇した。これに伴い,妊産婦死亡数も減少しており,施設分娩化は妊産婦死亡率の減少に大きく寄与した。

他方,欧米諸国では,従来から,全身管理を担当する麻酔科医師が常駐し,24時間を通じて検査機能が確保され,複数の産婦人科医(米英では一施設当たり6~7名の産婦人科医)が勤務している病院において主として分娩が行われるのに対し,我が国では,施設分娩が進んだとはいえ,おおむね1人の常勤産婦人科医で運営されている病院や診療所が多い。このため,我が国においては,産婦人科医の数に対して分娩を扱う施設の数が諸外国と比べて極端に多く,マンパワーが分散していた。1990年代前半のデータでは,産婦人科施設数は,米国が5326件,イングランドが455件であるのに対して,我が国は1万0660件であり,1施設当たりの産婦人科医師数は,米国が6.69人,イングランドが7.10人であるのに対し,我が国は1.36人であった。

産科出血で死亡した症例を調査した結果,医師が出血の増加を認めて原因の検索や縫合等の止血処置,輸血の依頼等を一人で行っているうちに,ある時点で母体の生命に重大な危機が迫っているという判断に至り,近隣の中核施設へ搬送されたものの手後れであった症例が多く,マンパワーの充実した,しかも,麻酔科医師など全身管理の専門家が常にチームの一員として診療を行い得る施設で分娩を行えば救命できた可能性のある症例が少なくないことが指摘されている。

(<証拠省略>)

(キ) まとめ

我が国の産科医療は,フィブリノゲン製剤が承認された昭和39年ころは,超音波診断装置や分娩監視装置は存在せず,妊婦検診を受けない妊婦も少なくなく,救急医療に必要な検査,処置法も現在のように整備されておらず,輸血の確保にも支障を来していたという状況下で行われていた。また,施設分娩化が大きく遅れ,マンパワーが分散している状況にあった。その後,施設分娩化が進むとともに,医学知識や医療技術が進歩,高度化し,母子保健対策が充実して現在の状況に至った。

超音波診断装置や分娩監視装置などの診断機器は,昭和60年代初頭に医療現場で普及が図られつつあり,平成に入って以降,コンピュータ電子工学,画像処理技術の目覚ましい進歩,高度化により,この十数年間に大幅に性能や精度が向上した。また,現在日常的に使用されている救急医療の診断,治療機器,薬剤であっても,昭和60年代初頭には医療現場に導入されてないものもあり(DICの治療薬であるアンチトロンビンⅢ製剤の承認日は昭和62年3月,薬価収載は昭和62年5月,販売開始は昭和62年6月である。<証拠省略>),昭和60年代初頭においてさえ,産科救急医療の内容と水準は今日のものとは大きく異なっていた。

(4)  産科領域における後天性低フィブリノゲン血症の重篤性

<証拠省略>によれば,以下の事実が認められる。

ア  産科出血の重篤性

妊娠時には子宮外妊娠,流産,前置胎盤,常位胎盤早期剥離,子宮破裂などを基礎疾患として,また,分娩時には弛緩出血,産道損傷(頸管・膣管裂傷),胎盤遺残,子宮内反症などを基礎疾患として,時に大量の出血を来すことがある。通常,分娩時には200~300ml程度の出血を生じるが,しばしば500mlを超える異常出血があり,更に出血量が多いとショック状態となり,迅速な処置が行われなければ,母体の死の転帰を招く。この出血が妊産婦死亡の最大の原因であり,昭和30年代後半はおろか,平成三,四年当時においても,2年間の妊産婦死亡症例230例のうち,約4割が出血による死亡であった。

(<証拠省略>)

イ  産科DICに伴う後天性低フィブリノゲン血症の致死的な重篤性

産科出血の中でも,とりわけ常位胎盤早期剥離等の産科疾患においては,胎盤等に由来する多量の血漿凝固促進物質の血管内流入によるDICの悪化,胎盤剥離面からの大量出血,更なる創面の形成による出血の増加,持続及び線溶亢進といった,いずれも低フィブリノゲン血症悪化の要因となる病態が同時に進行し,悪循環に陥ることから,しばしば著明な低フィブリノゲン血症に陥る。すなわち,胎盤内には,組織トロンボプラスチン等の血液凝固促進物質が豊富に存在し,まず,これが胎盤剥離面から血管内に侵入し,血液凝固が促進されて急激にDICが進行し,フィブリノゲンの血管内での消費が完進する。同時に,胎盤剥離の創面から大量出血が生じ,血管内から血管外へ血液成分が漏出し,出血それ自体及びこれに伴う血液凝固反応によってフィブリノゲンも消失し,又は消費される。これらによって,一層,出血傾向が顕著となり,分娩等に伴い,子宮や頸管・膣壁などに新たな創面が形成されれば,止血困難のため更に出血量が増加し,著明な低フィブリノゲン血症を来すことになる。加えて,大量の出血が持続し,ショックにより低酸素状態に陥った組織では,破壊された組織由来の組織トロンボプラスチンが放出され,これによっても血液凝固が亢進して,なお一層フィブリノゲンの消費が進み,DICにより線溶が亢進すれば,プラスミンによるフィブリノゲンの分解が亢進するため,血中フィブリノゲン濃度は更に減少傾向となる。そのため,産科以外の他の診療科の医師には想像すらできないぐらい顕著な低フィブリノゲン血症の症例が発生し,迅速にフィブリノゲンを補充して止血を図らなければ致死的となる。

(<証拠省略>)

ウ  重篤性を裏付ける医師の報告

昭和30年代及び昭和40年代の医学論文の症例報告には,激烈な出血が持続する低線維素原血症の緊迫感が明示され,各症例における大量出血の激烈な状況について,産科医たちは医学論文において,「とめどもなく出血してくる」(品川信良ら),「子宮は収縮が良いのに死ぬまで出血が続く」「単なる輸血だけでは往々その出血を止めることができず,それはあたかも栓をぬいた桶に水を充たそうとするに似て」(田村久彌),「噴水状に大量の非凝固性の血液が流出」,「止めどなき出血には,多量の輸血も笊に水を注ぐがごとく」(岡田紀三男),「全く血液が凝固しない特徴があり,いつ迄もサラサラした水のような血液でいる。また一度はやわらかく凝固してもすぐ溶けて来る」,「末期になると,注射した注射針のあとからもふき出るように出血して来る」(島田信宏)などと記載している(<証拠省略>)。

同様に,A7は,帝王切開をすると手術部位から出血し,それは傷口を縫合しても治まらず,じわじわ,にじみ出血が起こる旨を証言し,A11は「水道の蛇口をいきなりばっとひねったときにだ一っと出ますよね,あれと同じように大出血が起きてくるんです」と証言している(<証拠省略>)。

3  比較臨床試験によることの要否

(1)  昭和39年6月及び昭和53年当時

前記のとおり,昭和39年6月及び昭和53年当時,医薬品の治療効果の判断に比較臨床試験が必要不可欠とはされておらず,フィブリノゲン製剤の治療上の効果は,臨床医療における治療効果の評価,補充療法などの理論的根拠,諸外国での使用状況などの知見を総合的に考慮して判断することができた。

(2)  昭和62年4月当時

昭和62年4月当時は,医薬品の治療効果の確認は原則として比較臨床試験によるとの知見が確立していたが,医薬品によっては,その性質又は適応疾患の性質等により,例外的に,比較臨床試験を必要としないものが存在していた。

そして,後記のとおり,① フィブリノゲン製剤は,後天性低フィブリノゲン血症に対する補充療法として用いられるものであること,② 後天性低フィブリノゲン血症は,胎盤早期剥離などを原因とする産科DICに併発する場合が多いが,発症頻度はまれであり,症例数が少ない疾患であること,③ 産科DICに併発する後天性低フィブリノゲン血症は,大量の出血を伴い,適切な措置を怠ると短時間のうちに出血性ショックにより死亡することがある急性かつ重篤な疾患であり,比較臨床試験の実施は一般に困難であること(<証拠省略>),④ フィブリノゲン製剤によって出血傾向が改善されたかどうかは専門医が血液の状態を観察することなどで容易に診断し得るものであり,その効果の判定に自然治癒など他要因による影響や,医師や患者の主観を排除する要請は弱いことからすれば,フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する治療上の効果は,比較臨床試験によらずに判断し得る例外的な場合に該当したと認められる。

以上によれば,昭和62年4月当時においても,フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する治療効果を確認するために比較臨床試験が必要不可欠であったとはいえず,臨床医療における治療効果の評価,補充療法などの理論的根拠,諸外国での使用状況などの知見を総合的に考慮してこれを判断することができたと認められる。

なお,前記のとおり,血液用剤再評価調査会は,昭和62年5月,フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する有効性は比較臨床試験でのみ実証し得る旨の判断を示した。しかし,これは,当時の再評価調査会の委員は7名共に内科医であり,専ら内科DICの臨床的経験を踏まえた観点から,産科領域の後天性低フィブリノゲン血症についても詳細かつ定量的なデータの集積が容易にできるはずであるとの認識の下に比較臨床試験を要求したものであって(<証拠省略>),前記のとおり,血液用剤再審査再評価調査会が,平成7年に至り,比較臨床試験によらないフィブリノゲン製剤の治験計画の骨子案を了承し,一般の臨床試験でその効果を確認することを認めたことなどからすれば,再評価調査会が昭和62年に示した有効性評価方法に関する上記の見解は,フィブリノゲン製剤の有効性に関する限り,その当時の医学的,薬学的知見水準に基づくものでなかったと認められる。

4  臨床医療における治療効果の評価

(1)  医学文献

後天性低フィブリノゲン血症又はDICに対する補充療法としてのフィブリノゲン製剤の有効性,有用性に関する主な医学文献は,その内容により,年代順に,別紙「フィブリノゲン製剤関係文献リスト」<省略>のとおり整理することができる(我が国では,昭和50年代以降,それまで産科領域で問題とされていた後天性低フィブリノゲン血症が産科DICの一病態としてとらえられるようになり,文献上,「低フィブリノゲン血症」又は「低線維素原血症」という用語が直接用いられることは少なくなった。もっとも,産科DICに対するフィブリノゲン製剤の有効性,有用性を論じる文献は,その一病態である後天性低フィブリノゲン血症を念頭に置いて有効性,有用性を判断していると解されることから,これらの文献を含めて整理したものである。)。これによれば,大多数の医学文献がフィブリノゲン製剤の有効性を肯定し,又は少なくともその有効性を前提としていることが認められる。

すなわち,我が国でフィブリノゲン製剤が承認される以前の昭和30年代には,前記のとおり,我が国の産科領域において,出血死を最大の原因とする妊産婦死亡率の高さが大きな問題となっていたところ,米国等において胎盤早期剥離等により低フィブリノゲン血症を来した症例に対しフィブリノゲン製剤を使用して良好な治療効果を挙げていることが報告され,我が国でも重篤な産科出血の治療にはフィブリノゲン製剤の投与が不可欠であるとの認識が一般的なものとなり,産科臨床医の間ではフィブリノゲン製剤の我が国での承認,販売が待望されていた。

昭和39年に我が国でフィブリノゲン製剤が製造承認された後,昭和40年代には多くの臨床例に使用され,改善,救命効果の症例報告がされて,産科臨床医の間ではその劇的な止血効果が認識されるようになり,産科領域における後天性低フィブリノゲン血症の治療に必要不可欠な医薬品として産科医療機関において常備することを奨励する論文が多数報告された。

「今日の治療指針」においても,「無線維素原血症」,「低線維素原血症」,「線維素溶解症候群」,「無フィブリノゲン血症」,「DIC」など,用語の変遷はあるものの,後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲン製剤の有効性が一貫して認められていた。なお,「今日の治療指針」は,各領域の著名な専門医等が,その時代時代の医学,薬学の進歩を反映して,医療現場において一般的に実施されている治療方法を執筆し,実際に臨床医療に携わる医師の治療指針を明らかにした文献である。昭和34年に第1巻が刊行されて以来,毎年改訂され,40年以上にわたり実用に供され,その当時の臨床現場において一般に認められた治療指針を示したものであって,同文献において後天性低フィブリノゲン血症又はDICに対するフィブリノゲン製剤の有効性が肯定されている点は,その当時の臨床現場における一般的な評価を知る上で極めて重要というべきである。

昭和50年代には,DICという概念が注目され,血液凝固異常は広くDlCという概念で論じられるようになり,文献上で低フィブリノゲン血症あるいは低線維素原血症という用語が使用されることは少なくなった。また,DICの病態に関する研究の進展に伴い,内科領域などではフィブリノゲン製剤の使用に懐疑的な見解も登場してきた。しかし,産科領域におけるDICでは,大量出血に伴って急性に病状が進行し,フィブリノゲン値の低下が顕著であることから,産科DICの治療にはフィブリノゲン製剤が必要かつ有効であると指摘する論文も数多く発表されていた。「今日の治療指針」においても,昭和50年代の各版で毎年,「常位胎盤早期剥離」「産科ショック」「分娩後出血」等の項目でフィブリノゲン製剤の使用が奨励されていた。

昭和60年代以降も,フィブリノゲン製剤の有効性が指摘され,「今日の治療指針」においても,平成2年版に至るまで,産科領域におけるフィブリノゲン製剤の有効性が指摘されてきた。

なお,現在でも,産科領域においては,後天性低フィブリノゲン血症の治療にフィブリノゲン製剤を必要とする場合があることが専門家により指摘されているほか(フィブリノゲン製剤関係文献リスト153番の文献),内科領域でもDICでフィブリノゲン濃度が著しく減少したために出血症状が顕著な場合にフィブリノゲン製剤を用いてフィブリノゲンを補充する必要性が指摘されている(同リスト100番,101番,126番及び161番の各文献)。

(2)  産科2団体の見解等

我が国の主要な産婦人科医団体である日本産科婦人科学会及び日本産婦人科医会は,以下のとおり,厚生省からの照会に対する回答などにおいて,フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する有効性を認める旨の意見を述べた。

ア  昭和62年の薬務局長あて「要望書」

日本産科婦人科学会の昭和62年9月25日付け「フィブリノゲン製剤の効能・効果に関する要望書」(<証拠省略>)には,「DICの血液凝固学的治療には現在,抗凝固療法(ATⅢ,FOYなど)と補充療法(血小板浮遊液,新鮮凍結血漿,フィブリノゲン製剤など)が行われておりますが,殊に大量の出血を伴う場合には,後者の補充療法が極めて有用であります。」と記載されている。

日本母性保護医協会の同年10月1日付け「フィブリノゲン製剤の効能・効果(いわゆる適応症)に関する要望書」(<証拠省略>)には,「フィブリノゲン製剤は,低フィブリノゲン血症に対する直接的な効果はもとより,DICに対してもヘパリンなどによる抗凝固療法に併用する物質補充療法の主体として,従来多くの患者の救命に大きい役割を果たしてきました。」と記載されている。

イ  平成14年の厚生労働省の照会に対する回答

日本産科婦人科学会は,平成14年6月17日付け「フィブリノーゲン製剤に関する回答について」と題する書面(<証拠省略>)において,「分娩周辺期には時に大量の出血が発生することがあり,適切な治療が施されない場合には,DICに進展する可能性が高く,その結果母体死亡に至ることが稀ではありませんでした。その場合の治療としては,出血の原因を取り除くことと,出血に伴って失われたものを補充する治療があり,出血により起こった低フィブリノーゲン血症に対する補充療法としてフィブリノーゲン製剤の投与が当時行われておりました。この補充療法としては,新鮮血や新鮮凍結血漿の投与も併用して行われ,フィブリノーゲンの単独投与はむしろ少ないと考えられますが,常備不能である新鮮血や新鮮凍結血漿,クリオプレシピテートを低フィブリノーゲン血症に当初から使用するには,当時の供給体制では困難であった施設,地域があったことも事実であり,常備可能なフィブリノーゲン製剤を緊急時救命の目的にて使用していたと考えております。……昭和62年当時の医療の水準では,DICの治療においては補充療法としてフィブリノーゲン製剤が有効であるとの考え方が一般的でした。」と述べ,フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する有効性を認めている。

日本産婦人科医会も,平成14年6月24日付け「フィブリノゲン製剤に関する回答について」と題する書面(<証拠省略>)において,「フィブリノゲンが著明に低下していて,かつそれを輸血だけで補充すると大量の輪血によって赤血球過剰状態となりDICを悪化させることが懸念される場合や緊急手術を要する場合には,フィブリノゲン製剤を用います。……昭和52年当時の状況では,常備するには不能な新鮮血や新鮮凍結血漿,クリオプレシピテートを低フィブリノゲン血症に当初から使用するには,当時の供給体制では困難であった施設,地域があったことも事実であり,常備可能なフィブリノゲン製剤を緊急時救命の目的にて使用していたと考えております。その有効性は著明なものがあり,多くの産婦を救命したと認識しております。……フィブリノゲン製剤は3年間,冷所保存が可能であり,その利便性から救急医薬品として保存に適しています。一方,新鮮凍結血漿(FFP)は1年間の保存期間,専用冷凍庫が必要です。緊急の出血に,手元にフィブリノゲン製剤が存在することは有利なことです。」,「昭和62年当時の医療の水準では,DICの治療においては補充療法としてフィブリノゲン製剤が有効であるとの考え方が一般的でした。また,加熱処理がなされるようになり肝炎発生の危険性が減少したこと,3年間の保存が可能であり常備保管可能であること等により,危険性より有用性が高いと考えておりました。」と述べ,フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する有効性,有用性を認めている。

ウ  日本産婦人科医会及び日本産科婦人科学会の各会長の見解

日本産婦人科医会の会長であり,産科専門医であるA12は,前記アの要望書及び上記イの回答書はいずれも会の公式見解というべきものであり,昭和62年4月以降においても,臨床の現場でフィブリノゲン製剤が産婦の救命のために必要であり,その有効性,必要性に対し否定的な見解を有する者はほとんどいなかった旨を陳述している(<証拠省略>)。

また,昭和62年当時,日本産科婦人科学会の会長であったA13も,「臨床の場で続発性の低フィブリノゲン血症を何度か経験しており,使用できなくなるのは困る。従来の使用が望まれる。」,「自分個人としてはそういう場合(産科緊急出血時)にフィブリノゲンが使えなくなることは大変困る。大出血が起こったとき全血ではとても対処できるものではない。そういうときフィブリノゲンを1回10g位使へといっているがよく効いて事なきを得た経験を何度かしている。」と発言しており,臨床経験に基づきフィブリノゲン製剤の有効性と必要性を非常に強く確信していた(<証拠省略>)。

(3)  産科3証人の証言等

ア  いずれも産婦人科領域における血液凝固学研究の専門家であり,産科医として豊富な臨床経験を有するA7,A14及びA11の各証人は,自らの臨床経験に基づきフィブリノゲン製剤が後天性低フィブリノゲン血症の治療に有効であると証言している(<証拠省略>)。

イ  A15は,A15意見書において,昭和46年1月から昭和53年12月までに杏林大学産婦人科で常位胎盤早期剥離14例を経験し,そのうち8例に急性DICを発症したが,いずれの症例もフィブリノゲン製剤を使用せず,抗凝固剤又は抗線溶剤とともに新鮮血又は保存血を用いることで治療することができたなどと述べている。

(4)  まとめ

以上によれば,フィブリノゲン製剤は,原告らが問題とする昭和62年4月までの各時点の,少なくとも我が国の産科領域における臨床医療において,一般的に,大量出血を伴う後天性低ブイブリノゲン血症の治療のために有効かつ必要と評価されていたと認められるのであり,比較的設備が整った医療機関等ではフィブリノゲン製剤を使用せずに治療効果を上げるものもあったが,それが大勢であるとか,フィブリノゲン製剤の有効性が否定されていたと認めることはできない。

5  補充療法などの理論的根拠

(1)  補充療法の理論

補充療法は,作用機序の明らかな生体成分の欠乏,不足による症状に対し,当該成分を補う治療法であり,現代医学において一般的に承認された治療法であって,その有効性は,生体成分の不足が先天性の原因による場合と後天的な疾患による場合とで違いはないものとされている。

(2)  補充療法の理論の一般的な適用

後天性低フィブリノゲン血症は,後天的に血中フィブリノゲン量が100mg/dl以下に低下して止血困難を来した病態であるところ,フィブリノゲン製剤は,原料血漿からフィブリノゲンを分離精製して製造された血漿分画製剤であり,常に一定以上のフィブリノゲンを含有するものであるので,同製剤は,先天性のみならず,後天性の低フィブリノゲン血症に対する補充療法としても有効であることは理論的に明らかであった。(<証拠省略>)

なお,米国FDAは,フィブリノゲン製剤の承認を取り消したが,後記のとおり,後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲンの補充療法の有効性を否定してはいない。

(3)  DIC合併時における補充療法の理論の適用

ア  DlCに対する治療との関係

後天性低フィブリノゲン血症がDICに併発した場合においても,フィブリノゲン製剤は,DICそのものに対する治療薬としてではなく,あくまでも後天性低フィブリノゲン血症に対する治療薬として,フィブリノゲン濃度を上げて止血を図ることを目的として投与されるものであり,DICそのものに対しては,別途,手術による基礎疾患の除去などの治療が行われることを前提としている。

イ  他の凝固因子の補充必要性

(ア) 問題の所在

原告らは,DICにおいては,フィブリノゲンのみならずほとんどすべての凝固因子や血小板が減少し,凝固阻止因子や線溶阻止因子も減少しているから,フィブリノゲンのみを補充しても無意味であるなどと主張する。また,A16はそのA16意見書(1)で,また,証人A5はその証言で,同様の指摘をする。

(イ) 検討

そこで検討するに,以下に述べるとおり,DICにおいては,他の凝固因子や血小板等はフィブリノゲンと比較して著減せず,凝固に必要な最小量は通常存在しているものと認めることができる。

すなわち,第1に,フィブリノゲンは血液凝固カスケードの最終段階において血栓の材料となる基質であるのに対して,他の凝固因子は酵素ないし補助因子にすぎないから,血漿中に含まれる量も,フィブリノゲンが200mg/dlから400mg/dl(平均250mg/dl)であるのに対して,他の凝固因子は,プロトロンビン(第Ⅱ因子)及び第Ⅳ因子が10mg/dl程度である以外は,いずれも数mg/dl以下にすぎない。そして,生体に存在する種々の生理活性物質や血球成分等は,通常,生体が正常な機能を営むために必要な最小限度の量に予備量を上乗せした量が存在するところ,予備量を考慮すると,各凝固因子の必要最小濃度は,フィブリノゲンについては正常値の約40%である(250mg/dlを基準として100mg/dl以下となると止血困難となる。)のに対して,プロトロンビン(第Ⅱ因子)は約10から15%,第Ⅶ因子は約5から10%,第ⅩⅢ因子は約1から5%であり,フィブリノゲン以外の凝固因子の多くは正常値の約20%の濃度があれば止血が可能である。このように,フィブリノゲンにおいては他の凝固因子と比較して予備量の割合が相対的に少ないので,仮にすべての凝固因子が同一の割合で失われるとしても早く最低必要量を割ってしまう。このことは,妊娠後期にフィブリノゲン量が増加しているとしても,他の凝固因子も同様に増加しているので変わりはない。さらに,フィブリノゲンは,凝固のための最低必要量も上記のとおり他の凝固因子に比較して格段に大きいことから,失われた場合に回復すべき量も大きい。

(<証拠省略>)

第2に,血液凝固カスケードは各凝固因子の酵素反応が連鎖的に起こることから増幅作用があり,出発点で第ⅩⅡ因子のわずかな量の活性化により,大量のトロンビンが生成され,これにより大量のフィブリノゲンをフィブリンに変えることができ,しかもフィブリノゲンは血栓の基質であることから消費されるのに対して,他の凝固因子は酵素ないし補助因子であるから消費されないため,わずかな凝固因子の活性により相対的に大量のフィブリノゲンが消費される(<証拠省略>)。この点,A6は,「この現象は増幅器系amplifier systemに似ており,個々の反応に関与する蛋白量は次第に増加する。従って1mg%以下の第ⅩⅡ因子は400mg%のfibrinogenに対応することができる」と述べ,血液凝固因子の種類により,その必要量は400倍以上の差があることを指摘している(<証拠省略>)。また,Elodiらは,血液凝固カスケードにおける増幅作用を検討した研究において,第Ⅸa因子が第Ⅷ因子,リン脂質及びカルシウムと複合体を形成すると第Ⅸa因子の活性は約20倍に増大すること,トロンビン1分子により1680分子のフィブリノゲンがフィブリンに転化されること,そして,活性が最大である複合体の場合には,第ⅩⅠ因子の活性からフィブリンの形成までで2×108の増幅度と計算される旨報告している(<証拠省略>)。

第3に,大量出血に伴い凝固因子が減少する速度は一律ではなく凝固因子により異なり,フィブリノゲンは他の凝固因子に比較して著減しやすい。SeppoT. Hiippalaらは,外科手術により大量出血を来した症例を検討して,血小板,フィブリノゲン,プロトロンビン,第Ⅴ因子,第Ⅶ因子の血中濃度・活性の変化を解析した研究において,出血量が循環血液量の142%を超過した時点でフィブリノゲンが必要最小量である100mg/dlを下回るのに対し,プロトロンビンの場合は201%,第Ⅴ因子は229%,第Ⅶ因子は236%,血小板は230%の出血量となった時点で必要最小量を下回ったとしている(<証拠省略>)。

第4に,血液成分の産生能が正常に維持されている状態において,大量出血などの消費の亢進により血液成分が不足した場合には,生体は,当該血液成分の産生期間の活性を一時的に増強し,産生速度を上げて当該血液成分の不足を解消し,正常機能に回復させようとする代償機能を有していて,回復に要する速度であるターンオーバーは,血液成分ごとに異なり,血液成分の半減期が短いほど回復は早く,半減期の長い血液成分ほど回復に長く掛かる。そして,第Ⅴ,第Ⅶ,第Ⅷ因子は半減期が数時間から12時間であることから,数時間以内に急速に回復するが,フィブリノゲンは急性相たんばくと呼ばれるものの半減期は4から6日と長く,他の因子に比較すると回復に時間が掛かる(<証拠省略>)。

以上によれば,血液凝固因子によって,凝固のための最小必要量,予備量の割合,減少速度,回復速度が異なるところ,フィブリノゲンは血栓の材料として必要最小量は他の凝固因子と比較して格段に大きい一方,予備量の割合は相対的に小さく,また血液凝固の増幅機能により,減少速度が大きく,回復にも時間が掛かるのに対して,他の凝固因子は酵素又は補助因子であり,わずかな量でその機能を果たし得る上に,予備量の割合も大きく,相対的に減少速度は遅く,回復速度は速いことから,フィブリノゲンのみならず他のすべての凝固因子が必要最小量を下回ることは通常はなく,フィブリノゲンのみが著減している状態が想定されるというべきである。したがって,DICによりフィブリノゲン以外の他の凝固因子も減少していたとしても,フィブリノゲン製剤の補充療法としての有効性の理論的根拠は依然として認められるというべきである。

(4)  まとめ

以上によれば,フィブリノゲン製剤には,後天性低フィブリノゲン血症に対する補充療法としての有効性の理論的根拠が認められる。

6  諸外国における使用状況

後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  米国

米国においては,1947年(昭和22年)から米国FDAが1977年(昭和52年)12月7日にフィブリノゲン製剤の製造承認を取り消すまで,同製剤が製造販売されていた。

また,米国においては,後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲン補充療法のため,濃縮フィブリノゲン源としてクリオブレシピテートが用いられている(<証拠省略>)。

(2)  ドイツ

ドイツでは,アベンティス・ベーリング社(当時のBehringwerke AG社)が,1966年(昭和41年)1月にフィブリノゲン製剤の承認を取得して以来,後天性低フィブリノゲン血症をも効能,効果としてフィブリノゲン製剤が継続的に製造,販売されている(<証拠省略>)。現在市販されているフィブリノゲン製剤「ヘモコンプレッタンHS」は,「先天性の低,異常及び無フィブリノゲン血症」のほか,「重篤な肝実質障害による合成障害,播種性血管内凝固症候群,線溶系亢進などによる血管内消費量の増大,大量出血を原因とする後天性低フィブリノゲン血症」を適応(効能,効果)とし(<証拠省略>),2001年(平成13年)1月現在の同製剤の添付文書にも「播種性血管内凝固(DIC)及び線溶亢進に伴う血管内の消費過多」,「低フィブリノゲン血症を伴う可能性がある最も重要な臨床所見は,出産に伴う合併症,不適合輸血後及び中毒後の溶血,全てのショック,創傷,手術侵襲,肺癌,膵癌,子宮癌,前立腺癌,肝硬変ないし急性白血病」との記載により,後天性低フィブリノゲン血症をも効能,効果としている(<証拠省略>)。

また,血漿製剤に係るドイツ薬事法の規制当局であるポールエーリッヒ研究所の血液学/輸血療法部長A17博士は,ドイツにおいては,産婦の産科的DICに対して,フィブリノゲン製剤が輸血とともに使用されること,一方,クリオプレシピテートは,12人の供血者のプールが使用され,また,十分なウイルス除去処理を適用できないため,もう長らく使用されていないことを述べている(<証拠省略>)。

(3)  オーストリア

オーストリアにおいても,1966年(昭和41年)以来フィブリノゲン製剤が販売されており,その効能,効果には,後天性低フィブリノゲン血症が含まれている。すなわち,2001年(平成13年)のフィブリノゲン製剤(バクスター社及びオクタファルマ社)及び2004(平成14)/2005(平成15)年のフィブリノゲン製剤(ZLBベーリング社)の効能,効果には,後天性低フィブリノゲン血症が含まれている(<証拠省略>)。また,オーストリア,健康と女性のための連邦省第Ⅲ局A部門4課課長ヨハン・クルツ博士は,重度のDIC及び低フィブリノゲン血症には,主に手術の場合に,フィブリノゲン製剤が使用されるとし,外科的領域の低フィブリノゲン血症への使用状況を述べている(<証拠省略>)。

また,産科領域における低フィブリノゲン血症による出血に対してもフィブリノゲン製剤の有用性が一般的に認識されており,臨床試験の文献が入手できない理由として産科的DICの患者を対象にした臨床試験を行うことは,患者を危険にさらすこととなり,また,患者数が少ないことからも困難であると考えられていること,フィブリノゲンを補充する治療法は,一般に効果的であり,それは,疾患の原因が先天的か,後天的かの違いにより異なるものではないとしている(<証拠省略>)。

(4)  カナダ

アベンティス・ベーリング社及びバクスター社により製造されたフィブリノゲン製剤が,カナダ健康局特別供給プログラム(生命の危険な状態にある患者に対して,国内に適切な治療法がない場合等に,国内で市販されていない医薬品を供給するシステムであり,同プログラムに基づく許可は,カナダ健康局による当該医薬品の安全性,有効性,品質の保証を意味するものではないとされる。)に基づき,カナダ血液サービスを通じ,必要な患者に対して供給されている(平成14年8月現在。<証拠省略>)。

(5)  スウェーデン

フィブリノゲン製剤は,個別許可を得て,アベンティス・ベーリング社及びイムノ・バクスター社の各製剤が使用されている(平成14年8月現在。<証拠省略>)。

(6)  フランス

1998年(平成10年)から,国立バイオテクノロジー研究所がフィブリノゲン製剤の一時的認可(深刻かつまれな疾病を対象とする医薬品について,市場での販売認可のある代替治療薬がなく,その使用による効果と危険性が判明している場合に,臨時に与えられる使用認可)を得て,製造・供給を行っている「CLOTTAGEN」がある。その効能,効果は,深刻な低フィブリノゲン血症を伴う出血性症候群などである(<証拠省略>)。

(7)  EU

フィブリノゲン製剤について,平成4年に出された「ヒト血液又はヒト血漿分画製剤 製剤特性概要」と題する欧州ガイドライン(<証拠省略>)には,先天性欠乏症と同様に,後天性低フィブリノゲン血症の特殊症例における出血性素因に対する効能,効果が含まれている。また,欧州医薬品庁のワーキンググループにより改訂され平成17年4月に発行された製品特性概要において,後天性低フィブリノゲン血症の有用性を反映させる勧告が出されている(<証拠省略>)。

(8)  まとめ

以上のとおり,フィブリノゲン製剤は,米国では昭和22年から昭和52年12月まで,ドイツ及びオーストリアでは昭和41年から現在まで,後天性低フィブリノゲン血症を含む疾患を効能,効果として製造,販売されてきた。また,現在においても,スウェーデン,フランスなど欧州各国やカナダといった国々でも後天性低フィブリノゲン血症を含む疾患に対する有効性,有用性を前提としてフィブリノゲン製剤が使用に供されている。

7  米国FDAの再評価について

(1)  米国FDAによるフィブリノゲン製剤の承認取消し

原告らは,米国FDAが,昭和52年12月,フィブリノゲン製剤の有効性を否定しその承認を取り消したと主張するので,これについて検討する。

後掲各証拠によれば,米国FDA再評価委員会におけるフィブリノゲン製剤の再評価に関する審議経過は以下のとおりであったと認められる。

ア  第6回会議(1976年(昭和51年)5月5日及び6日)

米国FDA生物製剤部局のJohn Finlayson医師が,フィブリノゲン製剤の有効性及び安全性に関する歴史と入手可能なデータについて,多くの適応症が現在のラベリングには含まれているが,その多くが適切にして十分にコントロールされた臨床研究によって裏付けられているものではないと報告した。さらに,血液学者であり,血液凝固の専門家であるNew England Deaconess病院及びハーバード大学のJames Tullis医師は,フィブリノゲン製剤は,後天性無フィブリノゲン血症の治療選択肢ではなく,むしろ原因が最初に治療されるべきであり,今なお限定的に使用されているにもかかわらず,使われ過ぎであると結論付け,よりよい教育の方法があると述べた。そして,委員会は,フィブリノゲン製剤は,危険に対する利益の度合いが低いために,この製品の製造許可を取り消すべきとの印象を抱いたが,フィブリノゲン製剤を用いたフィブリノゲン療法を擁護する者に対して,同製剤の継続使用を支えるデータ及び意見の提出を求めることとし,特にフィブリノゲン補充療法のためにはクリオプレシピテート抗血友病因子(ヒト)を使用するほうがフィブリノゲン製剤よりも比較的安全かつ有効であるとの考え方に対する批判的評価を歓迎することとした。

(<証拠省略>)

イ  第7回会議(1976年(昭和51年)6月25日)

委員会は,フィブリノゲン製剤の危険性について議論を行い,フィブリノゲン製剤は多数の供血者のプール血漿から調合されることと,フィブリノゲンが他の血漿分画における肝炎ウイルスを不活化する低温加熱滅菌(pasteurization)工程に耐えられないため,このような工程がとられていないことから,フィブリノゲン製剤の投与が肝炎感染の重大な危険性と結び付いてきたことを確認した。さらに,フィブリノゲン製剤の現在の危険性についても,① ほとんどの研究はフィブリノゲン製剤の投与を受けた者を注意深くフォローアップしていないこと,② ほとんどすべての事例においてフィブリノゲン製剤の投与を受けた者は他の血液製剤も投与されていること,③ 第3世代B型肝炎表面抗原検査により陰性であった供血者の血漿から調合されたフィブリノゲン製剤を投与された者の肝炎発生率の報告が全くないことから,これを評価することはほとんど不可能であるとし,肝炎感染の重大な危険性を否定できる根拠がないことを確認した。このため委員会は,前回の会議で表明された立場を再確認し,危険性に対する利益の度合いが低いために同製剤の製造承認を取り消すべきとの意見で一致した。そして,フィブリノゲン製剤の継続的使用を支持する者からのデータ及び意見の提出を促すこととした。

(<証拠省略>)

ウ  第9回会議(1976年(昭和51年)11月12日及び13日)

上記のとおり,委員会は,フィブリノゲン製剤の継続的な使用,特に産科合併症におけるラベルに記載された用法を支持する開業医からの追加的データを求めてきていたが,委員会に招請された臨床血液学者で血液凝固異常の専門家である,ジョンホプキンス大学のWilliam Bell医師は,開業医らに対する調査及び自己の経験に基づき,フィブリノゲン製剤に有効な用途があるとしても,それはわずかしかないことを報告した。さらに,委員会は、低フィブリノゲン血症の治療のためには,他の選択肢があることに注目した。それゆえ,委員会は,これに反する追加的な証拠がない限り,フィブリノゲン製剤は,期待される利益に対し潜在的な危険性が上回ると結論付けることとし,次回の会議で同製剤について包括表明案を議論することとなった。

(<証拠省略>)

エ(ア)  第10回会議(1977年(昭和52年)1月14日及び15日)

会議において,Merk,Sharp&Dohme調査研究所のKenneth M. Given博士は,同研究所と関係のある3人の血液学者がフィブリノゲン製剤が有用であるかもしれない臨床的状態が少なくとも一つはあると感じており,この3名はこれらの臨床的状態の処置において,クリオプレシピテートがフィブリノゲンの適切な供給源となることには同意しているが,クリオプレシピテートが広く一般に利用可能かどうか懸念を表明していることを報告した上,フィブリノゲンの補充を必要とする臨床的状態が仮に一つでも存在し,代替治療法がどこでもすぐに利用可能でないとすれば,フィブリノゲン製剤の現状を変えることが賢明であるといえるか疑問があると述べた。

しかし,委員会は,フィブリノゲン製剤について,肝炎感染の高度な潜在的危険性に加え,同製剤が必要とされるかもしれないごくまれな場合に対してはより安全な代替療法,つまりクリオプレシピテート又は単一供血者由来の血漿が利用可能であることを考慮して,フィブリノゲン製剤は第2分類(委員会が安全でない,又は有効でない,あるいは表示が誤っていると決定した製剤)に置くべきであるとの勧告を行うこととした。委員会は,報告書の中のこの部分が公表されること,そして,米国FDAが直ちにこの勧告の実施に取り組むことを勧告した。

(<証拠省略>)

(イ) 包括的声明

委員会はフィブリノゲン製剤の再評価についての包括的声明を確認したが,その中には,以下の指摘がある(<証拠省略>)。

a 「Ⅳ フィブリノゲン欠乏の臨床的側面

フィブリノゲンは,出血している患者であって,かつ,異常な大出血を引き起こすのに充分なほどフィブリノゲン濃度の低い者を治療するために,使用されてきた。また,フィブリノゲンは,例えば外科手術等,血液凝固システムに対する大きな負荷が予期される場合に,フィブリノゲン濃度の異常に低い患者に対して使用されてきた。フィブリノゲンからフィブリンへの反応は,結果として正常な止血をもたらす一連の複雑な血管中の生化学的機構の中のひとつに過ぎないため,適当な治療法を決定するためにフィブリノゲン濃度だけを用いることはできない。同様の理由によって,フィブリノゲンの静脈内投与は,ほとんどの場合,大出血の事態を好転させるためには,充分ではない。通常は,数多くの異常が存在しているため,フィブリノゲンだけを輸注しても正常な血液凝固を起こさないであろう。

フィブリノゲンの欠乏と異常出血との関連は,多くの疾患の状態においてフィブリン溶解システムが異常に活性化されていることにより,さらに複雑となる。例えば,低いフィブリノゲン濃度は相当量のフィブリノゲンの分解が増大したことの反映であると思われるが,それゆえ,増大するフィブリノゲン溶解活性の原因となるものを同時に正すことなく,低濃度だけを解決しようとする試みは,有用であるというよりもむしろ有害であろう。

よく似たジレンマは,汎発性血管内凝固症候群(DIC)の場合にも起こる。多くの内科的・外科的・産婦人科的病気による大出血の併発が,広範に血管内で凝固が進行し,その結果フィブリノゲンを含む凝固因子が消耗することと関連があるという比較的最近の知見は,このような問題の治療の再評価を要求する。DICは,急性または慢性的に起こり得るが,次のような極めて様々な状況,例えば,グラム陰性菌内毒素症,抗原抗体反応,胎盤早期剥離,羊水塞栓症,死亡胎児の子宮内での保持,溶血性の輸血反応,体外循環,外傷,前骨髄球性白血病,血栓性血小板減少性紫斑病,脂肪塞栓症,毒ヘビに咬まれた場合等にみられる。検査所見は,患者によって幾分か異なるが,すべてのケースにおいて,いくつかの凝固因子,すなわち普通は第Ⅴ・第Ⅷ因子そしてフィブリノゲン等の濃度の減少,血小板数の減少の証拠,およびフィブリン溶解性の増大の証拠,すなわち循環血液中にフィブリノゲン/フィブリン分解産物が検出されること等が認められる。様々な臨床状況に合併した無フィブリノゲン血症についての初期の理論の多くは,広く認められたDICの理論によってよりよく説明することができることは明らかである。このような状況のもとで,病因論的にも,また治療薬としても,フィブリノゲンが今まで強調されてきたことについては,再検討の必要がある。」,

b 「Ⅴ 凝固に必要な濃度

フィブリノゲンの欠乏は,しばしば他の凝固異常と関連を持つため,それ以下の濃度では異常出血の危険性が増大する臨界フィブリノゲン値を指定することは,困難である。」,「しばしば産科の患者の出血の報告をしている他の著者は,100mg/dl程度の濃度で不安定な血餅形成をすると記述しているが,データを挙げていない。総説の多くは,100mg/dl以下の血漿フィブリノゲン濃度の患者は出血の増大を招くと示唆しているが,その記述に証拠を与えるデータは,示されていない。」,

c 「Ⅵ 個別的な適応

4.汎発性血管内凝固症候群

循環する凝固因子の消費,血小板の使用及びフィブリン溶解機構の活性化を伴う広範囲の血管内凝固は,様々な臨床的状況全体に見られる凝固異常の病因学的プロセスとして定着してきた。このような状況の中には,胎盤早期剥離・羊水塞栓症・死亡胎児の子宮内保持・人工中絶等の産科学的合併症に伴う深刻な凝固異常も含まれる。グラム陰性菌による敗血症における出血状況は,多くの内科的・外科的合併症にみられるのと同様に,大抵の場合DICの現れである。従って,以前は後天性無フィブリノゲン血症として診断・治療された殆どすべての出血状況は,現在では,濃縮フィブリノゲンの静脈内投与により,血漿中のフィブリノゲン濃度を回復させる努力でもって治療されるより,むしろ消耗性の凝固異常として治療される。一般に,DICの治療法は,不足した凝固因子を補充する努力よりも,むしろ基礎にある病理学的問題の治療に注意が向けられている。また,転移ガンにおける場合のように,そのプロセスの制御が困難または不可能な場合には,ヘパリンが使われてきた。抗凝固療法(ヘパリン)か,凝固因子補充療法か,あるいはフィブリン溶解剤による治療かのいずれかを適切かつ賢明に選択することは,非常に困難な臨床的決断である。しかし,フィブリノゲンの補充は以前まで信じられていたほどには重要ではなく,ほとんどの患者が濃縮フィブリノゲンの投与を必要としないことは明らかである。

a.胎盤早期剥離

妊娠中の激しい出血の原因で最も頻度が高いのは,常位胎盤早期剥離である。DICの機序は,おそらく正常に付着した胎盤が破壊されることにより,引き続いて脱落断片や血清あるいは活性化された凝固因子が母体循環内に進入することと関連している。適切な治療法は,敏速に子宮内を空にすること,ショックに対する治療,そして輸血を含む。大抵の患者は,特定の凝固因子の補充を必要とすることはなく,ヘパリンも,もし適応があるとしても必要となることは稀である。フィブリノゲン補充が必要とされるわずかなケースにおいては,4gの投与量が勧められてきた。

b.子宮内胎児死亡および死胎児稽留症候群

このような場合,残存する死亡胎児からトロンボプラスチン様物質が徐々に吸収され,生体内において,凝固系の慢性的活性化がひき起こされる。これは,しばしば,完全に進行するのに約5週間を要する穏やかな慢性DICを生み出す。的確な治療法は,凝固検査を頻繁に行ってモニターしながら,重大な異常が明らかになったら直ちに子宮内容物を迅速に排出させることである。フィブリノゲンの静脈輸注は,もし必要とされるとしても,めったに行わない。

c.羊水塞栓症

羊水が母体の循環内に入ることは,通常は分娩の際に生じるが,呼吸困難・チアノーゼ・ショック・そして急性DICに特徴づけられる突然かつ壊滅的な出来事を起こすことがあり得る。大抵の場合,始まりは突如として起こり,数分内で死に至る。ショックがもっとゆっくり起こり,そして,広範囲の出血が死の前に顕著になることも,ときどきある。羊水がトロンボプラスチン様物質に富んでいるため,広範囲の消耗性凝固異常の発生は,驚くべきことではない。このような患者には,即座に強力なショックに対する治療と血液喪失を回復するための輸血,そしてフィブリノゲンの補充を必要とする。4gのフィブリノゲンが推奨されてきた。

d.様々な状況

広範な外傷・ヤケド・不適合輸血・敗血症(特にグラム陰性細菌を伴う)・前骨髄球性白血病・癌・肝炎・ウイルス感染,そして実に,殆どすべての深刻な内科的・外科的病気は,しばしば,DICを伴っている可能性がある。このようなケースの治療法は,様々であるが,静脈注射用のフィブリノゲンの使用は,主要な治療法ではない。」

d 「Ⅶ 危険性と合併症

多数のドナーの血漿からフィブリノゲンは調製される。このために,そして,他の血液成分中の肝炎ウイルスを不活化するために用いられる10時間60℃加熱にフィブリノゲンが耐えられないために,フィブリノゲンの投与は,伝染性のウイルス性肝炎にかかるという重大な危険と関連づけられてきた。しかし,実際に現在における危険は,以下の理由で,殆ど評価が不可能である。すなわち,

1.大抵の研究は,受血者(レシピエント)の迫跡調査を行っていない。

2.殆どすべてのケースで,フィブリノゲンの受血者(レシピエント)は,他の血液製剤の輸注もされている。

3.第3世代の方法によるHBsAgテストで陰性を示したドナー血漿から調製されたフィブリノゲン投与後の肝炎発症の頻度に関する報告がない。このテストは現在では製剤工程に必要とされているから,1950年代から1960年代にかけて作成された報告は現在の危険性を反映するものではないかもしれない。

このような限界はあるにしても,報告によれば,フィブリノゲン投与後の肝炎の発生頻度は,1.7%から55%に及んでいる。」,「HBsAgテストで陰性のドナーからのフィブリノゲンによる肝炎の危険性についてのデータはないが,このようなドナーでも肝炎を伝染させる可能性があること,そして,現在の加工法だとHBsAgはフィブリノゲン画分中に認められることが知られている。それ故,次のことは,証明されてはいないが,充分にあり得ることである。それは,大量のプール血漿は,たとえはじめはHBsAg陰性の原料によるものであったとしても,感染性を持つということである。フィブリノゲンについてのデータはないが,他の画分,例えば,抗血友病因子(ヒト)や第Ⅸ因子複合体(ヒト)は,より広く使われ研究されてきた。プール血漿のサイズや一般的な加工法はすべてこのような非加熱成分にとって同じであるから,肝炎感染の危険性もまた同様であると推測するのは,もっともである。そして,その危険性は,他の血液製剤との接触が殆どまたは全くない受血者(レシピエント)において,36~75%である。再び言うと,これらのデータは,初めの原料のドナーユニットそれぞれに関するHBsAgテストの必要性が言われる前に収集されたものであった。そうした事実があるにしても,非加熱プール原料の高い肝炎感染率は明らかである。HBsAgテスト陽性ドナーからのものを排除すれば,このような危険性は低くなるが,ゼロにはならないこと,そして,より最近のデータがない現在においては,最も賢明な道は,約25%というフィブリノゲンの肝炎感染の危険性についての,以前からの見積もりを受け入れることである。

外科手術でフィブリノゲン製剤を投与した後に広汎な血管内血栓症を来たしたことによって,これまでに少なくとも1人が死んでいる。そして,フィブリノゲン製剤投与後に重篤な肺塞栓症を起こしたいくつかのケースも見られている。」,

e 「Ⅷ その他のブイブリノゲンの原料

(人)フィブリノゲン製剤は,上述の適応に対し,一般に使用することが認可された製剤である。しかし,フィブリノゲンの補充療法は,他の血液成分によって達成できる。クリオプレシピテートは,通常第Ⅷ因子の供給源として製造されるが,同時に,クリオプレシピテートの1バッグが約250mgのフィブリノゲンを含有するため,フィブリノゲンの優れた供給源ともなっている。クリオプレシピテートは,フィブリノゲンの補充療法の候補者である患者に対して使用されてきた。肝炎の危険性に関しては不明であるが,おそらく全血輸注のそれと同じか,より少ないであろう。」,

f 「Ⅸ 勧告

多数のよく立証されている研究を含む最近の証拠により,後天性低フィブリノゲン血症の発生における主要なまたはおそらく唯一の病因学的要因はDICであることが証明されている。そのため,治療法は,基礎疾患に対し適切に注意が向けられる。ヘパリンはときどき使用されるが,フィブリノゲンの補充はほとんど常に不要である。後天性低フィブリノゲン血症にかかったごく少数の患者または先天性無・低・異常フィブリノゲン血症にかかった珍しい患者においては,クリオプレシピテートがフィブリノゲン補充の適切な供給源である。

(人)フィブリノゲン製剤と比較してのクリオプレシピテートの肝炎危険性は知られていないが,フィブリノゲン補充を必要とする患者が比較的まれであるため,危険性の比較を適切な研究に基づいて吟味することはできない。それゆえ,(人)フィブリノゲン製剤からの肝炎感染の危険性を決定するための科学的に確実なデータは存在していないし,これからも現れないだろう。加熱処理が不可能なプール製剤からの肝炎感染の危険性は高いと,かねてより言われている。HBsAg陰性ドナーの血液のみの使用によって,この危険性は減少するが,なくなってはいない。たとえ少量のウイルスでも大きなプールを汚染し得ることや,プールのサイズが大きくなるのに従い感染の危険性が増大することは,よく知られている。それ故,潜在的に感染可能性のある物質にさらす危険性を可能な限り最も低くして,必要な因子を供給するような血漿成分,画分,血漿派生物の投与に治療法を制限するのが論理的帰結であると思われる。フィブリノゲン欠乏の場合,望まれる治療法は,クリオプレシピテートで達成できる。最も大量の投与計画でも,患者がさらされるのは比較的少ないドナーである。フィブリノゲンが必要とされるほんの少しのケースにおいて,クリオプレシピテート,単ドナー(人)血漿または単ドナー新鮮凍結(人)血漿でフィブリノゲンを代用することは,ドナーにさらすことを減少させるだろうし,肝炎感染の危険性も減少させるはずである。クリオプレシピテートとフィブリノゲンの肝炎感染の危険性比較についての決定的なデータはないが,委員会は次の勧告を行うことが最も安全な方向であると信じる。すなわち,(人)フィブリノーゲン製剤は回収されるべきこと,そして,そのような治療法が適応ありとされる数少ない臨床的状態においてはフィブリノゲンの供給源としてクリオプレシピテートが使用されるべきこと,である。」

オ  第11回会議(1977年(昭和52年)3月11日及び12日)

委員会はフィブリノゲン製剤に関する勧告に対して一般から寄せられた追加的意見について検討を行った。フィラデルフィアのH.James医学博士及びシカゴのDavid Green医学博士の書簡は,へんぴな地域においてクリオプレシピテートは迅速な入手ができないかもしれないとの懸念を表明し,フィブリノゲン製剤が数少ない特別な用途のために供給継続されるべきことを勧めるものであった。

委員会はこれに対して,新鮮凍結血漿がフィブリノゲンの供給源となること及びこの書簡で指摘されている症例は複合的な凝固異常でありフィブリノゲンの欠乏が主たる障害でないと指摘した。そして,委員会はこれらの書簡を考慮したが,依然として以前の決定が有効であると勧告した。

(<証拠省略>)

カ  連邦公報(1978年(昭和53年)1月6日)

米国FDAは,1978年(昭和53年)1月6日付けのFederal Register Vol.43,No.4に公示を行ったが,その中には以下の記載がある(<証拠省略>)。

(ア) 「要旨

本文書は,生物製剤フィブリノゲン(ヒト)に関して製造業者に与えた全ての製造承認(ライセンス)を,1977年12月7日をもって取り消し,また,フィブリノゲン(ヒト)のいかなる製造業者による販売,取引,あるいは交換も同日をもって禁止することを発表するものである。この措置は,フィブリノゲン(ヒト)の有効性に疑問がもたれること及び肝炎感染リスクのより低い他の製剤によって代替し得ることから,製造承認を受けた製造業者らの要請に応じてとられたものである。長官は,更に,製造業者により既に販売もしくは引渡し済みのフィブリノゲン(ヒト)について,1978年7月1日以降は再販してはならないとの通告を行なっている。」,

(イ) 「補足情報

フィブリノゲン(ヒト)は,1947年以降製造承認されている生物製剤である。本製剤は,出血中でフィブリノゲン値が低い患者の治療,並びに,フィブリノゲン値が異常に低い患者に血液凝固系への重大なストレスが予想されるときの予防のために用いること,が推奨されてきた。ヒトの止血過程は一連の複雑な血管及び生化学上の反応から成るものであることから,フィブリノゲン値のみが適切な治療に関する有効な指標となるとは必ずしもいえない。フィブリノゲンの投与の適応がある患者では殆どの場合,多種の異常が存在しているので,フィブリノゲンの単独投与のみでは正常な血液凝固は得られない。このようなことから,フィブリノゲン(ヒト)の臨床効果を評価することは困難であり,その使用が有効とされる適応症はほとんどない。

フィブリノゲン(ヒト)は,多数の供血者のプール血漿から製造されている。フィブリノゲン(ヒト)において,B型肝炎ウイルスを不活化させるための加熱処理は,製剤の効力に望ましくない影響を与えるであろう。このような理由から,フィブリノゲン(ヒト)の投与は,単一単位の血漿に由来する製品よりもB型肝炎感染のリスクが高い。主治医によりフィブリノゲンの補充療法が必要であるとみなされるようなごくわずかな臨床例においては,単一単位の血漿から調製したクリオプレシピテート抗血友病因子(ヒト)やその他の製剤をフィブリノゲンの供給源として用いることができる。これにより,肝炎リスクが低下することになる。このため,§601.25(21.CFR,601.25)に従い設立された血液および血液製剤の再評価諮問委員会では,フィブリノゲン(ヒト)を市場より回収し,クリオプレシピテート抗血友病因子(ヒト)などの他の製剤を,このような治療法の適応があるごくわずかな症例にフィブリノゲンの供給源として用いることを勧告した。このパネルの勧告に応えて,製造承認を得ているフィブリノゲン(ヒト)のすべての製造業者は,製造承認の取り消しを求めるとともに,§801.5(a)(21.CFR,601.5(a))による公聴会の機会の放棄を申し出た。

以上の次第で,長官は,1977年12月7日をもって,フィブリノゲン(ヒト)に関する製造業者の全ての製造承認の取消しを発表した。」

(2)  検討

以上に詳細に認定した米国FDA再評価委員会における議論の経緯等によれば,米国FDAがフィブリノゲン製剤の製造承認を取り消した理由は,肝炎ウイルス感染の重大な危険性に着目し,かつ,比較的安全かつ有効な他の選択肢としてのクリオプレシピテートがあることに注目し,フィブリノゲン製剤は期待される利益の度合いが低いのに対し潜在的な危険性が上回るとの判断の下に,有用性の観点から取り消したものであると解されるのであって,有効性を全面的に否定したためであると認めることはできない。

8  我が国の第2次再評価について

(1)  非加熱フィブリノゲン製剤の再評価

ア  問題の所在

厚生省は,Aが昭和61年2月に再評価申請した非加熱フィブリノゲン製剤のフィブリノゲンーミドリにつき,昭和62年7月2日,同社に対し,その効能,効果を「先天性低フィブリノゲン血症の出血傾向」と改めることにより医薬品製造承認不許可事由に該当しないと判定したことなどを内示し,さらに,平成2年9月5日,同製剤を,再評価申請後に申請者が承認を整理した品目として公表した。そこで,この再評価の結果がフィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する有効性を否定するものかどうかが問題となる。

イ  事実経過

前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば,厚生省がフィブリノゲン-ミドリにつき上記の公表をするまでの経過は,次のとおりであると認められる。

再評価調査会は,Aが同剤を今後製造しないとして承認整理の届出をした後も,評価対象を事実上フィブリノゲンHT-ミドリとして非加熱フィブリノゲン製剤の再評価を継続し,昭和62年7月,Aに対し,上記の内示をした。この内示は,先天性低フィブリノゲン血症を除く一般的な低フィブリノゲン血症の治療に対する有効性は治験等のバックグラウンドをそろえた臨床比較試験でのみ実証し得るとの立場に立ち,Aが再評価の資料として提出した一般臨床試験の報告10報には輸血等が併用されているものやフィブリノゲン値が測定されていないものが多く,これらの報告からは同剤がその他の一般的な低フィブリノゲン血症に対して有効であったかどうかを確認できないとの判断に基づくものであった。

そこで,Aは,後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲン製剤の有効性,安全性を立証するため,同剤と全血あるいは新鮮凍結血漿を併用する群と,全血あるいは新鮮凍結血漿のみを使用する群とに分けてフィブリノゲン製剤の上乗せ効果を判定する封筒法による比較臨床試験を計画し,また,再評価調査会の指摘により,その試験対象を血漿フィブリノゲン濃度の著しい低下を示す症例に限定するなど計画に改訂を加えた。

そして,Aは,再評価に必要な臨床試験については,当時開発を進めていたSD処理製剤への一部変更承認申請に必要な臨床試験と兼ねる形で実施する方針を立て,厚生省にその旨打診したところ,厚生省から,後天性低フィブリノゲン血症に関する臨床試験に時間を要することになるのは再評価期間との関係から好ましくないので,効能,効果を先天性低フィブリノゲン血症に限定することについて日本産婦人科医会等に再度意見を聞いてはどうかとの示唆を受けた。

そこで,Aは,日本産婦人科医会等の関係者から意見を聴取し,フィブリノゲン製剤の効能,効果から後天性低フィブリノゲン血症が除外されることはやむを得ないとの結果を得た上,非加熱フィブリノゲン製剤についての後天性低フィブリノゲン血症に関する臨床試験を断念し,平成2年3月,厚生省に対し,上記再評価申請にかかる製剤の効能,効果を「先天性低フィブリノゲン血症の出血傾向」と改める旨の前記の内示に異議がない旨を回答した。

これを受けて,厚生省は,フィブリノゲン-ミドリを,再評価申請後に申請者が承認を整理した品目として公表した。

ウ  検討

以上の事実に基づき検討するに,上記内示は,原告らが問題とする時点の一つである昭和62年4月に近接した時期において,再評価調査会が非加熱フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する治療効果を確認できないとしたものである。

しかし,先に認定したとおり,当時の知見では,フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する治療上の効果の確認には比較臨床試験が必要不可欠であるとはされていなかったものである。そうすると,再評価調査会の前記内示はこれと異なる独自の基準に立ってしたものと解されるから,裁判所がフィブリノゲン製剤につき当時の治療上の効果を認定するのに,これと異なる判断をすることの妨げとなるものではないというべきである。

また,Aが前記の内示に異議がないとしてこれを受け入れた一連の経緯をみても,同製剤の上記疾患に対する治療効果に特段疑問を抱かせる事情はないと認められる。

(2)  加熱フィブリノゲン製剤の再評価

ア  問題の所在

厚生省は,Aが平成3年3月に再評価申請した加熱フィブリノゲン製剤のフィブリノゲンHT-ミドリにつき,平成7年1月23日,同社に対し,「後天性低フィブリノゲン血症又は他に有効な効能・効果」が認められるかについては更に資料の提出を求め再度審議することとしたなどと伝達し,さらに,平成10年3月12日,同製剤の効能,効果を「先天性低フィブリノゲン血症の出血傾向」とする旨の再評価結果を公表したので,この再評価の結果がフィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する有効性を否定するものかどうかについて,念のため検討する。

イ  事実経過

前提となる事実及び後掲各証拠によれば,厚生省がフィブリノゲンHT-ミドリにつき上記の公表をするまでの経過は,次のとおりであると認められる。

後天性低フィブリノゲン血症に対する効能,効果については追加資料の提出を得た上再度審義するとした上記伝達は,加熱フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する有効性の確認方法として比較臨床試験には言及しないものであった。

そこで,Aは,後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲン製剤の有効性,安全性を立証するため,一般臨床試験の特別調査などを計画し,再評価調査会の指示のもとにこの計画を改訂し,同会からその骨子案の了承を得た。しかし,Aは,後天性低フィブリノゲン血症は対象となる患者が少数であることなどから,骨子案の予定する症例数を予定期間内に収集することに困難を感じ,対象とする患者のフィブリノゲン濃度の範囲を広げ症例数を減らすなどの再度の改訂案を提出した。これに対し厚生省からは比較試験が必要ではないかなどとする質問があり,同社は回答をした。なお,この試験の対象となるフィブリノゲン製剤としては,当時製造されていたSD製剤が予定されていた。

しかし,後天性低フィブリノゲン血症は対象患者数が少ない上に,当時,Aが製造していた血液第Ⅷ因子製剤等によるヒト免疫不全ウイルス感染が社会問題となり,同社の血液製剤を使用して臨床試験をすることについての患者の同意を得ることが極めて困難な状況にあった。そのため,Aは,後天性低フィブリノゲン血症の効能を断念し,平成9年2月,厚生省に対し,フィブリノゲンHT-ミドリの効能,効果を先天性低フィブリノゲン血症の出血傾向に限定することを了承する旨申し出た。

これを受けて,再評価調査会は,後天性低フィブリノゲン血症については申請者の試験の取下げにより有効性の審議ができないなどとして,その効能,効果の削除を決めた(<証拠省略>)。これに基づき,厚生省は,フィブリノゲンHT-ミドリの効能,効果を「先天性低フィブリノゲン血症の出血傾向」とする旨の再評価結果を公表した。

ウ  検討

以上の事実に基づき検討するに,上記公表は加熱フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する効能,効果を削除するものではあるが,それはAが同疾患に対する一般臨床試験の実施を断念し,有効性の審議対象となるべきデータを提出しなかったためであった。そして,Aが削除を受け入れた一連の経緯をみても,同製剤の上記疾患に対する治療効果に特段疑問を抱かせるような事情はないと認められる。

9  代替可能な医薬品・治療法

(1)  新鮮血,新鮮凍結血漿

新鮮血や新鮮凍結血漿にはフィブリノゲンが含有されているが,新鮮血は昭和48年1月,新鮮凍結血漿は昭和46年4月に製造承認されたものであり,昭和39年6月当時はそもそもフィブリノゲン製剤の代替医薬品となり得なかった。また,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,昭和53年及び昭和62年4月当時,低フィブリノゲン血症の補充治療のために新鮮血や新鮮凍結血漿を使用するには,以下のとおり,供給体制や安全面等の観点から制約や問題があった。

ア  循環系への負担等

フィブリノゲン製剤は,フィブリノゲン1gを50mlの溶解液で溶解して使用するため(<証拠省略>),例えば,フィブリノゲン4gを投与するときの循環負荷は200mlである。

これに対し,100mlの新鮮血で補充できるフィブリノゲンの量は0.15~0.2g程度であるから,新鮮血によってフィブリノゲン4gを補充するには2000~2500mlもの輸血が必要となる(<証拠省略>)。このような大量の輸血は,時間を要するばかりでなく(A7は,フィブリノゲンを3g補充するためには2000mlの新鮮血が必要であり,これを輸注するのに2時間程度を要すると証言している。),循環血液量の過多を生じ,全身状態が悪化した状況において循環器系・呼吸器系に大きな負担を掛けることとなる(<証拠省略>)。

また,新鮮凍結血漿は,200ml全血由来(1単位)の80ml中に244mg±19mgのフィブリノゲンが含まれており,新鮮凍結血漿80mlが新鮮血200mlに相当し,フィブリノゲン4gを補充するためには,フィブリノゲン製剤の場合の200mlに対し640mlの輸注が必要となり,含有している凝固因子の濃度も個人差が大きいことから,新鮮血の場合と同様の問題がある(<証拠省略>)。

イ  血液型不適合等の副作用の懸念

新鮮血や新鮮凍結血漿等を使用した場合には,血液型不適合による溶血反応や輸血後移植片対宿主病(GVHD)などといった患者の生命に直結する合併症を生じるおそれがある(<証拠省略>)。また,新鮮血や新鮮凍結血漿等は,多くの抗原物質や血漿たんばく質を含むことから,アナフィラキシーショックなどのアレルギー症状が副作用として生じることもある(<証拠省略>)。

ウ  緊急時の即時使用の困難性

血液型不適合による溶血反応を防止するには,患者の血液型を正確に判定した上で,不規則抗体スクリーニング,交差適合試験を実施することが必要である。これらの輸血前検査には,通常,1時間程度の時間を要し,緊急時には輸血を優先し輸血と平行して交差適合試験等を行うことがあるが,この場合には溶血反応の危険性が高くなる(<証拠省略>)。

また,新鮮凍結血漿は,使用直前に,凍結保存の状態から30~37℃の温度で攪拌融解する必要があり(<証拠省略>),交差適合試験などを含めると,投与までに30分以上を要するため,緊急時に即時に使用することは困難である(<証拠省略>)。

エ  各種感染症への感染の懸念

輸血に際しては,供血者がウイルスや細菌,原虫などの病原微生物に感染している場合には,多種多様な病原微生物が血液を介して伝播し得ることが報告されており,新鮮血や新鮮凍結血漿等の輸血により,C型肝炎ウイルスのみならず,B型肝炎ウイルス,サイトメガロウイルス,マラリア等の病原微生物への感染の危険性がある。また,輸血用血液製剤の病原細菌汚染疑いによる敗血症もしばしば報告されている。さらに,昭和50年代以前には,梅毒感染防止の観点から,新鮮血輸血をなるべく避けるべきであると考えられていた。

(<証拠省略>)

オ  常備の困難性等

新鮮血は,昭和48年1月31日に製造承認され,日本赤十字社から供給が開始され,その供給量は昭和50年代を通じて増加した。しかし,新鮮血は,有効期間が極めて短いため,入院患者数が比較的多い病院でも,使用頻度の観点からこれを常備しておらず,必要に応じて日本赤十字社から取り寄せて使用していたところ,供給体制の問題から地域によっては必要な血液製剤の確保に支障を来しており,必要なときにいつでもすぐに確実に使用できる状況にはなかった。

(<証拠省略>)

新鮮凍結血漿は,昭和46年4月1日に製造承認され,昭和47年から日本赤十字社から供給が開始され,その供給量は昭和50年以降急増した。新鮮凍結血漿の有効期間は採血後1年間であるが,-20℃以下で冷凍保存する必要があるため,保存用の冷凍庫を備える病院はこれを常備することができるが,保存設備を持たない小規模な病院・診療所は日本赤十字社の供給施設から配送を受ける必要があり,緊急時の血液等の確保に困難な地域も存在した。

(<証拠省略>)

この点に関し,日本産科婦人科学会は,厚生労働省の照会に対し,「常備不能である新鮮血や新鮮凍結血漿,クリオプレシピテートを低フィブリノーゲン血症に当初から使用するには,当時の供給体制では困難であった施設,地域があったことも事実であり,常備可能なフィブリノーゲン製剤を緊急時救命の目的にて使用していたと考えております。」と述べている(<証拠省略>)。また,日本産婦人科医会も,厚生労働省の照会に対し,「昭和52年当時の状況では,常備するには不能な新鮮血や新鮮凍結血漿,クリオプレシピテートを低フィブリノゲン血症に当初から使用するには,当時の供給体制では困難であった施設,地域があったことも事実であり,常備可能なフィブリノゲン製剤を緊急時救命の目的にて使用していたと考えております。」と述べている(<証拠省略>)。

(2)  クリオプレシピテート

クリオプレシピテートが我が国で製造承認されたのは昭和48年1月31日であるから(<証拠省略>),同製剤は昭和39年6月当時はフィブリノゲン製剤の代替医薬品となり得なかった。また,フィブリノゲンはクリオプレシピテートの中で10~20倍に濃縮された状態で存在するため(<証拠省略>),新鮮血や新鮮凍結血漿と比較すると,効率的なフィブリノゲンの補充が可能であるが,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,昭和53年及び昭和62年4月当時,低フィブリノゲン血症の補充治療のためにクリオプレシピテートを使用するには,以下のとおり制約や問題があった。

ア  フィブリノゲンの補充効率の問題,産科DIC悪化の危険,各種感染症の発症の危険性等

クリオプレシピテートは,本来,濃縮フィブリノゲン源として製造されたものではないため,本来の成分である第Ⅷ因子を多く含み,フィブリノゲン製剤と比較すると,純度の点で劣っている。そのため補充効率は悪く,産科DlCに用いると,第Ⅷ因子過剰になり,むしろDICを悪化させる可能性も指摘されている(<証拠省略>)。そして,新鮮血や新鮮凍結血漿と同様に,病原微生物の除去・不活化処理がなされていないことから,C型肝炎のみならず各種感染症の発症の危険性が存在する上,重篤なアナフィラキシーショックを含むアレルギー反応や溶血等の副作用の危険性も比較的高いことが指摘されている(<証拠省略>)。

イ  緊急時に即時に使用することの困難性

クリオプレシピテートは,-20℃以下で保存しなければならず,有効期間も1年であり,緊急時の常備薬として常備しておくことが困難である上(<証拠省略>),血液型のチェックも必要であり,突発的に発生する後天性低フィブリノゲン血症への対応が困難であった。

ウ  供給量体制及び適応の問題

我が国の昭和54年から昭和62年までのクリオプレシピテートの製造・供給本数は次表のとおりである(<証拠省略>。昭和61年及び昭和62年の上段は1単位製剤の本数,下段は2単位製剤の本数である。)。同製剤1本にフィブリノゲンが150mg~250mg含まれ,他方,フィブリノゲン製剤1本にはフィブリノゲンが1g含まれるので,クリオ製剤4~7本分がフィブリノゲン製剤1本に相当することになる。そうすると,当時のクリオプレシピテートの供給量はフィブリノゲン製剤に換算すると700~1225本分にしかならない。加えて,クリオプレシピテートは血友病Aの治療薬として承認されたものであり(<証拠省略>),我が国において後天性低フィブリノゲン血症に対してクリオプレシピテートを使用することは,いわゆる適応外使用であった。

製造本数

供給本数

昭和54年

4720

4954

昭和55年

2383

2093

昭和56年

2138

1873

昭和57年

2304

1926

昭和58年

1884

1580

昭和59年

4911

4485

昭和60年

3416

2238

昭和61年

1140

854

961

437

昭和62年

264

613

187

542

この点,米国では,クリオプレシピテートの効能,効果に後天性低フィブリノゲン血症が含まれていた上(<証拠省略>),同製剤の供給量も多く,昭和59年のデータによれば,米国におけるクリオプレシピテートの使用本数は70万4000本と極めて大量であった(<証拠省略>)。

(3)  その他の製剤

ア  アンチトロンビンⅢ製剤

アンチトロンビンⅢ製剤は,血漿分画製剤の一つで,先天性アンチトロンビンⅢ欠乏症やアンチトロンビンⅢの低下を伴うDICを適応症として,昭和62年3月31日に製造承認された。アンチトロンビンⅢは,トロンビン等の作用を抑制することによりDICの血液凝固亢進病態及び消費性凝固障害病態を抑制し,また,プラスミンの作用を抑制しDICの線溶亢進状態を抑制することにより,DICの治療を行うものである。アンチトロンビンⅢの効果により,フィブリノゲンの消費・分解が抑制され,結果として低フィブリノゲン血症の悪化を防止する効果を有しているが,フィブリノゲン自体を補充する効果を有するものではない。

(<証拠省略>)

したがって,アンチトロンビンⅢ製剤はフィブリノゲン製剤の代替療法となり得るものではなかった。

イ  FOY

抗トロンビン作用を有するFOY(<証拠省略>)は,DICの増悪を抑制することにより,後天性低フィブリノゲン血症の合併あるいは増悪を防ぐことができるが,これにより既に消費されたフィブリノゲンを補充するものではないから,フィブリノゲン製剤の代替療法となり得るものではなかった。

ウ  トラジロール(抗線溶療法)

トラジロールは,抗線溶療法に用いられる薬剤であり,プラスミンの作用を抑制することによりDlCの線溶亢進病態を抑制することにより,フィブリノゲンの消費・分解を抑制する,すなわち,後天性低フィブリノゲン血症の悪化を防止する効果を有している。しかし,足りなくなったフイブリノゲンを補充することはできないことから,フィブリノゲン製剤の代替療法とはなり得ない。その上,平成元年12月発行の研修ノートNo.35「産科における救急処置」(<証拠省略>)においては,アナフィラキシーショックを起こすことがあるなどの副作用の危険性が指摘されている。

(4)  DICに対する原因疾患の除去

産科DICにしばしば併発する顕著な低フィブリノゲン血症の患者を失血死させないで救命するためには,DICの治療を行わなければならない。DICの治療上重要なのは原因疾患の除去である。しかし,この原因疾患の除去の際には,子宮や頸管・膣壁などに新たな創面が形成され更なる大量出血を引き起こしDICの悪化を招くことが多く,この場合には,原因疾患の除去に先立ち,何よりも,この出血傾向を改善することが必要となる。つまり,低フィブリノゲン血症の治療であり,フィブリノゲンの補充である。

この点について,昭和42年にA18らは「緊急手術は低線維素原血症が制圧されるまでは決して行なってはならない。先ず内科的治療で凝固機転を恢復させてからでなければたとえ強固に結紮しても患者はあらゆる新鮮創面から出血を続け,死に至ることを忘れてはならない。」と述べ(<証拠省略>),A7も,「もっとも重要なことはDICの原因となった基礎疾患をできるだけ早く排除してしまうことである。」とし,この基礎疾患の除去は,DICを伴う場合の観血的操作は強出血を引き起こす場合があるので,この点からも輸血やフィブリノゲン輸注により消費性凝固障害を改善しながら基礎疾患の排除を行う旨説いている(<証拠省略>)。

10  有効性についてのまとめ

以上によれば,フィブリノゲン製剤は,比較臨床試験によらずに医薬品としての治療効果を判断し得るところ,本件でその有効性が問題となる昭和39年6月から昭和62年4月までの各時点において,少なくとも産科領域での出血死に至ることのある急性かつ重篤な後天性低フィブリノゲン血症に対して治療効果のあることが臨床医療の専門家の間で広く認められていて,かつ,後天性低フィブリノゲン血症についても先天性低フィブリノゲン血症と同様に補充療法としての理論的根拠があり,供給体制や循環器系に対する負荷等の問題から,これに完全に代替し得る代替医薬品等はなく,また,諸外国においても若干の変遷はあるものの同製剤が後天性低フィブリノゲン血症に対する治療薬としても使用されていた。したがって,上記いずれの時点においても,フィブリノゲン製剤は後天性低フィブリノゲン血症に対して有効性があったものであって,この有効性を否定することはできないというべきである。

第2フィブリノゲン製剤の副作用の危険性

1  危険性の主張立証責任等

(1)  危険性の主張立証責任

前記のとおり,原告らは有用性が否定されることを基礎付ける具体的事実について主張立証責任を有するものであるから,有用性判断の要素である危険性を基礎付ける具体的事実についても主張立証責任を負うものというべきである。

(2)  考慮すべき事項

副作用の危険性に関しては,医薬品による副作用の重篤性及びその罹患頻度などが考慮の対象になるが,副作用が感染症である場合には,医薬品から当該感染症に感染する危険性,すなわち感染の頻度の大小,また,当該感染症の予後の重篤性,すなわち,病態を含めた予後の重篤さの程度,重篤化率,重篤化するまでの期間などを考慮する必要がある。

2  血清肝炎ウイルス感染の危険性

(1)  売血の危険性

ア  売血の危険性に関する知見

(ア) 売血の危険性に関する文献等

フィブリノゲン製剤は,製造開始から平成5年に原料血漿を国内献血由来の血漿に切り替えるまで,国内外の売血由来の血漿を原料としていた。

後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

a 主な出来事

(a) 昭和35年 第8回国際輸血学会

昭和35年に開催された第8回国際輸血学会では,諸外国から売血に依存している日本の血液事業の在り方に対する厳しい非難がされた(<証拠省略>)。

(b) 昭和37年ころ 「黄色い血」問題

昭和37年ころ,日本の輸血の大半が売血に依存し,輸血後肝炎が増えている問題が広く報道され,いわゆる「黄色い血」問題として,国民の間でも重大な社会問題として認識されるようになった(<証拠省略>)。

(c) 昭和39年3月 A9事件

A9駐日米国大使が輸血後肝炎に罹患し,それが売血による輸血であったことが大きな社会的反響を呼び起こした。その後,マスコミでも売血の危険性(売血が献血に比較して肝炎の罹患率が数倍であること,売血による肝炎発生率は5割にも上ることなど)が頻繁に報道されて献血への切替えの世論が盛り上がるようになった。(<証拠省略>)

(d) 昭和39年8月 「献血の推進について」の閣議決定

国は,同年8月,保存血(全血製剤)について,売血制度から献血制度に切り替えることを閣議決定した(<証拠省略>)。

その後,輸血の供給体制が売血から献血に移行していく中,輸血後肝炎の発症率は,昭和39年までは50.9%であったのに対し,昭和42年までには31.1%に,輸血用血液の献血への移行が完了する前年の昭和47年までには16.2%に減少した(<証拠省略>)。

(e) 昭和50年 血液問題研究会の意見具申

昭和48年に厚生大臣の私的諮問機関として設置された「血液問題研究会」は,昭和50年に厚生大臣に対して「当面推進すべき血液事業のあり方について」と題する意見具申を行った。この意見具申は,「医療に必要なすべての血液製剤は献血によって確保されるという体系を早急に確立する必要がある」ことを指摘していた。(<証拠省略>)

(f) 昭和50年 第28回世界保健総会

WHOは,1975年(昭和50)の第28回世界保健総会において,「少なくともある種の血液製剤,例えば血液凝固因子などを使用している者にとっては,血漿が,自発的な献血者によるものではなく有償の供血者から入手されている以上,感染症の疾患,特に肝炎に罹患する危険性が高いということは周知の事実である」ことを指摘しつつ,加盟国に対する「自発的で無償の献血に基づくナショナル血液サービスの発展を推進すること」の要請を決議した。(<証拠省略>)

b 医学文献

(a) 水野明(東京大学木本外科・東京大学輸血部)「輸血による血清肝炎の発生とその対策」(「肝臓」5巻1号・昭和38年)(<証拠省略>)

水野は,学生を主体とした東大輸血部の供血者群と血液銀行の供血者群のSGOT値(異常値41単位以上)を測定比較したところ,東大輸血部の供血者群においては,異常値を示す者は2.1%であるのに対し,血液銀行の供血者群では,6.0%に達し,しかも,101単位以上のものが2.2%もあったと報告している。また,輸血量の比較的少ない胃・十二指腸潰瘍患者について昭和36年ないし昭和37年の2年間の発黄率を血液の供給源別に調査したところ,輸血部採血のみの場合の発黄は1例もなく,血液銀行の血液を用いた群では5例(11.1%)の発黄があり,しかも血液銀行からの血液のみを用いた場合の発黄率が最高値を示したと報告した。水野は,これらの調査等から,職業的供血者からの採血を行っている血液銀行の血液を用いると輸血後の血清肝炎が増加すると考えられ,できれば家族からの採血や,予献血を用いるなど,恵まれた生活環境にある供血者の血液を用いることが望ましいが,現状ではすべての輸血に対して予献血を用いることは困難なので,輸血の適応をより厳格にし,不必要な輸血は避ける必要があると述べている。

(b) 中尾喜久(東京大学中尾内科教授)「本邦における血清肝炎の問題点」(「内科」14巻1号・昭和39年7月)(<証拠省略>)

中尾は,血清肝炎の対策面での問題点として,供血体制が営利事業的性格で行われていることを最も強く問題視すべき点として指摘し,規制はあるにしても血液を高価に売ろうとし,血液を安価に採集しようとする人間性の心理的弱点と複雑な社会悪の諸要素とが絡み合って,我が国における供血事業の一面の暗さを形成しているように思われること,健全な供血者層を広めて,真の意味での血液銀行の制度を確立することが,目下の最大の急務であり,これこそが我が国における血清肝炎発生の恐るべき高頻度を低下せしめる最短の道であることを述べている。

(c) 吉利和(東京大学教授)ら「《座談会》ビールス性肝炎と輸血」(「内科」14巻1号・昭和39年7月)(<証拠省略>)

座談会において,A19(京都大学教授)は,職業的売血者について,職業的売血者は経済的に恵まれない人が比較的多く,環境も余り恵まれないこと,それらの人の中には,文献などによると覚せい剤や増血剤などを消毒の不十分な注射器で自分で注射している者がかなりおり,その中に肝炎ウイルスのキャリアがあれば,そういうグループの間に肝炎ウイルスが蔓延しやすいというようなことがあるのではないかといわれていることを紹介している。

(d) 村上省三(日赤輸血研究所長)「輸血後肝炎の予防対策―供血者の管理―」(「内科」14巻1号・昭和39年7月)(<証拠省略>)

村上は,売血と予献血血液では,予献血血液の方が肝炎発生率が低いとし,その理由として,第1に,予献血では肝炎既往歴者を問診によって除くことが可能であるのに,売血ではこのことがほとんど期待できないとする。現状では生化学的検査法や血清学的検査法などにより確実に血清肝炎ウイルス保有者を摘発することは不可能である一方で,いったん血清肝炎に罹患すると肝機能検査によって異常が認められなくなってもかなり長い期間肝炎感染の危険があるため,問診で肝炎を除去し得るか否かは無視できない予防法の一つであるが,職業的供血者では肝炎の既往の申告を期待できないとする。第2の理由として,肝機能異常者が必ずしも血清肝炎ウイルス保有者とはいえず,また,肝機能が正常でも血清肝炎ウイルス保有者ではないとは断言できないものの,予献血者と売血者とでは種々の肝機能検査値にかなり顕著な差が認められ,肝機能異常の血液を使用した場合血清肝炎発生率が高いことから,予献血血液使用群では肝炎発生について良い成績が得られているとする。第3の理由として,売血では供血者のフォローアップがほとんど不可能であるとする。職業的売血者の多くは偽名を使用し,住所を偽ったり住所不定であったりするため,検査のため呼び出そうとしても不可能な場合がほとんどであり,肝炎でも,肝炎患者に輸血した供血者を調査していわゆる「silent carriers」を摘発する場合に大変な困難を感ずるとする。村上は,以上の観点から,売血制度から速やかに予献血に切り替える必要があると述べている。

(e) 北本治(東京大学伝研内科教授)ら「輸血後肝炎の疫学」(「内科」14巻1号・昭和39年7月)(<証拠省略>)

北本らは,次のとおり述べている。

① 米国における売血の輸血は献血に比して4~10倍の輸血後肝炎の危険性があるとされている。

② 米国でも我が国でも,売血を生計の一部に充てている人は低所得層に多く,これらの人々は麻薬や増血剤を不完全な消毒の注射器具によって常習的に使用している者が多い現状では,売血者間の肝炎ウイルスの伝播は極めて容易に,しかも広範囲に及ぶことは想像に難くない。

③ 米国の専門家筋では,供血者自体に2ないし3%のウイルス保有者がいるであろうと評価されている。

(f) 吉利和「血清肝炎の予防に関する研究 総括」(昭和41年)

(<証拠省略>)

吉利は,昭和41年度の厚生省医療研究助成補助金による「血清肝炎の予防に関する研究」において,血清肝炎の発生率を供血者別で調査した結果,売血の場合(38.3%)は献血の場合(17%)と比較して,血清肝炎の発生率が2倍以上高いことを指摘した。すなわち,1965年(昭和40年)9月及び10月の2か月間において,輸血,輸血漿,血液製剤を使用した症例について,血清肝炎の発生頻度を全国規模で調査した結果は,供血者別の発生頻度において,売血によるものは38.3%,予血が22.0%,献血が17.0%と,売血・献血間では2倍以上の較差が認められた。

(g) 青木繁之(財団法人献血供給事業団理事)「血液供給と血液事業の諸問題」(「Laboratory and Clinical Practice」4巻2号・昭和61年)(<証拠省略>)

青木は,1980年代前半ころの海外の売血の実態について,米国の売血所には血液製剤メーカー直営のものと,個人経営あるいはメーカーでない会社のものがあり約半々と思われること,メーカー直営店は大変清潔で,週2回しか採血ができないようによく管理されているが,個人経営の売血所は,一般の人が立ち寄れない犯罪地域や貧しい人たちの集まる浮浪者の街にあり,メーカーは,個人経営店と契約していたり,スポット買いをしたりして買い入れていることを紹介している。

(イ) 売血の危険性のまとめ

ヒトの血液からは血清肝炎が発症する危険性があるところ,以上の認定事実によれば,売血が献血と比較して血清肝炎発症の危険性が高いことは昭和39年以前から指摘され,売血の危険性は広く認識されていたと認められる。

イ  ドナースクリーニングの効果に関する知見

以下のとおり,売血の際には,医師による問診,肝機能検査,HBs抗原検査によるドナースクリーニングが行われていたが,いずれも肝炎(非A非B型肝炎の概念が明確になった時期以後はそれを指す。)ウイルス感染者を排除する効果は不十分であった。

(ア) 医師による問診

Aは,全血採取所及びプラズマセンターにおける採血時に医師による問診を行っていた。

しかし,肝炎の既往がなく無症状で長い間肝炎ウイルスを保有している者が存在するため,供血者本人に自覚がなくても肝炎にかかったことがないとは断言できないことや,職業的供血者の場合,肝炎既往の自覚があっても,採血拒否を恐れて,医師に対し正直に申告する者はほとんどいないことなどが,既に昭和30年代後半から昭和40年にかけての文献(<証拠省略>)において指摘されていた。

したがって,遅くとも本件でフィブリノゲン製剤の有用性が問題となる昭和39年6月までには,医師による問診は肝炎についてのドナースクリーニングとして不十分であることが知られていたと認められる。

(イ) 肝機能検査

Bは,昭和60年5月から,Aは,昭和61年10月から,それぞれ肝機能検査(血清トランスアミナーゼ検査(GPT検査))によるドナースクリーニングを実施した。

しかし,「厚生省特定疾患難治性の肝炎・肝内胆汁うっ滞調査研究班の昭和51年度研究報告」(昭和52年3月)には,非A非B型肝炎に無症候性キャリアが存在することが記載されており(<証拠省略>),肝機能検査が開始された昭和60年から昭和61年当時には,同検査ではGPT値に異常がない無症候性キャリア等を排除することはできないことが知られていたと認められる。

(ウ) HBs抗原検査

Aは,昭和46年ないし昭和47年から,Bは,昭和53年8月から,それぞれ供血者に対し,HBs抗原検査によるドナースクリーニングを実施した。また,Aは,昭和53年8月から,原料血漿受入れ後の検査として,原料プール血漿についてHBs抗原検査を行った。

しかし,そもそもHBs抗原検査はB型肝炎ウイルスを排除するための検査であるから,その後の研究の進展により非A非B型肝炎の存在が明らかとなり,遅くとも厚生省の難治性の肝炎研究班に非A非B型肝炎分科会が設置された昭和51年以降は,HBs抗原検査に非A非B型肝炎の原因ウイルス(以下「非A非B型肝炎ウイルス」という。)を排除する効果がないことは明らかになっていたと認められる。

(2)  プール血漿の危険性

ア  プール血漿の危険性に関する知見

後掲各証拠によれば,以下のとおり,医学文献等において多数の供血者からなるプール血漿の危険性が指摘されていたことが認められる。

(ア) Sydney S. Gellisら“Chemical, Clinical and immunological studies on the products of human plasma fractionation. ⅩⅩⅩⅥ.Inactivation of the virus of homologous serum hepatitis in solutions of normal human serum albumin by means of heat(人血漿分画製品の化学的,臨床的及び免疫学的研究,36.正常人血清アルブミン溶液中の同属血清肝炎ウイルスの熱による不活化)”(“The Journal of Clinical Investigation”27巻2号・昭和23年:1948年)(<証拠省略>)

正常人血清アルブミン溶液中の同属血清肝炎ウイルスの熱による不活化の研究報告論文である。

ほとんどの疫学研究は,同属血清肝炎の危険は全血よりも血漿でより高いことを強く示唆しており,これは恐らく,多くの供血者(この中にはウイルスに感染した人が存在する可能性がある)からの血漿をひとまとめにした(それゆえに汚染された可能性のある)各プールを,複数の患者に投与することによって発生するのであろうこと,血清アルブミン製品の製造原料のプールの量が大きいということは,かなりの量の製品が,同属血清肝炎ウイルスで汚染されている可能性を生み出すことが指摘されている。

(イ) 楠井賢造(和歌山医科大学内科学教室)「血清肝炎について」(「日本臨牀」12巻9号・昭和29年9月)(<証拠省略>)

楠井は,次のとおり述べている。

① 一般に,プール血漿あるいは血清注射よりも全血輸血の方が血清肝炎発生率は低いといわれている。

② 輸血あるいは各種血液製品の注射に伴う血清肝炎予防の問題は,各方面からの研究努力にもかかわらず,今なお未解決のままに残されている。

③ プール血漿の使用をやめるか,やむを得なければプールの大きさをできるだけ最小にとどめ,一つのプールから採った血漿の注射を受ける人数を制限することも必要かと思う。

(ウ) 鳥居有人(国立東京第一病院外科・血液銀行)「血清肝炎の予防に関する最近の動向」(「日本輸血学会雑誌」7巻6号・昭和36年)(<証拠省略>)

鳥居は,当時の乾燥血漿は多数の人の血漿を混合しているので肝炎の発生率が高く危険であり,単一供血者血漿が普及することが望ましいと述べている。

(エ) 内藤良一(日本ブラッド・バンク専務取締役・医学博士)「乾燥人血漿について私のお詫び」(「日本産科婦人科学会雑誌」15巻11号・昭和38年9月)(<証拠省略>)

内藤は,「私の罪業と申しますのは」「日本における乾燥血漿の製造を開発したことであり,その結果多くの患者さんをこの乾燥血漿によって肝炎に罹らせたことであります。」と述べ,プールされた血漿によって作られる乾燥人血漿の肝炎感染の危険性が全血輸血よりもずっと高いとしていた。

(オ) 岩田和夫(東京大学細菌学教室教授)「肝炎ウイルス,その歴史的考察と問題点」(「内科」14巻1号・昭和39年7月)(<証拠省略>)

朝鮮戦争中にアメリカ軍兵士に輸血後肝炎が多発し,全血輸血では3.6%,血液と血漿の輸液を受けたものは21.9%の発生率をみたこと,一般に乾燥人血漿使用の場合に肝炎の発生頻度が高いことが注目され,Spurling(1944年),Brightman(1947年)らその他による報告がされていること,特に乾燥人血漿は多数の供血者の血漿をプールしたものであるだけに,その発生の頻度は当然に高いものと考えられることが記載されている。

(カ) committee on Plasma and Plasma Substitutes of the Division of Medical Sciences, National Research Council“Statement on Normal(Whole, Pooled)Human Plasma(通常プール血漿についての声明)”(“Transfusion”8巻2号・昭和43年3-4月:1968年)(<証拠省略>)

第2次世界大戦後,米国内で,大規模プールからの血漿が患者に投与されるようになったが,後に,恐らくウイルスが混入しているために,大規模プールからの血漿使用は血清肝炎感染の受容し難い危険があることが分かり,この発見が,ウイルスを不活化するための大掛かりな研究開発開始の引き金となったこと,1958年(昭和33年)には,NRC小委員会が,6か月間約32℃で保存された液状血漿からは,感染力が最小の製剤が調製できることを保証するデータが得られている旨の声明を発表し,1950年代前半から,紫外線照射及び中には31ないし32℃で半年間保存も併用されたかなりの量のプール血漿が大量生産,販売されたこと,しかし,Redekerは,紫外線照射と30ないし32℃の温度で半年保存する方法とを併用しても肝炎感染の危険を取り除くことはできないとのデータを報告したことなどに触れた上,プール血漿の使用は,特別な需要がある明らかなケースがない限り,やめるよう勧告している。

(キ) U.F.Gruber著(内藤良一訳)「失血とそのおぎない」(昭和43年9月:1968年)(<証拠省略>)

同書には,ⅰ)乾燥プール血漿は肝炎の危険性が全血の場合より小さくないことは重大な欠点であること,ⅱ)紫外線照射のようなすべての手段が肝炎ウイルスの破壊に失敗し,プール血漿中に強い抗体が存在することが危険を加えると証明された後,スイス赤十字は乾燥単一供血者血漿に切り替えたこと,等が指摘されている。

(ク) AMA Department of Drugs“AMA DRUG EVALUATIONS”(昭和48年:1973年)(<証拠省略>)

全米医師会作成による薬剤の評価が記載されており,それによると,フィブリノゲン製剤は,急性ウイルス肝炎を惹起することがあり,プール製剤であるが故に肝炎発生の危険性が高い旨が記載されている。

(ケ) Lewellys F. Barkerら“The prevalence of hepatitis B surface antigen in commercially prepared plasma products(商業的に製造された血漿製剤中のB型肝炎表面抗原の発生率)”(“The Journal of LABORATOR Y and CLINICAL MEDICINE”88巻・昭和51年7-12月:1976年)(<証拠省略>)

プール血漿に由来する血液製剤は,ウイルス性肝炎感染の危険性の観点から,危険性の高い製剤と危険性の低い製剤に分類することができ,フィブリノゲン(コーン画分Ⅰ),抗血友病因子,第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ,第Ⅹ因子濃縮製剤は危険性の高い製剤,免疫血清グロブリン(コーン画分Ⅱ),正常血清アルブミン(コーン画分Ⅴ)などは危険性の低い製剤に分類されること,危険性の高い製剤は,HBsAgが陰性であっても,第3の肝炎である非A非B型肝炎を発生させ得ることなどが記載されている。

(コ) J. R. Bove“Fibrinogen-Is the Benefit Worth the Risk?(フィブリノゲン-危険を冒すだけの価値はあるのか?)”(“Transfusion”18巻2号・昭和53年3-4月:1978年)(<証拠省略>)

伝統的に加熱処理が不可能なプール血漿製剤からの肝炎感染の危険性は高く,HBsAg陰性のドナーの血液のみを使用することでこの危険性は減少するがなくなってはいないこと,たとえ少量のウイルスでも大きなプールを汚染し得ることや,プールのサイズが大きくなるのに従い,感染の危険性が増大することはよく知られていることが記載されている。

(サ) Arie J. Zuckermanら“Human Viral Hepatitis(ウイルス肝炎)”(昭和55年6月:1981年翻訳出版)(<証拠省略>)

プールしたヒト血漿から血漿成分を作製して治療に用いるようになった直後からウイルス肝炎を伝播する危険性の高いことが気付かれていたこと,血液製剤はかつて肝炎を起こす危険性によって分類されたこともあり,新鮮全血や,1人の供血者からの血漿は「平均的な危険」とされ,プールされた血漿やフィブリノゲン,抗血友病因子などは「高度に危険」な製品とされていたこと,HBs抗原の存在頻度は血漿成分作成元の供血者のHBs抗原スクリーニングを開始してから激減したこと,それはともかく,非A非B型肝炎ウイルスの混在の可能性を考えるとフィブリノゲンや抗血友病因子(第Ⅷ因子)や第Ⅸ因子はなお肝炎発症の「高度に危険」な製剤として考えるべきことを指摘している。

イ  プール血漿の危険性のまとめ

上記の医学文献等を総合すれば,多くの供血者からの血漿をプールしたプール血漿は,全血輸血に比較して肝炎発症の危険性が高いことが昭和20年代から指摘され,その危険性が広く認識されていたと認められる。

(3)  ウイルス不活化処理の効果に関する文献

ア  紫外線照射処理について

(ア) 文献

a John W. Oliphantら“HOMOLOGOUS SERUM JAUNDICE Experimental Inactivation of Etiologic Agent in Serum By Ultraviolet Irradiation(同種血清黄疸 紫外線照射による血清中の病原物質の実験的不活化)”(“Public Health Reports”61巻17号・昭和21年4月:1946年)(<証拠省略>)

同種血清黄疸患者の血清で,紫外線照射を施していないもの,1分間紫外線照射したもの,6分間紫外線照射したもの,30分間紫外線照射したものをそれぞれ12人の健常者に投与し,その後161日間経過を観察したところ,紫外線照射を施していない群では12人のうち4人が肝炎を発症したのに対して,紫外線照射を施した群では36人のうち1人しか肝炎を発症しなかったことから,肝炎対策として紫外線照射は有効であると報告されている。

b Mercer C. Blanchardら“METHODS OF PROTECTION AGAINST HOMOLOGOUS SERUM HEPATITIS Ⅱ.The Inactivation of Hepatitis Virus SH with Ultraviolet Rays(同種血清肝炎に対する防御方法 Ⅱ.紫外線照射による肝炎ウイルスSHの不活化)”(“J.A.M.A.”138巻5号:昭和23年10月・1948年)(<証拠省略>)

紫外線非照射の黄疸誘発性血清を投与された15人の被験者のうち3人に黄疸を合併する肝炎が,1人に黄疸を合併しない肝炎が,3人に肝炎の発症が予想されたのに対し,紫外線を照射された黄疸性血清を投与された11人の被験者のうち肝炎の証拠を示す被験者はいなかったことが報告されている。

c 米国国立衛生研究所(National lnstitutes of Health;略称NIH)“MINIMUM REQUIREMENTS: Dried Fibrinogen(Human)(乾燥人フィブリノゲン基準)”(昭和29年10月:1954年)(<証拠省略>),NIH“MINIMUM REQUIREMENTS: Ultraviolet Irradiation For The Sterilization of Biologic Products(生物学的製剤を滅菌するための紫外線照射基準)”(昭和25年11月:1950年)(<証拠省略>)

「乾燥人フィブリノゲン基準」は,フィブリノーゲン分画品の滅菌として「溶解フィブリノーゲンは0.3%以上のベータプロピオラクトン又は人血漿基準に記載されている紫外線照射によって処理される。」としている。

そして,人血漿基準に当たる「生物学的製剤を滅菌するための紫外線照射基準」は,「例えば同種血清黄疸のウイルスのような,実験室培養又は動物接種法により証明できない微生物が製剤中に存在するかも知れない時」は,Aerobacter aerogenesという細菌をもって指標細菌とし,サンプル中に存在する生存細菌数を1ml当たり106以上及び可能ならば107以下とし,「照射直後に同じ組成の培地で培養したサンプル中に存在する細菌数が,1ml当たり10未満であれば,培養できない如何なる微生物の殺菌操作は十分である。」と定めている。

d 楠井賢造(和歌山医科大学内科学教室)「血清肝炎について」(「日本臨牀」12巻9号・昭和29年9月)(<証拠省略>)

楠井は,血清肝炎の予防法について,紫外線照射がウイルスを不活化するに効果があると認められた時代もあったが,今日,多数学者の研究では紫外線照射血漿からの血清肝炎発生率も相当高いので,結論としては,多少は効果があるという程度であると述べている。

e 市田文弘(京大ウイルス研究所予防治療部・京大内科第一講座)ら「本邦における血清肝炎の実態と予防対策の現況」(「医学のあゆみ」34巻5号・昭和35年7月)(<証拠省略>)

市田らは,紫外線,高エネルギー電子,Co60よりのγ線等の放射線は,ウイルスの完全な不活化を行うにはかなり大量の照射を必要とし,このような大量の照射を行うことによって,血清たんぱく及び血液の理化学的性状に悪影響を及ぼす可能性が極めて大きいため,このような副作用を考慮に入れ,比較的少量の照射にとどめたためか,上記の放射線処理を施した血液製剤による血清肝炎の発生例の報告は比較的多く,その効果は不明であると述べている。

f 小坂淳夫(岡山大学医学部第一内科教室)ら「血清肝炎」(「肝臓」2巻1号・昭和35年)(<証拠省略>)

Oliphant, Blanchardらは2537Aの紫外線照射が有効で,肝炎ウイルスを死滅せしめると言っているが,James, Barnett, Rosenthalは全く無効であると言っていることが記載されている。

g 鳥居有人(国立東京第一病院外科・血液銀行)「血清肝炎の予防に関する最近の動向」(「日本輸血学会雑誌」7巻6号・昭和36年)(<証拠省略>)

鳥居は,「血漿に対する紫外線照射法が1948年Blanchardにより発表され,その翌年National Institute of Healthもこの方法を採用する様指示しましたが,1950年になって紫外線照射を施行した血液でも血清肝炎がおこることをRosenthal, James, Ratnettが相次いで発表し,肝炎による死亡例も2例報告されました。照射ずみの血漿と照射を行わない血漿とを比較すると肝炎発生率はStrumiaの例の如く2.3%対1.8%と殆ど差がないことが判明し,現在ではこの方法は余り信頼されていません。」と述べている。

h 内藤良一ら「輸血肝炎に関する最近の諸問題」(「日本輸血学会雑誌」9巻6号・昭和38年)(<証拠省略>)

本文献は,昭和35年11月21日に開催された日本輸血学会の第14回九州支部総会における「輸血に関する諸問題について」との座談会での報告の概要である。これによると,人血漿がもつ輸血後肝炎の危険性をなくすため紫外線照射処理法が考案され,NIHがこれを採用することとしたが,その後,NIH所員であるMurphyらが,昭和28年,紫外線照射処理をした乾燥人血漿のみの輸注を受けた人の9.3%,保存血と併用された人の12.8%に肝炎発症を認めた一方で,保存血のみを輸注された人では0.5%にのみ肝炎の罹患を認めたことを報告したこと,その他の研究者も紫外線照射処理法の肝炎ウイルス殺滅効果は絶対的なものではないと報告したこと,これ以降,欧米では,乾燥人血漿をほとんど使用しなくなったことなどが記載されている。

i 上野幸久(自衛隊中央病院内科)ら「血清肝炎―とくに発生率,転帰と予防対策について―」(「肝臓」4巻4号・昭和38年)(<証拠省略>)

上野らは,血清肝炎の予防対策の重要性が痛感されるが,今まで試みられた各種の予防的措置はおおむね有効でなく,保存血に対する紫外線照射は無効とされていると述べている。

j “PH Y SICIAN'S DESK REFERENCE 17版”(昭和38年:1963年)(<証拠省略>)

これは,米国の臨床医向けの薬品効能集であるところ,フィブリノゲン製剤である「パレノゲン」について,この製品は,紫外線照射処理がされてきたが,この方法では,同種血清黄疸ウイルスを含むすべてのウイルスを完全に不活化することは期待できないこと,フィブリノゲン製剤と輸血を伴う治療における肝炎発生率は,5%から35%の範囲で種々報告されていることが記載されている。

k 内藤良一「乾燥人血漿について私のお詫び」(「日本産科婦人科学会雑誌」15巻11号・昭和38年9月)(<証拠省略>)

内藤良一は,当時,日本ブラッド・バンクの専務取締役であり,これは,上記雑誌に投稿され,その冒頭に掲載されたものである。

これによると,乾燥人血漿は,全血輸血よりも肝炎発生率が高く,これを防止するため,米国では昭和24年ころ乾燥人血漿製品のすべてに紫外線照射処理を施すこととしたが,間もなくその効果が疑問視され,Strumiaは,昭和33年,上記処理法がほとんど無効であると評価したこと,昭和25年から昭和26年にかけての朝鮮戦争の際,米国陸軍で乾燥人血漿を大量に使用したところ,肝炎が大発生したことから,欧米では乾燥人血漿がほとんど使用されなくなったことなどが記載されている。

l 岩田和夫(東京大学細菌学教室教授)「肝炎ウイルス,その歴史的考察と問題点」(「内科」14巻1号・昭和39年7月)(<証拠省略>)

岩田は,1948年(昭和23年),Blanchardによって血漿に対して紫外線照射による不活化が行われ,有効であるかにみえたが,1950年(昭和25年),Rosenthalらによって無効であることが報ぜられたと述べている。

m 上野幸久「血清肝炎」(昭和40年2月)(<証拠省略>)

上野は,血漿に紫外線を照射すると肝炎の発生を減少させるという報告が出されたが,紫外線照射済みの血清から血清肝炎が発生したという報告があり,我々も血漿は保存血よりもむしろ肝炎が高率に発生するような印象を持っており,とにかく,現在のところ紫外線を血漿に照射しても,肝炎の予防には余り効果はないようであると述べている。

(イ) まとめ

上記の文献を総合すれば,紫外線照射処理は,当初は,血清肝炎対策として有効であると考えられていたが,間もなくその効果に疑問が呈されるようになり,遅くともA製造のフィブリノゲン製剤に紫外線照射処理が実施された昭和39年6月から昭和40年10月ころには,同処理が血清肝炎ウイルスの不活化効果をほとんど持たないことが知られていた。

イ  BPL添加処理と紫外線照射処理の併用について

(ア) 文献

a George R. Andersonら“AVIAN EMBRYO RABIES IMMUNIZATION I. Duck-Embryo Vaccine Administered Intradermally In Man(トリ肝狂犬病ウイルスによる免疫 Ⅰ.ヒトでの皮下投与されたアヒル胚ワクチン)”(“Am. J. Hyg”71巻・昭和35年:1960年)(<証拠省略>)

Andersonらは,狂犬病ウイルス懸濁液は,1:3000に希釈したβプロピオラクトンにより不活化するとした。

b 市田文弘(京大ウイルス研究所予防治療部・京大内科第一講座)ら「本邦における血清肝炎の実態と予防対策の現況」(「医学のあゆみ」34巻5号・昭和35年7月)(<証拠省略>)

市田らは,LoGrippo等は,数百種類の物質について試験管内不活化効果を検し,BPLが最も不活化効果が強く,かつ血漿中においても速やかに加水分解し,より無毒な物質となりLactose類似の物質となって尿中に排泄されるため,中毒現象を起こすことが極めて少ないことを特徴としており,臨床的に414例について1153回の血漿輸血に際し,BPLを血漿1Lに対して4gの割合に混じて,5年間の間に1例も血清肝炎の発生を見なかったと報告していることに触れ,しかし,BPLは,ウイルスの完全な不活化を来す濃度においては溶血現象が起こるため,現在専ら血漿の処理に用いられており,BPLによる血清肝炎の予防は現在かなりの期待が持たれているが,最近一部にこの物質にがん原性があるとの意見があり,上記の期待に一つの暗影を投げかけていると述べている。

c 小坂淳夫(岡山大学医学部第一内科教室)ら「血清肝炎」(「肝臓」2巻1号・昭和35年)(<証拠省略>)

小坂らは,γグロブリン使用,紫外線照射のほか,紫外線照射した保存血にBPLを混ずるとウイルスの死滅が可能であるという報告もあるが,いずれも現在のところ全面的な肯定がなされているとはいえないから,現在我々がとり得る手段としては,不必要な輸血はせず,供血者を厳選することであると述べている。

d 上野幸久(自衛隊中央病院内科)ら「血清肝炎―とくに発生率,転帰と予防対策について―」(「肝臓」4巻4号・昭和38年)(<証拠省略>)

上野らは,血清肝炎の予防対策の重要性が痛感されるが,今まで試みられた各種の予防的措置はおおむね有効でなく,保存血に対する紫外線照射,あるいは更にBPLを混ずることは無効とされていると述べている。

e Gerald A. LoGrippoら“Human Plasma Treated With Ultraviolet and Propiolactone Six-Year Clinical Evaluation”(“J.A.M.A.”187巻10号・昭和39年3月:1964年)(<証拠省略>)

この報告は,昭和31年から昭和36年までを調査期間としてBPL添加及び紫外線照射の併用処理を行った血漿の投与を受けた581例の患者の臨床的評価を行った結果を報告するものである。

この報告には,血漿1L当たりBPLを3500mgを加え,これを4℃から9℃に少なくとも1時間維持してから紫外線照射を行った血漿(最終的に0.35%のBPL+紫外線照射処理を行ったもの)を用いたところ,臨床症状の出現した肝炎は425症例中1例であったことが記載されている。

f 岩田和夫(東京大学細菌学教室教授)「肝炎ウイルス,その歴史的考察と問題点」(「内科」14巻1号・昭和39年7月)(<証拠省略>)

岩田は,LoGrippoらは,1954年(昭和29年),BPLのウイルス不活化作用に着目し,血漿に約0.4%の割合に添加することにより,161例に使用して,肝炎の発生を全く見なかったという成績を発表し,使用濃度は,0.4%が有効で,紫外線照射との併用を推奨していること,我が国でも,市田らは,BPLの効果を追試確認し,副作用のないことを強調していることを紹介し,BPLは血漿たんぱくを変性させず,液中で容易に毒性の低い物質に分解するので無毒とされているが,アメリカでは,BPLの発がん性に対する懸念もあり,全面的に使用されるという段階には至っていないと述べている。

g 水野明(東京大学輸血部)「輸血後肝炎の予防対策―代用血漿を中心として―」(「内科」14巻1号・昭和39年7月)(<証拠省略>)

HartmanらはBPLが比較的安全で有効であることを示し,血漿に混合することが行われているが,BPLには発がん性であるとの疑問もあること,しかし,LoGrippoらは安全であるとして現在でも用いていることが記載されている。

h 上野幸久「血清肝炎」(昭和40年2月)(<証拠省略>)

上野は,市田らがBPLによる不活化の追試を行い黄疸の発生及びGOT,GPTの上昇がみられなかったことに触れ,BPLは血漿に対して使用できるが,全血に対しては溶血を起こすという難点があり,いろいろと工夫されているようであるが,広く使用されるにはまだ検討の余地があるようだと述べている。

i 須山忠和(金沢大学医学部第二病理学教室)ら「ヒト・フィブリノーゲンに対するプロピオラクトン・紫外線併用処理に関する研究」(「金沢大学十全医学雑誌」74巻2号・昭和41年)(<証拠省略>)

この報告は,米国NIHで指標細菌とされたAerobactor Aerogenesを用いてBPL処理及び紫外線照射処理の不活化効果を実験したものであり,その要旨は,第14回日本輸血学会総会で発表された。これによると,Aerobactor Aerogenesを2×106ないし5×106個/mlの割合で浮遊させたフィブリノーゲン溶液に種々の濃度のBPLを添加し,24℃で5時間保った後,1J/mlの紫外線を照射し,生菌数を調査すると,BPL濃度が400mg/l以上で,米国NIHの基準である生菌数10個以下(/ml)となり,また,フィブリノーゲンのたんぱく変性も比較的少なかったとしている。

j 須山忠和(金沢大学医学部第二病理学教室)ら「フィブリノーゲンのBPL・紫外線併用処理効果」(「日本輸血学会雑誌」14巻1・2号・昭和43年)(<証拠省略>)

これは,上記iと同一の実験結果の報告であるところ,国立予防研究所のA20から,BPLと紫外線照射の肝炎ウイルスに対する効果推定実験としては,Aerobactor Aerogenesは適当ではなく,耐熱性のあるentero virusが良いと思う旨の発言がなされたことが記載されている。

k W. Stephan “Hepatitis-Free and Stable Human Serum for Intravenous Therapy(肝炎ウイルスを含まない,静注治療用の安定なヒト血清)”(“Vox. Sang”20巻・昭和46年:1971年)(<証拠省略>)

この報告には,ヒト血清を5℃で冷やし,血清100ml当たりBPLを0.3g添加した後,5℃で1時間保存した血清を,20万例以上の患者に用いて,3年間の臨床評価をしたところ,肝炎を発生させた症例はなかったことが記載されている。

l 高鍋温是(ミドリ十字中央研究所研究第3部)ら「ヒト・トロンビン製剤に対する肝炎ウイルス殺滅のための紫外線・β-propiolactone併用処理法に関する研究」(「金沢大学十全医学会雑誌」81巻3~6号・昭和47年)(<証拠省略>)

この研究は,ミドリ十字中央研究所の研究員らによるものであり,Aerobactor Aerogenesを指標細菌として用い,米国NIHの基準を満たすBPL添加濃度及び紫外線照射量等の条件を調べたものである。この報告には,BPL添加単独処理では,少なくとも1500mg/dlのBPLを要し,このときフィブリノゲンのたんぱく変性も大きいが,BPL添加及び紫外線照射の併用処理では,BPLを500mg/lあるいは750mg/l添加してから25℃で5時間放置した後,紫外線を1.5J/ml照射するとの条件で上記目的を達成することができ,かつたんぱく変性も比較的小さいことが記載されている。

m L. F. Barkerら“Transmission of Viral Hepatitis,Type B,By Plasma Derivatives(血漿由来製剤によるB型肝炎ウイルスの感染)”(1973年IABS第13回国際会議・パートA:タンパク質の精製・生物学的基準27巻・昭和48年・1973年)(<証拠省略>)

Barkerらは,血漿由来製剤において,求められる血漿たんぱくを破壊することなくB型肝炎ウイルスを除去できる方法は現在のところなく,血漿たんぱくを変性させない用量での紫外線照射,BPL処理及び調節された加熱処理がこれまでに評価検討されてきているが,これらの方法では感染性を減少させる可能性はあっても除去することはできないと述べている。

n Alfred M. Princeら“Evaluation of the Effect of Betapropiolactone/Ultraviolet Irradiation(BPL/UV)Treatment of Source Plasma on Hepatitis Transmission by Factor Ⅸ Complex in Chimpanzees(原料血漿をβ-プロピオラクトン/紫外線照射(BPL/UV)処理した場合の第Ⅸ因子複合体による肝炎伝播に及ぼす影響のチンパンジーを用いた評価)”(“Thrombosis Hemostasis”44巻3号・昭和55年:1980年)(<証拠省略>)

この報告には,BPL添加及び紫外線照射の併用処理を施した第Ⅸ因子複合体製剤を,8頭のチンパンジーに対し体重1kg当たり25ユニットを投与し,6か月間B型肝炎血清マーカー,血清トランスアミナーゼ値及び肝生検を行ったところ,B型肝炎ウイルス及び非A非B型肝炎ウイルスに感染した例はなかったことが記載されている。

また,B型肝炎ウイルスで汚染させたBPL処理済みの第Ⅸ因子複合体と未処理の第Ⅸ因子複合体を,それぞれ4頭のチンパンジーに対して接種したところ,未処理のグループは4頭のチンパンジーはすべてB型肝炎ウイルスに感染した(平均潜伏期間10.5週間)が,処理済みのグループは4頭のうち1頭のみが感染した(潜伏期間21週間)ことも記載されている。

o 吉沢浩司(東京都臨床医学総合研究所肝炎部門)ら「β-プロピオラクトンおよび紫外線照射によるNonA,NonB-1型肝炎ウイルスの不活化」(「肝臓」23巻4号・昭和57年)(<証拠省略>)

この報告は,非A非B型肝炎の感染材料を用いてチンパンジー感染実験を行い,BPL及び紫外線照射によるウイルス不活化条件を決定したことを報告するものである。

この報告によれば,感染価を103/ml以上104/ml以下と規定した感染材料に対し,①紫外線48μw/cm3を10分間照射した後,pH8.0の条件下で最終濃度が0.05%となるようにBPLを添加して4℃で20分間振盪したもの,②pH8.0の条件下で最終濃度が0.05%となるようにBPLを添加して23℃で2時間振盪したもの,③同様の条件でBPLを添加して40℃で20分間振盪したものをそれぞれチンパンジーに静脈注射したところ,18週間の経過観察期間中,3頭のチンパンジーはいずれも生化学的にも,組織学的にも肝炎感染成立が認められなかった旨が記載されている。

p W. Stephan “Activity and Storage Stability of Proteins in a Hpatitis-free Human Serum Preparation(肝炎ウイルスを含まないヒト血清製剤中のタンパク質の活性と保存安定性)”(“Arzneim.Forsch./Drug Res.”32巻8号・昭和57年:1982年)(<証拠省略>)

この報告には,昭和42年から昭和55年までの間に約120万ユニットのBPL処理が施された血清製剤(BPL濃度は,血清100ml当たり0.3mlのBPL又は血漿100ml当たり0.25mlのBPL)が投与されたが,臨床的に明確に肝炎が発生したとされる症例は報告されなかったこと及び上記処理法の導入前(昭和25年から昭和41年)の血清の投与により46例の肝炎が報告されていることが記載されている。

q 清水勝(東京都立駒込病院輸血科)「輸血後肝炎―最近の実態と対策―」(「周産期医学」14巻10号・昭和59年10月)(<証拠省略>)

この論文には,凝固因子製剤について,肝炎ウイルスの不活化の試みとしてBPL添加と紫外線照射の併用処理又は加熱処理の試みがあるが,臨床的評価はいまだに得られていない旨が記載されている。

r A.M.Princeら“Inactivation of Non-A,Non-B Virus Infectivity by a Beta Propiolactone/Ultraviolet Irradiation Treatment and Aerosil Adsorption Procedure Used for Preparation lof a Stabilized Human Serum(安定化ヒト血清の製造に用いられる,β-プロピオラクトン/紫外線照射処理及びAerosil吸着法による非A非Bウイルスの感染性の不活化)”(“Vox.Sang”46巻・昭和59年:1984年)(<証拠省略>)

この報告には,BPL添加及び紫外線照射の併用処理を施した安定化ヒト血清を2頭のチンパンジーに対して静脈内に接種したところ,いずれもB型肝炎ウイルス又は非A非B型肝炎ウイルスの感染を示す症状は現れず,接種33週間後に行った肝生検でも非A非B型肝炎と関連する変化は認められなかったことが記載されている。

s Alfred M.Princeら“Inactivation of the Hutchinson Strain of Non-A,Non-B Hepatitis Virus by Combined Use of β-Propiolactone and Ultraviolet Irradiation(BPLと紫外線照射の併用による非A非B型肝炎ウイルスHutchinson株の不活化)”(“Journal of Medical Virology”16巻・昭和60年1月:1985年)(<証拠省略>)

この報告には,非A非B型肝炎ウイルスを3万CID/mlに調整した血漿に,血漿100ml当たり0.25mlのBPLを加え,その後1時間常温で置き,pHを7.2にしたものを2頭のチンパンジーに接種したところ,29週間の調査期間には肝炎を発症しなかったことが記載されている。

t Wolfgang Stephanら“Inactivation of the Hutchinson Strain of Hepatitis Non-A,Non-B Virus in Intraveneous Immunoglobulin by β-Propiolactone(静注用免疫グロブリン中の非A非B肝炎ウイルスのHutchinson株のβ-プロピオラクトンによる不活化)”(“Journal of Medical Virology”26巻・昭和63年:1988年)(<証拠省略>)

この報告には,非A非B型肝炎ウイルスを103.5CID50/mlに調整した免疫グロブリン溶液に,100ml当たり0.14mlのBPLを加え,23℃で5時間置き,pHを8.0にしたものを2頭のチンパンジーに接種し30週間血清トランスアミナーゼ値を観察したところ,いずれも異常は出現しなかったことが記載されている。

u Aの社内研究(<証拠省略>)

Aは,昭和40年5月から,対照菌(Aerobactor Aerogenes)を用いてフィブリノゲンのたんぱく変性を生じないようなBPL添加濃度と紫外線照射強度を求める実験を開始し,同年11月11日付けで社内実験の結果が報告された。これによると,フィブリノゲン溶液にAerobactor Aerogenesを浮遊させて種々の濃度のBPLを添加し,24℃で5時間放置した後,1J/mlの紫外線照射を行ったところ,BPL濃度が400mg/lで残存生細菌数が6×101個/mlとなり,BPL400mg/l添加のものがたんぱく変性が小さく,対照生菌に対する殺菌効果は大きいと結論づけている。そして,Aは,この実験結果に基づきBPL製剤の不活化条件としてフィブリノゲン溶液1kg当たり0.38gのBPL濃度(0.038%)を決定した(<証拠省略>)。

v Y2「命令書に対するご報告」(平成14年7月16日)(<証拠省略>)

被告Y2は,平成14年7月16日,厚生労働大臣に対し,同年6月18日付け報告命令(厚生労働省発医薬第0618053号)に対する報告を行った。

上記報告命令では,BPL添加及び紫外線照射の併用処理のウイルス不活化効果について,既存文献を基にした考察をすることが求められていたところ,本報告には,これに対する回答として,フィブリノゲンのBPL添加処理によるウイルス不活化効果を検討した文献は見付からなかったことから,血漿及び血漿分画製剤に複数のウイルスを加え,これにBPL添加及び紫外線照射の不活化効果を検討した文献を紹介するとしている。その上で,複数の外国文献の要旨を挙げ,これらによれば,BPL添加及び紫外線照射の併用処理は,非A非B型肝炎ウイルスを始めとする各種ウイルスの不活化に有効であったと考えられるが,その不活化の程度は,BPLの処理条件及びウイルスの種類により異なることが明らかであり,個々の製剤について検討されなければならず,ほかの実験から外挿すべきでないといわれている旨を紹介している。その上で,Aのフィブリノゲン製剤は,上記文献に用いられた血漿等と比べ,BPL濃度,製剤のたんぱく組成及びpH等が異なるから,どの程度の不活化効果があったかを定量的に評価することはできなかったとしている。

(イ) まとめ

上記の文献を総合すれば,紫外線照射処理とBPL添加処理との併用による不活化効果については,非A非B型肝炎ウイルスの感染を防止する効果が得られたことを実証する複数のチンパンジーを用いた感染実験の結果が報告され,A製造のフィブリノゲン製剤に対し同処理が実施された昭和40年11月ころから昭和60年8月ころには,同処理は血清肝炎ウイルスや非A非B型肝炎ウイルスに対し一定の不活化効果を有することが知られていた。もっとも,BPL添加処理のウイルス不活化効果は,BPLの処理条件によって異なり,Aが実施した処理が十分な不活化効果を有するものかどうかは明らかでなかった。

ウ  抗HBsグロブリン添加処理及び紫外線照射処理の併用について

(ア) 文献

a H. G. J. Brumelhuisら“Contributions to the Optimal Use of Human Blood Ⅸ.Elimination of Hepatitis B Transmission by(Potentially)Infectious Plasma Derivatives(血液製剤の最適使用への貢献Ⅸ.(潜在的に存在する)血漿分画製剤のB型肝炎感染性の消失)”(“Vox Sang”45巻・1983年:昭和58年)(<証拠省略>)

Brummelhuisは,HBsAgの強い陽性反応を示した血漿から分画精製された濃縮凝固第Ⅷ因子製剤,プロトロンビン複合体,濃縮CIエステラーゼ阻害剤,プラスミノーゲン,アンチトロンビンⅢについて,その半分には抗HBsグロブリンを最終濃度が0.4IU/mlとなるように添加し(試験検体),残りの半分は未処理の検体とし(対照検体),さらに,1000分の1に希釈された感染性を有する参照血漿にも抗HBsグロブリンを最終濃度が0.4IU/mlになるよう添加してチンパンジーに投与したところ,対照検体又は未処理の参照血漿を投与された6頭のチンパンジーではいずれもB型肝炎に感染したが,試験検体又は抗HBsグロブリンを添加された参照血漿を投与された5頭のチンパンジーでは1年以上にわたりフォローされたがB型肝炎感染の証拠は何一つ証明されなかったと報告している。

b Y2「命令書に対するご報告」(平成14年5月31日)(<証拠省略>)

被告Y2自身が,社内調査等を実施し厚生労働省に報告したところでは,次のように述べられている。

① 抗HBsグロブリン添加によるB型肝炎ウイルス防止効果については,Brummelhuisらの報告に基づき,βプロピオラクトン処理に匹敵するB型肝炎防止効果を期待していたと思われる。Brummelhuisらの報告によれば,0.4IU/ml以上の抗HBs抗体価になるように抗HBsグロブリンを添加することでB型肝炎予防効果が得られているため,B型肝炎ウイルスに関しては妥当な代替手段であったと考えられる。

② 当時の抗HBsグロブリンには,抗HCV抗体も含まれていたと推定されるが,その抗HCV抗体によるC型肝炎ウイルス感染防止効果は現時点においても不明であるため,評価できない。

(イ) まとめ

上記の文献を総合すれば,抗HBsグロブリン添加処理はB型肝炎ウイルス感染を防ぐ効果があるとされていたものの,非A非B型肝炎ウイルスの不活化効果は明らかでなく,Aがフィブリノゲン製剤に紫外線照射と抗HBsグロブリン添加の併用処理を実施した昭和60年8月21日から昭和62年2月20日ころにおいては,紫外線照射処理と抗HBsグロブリン添加処理を組み合わせても,非A非B型肝炎ウイルスに対して不活化効果を持つとする根拠はなかった。

エ  乾燥加熱処理について

(ア) 文献

a G. Y. Rosenbergら“On the Thermoinactivation of Botkin's Hepatitis Virus in Dry Fibrinogen and Albumin Preparations(乾燥フィブリノゲン製剤及びアルブミン製剤におけるBotkin肝炎ウイルスに対する加熱不活化作用)”(“Bibl.haemat.”23巻・昭和46年:1971年)(<証拠省略>)

Rosenbergらは,乾燥フィブリノゲン製剤やアルブミン製剤について完全な乾燥直後の60℃10時間加熱によるウイルス不活化効果を検討したところ,試験に用いた資料の中でイヌ肝炎ウイルスや候補ウイルスの完全な不活化をもたらすことを示したと報告している。

b A. Rubinsteinら“Heated Lyophilized Factorv ⅤⅢ Concentrate-Additional Preliminary in Vitro Studies(加熱された凍結乾燥第Ⅷ因子製剤―追加の予備in vitro試験)”(“Thromb.Haemost”46巻・昭和56年:1981年)(<証拠省略>)

Rubinsteinらは,凍結乾燥させた第Ⅷ因子を100℃で30分間加熱すると,著しく濃い茶色に変色し,62から64℃で16時間加熱し6℃で4週間保存すると,非加熱のコントロール(対照群)に比べて80%以上の回収率が保たれ,溶解液で溶解した第Ⅷ因子の580nmでの吸光度は,非加熱のコントロールが0.117であったのに対し,加熱第Ⅷ因子では0.127であり,ヒト血清に対する免疫電気泳動では非加熱のコントロールに比べ全体的に異常な移動が増加したと述べている。

c P. M. Mannucciら“Transmission of Non-A,Non-B Hepatitis By Heat-Treated Factor ⅤⅢ Concentrate(加熱処理第Ⅷ因子濃縮製剤による非A,非B型肝炎の伝播)”(“THE LANCET”2巻・昭和60年7月:1985年)(<証拠省略>)

本論文は,60℃72時間加熱処理した血液凝固第Ⅷ因子製剤をチンパンジーに投与したところ,非A非B型肝炎に感染したものはなかったが,輸血および血液製剤の投与を受けたことのない血友病A患者21症例に投与したところ,定期的な追跡調査ができた13例中11例及び追跡調査が完全にはできなかった8例中2例が,非A非B型肝炎に罹患したことを報告するものである。その上で,本論文は,「われわれのデータは,このような原因因子と推定されるものが,FⅧ製剤を60℃で72時間加熱処理するのでは完全には不活化されていないことを示すものである。」とし,またチンパンジーとヒトとで感染結果が異なったことについて,「このような違いがあることは,NANB肝炎の伝播に関する研究については,動物モデルの信頼性が低いことならびに,新たに“処理された”濃縮製剤の安全性を評価するには,血液製剤の初めて投与される血友病患者での臨床試験を実施することが不可欠であることを示すものである。」としている。

d 宮本誠二(財団法人化学及血清療法研究所)ら「濃縮第Ⅷ因子製剤の加熱処理条件の検討」(「基礎と臨床」19巻13号・昭和60年11月)(<証拠省略>)

本論文には,熱抵抗性の強い豚パルボウイルスを濃縮第Ⅷ因子製剤に加ええ,60℃と65℃の乾燥加熱処理したときのウイルス感染価を調べたところ,60℃による乾燥加熱では65℃の場合と同等のウイルス不活化効果を得るのに,2倍程度の時間を要したこと(すなわち,後記の65℃96時間に相当する不活化効果を得るには,60℃では192時間程度の加熱が必要となること)が報告されている。さらに,チンパンジーを用いた感染実験の結果,60℃72時間の乾燥加熱処理と65℃96時間の乾燥加熱処理との間には肝炎ウイルス不活化効果に差のあることを示唆する結果が得られたとして,「60℃72時間の処理では肝炎ウイルスの不活化は不充分であるが,65℃96時間の処理では充分な肝炎ウイルスの不活化が達せられる可能性が示唆された。しかしこの点については今後なお,臨床上の成績にその結果をまたなければならない。」と報告している。

e 「人フィブリノゲンのウイルス不活化のためのDry Heating処理法に関する研究」(昭和62年)(<証拠省略>)

Aの中央研究所において昭和60年2月から昭和61年11月までの間実施された社内研究の結果をまとめたものであり,加熱安定剤シュウクロースをフィブリノゲン1g当たり1600mg添加(3.2%の添加量)し,乾燥状態で60℃96時間加熱すると,フィブリノゲンは95%以上保持され,溶解性及び溶状の劣化はほとんど認められず,他方で,ウイルス不活化については,Vesicular stomatitis virus,Chikungunya virus,Sindbis virus,Mumps virus,Herpes simplx virus,Vaccinia virusをモニターウイルスに用い,いずれも同研究工程上は検出限界以下に不活化されたとするものである。Aは,この研究結果に基づき加熱処理製剤のウイルス不活化処理条件を決定した。

f Y2の厚生労働省に対する報告書(平成15年7月)(<証拠省略>)

被告Y2は,厚生労働大臣に対し,平成15年7月25日付けで報告書を提出した。これには,乾燥加熱処理について同社が新たに実施したウイルスバリデーション試験の結果と上記eの社内研究の結果を比較すると,社内研究の結果では,加熱96時間後でいずれのモデルウイルスについても検出限界未満まで不活化されており,全般的に高い不活化効果が得られているところ,この相違の原因としては,社内研究当時は含湿度確認は行っていないが,現在では,含湿度が乾燥加熱処理のウイルス不活化効果に影響を与えることが知られており,含湿度の違いが試験結果に影響を与えた可能性を否定できない旨が記載されている。

(イ) まとめ

上記の文献によれば,昭和62年4月当時,非A非B型肝炎に関係すると想定されるウイルスは高温度下に置くことで不活化することが確認されており,フィブリノゲンのたんぱく変性及び凝固能の喪失をもたらすことなく想定ウイルスを不活化するのに必要な温度と時間とが問題となっていた。Aの社内研究では,60℃96時間の乾燥加熱処理によりシンドビスウイルス(SIN)を含む6種類のモニターウイルスがいずれも検出限界以下に不活化されたと報告されたが,この研究は当時の学会や専門誌等に発表されておらず,他の研究者等による追試等の批判的検討や多角的な検証はなく,フィブリノゲン製剤についての類似の条件下での非A非B型肝炎ウイルスの不活化効果を示す動物実験等も存在しなかった。他方,第Ⅷ因子製剤についてではあるが,60℃72時間の乾燥加熱処理では非A非B型肝炎ウイルスは完全には不活化されないとする文献や,熱抵抗性が強い豚パルボウイルスを使用した試験結果ではあるが,65℃96時間の乾燥加熱による不活化効果に相当する効果を60℃の加熱温度で得ようとすれば,192時間程度の加熱時間が必要であるとの文献もあった。

これらに加えて,Aは,昭和62年4月15日付けの「-フィブリノゲン製剤の改良-フィブリノゲンの液状加熱」と題する調査研究録(社内文書)において,「ドライヒーティングは時間を十分にかけて行えば,ウイルス不活化も十分行えるが,近頃ウイルスの不活化効果を更に高められるという,従来の液状での加熱処理を施した製剤も世に出てき始めている。」として,後継品の液状加熱製剤製造申請が必要である旨を記載していた事実がある(<証拠省略>)。

以上によれば,昭和62年4月当時,しかるべき乾燥加熱処理には非A非B型肝炎ウイルスの不活化効果があると考えられたが,Aが採用した60℃96時間の処理条件については,同社の社内研究に基づくものであって,その不活化効果を否定するような文献はない一方で,その効果を裏付けるような第三者による検証結果や動物実験等もなかったものであり,非A非B型肝炎ウイルスの感染を防止するに足る処理条件であるとの専門的な評価が確立していたとはいえない状況にあった。そして,Aも,同社の乾燥加熱処理よりも更に不活化効果を高められる方法のあり得ることを認識していたと認められる。

(4)  フィブリノゲン製剤による肝炎発生報告等

ア  フィブリノゲン製剤の製造,販売量

後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。

すなわち,フィブリノゲン製剤の製造量は,昭和40年は1万2967本(なお,同製剤1本1gである),昭和41年は1万4269本,昭和42年は2万5376本,昭和43年は2万0208本,昭和44年は3万0864本,昭和45年は2万5912本,昭和46年は3万6373本,昭和47年は5万1883本,昭和48年は4万9633本,昭和49年は5万7450本,昭和50年は6万6672本,昭和51年は5万5635本,昭和52年は9万2901本と増加したが,昭和53年には4万1332本と減少し,昭和54年は5万0772本であった(<証拠省略>)。

また,昭和55年以降の製造本数(かっこ内は販売本数)は,昭和55年は4万9255本(5万6150本),昭和56年は6万4773本(5万8870本),昭和57年は5万7271本(6万5300本),昭和58年は7万9118本(6万7800本),昭和59年は9万0299本(6万8950本),昭和60年は6万3166本(7万3070本),昭和61年は8万4464本(7万6500本),昭和62年は非加熱製剤が2万6329本,乾燥加熱製剤が5万4646本で,同年の合計は8万0975本(4万3140本)であった。

しかし,昭和63年2月に謹告文書が,同年6月に緊急安全性情報が出されると,その製造,販売本数は激減し,同年は1万3627本(1万1030本),平成元年は4554本(1900本),平成2年は0本,平成3年は2066本)平成4年は1033本,平成5年は3851本,平成6年は乾燥加熱製剤が824本,SD製剤が1135本で,同年の合計は1959本であった。そして,平成7年以降は,SD製剤のみであるところ,同年は1390本,平成8年は2820本,平成9年は681本,平成10年は1554本,平成11年は2350本,平成12年は2474本であった。

(<証拠省略>)

イ  Aによる副作用情報収集方法

Aは,フィブリノゲン製剤による副作用情報の収集のため,① 昭和41年から最終製剤1瓶ごとに「血清肝炎調査票」と題するアンケート回答はがきを添付し,フィブリノゲン製剤使用患者の血清肝炎発症を経験した医師が記入してA本社の担当部署に郵送する方法と,② フィブリノゲン製剤を使用した医師等から血清肝炎発症の報告を受けた医薬情報担当者(MR)が,医薬品副作用報告書に記入して,A本社の担当部署に報告する方法をとっていた(<証拠省略>)。

ウ  フィブリノゲン製剤による血清肝炎発生報告等

(ア) 昭和60年までの血清肝炎発生情報

昭和47年1月版のフィブリノゲン製剤の添付文書には,1966年1月から各包装ごとにアンケート回答はがきを同封し,使用医師の調査協力を求め,1971年末までに14万5590瓶を供給しているが,わずかに2例の黄疸(肝炎)発生の告知を受けただけである旨の記載がある(<証拠省略>)。

また,Aは,昭和61年2月,厚生省に対して,非加熱フィブリノゲン製剤の再評価申請書を提出したが,この中で,フィブリノゲン製剤に起因する肝炎発症例を過去10年間(昭和51年から昭和60年)にわたって調査したところ,この間に副作用報告として報告された肝炎発症例は3例のみであったと記載している(<証拠省略>)。

さらに,Aは,昭和62年3月にも,再評価調査会に対して,昭和51年から昭和60年にかけて非加熱フィブリノゲン製剤に起因する肝炎発症例を調査したところ,この間の同製剤の販売実績は62万2681バイアルであるが,副作用報告として報告された肝炎発症例は3例であり,うち2例(1例はB型肝炎)は昭和52年の発症例で,残る1例は昭和57年の発症例であるとする追加資料を提出した(<証拠省略>)。なお,後述の被告Y2による事後的な調査結果の報告には,昭和50年から昭和61年にかけてAに返送され,保管されていたアンケート回答はがきは26枚であったこと,この中で肝炎又は肝機能異常を報告しているものは7枚であり,うち2枚は輸血非併用例,5枚は輸血併用例であり,残り19枚は肝炎や肝機能異常以外の副作用症状を報告するものであったこと,上記再評価手続において報告された肝炎発症例3例は,アンケート回答はがきによる輸血非併用例2例と医薬情報担当者からの報告1例の合計であったことなどが記載されている(<証拠省略>)。

(イ) 青森県の血清肝炎集団発生前後における肝炎発生情報の社内報告

a 非加熱製剤についてのもの

(a) 昭和61年9月22日付けの「顧客の声」報告書(<証拠省略>)

この報告書は,A静岡支店が,産婦人科医師から常位胎盤早期剥離3例にフィブリノゲン製剤を使用したが,3例とも血清肝炎が発生し,輸血は使用していないことから,フィブリノゲン製剤によるものと考えられる旨のクレームを受け,血清肝炎の発生はやむを得ないと思うが,3例の発生は多いと思うとして,他の支店でも最近同様のことがあったのか教えてほしい旨の報告を本社に上げているものである。

(b) 昭和61年11月17日付けの「顧客の声」報告書(<証拠省略>)

この報告書は,A広島支店が,産婦人科医師から同年9月下旬から10月にかけて同一ロットのフィブリノゲン製剤を2例に使用したところ,2例とも血清肝炎が発症した旨のクレームを受け,病院としては同一ロットで高率に発生しているのではないかと考えているので調査をしてほしい旨を本社に依頼するものである。

(c) 昭和62年1月17日付けの医薬品等副作用報告書(<証拠省略>)

この報告書は,A青森支店が,青森県の医療機関から,昭和61年9月からフィブリノゲン製剤の使用患者に血清肝炎が連続して起きており,発症頻度は8例中7例で,残り1例は現在調査中であること,輸血によることも考えたが,フィブリノゲン製剤の非投与者での肝炎発症例はなく肝炎発症例はすべてフィブリノゲン製剤を投与しているためフィブリノゲン製剤による疑いが濃厚であること,最近のロットで発症しているので調査してほしいとのクレームを受け,本社に対して,今までフィブリノゲン製剤で連続して肝炎が発症した例を聞いたことがないとして早急に調査を求めたことが記載されている。

(d) 昭和62年2月23日付けの医薬品等副作用報告書(<証拠省略>)

この報告書は,A青森支店従業員が作成したものであるところ,医師の意見の欄に,最近の使用症例は100%肝炎を発症しており今まではこのようなことがなかったため,不安で使用しにくいことから,その原因を調査してほしいこと,今年の症例はロット番号6770番台で新しくなり安心していたが,使用症例2例とも,1か月健診の結果,血清肝炎を発症していたことから,原因の調査を願うことが記載されている。

また,同報告書の欄外には,同社員の意見として,前年末にも広島支店で連続して血清肝炎が発生したとの情報があり,調査すればかなり発生しているのではないかと想像され,何かバルクがここ最近変化したか製造部の正確なコメントを求めたいこと,このままうわさが広がれば他の血漿分画製剤の売上げにも大きく影響を与えると思われ,最悪の場合を想定して対応した方がよいと考えることが記載されている。

(e) 昭和62年2月27日付け緊急業務連絡(<証拠省略>)

A学術部長は,同日,各支店長に対し,青森支店からフィブリノゲン投与後,黄疸及び肝炎が多数の症例に発現したとの報告を受けたとして,関連製造番号として6760A,6764A,6766A,6767A,6768B,6769B,6771B及び6772Aを示して,同様の例がないか,至急調査を求める業務連絡を発した。これらは,いずれもHBIG製剤のロット番号である(<証拠省略>)。これを受けて,以下の各報告が上がってきた。

① 昭和62年3月2日付け社内報告書(<証拠省略>)

この報告書は,A名古屋支店の報告書であり,ロット番号6760A出庫以降に発生した事例が2件報告されているが,使用ロットが不明であること,因果関係が不明であることから未報告であったこと,金沢支店及び東京支店では報告がないことが記載されている。

② 同日付け社内報告書(<証拠省略>)

この報告書は,A宇都宮支店では,同日現在で,フィブリノゲン-ミドリ静注によると思われる肝障害発生の報告はないこと,ただし,心臓外科手術の際フィブリン糊を使用した1症例(使用ロット番号6766B)に劇症肝炎が発症したが,他製剤も使用していることから肝炎とフィブリノゲン-ミドリとの因果関係は不明であることが記載されている。

③ 昭和62年3月4日付け社内報告書(<証拠省略>)

この報告書には,A仙台支店では,同日現在で副作用は発症していないこと,ただし,関連製造番号が明確にできないものの,同支店管内の得意先で1~2例肝炎らしき症例が昨年発生しているが,問題にはなっていないことが記載されている。

④ 昭和62年3月9日付け社内報告書(<証拠省略>)

この報告書には,A広島支店では,総合病院の産婦人科で4例(うち2例は報告済み),大学病院の心臓外科で2例,同病院の内科で1例の発生報告があることが記載されている。

(f) 昭和62年6月18日付け社内報告書(<証拠省略>)

この報告書には,Aは,昭和62年5月27日現在で,74施設109症例,昭和62年6月18日現在で,74施設112症例の肝炎症例の報告を受けたことが記載されている。

b 加熱製剤についてのもの

(a) 昭和62年10月の社内報告書「フィブリノゲン-HT肝炎発症の件」(<証拠省略>)

この報告書には,A松本支店管内の病院において,昭和62年9月に3名の産婦にフィブリノゲンHT-ミドリを投与したところ,同年10月,いずれも非A非B型肝炎を発症したこと,同病院医師が肝炎の危険性は承知していたが,加熱製剤であるから肝炎の心配はそれほど強くは考えなかったと話したことなどが記載されている。

(b) 昭和62年12月23日付け社内報告書「フィブリノゲン-HT肝炎発症の件(第2報)」(<証拠省略>)

この報告書には,A松本支店管内の病院において4名の患者にフィブリノゲンHT-ミドリを投与したところ,いずれも肝炎を発症したこと,上記病院の医師から他病院に対しフィブリノゲンHT-ミドリの回収等の対応を急ぐよう求められたことなどが記載されている。

(ウ) Aの厚生省に対する血清肝炎発生報告

a 昭和62年時点での非加熱製剤についての血清肝炎発症報告

Aは,厚生省薬務局に対し,昭和62年5月8日(第1回),同年5月19日(第2回),同年6月12日(第3回)及び同年7月14日(第4回最終)の4回にわたり,フィブリノゲン-ミドリ使用後の肝炎発現症例を報告した。

第4回報告は,最終的に41施設74症例の肝炎発症を報告しており,このうち他の血液製剤を併用したものは26例,併用がないものは32例,不明が16例であったとしている。また,使用されたフィブリノゲン-ミドリのロット番号は,6760Aから6777Aであり(調査した医療機関がこれに応じなかった16症例及びロット番号が不明な8症例を除く。),いずれもHBIG製剤であったとしている。

(<証拠省略>)

b 昭和63年までの乾燥加熱製剤についての血清肝炎発症報告

Aは,昭和62年11月5日付けの報告書により,同年10月24日現在で乾燥加熱製剤に起因する疑いのある肝炎発現症例が3例報告されたことを報告した(実際には同年11月5日の時点で同社は11例の非A非B型肝炎発生の報告を受けていた(<証拠省略>)。)のを始めとして,昭和63年4月5日及び同年5月6日ほかにおいて,厚生省に対して,乾燥加熱製剤使用後の肝炎発現症例を報告した。このうち同年5月6日の報告では,それまでの報告をまとめ,調査症例数846症例中の肝炎発症例は合計34例(発症例率4%),うち,乾燥加熱製剤との因果関係が確実又は可能性大と考えられるものが6例であると報告した。

(<証拠省略>)

なお,Aが昭和63年6月に出した緊急安全性情報には,フィブリノゲンHT-ミドリの使用後の肝炎発現について追跡調査をしたところ,846症例の報告のうち,同製剤の投与によると思われるか,又はその可能性を否定できない非A非B型肝炎の発現が14症例報告されたと記載してある(<証拠省略>)。

(エ) 被告Y2(Cによるものを含む。)による肝炎発症例の再調査結果の厚生労働省に対する報告

a 再調査の経緯(<証拠省略>)

Cは,平成13年3月7日,厚生労働省に対し,昭和62年から昭和63年にかけてAが行った上記(ウ)a,bの報告について,肝炎発生数を実際よりも少なく報告していたことが判明した旨を報告した。これには,非加熱フィブリノゲン製剤については,同製剤を静注により使用した後に発現した87例,フィブリン糊としての使用後に発現した37例の合計124例の報告が漏れていたこと,乾燥加熱製剤については,同製剤をフィブリン糊として使用した後の肝炎発現症例の報告が漏れていたこと(未報告症例数は未確定であるが,少なくとも昭和63年6月までに糊として使用した乾燥加熱製剤についての肝炎発症報告19例が漏れている。)が記載されていた。

厚生労働大臣は,この報告を受けて,同月19日,Cに対し,薬事法69条1項により,フィブリノゲン製剤の製造状況及び使用状況,当該製剤による肝炎の発生状況並びに当該製剤の販売方法等の実態を把握するため,報告命令(厚生労働省発医薬第166号)を発した。

Cは,平成13年3月26日,厚生労働大臣に対し,命令書(厚生労働省発医薬第166号)に対する報告を行った(この対象症例は,上記(ウ)a,b及び当時同社が把握していたその他の症例を含む。)。これによると,フィブリノゲン製剤投与後の血清肝炎の発生総数は130症例で,このうちフィブリノゲン製剤によると確定できる血清肝炎の発生例数(輸血併用なし)は,53例であり,その内訳は,非加熱フィブリノゲン製剤によるもの31例,乾燥加熱製剤によるもの21例,加熱・非加熱の特定が不能であるもの1例であった。また,フィブリン糊としての使用によると確定できる肝炎の発生例数は5例であり,その内訳は,非加熱フィブリノゲン製剤によるもの3例,乾燥加熱製剤によるもの2例であった。そして,フィブリン糊としての使用を含めて,Cに集積された医師からの報告書には肝炎とは記載されていないものの,GOT及びGPTの上昇や黄疸などの肝炎関連症状が記載されている症例や,MRの聞き取り記録に肝炎とあるものの,肝炎・肝障害を裏付ける症状や臨床検査値等の具体的な情報がないものなども含めた総発生例数は,363例であった。なお,この報告には,肝炎又は非A非B型肝炎と特定されなくても,肝炎の疑いのある例は,すべて集計に加えてある旨記載されている。

b 再調査の最終的結果の報告(<証拠省略>)

被告Y2は,平成14年6月18日付け報告命令(厚生労働省発医薬第0618053号)に対する報告として,再調査の最終的結果をまとめて,同年7月16日,厚生労働大臣に提出した。同報告は,ロット番号,製剤の投与時期や症状の発現時期を加味して不活化処理方法を特定し,不活化処理方法ごとの肝炎等の報告症例数,輸血の有無,肝炎等の種類の集計結果を報告するものであり,その内容は次のとおりである。なお,被告Y2は,同月26日付け報告命令(厚生労働省発医薬第0726002号)に基づき,同年8月9日,厚生労働大臣に対する報告を行ったが,これには,同日時点で同被告が把握していたフィブリノゲン製剤投与後の肝炎等の発生例418例についての症例一覧表が添付されていた。

製剤の種類

不活化処理方法

製造期間

肝炎等の

報告症例数

輸血の有無

肝炎等の種類

非加熱製剤

(紫外線照射+BPL)

S40.11ころ~60.8

30

有:26

無:4

C型肝炎,非A非B型肝炎:7

(うち,輸血なし2)

B型肝炎:2

その他の肝炎:4

肝炎関連症状:18

非加熱製剤

(紫外線照射+

抗HBsグロブリン添加)

S60.8~62.2

56

有:25

無:31

C型肝炎,非A非B型肝炎:25

(うち,輸血なし13)

B型肝炎:1

その他の肝炎:12

肝炎関連症状:18

非加熱製剤

(特定不能)

108

有:55

無:29

不明:24

C型肝炎,非A非B型肝炎:27

(うち輸血なし10)

B型肝炎:4

その他の肝炎:17

詳細情報無しの肝炎:39

肝炎関連症状:23

乾燥加熱製剤

S62.3~H6.6

213

有:121

無:34

不明:58

C型肝炎,非A非B型肝炎:55

(うち輸血なし12)

その他の肝炎:19

詳細情報無しの肝炎:77

肝炎関連症状:62

特定不能

11

有:6

無:4

不明:1

C型肝炎,非A非B型肝炎:9

(うち輸血なし4)

B型肝炎:1

肝炎関連症状:2

合計

418

有:233

無:102

不明:83

C型肝炎,非A非B型肝炎:123

B型肝炎:8

その他の肝炎:52

詳細情報無しの肝炎:116

肝炎関連症状:123

注)C型肝炎とB型肝炎の両方を発現している症例が4例あるため,肝炎等の種類ごとの内訳数字は症例数の合計と一致しない。

なお,上記集計において,非加熱製剤(特定不能)の分類は,非加熱製剤が投与されたことは明らかであるが,症状の原因がBPL製剤によるものかHBIG製剤によるものか不明なものである。また,特定不能の分類は,複数の不活化処理製剤が投与されていたり,投与された製剤と肝炎等の発現時期の関連が不明確なため,肝炎の原因と疑われる製剤の種類が特定できない症例である。

次に,肝炎等の種類の分類は,以下のとおりとされていた。

① C型肝炎,非A非B型肝炎(報告医師等が,C型肝炎,抗HCV抗体陽性,HCV-RNA陽性,あるいは非A非B型肝炎又はその疑いと記載している症例及びウイルス学的検査成績からC型肝炎ウイルス感染と推定できる症例)

② B型肝炎(報告医師等が,B型肝炎あるいはHBs抗体陽転と記載している症例及びウイルス学的検査成績からB型肝炎ウイルス感染と推定できる症例)

③ その他の肝炎(報告医師等が,肝炎,血清肝炎等と記載している症例。急性肝炎,ウイルス性肝炎,輸血後肝炎,胆汁閉塞性急性肝炎が含まれる。)

④ 詳細情報なしの肝炎(医薬情報担当者の聞き取り記録用紙の中で肝炎発生ありの回答肢に丸印がついているのみ等で,肝炎・肝障害を裏付ける症状や臨床検査値等の具体的な情報がない症例)

⑤ 肝炎関連症状(報告医師等により「肝炎」とは記載されていないものの,GOT上昇,GPT上昇,肝障害,肝機能障害,黄疸等のある症例)

(5)  フィブリノゲン製剤による肝炎発症に関する文献(昭和62年4月までのもの)

Aの製造したフィブリノゲン製剤と肝炎発症の関係を論ずる文献のうち,本件においてその有用性が問題となる各時点までに発表されたものは,以下のとおりである。なお,海外におけるフィブリノゲン製剤による肝炎発症の危険性を論じた文献は,不活化処理の方法等がAのものと異なるので,ここでは取り上げない。

ア  非加熟フィブリノゲン製剤

(ア) 木本誠二(東京大学医学部)「血清肝炎の予防に関する研究」(昭和41年)(<証拠省略>)

この報告には,フィブリノゲン製剤の投与を受けた6例の症例のうち4例に肝炎の発生が認められたこと(3例は発黄あり。),肝炎を発症した4例はいずれも輸血併用であり,輸血量は8200ml,14600ml,4800ml,2400mlであったこと,2400mlの輪血例は家族供血によるものであり,その余は日本赤十字社供給にかかる献血であったことが記載されている。

(イ) 二之宮景光(東京大学輸血部)ら「輸血源よりみた血清肝炎発生に関する考察」(「日本輸血学会雑誌」14巻4・5・6号・昭和42年)(<証拠省略>)

この報告は,昭和41年1月より4月まで東京大学病院において輸血を受けた症例について,供血源と肝炎の発生の有無について調査したところ,献血単独輸血で肝炎を発病したものの中にフィブリノゲン製剤の投与が行われていたこと,胸部外科でフィブリノゲン製剤の投与を受けた6症例のうち4症例に肝炎の発生を認め,この製剤の危険性が大きいと痛感したことなどが記載されている。

(ウ) 二之宮景光(東京大学胸部外科)ら「手術後肝障害発生に及ぼす各因子に関する研究」(「日本輸血学会雑誌」16巻4・5号・昭和44年)(<証拠省略>)

この報告は,東大第2外科,胸部外科における輸血後肝炎発生の状況について報告するものであるが,フィブリノゲン製剤を投与したものの中で3例について発生を認めたとして,さほど出血も甚だしくなく必然性の乏しい二,三の症例に対して行われたフィブリノゲン製剤の漫然とした投与は反省すべきものと考えているとの記載がある。

(エ) 赤羽賢浩(東京都臨床医学総合研究所肝炎部門)ら「チンパンジーを用いたヒトNon-A,Non-B型肝炎の感染実験―血漿分画製剤(Fibrinogen)による継代感染実験―」(「肝臓」21巻1号・昭和55年)(<証拠省略>)

この報告は,チンパンジーを用いて非A非B型肝炎ウイルスの感染実験を行った結果を報告するものである。これによれば,ヒトに非A非B型肝炎を起こすという臨床的事実が確認されているロットのフィブリノゲン製剤10mlを静脈内に接種して経過を観察し,その第1代感染チンパンジーの血清を第2代チンパンジーに静脈注射して経過を観察し,第2代感染チンパンジーの血清を第3代チンパンジーに静脈注射して経過を観察したところ,いずれも非A非B型肝炎発症を確認したことが記載されている。

(オ) 吉原なみ子(国立予防衛生研究所)「供血者の選択に必要な検査 2)HB関連抗原・抗体」(「Medical Technology」11巻7号・昭和58年)(<証拠省略>)

この論文には,ここ3年間の非A非B型肝炎発症率の上昇の原因の一つに,平均輸血量特に血液成分輸血(血液成分製剤)の増加があると思われること,昭和51年から昭和56年までの血漿,加熱人血漿たんぱく,アルブミンの使用量が増加しているが,加熱人血漿たんぱく及びアルブミンは輸血後肝炎の原因にはなりにくいが,血漿,特にグロブリン製剤,フィブリノゲン,凝固製剤などは輸血後肝炎と大いに関連があり,これらの製剤のここ数年間の使用量急増は,非A非B型肝炎の増加の一端を担っているかもしれないことが記載されている。

(カ) 横井泰(東京大学胸部外科)ら「凝固因子製剤と術後肝炎の発生率について」(「日本輸血学会雑誌」30巻5号・昭和59年)(<証拠省略>)

この報告は,開心手術後の出血に対する血液交換治療が循環負荷を増大させ,術後に大きな影響を与えることから,東大胸部外科教室において,これを回避するために濃縮凝固因子製剤の投与を試みた結果,肝機能障害例の多発をみたことから,その追跡調査を行ったものである。

これによると,肝炎発生率は,凝固因子製剤とともに輸血を用いた場合は57%,凝固因子製剤のみを使用した場合は33%,輸血のみを用いた場合は2%であったとしている。また,凝固因子製剤別の肝炎発生率は,フィブリノゲン製剤が57%,クリスマシンが82%,AHF(乾燥抗血友病人グロブリン)が88%,クリオブリンが60%,コンコエイトが40%としているが,2剤以上併用した症例が多いため,ある凝固因子製剤の肝炎発症率の高さは併用されることの多かった他剤による可能性があるとし,AHFにおける肝炎発生例の7例のすべてがクリスマシンと併用されていたこと,AHFは単一供血者による製剤であることから,この発生例の多くは他の製剤による可能性が大きいことなどが記載されている。そして,併用輸血量が2000mlを超えると肝炎発生率が高くなる傾向があったことから,上記の量以上を輸血した症例を除いた凝固因子製剤使用例の肝炎発生率を検討したところ,その結果は,全群におけるものと基本的には同一であったとし,凝固因子製剤投与例における肝炎発生率は驚くべき高さであり,以降,教室では凝固因子製剤投与に関しては極めて慎重に対処することとしていると記載されている。

イ  加熱フィブリノゲン製剤

乾燥加熱製剤と非A非B型肝炎発症の関係を論ずる文献で昭和62年4月までに発表されたものはない。

(6)  各フィブリノゲン製剤ごとの危険性のまとめ

前提となる事実及び前記(1)ないし(5)を総合すれば,フィブリノゲン製剤による肝炎(非A非B型肝炎の概念が明確になった時期以後はそれを指す。)ウイルス感染の危険性は,各ウイルス不活化処理法ごとに,以下のとおりであったと認められる。

ア  UV製剤(昭和39年6月から昭和40年10月ころ製造分)

売血由来の多数の供血者から採取された血漿を集めたプール血漿の使用による肝炎発症の危険性が高いことは当時既に広く認識されていた。

他方で,当時,紫外線照射処理はほとんどその効果がないことが知られていた。

以上によれば,当時の知見を前提とすれば,UV製剤の使用による肝炎ウイルス感染の危険性は高かったと認められる。

イ  BPL製剤(昭和40年11月ころから昭和60年8月7日製造分)

紫外線照射処理とBPL添加処理の併用については,チンパンジーに対する感染実験等により,肝炎ウイルスに対し一定の不活化効果を有することが知られていたが,その程度は明らかでなかった。また,BPL添加処理のウイルス不活化効果は,BPLの処理条件に左右されるものであり,Aが実施した処理が肝炎ウイルスに対する十分な不活化効果を有するものかどうかは明らかでなかった。

しかしながら,BPL製剤は,昭和40年から約20年間に76万バイアル以上が販売されたが,BPL製剤の使用後の肝炎発生と特定できる感染報告はわずか30例,このうち輸血が併用されていないものは4例にすぎなかった。この点について,原告らは,肝炎発生報告は,フィブリノゲン製剤に添付された回答はがき等による医師の自主回答であり,Aに集まった肝炎報告例が実態を反映したものとはいえない旨主張する。しかし,HBIG製剤について2年弱という短い販売期間にBPL製剤に比して多数の肝炎発生報告がなされていることに照らせば,医師による自主回答であるとの一事をもって症例報告が肝炎感染の実態を反映しない過少なものであると断ずることはできないし,たとえ医師による自主回答であることから相当数の暗数があることを想定しても,BPL製剤の感染報告数は,その販売期間の長さ及び販売数の多さからすると暗数だけでは説明できないほど少ないといえる。

なお,BPL製剤が販売されていた時期におけるフィブリノゲン製剤の使用による肝炎の発生を報告し同製剤の危険性を指摘する文献(上記(5)ア(ア)から(ウ))があるが,これらは昭和41年から昭和43年にかけての使用経験に基づくものであるところ,フィブリノゲン製剤の有効期間は3年間であり,いまだ先のUV製剤の有効期間内であることを勘案すると,これらの報告で用いられたフィブリノゲン製剤が危険性の高いUV製剤であった可能性を否定できない。また,それらの報告には輸血併用事例も含まれており,患者の絶対数も,同製剤の危険性を統計的に論じるには極めて少ない。したがって,これらの報告がBPL処理の危険性を裏付けるものと解することはできない。

また,凝固因子製剤の投与患者の追跡調査の結果,フィブリノゲン製剤による肝炎の発生率が高いとする文献(上記(5)ア(カ))もあり,その時期からしてBPL製剤が使用されたことが推認されるところ,この文献においては,フィブリノゲン製剤以外の血液製剤も併用されており,しかも他の血液製剤による肝炎発症率も高率であることが記載されていることからすると,同報告においてフィブリノゲン製剤を使用して肝炎に罹患したとされる患者のうち,どの程度がフィブリノゲン製剤を原因とするものかは明らかでない。

さらに,非A非B型肝炎の発症率の増加の原因として平均輸血量の増加や血液製剤の使用量の急増を挙げる文献(上記(5)ア(オ))もあるが,フィブリノゲン製剤の個別的な危険性を論じているものではない。

以上によれば,当時の知見を前提とすれば,BPL製剤の不活化処理は完全ではなく,Aが採用した処理条件による不活化効果を裏付ける文献もなかったが,BPL製剤による発症報告が極めて少なかったことにも照らせば,BPL添加処理と紫外線照射処理の併用は相当程度の不活化効果を有していたのであって,BPL製剤による肝炎(非A非B型肝炎の概念が明確になった時期以後はそれを指す。)ウイルス感染の危険性は担当低いものであったと推認できる。

ウ  HBIG製剤(昭和60年8月21日から昭和62年2月20日製造分)

前記のとおり,紫外線照射処理と抗HBsグロブリン添加処理を組み合わせても,非A非B型肝炎ウイルスに対して不活化効果を持つとする根拠はなく,このことは,HBIG製剤についてわずか2年足らずの間に少なくとも56例(うち単独投与例が31例)もの肝炎発症報告があったこと(約20年間に30例(うち単独投与例が4例)にすぎなかったBPL製剤と比較すれば,その感染報告の多さはけた違いである。)によっても裏付けられている。

以上によれば,当時の知見を前提とすれば,HBIG製剤は,非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性が高い製剤であったと認められる。

エ  乾燥加熱製剤(昭和62年3月31日から平成6年6月16日製造分)

昭和62年4月当時,しかるべき乾燥加熱処理には非A非B型肝炎ウイルスの不活化効果があると考えられたが,Aが採用した60℃96時間の処理条件については,非A非B型肝炎ウイルスの感染を防止するに足る処理条件であるとの専門的な評価が確立していたとはいえず,Aもその不活化効果が完ぺきであるとまでは考えていなかった。

加えて,当時の文献では,不活化処理の効果を確認して血液製剤の安全性を正しく評価するには,人に対する臨床試験が不可欠であると指摘されていたところ,Aが実施した臨床試験は,症例数がわずか7例と極端に少なく,しかも,副作用など安全性に関する検討も投与後1週間程度しか行っておらず,安全性を確認するための臨床試験としては症例数及び経過観察期間ともに極めて不十分なものであった。

以上によれば,昭和62年4月時点において,60℃96時間の乾燥加熱処理を実施した乾燥加熱製剤の安全性は依然として不確かであったといわざるを得ず,同製剤は非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性を否定できない製剤であったと認められる。

3  肝炎の重篤性

(1)  予後の重篤性のとらえ方

肝炎の予後の重篤性を考えるに当たっては,まず,慢性肝炎を発症するか,慢性化率が高いかどうかが検討されるが,それだけでなく,慢性肝炎が,予後重篤な疾患であることの明らかな肝硬変,更には肝がんに移行するかどうかが特に重要な要素となる。そして,肝硬変,肝がんへの移行については,単に移行した例があるというだけではなく,移行率(進展率)が重要な要素となり,肝硬変,肝がんに移行するとした場合,それがどのくらいの時間経過を必要とするのかも考慮する必要がある。

(2)  医学文献

肝炎(血清肝炎,非A非B型肝炎及びC型肝炎)の病態及び重篤性に関する主な医学文献は,年代ごとに,別紙「肝炎関係文献リスト」<省略>のとおり整理することができる。

(3)  肝炎の重篤性に関する知見

前記(2)に摘示した主な医学文献に,証人A21,同飯野四郎,同A22,同A23の各証言,飯野意見書(1)及び(2),A21意見書,A24意見書,A25意見書のほか,前提となる事実を総合すれば,昭和39年6月,昭和53年,昭和62年4月の各時点における肝炎の重篤性に関する知見は,おおむね以下のとおりであったと認められる。なお,この重篤性とは,フィブリノゲン製剤が突発的に起こりかつ急激に進行する産科領域での後天性低フィブリノゲン血症による出血死からの救命の治療薬として主として使用されることとの対比上,生命に匹敵する程度の重篤性を念頭に置くものである。

ア  昭和39年6月当時

昭和39年6月当時,血清肝炎は,急性肝炎としてとらえられており,一部の重症例を除き,大多数は軽症で比較的短期間で治癒するものとされ,一般に予後は良好であると考えられていた。すなわち,我が国で血清トランスアミナーゼ検査が普及する昭和35年以前は,血清肝炎の診断は黄疸と自覚症状(食欲不振,発熱,倦怠感など)によっており,黄疸や自覚症状がなくなれば治癒したとされ,血清肝炎は一過性の疾患であるととらえられていた。その後,血清トランスアミナーゼ検査の普及により,黄疸が消失した後も肝機能の異常が継続する症例が認識されるようになったが,急性肝炎の治癒が不十分で肝機能の異常が多少長引いていると受け止められ,依然,急性肝炎は一部の重症例を除き完治するものと考えられていた。

他方,血清トランスアミナーゼ検査及び肝生検の普及により,血清肝炎には黄疸型肝炎の他に無黄疸型肝炎が多数存在することや,血清肝炎を発症した患者の中で遷延化,慢性化した例が報告されるようになり,中には肝硬変に移行するものがあることが知られるようになった。また,血清肝炎のごく一部には劇症化して死亡する例があることも報告されていた。

もっとも,当時は,慢性化の原因すら分からない状態であり,血清肝炎の原因としてウイルスが想定されてはいたものの,ウイルスの持続感染によって慢性化するという考えは認められておらず,慢性肝炎の原因として,急性肝炎の後遺症とか臓器特異性を持つ自己免疫の機序であるとさえ考えられていた(ウイルスの持続感染という考え方が一般化したのは,昭和45年に入りB型肝炎ウイルスが発見され,B型肝炎の病態の解明が進んだ後のことである。)。また,当時は,いまだ慢性肝炎の定義ないし基準が確立されておらず(慢性肝炎の統一的な定義,分類は,昭和42年9月に開催された第1回犬山シンポジウムにおいて決められた。),その概念ないし基準は報告者によってまちまちであったため,研究者間の議論に混乱が見られ,血清肝炎の慢性化率は,報告書によってかなりばらつきが大きかった。ここでいう慢性化なる用語も肝機能が正常化せず長引くこと,すなわち遷延化の意味で用いられており,「慢性化率」も今日の意味における慢性肝炎への進展率を意味するものではなかった。血清肝炎が肝硬変に移行する機序も明らかではなく,その確率や期間も不明であったが,いずれにせよ慢性肝炎が肝硬変に移行するのは一部の症例のみであると考えられていた。

そして,この当時までの報告例における血清肝炎発症後の観察期間が,後年の報告例にみられるほど長期間ではなかったこともあり,慢性肝炎への移行後長い期間慢性肝炎として経過しているものの転帰については,肝硬変への移行の可能性が念頭に置かれながらも,長い期間慢性肝炎として経過後完全に治癒するのか,肝硬変になることなく経過するのか,あるいは経過の途中で急性増悪を起こして肝硬変に移行するのかなど,その予後については今後の研究に待つ必要があると考えられていた。

加えて,当時の輸血後肝炎には今日におけるB型肝炎とC型肝炎が含まれていたことから,当時とらえられていた血清肝炎の病像は,この両者の病像を含むものであった。

以上によれば,昭和39年当時,血清肝炎は,一定の割合で慢性化し,一部に肝硬変に移行する例があることは知られていたが,その確率や期間も不明であり,必ずしも慢性肝炎が肝硬変に移行するとも考えられておらず,また,劇症化して死亡する例もごく一部にとどまっており,予後の重篤な疾患であるとの一般的な知見は確立されていなかった。

イ  昭和53年当時

第1回犬山シンポジウム(昭和42年)における慢性肝炎の形態学的定義を主とした分類の試みにより,慢性肝炎の診断基準が統一され,慢性肝炎に関する研究が進展した。

昭和39年のオーストラリア抗原(現在のHBs抗原)の発見を機に肝炎ウイルスの研究が進んだ。昭和47年ころにはB型肝炎ウイルスの全ぼうが明らかとなり,昭和48年にはA型肝炎ウイルスも確認され,A型肝炎ウイルス及びB型肝炎ウイルスの病像が明らかにされていった。

他方,HBs抗原検査によるスクリーニングの導入後も輸血後肝炎の発生が続いたことから,A型肝炎でもB型肝炎でもない非A非B型肝炎の存在することが推定されるようになった。1974年(昭和49年),Princeの報告によって非A非B型肝炎の存在が広く知られるところとなり,除外診断としての,非A非B型肝炎の知見が集積され始めた。この中には,急性非A非B型輸血後肝炎を示す患者についてのプロスペクティブな研究により44例中1例が肝硬変に進行したとする報告(別紙肝炎関係文献リスト60)も含まれていた。その結果,慢性化の傾向や肝硬変あるいは肝細胞がんに移行する例が見られることから,非A非B型肝炎の予後が悪いとする報告がされるようになったが,同時に予後は良好であるとする報告もあって,必ずしも統一的な見解が形成されていたわけではなかった。当時は,まだ非A非B型肝炎の存在が明らかにされて数年しかたっていない時期であり,同肝炎の原因と推定されるウイルスも発見されていなかったため,同肝炎について様々な報告が存在したものの,予後を的確に評価できるような資料が少なく,長期の予後の解明は今後の研究を待たねばならないと考えられていた。

急性肝炎が慢性肝炎となる率は,報告者によって大分異なるが大体20~30%前後とするものが多く,特に血清肝炎が慢性症になる可能性の高いことが認められていた。もっとも,慢性肝炎の予後は一般に良好といわれ,特に非活動型の予後は良く,治療管理が良ければ大半は社会復帰可能であるとされていた。また,慢性肝炎は,必ず肝硬変へ移行するというものではなく,多くの慢性肝炎は,長期間慢性肝炎のまま経過し,大多数は持続性肝炎又は慢性肝炎非活動型へと移行し,なかなか肝硬変に移行しないと考えられ,慢性肝炎や非A非B型肝炎の予後が悪くないことを指摘する報告が繰り返しされていた。

以上によれば,この時点では,非A非B型肝炎は,慢性化率が高く,肝硬変又は肝細胞がんに移行する例もあって予後が悪いとする報告もされていたが,慢性肝炎は必ず肝硬変に移行するものではなく,その予後は一般的に良好であるとの報告が繰り返されていて統一的な見解は形成されておらず,非A非B型肝炎の長期の予後の解明は今後の研究を待たねばならないと考えられていたものであり,非A非B型肝炎が予後重篤な疾患であるとの知見が確立されていたとはいえない状況であった。

ウ  昭和62年4月当時

C型肝炎ウイルスが同定される昭和63年ころまでは,非A非B型肝炎の原因については複数のウイルスが想定されていた。また,平成元年にC型肝炎ウイルス抗体検査薬が作られて血清学的診断法が確立されるまでは,非A非B型肝炎の診断は除外診断,すなわち,A型肝炎とB型肝炎を否定し,既往歴などによって薬剤性肝障害やアルコール性肝障害などを否定して,非A非B型肝炎と診断する方法で行われていた。

非A非B型肝炎の経過については,昭和53年ころ以降も種々の研究が重ねられ,レトロスペクティブな研究及びプロスペクティブな研究からの報告が発表された。そして,非A非B型肝炎は,B型肝炎,非A非B型散発性肝炎に比して高率に慢性化することが報告されるようになった。もっとも,レトロスペクティブな研究は,実際に肝硬変や肝がんに進行した症例など肝疾患と診断された症例のみを対象にして,過去にさかのぼって輸血歴の有無などを調査し,輸血歴のある者の割合や進展に要した時間を明らかにするという方法をとるため,比較的病態が進行した症例を対象とした研究となり,実際より予後を悪く予測する傾向があるという問題があり,このような病態進行の速い一部の集団を対象とするレトロスペクティブな研究によっては必ずしもC型肝炎ウイルスに感染した集団全体の一般的な予後を明らかにすることはできないとされていた。

他方,プロスペクティブな研究は,調査の対象となる事象(慢性肝炎や肝硬変,肝がん)が調査開始時点(急性肝炎の発症時)より後に発生した場合,調査計画に従って追跡的に調査していく研究であり,レトロスペクティブな研究に比べ,事実を正確に把握でき,一定の調査計画に従った均質で信頼性の高いデータを得ることができるとされていた。このようなプロスペクティブな研究による肝硬変,肝がんへの進展についての研究も発表されていたが,報告は少数で,非A非B型輸血後肝炎から肝硬変,肝がんに移行する症例もあることが述べられているにとどまっていた。また,当時は非A非B型肝炎の原因と考えられるウイルスが発見されていなかったため,病態の進行のない感染者を正確に把握できないという限界があり,プロスペクティブな研究も一部の感染者を対象としたものとならざるを得ず,ウイルス感染者集団全体の正確な一般的な予後は明らかにできなかった。さらに,当時においても,非A非B型肝炎の予後は決して悪くないとの報告も繰り返されており,統一的な見解は形成されておらず,非A非B型肝炎の長期的予後の解明は更に今後の研究を待たなければならないと考えられていた。

以上によれば,昭和62年4月当時,非A非B型肝炎は,B型肝炎,非A非B型散発性肝炎に比して高率に慢性化することが報告されるようになり,プロスペクティブな研究により慢性肝炎から肝硬変,肝がんに進展することを示す少数の報告もあったが,進展する頻度は不明で,予後についてはなお意見の相違があり,いまだ研究途上であって,予後が重篤であるとの知見が確立されていたとはいえない状況であった。

(4)  日本肝臓学会回答書(平成14年6月24日付け)について

ア  日本肝臓学会回答書の内容

社団法人日本肝臓学会は,厚生労働省からの照会に対し,平成14年6月24日付けで社団法人日本肝臓学会理事長沖田極作成名義の「フィブリノゲン製剤に係るC型肝炎(非A非B型肝炎)について」と題する回答書(<証拠省略>。以下「日本肝臓学会回答書」という。)を提出した。

同報告書は,各時代における文献を取り上げて,血清肝炎,非A非B型肝炎,C型肝炎に至る研究の歴史的経緯を詳細に説明した上で,C型肝炎の予後に関し,「この40年間のウイルス肝炎の研究史でウイルス肝炎の予後について言えることは,A型,B型,C型肝炎の診断が明らかになって,40年前に血清肝炎と呼ばれたものの中で,症状が軽く,慢性化はしやすいものの進展が遅く,一見,予後良好と思われた肝炎が,実際には肝硬変・肝細胞癌の最重要原因であり,予後不良であった肝炎の一群がC型肝炎であったということである。現時点から振り返れば,C型肝炎の予後が不良であるとの推定は40年前になされており,その実証が約20年以前であったということである。」と述べている。

この回答書の原案を作成した飯野四郎は,上記記載について,急性肝炎が慢性化した場合には肝硬変,肝がんに進展するであろうということ,予後が不良であることは,既に40年以前に作業仮説として存在していたが,20年の間に慢性肝炎が肝硬変,肝がんになるというデータが集積されたので,20年前には,作業仮説が実証された,予後が不良であることは実証されたという意味である旨の証言をしている。

イ  検討

原告らは,上記回答書の記載や飯野四郎の証言を主たる根拠の一つとして,C型肝炎の予後の重篤性は20年以上も前から確立した知見であったかのように主張する。

そこで検討するに,上記回答書の作成名義人である日本肝臓学会の当時の理事長であった沖田極は,上記の記載について,沖田意見書において,「C型肝炎の研究が進んだ現在から過去を振り返って解釈した記載であって,40年前あるいは20年前に既にC型肝炎の予後が悪いと推定されていたとか,実証されていたという意味ではありません。」と述べている。また,当時の理事であったA22も,この記載に関し,40年前にも予後不良の推定が既になされていたとか,20年前に既に実証されたなどという意味ではない旨を証言している。

これらに加えて,次の点を指摘することができる。

(ア) 上記回答書の日付から「40年前」は昭和37年,「20年前」は昭和57年であるが,その前後に発行された前記各文献を見ると,予後の重篤性についてはいまだ見解の相違があり,統一的な見解が確立していたとはいえない状況であった。そうすると,上記回答書にあるように,C型肝炎の予後が不良であるとの推定が40年前にされ,20年前にはその実証がされたといえるかには疑問が残る。

(イ) 飯野証人は,「20年前に実証された」としている点について,昭和58年に原田英治が発表した「非A非B型輸血後肝炎より肝硬変に進展した1例」(<証拠省略>)を指していると証言する。しかし,たとえ上記の論文が,同一症例について,非A非B型肝炎の発症から肝硬変への進展までを完全にフォローアップした初めての症例報告であり,現時点で実証されているような内容のものであったとしても,それだけでは,そのような推移をたどることが当時の一般的な医学的知見となっていたといえないことは明らかである。

(ウ) また,飯野証人の上記証言は,自らが執筆した次の各論文の記載内容とも食い違っている。すなわち,飯野証人は,

a 「慢性肝炎 C型慢性肝炎の治療」(平成4年)において,「C型慢性肝炎の予後については従来から,予後は良好とするものと,予後は不良とするものに意見は大きく分かれていたが」と記載し,

b 「慢性肝炎の治療・最近の進歩~C型肝炎を中心として~」(平成13年)において,「C型肝炎の経過を単純化して話をしましたけれども,本当は感染してからこの中間の過程は,実はわかっていない。ウイルスが見つかったのは10年前ですから,この10年間のことははっきりわかる。しかし,その前,非A非B型肝炎と言っていた時代は,GOT・GPTに異常があって,ある程度以上の慢性肝炎で活動性が高い人のデータを我々は持っておりますけれども,そうでない人の途中の経過は全然わからないということがあります。」と記載し,

c 「C型肝炎の臨床 HCVキャリアの自然経過」(平成6年)において,「C型肝炎ウイルス(HCV)感染を確認しうるようになって数年であり,感染からキャリア化,キャリアの自然経過を述べるには時間的に不十分であり,その全体像を述べることはできない。」と記載している。

(<証拠省略>)

以上の証拠関係に照らせば,C型肝炎の予後の重篤性が20年以上も前から確立していたと認めることはできないというべきである。

第3フィブリノゲン製剤の有用性

1  昭和39年6月当時

前記のとおり,フィブリノゲン製剤(当時はUV製剤)は,少なくとも産科領域での出血死に至ることのある急性かつ重篤な後天性低フィブリノゲン血症に対して治療効果が認められ,他に代替医薬品や代替治療法はなかったのであって,その有効性は否定できないものであった。

他方で,UV製剤は,売血由来のプール血漿を原料とし,紫外線照射処理は肝炎ウイルスに対する不活化効果がほとんどなく,肝炎ウイルスに感染する危険性の高い製剤であったが,昭和39年6月当時は,血清肝炎が予後の重篤な疾患であるとの知見は確立されていなかった。

以上によれば,昭和39年6月当時の医学的,薬学的知見の下では,フィブリノゲン製剤のUV製剤は,後天性低フィブリノゲン血症に対する有用性があったというべきであり,これがないと認めることはできない。

2  昭和53年当時

前記のとおり,フィブリノゲン製剤(当時はBPL製剤)は,少なくとも産科領域での出血死に至ることのある急性かつ重篤な後天性低フィブリノゲン血症に対して治療効果が認められ,かつ,新鮮血,新鮮凍結血漿,クリオプレシピテートの投与等には供給体制や循環器系に対する負荷等の問題があるなど,フィブリノゲン製剤に完全に代替し得る治療法はなく,フィブリノゲン製剤の有効性は否定できないものであった。

他方で,BPL製剤は,売血由来のプール血漿を原料としていたが,紫外線照射処理とBPL添加処理の併用による不活化処理は,完全ではないものの相当程度の不活化効果を有しており,BPL製剤による非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性は相当低かった。また,当時,非A非B型肝炎の慢性化率は高いとされてはいたが,慢性肝炎は必ず肝硬変に移行するものではなく,その予後は一般的に良好であるとの報告が繰り返され,非A非B型肝炎の長期の予後の解明は今後の研究を待たねばならないと考えられていたものであり,非A非B型肝炎が予後重篤な疾患であるとの知見が確立されていたとはいえない状況であった。

以上によれば,昭和53年当時の医学的,薬学的知見の下では,フィブリノゲン製剤のBPL製剤は,後天性低フィブリノゲン血症に対する有用性があったというべきであり,これがないと認めることはできない。また,同様に,昭和46年12月の再評価開始時,昭和50年7月の血液・体液用剤の指定時,昭和53年10月の最終指定時においても,フィブリノゲン製剤のBPL製剤は後天性低フィブリノゲン血症に対する有用性があったというべきであり,これがないと認めることはできない。

3  昭和62年4月当時

前記のとおり,フィブリノゲン製剤(昭和60年8月21日から昭和62年2月20日まではHBIG製剤,昭和62年3月31日以降は乾燥加熱製剤)は,少なくとも産科領域での出血死に至ることのある急性かつ重篤な疾患である後天性低フィブリノゲン血症に対して治療効果が認められ,かつ,フィブリノゲン製剤に完全に代替し得る治療法はなく,フィブリノゲン製剤の有効性は否定できないものであった。

他方で,フィブリノゲン製剤は,売血由来の大規模プール血漿(約1万人規模。<証拠省略>)を原料とし,HBIG製剤については,紫外線照射処理と併用された抗HBsグロブリン添加処理は非A非B型肝炎ウイルスに対する不活化効果を持つとする根拠がなく,非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性が高い製剤であった。また,乾燥加熱製剤については,60℃96時間という処理条件での非A非B型肝炎ウイルスに対する不活化効果が十分であるとの評価が確立していたとはいえず,非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性を否定できない製剤であった。もっとも,当時,非A非B型肝炎の慢性化率は高いとされ,慢性肝炎から肝硬変,肝がんへの進展を示す報告もされてはいたが,非A非B型肝炎の予後についてはなお意見の相違があり,いまだ研究途上であって,予後が重篤であるとの知見が確立されていたとはいえない状況であった。

以上によれば,昭和62年4月当時の医学的,薬学的知見の下では,フィブリノゲン製剤のHBIG製剤及び乾燥加熱製剤は,いずれも,後天性低フィブリノゲン血症に対する有用性があったというべきであり,これがないと認めることはできない。

4  米国との相違

ところで,米国FDAが,昭和52年12月に至り,肝炎ウイルス感染の重大な危険性と比較的安全かつ有効な他の選択肢としてのクリオプレシピテートに注目し,米国のフィブリノゲン製剤は期待される利益の度合いが低いとして,その有用性を否定し,製造承認を取り消したことは先に認定したとおりである。

しかし,原告らがAのフィブリノゲン製剤の有用性を問題とする各時点のうち昭和52年12月より後の,昭和53年当時(BPL製剤)及び昭和62年4月当時(乾燥加熱製剤)にAが製造販売していたフィブリノゲン製剤は,米国の昭和52年12月当時のフィブリノゲン製剤について不活化処理が行われていなかった(<証拠省略>)のとは異なり,非A非B型肝炎ウイルスの不活化処理を実施しており,それぞれの不活化処理は同ウイルスに対する一定の不活化効果を有するものであった。また,前記のとおり,我が国では,米国と異なり,クリオプレシピテートは血友病Aの治療薬として承認され,その効能,効果に後天性低フィブリノゲン血症は含まれていなかった上,供給本数も限定的で,産科領域での重篤な後天性低フィブリノゲン血症の補充療法には一般にフィブリノゲン製剤が使用され,臨床医療においてその効果が広く確認されていた。さらに,前記のとおり,我が国では,輸血体制が十分でない状況の下,小規模な産院等において,産科医あるいは助産婦のみが出産に対応する状況が大半であるなど,米国とは産科医療の体制に大きな相違もあった。

このように,米国と我が国とでは,フィブリノゲン製剤の肝炎対策,代替製剤とされるクリオプレシピテートの適応症及び供給体制,産科医療の状況等が大きく異なるものであるから,米国FDAが米国のフィブリノゲン製剤の有用性を否定したことは,我が国においてAが製造していた上記フィブリノゲン製剤の有用性判断に影響を与えるものではないというべきである。

第4適応限定義務違反(適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使)の有無

1  Aについて

原告ら(原告番号1番ないし4番,6番)は,Aが,① 非加熱フィブリノゲン製剤の製造承認時(昭和39年6月)において,後天性低フィブリノゲン血症を適応から除外せず,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定しなかったこと,② 昭和53年の時点において,後天性低フィブリノゲン血症を適応から削除せず,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定しなかったこと,③ 加熱フィブリノゲン製剤の製造承認申請時(昭和62年4月)において,後天性低フィブリノゲン血症を適応から除外せず,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定しなかったことにつき,Aには,それぞれ,フィブリノゲン製剤の適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定すべき注意義務違反があると主張する。

しかし,既に述べたように,上記各時点のいずれにおいても,フィブリノゲン製剤は後天性低フィブリノゲン血症に対して有用性がないとはいえないから,Aに同製剤の適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定すべき注意義務があると認めることはできない。

したがって,Aに適応限定義務違反があるとする原告らの主張は全部理由がない。

2  厚生大臣について

原告ら(同前)は,厚生大臣が,① 非加熱フィブリノゲン製剤の製造承認(昭和39年6月)に当たり,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定せず,後天性低フィブリノゲン血症を適応に含めたこと,② 遅くとも昭和53年の時点において,後天性低フィブリノゲン血症を非加熱フィブリノゲン製剤の適応から除外せず,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定しなかったこと,③ 加熱フィブリノゲン製剤の製造承認(昭和62年4月)に当たり,適応を先天性低フィブリノゲン血症に限定せず,後天性低フィブリノゲン血症を適応に含めたこと,④ 昭和46年12月の再評価開始時,昭和50年7月の血液・体液用剤の指定時,昭和53年10月の最終指定時において,非加熱フィブリノゲン製剤を再評価指定しなかったことが,いずれも,適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使に当たると主張する。

しかし,既に述べたとおり,上記各時点のいずれにおいても,フィブリノゲン製剤は後天性低フィブリノゲン血症に対して有用性がないとはいえないから,厚生大臣の上記の各行為(不作為を含む。)に国賠法1条1項の違法性があると認めることはできない。

したがって,厚生大臣に適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使があるとする原告らの主張は全部理由がない。

第2款指示・警告義務違反(指示・警告についての違法な権限の不行使など)について

第1製薬会社の指示・警告義務についての基本的考え方

製薬会社は,副作用の発生を避け難い医薬品を高度の注意義務をもって製造,販売する者として,医薬品に有用性が認められる場合であっても,当該医薬品の適切な使用を確保し,投与を受ける患者の安全を保護する責任がある。したがって,当該医薬品の使用によって患者に副作用が発生する危険性がある場合には,製薬会社は,承認された効能,効果に関する情報を添付文書等で提供することのほかに,当該副作用に関する情報を同文書等で提供するなど,当該医薬品による副作用の発生や拡大をできる限り防止するために必要な措置を講ずる義務があるというべきであり,製薬会社がこれを怠って副作用が発生,拡大したときは,当該医薬品から副作用が発生する危険性の程度,副作用の重篤性の程度,当該医薬品の使用の実態,必要な措置を怠る態様,製薬会社の認識の程度等によっては,指示・警告義務違反として,投与を受けた患者に対し不法行為責任を負うというべきである。

そして,本件のような医療用医薬品の場合,治療に当たる医師等の専門家が,治療効果と副作用の危険性とを比較考量し,医薬品を使用すべきか否かを判断するものであるから,製薬会社がなすべき上記必要な措置とは,これをすることによって医師による当該医薬品の使用の判断が的確になり,適切さを欠く使用による副作用の拡大を防止するのに必要であって,その措置を執ることが相当なものをいうと解される。

この観点に立って検討すると,提供すべき副作用に関する情報としては,医薬品から発生する危険性のある副作用及びその発生頻度並びに当該医薬品から発生することの評価が必ずしも確立していない副作用のうち重大なもの(なお,重大な程度は適応疾患の重篤性と治療効果の程度に応じて異なり得る。)が含まれるが,提供する副作用の内容としては,症状や疾患名などを当該副作用を特定するに必要な限度で提供すれば足りるのであって,その病態や予後の重篤性については,それを提供することで副作用の拡大を防止でき,かつ,これをすることを必要かつ相当とする特段の事情があるときに限り,提供すべき情報になるというべきである。

また,一般に医薬品は,承認された効能,効果との関係で類型的に有用性が認められるものであるから,適応内使用あるいは適応内であっても一部の症状に限定的に使用することへの注意喚起や警告は,その情報の提供が副作用の拡大防止に効果があり,これをすることを必要かつ相当とする特段の事情があるときに限り,提供すべき情報になるというべきである。

さらに,医師が医薬品の使用の是非を検討するに当たり,予期される治療効果と副作用の危険性とを比較考量することは,添付文書に記載するまでもなく当然のことであるから,特段の事情がない限り,製薬会社はこの点について注意喚起や警告をする義務を負わないというべきである。

第2フィブリノゲン製剤による非A非B型肝炎感染の危険性

1  昭和53年当時(BPL製剤)

(1)  BPL製剤の危険性

Aが昭和53年当時製造,販売していたフィブリノゲン製剤はBPL製剤であるが,前記のとおり,同製剤は非A非B型肝炎ウイルスに感染する危険性が相当低い製剤であった。

(2)  BPL製剤による肝炎発症報告例

ア  Aの調査結果

Aは,昭和41年1月から昭和46年12月までに販売したBPL製剤14万5590瓶の各包装ごとにアンケートはがきを同封したところ,2例から黄疸(肝炎)が発症したとの回答を得ていた。

また,Aが昭和61年2月に厚生省に提出した非加熱フィブリノゲン製剤の再評価申請書によれば,フィブリノゲン製剤に起因する肝炎発症例を過去10年間(昭和51年から昭和60年)にわたって調査したところ,副作用報告として報告された肝炎発症例は3例であり,うち2例は昭和52年の発症例,残る1例は昭和57年の発症例(非A非B型肝炎)であったとされている(<証拠省略>)。

イ  文献によるもの

前記の文献(第1款,第2の2(5)ア(ア)から(ウ))には,BPL製剤が販売されていた時期におけるフィブリノゲン製剤の使用による肝炎発生の症例が報告されている。しかし,その投与時期は,いずれも,先行して販売されたUV製剤の有効期間内のものであったから,これらの発症例がBPL製剤によるものであるとは断定できない状況にあった。

(3)  まとめ

以上によれば,昭和53年当時,BPL製剤は非A非B型肝炎ウイルスに感染する危険性が相当低い製剤であり,同製剤による非A非B型肝炎発生と断定できる報告はなかったと認められる。

2  昭和62年4月当時(乾燥加熱製剤)

(1)  乾燥加熱製剤の危険性

原告らが昭和62年4月当時に指示・警告義務違反があると主張するフィブリノゲン製剤は,乾燥加熱製剤である。同製剤は,肝炎発症の報告が相次いだHBIG製剤を回収する必要上,これに代わるものとして,厚生省の切替え指示の下,急きょ,同月20日に製造承認申請され,同月30日に製造承認された。乾燥加熱製剤は,HBIG製剤とウイルス不活化方法が異なってはいたが,それ以外の製造工程や原料となるプール血漿等には特段の変更はなかった(<証拠省略>)。

そうすると,乾燥加熱製剤による非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性は,専ら,この製剤についてAが同ウイルスの不活化処理として採用した60℃96時間の乾燥加熱処理の効果が十分かどうかにかかっているところ,この不活化処理の時間と温度の設定は同社の社内研究の結果にすぎず,同研究は公表されていない上,他の専門家等による多様な吟味,検討や検証等を経ておらず,この条件による乾燥加熱処理が同ウイルスの不活化処理として十分なものであることの評価は確立してはいなかった。

また,Aは,乾燥加熱製剤による臨床試験を実施したが,上記のとおり申請を急いだこともあって,症例数はわずかに7例で,経過観察期間も1週間と極端に短く,非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性のないことを判断するには不十分であった。

なお,Aも,昭和62年4月時点で,乾燥加熱処理よりも更に不活化効果を高められる方法のあり得ることを認識していた。

(2)  乾燥加熱製剤による非A非B型肝炎発生報告例

Aは,乾燥加熱製剤の昭和62年4月からの治験品の提供開始及び同年6月からの市販開始に伴い,使用症例の追跡調査を実施し,同年11月までに,同製剤に起因する疑いのある非A非B型肝炎11例の発症報告を得た。うち1例は治験品の単独投与例であり,市販開始の前日である同年6月10日にAに報告されていた(<証拠省略>)。

Aは,その後,昭和63年5月までに,追跡調査をした846症例のうち34例に肝炎が発生したとの報告を得た。Aは,同年6月に配布した緊急安全性情報では,追跡調査した846症例のうち乾燥加熱製剤の投与によると思われるか,又はその可能性を否定できない非A非B型肝炎の発生が14例報告されている旨記載した。

(3)  まとめ

以上によれば,昭和62年4月当時,乾燥加熱製剤による非A非B型肝炎発生の報告はなかったものの,それは臨床試験数がわずかで,経過観察の期間も短く,治験品の提供が開始されたばかりの段階にあったためであって,これと原料等を同じくするHBIG製剤には肝炎発生の報告が相次いでいた上,乾燥加熱製剤が不活化処理に採用した温度や時間については,社内研究ではその効果が十分であると認められたものの,外部専門家らによる多様な吟味,検証等がされておらず,また,臨床試験についても症例数や期間などからみて安全性を確認するには不十分であった。そうすると,乾燥加熱製剤は,非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性を合理的に排除できない製剤であり,また,Aは,これを知っていたか,高度の注意をもってすればこれを知り得たと認められる。

第3非A非B型肝炎の重篤性の程度

1  昭和53年当時

前記のとおり,非A非B型肝炎の予後が重篤であるとの知見が確立されていたとはいえないものの,慢性化の傾向や肝硬変あるいは肝細胞がんに移行する例がみられることから,予後が悪いとする報告がされるようになっていた。

2  昭和62年4月当時

前記のとおり,非A非B型肝炎の予後が重篤であるとの知見が確立されていたとはいえないものの,非A非B型肝炎は,B型肝炎,非A非B型散発性肝炎に比して高率に慢性化することが報告されるようになり,プロスペクティブな研究により慢性肝炎から肝硬変,肝がんに進展することを示す報告もされていた。

3  Aの認識可能性

製薬会社は,医薬品の製造,販売の前後を問わず,少なくとも自社の製造,販売に係る医薬品の副作用に関する情報については,その時点の最高の医学,薬学等の学問的水準にのっとり調査研究を尽くすべき立場にあると解される。したがって,乾燥加熱製剤を製造,販売するAは,非A非B型肝炎の重篤性を指摘する各報告の存在を知っていたか,これを知り得たと認められる。

第4適応外使用の実態

1  フィブリノゲン製剤の製造,販売数量の推移

(1)  昭和62年までの製造,販売数量等

Aが,昭和40年から昭和62年までに製造,販売したフィブリノゲン製剤の数量は,次表の各「年代」欄に対応する「製造本数【販売本数】」欄に記載のとおりである(昭和50年代後半までは,いずれも年間平均本数を示す。)。また,フィブリノゲン製剤1本(1瓶)につきフィブリノゲンは1g含まれ,その承認された用法・用量は1回につき3g~8gであるから,同製剤の販売本数(ただし,昭和50年代前半までは製造本数)は,1回当たり3g又は8gを投与した場合,次表の各「使用相当回数」欄記載の回数分に相当することとなる。

年代

製造本数

【販売本数】

使用相当回数

(1回3gの場合)

使用相当回数

(1回8gの場合)

昭和40年代前半

約2万1000本

約7000回分

約2600回分

昭和40年代後半

約4万4000本

約1万5000回分

約5500回分

昭和50年代前半

約6万1000本

約2万回分

約8000回分

昭和50年代後半

約6万8000本

【約6万3000本】

約2万1000回分

約8000回分

昭和60年

約6万3000本

【約7万3000本】

約2万4000回分

約9000回分

昭和61年

約8万4000本

【約7万7000本】

約2万6000回分

約1万回分

昭和62年

約8万1000本

(非加熱:約2万6000本,

乾燥加熱:約5万5000本)

【約4万3000本】

約1万4000回分

約5000回分

(2)  昭和63年以降の製造,販売数量

Aが昭和63年2月に謹告文書を,また,同年6月に緊急安全性情報を相次いで配布すると,フィブリノゲン製剤の製造,販売本数は,次表のとおり激減した。

年代

製造本数【販売本数】

昭和63年

1万3627本【1万1030本】

平成元年

4554本【1900本】

平成2年

0本

平成3年

2066本

平成4年

1033本

平成5年

3851本

平成6年

乾燥加熱:824本

SD:1135本

2  産科領域での後天性低フィブリノゲン血症の発症数

(1)  発症数の大幅な減少

毎年出版される「今日の治療指針」の記載からも明らかなとおり,フィブリノゲン製剤は,昭和40年代以降,主として産科領域での後天性低フィブリノゲン血症を中心にその使用が推奨されていた(別紙「フィブリノゲン製剤関係文献リスト」<省略>第2の104以下)。

しかし,その後,昭和50年代後半から普及し始めた超音波診断装置の導入など,産科医療を取り巻く状況の変化などにより,産科領域での後天性低フィブリノゲン血症の発症は大幅に減少した(<証拠省略>)。

(2)  推計発症数

昭和50年代後半から昭和63年までの年間出生数は,次表の「年間出生数」欄記載のとおりであるところ(<証拠省略>),産科領域での後天性低フィブリノゲン血症の発症頻度(発症率)は,同疾患が大幅に減少する前である昭和40年代で,1000~2000分娩に1回程度とされていた(<証拠省略>)。

そこで,年間出生数が年間分娩数とほぼ一致するとみなして,これに昭和40年代における発症率を乗ずると,次表の「推定発症数(最大値)」欄記載のとおり,産科領域での後天性低フィブリノゲン血症の推定発症数の最大値を推計することができる。

年間出生数

推定発症数(最大値)

昭和55年

約158万人

790~1580

昭和56年

約153万人

765~1530

昭和57年

約152万人

760~1520

昭和58年

約151万人

755~1510

昭和59年

約149万人

745~1490

昭和60年

約143万人

715~1430

昭和61年

約138万人

690~1380

昭和62年

約135万人

675~1350

昭和63年

約131万人

655~1310

これによれば,産科領域での後天性低フィブリノゲン血症は,昭和55年以降,たかだか1580例であるところ,実際の発症数は,前記の経緯から,これより大幅に減少していたと推認できる。

3  先天性低フィブリノゲン血症の患者数等

我が国における先天性低フィブリノゲン血症の患者数は全国で数十名程度といわれており(弁論の全趣旨),昭和55年の文献(<証拠省略>)によれば,先天性無フィブリノゲン血症も昭和29年から昭和55年までの報告例がわずか46例にすぎない希少疾患である。また,同文献によれば,先天性患者に対するフィブリノゲン製剤の投与は,重篤な出血時あるいは外科的処置を必要とする場合に適応となるが,常時又は予防的には特に必要としないとされている。

4  再評価手続における適応外使用の指摘

(1)  血液用剤再評価調査会は,昭和62年6月25日,乾燥人フィブリノゲンに関する調査報告書を了承したが,この中で,Aが提出した資料からフィブリノゲン製剤が本来の適応以外に用いられていることがうかがわれ,この点についての指導も必要と思われると指摘した。

(2)  血液製剤評価委員会は,昭和63年5月12日,Aから提出された乾燥加熱製剤の追跡調査報告等に基づき,同製剤による肝炎発生の問題に対する対応方針を検討した。その際,同委員会は,Aからの追跡調査報告で肝炎発症の詳細が判明している15例と医薬品副作用モニター制度により報告された1例の合計16例中15症例は,加熱フィブリノゲン製剤の使用が適切であったとはいい難いとの指摘をした。

5  フィブリノゲン製剤が静注で使用された診療科及び主な使用疾患の実態

Cが平成13年5月18日に厚生労働大臣に対して提出した報告書(<証拠省略>)によれば,医師へのアンケートの結果,フィブリノゲン製剤が静注で使用された診療科としては産婦人科(産科,婦人科を含む。)が全体の約9割近くを占めており,同科における主な使用疾患は,胎盤早期剥離・腔壁裂傷等の産中・産後の出血,播種性血管内凝固,低フィブリノゲン血症等であるとされている。

6  まとめ

以上によれば,産科領域での後天性低フィブリノゲン血症の発症数が大幅に減少したにもかかわらず,フィブリノゲン製剤の需要は低下せず,昭和61年には販売本数が過去最高の約7万7000本にも達し,当時における産科領域での低フィブリノゲン血症の推計発症数の最大値である1380例や希少疾患である先天性低フィブリノゲン血症等の患者の需要を大きく上回る数量となり,なお,後には,血液用剤再評価調査会や血液製剤評価委員会でもフィブリノゲン製剤の適応外使用が指摘されたものであるから,同製剤の保存期間が3年間であり,これが常備薬とされていたことや,研究目的での需要もあったことを考慮しても,遅くとも昭和62年4月の時点では,フィブリノゲン製剤はその本来の適応である低フィブリノゲン血症の治療以外にも相当広範に使用されていて,今後もこれを変更するような特段の事情のない限り,引き続き同様に使用されるおそれが高い状況にあったと認められる。

また,Aは,こうした適応外使用の実態を認識していたか,少なくともこれを認識し得たと認められる。

第5フィブリノゲン製剤の添付文書の記載内容等

1  昭和53年当時

昭和53年当時のフィブリノゲン製剤の添付文書は,昭和52年9月版の「フィブリノゲン-ミドリ」(BPL製剤)の添付文書である。

この添付文書は,冒頭で,フィブリノゲン-ミドリは健康人血漿から分画し凍結真空乾燥したヒト血漿フィブリノゲンであり,供血者の血清については,RPHA法によりHBs抗原陽性のものを除外してあること及びこの製剤は紫外線照射を施してあることが記載されている。

また,「使用上の注意」の項目には,「血清肝炎等の肝障害があらわれることがあるので観察を十分に行うこと。アメリカにおいては本剤の使用により,15~20%の急性肝炎の発症があるとの報告があり,使用の決定に際しては患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益とを秤量すべきであるとされている。」と記載されている。

2  昭和62年4月当時

乾燥加熱製剤の添付文書は,昭和62年4月当時は存在せず(同製剤の製造承認は同月30日である。),同年5月版の「フィブリノゲンHT-ミドリ」(乾燥加熱製剤)の添付文書が最初である。

この添付文書は,冒頭で,フィブリノゲンHT-ミドリは,HBs抗原陰性,抗HIV抗体陰性を確認した健康人血漿のみを用いて調製され,最終小分け製剤に対し60℃96時間の加熱処理がなされていること,本加熱処理によりマーカーとして用いた各種病原ウイルスはいずれも検出限界以下となっていることが記載され,主要文献としてA社内資料が引用してある(<証拠省略>)。

また,「使用上の注意」の項目には,「1) 肝炎等の血液を介して伝播するウイルス疾患が知られているので,使用に際しては必要最小限の投与とし十分な観察を行うこと。〔使用の決定に際しては,患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益を考慮すること。〕」,「2) 本剤の使用は先天性低フィブリノゲン血症(機能異常症を含む)等フィブリノゲン値が著しく低下している患者に投与すること。」と記載されている。このうち,1) の記載は赤字で強調されている。

3  昭和62年6月以降

(1)  昭和62年6月版の添付文書

この添付文書は,冒頭で,同年5月版の記載に続き,「しかし,他の加熱処理凝固因子製剤で非A非B肝炎の発症が報告されているので本剤の使用に際しては後記『使用上の注意』に十分留意し,治療上必要不可欠の患者に使用すべきである。」との記載が追加された。それ以外の記載は,同年5月版と同じである。

(2)  昭和62年11月の「フィブリノゲンHT-ミドリご使用に際してのお願い」と題する文書

Aは,昭和62年11月以降,医療機関に対し,「フィブリノゲンHT-ミドリご使用に際してのお願い」と題する文書(<証拠省略>)を配布した。この文書には,冒頭に,「加熱処理凝固因子製剤で非A非B肝炎の発症が報告されていますので,本剤の使用に際しては添付文書に記載の下記事項に十分留意してご使用くださいますよう重ねてお願い申しあげます。」と記載され,その下に枠囲みで,「1) 肝炎等の血液を介して伝播するウイルス疾患が知られているので,使用に際しては必要最小限の投与とし十分な観察を行うこと。[使用の決定に際しては,患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益を考慮すること。]」,「2) 本剤の使用は先天性低フィブリノゲン血症等フィブリノゲン値が著しく低下している患者に対するものであることに留意して投与すること。」との記載がされていた。

(3)  昭和63年2月の謹告文書

Aは,フィブリノゲンHT-ミドリを納入した全医療機関に対して,昭和63年2月,「謹告 フィブリノゲンHT-ミドリ使用に際してのお願い」と題する文書を配布した。

この文書は,冒頭に枠囲みで「フィブリノゲンHT-ミドリには肝炎発症の可能性があります。」と記載した上,非A非B型肝炎に関しては,未だ原因ウイルスが同定されておらずその不活化効果も十分確認することができないために,フィブリノゲンHT-ミドリには非A非B型肝炎の発症する可能性があること,フィブリノゲンHT-ミドリの使用に際しては,その使用が治療上必要不可欠であることを,患者の肝炎発症のリスクと本剤による治療上の必要性において十二分に考慮の上,使用の可否を決定する必要があること,フィブリノゲンHT-ミドリの承認された効能,効果は「低フィブリノゲン血症の治療」であり,先天性低フィブリノゲン血症などフィブリノゲン値が著しく低下している場合に,その是正を目的として必要最少限の投与とし,投与後は十分な経過観察をする必要があることなどを内容とするものであった。

この配布に際しては,Aの社員が同製剤の納入先医療機関の薬局・医師に対して謹告文書を持参し,① フィブリノゲンHT-ミドリには非A非B型肝炎の危険性が存在するので,必要不可欠と認められた症例に限って使用すべきこと,その際,使用する患者若しくは家族に対して肝炎罹患リスクを十分説明の上,本剤投与に対する了解を取るべきこと,② 適応以外での使用はせず,承認された用法・用量を遵守することを説明した。

なお,この文書の配布開始が同月12日であること,その作成日付が「1988年2月」であること(<証拠省略>)及び後記の緊急安全性情報の配布に同社が17日間を費やしたことからすると,この謹告文書は,遅くとも同月末日ころには配布が完了したと推認できる。

(4)  昭和63年6月の緊急安全性情報

Aは,昭和63年6月6日から緊急安全性情報をフィブリノゲン製剤の全納入先医療機関2428施設に配布を開始し,同月23日までにその配布を終えた。

この緊急安全性情報は,表題を「フィブリノゲンHT-ミドリによると思われる非A非B型肝炎の発症について」とし,安全性確保のため,2点について注意喚起する内容となっている。すなわち,本文第1項には,「846症例(407施設)の報告のうち,本剤の投与によると思われるか,又は可能性を否定出来ない非A非B型肝炎14症例の発現が報告されました。従いまして,添付文書の冒頭に次のように追記する改訂を行いましたので,十分ご留意下さいますようお願いいたします。『非A非B型肝炎が報告されているので,本剤の使用にあたっては,適応を十分に考慮するとともに,投与は必要最少限とし,十分な観察を行うこと。』(『 』内枠囲み)」とし,さらに本文第2項で,「適応対象の確認について 先天性低フィブリノゲン血症などフィブリノゲンが著しく低下している場合に限って使用すること。本剤の承認された効能・効果は『低フィブリノゲン血症の治療』であり,先天性低フィブリノゲン血症などフィブリノゲンが著しく低下している場合にのみその是正を目的として投与される薬剤であります。本剤の使用決定に際しては添付文書の記載にご留意いただき,患者治療上本剤の使用が有益か否かを十分考慮のうえ,やむを得ぬ場合にのみ予め患者側によく説明し,必要最少限量をご使用いただくようお願いいたします。なお本剤を使用した場合には投与後,十分な経過観察を行い,肝機能等に異常が現われた場合は,すみやかに適当な処置を取るようお願いいたします。」などと記載されていた。

(5)  昭和63年6月の僅告文書の配布

Aは,緊急安全性情報の配布に際し,「フィブリノゲンHT-ミドリに関するお知らせとお願い」と題する謹告文書を配布した。

この文書は,60℃96時間の乾燥加熱処理製剤であっても非A非B型肝炎発症を完全に防ぐことは非常に困難であることが判明し,これらの薬剤の投与による非A非B型肝炎発症が社会的に一大問題として取り上げられ,大きな批判を受けるようになったこと,このような現況から,Aとしては,現在の安全性に問題のあるフィブリノゲン製剤を従来どおり継続供給することはメーカーの立場として許されないものと判断し,本剤投与による非A非B型肝炎に対する安全性が確立するまで本製剤の製造を必要最小限量にとどめることとしたこと,本剤が必要不可欠な先天性低フィブリノゲン血症などに対しては,本剤のリスクを十分に考慮,了承した上で使用できる場合に限り,提供を行うことなどを内容とするものであった。

(6)  昭和63年6月版の添付文書

この添付文書の冒頭には,「非A非B型肝炎が報告されているので,本剤の使用に当たっては,適応を十分に考慮するとともに,投与は必要最少限とし,十分な観察を行うこと。」と赤字で記載され,赤枠で囲まれている。

また,「フィブリノゲンHT-ミドリは,HBs抗原陰性,抗HIV抗体陰性を確認した健康人血漿のみを用いて調製され,更に最終小分け製剤に対し60℃,96時間の加熱処理がなされている。本加熱処理によりマーカーとして用いた,各種病原ウイルスはいずれも検出限界以下になっている。しかし,非A非B型肝炎については,未だ原因ウイルスが同定されておらず,予防措置が確立していないことから,本剤の使用に際しては後記『使用上の注意』に十分留意し,治療上必要不可欠の患者に使用すべきである。」と記載されている。

さらに,「使用上の注意」の項目には,「本剤の使用は先天性低フィブリノゲン血症等フィブリノゲン値が著しく低下している患者に対するものであることに留意して投与すること。」と記載されている。

第6昭和62年4月ころ及びそれ以降のA及び厚生省の対応等

1  Aによる昭和62年4月ころの医療機関に対する対応等

(1)  HBIG製剤による相次ぐ肝炎発生情報の報告

Aは,HBIG製剤について,昭和61年9月,静岡県F病院で3例,同年11月,広島県E総合病院で2例,肝炎が発生したとの報告を得た。また,昭和62年2月にも,青森県G市立病院で2例の肝炎発生の報告を得た。また,同社が,青森県三沢市のD医院における肝炎集団発生の報告を受けて全支店で調査したところ,同月27日までに,名古屋支店で2例(2施設),宇都宮支店で1例(1施設),仙台支店で一,二例,広島支店で7例(2施設)の,合計11ないし12例の肝炎発生の報告を得た。(<証拠省略>)

(2)  HBIG製剤の出荷停止

Aは,昭和62年4月9日,HBIG製剤の出荷を停止した。

(3)  新聞報道

青森読売新聞は,昭和62年4月17日,青森県における肝炎集団発生について,「妊婦8人が急性肝炎」と報道し,同月18日には,全国紙やテレビでも同様の報道がされた。

(4)  HBIG製剤の自主回収とお願い書の配布

Aは,昭和62年4月20日,厚生大臣に対して乾燥加熱製剤の製造承認申請をするとともに,HBIG製剤の自主回収を開始した。同社は,回収に際し,回収先医療機関に対し,「フィブリノゲン-ミドリ販売中止ならびに回収についてのお願い」と題する文書(<証拠省略>)を配布した。この文書には,HBIG製剤を使用した患者に肝炎が発生したとの報告があったこと,そのため同剤の販売を中止,回収するので在庫品の返品を求めること,緊急時の出血に対しては,人道上の立場から乾燥加熱製剤の治験品を提供することなどが記載されていた(<証拠省略>)。

(5)  治験品提供と副作用調査票の記入依頼

Aは,昭和62年4月22日から,医療機関に対し,緊急時の出血に対する治療用として,乾燥加熱製剤の治験品の無償提供を開始した。

同社は,この提供に当たって,所定の用紙に提供先医療機関の署名押印を受けて双方で保管するという,これまでにない厳格な手続をとった。また,治験品の使用例については全例を副作用調査票へ記入するよう依頼し,使用状況,副作用発現状況等についての調査票(<証拠省略>)を配付した(<証拠省略>)。この副作用調査票には,「フィブリノゲンHT(治験品)臨床試用での安全性資料を得ることを目的としております。」と記載されていた。

2  厚生省による昭和62年4月ころのAに対する対応等

(1)  乾燥加熱製剤への切替え指示等

厚生省は,昭和62年3月26日,Aに対し,HBIG製剤の肝炎発生についての全国調査の実施を指示したところ,同年4月8日,Aから,D医院以外にも青森県G市立病院で3例に肝炎が発生し,広島県E総合病院は調査中との途中報告を受けた。

これを受けて厚生省は,同年4月9日,Aに対し,乾燥加熱製剤への切替えと肝炎の調査報告を急ぐよう指示,指導した。

(2)  切替えに向けての方針検討とAへの伝達

厚生省は,昭和62年4月15日時点で,今後もHBIG製剤による肝炎発生の可能性を否定しきれないので早急に加熱製剤への切替えを行う必要があるとして,Aをして同月23日からHBIG製剤を自主回収させるほか,以下の方針を検討し,同月16日,同社へ伝達した。

①  乾燥加熱製剤の承認申請は同月20日を予定し,同月30日の血液製剤調査会で審議を行い,同日付けで承認すること。

②  同月23日以後加熱製剤の販売開始までの間は,加熱製剤を治験用として無償で供給させること。

③  非加熱製剤から加熱製剤への切替えをスムーズに行い,医療機関での混乱を避けるため,検定申請は5月初めとし,検定に要する期間を最小限にするよう必要な配慮を行い,販売開始を6月初めとすること。

(3)  乾燥加熱製剤の製造承認

中央薬事審議会血液製剤調査会は,昭和62年4月30日,HBIG製剤による肝炎発生を受け,より安全性の高い乾燥加熱製剤への切替えを早急に行う必要があるとして,乾燥加熱製剤の承認の可否について優先審査をし,「承認して差し支えない」との審議結果を出した。

これを受けて,厚生大臣は,同日,乾燥加熱製剤の製造を承認した。

3  その後の厚生省のAに対する対応等

(1)  乾燥加熱製剤の市販開始に向けての対応

ア  厚生省は,昭和62年5月8日及び同月19日,Aから,HBIG製剤による肝炎発生の全国調査についての報告を受けた。これによれば,昭和61年7月から昭和62年3月までの間に45施設で65例の肝炎が発症したとされていた。(<証拠省略>)。

これを受けて厚生省は,同年5月26日,血液製剤評価委員会を開き,これを分析検討した。このうち,乾燥加熱製剤に関する部分は,以下のとおりである(<証拠省略>)。

① 加熱製剤は,非加熱製剤に比べより望ましいが,非A非B型肝炎には未解明の部分もある。

② 安全性の観点から適応を明確にするための行政指導を行う。

③ 使用上の注意は,最終結論までの間は適応の明確化の方向に沿ったものに改訂する。

④ 関係情報を医療機関に提供し注意喚起する。

⑤ 納入医療機関に月1回以上訪問し,加熱製剤使用患者のフォローを行う。

イ  厚生省は,昭和62年5月26日,Aに対し,上記検討結果を踏まえた指導をし,同月27日,同社から,乾燥加熱製剤の市販開始に当たり以下の対応をとることの報告を受けた(<証拠省略>)。

① 使用上の注意について今後当局と協議の上対処する。

② 本剤による肝炎発症の可能性及び必要な患者以外には使用しない旨の情報を添付文書等を通じ医療機関に提供する。

③ 月1回以上医療機関を訪問し,使用患者について継続6か月間の追跡調査をする。

ウ  Aは,乾燥加熱製剤の販売開始に当たり,添付文書を同年6月版に改訂した。

エ  Aは,昭和62年6月11日から,乾燥加熱製剤の販売を開始した。これに伴い,同社の担当者が毎月,同製剤納入先の医師を訪問し,担当医師から,同製剤の投与を受けた全症例の状況を聴取し,調査票(<証拠省略>)に記録するという方法で,1症例ごと1か月ごとに6か月間継続して調査を行った(以下「全例追跡調査」という。)。

(2)  全例追跡調査の結果報告と対策の聴取

ア  厚生省は,昭和62年11月5日,Aから,全例追跡調査について最初の結果報告を受けた。これにより,治験品の使用後3か月経過症例及び市販品の1か月ごと6か月の追跡調査の結果,同年10月24日現在,乾燥加熱製剤に起因する疑いのある肝炎3例があることが明らかにされた。この3例は,異なる医療機関で発生したもので,かつ,異なるロットの製剤を投与されたものであった。また,担当医の意見によれば,少なくとも2例は非A非B型肝炎であるとされていた(<証拠省略>)。

イ  厚生省は,同日,Aから,上記結果について,同製剤による肝炎発症の可能性及び治療上必要不可欠の患者以外への投与はしない旨の周知徹底を図るため,添付文書とは別に「フィブリノゲンHT-ミドリご使用に際してのお願い」と題する文書(前記第5の3(2)のもの)を医療機関に配布することで一層の注意喚起を図り,また,引き続き肝炎発症についての調査を実施し情報の収集に努める,との対策について報告を受けた(<証拠省略>)。

(3)  その後の全例追跡調査の結果報告と緊急安全性情報の配布指示

ア  厚生省は,昭和63年4月5日,Aから,全例追跡調査のその後の結果報告を受けた。これにより,乾燥加熱製剤の治験品及び市販品使用後6か月経過した肝炎発症例8例と,6か月未経過の肝炎発症例3例(ただし,うち1例は第1回調査報告で報告したもの)の,合計11症例が明らかにされた。また,担当医の意見によれば,少なくとも3例は非A非B型肝炎であるとされていた(<証拠省略>)。

イ  厚生省は,昭和63年5月6日,Aから,結果報告のまとめを受けた。これによれば,調査症例数846症例のうち肝炎発症例が累計34症例(現在追跡調査中の症例を含む。)あり,このうち乾燥加熱製剤のみを投与し因果関係確実又は可能性大と考えられる症例は6例で,他の例はいずれも血液製剤の併用があり,因果関係を明らかにすることは難しく,乾燥加熱製剤に原因を特定できなかったとされた。また,担当医の意見によれば,少なくとも4例は非A非B型肝炎であるとされていた(<証拠省略>)。

ウ  厚生省は,昭和63年5月12日,血液製剤評価委員会を開き,上記報告等を分析し対応を検討した。その結果,詳細が判明している15例のうち6例及び医薬品副作用モニター制度により別途報告された1例の計7例については,乾燥加熱製剤の投与による肝炎の可能性が高いと思われること,この16例中15例については,フィブリノゲン製剤の適正な使用とは思われないこと,産科婦人科領域におけるフィブリノゲン製剤の適応の是非については議論の余地があるところであるが,非A非B型肝炎の発現の危険性があることから,その結論が出るまでは乾燥加熱製剤が市場に残っていることは好ましくないこと,乾燥加熱製剤の添付文書の改訂と緊急安全性情報の配布を行うことが適当であること,などの結論に至った(<証拠省略>)。

エ  厚生省は,上記の検討結果に基づき,Aに対し,昭和63年5月20日,ドクターレター配布を含む今後の対処について伝達をし,同年6月2日,乾燥加熱製剤の添付文書の改訂及び緊急安全性情報の配布を指示した。

オ  Aは,上記指示に基づき,乾燥加熱製剤の添付文書を昭和63年6月版のとおり改訂し,同年6月6日から同月23日までに,乾燥加熱製剤の全納入先に対する緊急安全性情報(前記第5の3(4))等の配布を終え,併せて医療機関にあった6199本の在庫のうち2557本の返品を受け,同年7月7日,厚生省に対し,その旨報告した。

第7Aの指示・警告義務違反の有無

原告ら(原告番号1番ないし4番,6番)は,Aには,① 昭和53年及び② 昭和62年4月において,指示・警告義務違反があると主張するので,検討する。

1  昭和53年時点

(1)  昭和53年当時,BPL製剤から非A非B型肝炎が発生したと断定できる報告はなく,同製剤から同疾患が発生する危険性の程度は低かったものの,これが発生する危険性は存在し,非A非B型肝炎の予後が悪いとする報告がされるようになっていたのであるから,Aは,同製剤から非A非B型肝炎が発生する危険性のある旨の副作用情報を提供すべき指示・警告義務を負担していたと認められる。

しかるところ,当時のBPL製剤の添付文書には,使用上の注意の項目に,「血清肝炎等の肝障害があらわれることがある。」と,同製剤から血清肝炎が発症する危険性のあることが明確に分かる表現で記載されていた。また,この記載は,血清肝炎の危険性を指摘するものであり,非A非B型肝炎を明記したものではないが,「血清肝炎」の用語が輸血や血液製剤使用後に起きる肝炎を意味し,非A非B型肝炎を含むより広義の概念として一般に理解されるものである上,当時は,同肝炎の存在が明らかにされて数年も経ていない時期であり,同肝炎を特に取り上げて危険性を指摘すべき事情も存在しなかった。

以上によれば,昭和53年時点のBPL製剤についての副作用情報の提供としては上記程度の記載で足りるというべきである。

(2)  原告らは,非A非B型肝炎の病状や予後の重篤性についても情報提供義務に含まれるとも主張する。

しかし,非A非B型肝炎の予後が悪いとする報告があること自体は,添付文書等で指摘するまでもなく,医師等の専門家であれば通常知り得るところであって,本件全証拠によるも,昭和53年当時,この情報を提供することによる副作用の拡大防止効果,提供の必要性及び相当性を基礎付ける特段の事情を認めることはできない。

また,原告らは,フィブリノゲン製剤の使用上の注意として,同製剤の使用は生命が脅かされる出血の場合に限定すべきこと,また,その場合でも,肝炎等の危険性との比較考量の上で使用すること等の情報を記載し,これについて注意を喚起する義務があるとも主張する。

しかし,医薬品は,一般に,その承認された効能,効果との関係で類型的に有用性が認められるものであり,適応内のいかなる症例に当該医薬品を使用すべきかは,治療に当たる医師が,専門家としての裁量と責任の下で,治療効果と副作用の危険性とを比較考量して判断するものであって,本件全証拠によるも,昭和53年当時,原告らが主張するような症状に限定して使用すべきことなどの情報を提供することを必要かつ相当とする特段の事情の存在は,これを認めることができない。

(3)  以上のとおりであるから,昭和53年時点でAに指示・警告義務違反があるとする原告らの主張は,全部理由がない。

2  昭和62年4月時点

(1)  昭和62年4月当時,乾燥加熱製剤は非A非B型肝炎発生の危険性を合理的に否定できない製剤であり,同疾患は高率に慢性化し,慢性肝炎から肝硬変,肝がんに進展するとのプロスペクティブな研究による報告もあった上,同製剤はその本来の適応以外にも相当広範に使用される状況にあり,Aはこれらの事実を認識していたか,少なくとも認識し得たものである。

また,Aは,HBIG製剤による肝炎発症報告が相次ぎ,これが社会問題化する中,昭和62年4月に同製剤の出荷停止及び回収を行ったが,回収に当たって配布した文書には,緊急用として乾燥加熱製剤の治験品を提供する旨記載してあり,その配布を受けた多くの医療機関に,新たに製造,販売される乾燥加熱製剤はHBIG製剤より安全性が高いとの印象を与えるものであった。なお,Aは,乾燥加熱製剤の治験品の提供に際して署名押印を受けるなど,これまでにない厳格な手続を採り,医療機関に対し使用例全例について副作用調査票の作成を求めてはいたが,同調査票の説明文の内容は臨床成績資料収集の協力依頼の域を出るものではなく,同製剤から非A非B型肝炎が発症する危険性について医師等に注意を払わせる効果を持つほどではなかった。

以上によれば,Aは,遅くとも昭和62年4月22日に乾燥加熱製剤の治験品の配布を開始した時点で,同製剤から非A非B型肝炎が発生する危険性を排除できない旨の副作用情報を提供する義務及び適応内使用への注意喚起をする義務からなる指示・警告義務を負担していたと認められる。

しかるところ,本件全証拠によるも,Aにおいて,昭和62年4月22日の時点で,これらの義務を果たしたことを認めるべき資料はない。

そして,以上の一連の経緯,非A非B型肝炎の重篤性に関する知見,Aの認識状況などに照らすと,同社が上記指示・警告義務を怠ることは違法であって(なお,上記治験品は製造承認前に無償配布されたものではあるが,臨床試験用としてではなく,HBIG製剤に代わる次期製品のいわば先渡しとして,医療機関の別を問わず一般に提供されたものである以上,同様であると解される。),不法行為を構成するというべきである。

(2)  原告らは,非A非B型肝炎の病状や予後の重篤性も情報提供義務に含まれると主張する。

しかし,非A非B型肝炎について他の肝炎と比較しての慢性化率やプロスペクティブな研究報告があること自体は医師等の専門家であれば通常知り得るところであって,本件全証拠によるも,昭和62年4月の時点で,こうした情報を提供することによる副作用の拡大防止効果,提供の必要性及び相当性を基礎付ける特段の事情を認めることはできない。

また,原告らは,フィブリノゲン製剤の使用上の注意として,同製剤の使用は生命が脅かされる出血の場合に限定すべきこと,また,その場合でも,肝炎等の危険性との比較考量の上で使用すること等の情報を記載し,これについて注意喚起をする義務があるとも主張する。

しかし,前記のとおり,医薬品を適応内のいかなる症例に使用すべきかは,治療に当たる医師が,専門家としての裁量と責任の下で,治療効果と副作用の危険性とを比較考量して判断するものであって,本件全証拠によるも,昭和62年4月当時,原告らが主張するような症状に限定して使用すべきことなどの情報を提供することを必要かつ相当とする特段の事情の存在は,これを認めることができない。

そうすると,原告らの主張するこれらの義務については,Aがこれを負担していたと認めることはできない。

3  その後の義務履行による違法状態の解消

(1)  昭和62年5月版の添付文書

ア  Aが乾燥加熱製剤用に最初に作成した昭和62年5月版の添付文書には,「使用上の注意」の項目に,「使用に際しては必要最小限の投与」とすることや,「本剤の使用は先天性低フィブリノゲン血症(機能異常症を含む)等フィブリノゲン値が著しく低下している患者に投与すること。」が明記されていたから,この記載は適応内使用への注意喚起として欠けるところがないと認められる。

イ  しかしながら,副作用情報の提供については,上記文書は,その冒頭で,マーカーとして用いた各種病原ウイルスはいずれも検出限界以下であるとして,乾燥加熱処理による不活化効果が十分に得られた旨の記載をする一方で,非A非B型肝炎の発症の危険性については,使用上の注意の欄で,肝炎等の血液を介して伝播するウイルス疾患の一般的な危険性を記載するにとどまっていて,当該乾燥加熱製剤から非A非B型肝炎が発生する危険性を排除できないことを明記していない。

また,この文書には,上記文面に続いて「〔使用の決定に際しては,患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益を考慮すること。〕」との記載があり,それらの文字は赤色で強調されてはいるが,これらの表記も,同製剤から非A非B型肝炎が発生する危険性を排除できないことを伝えるのに十分とはいえない。

そうすると,この文書は,副作用情報の提供としては不十分であるというべきである。

(2)  昭和62年6月版の添付文書

Aの昭和62年6月版の添付文書には,冒頭部分に,「他の加熱処理凝固因子製剤で非A非B型肝炎の発症が報告されているので(以下省略)。」との記載が追加されている。しかし,この記載は,他の加熱処理因子製剤での発症報告にとどまり,当該乾燥加熱製剤から非A非B型肝炎が発生するおそれがあるとの情報を端的に伝えるものとはいえない。そうすると,既に生じた副作用情報の提供不足の状況を解消するに足りないというべきである。

(3)  「フィブリノゲンHT-ミドリご使用に際してのお願い」と題する文書

Aが,昭和62年11月以降に医療機関に配布した標記文書には,冒頭に,「加熱処理凝固因子製剤で非A非B型肝炎の発症が報告されていますので,本剤の使用に際しては(以下省略)。」と記載があり,その下に枠囲みで,「1) 肝炎等の血液を介して伝播するウイルス疾患が知られているので,使用に際しては必要最小限の投与とし十分な観察を行うこと。[使用の決定に際しては,患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益を考慮すること。]」との記載がある。

この冒頭の記載は,それを見る限りでは,当該乾燥加熱製剤についての副作用情報の記述と読むことができなくもない。しかし,この記載は,これより前の昭和62年6月版の添付文書の冒頭部分の,「他の加熱処理凝固因子製剤で(以下省略)。」との表現から「他の」という文言を削除したにとどまる上,これに続く枠囲みの記載は依然として一般論の域を出ないような表現になっている。そうすると,この表現では,それ以前の添付文書も見た医師らに対しては,なお,冒頭に記載した乾燥加熱製剤が当該乾燥加熱製剤を指すことが端的に伝わらないきらいがあると解される。

したがって,この文書は,これを全体として,かつそれまでの経過の中で読むときには,既に生じた副作用情報の提供不足の状況を解消するにはなお足りないというべきである。

(4)  昭和63年2月の謹告文書

Aが乾燥加熱製剤を納入した全医療機関に対して昭和63年2月末日ころまでに配布を完了した謹告文書には,同製剤には非A非B型肝炎を発症する可能性があることが明記されている。その記載は,冒頭に枠囲みを設けて強調するなど,一見して注意を引く体裁である上,同文書は,Aの社員によって,納入先の病医院の薬局・医師へ直接持参され,口頭による説明も併せてされている。

また,昭和63年の同製剤の販売数は約1万1000本であって,昭和61年の7分の1へ激減している。

そうすると,この文書は,既に生じた副作用情報の提供不足の状況を解消するに十分なものであったと認めることができる。

(5)  その他,昭和63年2月の上記謹告文書配布以前において,Aが副作用情報の提供についての義務を尽くしたと認めるべき事実はない。

(6)  まとめ

以上によれば,Aは,昭和62年4月22日時点で,乾燥加熱製剤につき,副作用情報提供義務違反及び適応内使用への注意喚起義務違反を生じ,この違法状態は,適応内使用への注意喚起義務違反については同年5月版の添付文書の配布によって解消したものの,副作用情報の提供義務違反については,謹告文書の配布が終了した昭和63年2月末日ころまで継続し,この配布の完了をもって解消したものと認められる。

第8厚生大臣の指示・警告についての違法な権限の不行使などの有無

原告ら(原告番号1番ないし4番,6番)は,厚生大臣には,① 昭和53年の時点及び② 昭和62年4月の時点で,Aをして適切な指示・警告をさせる,あるいは自らこれをする権限を行使しなかった点において,違法な権限の不行使があるなどと主張するので,検討する。

1  昭和53年時点

前記認定のとおり,昭和53年当時Aには製薬会社として果たすべき指示・警告義務を怠る点はなかったから,厚生大臣が同社に対してこれをするよう働き掛けたり,自らこれをしたりする必要性はなかったと解される。

そうすると,この点について厚生大臣に指示・警告についての違法な権限の不行使などがあるとする原告らの主張は理由がない。

2  昭和62年4月時点

原告らは,厚生大臣には,昭和62年4月当時,Aをして適切な指示・警告をさせる権限を行使しなかった点,あるいは,自ら適切な指示・警告をしなかった点において,違法な権限の不行使があると主張する。

そこで検討するに,改正薬事法69条の2(現行薬事法69条の3)は,厚生大臣が医薬品の製造業者らに対して保健衛生上の危害の発生等を防止するための応急の措置を採ることを命ずることができる緊急命令の権限を定めているが,その行使要件として「医薬品等による保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するため必要があると認めるとき」と規定するのみで,いかなる場合に発令するかを厚生大臣の判断に委ねており,緊急命令の権限の行使には裁量が認められている。

そうすると,厚生大臣がこの権限を行使しないことがその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合に,それを行使する義務が認められ,これを行使しないときにその権限不行使が国賠法1条1項の違法となると解される。

これを本件についてみるに,なるほどAは,昭和62年4月22日に乾燥加熱製剤の治験品の配布を開始した時点で,副作用情報を提供し,適応内使用への注意を喚起する指示・警告義務を怠り,その違法状態が,前者については昭和63年2月末ころまで,後者については昭和62年5月版の添付文書を配布するまで,それぞれ継続していたことは,前記認定のとおりである。(なお,原告らの主張するAのその余の指示・警告義務については,これを認めることはできないので,この点についての厚生大臣の権限不行使の違法を検討する余地はない。)

しかし,当時,乾燥加熱製剤が非A非B型肝炎との関係で有した危険性は,感染の危険性を合理的に排除できないという段階にあったにすぎず,実際に同製剤から感染者が出たとか,感染の危険性が積極的に認められるという程度ではなかった。また,非A非B型肝炎の重篤性についても,慢性肝炎から肝硬変,肝がんに進展することを示すプロスペクティブな報告もされてはいたが,予後が重篤であるとの知見が確立するには至っていなかった。また,当時は,回収したHBIG製剤に代えて治験品の配布が開始された段階であり,その配布に際してはAと医療機関の間でそれまでと異なる厳格な書面の交換がされていた。さらに,Aは厚生省の指導に従う姿勢を一貫して示していて,厚生大臣は,同社に行政指導をすればおおむねその意図を実現できる状況にあった。また,同製剤の販売開始までにはなお1か月以上の期間があった。

以上の事実に基づき検討するに,昭和62年4月の時点で厚生大臣がAに対して副作用情報の提供及び適応内使用への注意喚起の発出を内容とする緊急命令を発しなかったことはなお裁量の範囲内にあると解されるのであって,その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認めることはできない。

また,上記の事実関係に加え,厚生大臣がその後乾燥加熱製剤による肝炎発症の報告を受けて行ったAに対する一連の行政指導の内容等も併せ考慮すると,厚生大臣が昭和62年4月の時点で同社に対して副作用情報の提供等に関する行政指導を行わなかったことについても,それが著しく合理性に欠けると認めることはできない。

なお,原告らの主張する,厚生大臣が自ら指示・警告を発することを怠った違法については,同大臣がこうした義務を法律上の義務として直接患者に対して負担する根拠を認めることはできない。

したがって,昭和62年4月時点で厚生大臣に指示・警告についての違法な権限の不行使等があるとする原告らの主張は,全部理由がない。

3  その後の責任の有無

次に,Aが昭和63年2月に謹告文書を配布することで副作用情報の提供についての指示・警告義務違反の状態を解消するまでの間の厚生大臣の対応について,検討する。

厚生大臣(厚生省の担当者を含む。)は,昭和62年5月に開催した血液製剤評価委員会の検討結果などを踏まえ,非A非B型肝炎について未解明の部分もあるとの認識の下に,Aに対し,乾燥加熱製剤の適応を明確にするための添付文書の改訂,納入医療機関への月1回以上訪問によるフォローなどの指導をし,同社をしてそれらを実行させ,追跡調査の結果,Aから乾燥加熱製剤に起因する疑いのある肝炎発生の報告を受けると,同社をして,医療機関に対し,添付文書を通じた情報提供のほか,その後の各時点で把握した具体的情報に応じたより強度な情報伝達手段により乾燥加熱製剤の副作用情報の提供及び適切使用の注意喚起を行わせ,一部徹底しない部分(例えば,Aは,昭和62年5月27日,厚生省に対し,乾燥加熱製剤による肝炎発症の可能性があることを添付文書等により医療機関に情報提供する旨の報告をしたが,実際に同社が作成した添付文書は,当該乾燥加熱製剤から非A非B型肝炎が発生する危険性のあることを明記したものではなかった。)があったにせよ,おおむねそれに沿った実行をさせた。

以上の事実によれば,厚生大臣はAに対してその時々に応じた行政指導を講じたといえるのであって,その内容やAの対応などに照らすと,更なる行政指導の実施や緊急命令の発動をしなかったことが許容される限度を逸脱して著しく合理性に欠けると認めることはできないというべきである。

第3第Ⅸ因子複合体製剤に関する責任

第1款適応限定義務違反(適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使)について

第1第Ⅸ因子複合体製剤の有効性

1  有効性の主張立証責任

本件訴訟は,原告らが被告会社らの医薬品の製造販売に不法行為責任があること,厚生大臣の製造承認等の行為に国家賠償責任があることをそれぞれ主張して損害賠償を求めるものである。そして、第Ⅸ因子複合体製剤の有効性は,原告らが主張する被告会社の行為に過失があること,あるいは厚生大臣の職務行為が違法であることを判断する際の一要素となるものであるから,原告らにおいて,問題とする各時点における医学的,薬学的知見を前提として,第Ⅸ因子複合体製剤の有効性が否定されることを基礎付ける具体的事実を主張立証する責任を有するものと解される。

2  有効性の判断を必要とする時点

原告らは,Aについて,昭和51年12月における適応限定義務違反と指示・警告義務違反,昭和54年末における適応限定義務違反と指示・警告義務違反,昭和58年8月における適応限定義務違反及び回収義務違反を問題とし,被告Y4について,昭和47年4月における適応限定義務違反と指示・警告義務違反,昭和54年末における適応限定義務違反と指示・警告義務違反を問題とし,被告国について,以上の各義務違反に対応する違法な権限の行使あるいは不行使を問題とする。

しかし,このうち,A及びこれに対応する被告国の昭和58年8月の過失や違法については,原告らのうちAの製造販売した第Ⅸ因子複合体製剤の投与を受けたと主張する者は原告番号5番のみであるところ,同原告は同製剤の投与を受けた時期について昭和55年1月であると主張し,それに沿う証拠を提出している。

そうすると,昭和55年1月に第Ⅸ因子複合体製剤の投与を受けたとする原告番号5番が,これによって同人の被った損害に対する責任を被告Y2らや被告国に対して請求するのに,それより後の時点での義務違反や違法な権限の行使あるいは不行使を問題とする余地はないと解されるから,原告らの,被告Y2ら及び被告国に対する,昭和58年8月時点の主張は,主張自体失当というべきである。

したがって,以下の有効性の判断は,昭和58年8月を除き,昭和47年4月,昭和51年12月及び昭和54年末の各時点について検討するものとする(なお,後記の副作用の危険性,有用性の判断等も同様である。)。

3  後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症

<証拠省略>を総合すれば,以下の各事実が認められる。

(1)  有効性判断の対象としての後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症

ア  有効性判断の対象

医薬品の有効性はその適応を対象として判断されるべきものであり,クリスマシン及びPPSB-ニチヤクは,その効能又は効果を「血液凝固第Ⅸ因子欠乏症」とするものであるから(ただし,PPSB-ニチヤクについては,昭和50年5月2日,「凝血因子(第Ⅱ.Ⅶ.Ⅹ)欠乏に基づく出血」が効能又は効果として追加承認された。),血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対する有効性の有無が判断されなければならない。そして,本件においては,クリスマシン及びPPSB-ニチヤクの適応から後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症を除外して先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定すべきであったかどうか等が問題とされているから,クリスマシン及びPPSB-ニチヤクが「後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症」に対して有効性を有するかどうかを検討することになる。

イ  後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症

血液凝固第Ⅸ因子欠乏症には,先天性のものと後天性のものがある。先天性の疾患は血友病Bとも呼ばれている。

後天性の血液凝固第Ⅸ因子欠乏症を生ずる主要な疾患としては,新生児出血症,乳児ビタミンK欠乏性出血症,肝・胆道疾患に伴う出血,ビタミンK拮抗薬投与に伴う出血などがあり,これらにおいては,出血凝固第Ⅸ因子のみならず,第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅹ因子も同様に欠乏するとされている。

ウ  第Ⅸ因子複合体製剤が含有する血液凝固因子とビタミンK,肝機能との関係

クリスマシン及びPPSB-ニチヤクは,血液凝固第Ⅸ因子のほかに,第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅹ因子を含有する製剤である。

血液凝固第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ及び第Ⅹ因子は,肝において,最初は生物学的活性を有しない前駆体たんぱく(PIVKA)として産生される。PIVKAの構成アミノ酸であるグルタミン酸が酵素の働きでγ-カルボキシグルタミン酸となることにより,本来の凝固活性を有するたんぱく質が合成されるが,この過程にはビタミンKが補酵素(補助因子)として機能することが不可欠である。このため,血液凝固第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ及び第Ⅹ因子はビタミンK依存性凝固因子と呼ばれる。

ビタミンKが欠乏した状態では,これらの凝固因子が正常な凝固因子活性を有しない前駆体たんぱくであるPIVKAのまま蓄積されるため,凝固因子活性を有する血液凝固第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ,第Ⅹ因子が欠乏し,高度な出血傾向が出現する(ビタミンK欠乏性出血症)。

また,肝・胆道疾患により肝のたんぱく合成能に障害がある場合には,ビタミンKの欠乏の有無にかかわらず,そもそもPIVKAの産生が不十分となるため,血液凝固第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ,第Ⅹ因子が欠乏し,出血傾向が出現する。

ビタミンKには,自然界で植物の葉緑体で産生されるビタミンK1と,ヒトの体内で腸内細菌により合成されるビタミンK2がある。人間にとって腸内細菌は重要なビタミンKの供給源であるが,下記のとおり,新生児や乳児の場合,成人に比べて腸内細菌からのビタミンKの供給が少なく,またビタミンKの摂取量も少ないため,ビタミンK欠乏症に陥りやすく,その結果,新生児出血症や乳児ビタミンK欠乏性出血症が生じる。

(2)  後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症の重篤性

ア  新生児出血症

(ア) 病態

新生児出血症(新生児メレナ)は,生後2日目から4日目に見られる出血症であり,その多くは皮下出血や消化管出血のために吐血や下血の所見を示す。特に,未熟児にあっては,ビタミンKの欠乏に加え,肝の未熟性のために,凝固因子が十分に生成されず出血を引き起こすことになり,一層重篤である。すなわち,未熟児では,頭蓋内出血例も多く(約3割弱)重篤であり,また,未熟児の消化管出血例で高度な貧血や壊死性腸炎を伴う例なども重篤である。また,生後24時間以内の早期新生児で,母親がワルファリン,抗けいれん薬又は抗結核薬の継続投与を受けている場合には,頭蓋内をはじめ腹腔内,消化管内に重度の出血が起こり予後不良となることも多い。未熟児でない新生児では一般に消化管出血は予後良好と思われがちであるが,中には,腸重積症の他腸軸捻転,消化管穿孔など外科的処置が必要となる予後不良例があることにも注意が必要である。

(イ) 原因

新生児出血症の原因としては,① ビタミンKは脂溶性であることから,胎盤移行性が悪く,新生児にはビタミンKの備蓄が極めて乏しいこと,② 新生児では,腸内細菌叢が形成されておらず,腸内細菌叢からのビタミンK供給を期待できないこと,③ 胆汁酸の分泌が少ないため,消化管からのビタミンK吸収が低いこと,④ 新生児のビタミンKの外部からの摂取は母乳,牛乳や調整粉乳だけであるが,母乳中のビタミンK含量は個体差が大きいものの,牛乳や調整粉乳に比べ2分の1程度であり,特に母乳のみの新生児はビタミンKの摂取量が少なくなること,⑤ 生理的に肝が未熟なためビタミンK利用能が低下していること,⑥ 胆汁うっ帯や肝機能障害及びある種の抗生剤投与によるビタミンKの再利用障害を伴う場合もあること,などが考えられており,それらが重なり合って,新生児出血症が発症すると考えられている(<証拠省略>)。

(ウ) 臨床像及び治療対策の判明

新生児出血症については,乳児ビタミンK欠乏性出血症と異なり,臨床像及び治療対策などが1960年代までに明らかにされていた(<証拠省略>)。

イ  乳児ビタミンK欠乏性出血症

(ア) 病態

乳児ビタミンK欠乏症出血症は,主として,生後3週から2か月の乳幼児に見られる出血症であり,大半が頭蓋内出血を伴う重篤な疾患である。

厚生省研究班が,昭和53年1月1日から昭和55年12月31日までの3年間について全国調査を行った結果では,特発性(一次性)乳児ビタミンK欠乏性出血症において,頭蓋内出血は86.8%にみられ,その予後は14.1%が死亡し,36.8%に後遺症が残り,二次性乳児ビタミンK欠乏性出血症では,頭蓋内出血は64%にみられ,予後は,死亡が20%,後遺症を残すものが30.7%であったとされている(<証拠省略>)。

(イ) 原因

乳児ビタミンK欠乏性出血症には,肝・胆道疾患,遷延性下痢,長期間の飢餓,抗生剤の長期投与など,ビタミンK欠乏を引き起こす要因が明確な二次性乳児ビタミンK欠乏性出血症と,明らかな危険因子の認められない特発性(一次性)乳児ビタミンK欠乏性出血症とがある。

特発性(一次性)乳児ビタミンK欠乏性出血症の原因としては,① ビタミンK摂取不足,② ビタミンKの吸収不全(吸収不全症候群,先天性胆道閉鎖症など),③ ビタミンKの合成低下(重症下痢症,抗性物質や化学療法剤の長期投与),④ ビタミンKの利用障害(重症肝疾患,クマリン系など抗ビタミンK剤の投与),⑤ 肝機能の未熟や不良による凝固因子の合成不足などの要因が挙げられ,これらの要因が複数関連して生じるものと考えられている。

また,特発性(一次性)乳児ビタミンK欠乏性出血症は母乳栄養児に多くみられるが,その理由としては,母乳中のビタミンK含有量が牛乳や調製粉乳よりも少ないこと,母乳で育った乳児の腸内は牛乳や調製粉乳の場合と比較してビタミンK合成能の低い種類の細菌で占められることなどが指摘されている。

(ウ) 臨床像及び治療対策の判明

乳児ビタミンK欠乏性出血症は,我が国では昭和50年にA26が国内における症例を初めて報告し,その後,A27が昭和52年に日本小児血液学会で乳児ビタミンK欠乏性出血症の患者に異常プロトロンビン(後にPIVKAであることが判明)の出現がみられることを報告し,病態の研究及び治療対策が進展した(<証拠省略>)。

ウ  ビタミンK拮抗薬使用に伴う出血

ビタミンK拮抗薬(クマリン薬,ワルファリンともいう。)は,ビタミンKの活性化及び再利用を阻害する作用を有し,これによりビタミンK依存性凝固因子の産生を阻害して,抗凝固作用を発揮することから,様々な血栓症の治療に抗凝固療法として使用されている。しかし,抗凝固療法中に出血すると止血が困難であるという問題があり,ビタミンK拮抗薬を過剰投与した場合やこれに対する感受性が高まった場合には,脳内出血などの重篤な出血をもたらす危険性がある。(<証拠省略>)

エ  肝・胆道疾患に伴う出血

胆・胆道疾患は,① 胆汁酸分泌不全によるビタミンK吸収能の低下,② 肝組織におけるビタミンK貯蔵スペースの減少,③ 肝組織におけるビタミンKの活性化あるいは再利用能の障害の3点からビタミンKの動態に影響を及ぼす可能性がある。この中で,これまでに明らかにされているのは,肝汁うっ帯症,特に先天性肝道閉塞症に見られる吸収不全型ビタミンK欠乏症で,本症がビタミンK欠乏による出血がきっかけで発見されることもまれではない。ビタミンKは,胆汁酸と膵液が存在下に小腸上部から吸収されるので,総胆管嚢腫,胆道瘻,原発性胆汁性肝硬変症,硬化性胆管炎,膵嚢胞性線維症などに合併したビタミンK欠乏症の報告もある。(<証拠省略>)

また,重症肝疾患の中にはビタミンK欠乏の有無にかかわらず,たんぱく合成能の障害により血液凝固因子が生成されずに出血をもたらすことがあるといわれている(<証拠省略>)。例えば,劇症肝炎のように,肝実質細胞の激しい障害では,PIVKAは陰性であるが,このことは肝細胞によるたんぱく合成能それ自体低下していることを示している(<証拠省略>)。

劇症肝炎や肝硬変などの重症肝障害ではDICを合併し,重篤な出血を招来することがある。劇症肝炎では出血は主要な死因の一つであり,門脈性肝硬変例では食道出血を起こした場合の死亡率は60~80%であり,死因として症例の約3の1が出血で死亡するとされる。(<証拠省略>)

4  比較臨床試験によることの要否

医薬品の適応疾患に対する治療上の効果は原告らが問題とする各時点において必要とされる確認方法によって確認されることが必要であるが,原告らがクリスマシン及びPPSB-ニチヤクについて問題とする昭和47年4月,昭和51年12月及び昭和54年末の各時点においては,比較臨床試験が薬効判定に必要不可欠であるとの知見が確立していたと認められないことは,先に認定したとおりである。

5  臨床医療における治療効果の評価

(1)  新生児出血症・乳児ビタミンK欠乏性出血症に対する効果

ア  専門家の証言等

(ア) A27及びA28

小児分野における血液凝固障害の研究者であるA27及びA28は,自ら第Ⅸ因子複合体製剤を使用して治療に当たった経験を基に,同製剤が乳児ビタミンK欠乏性出血症及び新生児出血症に対して有効性を有することを証言ないし記述する(<証拠省略>)。

(イ) A29

小児血液学を専門とするA29は,新生児や乳児のビタミンK欠乏性出血症の治療について「多くの事例では,ビタミンKの投与で止血効果が得られましたので,特にそれ以外の治療は必要となりませんでした」と記述する一方で(<証拠省略>),呼吸障害等を合併した未熟児でビタミンK利用不全の関与が考えられる症例や,ビタミンKを投与しても血液凝固因子の欠乏が改善されない症例に,頭蓋内出血など重篤な出血症状があったり,手術が必要な場合には,血液凝固因子そのものを直ちに補充するために第Ⅸ因子複合体製剤を使用する必要があるとして,その有効性を肯定する記述をしている(<証拠省略>)。

(ウ) A26

小児血液学を専門とする証人A26も,新生児出血症について,ビタミンKの反応性が悪く頭蓋内出血を伴う場合には第Ⅸ因子複合体製剤の投与も選択肢の一つであるとしてその有効性を認めている(<証拠省略>)。

同証人は,上記以外の症例ではビタミンKの投与で十分であり,第Ⅸ因子複合体製剤を投与する必要はないとの意見を述べている。しかし,① 同証人がビタミンKが万能でないことを認めていること(<証拠省略>),② 乳児ビタミンK欠乏症に対する効果については,第Ⅸ因子製剤は凝固因子そのものを補充することから有効であり,かつ,ビタミンK投与よりも早く効果が発現することや,即効性があることを認めていること(<証拠省略>),③ 同証人の論文(<証拠省略>)でも第Ⅸ因子複合体製剤の有効性を前提としていることからすれば,同証人の上記意見は第Ⅸ因子複合体製剤の有効性を否定する趣旨であるとは解されない。

イ  医学文献

第Ⅸ因子複合体製剤の有効性,有用性に関する医学文献は,別紙「第Ⅸ因子複合体製剤関係文献リスト」<省略>で「第1 新生児出血症及び乳児ビタミンK欠乏性出血症関係」(以下「リスト第1」という。)と「第2 肝・胆道疾患に伴う出血(傾向)又はビタミンK拮抗薬使用に伴う出血関係」(以下「リスト第2」という。)に分け,その内容に応じて年代順に整理したとおりである。

このうち,新生児出血症及び乳児ビタミンK欠乏性出血症に関する文献(同第1)は,いずれもこれらの疾患に対する第Ⅸ因子複合体製剤の有効性を肯定し,又はその有効性を前提とするものであり,その有効性を否定する文献は見当たらない。すなわち,リスト第1によれば,原告らが問題とする各時点を含む一連の時期において,第Ⅸ因子複合体製剤は,少なくとも一部の新生児出血症,乳児ビタミンK欠乏性出血症の状態にある相当多数の患者に対して相当多数の臨床医によって使用され,止血の治療効果を得て,その旨発表されていて,我が国の小児医療の専門家や臨床医の間でそれらの疾患のうち少なくともある種の重篤な場面で同剤が出血死あるいは重大な後遺症を防ぐため治療上有効かつ必要であると異論なく考えられていたこと,なお,肝炎感染,血栓症,DICのおそれなどを理由に同剤の使用に否定的な見解が見られるようになったのは昭和57年以降であること,が認められる。

ウ  効果のまとめ

上記専門家の証言等及びリスト第1によれば,原告らが問題とする各時点を含む一連の時期において,新生児出血症及び乳児ビタミンK欠乏性出血症に対する第Ⅸ因子複合体製剤の有効性については臨床医療の専門家の間で異論はなかったものと認められる。

(2)  ビタミンK拮抗薬使用に伴う出血(傾向)に対する効果

リスト第2によれば,原告らが問題とする各時点を含む一連の時期において,第Ⅸ因子複合体製剤は,ビタミンK拮抗薬使用に伴う出血(傾向)状態の相当多数の患者に対して相当多数の臨床医によって使用され,ビタミンK拮抗薬の効果を打ち消して正常な凝固機能を回復させる効果を得て,その旨発表されていて,臨床医療の専門家の間でそれらの疾患の少なくともある種の緊急を要する重篤な場面で,同剤が出血死や重大な後遺症を防止するため治療上有効かつ必要であると異論なく考えられていたことが認められる。

(3)  肝・胆道疾患に伴う出血(傾向)に対する効果

リスト第2によれば,原告らが問題とする各時点を含む一連の時期において,第Ⅸ因子複合体製剤は,少なくとも一部の肝硬変,慢性肝炎,肝がんなどに伴う出血(傾向)状態にある相当多数の患者に対して相当多数の臨床医によって,補充療法の一つとして使用され,出血傾向を抑える治療効果を得て,その旨発表されていて,我が国の臨床医療の専門家の間でそれらの疾患の少なくともある種の重篤な場面で同剤が出血死や重大な後遺症を防止するため治療上有効かつ必要であるとほぼ異論なく考えられていたこと,一部にはDIC発症の危険などを理由に同剤の使用に否定的な見解もあったが,それらは当時支配的なものとはいえない状況にあったこと,が認められる。

6  補充療法などの理論的根拠

(1)  補充療法の理論

フィブリノゲン製剤の有効性に関して論じたとおり,補充療法は,作用機序の明らかな生体成分の欠乏,不足による症状に対し,当該成分を補う治療法であり,現代医学において一般的に承認された治療法であって,その有効性は,生体成分の不足が先天性の原因による場合と後天的な疾患による場合とで違いはないものとされている。

(2)  第Ⅸ因子複合体製剤の成分

クリスマシン及びPPSB-ニチヤクは,血液凝固第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ及び第Ⅹ因子を濃縮・精製した製剤であり,これらの凝固因子を豊富に含んでいる。

そして,前記のとおり,後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症の主要な疾患である新生児出血症,乳児ビタミンK欠乏性出血症,肝・胆道疾患に伴う出血及びビタミンK拮抗薬投与に伴う出血は,いずれもビタミンKの欠乏等により血液凝固第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ及び第Ⅹ因子が欠乏して血液凝固機構が働かずに出血傾向が生じるものである。

したがって,これらの疾患に対し,その出血傾向を改善するため,クリスマシンやPPSB-ニチヤクを投与することは,欠乏している血液凝固因子を補充して止血管理を行おうとするものであり,補充療法の理論の実施として理論的にも有効性が認められる。

7  再評価における有効性の確認

(1)  後天性を含む血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対する有効性の確認

第Ⅸ因子複合体製剤であるクリスマシン及びPPSB-ニチヤクは,昭和60年10月に乾燥人血液凝固第Ⅸ因子複合体として再評価の指定がされ,血液用剤再評価調査会の審議結果に基づき,昭和62年10月19日の医薬品再審査・再評価特別部会で,効能,効果を「血液凝固第Ⅸ因子欠乏患者に対し,血漿中の血液凝固第Ⅸ因子を補い,その出血傾向を抑制する。」に改めることで効果,効能が認められた(なお,上記調査会は,同月22日,乾燥人血液凝固第Ⅸ因子複合体の効能,効果を「血液凝固第Ⅸ因子欠乏患者の出血傾向を抑制する。」に改め,これを上記特別部会に報告することにしている。)。

(2)  検討

この点,原告らは,上記再評価手続で有効性が認められた適応は「先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)」だけであり,同製剤の後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対する有効性は否定されたなどと主張する。

しかし,再評価指定時の両製剤の承認された効能又は効果は「血液凝固第Ⅸ因子欠乏症」であり,PPSB-ニチヤクはこれに加えて「凝血因子(第Ⅱ,Ⅶ,Ⅹ)欠乏に基づく出血」であって、これらはいずれも先天性と後天性がある。しかるところ、血液用剤再評価調査会は、凝固因子(第Ⅱ,Ⅶ,Ⅹ)欠乏に基づく出血については,先天性のものと後天性のものとを区別する判断を示した一方で,血液凝固第Ⅸ因子欠乏症については,両者を区別せずに有効性を認める判断をした(昭和62年2月の第48回血液用剤再評価調査会)。また,当時,血液用剤再評価調査会の委員として再評価に関与したA30及びA31は,第Ⅸ因子複合体製剤の再評価において,先天性及び後天性の血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対する有効性が認められた旨を記述している(<証拠省略>)。

以上によれば,再評価手続において,第Ⅸ因子複合体製剤の後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対する有効性についても確認されたと認めることができる。

8  諸外国における使用状況

<証拠省略>によれば,以下の事実が認められる。

(1)  オーストリア

オーストリアでは,昭和59年(1984年)に薬事法が施行される以前から,複数の第Ⅸ因子複合体製剤が販売されていた。同法施行後は,昭和59年までに販売されていた医薬品製品については,平成2年(1990年)3月31日までに製薬会社が販売承認申請を行うものとされた。第Ⅸ因子複合体製剤は同日以前に承認申請され,平成2年以降も継続して販売されている。これらの製剤には後天性の効能,効果が含まれている。

オーストリア医薬品集(2004/2005年版)には,第Ⅸ因子複合体製剤(ヒトプロトロンビン複合体製剤)の適応として,「先天性又は後天性の第Ⅱ因子,第Ⅶ因子,第Ⅸ因子,第Ⅹ因子欠乏による出血の治療及び予防」が記載されている。

また,EUの中央審査方式の下,現在,オーストリアで販売が認められている第Ⅸ因子複合体製剤オクタプレックス(Octaplex)の製品概要書には,適応として,① 後天的なプロトロンビン複合体凝固因子の欠乏(例えばビタミンK拮抗薬治療による欠乏に起因する出血の治療)及び周術期予防を実施する上で速やかに欠乏を補正する必要がある場合,② 先天的なビタミンK依存性凝固因子の欠乏に起因する出血の治療及び周術期予防を実施する上で特定の凝固因子を精製した濃縮製剤がない場合が記載されている。

(<証拠省略>)

(2)  ドイツ

ドイツでは,昭和49年(1974年)以降,複数のプロトロンビン複合体製剤について,① 血液凝固第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ,第Ⅹ因子が欠乏している場合にこれを補充すること,又は,② 先天性血液凝固障害(血友病B),後天性血液凝固障害(重症肝実質障害,食道静脈瘤,ビタミンK拮抗薬であるクマリン製剤又はインダンジオン製剤の過剰投与による経口抗凝固剤療法中,又はビタミンK欠乏状態での緊急の場合及び緊急手術などをその適応として,製造,販売が認められてきた(<証拠省略>)。

ドイツで現在販売されている第Ⅸ因子複合体製剤は,平成6年(1994年)以降に承認されたものてあり,その一つの添付文書には,その効能として,第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ,第Ⅹ因子の複合的又は単独の欠乏症(先天的又は後天的)に伴う出血及び出血の危険性が記載されている(<証拠省略>)。

また,ドイツ連邦医師会による「血液成分製剤及び血漿分画製剤を用いた治療ガイドライン」には,第Ⅸ因子複合体製剤の適応範囲の項目において,一般的事項として,凝固因子濃縮製剤による補充療法は,第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ,及び第Ⅹ因子欠乏症に対して常に必要となるわけではなく,病因,明らかな又は切迫した出血の部位及び範囲により,ビタミンK投与,凝固系活性の阻止,線維素溶解能亢進の阻止など他の治療方法が優先されることが記載されている。そして,後天性プロトロンビン複合体因子欠乏症の治療適応として,出血又は周術期の補充療法の場合,第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ,第Ⅹ因子の残存活性が40%より低い単一又は複数のプロトロンビン複合体因子欠乏症に適応があることが記載されている。その具体的症例として,① 経口クマリン系凝固薬の過量投与又は緊急時における経口抗凝固薬療法の中止の場合,② 重度の肝疾患及び肝臓移植中又は移植後,③ 生命を脅かす出血を伴うビタミンK欠乏症,④ 重度のビタミンK欠乏症を伴う新生児又は乳児における生命を脅かす出血の場合が挙げられている(<証拠省略>)。

(3)  英国

英国薬剤師会が主要国で用いられ評価されている医薬品につき編集している医薬品集である「Martindale: The complete drug reference 第3版」(平成14年:2002年)では,第Ⅸ因子複合体製剤について,血友病B患者における補充療法に適用されるほか,時として,第Ⅱ,Ⅶ,Ⅹ因子の欠乏に起因した出血の治療や,そのような患者での手術時に有用であること,また,クマリンによる抗凝固の即時的回復や,第Ⅶ因子に対する抗体を有する血友病A患者の管理にも適用されるとしている(<証拠省略>)。

また,英国血液学標準化委員会の「経口抗凝固療法に関するガイドライン:第3版」(平成10年:1998年)では,出血と過剰抗凝固の管理について,大出血の際には,ワルファリン服用中止とともに,濃縮プロトロンビン複合体製剤(第Ⅸ因子複合体製剤)あるいは新鮮凍結血漿を投与することが記載されている(<証拠省略>)。

さらに,英国血液学会のガイドライン「新生児における止血・血栓症の検査及び管理(平成14年:2002年)」(<証拠省略>)によると,全新生児に対し,ビタミンK欠乏性出血症の予防策として,出生後のビタミンK投与が推奨されていることが記載されている。また,ビタミンK欠乏性出血症の管理として,その疑いのある新生児に対して,速やかにビタミンKを静注することにより,数時間以内に補正すること,ビタミンKに加え,新鮮凍結血漿を10ml/kgから15ml/kg投与すべきであること,致死的な出血や脳内出血が起き,欠乏した凝固因子量を正常に戻さなければならない場合には,プロトロンビン複合体製剤の使用を検討する必要があるとしている。

(4)  欧州各国

平成16年5月現在,Octapharma社製のプロトロンビン複合体製剤であるオクタプレックス(Octaplex)は,ドイツ,オーストリアのほかにもポルトガル,ベルギー,フランス,アイルランド,ルクセンブルグ,スペイン,スウェーデンで承認されている。そして,その適応は,「出血の予防及び治療のほか,孤立プロトロンビン複合体因子欠乏症又はプロトロンビン複合体欠乏を合併する先天性又は後天性凝固欠損」であるとされている(<証拠省略>)。

また,欧州医薬品庁・ヒト使用医薬品委員会の「プロトロンビン複合体製剤の中心的製品概要」(平成16年:2004年)によれば,プロトロンビン複合体製剤は,ビタミンK拮抗薬の投与によって引き起こされるプロトロンビン複合体凝固因子の後天性欠乏症における出血の治療及び手術中の出血の予防,ビタミンK拮抗薬の過量投与において欠乏症の迅速な是正が必要な場合を治療適応としている(<証拠省略>)。

(5)  米国

米国では,1969年(昭和44年)から,第Ⅸ因子複合体製剤であるコーナインが販売されてきた(なお,同製剤は,同年以降,米国のほか,カナダ,西ドイツ,スウェーテンなど合計10か国で販売され,広く臨床に供されてきた。<証拠省略>)。

第Ⅸ因子製剤の使用については,「PHYSICIANS'DESK REFERENCE(第55版)」(平成13年:2001年)」に,第Ⅸ因子複合体製剤であるコーナイン80(加熱製剤)は,その効能,効果として,血友病B(クリスマス病)のほか,クリマン凝固阻害剤により導入された出血の回復が記載されている。これによると,緊急手術又は外傷など,速やかな回復が求められる場合,新鮮凍結血漿の投与による治療が第一に考えられるが,生命に重篤な状況に直面し,肝炎の伝播の危険性が妥当と考えられるならば,コーナイン80は,第二選択薬と考えられることが記載されている(<証拠省略>)。

また,米国胸部内科学会合意会議において決議した推奨内容でも,経口抗凝固療法の管理として,重篤な出血がある患者では,状況の緊急性に応じ新鮮血漿あるいは濃縮プロトロンビン複合体を補充するなどとされている(<証拠省略>)。

さらに,米国薬局専門家委員会ほかが編集した医薬品集である“Drug Information for the Health Care Professional”(平成14年:2002年)では,第Ⅸ因子製剤の承認適用として,血友病Bにおける出血性合併症の予防及び治療とともに,凝固第Ⅶ因子欠乏症における出血性合併症の予防及び治療,抗凝固療法による出血の治療が記載されている(<証拠省略>)。

(6)  まとめ

以上によれば,第Ⅸ因子複合体製剤は,少なくとも昭和44年から米国,カナダ,西ドイツ,スウェーデンなどの10か国で販売されてきたものであり,現在でも,欧米各国において,後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症を含む疾患を効能,効果として製造,販売され,現に使用に供されている。

9  代替可能な医薬品・治療法

<証拠省略>によれば,第Ⅸ因子複合体製剤の代替医薬品・治療法などとしては,ビタミンK製剤,新鮮血,新鮮凍結血漿などが存在した。しかし,これらは,以下のとおり,それぞれ問題点や限界があり,救命及び重篤な後遺症を防止するには第Ⅸ因子複合体製剤の投与が必要不可欠とされる症例が存在した。

(1)  新生児出血症及び乳児ビタミンK欠乏性出血症に対するもの

ア  ビタミンK製剤

(ア) 肝の未熟又は障害による無効

血液凝固第Ⅱ,第Ⅶ,第Ⅸ及び第Ⅹ因子の合成には,ビタミンKと肝臓の合成能の両方が必要であるから,肝の未熟性又は肝障害等による肝機能不全のためこれらの血液凝固因子の産生能力が低下している症例においては,ビタミンK製剤の投与は無効である。こうした知見は,遅くとも昭和47年までには明らかにされていた。(<証拠省略>)

(イ) 緊急時の止血状態

ビタミンK製剤は,それ自体が直接的な止血効果を有するものではなく,肝におけるビタミンK依存性凝固因子の産生を介して止血効果を実現するものであり,止血効果の発現には少なくとも数時間を要する。そのため,新生児出血症及び乳児ビタミンK欠乏性出血症のうち頭蓋内出血や生命に危険を及ぼす大量出血を起こしている症例の場合など緊急な止血をするためには,ビタミンK製剤は有効性を欠き,不足する血液凝固因子を直接補充する必要があった。こうした知見は,遅くとも昭和47年以前から明らかにされていた。(<証拠省略>)。

イ  新鮮血,新鮮凍結血漿

(ア) 循環系への負担等

新生児出血症や乳児ビタミンK欠乏性出血症により頭蓋内出血又は大量出血を起こしている場合には,ビタミンK依存性凝固因子はほとんどゼロに近い状態にまで低下するところ,これを新鮮血や新鮮凍結血漿によって凝固学的止血レベルである40%,あるいは手術適応である100%に回復させるためには,以下に述べるとおり,大量投与による循環負荷過大の問題が生じる(<証拠省略>)。

すなわち,通常,新生児及び乳児の全血液量は80ml/mg,未熟児は100ml/kgである。新生児及び乳児の体重を3kg,未熟児の体重を1.5kgとすると,その血液量はそれぞれ240ml及び150ml程度となる。そして,新生児らに対する輸血は,児の状態がよければ,新生児及び乳児で20ml/kg,未熟児で10ml/kgまで投与可能とされ,3kgの新生児及び乳児,1.5kgの未熟児であれば,それぞれ投与できる血液量は,60ml,15mlが限度となる。もし,児の状態が悪い重篤な状態であれば,その半量程度から投与しなければならない。さらに,正常血漿1ml(全血では約2ml)の中には,各凝固因子を1単位(U)含有しており,第Ⅸ因子を例にとると,1U/kgの静注により,血中の第Ⅸ因子は約1%上昇することが期待できる。

これらを前提とすると,3kg新生児及び乳児では,第Ⅸ因子を40%まで上昇させるには120mlの新鮮凍結血漿(全血では240ml),手術を要するときには300mlの新鮮凍結血漿(全血では600ml)がそれぞれ必要である。また,1.5kgの未熟児では,第Ⅸ因子を40%まで上昇させるには60mlの新鮮凍結血漿(全血では120ml),手術を要するときには150mlの新鮮凍結血漿(全血では300ml)がそれぞれ必要である。そうすると,新鮮血および新鮮凍結血漿のいずれかの場合でも,新生児及び乳児並びに未熟児における輸血可能な限度をはるかに超える量が必要であり,このような量の輸血又は新鮮凍結血漿の投与を行うと,患児に対する循環負荷が過大となり,危険である。また,その投与に数時間から10時間を要することとなる。

これに対して,第Ⅸ因子複合体製剤は,1ml中にビタミンK依存性凝固因子をそれぞれ血漿量の約20倍含有していることから(<証拠省略>),同量の血液凝固因子を補充するのに,6ml,15mlの投与で済み,循環器系への負荷の懸念もなく,投与時間も短時間で,かつ速効性を期待できる。

(イ) その他の懸念や困難等

新鮮血,新鮮凍結血漿には,そのほかにも,常備の困難性,血液型不適合等の副作用の懸念,緊急時の即時使用の困難性,各種感染症への感染の懸念等の問題のあることは,フィブリノゲン製剤の有効性についての判断で認定したとおりである。

(2)  ビタミンK拮抗薬使用に伴う出血に対するもの

ビタミンK拮抗薬を投与された患者が出血(傾向)を呈する場合,ビタミンK拮抗薬の投与を中止し,ビタミンK製剤を投与することにより,ビタミンK拮抗薬の効果を打ち消し,正常な凝固能状態に戻すことが可能である。しかし,ビタミンK拮抗薬の投与中に急性の出血症状,殊に脳出血等の生命を脅かすような出血症状を呈する場合には,ビタミンK製剤の投与では時間が掛かるため,血液製剤を用いて,欠乏するビタミンK依存性凝固因子を補充する必要がある。

凝固因子の補充源としては,第Ⅸ因子複合体製剤のほかにも新鮮凍結血漿の投与が推奨されていたが,新鮮凍結血漿には前記のとおり供給体制や大量投与による循環負荷等の問題があった。

(3)  肝・胆道疾患に伴う出血に対するもの

ア  ビタミンK製剤

ビタミンKによる治療は,ビタミンKの投与によって,肝臓において産生が低下しているビタミンK依存性凝固因子の産生を促し,血液中の欠乏状態を改善することにより止血させる効果がある。

しかし,ビタミンKについては,重症や慢性の肝実質障害に投与してもビタミンK依存性凝固因子の産生が促進されず無効であることや(<証拠省略>),ビタミンKの長期投与が肝細胞に対する負荷を継続して肝障害を助長したり,溶血性黄疸を発症させるなどの弊害や副作用のあることが指摘されていた(<証拠省略>)。

イ  新鮮血,新鮮凍結血漿

新鮮血や新鮮凍結血漿にそれぞれ問題点のあることは,前記(1)イ(ア)及びフィブリノゲン製剤の有効性についての判断で認定したとおりである。

10  有効性についてのまとめ

以上によれば,第Ⅸ因子複合体製剤は,比較臨床試験によらずに有効性を判断し得るところ,本件でその有効性の判断を必要とする昭和47年4月,昭和51年12月及び昭和54年末の各時点において,後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症を生じる主要な疾患である新生児出血症,乳児ビタミンK欠乏性出血症,ビタミンK拮抗薬使用に伴う出血(傾向),肝・胆道疾患に伴う出血(傾向)の少なくとも一部の急性かつ重篤なものに対して出血死や重大な後遺症を防止するため治療効果のあることが臨床医療の専門家の間で認められていて,かつ,後天性疾患についても先天性と同様に補充療法としての理論的根拠があり,これに完全に代替し得る医薬品等はなく,欧米諸国においても同製剤が後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対する治療薬としても使用されていたのであるから,上記いずれの時点においても,同製剤は後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対して有効性があったものであって,この有効性を否定することはできないというべきである。

第2第Ⅸ因子複合体製剤の副作用の危険性

1  肝炎ウイルス感染の危険性

(1)  売血の危険性

ア  クリスマシン

(ア) 売血の危険性

クリスマシンは,製造開始当初から国内外の売血由来の原料血漿を使用していた。

売血が献血と比較して肝炎発生の危険性が高いことはクリスマシンの製造承認前から指摘され,売血の危険性は広く認識されていた。

(イ) ドナースクリーニングの効果

Aでは,売血に際してのドナースクリーニングとして,国内採血時の医師による問診のほか,HBS抗原検査を国内血漿につきクリスマシンの製造開始当初から,国外血漿につき昭和53年8月以降,それぞれ実施していた。

しかし,クリスマシンの製造承認前から,医師による問診は肝炎についてのドナースクリーニングとして不十分であることが知られていたし,昭和51年末ころにはHBs抗原検査に非A非B型肝炎ウイルスを排除する効果がないことが明らかとなっていた。

なお,原告番号5番がクリスマシンの投与を受けた昭和55年時点では,ドナースクリーニングとして肝機能検査は実施していなかった。

イ  PPSB-ニチヤク

(ア) 売血の危険性

被告Y4は,PPSB-ニチヤクの原料として,国内売血由来の血漿を使用していた。売血が献血と比較して肝炎発生の危険性が高いことはPPSB-ニチヤクの製造承認前から指摘され,売血の危険性は広く認識されていた。

この点,被告Y4は,登録により特定された供血者から採血した血漿を使用しており,しかも肝機能検査を実施していたから,肝炎感染の危険性は高くない旨主張する。しかし,証拠(<証拠省略>)によれば,昭和40年ころ実施された調査では,被告Y4から提供されたGOT,GPT検査値の正常な血液を輸血された群では,30例中,血清肝炎が発生したものは17例(56.6%),その疑いのあるものは1例(3.3%),異常がなかったものは,12例(40.0%)であったのに対して,予献血者の血液を輸血された群では,30例中,血清肝炎を発生したものが3例(10.0%),その疑いがあるもの2例(6.6%),異常がなかったもの25例(83.3%)であったことが認められ,被告Y4により採取された有償血液は,献血と比較して格段に肝炎発生の危険性が高かったことは明らかである。

(イ) ドナースクリーニングの効果

被告Y4は,PPSB-ニチヤクの製造開始当初から,肝機能検査及びHBS抗原検査による供血者スクリーニングを実施していた。

昭和47年4月当時は,血清肝炎の病原ウイルスとしてB型肝炎ウイルスのみが知られており,被告Y4が実施していたHBs抗原検査及び肝機能検査には同ウイルスを排除する効果があった。しかし,昭和54年末当時には,既に非A非B型肝炎や無症候性キャリアの存在が知られており,HBs抗原検査に非A非B型肝炎ウイルスを排除する効果がないことや肝機能検査も万全ではないことが明らかとなっていた。

(2)  プール血漿の危険性

ア  クリスマシン

クリスマシンは,50人分以上の血漿を集めて原血漿とし,分画して原画分を得,100人分以上の血漿に相当する原画分から最終バルクを作り,バイアルに分注して,凍結乾燥する方法で製造されていた。

多くの供血者からの血漿をプールしたプール血漿は,全血輸血に比較して肝炎発生の危険性が高いことがクリスマシンの製造承認前から指摘され,その危険性は広く認識されていた。

イ  PPSB-ニチヤク

PPSB-ニチヤクの製造承認時は,3人分以下の血漿を合わせて原血漿とし,これを分画して,原画分を得て,これを溶解し,最終容器に充てんして,冷凍真空乾燥して,製品とする製法がとられていた。その後,昭和49年6月5日,医薬品製造承認事項一部変更承認を得て,50人分以上の血漿を合わせたものを原血漿とし,これを分画して,原画分を得,最終バルクを作り,バイアルに分注して,冷凍真空乾燥して,製品化する方法に変更された。このプールサイズの拡大により,原料血漿の中に肝炎ウイルスが混入する危険性は従前に比べて高まった。

多くの供血者からの血漿をプールしたプール血漿は,全血輸血に比較して肝炎発生の危険性が高いことがPPSB-ニチヤクの製造承認前から指摘され,その危険性は広く認識されていた。

(3)  不活化処理のないこと

クリスマシン及びPPSB-ニチヤクには,ウイルス不活化処理は施されていなかった。

(4)  第Ⅸ因子複合体製剤による肝炎発生報告等

ア  クリスマシン

Aが厚生省に対して提出した乾燥人血液凝固第Ⅸ因子複合体(クリスマシン)の再評価追加提出資料(昭和62年3月作成)には,「副作用発現状況一覧表」が添付されている(<証拠省略>)。

これによると,承認時までの調査では,調査施設数7,調査症例数27,副作用発現症例数1,副作用発現件数2,副作用発現症例率3.7%,副作用の種類として一般的全身障害1例,全身倦怠感2件と記載されている。

また,承認後の調査(Aは,クリスマシンについては使用成績調査を実施していないことから,以下の副作用症例はすべて文献で報告された症例である。)では,調査施設数3,調査症例数7,副作用発現症例数1,副作用発現件数1,副作用発現症例率14.3%,副作用の種類として血小板・出血凝血障害1例,DIC1件と記載されている。

イ  PPSB-ニチヤク

(ア) 市販後調査による副作用報告

被告Y4は,PPSB-ニチヤクの製造承認後3年間にわたり,1年ごとに副作用に関する情報を厚生省に報告していた。

a 昭和48年5月14日付け報告書(<証拠省略>)

昭和48年5月の報告(対象期間:承認時である昭和47年4月22日~昭和48年4月30日)では,16施設76症例につき報告しているが,副作用は2例であり,その内訳はじんましん・肝炎(一過性)各1例であった。

肝炎の1例は重症血友病Bの患児であり,トランスアミナーゼ(血清GOT,血清GPT)上昇の約2か月前に,PPSB-ニチヤク及びコーナインの投与を受けていた。自他覚症状はみられず,約3か月後にはトランスアミナーゼは正常に復したとされている。

b 昭和49年5月21日付け報告書(<証拠省略>)

昭和49年5月の報告(対象期間:昭和48年5月~昭和49年4月)では,21施設118症例につき報告しているが,副作用は1例もなかった。

c 昭和50年7月10日付け報告書(<証拠省略>)

昭和50年7月の報告(対象期間:昭和49年5月~昭和50年4月)では,12施設33症例につき報告しているが,副作用は3例であり,いずれも肝障害(トランスアミナーゼの上昇)であった。

(イ) PPSB-ニチヤクの再評価資料

被告Y4は,昭和61年1月30日,PPSB-ニチヤクの再評価申請を行い,再評価資料を提出した。これによれば,PPSB-ニチヤクの使用による副作用の発現状況は,以下のとおりであった(<証拠省略>)。

a 承認時までの調査(臨床試験時)

PPSB-ニチヤクの臨床試験対象症例37例中に,2例5件の副作用が報告されているが,その内訳は悪感1件,血圧降下1件,疼痛1件,腸の蠕動感2件であり,肝炎や肝障害は報告されていない。

b 承認時以降の調査(文献報告及び自発報告)

PPSB-ニチヤクの承認時以降(昭和47年6月1日~昭和60年12月31日)の自発報告(医師からの報告)及び文献報告における副作用は,8例8件であり,そのうちには,市販後調査における副作用例も含まれている。

副作用の内訳は,肝炎2件,肝障害4件,発疹2件であった。肝炎のうち,1件は,血友病B患者におけるB型劇症肝炎であったが,血液透析療法により治癒している。本例は,他社の第Ⅸ因子複合体製剤投与後に,非A非B型急性肝炎を発症した既往があり,B型劇症肝炎発症の約2か月前に,PPSB-ニチヤクと新鮮凍結血漿の輸注を受けていることから,発症したB型劇症肝炎とPPSB-ニチヤク投与との因果関係は明らかではない。

(5)  第Ⅸ因子複合体製剤による肝炎発症に関する文献(昭和54年末まで)

第Ⅸ因子複合体製剤と肝炎発症の関係を論ずる文献のうち,昭和54年末までに発表されたものは,以下のとおりである。

ア  国内の文献

(ア) 安田純一(国立予防衛生研究所)「血液製剤」(昭和54年9月)(<証拠省略>)

血液凝固第Ⅸ因子製剤の項目で,供血者のHBs抗原検査が行われるようになって以来,出発材料のHBs抗原検査は陰性ないし弱陽性となったといわれ,それと製造過程中でのHBs抗原除去操作とによって,HBs抗原が陰性の製品を得ることは不可能ではないこと,RIA法によりHBs抗原が陰性だった製品による肝炎感染例も報告されているが,今日のところ,RIA法はHBs抗原検査の最も鋭敏な術式だから,製造過程を通じてHBs抗原の追求はRIA法によるべきことが記載されている。

また,副作用としては,肝炎の伝播と血管内凝固の多発が最大の副作用といえること,前者に対しては,供血源としてなるべく売血者を避け,製造過程中でなるべくHBs抗原が除かれるような製法を選び,さらに供血者の段階と最終製剤の段階とで,なるべく鋭敏な術式でHBs抗原の検査を行うことしか現状では対策は考えられないことが記載されている。

(イ) 白地良一(東北大学医学細菌,宮城衛研)「2.輸血後肝炎の今後の問題点」(「日本小児科学会雑誌」83巻10号・昭和54年10月)(<証拠省略>)

輸血後肝炎のうち非A非B型肝炎が75%を占めること,Bradlyはplasma fraction(FactorⅧ)が,英国のZuckermanはFactorⅨが原因で非A非B型肝炎が発症した事実を突き止め,Plasma fractionのFactorⅧ及びⅨを材料として,チンパンジーに接種し,チンパンジーに非A非B型肝炎を発症させたことが記載されている。

イ  海外の文献

(ア) Henry S. Kingdon“Hepatitis After Konyne(コーナイン後の肝炎)”(“Annals of Internal Medicine”73巻4号・昭和45年10月:1970年)(<証拠省略>)1969年(昭和44年)8月23日,血友病Bの診断を受けたことがある男性が出欠性関節症の臨床診断を受け,コーナイン合計6バイアル(1バイアル500単位)の投与を受けたところ,血清肝炎に罹患したことが記憶されている。

(イ) Bruce F. Boklan“Factor Ⅸ Concentrate and Viral Hepatitis(第Ⅸ因子濃縮物及びウイルス性肝炎)”(“Annals of Internal Medicine”74巻2号・昭和46年2月:1971年)(<証拠省略>)

10例の患者に第Ⅸ因子複合体製剤であるHemoplexを投与したところ,6か月以内に4例が臨床的に肝炎と診断されたことが記載されている。この4例のうち,3例は新鮮凍結血漿等の他製剤の投与も受けており,1例は2単位の新鮮凍結血漿を14回,1例は新鮮凍結血漿20回の投与を受け,残り1例は1単位の新鮮凍結血漿1回と1単位の赤血球濃厚液の投与を受けたことが記載されている。

(ウ) Lewis J. Hellersteinら“Hepatitis After Konyne Administration(コーナイン投与後の肝炎)”(“The New England Journal of Medicine”284巻18号・昭和46年5月:1971年)(<証拠省略>)

1970年(昭和45年)5月以降に,第Ⅹ因子欠乏症,偽第Ⅸ因子欠乏症,ワーファリンの過量投与,重篤な肝疾患などの治療のためコーナインの投与を受けた11例の患者のうち,数百回の輸血を受けた1例と肝炎罹患の臨床報告前に死亡した3例を除いた7例についてみると,3例が肝炎に罹患したことが記載されている。

(エ) Martin M. Okenら“Hepatitis After Konyne Administration(コーナイン投与後の肝炎)”(“The American Journal of Gestive Diseases”17巻7号・昭和47年3月:1972年)(<証拠省略>)

最大1000名のドナーの血液をプールして製造するコーナインは,1968年(昭和43年)から米国で市場に出され,肝炎の発症例は少ないことが期待されたが,最近の報告では発症例が多いことが示唆されていること,1968年12月から8例の患者にコーナインを投与したところ,うち5例が,投与後6か月以内に肝炎を発症したことが記載されている。

(オ) Reita Fariaら“HEPATITIS B ASSOCIATED WITH KONYNE(コーナインに関連したB型肝炎)”(“The New England Journal of Medicine”287巻7号・昭和47年8月:1972年)(<証拠省略>)

1972年(昭和47年)1月及び2月に,ボストン病院で32名の患者が心臓外科手術を受け,その際,9名がコーナインの投与を受けたところ,うち6名に黄疸性肝炎,1名に無黄疸性肝炎が発症したこと,コーナインの投与を受けなかった群で肝炎が発症したのは,23名中1名だったこと,7名の黄疸性肝炎患者のうち4名はB型肝炎抗原検査が陽性だったことが記載されている。

(カ) AMA Department of Drugs “AMA DRUG EVALUATIONS”(昭和48年:1973年)(<証拠省略>)

第Ⅸ因子複合体製剤であるコーナイン及びプロプレックスについて触れられており,第Ⅸ因子複合体(ヒト)は,急性ウイルス肝炎を惹起することがあり(コーナインの発現率はかなり高い。),患者に対し期待できる利益が肝炎感染の危険性を上回る場合しか用いてはならないこと,幼児,特に新生児,肝疾患を示す患者,特に血管内凝固又は線維素溶解を伴う場合には,危険性は特に高く,肝炎に伴う罹患率及び死亡率はこれらの患者ではより高くなる可能性があることが記載されている。

(キ) L.F.Barkerら“Transmission of Viral Hepatitis, Type B, By Plasma Derivatives(血漿由来製剤によるB型肝炎ウイルスの感染)”(1973年IABS第13回国際会議・パートA:タンパク質の精製・生物学的基準27巻・昭和48年・1973年)(<証拠省略>)

プールしたヒト血漿由来の製剤は,B型肝炎ウイルスの感染危険性について危険性の低い製剤及び危険性の高い製剤に分類することができ,第Ⅸ因子複合体製剤は後者に分類されること,出血,播種性血管内凝固,肝疾患,クマリン抗凝固薬の過量投与に続発した後天性凝固因子欠乏症を示す患者に対して,フィブリノゲン及び第Ⅸ因子複合体製剤を投与することを決定する際には,肝炎の危険性が高いことを考慮に入れなければならないことが記載されている。

(ク) Lewellys F. Barkerら“The prevalence of hepatitis B surface antigen in commercially prepared plasma products(商業的に製造された血漿製剤中のB型肝炎表面抗原の発生率)”(“The Journal of LABORATORY and CLINICAL MEDICINE”88巻・昭和51年7―12月:1976年)(<証拠省略>)

血漿ドナーに対してHBsAgスクリーニングが日常的に行われるようになったのと一致してHBsAg陽性のロットの発生率が著しく減少したが,完全にHBsAgを含有しない製剤を得るには至っていないこと,第3のウイルスである非A非B型肝炎ウイルスは,血漿製剤の使用による肝炎発症の原因となっており,第Ⅸ因子複合体製剤は,依然として肝炎感染の危険性の高い製剤であり(HBsAgの状態にかかわらず),感受性の高いレシピエントでは顕性の肝炎を誘発する可能性があると考えなくてはならないことなどが記載されている。

(ケ) Arie J. Zuckermanら“Human Viral Hepatitis(ウイルス肝炎)”(昭和55年6月:1981年翻訳出版)(<証拠省略>)

Wykeらは,4ロットの凝固第Ⅸ因子を注射された6例の非A非B型肝炎があることに言及するとともに,慢性肝疾患を理由として第Ⅸ因子の注射を受けた17人の患者中4人が肝炎となり,うち3人が死亡したことを報告したことが記載されている。

(コ) David L. Aronson “FACTOR Ⅸ COMPLEX”(第Ⅸ因子複合体製剤)”(“Seminars in Thrombosis and Hemostasis”6巻1号・昭和54年:1979年)(<証拠省略>)

Aronsonは,第Ⅸ因子濃縮製剤の肝炎の危険性について,次のとおり述べている。

非加熱血液製剤を輸注することにより肝炎が発生することは予想されるものであるが,第Ⅸ因子濃縮製剤による黄疸性肝炎の発生率として報告されている値は,血液製剤への曝露量の少ない患者集団で,驚くほど高い。第Ⅸ因子濃縮製剤投与以前に血液製剤に曝露されたことのない患者では,黄疸性肝炎の発生率が劇的に高く,そのような集団に第Ⅸ因子濃縮製剤を注射すると,黄疸性肝炎発生率は60%を超える。これらの発生率は,現在の方法でB型肝炎抗原スクリーニングをするようになる前の報告であるが,血漿の感染性ユニットの多くは,現在までにあらゆる測定法の検出限界以下の抗原を有することが分かっており,第Ⅸ因子濃縮製剤のすべてのロットが現在でもB型肝炎ウイルスに感染していると考えるべきである。第Ⅸ因子濃縮製剤に伴う急性肝炎症例で検査したものは,B型肝炎抗原陽性であったが,血液製剤由来の肝炎に伴う他のウイルスが第Ⅸ因子濃縮製剤で見つかるものと考えられる。

(サ) Arie J. Zuckerman “Hepatitis Viruses of Man(肝炎とウイルス)”(昭和56年10月)(<証拠省略>)

Fariaの報告を引き,前記(オ)と同様の関係が記載されている。

(6)  肝炎ウイルス感染の危険性のまとめ

ア  クリスマシン

クリスマシンは,国内外の売血由来のプール血漿を原料とするところ,昭和51年12月及び昭和54年末の各時点の知見において,問診やHBs抗原検査では非A非B型肝炎ウイルスを排除できないことが知られ,かつ,同ウイルスの不活化処理が加えられていないことから,同ウイルスに感染する危険性があった。

しかし,クリスマシンについては,市販後調査をしなかったこともあってか,昭和51年12月はもとより昭和54年末においても肝炎発症の報告はなく,Aが昭和62年に厚生省に提出した再評価追加資料にもその旨の報告はなかった。

なお,昭和51年12月及び昭和54年末の各時点までに,海外のコーナインについては,肝炎発生を示唆する多数の文献があった。しかし,それらの製剤は,クリスマシンと異なり,HBs抗原検査をしていないものがあり,B型肝炎の発症を多数含むことがうかがわれるし(上記(5)イ(ケ)),原料血漿プールの規模もクリスマシンが50人あるいは100人以上であるのに対して海外のコーナインは最大1000人規模である(上記(5)イ(エ))ので,我が国におけるクリスマシンの肝炎発症報告がないことに照らすと,海外のコーナインによる発症報告からクリスマシンによる非A非B型肝炎発症の危険性を論ずる状況にはなかったものと推認できる。

イ  PPSB-ニチヤク

昭和47年4月時点のPPSB-ニチヤクは,国内の売血由来のプール血漿を原材料とするが,プール血漿の規模が3人分以下と小さく,ドナースクリーニングとして肝機能検査及びHBs抗原検査を実施していたから,非A非B型肝炎の存在が認識されていない当時の知見の下では,肝炎発生の危険性を完全に否定てきるものではないにせよ,その危険性は相当低いと考えられた。

昭和54年末時点のPPSB-ニチヤクは,プール血漿の規模が50人分以上であり,HBs抗原検査や肝機能検査では非A非B型肝炎ウイルスの排除はできず,あるいは排除が不十分であることが知られ,かつ,同ウイルスの不活化処理が加えられていないので,非A非B型肝炎が発症する危険性があった。

また,同製剤の昭和47年4月の承認後3年間の市販後調査では,肝炎及び肝障害の発症報告は227例中4例(発症率約1.8%)にとどまった。なお,昭和49年6月以降,同製剤のプール血漿の人数は50人分以上に拡大変更されたところ,同年5月から昭和50年4月までの1年間の市販後調査では,同製剤による肝炎及び肝障害の発症報告は33例中3例(発症率約9.1%)であった。

2  肝炎の重篤性

肝炎の重篤性については,フィブリノゲン製剤に関する部分で検討したとおりである。これによれば,本件において第Ⅸ因子複合体製剤の有用性の判断を必要とする昭和47年4月,昭和51年12月及び昭和54年末のいずれの時点においても,肝炎の予後が重篤であるとの知見が確立していたとはいえない状況であった。

3  DICの発生又は増悪の危険性

別紙「第Ⅸ因子複合体製剤関係文献リスト」<省略>に掲げた文献中には,DIC・血栓症発生の危険性があることを指摘して新生児出血症・乳児ビタミンK欠乏性出血症,肝障害に伴う出血などに対して第Ⅸ因子複合体製剤の使用に否定的な文献や,第Ⅸ因子複合体製剤の使用を肯定しながらもDICの危険性を指摘する文献が相当数あり,これらによれば,第Ⅸ因子複合体製剤には,DIC発生又は増悪の危険性があることが認められる。

もっとも,DICの危険性を理由として第Ⅸ因子複合体製剤の投与に否定的な文献は少数であり,DICの危険性は,第Ⅸ因子複合体製剤の使用を差し控える必要があるほどの具体的な危険性ではなかったと認められる。

第3第Ⅸ因子複合体製剤の有用性

1  第Ⅸ因子複合体製剤の有用性

以上のとおり,クリスマシン及びPPSB-ニチヤクは,本件において有用性の判断を必要とする昭和47年4月,昭和51年12月及び昭和54年末のいずれの時点においても,後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症を生じる主要な疾患のうち少なくとも一部の急性かつ重篤なものに対して出血死や重大な後遺症を防止するため治療効果が認められ,他に適切な治療法がなく同製剤の投与が必要不可欠とされる症例が存在し,その有効性は否定できないものであった。

他方で,昭和47年4月当時のPPSB-ニチヤクは肝炎発生の危険性が相当低いと考えられたものの,その危険性を完全に否定できるものではなく,また,昭和54年末時点のPPSB-ニチヤクも,昭和51年12月及び昭和54年末のクリスマシンも,非A非B型肝炎か発生する危険性があったが,いずれの時点でも,肝炎あるいは非A非B型肝炎の予後が重篤であるとの知見は確立されていなかった。

以上のとおりであるから,上記各時点において,クリスマシン及びPPSB-ニチヤクは,いずれも,後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対する有用性があったというべきであり,これがないと認めることはできない。

2  米国FDAの再評価について

(1)  米国FDA再評価委員会の包括的声明

原告らは,米国FDA再評価委員会は昭和54年,第Ⅸ因子複合体製剤の有用性を先天性疾患へ限定する内容の最終報告書を提出したと主張するので,これについて検討する。

米国FDA再評価委員会における第Ⅸ因子複合体製剤の再評価の経過は,以下のとおりであった。

ア  第6回会議(1976年(昭和51年)5月5日及び6日)

David Arosonが,先天性第Ⅸ因子欠乏症及びクマリン様薬剤の効果の打ち消しを除き,有効性の証拠は,弱いか欠けていること,主たる副作用は,肝炎,血栓及びDICであることを報告した。他方,James Tullisは,肝疾患患者が適切に排除されれば,同製剤による害悪は最小限となるとし,低フィブリノゲン血症,長期に及ぶ第Ⅴ因子障害,DICなどをスクリーニングにより排除すべきことを述べた(<証拠省略>)。

米国FDA再評価委員会では,同製剤の第Ⅸ因子欠損症以外のいかなる適応の利益も証明されていないことから,認可継続には疑問があるとして,同製剤の製造業者に対する第Ⅸ因子欠損症以外の適応についての有効性の証拠に関する質問事項を決めた。

イ  第7回会議(1976年(昭和51年)6月25日)

米国FDA再評価委員会は,肝炎及び血栓塞栓症を合併する危険性が高いことから,第Ⅸ因子複合体製剤は,新鮮凍結血漿では適切に治療できない患者にのみ限定して使用すべきであるとの意見で一致した。そして,このような状況には,① 同製剤に含まれる凝固因子が遺伝的に欠損している患者の大手術,② 第Ⅷ因子又は第Ⅸ因子インヒビターのある患者が生命を脅かすほどの大出血をした場合,若しくはプロトロンビン複合体の多重欠損患者が,その治療に新鮮凍結血漿を利用することができない場合や血漿投与の量に受容者が耐えられない場合に,生命を脅かすほどの大出血を生じたときが含まれるとされた。

(<証拠省略>)

ウ  包括的声明

米国FDA再評価委員会は,1979年(昭和54年)11月15日,米国FDA長官に対し,第Ⅸ因子複合体製剤についての最終報告書を提出したが,同報告書に添付された包括的声明は,次の趣旨の指摘をしていた(<証拠省略>)。

(ア) 有効性

a クマリンの過量投与

クマリンの過量投与の治療や手術前の患者を抗凝固療法から離脱させる目的で第Ⅸ因子濃縮製剤を使用して良好な成績を上げている。

b 肝疾患

肝疾患に伴う出血傾向を治療するため,第Ⅸ因子濃縮製剤が多数の患者に投与されてきた。成績は必ずしも良好ではなかった。一部の患者では,良好な成績を示さなかったのは,第Ⅴ因子など第Ⅸ因子濃縮製剤では是正できない凝固因子欠乏があったためであると考えられ,あるいは,静脈瘤や潰瘍などの局所疾患による出血の発生率が高いからであると考えられる。

加えて,肝疾患患者に第Ⅸ因子濃縮製剤を投与することに関しては,二つの重大な懸念が生じた。すなわち,第Ⅸ因子濃縮製剤の投与後に輸血後肝炎のリスクが高く,既に損傷を受けている肝疾患に加わることになるという点と,1959年に最初に報告された血栓塞栓症を伴う過剰凝固症候群である。

c 新生児

出生時低体重の乳児では,頭蓋内出血の発生率が高いことが示されている。生後第1日に実施するトロンボプラスチン産生試験の結果が10%未満であれば,出血の出現率は,10%を超える乳児よりも3倍高い。しかし,第Ⅸ因子濃縮製剤を投与した対照付き臨床試験では,脳室内出血が投与群で3倍高かった。新生児呼吸窮迫症候群(RDS)で,補助換気が必要であった新生児では,第Ⅸ因子濃縮製剤を投与すると,脳内出血の発生率が33%から13%へと低下することをある研究が示した。他の研究では,感染症,RDS,肺硝子膜症候群あるいはビタミンK欠乏症の新生児に第Ⅸ因子濃縮製剤を投与するとDICが生じることが示されている。

(イ) 副作用

a 肝炎

第Ⅸ因子濃縮製剤の使用後に肝炎の出現率が高いことは報告されており,報告により28%から70%の幅がある。調べた患者のほとんどは,B型肝炎陽性であった。データによれば,分画前にRIA法で原料血漿をユニットごとにルーチンスクリーニングしても,この検査だけでは,濃縮製剤による肝炎の伝播からレシピエントを保護するには十分でないことが示唆される。

b 血栓塞栓イベント

第Ⅸ因子濃縮製剤による血栓塞栓性合併症については,既に論じている。加えて,肝疾患のない先天性第Ⅸ因子欠乏症の患者で,第Ⅸ因子濃縮製剤を投与すると,術後血栓塞栓現象の発生率が増加することを示すエビデンスが多数ある。また,明白な素因イベントがないのに,第Ⅸ因子濃縮製剤を投与後に血栓塞栓症が生じたことを示す報告が少しある。

(ウ) ベネフィット/リスク評価

肝炎並びに血栓塞栓性合併症のリスクが高いため,これらの製剤の使用は,単独供血者の血漿では適切に管理できない状況に限定して用いるべきである。以下のものが含まれるであろう(原文では“These would include”と表記されている。)。① これらの濃縮製剤に含まれている凝固因子が先天的に欠乏している患者が大手術を受ける場合,② 第Ⅸ因子阻害物質のある患者で,生命に危険のある出血がある場合,並びに,③ 先天性凝固因子欠乏症の患者で予防的投与をする場合。この場合には,この治療法の有用性を肝炎のリスクとの間で比較考量する必要がある。肝炎のリスクは,これまでに輸血経験の少ない患者で特に高い。第Ⅸ因子濃縮製剤は,開胸手術の際の出血の治療や,プロトロンビン複合因子の先天性欠乏患者で,肝疾患にも罹患している患者の予防的投与として,通常は用いるべきではない。

(エ) 勧告

一般的に,第Ⅸ因子複合濃縮製剤(ヒト)は,カテゴリーⅠ(安全で有効性があり,表示事項が妥当なもの)に置くべきである。各製造業者に対する具体的勧告は,それぞれの製品の精査結果に従う。

(オ) ラベリングに関する勧告

a 製剤の投与が治療法として推奨されているプロトロンビン複合因子(第Ⅱ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ因子)の最終製品には,活性を添付文書の中に表示すること。

b 最終製品中のナトリウム,カリウム,抗凝固剤の量を添付文書に示すこと。

c 添付文書には,肝炎と血栓症のリスクについて目立った警告を行うこと。

d 適応については,本報告で論じたものに限定すること。

エ  米国連邦公報

FDAは,1985年(昭和60年)12月24日の連邦公報で,上記包括的声明を公表した(<証拠省略>)。

(2)  検討

以上に認定した事実によれば,上記包括的声明は,第Ⅸ因子複合体製剤の肝炎出現率及び血栓塞栓性合併症のリスクが高いことに着目し,同製剤の使用は単独供血者の血漿では適切に管理できない状況に限定して用いるべきであるとした上,前記(1)ウ(ウ)ベネフィット/リスク評価記載の①から③の場合が含まれるであろうと記載している。

しかるところ,この①から③は,その「含まれる(include)」との文言から明らかなとおり,例示であると解されるから,上記包括的声明が第Ⅸ因子複合体製剤の有用性を先天性疾患へ限定したと認めることは困難である。

なお,上記包括的声明は,第Ⅸ因子複合体製剤の適応を限定的なものにするよう求めている。しかし,米国FDA再評価委員会における上記審議経過及び前記第2,1(5)第Ⅸ因子複合体製剤による肝炎発症に関する文献の「イ 海外の文献」によると,当時,米国の第Ⅸ因子複合体製剤は,クリスマシンやPPSB-ニチヤクと異なり,B型肝炎ウイルス対策が不十分な上,原料血漿プールの規模も相当大きいものであったことがうかがわれる。そうすると,適応を限定的なものとした上記の見解は,そうした米国の第Ⅸ因子複合体製剤に関する事情を反映したものと解される。

また,平成13年の米国胸部内科学会合意会議では,経口抗凝固療法の管理として,重篤な出血がある患者では,状況の緊急性に応じて新鮮凍結血漿あるいは濃縮プロトロンビン複合体を補充することを推奨しているところである(<証拠省略>)。

第4適応限定義務違反(適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使)の有無

1  Aについて

原告ら(原告番号5番)は,Aが,クリスマシンに関して,① 製造承認時(昭和51年12月)において,後天性疾患を適応から除外せず,適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかったこと,② 昭和54年末の時点において,後天性疾患を適応から除外せず,適応を血友病Bに限定しなかったことにつき,それぞれ適応限定義務違反があり,③ 昭和58年8月の時点において,後天性疾患を適応から除外せず,同製剤を市場から回収しなかったことにつき,適応限定義務違反と回収義務違反があると主張する。

しかし,上記①及び②については,その各時点のいずれにおいても,クリスマシンは後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対して有用性があり,これがないとはいえないから,Aに同製剤の適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定すべき注意義務があると認めることはできない。

また,上記③については,原告番号5番は,昭和55年1月にクリスマシンを投与されたと主張しており,昭和58年8月以降にクリスマシンの投与を受けたと主張するものではないから,昭和58年8月時点の適応限定義務違反及び回収義務違反の主張は,それ自体失当というべきである。

以上のとおりであるから,Aにクリスマシンについて適応限定義務違反があるとする原告らの主張は,全部理由がなく,あるいは主張自体失当である。

2  被告Y4について

原告ら(原告番号2番)は,被告Y4が,PPSB-ニチヤクに関し,① 製造承認時(昭和47年4月)において,後天性疾患を適応から除外せず,適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかったこと,② 昭和54年末の時点において,後天性疾患を適応から除外せず,適応を血友病Bに限定しなかったことにつき,同被告には,それぞれ,PPSB-ニチヤクの適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定すべき注意義務違反があると主張する。

しかし,既に述べたように,上記の各時点のいずれにおいても,PPSB-ニチヤクは後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対して有用性がないとはいえないから,被告Y4に同製剤の適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定すべき注意義務があると認めることはできない。

以上のとおりであるから,被告Y4にPPSB-ニチヤクについて適応限定義務違反があるとする原告らの主張は,全部理由がない。

3  厚生大臣について

原告ら(原告番号2番及び5番)は,厚生大臣が,① クリスマシン及びPPSB-ニチヤクの各製造承認に当たり,適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定せず,後天性疾患を適応に含めたこと,② 昭和54年末の時点において,後天性疾患を両製剤の適応から削除せず,両製剤の適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかったことが,いずれも,適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使に当たると主張し,また,原告番号5番は,③ 厚生大臣が昭和58年8月の時点において,後天性疾患をクリスマシンの適応から削除せず,同製剤の適応を先天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症(血友病B)に限定しなかったこと及びAをして,クリスマシンを市場から回収させること,あるいは,自らこれを回収することをしなかったことが,いずれも,適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使に当たると主張する。

しかし,既に述べたとおり,上記①及び②の各時点のいずれにおいても,クリスマシン及びPPSB-ニチヤクは後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症に対して有用性がないとはいえないから,厚生大臣の上記①及び②の各行為(不作為を含む。)に違法な権限の行使あるいは不行使等があると認めることはできない。

また,上記③の主張は,原告番号5番がクリスマシンの投与を受けたと主張する時期より後の行為の違法をいうものであるから,主張自体失当というべきである。

以上のとおりであるから,厚生大臣に適応限定についての違法な権限の行使あるいは不行使があるとする原告らの主張は全部理由がなく,あるいは主張自体失当である。

第2款指示・警告義務違反(指示・警告についての違法な権限の不行使など)について

第1時期に後れた攻撃防御方法として却下すべきか(被告Y4の主張について)

1  被告Y4は,PPSB-ニチヤクの指示・警告義務違反についての原告らの主張は時期に後れた攻撃防御方法であり却下するべきであると主張する。

2  記録によれば,以下の経過が明らかである。

(1)  本件訴訟の審理経過

原告らのうちPPSB-ニチヤクの投与を受けたと主張するのは原告番号2番のみである。同原告の承継前原告は,平成15年5月21日,原告番号1番及び同3番とともに第1事件の訴えを提起し,同事件について平成15年7月31日に第1回口頭弁論が行われた。

その後,原告番号4番及び同5番が同年11月7日に第2事件の訴えを提起した。同事件については同年12月5日に第1回口頭弁論が行われ,同事件は第1事件に併合された。両事件は,平成18年10月30日の第18回口頭弁論期日において弁論を終結する予定で審理が進められてきたが,同月10日に原告番号6番が第3事件の訴えを提起したことから,同月25日,同事件が第1事件及び第2事件に併合されて審理が継続され,平成19年4月16日,第20回口頭弁論において,これらの事件の弁論が終結された。

(2)  被告Y4の責任についての原告らの主張経過

ア  訴状

原告らは,第1事件の訴状において,被告Y4の「製造,販売開始時の違法性・過失」及び「製造,販売継続の違法性・過失」として,PPSB-ニチヤクについての適応限定義務違反を主張した。

イ  原告ら第13準備書面

原告らは,平成16年7月5日付け原告第13準備書面(同日の第5回口頭弁論で陳述)において,被告Y4のPPSB-ニチヤクの製造販売開始時及び昭和53年当時の過失として,同製剤についての適応限定義務違反を主張した。

ウ  原告ら第15準備書面

原告らは,平成17年2月22日付け第15準備書面(同年4月14日の第2回弁論準備手続で陳述)において,「PPSB-ニチヤクの承認申請時(1972年)の過失」として適応限定義務違反を主張する一方,「PPSB-ニチヤクの承認後(1978年)の過失」として,適応限定義務違反に加えて「医師・医療機関に対して警告をなすべき義務」違反の主張を追加した。

この主張では,被告Y4が指示・警告すべき内容を具体的に明らかにしていないが,原告らは,同一準備書面で,「被告国の過失」として,「被告国は(中略),製造業者に対しては,① 本製剤の投与により高率に肝炎ウイルスに感染すること,② 肝炎ウイルスに感染すると慢性化し,肝硬変・肝がんに進行する可能性があること,③ そのため,本製剤は先天性第Ⅸ因子欠乏症以外の疾患には使用してはならないこと等の指示・警告を添付文書に記載し,その他適切な手段をもって,肝炎感染の危険性及び効能,効果の一部削除の事実を医師・医療機関に対して周知徹底するよう指導勧告すべき義務を負っていた」と主張しており,これらの主張を併せれば,原告らが主張する被告Y4の指示・警告義務の内容は上記①から③であるものと一応理解できた。

エ  原告ら最終準備書面

原告らは,平成18年9月29日付けの原告最終準備書面(同年10月2日提出。同月30日の第18回口頭弁論で陳述)の第4編において,第Ⅸ因子複合体製剤に関するこれまでの主張を整理し,被告Y4の責任として,昭和47年4月及び昭和54年末時点における適応限定義務違反及び指示・警告義務違反を主張した。

3  検討

以上の事実によれば,昭和47年4月及び昭和54年末時点におけるPPSB-ニチヤクについての指示・警告義務違反の主張は,原告らが最終準備書面において初めて主張したものであるところ,同書面は当初弁論終結が予定されていた第18回口頭弁論期日の約1か月前に提出され,同期日において陳述されたものであった。このような審理経過を考慮すれば,原告らの上記主張が時機に後れて提出した攻撃方法に当たり,少なくともこの点について重大な過失があることは明らかであるというべきである。

この点,原告らは,第15準備書面に指示・警告義務違反を主張しており,時機に後れた攻撃防御方法には当たらない旨を主張する。しかし,同書面の主張は,指示・警告義務の時期及び内容を最終準備書面のものと異にする主張であるから,このような主張が先行していることは上記判断を左右するものではない。

もっとも,前記のとおり,本件訴訟は,当初,平成18年10月30日の第18回口頭弁論期日において弁論を終結する予定の下で審理が進められてきたが,第3事件の訴えが提起されたことから,その後も審理が継続され,平成19年4月16日,第20回口頭弁論において弁論が終結された。被告Y4は,その間に,平成19年2月2日付け最終準備書面その2(同日の第3回弁論準備手続で陳述)において,原告らの最終準備書面における指示・警告義務違反に関する主張に対して反論し,必要な証拠の提出を行っている。

以上によれば,原告らの主張は時機に後れた攻撃方法であるが,これにより本件訴訟の完結を遅延させるものと認めることはできない。したがって,上記主張についてはこれを却下すべきものではないというべきである。

第2製薬会社の指示・警告義務についての基本的考え方

フィブリノゲン製剤について判断したとおり。

第3第Ⅸ因子複合体製剤による肝炎発生の危険性

1  クリスマシン

(1)  クリスマシンによる非A非B型肝炎発生の危険性

クリスマシンは,昭和51年12月及び昭和54年末の各時点において,非A非B型肝炎が発生する危険性のある製剤であった。

(2)  クリスマシンによる肝炎発症報告例

国内では,昭和51年12月及び昭和54年末の各時点までに,クリスマシンによる肝炎発症報告はなかった。

海外では,コーナインによる肝炎発症を示唆する文献が多数あったが,これをもってクリスマシンの危険性を論ずる状況にはなかった。

(3)  Aの認識可能性

Aは,自社の製造,販売に係る医薬品の副作用に関する情報について各時点における最高の学問的水準にのっとり調査研究を尽くすべき立場にある製薬会社として,上記(1)及び(2)の事実を知っていたか,又はこれを知り得たと認められる。

2  PPSB-ニチヤク

(1)  PPSB-ニチヤクによる(非A非B型)肝炎発生の危険性

PPSB-ニチヤクは,昭和47年4月の時点において,肝炎が発生する危険性が小さいながらもある製剤であった。

また,PPSB-ニチヤクは,昭和54年末時点において,非A非B型肝炎が発生する危険性のある製剤であった。

(2)  PPSB-ニチヤクによる肝炎発症報告例

ア  昭和47年4月当時

PPSB-ニチヤクによる肝炎又は肝障害発症の報告はなかった。

イ  昭和54年末当時

被告Y4が実施した市販後調査で,昭和50年4月までに,PPSB-ニチヤクによる副作用として,肝炎(一過性)1例及び肝障害(トランスアミナーゼの上昇)3例が報告されていた。

なお,昭和60年12月までに,医師からの報告及び文献による報告として,肝炎2例及び肝障害4例が報告された。(ただし,上記市販後調査による副作用報告を含む。)。

(3)  被告Y4の認識可能性

被告Y4は,PPSB-ニチヤクを製造,販売する製薬会社として,上記(1)及び(2)の事実を知っていたか,又はこれを知り得たと認められる。

第4非A非B型肝炎の重篤性の程度

1  昭和47年4月当時(PPSB-ニチヤク)

前記の認定事実に別紙「肝炎関係文献リスト」<省略>の各医学文献を総合すれば,昭和47年4月当時,非A非B型肝炎が存在することの知見はなく,ましてやその予後が重篤であるとの知見はなかったが,血清肝炎一般については,慢性化する傾向があり,一部が肝硬変に移行すると報告されていた。

2  昭和51年12月(クリスマシン)

前記の認定事実に別紙「肝炎関係文献リスト」<省略>の各医学文献を総合すれば,昭和51年12月当時,非A非B型肝炎の予後が重篤であるとの知見が確立されていたとはいえないものの,その約3分の1が慢性化するとの報告や慢性肝炎の一部が肝硬変に進展するとの報告があり,非A非B型肝炎の一部に予後が悪いものがあることが想定できた。

3  昭和54年末当時(クリスマシン及びPPSB-ニチヤク)

前記の認定事実に別紙「肝炎関係文献リスト」<省略>の各医学文献を総合すれば,昭和54年末当時は,昭和53年当時と同様,非A非B型肝炎の予後が重篤であるとの知見が確立されていたとはいえないものの,慢性化の傾向や肝硬変あるいは肝細胞がんに移行する例がみられることから,同肝炎の予後が悪いとする報告がされていた。

4  A及び被告Y4の認識可能性

Aは,クリスマシンを製造,販売する製薬会社として,被告Y4は,PPSB-ニチヤク―を製造,販売する製薬会社として,それぞれ,上記2及び3又は1及び3の非A非B型肝炎(血清肝炎一般)の重篤性に関する報告が存在することを知っていたか,又はこれを知り得たと認められる。

第5第Ⅸ因子複合体製剤の添付文書の記載内容

1  クリスマシン

(1)  昭和51年12月当時

クリスマシンの添付文書は,昭和51年12月当時は存在しないが(同製剤の製造承認は同月27日である。),Aがクリスマシンに先行して輸入販売したコーナインの使用上の注意には,「1.本剤の投与により,血清肝炎がおこることがある。」などと記載されている。

(2)  昭和54年末当時

昭和54年末当時のクリスマシンの添付文書は,昭和52年7月版の添付文書である。この添付文書には,使用上の注意として,「血清肝炎等の肝障害があらわれることがあるので観察を十分に行うこと。血友病患者で反復注射を受けるものではHBS抗体の生成と免疫の成立により顕性肝炎の発症は稀であるが,それ以外の患者に用いられるときは相当高率にB型肝炎の罹患があるとの報告がある。」などと記載されている。

2  PPSB-ニチヤク

(1)  昭和47年4月当時

PPSB-ニチヤクの添付文書は,昭和47年4月当時は存在せず(同製剤の製造承認は同月22日である。),同年6月版の添付文書が最初である。この添付文書には,使用上の注意として,「本剤の投与により,ときに血清肝炎があらわれることがある。」と記載されている。

(2)  昭和54年末当時

昭和54年末当時のPPSB-ニチヤクの添付文書は,昭和54年3月版の添付文書である。この添付文書には,使用上の注意として,「血清肝炎等の肝障害があらわれることがあるので観察を十分に行うこと。」と記載されている。

第6Aの指示・警告義務違反の有無

原告ら(原告番号5番)は,Aには,クリスマシンにつき,① 昭和51年12月及び② 昭和54年末において,指示・警告義務違反があると主張するので,検討する。

1  昭和51年12月時点

(1)  昭和51年12月当時,クリスマシンによる肝炎発症の報告はなかったが,同製剤から非A非B型肝炎が発生する危険性があり,同肝炎については一部に予後が悪いものがあることが想定できたのであるから,Aは,昭和51年12月の製造承認後,遅くともクリスマシンの販売開始時に,同製剤から同肝炎が生じる危険性がある旨の副作用情報を提供すべき指示・警告義務を負担していたと認められる。

しかるところ,クリスマシンの販売開始時における添付文書の記載内容は証拠上明らかではないが,同社が先行して輸入販売したコーナインの「使用上の注意」に,「本剤の投与により,血清肝炎がおこることがある。」と記載され,また,クリスマシンの昭和52年7月版の添付文書にも「使用上の注意」として,「血清肝炎等の肝障害があらわれることがあるので観察を十分に行うこと。」と記載されていることからすれば,同製剤の販売開始時の添付文書には,これらと同様に,クリスマシンから血清肝炎が生じる危険性のあることが記載されていたと推認できる。また,この記載は,血清肝炎の危険性を指摘するものであり,非A非B型肝炎を明記したものではないが,「血清肝炎」の用語が輸血や血液製剤使用後に起きる肝炎を意味し,非A非B型肝炎を含むより広義の概念として一般に理解されるものである上,当時は,同肝炎の存在が明らかにされて間もない時期であり,その予後も明らかではなく,同肝炎を特に取り上げて危険性を指摘すべき事情も存在しなかった。

以上によれば,クリスマシンを販売開始した時点の同製剤についての副作用情報の提供としては,上記程度の記載で足りるというべきである。

(2)  原告らは,昭和51年12月の時点で,Aには,上記の義務のほかに,非A非B型肝炎の予後の重篤性に関する情報を提供し,治療効果とウイルス感染の危険性とを考量し十分考慮した上でクリスマシンを使用しなければならないことを注意喚起する義務があったとも主張する。

しかし,前記のとおり,このような情報提供及び注意喚起については,それによる副作用の拡大防止効果,提供の必要性及び相当性を基礎付ける特段の事情がない限り,製薬会社はこの点について指示・警告義務を負わないところ,本件全証拠によるも,昭和51年12月当時上記特段の事情が存在したことを認めるに足りる事実はない。

(3)  以上のとおりであるので,昭和51年12月時点でAに指示・警告義務違反があるとする原告らの主張は,全部理由がない。

2  昭和54年末時点

(1)  昭和54年末当時,クリスマシンによる肝炎発症の報告はなかったが,同製剤から非A非B型肝炎が発生する危険性があり,同肝炎については予後が悪いとする報告もされていたのであるから,Aは,昭和54年末の時点において,同製剤から同肝炎が生じる危険性がある旨の副作用情報を提供すべき指示・警告義務を負担していたと認められる。

しかるところ,昭和54年末当時のクリスマシンの添付文書(昭和52年7月版)には,使用上の注意として,同製剤から血清肝炎等の肝障害が発生する危険性があることなどが記載されていた。また,この記載は,血清肝炎の危険性を指摘するものであり,非A非B型肝炎を明記したものではないが,「血清肝炎」の用語が輸血や血液製剤使用後に起きる肝炎を意味し,非A非B型肝炎を含むより広義の概念として一般に理解されるものである上,当時は,同肝炎の存在が明らかにされて数年も経ない時期であり,同肝炎を特に取り上げて危険性を指摘すべき事情も存在しなかった。

以上によれば,昭和54年末当時のクリスマシンについての副作用情報の提供としては,上記程度の記載で足りるというべきである。

(2)  原告らは,昭和54年末の時点で,Aには,上記の義務のほかに,非A非B型肝炎の予後の重篤性に関する情報を提供し,治療効果とウイルス感染の危険性,特に非A非B型肝炎から肝硬変に至る危険性があることをも含めて衡量し十分考慮した上でクリスマシンを使用しなければならず,ビタミンK,新鮮凍結血漿又は新鮮血により治療が可能な場合にはクリスマシンを使用しないこと,ビタミンK依存性凝固因子の欠乏又は減少を原因としない出血に対しては効果がないので使用しないことを注意喚起する義務があったと主張する。

しかし,前記のとおり,このような情報提供及び注意喚起については,それによる副作用の拡大防止効果,提供の必要性及び相当性を基礎付ける特段の事情がない限り,製薬会社はこの点について指示・警告義務を負わないところ,本件全証拠によるも,昭和54年末当時,上記特段の事情が存在したことを認めるに足りる事実はない。

(3)  以上のとおりであるので,昭和54年末時点でAに指示・警告義務違反があるとする原告らの主張は,全部理由がない。

第7被告Y4の指示・警告義務違反の有無

原告ら(原告番号2番)は,被告Y4には,PPSB-ニチヤクにつき,① 昭和47年4月及び② 昭和54年末において,指示・警告義務違反があると主張するので,検討する。

1  昭和47年4月時点

(1)  昭和47年4月当時,PPSB-ニチヤクによる肝炎発症の報告はなく,同製剤から肝炎が発症する危険性の程度は小さかったが,その危険性は存在していた上,血清肝炎は慢性化する傾向があって一部が肝硬変に移行すると報告されていたのであるから,被告Y4は,昭和47年4月の製造承認後,遅くともPPSB-ニチヤクの販売開始時点で,同製剤から血清肝炎が発生する危険性がある旨の副作用情報を提供すべき指示・警告義務を負担していたと認められる。

しかるところ,PPSB-ニチヤクは同年6月1日にその販売が開始されたが(<証拠省略>),同月版の添付文書には,使用上の注意として,「本剤の投与により,ときに血清肝炎があらわれることがある。」と記載され,同製剤による血清肝炎発生の危険性が明記されていた。

以上によれば,昭和47年にPPSB-ニチヤクの販売を開始した時点での同製剤についての副作用情報の提供としては上記程度で尽くされているというべきである。

(2)  原告らは,昭和47年4月の時点で,被告Y4には,上記の義務のほかに,血清肝炎の予後の重篤性に関する情報を提供し,治療効果とウイルス感染の危険性とを衡量し十分考慮した上でPPSB-ニチヤクを使用しなければならないことを注意喚起する義務があったと主張する。

しかし,前記のとおり,このような情報提供及び注意喚起については,それによる副作用の拡大防止効果,提供の必要性及び相当性を基礎付ける特段の事情がない限り,製薬会社はこの点について指示・警告義務を負わないところ,本件全証拠によるも,昭和47年4月時点において上記特段の事情が存在したことを認めるに足りない。

(3)  以上のとおりであるので,昭和47年4月時点で被告Y4に指示・警告義務違反があるとする原告らの主張は,全部理由がない。

2  昭和54年末時点

(1)  昭和54年末当時,PPSB-ニチヤクは非A非B型肝炎が発症する危険性があり,被告Y4が実施した市販後調査等でも肝炎及び肝障害の発症が報告されていた上,非A非B型肝炎については予後が悪いとする報告もされていたのであるから,被告Y4は,昭和54年末の時点において,同製剤から同肝炎が発生する危険性がある旨の副作用情報を提供すべき指示・警告義務を負担していたと認められる。

しかるところ,当時のPPSB-ニチヤクの添付文書(昭和54年3月版)には,使用上の注意として,「血清肝炎等の肝障害があらわれることがあるので観察を十分に行うこと。」と記載されていた。また,この記載は,血清肝炎等の危険性を指摘するものであり,非A非B型肝炎を明記したものではないが,「血清肝炎」の用語が輸血や血液製剤使用後に起きる肝炎を意味し,非A非B型肝炎を含むより広義の概念として一般に理解されるものである上,当時は,同肝炎の存在が明らかにされて数年も経ていない時期であり,同肝炎を特に取り上げて危険性を指摘すべき事情も存在しなかった。

以上によれば,昭和54年末当時のPPSB-ニチヤクについての副作用情報の提供としては,上記程度の記載で足りるというべきである。

(2)  原告らは,昭和54年末の時点で,被告Y4には,上記の義務のほかに,非A非B型肝炎の予後の重篤性に関する情報を提供し,治療効果とウイルス感染の危険性,特に非A非B型肝炎から肝硬変に至る危険性があることを含めて衡量し十分考慮した上でPPSB-ニチヤクを使用しなければならず,ビタミンK,新鮮凍結血漿又は新鮮血により治療が可能な場合にはPPSB-ニチヤクを使用しないこと,ビタミンK依存性凝固因子の欠乏又は減少を原因としない出血に対しては効果がないので使用しないことを注意喚起する義務があったと主張する。

しかし,前記のとおり,このような情報提供及び注意喚起については,それによる副作用の拡大防止効果,提供の必要性及び相当性を基礎付ける特段の事情がない限り,製薬会社はこの点について指示・警告義務を負わないところ,本件全証拠によるも,昭和54年末当時,上記特段の事情が存在したことを認めるに足りない。

(3)  以上のとおりであるから,昭和54年末時点で被告Y4に指示・警告義務違反があるとする原告らの主張は,全部理由がない。

第8厚生大臣の指示・警告についての違法な権限の不行使などの有無

原告ら(原告番号5番)は,厚生大臣には,クリスマシンにつき,① 昭和51年12月の時点及び② 昭和54年末の時点で,Aをして適切な指示・警告をさせる,あるいは自らこれをする権限を行使しなかった点において,違法な権限の不行使がある,また,PPSB-ニチヤクにつき,③ 昭和47年4月及び④ 昭和54年末の各時点において,被告Y4をして適切な指示・警告をさせる,あるいは自らこれをする権限を行使しなかった点において,違法な権限の不行使があるなどと主張するので検討する。

前記認定のとおり,上記のいずれの時点においても,A及び被告Y4に,製薬会社として果たすべき指示・警告義務を怠る点はなかったから,あるいは,原告らの主張する指示・警告義務はその義務を認めることができないから,厚生大臣が両社に対してこれらをするよう働き掛けたり,あるいは自らこれらをしたりする必要性はなかったと解される。

以上のとおりであるから,これらの時点で厚生大臣に指示・警告についての違法な権限の不行使などがあるとの原告らの主張は,全部理由がない。

第2章適応外使用

前記のとおり,本件において過失責任が認められるのは,Aの,フィブリノゲン製剤(乾燥加熱製剤)に関する,昭和62年4月22日から昭和63年2月末日ころまでの指示・警告義務違反のみである。

そして,原告らのうちこの間に同製剤の投与を受けたと主張する者は,原告番号1番及び4番の原告に限られる。

しかるところ,Aの債務を承継した被告Y2及び同Y3は,上記原告両名に対しては適応外使用に関する主張をしていない。

そうであるので,当裁判所は,適応外使用についての判断を示すことはしない。

第3章因果関係(総論)

第1はじめに

1  法的因果関係が認められるための要件

前記のとおり,本件において過失責任が認められるのは,Aの,フィブリノゲン製剤(乾燥加熱製剤)に関する,昭和62年4月22日から昭和63年2月末日ころまでの指示・警告義務違反である。

そして,この過失行為と原告らの損害(C型肝炎ウイルスの感染による健康被害)との間に法的因果関係が認められるためには,① 乾燥加熱製剤の使用により原告らがC型肝炎ウイルスに感染したこと(以下「第1要件」という。),及び,② Aの指示・警告義務違反がなければ,原告らに乾燥加熱製剤が使用されることはなかったこと(以下「第2要件」という。)という二つの要件が満たされる必要がある。また,これらは請求原因事実として,原告らに主張立証責任があるものと解される。

2  検討の対象となる原告

本件で,因果関係を検討する対象となる原告は,昭和62年8月に乾燥加熱製剤フィブリノゲンHT-ミドリ1gの投与を受けたと主張する原告番号1番及び同年12月に同製剤5gの投与を受けたと主張する原告番号4番に限られる。

そこで,以下には,これらの原告との関係で必要な限度で,上記二つの要件について検討する。

第2乾燥加熱製剤の使用によりC型肝炎ウイルスに感染したかどうか(第1要件)について

1  判断の枠組み

訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものと解される(最高裁判所昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417ページ参照)。

したがって,原告らは,因果関係の高度の蓋然性を基礎付ける具体的事実の主張立証責任を負うこととなるが,C型肝炎ウイルスの感染源は同ウイルスに感染している人の血液が主であり,感染経路としては,血液製剤のほか,輸血,滅菌が不十分な医療器具による医療行為,血液透析,医療従事者の針刺し事故,はり治療,入れ墨,覚せい剤静脈注射の回し打ち,ボディーピアスの共用,母子感染,夫婦間感染,家族内感染などが指摘されている。

そうすると,乾燥加熱製剤の投与により原告らにC型肝炎ウイルス感染が成立したとの関係が高度の蓋然性をもって証明されたといえるか否かは,乾燥加熱製剤の有するC型肝炎ウイルス感染の危険性の程度,原告らの他の感染源への曝露の可能性及び各感染源の有するC型肝炎ウイルス感染の危険性の程度等を勘案して,乾燥加熱製剤の使用により原告らがC型肝炎ウイルスに感染したとの関係について通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであるかどうかという観点から判断するのが相当であると解される。

なお,乾燥加熱製剤の使用等によるC型肝炎ウイルス感染の危険性については,有用性判断の前提としての危険性とは異なり,現在までの知見に基づく客観的な危険性を問題とすべきである。

2  乾燥加熱製剤によるC型肝炎ウイルス感染の危険性の程度

乾燥加熱製剤によるC型肝炎ウイルス感染の客観的危険性を判断するためには,昭和62年4月時点までの医学的,薬学的知見のみでなく,その後の研究報告等により明らかとなった,C型肝炎ウイルス感染に必要なウイルス量,中和抗体及び凍結融解による感染力の低下,ウイルスバリデーション試験の結果等に関する知見,文献をも考慮に入れる必要がある。

後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,これらの知見に関し,以下の各事実を認めることができる。

(1)  C型肝炎ウイルス感染に必要なウイルス量

ア  C型肝炎ウイルスの感染価評価系が確立していないこと

C型肝炎ウイルスについては,現在においてもなお試験官内での培養に成功していないなどの理由から,ウイルス感染価(感染性を有するウイルスの量)を測定する方法(感染価評価系)が確立していない(A32陳述書)。したがって,現在においても,感染性のあるC型肝炎ウイルスの量そのものを測定することはできない。

イ  チンパンジーによる感染実験の結果

(ア) 血液中に最低限何個(コピー)のC型肝炎ウイルスが入れば,ヒトへの感染が成立し得るかについては,現在まで,ヒトを直接の対象として調べたデータは存在しないが,以下のとおり,ヒト以外でC型肝炎ウイルス感染に感受性を持つことが確認されている唯一の実験動物であるチンパンジーを用いた感染実験がある。

(イ) 吉澤浩司(広島大学大学院疫学・疾病制御学教授)ら「in-vitroで定量されるC型肝炎ウイルス量(HCV RNA量copy/ml)とチンパンジー感染価(CID/ml)との関係確定のための実験的研究」(平成16年3月)(<証拠省略>)

吉澤らは,C型肝炎ウイルスに感染後まもないウインドウ期の血清を接種材料として,10倍単位で希釈したものを直ちにチンパンジーにそれぞれ1ml静注していく方法で,10の何乗希釈まですれば感染が成立しないのかを確認した。その結果,核酸増幅検査(NAT)でHCV-RNAの数値を検査すると,ウイルス量約23個/mlを静注したときは感染が成立するが,約2個/mlでは成立しないことがわかったと結論付け,チンパンジーの感染には「絶対量として10コピーオーダー」のC型肝炎ウイルスがあれば足りると報告した。

なお,吉澤らは感染初期の抗体形成前の血清を直ちに接種していることから,接種されたC型肝炎ウイルスのほとんどは感染力を有する完全なウイルスであったと推定される。

(ウ) Keiko Katayamaら “Titration of Hepatitis C Virus in Chimpanzees for Determining the Copy Number Required for Transmission(チンパンジーにおけるC型肝炎ウイルス伝播に要するコピー数の測定)”(“Intervirology”47号・平成16年:2004年)(<証拠省略>)

C型肝炎ウイルス感染のウインドウ期の供血者のHCV-RNAを7.0×106コピー/ml含有する血清1mlを接種したとき,2頭のチンパンジーが感染したこと,接種7週後に採取した1頭のチンパンジーのpreacute phase(甚急性相)の血清を2頭のチンパンジーで試験した結果,HCV-RNAを約2×101コピー含有する接種原により2頭とも感染性を伝播したこと、約2コピーを含有する接種原により接種した2頭のチンパンジーは感染しなかったことが記載されている。

(エ) 以上の実験結果によれば,チンパンジーの場合,約20個以下の感染力あるC型肝炎ウイルスにより感染が成立すると考えられる(<証拠省略>)。

ウ  ヒトへの感染成立に必要なC型肝炎ウイルス量の考察

(ア) P.M.Mannucciらは,“Transmission of Non-A,Non-B Hepatitis By Heat-Treated FactorⅤⅢConcentrate(加熱処理第Ⅷ因子濃縮製剤による非A,非B型肝炎の伝播)”(“THE LANCET”2巻・昭和60年7月:1985年)(<証拠省略>)において,60℃72時間加熱処理した血液凝固第Ⅷ因子製剤をチンパンジーに投与したところ,非A非B型肝炎に感染したものはなかったが,輸血及び血液製剤の投与を受けたことのない血友病A患者21症例に投与したところ,定期的な追跡調査ができた13例中11例及び追跡調査が完全にはできなかった8例中2例が,非A非B型肝炎に罹患したことを報告している。

この報告は,チンパンジーに投与してもC型肝炎ウイルスを感染しなかった血液製剤をヒトに投与したところ高率にC型肝炎ウイルス感染を発症したこと,すなわち,ヒトの方がチンパンジーよりも少ないウイルス量でC型肝炎に感染することを示している。

(イ) 飯野証言等

飯野四郎は,「C型肝炎の疫学と病態(「月刊薬事」46巻9号・平成16年8月)(<証拠省略>)において,「HCV感染初期の生体の免疫応答が見られる前のHCVであれば,10~20個のHCVで感染が成立すると考えられており」と記載し,同趣旨の証言をしている。

(ウ) A33意見書

A33は,<証拠省略>において,血液内にC型肝炎ウイルスが直接侵入した場合は,皮膚や鼻,口等を通した場合と異なりその侵入を阻止する機能が働かない上,血液は常に体内を循環しているため,数分以内に感染可能な細胞(C型肝炎ウイルスであれば肝臓)に到達可能であり,到達までの短時間に,本格的に発動する前の自然免疫によって,C型肝炎ウイルスが運良く排除されることはまれであるとし,20コピー相当のC型肝炎ウイルスを2頭のチンパンジーに接種して2頭とも感染が成立した実験を引用しつつ,極めて少数であっても,感染力を保持したC型肝炎ウイルスが直接血液内に侵入した場合は高い確率で感染する旨記述している。

(エ) 考察

以上によれば,十分な感染力のあるC型肝炎ウイルスであれば,10個ないし20個でヒトに対して感染が成立し得ると認められる。

そして,C型肝炎ウイルスの曝露量が多いほど同ウイルスの感染率が高まるところ,直接血液内に入ったC型肝炎ウイルスは数分以内に肝細胞に到達して感染が成立し,到達までの短時間に運良くC型肝炎ウイルスが排出されることはまれであるとの見解があるものの,どの程度の確率で感染が成立するかは明らかでない。

(2)  乾燥加熱製剤に含まれていたHCV-RNAの量

A34は,乾燥加熱製剤のバイアル(同製剤の最終製剤が充填された小瓶)2本について,PCR法を用いてC型肝炎ウイルスの遺伝子(RNA)の量を測定したところ,それぞれ1本当たり1.15×106コピー及び9.5×105コピーのHCV-RNAが含まれていたと報告している(<証拠省略>)。

この事実に同製剤が最終製剤化されるまでの製造工程等を総合すると,乾燥加熱製剤の最終製剤には1本当たり約106(100万)個のHCV-RNAが混入していた可能性が高いと推認できる。

しかし,PCR法は,ウイルス粒子中の核酸,遺伝子を指標としてウイルスの量を測定する方法であり,感染性のあるウイルスの核酸,遺伝子のみを特異的に検出することはできないから,HCV-RNAの測定によって得られるウイルス量のすべてが感染力を有するウイルスであるとは限らない(<証拠省略>)。

(3)  中和抗体による感染力の低下

ア  医学文献

乾燥加熱製剤は約1万人の売血者からのプール血漿を出発原料としているところ,その中にはC型肝炎ウイルスに感染したがウインドウ期にあって十分な感染力を備えた同ウイルスを含む血漿が混入することがあるとしても,同時に抗HCV抗体が混入することや,C型肝炎ウイルスキャリアで抗HCV抗体を持つ者の血漿が混入する可能性が高い。そして,後掲各証拠によれば,中和抗体(抗HCV抗体)によるウイルスの感染力の低下については,以下の各医学文献に各要旨の報告等がされていることが認められる。

(ア) D.L.Tankersleyら “Viral safety of intravenous immunoglobulin(静注用免疫グロブリンのウイルスに対する安全性)”(“London Parthenon”・平成8年:1996年)(<証拠省略>)

この論文は,米国バクスター社製の免疫グロブリン製剤であるGammagardによるC型肝炎ウイルス感染の原因として,抗HCV抗体検査によるスクリーニングによって,分画の際に免疫グロブリン中にC型肝炎ウイルスがより多量に移行してしまったことが示唆されているが,それだけがC型肝炎ウイルス感染の原因ではないであろうとし,抗HCVスクリーニングが開始される以前に製造された多数のロットの免疫グロブリンがHCV-RNAを含有していたが,それらによっては感染がみられなかったのは,ある程度これらの製剤中の抗体によりウイルスが中和されていたからではないかと考えられるとしている。

(イ) Mei-ying W.Yuら“Neutralizing antibodies to hepatitis C virus(HCV)in immune globulins derived from anti-HCV-positive plasma(抗C型肝炎ウイルス(HCV)陽性血漿由来の免疫グロブリン製剤中のHCVに対する中和抗体)”(“Proc.Natl.Acad.Sci”101巻20号・平成16年5月:2004年)(<証拠省略>)

この論文は,Gammagard事件に関連した研究であり,抗HCV抗体及びC型肝炎ウイルスの双方を高レベルで含有する免疫グロブリン製剤をチンパンジーに接種する実験を行ったところ,当該製剤はウイルス不活化処理が行われていないにもかかわらず,C型肝炎ウイルス感染が認められなかったことから,抗HCV抗体陽性の血漿から製造されたグロブリン製剤がC型肝炎ウイルスに対する中和抗体を含有し,それらが内在性及び外来性のC型肝炎ウイルスを中和し得ることが確認できたとしている。

(ウ) Minako Hijikataら “Equilibrium Centrifugation Studies of Hepatitis C Virus: Evidence for Circulating Immune Complexes(C型肝炎ウイルスの勾配遠心分離法による研究:循環中免疫複合体の証明)”(“Journal of Virology”・平成5年4月:1993年)(<証拠省略>)

土方らは,チンパンジーへの感染実験の結果,チンパンジー感染価が106.5CID/ml,105CID/ml以上,102CID/ml未満及び102CID/ml未満と報告されている血漿についてそれぞれRT/PCR法でウイルスゲノム量を測定したところ,以下の表に示すとおり,それぞれのウイルスゲノム量は,107ゲノム/ml,105ゲノム/ml,105ゲノム/ml,104ゲノム/mlであったことから,生体内感染力とRNA価に大きな差異がある血漿の存在を指摘し,このような生体内感染力とRNA価の差異は,抗HCV抗体の存在と関連しているものと考えた。

血漿

ウイルスゲノム量

チンパンジー感染価

比率

H

107

106.5

~1:1

6

105

≧105

~1:1

F

105

<102

>103

4

104

<102

>102

土方らは、上記各血漿について,抗HCV抗体の有無を検査した結果,血漿F及び血漿4には抗HCV抗体が高力価で検出されたのに対し,血漿H及び血漿6には,抗HCV抗体はほとんど含まれていないことが明らかになったとして,「現在のところ未確認の何らかの抗-HCV抗体が」,「HCV感染力の低下にかかわっているものと思われる」と述べている。

(エ) 岡本宏明(自治医科大学予防生態学)「C型肝炎ウイルスおよびその類縁ウイルスの分子進化」(「ウイルス」46巻1号・平成8年)(<証拠省略>)

庶糖密度勾配遠心法によりC型肝炎ウイルス粒子を分画すると,HCV-RNA titerと感染価が等しい血清では,比重の軽いフラクションで単一のピークとしてHCV-RNAが検出され,比重の軽いC型肝炎ウイルス粒子がドミナントになっていること,これに対して,両者のtiterに乖離が認められる血清サンプルでは二峰性となり,比重の重いフラクションのウイルス粒子には主としてγ-グロブリンが結合していることが明らかにされていること,感染初期には前者のパターンを示し,感染の経過とともに次第に後者のパターンに移行していくことが明らかにされていること,そして,このような粒子と免疫複合体を形成している抗体の少なくとも一部はHVR(C型肝炎ウイルスの遺伝子の超可変領域)に対する抗体であると考えられていること,血中で抗体と結合せずに遊離の状態で存在しているC型肝炎ウイルス粒子は感染性を有し,逆にγ-グロブリンが結合している重いフラクションのウイルス粒子は感染が阻止され,その感染阻止にHVRに対する抗体が関与していることを強く示唆するデータがチンパンジー感染実験から示されていることなどが記載されている。

(オ) 杉谷雅彦(日本大学医学部第1病理学教室)ら「チンパンジーを用いたHCV感染実験」(「肝臓」36巻5号・平成7年)(<証拠省略>)

この論文は,C型肝炎ウイルス感染患者の血清をチンパンジーに接種したところ,HCV-RNA量が多い一方の血清は,10-2希釈でも感染は成立せず,HCV-RNA量が少ない他方の血清では,10-5希釈でも感染が成立したことから,血中HCV-RNA量と実験の感染価とは必ずしも一致しないことが判明し,これに関連して,感染粒子が免疫複合体を形成しているような検体はHCV-RNA量が多くても感染性が低い可能性が考えられるとの実験報告(上記(ウ))が最近出されたこと,現時点では免疫複合体形成説が最も説明可能な要因であると考えられていることなどが記載されている。

(カ) KEISUKE HINOら“Correlation Between Relative Number of Circulating Low-Density Hepatitis C Virus Particles and Disease Activity in Patients with Chronic Hepatitis C(慢性C型肝炎患者における循環する低密度HCV粒子の相対数と疾患活動性との相関関係)”(“Digestive Diseases and Sciences”42巻12号・平成9年12月:1997年)(<証拠省略>)

無症候性キャリア患者6人と慢性肝炎患者13人の血清中の感染力の高い完全なウイルス粒子を含む低密度C型肝炎ウイルス粒子の数と免疫複合体ウイルスを含む高密度C型肝炎ウイルス粒子の数の相対比率を2回測定する実験を行ったところ,無症候性キャリアの患者では,全患者において高密度C型肝炎ウイルス粒子の数が低密度C型肝炎ウイルス粒子の数を2回とも超えていたのに対して,慢性肝炎患者では,2回採血された10人の患者のうち7人で少なくとも1度は高密度C型肝炎ウイルス粒子の数と低密度C型肝炎ウイルス粒子の数が同じであったこと,低密度C型肝炎ウイルス粒子が相対的に増加し,高密度C型肝炎ウイルス粒子と同じになる場合は,最初の採血から2か月以内にALT値が有意に上昇したことを報告し,血液中を循環する低密度C型肝炎ウイルス粒子の相対的な数と慢性C型肝炎患者における疾患活動性との間に相関関係があることを見つけたと結論づけている。

(キ) A33(大阪大学微生物病研究所エマージング感染症研究センター)「C型肝炎ウイルスの感染機構」(「ウイルス」52巻1号・平成14年)(<証拠省略>)

(ク) A33(同)「C型肝炎ウイルスの感染機構の解析と中和抗休の開発」(Pharma Medica」20巻2号・平成14年2月)(<証拠省略>)

(ケ) A33(同)ら「C型肝炎ウイルス感染の分子機構と臨床への応用」(「最新医学」58巻9号・平成15年9月)(<証拠省略>)

A33は,上記の各文献において,C型肝炎ウイルスに対する免疫応答と中和抗体について,要旨以下のことを述べている。

C型肝炎ウイルスは,その多様性や遺伝子にアミノ酸が変異しやすい領域が存在するため,宿主の免疫監視機構から逃れ,持続感染が成立するものと考えられており,C型肝炎ウイルスワクチン開発は苦戦を強いられている。C型肝炎ウイルスを生体から排除する方法として治療用ワクチンのほかにC型肝炎ウイルスを中和できるヒト抗体が考えられ,イタリアのカイロン社のグループは,哺乳動物細胞で発現させたE2たんぱくがヒト細胞表面に存在するCD81に結合することを見い出し,この結合を阻止する抗体(NOB抗体)を検出するアッセイ法を開発したが,このNOB抗体は,感染防御が認められたチンパンジーだけでなく,実際に慢性C型肝炎から自然治癒した症例では,高率に検出されることから,C型肝炎ウイルスの生体からの排除にこの抗体が重要な役割を果たしているものと考えられる。

イ  飯野証言

飯野四郎は,C型肝炎ウイルスに感染した直後は,免疫反応が起きていないことから体内に抗体ができておらず,ウイルスの感染力は非常に強いが,感染後一定期間が経過したキャリアの場合は,免疫応答が起きており,ウイルスがある程度抗体にまぶされた形になっており,抗体によりC型肝炎ウイルスの感染力は,100分の1から1万分の1ぐらいまで落ちる旨証言している。

ウ  まとめ

(ア) 中和抗体によるC型肝炎ウイルスの感染力低下

以上の医学文献及び飯野証言によれば,感染初期で中和抗体が作られる前の血液中のC型肝炎ウイルスは完全な感染力を有しているが,感染から時間が経過するにつれ中和抗体(抗HCV抗体)が作られ,これがC型肝炎ウイルスと結合して免疫複合体を形成し感染を阻止するため,抗HCV抗体から逃避した遊離C型肝炎ウイルスのみが完全な感染力を有することから,当該血液は全体として感染力が低下すると認められる。

(イ) 血漿中のC型肝炎ウイルスの感染力低下の程度

中和抗体によってC型肝炎ウイルスの感染力がどの程度低下するかについては確たるデータはないが,① 上記ア(ウ)の文献によれば,抗HCV抗体がほとんど含まれていない血漿では,ウイルスゲノム量とチンパンジー感染価の比率はほとんど変わらないのに対し,抗HCV抗体が高力価で検出された血漿では,それぞれ103倍以上,102倍以上の開きがあるので,抗HCV抗体によって感染価が1000分の1以下(後述のLog Reduction Factorで表記すれば3以上)か,少なくとも100分の1以下(Log Reduction Factorで表記すれば2以上)に低下したものと考えられること,② 証人飯野が抗HCV抗体の存在によりC型肝炎ウイルスの感染力は100分の1から1万分の1(Log Reduction Factorで表記すれば2から4)程度に低下する旨証言していることからすれば,抗体が形成されているC型肝炎ウイルスキャリアの血漿中の同ウイルスは,抗体をほとんど含まない血漿中のC型肝炎ウイルスと比較して,感染力が100分の1から1万分の1(2logから4log)であると考えられる。

(ウ) 乾燥加熱製剤のC型肝炎ウイルスの感染力低下の程度

乾燥加熱製剤の最終製剤におけるC型肝炎ウイルスの感染力低下の程度をみるに,同製剤の原料である血漿プールに混入するC型肝炎ウイルスの感染力が抗HCV抗体により低下しているとしても,抗HCV抗体が画分Ⅰにどの程度含まれるかにより最終製剤の感染力の低下の度合いは異なり得る。この点,フィブリノゲン製剤の最終製剤中のC型肝炎ウイルス抗体価を測定したデータは存在しないが,抗体機能を担う免疫グロブリンの中でも中心的役割を担うIgGの濃度から,フィブリノゲン製剤中の抗HCV抗体による感染力の低下の程度を推量することが可能である。

すなわち,通常人のIgG濃度は10mg/ml(1g/dl)であるところ(<証拠省略>),乾燥加熱製剤の最終製剤中のIgG濃度は0.81mg/mlであって(<証拠省略>),原料血漿プールからフィブリノゲンを分画・精製する工程で免疫グロブリンの濃度が約10分の1になっていることからすれば,抗HCV抗体についても原料血漿プールの約10分の1に相当する量になっていると考えられる。

そうすると,乾燥加熱製剤は,抗HCV抗体の存在により,抗HCV抗体陽性者のプール血漿でみられる感染力低下の約10分の1,すなわち,抗体が形成される前の血漿中のC型肝炎ウイルスの感染力の約10分の1から1000分の1(1logから3log)まで感染力が低下した可能性があると考えられる。

(4)  凍結・融解処理による感染力の低下

乾燥加熱製剤の製造工程には,原料となる凍結血漿を融解してプールする工程及び分画後の画分Ⅰを凍結保存した後融解してエタノール洗浄する工程が含まれており,原料血漿について計2回の凍結・融解処理が行われていた。

凍結・融解処理によるウイルス感染力の低下に関し,吉澤浩司らは,ウインドウ期の供血者から採取した新鮮凍結血漿(HCV-RNA量7.0×106コピー/ml)をチンパンジーに投与したところC型肝炎ウイルスの感染が確認されたが,同じ血漿を再凍結・再融解した上で,105倍稀釈(10コピー/ml相当),104倍稀釈(102コピー/ml相当),103倍稀釈(103コピー/ml相当)した接種材料各1mlをそれぞれ3頭のチンパンジーに投与したところ,いずれのチンパンジーにもC型肝炎ウイルスの感染は認められなかったことから,「HCVの感染能力は2回凍結融解することにより少なくとも100倍低下したであろう。」と報告している(<証拠省略>)。

もっとも,吉澤らの実験で行われた処理と,ミドリ十字が乾燥加熱製剤の製造工程中に行っていた凍結・融解処理とは,その物理化学的条件が同一でなく,温度や溶液の組成等のファクターによって凍結・融解によるウイルス不活化の効果が変動することは十分に考えられるが,乾燥加熱製剤の製造工程における2回の凍結・融解は,原料血漿中に含まれるC型肝炎ウイルスの感染力を100分の1(すなわち2log)まで低下させる効果を持っていた可能性がある。

(5)  ウイルスバリデーション

ア  ウイルスバリデーション試験とその実施

<証拠省略>によれば,以下の事実が認められる。

(ア) ウイルスバリデーション試験の意義

ウイルスバリデーション(ウイルスプロセスバリデーション)試験とは,生物由来医薬品の製造工程のウイルス不活化・除去能力を検証するための試験で,ウイルス不活化・除去能力を期待される工程について,その工程前のサンプルに意図的に既知量のウイルスを添加し,実験室レベルでその工程を再現し,工程後のサンプル中に残存するウイルス量(感染性を有するウイルスの残存量)と比較することにより,その工程でどの程度のウイルス不活化・除去が達成されるかを評価するものである。

(イ) ウイルスバリデーション試験に関するガイドライン等

a 中央薬事審議会血液製剤特別部会は,「血漿分画製剤のウイルスに対する安全性確保に関するガイドライン」を取りまとめ,同ガイドライン中でウイルスバリデーション試験に関するガイドラインを定めている(平成11年8月30日付け医薬発第1047号)。

上記ガイドラインでは,バリデーション試験に使用されるモデルウイルスの選択に関し,広範囲にウイルス除去及び不活化の情報を得るという観点から,DNAウイルス及びRNAウイルス,エンベロープの有無,粒子径の大小を考慮し,さらに物理的処理及び化学的処理に対する抵抗性が高いものを選択することが望ましく,これらの特性を網羅するには3種類程度のモデルウイルスを組み合わせることが必要になるとしている。また,原料血漿に存在している可能性のあるウイルスに類似している,あるいは,同じ特性を持っているなどの理由で2種類のモデルウイルスを選択することが可能な場合には,原則的にウイルス除去及び不活化処理に対してより抵抗性の強いウイルスを選択するとする。

b 欧州医薬品審査庁医薬品委員会(CPMP)は,「ウイルスバリデーション試験に関するガイダンス覚書:ウイルス不活化及び除去の有効性を評価する試験の設計,寄与及び解釈」(1996年2月14日)及び「血漿由来医薬品に関する指導についての覚書」(1998年7月23日)を定め,それら覚書中でウイルスバリデーション試験に関するガイドラインを定めている。

上記「血漿由来医薬品に関する指導についての覚書」は,血漿由来医薬品に関するバリデーション実験に用いるウイルスにはC型肝炎ウイルスに対するモデル(ウイルス)を含まなければならないとした上で,同ウイルスに対するモデルについて以下のとおり定めている。すなわち,C型肝炎ウイルスの生化学的分類は,ペスチウイルス属とフラビウイルス属の両方に関係するフラビウイルス科に分類されるが,ウイルスの培養方法がなく,シンドビスウイルス(SIN)などのトガウイルス科,黄熱ウイルスなどのフラビウイルス属,牛ウイルス性下痢ウイルス(BVD)などのペスチウイルス属を含むウイルスの不活性化法をバリデートするために様々なモデルが用いられ,こうしたウイルスはC型肝炎ウイルスと同じ特性を持つ。もっとも,ウイルスの物理化学的性質のわずかな違いが分割の方法に大きな影響を与え得ること,ペスチウイルス属はCohn Oncley分画においてトガウイルス科と分割が異なるが,C型肝炎ウイルスはこの点ではよりペスチウイルス属に近いことが示されている。現在,バリデーション実験のための最も適当なモデルウイルスを同定するためのC型肝炎ウイルスに関するデータは不十分であり,したがって,モデルウイルスの選択とバリデーションデータの解釈に注意が必要である。

(ウ) 被告Y2が実施したウイルスバリデーション試験

厚生労働省は,Y2に対し,平成14年6月18日付け命令書(厚生労働省発医薬第0618053号)にて,Aがフィブリノゲン製剤の製造に当たり実施していた処理方法である紫外線照射,βプロピオラクトン処理,抗HBsグロブリン添加及び乾燥加熱処理の,実施当時の不活化条件の科学的妥当性について,現時点での科学的知見に基づき,ウイルスバリデーションを改めて実施し直し,その結果を報告することを指示した。

被告Y2は,上記指示を受け,レトロウイルス科のヒト免疫不全ウイルス(HIV-1),ヘルペスウイルス科のウシヘルペスウイルス(BHV),フラビウイルス科のウシ下痢症ウイルス(BVD),ピコルナウイルス科のマウス脳心筋炎ウイルス(EMC),パルボウイルス科のイヌパルボウイルス(CPV),トガウイルス科のシンドビスウイルス(SIN)の6種類のモデルウイルスを用いて,紫外線照射処理,BPL処理,乾燥加熱処理について,実施当時の不活化条件を可及的に再現して,各処理工程につきウイルスバリデーション試験を実施し(抗HBsグロブリン添加処理については実施されなかった。),その結果を平成15年7月25日付けで厚生労働省に報告した(以下,この報告に係るウイルスバリデーション試験を「本件ウイルスバリデーション試験」という。)。

(エ) 各工程における本件ウイルスバリデーション試験の結果

a Log Reduction Factorによるウイルス減少率の表示

本件ウイルスバリデーション試験の結果はLog Reduction Factorで表示された。Log Reduction Factorによる表示では,例えば,あるサンプルにモデルウイルスを添加し,ウイルス添加直後の検体中のウイルス量が107(1000万)で,工程処理後の検体中のウイルス量が103(1000)になった場合,この工程ではウイルスが1/104に減少(除去ないし不活化)されたことになり,このときのLog Reduction Factorは「4.0」(4.0log)と表示する。また,上記の例で工程処理後の検体の検出限界値が10であり,かつ,検体からウイルスが検出されない場合,Log Reduction Factorを「≧6.0」と表示する。すなわち,Log Reduction Factorが大きいほどその工程のウイルス不活化・除去効果は大きく,不等号(≧)が付いている場合には,その工程後の検体では検出限界値以下にまでウイルス不活化,除去されたことを意味する。

なお,被告Y2は,ウイルス除去・不活化能力の過大評価を避けるため,厚生労働省への報告の段階では,製造当時の処理条件として想定される複数の実験条件の中で最もウイルス不活化効果(ウイルス減少率)が低い成績を採用するとともに,Log Reduction Factorが1以下の場合は,「0」と表記して報告した。

b 紫外線照射処理

紫外線照射処理工程のウイルスバリデーション試験結果(Log Reduction Factor)は,HIV-1(0.0(括弧内はLog Reduction Factor;以下同じ。))BHV(0.0),BVD(0.0),EMC(0.0),CPV(0.0),SIN(0.0)であった。

c BPL添加処理

BPL処理工程は,エタノール分画で得られた画分Ⅰから2回のエタノール洗浄を経て画分Ⅰ-Fを得,それを緩衝液に溶解した溶液に対して溶液中のBPL濃度が0.4g/LとなるようBPLを添加し,pH7.00±0.05,温度20ないし25℃において1時間攪拌するというものであった。もっとも,当時の製造工程では,この1時間のBPL処理後,BPLを除去したり不活化したりすることなく同一温度条件の溶液状態で紫外線照射処理工程まで工程を進めており,BPL処理工程後も残存BPLがウイルス不活化効果を有することが考えられた。当時,BPL処理開始から紫外線照射処理開始まで最短でも6時間,最長で32時間を経過していた。

BPL処理工程のウイルスバリデーション試験結果は,BPL添加後1時間では,HIV-1(0.0),BHV(1.5),BVD(0.0),EMC(2.0),CPV(0.0),SIN(2.9)であった。

BPL添加後6時間(ウイルス感染価の自然失活効果を差し引いたもの)では,HIV-1(2.7),BHV(2.0),BVD(2.2),EMC(5.0),CPV(2.6),SIN(6.2)であった。

なお,BPL添加後32時間(ウイルス感染価の自然失活効果を含むもの)では,HIV-1(3.2),BHV(3.2),BVD(4.0),EMC(≧5.6),CPV(3.6),SIN(6.1)であった。

d 乾燥加熱処理

Aが実際の製造工程で実施した60℃96時間乾燥加熱処理は,エタノール分画で得られた画分Ⅰから2回のエタノール洗浄を経て画分Ⅰ-Fを得,それを緩衝液に溶解して分注,凍結乾燥したものに対して実施されていた。本件ウイルスバリデーション試験では,凍結乾燥・加熱を一つの工程とし,また,処理温度について,実製造条件(60ないし62℃)よりも低い温度(59±1℃)で実施した。

この試験結果は,HIV-1(1.9),BHV(1.5),BVD(1.8),EMC(≧5.9),CPV(0.0),SIN(3.8)であった。

イ  本件ウイルスバリデーション試験の評価

本件ウイルスバリデーション試験のうち乾燥加熱製剤に関するものは,実際の乾燥加熱製剤より加熱温度が1℃ほど低い上,モデルウイルスを用いた実験であって,当時の工程におけるC型肝炎ウイルスに対する不活化効果を正確に示すものではない。

しかしながら,同試験は,製造当時の処理条件として想定される複数の実験条件の中で最も不活化効果が低い成績を採用したものであって,同処理方法の有した不活化効果を知る一つの参考となり得るものである。

しかるところ,同試験によれば,凍結乾燥と59±1℃96時間による不活化処理をした効果は,C型肝炎ウイルスのモデルウイルスとされるBVDで1.8log,同じくSINで3.8logであったと認められる。

(6)  昭和62年5月以降の文献等

ア  乾燥加熱処理の効果に関するもの

被告Y2の報告書(平成15年7月)(<証拠省略>)

乾燥加熱処理のウイルス不活化能力は,安定化剤の種類及び添加濃度,含湿度,加熱温度,加熱時間等の要素により左右され,特に製剤の含湿度によって大きな影響を受けることが知られており,本件ウイルスバリデーション試験の結果と,乾燥加熱製剤の開発時にAが行った社内研究の結果との相違については,含湿度の違いが試験結果に影響を与えた可能性を否定できない旨が記載されている。

イ  乾燥加熱製剤による肝炎感染に関するもの

(ア) 堀之内寿人(宮崎医大第2内科)ら「熱処理フィブリノーゲン製剤によると思われる非A非B型肝炎の1例」(「日本消化器病学会雑誌」85巻8号・昭和63年8月)(<証拠省略>)

この報告は,昭和62年4月30日に輸血をすることなく椎弓切除術を行った患者に対し,加熱フィブリノゲン製剤(60℃72時間)1gを投与したところ,術後50日で肝機能異常が生じたとし,フィブリノゲン製剤による非A非B型肝炎と思われたとし,熱処理した血液製剤といえども肝炎を起こす可能性があるので,適応範囲を厳密にする必要があるとしている。

(イ) 井上憲昭(長野県厚生連富士見高原病院)ら「加熱処理フィブリノーゲン製剤(フィブリノーゲンHT(ミドリ))による非A非B型肝炎の5例」(「日本内科学会雑誌」78巻5号・平成元年)(<証拠省略>)

この報告は,昭和62年9月から11月の間に,加熱フィブリノゲン製剤が使用された妊産婦5人の全員が非A非B型肝炎を発症したこと(このうち輸血併用は2例)を報告し,現在行われている60℃96時間の加熱処理は肝炎予防には無効と考えられるとしている。

(ウ) 泉信一(旭川医科大学第三内科)ら「C型慢性肝炎経過中に急性肝不全症状を呈したAcute on chronicの一例」(「日本消化器病学会雑誌」90巻臨時増刊号・平成5年4月)(<証拠省略>)

平成元年8月に分娩後弛緩出血患者に対しフィブリノゲン製剤を投与した(輸血はしていない。)ところ,その1か月後から肝機能障害異常が出現し,以後,C型慢性活動性肝炎と診断されたことを報告している。

(エ) 和泉透(自治医大血液学)ら「フィブリノーゲン製剤投与とC型肝炎ウイルス感染」(「日本輸血学会雑誌」43巻2号・平成9年4月)(<証拠省略>)

この報告は,第45回日本輸血学会総会において報告されたものであり,平成4年11月以降に入院した急性リンパ性白血病患者の血清20症例のうち5例がHCV-RNA陽性であり,うち3例のゲノタイプがⅠ型,2例がⅡ型であり,Ⅰ型の3例中2例にはフィブリノゲン製剤(60℃96時間の乾燥加熱処理)の投与歴があるが,国内ではⅠ型の検出頻度が少ないこと及びHCV-RNAの陽性化の時期により,フィブリノゲン製剤による感染の可能性が強く示唆されるとしている。

(オ) 和泉透(同)ら「フィブリノゲン製剤投与を受けた急性白血病患者におけるC型及びG型肝炎ウイルス感染について」(「日本輸血学会雑誌」44巻2号・平成10年4月)(<証拠省略>)

この報告は,第46回日本輸血学会総会において報告されたものであり,平成4年11月以降に入院した急性リンパ性白血病及び急性前骨髄球性白血病の患者の血清38症例を対象としてHCV-RNAの測定等を行ったものである。

これによると,38症例中15症例にHCV-RNAが検出されたが,そのうち12例にフィブリノゲン製剤(60℃96時間の乾燥加熱処理)の投与歴があり,そのうちの11例にC型肝炎ウイルス感染を認め,他方,非投与歴26例中4例にC型肝炎ウイルス感染を認めたことから,同製剤の投与歴のある症例は,C型肝炎ウイルス感染率が有意に高かったとし,C型肝炎ウイルス感染については,フィブリノゲン製剤投与歴と平成4年2月以前の輸血歴が危険因子と考えられたとしている。

(7)  感染危険性の検討

ア  以上の事実に基づき検討するに,C型肝炎ウイルスは,感染力の減弱を極力抑えた状態では10個ないし20個がヒトの血中に入ることで感染が成立し得ると解されるところ,乾燥加熱製剤の各最終製剤には,1本(1バイアル)当たり約1×106個のC型肝炎ウイルスが,感染力の有無は別として,混入していた可能性が高い。そして,これらの混入したウイルスの感染力は,減弱前の状態と比較すると,中和抗体によって約10分の1から1000分の1(1logから3log)に,また,凍結・融解によって約100分の1(2log)に,乾燥加熱処理によって1.8logあるいは3.8logに低下した可能性がある。

そうすると,これらの不活化効果の累積により,乾燥加熱製剤の各最終製剤中のC型肝炎ウイルスは,すべてが感染力のない程度まで減弱していた可能性もあるものの,たかだか,中和抗体で約10分の1(1log),凍結・融解で約100分の1(2log),乾燥加熱処理でBVDと同程度の1.8logの,合計4.8log程度だけ減弱され,感染力のあるC型肝炎ウイルスが10個レベルから100個レベル残っていた可能性もある。なお,採血の時点から感染力を欠く状態のものも相当多数あったことも想定される。

してみると,以上の各数値のみから感染の危険性の有無,程度を判断することは困難である。

イ  他方,先に認定のとおり,乾燥加熱製剤が昭和62年4月22日から使用されると,半年ほどの間に11例について非A非B型肝炎発症の報告があった。

また,Aは,昭和63年5月に厚生省へ提出した報告書で,乾燥加熱製剤の治験品の使用後3か月経過症例と,市販品の1か月ごとに6か月間継続調査した症例の合計846症例中の34症例に肝炎が発症し(発症例率4%),うち,乾燥加熱製剤との因果関係が確実又は可能性大と考えられるものが6例あると報告した(なお,この報告では同製剤をフィブリン糊として使用したものについての報告漏れがある。)。

さらに,被告Y2が平成14年7月に厚生労働大臣に提出した報告書によると,乾燥加熱製剤の使用症例から213例に肝炎等(詳細情報なしの肝炎や,報告医師等により肝炎とは記載されていないものの,GOT上昇,GPT上昇,肝障害,肝機能障害,黄疸等のある症例を含む。)が発症し(うち,輸血なしが34例),うちC型肝炎,非A非B型肝炎例が55例(うち,輸血なしが12例)あった。

また,昭和63年以降は,乾燥加熱製剤を使用した医師らによって同製剤による非A非B型肝炎(C型肝炎)の発生が報告されていた。

ウ  また,60℃96時間の乾燥加熱処理は,Aの社内研究ではC型肝炎ウイルスのモデルウイルスであるSINが検出限界以下の≧4.3に不活化されたが(<証拠省略>),本件ウイルスバリデーション試験では,温度が約1℃低いなどの相違点があるにせよ,SINの不活化効果が,低いもので3.8logにとどまった。そして,乾燥加熱処理のウイルス不活化効果は,安定化剤の種類及び添加濃度,含湿度,加熱温度並びに加熱時間等の要素により左右されるが,特に湿度が大きな影響を与えることが判明している。

エ  以上の事実に,Aでは乾燥加熱処理に当たり湿度管理を重視していなかったことがうかがわれることや,この不活化処理はバイアルへ分注後にされていたこと等を考慮すると,乾燥加熱製剤には不活化処理の不十分なものがあり,感染力のあるC型肝炎ウイルスがヒトに感染し得るだけの数量残存しているものがあったと推認することが相当である。なお,肝炎等の感染報告のあったロット番号に特段偏り等が見られないこと(<証拠省略>)などからすると,不活化処理の不十分なものは相当広範にあったことがうかがわれるが,その最終製剤のすべてが不十分であったとまでは認めることができない。

3  輸血によるC型肝炎ウイルス感染の危険性の程度

原告番号1番については1パックの濃厚赤血球の併用投与があったとの主張があり,原告番号4番については13パックの輸血の併用投与があったとの主張があるので,これらを中心に以下に検討する。

(1)  輸血後肝炎の発症率のデータ

ア  平成13年3月30日付けの厚生労働省肝炎対策に関する有識者会議報告書(<証拠省略>)及びA35(日本赤十字中央血液センター副所長)の論文(<証拠省略>)などによると,我が国における輸血後肝炎の発症率は,血液供給が有償にて行われていた昭和39年までは50.9%,献血推進が閣議決定されその移行期である昭和42年までは31.1%であり,献血に一本化された昭和47年までには16.2%に減少し,日本赤十字社血液センターでHBs抗原検査によるドナースクリーニングが開始された昭和48年以降は14.3%,400ml献血が開始された昭和61年以降は8.7%,第1世代の抗HCV抗体検査が開始された平成元年以降は2.1%となった。

イ  片山透(国立療養所東京病院外科)「輸血後肝炎の発生頻度(「肝胆膵」17巻5号・昭和63年)」によれば,厚生省輸血後肝炎研究班に所属する医療機関における昭和46年以降の輸血後肝炎の発生率は,B型肝炎,非A非B型肝炎の別ごとに,次表の( )内に記載のとおりであった(<証拠省略>)。

国内各地の輸血後肝炎発症の比較

(厚生省血液研究事業輸血後肝炎研究班)

医療機関名

時間

追跡例数

輸血後肝炎

平均輸血量

(単位)

B型肝炎

非A非B型肝炎

国立仙台病院

S45~S50

S51~S55

S56~S60

S61~S62

872

779

703

218

7(0.8%)

2(0.3%)

2(0.3%)

0

99(11.4%)

143(18.4%)

104.(14.5%)

13(6.0%)

13*

国立医療センター

S55~S60

S61

800

98

113(14.1%)

17(17.3%)

13

9

国立療養所東京病院

S46~S50

S51~S55

S56~S60

S61~S62

452

324

257

72

25(5.5%)

2(0.6%)

2(0.6%)

0

38(8.4%)

47(14.5%)

44(17.1%)

12(16.7%)

13

14

16

12

阪南中央病院

S59,S62

34

7(20.5%)

9

九州大学医学部附属病院

S59~S60

S61~S62

416

668

1(0.2%)

2(0.3%)

91(21.9%)

169(25.3%)

8

8

長崎大学医学部附属病院

S57~S60

S61~S62

181

126

44(24.3%)

17(13.5%)

国立長崎中央病院

S54.8~

S58.7

S58.8~S61

129

93

13(14.0%)

10(10.8%)

*S62年輸血例

ウ  小俣政男(千葉大学第一内科)の報告(<証拠省略>)によれば,昭和57年から昭和62年までの千葉大学附属病院での輸血症例全例についての調査結果として,輸血後肝炎の発生率(確診例と疑診例を合わせたもの)は,29.1%(昭和57年),22.1%(昭和58年),14.9%(昭和59年),22.7%(昭和60年),22.1%(昭和61年),26.2%(昭和62年)であり,平均22.7%であった。なお,確診例のみに限定すれば,輸血後肝炎の発生率は,13.2%(昭和57年),8.9%(昭和58年),10.0%(昭和59年),13.7%(昭和60年),7.1%(昭和61年),74%(昭和62年)であり,平均発生率は10.3%であった。また,単位数ごとの発生率については,1単位で14.8%(115例),2単位23.3%(227例),3単位20.8%(231例),4単位23.3%(163例),5単位29.4%(170例),以後5単位ずつの区切りだけ表示すると,10単位26.8%(82例),15単位40.6%(32例),20単位29.4%(17例),25単位57.1%(14例),30単位50.0%(18例)となり,31単位以上の症例では42.9~80.0%の発生率であった。

エ  A36(順天堂大学医学部内科学教室・消化器内科学講座講師)は,昭和63年,「輸血後肝炎は全輸血例のうち10~20%に発生すると報告されて,最近,また増加する傾向を示している」と報告している(<証拠省略>)。

オ  ところで,HBs抗原検査によるドナースクリーニングが開始された昭和48年以降の輸血後肝炎の大部分は,前記の表からも明らかなとおり,C型肝炎ウイルス感染であると推認できるから,上記ア,ウ,エの輸血後肝炎の発症率データのうち昭和48年以降のものは,おおむねC型肝炎(非A非B型肝炎)の発症率を表していると考えることができる。

また,C型肝炎ウイルスに曝露されても発症しないか不顕性感染で捕そくされない症例があることからすれば,C型肝炎ウイルスへの曝露率は輸血後C型肝炎の発症率より相当高いと推認できる。

(2)  輸血によりC型肝炎ウイルスに曝露される確率

ア  理論式

輸血用の新鮮血,新鮮凍結血漿等がC型肝炎ウイルスキャリアから採取された場合,ほぼ100%,被投与者を感染させるに足る量の感染性を有するC型肝炎ウイルスが血中に含まれており,かつ,これら新鮮血,新鮮凍結血漿等は,不活化処理がされていないから,C型肝炎ウイルスキャリアから採取された新鮮血,新鮮凍結血漿等を投与された患者は,ほぼ100%の確率で感染させるに足る量の感染性を有するC型肝炎ウイルスに曝露される。

こうした輸血等によりC型肝炎ウイルスに曝露される確率は,輸血量の増加に伴い増加する。輸血本数をXとし,供血者中のC型肝炎ウイルスのキャリア率をC%とすると,輸血によりC型肝炎ウイルスに曝露される確率(投与されるパックのうち少なくとも一つがC型肝炎ウイルスキャリアの提供したものである確率)は,理論的には,次の数式によって求めることができる。

{1-(1-C/100)x}×100(%)

イ  供血者中のC型肝炎ウイルスキャリア率(C)

我が国では昭和49年以降,輸血用血液製剤はすべて献血血液で自給されてきた(<証拠省略>)。国内血漿中のC型肝炎ウイルスキャリア率を検討すると,全国日赤血液センターの検査によれば,平成元年11月から平成2年7月までに献血された542万2635本の検体中,抗HCV抗体陽性本数は6万2335本,陽性率は1.15%であった(<証拠省略>)。

また,平成4年2月から平成7年1月までに広島県赤十字血液センターで献血を行った20歳から60歳までの一般供血者15万8048人の全年齢階級を通じた抗HCV抗体陽性率の平均値は1.58%であり,1980年代に10歳から19歳の年齢階級を除くと,平均値は2.22%となる(なお,1980年代において献血対象である16歳以上も含めた20歳以上の年齢階級における抗HCV抗体陽性率は明らかではない。<証拠省略>)。

もっとも,これらの数値から供血者中のC型肝炎ウイルスキャリア率を求めるには,以下の点を考慮する必要がある。すなわち,第1に,上記の各抗HCV抗体陽性率は,いずれも第1世代の抗HCV抗体検査法によるものであるところ,同検査法は第2世代以降の検査法と比較して検出率が約70%と不十分であったから,実際の抗HCV抗体陽性率はこれよりも高率であったものと推測される。第2に,HCV抗体検査で陽性との検査結果が出ても,抗体陽性は,現在の感染のみならず感染既往も示すことから,HCV抗体検査陽性者が直ちにC型肝炎ウイルスキャリアということにはならない。C型肝炎ウイルス感染の場合,感染例の約30~40%は感染後C型肝炎ウイルスが排除され完全に治癒するが,逆に60~70%の例はキャリア化するとされているから(<証拠省略>),C型肝炎ウイルスキャリア率は抗HCV抗体陽性者のうちの約60~70%と考えられる。第3に,日本赤十字社では,昭和44年5月から,血清肝炎防止策の一つとして献血者の血清についてS-GPT及びS-GOT検査による肝機能検査を行い,異常値を示すものを輸血用血液から除外していることから(<証拠省略>),これにより抗HCV抗体陽性者が排除される可能性も考慮に入れる必要がある。

以上によれば,抗HCV抗体陽性率の数値から供血者中のC型肝炎ウイルスキャリア率を厳密に算定することはできないが,証人飯野は,上記のような事情を考慮した上で,平成元年以前の供血者中のC型肝炎ウイルスキャリア率は1.5%程度であったと推測している。

ウ  輸血本数ごとのC型肝炎ウイルス曝露率

以上を前提に,前記数式のCに1.5を,Xに1から13を代入して計算すると,輸血本数1から13を投与された者がC型肝炎ウイルスに曝露される理論上の確率は次表のとおりとなる。

なお,片山の前記報告(<証拠省略>)によれば,国立療養所東京病院の昭和60年から昭和62年にかけての平均輸血量は13単位である。1単位とは200mlの献血から作られる量を意味する。

本数ごとのC型肝炎ウイルス曝露率(理論値)

輸血量

C型肝炎ウイルス

曝露率

1本

1.5%

2本

3.0%

3本

4.4%

4本

5.9%

5本

7.3%

6本

8.7%

7本

10%

8本

11%

9本

13%

10本

14%

11本

15%

12本

17%

13本

18%

4  輸血以外の感染原因の有無及び程度

原告番号1番及び原告番号4番について,乾燥加熱製剤,及び輸血(濃厚赤血球を含む。)以外のC型(非A非B型)肝炎の感染源が存在することの主張には具体性がないので,ここでの検討事項はない。

5  第1要件の検討のまとめ

(1)  以上によれば,乾燥加熱製剤の最終製剤には,感染力のあるHCVがヒトに感染し得る数量だけ残存していたものがある。したがって,乾燥加熱製剤の投与を受けた患者がC型肝炎ウイルスに感染した場合において,他に感染源となるものがないときには,同人が同製剤の使用によってC型肝炎ウイルスに感染したことが高度の蓋然性をもって証明されたと解される。

しかし,輸血(濃厚赤血球を含む。以下同じ。)の併用など,患者が他にC型肝炎ウイルスの感染源となり得るものに曝露された者であるときは,乾燥加熱製剤を投与されたことのみでは足りず,患者の感染したC型肝炎ウイルスのゲノタイプに我が国に通常見られないので国外の採血を原料血漿に含む乾燥加熱製剤による可能性が高いゲノタイプ1a型があるとか,患者へ投与された最終製剤に感染力のあるC型肝炎ウイルスが感染し得る数量だけ混入していたなど,乾燥加熱製剤の投与と患者のC型肝炎ウイルス感染との結び付きが強いこと,又は,他の感染源となり得るものの曝露によるC型肝炎ウイルス感染の危険性の程度との比較において,乾燥加熱製剤による感染の危険性がかなり高いときに,同製剤の使用によってC型肝炎ウイルスに感染したものであることが推認でき,これに対して,当該感染が乾燥加熱製剤によるものでないことを相当の理由をもってうかがわせる具体的事実が存在しない限り,当該感染が乾燥加熱製剤によるものであることが高度の蓋然性をもって証明されたと解するのが相当である。

そして,さらに翻って,乾燥加熱製剤の最終製剤には相当広範に不活化処理の不十分なものがあった上,医薬品の製造は製薬会社がその責任においてその支配下で行うもので,会社側はその製造,品質管理を行い,それらを記録,保管している反面,患者側はこれらに関知せず,資料を得るにも多大な困難を伴うものであるから,これらの製薬会社の責任,立証の困難,資料の偏在等を考慮すると,患者へ投与された最終製剤に感染力のあるC型肝炎ウイルスが感染し得る数量だけ混入していたとの事実については,患者側は乾燥加熱製剤にそうした不活化処理の不十分なものがあることを立証すれば足り,製薬会社側において,当該患者へ授与された最終製剤が十分に不活化処理されたものであることを立証しない限り,不十分な製剤を投与されたことの立証があったと解するのが相当というべきである。

(2)  原告らは,輸血併用事例において,輸血に由来してC型肝炎ウイルスに感染した事実があったとしても,その事実は,その者がフィブリノゲン製剤由来のC型肝炎ウイルスによって感染した可能性を排除するものではなく,重複感染が成立していることとなるから,事実的因果関係は肯定されるなどと主張する。また,重複感染か否か不明であるとしても,民法719条1項後段又はその趣旨の類推適用により,因果関係が推定されるなどと主張する。

しかし,C型肝炎ウイルスに重複感染が成立し得るとしても,重複感染であるというためには,その前提として,フィブリノゲン製剤の投与によりC型肝炎ウイルスに感染したという事実が高度の蓋然性をもって証明される必要があるのであって,この点を考慮しない原告らの主張は理由がないものといわざるを得ない。また,民法719条1項後段又はその趣旨の類推適用は,一定の考慮すべき部分があるものの,なお,現行法の解釈としては採用の限りでない。

第3指示・警告義務違反がなければ乾燥加熱製剤が使用されることはなかったかどうか(第2要件)について

1  既に述べたとおり,Aには,昭和62年4月22日から同年5月版の添付文書によるフィブリノゲン製剤の販売までは副作用情報の提供及び適応内使用への注意喚起を怠った指示・警告義務違反があり,その後謹告文書の配布を終了する昭和63年2月末日ころまでは,副作用情報の提供を怠った指示・警告義務違反がある。

そうすると,第2要件としては,Aにおいて上記の指示・警告義務違反がなければ,すなわち,当該副作用情報の提供や適応内使用への注意喚起があれば,医師による当該乾燥加熱製剤の投与がなかったという関係が認められることが必要である。

2  また,謹告文書の配布が終了した昭和63年2月末日ころ以降は,Aの指示・警告義務は履行されて過失行為の違法状態は解消したというべきであるから,仮にこの時点以降,乾燥加熱製剤が使用され,これによってC型肝炎ウイルスに感染したとしても,Aの指示・警告義務違反と当該感染との間には法的因果関係を認めることはできないというべきである。

第4章損害論

第1包括一律請求の当否

1  原告らの主張

原告らは,C型肝炎ウイルス感染の結果原告らがそれぞれ被った多岐にわたる複合的被害を「総体としての被害」として包括請求すると主張し(包括請求),口頭弁論終結後に新たな損害が生じたとしても,別訴を提起してその損害賠償請求を行う意思がない旨を表明している。また,原告らは,C型肝炎の現在の病状に応じて被害グループを分類し,それぞれについて同一金額による損害の賠償を請求している(一律請求)。

2  包括請求の可否

損害は,権利侵害がなかったなら存在したであろう一定の利益状態と当該権利侵害によって陥った利益状態との差であるところ(差額説),実務では一般に,損害額の算定は,治療費,逸失利益,慰謝料等の個別具体的な損害項目を積み上げて算定する方式(個別損害項目積み上げ方式)が採用されている。そして,不法行為制度の主目的である損害の公平なてん補の理念に加え。民事訴訟における当事者の攻撃防御の観点などを考慮すれば,個別損害項目積み上げ方式は合理的な損害算定の方式であると評価することができ,損害額算定の基本に据えられるべきである。

原告らの主張する包括請求は,従来の算定方式ではくみ上げられなかった損害をも考慮して損害額を認定させようという問題意識に基づくものと理解される。しかし,たとえ「総体としての被害」を損害としてとらえたとしても,具体的な算定基準がなければ損害額を認定できないし,裁判所が認定する損害額が「総体としての被害」を適切に考慮,評価しているかどうかを判断することもできない。個別損害項目積み上げ方式により原告らの被った広範な被害が十分に考慮されない不都合が生じるとすれば,その点は慰謝料額の算定においてしんしゃくすれば足りるものと考えられる。

また,原告らは,個別の損害項目に関する立証の困難性などを指摘するが,個別損害項目積み上げ方式の下における実務でも,かなりの範囲で経験則を活用し推論を駆使し統計的平均値を採用して証明の軽減を図っているといえるから,個別立証の困難性を理由に包括請求を認めることも相当でない。

もっとも,本件について,原告らは,被告らに対し,C型肝炎ウイルスに感染した結果被った健康被害に基づく損害(将来,慢性肝炎,肝硬変,肝がんに移行し死亡することをも織り込んで金銭評価した損害)について,将来別訴を提起してその損害賠償請求を行う意思がない旨を表明している。したがって,原告らの包括請求は,結局のところ,将来最悪の転帰となり得ることをも織り込んだ全部請求としての慰謝料請求であり,そのしんしゃく事由として財産的損害を加味することを求めるものと理解することができ,このように理解する限度において許容されるものというべきである。

3  一律請求の可否

本来,不法行為によって被害者の受ける精神的苦痛は個別事情により異なり,これに対する慰謝料額も一様ではない。しかし,C型肝炎ウイルスに持続感染したことにより生じる損害は,例えば,精神的損害の原因(将来への不安感,感染症に対する偏見等)や実施される治療内容等の点で,各病態ごとに共通する要素を有していると考えられるから,現在のC型肝炎の病態の進行状態を基準に,被害内容をある程度類型化することは可能であり,その上で,被害者側に控え目な類型的損害算定の方式によることにすれば,加害者側においても,類型化された損害の評価についてそれなりの防御も可能であり,不当に不利益を課することにはならないと解される。なお,原告らが類型的に一律の請求をすること自体は,請求額の上限を画する以上の意味はなく,裁判所を拘束するものではない。

4  まとめ

以上によれば,原告らの損害については,C型肝炎ウイルスの持続感染による各病態ごとに基本的な慰謝料額を認定し,これに各原告の投薬後の症状,治療経過,年齢,性別,生活状況など一切の事情を考慮して最終的な損害額を算定するのが相当である。

第2C型肝炎ウイルス感染により生じる具体的な病態

前提となる事実及び後掲各証拠によれば,次の事実が認められる。

1  C型肝炎ウイルス感染後の自然経過

C型肝炎ウイルス感染は,急性肝炎として発症するものと,肝炎症状を呈さない状態にとどまるもの(不顕性感染)とがある。急性肝炎を発症したものの一部は一過性感染としてウイルスが血中から消失し治癒するが,ウイルスが消失しないものは持続感染者となる。不顕性感染者も,その一部は自然治癒するが,そうでないものは感染が持続し無症候性キャリアとなる。急性肝炎若しくは無症候性キャリアから慢性肝炎に進展した場合には,自然治癒するものは極めてまれである。慢性肝炎から,肝組織の線維化が進展して,長期間経過後に肝硬変や肝細胞がんに至るものがある。

2  持続感染者の各病態の症状

(1)  無症候性キャリア

無症候性キャリアは,線維化の進展が見られるわずかな例は別にして,特段の臨床症状はないとされている(<証拠省略>)。また,無症候性キャリアの段階で治療を行ったり,仕事や生活の制限等をする必要はないとされている(<証拠省略>)。

もっとも,厚生労働省の肝炎治療標準化の研究班が,C型肝炎ウイルス感染者への治療指針について,血清トランスアミナーゼ値(ALT)が正常であっても,肝生検を行うと肝臓の状態が悪化しており治療が必要とされるケースが多いことから,血清トランスアミナーゼ値が正常であっても血小板数などによって肝臓の状態を把握し,肝病変が進行している場合には無症候性キャリアであっても治療を行うべきであるとするなど(<証拠省略>),近時,無症候性キャリアに対する抗ウイルス治療の必要性が提唱されてきている。

(2)  慢性肝炎

慢性肝炎は一般に自覚症状に乏しいといわれている。肝機能異常が軽度でも,種々の不定愁訴を訴える例が認められるが,その多くは肝疾患を有することに対する心因反応と推定されている(<証拠省略>)。もっとも,病態が進行し肝硬変に近づくと,糖尿病,食道静脈癌,肝細胞がん,クリオグロブリン血症,特発性血小板減少症,口腔がん,悪性リンパ腫,間質性肺炎,心筋炎等の疾患を合併することがあるとされている。

(3)  肝硬変

肝硬変のうち,代償性肝硬変では無症状であることが多いが,肝機能の悪化に伴って全身倦怠感,易疲労感,食欲減退等の全身症状が発現する。非代償性肝硬変に進展すると,通常の社会生活は不可能で,休業と安静が必要となる。肝硬変は,肝細胞がんへ進行し得るが,肝細胞がんに罹患しない場合でも,最終的には肝不全状態になることが多く,意識障害の恒常化,黄疸の著しい増強が起き,最後は末期昏睡又は肝腎症候群により死に至る。また,食道胃静脈瘤の破裂による出血が致命傷となることもある。

(4)  肝細胞がん

肝細胞がんは無症状である場合も多いが,進行した肝細胞がんでは,食欲不振,全身倦怠感,体重減少,右季肋部痛,腫瘤触知,黄疸等の肝不全症状がみられる。また,肝細胞がん発症後の社会生活は不可能となり,入院治療が必要とされる(<証拠省略>)。

3  各病態の進展率

(1)  進展に関係する要因

C型肝炎の進展には,年齢,性別,炎症の程度,持続期間,飲酒,肥満度,糖尿病の合併などの要因が影響を与えているといわれている。

若年者に比較して高齢者において明らかに進展が速いことはほぼ異論がなく,特に40歳を過ぎ50歳代になったころに症状が急速に進行しやすいとされている(<証拠省略>)。A37らの研究グループは,繰り返し肝生検施行例を検討し,肝線維化の進行速度が30歳代では0.03/年,40歳代では0.04/年,50歳以上では0.11/年と,年齢が上昇するに従って進行速度が速くなることをプロスペクティブな研究により確認した(<証拠省略>)。また,Tanakaらは,全国16施設の輸血歴を有する肝炎患者をレトロスペクティブな研究により調べたところ,肝細胞がん合併に至るまでの平均期間は,29歳以下で輸血した患者は34.8±5.3年,30~39歳で輸血した患者は30.4±4.9年,40歳以上で輸血した患者は24.7±6.8年であり,感染時の年齢が若いほど肝細胞がん合併までの期間が有意に長い傾向があったと報告している(<証拠省略>)。

また,Poynardらによる肝線維化の進展率の報告例によれば,男性が0.154/年であるのに対し,女性は0.111/年であったとされており(<証拠省略>),女性の方が有意に進展が遅いという点についても,ほぼ異論はないとされている(<証拠省略>)。

(2)  進展率

ア  文献等

C型肝炎ウイルス感染の長期的予後に関する最近の文献等には次のものがある。

① Di Bisceglieら“Long-term Clinical and Histopathological Follow-up of Chronic Posttransfusion Hepatitis(輸血後慢性肝炎の長期にわたる臨床的及び組織学的経過観察)”(“Hepatology”14巻6号・平成3年:1991年)(<証拠省略>)

米国立衛生研究所で心臓手術中に輸血を受けた1070名の患者中65名(6.1%)が非A非B型肝炎を発症し,そのうち45名(69%)が慢性化し,HCV抗体は輸血後非A非B型肝炎の53名(82%)に検出された。非A非B型慢性肝炎患者33名(グループ1:一部HCV抗体陰性も含む)で肝生検が行われ,追加の非A非B型慢性肝炎患者6名(グループ2:全例HCV抗体陽性)も経過観察された。39名は1年~24年間(平均9.7年)経過観察され,8名(20%)は輸血後1.5年~16年の間に肝硬変が発生し,グループ1の33名中11名(33%)が経過観察中に死亡し,2例(6%)は肝不全による死亡であり,残りの9例は肝以外の疾患による死亡であった。33名中,組織学的に慢性活動性肝炎又は肝硬変と診断された20名(61%)は無症状で,肝疾患の臨床的徴候は認められない。輸血後非A非B型慢性肝炎のほとんどはC型肝炎ウイルスによるものと考えられ,プロスペクティブに観察された患者の12%(65名中8名)は末期肝疾患の発生を伴っていたが,肝硬変又は慢性活動性肝炎患者の多くは本研究期間内で肝疾患の臨床徴候は極めて軽微であった。

② Tremoladaら“Long-term follow-up of non-A,non-B(type C)post-transfusion hepatitis(非A非B(C型)輸血後肝炎の長期追跡調査)”(“Journal of Hepatology”16巻3号・平成4年:1992年)(<証拠省略>)

非A非B型(C型)輸血後肝炎の長期追跡調査を実施した結果について,次のとおり報告されている。

主に心臓手術後に非A非B型輸血後肝炎を発症した135例の患者を90±41か月(平均±標準偏差,範囲:13~180か月)追跡調査し,31例(23%)は12か月以内に回復し,104例(77%)は慢性化した。肝生検を実施した65例中21例(32%)は追跡調査終了時に肝硬変を発症し,他の1例(1.5%)は肝細胞がんへ進展したが,組織学的に1人の患者は完全に回復した。追跡調査期間中に慢性肝炎患者104例中16例(16%)が死亡したが,肝疾患による死亡は5例(4.8%)のみであり,その内訳は食道静脈癌出血3例,肝不全1例,肝細胞がん1例であった。

③ Seeffら“Long-term Mortality After Transfusion-Associated Non-A, Non-B Hepatitis(非A非B型輸血後肝炎発症後の長期死亡率)”(“THE New England Journal of Medicine”327巻27号・平成4年:1992年)(<証拠省略>)

1967年から1980年に米国で実施された五つの大規模プロスペクティブ研究で確認された輸血後非A非B型肝炎患者の追跡調査を行った。性,年齢,輸血日及び輸血量などの合った,輸血を受けたが肝炎を発症しなかった2名を各輸血後非A非B型肝炎患者の対照(第1及び第2対照者)とし,National Death Index(国民死亡指標データベース:米国国立保健統計センター)とSocial Security Death Tapes(社会保険死亡データテープ:米国社会保険局)のデータを用い,3群の死亡率を算定した。死因別死亡率は死亡診断書により算出した。非A非B型肝炎発症群568名の96%,二つの対照群(第1対照群526各,第2対照群458名)の94.5%で生死が確認された。平均追跡期間18年後の死亡率は,輸血後非A非B型肝炎患者51%(287/568),第1対照群52%(273/526),第2対照群50%(228/458)と推定され,3群の生存曲線は実質的に同じであり,3群の肝疾患関連死亡率はそれぞれ3.3%(19/568),1.1%(6/526),2.0%(9/458)であった。全群の肝疾患関連死亡者34例中,詳細な診療記録が確認された28例の71%(20例)が,同様に記録が確認された肝疾患関連死亡の非A非B型肝炎患者18例の78%(14例)が慢性アルコール症患者であった。

④ Koretzら“Non-A, Non-B Post-Transfusion Hepatitis Looking Back in the Second Decade(非A非B型輸血後肝炎 2度目の10年間を振り返って)”(“Ann Intern Med.”119(2)・平成5年:1993年)(<証拠省略>)

1972年~1980年に非A非B型輸血後肝炎罹患がプロスペクティブに確認された患者の1989年~1992年の追跡調査を行った。90例中80例が再診を受け評価された。80例の患者の現状と,残りの患者で確認し得た最後の状態に基づき以下のことが確認された。1)疾患初期に症状がみられた患者は約40%であったが,その後に肝臓の炎症に関連する著しい臨床上の問題を経験したものはいなかった。2)肝不全となった患者は8例(うち慢性肝炎7例)であった。3)生命表解析による,罹患後16年間に肝硬変の臨床徴候を発現する確率は,全対象患者,慢性肝炎患者,C型肝炎患者,C型慢性肝炎患者で,それぞれ18%,21%,17%,20%であった。ほとんどの研究対象患者の,非A非B型輸血後肝炎は生化学的(肝機能検査),組織学的には疾患とみなされる状態であるが,肝症状はいまだ発現しておらず,肝不全が発現するとしても,通常は10年以上経過した後にのみ認められた。感染者の多くは,その前に肝疾患以外の悪性腫瘍や循環器疾患などによって死亡していた。

⑤ Mattssonら“Outcome of acute symptomatic non-A, non-B hepatitis: a 13-year follow-up study of hepatitis C virus markers(症候性急性非A非B型肝炎の予後:C型肝炎ウイルスマーカーの13年の追跡調査研究)”(“Liver”13(5)・平成5年:1993年)(<証拠省略>)

1978年に非A非B型急性肝炎でありプロスペクティブに追跡した患者61例中39例につき,1991年に臨床的な再評価と,HCV抗体検査及びHCV-RNA検査を行った。1978年の保存血清より24例はC型急性肝炎であり,1991年においてもHCV抗体陽性であった。24例中16例はHCV-RNAも陽性であった。13年の経過観察後,患者の61例中1例(1.6%)が末期肝疾患により死亡し,HCV抗体陽性患者の24例中2例(8%)が肝硬変を有することが組織学的に確認された。HCV抗体陽性患者24例の79%は慢性感染を有すると判定されたが,21%は回復したと考えられた。

⑥ Cesaroら“Chronic Hepatitis C Virus Infection After Treatment for Pediatric Malignancy(小児悪性腫瘍治療後の慢性C型肝炎ウイルス感染)”(“Blood”90巻3号・平成9年8月:1997年)(<証拠省略>)

小児悪性腫瘍治療後の患者658例中117例(17.8%)がHCV抗体陽性であった。117例のHCV抗体陽性患者中,41例、(35%)はB型肝炎ウイルス感染マーカーも陽性で,91例(77.8%)は血液製剤輸注(輸血を含む)歴があり,25例(21.4%)は過去5年間の経過観察中に正常なALT値であったが,残り92例のALT値は正常上限より高かった。117例のHCV抗体陽性患者中81例(70%)はHCV-RNA陽性で,ほとんど(54%)が遺伝子型1bであった。小児悪性腫瘍治療患者のC型肝炎ウイルス感染率は高かったが,HCV抗体陽性患者の約20%は,輸血以外がC型肝炎ウイルス感染の原因と考えられた。中央値14年間の経過観察後,HCV抗体陽性の慢性肝疾患患者は,肝不全への進行を示さなかった。

⑦ Locasciulliら“Prevalence and Natural History of Hepatitis C Infection in Patients Cured of Childhood Leukemia(小児期白血病の治癒患者におけるC型肝炎感染の罹患率と自然経過)”(“Blood”90巻11号・平成9年12月:1997年)(<証拠省略>)

小児白血病が治癒し化学療法が終了した後,少なくとも10年間,患者114例についてプロスペクティブに経過観察した結果を報告した論文である。これによると,対象患者は,化学療法終了時及び経過観察終了時に抗HCV抗体検査及びHCV-RNA検査を行ったところ,化学療法終了時には56例(49%)の患者はHCV-RNA陽性だったが,13年から27年間(平均17年間)の経過観察後には,40例が持続的にHCV-RNA陽性,16例は陰性となったこと,経過観察期間終了時に,トランスアミナーゼの持続的な上昇は4例でのみ確認されたこと,非代償性肝疾患の徴候あるいは症状を発現した患者はいなかったことが記載されている。

そして,C型肝炎は,化学療法後の長期生存者中にしばしば見いだされるが,変則的な血清学的なプロフィールを伴い,13年から27年の期間でも重篤な肝障害を引き起こすことはなかったとまとめられている。

⑧ Garcia-Monzonら“Chronic Hepatitis C in Children:A Clinical and Immunohistochemical Comparative Study With Adult Patients(小児の慢性C型肝炎-成人患者との臨床的及び免疫組織学的比較研究)”(“Hepatology”28巻6号・平成10年:1998年)(<証拠省略>)

慢性C型肝炎の小児患者24例及び成人患者32例について,ウイルス学的及び組織学的特徴に伴う疫学的背景等を比較した論文である。これによると,小児患者の大部分(62%)に輸血歴を認め,その平均ウイルス感染期間は11±4年であり,成人患者(11±9年,有意差なし)と同程度だったこと,遺伝子型分布は同様だったが,ウイルス量は小児が成人に比べて低値だったこと,慢性肝炎の最も軽度の組織学的病態及び弱い肝内免疫学的表現型は,成人より小児において高頻度にみられたことが記載されている。

そして,以上の結果から,慢性C型肝炎の小児では,新生児期の輸血が最も頻度の高いウイルス感染源であり,その肝疾患の特徴としてALT値及びウイルス量は低く,慢性肝炎の組織学的及び免疫学的病態は最も軽微なものだったとまとめられている。

⑨ Kenny-Walshら“Clinical Outcomes after Hepatitis C Infection from Contaminated Anti-D Immune Globulin(ウイルス汚染抗D免疫グロブリン製剤によるC型肝炎感染の臨床的予後)”(“The New England Journal of Medicine”340巻16号・平成11年8月:1999年)(<証拠省略>)

1978年中にアイルランドで使用された,抗Rh-D免疫グロブリン(出産直後の妊婦に投与される血漿分画製剤)が,単一のC型肝炎ウイルス感染献血者からのウイルスで汚染されていることが発見され,これを機に1970年から1994年の間に,抗Rh-D免疫グロブリンを投与されたすべての女性のスクリーニングが実施された。スクリーニングされた62,667人中704人(1.1%)が,HCV抗体陽性であり,内390人(55%)が血清HCV-RNA陽性であった。390人中376人(96%)が評価され,平均年齢(±標準偏差)は,スクリーニング時に45±6歳であり,C型肝炎に約17年感染していた。合計304人(81%)が症状を報告したが,最も一般的なものは疲労感(248人(66%))であった。血清アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)値は,371人中176人(47%)で若干高く(40~90U/リットル),31人(8%)で高値(100U/リットル以上)であった。肝生検により,363人中356人で炎症が示されたがほとんどは軽微(41%)あるいは中程度(52%)であり,ほぼ確実(probable),あるいは確実(definite)に肝硬変にかかっていたのは7人(2%)のみであった。この7人中2人は,過度のアルコール摂取を報告した。

⑩ Vogtら“Prevalence and Clinical Outcome of Hepatitis C Infection in Children Who Underwent Cardiac Surgery Before The Implementation of Blood-Donor Screening(供血者スクリーニングを施行する前に心臓手術を受けた小児のC型肝炎感染の罹患率と臨床転帰)”(“The New England Journal of Medicine”341巻12号・平成11年9月:1999年)(<証拠省略>)

C型肝炎の供血者スクリーニングの導入以前に心臓手術を受けた小児458例につき,年齢と性別を合致させた対照458例と比較検討した。心臓手術患者458例中67例(14.6%)が抗HCV抗体陽性であり,手術の平均19.8年後において37例(55%)は血液中にHCV-RNAが検出されたが,30例(45%)ではHCV-RNAが消失していた。HCV-RNA陽性の37例中1例だけが肝機能検査値が上昇していたが,重症の右側鬱血性心不全を合併していた。肝生検を受けた17例中3例だけで進行性障害の組織学的徴候がみられたが,この3例はほかにも危険因子を有し,2例は鬱血性心不全,1例はB型肝炎ウイルス感染であった。

C型肝炎の供血者スクリーニング施行前に心臓手術を受けた小児は,対照群に比較して感染危険性が高いが,約20年後には約45%の患者でC型肝炎ウイルスが自然消失し,感染小児の臨床経過からも,成人感染患者で予測されるより良性と考えられたとしている。

⑪ seeffら“45-Year Follow-up of Hepatitis C Virus Infection in Healthy Young Adults(健常若年成人におけるC型肝炎ウイルス感染の45年間の追跡調査)”(“Annals of Internal Medicine”132巻2号・平成12年1月:2000年)(<証拠省略>)

1948年から1954年に,8,568名の新兵から採血され約45年間凍結保存された血液検体のHCV抗体,HCV-RNAを検査し,罹病率及び死亡率を評価した。8,568名中17名(0.2%)がHCV抗体陽性であり,45年間の追跡調査で,肝疾患はHCV陽性者17名中2名(11.8%)及びHCV陰性者8,551名中205名(2.4%)が発症した。1996年12月までに,HCV陽性者17名中7名(41%)及びHCV陰性者8,551名中2,226名(26%)が死亡した。HCV陽性者のうち1名(5.9%)は最初の採血から42年後に肝疾患,5名(29%)は最初の採血から中央値37年後に肝疾患以外の疾患,1名(5.9%)は不明の原因で死亡した。一方,HCV陰性者中119名(1.4%)は肝疾患で死亡した。新兵の保存検体による1948年から1954年のHCV感染率は,現在の新兵及び献血者の感染率に匹敵しており,45年間の追跡調査では,HCV陽性者の肝疾患罹病率は11.8%,肝疾患による死亡率は5.9%と低く,HCV陽性者が肝疾患に進行するリスクが現在考えられているよりも低いことが示唆される。

⑫ wieseら“Low Frequency of Cirrhosis in a Hepatitis C(Genotype 1b)Single-Source Outbreak in Germany:A 20-Year Multicenter Study(ドイツにおける大規模な単一感染源C型肝炎(ジェノタイプ1b)発生時の低い肝硬変発生率:20年間の多施設試験)”(“Hepatology”32巻1号・平成12年7月:2000年)(<証拠省略>)

1978年8月~1979年3月に,C型肝炎ウイルス(遺伝子型1b)に汚染された抗D免疫グロブリンが,東ドイツ全域で投与され,投与された全女性のATL検査を行い,その後のプロスペクティブ追跡調査を行った。20年間追跡調査された1,018例のコホート(感染時年齢中央値24歳,範囲16~38歳)で,抗D免疫グロブリン投与後6か月以内に10%では疾患徴候はなく,90%(n=917)に急性C型肝炎が発症した。20年後,急性C型肝炎発症917例中85%はHCV抗体陽性(うち3%はインターフェロン療法奏効例),55%はHCV-RNA陽性(うち7%はインターフェロン療法無効例)であった。顕性の肝硬変は4例(0.4%)に過ぎず,2例(0.2%)が劇症B型肝炎の重複あるいはアルコール中毒症と肝硬変との合併により死亡した。ウイルス血症女性の44%で肝生検が行われ,その96%に軽度~中等度の肝炎が,47%に門脈線維化が,3%に線維性隔壁がみられた。若年女性のC型肝炎ウイルス感染では,他の肝疾患併発がなければ,約半数でC型肝炎ウイルス(1b)感染は消失するか,軽症のC型慢性肝炎を生じ,20年以内に肝硬変に進行する危険性は低いと思われる。

⑬ Alterら“Recovery,Persistence,and Sequelae in Hepatitis C Virus Infection:A Perspective on Long-Term Outcome(C型肝炎ウイルス感染症における回復,持続及び続発症:長期的転帰に関する展望)”(“seminars In Liver Disease”20巻1号・平成12年:2000年)(<証拠省略>)

Di Bisceglieの研究(前掲①),Koretzの研究(前掲④),Mattssonの研究(前掲⑤)及びTremoladaの研究(前掲②)を紹介しつつ,これらの研究は,急性C型肝炎から慢性C型肝炎への進行が一般的であること,その追跡期間(約4~16年間)中に検査が行われた場合,肝硬変は対象患者の1~20%に確認されたこと,肝細胞がんの発現がまれであること,肝疾患に関連した死亡率はそれ程高くなく,0~3.7%の範囲であることが確認されたとし,これらのプロスペクティブ研究は,急性C型肝炎の発症が確認された全集団を見ており,既に確定診断された慢性肝炎患者を対象としたレトロスペクティブ研究よりも,C型肝炎の転帰を正しく反映しているとする。ただし,これらのプロスペクティブ研究は,系統的な肝生検に関する手順を有していない弱点があるため,より重症の肝疾患を有する患者を検出するようゆがめられていること,アルコールの役割を過小評価していること,この感染症において重要となる30年や40年後までの追跡調査期間の延長がなされていないことなどを指摘している。

さらに,本論文は,コホート研究として,Seeffの研究(前掲⑪),Kenny-Walshの研究(前掲⑨)など,小児に関する研究としてVogt(前掲⑩),Losasciulli(前掲⑦),Carcia-Monzon(前掲⑧)の研究など,レトロスペクティブ研究としてKiyosawa,Tongの研究などを紹介して,これらの研究データに基づくC型肝炎ウイルス感染の長期的予測として,本総説のデータに基づき,C型肝炎ウイルスに急性感染した100例の20%(20例)が自然に回復し,80%(80例)が持続性の感染症を発現すると結論することは妥当であること,持続性肝炎症を有する80例では,本総説で呈示した複合データに基づくと,最高で30%(24例)が進行性の重度肝疾患を有し,最終的には肝硬変や肝細胞がんに進行し,別の30%(24例)は安定した肝疾患を有し,治療の有無によらず,肝硬変や重篤な続発症へは進行しないと考えられること,慢性的に感染した残りの40%(32例)はゆっくり発現する感染症を有し,その結果は予測することができないこと,これは肝硬変へ進行する可能性の高い,あるいは多様で予測不可能な線維化の進行を示すような患者が56例いることを示していると述べている。

その上で,「重症で生命を脅かすような進行性の肝疾患は,慢性的に感染している患者のかなり少数(約30%)では明らかにみられるが,線維化の進行は直線的でも必然的でもなく,したがって,ほとんどのC型肝炎ウイルスキャリアは安定した非進行性の経過をたどるか,あるいはC型肝炎の重症な続発症が明らかになる前に無関係な疾患により死亡するか,あるいはまた治療に対して持続的な“治癒的”反応を示すような緩徐な進行をたどる,との見解をもって我々の結論とする」としている。

⑭ seeffら“Long-Term Mortality and Morbidity of Transfusion-Associated Non-A,Non-B,and Type C Hepatitis:A National Heart,Lung,and Blood Institute Collaborative Study(非A非B型及びC型輸血後肝炎の長期死亡率及び罹患率:国立心肺血液研究所共同研究)”(“Hepatology”33巻2号・平成13年2月:2001年)(<証拠省略>)

1970年代初期の五つの研究で確認された輸血後非A非B型肝炎患者の18年後の追跡調査の成績に引き続き,最初の血清が保存されていた三つの研究に限定し,約25年後の追跡調査での死亡率と罹患率を示す。死亡率はC型肝炎関連群222例で67%,対照群377例で65%であり,肝疾患関連死亡率は,それぞれ4.1%,1.3%であった。輸血後肝炎(TAH)患者の生存例129例中90例(70%)は輸血後C型肝炎(TAH-C)で,39例(30%)は非A~G型肝炎であった。TAH-C症例90例中,慢性肝炎を伴うウイルス血症38%,慢性肝炎を伴わないウイルス血症39%,ウイルス血症を伴わないHCV抗体陽性者17%,HCVマーカーが残存していなかったもの7%であり,90例のうち23%ではC型肝炎ウイルスが自然に消失していた。肝機能検査より慢性肝炎が確定され肝生検を行ったTAH-C患者20例中35%は肝硬変を呈し,慢性肝炎を伴わないウイルス血症でも5%未満が肝硬変を呈すると仮定すると,肝硬変を呈する患者は最初のC型肝炎ウイルス感染者全例の17%に相当する。臨床的に明らかな肝疾患は肝硬変患者の86%で観察されたが,慢性肝炎単独の患者では23%にすぎなかった。

⑮ 井廻道夫(自治医科大学附属大宮医療センター教授・総合医学1)「慢性肝炎の治療の目的」(日本肝臓学会監修「慢性肝炎診療マニュアル」・平成13年5月)(<証拠省略>)

C型慢性肝炎に関し,次のとおり記載されている。

C型急性肝炎の約70%が慢性肝炎に移行するが,慢性肝炎患者は10年から30年の経過で約30%から40%が肝硬変に進行する。数年で肝硬変に進行する例も報告されている。C型慢性肝炎は,B型慢性肝炎と異なり経過とともに炎症が治まっていく傾向はなく,炎症が強い例ではそのまま放置すると確実に肝硬変に移行していく。肝硬変になると年率7%で肝がんが発生し,15年の経過をみると80%の患者で肝がんが発生すると報告されているが,線維化の強い慢性肝炎でも年率5%で肝がんが発生する。

⑯ 清澤研道(信州大学教授・第2内科)「C型肝炎とは」(日本肝臓学会監修「慢性肝炎診療マニュアル」・平成13年5月)(<証拠省略>)

C型肝炎の自然経過に関し,次のとおり記載されている。

5年以上の間隔で肝組織所見の推移を観察できた61症例の線維化の程度の変化をみると確実に悪化している。すなわち,初回組織診断時にF1であった29例は,最終組織診断時にF1が20例,F2が3例,F3が3例,F4が3例(うち1例は肝細胞がんを合併)であった。初回組織診断時にF2であった24例は,最終組織診断時にF1が2例,F2が4例,F3が7例,F4が11例(うち7例は肝細胞がんを合併)であった。初回組織診断時にF3であった8例は,最終組織診断時にF3が1例,F4が7例(うち6例は肝細胞がんを合併)であった。

⑰ 小俣政男(東京大学教授・消化器内科)「肝硬変・肝癌発見のために」(日本肝臓学会監修「慢性肝炎診療マニュアル」・平成13年5月)(<証拠省略>)

本邦における年間約90万人の全死亡者中,肝細胞がんの死亡者数は3万人を超えていること,10年前に肝細胞がんの原因を調べたところ,B型は18%,C型は59%であったこと,2000年に東京大学医学部消化器内科で行った987名の肝細胞がん患者の調査では,B型は10%,C型は80%,非B非C型は10%であったことが記載されている。

また,C型慢性肝炎患者について6年間経過観察したところ,F1で36例中1例が,F2で43例中4例が,F3で45例中8例が肝細胞がんを発がんした。これらを基に10万人当たりの年間発がん数を算出すると,F1で457人,F2で1450人,F3で3005人となり,1人の患者に換算すると,年発がん率は,F1で0.5%,F2で1.5%,F3で3%,F4(肝硬変)で7%であることが記載されている。

⑱ 田中栄司ら「C型慢性肝炎」(「慢性肝炎 最新の治療」・平成13年10月)(<証拠省略>)

C型慢性肝炎の自然経過及び肝線維化と肝細胞がんの発生に関し,次のとおり記載されている。

C型肝炎ウイルスは成人の初感染でも高率に慢性化し,その率は70%程度とされている。また,いったん慢性化すると自然治癒はまれであり,緩徐ではあるが肝病変は進行し最終的に肝硬変に進展する。C型急性肝炎を発症後慢性化した39例の長期自然経過のうち,3例が自然治癒したがいずれも慢性化後5年以内である。その後は自然治癒する症例はなく,時間が経過するにつれて慢性肝炎から肝硬変に進展し,肝細胞がんを合併する症例が増加している。

輸血歴を有する慢性肝炎,肝硬変,肝細胞がん症例の輸血からの平均経過年数は,Kiyosawaらの報告及びTongらの報告によれば,肝硬変例では約20年,肝細胞がん例では約30年であり,この成績は,C型肝炎ウイルス感染から肝硬変進展まで約20年,肝細胞がん発生まで約30年,平均で掛かることを示している。

性別に関係なく,C型肝炎ウイルスに感染したときの年齢が若いほうが肝細胞がん進展までの期間が長く,40歳以下では平均33年であるのに対し,40歳以上では平均25年であり,8年の差が見られる。

C型急性肝炎を発症後慢性化した43例で肝生検を実施し,C型肝炎ウイルス感染からの期間と肝線維化ステージの進展を検討した成績によると,肝線維化ステージは時間の経過とともにほぼ一定のペースで悪化しており,線維化ステージの進行率は1年で0.11であり,約10年でステージが1ランク上がる計算になる。

慢性肝炎では肝線維化が高度になるほど肝細胞がんの合併率が高くなることが知られている。池田らの報告によれば,F1ではほとんど発がんは見られないが,F2,F3,F4と線維化のステージが進むに従い発がん率が増加する。C型慢性肝炎が肝硬変(F4)まで進行すると年率約5~7%で肝細胞がんが発生する。

発がんに寄与する因子としては,線維化ステージのほかに,性別(男性>女性),飲酒量,ALT値などが知られている。

⑲ 佐田通夫(久留米大学第2内科教授)ら「6.HCV感染者集積地でみた感染者の予後」(「臨床医」28巻1号・平成14年1月)(<証拠省略>)

冒頭に,C型慢性肝炎や肝硬変から肝細胞がんが発生する率は,それぞれ年率約2%,8%と報告されていることが記載されている。

その上で,著者らにより平成2年から平成11年にかけて福岡県内の肝疾患多発地区とされる町で行われたprospective cohort studyの結果が報告されている。これによれば,平成2年に成人住民の10%を無作為に選択し,その中で受診した509名(男性216名,女性293名,平均年齢51.9歳)に対し,抗HCV抗体検査,HCV-RNA検査などを行ったところ,抗HCV抗体陽性者は119名(23.4%),HCV-RNA陽性者は87名(17.1%)であったこと,また,平成3年から平成6年に,住民全体を対象として同様の検査を行った(受診者は,3199名。男性1288名,女性1911名,平均年齢54.3歳)ところ,抗HCV抗体陽性者は624名(19.5%),HCV-RNA陽性者は430名(13.4%)であったことが記載されている。

そして,上記の受診者中,平成11年8月までに死亡が確認された住民182名(死亡時平均年齢75.6±11.7歳)の死亡原因について調べたところ,死亡例182例中,抗HCV抗体陽性者は71例,HCV-RNA陽性者は51例であり,抗HCV抗体陽性者71例中,肝細胞がん又は肝硬変による死亡例は31例(43.7%。肝細胞がん25例,肝硬変は6例),HCV-RNA陽性者51例中肝細胞がん又は肝硬変による死亡例は28例(54.9%。肝細胞がん23例,肝硬変5例)であり,抗HCV抗体陽性又はHCV-RNA陽性である人が死亡するとき,その原因の約半分は肝硬変又は肝細胞がんであることが示されたことなどが記載されている。

⑳ 田中榮司(信州大学医学部第二内科助教授)「自然経過と感染予防」(「コンセンサス肝疾患2002」・平成14年4月)(<証拠省略>)

本論文には,次のような記載がある。

C型肝炎ウイルスの初感染から慢性肝炎を経て肝硬変や肝細胞がんへ進展するまでの期間は20~30年,又はこれ以上長期であり,自然経過の全体像を正確に把握することは容易ではない。最初に報告されたのは,肝疾患患者を対象としたretrospective研究で,この研究によりC型肝炎は基本的に進行性の疾患であり,最終的には致死的な病態をもたらすことが明らかとなった。しかし,比較的病態が進行しやすい集団を対象とするため,実際より予後を悪く予測しやすい。その後,prospective研究やcohort研究により必ずしも予後の悪い集団ばかりではないことが明らかとなった。しかし,これらの研究では観察期間が限られるため,retrospective研究の結果を加味してC型肝炎ウイルス感染症全体の自然経過を考える必要がある。

retrospective研究において,輸血から肝硬変までの期間はKiyosawaらが21年±9.6年,Tongらが21±10年,Takahashiらが24±9.0年と報告し,輸血から肝細胞がん合併までの期間はTongらが28±12年,Kiyosawaらが29±13年と報告している。各期間は報告者の間で極めて類似しており,C型慢性肝炎患者ではC型肝炎ウイルス感染から肝硬変進行まで約20年,肝細胞がん発生まで約30年,平均でかかることを示している。

輸血後急性肝炎発症後,長期間prospectiveに経過観察したいくつかの報告があり,これらの報告では,それぞれ61~135例の非A非B型又はC型肝炎例を7.6~16年経過観察している。慢性肝炎となった症例では,この観察期間で8~22%が肝硬変に進行し,0~1%が肝細胞がんを合併した。これらの成績からC型慢性肝炎発症後20年以内に肝硬変へ進行する症例が10~20%存在することが分かる。しかし,肝生検は比較的活動性の症例を中心に行われており,この点ではバイアスがかかっている。また,発症後20年以上の経過については不明である。

また,本論文は,prospective研究及びcohort研究として,Seeffらの研究,Kenny-Walshらの研究,Mullerらの研究(C型肝炎ウイルスに汚染されたRh免疫グロブリンで感染した152名の女性で,15年の経過で活動性肝炎又は肝硬変の所見が得られたのは1名だけであったと報告する。)を紹介している。もっとも,Seeffらの研究は対象者の平均年齢は観察開始時23歳と若年であり,これが良好な予後に影響した可能性は高いと指摘している。また,Kenny-Walshらの研究,Mullerらの研究については,予後が比較的良好である要因としては,若年での感染であること,全例女性であること,最初に入ったウイルス量が少ないことなどが考えられると指摘した上で,これらの報告は,C型肝炎ウイルス感染者を全体でとらえた場合,最初の20年で重症の肝病変を合併する症例は低率であることを示すとしている。

さらに,肝線維化ステージの進行速度の項目では,Poynardらによると,C型慢性肝炎患者の自然経過での線維化の平均進行速度は,0.133線維化スコア/yearと報告され,その後に報告されたShiratoriらの報告(0.10±0.02線維化スコア/year)及びTanakaら(0.11線維化スコア/year)の報告と一致していること,平均進行速度を0.1線維化スコア/yearとすると10年で1ステージ線維化が進む計算となり,実際の臨床感覚ともほぼ一致することが記載されている。

また,C型肝炎ウイルス感染と肝細胞がんの項目では,C型肝炎ウイルス感染と肝細胞がんとは強い関連性がみられること,Ikedaらは,有意に発がんと関連する因子として,肝線維化ステージ,γ-GTP値,輸血歴,アルブミン値,飲酒歴を指摘したこと,Yoshidaらは,性別,年齢,肝線維化ステージ,インターフェロン治療歴を有意な因子として指摘したこと,肝線維化ステージ別での肝細胞がんの発がん率(/人/年)はF0からF1で0~0.5%,F2で1~2%,F3で4~5%,F4で6~7%と考えられることなどが記載されている。

file_4.jpg池田健次(虎の門病院消化器科医長)「病態と予後」(「コンセンサス肝疾患2002」.平成14年4)(<証拠省略>)

C型肝炎ウイルスと肝細胞がん発がんにつき,大規模なC型慢性肝炎患者のcohortを無治療でprospectiveに観察した報告はほとんどないが,日本で組織学的に診断したC型慢性肝炎1500例のprospectiveな観察では,5年発がん率4.8%,10年発がん率13.6%,15年発がん率26.0%と報告されており,線維化の程度が強くなるほど発がん率が高くなることが示されていることが記載されている。

また,C型肝硬変症例からの肝細胞がん発がん率は年率5%から7%と推定されていることが記載されている。

file_5.jpg安田清美(医療法人社団静山会清川病院副院長)「無症候性キャリアーに対する措置」(「綜合臨牀」51巻6号・平成14年6月)(<証拠省略>)

C型肝炎無症候性キャリアと診断され,1~3か月ごとの検査間隔で5年以上経過観察し得ている71例について検討したところ,観察期間中を通してALTが持続正常であった例は36例(51%)であり,残りの35例(49%)は経過中にALTの異常が出現したこと,各年次での累積異常出現率は,1年次17%,2年次27%,3年次38%,4年次42%,5年次45%であったことなどからすると,無症候性キャリアの自然経過を5年余りにわたり観察すると,約半数にALT異常が出現し,この時点で無症候性キャリアから広義のC型慢性肝炎という臨床診断に変更せざるを得ないこと,したがって無症候性キャリアの約半数は初診から5年以内にALT異常が出現すると予測されるC型慢性肝炎予備群とみなすことができることなどが記載されている。

また,無症候性キャリア71例のうち,十分なインフォームドコンセントのもと肝生検を施行し得た24例の肝組織像をみると,正常肝と診断された例は3例(12%)にすぎず,ほかは慢性持続性肝炎11例(46%),軽度の慢性活動性肝炎10例(42%)であり,無症候性キャリアの多くは肝組織学的には何らかの慢性肝炎像を有しており,肝組織が正常肝であるものは少ないであろうということを示していることが記載されている。

file_6.jpg岩﨑良章(岡山大学第1内科)ら「慢性C型肝炎の自然史」(「臨床医」29巻5号・平成15年5月)(<証拠省略>)

Poynardらのretrospective研究では,未治療の慢性C型肝炎例における肝硬変への進展までの平均はおよそ30年であるが,1/3の症列では20年以下であり,他の1/3ではたとえ進展しても50年以上かかることが紹介されている。

肝組織の線維化進展速度については,F0からF4まで0.1から0.15単位/年であり,各線維化ステージから肝細胞がんを発がんする確率は,F1で0.4%,F2で2%,F3で5%,F4で8%である旨が記載されている。そして,Poynardらによれば,経時的な肝硬変への進展率は,感染時年齢に依存しており,特に40~50歳を境として進展率の違いが著明であることが記載されている。

file_7.jpg原田英治(国立療養所東京病院消化器内科)ら「ウイルス性肝炎の予後」(「医学のあゆみ」200巻1号・平成14年1月)(<証拠省略>),同人ら「ウイルス性肝炎の予後」(「別冊・医学のあゆみ ウイルス性肝炎の現況と展望」・平成15年7月)(<証拠省略>)

C型肝炎ウイルス感染の予後について,輸血後肝炎の発症からの経過を追ったprospective studyの報告結果が後記表1のとおり,retrospective studyによる肝硬変,肝がんへの進行についての報告が後記表2のとおり,それぞれまとめられている。

そして,輸血後感染初期からの経過からみたC型肝炎感染の予後の項目では,輸血後肝炎の発症からの経過を追ったprospective studyの報告結果をまとめると,肝硬変の進行は10~20年の経過で10~20%,肝がんの発症はわずか数%にすぎないこと,C型肝炎ウイルス感染後キャリアとなったものの30~40%では肝機能異常を呈しないものもみられるが,組織学的には80~90%に慢性肝炎の所見がみられることが多いこと,長期に経過を追うと20~30%にトランスアミラーゼの異常が出現するが,このような症例について5年以上の間隔2回の肝生検でみると自然経過で改善することはまれで緩慢な進行を呈し,50%程度に線維化の進展がみられていること,10~20年の期間でも,病変の進行は緩慢で軽い慢性の肝障害にとどまるものが多く,肝不全に陥るものは少ないと考えられることが記載されている。

また,慢性肝炎として発症した症例の長期的予後の項目では,肝障害を契機に発見されたC型慢性肝疾患のretrospective studyからみると,C型肝炎ウイルスに感染後15~20年で肝硬変,20~30年で肝細胞がんへと病変が進行すること,年平均の線維化率を計算すると,平均0.133/年(0.125~0.143/年)であったこと,この線維化の程度から計算される肝硬変への進展までの期間は約30年であったが,40歳以上で感染した男性では平均13年,40歳未満で感染した飲酒のない女性では平均42年と,背景因子により大きな差がみられていること,この結果から,33%は20年以内に肝硬変となる一方,31%は50年を経ても肝硬変へ進行しないことが予測されていることなどが記載されている。さらに,retrospective studyの報告では,肝硬変への進行は15年の累積で31.3%で,F1からは8.8%,F2からは15.3%,F3では67.7%と線維化の進展したものほど高率であること,慢性肝炎からの肝発がんは肝線細化の進展したものほど頻度が高率となり,15年間の累積肝細胞がん発症率は,F1で11.3%,F2で14.0%,F3で52.6%と線維化の進展とともにstepwiseに増加し,特にF3で著しいことが記載されている。

そして,肝病変の進行を促進する因子として,感染時の年齢が高齢(40歳から50歳),C型肝炎ウイルスゲノタイプ(1b),飲酒量,性差(男),肝組織における鉄沈着,肥満,B型肝炎ウイルスの関与が挙げられているとしている。

表1 C型肝炎ウイルス感染の予後:輸血後肝炎の発症から経過を追ったプロスペクティブ・スタディ

報告者

症例数

平均観察年

肝硬変への進行

肝がんの発症

肝疾患による死亡

Hopf

86

8.0

24.0%

NR

NR

Di Bisceglie

39

9.7

20.0

0%

6.0%

Tremoloda

135

7.6

15.6

0.7

3.6

Koretz

80

14.0

18~20

1.3

2.5

Mattson

66

13.0

8~11

NR

1.6

Kenny-Walsh

376

17.0

2.0

NR

NR

Seeff

568

18.0

NR

0.2

3.3

Gronbek

173

23.0

9.0

NR

13

Vgot*

67

19.8

1.4

0

0

NR:未調査,*:輸血時平均2.8歳の小児を対象。

表2 C型肝炎ウイルス感染の予後:慢性肝炎と診断されてからのC型慢性肝炎の予後(レトロスペクテイブ・スタディ)

報告者

症例数

平均観察年

肝硬変への進行

肝がんの発症

肝疾患による死亡

Takahashi

100

11.0

42.0%

19.0%

NR

Yano

155

8.7

30.0

15.0

NR

Roberts

57

10.0

8.0

NR

NR

Tong

131

4.0

46.0

10.6

15.3%

Poynard

2235

12.4

17.9

NR

NR

Ikeda*

1500

15.0

31.3

26

9.5

NR:未調査,*:累積進行率,発症率,死亡率。

file_8.jpgJunko Tanakaら“Natural Histories of Hepatitis C Virus Infection in Men and Women Stimulated by the Markov Model(マルコフモデルでシミュレートした男性及び女性でのC型肝炎ウイルス感染症の自然史)”(“Journal of Medical Virology”・平成15年7月:2003年)(<証拠省略>)

抗ウイルス療法を受けず,年1度以上検査を受けたC型肝炎ウイルスキャリア942例についてのデータセットを構築し,2251患者-年のデータに基づいて,1年間のうちに無症候性キャリア,慢性肝炎,肝硬変,肝細胞がんのうちいずれか二つの状態の間を遷移する確率を求め,40歳代,50歳代,60歳代のC型肝炎ウイルス感染症の六つのサブセット(男女での無症候性キャリア,慢性肝炎;肝硬変)から得られた確率マトリックスを用いて,C型肝炎ウイルス感染の長期アウトカムのシミュレーションを行ったところ,40歳の男性無症候性キャリアは,30年後の70歳になったときに無症候性キャリアにとどまる期待確率が2.6%,慢性肝炎への進行が48.4%,肝硬変が14.6%,肝細胞がんが34.4%であり,これと対照的に女性無症候性キャリアについては,それぞれ1.9%,45.3%,32.8%,20.0%であった。同様に,40歳で慢性肝炎に罹患している男性患者では,30年のうちに43.8%が慢性肝炎のままであり,15.0%が肝硬変に進行し,41.1%が肝細胞がんを発症すると予想され,女性患者でそれぞれ38.9%,32.7%,22.0%であったのと対照的であった。マルコフモデルによるシミュレーションと献血者の中からC型肝炎ウイルスキャリアと同定された患者153例の5年後アウトカムとを比較すると,マルコフモデルはC型肝炎ウイルス感染の推移をよくシミュレートできていることを検証できたと述べている。

file_9.jpg厚生労働省「C型肝炎について(一般的なQ&A)平成15年8月更新(改訂V版)」(<証拠省略>)

C型肝炎ウイルス持続感染者(C型肝炎ウイルスキャリア)の長期予後に関し,次のとおり記載されている。

C型肝炎ウイルスに感染している40歳以上の献血者100人を無作為に選び出すと,65~70人が慢性肝炎と診断される。また,献血を契機に発見された(自覚症状のない)C型肝炎ウイルス持続感染者(C型肝炎ウイルスキャリア)と抗ウイルス療法などの積極的治療を受けていなかった通院中のC型慢性患者計1428人の経過観察結果をもとに,数理モデル(マルコフの過程モデル)を用いて,C型肝炎ウイルス持続感染者(C型肝炎ウイルスキャリア)の自然史を検証した成績を見ると,C型肝炎ウイルス持続感染者(C型肝炎ウイルスキャリア)100人が適切な治療を受けずに70歳まで過ごした場合,10~16人が肝硬変に,20~25人が肝がんに進行すると予測されている。

file_10.jpg田守昭博ら「C型肝炎ウイルス感染症」(「ウイルス肝炎update」・平成17年6月)(<証拠省略>)

C型肝炎の自然史について,次のとおり記載されている。

C型肝炎ウイルス感染後,肝炎が発症した患者は20~30年の炎症持続の結果,肝硬変・肝がんに進展するといわれている。しかし,患者個々においては長期間トランスアミナーゼが正常値を維持する例もあり,病期の進展速度にはかなりのばらつきがある。Shiratoriらは,インターフェロン未投与のC型慢性患者を対象とし平均4.8年の間隔を置いて2度の肝生検を行い線維化の進行速度を0.10/年と算出している。線維化の進行速度に最も影響を与えるものは患者の年齢であり,年齢が進むにつれ,恐らく50歳を過ぎるころから急速に肝線維化が進展すると考えられている。その他,アルコール多飲や血清トランスアミナーゼ高値例,男性が線維化進展の危険因子とされている。線維化の各ステージにおける累積発がん率は,F1で0.5%,F2で1~2%,F3で3~4%,F4で7~8%であり,肝疾患の進展に伴い発がんのリスクは高くなる。

file_11.jpg飯野証言・飯野意見書(2)

C型肝炎ウイルスに感染した場合に持続感染になる割合は60%~70%であり,持続感染者が慢性肝炎になる割合は約70%である。慢性肝炎から肝硬変へは,年率2から3%で進展し,肝硬変に移行する期間は肝炎感染から10年から40年程度であり,肝硬変における肝がんの発症は年率6から7%である。若年時に感染した場合は肝炎が途中で休止している状態があり,肝炎が進行しないように見えるが,加齢とともに進展も早まる。一般的には進展が速まるのは50歳を過ぎてからである。海外のプロスペクティブ研究のデータについては,肝炎の進展が早くなる50歳に達した時点での観察結果が含まれていないこと,調査期間が短く,対象集団も若年者が多いこと,我が国におけるC型肝炎ウイルスキャリアは健康診断や献血で早期に無症状のまま発見されるのが大部分であることから,レトロスペクティブ研究においても予後を悪くするというバイアスが働く傾向が小さいことなどを考慮する必要がある。

file_12.jpg日本肝臓学会編「慢性肝炎の治療ガイド 2006」(平成18年1月)(<証拠省略>)

C型慢性肝炎の自然経過について,次のとおり記載されている。

C型肝炎の予後は,病院受診者を対象とした研究と一般住民を対象とした研究で大きく異なる。hospital-based studyでは,C型肝炎ウイルスキャリアは感染後平均10年,21年,29年で,それぞれ慢性肝炎,肝硬変,肝細胞がんに進展したと報告された。population-based studyでは,ほとんど肝機能正常あるいは軽度異常にとどまり,性・年齢を合致させた一般健常人の予後と差を認めない。

C型肝炎ウイルス感染から20年後に肝硬変に進展する頻度はおおよそ10~15%,C型肝炎ウイルスキャリアのうち最終的に肝疾患で死亡するのは20%前後と推定されている。

肝硬変に進展する危険因子は高齢初感染(>40歳),男性,飲酒(>50g/日)などである。

0を正常,4を肝硬変とした場合のC型慢性肝炎の肝線維化進展率は0.10/年から0.133/年と報告されている。

ALT正常の無症候性キャリアの線維化進展率は0.05/年であり,ALT異常(0.13/年)より有意に緩徐である。ALT正常例が肝硬変へ進展するには平均50~60年以上かかると試算されている。

肝硬変に進展すると肝細胞がんを合併する危険性が高くなり,年間5~8%で肝発がんが認められる(男性が女性より高率)。

イ  検討

以上の文献等及び証拠(<証拠省略>)を総合すれば,C型肝炎ウイルス感染後の病態の進展率については,以下のとおりであると認められる。

(ア) レトロスペクティブ研究は,ある時点におけるC型肝炎ウイルス感染者について感染時にまでさかのぼってその経過を観察する研究方法である。プロスペクテイブ研究はC型肝炎ウイルス感染者について感染時点から将来に向かって経過を観察する研究方法である。コホート研究は,属性(例えば年齢,職業,民族など)を同じくする集団,あるいは同じ外的条件に曝露(例えばC型肝炎ウイルス感染)された集団をコホートといい,これを長期間にわたり追跡調査し,その特性を他のコホート(例えばC型肝炎ウイルス非感染者)と比較する研究であり,調査着手時点によりレトロスペクティブ研究とプロスペクティブ研究に分かれる。

一般に,レトロスペクティブ研究については,調査対象が症状の進行した者,あるいは通院している者のように重篤な症状を示している患者に偏りがちとなるところに研究手法としての限界があり,自然治癒した者,症状が出ていない者,C型肝炎ウイルスの感染状態が評価される以前に別の疾患で死亡した者などが含まれないことから,感染者全体における長期的な予後を正確に把握することができないとの批判がある。

他方で,プロスペクティブ研究については,感染者全体の予後を把握するのに適切な方法ではあるが,C型肝炎ウイルス感染のように進展に長期間を要し,しかも高齢になると進展率が高まるような疾患については,観察期間が不十分となり,これに基づく予測についても,全期間を反映しておらず不正確であるとの批判がなされている。

また,プロスペクティブ研究の観察期間の不十分さを補い,C型肝炎ウイルス感染の長期予後をシミュレートする研究として,マルコフ数理モデルを用いたシミュレーションが行われているところ,C型肝炎ウイルス患者の自然経過との比較においてC型肝炎ウイルス感染の推移をよくシミュレートできていると報告されており(前掲file_13.jpg),無症候性キャリア及び慢性肝炎患者の自然経過における長期予後の予測として信頼できるものと認められる。

以上によれば,C型肝炎ウイルス感染後の病態の進展率については,感染者全体の予後を把握するのに適切な方法であるプロスペクティブ研究を基本としつつ,マルコフ数理モデルによるシミュレーション及びレトロスペクティブ研究の結果をも加味して考察するのが相当というべきである。

(イ) 無症候性キャリアから慢性肝炎への進展率

「無症候性HCVキャリアーの長期フォロー症例」(<証拠省略>)によれば,無症候性キャリアの予後は一般に良好であるとされている。しかし,① この研究はフォロー期間が平均6.2年にすぎないものであること,② C型肝炎無症候性キャリアの自然経過を5年余りにわたり観察したプロスペクティブ研究(前掲file_14.jpg)によると,約半数にALT異常が出現し広義のC型慢性肝炎に移行するとされていること,③ マルコフ数理モデルを用いたシミュレーション(前掲file_15.jpg)によれば,40歳の男性無症候性キャリアは,30年後の70歳になったときに無症候性キャリアにとどまる期待確率が2.6%,慢性肝炎への進行が48.4%も,肝硬変が14.6%,肝細胞がんが34.4%であり,女性の無症候性キャリアは,それぞれ1.9%,45.3%,32.8%,20.0%であるとされていることからすれば,無症候性キャリアが一般に予後良好であるとはいえず,5~30年の間に,かなりの割合で慢性肝炎又はより重篤な病態に進展し得るものとみるのが相当である。

(ウ) 慢性肝炎から肝硬変への進展率

C型肝炎の長期的予後に関するレトロスペクティブ研究では,C型肝炎が基本的に進行性の疾患であり,C型慢性肝炎患者では,C型肝炎ウイルス感染から約20年で肝硬変,約30年で肝細胞がんを発症し得ることなどが示された。

しかし,レトロスペクティブ研究の前記のような問題点が指摘されるとともに,プロスペクティブ研究やコホート研究が実施されるようになり,C型肝炎ウイルスに感染しても肝機能が長期間正常な患者も多く認められるなど,必ずしもレトロスペクティブ研究で報告されたように予後の悪い集団ばかりではないことが明らかになった。輸血後急性肝炎の発症後,長期間プロスペクティブに経過観察した複数の報告では,61~135例の非A非B型又はC型肝炎例を7.6~16年経過観察したところ,慢性肝炎となった症例では8~22%が肝硬変に進行し,0~1%が肝細胞がんを合併したとされ,C型慢性肝炎発症後20年以内に肝硬変へ進行する症例が10~20%であることが示された。もっとも,これらのプロスペクティブ研究については,一般に病態の進展が遅いとされる若年者や女性を対象者に限っているなどの問題点が指摘されている上,観察期間が短く,発症後20年以上の予後が明らかとなっていないという限界がある。

この点,マルコフ数理モデルを用いたシミュレーション(前掲file_16.jpg)によれば,40歳で慢性肝炎に罹患している男性患者は,30年のうちに15.0%が肝硬変に進行し,41.1%が肝細胞がんを発症すると予想され,同じく女性患者は,30年のうちに32.7%が肝硬変に進行し,22.0%が肝細胞がんを発症するとされており,40歳の慢性肝炎患者が30年経過後の70歳になると高率に肝硬変,肝細胞がんに移行することが示されている。また,厚生省が作成した「C型肝炎について(一般的なQ&A)」(前掲file_17.jpg)においても,C型肝炎ウイルス持続感染者の予後に関し,マルコフモデルを用いた報告を紹介しており,これによると40歳のC型肝炎ウイルスキャリア100人が適切な治療を受けずに70歳まで過ごした場合,10~16人が肝硬変に,20~25人が肝がんに移行すると予測されているとしている。

(エ) 肝硬変から肝細胞がんへの進展率

前記の文献等によれば,肝硬変から肝細胞がんを発症する率については,年率5~8%であるとされている。また,社団法人日本肝臓学会の肝がん白書(<証拠省略>)によれば,C型肝硬変からの累積発がん率は,3年10.4%,5年21.5%,10年53.2%,15年75.2%であり,経過年とともにほぼ直線的に上昇するとされている。

そして,肝細胞がんを発症した場合の未治療の5年生存率は9%(昭和62年から平成元年の肝細胞がん患者による。)とされている(<証拠省略>)。

以上によれば,肝硬変の症状にある患者は,少なくとも年5%の割合で肝細胞がんを発生し,発症後は5年以上生存率は極めて低いものと認められる。

第3C型肝炎に対する治療効果

C型肝炎の治療には,肝細胞からC型肝炎ウイルスの排除を目的とする原因療法としての抗ウイルス療法(インターフェロン療法)と,肝炎の炎症を抑え,肝細胞の変性,壊死,線維化の進展阻止を目的とする対症療法としての肝庇護療法とがあるが,後掲各証拠によれば,それぞれの治療効果については以下のとおりであると認められる。

1  抗ウイルス療法(インターフェロン療法)

インターフェロン療法の治療効果については,今日,ペグインターフェロンとリバビリンの併用療法が最も有効であるとされている。

ペグインターフェロンとリバビリンの併用療法は,欧米では以前からC型肝炎に対する標準的治療法とされていたが(<証拠省略>),我が国においても現在では第一選択の治療法となっている(<証拠省略>)。ペグインターフェロンとリバビリンの併用療法は,治療抵抗性とされるC型肝炎ウイルス遺伝子型1かつ高ウイルス量の慢性C型肝炎患者においても高いウイルス消失効果を示すとともに,従来型のインターフェロンに比較して副作用の少ない治療法であるとされている(<証拠省略>)。

我が国では,平成16年10月22日にペグインターフェロンα-2b(ペグイントロン)とリバビリン(レベトール)との通常48週間の併用療法が,インターフェロン療法の効果が得にくいとされる「セログループ1(ジェノタイプ(遺伝子型)Ⅰ(1a)又はⅡ(1b)で血中HCV-RNA量が高値の患者」を対象に承認され,同年12月8日より保険適用となった(<証拠省略>)。臨床試験成績によれば,ペグインターフェロンα-2bとリバビリンとの48週間の併用療法による遺伝子型1bかつ高ウイルス量(≧105IU/ml)の患者におけるウイルス消失率(投与終了24週間後における持続消失率)は47.6%(121/254)とされている(<証拠省略>)。

また,平成17年12月22日には,ペグインターフェロンα-2b(ペグイントロン)とリバビリン(レベトール)との通常24週間の併用療法の「セログループ1(ジェノタイプⅠ(1a)またはⅡ(1b)で血中HCV-RNA量が高値の患者」以外の患者,すなわち,セログループにかかわらず「血中HCV-RNA量が高値の患者」及び「インターフェロン製剤単独療法で無効の患者又はインターフェロン製剤単独療法後再燃した患者」への適応が承認された(<証拠省略>)。臨床試験成績によれば,ペグインターフェロンα-2bとリバビリンとの24週間の併用療法による遺伝子型1bかつ高ウイルス量(≧105IU/ml)以外の患者におけるウイルス消失率(投与終了24週間後における持続消失率)は87%(55/63)とされている。また,以前インターフェロン単独療法を受けHCV-RNAがいったん陰性化した後再び陽性となった再燃例の完全著効率については,インターフェロンα-2bとリバビリン併用群では81例中42例(51.9%)であるのに対し,ペグインターフェロンα-2bとリバビリン併用群では91例中57例(62.6%)であり,特に後者で高い効果が得られている(<証拠省略>)。

このように,現在では,ペグインターフェロンα-2bとリバビリン併用療法は,① 血中HCV-RNA量が高値の患者,② インターフェロン製剤単独療法で無効の患者又はインターフェロン製剤単独療法後再燃した患者のいずれかのC型慢性肝炎におけるウイルス血症の改善が適応となっており(<証拠省略>),我が国のC型慢性肝炎患者の約9割以上の治療に使用可能であるとされている。

飯野は,ペグインターフェロン・リバビリン併用療法の適応により,C型慢性肝炎患者全体におけるウイルス排除率は約70%に改善するとしており(<証拠省略>),(セロ)グループ1の低HCV-RNA量の患者では6~12か月間(24~48週間)のペグインターフェロンやインターフェロン単独療法あるいはこれらインターフェロンとリバビリンの併用療法により70~80%のウイルス排除率が,(セロ)グループ2の低HCV-RNA量の患者では6か月間(24週間)のペグインターフェロンやインターフェロン単独療法により80~90%のウイルス排除率が得られるとしている(<証拠省略>)。

現在,リバビリンとの併用療法が承認されているペグインターフェロン製剤は,ペグインターフェロンα-2b(ペグイントロン)のみであるが,ペグインターフェロンα-2a(ペガシス)とリバビリン(コペガス)との併用療法の臨床試験も実施され既に終了しており。ペグインターフェロン・リバビリン併用療法の選択肢が増えることが期待されている(<証拠省略>)。その第Ⅲ相で行われたジェノタイプ1b・高ウイルス量を対象にしたペグインターフェロンα-2a単独療法との比較試験の結果によると,ペグインターフェロンα-2aとリバビリンとの併用療法のウイルス排除率は59%で,ウイルス量別にみると,ウイルス量500KIU/ml以上,850KIU/ml未満の患者で66%,850KIU/ml以上で56%の著効率が報告されている(<証拠省略>)。

さらに,新しいペグインターフェロン・リバビリン併用療法として,従来のイントロンAとリバビリンとの併用療法に加え,現在,コペガス,YM643という新薬の治験が行われているほか(<証拠省略>),投与回数の更なる削減を図るAlbuferonやリバビリンの副作用を除去したLevovirinなど,更なる新薬の開発も行われており(<証拠省略>),今後一層の治療効果の向上が期待される。

2  肝庇護療法

C型肝炎ウイルスの排除に至らなくとも,肝機能数値の正常化のため,対症療法として,強ミノ,ウルソ,小柴胡湯の投与のほか,瀉血療法が採られているが,強ミノ単独あるいはウルソと併用すれば,70%から80%の例でALT値を50IU/l以下に維持できると報告されている(<証拠省略>)。また,瀉血療法では,約3分の2のC型肝炎ウイルス感染者でALT値に低下が見られるなど,その効果は比較的高いが,瀉血療法は保険適用外である(<証拠省略>)。そして,ALT値が正常となった場合には,あるいは上限の2倍以内となった場合には,上記のIFN治療と同様,線維化の進展率や肝細胞がんの発生の危険性が低下するとされている(<証拠省略>)。

第4C型肝炎ウイルス感染による精神的苦痛等

前記のとおり,C型肝炎ウイルスの持続感染者は,同ウイルスが排除されない限り,最終的に肝硬変,肝細胞がんにまで病態が進行する可能性を有しているから,常に自己の予後に対する不安感を抱きながら生活せざるを得ない。また,重い病状にあっては,病気や治療上の苦痛や副作用を味わい,入院を余儀なくされ,あるいは仕事や家事,育児を含めた労務が制限される。身体症状が無症状又は軽微であっても,将来の不安等の心理的負担による心因反応により,全身倦怠感,易疲労感,食欲不振,腹部不快感などの非特異的症状を訴えることがあり,また,治療を選択すれば苦痛や副作用を味わうことになり,それらによって仕事や家事を含めた労務が制限される場合がある。また,C型肝炎ウイルスが感染症であることから,同ウイルス感染者は,近親者や第三者への感染を避けようとして,他人との交流や日常生活における様々な場面で消極的ないしは抑制的な行動をとりがちとなる。また,C型肝炎ウイルスに対する誤解もあり,社会生活上,同ウイルス感染の危険性を過度に警戒されたり,同ウイルス感染者であることを理由に不当な差別を受けることもある。さらに,将来にわたり治療費や入通院費用等の医療関係費の出費を余儀なくされ,また,治療に要する時間的,肉体的負担により,職種や労働の内容,労働時間等が制限され,場合によっては休職や退職を余儀なくされることもある。その間,家族が相応の負担を強いられることもあり得るところである。

第5基本的な損害額

1  無症候性キャリア患者

前記認定の無症候性キャリアの病態と予後,治療効果,身体的,精神的苦痛,財産的損失など,本件に現れた一切の類型的事情をしんしゃくすれば,C型肝炎ウイルスに感染して現在無症候性キャリアの状態にある原告に生じた損害は,基本的に慰謝料1000万円相当であると解するのが相当である。

2  慢性肝炎患者

前記認定のC型慢性肝炎の病態と予後,治療効果,身体的,精神的苦痛,財産的損失など,本件に現れた一切の類型的事情をしんしゃくすれば,C型肝炎ウイルスに感染して現在慢性肝炎の状態にある原告に生じた損害は,基本的に慰謝料2000万円相当であると解するのが相当である。

3  弁護士費用

弁護士費用については,上記で認定した各病態における各損害額の1割をもって相当と認める。

第5章除斥期間

既に説示したとおり,本件において過失責任が認められるのは,Aのフィブリノゲン製剤(乾燥加熱製剤)に関する,昭和62年4月22日から昭和63年2月末日ころまでの間の指示・警告義務違反のみである。

そして,原告らのうちこの間に同製剤の投与を受けたと主張する者は原告番号1番及び同4番であるところ,同原告両名がそれらの投与を受けたとする日から本件訴訟提起時(原告番号1番は平成15年5月21日であり,同4番は同年11月7日である。)までに20年を経過していないことは明らかである。

そうである以上,除斥期間の起算点や除斥期間の適用を排除すべきかどうかの争点を判断するまでもなく,同原告両名の損害賠償請求権が除斥期間の経過によって消滅したと認めることはできないことになる。

また,その余の原告らとの関係では,製薬会社の義務違反や厚生大臣の違法な権限の行使あるいは不行使等の認められないことは第1章において説示したとおりである。

したがって,当裁判所は,除斥期間についての判断を示すことはしない。

第5編当裁判所の判断(各論)

(表記について 以下の記載では,受診した医療機関名及び診療に当たった医師の氏名を符号で記載し,その内容については別紙「病院名等読替え表」<省略>に固有名詞を記載した。なお,医療機関は病院,医院等の別なく「病院」と記載した。)

第1原告番号1番

1  前提事実

次の事実は,当事者間に争いがないか,原告番号1番の陳述書(<証拠省略>),同原告本人尋問の結果のほか,<証拠省略>の全趣旨により認めることができる。

(1)  原告番号1番の生年月及び性別

原告番号1番は,昭和28年5月生まれの女性である。

(2)  フィブリノゲン製剤の投与に至る経緯及び投与直後の状況等

ア  フィブリノゲン製剤の投与に至る経緯

原告番号1番は,昭和62年8月9日,P病院に入院し,三女を出産した(以下,原告番号1番については,この出産を「本件出産」という。)が,子宮収縮不良で総出血量1140gの産後出血があったことから(<証拠省略>),同日,フィブリノゲンHT-ミドリ1本(フィブリノゲン1g)を投与され(<証拠省略>),濃厚赤血球1パックの輸血を受けた(<証拠省略>)。

イ  投与直後の状況等

(ア) 原告番号1番は,昭和62年8月18日,P病院を退院した(<証拠省略>)。

同原告は,同年10月ころ,家事の最中に,体がふわふわとする感覚を初めて経験し,39℃を超える発熱があったことから,P病院を受診したが,医師からは風邪であると言われ,血液検査などはされなかった。同原告は,風邪薬を飲んで安静にしていたが,余り熱は下がらず,ふわふわした感覚が続き,鏡を見ると目や顔の色が黄色っぽく見えた(これらの点につき,被告Y2及び同Y3は,これを認定するに足る診断書等の資料がない旨指摘する。しかし,原告番号1番の本人尋問における供述は具体的で,十分信用できる。)。

(イ) 原告番号1番は,続いてH病院を受診し,出産時に輸血を受けたことから肝炎が心配である旨を伝えたが,血液検査はなく,風邪と診断され,P病院とは別の風邪薬を処方された。その後も同原告の体調は回復せず,慢性の疲労感に悩まされ続け,起床が困難なこともあった。

(3)  C型肝炎と判明した経緯及びその後の状況等

ア  原告番号1番は,平成2年,町が実施した健康診断の肝機能検査で初めて要検査となり,O1病院で検査を受け,医師からC型肝炎ウイルスの感染を告げられた(この点につき被告Y2及び同Y3は,同病院の診療録には同原告の初診日が平成13年7月9日と記載されているので,これより前に同病院でC型肝炎ウイルスの感染を告げられたはずはない旨主張する。しかし,平成2年に同病院で上記の感染を告げられたとする同原告本人の供述は,具体的で,特に不自然,不合理な点はない上,平成10年及び平成12年に後記のとおりC型肝炎ウイルス型の検査を受けている事実もあるので,十分に信用できる。)。

イ  同原告は,ウイルス量が多いことなどから,インターフェロン治療を断念し,以後,近隣のO2病院で経過観察を続けたが,疲れやすいなどの体調不良が続いた。

ウ  同原告は,平成10年5月にL病院で,平成12年10月にはN病院で,検査を受けた。L病院ではインターフェロン治療が効かないウイルスタイプであるとされたが,N病院ではウイルスタイプはグループ2であるとされた。しかし,ウイルス量が多いためインターフェロン治療は勧められなかった。

エ  同原告は,平成13年6月から,M病院で経過観察を受け,同年7月9日,同病院の紹介によりO1病院で再度検査を受けた(<証拠省略>)。検査の結果,AST(GOT)は21,ALT(GPT)は26といずれも正常の範囲内であったが,C型肝炎ウイルスーRNA量が850KIU/ml以上あり,セロタイプがグループ2で,C型肝炎の無症候性キャリアであると診断された(<証拠省略>)。このときも,ウイルス量が多いこと,肝機能値が安定していることから,インターフェロン治療は積極的には勧められず,引き続き経過観察となった。

オ  同原告は,平成15年2月1日にM病院で受けた血液検査でGOTは22,GPTは23といずれも正常範囲内にあり,腹部エコー検査では肝は辺縁シャープで腫瘍像などは認めない状態であった(<証拠省略>)。

カ  同原告の同年4月21日の診断名は無症候性キャリアである(<証拠省略>)。

キ  同原告は,現在も経過観察を続けている。

(4)  原告番号1番は,本件出産時を除き,輸血を受けた経験はない。

2  注意義務違反の争点に対する当裁判所の判断

(1)  被告Y2及び被告Y3関係

原告番号1番は,昭和62年8月9日,乾燥加熱製剤であるフィブリノゲンHT-ミドリを1本投与されている。

総論において判断したとおり,Aには,昭和62年4月22日時点で,乾燥加熱製剤が非A非B型肝炎の発症危険性を排除できない旨の副作用情報の提供を怠ったなどの指示・警告義務違反があり,同年8月9日当時,副作用情報の提供義務違反の違法状態が継続していたものである。

同原告が主張するAのその余の過失については,これを認めることはできない。

(2)  被告国関係

総論において判断したとおり,厚生大臣には,原告番号1番の主張する違法な権限の行使又は不行使等は認められない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告国に対する請求は理由がない。

3  その他の争点及び当事者の主張

(1)  因果関係の存否

ア  原告番号1番の主張

原告番号1番は,昭和62年8月9日に乾燥加熱製剤を投与され,その約2か月後の同年10月には,倦怠感,発熱等の症状が出て,その後このような症状が一定期間継続し,慢性の疲労感に悩まされ続けた。乾燥加熱製剤の投与前にこうした症状はなかった。また,同原告は,上記フィブリノゲン製剤の投与後は,輸血や他の血液製剤の投与を受けていない。

したがって,上記乾燥加熱製剤の投与と原告番号1番のC型肝炎ウイルス感染との間に因果関係が認められる。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

次の事実があるから,原告番号1番のフィブリノゲン製剤の投与とC型肝炎ウイルス感染との間の因果関係が高度の蓋然性をもって証明されたとはいい難い。

(ア) 原告番号1番は,昭和62年10月ころ,高熱が出て,目も顔色も黄色かったと述べているが,診療録等が一切ない上,最初に診察を受けた病院で風邪の診断を受け,次に診察を受けた産婦人科では輸血のため肝炎が心配である旨を告げたにもかかわらず風邪の診断を受けたというのであるから,そのころ肝炎に罹患したとは考え難い。

(イ) 同原告は,フィブリノゲン製剤の投与から肝炎罹患が判明するまでに何らかの原因でC型肝炎ウイルスに感染した可能性も十分考えられる。

(ウ) 同原告はフィブリノゲン製剤が投与されたのと同じ日に濃厚赤血球1パックの輸血を受けているから,これによるC型肝炎ウイルス感染の可能性を否定できない。

ウ  被告国の主張

(ア) 原告番号1番は,出産後の体調につき,「ふわふわ感」があるとか,「疲れやすくなった」などと供述し,これらの心身の不調をもってC型肝炎に感染した根拠の一つとするようである。しかし,無症候性キャリアは通常何の症状も呈しないものであり,他方,全身倦怠感や易疲労感等の症状は様々な身体疾患によって生じ得るものである。同原告は,C型肝炎以外に,発作性上室性頻拍症(PSVT),十二指腸潰瘍等で受診を繰り返しているから,仮に,当時心身の不調があったとしても,C型肝炎以外の疾病に起因する可能性が高い。

(イ) 同原告は,フィブリノゲン製剤の投与とともに濃厚血液1パックの輸血を受けているが,これによるC型肝炎感染の可能性のないことの立証はないから,フィブリノゲン製剤の投与とC型肝炎ウイルス感染との因果関係の立証がない。

(2)  損害

ア  原告番号1番の主張

(ア) 原告番号1番は,現在C型慢性肝炎を発症しており(仮にそれが認められないとしても無症候性キャリアである。),C型肝炎ウィルス感染による損害額は6000万円を下らない。

(イ) 弁護士費用は,上記損害額の1割である600万円が相当である。

(ウ) 以上によれば,原告番号1番の損害は合計6600万円である(ただし,本件訴訟では内金3300万円を請求する。)。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

(ア) 原告番号1番の主張は争う。

(イ) 同原告は,本件訴訟の口頭弁論終結日の12日前に提出した準備書面において,突如として請求の原因を変更し,同原告が慢性肝炎であると主張した。しかし,この新主張は故意又は重大な過失により訴訟の完結を遅延させる主張であるから,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。

ウ  被告国の主張

(ア) 原告番号1番の主張は争う。

(イ) 我が国における慢性肝炎の診断基準である新犬山分類の基準に照らすと,原告番号1番は慢性肝炎ではなく,無症候性キャリアである。

無症候性キャリアは,特に病態の進行が緩やかであり,長期間経過後も慢性肝炎,肝硬変,肝がんに進行するとは限らない。また,同原告が昭和62年8月9日のフィブリノゲン製剤の投与時点でC型肝炎ウイルスに感染したとすると,同原告は感染から約15年以上も無症候性キャリアであって,現在,肝機能の異常もなく経過しており,今後も病態の進行が特に緩やかである可能性がある。

4  その他の争点に対する当裁判所の判断

被告Y2及び同Y3との関係で,以下に判断する。

(1)  因果関係の存否

ア  乾燥加熱製剤の使用により原告番号1番がC型肝炎ウイルスに感染したかどうか(因果関係の第1要件)について

(ア) C型肝炎ウイルスの感染時期

被告Y2及び同Y3は,原告番号1番が昭和62年10月ころの体調不調の際,二つの病院で風邪との診断を受けたとの事実から,同原告の当時の体調不調は風邪であり,C型肝炎ウイルスに感染した時期はそれより後であると主張する。

しかし,血液検査などの鑑別検査をしないで風邪と診断されたことは,当時C型肝炎ウイルスに感染していたと認定することの妨げとなるものではないし,医師が輸血による肝炎の懸念を聞きながら血液検査をしなかったことが,既にC型肝炎ウイルスに感染していたと認定することの妨げとなるものでもない。

(イ) 輸血の併用

原告番号1番が平成2年にC型肝炎ウイルス感染の診断を受けたこと及び同原告が昭和62年8月の本件出産時に乾燥加熱製剤1本と濃厚赤血球1パックの輸血を受けたことは,前提事実に記載のとおりである。また,同原告本人尋問の結果によれば,同原告は,本件出産時から平成2年にC型肝炎ウイルス感染が判明するまでの間,同ウイルスに感染する危険のある事象にさらされたことのないことが認められる。

(ウ) 乾燥加熱製剤とC型肝炎ウイルス感染の因果関係の存在

総論において判断したとおり,乾燥加熱製剤の最終製剤には,感染力のあるC型肝炎ウイルスがヒトに感染し得る数量だけ残存していたものがあるところ,原告番号1番へ投与された最終製剤が十分に不活化処理されたものであることの証拠はないので,同原告へ投与された製剤は不活化処理が不十分なものであったと認めることができる。しかるところ,同原告のC型肝炎ウイルス感染が乾燥加熱製剤によるものでないことをうかがわせる事実はない。

したがって,原告番号1番のC型肝炎ウイルス感染は乾燥加熱製剤によるものであると認めるのが相当である。

イ  指示・警告義務違反がなければ乾燥加熱製剤の投与がなかったかどうか(因果関係の第2要件)について

(ア) 昭和62年4月には,新聞,テレビ等で,フィブリノゲン製剤であるHBIG製剤による非A非B型肝炎発症が報道され,これに続き,Aが,全医療機関を回って同製剤の回収行為をした。これによって,医師らは,そのころ,HBIG製剤からは実際に非A非B型肝炎が発生する危険性があることや,その危険性はできる限り避けるべきことについての認識を新たにした。

しかし,同じフィブリノゲン製剤である乾燥加熱製剤については,HBIG製剤に代わるものとして発売された経緯がある上,その添付文書には,冒頭で,60℃96時間の加熱処理がされていて,マーカーとして用いた各種病原ウイルスはいずれも検出限界以下であるとして,それらのウイルスについては乾燥加熱処理による不活化効果が十分に得られた旨の記載がある一方,非A非B型肝炎が発症する危険性については一般論として記載するにとどまり,当該乾燥加熱製剤から非A非B型肝炎が発症する危険性を排除できないことの明確な記載がなかった。

これらの事実によると,昭和62年8月当時,乾燥加熱製剤を使用する医師は,同製剤から非A非B型肝炎が発症する危険性は一般論の域にとどまり,具体的なものでないと認識していたと推認できる。

(イ) 原告番号1番は,本件出産の際,子宮収縮不良で総出血量1140gの産後出血があり,乾燥加熱製剤1本(すなわち,フィブリノゲン1g)と濃厚赤血球1本の投与を受けた。この乾燥加熱製剤1gの使用量は,その添付文書に通常の用量として記載された1回3gから8gを下回る少量であったし,文献「今日の治療指針」の1979年版(昭和54年)から1987年版(昭和62年)(別紙「フィブリノゲン製剤関係文献リスト」<省略>第2の117ないし124)がフィブリノゲンを投与すべき疾患や症状に投与する量として推奨した数値からも外れる少量であった。

また,フィブリノゲン1gを新鮮血で代替するには500mlから600ml,新鮮凍結血漿で代替するには160ml程度が想定されるのであり,こうした代替措置やその他の治療法を選択する余地も相当あったものと解される。

以上によれば,乾燥加熱製剤は非A非B型肝炎が発症する危険性を排除できないことの情報が添付文書等でされていれば(すなわち,この点の指示・警告義務違反がなければ),医師は原告番号1番へ乾燥加熱製剤1本を投与することはなかったと推認することができる。

(2)  損害

ア  時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきか

被告Y2及び同Y3は,原告番号1番が慢性肝炎であるとの主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきであると主張する。

そこで検討するに,記録によれば次のことが明らかである。

原告番号1番は,平成15年5月21日,原告番号2番及び同3番とともに第1事件の訴えを提起し,以後,自己の病状につき一貫してC型肝炎の無症候性キャリアであると主張してきた。

しかし,同原告は,平成19年4月2日付け原告準備書面24(不陳述)において,同年3月2日にC型慢性肝炎であるとの診断を受けたとして,同原告の損害額は慢性肝炎を前提とすべきであるとの主張を記載し,さらに,同月16日付けの原告準備書面24(平成19年4月16日の第20回口頭弁論期日で陳述)において,同原告は現在ではC型慢性肝炎を発症したので損害額はこれを前提とすべきである旨主張した。

以上の事実によれば,原告番号1番の慢性肝炎であるとの主張は,本件口頭弁論終結の直前にされた新たな主張ではある。しかし,同原告は,C型慢性肝炎であることの診断を同年3月に受けたと主張するもののようであるから,これを前提とする限り,同原告の慢性肝炎であるとの主張はこの診断を受けて初めて可能となったものであって,同原告がそれより前の適切な時期にこの主張をすることは期待できなかったと解される。

これによると,同原告には慢性肝炎の主張が上記の時点となったことにつき故意又は重大な過失があったと認めることはできないから,この主張が時機に後れた攻撃防御方法であると認めることはできないことになる。

したがって,これが時機に後れたとしてその却下を求める同被告らの主張は理由がない。

イ  原告番号1番は慢性肝炎か

<証拠省略>によるも,同原告が慢性肝炎であることを認めるべき資料はない。

前記の前提事実によれば,原告番号1番は,現在も無症候性キャリアであると認められる。

ウ  損害額

総論において判断した無症候性キャリア患者の基本的損害額に,原告番号1番の一切の事情を考慮すると,原告番号1番がC型肝炎ウイルス感染によって受けた損害は慰謝料1000万円相当であり,また,この感染と相当因果関係のある弁護士費用は100万円をもって相当と認められる。

5  結論

被告Y2及び同Y3がAの債務をそれぞれ承継したことは,前提となる事実に記載のとおりである。

以上によれば,原告番号1番の被告Y2及び同Y3に対する不法行為に基づく損害賠償請求は,同被告らに,連帯して1100万円及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達の日の翌日)である平成15年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,被告国に対する請求は理由がない。

第2原告番号2番

1  前提事実

次の事実は,当事者間に争いがないか,原告番号2番の陳述書(<証拠省略>),同原告本人尋問の結果のほか,後掲各征拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。

(1)  承継前原告の生年月及び性別等

ア  原告番号2番の承継前原告(以下「承継前原告」という。)は,昭和3年11月生まれの男性である。

イ  原告番号2番は承継前原告の妻である。

(2)  フィブリノゲン製剤及びPPSB-ニチヤクの投与に至る経緯等

ア  承継前原告は,昭和60年2月13日,R病院において,胃がん及び直腸がんの治療のため胃亜全摘術及び直腸切断術を受けた(以下,原告番号2については,この手術を「本件手術」という。)ところ,1035mlの出血があった(<証拠省略>)。同原告は,同日から同月14日にかけて,フィブリノゲン製剤(商品名不明)2本及びPPSB-ニチヤク2本の投与を受けた(<証拠省略>)。

同原告は,同月13日から同月17日までに,保存血5パック(<証拠省略>),新鮮凍結血漿6本(<証拠省略>)及び濃厚赤血球5本(<証拠省略>)の各投与を受けた。

同原告へフィブリノゲン製剤及びPPSB-ニチヤクの投与並びに輸血等をしたのは,R病院のR1医師及びR2医師であった(<証拠省略>)。

イ  同原告は,同年4月4日ころに急性肝炎を発症したが,同年5月3日には肝炎も軽快し,同病院を退院した(<証拠省略>)。上記急性肝炎は術後肝炎と診断されたが,肝炎の種類を明らかにする検査は行われなかった(<証拠省略>)。

(3)  C型肝炎と判明した経緯及びその後の状況等

ア  承継前原告は,本件手術後,R病院の第三内科において糖尿病につき継続診療を受けた(<証拠省略>)。

イ  同原告は,平成5年ころ,同病院の紹介により,S病院を受診し,以後,平成10年4月22日まで同病院で診療を受けた(<証拠省略>)。

ウ  同原告は,同月23日,同病院の紹介によってH病院を受診し,同月30日に同病院において実施された検査によりC型肝炎ウイルス抗体が陽性でありC型肝炎ウイルスに感染した既往があることが確認され(<証拠省略>),さらに同年5月15日に同病院で実施されたC型肝炎ウイルス定量検査(プローブ法)により,C型肝炎ウイルスの持続感染があることが確認された(<証拠省略>)。

エ  同原告は,平成15年5月10日にN病院で実施された検査において,HBs抗体が陽性であり(<証拠省略>),B型肝炎ウイルスに感染した既往があることが確認された。

2  注意義務違反の争点に対する当裁判所の判断

(1)  被告Y2及び被告Y3関係

承継前原告は,昭和60年2月13日から14日にかけて,フィブリノゲン製剤2本を投与されている。

しかし,総論において判断したとおり,Aに注意義務違反が認められるのは,乾燥加熱製剤についての昭和62年4月22日の指示・警告義務違反のみであり,原告番号2番の主張するそれ以前の時点の過失は,これを認めることはできない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告Y2及び同Y3に対する請求の理由がない。

(2)  被告Y4関係

承継前原告は,昭和60年2月13日から14日にかけて,PPSB-ニチヤク2本を投与されている。

しかし,総論において判断したとおり,被告Y4には,原告番号2番が主張する過失を認めることはできない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告Y4に対する請求は理由がない。

(3)  被告国関係

総論において判断したとおり,厚生大臣には,原告番号2番の主張する違法な権限の行使又は不行使等は認められない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告国に対する請求は理由がない。

3  その他の争点及び当事者の主張

(1)  因果関係の存否

ア  原告番号2番の主張

承継前原告は,本件手術の際の出血により,昭和60年2月13日から同月14日にかけて,フィブリノゲン製剤及びPPSB-ニチヤクの投与を受けたが,その後,それまでは正常であった肝機能値が急激に悪化し,二,三週間で黄疸が発症し,約2か月後には倦怠感,発熱等の症状が現れ,このような症状は一定期間継続した。

同原告のカルテには,術後肝炎により,同年3月29日以降,化学療法を中止したとの記載がある。

したがって,上記フィブリノゲン製剤及びPPSB-ニチヤクの投与と同原告のC型肝炎ウイルス感染との間に因果関係が認められる。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

承継前原告はフィブリノゲン製剤の投与と同じ日にPPSB-ニチヤクの投与を受け,さらに,同日から同月17日にかけて保存血6単位,濃厚赤血球5単位及び新鮮凍結血漿6単位の輸血を受けているから,これらによるC型肝炎ウイルス感染の可能性を否定できず,フィブリノゲン製剤の投与とC型肝炎ウイルス感染との間の因果関係が高度の蓋然性をもって証明されているとはいえない。

ウ  被告Y4の主張

(ア) PPSB-ニチヤクの投与とC型肝炎ウイルス感染との因果関係について

承継前原告の本件手術後の術後肝炎はB型肝炎又は薬剤性肝炎であった可能性が高い。したがって,同原告のC型肝炎ウイルス感染が本件手術の際のPPSB-ニチヤクによるものであるとする高度の蓋然性は認められない。

同原告には,B型肝炎ウイルス感染の既往があるところ,B型肝炎ウイルスはC型肝炎ウイルス同様に血液を介して感染するウイルスであるから,同原告は,本件手術の他にも,輸血等の血液に接触する原因によりB型肝炎ウイルスに感染し,これと同時にC型肝炎ウイルスに感染した可能性も否定できない。

仮に同原告が本件手術に際してC型肝炎ウイルスに感染したとしても,PPSB-ニチヤク以外にも保存血5単位,フィブリノゲン製剤2本,新鮮凍結血漿6単位,濃原赤血球5単位の投与を受けているから,C型肝炎ウイルスの感染がPPSB-ニチヤクに起因したものとすることはできない。

(イ) 被告Y4の指示・警告義務違反とC型肝炎ウイルス感染との因果関係について

承継前原告の本件手術後の出血は,PPSB-ニチヤクの使用を不可欠とするような重篤なものであったことから,担当医は,同原告へのPPSB-ニチヤクの使用が適応外使用であることを認識し,さらに,被告Y4が指示・警告すべきとされる内容を十分に認識しながら,救命のためにやむを得ずPPSB-ニチヤクを投与した。したがって,仮に,被告Y4が指示・警告義務に違反し,同原告のC型肝炎ウイルス感染がPPSB-ニチヤクの投与に起因したものであったとしても,被告Y4の指示・警告義務違反と感染との間に法的因果関係は認められない。

エ  被告国の主張

承継前原告は大量の輸血等の併用を受けているところ,輸血等によってC型肝炎ウイルスに感染した可能性のないことの証拠はないから,同原告がフィブリノゲン製剤又はPPSB-ニチヤクの投与によってC型肝炎ウイルスに感染したとの因果関係の立証はされていない。

(2)  適応外使用

ア  被告Y4の主張

PPSB-ニチヤクの効能,効果は「血液第Ⅸ因子欠乏症」及び「凝血因子(Ⅱ,Ⅶ,Ⅹ)欠乏による出血の止血」であるところ,担当医は,本件手術の際,血液凝固第Ⅱ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ因子の欠乏に関する検査や添付文書による効能,効果の確認をせず,単なる止血剤として術後出血の止血の目的で,同原告へPPSB-ニチヤクを適応外投与した(<証拠省略>)。

したがって,仮に同原告のC型肝炎ウイルス感染がPPSB-ニチヤクの投与によるものであったとしても,被告Y4によるPPSB-ニチヤクの製造,販売と同原告のC型肝炎ウイルス感染との間の因果関係は中断され,被告Y4に責任はない。

イ  被告国の主張

承継前原告がフィブリノゲン製剤及びPPSB-ニチヤクの投与時に,低フィブリノゲン血症,血液凝固第Ⅸ因子欠乏症,血液凝固第Ⅱ,Ⅶ,Ⅹ因子欠乏症であったとは認められない。同原告の担当医は,単に止血目的で投与すれば適用外使用となることを認識しつつ,凝固因子の測定もせずに,単に止血の目的でこれらの製剤を投与した。

したがって,承継前原告との関係で厚生大臣の権限行使・不行使につき職務上の法的義務違反を認めることはできず,国賠法上の違法性は認められない。

ウ  原告番号2番の主張

総論において主張したとおりである。

(3)  損害

ア  原告番号2番の主張

(ア) 承継前原告は,C型慢性肝炎に罹患しており,C型肝炎ウイルス感染による損害額は6000万円を下らない。

(イ) 弁護士費用は,上記損害額の1割である600万円が相当である。

(ウ) 以上によれば,承継前原告の損害は合計6600万円である。

(エ) 原告番号2番は,承継前原告の相続人の1人として,その2分の1の損害賠償請求権を相続した。

(オ) 被告らの主張に対する反論

a 承継前原告の肝機能値はC型肝炎ウイルスに感染前は正常値にあった。また,アルコール性肝障害は,一般的にGOT値がGPT値を大きく上回ることを特徴としているが,同原告の肝機能値は,平成15年3月3日の検査値を除いてそのような特徴はない。したがって,同原告の肝障害はC型肝炎によるものであって,アルコール性肝障害ではない。

b 承継前原告は,ウルソの継続投与を受けていたことから,その効果によってGPT値が辛うじて検査結果のような数値にとどまっていたのであり,慢性肝炎の症状が軽症で安定していたわけではない。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

(ア) 原告番号2番の主張は争う。

(イ) 承継前原告は,肺がんにより死亡する前,慢性肝炎自体は軽症で安定していた。また,同原告には長年の飲酒歴があり,アルコール性肝障害が認められたから,慢性肝炎となった原因としては,C型肝炎のみならずアルコール性肝障害の影響が相当程度あった。

ウ  被告Y4の主張

(ア) 原告番号2番の主張は争う。

(イ) 承継前原告は,C型肝炎ウイルスに感染していたものの,その肝疾患の主たるものはアルコール性肝障害であり,肝機能異常も軽度であって,腹部超音波エコー検査によっても異常は確認されず,肝疾患は主たる疾患ではなかった。同原告は,肝疾患以外にも,コントロール不良の糖尿病など,より重度の様々な疾患に罹患し,糖尿病に起因した様々な合併症も有しており,日常生活上の障害の原因はこれらの合併症にあって,肝疾患によるものではなかった。

エ  被告国の主張

(ア) 原告番号2番の主張は争う。

(イ) 承継前原告は,平成10年8月にアルコール性肝障害との診断を受けているところ,アルコールが慢性肝炎の進展を促進するので,同原告の慢性肝炎への進行は長年にわたる飲酒の影響が大きいと考えられる。

また,同原告の全身倦怠感や易疲労感等の症状は糖尿病がその主な原因と判断するのが妥当である。

同原告のC型肝炎については,定期的な経過観察が行われてきたものの,平成13年5月にウルソが処方されるまでは治療は一切行われておらず,このウルソの処方も,その主目的は胆嚢壁在結石の治療にあったと考えられるから,そのC型肝炎の病状は良好なものであった。

4  結論

以上によれば,原告番号2番の被告らに対する請求は,いずれも理由がない。

第3原告番号3番

1  前提事実

次の事実は,当事者間に争いがないか,原告番号3番の陳述書(<証拠省略>),同原告本人の尋問の結果のほか,<証拠省略>により認めることができる。

(1)  原告番号3番の生年月及び性別

原告番号3番は,昭和21年6月生まれの女性である。

(2)  フィブリノゲン製剤の投与に至る経緯等

ア  原告番号3番は,昭和47年2月13日,D病院において長男を出産したが(以下,原告番号3番については,この出産を「本件出産」という。),その際,フィブリノゲン3本を投与された(<証拠省略>)。

(被告国は,母子健康手帳(<証拠省略>)の記載のみでは,原告番号3番へのフィブリノゲン製剤の投与の事実が立証されたとはいえないと主張する。しかし,上記母子健康手帳の記載が出産に立ち会った医師又は助産婦によってされたものであることは記載の内容及び体裁に照らして明らかであり,上記母子健康手帳の記載から,原告番号3番へのフィブリノゲン製剤投与の事実は容易にこれを認めることができる。なお,被告Y2及び同Y3は,同原告に対するフィブリノゲン製剤投与の事実を争っていない。)

イ  同原告は,D病院において,同日に2400cc,同月14日に200cc及び同月15日に200ccの各輸血を受けた(<証拠省略>)。

ウ  同原告は,その後,高熱が3日間ほど続き,31日間入院したが,退院後も食欲不振や慢性的な疲労感,倦怠感に悩まされた。

エ  同原告は,昭和48年5月,M病院で血清肝炎と診断され,約5か月間入院した。退院後も疲労感や微熱などの体調不良が続いた。

(3)  C型肝炎と判明した経緯及びその後の状況等

ア  原告番号3番は,平成6年10月28日,Q病院で,C型肝炎ウイルス抗体陽性と診断された(<証拠省略>)。

イ  同原告は,平成7年の半ばころから,風邪のような症状が続くようになり,その後,極度の疲労感や食欲不振などの症状が現れたことから,同年10月に地元の医師の検査を受けたところ,GOT,GPTが300を超えており,C型肝炎であると診断された。

ウ  同原告は,J病院を紹介され,同病院で平成7年10月25日に検査したところ,C型肝炎ウイルス-RNA定量(DNAプローブ法)が14MEQ/mlであり,同年11月9日に実施したC型肝炎ウイルスゲノタイプ検査ではゲノタイプは1bであった(<証拠省略>)。

エ  同原告は,同年10月23日から同年12月12日までJ病院に入院し,その後約4か月間通院してインターフェロン治療を受けたが,C型肝炎ウイルスは排除されなかった。退院後も,疲労感や微熱などの症状が続いた。

オ  同原告は,J病院において平成14年3月19日に検査したところ,C型肝炎ウイルス-RNA定量は850KIU/ml以上であった(<証拠省略>)。

カ  同原告は,同年4月16日から同年6月1日までJ病院に入院し,その後約4か月間通院してインターフェロンとリバビリンの併用療法を受けたが,C型肝炎ウイルスは排除されなかった。

キ  同原告は,平成15年5月13日時点において,慢性肝炎(F2)と診断されている(<証拠省略>)。

ク  同原告は,平成16年2月から,近所の病院で,週3回程度,ミノファーゲン(ゲベラ)の投与を受けている。慢性的な疲労感等は改善されていないが,平成17年4月ころから肝機能は比較的安定し,以前よりは食欲も出て,貧血も改善されてきている。

2  注意義務違反の争点に対する当裁判所の判断

(1)  被告Y2及び被告Y3関係

原告番号3番は,昭和47年2月13日,フィブリノゲン製剤3本を投与されている。

しかし,総論において判断したとおり,Aに過失が認められるのは,乾燥加熱製剤についての昭和62年4月22日の指示・警告義務違反のみであり,原告番号3番の主張するそれ以前の時点での過失については,これを認めることはできない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告Y2及び同Y3に対する請求は理由がない。

(2)  被告国関係

総論において判断したとおり,厚生大臣には,原告番号3番の主張する違法な権限の行使又は不行使等は認められない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告国に対する請求は理由がない。

3  その他の争点及び当事者の主張

(1)  因果関係の存否

ア  原告番号3番の主張

原告番号3番は,昭和47年2月13日,本件出産時に多量の出血があったため2400ccの輸血,1500ccの輸液とともにフィブリノゲン製剤を投与された。

同製剤の投与後,同原告にそれまでなかった慢性的な疲労感などの症状が現れ,昭和48年に血清肝炎と診断されたことからすれば,同原告がフィブリノゲン製剤によってC型肝炎に感染したことは明らかであり,フィブリノゲン製剤の投与と原告番号3番のC型肝炎ウイルス感染との間に因果関係が認められる。

仮に輸血により原告番号3番がC型肝炎ウイルスに感染したとしても,重複感染にすぎない。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

原告番号3番はフィブリノゲン製剤が投与されたのと同じ日に2400ccの輸血を受けており,さらに翌日及び翌々日にもそれぞれ200ccの輸血を受けているから,それらによるC型肝炎ウイルス感染の可能性を否定できず,フィブリノゲン製剤と原告番号3番のC型肝炎ウイルス感染との間の因果関係が高度の蓋然性をもって証明されているとはいえない。

ウ  被告国の主張

(ア) 原告番号3番の本件出産後の体調不良は育児等による疲労・不安や風邪などの疾患が原因の可能性が十分にあるので,同原告の本件出産直後の体調不良を根拠に同原告が本件出産時にC型肝炎ウイルスに感染したと認めることはできない。

(イ) 原告番号3番は,本件出産の際に2800ccもの大量の輸血を受けているところ,当時は,フィブリノゲン製剤について特に不活化効果の高いBPL処理及び紫外線照射処理が併用処理されていた時期であるから,同原告は輸血によりC型肝炎ウイルスに感染した可能性が強く疑われ,フィブリノゲン製剤の投与によってC型肝炎ウイルスに感染したとの因果関係は認められない。

(2)  適応外使用

ア  被告国の主張

総論において主張したとおりである。

イ  原告番号3番の主張

総論において主張したとおりである。

(3)  除斥期間

ア  被告Y2及び同Y3の主張

原告番号3番がフィブリノゲンを投与されたのは昭和47年2月13日であるが,同原告が本訴提起に及んだのは平成15年5月21日である。

この間に民法724条後段の20年の除斥期間が経過しているので,同原告の損害賠償請求権は既に消滅している。

イ  被告国の主張

原告番号3番は,昭和48年5月に血清肝炎との診断を受けており,遅くともその時点までにC型肝炎を発症していたというべきであるから,C型肝炎発症から本件提訴時(平成15年5月21日)までに20年の除斥期間が経過したことで,その損害賠償請求権は消滅している。

ウ  原告番号3番の主張

仮に原告番号3番に除斥期間を適用するとしても,その起算点は損害の全部又は一部が発生したときと解すべきである。原告番号3番が慢性肝炎の診断を受けたのは平成7年10月であり,強い自覚症状が現れたのも同年になってからである。したがって,本訴提起時においては除斥期間は経過していない。

(4)  損害

ア  原告番号3番の主張

(ア) 原告番号3番は,現在C型慢性肝炎に罹患しており,C型肝炎ウイルス感染による損害額は6000万円を下らない。

(イ) 弁護士費用は,上記損害額の1割である600万円が相当である。

(ウ) 以上によれば,原告番号3番の損害は合計6600万円である。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

原告番号3番の主張は争う。

ウ  被告国の主張

(ア) 原告番号3番の主張は争う。

(イ) 慢性肝炎は必ずしも肝硬変,肝がんへと進行するものではなく,今後インターフェロン療法を受けることによってC型肝炎ウイルスが排除される可能性が相当程度ある。

4  結論

以上によれば,原告番号3番の被告Y2及び同Y3並びに同国に対する請求は,いずれも理由がない。

第4原告番号4番

1  前提事実

次の事実は,当事者間に争いがないか,原告番号4番の陳述書(<証拠省略>),同原告本人尋問の結果のほか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。

(1)  原告番号4番の生年月及び性別

原告番号4番は,昭和34年12月生まれの女性である。

(2)  フィブリノゲン製剤の投与に至る経緯及び投与直後の状況等

ア  フィブリノゲン製剤の投与に至る経緯

原告番号4番は,昭和62年12月25日,D病院に入院して長男を出産した(以下,原告番号4番については,この出産を「本件出産」という。)が,出産直後に少なくとも合計2910gの大量出血があり,意識不明に陥った。同原告は,出産後弛緩出血及び血液凝固障害が出現し,産科DICと診断され,FOY,フィブリノゲンHT-ミドリ5gの投与を受けるとともに,13パックの輸血を受けた(<証拠省略>)。(被告らは,診療録や看護記録には同原告に対して投与された製剤名及び使用量が記載されていないので,「フィブリノゲンHT-ミドリ」が「5g」使用されたとする製剤使用証明書(<証拠省略>)の記載根拠が不明である旨主張する。しかし,同書証には医師が外来カルテ及び入院カルテに基づいて記載した旨が明記されているので,上記のとおり認めることができる。)

イ  投与直後の状況等

原告番号4番は,昭和63年1月4日に退院したが(<証拠省略>),その数日後には頭痛,同月14日には微熱や掻痒感,同月16日には全身倦怠感,食欲不振,黄疸の各症状がそれぞれ出現した。

同原告は,同月18日,D病院で血液検査を受けた。その結果,肝機能値が異常に高いことが判明し,同月20日,D病院に入院した。しかし,その後も症状は改善せず,下痢,黄疸の症状が悪化したため,同月26日,F病院へ転院した。(<証拠省略>)

(3)  非A非B型肝炎,C型肝炎と判明した経緯及びその後の状況等

ア  F病院への入院(昭和63年1月26日から同年3月末まで)

原告番号4番は,昭和63年1月26日,F病院に入院した。同原告の家族には,入院は最低で3か月,長ければどのくらいかかるか分からないとの説明があった。

同原告は,産後も少量の出血が続いていたことから,産婦人科で診察を受け,同月29日に掻爬手術を受けた。肝炎の症状があったため,手術は麻酔なしで行われた。

その後,同原告は,発熱,黄疸,倦怠感等の症状及び肝機能値が悪化し,食欲もなく,ベッドから起き上がれない状態となった。同年2月12日には,医師から家族に対し,「劇症化する可能性がある」,「10日から2週間が山だ」との説明があった。

その後も,同原告の発熱,黄疸の症状は改善せず,肝機能値も依然として高値のままであった。同年3月末までこのような状態が続き,医師からは,劇症肝炎は脱したが,このままでは肝硬変になるかもしれないと言われて転院を勧められ,同年4月1日,G病院に転院した。

イ  G病院への入院(昭和63年4月1日から同年5月6日)

原告番号4番は,昭和63年4月1日にG病院に入院し,肝生検を受けた結果,非A非B型急性肝炎と診断された。

同原告は,G病院に入院後,症状が落ち着き,肝機能値も正常に近くなり,同年5月6日,F病院に転院した。

ウ  F病院への入院,退院,再入院(昭和63年5月6日から同年10月中旬)

原告番号4番は,F病院に2週間ほど入院して経過観察を受け,同年5月20日ころ退院したが,退院後に出産後初めての生理が来て大量出血し,体調不良となり,同年6月6日,同院に再入院した。

再入院時には慢性肝炎と診断され,入院は長くなるであろうと告げられた。

この再入院は同年10月中旬まで続いた。同原告は,倦怠感が強く,トイレまで歩いて行くのがやっとという状態であった。食欲不振もひどく,食べ物を見るだけで吐き気がしたため,IVH(静脈にカテーテルを入れて高カロリー輸液で栄養補給する術式)で栄養補給をせざるを得ない状況であった。

同原告の肝機能値は,同年10月中旬当時も正常でなかったが,入院が長期間に及んだこともあり,その後は自宅療養をして経過観察をすることとなり,同院を退院した。

エ  H病院への通院(昭和63年10月中旬から平成13年)

退院後,原告番号4番は,F病院から紹介を受けたH病院に通院した。H病院では,2種類の漢方薬の処方を受けて朝晩服用し,2週間ごとに通院,3か月に1回の血液検査,6か月に1回の超音波検査を受けた。同原告は,一時期,H病院に通院しながら,F病院でも半年に1回くらいの割合で血液検査を受けた。

時期は明らかでないが,同原告は,H病院に通院していたころ,同病院の医師から,C型肝炎であることを初めて告げられた。

平成7年ころ,同原告の肝機能値は正常値となった。同原告は,それまでの間,ビタミンB,C,シジミエキス,プロテイン,レジチンなどの健康食品を服用していた。同原告は,肝機能値が正常となった後は,漢方薬の服用はやめたが,H病院での3か月に1回の血液検査と6か月に1回の超音波検査は継続して受けてきた。

このころから,同原告は徐々に家業の手伝いができるようになった。

オ  I病院への通院(平成13年から)

原告番号4番は,平成13年から,I病院に通院するようになり,以後,経過観察として4か月に1回の血液検査と,不定期の超音波検査を受けてきた。

同原告は,同年3月5日,I病院において,C型肝炎ウイルス抗体検査(C型肝炎ウイルス抗体Ⅱ・EIA法),C型肝炎ウイルスセロタイプ検査及びC型肝炎ウイルス-RNA定量検査(アンプリコア法)を受けた。これらの検査によれば,C型肝炎ウイルス抗体は陽性,同定されたセロタイプはグループⅠ,血中C型肝炎ウイルス-RNA量は0.5KIU/ml未満であった(<証拠省略>)。

同原告は,平成15年4月25日当時,I病院の医師から,C型肝炎の無症候性キャリアであると診断された(<証拠省略>)。

同原告は,同年11月14日,I病院において,C型肝炎ウイルス-RNA定量検査(アンプリコア法)を受けたところ,同ウイルス-RNA量は0.5KIU/ml未満であった。これを受けて,担当医は,診療録に「virus消失と考える」と記載した。(<証拠省略>)

同原告は,ウイルス量が少ないことを知り,それからは余り肝炎のことを考えずに生活できるようになった。

(4)  現在の症状

原告番号4番は,平成16年3月15日,C型肝炎の検査を受け,抗体はプラスだが,抗原はマイナスで,肝機能は正常であるとの診断を受けた。

平成7年以降,同原告の肝機能値は正常範囲内を維持している。また,現在,同原告のC型肝炎ウイルスは検査での検出限界以下となっており,一般の人と同じように生活しているが,I病院において年に1回血液検査を受けて経過観察をしている。

(5)  原告番号4番は,本件出産時以外には止血剤や輸血の投与を受けたことはなかった。

(6)  原告番号4番は,本件出産前に肝炎に罹患していたことはなく,肝機能値が悪くなったこともなかった。

2  注意義務違反の争点に対する当裁判所の判断

(1)  被告Y2び被告Y3関係

原告番号4番は,昭和62年12月2日,乾燥加熱製剤であるフィブリノゲンHT-ミドリを5本投与されている。

総論において判断したとおり,Aには,昭和62年4月22日時点で,乾燥加熱製剤が非A非B型肝炎の発症危険性を排除できない旨の副作用情報の提供を怠ったなどの指示・警告義務違反があり,同年12月2日当時,副作用情報の提供義務違反の違法状態が継続していたものである。

同原告が主張するその余の過失については,これを認めることはできない。

(2)  被告国関係

総論において判断したとおり,厚生大臣には,原告番号4番の主張する違法な権限の行使又は不行使等は認められない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告国に対する請求は理由がない。

3  その他の争点及び当事者の主張

(1)  因果関係の存否

ア  原告番号4番の主張

原告番号4番は,昭和62年12月25日,乾燥加熱製剤を投与された。退院の約10日後,同原告には,頭痛,下痢,発熱,掻痒感,食欲不振,黄疸の症状が現れ,昭和63年2月12日には相当重篤な状態となった。同年4月1日には肝生検を受けて急性肝炎と診断され,同年6月6日には「慢性肝炎」との診断を受けた。

同原告は,乾燥加熱製剤を投与されるまでは全く肝機能に障害がなかったが,同製剤の投与後間もなく上記のような症状が出現し,持続したものであるから,乾燥加熱製剤の投与と同原告のC型肝炎ウイルス感染との間に因果関係があることは明らかである。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

原告番号4番は,乾燥加熱製剤の投与と同じ日に輸血13本を受けているところ,輸血によるC型肝炎ウイルス感染の可能性が高いので,フィブリノゲンとC型肝炎ウイルス感染との間の因果関係が高度の蓋然性をもって証明されているとはいえない。

ウ  被告国の主張

原告番号4番は,乾燥加熱製剤を投与された当日,13パック,2400mlという大量の輸血を受けているところ,これによるC型肝炎ウイルス感染の可能性がないことの証拠はないから,乾燥加熱製剤の投与とC型肝炎ウイルス感染との因果関係の立証がないというべきである。

(2)  適応外使用

ア  被告国の主張

本件出産の際のD病院の産婦人科看護記録には,原告番号4番が,昭和62年12月25日に38週5日で吸引分娩・クリステレル圧出により男児を娩出し,出産後合計2910gの出血があり,FOY,フィブリノゲン製剤,輸血13パックが投与された旨の記載があり,診療録にも「DIC,出血性ショック」との記載があるものの,同原告の分娩後の症状や治療内容について医師自身が具体的に記載した記録はなく,投与時の状況は不明であり,同原告が低フィブリノゲン血症であったと認めるに足りる証拠はない。

したがって,原告番号4番との関係では,厚生大臣の権限行使,不行使につき職務上の法的義務違反を認めることはできず,国賠法上の違法性は認められない。

イ  原告番号4番の主張

本件出産の際の診療録には「DIC,出血性ショック」との記載があり,看護記録には「出産後大量の出血があったこと」が記載されている。原告番号4番に対してはDICに対する治療として止血目的でフィブリノゲン製剤が投与されたものであるから,適応外使用であるとはいえない。

また,仮に同原告に対するフィブリノゲン製剤の投与が適応外使用であったとしても,それにより厚生大臣の行為の違法性は否定されない。

(3)  損害

ア  原告番号4番の主張

(ア) 原告番号4番は,現在C型肝炎ウイルスの無症候性キャリアであり,肝酵素値が正常範囲内にとどまっているから,C型肝炎ウイルス感染による損害額は3000万円を下らない。

(イ) 弁護士費用は,上記損害額の1割である300万円が相当である。

(ウ) 以上によれば,原告番号4番の損害は合計3300万円である。

(エ) C型肝炎ウイルス・PCR定量検査は血液検査であり,「血液にC型肝炎ウイルスが0.5KIU未満であること」が即「肝臓自体からC型肝炎ウイルスが排除されていること」ではない。また,原告番号4番は,医師から平成15年11月21日の診療時に同月14日の検査結果を踏まえて「『virus消失』かもしれない」と言われたにすぎない。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

(ア) 原告番号4番の主張は争う。

(イ) 原告番号4番は,昭和63年10月にF病院を退院後7年くらいたってから肝機能数値が正常となって漢方薬の服用もやめたと言い,平成13年3月5日にI病院を受診した際に実施したC型肝炎ウイルス・PCR定量検査及び平成15年11月14日に実施したC型肝炎ウイルス・PCR定量検査の結果はいずれも基準値の0.5(KIU/ml)未満と陰性であり,同病院の診療録の平成15年11月21日の欄にも「C型肝炎ウイルス-RNA PCR定量0.5未満KIU/ml」,「ウイルス消失と考える」との記載がある。また同病院の検査伝票台紙や原告本人尋問の結果によれば,平成13年3月以降もGOT値,GPT値が継続して正常範囲にあることが認められる。

以上によれば,原告番号4番は無症候性キャリアですらなく,同原告の肝炎は,遅くともI病院を受診した平成13年3月5日までに治癒している。

ウ  被告国の主張

(ア) 原告番号4番の主張は争う。

(イ) 原告番号4番は,既にC型肝炎ウイルスが排除されていて,無症候性キャリアではない。

4  その他の争点に対する当裁判所の判断

被告Y2及び同Y3との関係で,以下に判断する。

(1)  因果関係の存否

ア  乾燥加熱製剤の使用により原告番号4番がC型肝炎ウイルスに感染したかどうか(因果関係の第1要件)について

前提事実及び原告番号4番の本人尋問の結果によれば,原告番号4番は昭和62年12月の本件出産の際に乾燥加熱製剤であるフィブリノゲンHT-ミドリ5gと13パックの輸血を受けたほかは,昭和63年4月に非A非B型急性肝炎と診断されるまでの間,C型肝炎ウイルスに感染する危険のある事象にさらされたことのないことが認められる。

そして,原告番号4番へ投与された乾燥加熱製剤の最終製剤が十分に不活化処理されたものであることの証拠はなく,また,同原告のC型肝炎ウイルス感染が乾燥加熱製剤によるものでないことを相当の理由をもってうかがわせる事実はないので(輸血13パックの併用の事実は,それだけでは同原告のC型肝炎ウイルス感染が乾燥加熱製剤によるものでないことを相当の理由をもってうかがわせる事実には当たらないと解される。),既に総論において判断したとおり,原告番号4番のC型肝炎ウイルス感染は乾燥加熱製剤によるものであると認めるのが相当である。

イ  指示・警告義務違反がなければ乾燥加熱製剤の投与がなかったかどうか(因果関係の第2要件)について

原告番号4番は,本件出産の際,出産後弛緩出血と血液凝固障害が出現して産科DICと診断され,少なくとも合計2910gの大量出血をして意識不明に陥り,乾燥加熱製剤5g,すなわちフィブリノゲン5g,輸血13パック,FOYの投与を受けた。

前記のとおり,産科的DICでは突発的かつ短期間のうちに大量の出血を生じ,それに伴ってフィブリノゲンが著減することが多い特徴があり,フィブリノゲンの著減により更に出生が増加する悪循環に陥り,適切な治療を迅速に行わなければ出血性ショックで死亡するに至る。こうした症状下でフィブリノゲン5g程度投与することは,当時,「今日の治療指針」を含む多くの文献等で推奨され,産科の医療現場で広く実施されていた。

また,フィブリノゲン5gを新鮮血で代替するには輸注に長時間を要することから現実的でなく,新鮮凍結血漿で代替するとしても800ml程度を必要とし,解凍時間も考慮すると緊急性に問題があった。

しかるところ,D病院の医師がF病院の医師へあてた紹介状には,「出産後弛緩出血,並びに血液凝固障害出現し産科DICと診断し,FOY,フィブリノーゲン(5g)使用するとともに,輸血(2400ml)施行し救命致しました。」と記載されている(<証拠省略>)。これによれば,本件出産の際,原告番号4番が大量出血により生命にかかわる重篤な状態に陥り,医師が一刻を争う緊迫した状況の下で治療に当たったことがうかがわれる。

他方,当時Aが提供を怠った副作用情報の内容とは,乾燥加熱製剤は非A非B型肝炎が発症する危険性を排除できないというものであって(原告らは昭和62年4月時点の注意義務違反を主張している。),同製剤から同肝炎が発症する危険性が高いとか,実際に同肝炎が発症したことを内容とするものではなかった。

以上のとおりであるから,Aが上記の副作用情報を提供することで指示・警告義務を尽くしていたとしても,医師は原告番号4番へ乾燥加熱製剤5gを投与した可能性が高いと考えられるのであって,この指示・警告義務違反がなければその投与がなかったと認めることは困難というべきである。

そうすると,因果関係の第2要件は,これを認めることができない。

(2)  したがって,損害について判断するまでもなく,原告番号4番の被告Y2及び同Y3に対する請求は理由がない。

5  結論

以上によれば,原告番号4番の,被告Y2及び同Y3並びに同国に対する請求は,いずれも理由がない。

第5原告番号5番

1  前提事実

次の事実は,当事者間に争いがないか,原告番号5番の陳述書(<証拠省略>),同原告本人の尋問の結果のほか,<証拠省略>により認めることができる。

(1)  原告番号5番の生年月及び性別

原告番号5番は,昭和26年9月生まれの男性である。

(2)  クリスマシンの投与を受けた経緯等

ア  原告番号5番は,昭和55年1月,胃潰瘍のため,P病院に入院し,同月25日から29日,クリスマシン5本の投与及び全血輸血を受けた(<証拠省略>)。

イ  約2か月後,同原告は,医師から,肝機能値が正常値の2倍くらいになっており,血清肝炎の疑いがあると告げられ,約4か月間入院した。

ウ  同原告は,退院後,週1回の割合で通院するなどしていたが,約1年後には肝機能値が下がったため,その後は20年以上肝臓の治療は受けなかった。

(3)  C型肝炎と判明した経緯及びその後の状況等

ア  原告番号5番は,平成13年4月12日,P病院で,C型肝炎ウイルス抗体3RD(PlA)9.5(0.9~1.0)陽性,C型肝炎ウイルス定性(RT-PCR)陽性と診断された(<証拠省略>)。

イ  同原告は,平成15年9月11日の時点では,無症候性キャリアであると診断されている(<証拠省略>)。C型肝炎ウイルスのRNA量は不明であるが,平成13年9月14日の検査によれば,同ウイルスの遺伝子型はウイルスサブタイプ1b型であるとされている(<証拠省略>)。

ウ  同原告は,現在,一,二箇月に1回の割合でP病院に通院して血液検査を受け,そのデータを持って年に1回L病院に通っている。

2  注意義務違反の争点に対する当裁判所の判断

(1)  被告Y2及び同Y3関係

原告番号5番は,昭和55年1月25日から29日にかけて,クリスマシン5本を投与されている。

しかし,総論において判断したとおり,Aには,原告番号5番が主張する過失を認めることはできない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告Y2及び同Y3に対する請求は理由がない。

(2)  被告国関係

総論において判断したとおり,厚生大臣には,原告番号5番の主張する違法な権限の行使又は不行使等は認められない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告国に対する請求は理由がない。

3  その他の争点及び当事者の主張

(1)  因果関係の存否

ア  原告番号5番の主張

原告番号5番がC型肝炎ウイルスに感染したのは昭和55年1月に胃潰瘍で入院したとき投与されたクリスマシンが原因である。仮に同原告に投与された輸血中にC型肝炎ウイルスが含まれており,これによって感染したとしても,重複感染にすぎず,因果関係は否定されない。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

(ア) 原告番号5番にクリスマシンが投与された事実は,これを診療録によって確認することができない。消化器系疾患での大量の吐下血はクリスマシンの投与により止血効果が期待できる疾患ではないから,クリスマシンの投与自体が非常に疑わしい。

(イ) 同原告にはクリスマシンのほかに200ccの輸血が6回ほど行われているというのであるから,輸血によるC型肝炎ウイルス感染の可能性も否定することはできない。

ウ  被告国の主張

原告番号5番は,クリスマシンの投与と同時期に大量の輸血を受けているところ,輸血によりC型肝炎ウイルスに感染した可能性のないことの証拠はないので,クリスマシンの投与とC型肝炎ウイルス感染との因果関係の立証がない。

(2)  適応外使用

ア  被告Y2及び同Y3の主張

消化器系疾患での大量の吐下血はクリスマシンによって止血効果が期待できる疾患ではないから,原告番号5番に対するクリスマシンの投与は適応外使用であり,被告Y2らの責任は否定される。

イ  被告国の主張

原告番号5番が血液凝固第Ⅸ因子欠乏症であったと認めるに足りる証拠はない。そうすると,同原告との関係では,厚生大臣の権限行使・不行使につき職務上の法的義務違反を認めることはできず,国賠法上の違法性は認められない。

ウ  原告番号5番の主張

総論において主張したとおりである。

(3)  除斥期間

ア  被告Y2及び同Y3の主張

原告番号5番がクリスマシンを投与されたとするのは昭和55年1月25日から同月29日であるが,同原告が本訴提起に及んだのは平成15年11月7日である。この間に民法724条後段の20年の除斥期間が経過しているから,同原告の損害賠償請求権は既に消滅している。

イ  被告国の主張

原告番号5番は,無症候性キャリアであり,C型肝炎ウイルスに感染したことによる損害の賠償を求めているから,除斥期間の起算点は,C型肝炎ウイルスに感染した時というべきである。そして,同原告はクリスマシンの投与時(昭和55年1月)であると主張しているから,本訴提起(平成15年11月7日)までに20年の除斥期間が経過したことでその損害賠償請求権は消滅している。

ウ  原告番号5番の主張

仮に原告番号5番に除斥期間を適用するとしても,その起算点は損害の全部又は一部が発生した時と解すべきである。原告番号5番が無症候性キャリアであることの診断を受けたのは平成13年6月であるから,本訴提起時においては除斥期間は経過していない。

(4)  損害

ア  原告番号5番の主張

(ア) 原告番号5番は,現在C型肝炎ウィルスの無症候性キャリアであり,肝酵素値が正常範囲内にとどまっているから,C型肝炎ウイルス感染による損害額は3000万円を下らない。

(イ) 弁護士費用は,上記損害額の1割である300万円が相当である。

(ウ) 以上によれば,原告番号5番の損害は合計3300万円である。

イ  被告Y2らの主張

(ア) 原告番号5番の主張は争う。

(イ) 同原告は無症候性キャリアであるが,朝7時ころから夕方6時までカキの養殖という重労働に従事しており,日常生活に支障はない。

ウ  被告国の主張

(ア) 原告番号5番の主張は争う。

(イ) 同原告は無症候性キャリアであるが,その予後は必ずしも悪いとはいえない。無症候性キャリアは,特に病態の進行が緩やかであり,長期間経過後も慢性肝炎,肝硬変,肝がんに進行するとは限らない。また,同原告が昭和55年1月の時点でC型肝炎ウイルスに感染したとすると,その後約20年以上が経過した後も無症候性キャリアのままであって,現在,肝機能の異常もなく経過しているところ,今後も病態の進行が特に緩やかである可能性がある。

4  結論

以上によれば,原告番号5番の被告Y2及び同Y3並びに同国に対する請求は,いずれも理由がない。

第6原告番号6番

1  前提事実

次の事実は,当事者間に争いがないか,原告番号6番の陳述書(<証拠省略>),同原告本人の尋問の結果のほか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。

(1)  原告番号6番の生年月及び性別

原告番号6番は昭和35年7月生まれの女性である。

(2)  フィブリノゲン製剤の投与を受けた経緯等

ア  原告番号6番は,昭和63年6月4日,常位胎盤早期剥離のため,当時通院していたD病院からE病院へ救急搬送され,帝王切開を受けた。E病院への搬送時には同原告はショック状態にあり,救急外来での血液検査ではフィブリノゲン濃度は判定不能の状態まで低下していた(<証拠省略>)。

帝王切開の際,同原告には1250mlの出血があったため,濃厚赤血球4単位(800ml),保存血1単位(200ml)の輸血とともにフィブリノゲンHT-ミドリ2本が投与された(<証拠省略>)。術後の出血は197gであり,保存血1単位(400ml)及びフィブリノゲンHT-ミドリ3本が投与され,引き続き新鮮凍結血漿10単位,新鮮血2単位の輸血を受けた結果,血圧は100~120(収縮期)/60~70(拡張期)で安定となった(<証拠省略>)。

さらに,同原告は,同月6日,保存血1単位及び濃厚赤血球1単位の輸血を受けた(<証拠省略>)。

イ  同原告は,その後,めまい,悪寒,吐き気,全身倦怠感がひどく,同月24日の肝機能検査ではGOTが686,GPTが640となり,非A非B型輸血後肝炎と診断された(<証拠省略>)。

ウ  同原告は,同年11月1日に退院したが,肝機能値が高くなったことから,同年12月29日,F病院に約2か月間入院し,強力ミノファーゲンCの注射を受けた。

エ  同原告は,F病院を退院後も,近所のG病院に毎日通院して強力ミノファーゲンCの注射を受けた。

オ  同原告は,平成2年7月2日から同月14日,F病院に入院した。

(3)  C型肝炎と判明した経緯及びその後の状況等

ア  原告番号6番は平成2年10月30日,C型肝炎ウイルス抗体検査の結果が陽性であり,C型肝炎と判定された。

イ  同原告は,平成3年5月20日から平成4年3月30日まで,H病院でスミフェロンによるインターフェロン単独療法を受けたが,C型肝炎ウイルスは排除されなかった。

ウ  同原告は,平成5年4月,J病院で帝王切開により長男を出産した。同原告は,同年末ころから,同病院で2回目のスミフェロンによるインターフェロン単独療法を受けたが,ウイルスは排除されなかった。

エ  同原告は,平成18年7月31日,K病院で,慢性肝炎と診断された(<証拠省略>)。C型肝炎ウイルスのRNA量は,同年10月11日の検査によれば,同ウイルス-RNA定量アンプリコア法(PCR法)3800KIU/mlであり(<証拠省略>),同ウイルスの血清型は,平成13年2月19日に実施した検査によればセログループ1であるとされている(<証拠省略>)。

オ  同原告は,現在,3か月に2回の割合でK病院に通院して治療を受けており,肝機能値は安定しているが,慢性的な疲労感を感じている。

2  注意義務違反及び因果関係に対する当裁判所の判断

(1)  被告Y2及び被告Y3関係

原告番号6番は,昭和63年6月4日,乾燥加熱製剤であるフィブリノゲンHT-ミドリを前後合計5本投与されている。

しかし,総論において判断したとおり,同原告の主張する過失のうちでAの過失が認められるのは,乾燥加熱製剤についての昭和62年4月22日の指示・警告義務違反のみであるところ,この過失行為による違法状態は,昭和63年2月末日ころまでに解消している。

そうすると,この違法状態が解消された後に原告番号6番へされた乾燥加熱製剤の投与とAによる上記過失行為とは法的因果関係がないというべきである。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告Y2及び同Y3に対する請求は理由がない。

(2)  被告国関係

総論において判断したとおり,厚生大臣には,原告番号6番の主張する違法な権限の行使又は不行使等は認められない。

したがって,後記のその余の争点について判断するまでもなく,同原告の被告国に対する請求は理由がない。

3  その他の争点及び当事者の主張

(1)  因果関係の存否

ア  原告番号6番の主張

原告番号6番は,昭和63年6月4日,フィブリノゲンHT-ミドリ5本を投与された後,40℃の発熱,めまい,悪寒,吐き気,全身倦怠感などの症状があり,同月25日には血液検査の結果,GPTが1200あり,非A非B型肝炎と診断された。同原告は,平成2年10月,C型肝炎と診断された。

以上によれば,原告番号6番が,フィブリノゲン製剤によってC型肝炎に感染したことは明らかである。

同原告は大量の輸血を受けているが,フィブリノゲン製剤の投与によるC型肝炎ウイルス感染の事実が強く推認されることに加え,フィブリノゲン製剤はC型肝炎ウイルスに100%汚染されているのに対し輸血はそうでないことからすれば,上記推認を揺るがすものとはいえない。

イ  被告Y2及び同Y3の主張

原告番号6番は極めて多量の輸血を受けているから,輸血によるC型肝炎ウイルス感染の可能性を否定できず,フィブリノゲン製剤の投与とC型肝炎ウイルス感染との間の因果関係が高度の蓋然性をもって証明されているとはいえない。

ウ  被告国の主張

原告番号6番は,昭和63年6月4日にフィブリノゲン製剤の投与を受けたが,同日の手術中には濃厚赤血球4単位及び保存血1単位,同日の術後には保存血400ml,新鮮凍結血漿10単位及び新鮮血2単位,同月6日には保存血1単位及び濃厚赤血球1単位の各投与を受けているところ,これら輸血等によりC型肝炎に感染した可能性のないことの証拠はないから,フィブリノゲン製剤の投与とC型肝炎ウイルス感染との因果関係の立証がない。

(2)  損害

ア  原告番号6番の主張

(ア) 原告番号6番は,現在C型慢性肝炎に罹患しているから,C型肝炎ウイルス感染による損害額は6000万円を下らない。

(イ) 弁護士費用は,上記損害額の1割である600万円が相当である。

(ウ) 以上によれば,原告番号6番の損害は合計6600万円である。

(エ) 慢性肝炎とは細胞傷害性T細胞による肝細胞に対する傷害が強まり,血清トランスアミナーゼが正常値に収まらなくなった状態が一定期間継続する状態であるところ,血清トランスアミナーゼは経時的には正常域にとどまることも珍しくなく,血清トランスアミナーゼは慢性肝炎の進展度の指標にはなり得ない。したがって,原告番号6番の肝機能値が正常範囲内であることをもって慢性肝炎であることを否定することはできない。加えて,同原告の慢性的な倦怠感が継続していることからすれば,同原告が現在まで継続して慢性肝炎であることは明らかである。

イ  被告Y2らの主張

(ア) 原告番号6番の主張は争う。

(イ) 原告番号6番は,K病院の平成18年7月3日の診療録には,医師の説明として「体のだるさは肝臓のせいではない,現在病気の進行はストップしている」などと記載されているし,平成17年10月以降,GOT及びGPTの値は共に正常範囲内にあるから,同原告は慢性肝炎ではなく無症候性キャリアである。

ウ  被告国の主張

(ア) 原告番号6番の主張は争う。

(イ) 原告番号6番は,平成17年10月24日以降の血液検査では,AST(GOT),ALT(GPT)値はいずれも正常範囲内であり,6か月以上の肝機能検査値の異常は確認できないから,新犬山分類の診断基準に照らすと,同原告は無症候性キャリアである。

また,同原告が仮に慢性肝炎であるとしても,必ずしも肝硬変,肝がんへと進行するものではないし,今後,インターフェロンとリバビリンの併用療法によって同ウイルスが排除される可能性がある。

4  結論

以上によれば,原告番号6番の被告Y2及び同Y3並びに同国に対する請求は,いずれも理由がない。

第6編最終結論

1  以上によれば,原告番号1番の請求は,被告Y2及び同Y3に対し,不法行為に基づく損害賠償として,連帯して1100万円及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達の日の翌日)である平成15年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,同被告らに対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。

2  原告番号2番から同6番の請求は,いずれも理由がないから,棄却する。

3  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 畑中芳子 中丸隆 松本英男)

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