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仙台地方裁判所 平成15年(行ウ)22号 判決 2005年2月28日

主文

1  本件訴えのうち,被告が原告に対して平成13年12月6日付けでした原告の平成12年分所得税に係る更正の請求につき更正の理由がない旨の通知のうち総所得金額2594万1158円,納付すべき税額511万2100円を超える部分の取消しを求める訴えを却下する。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が原告に対し平成14年1月11日付けでした原告の平成12年分所得税に係る更正(以下「本件更正処分」という。)のうち総所得金額2594万1158円,納付すべき税額511万2100円を超える部分を取り消す。

2  被告が原告に対し前項と同日付けでした原告の平成12年分所得税に係る過少申告加算税賦課決定(本件更正処分と併せて「本件更正等処分」という。)を取り消す。

3  被告が原告に対し平成13年12月6日付けでした原告の平成12年分所得税に係る更正の請求につき更正の理由がない旨の通知(以下「本件通知処分」という。)のうち総所得金額2594万1158円,納付すべき税額511万2100円を超える部分を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,その債権者から受けた金銭債務の一部免除について,国税庁長官通達である所得税基本通達(以下「基本通達」という。)36-17が定める債務免除益の特例の適用があるにもかかわらず当初これを看過して平成12年分所得税を申告したとして,被告に対し減額更正の請求をしたところ,被告から更正の請求につき更正の理由がない旨の本件通知処分を受け,さらに上記免除に係る金額を不動産所得の総収入金額に算入されて本件更正等処分を受けたため,上記免除に係る金額は所得税法36条1項に規定される所得の金額の計算上これを算入すべきでないにもかかわらず,これを算入してされた上記各処分は違法であるとして,それらの取消しを求めた事案である。

1  前提となる事実

(1)  債務免除に至る経過について

ア 原告は,株式会社河北仙販に勤務する会社員であり,その共有(持分27分の23)に係る別紙1の物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)上に同目録記載2の建物(以下「本件建物」といい,本件土地とあわせて「本件物件」という。)を所有して,本件建物の賃貸事業を営んでいる。

(持分割合につき乙8,15,その余は争いなし)

イ 原告の父P1は,昭和62年8月25日,興亜火災抵当証券株式会社(以下「興亜火災抵当証券」という。)から,本件建物の設備資金として,次の約定で2口の借入れ(以下,便宜上それぞれを「A口」,「B口」という。)を行い,その担保として,別紙1の物件目録記載1ないし4の各物件につき抵当権が設定された。

(ア) A口

借入額 5億2000万円

利率 年6.1%

元金返済方法 昭和63年から昭和92年(平成29年)まで,毎年8月22日,年次逓増する額(500万円ないし3200万円)を支払う。

利息返済方法 毎年2月22日,8月22日に各6か月分を一括して支払う。

(イ) B口

借入額 2000万円

利率 年6.1%

元金返済方法 昭和65年(平成2年)8月22日に一括して支払う。

利息返済方法 A口と同じ。

(甲5,6,68,76,乙8,9,11)

ウ 原告は,昭和63年12月19日,P1から,本件土地の共有持分及び本件建物並びに興亜火災抵当証券に対する上記イの借入金債務等を相続した。

(争いなし)

エ 原告は,平成元年8月24日,興亜火災抵当証券との間で,原告がP1の上記各借入債務をいずれも引き受ける旨を合意した。

(甲7,8,76)

オ 原告は,平成2年8月22日,興亜火災抵当証券との間で,B口の契約内容を次のとおり変更する旨を合意した。

利率 年8.7%

元金返済方法 平成2年9月22日から同29年8月22日まで,毎月22日,6万1000円(最終回29万7000円)を支払う。

利息返済方法 毎月22日に翌月22日までの利息を支払う。

(甲9,10)

カ 原告は,平成4年8月22日,興亜火災抵当証券との間で,利率に関して,平成5年2月22日弁済分から年7.0%と変更する旨を合意した。

(甲13)

キ 原告は,平成4年9月22日,興亜火災抵当証券から,不動産賃貸業の運転資金として,次の約定で借入れ(以下,便宜上「C口」という。)を行い,これを従前のA口,B口の債務の一部支払に充てた。また,C口の債務の担保として,別紙1の物件目録記載1ないし3記載の各物件につき抵当権が設定された。

借入額 2000万円

利率 年6.1%

元金返済方法 平成4年10月22日から同29年9月22日まで,毎月22日,6万6000円(最終回26万6000円)を支払う。

利息返済方法 毎月22日に翌月22日までの利息を支払う。

(甲14ないし17,76,乙11)

ク 原告は,平成6年8月23日,興亜火災抵当証券との間で,A口の契約内容を次のとおり変更する旨を合意した(以下「平成6年変更契約」という。)。

利率及びその変更 平成6年8月23日から同11年8月22日まで年5.0%で固定し,それ以後は興亜火災抵当証券の長期貸出最優遇金利に0.6%を加えたものとし,爾後,その変動幅と同一の幅で変更できる(長期貸出最優遇金利が廃止された場合は,一般に相当と認められる程度のものに決めることができる。)。

元利金返済方法 平成6年9月22日から,毎月22日,60回目までは元利金合計251万4152円を,61回目から299回目までは同309万0838円を,最終回(平成31年8月22日)は309万0893円をそれぞれ支払う。

(甲21,22)

ケ 原告は,興亜火災抵当証券への返済資金の調達等のために,株式会社福島銀行(以下「福島銀行」という。)からもしばしば借入れを行っていたが,これらの借入金を整理して1口の債務とするため,平成6年12月30日,同銀行から次の約定で3670万円を借り入れた。なお,本件土地の原告の共有持分及び本件建物には,平成元年に福島銀行を根抵当権者,原告を債務者,極度額を3600万円とする根抵当権が設定されていた。

利率 年5.2%

元金返済方法 平成7年1月30日から毎月30日に,15万円宛て割賦弁済し(179回),残金を最終回(平成21年12月30日)に支払う。

利息返済方法 貸付日に平成7年1月30日までの分を支払い,以後1か月分を支払う。

(甲23,24,76,乙8,9,13)

コ 原告は,平成8年11月18日,興亜火災抵当証券との間で,A口の借入れの契約内容を次のとおり変更する旨を合意した(以下「平成8年変更契約」という。)。

利率及びその変更 平成8年10月から同11年9月まで年3.4%とし,同11年10月以後の適用金利については別途協議する。

元利金返済方法 平成8年10月から同11年9月まで毎月22日限り元利金合計204万8932円を,爾後,元利均等分割弁済方式により算出した元利金弁済額を割賦弁済し,最終弁済期限である平成31年8月22日に残額を弁済して完済する。

(甲28,76)

サ 原告は,平成10年4月1日,興亜火災抵当証券との間で,A口,B口及びC口の借入れの契約内容を次のとおり確認ないし変更する旨を合意した(以下「平成10年変更契約」という。)。

(ア) A口

元本残高 4億7427万4322円

利率 平成10年4月1日から同12年3月22日まで年2.6%とする。

元金返済方法 平成10年4月から,毎月22日限り10万円を割賦弁済し,同12年3月22日に残額を一括弁済する。

利息返済方法 平成10年4月から同12年3月22日まで毎月22日に,前回利払期日の翌日から当該利払期日までの利息を支払う。

(イ) B口

元本残高 1444万9000円

利率 平成10年4月23日から同12年4月22日まで年2.6%とする。

元金返済方法 平成10年4月から,毎月22日限り3万円を割賦弁済し,同12年3月22日に残額を一括弁済する。

利息返済方法 A口と同じ。

(ウ) C口

元本残高 1564万4000円

利率 B口と同じ。

元金返済方法 B口と同じ。

利息返済方法 A口と同じ。

(甲36ないし38,76)

シ 興亜火災抵当証券は,平成11年9月29日,有限会社エム・ディー・エル(以下「MDL」という。)に対し,原告に対するA口,B口及びC口の債権を譲渡し,同年10月1日,その旨を原告に通知した。

(争いなし)

ス MDLは,平成12年3月ころ,原告に対し,平成10年変更契約上の残元金一括弁済期日である同年3月22日が経過した後は可能な金額を弁済するよう要求するとともに,本件建物等の担保物件を評価するため,これを精査した。さらに,同年9月,MDLは,担保物件を3億円で任意売却することについて原告に打診してきた。

(甲76)

セ 原告は,平成12年12月26日,福島銀行から,次の約定で借入れを行った。

借入額 3億6000万円

最終弁済期限 平成32年12月30日

利率 年3.45%

元金弁済方法 平成13年1月30日以後,毎月30日限り150万円を支払う(240回払い)。

利息弁済方法 平成13年1月30日までの分は契約締結日に,以後は,毎月30日に翌1か月分を支払う。

(争いなし)

ソ 原告は,上記セと同日,MDLとの間で,A口,B口及びC口の債務につき,次の(ア)ないし(ウ)のとおり合意した上,(イ)に基づき2億7000万円を弁済し,(ウ)に基づき残債務2億2012万7257円の免除を受けた(以下,この債務免除を「本件債務免除」といい,本件債務免除に係る上記金額を「本件債務免除額」という。)。

(ア) 元本残高の承認

A口 4億6147万4257円

B口 1372万9000円

C口 1492万4000円

(イ) 債務の支払い

即日2億7000万円を弁済する。

(ウ) 債権放棄

上記(イ)の支払いをもって,MDLは原告に対して有する残債権を放棄する。

(争いなし)

タ 原告は,上記セの借入金を,上記ソ(イ)の弁済のほか,原告の福島銀行に対する上記ケの債務(平成12年12月25日時点の残高2605万円)の弁済,原告の福島銀行に対する通知預金(6100万円。本件債務免除に係る納税資金とすることを目的とした。)の設定等に充てた。

(争いなし)

チ 福島銀行は,上記セの貸金債権の担保として,MDLが担保を解除した別紙1の物件目録記載1ないし3の各物件に抵当権を設定するとともに,同5の物件についても抵当権を設定した。

(甲68,76,乙8,9,19)

ツ なお,原告は,別紙1の物件目録記載1,2,5の各物件を有していたほか,同6の物件をも所有していたが,これにはその取得資金の借換えとして借り入れた株式会社大東銀行(以下「大東銀行」という。)からの借入金債務を担保するために,その保証会社を抵当権者とする抵当権が設定されていた。

(甲2ないし4,乙3,4,6,15ないし17,弁論の全趣旨)

(2)  処分等の経過について

ア 原告は,平成13年3月15日,被告に対し,平成12年分所得税につき,別紙2の「確定申告」欄記載のとおりに記載した青色確定申告書を提出した。

(争いなし)

イ 原告は,平成13年9月6日,被告に対し,上記青色確定申告書の記載には誤りがあるとして,別紙2の「更正の請求」欄記載のとおりの更正を求める請求をしたが,被告は,平成13年12月6日付けで,原告に対し,更正の理由がない旨の本件通知処分をした。

(争いなし)

ウ 被告は,平成14年1月11日付けで,原告に対し,本件債務免除額を原告の平成12年分の不動産所得の総収入金額に算入すべきであるとして,別紙2の「更正処分等」欄記載のとおり本件更正等処分をした。

(争いなし)

エ 原告は,平成14年1月30日,被告に対し,本件更正等処分につき,本件債務免除額を原告の平成12年分の不動産所得の総収入金額に算入したことを不服として異議申立てをしたが,被告は,平成14年4月26日付けで,これを棄却する旨の決定をした。なお,異議決定書においては,本件通知処分についても異議申立てがあったものとして,これを棄却する旨の判断が示されている。

(異議申立てとその棄却決定については争いがなく,その余につき甲1,2)

オ 原告は,平成14年5月24日,国税不服審判所長に対し,本件更正等処分につき,本件債務免除額を原告の平成12年分の不動産所得の総収入金額に算入したことを不服として審査請求をしたが,国税不服審判所長は,平成15年5月23日付けで,これを棄却する旨の裁決をした。

(審査請求とその棄却採決については争いがなく,その余につき甲3,4)

(3)  基本通達

基本通達の規定のうち,本件訴訟における当事者の主張に関連するものは下記のとおりである(乙25における記載を符号や略語等も含めそのまま引用する。)。

9-12の2[「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合の意義]

法第9条第1項第10号及び令第26条[非課税とされる資力喪失による譲渡所得]に規定する「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合とは,債務者の債務超過の状態が著しく,その者の信用,才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず,近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい,これに該当するかどうかは,これらの規定に規定する資産を譲渡した時の現況により判定する。

36-15[経済的利益]

法第36条第1項かっこ内に規定する「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」(以下36-50までにおいて「経済的利益」という。)には,次に掲げるような利益が含まれる。

(1)  物品その他の資産の譲渡を無償又は低い対価で受けた場合におけるその資産のその時における価額又はその価額とその対価の額との差額に相当する利益

(2)  土地,家屋その他の資産(金銭を除く。)の貸与を無償又は低い対価で受けた場合における通常支払うべき対価の額又はその通常支払うべき対価の額と実際に支払う対価の額との差額に相当する利益

(3)  金銭の貸付け又は提供を無利息又は通常の利率よりも低い利率で受けた場合における通常の利率により計算した利息の額又はその通常の利率により計算した利息の額と実際に支払う利息の額との差額に相当する利益

(4)  (2)及び(3)以外の用役の提供を無償又は低い対価で受けた場合におけるその用役について通常支払うべき対価の額又はその通常支払うべき対価の額と実際に支払う対価の額との差額に相当する利益

(5)  買掛金その他の債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額又は自己の債務を他人が負担した場合における当該負担した金額に相当する利益

36-17[債務免除益の特例]

債務免除益のうち,債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする。ただし,次に掲げる場合に該当するときは,それぞれ次に掲げる金額(次のいずれの場合にも該当するときは,その合計額)の部分については,この限りでない。

(1)  当該免除を受けた年において当該債務を生じた業務(以下この項において「関連業務」という。)に係る各種所得の金額の計算上損失の金額(当該免除益がないものとして計算した場合の損失の金額をいう。)がある場合  当該損失の金額

(2)  法第70条[純損失の繰越控除]の規定により当該免除を受けた年において繰越控除すべき純損失の金額(当該免除益を各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入することとした場合に当該免除を受けた年において繰越控除すべきこととなる純損失の金額をいう。)がある場合で,当該純損失の金額のうちに関連業務に係る各種所得の金額の計算上生じた損失の金額があるとき。  当該繰越控除すべき金額のうち,当該損失の金額に達するまでの部分の金額

(以上1の(3)につき乙25ないし27)

2  主たる争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本件の主たる争点は,次のアないしウである。

ア 本件通知処分の取消しを求める訴えの訴訟要件の有無

イ 債務免除益に対する課税の基準

ウ 本件債務免除額を収入金額に算入することの当否

(2)  主たる争点ア(本件通知処分の取消しを求める訴えの訴訟要件の有無)に対する当事者の主張

(被告の主張)

ア 更正をすべき理由がない旨の通知処分及び増額更正処分を受けた納税者が訴訟によって税額等を争う場合,増額更正処分の取消しを求めれば足り,これと別個に通知処分の取消しを求める訴えの利益はないと解すべきである。したがって,本件通知処分の取消しを求める訴えには訴えの利益がない。

イ 本件通知処分は,国税不服審判所長に対する審査請求の対象とされておらず,適法な審査請求を経ていない。

(原告の主張)

ア 被告の上記主張アは争わない。

イ 本件通知処分は,本件更正処分に吸収されて審査請求の対象とされた。

(3)  主たる争点イ(債務免除益に対する課税の基準)に対する当事者の主張

(被告の主張)

ア 債務免除益に対する課税の原則

(ア) 所得概念

我が国においては,人の担税力を増加させる経済的利得は,反復的,継続的利益のみでなく,一時的,偶発的,恩恵的利得を含め,すべて所得を構成するという包括的な所得概念が採用されている。所得税法36条1,2項が,現金の形をとった利得のみではなく,「金銭以外の物又は権利その他の経済的な利益」(以下「経済的利益」という。)も課税の対象となると定めているのは,かかる包括的な所得概念の現れである。

(イ) 債務免除益の経済的利益該当性

所得税法においては,課税対象となる経済的利益の内容について具体的に規定されていないから,その内容は,法令の規定の趣旨,制度の背景,条理あるいは社会通念をも勘案して解すべきこととなる。そして,課税実務上は,基本通達に基づき,経済的利益該当性の判定を統―的に行っているところ,基本通達36-15(5)は,買掛金その他の債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額又は自己の債務を他人が負担した場合における当該負担した金額に相当する利益が経済的利益に含まれると例示しており,債務免除を受けた場合のその金額は,経済的利益に該当し,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入することとされている。

(ウ) 非課税所得について

所得税法9条は,所得の性質や担税能力等,あるいは社会政策等の政策的見地から,所得税の課税対象とすることが適当でない場合には,非課税所得として所得税を課さないこととしている。そして,同条は,非課税所得を限定列挙したものであるから,担税力を増加させる経済的利得であって同条に該当しないものは,すべて課税所得となる。

同法に,債務免除益を非課税とする規定はない。

イ 債務免除益に対する課税の特例

(ア) 基本通達36-17の趣旨

債務免除を受けた場合のその金額は課税所得を構成するという原則の例外として,基本通達36-17は,債務免除益のうち,債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては,損失を補填する範囲(この範囲の債務免除益を算入しても所得が生じないので,担税力の有無を考慮する必要がない。)を上回る部分を各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しない旨を定め,資力喪失者の受けた債務免除益の一定の部分は課税対象としないこととしている。

かかる扱いを定めた基本通達36-17の趣旨は次のようなものである。すなわち,事業所得者が経営不振による著しい債務超過の状態で経営破綻の状況に陥っている状況で債権者が債権放棄したなどの場合には,債務者は実体的には支払能力のない債務の弁済を免れただけであるから,当該債務免除益のうちその年分の事業損失の額を上回る部分については,担税力を得た所得とみるのは必ずしも実情に即さず,かかる債務免除額に対して所得税法所定のとおり収入金額として課税しても徴収不能となることは明らかで,徒に滞納残高のみが増加し,また滞納処分の停止を招くだけであり,他方,上記のような事情にある明らかに担税力のない者について課税を行わないこととしても,課税上の不公平が問題となることはなく,むしろ課税を強行することに一般の理解は得られないものと考えられることから,かかる無意味な課税を差し控え,積極的な課税をしないこととしたものである。

(イ) 「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」の意義

基本通達9-12の2は,所得税法第9条1項10号及び同法施行令26条に規定する「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合について定めており,これに該当する具体的状況としては,例えば倒産等により債務超過の状態が相当期間継続し,その者の生計を維持するのが限度である程度に所得が減少し,その者の有する信用,才能その他あらゆる可能性をもってしても,近い将来において,その債務の全部を弁済する資金の調達能力がないと認められる場合をいうと解されているところ,同法9条1項10号及び同法施行令26条により譲渡所得が非課税となる場合は,担税力を保持している者に課税しないという不公平を招来する心配のない状況が前提となっている点で,基本通達36-17と同一の状況を想定しているものであり,このことは,逆に,基本通達36-17が適用されるための前提として,当該債務免除を受ける者が,同法9条1項10号及び同法施行令26条に該当する者またはそれと同視できる者である必要があると解すべきことを意味する(債務者について破産,強制執行等の法的手続に入ったり,解散や事業閉鎖を行うに至ったりした事実がない場合については,基本通達36-17の適用はないとする見解がある。)から,基本通達36-17にいう「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に当たるか否かの具体的判断基準は,同法第9条1項10号及び同法施行令26条に規定する「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合に関する上記の基準と同様に解するのが合理的である。

そして,我が国では事業者の多くが債務超過の状態にありながら通常の営業を継続しているという実情があること,破産法における支払不能とは,債務者の債務弁済能力(単に財産のみではなく信用や労力を含む。)が欠乏していることにより,即時に弁済すべき債務を一般的継続的に弁済することができない客観的状態をいうと解され,単に財産状況の債務超過が支払不能に当たるとはされていないことなどに照らしても,債務者の債務超過のみをもって担税力のない債務免除益と即断し,これを課税対象となる収入に算入しないのは相当でないから,基本通達36-17の適用の有無は上記の基準によるべきである。

以上から,基本通達36-17にいう「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」とは,債務者の債務超過の状態が相当期間継続しているか否か,その者の生活費として消費可能な所得が総務省の家計調査における一世帯当りの年間消費支出額を下回るほどであるか否か,その者の有する信用,才能その他あらゆる可能性をもってしても,近い将来においてその債務の全部を弁済する資金の調達能力がないと認められるか否かなどを考慮して,誰の目からみても資力を喪失し経済的破綻状態にあることが客観的に明らかで,課税上不公平な結果を招くことのない場合をいうものと解すべきである。

なお,民事再生法または特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律に基づいて債務の切捨てがされた場合であっても,当該債務者の事業継続に基づく担税力に着目して,当該債務切捨益を課税の対象となる所得金額として扱っている。

(ウ) 課税減免規定の解釈手法と上記(イ)の適用基準の関係

課税減免規定については,例外規定は厳格に解釈すべきであるという法解釈の一般原則や,租税法律主義の見地などからして,課税要件規定の場合よりも更に,その規定の趣旨,目的に沿った厳格な解釈をすべきである。包括的所得概念を採用する我が国の税法のもと,債務免除益は,原則として担税力を有する課税所得に当たるのであるから,これを例外的に非課税とするためには,上記(イ)の判断基準により,債務免除益が,およそ「担税力を有する経済的利益」には該当しない場合でなければならず,たとえ不十分であっても担税力が未だ存在するにもかかわらず,安易にこれを非課税とすることは,課税減免規定を厳格に解釈すべきであるとの要請に照らし許されない。

(エ) 債務免除益の経済的利益該当性と基本通達36-17との関係

原告は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に受けた債務免除については,そもそも所得税法36条1項の経済的利益自体が生じない旨を主張するが,基本通達36-17は,債務免除益によって債務者は常に経済的利益を受けるものの,一定の場合には当該経済的利益に対する担税力がないことに着目して,実務上積極的な課税をしないこととしたものであり,所得税法36条所定の経済的利益の有無を個々の債務免除ごとに問題とする原告主張は根本的に誤っている。

基本通達36-17ただし書は,債務免除を受けた年において当該債務を生じた業務に係る各種所得の損失金額及び純損失の金額がある場合には,当該損失の金額に達するまでの部分の金額については,債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合であっても,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入することと定めているところ,原告の主張に従うならば,かかる扱いはそもそも不要となるはずである。

(オ) 基本通達36-17と租税法律主義との関係

原告は,基本通達36-17の解釈に関する被告の上記主張に対し,通達によって法律で規定していない課税除外所得を設けるものであって租税法律主義の原則から許されないと主張するが,所得税法9条1項10号の適用状況と同様の場合に積極的な課税を差し控えるということには合理性があり,国民の自由と財産を保護し国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を与えるという租税法律主義の意義,機能に反するものではない。

(カ) 主張立証責任

課税処分取消訴訟においては,処分者である被告課税庁が課税要件事実について主張立証責任を負うのが原則であるが,債務免除益が所得税法上の非課税所得に該当せず,課税所得を構成することが明らかであり,原告の訴えは,課税上の恩恵の付与としての特例の適用を求めるものであるから,その特例の適用があることの主張立証責任は,租税負担の免除という経済的利益を享受する原告が負うべきである。

(原告の主張)

ア 経済的利益の判断のあり方

(ア) 我が国の税法は,人の担税力を増加させる経済的利益の取得を所得ととらえる包括的所得概念を採用しているところ,所得税法36条1項は,過度に広範な概念となりうる包括的所得概念に関し,「収入金額」,「収入」の概念による絞りをかけて,未実現利益(農産物の収穫,資産の値上がり益等)や帰属所得(自己の財産及び労働に直接帰せられる所得,自己の財産の利用から得られる経済的利益及び自家労働から得られる経済的利益)につき,一部の例外を除いて課税しないこととしたものである。すなわち,同項は,経済的な利益の収受(経済的価値の外からの流入)が存在してはじめて課税対象となる所得が生じる旨を定めた規定であり,同項にいう経済的利益に該当するか否かは,実質的かつ経済的な観点から判断しなければならない。

(イ) 債務免除の場合,法的に債務の全部または一部の消滅があっても,実質的かつ経済的な観点からして単に資力を喪失しかつ支払能力の限度を超えた部分のカットを受けたにすぎない場合には,担税力を増加させる経済的利益の取得があったといえず,当該債務免除額は所得とはならないことになる。したがって,被告が主張するように,債務免除がされた場合には常に経済的利益が発生し,債務免除益は原則として課税所得を構成するというものではなく,当該債務免除により担税力が増加して課税対象となる所得を得たか否かは,あくまでも個別の事案の具体的事情ないし背景を勘案した上で判断しなければならない。

(ウ) 経済的価値の外からの流入が存在してはじめて課税対象となる所得が生じるものと解すべき以上,債務免除益の経済的利益該当性の判断に当たっては,債務免除をした債権者側において経済的価値が流出したか否かをみる必要がある。

イ 基本通達36-17等の趣旨等

(ア) 基本通達36-17は,その規定振りや表現において,特例的な課税除外所得を規定したものであるとの誤解を招きかねない不適切な点があるものの,その実質は,基本通達36-15と同様,所得税法36条1,2項所定の経済的利益についての解釈通達であり,債務免除がされても経済的利益の収受がない場合を例示して,これを課税対象となる経済的利益とはみない旨を明らかにしたものである(したがって,本来であれば,基本通達36-17は,経済的利益としての債務免除益を例示する同36-15(5)のただし書として規定されるべきものである。)。

被告は,基本通達36-15により,債務免除益は所得税法36条1項所定の経済的利益に該当するのが原則であり,基本通達36-17は,その原則の例外として,課税すべき債務免除益について特例的に収入金額への算入をしない場合を定めたものである旨主張するが,かかる主張は,通達によって法律で規定していない課税除外所得を設けることになり,租税法律主義の原則に照らして暴論といわざるをえない。

(イ) 基本通達36-17と所得税法9条,同法施行令26条及びその解釈通達との関係

所得税法9条1項各号に列挙された非課税所得は,いずれも経済的利益の取得が認められ,所得税法36条の適用上は課税所得とされるべき場合について,諸々の政策的考慮等から非課税とすることとされたものである。これを同項10号についてみると,強制換価がされ,または強制換価が必至の状況で資産を売却譲渡することによって譲渡所得が発生した場合には,それが弁済の原資となったことからしても経済的利益の取得は明らかで,本来であれば所得税法36条により課税されるべきこととなるが,このような場合には納税義務者に担税力がないことが通常であるために,立法政策として譲渡所得を非課税としたものである。したがって,所得税法9条1項10号,同法施行令26条及びその解釈通達である基本通達9-12の2が,納税義務者の属人的な納税資力に着目した定めをすることは首肯しうる。

他方,基本通達36-17は,そもそも担税力のある経済的利益に該当するか否かについての解釈通達(例示)であり,債務免除を受けた債務の支払能力に着目するものであって,両者はその前提を全く異にする。この点,被告は,両通達が,納税資力がなく徴収不能となることが明らかな場合についての非課税を規定する同趣旨の規定であるとして,基本通達9-12の2の解釈が基本通達36-17の解釈にも妥当し,その適用場面は倒産等により経済的破綻状態にあることが客観的に明らかな場合に限定されるべきであるなどと主張するが,かかる主張は,これらの基本通達の前提ないし趣旨の差異を看過するものである。

(ウ) 以上から,基本通達36-17に定める「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に該当するか否かは,債務免除により経済的な利益を収受したか否か,すなわち当該債務免除を受けた時点において債務者に当該債務免除を受けた部分の債務の支払能力があったか否かを,実質的かつ経済的観点から判断すべきであり,その結果,当該債務免除がもともと支払い得ない部分のカットを受けたにすぎないと認められる場合には,所得税法36条所定の経済的利益該当性が否定されることとなる。そして,上記判断に際し,「近い将来においてその債務の全部を弁済する資金の調達能力がないと認められるか否か」が判断基準の一つとなることは争わないが,債務超過状態が相当期間継続しているか否かとか,可処分所得が総務省の家計調査における一世帯当たりの年間消費支出額を下回るかどうかなどを基準とすることは不適切である。

(エ) なお,被告は,基本通達36-17ただし書を根拠に,債務免除があっても経済的利益の収受がない場合には収入金額への算入はない旨の原告の主張を論難する。しかし,所得税法36条1項の解釈として,債務免除がされても,当該債務免除を受けた者に経済的利益の収受がない部分について収入金額が生じないことになるのは当然のことであって,それにもかかわらず,当該年に損失があった場合に,当該債務免除額のうち当該損金相当額については収入金額に算入するとの扱いを定める基本通達36-17ただし書は,所得税法36条の解釈と運用を定めるものとしては逸脱があるといわざるを得ない。

(オ) 主張立証責任

被告は,基本通達36-17が実質的な課税減免規定であるとした上で,その適用のあることは納税者たる原告の主張立証責任に属する旨を主張する。

しかし,基本通達36-17は,所得税法36条1項所定の経済的利益に関する解釈通達であり,課税所得についての減免規定ではないから,課税要件としての経済的利益の有無という事実についての主張立証責任は,なお被告が負うものである。

(4)  主たる争点ウ(本件債務免除額を収入金額に算入することの当否)に対する当事者の主張

(被告の主張)

ア 本件債務免除額を不動産所得の収入金額に算入する取扱いの根拠

(ア) 一般に債務免除益は経済的利益に該当し,各種所得の計算上収入金額又は総収入金額に算入されて課税対象となるところ,本件債務免除について,基本通達36-17の債務免除益の特例の適用がないことは後記イのとおりであるから,本件債務免除額はその全額が原告の平成12年分の不動産所得の収入金額に算入される。

(イ) 仮に,債務免除があっても,単に資力を喪失し支払能力の限度を超えた部分のカットを受けたにすぎない場合は経済的利益の収受が存せず,所得税法36条所定の経済的利益に該当しないとの原告主張を前提としたとしても,本件債務免除については担税力を有する経済的利益が存し,本件債務免除額を不動産所得の収入金額に算入すべきであることが,後記イから明らかである。

イ 本件債務免除に基本通達36-17の適用がないこと及び担税力を有する経済的利益が存すること

(ア) 原告の資産及び負債等の状況

a 平成12年12月25日における資産及び負債の状況

本件債務免除の前日である平成12年12月25日における原告の資産及び負債の状況は,別紙3記載のとおり,資産額5億4200万3954円,負債額5億6729万9606円であり,2529万5652円の債務超過であった。

これに対し,原告は,同時点における資産見積額は合計2億0813万6976円であった旨主張するが,福島銀行から3億6000万円を借り入れることができたことからして,原告による上記資産見積額には根拠がない。

b 平成12年12月末における資産及び負債の変化等

本件債務免除がされた後の平成12年末における原告の資産及び負債は,上記aの時点と比較して,資産が6100万円増加(福島銀行に通知預金を設定したことによる。)し,負債が1億5617万7257円減少(福島銀行からの借入金債務3億6000万円が増加した一方,同銀行に対する従前の借入金債務2605万円が弁済により消滅し,MDLに対する借入金債務4億9012万7257円が一部弁済及び本件債務免除により消滅したことによる。)した。

c 原告の債務弁済状況

原告は,本件債務免除を受ける以前において,MDL,福島銀行,大東銀行及び株式会社仙台銀行(以下「仙台銀行」という。)の各債権者に対する借入金債務の元本,利息を,いずれも毎月滞りなく返済していた。また,原告が負担していた債務の平成12年中の元本返済額は2474万1491円,利息支払額は671万3277円であった。

(イ) 収支状況

a 平成12年分の収支状況

原告の平成12年分の収支は,本件債務免除額を除いた収入が合計7201万3918円(不動産収入6178万6470円,給与収入1022万7448円),支出が5520万5903円(社会保険料88万0469円,所得税及び住民税の合計35万2240円,不動産収入に係る管理費等の経費支出額2251万8426円,借入金債務の元本返済額2474万1491円,同利息支払額671万3277円)であり,同年分の可処分所得額(家事関連費用等に費消しうる額)は,上記収入額から同支出額を差し引いた1680万8015円であった。この可処分所得額は,総務省の家計調査における一世帯当りの年間消費支出額を大幅に上回っている。

b 収支経過等に関する原告の主張について

原告は,本件債務免除に至るまで,その不動産所得に係る資金収支及び全体的資金収支がいずれも恒常的に赤字の状態であった旨を主張するが,そもそも基本通達36-17の債務免除益の特例の適用の有無は,当該債務免除を受けた時点における債務者の現況により判断すべきことであるから,過去の収支状況は,本件とは直接的関係がない。また,原告の上記主張に係る収支計算は,本来同一生計内のものとして支出から除外すべき専従者給与を支出に算入してされたものであるところ(本件更正処分ではその経費性自体も否認されている。),専従者給与等について補正した収支は資金不足とはなっておらず,むしろ資金収支は改善してきていた。さらに,原告は,平成9,10年の資金繰りについて巨額の赤字が生じた旨主張するが,上記各年においては,建物改修等の資本的支出としてそれぞれ5107万4354円,2400万円が支出されたものであり,これらの支出についてはいずれも仙台銀行からの借入れ(平成9年1月に4000万円,同10年5月に2520万円)により賄うことができたのであるから,資金不足が生じたということはできない。

(ウ) 原告の資金調達能力等

a 福島銀行からの3億6000万円の借入れ

原告は,本件債務免除当時,原告固有の資産額は2億円を若干上回る程度にすぎず,原告は著しい債務超過状態にあった旨主張するが,福島銀行が,原告に3億6000万円を貸し付ける際に,原告の弁済能力を考慮しなかったとは考えられないことからすれば,そのような原告主張には根拠がない。仮に,原告の資産額が原告が主張する程度のものであったとしても,上記借入れの事実を考慮すれば,資産額が低く評価された分に相応して,本件建物の継続的所有に係る経済的価値が高く評価されたということになるのであって,原告の債務弁済能力を否定することにはならない。

また,本件債務免除に際し原告が上記借入れを行った事実は,原告自身が,上記借入額に相当する債務の弁済資力を有することを自認したことにほかならず,しかも,上記借入れのうち6100万円は,当初から本件債務免除額に対する課税を予定した上,その納税資金として用意されたものであり,原告が本件債務免除額に対する課税に関し納税資力を保持していることは明らかである。

なお,原告の主張によれば,弁済資力を超える部分についてされた債務免除については課税すべきでないことになるが,上記借入れの事実から原告の弁済資力が少なくとも3億6000万円以上あることは明らかなものの,原告の有する弁済資力の絶対額は不明であるから,結局,原告の弁済資力を超える債務免除額を算定することは不可能である。

b 不動産所得の原資たる財産が失われていないこと

本件債務免除の結果,原告は,不動産所得を生じる源泉としての本件物件の所有を維持し,債務弁済能力を保持しているのであって,このことこそが本件債務免除額に対する課税の本質である。

(エ) まとめ

上記のような原告の本件債務免除当時における資産及び負債の状況,収支状況等からすれば,原告は,たとえ債務超過状態にあったとしても,その信用,才能等を活用して,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができたものというべきであり,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」には当たらないから,本件債務免除に基本通達36-17の適用はない。また,以上からすれば,仮に,債務免除があっても経済的利益の収受がない場合には収入金額への算入はない旨の原告主張を前提としても,本件債務免除は経済的利益の収受に当たるから,これを不動産所得の総収入に算入すべきである。

(原告の主張)

ア 本件債務免除当時著しい債務超過状態にあったこと

(ア) 原告の本件債務免除当時の資産及び負債の状況に関する被告の主張のうち,負債額が5億6729万9606円であったことは争わないが,資産額は,実際には被告主張(5億4200万3954円)よりも大幅に少ない2億0813万6976円にすぎなかったのであり,原告が当時著しい債務超過状態にあったことは明らかである。

(イ) 被告の算出した原告の資産額は,次の点で誤っている。

a 被告は,本件建物について,平成12年末における簿価をもってその資産価値としているが,簿価は,取得価格(取得原価)を各会計期間に割り当てて費用配分を規則的,継続的に行う手続である減価償却の結果として算出される償却資産の未償却残高にすぎず,本件建物の時価と直接の関連を有するものではない。

本件建物の当時の時価(正常価格)は,5000万円から6000万円程度であり,さらに,短期的な換価を迫られていた当時の原告の状況からして,現実に処分を見込むことのできる金額は,その7,80%である3500万円から4800万円程度であった。

b 本件土地及び別紙1の物件目録記載5(別紙3記載の1⑪)の宅地については,それらの正常価格が被告の主張する程度のものであったことは争わないが,上記aと同様,短期的な換価を迫られていた当時の原告の状況からすれば,現実に処分を見込むことのできる金額は,それら正常価格の7,80%にすぎなかった。

イ 収支の経過等

(ア) 不動産所得に係る損益及び収支の経過

a 不動産所得に係る損益の経過

原告の本件建物に係る不動産賃貸業の平成5年から平成11年までの損益は,別紙4記載のとおり,概ね赤字基調で推移してきたものであり,これ以前も大きな損失を生じていた。

b 不動産所得に係る収支の経過

原告の本件建物に係る不動産賃貸業の平成7年から同11年までのキャッシュ・フロー・ベースでみた収支(所得計算上は経費となる減価償却費を除き,所得計算上は経費とはならないが金銭の流出を伴う資本的支出である改装・設備更新費を加えたもの)は,別紙5記載のとおり,恒常的に赤字となり,特に平成9,10年には巨額の赤字を生じている。

c 平成12年分に関する特殊事情

被告は,原告の平成12年分の収支について,多額の可処分所得を生じていた旨指摘するが,これは,平成12年3月以降MDLへの支払はすべて元金に充てられ利息の支払がなかったこと,本件物件の売却処分を前提に修繕費や改装費をほとんど支出しなかったことなどの事情に起因して生じた例外的な事態であるから,原告の収支経過を検討する上で考慮すべきものではない。

(イ) 収支悪化の原因

a 多額の金利の支払

本件建物に係る借入金の利息の支払が多額であったことが,原告の不動産賃貸業の収支を悪化させる大きな原因となった。

b 修繕費,改装・設備更新費

本件建物(昭和53年10月建築)の躯体や設備の老朽化が進んで恒常的に多額の修繕費がかかるようになってきたことや,賃貸住戸の区画の陳腐化した内装設備を更新する工事等のために多額の改装・設備更新費を要するようになったことも,原告の不動産賃貸業の収支を悪化させる大きな原因となった。

(ウ) 本件債務免除以前の資金調達

原告は,相続によって本件建物等を取得してから本件債務免除を受けるまでのわずか10年程度の間に,不動産賃貸事業に関して合計1億6700万円もの資金の調達を迫られて,金融機関からの借入れ,資産売却,妻からの融通等によりこれを工面してきたにもかかわらず,原告が相続により引き継いだ債務額5億3500万円は,本件債務免除を受けた時点でもほとんど減少していなかった(5億3435万1578円)。

(エ) 収支の経過と変更契約との関係等

原告の平成8年から同12年までの収支の経過は,別紙6記載のとおりである。

原告の本件債務免除を受ける前における給与収入を含めた現実の収支の経過を一見すると,大きな設備投資がなければ,恒常的に生じている不動産賃貸業によるマイナスを給与収入により埋め合わせることができるように思われる。しかし,平成6年変更契約に従った返済をした場合の原告の仮定的収支は,平成8年を除き,給与収入全部をつぎ込んだとしても,1000万円単位の大きな赤字を生じる状態であり(平成8年も給与収入の半分以上を充てなければ赤字は埋まらない。),また,平成8年変更契約に従った返済をした場合の原告の仮定的収支は,資本的支出としての大修繕を一切行わないという非現実的仮定のもとで給与収入を充てることによりかろうじて黒字になるかどうかの状況であって,上記いずれの仮定的収支を検討しても,早晩原告が経済的に破綻することは免れなかったものと考えられる。

なお,平成10年変更契約は,興亜火災抵当証券が,原告から期限の利益の放棄を得る目的で破格に有利な支払条件を提示して合意されたもので(これに従えば,A口の元金完済まで380年以上かかることになる。),正常なものとはいいがたい。

(オ) 本件債務免除を得られなかったとした場合の状況

a 支払期限の到来について

原告は,平成10年変更契約により,4億9000万円を超える債務について平成12年3月22日をもって一括弁済しなければならなかったところ,仮に本件債務免除を受けられなかったとすれば,原告は経済的破綻を免れず,MDLに対する債務のほか,それ以外の債務についても期限の利益を喪失して,それら債務の全額について支払請求を受けることとなって,本件物件を含むすべての資産の処分を迫られることになったはずである。

b 本件建物に係る今後の出費について

仮に,本件債務免除を受けず,5億4418万円程度の借入残金を当時の常識的な金利(年3.45%)に従い20年間で完済するという前提で,本件建物に係る不動産賃貸業を継続した場合の収支を考えてみると,借入金の年間の返済額は少なくとも4590万円程度(利息1870万円,元金2720万円)になるほか,本件建物の経年に伴う老朽化により,今後は従前以上に大規模な修繕工事や設備の更新工事が必須となり,給排水設備更新工事に約5700万円,エレベーターに約685万円,外装,外構の大規模修繕に約2400ないし3200万円などの莫大な支出が見込まれる。

したがって,仮に本件債務免除を受けなかったとすれば,これらの修繕工事等を行いながら上記の借入金返済を継続することは到底不可能であり,原告は間もなく経済的に破綻していたものと考えられる。

ウ 被告の主張に対する反論

(ア) 資金調達能力について

a 福島銀行からの3億6000万円の借入れについて

福島銀行からの3億6000万円の借入金のうち,MDLへの弁済に充てた2億7000万円は原告のMDLに対する債務を福島銀行が肩代わりしたものといえ,また,福島銀行からの従前の借入額2605万円に相当する部分は単なる借換えであって,原告が得た新たな与信といえるのは,3億6000万円から上記各金額を控除した6395万円にすぎず,その6395万円についても,貸借対照表上は負債の増加として計上されることなどからして,本件債務免除によって収受した経済的利益とはいえないから,上記借入れの事実は,本件債務免除額相当の経済的利益が存することの根拠とはなりえない。

また,上記借入れが可能であったのは,①後順位担保権者たる福島銀行において,MDLによる担保物件の処分によって原告に対する従前の貸金(2605万円)のほぼ全額が回収不能となる事態を回避しようとの思惑が働いたこと,②福島銀行の増担保の要求に対し,原告が新たな物的,人的担保(共同抵当としての2119万4730円相当の別紙1の物件目録記載5の土地,保証人としての原告の妻)を差し入れたこと,③福島銀行が,取引関係のある原告の顧問税理士による原告への融資の要請を無視できなかったこと,などの理由によるのであって,原告に上記借入額相当の資金調達能力が存したからではない。

b 仙台銀行からの「借入れ」について

被告は,原告が平成9,10年に行った本件建物の改修のための支出(平成9年5107万4354円,平成10年2400万円)を仙台銀行からの借入れ(平成9年1月に4000万円,平成10年5月に2520万円)によって賄うことができた旨指摘するが,上記改修工事費用の捻出の実態は異なり,原告に借入れに見合う資力があったものではない。すなわち,原告は上記改修費用を金融機関からの借入れによって調達することができるような状況にはなかったところ,上記改修工事を請負った小野壱産業株式会社(以下「小野壱産業」という。)の協力を得て,原告が振り出した約束手形を担保として小野壱産業が仙台銀行から得た融資を原告に環流する方法をとったものであり,原告が仙台銀行から与信を受けた事実はなく,また,小野壱産業が上記方法に協力したのは,小野壱産業の社長が原告と懇意にしていたなどの事情があったためにすぎないから,原告が小野壱産業から与信を受けたということもできない。

(イ) 債務弁済状況について

被告は,原告が本件債務免除を受ける前において本件債務免除に係る債務及びその他の債務を滞りなく返済していたことを指摘するが,原告は,それらの債務の支払に窮していたために,興亜火災抵当証券に対して返済資金の融通,金利の減額,返済方法の見直し等を懇請し,数次にわたる契約内容の変更を受けるなどしてきたのであり,興亜火災抵当証券において不良債権としての処理を想定してされた平成10年変更契約に基づく毎月の弁済が滞っていなかったことをもって,原告が上記各債務についての弁済能力を喪失していなかったということはできない。また,A口,B口及びC口の各債務については,平成10年変更契約により,平成12年3月22日の経過によって全額について期限が到来し,直ちにこれらを支払わなければならない状態となっていたのだから,本件債務免除を受けた平成12年12月25日の時点では,上記各債務について巨額の延滞を生じていたものである。

(ウ) 本件物件が失われていないことについて

被告は,本件債務免除後も原告の不動産所得の原資たる本件物件が失われていないことを指摘するが,MDLは,本件物件等の換価による回収可能額を勘案した上で,自己に有利な債権回収のための措置として本件債務免除を行ったのであって,原告に対して経済的利益を供与したものではないから,原告が本件債務免除によって経済的利益を収受したとはいえない。

(エ) 専従者給与を考慮することの可否について

被告は,原告の母P2に対する専従者給与について,本件更正処分においてその経費性が否認されており,原告の収支から除外すべきである旨を主張するが,P2は,平成11年5月ころまで本件建物の1室に単身居住してその管理の仕事に従事していたのであり,平成6年分から平成12年分までのP2に対する専従者給与として計上した金額(各年240万円)は,ほぼ同額が現実に原告の家計または不動産事業会計から流出したものであって,これを原告の弁済能力を測るための収支から除外すべきではない。

エ まとめ

以上から,原告は,本件債務免除当時,著しい債務超過状態にあり,その資産を処分したとしても,現に残債務の全部を弁済するための資金を調達することはできず,近い将来においても調達することができなかったことは明らかであって,そのような支払不能部分についてされた本件債務免除によって何らかの経済的な利益を取得したものではないから,基本通達36-17及びその趣旨に照らし,本件債務免除額を不動産所得の収入金額に算入すべきではない。

第3争点に対する当裁判所の判断

1  主たる争点ア(本件通知処分の取消しを求める訴えの訴訟要件の有無)について

本件通知処分は本件更正処分についての審査請求によりその確定を遮断され,本件更正処分の取消しを求める訴えの判決理由において,原告の平成12年分所得税の総所得の更正請求に理由があり当初申告額からの減額更正をすべき旨の判断がされれば,被告は当該判断に拘束されて,原告が本件訴訟において得ようとする救済の実質は過不足なく実現されることが可能であると解されるから,本件通知処分の取消しを求める訴えは,本件更正処分の取消しを求める訴えと独立に固有の訴えの利益を有するものではないというべきである(この点について,実質的には当事者間に争いがない。)。

したがって,本件更正処分の取消しを求める訴えと共にされた本件通知処分の取消しを求める訴えは,これが適法な審査請求を経たものであるか否かについて判断するまでもなく,訴訟要件を欠く不適法な訴えであり,却下を免れない。

2  主たる争点イ(債務免除益に対する課税の基準)について

(1)  債務免除益の経済的利益該当性

債務免除は,法的には,債権者が債務者に対する債権を消滅させる行為であり,経済的な面から客観的にみれば,債権者による債権という経済価値の放棄により,債務者の債務という負の経済価値が消滅するというものであって,これが基本的に経済的利益に当たることは明らかである。したがって,基本通達36-15(5)が,債務免除を受けた場合の当該債務免除額が経済的利益に含まれる旨を定めたのは,所得税法36条1項の妥当な解釈を課税行政実務の立場から確認したものとして合理性を有するものである。

(2)  基本通達36-17の意義

ア 基本通達36-17は,債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けた債務免除における当該債務免除額については,ただし書に規定する場合を除き,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする扱いを定めているので,その意義について検討する。

イ 所得税法9条1項10号は,基本通達36-17と同様の文言を用いて,資力を喪失して弁済することが著しく困難な場合における強制換価手続による資産の譲渡による所得について,これを非課税とする旨定めている。これは,このような場合の譲渡所得もあくまで所得ではあるものの,実際上担税力のある所得を得たとはいいがたく,税の納付能力がないために課税しても徴収不能となって無意味であることから非課税とした趣旨の規定と解され,これを受けた基本通達9-12の2が「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合とは,債務者の債務超過の状態が著しく,その者の信用,才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず,近い将来においても調達することができないと認められる場合をいう」旨の定めをしているのも,上記の法の趣旨を敷衍し,譲渡所得があっても担税能力のない場合を具体的に明確にしたものといえる。

ウ 所得税法の規定を受けて制定された基本通達が,同法の規定と同様の文言を用いている以上,特段の事情がない限り,その意義についても同様に解するのが相当であるから,基本通達36-17は,所得税法9条1項10号と同様の状況を想定した規定であると解される。すなわち,債務免除がされる場合においても,実際上担税力のある所得を得たとはいいがたく,納税能力がなくて課税することが無意味な場合が一般的に想定できることから(典型的には,所得税法9条1項10号に定める状況で強制換価手続後の残債務を免除した場合が想定される。),このような場合には特例的に収入に値しないとして,積極的な課税をしないという行政指針を定めた趣旨と解するのが相当であり,基本通達36-17ただし書が,課税に意味がある一定の場合には収入金額に算入するものと定めているのも,その趣旨に合致するところである。

エ したがって,基本通達36-17は,債務免除が基本的には課税対象たる経済的利益に該当することを前提として,所得税法9条1項10号と同様の場合には,債務免除益が課税対象たる経済的利益に該当しないと解し,これを所得の計算上収入金額に算入しないこととしたものであり,これは,同法の趣旨に沿った合理的な取扱いであって,同法36条1項の解釈の範囲内にあるというべきであるから,これが租税法律主義に反するともいえない。

(3)  基本通達36-17の適用基準

基本通達36-17の上記趣旨に照らすと,その該当性判断における具体的基準としても,法9条1項10号を受けた基本通達9-12の2の基準が当てはまるというべきである。

また,証拠(乙37)及び弁論の全趣旨によれば,課税行政上の実務の運用として,個人事業者が事業再生のための債務免除を受けた場合の債務免除益について,基本通達36-17により収入金額に算入されないこととされるのは,財産を売却するなどして保有資産がなくなり,収入を得ているとしても生計を維持する程度の最低限の収入にとどまる場合であり,事業の継続のために必要な資産等の保有が認められ,残債務等の弁済が可能な程度に債務免除を受けた場合には,その債務免除益は収入金額に算入する扱いとされていることが認められ,この運用は,同通達の上記趣旨に沿った適切な運用というべきであるから,本件においても,かかる実務の運用をもふまえて,基本通達36-17の適用を検討するのが相当である。

(4)  原告主張について

原告は,債務者が支払能力を超えた部分の債務のカットを受けたにすぎない場合は,債務者に経済的利益がなく,その債務免除益は課税の対象にならない旨主張するが,かかる解釈は法的にも経済的にも根拠に乏しく,独自の見解であって採用しえない。

なお,債務免除益が,未実現利益や帰属所得とは異なり,「外からの流入」であることは明らかである。

3  主たる争点ウ(本件債務免除額を収入金額に算入することの当否)について

(1)  前記前提となる事実に,証拠(甲2ないし4,43,44,67ないし69,72,73,76,77,乙3ないし6,8,9,12ないし17,19ないし23,30ないし32)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件債務免除がされた前後の事情について,次の各事実が認められる。

ア 本件債務免除がされる直前の平成12年12月25日の時点における原告の資産及び負債の状況は,資産の価額を除いて別紙3記載のとおりであり,負債総額は5億6729万9606円である。

資産の価額につき,被告主張のように,本件建物の価額を減価償却計算に基づいて算定し,不動産の換価による減価リスクを考慮しないで計算すると,資産総額は別紙3記載のとおり5億4200万3954円となり,原告主張のように,本件建物の価額を時価で算定し,不動産の換価による減価リスクを考慮して計算すると資産総額は2億0813万6976円となるが,いずれにしても原告は当時債務超過の状態にあった。

イ 当時,原告の有した不動産のうち,本件土地,本件建物にはMDLのための抵当権等が,別紙1の物件目録記載6の物件(別紙3記載の1⑨及び⑫の物件)には大東銀行からの借入れの保証会社のための抵当権が,それぞれ設定されていたが,同目録記載5の物件(別紙3記載の1⑪の物件)には,何らの担保権も設定されていなかった。

ウ 当時から,原告の妻P3は,原告の現住居であるマンション1室(○○○○号室)のほか,その隣室(○○○○号室)を所有しており,原告の母P2は,別紙1の物件目録記載1及び3の各物件を所有している(同1の物件については共有持分)。

エ 原告には不動産収入のほか,勤務先である株式会社河北仙販からの給与収入があって,原告の平成12年分の可処分所得額(家事関連費用等に費消できる金額)は1680万8015円であり,これは総務省の家計調査に基づく仙台市に居住する世帯人員6人家族の一世帯当たりの年間消費支出額461万3472円を大きく上回っていた。

オ 平成12年8月ころ,MDLが本件物件の売却による貸金回収を具体的に検討していることを知った後順位担保権者の福島銀行は,本件物件の売却により自己の貸金回収が不能となることを懸念し,原告に対し,同銀行が原告に融資してMDLからの借入金を整理することを打診してきた。

これを受けた原告は,福島銀行からの融資を受けてMDLの債務を整理できれば,不動産収入の源である本件建物が原告のもとに残り,破綻を免れると考えてこれに同調し,MDL及び同銀行との交渉を重ねた結果,MDLに2億7000万円を弁済し,MDLから担保の解除と残債務の免除(本件債務免除)を受けること,同銀行から,MDLへの上記返済資金に,同銀行の貸金(2605万円)の借換資金,本件債務免除に係る納税資金(約6000万円)等を加えた計3億6000万円の融資を受けることが決定し,同年12月26日にこれらが実行された。

カ 福島銀行は,上記融資に際して,MDLが担保を解除した物件に抵当権を設定したほか,それまで担保権が設定されていなかった別紙1の物件目録記載5の物件(別紙3記載の1⑪の物件)についても新たに抵当権を設定し,また,原告の妻を連帯保証人とした。

キ 本件債務免除後の原告の資産及び負債の状況は,以前に比べ,資産として,福島銀行への通知預金6100万円(納税資金)が増加し,負債として,福島銀行からの借入金3億6000万円が増加し,同銀行からの従前の借入金2605万円及びMDLからの借入金4億9012万7257円が減少した。

ク 原告は,上記オの経緯から,本件物件の処分を免れて,本件債務免除後も本件建物の賃貸事業を継続して営み,平成13年度は,青色申告特別控除前の不動産所得金額が806万9143円になり,その他に1047万0204円の給与収入もあって,福島銀行等への返済を行っている。

ケ 原告は,本件債務免除に係る納税資金として預金した6100万円を現在においてもそのまま保持している。

(2)  以上の事実によれば,原告は,本件債務免除当時,債務超過の状態にはあったものの(福島銀行が3億6000万円の融資をしていることからすると,妻や母の資産も含めた原告の資力として,3億6000万円以上は存したというべきである。),多額の可処分所得や資産(家族所有分も含む。)を有していて,負債に対する返済能力を失って破綻状態にあったわけではなく,現に福島銀行からの融資が可能な状態で,その融資金を利用して本件債務免除を受けることができ,それにより,不動産事業の原資となる資産の処分を免れて事業を継続するに至ったこと,実際に本件債務免除を受けたことにより資産及び負債の状況が大きく改善して,ほぼ債務超過の状態が解消され,支払能力が増大したことが認められ,これらに鑑みると,本件債務免除を受けた原告の状況は,「債務者の債務超過の状態が著しく,その者の信用,才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず,近い将来においても調達することができないと認められる場合」(基本通達9-12の2)に該当するとはいえず,原告が納税能力に欠けているとはいえないから,基本通達36-17を適用して本件債務免除額を収入金額に算入しないこととするのは相当でない。また,かかる本件債務免除額を収入金額に算入することは上記の課税実務の運用にも合致するところである。

これを実質的にみても,原告自ら,資産を処分して債務を清算する途を選ばずに,資産を残したままの事業継続による債務弁済の途を望み,その一環として本件債務免除による負債の減少という経済的利益を求めた結果,それを前提として事業継続による債務弁済の客観的見込みが立って希望が実現したのであるから,原告が本件債務免除額に対する税を負担することには十分な合理性があるというべきである。

(3)  原告は,福島銀行からの上記融資は,①従前の債権の回収に関する福島銀行の思惑,②原告が福島銀行からの増担保の要求に応じたこと,③福島銀行と原告の顧問税理士との人的関係,などの理由から可能となったもので,上記融資の実行と原告の資金調達能力とは関係がない旨主張するが,仮に上記①ないし③の事情があったとしても,同銀行が原告の返済能力を超えて融資を実行したとはいえないから,上記融資実行の事実から原告の資金調達能力を評価することをもって不当とはいえない。

(4)  したがって,本件債務免除に基本通達36-17の適用はなく,本件債務免除額を原告の平成12年分の不動産所得の総収入金額に算入することは相当であって,これを前提としてされた本件更正等処分が違法とはいえない。

4  よって,原告の本件通知処分の取消しを求める訴えは訴訟要件を欠いて不適法であるから,これを却下し,原告のその余の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村幸一 裁判官 清水知恵子 裁判官 佐藤隆幸)

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