仙台地方裁判所 平成15年(行ウ)3号 判決 2004年1月27日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,Aに対して,金1億円の支払を請求せよ。
第2事案の概要
本件は,仙台市(以下「市」という。)の住民である原告が,被告に対し,仙台市が市立図書館の分館(以下「分館」という。)用地として仙台市土地開発公社(以下「公社」という。)に先行取得(買収)を委託した土地について,元教育長で現仙台市長のAが,教育長として分館の整備計画がないのに不要不急な先行取得を依頼し,市長になった後も長期保有地として問題視されるまで土地の遊休化という状況を放置した結果,仙台市は公社にこの間の資金利子の支払を余儀なくされ,これによって仙台市に資金利子相当額の損害が発生し,仙台市はAに対して同額の損害の賠償請求権を取得したとして,この損害の内金につき賠償請求権の行使を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は,肩書地に住所を有する権利能力なき社団である(顕著な事実)。
イ 被告は,仙台市長であり,仙台市の執行機関である。
(2) 事実経過
ア Aは,平成元年3月31日,仙台市教育長として,同財政局長に対し,仙台市a区b丁目c番d外2筆の土地(合計面積7266.39平方メートル。以下「本件土地」という。)について,青葉区の図書館(分館)の建設用地として先行取得を依頼した(以下「本件取得依頼」という。)。
イ 仙台市は,同年7月27日,公社に対し,買収予定金額を5億円,引取予定年度を平成3年度として本件土地の先行取得を委託した(以下「本件業務委託」という。)。
ウ 公社は,金融機関から買収資金を借り入れ,本件業務委託に基づいて,平成元年8月30日,本件土地をその所有者から代金4億8321万4935円で買収し,代金全額を支払った(以下「本件先行取得」という。)。
エ Aは,平成5年,仙台市長に就任した。
オ 仙台市は,平成13年11月16日,公社から本件土地を特別養護老人ホーム移転建設用地として総額7億4195万6271円で買い取った。このうち2億5178万9905円は資金利子である。
カ 原告は,平成14年11月14日,仙台市監査委員に対し,本件に関し,本件土地の取得依頼をした者又は本件土地の購入を決裁した者に対しオの資金利子相当額の損害の賠償を求めるなど仙台市長において適切な処置を採るよう,地方自治法242条1項により住民監査請求を行った。
キ 仙台市監査委員は,平成15年1月9日,カの住民監査請求を棄却した。
2 争点
(1) 本件取得依頼が教育長としての職務上の義務違反に当たるか
(2) 平成13年11月16日まで本件土地を引き取らなかったことが市長としての職務上の義務違反に当たるか
(3) 損害額
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件取得依頼が教育長としての職務上の義務違反に当たるか)について
ア 原告の主張
(ア) 昭和63年3月に策定された仙台市図書館整備基本計画(以下「図書館整備基本計画」という。)では地区図書館の整備が課題となっていて,分館を建設するための整備計画は存在しなかった。
したがって,本件土地への分館建設は地区図書館の整備が終了しなければ着手できなかった。
(イ) Aは,教育長として,分館の建設が(ア)の図書館整備基本計画に基づく図書館の整備順序から逸脱すること,そのため本件土地を取得しても平成3年度までにその上に分館を建設することができないことを知りながら,「そのうち使うだろうから買っておいても損はないだろう」というような安直な理由で本件取得依頼をした。
(ウ) その結果,仙台市は本件土地を引取予定年度(平成3年度)を大幅に徒過してから特別養護老人ホーム移転建設用地として引き取ることになり,公社に多額の資金利子相当額を支払うことを余儀なくされた。
(エ) Aが安直な土地の取得依頼をしなければ,仙台市が資金利子相当額を支払う必要はなかったのであるから,本件取得依頼は,Aが教育長として与えられた裁量を逸脱するもので,職務上の義務違反に当たる。
イ 被告の主張
(ア) 図書館整備基本計画は,各区への地区図書館の整備を優先するが,地区図書館整備後には分館を整備することとしていたのであるから,分館建設の整備計画自体が存在しなかったわけではないし,地区図書館の整備が終了しなければ分館整備に着手できなかったわけでもない。
本件土地を先行取得した平成元年当時,仙台市は,各行政区において地区図書館の整備事業を順次実施しており,図書館整備事業を担当する仙台市教育局社会教育部社会教育課(以下「社会教育課」という。)は,各行政区の地区図書館のうち最後に整備される太白図書館の建設用地さえ確定すれば,その完成開業を待つまでもなく,並行して本件土地への分館整備に着手することが可能であると考えていた。
当時,太白図書館の建設用地は遠からず決定される見込みであり,ほかに平成3年度までに本件土地を公社から引き取ることについて障害となる事由は見当たらなかった。
(イ) 図書館整備基本計画上,いずれは青葉区にも分館を整備することとされていたから,本件土地への分館整備を先行することは,同計画を根本的に変更するものではなく,個別施設の建設予定年次の一部組替えにすぎない。
したがって,分館用地の取得が図書館整備基本計画に基づく図書館の整備順序から逸脱するわけではない。
(ウ) 図書館整備基本計画は,各行政区に地区図書館を整備し,地区図書館ではカバーできない地域には分館を整備する方針を採用したが,青葉区の地区図書館である市民図書館は老朽化が進み,用地問題からその早期改築も困難な状況にあった。
そのような中,本件土地の所有者から仙台市に対して本件土地の売却の申出があり,用地取得を担当する仙台市財政局(以下「財政局」という。)から本件土地取得の意向の打診を受けた仙台市教育委員会(以下「教育委員会」という。)は,次のとおり十分な検討をした上で本件土地を分館予定地として先行取得することを決定した。
a 本件土地が人口急増中の青葉区北西部に所在する。
b 将来的に仙台市の基幹道路に隣接する位置にあり,交通の便の向上が期待できる。
c 本件土地に分館を整備することにより,改築の見通しのたたない市民図書館の機能を一部補完させることができる。
d 緑陰図書館として整備することにより,特徴のあるものができる。
e バブル経済にあった当時の状況下では,先行取得が非常に有利であった。
したがって,原告が主張するような安直な理由で本件取得依頼をしたわけではない。
(エ) 以上に照らせば,本件取得依頼に違法な点はなく,職務上の義務違反には当たらない。
(2) 争点(2)(平成13年11月16日まで本件土地を引き取らなかったことが市長としての職務上の義務違反に当たるか)について
ア 原告の主張
(ア) Aは,平成5年から市長となり,行政の最高責任者として市政が適切に行われるよう職員を指揮監督し,市の財政を適切に管理する義務を負っているところ,本件土地が具体的な活用計画もないまま引取予定年度(平成3年度)を徒過した後も遊休地として放置されており,公社からの引取りが遅れれば遅れるほど仙台市が引取りの際に公社に支払うべき金利の負担が大きくなることを知りながら,問題が顕在化するまでこれを放置した。
(イ) その結果,仙台市が公社に支払わなければならない資金利子が増加し,仙台市は本件土地を特別養護老人ホーム移転建設用地として引き取る際,2億5178万9905円もの資金利子を公社に支払うことになった。
(ウ) Aの(ア)の行為がなければ,資金利子が増加することはなかったのであるから,この行為は,市長としての職務上の義務違反に当たる。
イ 被告の主張
(ア) 社会教育課は,本件取得依頼当時より,本件土地の用途としては,その地形を活かした緑陰図書館としての利用を検討しており,その後,平成8年度までは,青葉区の地区図書館の分館予定地として位置づけられていたのであるから,本件土地について何ら具体的な活用計画がなかったわけではない。
(イ) 仙台市が本件土地を引き取らないでいたのは,① 耐震性に問題があることが判明した市民図書館の現在のメディアテーク内への移転や,バブル崩壊後の税収低迷による財政状況の悪化等本件先行取得時には想定できなかった事情の変化が生じて,本件土地への分館整備の優先順位が相対的に低下したこと,② 平成7年10月ころから始まった仙台市の次期基本構想及び基本計画の策定作業において,いわゆる「ハコモノ」の建設計画について見直しが行われ,平成9年3月には新基本構想が市議会で議決され,平成10年2月には各行政区への分館整備を当分実施しないことを内容とする新しい仙台市基本計画「仙台21プラン」(以下「新基本計画」という。)が策定されたことなどが原因である。
仙台市は,新基本構想議決後の平成9年5月以降は長期保有地対策の一環として本件土地の利用方法についても検討を加え,平成12年9月には本件土地を施設の老朽化により大規模な改修の必要が生じながら建替え・移転のめどが立っていなかった仙台市の特別養護老人ホームBの移転建設用地として活用することを決定している。
したがって,Aが本件土地に関する問題状況を放置していたわけではない。
(ウ) 以上のとおり,仙台市は,バブル進行のため公共用地の取得が将来困難になることを予想して,人口急増地域にあった本件土地を分館用地として取得することを決定したが,その後のバブル崩壊及びそれに伴う税収低迷等により分館整備が困難となり,バブル崩壊後の経済の低迷が長期化することが判明した後は,公社の長期保有地につき,処分を含めた利用計画の変更を検討していたのであるから,仙台市が本件土地の公社からの引取りを実行せず,金利負担を続けさせたことをもって,市長の裁量の範囲を逸脱したものと評価することはできない。
(エ) 以上によれば,Aに職務上の義務違反はない。
(3) 争点(3)(損害額)について
ア 原告の主張
Aの上記(1)(2)の各義務違反がなければ,仙台市が利子2億5178万9905円を負担することはなかったし,仙台市が買い取った時点における本件土地の時価が本件先行取得の価格を下回ることは明らかであるから,仙台市が負担した利子全額がAの義務違反と相当因果関係のある損害である。
本件訴訟では,この損害の内金1億円について賠償を請求するよう求める。
イ 被告の主張
原告の主張は争う。
仙台市が,先行取得に係る土地を引き取る場合に金利相当分を上乗せすることは当初より制度的に予定されているのであるから,金利相当分全額を損害と捉えることは主張自体失当である。
第3争点に対する判断
1 前示第2の1の事実に,証拠(甲1ないし7,乙2ないし25,27ないし33)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(1) 本件先行取得前の経過
ア 仙台市は,昭和62年3月,仙台市基本計画として,昭和75年度を目標年次とする「仙台市総合計画2000」を策定し,その基本的施策の1つとして,図書館など地域における市民利用施設の適正配置を進めることを定めた。
イ 仙台市は,昭和62年11月に宮城町と合併し,昭和63年3月に泉市及び秋保町と合併した。
ウ 仙台市は,昭和63年3月,図書館整備基本計画を策定し,① 図書館整備の基本的な方針として,各行政区に図書館サービスの根幹となる地区図書館の整備を急ぎ,分館や分室を配置して図書館活動の拡大を図る,② 具体的整備方針として,昭和63年度を初年度とする10か年においては,地区図書館を最優先に整備し,分館・分室等の第1次整備(地区図書館でカバーしきれない地域に対する分館・分室を配置)を行う,昭和73年度以降においては,分館・分室等の第2次整備を重点とすることを定めた。また,同計画では,分館・分室のおおまかな蔵書数,建物等の規模も定められた。
エ このような中で,本件土地の所有者から仙台市による本件土地の買取りを要望する旨の申出があったため,財政局は,平成元年2月,教育委員会の事務局である仙台市教育局(以下「教育局」という。)を含む各局に対し,その取得を希望するかどうか照会した。
オ 社会教育課は,図書館用地としての利用可能性を検討し,次の点を考慮して,本件土地の先行取得を市長に申し出ることを立案し,教育委員会に付議した。
(ア) 本件土地は中心市街地から距離があるため地区図書館用地としては適当でないが,その所在する青葉区北西部は人口急増地区で図書館ニーズの拡大が予想される地域であり,もともと分館の建設を検討していた地域と合致する。
(イ) 本件土地は将来市の基幹的街路に隣接することになり交通の便が良くなる。
(ウ) 本件土地は傾斜部分が多く樹木が生い茂っているが,分館としてであれば,大規模な造成をすることなく緑陰図書館(木陰にベンチ等を配置し,屋外で読書やゲーム等ができる空間を有する図書館)として個性的なものができる。
(エ) 青葉区の地区図書館(市民図書館)は,市の中央図書館ができるまでその役割を兼ねることとされていたが,手狭で老朽化しており,既に整備事業を開始している青葉区の分館(広瀬図書館)も,位置的に旧宮城町以外の地域に居住する青葉区民の利用はあまり期待できない状況にあることから,本件土地に分館を建設すれば,地区図書館としての機能を補完し,旧宮城町以外の地域に居住する青葉区民に図書館サービスを提供できる。
(オ) 地元の連合町内会から,地域内に図書館等の施設整備の要望が出ている。
(カ) 地価が高騰し,民間事業者の土地取得意欲も高くて,中心市街地に限らず図書館等建設の適地を見つけることが非常に困難な状況の下では,事業用地として適地があれば先行取得しておくことが有利である。
カ 当時,公社に先行取得を委託する場合はおおよそ3年程度で引き取れる土地を対象にすることが仙台市内部の目安になっていた。
仙台市は,合併建設計画(1市2町との合併の際の施設整備計画)に基づき,既に泉図書館(泉区の地区図書館),広瀬図書館(青葉区の分館),宮城野図書館(宮城野区の地区図書館)の建設に着工しており,更に若林図書館(若林区の地区図書館)及び太白図書館(太白区の地区図書館)の整備を優先的に行う予定であったが,社会教育課としては,若林図書館については既に用地を確保しており,太白図書館についても平成3年度までには用地が確保できるものと考えられたことから,同年度を本件土地への分館建設の着手時期の1つの目安にできると考えた。
キ 平成元年3月,教育委員会は,図書館(分館)建設予定地として本件土地を取得することを市長に申し出ることを議決し,教育局長は財政局長に本件土地の取得を依頼した。
ク 仙台市は,同年7月27日,公社に対し,買収予定金額を5億円,引取予定年度を平成3年度として本件土地の先行取得を委託した(本件業務委託)。
ケ 公社は,金融機関から買収資金を借り入れ,本件業務委託に基づいて,平成元年8月30日,本件土地をその所有者から代金4億8321万4935円で買収し,代金全額を支払った(本件先行取得)。
(2) 本件先行取得後の経過
ア 仙台市は,平成元年4月に政令指定都市に移行した。この移行を踏まえて,平成2年3月,「仙台市総合計画2000」を改訂し,(1)ウの図書館整備基本計画を取り込み,生涯学習環境の整備のための基本的施策として,中央図書館,地区図書館,分館,分室などの図書館整備を進め,情報通信システムを活用した図書館サービスネットワークの確立を図ることを定めた(以下「旧基本計画」という。)。
イ その後,仙台市は,本件土地の引取(買取)予定年度である平成3年度までに本件土地を公社から引き取ることができなかった。
その原因は,合併建設計画により,泉図書館,広瀬図書館,宮城野図書館の整備が優先的に行われ,若林図書館の建設にも平成2年度から着手していた上に,予想に反して,平成3年度に至っても整備実施を迫られていた太白図書館の建設用地が確保できなかったことにあったが,教育局としては,仙台市の図書館整備の方針に変更がないことから,あくまで地区図書館の整備のめどが付いた段階で,それと並行して本件土地への分館建設に着手することを考えていた。
ウ ところが,平成3年度に老朽化が進んだ市民図書館(中央図書館を兼ねた青葉区の地区図書館)の耐震調査を行ったところ,緊急に改築をする必要があることが判明したため,仙台市は,平成4年9月,本件土地に青葉区の分館を建設することに優先して,市民図書館を定禅寺通に建設する予定の新市民ギャラリー(現メディアテーク)内に移転する方針を決定し,平成6年度からその整備を開始した。
また,建設用地が確定せず着工が遅れていた太白図書館についても,太白区文化センターに併設されることになり,平成5年度からその建設を開始した。
エ そして,このような中で,バブル経済が崩壊して,仙台市は税収低迷という財政的な制約に直面した。そのため,地区図書館の整備の目途が付いた段階でそれと並行して行うこととされていた本件土地への分館建設も困難な状況となった。
オ 平成7年度以降,仙台市は,メディアテーク(市民図書館併設。総事業費約300億円。平成13年1月開館。)の建設や,太白区文化センター(太白図書館併設。総工費約117億円。平成11年9月開館。)に事業費を集中的に投下した。
カ 財政局は,平成7年7月,公社に先行取得を依頼し取得後3年以上事業に着手していない長期保有地に関する実態調査を実施した。
教育局は,この調査に対し,本件土地に分館を建設する方針自体に変更はないが,メディアテーク等の整備事業を実施しているために,実際に分館建設に着手するまでにはある程度の時間を要する旨回答した。
キ 同年10月ころから,旧基本計画に次ぐ期間の基本構想及び基本計画の策定作業が開始されたが,そこでは,景気低迷により税収が落ち込んでいる状況を踏まえて,いわゆる「ハコモノ」の建設計画について,その必要性にまで踏み込んだ見直しが行われた。
ク 仙台市は,平成9年3月,仙台市議会が新しい仙台市基本構想を議決したのを受けて,平成10年2月,新しい仙台市基本計画である「仙台21プラン」(新基本計画)を策定した。
新基本計画は,メディアテーク及び太白図書館の建設により地区図書館の整備が一応完了することを受けて,「太白区図書館や中央図書館的役割を持つ青葉区図書館の整備,貸出,返却,検索など市民サービスの向上をめざす図書館サービスのネットワーク化の推進」を進めることとし,旧基本計画にあった分館の整備方針は採用しなかった。これにより,分館の整備は当分の間実施しないこととなった。
ケ 財政局は,平成9年5月,新基本計画の策定作業と並行して改めて長期保有地調査を実施し,新基本計画では分館の整備計画が盛り込まれない見通しであることを踏まえ,本件土地の利用計画が見直されることとなった。
コ 財政局は,キの調査に基づく長期保有地等につき,平成12年3月末現在の状況をまとめたが,この中で,本件土地は利用計画の変更を要する土地に分類されていた。
サ 仙台市は,同年5月,本件土地を含む公社保有地の利用計画を各局に照会し,健康福祉局が本件土地を特別養護老人ホームBの移転建設用地として希望する旨回答したことを受けて,予算措置を講じ,平成13年11月,公社から本件土地をBへの提供地として買い取った。
仙台市は,このとき,それまでの利子として2億5178万9905円を公社に支払った。
(3) 仙台市と公社間の法律関係
本件先行取得時及び仙台市が公社から本件土地を引き取った平成13年11月の時点における仙台市と公社間の土地取得依頼に関する法律関係は,公有地の拡大の推進に関する法律,同法施行令,同法施行規則,仙台市土地開発公社定款,同業務方法書,同業務運営細則(平成13年3月26日改正前のもの。以下同じ。)等によって,次のとおり規定されていた。
ア 公社は,道路,公園,緑地その他の公共施設又は公用施設の用に供する土地等の取得を行う(同定款17条)。
イ 公社は,アの業務の委託を受けることができるものとし,委託を受けたときは,委託契約に定めるところにより,その業務に要する費用を委託者に負担させるものとする(同業務方法書4条)。
ウ 公社が取得した土地を処分するときの価格は,原則として次の費用の合計額を基準として理事長が決定する(同業務方法書8条)。
(ア) 当該土地の取得,造成費及びこれらに対する利子相当額
(イ) 当該土地の管理に要した諸経費の額
エ 理事長は,仙台市の依頼に係る土地を取得したときは,仙台市に対し「土地取得等完了通知書」により通知するとともに,土地の引渡し又は売払いの時期について協議しなければならない(同業務運営細則17条)。
オ 公社の取得に係る土地の引渡価格は,次の費用を合計して得た額とする(同業務運営細則19条1項)。
(ア) 土地取得費(補償費を含む。)
(イ) 土地造成費
(ウ) 資金利子
(エ) 土地の取得管理等に要した諸経費
2 争点(1)(本件取得依頼が教育長としての職務上の義務違反に当たるか)について
(1) Aは,教育長として,教育委員会の指揮監督の下に,教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどるものであるから(地方教育行政の組織及び運営に関する法律17条1項),仙台市に対し,善良なる管理者の注意をもって職務執行に当たるべき義務を負う立場にあるというべきである。
本件で問題とされる教育長としての職務上の義務違反は,仙台市に対する図書館(分館)の建設用地の取得依頼に関するものであるところ,図書館を配置する時期,場所,規模の程度については,仙台市の総合的な事業計画,図書館整備の基本方針,財政状況その他の諸事情を踏まえ総合的な見地から検討する必要があり,しかも最終的には仙台市の判断に委ねられるものであって,土地の取得依頼をするか否かについては教育長の裁量に委ねられているというべきであり,本件取得依頼が職務上の義務違反に当たるか否かはかかる見地から決すべきである。
(2) これを本件についてみるに,次の点は前示1で認定のとおりである。
ア 昭和63年3月に策定された図書館整備基本計画は,その方針として地区図書館の整備に次いで分館・分室の整備を掲げており,分館・分室のおおまかな蔵書数,建物等の規模についても定めていた。
イ 社会教育課は,本件土地の活用について,次のとおり検討した。
(ア) 本件土地の所在する青葉区北西部は,人口急増地区で図書館ニーズの拡大が予想される地域であり,もともと分館の建設を検討していた地域と合致する。
(イ) 本件土地は,将来市の基幹的街路に隣接して交通の便が良くなる。
(ウ) 分館としてであれば,大規模な造成をすることなく緑陰図書館(木陰にベンチ等を配置し,屋外で読書やゲーム等ができる空間を有する図書館)として個性的なものができる。
(エ) 本件土地に分館を建設すれば,老朽化した市民図書館に代わって地区図書館としての機能を補完し,かつ,旧宮城町以外の地域に居住する青葉区民に図書館サービスを提供できる。
(オ) 地元から地域内に図書館等の施設整備の要望が出ている。
(カ) 図書館等建設の適地を見つけることが非常に困難な状況では,事業用地として適地があれば先行取得しておくことが有利である。
ウ 当時,公社に先行取得を委託する場合はおおよそ3年程度で引き取れる土地を対象にすることが仙台市内部の目安になっていたが,社会教育課としては,未整備の地区図書館のうち,若林図書館については既に用地を確保しており,太白図書館についても平成3年度までには用地が確定できるものと考えられたことから,同年度を本件土地への分館建設の着手時期の1つの目安にできると考えた。
以上アないしウを総合すれば,Aが教育長として行った本件取得依頼をもって,裁量を逸脱していると認めるのは困難である。
(3) 原告は,Aは図書館整備基本計画に基づく図書館の整備順序から逸脱すること,そのため平成3年度までに本件土地を取得してその上に分館を建設することができないことを知りながら安直な理由で本件取得依頼をした旨主張する。
しかしながら,図書館整備基本計画は,優先順位は地区図書館に遅れるものの分館・分室についても整備を進める旨定めており,そのおおまかな蔵書数や建物等の規模まで定めていたのであるから,分館の整備計画自体が存在しなかったわけではない。
分館の整備が図書館整備基本計画の枠組みの中にある以上,諸般の事情から一部分館用地の取得が先行したとしても,それが同計画の枠組み全体を揺るがすような規模,態様でなされたものでない限り,直ちに図書館の整備順序から逸脱したと評価することはできないというべきところ,本件についてそのような事情は見当たらない。
また,引取予定年度が1つの目安であり,かつ,社会教育課としても平成3年度までに本件土地への分館整備に着手できるかどうかについて一応の検討をしていることは,(2)のとおりである。
これらの事実によれば,本件土地への分館建設が図書館の整備順序から逸脱するとも,予定の時期までに分館建設ができないことを知りながら安直な理由で本件取得依頼をしたとも速断することはできず,原告の主張は採用できない。
3 争点(2)(平成13年11月16日まで本件土地を引き取らなかったことが市長としての職務上の義務違反に当たるか)について
(1) 市長は,市を統括し,市の事務を自らの責任と判断において,誠実に管理し及び執行する義務を負うものであるから(地方自治法138条の2,147条,148条),Aは仙台市長として,仙台市に対し,善良なる管理者の注意をもって職務の執行に当たるべき義務を負う立場にあるというべきである。
本件で問題とされる市長としての職務上の義務違反は,公社の長期保有地となっている本件土地の引取時期に関するものであるところ,本件業務委託においては本件土地の引取義務に関する定めはなく,仙台市土地開発公社業務運営細則17条も,取得依頼に係る土地を取得したときは仙台市に対し「土地取得等完了通知書」により通知するとともに,土地の引渡し又は売払いの時期について協議しなければならない旨定めるのみであって,仙台市に本件土地の法的な引取義務すなわち買取義務があったということはできないから,公社との間で売買契約を締結して本件土地を引き取るか否か及びその時期については,資金利子が増大してもなお引き続き公社に本件土地を保有させておくことが必要か否か,それが事業計画からみて得策であるか否か等の諸事情を総合して判断されるべきものであり,かかる判断は,市長の裁量に委ねられているというべきである。
(2) これを本件についてみるに,① 引取予定年度を徒過しても本件土地への分館整備に着手できなかったのは,市民図書館の老朽化に伴う新市民ギャラリー(現メディアテーク)への移転,太白図書館の建設用地確定の遅れ,市民図書館及び太白図書館の整備に係る総事業費の負担が巨額になったことに加え,景気低迷による税収低下や,それに伴ういわゆる「ハコモノ」の建設計画の見直し等本件先行取得の当時は予想し得ず,かつ,当然予想すべきとまではいえない事情が原因であることが窺われること,② 仙台市における図書館(分館)の整備の方針は,平成9年3月の仙台市議会の議決を受けた平成10年2月の新基本計画により,分館の整備は当分の間実施しないとされたものであること,③ 新基本計画の策定により分館整備が当分の間実施されないことが決まってからは,仙台市は本件土地の利用計画を見直して特別養護老人ホーム移転建設用地として買い取ったことを併せ考慮すれば,仙台市が平成13年11月に至るまで本件土地を引き取らなかったことをもって,裁量の逸脱とまで認めることはできない。
(3) この点,原告は,Aは,市長として,本件土地が具体的な活用計画もないまま引取予定年度(平成3年度)を徒過した後も遊休地として放置されており,公社からの引取りが遅れれば遅れるほど仙台市が引取りの際に公社に支払うべき資金利子相当額の負担が大きくなることを知りながら,問題が顕在化するまでこれを放置した旨主張するが,(2)に照らせばそのような評価をするのは相当でなく,原告の主張は採用できない。
4 以上の次第であるから,原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 岡田伸太 裁判官 寺田利彦)