仙台地方裁判所 平成15年(行ウ)9号 判決 2006年3月30日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告仙台市長梅原克彦(以下「被告市長」という。)は、仙台市一般会計から仙台市高速鉄道事業会計に対する別紙事業目録記載の事業(以下「本件事業」という。また、単に「東西線」という場合、本件事業にかかる地下鉄を指す。)に関する補助金、出資金及び貸付金等一切の公金を支出してはならない。
(2) 被告仙台市交通事業管理者Y1(以下「被告管理者」という。)は、仙台市高速鉄道事業会計から本件事業に関する建設費等一切の公金を支出してはならない。
(3) 訴訟費用は被告らの負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第2事案の概要
本件は、仙台市民により構成された団体である原告が、本件事業は経営上適切なものではなく、費用便益比が1を切るなど、鉄道事業法5条1項1号等に違反する違法なものであると主張して、地方自治法242条の2第1項1号に基づいて、公金支出の差止を請求している事案である。
第3争いのない事実等(特に証拠等を記載したものの他は、争いがないか、明らかに争わないために自白したものとみなされる事実である。)
1 当事者等
(1) 原告は、仙台市民により構成された権利能力なき社団である。(弁論の全趣旨)
(2) 被告市長は、仙台市一般会計から仙台市高速鉄道事業会計に対して補助金、出資金及び貸付金を支出する権限を有する者である。
(3) 被告管理者は、仙台市高速鉄道事業会計から本件事業に関する公金の支出を行う権限を有する者である。
2 本件事業
(1) 仙台市は、本件事業(ただし、(2)による修正前のもの)に関し、平成15年6月9日、国土交通大臣に対して、鉄道事業法4条に基づく事業許可の申請を行った(以下「当初申請」という。)。
当初申請においては、平成27年開業時の乗車人数を1日当たり13万人、建設費を2735億1200万円(1キロメートル当たり189億9400万円)として、事業収支を見積もっていた。
(2) 当初申請に対して、国土交通省(鉄道局都市鉄道課)は、「収支計画の前提となる需要予測について、その基礎となる将来人口を現時点で採り得るより近年の人口動向を反映したデータを用いて算出すべきである」として、需要予測の再検討を指示した。
(3) 仙台市は、国土交通省からの上記指摘を受け、1日当たりの乗車人数を11万9000人、建設費を約2735億円(1キロメートル当たり190億円)として、同年8月27日、追加申請を行った(以下「追加申請」という。)。
3 本件事業計画におけるルート及び機種の選定
本件事業は、仙台市内の東西をリニアモーター方式の地下鉄で結ぶというもので、建設キロは14.4キロメートル、駅数は13駅を予定している(駅名はいずれも仮称である。)。予定されているルートは、別紙「仙台市高速鉄道東西線(動物公園~荒井間)建設計画見取図」のとおりである。
4 需要予測
(1) 需要予測の概略
仙台市は、本件事業計画策定に当たり、平成27年以降の東西線利用圏の人口を予測し、交通ネットワーク(鉄道、道路、バス路線)等について条件設定を行い、需要予測モデルを用いて人の交通行動のシミュレーションを行った上で、「どこからどこへ、何の目的で、何の交通手段で、何人が移動するか。」を推計した。
(2) 仙台市夜間人口の設定
ア 当初申請時
仙台市は、平成10年2月策定の仙台市の基本計画で平成22年の夜間人口が112万人とされていたことから、これに従った。
イ 追加申請時
基準年人口(平成12年国勢調査により判明した、仙台市の夜間人口100万8130人)、過去10年間(平成4年から平成13年)の仙台市の合計特殊出生率・死亡率・社会移動数、平成13年年齢別出生率実績をもとに、コーホート移動生残率法を用いて、平成27年の仙台市の夜間人口を107万6108人と推計した。
(3) 増加人口の配分
ア 仙台市は、各ゾーンの夜間人口が5000人程度になるように分割して、仙台都市圏を236の中ゾーン(仙台市164ゾーン、その他72ゾーン)に分割した(別紙「東西線沿線のゾーン番号一覧」及び同「夜間人口の設定」参照。以下、各ゾーンについて、これら別紙記載のコード番号に従って「0101の地域」等という。)。
そして、平成12年の夜間人口100万8130人と平成27年の夜間人口107万6108人との差である増加人口6万7978人について、下記の方法により、各ゾーンに配分した(別紙「夜間人口の設定」参照)。
イ 東西線沿線まちづくりによって増加する人口の配分(別紙「東西線沿線まちづくり増加人口」参照) 合計1万9318人
① 東西線沿線土地利用促進に伴う想定増加人口 5730人
東西線沿線(0513、0604、1501、1502、0502、0504、0601、0406、0408、0411、0506、0906、0907、0908の各地域)では、人口密度が、その地域の土地利用状況が類似する現況の仙台市地下鉄南北線(以下「南北線」という。)沿線地域と同程度まで充足されるものと想定し、開業時においては充足人口の40パーセント程度が張り付くものとした。
② 荒井新市街地整備の想定増加人口 6650人
1101の地域では、計画人口1万3300人の50パーセントが達成されるものと想定した。
③ 荒井土地区画整理事業地区の想定増加人口 2587人
0908、0909、1101の各地域では、計画人口が達成されるものとして、現況人口との差が増加するものと想定した。
④ 南西部団地のバス結節による密度アップによる想定増加人口 4351人
1406、1407の各地域は、現状では可住地人口密度が低いが、東西線の開業に合わせた都市計画道路(川内旗立線)の整備により、東西線へのバス結節により利便性が高まることが想定される。このため、空宅地・未利用地が現在の泉パークタウン並みの可住地人口密度まで充足されるものと想定し、開業時においては充足人口の70パーセント程度が張り付くものとした。
ウ 市街化区域編入地区・鉄道沿線新市街地の増加人口として、合計1万9375人を想定した。
エ イ・ウ以外の2万9285人については、平成9年度都市計画基礎調査のデータを用いてゾーンごとの人口収容余力(収容可能人口から現況人口を控除したもの)を算定し、その比率を用いて按分した。
オ これら配分の結果、東西線利用圏(別紙「夜間人口の設定」において網掛けしてある地域)では、平成12年の約32万1000人から平成27年には約35万3000人と約3万2000人が増加する(伸び率1.10倍)ものと予想した。
(4) 交通ネットワークの設定
ア 鉄道ネットワークは、既存のJR線(東北本線、常磐線、仙石線、仙山線)、南北線に、東西線及び仙台空港線を加え、設定した。
イ 道路ネットワークは、仙台市の「中期都市計画道路整備計画」(平成12年12月)に基づき、平成22年まで供用見通しの路線を適用した。
ウ バスネットワークは、東西線沿線(仙台市南西部、同東部)のバス路線を再編成し、また、駅前広場の整備が予定されている動物公園駅・薬師堂駅・荒井駅に結節するものとして、設定した。
(5) 需要予測モデル
ア 仙台市は、平成4年、第3回パーソントリップ調査(日常生活圏(都市圏)の人の動きを把握して、将来の総合都市交通計画を策定するための調査。家庭訪問調査、コードンライン調査(都市圏境を跨ぐ地点での自動車交通量の観測)、施設利用実態調査、意識調査などの実態調査に基づいて行われる。)を行い、その調査結果を基に、人が交通行動を起こす際の一連の意思決定プロセスを考慮した「交通行動モデル」を開発した。
交通行動モデルは、生成交通量モデル(都市圏全体の目的別総交通量を予測するもの)、発生交通量モデル(ゾーン別の目的別発生交通量を予測するもの)を前提として、以下の4つのサブモデルから構成される。
① 端末交通手段選択モデル(出発地から乗車駅まで、又は降車駅から目的地までの手段を推計するモデル)
② 鉄道経路選択モデル(鉄道を利用する場合の、乗車駅と降車駅の組合せを推計するモデル)
③ 代表交通手段選択モデル(ゾーン間ごとに移動する手段を推計するモデル)
④ トリップ分布モデル(出発ゾーンからどのゾーンへ向かうかを推計するモデル)
イ 仙台市は、交通行動モデルを用いて、交通需要を予測した結果、平成27年(開業時)の1日当たりの乗車人数を11万9000人と予測した。
5 建設費見積
(1) 工法の選択(別紙「仙台市高速鉄道東西線(動物公園~荒井間)建設計画見取図」参照)
ア 車両基地を除き、基本的には全線地下方式とした。
イ 駅
基本的には開削工法によって施工することとし、一部岩盤を主体とする地質条件の箇所ではNATM工法を採用した。
ウ 一般部
横穴式トンネル工法(シールド工法、NATM工法)を基本として、構造上・施工上不適当な箇所については開削工法を採用した。
(ア) シールド工法区間
沖積層及び洪積層等の軟弱な地質で地下水位が高く、止水が困難な区間や、沿道建物への影響を最小限に抑える必要がある区間
(イ) NATM工法区間
岩盤を主体とし、周辺環境への影響が少ないと想定する区間
(ウ) 開削工法区間
トンネル土被りが少ない箇所や、地上に設置する車両基地への入出庫線など、シールド工法やNATM工法が不適切な区間
(エ) 橋梁・高架橋部
河川・渓谷を渡河する箇所は橋梁を、橋梁とトンネルを結ぶ移行区間は高架橋を採用する。
エ 車両基地
荒井駅付近の地上に設置する。
(2) 建設費
仙台市は、建設費を約2735億円(建設利息を含む。1キロメートル当たり190億円)と見積もった。うち、ずい道費としては1240億円を計上している。
6 収支見込み
(1) 仙台市は、本件事業の損益収支として、平成35年度には単年度黒字、平成46年度には累積黒字となるものと計画した。
(2) また、仙台市は、今後の社会経済状況などの変化により、収入や費用の見込みなどが現計画どおりに推移しなかったことを想定し、需要が計画の8割(1日当たりの乗車人数9万4962人)、金利・物価上昇率等については各種デフレータを過去10年間の平均値(基本データは5年間平均値)と設定して感度分析を行ったところ、損益収支が単年度黒字となるのは平成39年度、累積黒字となるのは平成66年度と予測された。
7 費用便益分析
(1) 仙台市は、旧運輸省鉄道局監修「鉄道プロジェクトの費用対効果分析マニュアル99」(〔証拠省略〕以下、単に「マニュアル」という。)に沿って、東西線が整備される場合とされない場合を比較して、仙台都市圏の交通に与える影響について、費用便益分析を行ったところ、整備後30年間の費用便益比は1.62となった。
(2) 上記費用便益比は、以下のようにして求められた。
ア まず、建設費と用地費を合計して、費用計を算出する。
イ 次いで、交通利用者の便益、環境改善の便益、供給者便益を合計して、便益計を算出する。
(ア) 交通利用者の便益とは、東西線整備により道路混雑が緩和され、移動時間が短縮することによる便益(時間短縮便益)、移動経費の節約による便益(経費節減便益)を金額に換算したものである。
(イ) 環境改善の便益とは、市民の移動手段が自動車から鉄道に転換する結果として生じる、交通事故被害軽減便益、大気汚染改善便益、地球温暖化改善便益、自動車騒音改善効果を金額に換算したものである。
(ウ) 供給者便益とは、東西線の運輸収入などの営業収益から人件費と経費(いわゆるランニングコストであり、減価償却分は含まない。)を控除した金額である。
ウ 上記の便益計を費用計で除したものが費用便益比である。
1よりも大きければ大きいほど、少ない費用でより大きな便益が得られることとなる。1よりも小さければ、得られる便益以上に費用がかかることとなる。
(3) なお、マニュアルでは、交通利用者の便益を計測する際、時間評価値として実質賃金率(年間賃金を年間実労働時間で除したもの。平成9年の全国平均で39.3円/分)を用いるものとしている。
これに対して、仙台市の費用便益分析では、時間評価値として、就業者1人当たりの市民純生産を年間労働時間で除した数字である59.56円/分(平成11年次データ)を用いている。この結果、マニュアルで算出した費用便益比よりも高い数字が算出されている(実質賃金率35.1円/分を用いて計算した本件事業の費用便益比は1.10である。)。
8 監査請求
原告は、平成15年1月27日付で、「仙台市長は仙台市が計画している地下鉄東西線整備事業にかかる建設工事費等、同事業に関する一切の公金を支出してはならない。」との勧告を求めて、住民監査請求を行った。
仙台市監査委員は、同年3月20日付で、上記監査請求を棄却した。
そこで、原告は、同年4月15日、本件訴えを提起した。
第4当事者の主張の概要
1 原告の主張
仙台市は、本件事業に関し、1日当たりの乗車人数を11万9000人、1キロメートル当たりの建設費を190億円として、平成35年度には単年度黒字になるし、費用便益比も整備後30年間で1.62になるとしている。
しかしながら、実際には、1日当たりの乗車人数は6万人、1キロメートル当たりの建設費は250億円になるものと見込まれ、これを前提とすると、本件事業は永久に赤字経営となるし、費用便益比も1を切るものとなる。
すなわち、本件事業は鉄道事業計画として経営上適切なものではなく、違法というべきであって、これに対して公金の支出をすることも違法である。
2 被告らの主張
本件事業計画は、原告の指摘する問題点もすべて検討した上で策定されたものであって、需要予測及び建設費見積が大きく外れることは考えられないし、仙台市の行った収支見込みや費用便益分析も妥当なものである。
本件事業及びこれに対する公金の支出には、裁量権逸脱ないし濫用の違法は認められない。
第5原告の主張
1 総論
(1) 国土交通大臣は、鉄道事業の許可をしようとするときは、その事業の計画が経営上適切なものであるかどうかを審査しなければならない(鉄道事業法5条1項1号)。すなわち、本件事業の計画が経営上適切なものでない場合には、本件事業に関わる支出は違法となる。
本件事業の計画が経営上適切なものであるか否かは、計画が前提とする需要予測と建設費見積が妥当なものであるか否かによる。しかるに、本件事業は、以下に述べるとおり、需要予測も建設費見積も妥当なものではなく、双方ともに見通しが大幅に狂う蓋然性が高い。
(2) また、地方公営企業が行う鉄道事業については独立採算制がとられており(地方公営企業法17条の2第2項)、黒字経営であることが要求されている。
しかるに、後述のとおり、実態に沿って本件事業の収支見込みを再計算すると、本件事業は永久に黒字転換しないということが示されている。また、費用便益分析比も1を切っており、かけた費用以下の便益しか期待できない。
(3) 以上のとおり、本件事業は、鉄道事業法5条1項1号及び地方公営企業法17条の2第2項に違反する。また、地方自治法2条14項(「地方公共団体は、その事務を処理するに当っては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」)、地方財政法2条1項(「地方公共団体は、その財政の健全な運営に努め、いやしくも国の政策に反し、又は国の財政若しくは他の地方公共団体の財政に累を及ぼすような施策を行ってはならない。」)、同法4条1項(地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。」)にも違反している。
すなわち、本件事業は違法であるから、これに対して公金の支出を行うことは許されない。
2 需要予測について
(1) 本件事業計画における東西線利用圏の設定の不合理性について
ア 仙台市は、本件事業計画において、別紙「夜間人口の設定」の網掛け部分の地域を東西線利用圏と設定し、これを前提として需要予測を行っている。
イ しかしながら、東西線利用圏の住人が東西線を利用するという根拠は不明である。
ウ むしろ、東西線利用圏のうち、0108、0201、0203、0504、0603の各地域は、東西線の最寄り駅より南北線の最寄り駅が近いので、これら地域の住人が東西線を利用するとは考えられない。
0302、0404、0410、0901の各地域は、東西線の最寄り駅よりJR仙石線の最寄り駅が近いので、これらの地域の住人が東西線を利用するとは考えられない。
0112、1408の各地域は、東西線の最寄り駅よりJR仙山線の最寄り駅が近いので、これらの地域の住人が東西線を利用するとは考えられない。
0508、0509、0604、0605、0606、1102、1401、1403、1405、1409、1505、1506の各地域は、東西線の最寄り駅までバスを利用するよりも、バスだけを利用して移動した方が便利なので、これらの地域の住人が東西線を利用するとは考えられない。例えば、1401の地域(緑ヶ丘)は、東西線の最寄り駅(動物公園駅)への道のりはアップダウンがひどく、中高年者は歩いて行くことができないし、バスを利用して最寄り駅に行くくらいなら、バスで直接に中心街に出てしまうであろうし、1506の地域(国見4丁目)の住人も、わざわざ広瀬川を越えてまで、東西線の最寄り駅(川内駅)を利用するとは考えられない(〔証拠省略〕)。また、1102の地域(沖野)の住人が、卸町駅又は薬師堂駅までバスで行って東西線に乗るとは考えられないし、0508の地域(向山4丁目)の住人が、距離及び高低差を無視して、八木山駅までバスで行って地下鉄に乗るとは考えられない(〔証拠省略〕)。
(2) 東西線利用圏の人口予測の不合理性について
ア 仙台市は、平成27年の開業時までに東西線利用圏の人口が約3万2000人増加するであろうという予測をもとに、需要予測を行っている。
イ しかしながら、現実の人口増減状況に照らして、仙台市の上記予測は不合理である。
すなわち、仙台市の人口増加数は、平成7年をピークに鈍化の一途を辿り、平成16年の人口増は2095人にとどまっている。この傾向が続けば、増加人口のすべてが東西線利用圏に張り付くとしても、平成27年までに東西線利用圏の人口が約3万2000人も増加するということはあり得ない。実際、東西線利用圏に限って見ると、平成12年から平成15年にかけて、29万3934人から29万2930人とむしろ減少している。
ところが、仙台市は、「より近年の人口動向を反映したデータを用いて」(傍点引用者)需要予測を再検討するように国土交通省から指示されたにもかかわらず(〔証拠省略〕)、平成4年から平成13年の平均値を用いて、将来の人口増加を予測している。これでは、右肩上がりに人口増加数が高くなっていた平成4年から平成7年の4年間が含まれてしまうが、将来的にこのように右肩上がりの人口増加が見込まれるとは考えられず、妥当ではない。
①仙台市全体の人口増加数が鈍化していること、②日本及び宮城県の少子化傾向が年ごとに顕著になってきていること、③長町副都心再開発計画(居住人口1万5000人が予定されている。)や岩切区画整理事業地域(人口3745人が予定されている。)など東西線沿線以外の地域に仙台市の増加人口の多くが張り付くと予想されること(〔証拠省略〕)などからすると、東西線利用圏の人口増はゼロと見るのが相当である。
ウ 仙台市は、「東西線沿線まちづくり」(①東西線沿線土地利用促進、②荒井新市街地整備、③荒井土地区画整理事業、④南西部団地のバス結節による密度アップ)により、合計1万9318人の人口増加が見込まれるとしている。
しかし、上記①~④は、いずれもその根拠が不明であり、合理的な予測とは考えられない。
(3) 東西線利用圏の住人による東西線利用予測の不合理性について
ア 仙台市は、交通行動モデルを用いて東西線利用者数を予測したとするが、同モデルの正当性は未だ検証されていない。
南北線を含め、全国各地の地下鉄において、事前になされた需要予測よりも現実の利用者数は大きく下回っている。モデルの当てはめには所詮限界があり、実態調査によってデータを積み上げ、これをもとにして利用者数を予測する以外、正確な需要予測はできないはずである。
イ また、本件事業が前提とする交通行動モデルには、以下のような欠陥がある。
① 地下鉄が開通しても、東西線沿線の住人が自動車から地下鉄へ交通手段を転換する可能性は低い。
南北線開通後である昭和62年10月時点の調査では、自動車から地下鉄へ通勤・通学手段を変更した者の割合はわずか3パーセントに過ぎなかった。また、昭和62年と平成元年を比較すると、通勤・通学の手段としての自動車の比率は0.5パーセント上昇し、都心中心部への交通手段としての自動車の比率は1パーセント上昇するなど、むしろ地下鉄ではなく自動車の利用の方が増加しているのが現実である(〔証拠省略〕)。
にもかかわらず、交通行動モデルは、こうした実態を反映したものとはなっていない。
② 仙台市の交通行動モデルは、東西線の最寄り駅までのバス結節・道路整備が大前提となっている。
しかるに、巨額の赤字に喘いでいる仙台市営バスが平成27年の東西線開業時までにバス結節を完全に実現する見通しは全く立っていないし、道路整備についても同様である。
③ 東西線は、JRの路線と競合する地域が多く、この場合、利用者が東西線を利用するかJRを利用するかを選択する際には、運賃も一考慮要素となるのに、これを考慮していない。
なお、川崎縦貫高速鉄道線研究会学識者部会では、運賃等も考慮要素として盛り込んだ非集計交通機関選択モデルを用いて、需要予測を行っている(〔証拠省略〕)。
④ 将来、JRの新駅ができた場合、当然のこととして、東西線利用圏と重なる地域が生じる。その場合、東西線がどのような影響を受けるのか、全く検討されていない。
⑤ 仙台市の需要予測は、平成4年に実施された第3回パーソントリップ調査の結果に基づいている。
しかし、パーソントリップ調査は、その後、平成14年に第4回パーソントリップ調査が実施され、その結果がまとめられている。第4回パーソントリップ調査の結果は、第3回パーソントリップ調査の結果に比して、仙台市中心部で人口が減っていること、人口の伸び率に比べるとトリップ数の伸び率は少なくなっていること(いわゆる情報化社会の進展により、移動しなくても用件が済むケースが増えた結果と考えられる。)、60歳以上の高齢者のトリップ数が伸びていること(高齢者は、長い階段を上り下りする地下鉄の利用を敬遠する傾向がある。)、これに対して15歳から60歳未満のトリップ数は減っていること、通勤通学目的での移動の割合が減っていること(地下鉄は通勤通学目的での利用が圧倒的である。)、自動車を利用した移動が大きく増え、徒歩及びバスの利用が減っていること(南北線開通が自動車利用の抑制にはつながっていないことを意味する。)、仙台市中心部と仙台市東部との間のトリップ数は大きく減っていることなど、東西線の需要予測を行う上で重要と考えられるものが多数含まれている。また、泉中央方面に集まる交通量が増えていること、同じく仙台駅周辺で買い物を済ませていた人の中で、泉中央方面や長町方面へ買い物に向かうという行動をとる人が出てきたこと、最寄り駅に駐車場が整備されたことにより通勤手段をP&R(駅まで自動車で移動し、駅付近に駐車して鉄道を利用すること)に切り替えるという行動が出てきていることなど、南北線整備の影響は、第4回パーソントリップ調査の結果にこそ反映されている。
したがって、第4回パーソントリップ調査の結果をもとにして、需要予測を再検討すべきであるのに、仙台市はこれを怠っている。
(4) 小括
仙台市は、開業年度の1日当たりの乗車人数を11万9000人と予測している。
しかしながら、以上のとおり、仙台市の需要予測には、①東西線利用圏の増加人口はゼロであること、②東西線利用圏の設定が不合理である上、どれだけの利用が見込まれるかの実態調査を行っていないこと、③自動車から地下鉄への転換は僅少と考えられること、④道路整備・バスの結節が不透明であること、⑤JRとの運賃での競合や新駅設置の影響等を考慮していないこと、⑥第4回パーソントリップ調査の結果を斟酌していないことなどの欠陥があり、これらを考慮すると、控えめに見積もっても、開業年度の1日当たりの乗車人数は6万人程度であると見込まれる。
3 建設費見積について
(1) 総論
仙台市は、東西線の建設費を約2735億円(1キロメートル当たり190億円)と見積もっている。
しかし、下記のとおり、仙台市の上記見積は不合理であって、最終的には1キロメートル当たり250億円程度は覚悟する必要がある。
(2) 他都市との比較
ア 東京都・都営地下鉄大江戸線環状部(都庁前~清澄白河~新宿)は、1キロメートル当たり237億円と見積もられていた(平成元年5月当時)ものが、実際には同343億円となった(平成11年9月改定。現在も残工事中)。
京都市・高速鉄道東西線(醍醐~二条)は、同190億円と見積もられていたものが、実際には同350億円となった。
名古屋市・地下鉄4号線・1期区間(大曽根~名古屋大学)は、同240億円と見積もられていた(平成5年4月当時)ものが、実際には同258億円(大曽根~砂田橋間が同513億円、砂田橋~名古屋大学間が同182億円)となった。同・2期区間(名古屋大学~新瑞橋)は、同255億円と見積もられていた(平成8年4月)ものが、実際には同185億円となった(平成16年10月現在の見込み)。
神戸市・高速鉄道海岸線は、同222億円と見積もられていたものが、実際には同290億円となった。(以上、いずれも調査嘱託の結果)
札幌市・地下鉄南北線(北24条~真駒内)は、同24億円と見積もられていたものが、実際には同34億円となった。同・地下鉄東西線(琴似~白石)は、同45億円と見積もられていたものが、実際には同102億円となった。同・地下鉄東豊線(栄町~豊水すすきの)は、同241億円と見積もられていたものが、実際には同260億円となった。(以上、いずれも〔証拠省略〕)
福岡市・地下鉄七隈線は、同254億円と見積もられていたものが、実際には同223億円となった(平成16年3月現在の見込み)。(〔証拠省略〕)
以上のとおり、他都市の地下鉄では、実際額は、見積額の平均1.344倍となっている。実際額が見積額を下回った例外的な2例(名古屋市・地下鉄4号線・2期区間、福岡市・地下鉄七隈線)を除くと、平均1.49倍となる。
イ このように、他都市で実際額が見積額を上回ったのは、①予測できない事態が発生したこと、②低めに予算計上して議会の承認を得るのが通例であること、③国の事業許可を得るためにも採算の健全性を装う必要があることなどによる。
以上のような事情は、東西線においても全く同様と考えられる。〔証拠省略〕も、大体地域差なしに、実際額は見積額の1.5倍になる旨を証言している。
(3) 施工上の問題点
ア 地質調査の不備
本件事業の認可申請においては、約90か所でのボーリング調査の結果しか参照されておらず、ボーリング調査数が不足している。ボーリング調査は、100~200メートルに1本は必要であるにもかかわらず、例えば、NATM工法区間では、ボーリング箇所の間隔が800メートルの部分があり(〔証拠省略〕の「H4―No1」~同「H6―No1」の間。この間に5本のボーリング箇所があるが、これらはトンネル位置まで達しておらず、トンネル位置付近の地質調査には無関係である。)、シールド工法区間では間隔が1000メートルの部分がある(〔証拠省略〕の「H11―B―4」~同266頁「H12―B―10」の間。この間に4本のボーリング箇所があるが、これらはトンネル位置まで達しておらず、トンネル位置付近の地質調査には無関係である。)。被告らは「平均間隔は約170メートル」と主張するが、複雑な地形や土質条件が予想される東西線ルートでは「平均」など何の意味もないし、約170メートルというのは、上記のようなトンネル位置まで達していないボーリング箇所も含んだ数字であり、被告らの主張は失当である。ボーリング調査を実施していない箇所についての地質縦断図面(〔証拠省略〕)は、科学的な根拠がない。
被告らは、弾性波探査を併用したと主張する。しかしながら、弾性波探査は大まかな地層構造を推定するものに過ぎず、これに基づいて更にボーリング調査を実施する必要がある。にもかかわらず、例えば、亀岡トンネルの2K850付近では「小規模断層の分布」と予測されているにもかかわらずボーリング調査を隣接調査位置間で420メートルに1か所しかしていない。
このような地質調査の不備に鑑みると、詳細調査を追加すれば、補助工が追加される可能性が極めて高い。
イ 亜炭採掘坑跡の対策計画の不備
NATM工法区間には亜炭採掘坑跡が点在する。施工区間内に亜炭採掘坑跡があると、溜まり水と崩壊により人命が損なわれる危険性がある。したがって、更なる調査で亜炭採掘坑跡の位置を正確に特定し、影響を受けないような事前工事が必要不可欠となる。
しかるに、被告らは、十分な調査を行っていない。十分な調査を事前に行うことができないなら、施工中に亜炭採掘坑跡があった場合の十分な対策費を計上しておく必要があるが、それをしていない。
ウ 動物公園駅~川内駅における補助・対策計画の不備
(ア) 亀岡トンネル区間(青葉山駅~川内駅)は、地層構成も複雑で切羽にはかなりの出水が予想される上、亜炭採掘坑跡や渓谷による落盤が懸念される。したがって、補助・対策工法の多用は必然である。
しかるに、開削工事部分に底部湧水対策がなされていない。また、基礎地盤面からの湧水が付近地盤変位や地下水利用障害を起こす可能性もある。更には、トンネル接合部の止水も必要となる。
このように、被告らは、適切な補助・対策計画を立てていない。
(イ) 〔証拠省略〕は、向山層(凝灰岩や亜炭を多く挟む陸生層。青葉山・広瀬川左岸部等に分布する。)であっても地下水が確認できればAGF(掘削に先行して切羽から前方に向けてトンネル外周部に長さ10~15メートル程度の鋼管をアーチ状に配置して打設する工法)等の対策をとる旨を証言している。しかし、向山層が分布するすべての地点でボーリング調査を行ったわけではない以上、工事着工後に地下水の存在が判明し、AGF等の対策をとる必要性が出てくる可能性は否定できない。
エ シールド工法区間での問題点
(ア) 補助工の必要性
シールド工法は、地盤を緩めることが不可避の工法であり、失敗すると20パーセント程度の応力解放率(トンネルを掘削すると地山の応力が解放されて弾塑性変形を起こす。素堀で掘削すると応力解放率は100パーセントとなるが、シールド工法ではシールドマシンとセグメントの隙間分のみ解放されるので、応力解放率は一般に20~35パーセントとして、FEM解析が行われる。)に至る(〔証拠省略〕)。
特に、六丁の目トンネル(卸町駅~六丁の目駅)から荒井トンネル(六丁の目駅~荒井駅)の間は、シールド機が蛇行する区間であり、断面内に地層変化が現れている(〔証拠省略〕)。
したがって、補助工として、薬液注入や高速撹拌改良による地盤強化を取り入れる必要がある。密閉型シールド工法であるからといって、補助工が全く不要となるものではない。現に、密閉型シールド工法の場合でも補助工を行った例があるし(〔証拠省略〕)、補助工が行われることを当然の前提とする文献も存する(〔証拠省略〕)。これら補助工のためには、1メートル当たり400万円程度の費用を要し、カーブ部分は1.5倍程度の費用となる(〔証拠省略〕)。
なお、被告らは、長町第1雨水幹線工事1や仙台北部共同溝工事での実績をいうが、東西線ルートの土質は一般に南北線ルートより軟弱であることからすれば、これら実績と東西線での建設費を同列に論ずるのは失当である。
(イ) 観測業務の必要性
シールド工事の全区間について、地下水変位と地盤変位を観測する業務も必要不可欠であるのに、その対策が皆無である。
(ウ) Uターン方式採用の問題性
木ノ下トンネル(連坊駅~薬師堂駅)は、往復2キロメートル未満の距離であるのに、シールド機を2台用いて並列施工する予定となっている。これに対して、新寺トンネル(新寺駅~連坊駅)・六丁の目トンネル(卸町駅~六丁の目駅)・荒井トンネル(六丁の目駅~荒井駅)の3トンネルは、往復2キロメートル以上の距離があるのに、シールド機を1台用いてUターン方式で施工することとされている。
シールド施工延長は土質により左右され、大礫混入の礫質地盤の場合はシールド施工延長は短距離とせざるを得ないはずである。しかるに、仙台市は、工費・工期比較のみで上記のような並列施工ないしUターン方式を採用しており、工事予算の低減調整操作の疑いがある。
また、Uターン方式を採用した結果、新寺トンネル・六丁の目トンネル・荒井トンネルは、シールド機が発進して戻るまで約1年間の日数が見込まれ、これにより、工事経費も増額するものと考えられる。
(エ) シールド機破損の危険性
2キロメートルを超える長距離でのシールド機の使用は、安全かつ十分な使用想定距離内での使用ということはできず、施工中にシールド機が損傷し、これによる費用増額が予想される。
(オ) 曲線部での費用増加
曲線部では、資材費や機械買取費が割高になること、施工速度が低下することに伴い経費が増加すること、地山の余掘が大きくなるために地盤緩みの対策費や裏込め注入(シールド機通過後生じる地山とセグメントすき間の緩みを生じさせるため、すき間に速やかに充填材を注入すること。)費が上昇すること、事後継続調査や後対策工事の必要性があることなどから、工事単価の増加が避けられない。曲線部は直線部に比べてトラブル発生の確率が非常に高いから、結果として更なる費用増加の可能性もある。
(カ) 大礫の存在
シールド工法区間は、砂礫・粘土混じり砂礫で径5~60ミリメートル、亜円礫主体に200ミリメートル以上の礫が混入する沖積層第2礫質土層である。
このような地層においては、カッター回転部の外で大礫が緩み崩落する結果、切羽の安定が保たれず、地表沈下が起こる。また、単発の巨礫は粉砕して処理するのが一般的であり、そのための装置も必要となる。
オ 断層・地震への対策の不備
(ア) 長町―利府断層、大年寺山断層
東西線は、長町―利府断層を横切る形で計画されており、また、新寺トンネル(新寺駅~連坊駅)区間には大年寺山断層が分布している他、未だ知られていない断層が存在する可能性も否定できないが、これらへの対策が行われていない。
(イ) 宮城県沖地震
近く予想される宮城県沖地震に対する対策が十分になされているか否か、不明である。
カ 東部地区における軟弱地盤等への対策の不備
(ア) 高地下水区域の補助工
地下水位が高い仙台市東部地区においては、水密性が要求される大半の区間に止水工事を余儀なくされる可能性が大きい。柱列式連続地中壁工法(オーガ式杭打機により地盤を柱状に穿孔し、その先端からモルタルを注入し、その中に芯材(H型鋼)を建て込み、連続した土留め壁を築造する工法)は、大礫混じりの砂礫地盤では施工精度が落ちるので、底部の止水性能が低下するため、補助工としての薬液注入が必要となる。
また、連坊駅~荒井駅間では、地下水を下げると周辺地帯の大地盤沈下を引き起こし、大きな被害を出すことになるが、これへの対策がなされていない。
(イ) 水害常襲地区への水害対策
仙台市東部地区は、海抜が低く、集中豪雨等の際には冠水しやすい地区である。かかる水害への対策が十分になされているか否か、不明である。
(ウ) 地盤沈下等への対策
仙台市東部地区は、地盤が軟弱であることで知られている。また、近く予想される宮城県沖地震では液状化現象が生じ得ると指摘されている。かかる軟弱地盤への対策が十分になされているか否か、不明である。
キ 地上構造物等への影響
(ア) 地盤の変位観測計画と変位対策計画
連坊駅~荒井駅間は、高地下水位・高透水係数地帯であり、工事による地下水変動や流路遮断は近接建物や施設に被害を及ぼす。また、西公園駅~連坊駅間には、近接地上建物や地下占有構造物が密集している。
このため、薬液注入などによる止水対策が必要となるし、地盤の変位観測計画と変位対策計画が不可欠となる。
(イ) 国道4号線仙台バイパス地下通過工事
特別な対策を必要としないとする具体的な根拠が不明である。
(ウ) JR貨物線地下通過工事
特別な対策を必要としないとする具体的な根拠が不明である。
(エ) 国分寺・国分尼寺付近などに発見され得る遺跡への対策
問題はないと考える具体的な根拠が不明である。
(オ) 新寺通り下における電話線及び電力線等の各地下洞道への対策
特別な対策を必要としないことについての具体的な根拠が不明である。
(カ) JR仙台駅の地下通過工事
防護措置を必要としないことについての具体的な根拠が不明である。
(キ) 青葉通り及び東二番丁下における電話線等の地下洞道への対策
特別な対策を必要としないことについての具体的な根拠が不明である。
ク 安全性
(ア) 川内駅から青葉山駅に至るトンネルの連続勾配における火災発生時に生じ得る煙突効果等への対策
仙台市の計画では、広瀬川架橋から青葉山まで50/1000の連続上り勾配を約2.3キロメートルの間、トンネルが連続することとなっている。トンネル内で火災が発生した場合、傾斜のついたトンネルが煙突効果を発揮して、延焼速度が数倍速くなる。
この点、具体的な対策がなされていることについて、具体的な根拠が不明である。
(イ) リニアモーターカーの勾配制動破綻時の安全対策
50/1000の勾配区間を有する例の一つとして神戸電鉄があるが、従来型の電車であり、下り勾配制動破綻時への安全装置として大型の抵抗器を有している。これに対して、リニアモーターカー方式を採用した東西線の場合、同様の安全装置を施すと、車両断面もトンネル断面も大きくなり、経済性を損なう。
この点、具体的な対策がなされていることについて、具体的な根拠が不明である。
ケ その他
(ア) 現青葉山ゴルフ場下の地層における工事中出水への対策
特別な対策を必要としないことについての具体的な根拠が不明である。
(イ) 青葉山上層部地すべりへの対策
地すべりへの関連は考えられないという具体的な根拠が不明である。
(ウ) 国土交通省が平成14年度に始めた線路耐震性見直し
被告ら自身、この点で建設費が増額される可能性を認めている。
(4) 小括
以上のとおり、東西線の建設費は、1キロメートル当たり190億円と見積もられているが、実際額としては、他都市の実例と同様、その1.3倍である1キロメートル当たり250億円程度まで増加することは確実である(〔証拠省略〕)。実際額が見積額の1.4倍ないし1.5倍も増加するというのは、建設会や学会等の通説となっている。
もともと、公共事業の建設費見積は困難であり、トンネル掘削工事は「出たとこ勝負」の性格を有する。したがって、建設費はいかようにも設定することができる。とりわけ、本件のように、十分な事前調査を行っていない場合には、本来見過ごされてはならない危険箇所を見過ごしてしまい、結果として建設費が低額となる。
また、被告らが計上する建設費とは、自治体が机上で想定した見積に過ぎない。これを落札した業者において、「予期しがたい地層に直面した。」「落盤事故が発生した。」「亜炭採掘坑跡に大量の水が溜まっている。」など次々と追加工事の要求が繰り返された場合、仙台市としては途中で引き返すことができず、業者の追加要求に従うしかない状況が生まれる。
4 本件事業の収支見込み
(1) 仙台市は、1日当たりの乗車人数を11万9000人、建設費を1キロメートル当たり190億円として損益収支を計算した結果、平成35年度には単年度黒字に、平成46年度には累積黒字になるとしている。事業が予定通り推移しなかった場合(1日当たりの乗車人数が9万4962人等)の感度分析においても、平成66年度には累積黒字になるとする。
(2) しかし、仙台市の収支見込みは、前記のとおり、1日当たりの乗車人数を過大に、1キロメートル当たりの建設費を過少に見積もったものである。
これを、より真実に近いと考えられる数字(1日当たりの乗車人数6万人、1キロメートル当たりの建設費250億円。他の数字は仙台市の事業計画の数字をそのまま用いる。)に直して試算すると、平成76年まで計算しても一度も単年度黒字とはならず、累積赤字は平成76年で5000億円を超える。1日当たりの乗車人数8万人、1キロメートル当たりの建設費250億円としても同様で、平成76年の累積赤字は4000億円弱となる。
このように、需要予測と建設費見積の双方が計画値から外れると、黒字転換は永久に不可能となる。
(3) また、当初減価償却の原価(帳簿価格)に含めていた国からの補助金を、「みなし償却」をするとして、原価(帳簿価格)から外してしまったので、本来の企業会計から考えると、事業としての採算性は全くない。
「みなし償却」という会計手法には正当性がない。
(4) 更に、費用便益分折で計上された供給者便益から毎年の営業利益を算出すると、年額24億3400万円から40億8300万円となり、これらの30年間の単純合計額は1099億9600万円、50年間の単純合計額は1711億1900万円とされている。
他方、初期投資額(用地費を除いた地下鉄建設費)は50年間の単純合計で2818億円とされており、50年間の営業利益の単純合計を上回っている。すなわち、東西線の営業利益では、50年経っても減価償却が終わらないという計算になる。
また、当初建設費の捻出方法として発行が予定されている企業債は利息も含めると1189億円余とされており、30年間の営業利益の単純合計を上回っている。すなわち、東西線の営業利益では、30年経っても当初建設費の企業債の償還すら終わらないという計算となる。
(5) 仙台市の収支見込みは、運賃改定5年ごとに5パーセントと設定され、開業後も年々乗車人数が増加する前提で作られているが、これらが実現されるという保証はない。
5 仙台市の行った費用便益分析の問題点
(1) 仙台市は、整備後30年間の費用便益比を1.62と算定する。
しかし、これは、時間評価値として実質賃金率(年間賃金を、年間実労働時間で除したもの)を用いるべきところ(〔証拠省略〕)、就業者1人当たりの市民純生産を年間労働時間で除した数字を用いたために、水増しされた数字となっている。市民純生産を用いるというのは、勤労の有無を問わずに企業所得や財産所得までも含めて利用者の時間短縮便益を計算することになるし、他との比較が不可能となるために事業の正当性が検証できなくなり、妥当ではない。
実質賃金率を用いて計算すると、費用便益比は1.10となる。ここから、供給者便益や環境改善便益を差し引くと、費用便益比は0.82でしかない。これは、利用者への直接的な便益に乏しいということを示すものである。
(2) 仙台市は、感度分析として、総需要が10パーセント少ない場合の分析をしている。そこでは、供給者便益だけが減少するものとして計算し、整備後30年間の費用便益比を1.57としている。
しかし、総需要が減少すれば、供給者便益だけではなく、利用者便益(時間短縮便益、経費節減便益)・環境改善便益も同様に減少するはずである。そこで、利用者便益を同様に減少させる他、時間短縮便益・経費節減便益を各10パーセント減少させて再計算すると、市民純生産を用いた場合は1.43、実質賃金率を用いた場合は0.97となる。
総需要を8割として、実質賃金率を用いて計算すると、0.84となる。
このように、総需要が10パーセント減少しただけで費用便益比は1を割り込むこととなる。これは、本件事業に公共事業としての合理性が欠如していることを示すものである。
(3) 東西交通網の整備という目的のためには、本件事業が予定しているリニアモーターカー式地下鉄以外にも、在来型地下鉄、LRT、道路整備によるバス事業等種々の方法が考えられる。したがって、機種と路線と採算性を一体のものとして比較検討し、それぞれの費用便益分析を行った上で、もっとも効率的な方法を採用すべきである。
しかるに、仙台市は、これら多種の方法を比較検討することなく、採算がとれないことが確実な本件事業を採用している。
第6被告らの主張
1 総論
(1) 事業の目的に従った効果を達成するために何をもって「最少の経費で最大の効果」(地方自治法2条14項)、「必要且つ最少の限度」(地方財政法4条1項)というべきかは、広く社会的、政策的ないし経済的見地から総合的に判断すべきであって、原告が主張するような経済的見地のみに偏って判断することは相当ではない。
そもそも、地下鉄を含む鉄道事業計画の適切な策定という事項は、これを一義的に定めることができるものではなく、様々な利益を比較考量し、これらを総合して、政策的、技術的な裁量により決定せざるを得ない事項である。
したがって、事業計画の策定及び予算の執行に関しては、第一次的には、行政庁の広範な裁量に委ねられており、行政庁がその委ねられた裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したと認められる場合に限って違法となると解すべきである。
(2) 本件事業は、後述のとおり、原告の指摘する問題点もすべて踏まえた上で計画が策定されており、その判断内容は合理的かつ妥当なものである。
したがって、本件事業及びこれに対する公金の支出には、裁量権逸脱ないし濫用の違法は認められない。
2 需要予測について
(1) 本件事業計画における東西線利用圏の設定の不合理性との点について
ア 原告は、仙台市が設定した東西線利用圏について、最寄り駅から遠い等の理由で、住人が東西線を利用するとは考えられない地域を含んでいると主張する。
イ 確かに、南北線やJR、バスなどが結節している仙台駅や一番町周辺を目的地として移動する場合には、原告の主張も妥当する可能性がある。
しかしながら、他の地域(動物公園方面や卸町方面など)を目的地として移動する場合には、他の交通機関の最寄り駅等が近くても、東西線を利用することが十分に見込まれる。実際、第3回パーソントリップ調査では、仙台駅周辺を目的として通勤・通学目的でする移動は全体の約20パーセントであり、残りの約80パーセントは他の地域を目的地としているとの結果が出ている。
例えば、1102の地域(沖野)の住人が動物公園方面に向かうのであれば、バス等によって薬師堂駅までアクセスし、東西線で動物公園駅方面に向かうことが可能である。0508の地域(向山4丁目)の住人が荒井駅方面に向かうのであれば、バス等によって仙台駅までアクセスし、東西線で荒井駅方面に向かうことが可能である。
ウ 仙台市は、上記のように複数の移動手段が存在することを前提として、東西線利用圏を設定している。原告の主張は、これを正しく理解せず、東西線利用圏の各地域において東西線が主たる移動手段であると誤解した上で、独自の主張をしているに過ぎない。
(2) 東西線利用圏の人口予測の不合理性との点について
ア 原告は、短期間(平成12年から平成15年の3年間)の人口推移のみを取り上げて、東西線利用圏の人口増加は見込めないと主張する。
しかしながら、短期間で見た場合、種々の要因から人口の一時的な増減が生じることは特に不自然ではない。
東西線利用圏は、基幹交通が未整備であるという理由もあって、他の地域より人口の張り付きが遅れている現状ではある。しかし、東西線整備による鉄道沿線の利便性の向上を見込んで、今後人口が張り付いてくることは、南北線等の過去の事例が実証しており、人口増加が見込めないと断言することは正当ではない。
なお、国土交通省からの指示(〔証拠省略〕)は、最近の社会状況も取り入れながら予測すべきであるという趣旨のものであって、過去3年というような短期間の人口推移のみから将来の人口予測を行うように指示したものではない。
イ 「東西線沿線まちづくり」による合計1万9318人の人口増加について
これらは、①東西線沿線土地利用促進、②荒井新市街地整備、③荒井土地区画整理事業、④南西部団地のバス結節による密度アップという、前記第3、4(3)イ記載の理由により、過去の事例を踏まえて客観的に妥当と考えられる範囲内での人口増加を想定したものである。
(3) 東西線利用圏の住人による東西線利用予測の不合理性との点について
ア 原告は、仙台市の用いた交通行動モデルの正当性に疑問を呈する。
しかしながら、交通行動モデルは、第3回パーソントリップ調査の結果に基づいて、実際の人の交通行動を反映できるように構築されたものである。
仙台市では、交通行動モデルの感度分析として、平成12年における南北線需要を計算し、1日当たりの乗車人数を16万6533人と予測した(〔証拠省略〕)。これは、現実の乗車人数16万5721人と極めて近い数字であり、交通行動モデルの正当性を示すものである。
原告の主張は、理解不足による誤った認識に基づくものに過ぎない。
イ 原告は、東西線が開通しても、東西線沿線の住人が自動車から地下鉄へ交通手段を転換する可能性は低いと主張する。
しかしながら、交通行動モデルは、平成4年に実施された第3回パーソントリップ調査に基づいて構築されたものであり、南北線開業(昭和62年)後の地下鉄・自動車等の利用実績を十分に取り入れた上で作成されたものである。
原告は、①昭和62年10月時点の調査で、自動車から地下鉄へ通勤・通学手段を変更した者の割合はわずか3パーセントに過ぎなかったこと、②昭和62年と平成元年を比較すると、通勤・通学の手段としての自動車の比率は0.5パーセント上昇し、都心中心部への交通手段としての自動車の比率は1パーセント上昇したことを指摘する。しかしながら、①は、南北線開業からわずか3か月の時点での調査であり、地下鉄の利便性が体得できていない時期であることからすると、何ら不思議ではない。②は、この間自動車の増加率は年率5パーセントと高率であること(〔証拠省略〕)からすると、むしろ、南北線開業により南北線沿線地域の自動車利用率の急増を抑制した結果と評価することができる。
ウ 原告は、東西線の最寄り駅までのバス結節・道路整備の見通しが立っていないと主張する。
しかしながら、仙台市は、本件事業との整合を図り、実現の可能性を見極めながら、中期都市計画道路整備計画を策定し、既に多くの路線で都市道路整備を進めている。都市計画道路の整備済延長は、平成10年度末から平成14年度末までの4年間で24.19キロメートル(1年当たり6.05キロメートル)増加している。他方、平成15年度から平成22年度(計画完了年度)の8年間で整備すべき延長は48.43キロメートルである。仮に若干の計画遅延があったとしても、過去の実績に照らして、平成27年の東西線開業時までには、整備目標達成が十分に期待できる。
また、鉄道の輸送力を活かすために、交通結節機能を有する駅にバスを接続させることは、ごく自然なことである。実際、南北線においても、泉中央駅や長町南駅などの駅に多くのバス路線が結節し、相当数の乗客が地下鉄駅に向かうための足となっている。
エ 原告は、運賃によるJRとの競合を看過していると主張する。
確かに、地下鉄は、運賃をJRより割高に設定せざるを得ないが、他面、運行密度や定時性が高いこと、天候による影響を受けにくいこと、駅間距離が短くアクセス性や機動性に優れていることなど、利用者が選択する魅力を十分に備えている。実際、第3回パーソントリップ調査の結果によれば、長町駅~仙台駅間の1日当たりの乗車人数は、JRが924人、南北線が1716人となっており、交通機関の選択基準は運賃だけではなく、利便性なども含めて総合的に判断されているのは明らかである。
オ 原告は、JRの新駅等ができた場合の影響を考慮していないと主張する。
しかしながら、JRの新駅等が設置される見通しは明らかではなく、これを考慮しないことが交通行動モデルの欠陥であるということは到底できない。
なお、将来JRの新駅等ができると、東西線の需要は当然変わりうるが、むしろ鉄道ネットワークの充実が図られて東西線の需要増にも結びつく可能性があり、市民の利便性の向上という見地からも望ましいものであると考えている。
カ 原告は、第4回パーソントリップ調査の結果を反映していないと主張する。
しかしながら、第4回パーソントリップ調査の結果がまとまるまでは時間を要し、追加申請時までに調査結果を参照することは不可能であるし、調査結果から新たなモデルを作成するためには、調査結果のデータ化・加工等に膨大な作業時間が必要になる。
交通行動モデルは、人の意思決定プロセスを反映したものであり、人の交通行動原理には経年的に大きな変化はないと考えられるから、第4回パーソントリップ調査の結果を反映していないとの点は、需要予測の信頼性を大きく左右するものではない。
(4) 小括
仙台市による、開業年度の1日当たりの乗車人数11万9000人という需要予測は、十分に合理的な予測である。
これに対して、原告の推計(1日当たりの6万人程度)は、恣意的な仮定に依拠した非科学的なものに過ぎない。
3 建設費見積について
(1) 総論
仙台市は、東西線の建設費を約2735億円(1キロメートル当たり190億円)と見積もっている。
上記は、基本設計段階での見積であるから、今後実施設計を経て工事施工へ進むにつれて、建設費が増減する可能性は否定できない。しかし、これは、あらゆる公共事業のプロセスに当てはまることである。
(2) 他都市との比較
ア 原告は、他都市において実際額が見積額の平均1.4倍前後となったことをもとにして、直ちに本件事業においても同様の結果になると結論付けている。
しかしながら、建設費は、地質、支障物件の多寡、施工方法など様々な工事上の要素が影響しあって決まるものであり、駅の数や構造物、車両の規格が同一仕様であっても、同じ建設費とはならない。また、用地費、物価、金利などによっても変動し得る。
しかも、他都市での実績を見ても、実際額が見積額より少なく済んだ例(名古屋市・地下鉄4号線・2期区間、福岡市・地下鉄七隈線)や、実際額が見積額とさほど変わらなかった例(名古屋市・地下鉄4号線・1期区間、札幌市・地下鉄東豊線)もある。
したがって、他都市において実際額が見積額より多くなった例があるとしても、直ちに本件事業においても同様の結果となるとはいえない。
イ のみならず、他都市で実際額が見積額を上回るに至った理由として他都市(東京都、名古屋市、京都市、神戸市、札幌市)が回答したものは、本件事業においては織り込み済みである。
① 耐震設計の見直し(東京都、名古屋市、神戸市)
平成7年発生の兵庫県南部地震の発生に伴う耐震設計の考え方が変更されたため、建設費が増加したという。
しかし、仙台市においては、もっとも新しい設計基準(〔証拠省略〕)に基づいて構造物の設計を行っており、かかる理由で建設費が大幅に増加することはない。
② 地下埋設物の処理(東京都、名古屋市、京都市、神戸市)
仙台市においては、地下埋設物は地下鉄本体工事着工前に移設することとしており、南北線の実績を参考に工事費を算出している〔〔証拠省略〕)。移設不可能な大規模地下埋設物の防護復旧費用については、「大規模地下埋防護復旧工」等として費用を計上している(〔証拠省略〕)。したがって、かかる理由で建設費が大幅に増加することはない。
③ JR等の鉄道交差部での難工事、防護の必要性(東京都、京都市)
南北線仙台駅との交差部については、アンダーピニング工法を計画し、その費用を計上している。JR仙台駅との交差部については、JR東日本との協議の中で薬液注入などの防護措置を必要とせずに通過することが技術的に可能であることを確認している(〔証拠省略〕)。したがって、かかる理由で建設費が大幅に増加することはない。
④ 近接構造物の防護費(神戸市)
NTT洞道、JR仙石線、JR貨物線等の構造物に近接する部分などで薬液注入工法や高圧噴射撹拌工法などによる地盤強化対策を見込んでいる。したがって、かかる理由で建設費が大幅に増加することはない。
⑤ 軟弱地盤対策(東京都、札幌市)
仙台市東部地域の軟弱な沖積粘性土層は地下鉄トンネルより浅い地層にあり、トンネルを掘削する深さは軟弱地盤ではない。また、トンネルの掘削が地表面に影響を与えないことについては、二次元FEM解析(地盤などを一定の大きさを持つ要素に分割したモデルを作り、その要素間の境界条件を設定して、地盤の変形を計算する解析手法)でも確認している。したがって、かかる理由で建設費が大幅に増加することはない。
⑥ 工期延期による経費等の増加(名古屋市、京都市、札幌市)
東西線においては、地下埋設物管理者など関係機関との事前協議を密に行っていることや、工事計画の中で適切な工事工程を見込んでいることから、工期の大幅な遅れは生じないものと考えられる。したがって、かかる理由で建設費が大幅に増加することはない。
⑦ 物価の変動(東京都、京都市、札幌市)
物価の変動により建設費が増減するのは当然のことである。
概算建設費を算出した平成13年から現在にかけての物価は、鉄鋼製品や石油類は上昇しているが、他の資材や人件費等は下落傾向にあることから、建設費が大幅に増加するとは断言できないと考える。
(3) 施工上の問題点と原告が主張するものについて
ア 地質調査の不備との点について
仙台市の地形は、西側から東側に向かって、丘陵地帯(青葉山)、段丘地帯(市街地)、低地(平野)と標高が低くなっており、その地質構造は、丘陵地には軟岩層、段丘地には砂礫層と軟岩層、低地には砂礫層が主に分布していることが判明している。
仙台市は、上記地質構造の傾向をもとに、地層が複雑で互層となっている丘陵地と段丘地は間隔を密に、地層が平坦で均一な低地は間隔を広くとって調査位置を選定し、合計83か所(仙台市が実施したもの66か所、民間などが実施したもの17か所)のボーリング調査結果を参考として、地質構造の推定を行った。ボーリング箇所の最大間隔は、掘削工法区間で約280メートル、NATM工法区間で約440メートル、シールド工法区間で約480メートルである。これらの平均間隔は約170メートルであって、ボーリング調査が「一般に100~200m間隔で実施されることが多い」(〔証拠省略〕)という文献に照らしても、適切なものということができる。地質縦断図面は、既存資料から基本的な地質状況、地層の堆積状況を把握し、地層名等を特定した上、隣り合うボーリング調査結果の層序を互いに比較し、更に不整合面を把握するなどして、どの地層が連続するのかを検討し、作成されたものであって、科学的根拠がないというのは適切ではない。
更に、動物公園駅付近から川内駅付近までの約3500メートル区間においては、弾性波探査も実施している。弾性波探査は、ボーリング調査とは異なって線的に調査を行うことができるため、トンネル調査の方法として非常に有効な方法であるとされている(〔証拠省略〕)。なお、ボーリング調査と弾性波探査のどちらを先にすべきかは一義的にいうことはできない。弾性波の速度が落ち込んでいる区間は固結度が低いことも予想されるので、当該区間においては、トンネルを掘進しながら切羽の地質状況や切羽より先の地質を調べる先進ボーリングを行い、更に施工中は天井部や壁の歪みを計測し、常に地山を予測評価しながら掘り進むという慎重な施工に努めることとしている。
イ 亜炭採掘坑跡の対策計画の不備との点について
亜炭採掘坑跡の存在は仙台市も把握しており、動物公園駅付近から地形上調査可能な全区間約600メートルにおいて連続波地中レーダー探査(地中における電磁波の反射・屈折・透過などの物理的現象を利用して地下構造を探査する方法であり、同一地点で周波数の異なる電磁波を用いることで、通常のレーダー探査の十数メートルの深度まで探査を行うことができるもの)を実施し、その位置を確認している。
トンネル施工に際しては、掘削機の前方に向かってさぐり削坑などを行い、空洞や溜まり水を確認しながら掘削する計画である。また、対策工としてAGFを計画しており、安全性に問題はない。
ウ 動物公園駅~川内駅における補助・対策計画の不備
(ア) 亀岡トンネル(青葉山駅~川内駅)区間では、崩落防止を目的としてAGFを、切羽自立を目的として水抜きボーリング及び坑内薬液注入を適切に計上しており、たとえ溜まり水・異常出水があっても十分に対応できる(〔証拠省略〕)。
また、開削部で地盤を掘り進める際の土留め工法として、壁からの湧水に対しては、遮水性の高い柱列式連続地中壁工法により対応し、掘削底部からの湧水に対しては、土留杭を不透水層まで到達させることにより対応しているから、特別な湧水対策工は必要ではない。
(イ) 動物公園駅から青葉山駅までのNATM工法区間では、地山の強度などから地山等級を分類し、地山等級に応じた支保工タイプを選定している。更に、八木山トンネル(動物公園駅~竜の口渓谷)には崩落防止対策工としてAGFを、青葉山トンネル(竜の口渓谷~青葉山駅)には崩落防止を目的としてAGF、切羽自立を目的として水抜きボーリング(切羽前方にボーリングを行い、水を抜いて、水圧や地下水位を下げる工法)と坑内ウェルポイント(直径50~75ミリメートルの集水管を1~2メートル間隔で坑内から地山に下向きに差し込み、地下水を吸引する工法)を見込んでいる。
エ シールド工法区間での問題点について
(ア) 補助工の必要性
仙台市では、応力解放率30パーセントでFEM解析を実施し、補助工なしでも近接構造物の安全性に問題はないことを確認している。また、シールド工法区間はN値(土の強度を表す指標の一つ。N値(砂質土)30~50は「密に締まっている」状態で、建造物の支持層とし得る。)が概ね30以上の沖積砂質土・沖積礫質土層であり、十分に強度をもった地盤である。したがって、地盤強化の必要性は認められない。
もともと、密閉型シールド機では、地下水圧とシールド機のチャンバー内圧力とのバランスを図ることにより、基本的に補助工なしで施工できる(〔証拠省略〕)。シールド機が蛇行する区間においても、近年では、シールド機の姿勢やセグメントの位置などを自動計測したデータを掘進管理用コンピュータに送り、リアルタイムで演算処理し、掘進制御を行っている。したがって、地層の変化に対しても十分に掘進管理が可能である。
以上のとおり、シールド工法を採用した全区間に薬液注入が必要であるとの原告の主張は、妥当ではない。ただし、下記の特殊な部分については、各別の対策工を考慮している。すなわち、砂礫層におけるシールド発進・到達部については、コラムジェット工法での地盤強化と、地下水流入防止のための薬液注入工法での地盤改良を予定している。また、重要構造物に近接する箇所では、薬液注入の費用を計上している。
仙台市では、洪積砂礫層で平成14~15年度に実施した長町第1雨水幹線工事1(〔証拠省略〕)や、亀岡層の軟岩で平成16年度から実施した仙台北部共同溝工事(〔証拠省略〕)において、発進・到達部を除いて薬液注入などの補助工を用いることなく、土圧式シールド工法により掘進した実績を有する。
(イ) 観測業務の必要性
シールド工法区間については、地盤変状測定に加え、ガス管観測工も費用計上している。
(ウ) Uターン方式採用の問題性
シールドトンネルをUターン施工とするか、並列施工とするかの選択は、単に掘進延長や工事費の多寡ばかりではなく、駅の端部を利用する立坑周辺の土地利用や全体工程の中でバランスを図ることなども考慮に入れて選定されたものである。
(エ) シールド機破損の危険性
2キロメートルを超える距離でのシールド機の使用は、他でも実績がある。
(オ) 曲線部での費用増加
資材費や機械買取費が割高になるとの点については、シールド機を中折れにし、ダクタイルセグメントを採用して工費を算定している。施工速度が低下することに伴い経費が増加するとの点については、これに応じた積算をしている。地山の余掘が大きくなるために地盤緩みの対策費や裏込め注入費が上昇するとの点については、密閉式シールド機を選定して掘進と同時に裏込め注入を施工し緩みを生じさせない対策をしているし、裏込め注入費も曲線部という形状や地質状況に応じた額を計上している。事後継続調査や後対策工事の必要性については、観測業務を計上している。
(カ) 大礫の存在
仙台市は、南北線河原町工区の径600ミリ程度の巨礫が存在する地層において、補助工なしに、泥土圧シールド工事を施工した実績を有する。
オ 断層・地震への対策の不備との点について
(ア) 長町―利府断層、大年寺山断層
長町―利府断層は、東西線よりも遙かに深い場所に存在しているため、これが破壊した場合でも東西線への影響は少ない。
大年寺山断層は、利府―長町構造線の副次的な断層とされている。東北電力や電電公社(現NTT東日本)も、この箇所について、特別な対策を行わずにトンネルを掘削している。仙台市では、同断層を横切る新寺トンネルについて、比較的柔構造であるシールド工法を採用し、かつ、直径を0.5メートル大きくすることで、断層変位が発生した場合の対策としている。
(イ) 宮城県沖地震
耐震に関するもっとも新しい設計基準(〔証拠省略〕)に基づいて構造物の設計を積み重ねており、現在社会的に求められる十分な耐震レベルにある。
カ 東部地区における軟弱地盤等への対策の不備との点について
(ア) 高地下水区域の補助工
地下水を遮断する土留め壁を用いる箇所は、薬師堂駅・卸町駅・六丁の目駅・荒井駅及び荒井駅の前後の区間であり、その延長は約0.9キロメートルに過ぎない。これら区間を掘り進める際の壁からの出水に対しては、遮水性土留工法のうち砂礫層地盤に対応でき、土留め壁の施工精度が高く、止水効果が期待できる先行削孔併用方式の柱列式連続地中壁工法を採用している。掘削底盤からの出水に対しては、掘削底盤改良工法として、薬液注入工法を採用している。
これら以外の区間は、シールド工法を用いるため、土留め壁の施工は必要ない。
(イ) 水害常襲地区への水害対策
過去の冠水状況に照らして、既存の地下鉄で採用されている遮水板等で十分に対応可能であり、かかる水害対策は計画に盛り込まれている。
(ウ) 地盤沈下等への対策
軟弱地盤対策としては、荒井地区に設置する車両基地の構造物に杭基礎を用いる計画である。
また、ボーリング調査結果によれば、東部地区の地盤が軟弱である地層は表層部分の深さ9メートル程度までであり、東西線を建設する深さでは比較的地盤が安定していることが確認されている。したがって、仮に地震によって表層部分で液状化現象が発生しても、東西線に対する影響は極めて少ないと考えられる。
キ 地上構造物等への影響について
(ア) 地盤の変位観測計画と変位対策計画
仙台市は、JR貨物線と東西線シールドトンネルが交差する部分において、応力解放率30パーセントでFEM解析を実施し、無対策でも沈下量が在来線の許容値以下におさまることを確認している(〔証拠省略〕)。
なお、シールド工法区間での地盤変状測定、東部地区における止水対策の要否については、それぞれ前記エ(イ)、カ(ア)のとおりである。
(イ) 国道4号線仙台バイパス地下通過工事
必要な土被りを確保した設計をもとに国土交通省と協議を行っており、現時点では、特別な対策を必要としないとの見解を有している。
(ウ) JR貨物線地下通過工事
シールドトンネルによる設計をもとに、貨物線への影響に関する検討を行い、これが許容される範囲内であることを確認した上で、JR東日本と協議を行っており、現時点では、特別な対策を必要としないとの見解を有している。
(エ) 国分寺・国分尼寺付近などに発見され得る遺跡への対策
土被りが大きな地下トンネルであることや、シールド工法で地表からの工事が発生しないことから、問題はないと考えている。
(オ) 新寺通り下における電話線及び電力線等の各地下洞道への対策
必要な離隔を確保した設計をもとに、NTT東日本や東北電力と協議を行った結果、特別な対策は必要としないとの確認を得ている。
(カ) JR仙台駅の地下通過工事
十分な離隔があることから、JR東日本との協議の中で、薬液注入などの防護措置を必要とせずに通過可能であることが確認されている。これに先立って、仙台市では、薬液注入を行わない前提でFEM解析を行い、安全性を確認している(〔証拠省略〕)。
(キ) 青葉通り及び東二番丁下における電話線等の地下洞道への対策
必要な離隔を確保した設計と、影響解析データをもとに、NTT東日本や東北電力と協議を行った結果、特別な対策は必要としないとの確認を得ている。
ク 安全性について
(ア) 川内から青葉山に至るトンネルの連続勾配における火災発生時に生じ得る煙突効果等への対策
構造物を不燃・難燃化するとともに、排煙機により強制的に気流を発生させ、気流と逆方向に避難路を確保する計画であり、その費用も盛り込み済みである。気流の速さを適切にコンピュータ制御することで、万が一のトンネル内火災にも十分に対応できる。
(イ) リニアモーターカー勾配制動破綻時の安全対策
東西線では、神戸電鉄とは異なり、制動時に発生する回生電力を吸収する装置を変電所に設置する予定である。したがって、車両に抵抗器を搭載しないので、車両をより大きくする必要はない。
車両のブレーキ装置の性能は省令により定められており、十分な保守・点検体制を構築することによって、制動の信頼性及び運行の安全性は確保できる。
ケ その他
(ア) 現青葉山ゴルフ場下の地層における工事中出水への対策
地質調査により判明した地質の状況や地下水の賦存状況によれば、地下水が著しく豊富とはいえず、特別な対策は必要ないと考えている。
(イ) 青葉山上層部地すべりへの対策
青葉山の東西線ルート周辺には地すべり等防止法による「地すべり防止区域指定地」は存在しない。また、地質調査においても、地すべりを起こす可能性は見出せない。そもそも、トンネルは地下を通るため、地すべりへの関連は考えられない。
(ウ) 国土交通省が平成14年度に始めた線路耐震性見直し
国土交通省の見直し終了後に必要に応じて対応する予定である。
(4) 小括
東西線の建設計画は、地質調査で判明した危険側への予測も視野に入れながら、基本設計段階における様々な条件等を十分に検討した上で作成したものである。この建設計画をもとにして、宮城県などが定める工事歩掛、人件費、建設機械の損料及び製品単価並びに資材単価を用いて施工単価を算出し、コンサルタントの委託業務の成果である工事数量や調査した価格などを加えて直接工事費を求め、それに諸経費を加えて概算建設費を算出している。
こうした手法は、大規模な公共事業を実施するに当たって一般的に用いられているものであり、南北線建設を始め、多くの地下鉄事業でも用いられている。こうした建設計画作成や概算建設費算定に当たっては、南北線建設での経験も取り入れ、更にはコンサルタントなどの協力を得ており、その妥当性は十分に確保されている。
今後、詳細な調査をもとにして実施設計を行った結果、工事の数量が増減したり、工事方法が一部変更される場合もあるが、計画段階において一定の検討を行った後の詳細検討であることから、基本設計をもとに算出した建設費と大きく乖離することはない。
4 本件事業の収支見込み
(1) 以上のとおり、仙台市の需要予測(1日当たりの乗車人数11万9000人)、建設費見積(1キロメートル当たり190億円)は、いずれも十分に合理的な根拠を有するものであって、今後大きな変更を余儀なくされる可能性は低い。
したがって、これを前提とする損益収支見込み(平成35年度には単年度黒字に、平成46年度には累積黒字になる。)も、十分に合理的なものということができる。
(2) これに対して、原告は、独自の試算を行った結果、本件事業は永久に黒字転換しないと主張する。
しかしながら、原告の試算は、前提となる需要予測・建設費見積自体が恣意的な仮定に基づく恣意的な数値に過ぎないという点を除いても、需要の伸び率、運賃改定率、企業債金利等を原告の意図する数値に変更しているなど、恣意的な仮定に基づく恣意的な計算となっており、全く信頼性がない。
(3) 原告は、仙台市が減価償却方法として「みなし償却」を採用した点を問題とする。
「みなし償却」とは、地方公営企業において、補助金等を用いて取得した固定資産について、取得額から補助金等の額を控除した金額を、帳簿原価又は帳簿価格とみなして、各事業年度の減価償却費を算出する方法である。これは、地方公営企業法施行規則8条4項及び同9条3項で認められた処理方法であって、何ら問題あるものではないし、東西線に限らず、最近開業した他都市の地下鉄すべてにおいて採用されているものである。
(4) 原告は、費用便益分析で計上された供給者便益から毎年の営業利益を算出して、収支見込みを議論している。
しかしながら、原告の議論は、目的と手法が異なる収支計算と費用便益分析とを混同したものである。
すなわち、収支計算は、事業の採算性や経営に関わる財務分析を行うことを目的として、名目ベースの価格(物価上昇率、金利等を考慮した金額)で計算するものである。
これに対して、費用便益分析は、事業そのものの効果を一定の評価基準により測定することを目的として、実質ベースの価格(事業そのものとは無関係な物価上昇率、金利等の影響を除外するために、事業評価を行う時点の価格水準に変換した価格)で計算する。
名目ベースで収支計算すると、減価償却や企業債償還を行っても、平成35年には単年度黒字(経常損益2100万円)が見込める(〔証拠省略〕)。
5 仙台市の行った費用便益分析について
(1) 時間評価値を算出する際に市民純生産を用いた点は、何ら不合理なものではない。仙台市では、平成12年度に行った「仙台圏域における鉄道整備効果分析に関する調査」の際にも、専門家の意見を聞いた上で、市民純生産を用いて時間評価値を算出した実績を有する。
市民純生産を用いたのは、①マニュアルが用いている「毎月勤労統計調査」の賃金は都道府県単位で集計されており、仙台市での時間評価値を算出する上で、産業・経済構造や賃金水準が異なる宮城県の賃金を用いるのは相当ではないこと、②時間短縮便益は、鉄道整備により節約された時間を所得機会に充てた場合に得られる所得の増加分をもって算出するものであるから、最終的には個人に分配される企業所得や財産所得を含めた市民純生産を用いて算出することが妥当であること、による。
(2) 原告は、総需要が10パーセント少ないと仮定して行った仙台市の感度分析結果(整備後30年間で1.57)について、その正確性に疑問を呈する。
しかしながら、総需要が10パーセント減少した場合の変化を正確に予測するためには、かかる減少が何に起因するものであるかを想定し、交通行動モデルに反映させる必要があり、単純に時間短縮便益・経費節減便益を各10パーセント減少させればよいというものではない。そして、交通行動モデルの各種前提条件に照らして、総需要が10パーセント減少するという要因を特定し、これが便益にどのような影響を与えるか予測するのは、困難である。
このため、仙台市では、明らかに計算可能な供給者便益のみを計算対象としたものである。
(3) 原告は、リニアモーターカー式地下鉄という本件事業以外に、機種・路線・採算性を一体のものとして比較検討しなかった点を問題とする。
しかしながら、原告の上記主張は、その前提を全く欠くものである。
すなわち、仙台市では、鉄道不便地域を解消して、市域の不均衡な交通環境の改善を図ることを目的として東西線のルートを選定し、そのルートが市街地を通過するものであることから、当初より地下を基本として検討してきた。かかるルート及び導入空間に関する選択は、まさに政策的考慮を要する判断であり、極めて広範な行政裁量が認められなければならない。その上で、①標準鉄道、②リニアモーター鉄道、③新交通システム(案内軌条式)、④モノレール(跨座式)、⑤モノレール(懸垂式)、⑥HSST(常電導磁気浮上式鉄道)、⑦路面電車(LRT)、⑧ガイドウェイバスの8機種の中から、輸送力及び登坂力の比較検討によって5機種(②~⑥)に絞り、運行性能や快適性とともに、収支採算性も含めた検討を行い、リニアモーター鉄道を選択したものである(〔証拠省略〕)。
第7当裁判所の判断
1 総論
(1) 関連法規
ア 国土交通大臣は、鉄道事業の許可をしようとするときは、その事業の計画が経営上適切なものであるかどうかを審査して、これをしなければならない(鉄道事業法5条1項1号。これは、国土交通大臣の審査基準を定めたものであるが、事業計画が経営上不適切なものであれば、場合によっては当該事業自体が違法との評価がなされることもあり得るものと解される。)。
イ 地方公営企業の特別会計においては、その経費は、原則として、当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てなければならない(地方公営企業法17条の2第2項)。
ウ 地方公共団体は、その事務を処理するに当っては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない(地方自治法2条14項)。
エ 地方公共団体は、その財政の健全な運営に努めなければならない(地方財政法2条1項)。
オ 地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない(地方財政法4条1項)。
(2) 上記関連法規のうち、ウ、エ、オの各法規については、いずれも地方公共団体がその事務を処理するに当たって準拠すべき基本的指針を定めたもので、上記法規の定める基準は、いずれも一義的に定めることができるものではなく、かかる基本的指針に適合しているか否かは、当該地方公共団体の総合的、政策的見地から判断されるべき事項であり、当該地方公共団体が処理すべき事務との関連で、社会的、政策的又は経済的見地から、当該地方公共団体の長の広範な裁量に委ねられたものと解することができる。長の判断が著しく合理性を欠き、長に与えられた広範な裁量権を逸脱又は濫用するものと認められる場合に限り、上記各法規違反の違法性が肯定されると解すべきである。
原告は、本件事業計画の違法性を判断する基準として、本件事業計画が経営上適切なものであるかどうか、費用対効果が1を切るかどうかの2点に求められると主張するが、上記関連法規のうち、ア、イを考慮すると、原告が主張する2点も行政庁が裁量権を行使する際に考慮されなければならない事項であり、その合理性が検証されなければならないということはできる。
本件事業は、平成27年を開業時とするもので、地下鉄事業においては、仙台市の都市構造、交通環境等の要素も考慮に入れた社会的、政策的又は経済的な見地からの検討が必要である。
後に検討するように、本件事業の策定に当たっては、需要予測を取り上げてみても、前提条件の設定、需要予測モデルを用いた解析、解析結果の集計による推計という作業過程を経て予測結果を得るという高度に専門的な技術作業を必要とするものである。前提条件の設定では各ゾーンの夜間人口がどれだけ増加するか、交通ネットワークとして鉄道、道路、バス路線が将来どのように整備されるか等を検討し、これらの前提条件を需要予測モデルに入力して具体的な計算、解析作業を経て解析結果を得、その解析結果を集計、推計するという過程があり、仙台市においても市の職員だけではその検討業務が不可能であるので財団法人計量計画研究所東北事務所に予測業務を外部委託したという経過を辿った。
また、建設費の見積をするについてもコンサルタントに業務を委託した基本設計における建設計画を基本として、整備施設の構造設計、工事方法などを検討し、工事費、人件費、機械の損料、製品単価、資財単価などを用い、概算建設費を算定するという技術的専門的な作業を必要とするものである。
本件事業を遂行するには、仙台市の財政事情等を勘案しながら事業遂行における個別の問題を検討するという経済的、政策的な選択及び価値判断と、需要予測と建設費見積の過程に代表される専門的、技術的な知識とそれに基づく判断を必要とするのであって、これらの要素が本件事業の遂行に必要となる以上、それは行政庁である被告市長の広範な裁量に委ねられているというべきである。裁判所は、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により上記判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により上記判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、これが著しく合理性を欠き、被告市長の広範な裁量権を逸脱又は濫用したと認められる場合に限って、違法であるとすることができる。
2 需要予測について
(1) 本件事業計画における東西線利用圏の設定の不合理性との点について
ア 原告は、仙台市が設定した東西線利用圏について、駅から遠い等の理由で、住人が東西線を利用するとは考えられない地域を含んでいると主張する。
イ しかしなから、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 確かに、南北線やJR、バスなどが結節している仙台駅や一番町周辺を目的地として移動する場合には、最寄り駅の近い交通機関を利用すると考えることには合理性がある。
しかしながら、もっぱら東西線が交通機関となっている他の地域(動物公園方面や卸町方面など)を目的地として移動する場合には、他の交通機関の最寄り駅等が近くても、東西線を利用することが十分に見込まれる。実際、第3回パーソントリップ調査では、仙台駅周辺を目的として通勤・通学目的でする移動は全体の約20パーセントであり、残りの約80パーセントは他の地域を目的地としているとの結果が出ている。
例えば、1102の地域(沖野)の住人が動物公園方面に向かうのであれば、バス等によって薬師堂駅までアクセスし、東西線で動物公園駅方面に向かうことが可能である。0508の地域(向山4丁目)の住人が荒井駅方面に向かうのであれば、バス等によって仙台駅までアクセスし、東西線で荒井駅方面に向かうことが可能である。
(イ) 仙台市は、交通行動モデル(その合理性については、後述)に従って、各ゾーン間の分布交通量に、代表交通手段(徒歩・二輪、自動車、バス、鉄道)の選択確率を乗じて、代表交通手段別交通量を予測した。この際、各交通手段の利便性(鉄道の場合は、駅までの距離、運行本数(待ち時間)、乗車時間、駅の駐車場の有無など)の条件を与えて、予測を行った。
こうして算出された鉄道を代表交通機関とする交通量について、鉄道経路別交通量(どの駅を使うか)を予測した。この際、代表交通手段別交通量とともに、各駅までの総合的利便性(各鉄道とその駅端末交通手段の利便性)の条件を与えて、予測を行った。
更に、端末交通手段別交通量(駅まで又は駅から何を使うか)を予測した。
以上の作業を、すべてのゾーン間(第3回パーソントリップ調査で設定した仙台都市圏236ゾーンそれぞれについて、236×236=5万5696通り)、乗車駅・降車駅間で計算した。
その結果が、別紙「駅別ゾーン別端末手段別乗車人数」であり、ここで東西線を利用すると予測された地域を東西線利用圏として設定した。なお、1日当たりの乗車人数11万9000人の中には、東西線利用圏以外の住人で、最初他の鉄道を利用し、仙台駅で乗り継いで東西線を利用すると予測される人数も含んでいる(別紙「駅別ゾーン別端末手段別乗車人数」の「仙台駅乗継計」2万7083人)。
ウ 以上の東西線利用圏の設定に至る判断過程に、不合理な点は存しない。
東西線利用圏として設定した地域に東西線の最寄り駅より近い交通手段があるからといっても、上記東西線利用の可能性を考慮すれば、利用圏の設定を直ちに不合理なものということはできない。
(2) 東西線利用圏の人口予測の不合理性との点について
ア 仙台市全体の人口増加について
(ア) この点、仙台市は、過去10年間(平成4年から平成13年まで)の仙台市の合計特殊出生率等をもとに、平成27年の仙台市の夜間人口を107万6108人と予測した(〔証拠省略〕)。
これに対して、原告は、仙台市の人口増加数は平成7年をピークに減少に転じており、将来的な人口の予測も、かかる人口増加数が年々減少している現状に即して行うべきであると主張し、仙台市のように過去10年間の資料をもとにすると、平成7年より前の右肩上がりに人口増加数が増えていたころの数字を含んでしまい、実際よりも人口予測が水増しされると批判する。
(イ) 確かに、自然動態(出生数から死亡数を引いたもの)は、少子高齢化という人口動向から見て、増加数が減少する傾向が今後も変わることはないものと考えられる(〔証拠省略〕)。
しかしながら、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によると、ここ数年の人口増加数の減少は、自然動態によるものよりも、社会動態(転入者から転出者を引いたものに、国籍取得・喪失などによる増減を加味したもの)の大幅な減少に起因するところが大きいものと認められる。すなわち、人口増加数がピーク(1万1157人)であった平成7年は、社会増加数もピークであったが、その後年々社会増加数が激減し、特に平成14年以降は3年連続して社会増加数がマイナスであったために、平成7年以降の人口増加数が全体として減少傾向となったものである(平成13年は、前年に比して社会増加数が増えた結果、人口増加数全体もプラスに転じている。)。特に、これまで仙台市の人口増に寄与してきた仙台市以外の宮城県・東北5県からの若年層の転入傾向にかげりが見られるとの指摘がされている。
そうすると、今後も、景気回復等経済情勢の変動などが影響すると考えられる社会増加数の変動いかんによっては、仙台市全体の人口増加数がプラスに転じる可能性もないとはいえず、原告の主張するように、人口増加数が減少の一途を辿るという前提で将来の夜間人口を予測しなければならないということもできない。
(ウ) 以上のとおり、短期間に生じた人口動向には一時的な要因も影響することが考えられ、ここ数年間、人口増加数が減少傾向にあり、仙台市の予測した夜間人口の見通し推計値と異なる推移を辿る可能性があることは事実だとしても、今後約10年間という長期間にわたって同様の傾向が続くと考えるべき証拠はない。したがって、平成27年時点という長期将来の時点における人口増加を予測するに際して、仙台市が、過去10年間という長期の人口動向を資料として用いた点は、人口増加数が増えていたころの数字を含んでいたとしても、それが直ちに不合理なものとまではいえない。
そして、過去10年間の人口動向を資料とした場合に、平成27年の仙台市の人口が107万6108人となるという推計の過程は、〔証拠省略〕に照らして、合理的なものと認められる(なお、統計情報研究開発センターが国勢調査の結果をもとにして推計した平成27年の仙台市の人口は、107万4893人となっている(〔証拠省略〕))。
イ 「東西線沿線まちづくり」による合計1万9318人の人口増加について
(ア) 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
① 東西線沿線土地利用促進
仙台市では、その地区の土地利用状況が類似する現況の南北線沿線地域と同程度まで人口密度が充足されるものと想定した。
例えば、0513の地域(八木山本町)については、現況人口密度が1ヘクタール当たり100人の20ヘクタールは南北線泉中央駅・愛宕駅・河原町駅等周辺並みの人口密度である1ヘクタール当たり175人、現況人口密度が1ヘクタール当たり90人の26ヘクタールは南北線台原・郡山・泉崎地区並みの人口密度である1ヘクタール当たり150人まで充足されるものと想定した。同地域は、古い住宅団地の一角であり、居住者の高齢化や空宅地も点在しているため、既存住宅地の居住密度の向上とともに、一部空宅地の張り付きが進行するものと考えられた。
その上で、東西線開業時には、充足人口の40パーセント程度が張り付くとして、合計5730人の増加を見込んだ。
② 荒井新市街地整備
宮城県都市計画審議会(平成16年2月)において、市街化調整区域から市街化区域(延べ面積191ヘクタール、延べ計画人口1万3300人)への予定変更地として承認された。
仙台市では、計画人口の50パーセントが達成されるものとして、6650人の増加を見込んだ。
③ 荒井土地区画整理事業
現在区画整理事業(施行面積149.85ヘクタール、計画人口1万1400人)が進行中で、平成15年4月現在、計画人口の約70パーセントが張り付いている。
仙台市では、事業の完成に伴い、計画人口と現況人数の差である合計2587人の増加を見込んだ。
④ 南西部団地のバス結節による密度アップ
南西部団地エリアは、未利用地・空宅地が比較的多いため、現状では可住地人口密度が低いが、これらを除いた可住地における人口密度は1平方メートル当たり約80人である。東西線の開業に合わせた都市計画道路(川内旗立線)の整備により東西線へのバス結節が実現し、利便性が高まることが想定されることから、将来的には全体が上記人口密度(1ヘクタール当たり80人。これは、現在の泉パークタウン並みの可住地人口密度である。)まで充足されるものと想定し、開業時にはその70パーセントが張り付くとして、合計4351人の増加を見込んだ。
(イ) 仙台市の上記見込みは、上記証拠等に照らし、合理的なものと認められる。
ウ また、アで増加すると予測された人口6万7978人について、イのとおり分配した後、更に市街化区域編入地区・鉄道沿線新市街地の増加人口1万9375人を配分し、残余の2万9285人について人口収容余力に応じて各ゾーンに分配した結果、東西線利用圏の人口が約3万2000人増加するとした仙台市の予測過程には、不合理な点は認められない(人口収容余力に応じた分配の結果、1503の地域(川内追廻。仙台市は、同地域を公園整備地区とする構想を有しており、これが実現すると、夜間人口は0となるが、移転時期は確定しておらず、居住者の立退等の具体的な施策がとられているわけではない。)の人口も増加するかのような結果となっているが、これは、需要予測の前提となる各ゾーンの設定に当たって人口分布に大きな影響を与え、かつ、事業計画の熟度が高いものだけを反映させた結果、増加人数を形式的に配分したためであり、同地域の人口が具体的に増加するものと予測したわけではなく、これにより仙台市の予測の妥当性に大きな影響が生じるとは考えられない。)。
なお、原告は、平成12年から平成15年の実績(東西線利用圏の人口が29万3934人から29万2930人に減少)からして、仙台市の上記予測は非現実的であると主張する。しかしながら、上記実績は、本件事業が現実化していない段階での短期的なものに過ぎない。本件事業が現実化して東西線沿線土地の利便性が高まれば、東西線利用圏内の人口が増加することは、自然なものとして想定可能である(実際、パーソントリップ調査の結果によれば、昭和57年から平成4年にかけて、南北線利用圏の人口は35万2184人から40万9680人に増加しており(増加率1.163)、仙台市全体の同期間の人口増加率(1.147)を上回っていることが認められる(弁論の全趣旨))。かかる中長期的な人口増加の予測を、原告の挙げるような短期的な実績のみで合理性がないと判断することは相当ではない。
エ 原告は、長町副都心再開発計画や岩切区画整理事業地域など、東西線利用圏以外の地域に増加人口の多くが張り付くと予想される旨主張する。
しかしながら、東西線利用圏内にはイ・ウで検討した以外にも、東北大学の新キャンパス構想(大学の主要な機能の青葉山への移転)や卸町地区における規制緩和(現在は事実上流通業務以外には土地利用ができない状態になっていることの緩和)などの人口増加要素も見られる(〔証拠省略〕)。東西線沿線という範囲を超えて広く東西線利用圏という形で見た場合、長町等で人口増加の可能性があるからといって、東西線利用圏での人口増加が期待できないということには直ちにはならず、被告らの予測に合理性がないということはできない。
(3) 東西線利用圏の住人による東西線利用予測の不合理性との点について
ア 原告は、仙台市の用いた交通行動モデルの正当性に疑問を呈する。
(ア) この点、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
a 従前、交通需要を予測するためのモデルとしては、四段階推計法が用いられてきた。
これは、以下の4段階を経て、交通需要を予測する方法である。
① 生成交通量(都市圏全体で移動する人がどれだけいるか)、発生・集中交通量(ゾーン別に人がどれだけ出ていき、どれだけ集まって来るか)を予測する。
② 分布交通量(どのゾーンからどのゾーンへ何人移動するか)を予測する。
③ 分担交通量(徒歩・二輪車、自動車、バス、鉄道のうち、どの交通手段で移動するか)を予測する。
④ 配分交通量(道路、鉄道路線別にどれだけ利用するか)を予測する。
b しかし、このモデルには、①新たな鉄道が整備されたとしても、従業人口などが同じであればそのゾーンへ集まってくる人数は変わらないという結果となること(例えば、南北線整備によって泉中央方面に集まる買い物等の交通量増大が反映されない。)、②新たな鉄道や道路の整備によりその沿線地域へのアクセス利便性が向上しても、沿線方向や多方向への交通量の変化が反映されず、また、現況でゾーン間移動が0の区間の予測結果は0となってしまうこと(例えば、これまで仙台駅周辺で買い物していた人が、南北線整備によって、泉中央や長町の商店街に買い物に向かうという行動が反映されない。)、③人は、目的地と乗車・降車駅における交通の状況(駐車場の有無、バスの本数など)を判断して鉄道の利用を決するのが普通であるが、モデルでは、これらは考慮されず、駅間の所要時間と競合交通手段の移動時間の関係のみで予測していること(例えば、南北線整備に伴って最寄り駅に駐車場が整備されたことにより、通勤手段をP&Rに切り替えるという行動が反映されない。)などの問題点があった。
c そこで、四段階推計法を基礎とし、第3回パーソントリップ調査の結果に基づいて、「個人はある目的を達成するために、交通環境の変化によって交通手段や交通経路について、本人の最も都合のいい(満足度の高い)選択を行う。」という考え方を取り入れて、第3回仙台都市圏総合都市交通計画協議会において、交通行動モデルが開発された。交通行動モデルは、①交通施設整備の効果が把握できること、②都市構造の変化による交通行動が表現できること、③多様化する交通行動機会の増大を表現できること、④P&R等の鉄道端末サービスレベルの改善効果を反映できること、⑤社会背景変化を取り込むことなどの点で、従来のモデルでは対応できなかった課題・要件に配慮されたものである。
d 仙台市では、交通行動モデルの感度分析として、平成12年における南北線需要を計算し、1日当たりの乗車人数を予測した結果、現実の乗車人数16万5721人と極めて近い数字(16万6533人)を得た。
(イ) 以上によれば、交通行動モデルにより需要予測を行うことには合理性があると認められ、その予測過程も、〔証拠省略〕に照らし、不合理な点は見られない。
(ウ) なお、原告は、交通行動モデルの正当性は検証されておらず、実態調査を行うべきである等と主張する。
原告が「実態調査によってデータを積み上げ」るべきだという場合に、どのような実態調査を前提としているのかは不明であるが、前記認定のとおり、交通行動モデルは第3回パーソントリップ調査で行われた実態調査を踏まえて作成され、南北線需要に関して実地の検証も経、予測精度が高いと判断されたものであって、平成16年度に出た平成14年実施の第4回パーソントリップ調査の結果等の何らかの実態調査がこれと別に必要不可欠であるとまでは認められない。
イ 原告は、東西線が開通しても、東西線沿線の住人が自動車から地下鉄へ交通手段を転換する可能性は低いと主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、交通行動モデルは、平成4年に実施された第3回パーソントリップ調査に基づいて構築されたものであり、南北線開業(昭和62年)後の地下鉄・自動車等の利用実績を十分に取り入れた上で作成されたものと認められる。
また、原告は、①昭和62年10月時点の調査で、自動車から地下鉄へ通勤・通学手段を変更した者の割合はわずか3パーセントに過ぎなかったこと、②昭和62年と平成元年を比較すると、通勤・通学の手段としての自動車の比率は0.5パーセント上昇し、都心中心部への交通手段としての自動車の比率は1パーセント上昇したことを指摘する。しかしながら、①は、南北線開業からわずか3か月時点での調査であり、地下鉄の影響を正確に反映したものといえるか、疑問である。②は、昭和60年から平成2年までの5年間で仙台都市圏での自動車保有台数が49万9000台から64万5000台へと約29.3パーセント(年率約5.9パーセント)も増えていたこと(〔証拠省略〕)からすると、むしろ、南北線開業により南北線沿線地域の自動車利用率の増加を抑制した結果と評価することもできる(〔証拠省略〕)。いずれにせよ、原告の挙げる上記数字は、東西線開業によって自動車から地下鉄に交通手段を転換する可能性が低いことを裏付けるものということはできない。
ウ 原告は、東西線の最寄り駅までのバス結節・道路整備の見通しが立っていないと主張する。
しかしながら、〔証拠省略〕によれば、仙台市は、中期都市計画道路整備計画を策定して都市道路整備を進めていること、整備済延長は、平成10年度末から平成14年度末までの4年間で24.19キロメートル(1年当たり6.05キロメートル)増加していること、他方、平成15年度から平成22年度(計画完了年度)の8年間で整備すべき延長は48.43キロメートルであって、過去の実績に照らして、平成27年の東西線開業時までには、整備目標達成が十分に期待できることが認められる。
また、東西線が開業した場合、交通結節機能を有する駅にバスを接続させることは、ごく自然なことであり、南北線においても、泉中央駅や長町南駅などの駅に多くのバス路線が結節し、相当数の乗客が地下鉄駅に向かうために利用していることは、公知の事実というべきである。
原告の上記主張についてこれを認めるに足りる証拠はない。
エ 原告は、運賃によるJRとの競合を看過していると主張する。
しかしながら、第3回パーソントリップ調査の結果によれば、長町駅~仙台駅間の1日当たりの乗車人数は、JR(片道180円)が924人、南北線(同240円)が1716人となっており(〔証拠省略〕)、競合するJRの方が運賃が安いからといって、地下鉄が選択されないという関係にはない。より正確な需要予測を行うためには、運賃その他可能な限り多くの要素を取り入れてモデルを作ることが望ましいということはできるにせよ、交通行動モデルが運賃の差を考慮していないとの点(〔証拠省略〕)が同モデルの致命的な欠陥ということはできない。
オ 原告は、JRの新駅等ができた場合の影響を考慮していないと主張する。
しかしながら、計画策定時に具体的な見通しすら立っていないJRの新駅等を考慮していないのは、むしろ当然のことであって、原告の主張は失当である。
カ 原告は、第4回パーソントリップ調査の結果を反映していないと主張する。
しかしながら、第4回パーソントリップ調査の実態調査結果がまとめられたのは平成15年3月であり(〔証拠省略〕)、調査結果データを加工・分析等する作業には更に時間を要したものと考えられる(〔証拠省略〕)。そうすると、本件事業に関する当初申請ないし追加申請時までに、上記結果を踏まえて需要予測を再度やり直すというのは、現実的に不可能であったと認められる。また、第4回パーソントリップ調査の結果を用いて交通行動モデルを抜本的に再検討し需要予測をやり直さなければならないような事実を認めるに足りる証拠はない。
(4) 小括
以上によれば、開業年度の1日当たりの乗車人数を11万9000人とした仙台市の需要予測は、相当な資料に基づいて合理的になされたものと認められ、その前提資料ないし判断過程に裁量権を逸脱し又は濫用したと認められる著しく不合理な点が存するとは認められない。
3 建設費見積について
(1) 総論
仙台市は、東西線の建設費を約2735億円(1キロメートル当たり190億円)と見積もっている。
上記見積は、基本設計(工事の施工に直結する実施設計に先立って、事業収支などを含む全体の事業計画の枠組を策定し、行政手続を進めるためのもの)段階のものであり、これに基づいて、更に実施設計(整備施設の工事発注にそのまま用いられ、その設計に基づき施工する図面や書面を作成するものであり、具体的な仕様の決定や、細部までの図面作成などを目的としているもの)が行われることが予定されているものである(〔証拠省略〕)。
(2) 他都市との比較
ア 原告は、他都市において実際額が見積額の平均1.344倍となっていることを挙げて、実際額が見積額の1.4倍ないし1.5倍になるというのは建設会や学会等の通説であると主張し、〔証拠省略〕にはこれに沿う部分もある。
イ しかしながら、証拠(〔証拠省略〕)により判明した他都市地下鉄工事での実際額とその見積額の差異を見ると、すべてのケースで実際額が見積額を大きく上回っているわけではなく、実際額が見積額より少なく済んだ例(名古屋市・地下鉄4号線・2期区間、福岡市・地下鉄七隈線)や、実際額が見積額とさほど変わらなかった例(名古屋市・地下鉄4号線・1期区間、札幌市・地下鉄東豊線)も見られる(なお、名古屋市・地下鉄4号線・1期区間は、全体建設キロ数6.238キロメートルで見ると実際額(258億円)が見積額(240億円)を上回っているが、砂田橋~名古屋大学の建設キロ数4.800キロメートルだけで見ると、実際額は182億円であり、見積額を大きく下回っている。また、名古屋市・地下鉄4号線の実際額は、大曽根~砂田橋間を除くと、1キロメートル当たり182~185億円であり、東西線における見積額である1キロメートル当たり190億円と近い。)。
もともと、地下鉄工事において建設費の実際額が見積額より高くなるか否かは、後述のとおり、各地下鉄工事における固有の問題点に起因するものであって、原告の主張するように実際額と見積額の平均値からみて本件事業においても建設費の実際額が見積額を大きく上回るということはできない。そのような見解が建設会や学会等の通説であると認めるに足りる証拠もない。〔証拠省略〕は、後記ウ記載のとおりの理由で採用することができない。
ウ また、他都市で実際額が見積額を上回るに至った要因として他都市(東京都、名古屋市、京都市、神戸市、札幌市)が回答したものについて見ると、下記のとおり、本件事業には必ずしも要因として影響しないと思われるものも少なくない。
① 耐震設計の見直し(東京都、名古屋市、神戸市)
平成7年発生の兵庫県南部地震の発生に伴う耐震設計の考え方が変更されたため、建設費の増加要因となった。
しかし、仙台市においては、兵庫県南部地震後(平成11年10月~平成14年12月)に発表された新しい鉄道構造物等設計標準(〔証拠省略〕)に基づいて構造物の設計を行っており(弁論の全趣旨)、かかる理由で建設費が大幅に増加する可能性は高くはないと認められる。
② 地下埋設物の処理(東京都、名古屋市、京都市、神戸市)
仙台市においては、南北線移設実績(56億1300万円)を物価補正し、道路掘削延長当たりの費用を計上している(道路全幅員掘削なので50パーセント割増。〔証拠省略〕)。移設が不可能な大規模な地下埋設物の防護復旧費用については、「水道管防護復旧工、下水道防護復旧工」、「CAB撤去復旧工、電力洞道防護復旧工」、「電力洞道防護工」、「大規模地下埋防護復旧工」として計上している(〔証拠省略〕)。したがって、かかる理由で建設費が大幅に増加する可能性は高くはないと認められる。
③ JR等の鉄道交差部での難工事、防護の必要性(東京都、京都市)
南北線仙台駅との交差部については、アンダーピニング工法を計画し、その費用を計上している(〔証拠省略〕)。JR仙台駅との交差部については、JR東日本との協議の中で薬液注入などの防護措置を必要とせずに通過することが技術的に可能であることを確認している(〔証拠省略〕)。したがって、かかる理由で建設費が大幅に増加する可能性は高くないと認められる。
④ 近接構造物の防護費(神戸市)
NTT洞道、JR仙石線、JR貨物線等の構造物に近接する部分などで薬液注入工法や高圧噴射撹拌工法などによる地盤強化対策を見込み、「近接防護工」として費用を計上している(〔証拠省略〕)。したがって、かかる理由で建設費が大幅に増加する可能性は高くないと認められる。
⑤ 軟弱地盤対策(東京都、札幌市)
仙台市東部地域の軟弱な沖積粘性土層は地下鉄トンネルより浅い地層にあり、トンネルを掘削する深さは軟弱地盤ではないこと(〔証拠省略〕)、トンネルの掘削が地表面に影響を与えないことについては、二次元FEM解析でも確認していることから(〔証拠省略〕)、かかる理由で建設費が大幅に増加する可能性は高くないと認められる。
⑥ 工期延期による経費等の増加(名古屋市、京都市、札幌市)
現段階において工事延期を余儀なくされると考えるべき事情は見当たらない。
⑦ 物価の変動(東京都、京都市、札幌市)
いわゆる高度成長期とは異なり、今後長期的に見て物価が大幅に上昇する可能性が高いと断定することはできない。
エ 以上のとおり、他都市で実際額が見積額を上回った例があるからといって、本件事業においても同様であるということはできず、この点に関する原告の主張は失当である。
(3) 施工上の問題点と原告が主張するものについて
ア 地質調査の不備との点について
(ア) 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
仙台市の地形は、西側から東側に向かって、丘陵地帯(青葉山)、段丘地帯(市街地)、低地(平野)と標高が低くなっており、その地質構造は、丘陵地には軟岩層、段丘地には砂礫層と軟岩層、低地には砂礫層が主に分布していることが判明している。
仙台市は、上記地質構造の傾向をもとに、地層が複雑で互層となっている丘陵地と段丘地は間隔を密に、地層が平坦で均一な低地は間隔を広くとって調査位置を選定し、合計83か所(仙台市が実施したもの66か所、民間などが実施したもの17か所)のボーリング調査結果を参考として、地質構造の推定を行った。ボーリング箇所の最大間隔は、開削工法区間で約280メートル、NATM工法区間で約440メートル、シールド工法区間で約480メートルである。これらの平均間隔は約170メートルである。隣接するボーリング箇所間の地層については、既存資料から基本的な地質状況、地層の堆積状況を把握し、地層名等を特定した上、隣り合うボーリング調査結果の層序を互いに比較し、更に不整合面を把握するなどして、どの地層が連続するのかを検討し、地質縦断図面としてまとめられた。
更に、動物公園駅付近から川内駅付近までの約3500メートル区間においては、弾性波探査(人工的に発生させた弾性波(地震波)が密度の相違する地層の境界で屈折し伝播する現象を利用して、地下構造を探査する調査)も実施した。
(イ) ボーリング調査に関しては、「ボーリングの本数、間隔、深さ等は地形条件と予備調査から推定される地山条件、トンネルの土被りおよび隣接環境条件等によって決めるが、一般に200m間隔程度で行われることが多い。」(〔証拠省略〕)、「ボーリングの本数、間隔、深さなどは、地形条件、予儲調査から推定される地盤条件、トンネルの土被り、および隣接する環境条件などによって決めるが、一般に100~200m間隔で実施されることが多い。」(〔証拠省略〕)との指摘があり、何メートル以内に1本必要であると一義的に定まっているものとは認められない。〔証拠省略〕には100メートルに1本は必要であるとの部分があるが(14頁)、同時に、地形状況等により幅のある数値であって、「具体的に何メートルに1か所しなさいとかいう記載というのは、まだ私は触れたことはありません」との部分もある(48頁)。
また、原告は、トンネル位置まで達していない等として、ボーリング箇所の一部を除外して、ボーリング箇所の間隔が最大800~1000メートルも離れていると主張する。しかし、トンネル位置まで達していないボーリング箇所の調査結果も、他のボーリング調査結果等と総合して地質調査の資料となっているのであり(〔証拠省略〕)、これらを除外して考える必要はないものというべきである。
そうすると、本件におけるボーリング調査箇所が少なすぎて、仙台市の地質構造推定が誤っているとまでいうことはできない。
(ウ) また、原告は、弾性波探査は信頼性が低く、これに基づいてボーリング調査を行うものである旨を主張し、〔証拠省略〕にはこれに沿う部分もある(24頁)。
しかしながら、弾性波探査については、「硬岩から軟岩地山まで広い範囲のトンネル調査の方法として、非常に有効な方法である。調査の結果得られる地山弾性波速度は、物理的情報として地山の性状をよく反映し、トンネルの地山分類には代表的な要素として用いられている。しかし、軟岩の場合では地山の良否による速度差が小さいので硬岩に比べて地山の評価が容易でない。また土砂地山、膨張性の特殊地山での適用には限界があり、地山弾性波速度の大きい速度層が低速度層の上位に位置する場合などについても解析上の限界がある。このような場合、測線の配置、探査深度などに留意して、他の調査方法と併せた検討が必要になる。」との指摘がされている(〔証拠省略〕)。
このように、弾性波探査は、一定の限界はあるものの、非常に有効な方法として用いられているものであって、これをボーリング調査と併用した仙台市の調査方法が不合理であるとは認められない。
(エ) 更に、後記のとおり、NATM工法区間・シールド工法区間とも、落盤・出水等が懸念される箇所については、これらを念頭においた所定の補助工・対策計画等がされている。原告は、青葉山駅~川内駅間に「小規模な断層が分布する可能性が高い」と指摘された箇所がある(〔証拠省略〕)のに、当該箇所のボーリング調査を怠っている旨主張するが、同箇所については、AGF等の対策措置が講じられている(〔証拠省略〕)。
したがって、ボーリング箇所の間隔が疎であることから建設費が大幅に増加する可能性が高いということはできない。
イ 亜炭採掘坑跡の対策計画の不備との点について
(ア) 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
仙台市は、八木山地区に亜炭坑跡が存在していることを知っていたので、川崎地質株式会社に委託して、地質調査等を行った。亜炭採掘坑跡関係では、平成13年度実施の連続波地中レーダー探査がある。動物公園駅から地形上調査可能な全区間約600メートルについて連続波地中レーダー探査を行った。
その結果、8か所について局所的な異常反射が確認されたが、うち4か所は亜炭採掘坑跡ではないか、亜炭採掘坑跡であっても東西線ルートからは離れた場所に存在するものであり、残りの4か所が動物公園駅及び八木山トンネル(同駅~竜の口渓谷)近傍の亜炭坑跡と考えられた。仙台市は、後者の4か所についても、工事への支障はないと判断し、特別な対策は計上しなかった。
仙台市では、上記調査結果などを参考として、亜炭採掘坑跡をトンネル坑内から調査しながら掘進する計画を立てた。すなわち、掘削機から前方に向かってさぐり削孔を行い、必要に応じてトンネル切羽前方での連続波地中レーダー探査を行って、空洞や溜まり水を確認しながら施工する。亜炭採掘坑跡が発見された場合は、亜炭採掘坑跡の奥及び土留め側に土嚢を詰めてエアーモルタルを充填し、閉塞する。この対策工事費は、直径1メートル程度の亜炭採掘坑跡であれば1か所50万円程度と考えられ、判明している亜炭採掘坑跡が4か所であることから、200万円程度と想定される。
(イ) 以上のとおり、仙台市においても、亜炭採掘坑跡の存在を事前に可能な範囲で把握しており、これによれば、亜炭採掘坑跡の存在は、工事に大きな支障を来す内容のものではないものと認められる。また、工事中に亜炭採掘坑跡が発見されて対策工事を要するとしても、その工事費が多額にのぼるとは考えられず、これによって建設費が大きく変動することはないものと認められる。
ウ 動物公園駅~川内駅における補助・対策計画の不備との点について
(ア) 亀岡トンネル(青葉山駅~川内駅)
a 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
亀岡トンネルの掘削断面内に所在する向山層(Mkl―s層)は、水を含んだ状態では地山が崩落したり切羽が自立しないおそれがあるので、崩落防止のためのAGF、切羽自立のための水抜きボーリング及び薬液注入を対策工として施工することとした。
また、開削部で地盤を掘り進める際の土留め工法として、壁からの湧水に対しては、遮水性の高い柱列式連続地下壁工法により対応し、掘削底部からの湧水に対しては、土留杭を不透水層まで到達させることにより対応しているから、特別な湧水対策工は必要ではないものと判断した。
b 仙台市の上記判断について、不合理な点は認められない。
(イ) その他向山層への対策
a 〔証拠省略〕によれば、以下の事実が認められる。
動物公園駅から青葉山駅までのNATM工法区間では、地山の強度などから地山等級を分類し、地山等級に応じた支保工タイプを選定した。特に、八木山地区の一部には「低固結岩盤で掘削後の変位量は大」と評価された土砂層があったので、「特S」と評価し、より強固な支保を設定して、その費用を計上した。
更に、八木山トンネル(動物公園駅~竜の口渓谷)には崩落防止対策工としてAGFを、青葉山トンネル(竜の口渓谷~青葉山駅)には崩落防止を目的としてAGF、切羽自立を目的として水抜きボーリングと坑内ウェルポイントを、亀岡トンネルでは上記(ア)aのとおりAGF・水抜きボーリング・薬液注入を見込んで、その費用を計上した。
b 確かに、仙台市は、向山層が分布するすべての地点でボーリング調査を行ったわけではなく、工事着工後に水を含んだ向山層が新たに発見される可能性は否定できない。
しかしながら、仙台市においては、南北線での経験等も踏まえて実地踏査を行うなどして、可能な範囲で水を含んだ向山層の所在を確認しており(〔証拠省略〕)、また、上記のとおり、崩落対策としての支保工・AGF等を見込んでおり、これらの調査・対策が不十分で合理性を欠くと考えるべき事情は存しない。
エ シールド工法区間での問題点について
(ア) 補助工の必要性
a 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
東西線工事においては、密閉型シールド工法(機械掘り式シールドに隔壁を設けたもので、切羽と隔壁間のカッターチャンバー内を掘削した土砂あるいは泥水で満たし、それらに十分な圧力を加えて切羽の安定を図るもの)を採用した。密閉型シールド工法には、土圧式シールドと泥水式シールドがあるが、基本的には掘削残土が産業廃棄物とならないように添加剤に気泡を用いた泥土圧シールド(土圧式シールドの一種)とし、仙台駅トンネル・木ノ下トンネル・新寺トンネルでは近接する新幹線等の施設に対する影響などを考えて、土圧・水圧の制御のしやすさや施工実績を重視して泥水式シールドを用いることとした。
密閉型シールド工法に関しては、「高水圧を有する地盤に対して、開放型シールドでは薬液注入などの地盤改良工法、地下水位低下工法、圧気工法などの補助工法を併用しながら施工していたが、密閉型シールドでは地下水圧とシールド機のチャンバー内圧力とのバランスをとることにより、補助工法なしで容易に施工できるようになった。」、「土圧式シールドは、切羽土圧を制御しながら土砂の取込みと推進が連動して行えるため切羽は安定しやすく、地盤変状を少なくすることができる。また、適用土質が広く補助工法が原則的に不要である」、「(泥水式シールドは)補助工法を原則的に必要としない」との説明がなされている。
仙台市では、JR貨物線と東西線シールドトンネルが交差する部分において、応力解放率30パーセントでFEM解析を実施し、沈下量は最大値2.2ミリメートルであって、補助工なしでも近接構造物の安全性に問題がないとの結論に達した。また、シールド工法区間のうち、トンネル位置付近はN値が概ね30以上の沖積砂質土・沖積礫質土層であり、十分に強度をもった地盤であることから、薬液注入による地盤強化の必要性は認められないと判断した。
ただし、下記の特殊な部分については、各別の対策工を考慮した。すなわち、砂礫層におけるシールド発進・到達部については、コラムジェット工法での地盤強化と、地下水流入防止のための薬液注入工法での地盤改良を予定し、NOMST工法を併用することとした他、近接重要構造物に近接する箇所では、薬液注入の費用を計上した。
仙台市においては、洪積砂礫層で平成14~15年度に実施した長町第1雨水幹線工事1や、亀岡層の軟岩で平成16年度から実施した仙台北部共同溝工事において、発進・到達部を除いて薬液注入などの補助工を用いることなく、土圧式シールド工法により掘進した実績を有する。
b 上記認定に照らし、シールド工法全区間について薬液注入による地盤強化が必要不可欠であるかのような〔証拠省略〕は採用できない。
なお、原告は、密閉型シールド工法の場合でも補助工を行った例があるとして、京都市(〔証拠省略〕)、札幌市(〔証拠省略〕)、神戸市(〔証拠省略〕)、福岡市(〔証拠省略〕)での地下鉄工事での実績を指摘する。しかしながら、上記のうち、札幌市を除くものについては、補助工は、シールド機の発進・到達防護や、建物・鉄道線等近接建造物防護という目的で限定的に用いられているに過ぎず(〔証拠省略〕)、これら実績は、むしろ、密閉型シールド工法の場合には補助工は基本的に必要とされないとの被告らの主張を裏付けるものというべきである(札幌市の場合も、シールド工法区間の全体について補助工を行ったとの証拠はない。〔証拠省略〕)。
また、原告は、補助工が行われることを当然の前提とする文献として〔証拠省略〕の存在を指摘する。しかしながら、当該文献(シールドトンネルの新技術研究会編著「シールドトンネルの新技術」株式会社土木工学社発行)は、腐植土を除く沖積粘性土、洪積粘性土、N値30以上の砂質土等においては、泥水式シールド・泥土圧シールドとも、補助工なしで「原則として条件に適合する」としているのであって、むしろ、被告らの主張を裏付ける内容のものと考えられる。
いずれにせよ、原告の主張は失当である。
(イ) 観測業務の必要性
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、シールド工事区間については、地盤変状測定に加え、ガス管観測工も一括して諸経費として計上している事実が認められ、この点に関する原告の主張はその前提を欠く。
(ウ) Uターン方式採用の問題性
シールドトンネルをUターン施工とするか、並列施工とするかの選択は、駅の端部を利用する立坑周辺の土地利用や全体工程の中でのバランスなどを考慮して決すべき、技術的・政策的な判断である。この点、〔証拠省略〕によれば、木ノ下トンネル(連坊駅~薬師堂駅)・大和町トンネル(薬師堂駅~卸町駅)については、道路幅が狭いため、Uターン施工を前提とすると、発進・到達立坑が道路幅いっぱいに築造されることになる関係上、仮設土留め壁が道路敷地からはみ出してしまうという問題点があり、民地使用の困難性を考慮して並列施工を採用した事実が認められる。
原告は、一部のシールドトンネルについてUターン施工としたことを工事予算の低減調整操作であるかのように主張するが、2キロメートルを超える距離でのシールド機の使用など、Uターン方式採用については、後述のとおり技術上の問題点は認められず、原告の上記推測に何らかの根拠があるとは到底考えられない。
(エ) シールド機破損の危険性
仙台市では、2キロメートル以上掘進する性能を持ち、カッター部分を掘進途中で交換できる機種を選定し、その費用を計上している(〔証拠省略〕)。2キロメートルを超える距離でのシールド機の使用は他でも多くの実績があり(〔証拠省略〕)、原告の主張はその前提を欠く。
(オ) 曲線部での費用増加
a 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
近年、コンピューター技術の発達や、これまで数多くのシールドトンネルの施工データが蓄積されたことにより、掘進管理がリアルタイムで制御され、オペレーターの手腕に過度に頼ることなく、システム化され管理されるようになっている。実際、仙台市は、南北線や長町第1雨水幹線工事1において、中折れ式シールド機を使用するなどして、急曲線部のシールド工事を施工した実績を有する。
仙台市では、曲線施工への対応として、中折れ式シールド機を選定し、かつ、主に民地下となる曲線部にはダクタイルセグメント(セグメントの厚さが小さく、トンネル外径を大きくすることなく内空寸法を確保できるもの)を採用するなどした上、施工歩掛の上で直線部施工に比べ1割施工速度が落ちるという前提で見積を行った。また、地山の余掘が大きくなるために地盤緩みの対策費や裏込め注入費が上昇するとの点については、密閉式シールド機を選定して掘進と同時に裏込め注入を施工し緩みを生じさせない対策をし、裏込め注入費も曲線部という形状や地質状況に応じた額を計上した。事後継続調査や後対策工事の必要性については、前記(イ)のとおり観測業務を計上した。
b 以上のとおり、仙台市は、曲線部での費用増加を見込んだ上で建設費見積を行っており、現段階において、今後更なる費用増加の可能性が高いということはできない。
c これに対して、〔証拠省略〕は、曲線部の施工は技術的な困難さが伴うことなどから費用が高くなる旨供述する。しかし、これら供述によっても、仙台市の上記対策・見積のどこに具体的な欠陥があり、更にどれだけの費用を要することとなるのかは判然としない。他に、前記b認定の結論を左右するに足りる証拠は存しない。
(カ) 大礫の存在
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、仙台市は、大きな石などの礫対策ができるという点も考慮してシールド機を選定していること、南北線河原町工区の径600ミリ程度の巨礫が存在する地層において、補助工なしに泥土圧シールド工事を施工した実績を有することが認められ、この点に関する原告の主張は採用できない。
オ 断層・地震への対策の不備との点について
(ア) 長町―利府断層、大年寺山断層
a 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
長町―利府断層は、東西線よりも遙かに深い場所に存在しているため、これが破壊した場合でも東西線への影響は少ないと考えられる。
大年寺山断層は、東西線がこれを横切る形で計画されている。同断層は、利府―長町構造線の副次的な断層とされており、東北電力や電電公社(現NTT東日本)も、この箇所について、特別な対策を行わずにトンネルを掘削している。仙台市では、同断層を横切ることになる新寺トンネル(新寺駅~連坊駅)について、比較的柔構造であるシールド工法を採用し、かつ、直径を0.5メートル大きくすることで、断層変位が発生した場合の対策とした。
b 上記認定に照らし、長町―利府断層、大年寺山断層に対する仙台市の対策は、合理的なものと認められる。
その他、東西線に影響を与えると考えるべき断層の存在は確認されていない(〔証拠省略〕)。
(イ) 宮城県沖地震
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、平成7年1月17日発生の兵庫県南部地震の結果も踏まえて作成された「鉄道構造物等設計標準」に基づいて構造物の設計を行っていることが認められ、これが地震対策として不十分であると認めるに足りる証拠はない。
カ 東部地区における軟弱地盤等への対策の不備との点について
(ア) 高地下水区域の補助工
a 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
東西線の開削工法区間のうち、地下水を遮断する土留め壁を用いる箇所は、薬師堂駅・卸町駅・六丁の目駅・荒井駅及び荒井駅の前後の区間であり、その延長は約0.9キロメートルに過ぎない。これら区間を掘り進める際の壁からの出水に対しては、遮水性土留工法のうち砂礫層地盤に対応でき、土留め壁の施工精度が高く、止水効果が期待できる先行削孔併用方式の柱列式連続地中壁工法を採用した。掘削底盤からの出水に対しては、掘削底盤改良工法として、薬液注入工法を採用した。
これら以外のトンネル区間は、シールド工法を用いるため、土留め壁の施工は必ずしも必要とはされない。
b 上記認定に照らし、高地下水区域の補助工として仙台市が想定している内容に不合理な点は認められない。
(イ) 水害常襲地区への水害対策
弁論の全趣旨によれば、仙台市は、水害対策として、既存の地下鉄で採用されている遮水板等で十分に対応可能であると判断し、かかる水害対策は計画に盛り込まれていることが認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
(ウ) 地盤沈下等への対策
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、仙台市は、東部地区の軟弱地盤対策としては、荒井地区に設置する車両基地の構造物に杭基礎を用いる計画であること、東部地区の地盤が軟弱である地層は表層部分の深さ9メートル程度までであり、東西線を建設する深さでは比較的地盤が安定していることから、仮に地震によって表層部分で液状化現象が発生しても、東西線に対する影響は極めて少ないと判断したことが認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
キ 地上構造物等への影響について
(ア) 地盤の変位観測計画と変位対策計画
前記エ(イ)、カ(ア)及び後記(イ)以下に認定のとおり、仙台市の判断に不合理な点は認められない。
なお〔証拠省略〕は、シールド工法区間の一部について地上変位対策が必要であると供述するが、その具体的内容としては、薬液注入を念頭に置いているようである。しかし、シールド工法区間については基本的に薬液注入を要しないことは前記エ(ア)のとおりである。
(イ) 国道4号線仙台バイパス地下通過工事
弁論の全趣旨によれば、仙台市は、必要な土被りを確保した設計をもとに国土交通省と協議を行っており、現時点では、特別な対策を必要としないとの見解を有していることが認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
(ウ) JR貨物線地下通過工事
〔証拠省略〕によれば、仙台市では、当初近接防護工を予定して建設費見積を行ったが、その後、貨物線への影響に関する検討を行い、これが許容される範囲内であることを確認した上で、JR東日本と協議を行っており、現時点では、特別な対策を必要としないとの見解を有していることが認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
(エ) 国分寺・国分尼寺付近などに発見され得る遺跡への対策
弁論の全趣旨によれば、土被りが大きな地下トンネルであることや、シールド工法で地表からの工事が発生しないこと、駅部(薬師堂駅)は開削工法であるが、文化財分布地図の遺跡調査範囲に含まれていないことなどから、仙台市は、特別な対策は不要と判断した事実が認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
(オ) 新寺通り下における電話線及び電力線等の各地下洞道への対策
証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、仙台市は、近接防護工が必要であるとの前提で建設費を見積もっていること、しかしながら、その後、必要な離隔を確保した設計をもとに、NTT東日本や東北電力と協議を行った結果、特別な対策は必要としないとの確認を得ていることが認められる。
いずれにせよ、この点に関する原告の主張は前提を欠き、失当である。
(カ) JR仙台駅の地下通過工事
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、東西線とJR仙台駅との間には十分な離隔があることから、JR東日本との協議の中で、藥液注入などの防護措置を必要とせずに通過可能であることが確認されたこと、これに先立って、仙台市では、薬液注入を行わない前提でFEM解析を行い、安全性を確認したことなどから、薬液注入などによる防護措置の必要はないものと判断した事実が認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
(キ) 青葉通り及び東二番丁下における電話線等の地下洞道への対策
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、仙台市は、近接防護工が必要であるとの前提で建設費を見積もっていること、しかしながら、その後、必要な離隔を確保した設計をもとに、NTT東日本や東北電力と協議を行った結果、特別な対策は必要としないとの確認を得ていることが認められる。
いずれにせよ、この点に関する原告の主張は前提を欠き、失当である。
ク 安全性について
(ア) 川内から青葉山に至るトンネルの連続勾配における火災発生時に生じ得る煙突効果等への対策
弁論の全趣旨によれば、仙台市は、火災発生時の安全対策として、構造物を不燃・難燃化するとともに、排煙機により強制的に気流を発生させ、気流と逆方向に避難路を確保する計画を立て、その費用も盛り込み済みであること、気流の速さを適切にコンピュータ制御することで、万が一のトンネル内火災にも十分に対応できると考えていることが認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
(イ) リニアモーターカー勾配制動破綻時の安全対策
弁論の全趣旨によれば、東西線では、神戸電鉄とは異なり、制動時に発生する回生電力を吸収する装置を変電所に設置する予定であり、したがって、車両に抵抗器を搭載しないので、車両をより大きくする必要はないこと、仙台市としては、車両のブレーキ装置の性能は省令により定められており、十分な保守・点検体制を構築することによって、制動の信頼性及び運行の安全性は確保できるものと考えていることが認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
ケ その他
(ア) 現青葉山ゴルフ場下の地層における工事中出水への対策
弁論の全趣旨によれば、仙台市は、地質調査により判明した地質の状況や地下水の賦存状況によれば、地下水が著しく豊富とはいえないので、特別な対策は必要ないと考えていることが認められる。
上記判断に不合理な点は認められない。
(イ) 青葉山上層部地すべりへの対策
東西線工事の支障となるべき地すべりが発生する可能性があると考えるべき証拠は存しないから、原告の主張はその前提を欠く。
(ウ) 国土交通省が平成14年度に始めた線路耐震性見直し
上記見直しの結果として、本件事業における建設費見積に具体的に影響が出ると考えるべき証拠は存しない。
(4) 小括
トンネル工事を実際に施工した場合、地山の状態が着工前の予想とは異なっている場合も多く、その場合、事前設計を施工中に修正することが必要となる(NATM工法について、〔証拠省略〕によれば、このことはシールド工法についても基本的に当てはまるものと認められる。)。そうすると、建設費も当然修正を余儀なくされるものと考えられるが、その場合、可能性としては、実際額が見積額を上回ることも、下回ることも両方考えられるのであって(前記(2)参照)、そうした抽象的な可能性だけをもって、仙台市の建設費見積が不合理であるということはできない。
建設費が1キロメートル当たり190億円であるとの仙台市の見積は、基本設計段階における見積としては、相当な資料に基づいて合理的になされたものと認められ、その前提資料ないし判断過程に不合理な点が存するとは認められない。
4 本件事業の収支見込み
(1) 以上のとおり、仙台市の需要予測(1日当たりの乗車人数11万9000人)、建設費見積(1キロメートル当たり190億円)は、いずれも合理的なものであって、今後大きな変更を余儀なくされる可能性が高いとはいえない。
したがって、これを前提とする損益収支見込み(減価償却費及び企業債償還等すべての費用支出を前提としても、平成35年度には単年度黒字に、平成46年度には累積黒字になる。)も、合理的なものということができる。
(2) なお、原告の主張に照らし、若干補足する。
ア 原告は、仙台市が減価償却方法として「みなし償却」を採用した点を問題とする。
しかしながら、「みなし償却」は地方公営企業法施行規則8条4項及び同9条3項で認められた処理方法であって、何ら問題あるものではない。
イ 原告は、費用便益分析で計上された供給者便益から毎年の営業利益を算出して、収支見込みを議論している。
しかしながら、原告の議論は、目的と手法が異なる収支計算と費用便益分析とを混同したものであって、失当である。
ウ 原告は、運賃改定や開業後の乗車人数見込みなど、仙台市の収支見込みの前提となる条件について実現の保証がないと主張するが、上記条件設定は、その内容(〔証拠省略〕)に照らして、不合理なものとは考えられない。
5 仙台市の行った費用便益分析について
(1) 市民純生産を用いることの合理性
ア 仙台市は、費用便益分析を行う過程で、就業者1人当たりの市民純生産を用いて時間評価値を算出した結果、本件事業の整備後30年間の費用便益比は1.62であるとする。これに対して、原告は、時間評価値を算出する際には、マニュアルに従って実質賃金率を用いるべきであり、これによれば費用便益比は1.10になるとして、批判する。
イ 〔証拠省略〕によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 仙台市は、マニュアルに基づいて、費用便益分析を行った。
(イ) 費用便益分析の一要素として用いられる利用者便益とは、全交通利用者が負担する金銭的、時間的、その他すべての費用が鉄道の整備によって軽減される効果である。
時間を金額換算するためには、時間評価値に時間を乗ずる方法により計算する。
(ウ) 時間評価値の算定には、一般に、選好接近法あるいは所得接近法が用いられる。
選好接近法とは、時間の節約を獲得するのに犠牲にしても良い金額と節約時間との関係を、現実の交通行動データから分析し、時間評価値として計測しようとするものである。需要予測の際に使用したモデルの時間と運賃のパラメータから、この時間評価値を求める。
所得接近法とは、節約される時間を所得機会に充当させた場合に獲得される所得の増分をもって時間評価値とするものである。したがって、この場合の時間評価値は、利用者の時間あたり賃金(実質賃金率=年間賃金/年間実労働時間)をもって算定される。
需要予測で用いる手法と便益計測で用いる手法は同一であることが望ましいが、一方で、現実的にはデータ制約等もあり、簡易に需要予測が実施される場合がある。そこで、原則的には所得接近法を用いる。選好接近法を用いる場合には、所得接近法による計算結果も併記することが推奨される。
(エ) 所得接近法を用いる場合、便宜的にすべての利用目的を同じ時間評価値と仮定する。平成9年の毎月勤労統計調査に基づく時間評価値(事業所規模5人以上の常用労働者1人平均月間現金給与総額と常用労働者1人平均月間総実労働時間をもとに作成。)を計算すると、全国平均で1分当たり39.3円、東京都で同51.7円、大阪府で同43.5円となる。
ウ 以上のとおり、所得接近法は、鉄道ができたことによって節約される時間を労働に充てた場合、いくら所得が増えるかという見地から、時間評価値を把握するものである。そうすると、その基礎となるべきものは、労働時間によって左右され得る収入、すなわち実質賃金によるべきである。
これに対して、仙台市がしたように、市民純生産を基礎として時間評価値を算定すると、労働時間によって左右され得ない企業所得や財産所得までも含めたものとなり、そもそもの所得接近法の考え方とは整合しなくなる。また、市民純生産は労働時間と何ら対応関係のないものであるから、市民純生産額を労働時間で除した数字は、何らかの実体をもった数字とはなり得ない。更に、全国の鉄道プロジェクトがマニュアルに従って費用便益分析されているのに、仙台市だけがこれと異なった前提で費用便益分析しても、他との比較ができないという結果となる(マニュアルが、選好接近法で計算した場合でも、所得接近法による計算結果の併記を要求しているのは、かかる比較のためと考えられる。)。
エ 以上のとおり、費用便益分析を行うに当たって、時間評価値を算出する際に所得接近法によるのだとすれば、実質賃金率を用いるべきである(他の考え方で算出する際も、実質賃金率を用いた計算結果を併記するべきである。)。
これによれば、本件事業の整備後30年間の費用便益比は、1.62ではなく、1.10になるものと考えられる。
(2) 感度分析結果
ア 原告は、総需要が10パーセント少ないと仮定して行った仙台市の感度分析結果(整備後30年間で1.57)について、その正確性に疑問を呈する。
イ 確かに、総需要が10パーセント減少すれば、供給者便益(仙台市の運賃収入)だけではなく、時間短縮便益・経費節減便益も一定数減少するものと考えられる。
しかしながら、総需要が10パーセント減少することが、どれだけ時間短縮便益・経費節減便益に影響するかは、交通行動モデルに即して再度予測し直す必要があり、単純に時間短縮便益・経費節減便益も各10パーセント減少させればよいというものではない。
そうすると、明らかに計算可能な供給者便益のみを計算対象として感度分析を行ったという仙台市の考え方も、あながち不合理なものとはいえない。
ウ なお、実質賃金率を用いて計算し直すと(〔証拠省略〕「② 総需要×0.9」の中の「時間短縮」2377億6500万円を1400億2600万円と訂正して再計算)、感度分析結果は1.05となる。
(3) 原告は、リニアモーターカー式地下鉄という本件事業以外に、機種・路線・採算性を一体のものとして比較検討しなかった点を問題とする。
しかしながら、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、仙台市では、鉄道不便地域を解消して、市域の不均衡な交通環境の改善を図ることを目的として東西線のルートを選定し、そのルートが市街地を通過するものであることから、当初より地下を基本として検討してきたこと、その上で、①標準鉄道、②リニアモーター鉄道、③新交通システム(案内軌条式)、④モノレール(跨座式)、⑤モノレール(懸垂式)、⑥HSST(常電導磁気浮上式鉄道)、⑦路面電車(LRT)、⑧ガイドウェイバスの8機種の中から、輸送力及び登坂力の比較検討によって5機種(②~⑥)に絞り、運行性能や快適性とともに、収支採算性も含めた検討を行い、リニアモーター鉄道を選択したことが認められる。
仙台市の財政事情を考慮しながら、どのような目的で、どのようなルート及び導入空間を選定するかは、被告市長の広範な裁量に委ねられたまさに政策的判断であって、被告市長の上記政策的判断には著しく不合理な点は認められないし、これを前提としてリニアモーター鉄道を選定した判断過程にも著しく不合理な点は認められない。
6 結論
(1) 以上のとおり、仙台市の需要予測(1日当たりの乗車人数11万9000人)、建設費見積(1キロメートル当たり190億円)には、いずれも合理性が認められるのであって、現時点において、今後大きな変更を余儀なくされる可能性が高いとまではいえない。
したがって、これを前提とする損益収支見込み(減価償却費及び企業債償還等すべての費用支出を前提としても、平成35年度には単年度黒字に、平成46年度には累積黒字になる。)も、著しく合理性を欠くものということはできない。
また、実質賃金率を用いて費用便益分析を行っても、整備後30年間の費用便益比は1.10となり、本件事業は、投下した費用以上の便益が期待できる事業ということができる。
(2) 上記のとおり収支見込み及び費用便益分析結果には、著しく不合理という点は認められないから、これを前提とすると、本件事業を実施するか否かは、被告市長がまさに社会的、政策的又は経済的な諸要素を総合考慮して決すべき政治的判断ということができ、議会のコントロールの下での被告市長の広い裁量に委ねられているものである。
本件事業の実施を決定した被告市長の判断に裁量権の逸脱ないし濫用は認められない。
(3) そうすると、本件事業の違法を理由として公金支出の差止を求める原告の請求は理由がないから、これを棄却するのが相当である。
(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 髙木勝己 伊藤康博)
別紙〔省略〕