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仙台地方裁判所 平成16年(わ)666号 判決 2005年3月01日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中90日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

1  被告人は,宮城県内で出生し,高校を卒業後,運送会社,土木建設会社などに勤務した後,平成11年には父にダンプカーを購入してもらって独立し,以後ダンプカーの運転手として稼働していた。本件犯行当時,被告人は,父母及び祖父と共に,住居地において生活していた。

2  被害者は,高校を卒業後,東京の美容専門学校に進学し,東京で知り合った男性と結婚して昭和58年6月に長女を,昭和62年12月に長男を出産した。被害者は,平成元年3月ころ,二児を連れて実家のある宮城県柴田郡a町に戻り,同年11月ころ離婚した。被害者は,昼は化粧品の販売員,保険の外交員等として稼働し,夜はスナックで働くなどして二児を育て,平成9年には,同郡b町内にスナック(以下便宜上,単に「スナック」という。)を開店した。

3  被告人は,平成9年に客としてスナックを訪れて被害者と知り合い,程なく被害者と肉体関係を持つようになった。被告人は,その一方で,当時勤務していた土木建設会社の同僚で夫及び子のあるAといわゆる不倫関係となった。被告人は同年暮れころにAを妊娠させ,Aは自ら費用を負担して堕胎した。二人の関係はAの夫や被告人の両親の知るところとなったが,被告人はその後もAとの関係を続けて再び同女を妊娠させた。Aは,平成10年12月,被告人の子を出産し,被告人は,平成11年4月,同児を認知した。同児はAが引き取って養育していたが,その後被告人とAとの関係は冷えていき,Aは堕胎費用や養育費の負担に不満を述べるようになり,堕胎費用及び養育費として被告人に対し,20万円の支払いを要求するようになった。

4  被告人は,平成12年初めころ,消費者金融から借入れをしてAに対して堕胎費用等を支払ったが,このとき思いがけず簡単に金を借りることができたことに味をしめ,その後も消費者金融からの借入れを重ね,他の女性と肉体関係を持つ際のホテル代に充てたり,飲み歩いたりするようになった。被告人は,厳格な父に,日ごろから,祖父の代から築いた家の財産を潰すことのないように言い聞かされており,借金も固く戒められ,自己の収入もいったん全て父に渡し,その中から月5万円程度をもらって小遣いにしていたが,消費者金融への返済を滞らせて督促状を自宅に送付されれば,借金嫌いの父に消費者金融からの借入れの事実が知られてしまうと考え,こうした事態を避けるため,消費者金融への返済に他の消費者金融からの借入金を充てるようになった。被告人は,平成13年に入ると,知人の名義を借りてさらに消費者金融からの借入れを重ねていった。

5  この間も,被告人は,被害者との関係を続けていたが,もともと被害者に対して大した愛情を抱いておらず,上記のとおり,むしろAとの交際に夢中になっていたことなどもあって,次第にスナックから足が遠のいていった。

6  被告人の消費者金融に対する借金は,平成15年1月ころには合計約370万円に上っていたが,被告人は,被害者からスナックに飲みに来るよう誘われた際,被告人の足がスナックから遠のいているのは,スナックに飲みに行ったことで消費者金融に多額の借金があるためだなどと話した。被害者は,被告人に対し,消費者金融からの借入れを解消するよう助言し,同年1月28日,被告人に対し,消費者金融への返済に充てるための資金として無利息で150万円を貸し渡した。被害者は,被告人に対し,残額は金利の低い銀行からの借入れで返済したり,消費者センターに相談することなどを勧めたが,被告人は,銀行から借入れをすれば,書類が自宅に送付され,父に借金の事実が知られてしまうなどと考え,被害者に対し,さらに金を貸してくれるように懇願した。これを受けて,被害者は,スナックの客から借入れをして,同年2月11日ころ,被告人に対し,さらに無利息で150万円を貸し渡した。被告人は,被害者から借り受けた合計300万円のうち280万円余りを消費者金融への返済に充てたが,その余の額は自己の手元に残し,消費者金融からの借入金が完済していなかったにもかかわらず,被害者に対しては,消費者金融からの借入れは全て解消した旨嘘をついていた。

7  その一方で,被告人は,平成15年2月ころから,保険外交員をしていた夫及び子のあるBと不倫関係となり,被害者からの借入金で消費者金融に対する借金を一部返済した後も,消費者金融から新たな借入れを重ねていった。平成16年に入ると,被告人は,母に嘘をついて父に内緒で30万円を借りたり,高利貸しからも借入れをするようになった。また,被告人は,Bを妊娠させ,同年8月,Bは堕胎したが,その費用を負担したBに対し,堕胎費用は少しずつ支払うなどと約束していた。

8  被告人は,被害者からの借入金300万円について,毎月7万円を返済すると被害者に約束していたが,被害者は自分に愛情を持っているのでそれほど強い態度には出ないだろうと考え,被害者からのたびたびの催促に対しても自分が被害者に愛情を持っているかのように装って話をはぐらかすなどし,消費者金融や母への返済を優先して,被害者に対する返済を大幅に滞らせ,合計85万円を返済するにとどまっていた。

このような被告人の態度に困惑していた被害者は,同年8月22日,被告人に対し,「このままの状態が続くなら自分も大変だから明日休みだし家に相談しに行くからよろしく!!」とのメールを送信した。これを見た被告人は,被害者が被告人の自宅を訪問すれば,借金のことが父に知られてしまうなどと焦り,被害者に対し,「まだ,今月終わってないよね。今週振り込みするよ!ヨロシク。」などとメールを返信して取り繕った。しかし,被告人は,翌8月23日,再び被害者から「様子見て家行くからね。必ず払いなさいよ。」とのメールを受け,このままでは父に借金のことが知られてしまうなどと危機感を募らせた。

9  被告人は,借金のことを父に知られるのだけは何としてでも避けなければならないなどと考え,被害者からの借入金については借用証なども作成しておらず,また,被害者は他に口外していないはずなので,被害者を殺害すれば,口封じができ,被害者からの借金も免れることができるなどと思い至り,被害者の殺害を決意した。さらに,被告人は,被害者が普段からスナックの売上金などを入れて持ち歩いている手提げバッグを奪えば,今後の消費者金融等への返済や,Bと不倫関係を続けるためのホテル代,Bに支払う堕胎費用,遊興費などの足しにでき,また,被害者とのメールのやりとりが記録された被害者の携帯電話を持ち去れば,自分が犯人であると発覚することもないだろうと考え,被害者を殺害した機会に,被害者の手提げバッグや携帯電話を奪うことも決意した。

10  被告人は,閉店後のスナック店内で被害者と2人きりで会い,そこで被害者の頭部を金づちで殴って気絶させてから首を絞めて殺害することを計画した。そこで,被告人は,同年8月25日,被害者に対し,「明日,後片付け(店の)終わったらメール貰いたいのですがいいかな?現金手渡ししたいので,久々二人っきりで顔も見たいので!ちなみに大金なんで・・ヨロシクです。明日終わったらメール待ってます!」などと,あたかも被害者に返済する資金の手当てが付いたかのように装ってメールを送信した。被害者から直ちに返信がなかったことから,被告人はさらに被害者に対し,「昨夜の返信無いんで・・シカトですか?」などとメールを送り,急に返済金の手当が付いた旨の被告人の言葉をいぶかる被害者に対し,「乗用車売ったんで。ランク下げたんです。」などと,さらに嘘の内容のメールを送信して,同年8月26日夜から翌27日にかけてのスナックの営業時間終了後,同店内で被害者と2人きりで会う約束を取り付けた。

また,被告人は,深夜に自宅から自己の車両を運転して外出すれば,父にとがめられるおそれがあると考え,スナックに向かう際の足にするため,同年8月26日,近所に住む知人から車を使用することの了解を得た。

11  被告人は,同年8月27日午前零時前ころ,家族に気づかれないようひそかに自宅を出ると,被害者の頭を殴るための金づちを自宅敷地内の倉庫から持ち出して携行し,知人方から,あらかじめ使用の了解を得ていた車を運転してスナックに向かった。

被告人は,同日午前零時過ぎころ,スナックが入店しているcビル近くの駐車場に到着し,そこに車を停めて,被害者からスナックの営業が終了した旨の連絡が来るのを待った。被告人は,同日午前1時44分ころ,被害者から,最後の客を送り,スナックに戻った旨の電話連絡を受け,用意していた金づちをズボンの内側に隠し持ってスナックに向かった。

12  被告人は裏口からスナックの店内に入ると,閉店後の店内で1人で待っていた被害者が被告人を迎えた。被告人は,被害者とともに,スナック店内のトイレ前にあるボックス席に座り,被害者が出したウーロン茶を飲んだりタバコを吸ったりしながら,被害者と会話して被害者殺害の機会をうかがった。被告人は,スナックに入る際,スナックの入った建物の北側駐車場に,スナックの隣店のママの車が停めてあるのを見ていたことから,ママがまだ店内に残っていれば,被害者殺害を気づかれてしまうのではないかと危惧し,なかなか被害者殺害を実行に移せずにいたが,意を決して,トイレに行くふりをして席を立ち,被害者に気づかれないようにしてズボンの内側に隠し持っていた金づちを取り出した。

(罪となるべき事実)

被告人は,上記の経緯により,被害者(当時42歳)を殺害して同女に対する残額215万円の借入債務の返済を免れるとともに金品を強取しようと決意し,平成16年8月27日午前2時30分ころ,宮城県柴田郡b町(以下略)cビル1階所在のスナック店内において,ボックス席に座っていた同女の背後から,その頭部を所携の金づちで力一杯殴りつけ,声を上げて中腰に立ち上がって被告人の方を振り向いた同女の頭部をさらに上記金づちで数回殴打した上,仰向けに倒れかかった同女をボックス席の角付近に追いつめ,ボックス席角付近の座席に上半身を乗せて仰向けの状態になった被害者に馬乗りになり,その頚部を両手で力一杯締め付け,よって,そのころ,同所において,同女を頚部圧迫により窒息死させて殺害した上,上記債務の弁済を免れて財産上不法の利益を得るとともに,同女の所有又は管理に係る現金合計約6万6515円入りの財布2個及び携帯電話機1台ほか191点在中の手提げバッグ1個(時価合計15万7000円相当)を強取した。

(法令の適用 省略)

(量刑の理由)

1  本件は,被害者から借金をしていた被告人が,被害者を殺害してその返済を免れるとともに金品を強取しようと企て,被害者の頭を金づちで殴り,首を絞めるなどして殺害した上,被害者に対する借金の返済を免れて財産上不法の利益を得るとともに,被害者から金品を強取したという強盗殺人の事案である。

2  被告人は,自己の消費者金融からの借入金を解消するため,被害者から,その好意により無利息で合計300万円を借りたにもかかわらず,被害者は自分に愛情を持っているのでそれほど強い態度には出ないだろうとたかをくくり,被害者からの度々の督促に対しても,不誠実な対応に終始して返済を滞らせ,困惑した被害者から,親に相談に行くと言われるや,借金の事実を父に知られることだけは何としても避けなければならないなどと考えて,被害者を殺害して口封じをし,借金を免れるとともに,今後の消費者金融等への返済や遊興費等の足しにするため被害者殺害の機会に被害者から金品を奪うことを決意したもので,極めて身勝手かつ短絡的な本件犯行の動機に酌量の余地はない。被告人は,複数の女性と不倫関係を結んで,相手の女性を何度も妊娠させるなどし,堕胎費用等の支払いに充てるために消費者金融から借金をしたところ,案外簡単に金を借りられることに味をしめ,不倫女性と肉体関係を持つためのホテル代,遊興費,他の消費者金融への返済等に充てるため,次々と消費者金融からの借入れを重ねたもので,被告人の消費者金融に対する借金が膨らんだ経緯を見ても,結局のところ,被告人自身の放縦な女性関係,自堕落で勝手気ままな生活態度の結果というほかはなく,酌むべき点は皆無である。

被告人は,被害者の経営するスナックで閉店後に被害者を殺害することを計画し,借金返済の資金が用意できたかのように装って,被害者と閉店後のスナックで2人きりで会う約束を取り付けた上,犯行現場に赴くための車両や被害者を殴るための金づちを事前に準備するなどして本件犯行現場に赴き,トイレに立つふりをして,被害者の背後から,その頭部を突然金づちで力一杯殴りつけ,被害者が気絶せず,声を上げて中腰に立ち上がり,被告人の方を振り向くと,さらに金づちで被害者の頭部を数回殴りつけ,仰向けに倒れかかった被害者に馬乗りになってその首を両手で力一杯締め付け,被害者が失禁する音が聞こえても手を緩めることなく,被害者が全く動かなくなってもしばらく首を締め続けて被害者を殺害したもので,その犯行態様は,計画的で強固な犯意に基づく執拗で残虐極まりない凶行である。

本件犯行の結果は,強盗の被害相当額としても230万円余りの多額である上,何ものにも代え難い人の命を一方的に奪った点で重大であることは言うまでもない。被害者は被告人に好意を寄せ,消費者金融に対する借入金の返済のために,資金の援助までしてくれたのに,突然,被告人から頭部を金づちで殴打されて首を絞められるといった強度の暴行を受け,その生涯を閉ざされたもので,死に至るまでの短時間に受けた肉体的,精神的苦痛は想像を絶するものがある。不幸にして離婚後は昼夜を問わず稼働し,いわば女手ひとつで育て上げてきた愛する二児の成長を見届けることなく,この世を去ることを余儀なくされた被害者の無念は計り知れない。また,心の支えであり,生活の支えであった被害者を突然失った長男及び長女や,我が子に先立たれた被害者の母親をはじめ,残された遺族の悲嘆,憤慨の情は察するに余りあり,遺族が被告人に対する峻烈な処罰感情を有しているのも至極当然である。

被告人は,被害者を殺害した後,被害者と会った痕跡を消すために,使ったグラスや灰皿を片付けて被害者が店内に一人でいたかのように仮装したり,店内の指紋を拭き取ったり,死体を運び出して処分しようと試みるなどし,さらに,警察の捜査をかく乱するため,被害者から奪った携帯電話機に記録されていた通話先の1つに無言電話をかけた上でその携帯電話機を投棄するなどの手の込んだ罪証隠滅工作を行っており,その犯情はいっそう重いものがある。以上の事情を総合すれば,被告人の刑事責任は極めて重い。

3  そうすると,被告人の両親が,被害弁償の一部として,これまで1300万円余りを遺族に支払っていること,被告人が逮捕後間もなく事実を認め,不十分な表現ながらも,被害者の長女及び長男に謝罪の手紙を書き,公判廷においても毎日被害者の冥福を祈っているなどと述べ,被告人なりに反省を深めていることがうかがわれること,被告人の前科は罰金前科のみで,身柄拘束と正式裁判を受けるのは今回が初めてであることなど,被告人のために有利に斟酌すべき事情を考慮しても,主文の刑に処するのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 佐々木直人 裁判官 中丸隆 裁判官 大木美結己)

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