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仙台地方裁判所 平成16年(ワ)153号 判決 2006年9月07日

原告

X1

X2

X3

上記三名訴訟代理人弁護士

織田信夫

佐久間敬子

被告

仙南信用金庫

同代表者代表理事

同訴訟代理人弁護士

松倉佳紀

被告補助参加人

明治安田生命保険相互会社

同代表者執行役

同訴訟代理人弁護士

田邊雅延

市野澤要治

佐々木英靖

岡本正

主文

1  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

2  原告らと被告との間で、別紙債務目録《省略》記載1の消費貸借契約に基づく同目録記載2の原告らの被告に対する各債務について、被告の被告補助参加人に対する別紙保険目録《省略》記載の保険金債権が存在することを理由に支払を拒絶する抗弁の付着しない債務はいずれも存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は、これを2分し、その1を原告らの各負担とし、その余は被告の負担とする。補助参加により生じた費用は、これを2分し、その1を原告らの各負担とし、その余は補助参加人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  主位的請求

ア 原告らと被告との間で、別紙債務目録記載1の消費貸借契約に基づく同目録記載2の原告らの被告に対する各債務がいずれも存在しないことを確認する。

イ 訴訟費用は、被告の負担とする。

(2)  予備的請求

ア 原告らと被告との間で、別紙債務目録記載1の消費貸借契約に基づく同目録記載2の原告らの被告に対する各債務について、被告の被告補助参加人に対する別紙保険目録記載の保険金債権が存在することを理由に支払を拒絶する抗弁の付着しない債務はいずれも存在しないことを確認する。

イ 訴訟費用は、被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は、原告らが、被告に対し、原告らの被相続人が被告からいわゆる団体信用生命保険付きで借り入れた住宅ローンに基づく残債務について、被相続人の死亡により上記団体信用生命保険契約に基づく保険金請求権が発生したから、上記残債務はすべて消滅したとして、その不存在の確認を求め(主位的請求)、仮に消滅していないとしても、原告らは、上記保険金請求権が存在することを理由に上記住宅ローンに基づく残債務の支払を拒絶する抗弁を取得したとして、その抗弁の付着しない債務の不存在の確認を求めた(予備的請求)ものである。

2  前提事実(証拠を掲げたもののほかは、当事者間に争いがない。)

(1)  亡Aは、原告X1の夫であり、原告X2及び原告X3の父であるが、平成13年11月23日午前3時、上行大動脈瘤解離に基づく急性心不全により死亡した(死亡原因につき《証拠省略》)。

Aの死亡により、原告X1はAの権利義務の2分の1を、原告X2及び原告原告X3はそれぞれAの権利義務の4分の1を相続により承継した。

(2)  被告は、平成12年2月29日、Aに対し、別紙債務目録記載1の約定により、1840万円を貸し渡した(以下「本件消費貸借契約」という。)。

(3)  Aは、平成12年2月25日、本件消費貸借契約の締結に先立ち、訴外明治生命保険相互会社(以下「明治生命」という。)に対し、Aを被保険者とする団体信用生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)への加入を申し込んだ(以下「本件加入申込」という。)。

本件保険契約は、全国信用金庫連合会(現在は信金中央金庫)を代表契約者、信用金庫(各信用金庫は、全国信用金庫連合会との間で加盟契約を締結することにより、本件保険契約の仕組みを利用することができる。)の住宅ローン等を利用している賦払債務者を被保険者とする生命保険契約(賦払債務者がこの生命保険の被保険者となるためには、生命保険会社に対する加入申込が必要である。)で、被保険者が債務の返済を完了する前に死亡又は所定の高度障害状態になったとき、生命保険会社が所定の保険金を保険金受取人である信用金庫に支払い、その保険金を債務の返済に充当する仕組みの団体保険である。その主な内容は以下のとおりである(《証拠省略》)。

ア 保険証券番号 《省略》

イ 契約日 昭和50年1月1日

ウ 契約者 全国信用金庫連合会(現在は信金中央金庫)

エ 保険者 明治生命

オ 被保険者 A

カ 保険金受取人 被告

キ 保険金額(死亡の場合) Aの死亡時点において、本件消費貸借契約に基づきAが被告に対し負担している未償還元本債務残高

(4)  Aは、平成12年2月25日、本件加入申込に当たり、当時被告S支店の副長であったB立ち会いの下、Aの自宅において「団体信用生命保険申込書兼告知書」と題する書面(以下、上記書面を「本件告知書」といい、同日を「本件告知日」という。)に必要事項を記入して、Bに交付した。

本件告知書には、最近3か月以内に医師の治療(指示・指導を含む。)・投薬を受けたことがあるかどうかを尋ねる問いについて、なしの欄に丸印が付けられ、過去3年以内に狭心症、高血圧症など所定の病気で手術を受けたこと又は2週間以上にわたり医師の治療・投薬を受けたことがあるかどうかを尋ねる問いについて、なしの欄に丸印が付けられていた(《証拠省略》、証人B)。

(5)  明治生命は、被告から本件告知書の提出を受け、平成12年2月25日ころ、被告に対し、本件加入申込を承諾する旨の通知をした。これにより、Aは、本件消費貸借契約の締結と同時に本件保険契約に加入したこととされた(《証拠省略》、証人B、弁論の全趣旨)。

(6)  Aは、平成3年2月28日、診察を受けたa内科クリニックのC医師により高血圧症及び狭心症と診断され、バイカロン(高血圧症の治療薬)、アダラート(高血圧症及び狭心症の治療薬)、シグマート(狭心症の発作予防薬)といった高血圧症や狭心症の治療薬をそれぞれ処方され、投薬治療が開始された。その後、上記治療薬の他、ラシックス(浮腫、高血圧症及び心不全の治療薬)、ニトロール(狭心症及び心筋梗塞の治療薬)及びニトロダーム(狭心症及び心不全の治療薬)といった薬が併用され、Aは、継続的に高血圧症及び狭心症の投薬治療を受けた。

本件告知日までの3年間の治療・投薬歴についてみると、別紙「診療録にみる治療・投薬経緯等」《省略》に記載のとおり、Aは1か月に2回程度の割合で、継続して高血圧症や狭心症等の治療薬であるバイカロン、アダラート、シグマート、ラシックス、ニトロダーム、ニトロールの投薬を受けた。このうち、本件告知日までの3か月間の投薬歴についてみると、Aは、平成11年12月7日、同月21日、平成12年1月5日、同月19日、同年2月4日、同月14日の合計6回にわたり、高血圧症や狭心症などの治療薬であるバイカロン、アダラート及びシグマートの投薬を受けた。

また、本件告知日までの3年間の受診内容についてみると、現実にaクリニックで診療を受けた日数は、別紙「亡A受診・血圧一覧」《省略》に記載のとおり、合計10回程度であり、その受診時の血圧値は同別紙に記載のとおりである(《証拠省略》)。

(7)  Aが死亡した時点における本件消費貸借契約に基づく貸金残元金は、1556万2213円であり、原告らは、Aの死亡により、本件消費貸借契約に基づくAの債務を法定相続分に従って承継したことから、本件消費貸借契約に基づく原告らの被告に対する債務は、別紙債務目録記載2のとおりとなった(弁論の全趣旨)。

(8)  本件保険契約に関しては、約款(以下「本件約款」という。)に以下の条項が存在する(《証拠省略》)。

第23条(告知義務違反による解除)

1項 保険契約者または被保険者は、保険契約の締結または追加加入の際、当会社(明治生命。以下同じ。)が所定の書面をもって告知を求めた事項について、その書面により、告知することを要します。

2項 保険契約者または被保険者が、故意または重大な過失によって前項の告知の際に事実を告げなかったかまたは事実でないことを告げた場合には、当会社は、保険契約または保険契約のその被保険者についての部分を将来に向って解除することができるものとします。ただし、当会社がその事実を知っていた場合または過失のため知らなかった場合を除きます。

3項 当会社は、被保険者が死亡しまたは高度障害状態になった後においても、前項によって保険契約または保険契約のその被保険者についての部分を解除することができます。この場合には、保険金を支払いません。もし、すでに保険金を支払っていたときは、当会社は、その返還を請求します。ただし、保険契約者または保険金受取人が被保険者の死亡または高度障害が解除の原因となった事実によらなかったことを証明した場合には、保険金を支払います。

(9)  被告は、Aの死亡に伴い、平成13年12月26日、明治生命に対し、本件保険契約上の保険金の請求をしたが、明治生命は、被告に対し、平成14年2月19日付け書面により、Aが本件加入申込の際に、告知事項に該当する治療歴を告知しなかったことを理由として、本件保険契約のAについての部分を解除する旨の意思表示(以下「本件解除」という。)をし、本件保険契約に基づく保険金の支払を拒絶した(《証拠省略》)。

(10)  被告補助参加人(以下「参加人」という。)は、平成16年1月1日、合併により、本件保険契約に基づく明治生命の権利義務を包括承継した。

3  争点

(1)  原告らの主張

ア 本件解除の有効性について

(ア) 告知義務違反の有無(本件約款第23条2項本文の要件該当性)について

a Aは、被告職員のBに対し、口頭で服薬の事実を告知した。告知の現場には明治生命の職員はおらず、本件告知書の作成行為一切はBに委ねられていたのであるから、被告職員であるBは、明治生命の代理人の立場にあり、告知受領権が付与されていたと言える。したがって、Aは告知義務を果たしている。

b 仮に、Bに告知受領権が認められず、あるいは、AがBに対して口頭で告知した事実が認められないとしても、保険者は、加入申込者に対し、具体的に加入申込者のいかなる状態がどの告知事項に該当し、それに違反すればいかなる不都合が生じるかについて、正確な情報を提供すべきことが信義則上求められていると解すべきところ、明治生命はその説明義務を尽くさず、Aに対し誰にどの程度告知すべきか十分な説明をせず、Aとしてもこの点に関し質問することもできなかったのであるから、明治生命にこのような説明義務違反が認められる場合には、Aに告知義務違反について重過失は認められないと言うべきである。

c 保険者に対する告知が単に告知書の作成と受領行為のみによってなされ、加入申込者が何らの説明を受けることなく記載した告知書の受領をもって告知行為と理解することは、保険者に告知に当たっての説明義務を完全に尽くさせたものとは言えないから、このような場合、加入申込者に明らかな保険金詐取の意図が看取されるような場合を除き、単なる告知書による告知について加入申込者の告知義務違反を問うことは、信義則上許されず、その告知書の記載内容のみを原因として保険契約を解除することは権利の濫用として許されない。

(イ) 本件約款第23条2項ただし書きの要件該当性について

Aは、明治生命の履行補助者であるBに口頭で投薬の事実を告げている上、Bは告知事項についてAに十分な説明をしなかったのであるから、明治生命には少なくとも投薬の事実を知らなかったことにつき過失が認められる。また、仮に過失がなかったとしても、Bに口頭で告知していること、告知事項について十分な説明がなかったことを考えると、参加人による解除の主張は信義則上許されない。

イ Aの死亡原因と不告知事項との因果関係(本件約款第23条3項ただし書きの要件該当性)について

Aの直接の死亡原因は「急性心不全」であり、その原因は「胸部上行大動脈瘤破裂又は解離」と診断されているところ、Aの狭心症は昭和55年ころの一過性の既往症であり、平成12年当時は治療を受けていなかったこと、高血圧症に関しても、格別の治療を受けることなく投薬のみとなり、血圧も通常血圧の中で安定していたことに照らすと、Aを死亡させるほどではなかったと言うべきである。したがって、Aの死亡と狭心症及び高血圧症との間には因果関係はない。

(2)  被告及び参加人(以下「被告ら」という。)の主張

ア 本件解除の有効性について

(ア) 告知義務違反の有無(本件約款第23条2項本文の要件該当性)について

AがBに口頭で告知した事実はない。仮に口頭で告知したとしても、本件約款第23条によれば、告知の方法は書面による告知に制限されている。また、被告職員のBは、保険募集の権限さえ有せず、Aと明治生命との間の本件告知書の授受を取り次いだに過ぎないのであるから、Bには告知受領権が認められない。したがって、Bに口頭で告知したとしても告知義務を果たしたとはいえない。

保険契約の契約条項に関する説明は契約の種類性質に応じて適正に行うことになっている。団体信用生命保険の場合、保険料が低額に抑えられている代わりに、多数の被保険者について、団体を通じて一括して事務処理が行われる仕組みとなっており、そのため、個別に口頭で説明する必要はなく、金融機関を通じて「団体信用生命保険のご説明」を交付することによって説明しており、本件でも本件告知書を交付することによって説明を尽くしている。したがって、Aには不告知につき重過失があり、告知義務違反が認められる。

(イ) 本件約款第23条2項ただし書きの要件該当性について

告知の取り次ぎをするに過ぎないBに口頭で投薬の事実を告げたとしても、それをもって明治生命の悪意・有過失と同視はできない。また、書面によって説明義務を尽くしているので、この点でも知らなかったことにつき過失はないし、解除が信義則上制限されることもない。

イ Aの死亡原因と不告知事項との因果関係について

一般に、上行大動脈瘤解離に基づく急性心不全の誘因として高齢と高血圧症があげられており、本件でも高血圧症との因果関係を否定する特段の事情はない。したがって、Aの死亡と高血圧症との間の因果関係は否定できない。

第3当裁判所の判断

1  本件解除の有効性について

(1)  前記前提事実によれば、明治生命は、本件約款第23条1項に基づき、Aからの本件加入申込に当たり、被保険者となるAに対し、本件告知書をもって、「最近3か月以内に医師の治療(指示・指導を含む。)・投薬を受けたことがあるかどうか」及び「過去3年以内に狭心症、高血圧症など所定の病気で手術を受けたこと又は2週間以上にわたり医師の治療・投薬を受けたことがあるかどうか」について告知を求めたところ、Aは、実際には、平成3年2月28日、a内科クリニックのC医師により高血圧症及び狭心症との診断を受け、本件告知日までの3年間に、別紙「診療録にみる治療・投薬経緯等」(《省略》)に記載のとおり、1か月に2回程度の割合で継続して高血圧症や狭心症等の治療薬であるバイカロン、アダラート、シグマート、ラシックス、ニトロダーム、ニトロールの投薬を受けたこと、本件告知日までの3か月間について見ても、Aは、平成11年12月7日、同月21日、平成12年1月5日、同月19日、同年2月4日、同月14日の合計6回にわたり、高血圧症や狭心症などの治療薬であるバイカロン、アダラート及びシグマートの投薬を受けたこと、本件告知日までの3年間の受診内容について見ても、現実にaクリニックで診療を受けた日数は、別紙「亡A受診・血圧一覧」(《省略》)に記載のとおり、合計10回程度であり、その受診時の血圧値は同別紙に記載のとおりであることが認められるにもかかわらず、本件告知書には、「最近3か月以内に医師の治療(指示・指導を含む。)・投薬を受けたことがあるかどうか」を尋ねる問いについて、なしの欄に丸印を付け、「過去3年以内に狭心症、高血圧症など所定の病気で手術を受けたこと又は2週間以上にわたり医師の治療・投薬を受けたことがあるかどうか」を尋ねる問いについて、なしの欄に丸印が付けて、この本件告知書をBを通じて明治生命に提出したことが明らかである。

Aの上記行為は、被保険者であるAが、故意または重大な過失によって本件告知書による告知の際に事実でないことを明治生命に告げた場合に該当し、本件約款第23条2項本文の定める解除要件を具備する行為と言わざるを得ない。

(2)  原告らは、Aは、被告職員のBが明治生命の代理人の立場にあり、告知受領権を有していたと主張するが、本件約款によれば、告知は所定の書面をもってなされ、その書面により告知することを要する旨規定されている(本件約款第23条1項)こと、保険業法上、登録を受けた生命保険募集人等以外の者による生命保険の募集は禁じられているところ、Bは生命保険募集人の資格を得ていないこと(証人B)等の事実に照らすと、Bが明治生命の代理人であってAが口頭で述べた事項について告知受領権があると認めることは困難と言うべきであるから、原告らの上記主張は採用できない。

また、原告らは、保険者は、加入申込者に対し、告知義務の内容とその違反による不利益の内容を説明すべき義務があるとし、加入申込者に告知書を渡してそれに記入させただけでは上記説明義務を尽くしたとはいえないと主張する。しかし、本件告知書の表面には、告知を求める事項が太線の枠内に具体的な病名と明確な期間を示した質問事項として記載されている上、「下記の告知記載事項は事実に相違ないことを誓約いたします。なお、この記載事項が事実に相違した場合は契約を解除されても異議ありません。」、「事実をご記入にならなかったり、ご記入いただいた内容が事実と違っていた場合には、ご契約が解除され保険金のお支払いがされず、債務が残ることがございますので、太線の枠内は、加入申込人ご本人が告知日現在の状況をありのままもれなくご記入ください。」などの記載が3箇所にわたってなされていることに照らすと、通常の文章の読解力及び判断力を有する成人であれば、本件告知書に何をどのように記載することを求められているか、その記載が事実に反した場合どのような不利益を受けるおそれがあるかについて、理解できると考えられる。したがって、Aに本件告知書に渡してそれに記入させただけでは保険者として告知義務に関する説明義務を尽くしたとはいえないとする原告らの主張は、採用することができない。

(3)  ところで、本件約款第23条2項ただし書きには、明治生命が、告知の際に被保険者が告知義務を負う事実を知っていた場合又は過失のため知らなかった場合は、被保険者に告知義務違反が認められる場合でも保険契約を解除することができない旨規定されており(前記前提事実)、原告らは、上記ただし書きに該当する事情が存在すると主張するので、以下においてこの点について検討する。

ア 本件告知書作成時の状況について

(ア) 前記前提事実に証拠(《省略》、証人B、原告X1本人、原告X2本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、この認定に反する証人Bの陳述(《証拠省略》)及び供述部分はこれを採用することができず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

a Bは、平成12年2月25日、本件消費貸借契約を実行するために必要な本件保険契約への加入手続を行うため、Aの自宅に赴いた。当時、Aの自宅には、Aのほか、原告X1と原告X2が在宅していた。

b Bは、本件告知書をAに交付し、Aに対し、Bの面前で本件告知書に記入するよう求めた。このとき、Aは、本件告知書の記入に先立ち、机上に置いてあった薬の袋を前にして、「薬はどう書いたらいいのかな。」とBに尋ねた。原告X1が「飲んでないに丸印をしてもいいんじゃない。」と言ったところ、Aは「飲んでいるのに飲んでいないに丸印はつけられないよね、Bさん。」などとBに質問したが、Bは無言であった。Aは、再度「嘘を書くのはなぁ、いいのかな、だめだよね。」と尋ねたが、Bはそれに対しても無言であったため、Aは、本件告知書の治療・投薬の経歴を尋ねる項目について、いずれも「なし」の欄に丸印を記入した。

(イ) 証人Bは、「本件告知書に記入を求めた際、Aに対し、住宅ローンの融資のときには団体信用生命保険契約に加入してもらうことになっていること、全額返済前に死亡したときには融資残額がこの生命保険契約で支払われることになっていることを説明して本件告知書に記入してもらった。記入後に、記入内容に間違いがないかをAに確認し、間違って書くと後で告知義務違反ということになり保険金が下りないこともあると説明した。これに対し、Aは、いたって健康ですからと話し、薬を飲んでいるという話しは一切しなかった。」と陳述(《証拠省略》)・供述し、Aが上記(ア)bのような発言をした事実を否定している。しかし、証人Bのこの陳述・供述は信用することができない。その理由は以下のとおりである。

a Aは、本件告知書を作成した平成12年2月25日当時、上記(1)のとおり、1か月に2回程度の割合で継続して高血圧症や狭心症等の治療薬の処方を受け、毎日これを内服していた上、時々通院して血圧の状況を測定してもらっていた(本件告知日に最も近接する通院日は、上記(1)のとおり、平成11年12月21日である。)のであるから、本件告知書の治療・投薬の経歴を尋ねる項目について「なし」の欄に丸印を記入することは、上記投薬や治療の事実に反する虚偽の事実を記載することを意味すること、そして、上記(1)のように頻繁に投薬を受けていれば、本件告知書に上記投薬や治療の事実に反する虚偽の事実を記載しても、病院の記録等を調べられれば容易にその虚偽記入の事実が露見するであろうことは、Aとしても十分認識していたと考えるのが合理的である。そうである以上、Aが、Bから本件告知書への記入を求められた際、何らの懸念も感ずることなく、本件告知書の治療・投薬の経歴を尋ねる項目について「なし」の欄に丸印を記入したとは考え難い。このような立場におかれた場合、通常人であれば、上記投薬や治療の事実に反する虚偽の事実を本件告知書に記載することに躊躇し、上記投薬や治療の事実をそのまま記載した場合、あるいはこの事実に反する虚偽の事実を記載した場合、将来どのような不利益があり得るのかを思わず本件告知書を持参した目の前のBに聞きたくなるというのが人情というものであろう。本件告知書の作成時、AとBとの間で上記(ア)bのようなやりとりがあったとする原告X2本人及び原告X1本人の陳述(《証拠省略》)・供述は、合理的に推認されるAの当時の心理状況に符合しており、信用性が高い。他方、このやりとりの存在を否定する証人Bの供述は、不自然であって信用することができない。

b 本件告知書が作成された平成12年2月25日当時、本件消費貸借契約は、Aに借入額を満たす担保不動産があるかどうか、年間の返済額に対応する収入があるかどうか等についての審査をパスしており、後は本件保険契約の締結手続を残すのみとなっていた。本件保険契約の場合、本件告知書の記載事項がすべて「なし」とされていれば、融資は先行して実行して良いことになっており、融資実行後に本件告知書を明治生命に提出すれば足りる(反対に、告知事項に「あり」が1項目でもある場合には、融資実行前に明治生命が加入の是非を判断し、融資の実行はその判断がなされるまで留保されることになり、保険加入が認められなければ、融資の実行は不可能になる。)ことになっていた。したがって、融資をスムースに実行したい立場にある被告職員のBとしては、告知事項がないことに越したことはないという心境になっても不思議ではなく、Aの問いに対してこれを黙認するような態度をとったとしても不自然とは言えない(Bは、昭和52年ころに団体信用生命保険制度が始まって以来、保険金が支払われなかったというケースを1、2度しか経験していなかったというのであるから、本件告知書が作成された当時、告知義務の問題を余り重要視していなかった可能性も十分あり得ると言える。)。(証人B)

c Aが日常的に服用していた薬の袋が茶の間の机の上に置いてあったという原告X2本人及び原告X1本人の陳述(《証拠省略》)・供述も、自然であって十分信用できる。

イ Bの履行補助者性について

(ア) 上記アの(ア)の事実に照らすと、被告職員のBは、平成12年2月25日、Aから、薬を服用している事実について告知を受けていたこと、それにもかかわらず、その薬服用の事実を本件告知書の記載に反映する措置を何らとらなかったことが認められる。

(イ) 本件約款第23条2項ただし書きの「告知の際に被保険者が告知義務を負う事実を過失のため知らなかった場合」とは、保険者が自己の不利益を防止するため、取引上必要な注意を欠いたことを言うと解すべきところ、本件保険契約に加入させるかどうかを判断する前提として、加入申込者から必要な情報(要告知事項に関する情報)を収集することは本来保険者(本件においては明治生命)の危険と責任においてなされるべきことであり、本件保険契約においては、その情報の収集は、本件約款に基づいて全国信用金庫連合会(現在は信金中央金庫)と明治生命との間で締結された団体信用生命保険契約協定書により、全国信用金庫連合会(実際には、同連合会との間で加盟契約を締結した信用金庫)に委ねられているから、その信用金庫の職員(本件においては被告職員のB)は、本件告知書に記載された要告知事項に関する情報の収集に関しては、明治生命の履行補助者の立場にあったと解するのが相当である(《証拠省略》、証人B)。

ウ 本件解除の有効性について

そうすると、要告知事項に関する情報の収集に関して明治生命の履行補助者の地位にあったBの過失は、信義則上明治生命の過失と同視できると言うべきところ、上記イ(ア)のとおり、Bには、Aから、薬を服用している事実について告知を受けていた上、その薬服用の事実を本件告知書の記載に反映する措置を何らとらなかった過失があると言うべきであるから、その過失は明治生命自身の過失と同視され、明治生命には、本件約款第23条2項ただし書きが規定する「告知の際に被保険者が告知義務を負う事実を過失のため知らなかった場合」に該当する事情が認められると解するのが相当である。

したがって、明治生命が本件告知書に不実告知があることを理由として本件保険契約のAについての部分を解除することは、本件約款第23条2項ただし書きによって許されず、本件解除は無効と言うほかない。

2  本件保険契約が有効に存続していることを前提とする原告らの抗弁について

(1)  原告らは、本件保険契約に基づく保険金請求権の具体化によって本件消費貸借契約に基づく貸金債務は目的の到達によって消滅すると主張する(主位的請求)。しかし、前記前提事実に記載のとおり、本件保険契約は、本件消費貸借契約に基づく貸金債権について、その回収を確実にする目的で被告が契約しているものであり、その実質は貸金の担保的機能を有するものであると解されるところ、保険金請求権の具体化のみで貸金債務が消滅すると解することは、保険会社が保険金の支払能力を失った場合等、被告において保険金の回収が不可能になったときに、本件保険契約の担保的機能が果たされなくなる危険があることに鑑みると、保険金請求権の具体化により直ちに貸金債務が消滅すると解することは相当ではない。したがって、原告らの上記主張は採用できず、原告らの主位的請求は理由がないと言わざるを得ない。

(2)  しかし、本件保険契約は、貸金の回収を図るために締結されているものである上、保険契約者である被告としては、被保険者が死亡して保険金請求権が具体的に発生した場合には、本件消費貸借契約に基づく貸金債権の他の担保に先んじてこれを実行する(保険会社に保険金の請求をする)ことを約束している(本件消費貸借契約に基づく債務が全額返済される前にAが死亡したときには、融資残額がこの生命保険契約で支払われることになっている旨Aに説明したことは、証人Bの供述するところである。)のであるから、本件消費貸借契約の当事者の合理的な意思解釈として、原告らは、借主であるAの死亡に基づく保険金請求権の存在を理由に本件消費貸借契約に基づく債務の支払を拒絶できる抗弁権を被告に対して有する旨の黙示の特約が締結されていたと解するのが合理的である。

(3)  したがって、その余の点を判断するまでもなく、上記(2)と同旨をいう原告らの予備的請求は理由があると言うべきである。

3  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 潮見直之)

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