仙台地方裁判所 平成17年(わ)733号 判決 2006年2月03日
主文
被告人を懲役16年に処する。
未決勾留日数中50日をその刑に算入する。
押収してある果物ナイフ1丁を没収する。
理由
(犯罪事実)
第1被告人は,平成17年10月10日午後10時ころ,宮城県白石市a字bc番地所在のAB店事務室内において,C(当時28歳)に対し,殺意をもって,背後からその右脇腹部を果物ナイフ(刃体の長さ約13.2センチメートル)で突き刺し,右腕をCの頸部に巻きつけ絞めあげるなどし,よって,同月11日午前1時40分ころ,同市d字ef番地所在のD病院において,Cを下大静脈損傷等による失血により死亡させた。
第2被告人は,業務その他正当な理由による場合でないのに,同月10日午後10時ころ,上記AB店事務室内において,上記果物ナイフ1丁を携帯した。
(補足説明)
第1争点について
検察官は,被告人がストーカー行為をとる性癖を有し,その発露として本件犯行を起こしたものであり,これを量刑上重くすべき事情であると主張し,弁護人は,被告人はストーカー的性癖を有しておらず,被害者に対しストーカー的行為をしていないとして,これを争う。
第2争点に対する判断
検察官は,被告人の過去の交際女性に対する言動及び本件における動機,経緯を根拠として,被告人にはストーカー行為をする性癖があり,その発露として本件犯行を起こしたとする。
しかしながら,被告人の明らかに異常と認められる言動は約9年前の出来事1回だけであること,本件においても,被害者に対し好意の感情を抱いたが交際を断られたことなどから被害者を憎むようになり,コンビニ店を辞めるころ口論をし,退職後も月に1,2回,コンビニ店を訪れて会話を交わしていた事実は認められるものの,交際を求めておらず,被害者とのメールのやりとりも,大半は宝くじの購入についての連絡であることからすれば,執拗なつきまとい行為などの被害者の安全を害するような攻撃的行為をしたとは認められず,被告人にストーカー行為をする性癖があり,その発露として本件犯行を犯したとは認められない。
第3殺意の時期及び程度について
1 被告人は公判廷において,果物ナイフで被害者を刺そうと決めたのは刺す直前であり,その時被害者が死んでもやむを得ないと思い刺したもので,以前から被害者を殺害しようと思っておらず,当日果物ナイフを持って被害者の勤務するコンビニ店に向かった際も殺そうと思っていなかった旨供述し,弁護人も同様の主張をする。殺意の時期及び程度は重要な量刑事実であるから,公判前整理手続が実施された本件では,争点となるものであり,これについての被告人質問も実施したので,以下検討する。
2 当裁判所は,①果物ナイフで被害者を刺す際,被告人には被害者を殺害する意図があり,また,②殺害の意図は,条件付きながら,犯行当日自宅を出る際にはあった,と判断した。その理由は以下のとおりである。
3 被告人の公判供述及び凶器である果物ナイフの形状,被害者の受傷の状況によれば,被告人は,背を向けて,無防備な状態にある被害者に対し,殺傷能力のある果物ナイフで,いきなりその腹部を狙い,被害者の脇腹に,刃体のほとんどが刺さるほどの力で思い切り突き刺したと認められる。
そして,被告人の公判供述によれば,被害者を突き刺す前には,被害者からコンビニ店の事務室内から出るように言われただけで,被告人と被害者は喧嘩口論などの争闘状態にないこと,被告人は被害者を刺した後,さらに1,2回被害者を刺そうとし,果物ナイフが抜けずに果物ナイフで刺すことができないとなるや攻撃をやめることなく,我を忘れて被害者の首を絞めていること,被害者の周囲に血が広がっていることを認識しながら被害者を救助することなく逃走していることなどの事実が認められ,これら突き刺しの状況,突き刺しの前後の状況からすれば,被告人は,犯行当時,殺害する意図で被害者を突き刺したと認められる。
4 また,上記のとおり被告人には犯行当時被害者を殺害する意図が認められる上,被告人の公判供述によれば,被告人は,当日は被害者の勤務するコンビニ店に客がいない時間帯を見計らって出かけ,自宅を出る際,果物ナイフを持っていき,コンビニ店に到着したが,店内に客がいたので客がいなくなるまで待ち,果物ナイフを改造したサンバイザーカバーに入れて隠し持って店内に入り,通常の会話などをした後,被害者が事務室内に入ると,被告人も事務室に向かい,被害者が背を向けたまま「出ていって」「入ってこないで」などと言うや,被害者に一切声を掛けることなく刺している事実を認めることができるのであり,被害者に対する好意が受け入れられず,被害者の自分への対応に対する不満から憎しみを募らせて,漠然と殺意を抱くようになったという動機や,そのような気持ちで平成17年6月ころに果物ナイフを購入し,同年8月ころに2回にわたり殺したいという気持ちを有しながら果物ナイフを持って被害者と会っている経過を併せ考えると,被告人は,犯行当日,自宅を出る際には,被害者の応対がよければともかく,そうでなければ被害者を殺害する意図があったと認められる。被告人は捜査段階でも同様の殺意を認めている。
なお,被告人は,被害者に対し,いつでも殺すことができるという精神的に優位に立つため,犯行当日も果物ナイフを持っていったものであり,自宅を出る際には殺害しようと思っていなかった,被害者から冷たくされたので被害者が死んでもやむを得ないと,とっさに殺意を抱き突き刺したと供述するが,上記の犯行態様や犯行に至る経過と矛盾し,不自然であり,信用できない。
(法令の適用 省略)
(量刑の理由)
本件は,被告人が,元勤務していたコンビニ店の同僚であった被害者に対し,好意を抱き交際を申し込んだが,断られたことから一方的に憎しみを抱き,被害者の勤務先であるコンビニ店において果物ナイフで被害者の右脇腹を突き刺した上,首を絞めて被害者を殺害し(判示第1),その際正当な理由がなく果物ナイフを携帯した(判示第2)という殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。
被告人は,元勤務先コンビニ店の同僚であった被害者に対して好意を抱き,交際を申し込んだもののこれを断られ,転職した後も被害者のことが気になって仕事に手がつかないことなどから,一方的に被害者に対する憎しみを募らせて殺意を抱き,犯行に及んだもので,動機は短絡的,自己中心的である。しかも,被告人は,自分の思いを遂げるために被害者の生命を奪ったもので被告人の身勝手さ,その人命軽視の態度は甚だしく,非難の程度は極めて大きい。
被害者は,たまたま同じ職場に勤務しており,被告人から交際を申し込まれたものの,はっきりと断って,その後も同僚として普通に接していた結果,本件被害にあったのであり,落ち度は全くなく,犯行に至る経緯についても被告人に有利に考える事情はない。
被告人は,被害者殺害の気持ちから果物ナイフを購入した上,持っていることを気付かれないようにサンバイザーカバーを改造して,これに凶器を入れ,自らのシャツで隠した上,客のいない時,場所において本件に及んでいるのであるから,犯行は周到に準備されたもので犯情は悪い。
また,被告人は,事務室内において,被害者から出ていくように言われるや,突如被害者の背後から,その腹部を狙いナイフを思い切り突き刺した上,さらに刺すためにナイフを引き抜こうとしたが抜けなかったため被害者の首を絞めたというもので,殺意は強く,態様は執拗であり,悪質である。
被害者は,28歳という若さで突然生命を奪われたもので,結果は,極めて重大である。被害者は,被告人から突如右脇腹を刺された上,首を絞められ,搬送された病院で死亡したもので,それまでの間被害者が被った精神的,肉体的苦痛は大きい。また,被害者は,海外での生活を予定していたもので,その将来を奪われた点においても酷いというべきである。
そのため,被害者の遺族が受けた精神的損害も極めて甚大である。遺族は被害者の将来に期待を寄せていたが,突然被害者を失ったもので,遺族の受けた苦しみ,悲しみは計り知れない。加えて被害弁償はなされておらず,被害者の父親が被告人の極刑を望むなど,被害者の遺族らが峻烈な処罰感情を有することは,当然である。
したがって,被告人の刑事責任は極めて重い。
一方,本件がストーカー行為をする性癖の発露としての犯行でないことに加えて,被告人が客観的な事実については認め,また,被害者の冥福を祈っている旨述べていること,母親が今後の監督を誓約していること,前科がないことなど被告人にとって有利な事情も認められるので,これらの事情を考慮して,主文の刑が相当であると判断した。
(求刑―懲役20年,主文掲記の果物ナイフの没収)
(裁判長裁判官 卯木誠 裁判官 鈴木信行 裁判官 浅海俊介)