仙台地方裁判所 平成17年(ヨ)144号 決定 2005年12月15日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
1 本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者らの負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1 債権者らが,債務者に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は,債権者らに対し,平成17年11月から本案判決の確定に至るまで,それぞれ別紙請求金額一覧表記載の各債権者に対応する「請求金額(平均月額)」欄の「合計」欄記載の各金員を,毎月10日限り仮に支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,債務者がその唯一の事業である工場を閉鎖することに伴い全従業員を解雇したところ,解雇された従業員である債権者らが,解雇の有効性を争い,債権者らが雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める仮処分及び賃金仮払の仮処分を求めた事案である。
2 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,疎明及び審尋の全趣旨により容易に認められる事実である。
(1) 債権者らは,いずれも債務者に期間の定めのない雇用契約により雇用された労働者である。また,債権者らは,いずれも全労連・全国一般宮城一般労働組合三陸ハーネス支部(以下「組合」という。)の組合員である。(争いがない)
債務者は,昭和63年10月1日に協立ハイパーツ株式会社(以下「協立ハイパーツ」という。)の100パーセント子会社として設立された株式会社であり,宮城県本吉郡南三陸町(平成17年9月30日までは志津川町。以下単に「志津川町」又は「旧志津川町」ということがある。)に本社及びワイヤーハーネス製品の加工工場(以下「志津川工場」という。)を有していた。債務者は,志津川工場におけるワイヤーハーネスの加工事業を唯一の事業としていた。(争いがない)
(2) 債務者の就業規則(以下単に「就業規則」という。)には,以下の規定が存する。(<証拠略>)
(解雇)
第44条 会社は,次の各号に掲げる場合に従業員を解雇することがある。
1から3まで 略
4 業務の都合上,やむを得ないとき
5以下 略
(3) 債務者は,平成17年1月10日,債権者らを含む同社従業員に対し,志津川工場を同年9月30日をもって閉鎖するとの方針を発表した。さらに,同月27日,債権者らに対し,就業規則44条4号に基づき同月30日付けで解雇(以下「本件解雇」という。)する旨の意思表示をした。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
第3争点及び当事者の主な主張
1 被保全権利の存否
(1) 本件解雇の権利濫用性
本件解雇は,解雇権の濫用であるため無効か。
(債権者らの主張)
ア 本件解雇は,いわゆる整理解雇に該当するところ,整理解雇が有効とされるには,以下の4要件を充足していなければならない。ところが,本件解雇はいずれの要件も満たしていないから,解雇権の濫用であって,本件解雇は無効である。
<1> 差し迫った経営上の危機の存在
志津川工場の閉鎖は,労働賃金等の安い中国に工場を移転させるために決定されたものであるが,債務者の過去3年間の決算書によれば,同社には緊急に工場を中国に移転しなければならない経営の危機は存在しない。また,債務者の実態は,住友電装株式会社(以下「住友電装」という。)が100パーセント支配する協立ハイパーツの岩手工場の一部門にすぎず,これらが全体として住友電装企業集団を形成しているところ,同企業集団の経営状態は極めて良好であり,経営の危機は全く存在しない。
<2> 解雇回避努力
債務者において経営上の危機が存在するのであれば,協立ハイパーツに対する働きかけ,役員・従業員の報酬や賃金の減額,地元自治体や宮城県との協議,一時帰休等,他の解決策がないか検討して解雇を回避するための努力を行う必要がある。しかしながら,債務者及び住友電装企業集団は,かかる義務を全く果たしていない。また,債務者を直営会社として存続させることが困難であったとしても,協力会社等他の形態による雇用確保の可能性が十分あった。仮にそれが不可能でも,志津川工場の閉鎖時期を数年後にするなどの方法をとることも可能であった。
債務者が,行ったとされる再就職先確保のための活動は,いずれも形式的なものであり,本件仮処分対策のためのアリバイ作りにすぎない。債務者による雇用確保のための企業訪問も実効性のあるものではなく,開始された時期も平成17年7月に入ってからであり,志津川工場閉鎖まで2か月もなかった。
<3> 事前の十分な労使協議
本件においては,平成17年1月の会社閉鎖・全員解雇通告前に,労使協議が全くなされていない。
その後に行われた組合との団体交渉も,形式的かつ一方的なもので,債務者は債権者らに対し本件解雇の必要性やその時期・方法等について納得を得るための説明をせず,債権者らの様々な申入れや提案を真摯に検討しなかった。また,債務者は,協立ハイパーツに対して労働者の要望を働きかけることを一切しなかった。
<4> 人員選定の合理性
住友電装企業集団に属する工場のうち,志津川工場が閉鎖の対象に選ばれたことについて合理性は存在しない。
イ 仮に整理解雇の4要件によらなくとも,債務者は,従業員に対し,信義則上,<1> 会社解散・解雇の必要性等について従業員の理解を得るために最大限誠意を持って十分説明・協議を尽くすべき義務,<2> 従業員の再雇用確保のために最大限真摯に努力すべき義務,<3> 協立ハイパーツに対して上記説明・協議及び再雇用確保について必要な協力を求める義務をそれぞれ負っているが,債務者は,かかる義務をいずれも尽くさなかった。
(債務者の主張)
本件解雇は,整理解雇の4要件に基づいてその有効性を判断すべきものではない。そもそも整理解雇の4要件を法的な要件として要求するとの判例法理は確立されておらず,個々具体的な事案に応じて,当該解雇権の行使が客観的な合理性があり社会通念上も相当と是認される正当なものか否かを検討すべきである。
このような前提に立って検討すると,債務者のコスト構造では,親会社である協立ハイパーツによる貸付けや特殊な委託加工料設定による経営の支援無しには債務者の存続は不可能であった。平成3年以降,協立ハイパーツは,委託加工料の補正を行い,さらには,運転資金の貸付けなどを行って債務者の事業の継続を図ったが,親会社である協立ハイパーツの国内ハーネス事業も赤字続きであった。ついには,協立ハイパーツ全体としても赤字に転落し,事業所の閉鎖や退職者の募集など,生き残りのための構造改革を進めなければならなくなり,債務者を含む直営会社に対して,資金援助等の支援継続を行うことが不可能となった。したがって,本件解雇は,事業の都合によるやむを得ない解雇であり,客観的な合理性があり,社会通念上も相当と是認される正当なものである。
また,本件解雇の手続的相当性についてみると,債務者の経営状態に照らすと志津川工場の閉鎖を回避できる余地はなかったのであるから,工場閉鎖の決定に先立ち閉鎖回避のための措置などについて従業員と協議する余地はなかった。志津川工場閉鎖の決定後は,平成17年1月10日に全従業員に事情説明を行い,その後も組合と6回にわたり団体交渉を行って,工場閉鎖がやむを得ないものであることの具体的な事情を説明してきた。
加えて,債務者は,債権者らを含む従業員がこれまでの生活水準を確保できるよう再就職先確保のため,様々な再就職先を斡旋した。主な内容は,<1>個人面談の実施,<2>再就職先企業の確保のための企業及びハローワーク訪問並びにそれらの情報の掲示,<3>資格取得のための環境整備,<4>再就職活動支援相談窓口の活動実施,<5>推薦状の送付,<6>退職条件及び再就職支援のための特別休暇の付与等である。その結果,債権者らを除いた従業員合計40名のうち,9名は就職が内定した。その他の者のうち3名は資格を取得し,11名は資格取得を希望して講義を受けているなどの状況にある。このように,債務者は,債権者らを含む従業員についての再就職先の確保のための努力を十分に果たしている。
なお,債権者らは,住友電装企業集団という概念を用いてそれらを全体として解雇の相当性を考慮すべきであると主張するが,債務者ないしは協立ハイパーツと別法人である企業グループの従業員の努力で上げられた利益で協立ハイパーツを支援し,同社が債務者の存続のために支援を継続できるようにすることは不合理である。また,法人格濫用の事案であれば格別,100パーセントの子会社であっても親会社が子会社や孫会社の従業員との間に直接の雇用関係を有することにはならないのであるから,債権者らのかかる主張は,法的に有効な議論とはなり得ない。
(2) 取締役会決議の不存在
本件解雇は,取締役会の決議に基づかずになされたものであるため無効か。
(債権者らの主張)
債務者は,本件解雇を取締役会の決議なしに行っており,本件解雇は無効である。
(債務者の主張)
債務者が取締役会を開催せずに本件解雇を決定したことは認めるが,志津川工場を閉鎖し,債務者の事業を終了させることは取締役の間で了解されており,そのような理解・合意を前提として,平成17年1月8日付けで取締役会の決議があったものとして,議事録(<証拠略>)を作成し,各取締役がこれに押印したものである。したがって,本件解雇は有効である。
2 保全の必要性
(債権者らの主張)
本件解雇により,債権者らは他の転職先も容易に見いだせないまま賃金収入を失うことになり,生活が破綻する。したがって,地位保全及び賃金仮払の必要性がある。
(債務者の主張)
本件においては,債権者らは,家族の人数,他の家族の収入等について十分に主張,疎明していないので,債権者らが必要とする生活費の額やその生活費に不足する額が不明である。したがって,債権者らとその家族の生活の困窮を避ける必要性の疎明がないから,保全の必要性は認められない。
第4争点に対する判断
1 前記前提事実,疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 当事者
ア 債務者は,昭和63年10月1日,宮城県の指定誘致工場として,協立ハイパーツの100パーセント子会社として設立された資本金1000万円の株式会社である。債務者の事業は,協立ハイパーツから委託を受けて,自動車部品の一種であるワイヤーハーネスを製造することにあった。協立ハイパーツは債務者のほぼ唯一の取引先であった。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
イ 平成17年8月1日現在の債務者の従業員数は62名であり,そのうち56名は志津川町に居住していた(その後,志津川工場閉鎖時には従業員数は58名前後となっていた。)。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
ウ 債務者の平成17年8月1日現在の役員構成は,以下のとおりである。これらの役員は全て協立ハイパーツから出向してきた者である。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
代表取締役 A
取締役 B
取締役 C
取締役 D
監査役 E
エ 債務者の親会社である協立ハイパーツは,昭和48年4月23日に設立された資本金3億円の株式会社であり,かつてはカルソニックカンセイ株式会社及び日立電線株式会社の子会社であったが,平成14年7月以降今日に至るまで住友電装の100パーセント子会社である。協立ハイパーツの主な事業は自動車用部品の製造及び販売であり,債務者をはじめとする子会社,協力会社(互いに資本関係は基本的に有しないが委託元から製品の加工委託を受けている会社をいう。以下同じ。)に製造委託したワイヤーハーネス等の製品を主に住友電装に販売している。同社に販売された製品は,最終的に日産自動車株式会社(以下「日産自動車」という。)の製造する自動車の部品として使用されている。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
オ 協立ハイパーツは,平成6年7月の時点で,直営の子会社として,債務者のほかに,秋田キョーリツ株式会社,胆沢ハーネス株式会社,栗駒ハーネス株式会社,室根ハーネス株式会社,川西ハーネス株式会社,行橋ハーネス株式会社及びサンコーハーネス株式会社を有していた。(<証拠略>)
カ 協立ハイパーツの親会社である住友電装の近年の業績(連結ベース)は以下のとおりである(単位は百万円)。
<省略>
(2) 債務者におけるワイヤーハーネス製造のあらまし
ア ワイヤーハーネスとは,自動車部品の一種であり,自動車内の電気・信号を自動車細部まで伝えられるように電線を自動車の形・電気装置の配置にあわせて組み立てたものである。その作業工程は,自動車メーカーから指示された設計図に基づき,製造用の図面を作成し,それに従って,迅速かつ正確に電線や構成部品を取り付けて組み立てていくという手作業が中心となる。また,ワイヤーハーネスは,取り付けられる自動車の車種やグレード等により仕様が大きく異なるため,多品種・小ロット生産となることや作業内容が非常に細かく複雑であることなどから,ロボット化・自動化が困難である。そのため,製造コストにおける人件費比率が極めて高くなるという特徴を有する(例えば,債務者の第17期決算報告書(平成17年3月31日決算)によれば,当期総製造費用3億8380万9854円のうち,労務費は1億7931万8209円,外注加工費は1億7352万1812円であり,総製造費用に占める割合はそれぞれ約47パーセント,約45パーセントであった。)。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
イ 近年,ワイヤーハーネス製造業界においては,海外との価格競争が激化している。海外製品は製造原価に占める人件費が圧倒的に安く,国内製品に比して価格競争力を有している(例えば,平成17年4月から同年6月までの協立ハイパーツにおける加工コストは,人件費が2071円/マンアワー(以下「MH」という。)であったのに対し,同社のフィリピンにおける子会社であるピリピナス・キョーリツ・インク(以下「PKI」という。)の同期間の加工コストは,人件費が286円/MHであった。)。そのうえ,その技術力も国内に比して勝るとも劣らない状況となっている。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
ウ 協立ハイパーツが債務者を設立したのは,ワイヤーハーネス加工工場での合理化ラインの立ち上げのためであった。債務者の設立が計画された時期は,いわゆるバブル経済の最中で,最終納品先である日産自動車の生産計画が年度当初計画から大幅に上方修正され,同社と取引関係のあった部品メーカーも増産基調にあり,協立ハイパーツとしても生産能力拡大のためハーネス造りの改革を目指した新生産方式の製造技術蓄積の必要に迫られていた。一方,労務費がコストの大部分を占めるハーネス生産を協立ハイパーツ自体が行うとコストが高すぎて採算がとれないおそれがあった。そこで,協立ハイパーツは直営会社を設立して必要な労働力を確保しながらハーネスの生産を増強することとして,昭和63年10月1日に債務者を設立した。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
エ 債務者の収益は,そのほとんど全てが協立ハイパーツとの取引によるものであった。債務者は協立ハイパーツと製造委託加工基本契約を締結し,同社からワイヤーハーネスの製造並びにこれに伴う加工,荷造り,保管,納入の業務委託を受けていた。債務者は,協立ハイパーツから委託加工に必要な原材料・部品・半製品等の支給を原則として無償で受けて,ワイヤーハーネスの製造等を行い,製品等について協立ハイパーツの指定した場所に納入し,委託加工料としての代金を受け取ることにより,その主な収益を得ていた。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
オ 債務者は,協立ハイパーツとの間の製造委託加工基本契約に基づき,受注ごとに個別契約を締結していた。債務者の主な収益源である委託加工料については個別契約ごとに決定され,協立ハイパーツが作成した注文書に記載された取引条件について,債務者が承諾することにより決定されていた。代金の基礎となる製品の単価については,標準時間(各製品の標準的な工程に必要とされる時間)×賃率(円/分)により決定されていた。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
(3) 協立ハイパーツの経営状態の悪化
ア いわゆるバブル経済の崩壊後,日産自動車の自動車生産量が低下した。その影響を受けて,協立ハイパーツの売上高も減少し,それに伴い協立ハイパーツから債務者に対する仕事の発注量も低下した。そこで,協立ハイパーツは,一時的に賃率に対して一定の割合の計数を乗ずることにより実質的に委託加工料を増加させる「補正」によって,債務者を含む直営会社の救済に応ずることとした。(<証拠略>)
イ しかしながら,協立ハイパーツの経営状態も思わしくなく,平成8年7月には直営会社である行橋ハーネス株式会社を,同年8月には秋田キョーリツ株式会社を,平成10年12月には名古屋物流センターをそれぞれ閉鎖した。(<証拠略>)
ウ 平成11年10月18日,日産自動車のカルロス・ゴーン社長は,日産自動車の再建を目指した経営計画である「日産リバイバル・プラン」を発表した。この計画には,部品購買コストを3年間で平均20パーセント削減すること,取引を行っている1145社に及ぶ部品・資材サプライヤーを平成14年度までに600社以下とすることなどの内容が含まれていた。この計画実施により,日産自動車に対する部品供給を行っていた各社は,更なる競争にさらされることになった。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
エ そこで,協立ハイパーツは,コスト削減を図るため,以下のような諸策を実行に移すに至った。(<証拠略>)
平成12年8月 協立ハイパーツ岩手工場の機能統合
同年9月 胆沢ハーネス株式会社の閉鎖
同年10月 宇治物流センターの閉鎖
同年12月 大分県中津工場の操業停止
平成14年2月 新潟県十日町工場の操業停止
同年3月 サンコーハーネス株式会社の閉鎖
同年6月 協立ハイパーツでの早期退職優遇制度の実施
栗駒ハーネス株式会社閉鎖
オ これらの諸策実行にもかかわらず協立ハイパーツ単独での生き残りが困難であったため,協立ハイパーツの親会社であったカルソニックカンセイ株式会社と日立電線株式会社は,平成14年7月,その保有する協立ハイパーツの株式を全て住友電装に譲渡し,協立ハイパーツは住友電装グループの傘下に入ることとなった。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
カ その後も協立ハイパーツは,以下のような諸策を実行して,コスト削減の努力を払った。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
平成16年12月 本社機能の大宮から一関への移転再度の早期退職優遇制度の実施
平成17年3月 大宮の本社の閉鎖
協力会社である有限会社栗駒デンソーとの取引停止
室根ハーネス株式会社の閉鎖
川西ハーネス株式会社の株式の住友電装メディアテックへの譲渡
同年4月 本社の一関への移転
キ こうした一連の諸改革の実行により,協立ハイパーツでは,最盛期である平成4年3月期には1576人であった従業員数が,平成17年3月期には555人(出向者を除く。)に減少した。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
ク しかしながら,平成12年3月期以降,協立ハイパーツの売上,収益は,以下のとおり悪化していった(単位は百万円)。(<証拠略>)
<省略>
ケ また,上記の経営努力にもかかわらず,協立ハイパーツでは製造コストを大幅に削減することはできなかった。平成17年4月から同年6月までの実績を見ると,住友電装の関係会社のうちでは,協立ハイパーツの総製造コストは4172円/MHであり,最も低コストであった九州住電装株式会社の2649円/MHの約1.6倍という結果であった。住友電装の海外委託加工会社と比較しても,例えばPKIは1390円/MHであり,協立ハイパーツの製造コストはPKIの約3倍となっていた。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
(4) 債務者の経営状態の悪化
ア バブル経済崩壊後,債務者では受注量が減少し,経営状態が悪化した。そこで,債務者は,協立ハイパーツから資金を借り入れ,あるいは売上高の8割を限度に前渡金として貸付けを受ける(債務者ではこの前渡金の貸付けを「前借り」と呼んでいた。)などして苦しい経営状態をしのいでいた。また,前述のとおり,協立ハイパーツからの受注に当たっては賃率の補正を受けることによって,収入を確保していた。(審尋の全趣旨)
イ しかしながら,平成12年11月には借入残高が約8294万円となるなどしたため,前借りによる下支えも限界に達した。そこで,債務者は協立ハイパーツに対して賃率等の改定を申し入れた。これに対し,協立ハイパーツでは,他の直営会社とあわせて補正率を改定することとし,債務者についてはそれまで18パーセントであった補正率を平成12年下期(同年12月1日から平成13年5月末日まで)については40パーセントに増加させた(これにより,債務者の納品する部品については適用賃率が29.68パーセントとなった。)。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
ウ これにより,債務者は平成12年度決算(平成12年6月1日から平成13年5月31日まで)において,1132万0495円の当期利益を確保することができた。(<証拠略>)
エ ところが,協立ハイパーツの経営状態が悪化していたことから,同社の申入れにより,40パーセントの補正率は維持しながらも債務者の賃率は平成15年10月1日から21.20円/分から20.14円/分に引き下げられた。さらに,平成16年にも,40パーセントの補正に対し,7.5パーセントの原価低減を行い,実質的な補正の幅の圧縮を図った。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
オ 債務者においても,コスト削減,短納期要請に対応すべく,作業者の多能工化を進め,どのコンベアラインに配置しても対応できるよう作業者の訓練・育成を図った。また,高い技能を持つ作業者によって構成されるモデルコンベアラインを構築することでライン全体の活性化を図り,全体能率・品質の向上を図ってきた。さらに,協立ハイパーツから受注した製品の生産は,生産コストの安い協力会社にその7割を外注するなどして,コスト削減と収益の確保を図ろうした。(<証拠略>)
カ 債務者のこの数年の経営状態は以下のとおりである(単位は千円)。(<証拠略>)
<省略>
(5) 志津川工場閉鎖の決定
ア このように,協立ハイパーツは補正等によって債務者の経営を援助し,債務者においても協立ハイパーツの期待に応えるべく自助努力を重ねていたものの,協立ハイパーツの経営状態は改善しなかったことから,協立ハイパーツは,コスト削減を軸とした経営再建策を検討した。その結果,低コストで収益性の高いPKI等の海外取引先への発注を行い,国内生産を縮小することで製造コストの低減を図るほかないとの結論に達した。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
イ そこで,協立ハイパーツと債務者は,平成17年9月末をもって志津川工場を閉鎖して債務者を解散させるとの方針を,遅くとも平成16年11月までには固め,その準備に着手した。(<証拠略>)
ウ 協立ハイパーツは,平成17年1月8日付けで,債務者に対し,同年9月分の委託加工品の納入完了日をもって委託加工契約を解除するとの通知をした。(<証拠略>)
(6) 労働者との交渉過程
ア 債務者のA社長は,平成17年1月8日,係長・工長・リーダー会議を開催し,債務者の役職に就いている従業員に対し,志津川工場を閉鎖することになったことを説明した。あわせて協立ハイパーツのF取締役も協立ハイパーツの構造改革の内容や採算状況を報告した。(<証拠略>)
イ なお,債務者が平成17年1月8日開催の取締役会で志津川工場の閉鎖及び全従業員の解雇を決議した旨の取締役会議事録(<証拠略>)が存するが,同日に債務者取締役会が開催されたことはなかった。(争いがない)
ウ 次いで平成17年1月10日,A社長は,全体朝礼の場において,全従業員に対し,志津川工場を閉鎖することになった事情の説明を行った。あわせて協立ハイパーツのF取締役も同月8日と同様の報告をした。(<証拠略>)
エ 平成17年3月23日には,協立ハイパーツのG社長が債務者を訪問し,従業員に対し,協立ハイパーツにおける苦しい経営状態や,コストダウンの必要から直営会社の閉鎖を含む構造改革を行わざるを得なかったことなどを説明した。(審尋の全趣旨)
オ 債権者らを含む債務者従業員らは,全労連・全国一般宮城一般労働組合に加入し,平成17年4月4日,同三陸ハーネス支部(以下「組合」という。)を結成した。あわせて,翌5日,債務者に対し結成通知書を交付した。(<証拠略>)
カ 組合は,平成17年4月5日,債務者に対し,志津川工場の閉鎖方針を撤回するよう申し入れた。これに対し,債務者は,同月15日付けの回答書で,志津川工場閉鎖の方針を撤回することはできない旨返答した。(<証拠略>)
キ 第1回団体交渉(<証拠略>,審尋の全趣旨)
平成17年4月25日午後6時30分から午後8時までの間,志津川ベイサイドアリーナの小会議室において,組合と債務者との第1回団体交渉が開催された。債務者からは,A社長,H社長補佐,B取締役,D取締役及びC取締役が,組合からは,S副委員長,T書記長,Uアドバイザー,債権者X3支部長,同X1副支部長,同X4書記長,同X13支部委員及び同X12支部委員が出席した。
この団体交渉では,まず債務者側が自社の3期分の決算報告書と損益推移を出すに当たって組合側から誓約書の提出を求めたため,これを拒む組合側との間で押し問答となった。
その後,債務者側は,債務者が協立ハイパーツの委託加工料の支払によって収入を得ていること,債務者は協立ハイパーツ委託加工料の金額補正を行うよう要請し,協立ハイパーツがこれに応じてきたため利益を出すことができたこと,平成12年12月より加工料の補正率を40パーセントに増加してもらったこと,しかし協立ハイパーツの経営状況の悪化に伴い,補正のレベルを維持できなくなり,補正率40パーセント維(ママ)持しながらも原価低減を行い,実質的な補正幅を圧縮してきたこと,これらの補正を除いて計算すれば債務者の決算は赤字となることなどを資料(<証拠略>)を示して説明した。
これに対し,組合側は,志津川工場の閉鎖は撤回できないのか,債務者の協力会社と同様の条件で受注することにより生き残ることはできないのかなどと債務者側に質問したが,債務者側からはいずれも否定的な回答がなされた。
最後に,債務者側は,再就職斡旋のための個別面談の実施をしたい旨申し出たが,組合側から,面談実施は待ってもらいたいとの要求が出されたため,面談の実施については双方が合意するに至らなかった。
第1回団体交渉の状況については,平成17年4月26日の朝礼で,債務者から従業員に報告された。
ク 第2回団体交渉(<証拠略>,審尋の全趣旨)
平成17年5月18日,組合と債務者との第2回団体交渉が開催された。
この団体交渉では,まず,債務者側から,従業員との2回目の面談をしたい旨の希望が伝えられ,組合側からは,第1回団体交渉において,債務者側が約束した文書による退職条件の提示が平成17年5月11日までずれ込んだことに対する苦情が述べられた。
その後,組合側から,債務者側に対し,協立ハイパーツに志津川工場閉鎖の方針について再考を求めたのかどうかを尋ねたところ,債務者側は,閉鎖を決定したのは債務者自身であるとして,志津川工場を閉鎖しなければならない理由について改めて説明した。具体的には,各自動車関連の部品メーカーは,生き残りをかけてコストダウンを目指し,海外生産比率の向上を図り,東南アジアや中国への進出を続けていること,債務者の業績は,平成16年度上期の中間決算について,全体の売上高は前中間同月期に比べ横ばい,経常利益は黒字であったが,海外生産と同等の価格設定となれば大幅な赤字転落となること,協立ハイパーツも例外ではなく,同社から加工委託を受けている債務者としても,合理化努力を重ねてきたが,海外生産コストにうち勝つ原価低減には対応しきれないと判断せざるを得ないこと,赤字を重ねて退職金すら支払えない最悪の事態になる前に操業を停止し,閉鎖することを決断したことなどが債務者側から説明された。
これに対し,組合側は,債務者が存続できるように補正率をさらに上げるよう協立ハイパーツに要求すべきではないかという意見を述べたが,債務者側からは,これまでにもそのような努力を重ねてきたが,海外と競争するコスト力を作り出していかなければ自動車メーカーから受注することが困難であるなどという説明がなされた。また,組合側からは,協力会社と同等の賃金で従業員の雇用を確保することはできないのかとの質問がされたが,債務者側からは,全員パートにした場合の労務費を前提に試算しても赤字が出てしまい,希望退職を募るなど段階的な人員縮小を図ったのではかえって赤字が大きくなってしまうといった説明がされ,議論は平行線をたどった。
そこで組合側は,直接協立ハイパーツと話し合える場を設けてほしい旨の希望を述べたが,債務者側は,組合側の意見は協立ハイパーツに伝えると答えるにとどまった。
第2回団体交渉の状況については,平成17年5月26日の朝礼で,債務者から従業員に報告された。
ケ 第3回団体交渉(<証拠略>,審尋の全趣旨)
平成17年5月30日午後6時30分から午後8時30分までの間,志津川中央公民館第2研修室において,組合と債務者との第3回団体交渉が開催された。債務者からは,A社長,H社長補佐,B取締役,D取締役及びC取締役が,組合からは,T書記長,債権者X3支部長,同X1副支部長,同X4書記長,同X6支部委員,同X13支部委員及び同X12支部委員が出席した。
この団体交渉では,債務者側から,組合側に対し,退職金等の支払のために志津川工場閉鎖までの補正率を75パーセントとして,協立ハイパーツから必要な資金が得られることとなったこと,志津川工場閉鎖の発表以降も債務者の経営状況は悪化していることなどの説明がされた。これに対し組合側は,債務者単独での努力は限られているので,協立ハイパーツや住友電装の協力を仰ぐべく努力をすべきだとの意見を述べたが,債務者側からは,これまでも補正率を上げるよう協立ハイパーツとは交渉してきたし,組合の意見は協立ハイパーツに伝えているなどと答えるにとどまった。そこで,組合側は,直接協立ハイパーツと話合いをさせてほしいと要望し,債務者側は協立ハイパーツに要望は伝える旨回答した。
第3回団体交渉の状況については,平成17年6月1日の朝礼で,債務者から従業員に報告された。
コ 第4回団体交渉(<証拠略>,審尋の全趣旨)
平成17年6月16日午後6時30分から午後8時40分までの間,志津川町ベイサイドアリーナ小会議室において,組合と債務者との第4回団体交渉が開催された。債務者からは,A社長,H社長補佐,B取締役,D取締役及びC取締役が,協立ハイパーツからはF取締役が,組合からは,V委員長,S副委員長,T書記長,債権者X3支部長,同X1副支部長,同X4書記長,同X6支部委員及び同X12支部委員が出席した。
この団体交渉では,第3回団体交渉における組合側の要望を受けて協立ハイパーツのF取締役が出席したことから,組合側から,昭和63年からの経常利益を累積で見ると協立ハイパーツは約70億円の累積黒字があるのではないか,下請代金支払遅延等防止法を活用するなどして客先と交渉し価格を下げない努力をすべきではないか,志津川工場の閉鎖を決定したのは実質的には協立ハイパーツではないかといった意見や疑問が呈された。これに対し,債務者側からは,存続できるとの試算ができず,存続を前提としての提案を協立ハイパーツにできる状態になかったこと,協立ハイパーツとして他のメーカーとの競争にうち勝っていくためには,海外生産を拡大して生産コストを下げていかなければならないこと,そのような状況のもと現状の委託加工料では債務者に継続して発注することはできず,債務者の閉鎖はやむを得ないことなどが説明された。併せて債務者側は,協立ハイパーツにおける合理化努力について説明し,現状で月次1億円以上の赤字が出ている状況であること,更にコストを下げなければ生き残れないことなどを説明した。組合側は,何とか債務者を存続させる途はないのか重ねて債務者側に尋ねたが,債務者側からは否定的な見解が述べられ,議論は進展を見せなかった。そこで,組合側は協立ハイパーツについても財務諸表を提出してほしい旨要望を述べた。
第4回団体交渉の状況については,平成17年6月24日の朝礼で,債務者から従業員に報告された。
サ 第5回団体交渉(<証拠略>,審尋の全趣旨)
平成17年7月20日午後6時30分から午後8時までの間,志津川町ベイサイドアリーナ小会議室において,組合と債務者との第5回団体交渉が開催された。債務者からは,A社長,H社長補佐,B取締役,D取締役及びC取締役が,組合からは,V委員長,Uアドバイザー,債権者X3支部長,同X1副支部長,同X4書記長,同X6支部委員,同X13支部委員及び同X12支部委員が出席した。
この団体交渉では,まず債務者側が個人面談の結果に基づき退職条件の変更を行ったことや再就職活動支援の状況につき説明しようとしたが,組合側は,志津川工場閉鎖を前提とした説明は受けられないとしてこれを拒否した。
続いて債務者側は,協立ハイパーツの経営状況について,官報等で公表された経営数値をまとめた書面(<証拠略>)を組合に交付したうえ,その余の詳細は口頭で説明した。これに対し組合側は,製造原価の明細書が書面で提出されないことに反発し,これを提出するよう求めた。これに対し債務者側は,協立ハイパーツと相談する必要がある旨返答した。協立ハイパーツの経営状況に関する説明に対して組合側からは,協立ハイパーツが平成16年度に大幅な赤字を出したのは株式の売却損を計上したからにすぎないのではないか,住友電装は大幅な黒字を出しており協立ハイパーツや債務者はその犠牲になっているのではないかといった疑問が呈された。これに対し債務者側は,住友電装の他の関連会社の時間当たりコストは債務者や協立ハイパーツの半分程度であること,その原因は債務者や協立ハイパーツの生産性が極めて悪いことなどにあることなどを説明した。
第5回団体交渉の状況については,平成17年8月1日の朝礼で,債務者から従業員に報告された。
シ 第6回団体交渉(<証拠略>,審尋の全趣旨)
平成17年8月3日午後6時30分から午後8時30分までの間,志津川町ベイサイドアリーナ小会議室において,組合と債務者との第6回団体交渉が開催された。債務者からは,A社長,H社長補佐,B取締役,D取締役及びC取締役が,協立ハイパーツからはF取締役が,組合からは,V委員長,T書記長,債権者X3支部長,同X1副支部長,同X4書記長,同X6支部委員,同X13支部委員及び同X12支部委員が出席した。
この団体交渉では,協立ハイパーツのF取締役が,過去3期分の製造経費対比表と販売費及び一般管理費明細(<証拠略>)を提出し,資料(<証拠略>)とともに協立ハイパーツの経営状況について説明を行い,協立ハイパーツの現状では債務者を救済することが困難であるとして組合側に理解を求めた。これに対し,組合側は,協立ハイパーツがそれ自体の人件費等を削減しながら外注加工費等が増加していることについて不合理ではないかとの疑問を呈した。これに対し,F取締役は,外注加工費の金額で見ると国内が約6割で,海外が約4割となり,国内部分の負担を更に切り下げていくのでなければ利益が出せないこと,したがって債務者の補正などを含む外注加工費の見直しが不可欠であること,株式売却損について,株式売却は資金繰りのために行ったことであること,特別損失はその年度限りの損失であって原価低減活動等により営業損益,経常損益を黒字化しない限り企業の存続は不可能であることなどを説明した。これらの説明に対し,組合側は,協立ハイパーツの経営が苦しいのであればそれを裏付ける数字を示してほしい旨主張し,納得しなかった。
また,組合側からは協立ハイパーツの固定負債が平成16年度に大幅に減少していることに関連して,このうち長期借入金がどのくらいあるのかを尋ねた。これに対しF取締役は,資料を持参していないとして回答せず,債務者側が後日回答することとされた(後日,H社長補佐は,V委員長に電話で「固定負債のうち長期借入金はゼロである。」旨回答した。)。
次に,債務者側は,再就職支援活動の概要について,近隣企業を中心に雇用の依頼をしている旨説明した。これに対し組合側からは,年齢や給料等の条件面で従業員の希望にかなう就職先は限られているのではないか,例えば3年間は現状の賃金に不足する分を協立ハイパーツが補填するということはできないのかなどという疑問が呈されたが,債務者側からは,条件面も含めてできる限り従業員の希望にかなう就職先の確保を目指していること,協立ハイパーツが賃金の不足分を補填することはできないことなどが説明されるにとどまった。
その後,志津川工場の閉鎖はやむを得ないのかをめぐって組合側と債務者側との間で意見交換がされたが,意見の一致を見ることなく団体交渉は終了した。
第6回団体交渉の状況については,平成17年8月8日の夕礼で,債務者から従業員に報告された。
(7) 債務者が従業員のために講じた措置
本件解雇に当たり,債務者は,職を失う従業員のために,以下のような措置をとった。
ア 退職金の特別加算
債務者は,平成17年6月1日付け「従業員の皆様へ」と題する書面において,本件解雇により解雇される従業員に対しては,従業員退職金支給規程に基づいて算定される退職金に加え,同年10月12日までに以下の区分により特別加算分を支給すること,また冬期賞与分も併せて支給することなどの方針を示した。(<証拠略>)
<1> 特別加算〔Ⅰ〕
・平成17年1月17日から同年9月29日までの退職者理論月収に1.0か月を乗じた額を加算
・同年9月30日の退職者 理論月収に4.0か月を乗じた額を加算
<2> 特別加算〔Ⅱ〕
・平成17年9月30日の退職者に対して,年次有給休暇の未消化相当分について加算を行う(同月29日以前に退職する者は支給対象外とする。)。
その後,第2回個人面談等の場において,従業員から,平成17年9月30日より早く退職した者についても特別加算の算定において配慮してほしいとの要望が出されたため,債務者は,同年7月4日付け「閉鎖による退職条件の見直しについて」と題する書面において,特別加算分の支給については,以下のとおり見直すとの方針を示した。(<証拠略>)
<1> 特別加算〔Ⅰ〕
・平成17年1月17日から同年6月30日までの退職者理論月収に1.0か月を乗した額を加算
・同年7月1日から同月31日までの退職者 理論月収に2.0か月を乗じた額を加算
・同年8月1日から同年9月30日までの退職者 理論月収に4.0か月を乗じた額を加算
<2> 特別加算〔Ⅱ〕
・平成17年8月1日から同年9月30日までの退職者に対して,年次有給休暇の未消化相当分について加算する(同年7月31日以前に退職する者は支給対象外とする。)。
イ 個人面談の実施
債務者は,平成17年1月31日から同年2月2日にかけて,従業員との第1回個人面談を実施し,志津川工場を閉鎖し従業員を解雇する方針であることを告げ,工場閉鎖を決定した経緯について説明をした。あわせて再就職斡旋希望の有無,希望する仕事等の事情について聴取した。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
債務者は,第2回面談を平成17年3月17日から同月19日にかけて実施する予定であったが延び延びになっていたところ,組合は,同年5月20日付け文書で,債務者に対し,個別面談の方法につき,志津川工場の9月末閉鎖は現在組合中(ママ)と協議中であり合意に至っていないこと,したがって面談は9月末で閉鎖せざるを得なくなった場合の退職条件や再就職斡旋について提示することなどを面談の際に説明することなどを要求した。そこで債務者は,同年5月24日付け文書で,組合に対し,組合の提示した上記要求を受け入れる旨を通知し,同年6月6日から同月8日にかけて,第2回個人面談を実施した。この第2回面談では,債務者は,退職条件等について説明を行い,あわせて従業員から再就職斡旋の希望の有無,具体的な再就職支援活動等に関する意見・要望等を聴取した。(<証拠略>)
さらに,平成17年8月18日から同月23日にかけて,第3回個人面談を実施し,再就職先の希望や相談事項等を聴取した。(<証拠略>)
ウ 企業等の訪問
債務者は,従業員の再就職先確保のため,平成17年7月15日から,様々な企業や公共職業安定所を訪問し,雇用の確保を依頼した。とりわけ,a電子工業株式会社の工場には従業員数十名を対象にした見学会を2度開催した。加えて,債務者は,b医療食品株式会社など9社に対し推薦状を送付し,従業員の再就職を支援した。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
エ 情報提供
債務者は,気仙沼ハローワークに協力を求め,求人情報や資格取得及び失業保険等についての説明会を2回にわたって設け,求人情報の獲得・提供に努めた。
また,求人希望の会社の求職票を債務者食堂の掲示板に張り出し,従業員に求人情報を提供した。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
オ 再就職支援相談
債務者は,従業員の再就職の相談に応じることとし,志津川工場の閉鎖後も,平成17年10月3日,同月5日,同月7日と再就職支援相談会を開催し,従業員の社会保険関係の相談や,従業員が新たな求人情報を得るための相談に応じた。その後も債務者は,再就職支援相談会を週1回開催した。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
カ 再就職支援のための特別休暇
さらに,従業員が再就職活動に充てる時間を確保できるよう,平成17年7月16日から同年9月30日までの間,従業員が再就職活動のために特別休暇を申請し,社長が許可した場合,年次有給休暇とは別に5日の特別休暇を取得できることとした。(<証拠略>)
(8) 本件解雇と債務者の解散
ア 債務者は,平成17年9月27日,各債権者に対し,同月30日午後5時までに会社都合による退職に応じない場合には,就業規則44条4号に基づき解雇することとなる旨の解雇通知書を交付しようとした。同通知書には,就業規則に基づく解雇の場合には,退職金支給規程に基づく退職金以外の優遇措置は適用されない旨記載されていた。これに対し債権者らは,同通知書の受け取りを拒否し,あるいはいったん受け取った同通知書を債務者に返却したため,債務者は,書留郵便によって解雇通知書を債権者らに郵送し,債権者らは同月30日をもって解雇された。(<証拠略>)
イ 債務者は,平成17年11月4日開催の株主総会決議により解散し,現在清算手続中である。(<証拠略>,審尋の全趣旨)
ウ 平成17年11月24日現在,債務者の元従業員約40名(債権者らを除く。)のうち,再就職先から雇用の内定を得た者は9名である。(審尋の全趣旨)
2 争点1(1)(本件解雇の権利濫用性)について
(1) 事業廃止に伴う解雇の有効性の判断基準
ア 本件は,志津川工場の閉鎖に伴い就業規則44条4号にいう「業務の都合上,やむを得ないとき」に該当するものとして行われた従業員の解雇が,解雇権の濫用に当たるか否かが争われている事案である。債権者らは,本件においてもいわゆる整理解雇の4要件が妥当するとして,その要件が充足されない限り,本件解雇は無効であると主張している。これに対し,債務者は,本件解雇は,整理解雇の4要件に基づいてその有効性を判断すべきものではないと反論する。そこで,まずこの点について判断することとする。
イ まず,およそ使用者がその事業を廃止するか否かは,営業活動の自由(憲法22条1項)として,使用者がこれを自由に決定できる権利を有するものというべきである。しかしながら,事業の廃止によって労働者を解雇する場合に当該解雇が有効であるか否かという点はこれとは別問題であると考えられる。すなわち,事業の廃止が自由であるからといって労働者の解雇もまた自由であるということはできず,「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合」には権利を濫用したものとして無効であると判断すべきである(労働基準法18条の2)。
これに対し,事業を廃止する以上は労働者との雇用契約を存続させることは無意味であるから解雇権濫用の成否を論じることなく当然に解雇も有効であり,労働者が得られるはずだった賃金等については損害賠償の問題として考えれば足りるとの考え方もあり得よう。しかしながら,使用者の事業廃止の自由も労働者の生活の糧を奪うものである以上は,恣意的に行うことが許されないことはいうまでもない。また,労働者たる地位を有しているか否かによって,種々の局面において,解雇された者の保護の程度も変わりうるものであるから(例えば,倒産法制上労働者の賃金請求権は財団債権(破産法149条),優先的破産債権(同法98条1項,民法306条2号),一般優先債権(民事再生法122条1項,民法306条2号)のように他の債権よりも優先的地位が与えられている。),事業の廃止は有効としつつ,解雇は無効であるとして労働者の賃金請求権を認めることは無意味であるとはいえない。むしろ,事業廃止による解雇の場合には解雇権濫用を論じる余地がないという考え方は,使用者の解雇権もこれを濫用した場合には無効であるとの明文規定(労働基準法18条の2)に反するものであって,当裁判所の採用するところではない。
ウ そこで,次に,本件のように使用者が全ての事業を廃止することにより全従業員を解雇する場合に用いるべき判断基準について検討する。この点,一般に整理解雇が解雇権の濫用に該当するか否かについては,以下の4つの事項に着目した判断をするのが裁判例において定着している。これが「整理解雇の4要件」などと呼ばれる考え方である。
この考え方では,第1に,人員削減の必要性が肯定されなければならないとされる。この「必要性」の具体的内容については,企業が倒産ないしは高度の経営危機下にあることが必要であるとする考え方や,人員削減措置の実施が不況や経営不振等により企業の合理的運営上やむを得ないことが必要であるとする考え方,あるいは余剰人員が生じていれば足りるとする考え方等があるが,いずれにせよこうした人員削減の必要性が認められない限りは解雇は無効であるとされる。
第2に,人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性が肯定されなければならないとされる。すなわち,人員削減を実施する際には,使用者は,配転,出向,一時帰休,希望退職の募集等の他の手段によって解雇回避の努力をすべきであって,この努力をせずに整理解雇の手段にでた場合には,解雇権の行使は濫用であるとされる。
第3に,被解雇者選定の妥当性が肯定されなければならないとされる。すなわち,労働者の整理解雇がやむを得ない場合であっても,使用者は被解雇者の選定については,客観的で合理的な基準を設定し,これを公正に適用して行うことを要するのであって,このような基準なしになされた解雇は無効であるとされる。
第4に,手続の妥当性が肯定されなければならいとされる。すなわち,使用者は,労働組合又は労働者に対して,整理解雇の必要性とその時期・規模・方法につき納得を得るための説明を行い,それらの者と誠意をもって協議すべき信義則上の義務を負うものとされ,かかる義務を果たさないでなされた解雇は無効であるとされる。
整理解雇が解雇権の濫用に該当するか否かについては,上記の4事項を「要件」と解し,そのうち1つでも要件を満たさなければ解雇は無効と考えるか,あるいは「要素」と解し,必ずしもそこまでは要しないと考えるか等の論点があり得るが,整理解雇が,何ら落ち度のない労働者を解雇し生活の糧を奪う重大な効果をもたらすことからすれば,整理解雇の事案については基本的には上記の4事項をもとに考えることが相当であると考えられる。
しかしながら,本件のように使用者が全ての事業を廃止して企業としての活動を終了するのに伴って全従業員の解雇がなされた場合には,上記の4事項をもとに解雇の有効性を判断することは適当ではないと考えられる。その理由は以下のとおりである。
まず,上記4事項のうち,第1の「人員削減の必要性」については,ここで問題となるのは全ての事業を廃止する必要性であるから,人員削減の必要性というより,直截に「事業を廃止することの必要性」を問題とすべきである。そして,これが肯定される限りは,第2の「整理解雇を選択することの必要性」については,およそ議論の余地なく肯定されるものであるから,第1の事項と独立してこれを論じることは無意味である。さらに,第3の「被解雇者選定の妥当性」についても,全ての事業を廃止することの必要性が肯定される限りは,当然に全従業員を解雇することになるから,第1の事項と独立してこれを論じることは無意味である。
一方,第4の「手続の妥当性」については,事業廃止による全従業員の解雇の場合にも基本的に妥当するものと考えられる。なぜなら,事業の廃止は専ら使用者の判断によって決められることであって労働者がこれに関与する余地はほとんどないのが一般であり,突然の解雇により職を失う労働者の生活への影響は甚大であるから,これを少しでも緩和し,その納得と理解を得るべくできる限りの努力をすべき信義則上の義務を使用者は負っているものと考えられるからである。
そうであるとすれば,事業廃止により全従業員を解雇する場合には,上記の4事項を基礎として解雇の有効性を判断するのではなく,<1> 使用者がその事業を廃止することが合理的でやむを得ない措置とはいえず,又は<2> 労働組合又は労働者に対して解雇の必要性・合理性について納得を得るための説明等を行う努力を果たしたか,解雇に当たって労働者に再就職等の準備を行うだけの時間的余裕を与えたか,予想される労働者の収入減に対し経済的な手当を行うなどその生活維持に対して配慮する措置をとったか,他社への就職を希望する労働者に対しその就職活動を援助する措置をとったか,等の諸点に照らして解雇の手続が妥当であったといえない場合には,当該解雇は解雇権の濫用として無効であると解するべきである。そして,全ての事業を廃止することにより全従業員を解雇する場合の解雇の有効性の判断に当たっては,上記<1>及び<2>の双方を総合的に考慮すべきであり,例えば,使用者が倒産しあるいは倒産の危機に瀕しているなど事業廃止の必要性が極めて高い場合には解雇手続の妥当性についてはほとんど問題とならないと考えられるが,単に将来予測される収益逓減に伴う損失の発生を防止するといった経営戦略上の必要から事業を廃止する場合など事業廃止の必要性が比較的低い場合にはその分解雇手続の妥当性が解雇の有効性を判断する上で大きな比重を占めるものと考えられる。
なお,債権者らは,本件解雇の有効性の判断基準として整理解雇の4要件を用いることができないとしても,債務者は,従業員に対し,信義則上,<1> 会社解散・解雇の必要性等について従業員の理解を得るために最大限誠意を持って十分説明・協議を尽くすべき義務,<2> 従業員の再雇用確保のために最大限真摯に努力すべき義務,<3> 協立ハイパーツに対して上記説明・協議及び再雇用確保について必要な協力を求める義務をそれぞれ負っているが,債務者は,かかる義務をいずれも尽くさなかったとも主張する。しかし,これらの義務についてはいずれも上記<2>の要件(解雇手続の妥当性)の一内容としてその当否を考慮すべきものと考えられる。
エ そこで以下においては,<1>事業廃止の必要性,<2>解雇手続の妥当性を検討して,本件解雇の有効性を判断することとする。
(2) 事業廃止の必要性について
ア 前記認定事実のとおり,債務者が志津川工場を閉鎖するに至ったのは,債務者の唯一の株主であり,ほぼ唯一の取引先であった協立ハイパーツが海外に生産拠点を移す必要があるので債務者を解散し,委託加工契約を解除する旨判断した結果,今後債務者が協立ハイパーツからワイヤーハーネス製造の受注を受ける見込みがなくなったためである。
いうまでもなく,株主は株主総会の構成員であるところ,株主総会は,株式会社の最高の意思決定機関であり,取締役の選任・解任(商法254条1項,257条1項),会社の解散(同法404条2号),会社の合併(同法408条1項),営業の全部又は重要な一部の譲渡(同法245条1項1号)等種々の重要事項について決定する権限を有しているものである。
また,債務者は,協立ハイパーツをほぼ唯一の取引先として経営を続けてきたのであり,協立ハイパーツとの委託加工契約が解除された場合には,ほかに取引先を見つけることは非常に困難であると考えられる。
そうだとすれば,協立ハイパーツは債務者に対する圧倒的な支配権を有しその生殺与奪の権限を専有していることは明らかであって,協立ハイパーツが債務者の事業を廃止し,解散するとの方針を決定した以上,債務者が今後事業を継続できる可能性はほとんどないといえる。
そして,協立ハイパーツが債務者の事業廃止の決断をするに至ったのは,前記認定事実のとおり,海外とのコスト競争が激化する中,その経営状態が悪化することによりもはや債務者を経済的に支援していくことが困難となったからである。
すなわち,協立ハイパーツは,最終的に日産自動車の製造する自動車の部品を製造していたものであるが,バブル経済崩壊後その経営状態が悪化していたところ,日産自動車が平成11年10月に大幅なコスト削減を目的とした「日産リバイバル・プラン」を発表したことにより,更なるコスト削減要請にさらされることになった。そこで,協立ハイパーツは,当時6社になっていた直営子会社のうち5社につき,平成17年3月までに閉鎖ないしはその経営権を手放すに至った。加えて,各地の工場の操業停止,2度に渡る早期退職優遇制度の実施など,更なるコスト削減努力を重ねてきたものである。にもかかわらず,協立ハイパーツの経営状態は悪化の一途をたどり,平成16年3月期には営業利益がマイナス,平成17年3月期には営業利益・経常利益ともにマイナスに陥った。
このような経営的苦境を脱するべく,協立ハイパーツは,国内での生産は縮小し生産コストの低い海外での生産に切り替えることを決断したものである。前記認定事実によれば,協立ハイパーツの製造コストは,同社のフィリピン子会社PKIの約3倍にものぼっているのであって,住友電装の関係会社の中でも高コスト体質であることが窺え,かかる高コスト体質を改善するためには,国内での生産を断念し,海外での生産に切り替えることが経営戦略上合理的であることは明らかである。
一方,債務者の状況を見ると,前記認定事実のとおり,債務者はこの数年毎期3億円から4億円の売上を上げ,平成17年3月期を除けば営業利益・経常利益はプラスで推移してきたものである。しかしながら,債務者がかかる好調な経営状態を続けることができたのは,債務者が協立ハイパーツから加工委託を受けるに当たって「補正」という賃率の上積みを受けてきたからであると考えられる。この点,債務者が補正を受けない場合の売上高をもとにすると,債務者の営業利益・経常利益は,平成15年3月期,平成16年3月期,平成17年3月期のいずれにおいてもマイナスとなることが認められる(<証拠略>参照)。そうであるとすると,現状では債務者の経営状態は一見さほど悪化していないようにも見受けられるが,その実態は協立ハイパーツの補正による援助によってかろうじて存続できる状態にすぎないものであり,現時点での損益状況や資産状況が悪くないとしても,協立ハイパーツからの賃率補正を受けなければ直ちにその経営は苦境に陥ることが明らかである。
以上によれば,債務者が志津川工場を閉鎖して事業を廃止することを決断したことは,合理的でやむを得ないものであったというべきである。
イ これに対し債権者らは,種々主張するので,以下に検討することとする。
まず,債権者らは,債務者の経営状態は良好であるから,事業の廃止・本件解雇の必要性はないと主張する。債権者らは,債務者の経営状態が良好であることの裏付けとして,売上高が年々上昇し,経常利益も平成17年3月期を除いてプラスとなっていること,自己金融と評価できる減価償却費が578万円あり運転資金が確保されていること,債務者の従業員が年々増加していること,債務者は債務超過ではなく剰余金が平成17年3月31日現在で約2514万円も存在していること,借入金が極めて少なく借入金月商倍率も小さいことなどを挙げる。
しかしながら,本件では,債務者がその事業を廃止し本件解雇に踏み切るに至ったのは,債務者の経営状態が危機に瀕したというよりは,唯一の株主でありほぼ唯一の取引先である協立ハイパーツが債務者との取引をうち切る決断をしたためであるから,これまでの債務者の経営状態が良好であるから本件解雇は無効であると主張するのは,その前提を誤ったものである。加えて,既に述べたように,債務者が良好な経営状態を続けることができたのは協立ハイパーツが補正によって債務者を経済的に支援してきたことが大きな要因であると考えられるから,債権者らの主張は,債務者の事業廃止が合理的でやむを得ないものであったとの認定を覆すものとはならない。
これに対し,債権者らは,補正をしなかった場合に債務者が協立ハイパーツから受け取るはずだった委託加工料は,以前から債務者の製造原価すら下回っていたことになるから,協立ハイパーツの補正は債務者との取引内容の当然の前提であった,平成13年に補正率が18パーセントから40パーセントに改められた後,債務者の売上高経常利益率は世間水準を大きく上回っていたにもかかわらず補正率は40パーセントが維持されてきたのだから,補正は債務者の救済策ではなく,協立ハイパーツのために作られた制度にすぎないなどと主張する。
しかしながら,既に述べたように,協立ハイパーツは競合他社との熾烈な競争に勝つためにコスト削減を図るべく海外での生産を拡充し,生産コストの高い国内での生産を断念する決断をしたものであるから,補正をしない場合の委託加工料が債務者の製造原価を下回るからといって,協立ハイパーツが国内での生産を断念することが不当であるとはいえず,むしろそのような生産コストの高い国内での生産を断念することが合理的な経営判断によるものであることを裏付けるものである。また,前記認定事実のとおり,補正は直営子会社である債務者を経済的に支援するという協立ハイパーツの経営上の判断からなされたものと認めるのが相当であるし,仮に補正が債務者の救済策ではないとしても,コスト削減を目標とする協立ハイパーツが債務者との取引を打ち切る決断をしたことが不当でないとはいえない。
なお,債権者らは,債務者は実質的には住友電装企業集団の一部門にすぎず,同企業集団の経営状態は極めて良好であるなどと主張し,住友電装の経営状態が良好であるから債務者の事業廃止の必要性がないかのような主張をする。
確かに,前記認定事実のとおり,住友電装の売上高,経常利益,当期純利益(いずれも連結ベース)は年々増加しており,同社及びその企業集団の経営状態は全体として良好であることが窺える。しかしながら,債務者の親会社の親会社の経営が良好であるからといって債務者の事業を廃止する必要性がないことにな(ママ)ならない(本件では,債務者の法人格を否認して債務者と協立ハイパーツないしは住友電装とを法的に同一視すべき事情は見当たらない。)。それどころか,協立ハイパーツの経営状態が悪化の一途をたどり,コスト面においても,協立ハイパーツは,住友電装の関係会社の中で,海外委託加工会社と比べた場合はもちろん国内の関係会社と比べた場合でも高コスト体質となっていることが認められるのである。そうであるとすると,協立ハイパーツが住友電装の企業集団に今後もとどまり,その経営を維持していくためには実効性のある方策を採ることで高コスト体質を改善せざるを得ないのであって,そのために協立ハイパーツは直営会社を次々と閉鎖してその生産を海外へと移転させようとしてきたものである。債務者の閉鎖・解散についてもその一環であって,債務者の事業廃止はこのような企業の熾烈な生存競争のやむを得ない結果であるというほかない。したがって,住友電装の経営状態が良好であるからといって,債務者の事業廃止の必要性がないとはいえない。
ウ その他,債権者らが債務者の事業廃止の必要性について種々主張する点を考慮しても,本件において,債務者が事業廃止を決断したことが合理的でやむを得ないものであったとの認定を覆すには足りない。
(3) 解雇の手続の妥当性について
ア 前記認定事実のとおり,債務者は,平成17年4月4日に組合が結成された後,同月25日から同年8月3日までの間,6回にわたり団体交渉を行い,志津川工場閉鎖に至った経緯や必要性について,債務者の決算書等を用いたうえで説明を行っている。加えて,6回の団体交渉のうち2回には,組合からの要望を受け協立ハイパーツのF取締役に出席してもらい,協立ハイパーツの経営状況についても組合側に説明してもらっているのであって,組合の納得を得るべく努力を果たしたものということができる。
また,債務者は,志津川工場閉鎖に伴い職を失うことになる従業員のために,公共職業安定所や企業を訪問し,推薦状を送付するなどして再就職先の確保に努力するとともに,個人面談の実施,再就職活動のための特別休暇の付与などの措置を講じている。加えて,債務者が平成17年1月10日に志津川工場の閉鎖の方針を全従業員に伝えてから本件解雇までは,約9か月間という期間があり,従業員が再就職活動の準備を行うのに十分な期間が与えられたものということができる。
加えて,収入の途を閉ざされる従業員のために,退職金の特別加算を行い,最大で月収の4か月分相当額を退職金に上乗せするなどしたものである。
以上によれば,債務者は,組合との団体交渉を通じて志津川工場閉鎖の必要性についてその理解を求める努力を重ねてきたのみならず,本件解雇が従業員の生活に与える打撃をできる限り緩和すべく,種々の措置を講じてきたものということができるから,本件解雇の手続は妥当であったと認めるのが相当である。
イ これに対し,債権者らは種々主張するので,以下に検討することとする。
まず,債権者らは,平成17年1月に志津川工場閉鎖の方針が従業員に発表されるまで,労使協議が全くなされていないと主張する。
しかしながら,事業を廃止するか否かは取締役ら経営陣に委ねられた高度な経営判断事項に属するものであって,事業廃止の可否について判断するにあたってまず従業員を交えた協議を行うべき義務が使用者にあるとは認められず,債務者についてもそのような義務は認められない。
次に,債権者らは,6回の団体交渉は形式的かつ一方的なもので,債務者は債権者らに対し本件解雇の必要性やその時期・方法等について納得を得るための説明をせず,債権者らの様々な申入れや提案を真摯に検討しなかったなどと主張する。
しかしながら,前記認定事実のとおり,債務者は,協立ハイパーツの経営も悪化しており同社が海外とのコスト競争に勝つためにやむなく国内での生産を断念し志津川工場を閉鎖するに至ったことや,債務者が協立ハイパーツから賃率の補正を受けることでその経営を支えてもらってきていたことなどを説明し,組合の求めに応じて,債務者のみならず協立ハイパーツの経営状態の推移を示す資料(<証拠略>)を組合に提示している。また,組合の求めに応じて,協立ハイパーツのF取締役が団体交渉に2度に渡って出席し,志津川工場閉鎖に至った事情を説明するなどしている。確かに,その過程では,債権者らが主張するように,債務者が組合の要請に対し消極的な態度を示すことがあったものの,資料提出や協立ハイパーツの役員出席などの組合の要請に債務者は最終的には応じているのである。そうであるとすると,6回に及ぶ団体交渉が形式的かつ一方的なものであったということはできない。債権者らの主張は,要するに組合が志津川工場閉鎖の方針を撤回するよう要求したにもかかわらず,これに債務者あるいは協立ハイパーツが応じなかったというものと思われるが,既に述べたように,債務者としては唯一の株主でありほぼ唯一の取引先である協立ハイパーツが債務者との取引停止及び同社の解散を決断した以上は,これを翻すことはほぼ不可能であるし,協立ハイパーツとしても,経営状態が悪化の一途をたどる中,厳しい生存競争に勝ち残っていくために国内での生産を断念したことはやむを得ない選択であったと考えられる。そうだとすると,債権者らあるいは組合から志津川工場の存続について具体的で現実的かつ合理的な提案があったにもかかわらず債務者がそれを一顧だにしなかったというのであればともかく,そのような事情もないのであるから,債務者あるいは協立ハイパーツが志津川工場閉鎖の方針を変更しなかったことはやむを得ないものというべきである。
次に,債権者らは,債務者による再就職支援活動は極めて不十分なものであったと主張し,債務者が講じたとされる措置について,<1> 個人面談は,志津川工場閉鎖の経緯や退職条件の説明についての説明が主で,再就職支援に関するウェイトは小さいものであった,あったとしても従業員の希望を細かく聴くというものではなかった,<2> 債務者による企業訪問は平成17年7月に入ってから開始されたものであり,その内容を見ても,通勤時間,職種,勤務形態等の面で債権者らの希望に合致するものはほとんどな(ママ)なく,実効性のあるものではなかった,<3> 資格取得のための措置については何の教育方針も計画性もなかった,<4> 再就職支援窓口は同年10月3日以前には設置されていなかった,<5> 推薦状の送付は形式的なもので,しかも合計9通,人数にして5人分しか送付されなかった,などと指摘する。
確かに,平成17年11月24日の時点で,従業員約40名(債権者らを含めると約58名)のうち9名しか再就職の内定を得ていないことからすると,結果的には大半の従業員が再就職を果たせず職を失うことになったものであって,その数字を見る限りは,債務者による再就職支援活動は十分な結果を残すことができなかったものと評するほかない。
しかしながら,このように債務者による再就職支援活動が功を奏しなかった背景には,旧志津川町における求人先の乏しさという事情があることを指摘しなければならない。いうまでもなく,従業員の再就職が実現するには,職種,通勤時間,賃金,就業時間,勤務形態,福利厚生等の待遇等に関する従業員の希望と,求人先の希望とが合致しなければならない。ところが,債権者ら従業員が居住する旧志津川町近辺においては,債権者ら従業員が希望するような条件を提示する求人先が乏しかったことが窺えるのであるから,結果的に従業員の大半が再就職先を見つけることができなかったこともやむを得ないというべきである。このような背景事情を踏まえれば,債務者が行ってきた再就職支援活動に万全であったとはいい難い面があったとしても,本件解雇にあたって債務者がとってきたその他の措置と合わせて見る限りでは,これをもって本件解雇の手続の妥当性を否定することはできない。
また,債権者らは,債務者は,会社解散・解雇の必要性等について従業員の納得を得るために十分説明・協議を尽くし,再雇用を確保するため,協立ハイパーツに対し必要な協力を求める義務を負っているが,債務者は協立ハイパーツに対して働きかけを行った形跡すら認められないから,かかる義務を尽くしていないと主張する。
しかしながら,既に述べたとおり,協立ハイパーツは債務者に対する圧倒的な支配力を有しており,志津川工場の閉鎖は,生産コストの削減のために国内生産を縮小するという協立ハイパーツの経営戦略上の必要性から決断されたものである。そうだとすれば債務者が協立ハイパーツに対し何らかの働きかけを行ったとしても,前記認定事実に記載したような協力(組合との団体交渉の席に協立ハイパーツのF取締役を出席させたこと,協立ハイパーツの財務データを提示したこと)以上のものを協立ハイパーツから引き出すことはほとんど期待できないというべきである。また,前記認定事実に記載した協立ハイパーツの経営状況からすれば,債務者が何らかの働きかけを行ったところで債権者ら従業員の雇用確保に向けた実効性のある措置を協立ハイパーツが講じる可能性は極めて乏しいものといわざるを得ない。したがって,債務者が,協立ハイパーツに対し,債権者らが主張するような働きかけを行っていないからといって,本件解雇の手続が妥当でなかったとはいえない。
さらに,債権者らは,協立ハイパーツが債務者以外の直営会社を閉鎖した際には,協立ハイパーツの協力会社として事業を継続させるなどして,元従業員の雇用を確保する措置をとっているにもかかわらず,債務者の閉鎖に当たってはそのような措置をとっておらず不当であるなどと主張する。
しかしながら,そもそも債権者らと雇用関係を有していたのは債務者であって,協立ハイパーツではない。したがって,協立ハイパーツが債務者従業員の雇用を確保すべき法的な義務は存しない(既に述べたとおり,本件では債務者の法人格を否認し,債務者と協立ハイパーツを同一視すべき事情も見当たらない。)。加えて,債務者以外の直営会社の閉鎖に際して元従業員の雇用がある程度確保されたのは,工場の転売先企業や協力会社が元従業員を雇用することに応じてくれたり,第三者の出資により新会社を設立することができたなどの特殊事情があったことが窺えるのであって,債務者の閉鎖に当たって他の直営会社と同様の措置が可能であることを窺わせるような事情は見当たらないから,債務者従業員につき債務者以外の直営会社の閉鎖の際と同じような措置がとられなかったからといって,直ちにこれが不当であるとはいえないし,本件解雇の手続が妥当でなかったともいえない。
ウ その他,債権者らは,債務者が本件解雇に当たって従業員のためにとった措置が不十分であるなどとして種々主張するが,債権者らの主張を考慮しても,本件解雇の手続は妥当ではあったとの認定を覆すには足りない。
(4) まとめ
以上によれば,<1> 債務者が志津川工場を閉鎖して事業を廃止することを決断したことは,合理的でやむを得ないものであり,かつ<2> 本件解雇の手続も妥当であったといえるから,本件解雇は,就業規則44条4号にいう「業務の都合上,やむを得ないとき」に該当するものであり,かつ解雇権濫用とは認められない。
3 争点1(2)(取締役会決議の不存在)について
債権者らは,平成17年1月8日に債務者取締役会が開催されたことはないから,本件解雇も無効であると主張する。
確かに,前記認定事実のとおり,平成17年1月8日に全取締役が集まって取締役会が開催された事実はないから,あたかもこの日に取締役会が開催され志津川工場閉鎖が決議されたかのような記載がされている取締役会議事録(<証拠略>)は,内容虚偽のものといわざるを得ない。
しかしながら,前記認定事実に照らせば,債務者において志津川工場の閉鎖が避けられないことは役員の中で自明のことであったことが窺え,平成17年1月8日時点で志津川工場閉鎖に異を唱える役員がいたものと認めるに足りる疎明もない。加えて,志津川工場閉鎖の方針が全従業員に示され,その方針が公になった同月10日以降も,これに異を唱える役員がいたものとは認められない。そうだとすれば,志津川工場閉鎖及び本件解雇については,取締役会決議で志津川工場の閉鎖が決定されていないからといって本件解雇の手続に瑕疵があったとはいえない。
したがって,平成17年1月8日に取締役会が開催されていないから本件解雇は無効であるとの債権者らの主張は,理由がない。
4 以上によれば,本件解雇は有効である。
第5結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,債権者らの申立ては理由がないので,本件申立てをいずれも却下することとして,主文のとおり決定する。
(裁判官 武藤貴明)
(別紙) 当事者目録
債権者 X1
同 X2
同 X3
同 X4
同 X5
同 X6
同 X7
同 X8
同 X9
同 X10
同 X11
同 X12
同 X13
同 X14
同 X15
同 X16
同 X17
同 X18
債権者ら代理人弁護士 山田忠行
同 小野寺義象
同 菊地修
同 北見淑之
同復代理人弁護士 横田由樹
債務者 三陸ハーネス株式会社
同代表者清算人 A
債務者代理人弁護士 花見忠
同 金子浩子
同 松本貴一朗
同 鈴木広文
同 青木龍一