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仙台地方裁判所 平成17年(ワ)1271号 判決 2007年12月11日

原告

X1(以下「原告X1」という。)

原告

X2(以下「原告X2」という。)

原告ら訴訟代理人弁護士

馬場亨

被告

Y労働組合

同代表者

同訴訟代理人弁護士

武田貴志

勝木江津子

主文

1  被告は,原告X1に対して金30万円及びこれに対する平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告X2に対して金40万円及びこれに対する平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告X2が被告の組合員でないことの確認を求める訴えを,却下する。

4  原告X1及び原告X2のその余の請求を,いずれも棄却する。

5  訴訟費用は,これを10分し,その4を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

6  この判決は,第1及び第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文第1項

被告は,原告X1に対し,金100万円及びこれに対する平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  主文第2項

被告は,原告X2に対し,金100万円及びこれに対する平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  主文第3項

原告X2が被告の組合員でないことの確認を求める。

第2事案の概要

1  事案の概要及び争点

(1)  本件は,①被告(労働組合)の組合員であった原告らから,被告に対して,被告は,原告らが被告を脱退する旨の届出をしたにもかかわらず,原告らの脱退を認めずに原告らを組合員として扱い,原告らに対する不当な干渉や嫌がらせ行為(不法行為)を行い,これにより原告らの組合脱退の自由を侵害して著しい精神的苦痛を与えたとして,各自100万円の慰謝料及びこれに対する不法行為後の日である平成17年10月25日以降年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに,②原告X2から,被告に対して,被告は,同原告が被告を脱退したにもかかわらず,同原告が被告の組合員であるとして被告の除名処分に係らせたままにしているとして,同原告が被告の組合員でないことの確認を求めているという事案である。

(2)  これに対して,被告は,①原告X2が被告の組合員でないことの確認請求に対しては,本案前の抗弁として,同請求には訴えの利益が認められないとして却下を求め,②本案に対しては,被告の行為は,労働組合としての統制処分のための手続に関する行為として必要かつ適切な行為であって,強制や嫌がらせにわたるような違法行為にはあたらないとし,かつ,被告は,被告からの脱退申請者に対しては慣例として共済生協からの自主的な脱退を要請しているし,共済に継続加入する場合は被告としての世話役活動ができないことを伝えたにとどまり,脱退を強制するような行為はしていないと反論している。

(3)  したがって,本件では,

① 被告の組合員ではないことの確認を求める原告X2の訴えについての確認の利益の有無

② 被告規約14条1項の規定の有効性及び原告らの脱退の効力の発生時

③ 原告らの脱退届提出後の被告の原告らに対する行為内容及びこれらに対する違法性の評価の可否(不法行為の成否)が主要な争点である。

2  当事者間に争いがないか,証拠によって明らかな前提事実

(1)①  原告X1は,平成17年2月当時,株式会社aエンジニアリング東北青森支店に勤務して営業を担当していた者であり,同当時はb社本部東北分会青森部会(以下,単に「青森部会」という。)に属していた。

②  原告X2は,平成17年2月当時,株式会社c東日本青森支店に勤務し,法人営業部で企画を担当していた者であり,同当時はY労働組合青森分会松原部会(以下「松原部会」という。)に属していた。

(2)  被告は,c社グループの会社に勤務する労働者により組織された労働組合である。

(3)  被告の労働組合規約(以下「被告規約」という。)第14条1項には,「組合を脱退しようとするものは,予め,その理由を付して中央執行委員長に届出,中央執行委員会の承認を得なければならない」と定められており(以下「規約14条」という,<証拠省略>),同15条1項には,組合員は,「脱退が承認され,または除名されたとき」その地位を失うとの規定(以下「規約15条」という。<証拠省略>)がある。

また,被告規約92条ないし94条には,被告規約の第89条1号ないし6号の各号または全部に該当する組合員があったときは,当該執行委員会もしくは,委嘱された調査委員会はその事案について調査し,当該組織の議決機関の議を経なければならず,同調査においては,当該組合員に対して弁明の機会を与えなければならないこと(92条),当該議決機関において除名相当と決議したときは,除名申請を中央執行委員会に行い,同申請後,その確定までの間当該組合員は権利停止となること(94条)が定められている。

(4)  原告X1は,b社本部執行委員長に対して,平成17年2月4日到達した脱退届と題する書面により,被告を脱退する旨を意思表示し,更に,被告の中央執行委員長宛に同月9日到達の書面により被告を脱退する意思表示をした。

(5)  原告X2は,被告の中央執行委員長に対して,平成17年2月8日到達した脱退届と題する書面により,被告から脱退する旨意思表示した。

(6)  被告の平成17年7月12日開催の定期全国大会において,原告らを含む組合員10名の除名が決定され,同月23日付Y労組新聞(第256号)のその他議案欄には「本全国大会において,10名を除名する」との記事が掲載された。

3  争点に対する当事者の主張

(原告ら)

(1) 原告ら各自の慰謝料請求<以下「本件慰謝料請求」と総称する。>について

① 組合脱退の意思表示の効果の発生時期

ア 労働組合は労働者の自発的結合に基づく結社であるから,組合員の脱退の自由は団体の性質上当然の論理的帰結であって,脱退の効果は脱退の意思表示が組合に到達したときに生じる。

被告の規約14条1項(旧13条1項,以下「規約14条」という。)には「組合を脱退しようとするものは,予め,その理由を付して中央執行委員長への届出,中央執行委員会(又は大会)の承認を得なければならない」旨が定められているが,これでは,組合員が組合を脱退しようとしても中央執行委員会が承認しなければ脱退の効果は生じず,当該組合員は組合員のままであり,組合の統制にも服しなければならないことになる。しかし,脱退の効力発生を組合の承認に係らせる部分は,組合員の脱退の事由を不当に制限するものとして無効であり,その余の手続を定めた部分も,脱退の意思表示に明確性を要求する限度でのみ有効というべきである。

したがって,組合員の脱退を中央執行委員会の承認にかからせる規約14条は無効というべきである。

イ 前掲「脱退届」による意思表示に基づき,原告X1は平成17年2月4日(<証拠省略>)に,原告X2は同年2月8日(<証拠省略>)に被告の組合員たる地位を離脱した。

ウ したがって,原告らは,前記各脱退日以降は被告の統制に服する必要はなく,被告において原告らをその組合員として扱ったり,被告を脱退したことに対する報復行為をして原告らの自由(自己決定権)や名誉に対する干渉,侵害をしてはならない筈である。

原告らは脱退届の効果が生じた時点では何ら被告の規約違反となる行為をしておらず,被告は,原告らの脱退日以降のことを事由とする統制処分をしており,被告は,組合員の除名等制裁として定められた事項に該当する行為が存在した場合は,労働組合は脱退申請を留保して統制処分を行うことが許されるとしているが,労働組合からの脱退はその旨の通告だけで効果を生じるものであって,脱退の動機目的等の如何により脱退の効力が左右されるものではない。したがって,組合は統制処分を目的として脱退の意思表示の効果を保留することはできない筈である。

しかし,被告は,統制処分のための手続及び除名処分として,以下のとおりの行為により,脱退後の原告らを組合員として扱うことで原告らを不安定な状態に置き,d共済生協をやめなければならないとする嫌がらせを行い,原告らが制裁対象となる行為をしたとして調査委員会への出頭を求め,あたかも原告らが悪いことをしたかのように取扱い,除名処分という他の労働者への見せしめ的な不名誉な取扱いを行うことによって,原告らに対して著しい精神的苦痛を与えており,被告の行為は,原告らの脱退の自由に対する侵害行為である。

組合を脱退しようとする者は様々な心理的葛藤等を経て脱退を決意し脱退届を提出するにもかかわらず,組合から脱退の効果を否定されて非難を浴びせるための制裁手続に拘束され,追い打ち除名として不名誉な処分を発動されるという形で既に縁の切れた組合から非難中傷されるということは,それ自体が脱退者の生活に干渉する嫌がらせ(ハラスメント)であり,原告らに対する社会的評価を毀損し,精神的苦痛を与えるものとして違法,不当な行為となる。しかも,そのような行為は,他の組合員に対する見せしめ的効果を企図したものであり,他の組合員の囲い込みを目的とするものであるが,組織の自己防衛のための統制権に基づく囲い込みを認めると,批判活動や自主的運動は直ちに統制権の対象とされてしまい,自己閉鎖的な囲い込みの正当化・発展的契機の抑圧を承認することになるが,そのような囲い込み,見せしめを目的とした統制処分が法的保護に値しないことは明らかである。

② 被告による不法行為の内容

ア 原告X1に対する行為

(ア) 平成17年2月下旬頃,Y労働組合b社本部のB委員(以下「B委員」という。)は電話により,原告X1の組合脱退の意思確認をしてきたため,原告X1が脱退の意思を明確にしたところ,同委員は,「脱退届が受理されたとしても,中央本部で承認されるには数ヶ月かかりますよ」と述べて執拗に面談を求めた。

また,原告X1は,二男の中学校卒業祝い金受給対象者の手続を被告に依頼していたが,同原告が不在の間に「総合共済請求書」が机上に置かれていたため,記載方法等を聞きにd共済生協本部へ電話したところ,祝い金等の手続は被告にまとめて依頼しているので被告に電話して聞いて欲しいと言われてB委員に電話したところ,今回の祝い金の手続はこちらで処理するが,被告を脱退すればd共済生協も脱退しなければならなくなり,加入継続ができなくなる」と言われており,原告X1から,「被告はd共済生協の単なる代理店のようなもので,脱退させる権限はない,あなたからそのような脅し的説明を受ける謂われはない」と逆に問いつめると,同委員は,「わかりました,でも一度会ってくれませんか」と言うので,「そのような脅しをかけるような人とは会いたくないし電話にも出たくない」と言って電話を切ったものだが,組合と共済は別途の組織であり,脱退は連動していないにもかかわらず,B委員は,「被告を脱退するとd共済も加入できなくなりますよ」と言っており,自主脱退の要請などというものではなく,組合脱退が社員共助の制度である共済組合の加入と連動するかのような発言であり,原告も経済的負担をしており共済の利益を受ける期待を有する制度からの排除を印象づけることによって,被告からの脱退を思いとどまらせようと執拗に介入する行為である。このような対応と対処の煩わしさ自体が原告X1に対する精神的苦痛を与えた。

(イ) その後も,B委員は,原告X1の携帯電話宛に周期的に10回位電話をしてきた。

(ウ) 平成17年3月24日,原告X1は出勤後にC支店長から応接室に呼ばれた。同所にはB委員とY労働組合b社東北分会長のD(以下「D」という。)とがおり,B委員は「(原告X1が)被告の規定に反する行為を行った」という趣旨の文書を読み上げ,原告X1に対して脱退が原告X1の意思に基づくことを確認し,他労組への加入事実の確認をし,制裁もあるので脱退を思いとどまるよう説得し,共済を脱退するよう命令した。

B委員の通告書の読み上げとこれに続く後掲除名処分は,原告X1が脱退の自由を行使したことに対する制裁であり,脱退届を提出した組合員の脱退の自由を侵害する重大な違法行為であり,原告X1は重大な精神的苦痛を被った。

(エ) 平成17年7月29日,Dは「除名通知書」を原告X1に手渡しており,被告は,同月23日付Y労組新聞で,Y労組定期全国大会において「その他の議案」のなかで10名の除名処分者があったことを掲載した。

イ 原告X2に対する行為

(ア) 原告X2は,青森分会の松原部会長(以下「松原部会長」という。)からの話を受け,平成19年2月9日午後4時から同部会長らと面談した。松原部会長は,原告X2の脱退届の提出を確認して脱退を翻意するように説得し,被告の青森分会のE事務局長(以下「E事務局長」という。)は,原告X2に対して「d共済の件ですが,被告として団体加入しているため,やめてもらわなければならない」と言った。

原告X2は,同人らに対して「共済は辞めません」と答えた。

(イ) 自らの意思で組合を退会した者が組合の調査委員会に出頭し,調査を受ける義務はないにもかかわらず,被告は,平成17年4月7日,「調査及び弁明の機会を与える」などという文言の記載がある「調査委員会への出席要請書」を原告X2宅に郵送し,被告が同年4月11日,13日に設定した調査委員会への出席を求めてきた。

(ウ) 平成17年5月30日,原告X2は,松原部会長から,「Y労組青森分会E事務局長から渡したいものがあるので明日分会室へ来て欲しい」という話をされた。しかし,何を渡したいのかと質問しても答えてもらえないので,原告X2は受取りに行ってない。

(エ) 被告は,原告X2に対して,平成17年6月1日,社内便(社内業務用の郵便であり,組合が使用するのは用法違反であるし,会社がこれを黙認するとすれば違法な便宜供与となる。)を利用して,「Y労組」と書かれた封筒を同原告の机上に置いて寄越した。社内便は他の社員に見られる可能性があり,被告の手段は個人のプライバシーに対する配慮としても著しく相当性が欠けているだけではなく,被告は社内便で原告X2の不在時に脱退届を送付することで心理的に圧迫を加えて共済脱退を強要し,脱退せしめたものである。原告X2は自らも経済的負担をしており共済の利益をうける期待を有していた制度から脱退せざるを得なくなり,共済から受けられるべき経済的利益を失い,かつ,その脱退を強いられる過程及び結果により著しい精神的苦痛を受けた。

前記封筒内の2通の書面のうち「通告書」とある書面には,「5月20日をもって『被告規約第95条』に基づく権利停止とすることおよび除名の手続を行うことを決定したので通告する」と記載してあったが,その後被告からの連絡は皆無であり,原告X2は除名手続に掛けられたままの状態に置かれている。原告X2は同年2月8日時点で被告を脱退済みであるから,その後に被告の除名手続によって断罪される謂われはない。

また,残りの1通は,「d共済生協の脱退届」であったが,原告X2は,共済の脱退を拒否していたため,被告の行為に対して怒りを通り越して呆れた感情に襲われ,もう2度と被告の者とは関わりあいたくない気持ちから,同脱退届を書き,松原部会長に渡した。

③ 被告の原告らに対する上記各行為は,原告らの個人の自由(自己決定権)及び名誉を侵害する違法な行為であり,これによって原告らは著しい精神的苦痛を受けた。

よって,原告らは,各自,その受けた苦痛を癒すための慰謝料として100万円及びこれに対する前記不法行為後である本訴状送達の日の翌日以降年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(2) 原告X2の被告の組合員でないことの確認を求める請求<以下「本件確認請求」という。>)

前記のとおり,原告X2は,平成17年2月8日被告から脱退しているにもかかわらず,被告は同原告を除名処分の手続に係らせたままにしており,原告X2を被告の組合員同様に扱っている。

したがって,原告X2は,被告に対して,同原告は被告の組合員ではないことの確認を求める。

(被告)

(1) 本件確認請求に対する本案前の抗弁

被告は,平成17年7月12日開催の被告の定期全国大会(以下「7月12日付定期全国大会」という。)で,被告規約第24条に基づき原告X2を除名処分に処した。その結果,原告X2は被告の組合員としての地位を喪失したので,同原告が被告の組合員でないことの確認を求める訴えの利益はない。

したがって,同訴えは却下されるべきである。

(2) 本件慰謝料請求について

① 組合に対する脱退申請の効力について

ア 労働組合は,使用者と対峙して組合員全体の利益を維持していくために統制権を含む強固な自治が認められており,原告らの主張は実質上労働組合の統制権を否定するに等しい主張であり,組合員全体で決めた組合規約を否定し,組合自治さえも否定するものであり,到底認められない。

規約14条の被告の中央執行委員長の承認を要するとの規定については,少なくても当該組合員に対する統制処分が相当な場合は,有効というべきである。

すなわち,組合員が脱退申請をした場合,脱退の効果が無条件に発生するわけではなく,当該組合員に帰責事由が存する場合には,労働組合として,脱退申請を留保にして統制処分を行うことは当然に認められる。

組合員の脱退が,争議中の脱退等組合の団結に重大な悪影響を及ぼす場合や,反組合活動を重ねた上での脱退,当該組合に対する分裂行動や誹謗中傷を行う他労組への加入を予定しての脱退等,当該労働組合の団結力を弱めることを企図する場合などは,労働組合の団結権に対する侵害として脱退は認められない。

統制処分の対象となり得る事項が明らかなときは,その審理に必要な期間中は脱退を認めないという規定も合理性を持つとされており,脱退の自由の濫用とされる場合などには,脱退申請を行った場合において脱退の効果は生じず,統制処分も可能と考えられている。

組合員からの脱退に関して中央執行委員長の承認を要するとの被告の規約に関して,当該組合員に規約上の制裁事由に該当する行為がある場合は,それが組合の脱退の意思表示と同時にまたは相当期間内に判明した場合は,脱退の事由は制限され,脱退の効果は生じないというべきである。

イ 労働組合の団結を維持する上でその基本的構成員である組合員の脱退は重大問題であるから,脱退申請に対しては,労働組合としての事実関係の確認を行い,あるいは翻意を促すなど慰留活動を行うことは,必要不可欠であり,適切な行為として社会的に許容されており,被告の行為は違法でない。

② 被告の原告らに対する行為について

ア 原告X1について

(ア) 原告X1が被告の組合員でなくなった時期は争う。

原告X1は,7月12日付定期全国大会で,被告規約第24条に基づき除名処分に処されたことによって組合員としての資格を失った。

(イ) 原告X1に対して,平成17年2月9日,B委員が電話して,脱退届が届いたことを伝え,面談を申し入れたが拒否されたことは認めるが,その余は否認する。原告X1の脱退申請はb社本部執行委員長宛になっているが,規約14条では,脱退申請は被告の中央執行委員長宛に提出すべきことになっているため,B委員は平成17年2月7日に原告X1に電話してその趣旨を伝え,他労組加入の有無を問い質したところ,原告X1から,同月4日に他労組へ加入した旨の返答がされた。

B委員がその後も電話をかけたが,原告X1が受信しなかったことは認めるが,その余は否認する。

被告は,従前から組合脱退者に対しては共済からの自主的な脱退を要請しており,加入継続の場合は被告としての世話役活動はできなくなる旨伝えてきた。

平成17年3月3日,原告X1はFから「総合共済請求書」を渡されたため,B委員に対して電話をした。そこで,B委員は,共済の継続は可能であることを前提として,共済は被告が主体的に取り組んできたことを考えて決めて欲しいと述べ,自主脱退を要請したものである。

B委員は「組合を脱退すると共済も加入できなくなる」という話はしておらず,事実確認の必要があるので共済のことも含めて面談して欲しい旨要請したものである。

B委員及びDが平成17年3月24日会社の応接室で原告X1と会い,同委員が「被告の規定に反する行為を行った」とする趣旨の発言をしたことは認めるが,その余は否認する。

被告は,原告X1の他労組への加入が認められたため,被告の規約に基づき制裁に該当する行為の有無の調査,制裁を行う場合の弁明の機会を確保するためにB委員が直接出向いて面談することにした。

平成17年3月24日,B委員とDとは,応接室を借りて原告X1と面談し,脱退の意思を確認したところ,原告X1は意思に基づく脱退とf労組への加入を認めた。B委員は被告の規約に反する行為で制裁もあり得る旨話し,脱退を思いとどまるよう説得したが,拒絶された。そのため,B委員は脱退する場合は共済を自主的に脱退するよう改めて要請したが,原告X1はf労組と相談して回答する旨返答した。

同面談の結果により,被告は,原告X1には被告規約89条に抵触する行為が存在したと判断し,同規約90条4号所定の除名の制裁が必要であるとの結論に至り,平成17年3月31日のb社本部執行委員会で原告X1の除名申請を決定し,被告の中央執行委員会は同年4月4日に被告規約95条の緊急措置を行うことを決め,同年7月12日付定期全国大会において原告X1を除名したという経緯である。

(ウ) 被告が原告X1の個人の自由や名誉を犯したなどとの主張は,争う。

イ 原告X2について

(ア) 原告X2が組合員でなくなった時期は,争う。

前記のとおり,原告X2は,7月12日付定期全国大会で,被告規約第24条に基づき除名処分に処されたことによって組合員としての資格を失った。

(イ) 原告X2が,松原部会長に対して脱退の意思を明示ししたことは認めるが,その余は否認する。

原告X2の「やめなければならないのか」という質問に対して,E事務局長は,共済の成立ちを話して自主的な脱退を要請したが「やめなければならないということではない。共済は,組合員の助け合いとしてe労働組合時代に設立し,今日に至っていることからすれば,同義的に脱退するという考え方が一般的ではないか。」と述べた。

被告は,原告X2の脱退の意思確認と除名理由等制裁に該当する行為の有無を確認するべく,平成17年3月9日に話合いの場を持つこととし,同月8日被告の松原部会長は,原告X2に対して,脱退意思の確認と他労組加入の意向を確認したところ,原告X2は脱退申請提出を認め,他労組へ加入するとの事であった。

平成17年3月9日午後4時から,E事務局長と青森分会G執行委員(以下「G」という。)とは原告X2と面談し,原告X2が脱退届を提出したことを確認したことから,脱退を思いとどまるよう説得したが,拒絶された。

その際,他労組への加入の事実を確認したところ,f労組への加入届の提出を認めたため,E事務局長は,被告の規約上の対応があるので今後更に対応させてもらう旨話した。

被告が原告X2宅に「調査委員会への出席要請書」を送付したことは認めるが,その余は争う。

松原部会長が原告X2の質問に答えなかったという点を除いて認める

被告が,「規約95条に基づく権利停止とすること及び除名手続を行うこと」を決定した通知書及び「d共済生協の脱会届」を原告X2の職場に送付したこと,同原告が平成17年6月1日付「d共済の脱退届」を提出したことは認め,その余は不知若しくは争う。

「d共済生協の脱退届」を届けたのは,当初の話合いの際に共済の脱退に対する結論が出ていなかったためである。

被告は,原告X2に対して共済からの脱退を強制したり脱退が必要との誤解を与えることは伝えていない。

平成17年3月17日,原告X2はf労組のストライキに参加しており,同月下旬に職場内で同労組の腕章を着用していることが確認された。そこで,被告は被告の規約に基づき,制裁に該当する行為の有無と弁明の機会を確保するため,原告X2の所属組織である被告の東北総支部において,被告規約92条所定の調査委員会を設置し,同年4月11日,13日を調査期日と設定し,原告X2に出席要請をした。しかし,原告X2は出席しなかったため,被告の東北総支部は調査委員会からの報告に基づき,原告X2には被告規約89条に該当する行為が存した,同規約90条4号所定の除名が必要と判断し,同年4月25日,被告規約95条の緊急措置(除名を前提とする権利停止)を被告の東日本本部へ申請したところ,同本部は,平成17年5月17日,原告X2の除名申請を決定し,被告の中央執行委員会は同月20日同緊急措置を決定した。

被告の青森分会は同決定措置を決定した旨の通告書を受けたため,原告X2にこれを渡し,従前の話合いでそのままになっていた共済の話合いを行おうと考えて,同月30日,松原部会長が原告X2に連絡を入れたが拒絶された。

その後,E事務局長がたまたま同分会事務室近くで原告X2と会った際,分会事務室へ来るよう求めたが拒絶されたので,文書を送付する旨を話して了解を得た上,同日,通知書と「共済も脱退するのであれば記入し,提出のこと。共済は,e労働組合時代に仲間の助け合いとして設立し,今日に至っているものです」などと付記した共済の総合共済請求書(脱退届)を原告X2の職場に社内便を利用して送った。

平成17年6月1日,原告X2から同脱退届が提出された。

被告は,平成17年7月12日定期全国大会において,原告X2を除名処分に付した。

ウ 原告らに対する除名処分までの事実経緯は,以上のとおりである。

エ 原告らの主張する自己決定権の具体的内容は明らかではなく,損害賠償法理における賠償の対象とはなり得ない。

オ 被告の行為の評価について

被告は,「e労働組合」時代に被告が尽力して共済の制度を確立したものであり,その後の維持発展に貢献したものであることから,脱退申請者に対しては共済の設立経過等その趣旨を伝え,共済からの自主的な脱退を要請しており,加入継続の場合は被告としての世話役活動はできなくなる旨伝えたのである。

本件での原告らに対する除名処分に至る一連の行為は,被告の統制処分のための手続に関する行為であり,統制処分が労組の行為として法的に認められ,組合の規約にしたがって行われた適正かつ妥当な行為である。

組合員から脱退届が出された場合,組合員の意思確認を行うとともに,団結の維持の観点から事情を聞いたり,翻意を促すなどの活動を行うことは,労組として必要不可欠な行為であり,社会的に許容されている。

被告は,組合員から脱退申請があったときは被告規約に従って慎重に対処することとしており,脱退意思の確認や脱退理由等事情の確認を行い,被告にとどまるよう説得や慰留を行っている。

被告の統制処分に関する手続は,労組として法的に認められた行為であり,違法ではなく,労働組合には団結権が認められており,組合員の脱退は団結権に関わる重大問題であるから,共済関係を含めて特段の不利益のないような本件では労働組合の行為が違法とは考えられない。

実際,被告の方針や運動に対する誤解,不満が原因である場合は,直接面談による対話の結果,脱退を撤回した組合員もいる。また,反組合活動を重ねた上での脱退や他の労組への加入を予定しての脱退等の場合は,労組の団結権に必要な支障となり得るもので,当該労組において統制権の問題として,団結権侵害にあたる事項の有無を確認し,団結権侵害行為があると認められる場合は,脱退を認めず,除名等の統制処分を行うことは必要かつ有益なこととして法的に認められている。

被告から原告らに対してなされた意思確認や翻意を促す等の活動は,必要かつ適切な行為であり,強制や嫌がらせに渡るものではなく,被告の行為に違法性はない。

原告らは,被告に対して分裂行動や誹謗中傷を行うf労組への加入を意図して脱退申請を行っており,実際上も直ちに同労組へ加入して活動しており,原告らのf労組への加入は,被告にとって団結権を侵害する極めて重大な問題であり,被告規約89条所定の制裁事由該当の存否が窺われたことから,被告は,同規約への抵触の有無の調査とともに弁明の機会を与え,その結果,原告らに同規約への抵触があるとして被告規約90条4号所定の除名の統制処分が必要であると結論し,7月12日付全国定期大会において原告らを除名処分に付したものであるが,原告らは他の労組へ加入しており,被告の行為が他労組への加入の自由等を侵害していないことは明らかである。

原告らが,脱退の意思表示の直前あるいは直後に他労組へ加入することを明言して脱退申請を行い,脱退申請に前後して,被告を敵対視し被告が皆で決めた方針に対して批判を繰り返しているf労組へ加入したことは,被告の他組合員に対する背信行為であり,統制処分相当行為である。

第3争点に対する判断

1  前掲争いのない事実に本件証拠(<証拠省略>,証人B委員及び同E事務局長の各証言,原告X1及び原告X2の各本人尋問の結果<但し,いずれも後掲認定に反する部分を除外する。>)及び弁論の全趣旨によって認められる本訴に至る間の経緯は以下のとおりであって,これらを覆すに足りる程度の証拠は見あたらない。

(1)  原告X1について

① b社本部は,平成12年10月にc社グループ会社の(株)bに対置するY労働組合企業本部という位置づけで設置されたものであり,同東北分会は,b社の東北支店内の職場で働く組合員が所属するb社本部傘下の分会として設置されたものであって東北5県に同部会が置かれている。

平成17年2月当時,原告X1は同青森部会に属していた。

② 原告X1(昭和29年○月○日生)は,平成16年11月頃,同13年に始められたc社の合理化案により,50歳以上の労働者の退職及び賃金の3割カットを条件とするOS会社への再雇用もしくは退職せずに60歳定年までの雇用継続を取るかの選択時期を翌年1月に控え,その選択に悩んでいた。

そこで,原告X1は,被告の青森部会長Fを訪ねて相談しようと試みたが,忙しいということで応対してもらえず,その後,Dに相談したい旨を伝えても1月以上何らの連絡も受けられなかったことから,それら応対に対する不満や将来の選択に対する焦りが募り,被告に対して,被告は平成13年の構造改革後の相談にも乗ってくれなかったし,原告X1の相談をないがしろにしているという不満や不信感を強く抱くようになり,被告を脱退する決心をした。

そこで,原告X1は,内容証明郵便により,被告のb社本部執行委員長宛に脱退届(<証拠省略>)を提出した。

③ 原告X1の脱退届は,平成17年2月4日に到達した。

B委員(平成14年7月以降被告の本部執行役員であって,同16年9月以降は組織管理,拡大,防衛及び人材育成等を担当していた者)は平成17年2月7日午前に,原告X1から脱退届が出たということを知らされた。その際,B委員は,原告X1が退職再雇用に対して不満を抱いていたとか,g労組等ほかのいろいろな者と接触していると聞いたため,事実確認や脱退理由を確かめてできれば慰留したいと考え,同日夕刻に原告X1に電話を入れて,脱退届を提出したのか否かを確認し,脱退届を提出しても中央本部の執行委員長から承認を得なければ脱退は正式にならず承認を得るのは数ヶ月かかる旨を伝えるとともに,他の労組への加入の有無を問いただした。

原告X1は,被告を脱退する意思を明言し,他の労組へ加入したことを述べたところ,B委員は,やめるのであれば自ずとd共済も脱退しなければならないなどと言い出した。

しかし,原告X1には持病があり,新規の保険加入が困難であるという事情があり生協を脱退するつもりはないため,B委員に対して,生協と被告とでは機関が違う,単なる代理店のようなものから言われても生協を辞めるつもりはない旨返答した。

B委員からの電話を受けた後,原告X1は,内容証明郵便で被告の中央執行委員長宛に脱退届を送付し,同月9日到達した(<証拠省略>)。

④ 平成17年2月9日,B委員は,中央執行委員長宛の脱退届が届いたことを知り,同月7日の対応からして原告X1の脱退の決意は強く,文書で話合いを求めても応じて貰えまいと考えて,原告X1の携帯電話や職場宛に少なくても4回以上電話をかけた。しかし,原告X1は既に被告を脱退しているので会う必要はないという認識でいたため,電話に出なかった。

b社本部は,平成17年2月9日,原告X1に対する調査委員会を設立した。

⑤ 原告X1は,平成17年2月7日f労組への関係者と相談し,加入することを決めた。

B委員は,平成17年2月10日から21日頃にかけて原告X1に何度か電話を掛けたが,応答して貰えなかったため,話のきっかけを掴むために,同年3月3日にd共済の請求書を東北分会に依頼して渡してもらうことにしたところ,その後に原告X1から共済の請求書の書き方がわからないということで電話が入った。そこで,B委員は,書類の記載方法を説明するとともに,重ねて被告を脱退した場合には共済の自主脱会をお願いすることになる,やめていただけないか,世話役活動はできなくなるということを告げ,被告の脱退の件で話をしたい旨伝えた。しかし,労組は保険の代理店のようなものであるとか,あなたに言われる筋合いはない,f労組に相談しているなどと言われて電話を切られた。

⑥ B委員はその後も電話で話し合いを求めたが相手にされなかったので調査委員会として調査するという立場から,平成17年3月24日午前8時過ぎ頃,Dと連れだって原告X1の職場に赴いた(B委員の証人尋問調書10丁,25丁等)。

原告X1は,同日,出勤直後にC青森支店長から「あなたに会いたい人が応接室にいる」と告げられて応接室に行くよう指示されて応接室に赴いたところ,B委員とDとが待機しており,原告X1の中央委員長宛の脱退届を見せて脱退の理由を尋ねた。

そこで,原告X1は,同原告の母親や妻が病気加療中であり,賃金をカットされれば家庭の経済が破綻を来すことから退職再雇用型を選択することができず,満了型を選択せざるを得ないという原告X1の悩みに対する被告の対応が不誠実であり,信頼に値しなかったために脱退したことを説明し,思い直すつもりはないと述べた。

B委員は,調査委員会の調査として,脱退を白紙撤回する意向がないか否かを確認した上,手元の文書を見ながら,原告X1の行動は被告規約89条3号に抵触する,処分を含めて検討する旨を言い置いて退席した。

しかし,B委員らが調査委員会の立場で来ているということは,原告X1には最後まで告げられなかった。

⑦ b社本部執行委員会は,平成17年3月31日に調査委員会を開催し,原告X1のf労組への加入は被告の組合員に対する裏切行為であり,組織の規律が乱されたとの見解に基づいて原告X1を除名相当と判断した上,被告の中央本部に被告規約89条に基づく緊急措置を申請することを決めた。

被告の中央本部は,原告X1を除名相当とする前記決定に基づき,平成17年7月12日,原告X1を除名した。

⑧ 原告X1は,平成17年7月29日,異動先の仙台の職場で,Dから,預かっている物があると言われて茶封筒を示されたが,これに除名通知という書面が入っており,原告X1を除名処分に付したという記載であったため,その場でDに返却した。

(2)  原告X2について

① 青森分会は,平成14年7月23日,従前の青森県支部体制から東日本本部東北総支部傘下の青森県内における分会組織として結成された組織であり,地域別,ビル別で括られた4部会に分けられている。

平成17年2月当時,原告X2は松原部会に所属していた。

② 原告X2(昭和29年○月○日生)は,平成17年1月31日付で「雇用形態選択通知書」に退職再雇用型を選択する旨を記載して提出した。

原告X2には,同原告が退職再雇用型の選択を決める際の被告の対応に対する不満があり,被告は組合としての立場から50歳退職,賃金3割カットという会社側の合理化に積極的に反対して組合員を守るべき立場であるにもかかわらず,会社と一体となって合理化への協力を強要している,再雇用制度を選択する際に十分対応してもらえなかったというという判断から,被告を脱退することを決め,平成17年2月7日,内容証明郵便により被告の中央執行委員長宛に脱退届(<証拠省略>)を送付した。

原告X2の脱退届は平成17年2月8日到達した。

③ 東北総支部のH組織部長は,平成17年2月8日に中央執行本部から原告X2の脱退届が届いたという連絡を受けたため,E事務局長(平成14年8月以降被告の東北総支部青森部会の事務局長及び執行役員であった者)に事実確認を指示した。

E事務局長は,組合員に指示して,松原部会長から原告X2に対する事実確認と松原分会としての話合いに出てもらうよう連絡させた。同部会長からは同日中に連絡があり,原告X2から脱退届を出したことや他の労組へ入ること,組合費のチェックオフ停止を申し出たことを聞いたという話が返ってきた。

④ 平成17年2月9日,松原部会分室において,E事務局長と松原部会長らが原告X2と面談し,脱退届提出の確認や脱退の理由を質問した上,被告にとどまって欲しいために話合いの場を設けたことを説明した(<証拠省略>)。原告X2は,脱退届の提出は間違いなく,退職再雇用を選択するときにつらい思いをしており,被告の方針と考え方が会わないので脱退を決めたことや他の労組へ加入するつもりであることを告げた。

原告X2は,E事務局長らが慰留しても最後まで翻意せず,E事務局長らは,原告X2にはもはや被告にとどまる意思がないことは明らかであると理解した(<証拠省略>)。

そこで,E事務局長は,原告X2に対して,組合費は原告X2がチェックオフ停止を申し出たと聞いている,d生協も脱退するのであれば被告からd生協に提出する書類を作ってもらう必要がある,脱退するのかどうかと尋ねたところ,原告X2から,やめなければならないのかと問い返され,生協をやめなければならないということではないが,d生協は組合員の助合いとしてe労働組合時代に設立されたので被告を脱退するのであればd生協も脱退するのが一般的であると話した。しかし,原告X2は生協を継続したいと答えた(E事務局長の平成19年1月23日付証人尋問調書22丁)。

最後に,E事務局長は,原告X2に対して,東北総支部へ連絡する,今後も対応させてもらうという話をした。

⑤ 平成17年3月17日,松原部会長は,原告X2がf労組青森支部のストライキに参加し,腕章を付けてチラシを配っている姿を見た。

原告X2は,平成17年3月25日ないし3月28日までの間,職場内でf労組の腕章を着用していた。

⑥ 被告は,原告X2が被告の組合員であると認識していたにもかかわらず,原告X2がf労組への加入意思を表明した上,平成17年3月17日のストライキにf労組の組合員として参加したことを事由として,原告X2に対する調査委員会を発足させた(E事務局長の前掲証人尋問調書13丁)。

被告は,平成17年4月7日,東北総支部・調査委員会委員長名義の通知書(<証拠省略>)により,原告X2に対して,同月5日開催の調査委員会の決定であるとして,原告X2を被告規約92条に基づき調査委員会にかけることに決定したため同年4月11日(第2回)及び同月13日(第3回)開催予定の調査委員会に出頭するよう通知したが,これには,出席を求める理由として,東北総支部は,原告X2が,被告の中央本部・I中央執行委員長宛に「Y労組脱退届」を提出したこと及び他労組加盟の事実が明らかになったことから被告規約92条に基づく調査委員会を発足させたが,その目的は事実関係調査の他に弁明の機会を造ることであるとの記載がされていた<証拠省略>)。

⑦ 原告X2は,前記脱退届の提出により被告を脱退済みであるという認識でいたため,前記調査委員会へは出席しなかった。

調査委員会は,原告X2がf労組に加入して組合活動をしており,その事由について理由を聞くために調査委員会を開催したにもかかわらず,原告X2が出席しなかったことをもって,同原告の行動は被告に対する裏切り行為であり,分裂行為,敵対行為であるとの判断を行い,同原告を除名処分に付するのが相当であると結論づけ,その旨東北総支部執行委員会宛に通知し,同原告に対して同年5月20日緊急措置(除名を前提とする権利停止)を下した(<証拠省略>,E事務局長の前掲証言調書3丁以下)。

⑧ 平成17年5月30日,被告の東日本本部から,青森分会に原告X2の権利停止及び除名処分を行う旨の決定を記した通告書が到達した。

E事務局長は,松原部会長に対し,原告X2に通知書を渡したいので連絡,調整し,併せてd生協の取扱いについての話をしたい旨も伝えるようにという指示を出した。

松原部会長は,職場で,原告X2に対して,E事務局長から渡したいものがあるので分会室へ来るよう連絡したが,もう組合員ではないと言われて断られた。

また,E事務局長も原告X2に通知書があるので寄って欲しいと話したが,もう関係ないといわれて断られた。

⑨ 平成17年6月1日,c社社内便(c社が業務のために社内で用いている送付方法であり,組合から組合員に対する連絡には用いられていない。)によりY労組と表書きした封筒を原告X2宛に送付した。

原告X2は出勤後に机上にこれを見つけて開封したところ,中には通知書(原告X2が被告の説得に応じようとしないこと,分裂集団であるf労組への加入意思を明らかにしたことをもって被告規約89条<組合の秩序と統制をみだしたとき>に該当すると判断し,同年5月20日付で同原告を権利停止とし,除名手続を行うことを通知する旨の記載がされているもの)と,「d共済の脱退届(脱退者に支払われるべき金員の請求書)」が入れられており,それには「共済脱退の場合は『脱退』の欄に○印をし,脱退共済金の振り込み口座欄を記入し,青森分会へ提出して下さい(d共済はe労働組合が助け合い制度としてつくり,今日に至っているものです。)。」という手書書面(<証拠省略>)が付けてあった。

原告X2は,d生協の脱退届を目にするまではd生協を辞めるつもりはなかったが,脱退届の送り方や生協からの脱退を求め続けるE事務局長らの従前の対応ぶりからすれば,脱退を拒否しても更に脱退するようにという交渉を受ける可能性があるという危惧から,気持を変えて生協を脱退することもやむなしと判断した。

原告X2は,前記脱退届に記入し,松原部会長にこれを提出した。

⑩ 原告X2は,平成17年6月7日,被告の中央本部執行委員長(<証拠省略>)及び同東日本本部の執行委員長(<証拠省略>)宛に,前記通知書の送付及び同記載内容についての同原告の意見を付し,受理することができない旨を記載した抗議文を送付した。

同抗議文は平成17年6月9日到達した。

⑪ 原告X2は,前記通知書を受領した後,平成17年8月になっても被告から何の連絡も来ないため,松原部会長に対して,被告の労組定期大会の状況を尋ねたところ,通知書のような形で(原告X2に)渡すものはないと聞いていると言われた。

⑫ 原告X2には,その後も被告から何らの通知も受けなかったため,本件提訴後,被告の提出した答弁書により,被告が原告X2を被告規約95条に基づく権利停止と除名処分に付したと主張していることを知った。

2  被告規約14条の有効性及び脱退の効力の発生時期について

(1)  被告規約14条には「組合を脱退しようとする者は,予め,その理由を付して中央執行委員長に届出,中央執行委員会の承認を得なければならない」との定めがある。

しかしながら,組合員が所属する労働組合から脱退するか否かは,本来個々の組合員の自由な判断に委ねられるべき事項であり,理由の有無や理由如何により妨げられるべき問題ではなく,脱退の対象となる組合に理由を届けたりその承認を要求することは,構成員の脱退の自由をいわれなく制約するものであり,許されない。

したがって,被告規約14条のうち,脱退の効力の発生を組合の承認にかからしめる部分は組合員の脱退の自由に対する不当な制約として無効であり,その余の手続を定める部分も,脱退の意思表示の明確性を要求する限度においてのみ有効というべきである。

(2)  これを本件について検討すると,原告X1の提出した脱退届(<証拠省略>)には「私はY組合を脱退します。」という文言の下に同原告の所属先や氏名の記載及び押印が認められ,これが原告X1の被告に対する脱退の意思表示であることは客観的に明白である上,内容証明郵便という届出の方式からも明らかであるほか,B委員において,被告の役員から原告X1が会社の合理化案を了解した被告の方針に反対していたと聞かされたと証言していることからしても,平成17年2月4日最初の脱退届が到達した時点で,被告には,原告X1が脱退の意思を表示していることが明示されたものと理解できる。

したがって,原告X1の脱退の意思表示は,最初の脱退届が被告に届いた平成17年2月4日に効果を生じたものと認められる。

また,原告X2の提出した脱退届(<証拠省略>)にも「私はY組合を脱退します。」という文言の下に同原告の所属先,氏名の記載及び押印が認められ,原告X2の被告に対する脱退の意思表示であることは一見して明白である上,内容証明郵便という届出方式によったことでも,原告X2の被告に対する脱退の意思はこれによって十分明示されたものと理解できる。

したがって,原告X2の脱退の意思表示は,平成17年2月8日に効果を生じたものと認められる。

3  被告の行為による不法行為の成否及び損害額の認定について

(1)  前記のとおり,原告X1は平成17年2月4日に,同X2は同月2月8日に被告を脱退しており,労働組合からの脱退は任意であり,その旨の意思表示によって効力を生じるものであるから,労働組合といえども脱退理由の有無や如何により脱退を制限してはならないことは上記したとおりである。

しかも,原告らが被告を脱退した事由は,原告らが退職再雇用制か否かを選択するに際して被告が十分な力添えをしてくれなかったという不満に端を発したものであり,専ら他の労働組合への加入とか被告に対する反対行動を企図したものでもない。被告は原告X1の脱退の自由を妨害してはならないにもかかわらず,f労組が被告に対する敵対組合であって同労組に加入すること自体が被告に対する背信となるとの見解(但し,本件証拠上,f労組が被告と異なる方針を掲げる組合であることを超えて被告に対する敵対組合であることを証し得る証拠は見あたらない。)に依拠して原告X1のf労組への加入を問題視し,脱退後であるにもかかわらず,同原告を被告規約89条3号(組合の秩序と統制を乱したとき)に該当する組合員にあたるとして処遇(調査委員会を設置し,権利停止,除名処分に付したこと等)は上記のとおりであり,それらは原告X1の組合脱退の自由に対する妨害行為と見ざるを得ない。

また,d生協と被告とは別途の組織であり,加入と脱退が連動しているものではないにもかかわらず,平成17年2月9日時点で原告X1に生協から脱退する意思がなく,B委員ら被告の役員らと応対を望まないことを知りながら,その後なおも生協からの脱退を強く働きかけているが,被告の原告X1に対する前記認定事実に認められる一連の行為の態様は,単なる脱退の働きかけとしては度を超えているものと評価せざるを得ず,社会的相当性を逸脱した行為として不法行為を構成するものと認められる。

また,被告は,f労組に対する前記見解に依拠して,原告X2がもはや被告の組合員でなくなっているにもかかわらず,同原告がf労組へ加入し,平成17年3月以降同労組の組合員として活動していることが被告規約89条3号に抵触するとして,原告X2に調査委員会への出頭を要請し,権利停止,除名処分に付する旨通知していることは,原告X2の脱退の自由に対する侵害に他ならないと評価せざるを得ない。

のみならず,平成17年2月9日にはE事務局長が原告X2にはd生協脱退の意思が認められないことを確認しており,原告X2が同事務局長ら被告の者との接触を望んでいないことを知りながら,同原告に対する権利停止,除名処分の通知書と共に会社の社内便を利用するという前例のない方法により,書類の記載方法や提出先まで添書して生協脱退のための書面を送付しており,それら態様やこれが原告X2をしてd生協からの脱退を決意せしめた動機となったことからすれば,それら一連の被告の行為は単なる脱退の働きかけなどではなく,社会的相当性を逸脱したものと評価せざるを得ず,原告X2に対する不法行為を構成するものと認められる。

これらに反する被告の見解は,採用することができない。

(2)  そこで,前記認定事実及びこれに対する評価を前提として,原告らの損害(精神的苦痛を慰謝するための額)について考察する。

原告X1は平成17年2月4日には被告を脱退しており,同原告の脱退の意思が強固であることは同月7日時点で既にB委員も確認したところである。

およそ組合員が所属組合から脱退か否かは組合員個々の自由な意思に基づく判断に委ねられており,組合といえども脱退の自由を制約することは許容されないことは前記したとおりである。ところが,被告のB委員は,「脱退届には承認を要し,承認には数ヶ月かかることもある」などと法的には根拠のない話をし,平成17年2月4日に脱退の効果が生じているにもかかわらず,被告はf労組が反対派組合であって同組合への加入が被告に対する裏切り行為であるとの見解において,原告X1の脱退の決意が強固であり,被告との接触を避けていることを熟知しながら,平成17年3月24日B委員とDとが原告X1の職場を訪問し,調査委員会としての調査であることも知らせずに原告X1から事情を聴取したり,生協からの脱退を要請するという行為に及んだことやその態様,原告X1に対して法的根拠のない除名処分に付したこと等の被告の原告X1に対するそれら一連の対応からして,原告X1が被告の行為により精神的苦痛を受けたことは容易に推認できる。

そこで,原告X1が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額については,金30万円を認めるのが相当と思料する。

原告X2は,前記のとおり,平成17年2月8日に被告を脱退しており,したがって同原告は他の組合へ加入する権利,自由を有している。

ところが,被告は,原告X2の行為が被告に対する反組合的活動であって,他の組合員に対する背信的活動であるとの見解に依拠して,原告X2の脱退後のf労組での活動を問題視し,本来被告の組合員を対象すべき調査委員会を設置して原告X2に出頭を要請し,同原告を権利停止及び除名処分の対象とする等原告X2に対してあたかも被告の組合員の地位が続いているかの取扱いの対象としたばかりか,本訴提起後に至るまで同原告をいわゆる宙ぶらりんの状態に置いたことや,被告のE事務局長らにおいて,平成17年2月9日時点で原告X2にはd生協から脱退する意思がないことを確認できたにもかかわらず,調査委員会からの通知書と一緒に社内便という前例のない方法を用いて生協からの脱退届出書類を送付したことが,原告X2をして精神的動揺をもたらし,これ以上生協からの脱退勧告につき合わされたくないという心理に陥らせ,d生協をやめざるを得ないという決意をさせることになったことが認められるところからすれば,それら一連の被告の対応によって原告X2が精神的苦痛を受けたことは容易に推認できる。そこで,それによって原告X2の被った精神的苦痛を癒すための慰謝料の額としては金40万円を認めるのが相当であると思料する。

4  被告の組合員でないことの確認を求める原告X2の訴えについて

原告は,原告X2が被告の組合員ではないことを確認を求めているが,被告は原告X2は平成17年7月12日以降被告の組合員ではなくなったとしており,本件口頭弁論終結時において,原告X2が被告の組合員ではないことについては争いがないことになる。

したがって,原告X2の被告の組合員でないことの確認を求める訴えは,確認の利益が認められないものとして却下されざるを得ない。

第4結論

上記の次第であるから,本件慰謝料請求については主文掲記の限度で理由がある。

原告X2の被告の組合員でないことの確認を求める訴えは不適法であるから,却下する。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 伊澤文子)

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