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仙台地方裁判所 平成17年(ワ)772号 判決 2009年3月19日

原告 X社

同代表者取締役 A

同訴訟代理人弁護士 戸田滿弘

同 千本りつ子

同 山本剛也

上記戸田滿弘訴訟復代理人弁護士 伊藤洋平

被告 Y社

同代表者取締役 B

同訴訟代理人弁護士 古田啓昌

同 髙橋玄

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者が求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)被告は,原告に対し,4888万5030円及びこれに対する平成16年7月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)訴訟費用は,被告の負担とする。

(3)仮執行宣言

2  本案前の答弁

(1)本件訴えを却下する。

(2)訴訟費用は,原告の負担とする。

3  請求の趣旨に対する答弁

(1)原告の請求を棄却する。

(2)訴訟費用は,原告の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,原告が,被告に対し,下記の船舶衝突事故(以下「本件事故」という。本件事故の発生自体については,当事者間に争いがない。)は,被告所有船舶の船長又は当直責任者の航法違反,操船上の過失によって発生したと主張して,不法行為に基づく損害賠償として,合計4888万5030円及びこれに対する不法行為の日である平成16年7月3日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2004年(平成16年)7月3日(世界標準時0時10分)現地時刻午前10時10分ころ,北緯48度07分,東経154度35分の地点(千島列島オストロフ・マツア島東方沖合の北太平洋の公海上)において,原告がパナマ法人ベルフライ・オーシャン・インクから裸傭船(賃借)していたパナマ船籍の貨物船ジョチョー号(“JOCHOH”,総トン数4458トン)と被告が所有していたロシア船籍のトロール漁船バイコフスク号(“BAYKOVSK”,総トン数4347トン)とが衝突した事故

2  争点

(1)本案前の主張(国際裁判管轄の有無)について

ア 被告の主張

(ア)国際裁判管轄の原則について

本来国の裁判権はその主権の一作用としてされるものであり,裁判権の及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であるから,被告が外国に本店を有する外国法人である場合は,その法人が進んで服する場合のほか日本の裁判権は及ばないのが原則である。したがって,被告は,ロシア連邦の法人であるから,日本国の裁判権は被告に及ばないのが原則である。

もっとも,その例外として,わが国の領土の一部である土地に関する事件その他被告がわが国となんらかの法的関連を有する事件については,被告の国籍,所在のいかんを問わず,その者をわが国の裁判権に服させるのを相当とする場合のあることをも否定し難いところである。どのような場合にわが国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては,国際的に承認された一般的な準則が存在せず,国際的慣習法の成熟も十分ではないため,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして,わが国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは,原則として,わが国の裁判所に提起された訴訟事件につき,被告をわが国の裁判権に服させるのが相当であるが,わが国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には,わが国の国際裁判管轄を否定すべきである。

本件は,上記1のとおり,原告が裸傭船する船舶「ジョチョー号」(パナマ船籍。以下「原告船」という。)と被告(ロシア法人)が所有する船舶「バイコフスク号」(ロシア船籍。以下「被告船」という。)が,千島列島オストロフ・マツア島東方の北太平洋の公海上(ロシア連邦の排他的経済水域)で衝突した事故(本件事故)について,原告が被告に対し不法行為に基づく損害賠償を請求するものであるが,本件においては,わが国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるとは言えず,また,わが国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があるから,日本国の裁判権は被告に及ばないというべきである。

(イ)民訴法の規定する裁判籍の存否について

a 民訴法5条10号について

被告船の最初の寄港地は仙台地方裁判所の管内には所在しないし,原告船の最初の寄港地が宮城県石巻港であったことを裏付ける証拠はない。

b 民訴法4条5項について

訴えは,被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所(本件ではロシアの裁判所)の管轄に属するのがわが国の民訴法の原則であり,仮に原告の普通裁判籍が日本にあるからといって,日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定する理由にはならない。しかも,原告は,パナマ共和国パナマ市に本店を有するパナマ法人であるから,その普通裁判籍を管轄する裁判所はパナマ共和国の裁判所である。

c 民訴法5条5号について

本件は,原告船の運行管理者であるフェイス・マリン社に対する訴えではないから,同社の事務所又は営業所が日本に存在したとしても,それによって日本の裁判所に管轄が生じる余地はない。そもそも,フェイス・マリン社が日本に事務所又は営業所を有しているという証拠はなく,本件事故がフェイス・マリン社の事務所又は営業所の業務に関連するものであるという証拠もない。

(ウ)特段の事情について

a 民訴法5条10号が,「損害を受けた船舶が最初に到達した地」を特別裁判籍としたのは,当該地が証拠調べに最も都合がよいと想定されるからである。しかるに,本件においては,本案の審理にあたって必要になることが予想される証拠方法(証人,検証物及び書証を含む。)は,いずれも仙台地方裁判所管内には存在せず,同庁が証拠調べに最も都合がよいとは到底言えない。したがって,仮に,原告船の最初の寄港地が宮城県石巻港であったとしても,それを管轄原因として本件につき同庁の国際裁判管轄を肯定することは,民訴法5条10号の趣旨に反する。むしろ,原告船の船長その他の乗員が韓国人であること,及び被告船の船長その他の乗員がロシア人であることに照らせば,同庁が本案の審理を行うよりも,ロシアの裁判所で本案の審理を行う方が,はるかに証拠調べに都合がよい。本件について仙台地方裁判所が本案の審理判断を行うことは,当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反することが明らかであり,むしろロシアの裁判所において審理判断を行う方が適切である。

b 原告は,平成16年7月3日に発生した本件事故について不法行為に基づく損害賠償を請求しているから,仙台地方裁判所が本件について本案の審理判断を行うのであれば,法の適用に関する通則法(平成18年6月21日法律第78号,以下「新法」という。)附則3条4項の規定に従い新法による改正前の法例(明治31年法律第10号,以下「旧法例」という。)11条に基づいて準拠法を選択することになる。旧法例11条は,原因事実発生地の法を不法行為の準拠法としているが,本件事故は,北緯48度07分,東経154度35分の公海上で発生しているから,不法行為地法として指定すべき法が存在しない。本件のように,船舶の衝突が公海上で発生した場合,最密接関連地法を適用するか,両船舶の旗国法を累積適用することとなるところ,本件事故は,原告(パナマ法人)が裸傭船する原告船(パナマ船籍)と被告(ロシア法人)が所有する被告船(ロシア船籍。なお,船長その他の乗員はロシア人である。)が,千島列島オストロフ・マツア島東方の北太平洋の公海上(ロシア連邦の排他的経済水域)で衝突したものであるから,最密接関連地法による場合にはロシア法が適用され,両船舶の旗国法を累積適用する場合にはパナマ法とロシア法が累積適用されることになる。

したがって,仙台地方裁判所が本件について本案の審理判断を行う場合には,ロシアの不法行為法(両船舶の旗国法を累積適用する場合には,これに加えてパナマの不法行為法)について調査し,これを適切に解釈適用しなければならないこととなる。このような外国法の調査には多大な困難が伴うことが予測され,また,いかに調査を尽くしたとしても,外国法の解釈適用を誤る可能性を払拭できない。したがって,本件について仙台地方裁判所が本案の審理判断を行うことは,当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反することが明らかであり,むしろロシアの裁判所において審理判断を行う方が適切である。原告は,パナマ共和国のパナマ市に本店を有するパナマ法人であるから,本件についてロシアの裁判所で審理を行うか,日本の裁判所で審理を行うかによって原告の負担が大きく相違するとは思われない。

c 被告は,原告が本訴を提起するより前の平成17年5月13日,本件事故について,パナマ法人ベルフライ・オーシャン・インク(原告船の所有者)に対する損害賠償請求訴訟をペトロパブロフスク・カムチャツキー市所在のロシア連邦裁判所に提起した(以下「カムチャッカ訴訟」という。)ロシア連邦裁判所は,証拠調べの結果,本件事故は原告船の過失によって生じたものであると認定し,平成18年12月1日,ベルフライ・オーシャン・インクに対し,120万2143.98ルーブル(1ルーブル=4.55円で換算すると約546万9755円となる。)の賠償を命じる判決を言い渡し,同判決は確定している(以下「カムチャッカ判決」という。)。

カムチャッカ訴訟の被告であるパナマ法人ベルフライ・オーシャン・インクは,本訴の原告とは形式的には法人格を異にするが,両者は原告船の所有者と裸傭船者という密接な関係にある。したがって,カムチャッカ判決によって既に確定された本件事故の原因(原告船側の過失)について,仙台地方裁判所が改めて本件訴訟において審理判断を行うことは,実質的に同一の当事者間において,実質的に同一の紛争について重複して審理判断を行うこととなり,訴訟費用の2重負担,司法制度の加重な負担,矛盾判決の可能性などの弊害を生じる。カムチャッカ判決が確定しているにもかかわらず,本件について仙台地方裁判所が本案の審理判断を行うことは,当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反することが明らかである。

イ 原告の主張

(ア)民訴法の規定する裁判籍の存否について

原告船は,平成16年7月3日現地時間10時10分ころ,本件事故が発生した後,宮城県石巻港に向かい,同年7月6日に石巻港に入港しており,その間,いかなる港にも寄港していない。したがって,宮城県石巻港は,原告船が本件事故後最初に到達した地であるところ,最初に到達した地に裁判管轄を認める民訴法5条10号の規定は,国内裁判管轄規定としてのみならず,国際裁判管轄に関する規定としても認められているから,本件ではわが国に国際裁判管轄が認められる。

(イ)特段の事情の不存在について

原告船は,便宜置籍国として最も有名なパナマの船籍であること,原告代表者が日本人であること,保険契約の締結が日本で行われていること,運行管理者が日本法人であるフェイス・マリン社であることなどから,自国籍の船舶に対する規則や制約の緩やかなパナマに船籍を置いている便宜置籍船である。そして便宜置籍船が船舶衝突の当事者となっている場合には,その準拠法として当該船舶の旗国法を基準として累積適用説を採用するのは相当ではなく,法廷地法あるいは最密接関連地の法に準拠すべきであり,本件において,原告船の運行管理は日本法人であるフェイス・マリン社が行っていること,原告の損害はすべて日本において現実化したものであることに照らすと,最密接関連地法は日本法である。

本件についてロシアの裁判所で裁判をしたとしてもパナマ法など外国法の問題は生じ得るのであるから,日本での裁判を否定する理由にはならない。そもそも,新法や旧法例は,国際裁判管轄の有無と準拠法の問題を明確に区別しており,日本の裁判所が外国法を適用する場合があることを当然の前提としている。外国法が適用されるから日本の裁判所に管轄がないという主張は本末転倒である。

また,カムチャッカ判決は,欠席裁判で証人尋問を行わず,書面審理のみで判決を下しており,ロシア人船員の証人尋問が必要とは限らないし,仮にロシア人船員の証人尋問を実施することになったとしても,そのために必要な訴訟費用については,被告の担保提供の申立てに従い原告が担保を提供しているから,何ら不都合はない。

(ウ)カムチャッカ判決について

ロシア連邦裁判所は,被告が原告船の登録船主であるパナマ法人ベルフライ・オーシャン・インクに対して提起した訴訟(カムチャッカ訴訟)について裁判管轄を認めた。しかし,その根拠は,本件事故の発生した地点がロシア連邦の排他的経済水域に属するというものであるところ,排他的経済水域は,領海とは異なり,主権が及ばないのであるから,ロシア連邦裁判所がカムチャッカ訴訟について国際裁判管轄を認めた判断は,国際法の観点から非常識というほかない。

また,カムチャッカ訴訟においては,ベルフライ・オーシャン・インク及び原告から反訴請求はなされておらず,原告船側の損害(本訴の訴訟物)については,どの国の裁判所においても審理がなされていない。すなわち,被告は,自らの損害についてロシアで裁判を提起し,原告は自らの損害について日本で裁判を提起したのであって,これらの訴訟に関して国際訴訟競合は一切生じていない。原告は,消滅時効の関係から,もはやロシアで訴訟提起することはできないから,今後,国際訴訟競合が生じる可能性も皆無である。訴訟費用の2重負担,司法制度の加重な負担,矛盾判決の可能性などの弊害が生じるおそれは存在しない。

カムチャッカ判決は,国際民事訴訟法上要求される送達がなされておらず,無効である。ベルフライ・オーシャン・インクによると,ロシア連邦裁判所からの呼出は,通常の国際郵便で送付されてきたため,開封せずに送り返したとのことである。カムチャッカ判決は,国際民事訴訟法上要求される送達手続を経ていないことは明らかであり,送達手続も経ずに被告欠席のまま原告から提出された書面のみを証拠として下された判決であって,無効というべきである。

(エ)船舶衝突事故に起因する紛争は,通常は,事故直後から保証状の交換等の話し合いを行い,交渉の末に管轄について合意することも多く,当事者間の相互の協力があって初めて事件解決に至るものである。本件でも,当初は,原告・被告双方の代理人間で協議を行っていた。原告代理人は,当初,香港での裁判管轄を提案していたが,平成16年8月13日,被告側代理人から,韓国での裁判管轄の提案がなされた。これを受けて,原告代理人は,同月16日,被告側代理人に対しFAXを送信し,香港の代わりに韓国の裁判管轄に同意する用意があることを通知し,被告側の回答を求めた。被告側代理人から何の連絡もなかったため,原告代理人は,同月25日,同年9月8日,同月15日と繰り返しFAXを送り,被告側の回答を求めたが,やはり被告側代理人からは何の連絡もなく,その後,突然一方的に協議を打ち切られ,ロシア連邦裁判所に提訴されてしまったため,原告も訴訟提起を余儀なくされた。上記のような本訴提起に至る経緯に照らしても,わが国で裁判を行うことが,当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情は存在しない。

(2)本案の主張

ア 原告の主張(請求原因)

(ア)当事者

a 原告は,パナマ法人ベルフライ・オーシャン・インクが所有する貨物船ジョチョー号(“JOCHOH”,総トン数4458トン,全長120.75メートル,船籍港パナマ)を裸傭船(賃借)し,海運業を営むパナマ法人である。

b 被告は,水産業等を業とするロシア法人であり,本件事故当時,漁船バイコフスク号(“BAYKOVSK”,総トン数4347トン,全長103.70メートル,船籍ロシア連邦ペトロパブロフスク・カムチャッツキー)を所有していた。

(イ)本件事故の発生

a 衝突日時

2004年(平成16年)7月3日(世界標準時0時10分)現地時刻午前10時10分ころ

b 衝突地点

北緯48度07分,東経154度35分の地点(千島列島オストロフ・マツア島東方沖合の北太平洋の公海上)

c 衝突船舶

パナマ船籍の貨物船ジョチョー号(原告船)とロシア船籍のトロール漁船バイコフスク号(被告船)とが衝突した。

d 衝突の状況

原告船は,平成16年6月29日,空船で韓国釜山港を出港し,アメリカ合衆国アラスカ州ダッチハーバー港に向けて出港した。原告船は,ダッチハーバーにて冷凍水産物を積み込む予定であった。原告船は,津軽海峡を通過し,順調に航海を続け,同年7月3日8時15分(現地時間),千島列島オストロフ・ラシュワ島の東約40マイルの地点を49度の針路,約16ノット(時速約30キロメートル)の速力で進航した。このとき視界は良好であった。同日10時ころ,当直中の原告船の三等航海士は,左舷船首前方にロシアの漁船数隻が原告船の方に向かって航行してくるのを視認した。このような場合,原告船は,針路,速力を保持しなければならない保持船であり,原告船左舷前方から接近するロシア漁船は,避航船となる。そこで原告船の三等航海士は,原告船の針路,速力を保持したまま航行を続けたところ,左舷前方のロシア漁船のうち,2隻は原告船船尾後方に換わっていったが,残り2隻が原告船左舷前方に接近してきたことから,やむなく,原告船の三等航海士は,衝突を避けるため,原告船を右転させた。同日午前10時10分ころ,北緯48度07分,東経154度35分の地点(千島列島オストロフ・マツア島東方沖合の北太平洋の公海上)において,原告船の針路が約80度になったとき,左舷前方から接近する2隻のうち1隻のロシア船(被告船)が原告船の左舷部にほぼ直角の角度で衝突し,原告船の左舷部の外板に長さ約50メートルにわたって損傷を与えた。被告船は,右舷船首のバウチョックが軽微な損傷を被っただけであった。

e 衝突後の状況

原告船は,本件事故による損傷により,アラスカのダッチハーバーまで向かうことができなくなり,急遽,応急修繕のため,現場から宮城県石巻港に向かい,平成16年7月6日石巻港に入港し,同地で応急,仮修繕をした後,同月8日石巻港を出港し,函館港に回航され,函館ドッグに入渠し,本修繕を施工された。本修繕は同月21日終了し,原告船は,同日,函館港を出港して航海を再開した。

(ウ)本件事故の原因と責任原因

本件事故は,避航船であった被告船が,保持船であった原告船の進路を避けなかったことによって発生したものである(1972年の海上における衝突の予防のための国際規則15条,海上衝突予防法15条)。すなわち,本件事故は,被告船の船長若しくは当直責任者の航法違反,操船上の過失により発生したものである。

したがって,被告は,商法690条により,船舶所有者として,本件事故によって被告が被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(エ)本件事故による原告の損害

a 緊急入港した石巻港での仮修繕費 84万1603円

b 函館ドッグでの本修繕費 3000万円

c 社団法人日本海事検定協会検査費用 26万8248円

d 日本海事協会検査費用(函館) 10万7161円

e 日本海事協会検査費用(石巻) 10万8819円

f 修理立会費用 22万5520円

g 函館での代理店料その他の港費 18万5129円

h 石巻港での代理店費用 24万5670円

i ペイント代 2万6000円

j 不稼働損害(18.3736111日分)

米貨15万5459.61ドル 1585万6880円

k その他諸費用

米貨1万ドル 102万円

l 合計4888万5030円

(オ)よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償として4888万5030円及びこれに対する不法行為の日である平成16年7月3日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告の主張

(ア)本件事件当時の被告船の動向

本件事故が発生した当時,被告船は,5隻の僚船と船団を組み,トロール漁業に従事していた。平成16年7月3日正午ころ(カムチャッカ時間。以下同じ。),周囲の視界が濃霧により極めて悪かったことから,被告船は周囲の監視を強め,レーダー,目視及び聴覚による監視を行い,船橋上には少なくとも船長,2等航海士,3等航海士及び見張り役の船員がいた。トロールの据付を行う前,船団を組んでいた他の船舶から,不明船が発見され,それに対する呼びかけが継続してなされた。同日12時30分ころ,被告船は船団を組んでいた他の船舶とともにトロールの据付を行い,漁ろうを開始した。これに合わせ,被告船は漁業燈を点灯し,1つの長い音と2つの連続する短い音で構成される音響信号を発し始めた。この後,被告船は,高速度で接近する原告船を避けきれず,同日午後13時10分ころ,本件事故が発生した。

(イ)被告船の責任の有無

被告船は漁ろう中であったのであるから,通常の動力船である原告船に対し,接近方法にかかわらず,動力船が避航船となるのであって,漁船に回避義務は生じない。したがって,この点について,被告船に回避義務があったとする原告の主張には理由がなく,被告に過失はない。

また,本件事故当時,海上は濃霧による視界制限状態にあったが,被告船は灯火を適法になしていた。視界不良にある場合,いずれの船も徐行し,場合によっては停止することが必要となるが,被告船はかかる視界制限状態の航行ルールに何ら反しておらず,この点についても,被告船に過失はない。

さらに,被告船は十分な監視態勢を取っており,回避行動も適切に行っており,本件事故について何らの過失も存しない。

(ウ)原告船の回避行動の問題

原告船は,本件事故当時,見張りの人数が一人しかおらず,その一人の見張りも注意深いものではなかった。また,本件において,通常のルールに則れば,避航船となるのは通常の動力船として,漁ろう中の漁船である被告船とすれ違うことになる原告船である。原告船は,視界制限状態の中,適切な速度を保って航行し,衝突を回避することが必要であったにもかかわらず,14ないし16ノットもの高速度で進路を変えることなく航行しており,被告船の僚船の1隻と近距離においてすれ違った後に急激に被告船の方に進路を変えるという不適切・不十分な回避行動を行っている。被告船に気付いた時期は本件事故のわずか10分前であり,衝突の直前に至っても航行速度を落とした形跡はない。

このように,原告船の見張りの態勢は不十分であり,被告船が漁ろう中であれば取るべき針路転換を怠り,視界制限状態の場合の適切な減速等の対応も怠ったのであるから,これらは1972年の海上における衝突の予防のための国際規則5条ないし8条及び海上衝突予防法5条ないし8条に違反する。本件事故は,このような原告船の過失によって発生したものである。被告船に本件事故の発生について責任はなく,仮にそれが認められたとしても,原告船の上記過失を考慮し,原告の損害は大幅に過失相殺されるべきである。

(エ)原告の主張する損害には根拠がなく,本件事故との関連性も不明である。

第3  当裁判所の判断

1  本案前の主張(国際裁判管轄の有無)について

(1)当裁判所は,本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償請求権の有無につき,わが国は国際裁判管轄を有しないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

ア  本来国の裁判権はその主権の一作用としてされるものであり,裁判権の及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であるから,被告が外国に本店を有する外国法人である場合は,その法人が進んで服する場合のほか日本の裁判権は及ばないのが原則である。

しかしながら,その例外として,わが国の領土の一部である土地に関する事件その他被告がわが国と何らかの法的関連を有する事件については,被告の国籍,所在のいかんを問わず,その者をわが国の裁判権に服させるのを相当とする場合のあることも否定し難いところである。どのような場合にわが国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては,国際的に承認された一般的な準則が存在せず,国際的慣習法の成熟も十分ではないため,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当であり,わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定,たとえば,被告の居所(民訴法4条2項),法人その他の団体の事務所又は営業所(同法4条4項),義務履行地(同法5条1号),被告の財産所在地(同法5条4号),不法行為地(同法5条9号),その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは,原則として,わが国の裁判所に提起された訴訟事件につき,被告をわが国の裁判権に服させるのが相当であるが,わが国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には,わが国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁昭和55年(オ)第130号同56年10月16日第二小法廷判決・民集35巻7号1224頁,最高裁平成5年(オ)第764号同8年6月24日第二小法廷判決・民集50巻7号1451頁,最高裁平成5年(オ)第1660号同9年11月11日第三小法廷判決・民集51巻10号4055頁参照)。

イ  本件についてこれを見るに,本件は,原告(パナマ共和国法人)が裸傭船するパナマ船籍の原告船と被告(ロシア連邦法人)が所有するロシア船籍の被告船が,千島列島オストロフ・マツア島東方の北太平洋の公海上(ロシア連邦の排他的経済水域)で衝突した事故(本件事故)について,原告が被告に対し不法行為に基づく損害賠償を請求するものである(争いがない。)。

したがって,日本国の裁判権は被告に及ばないのが原則であるが,上記アの趣旨に照らせば,本件において,民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは,原則として,わが国の裁判所に提起された訴訟事件につき,被告をわが国の裁判権に服させるのが相当であるから,本件において,民訴法の規定する裁判籍がわが国内にあるかどうかが問題となる。

原告は,原告船は,平成16年7月3日現地時間10時10分ころ,本件事故が発生した後,宮城県石巻港に向かい,同年7月6日に石巻港に入港しており,その間,いかなる港にも寄港していないから,宮城県石巻港は,原告船が本件事故後最初に到達した地であるところ,最初に到達した地に裁判管轄を認める民訴法5条10号の規定は,国内裁判管轄規定としてのみならず,国際裁判管轄に関する規定としても認められているから,本件ではわが国に国際裁判管轄が認められると主張する。

しかし,宮城県石巻港が原告船が本件事故後最初に到達した地であることは認められる(甲23)ものの,原告船は,石巻港に入港後,同港で応急の仮修繕をした後,同月8日に石巻港を出港して函館港に向かい,函館ドッグに入渠し,同月21日まで本修繕を施工した後,同日,函館港を出港して航海を再開したというのである(甲4,7,9,10,14,15,弁論の全趣旨)。民訴法5条10号が船舶の衝突その他海上の事故に基づく損害賠償の訴えについて,損害を受けた船舶が最初に到達した地を管轄する裁判所に管轄権を認めた趣旨は,即時の提訴を容易にし訴訟促進を促すこと,かつ証拠の収集や証拠調べに便利であるということにあると解されるが,原告船が宮城県石巻港に係留されていたのは平成16年7月6日から8日までに過ぎず,その間に本訴が提起されたものではなく,本訴提起時(平成17年6月18日)には,既に原告船やその乗組員は石巻港はもちろん日本自体を離れていたのであるから,民訴法5条10号が最初の到達地に裁判管轄を認めた理由となるべき事情はわが国には全く存在しないといわざるを得ない。したがって,本件の場合,民訴法5条10号の規定をわが国に国際裁判管轄を認める根拠規定とすることは不合理である。他に,民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあることを認めるに足りる事情は存在しない。

したがって,本件においては,民訴法の規定する裁判籍は,いずれもわが国内には存在しないというべきであって,上記原則の例外として,本件訴訟事件につき,被告をわが国の裁判権に服させることは不相当というべきである。

ウ  本件には,以下のとおり,わが国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する事情があると認められる。

(ア)本件事故は,原告(パナマ法人)が裸傭船する原告船(パナマ船籍,なお,船長その他の乗員は韓国人とミャンマー人である。甲3ないし5)と被告(ロシア法人)が所有する被告船(ロシア船籍。なお,船長その他の乗員はロシア人である。乙2ないし4)が,千島列島オストロフ・マツア島東方の北太平洋の公海上(ロシア連邦の排他的経済水域)で衝突したものである。そして,被告は,本件事故の発生についての責任原因そのものを争っており,その責任原因の存否を審理判断するには,本件事故当時の気象状況や被告船の活動態様(漁ろう中であったかどうか),各船舶の位置及び進行方向・進行速度等の事実を適切に認定することが必要であるところ,上記事実について双方の主張は真っ向から食い違っているから,各船舶の乗組員に対する証人尋問の実施は必須不可欠である。しかしながら,上記乗組員は日本国内には一人もいない。したがって,本件事故の発生原因について,わが国で審理判断することは,裁判の適正・迅速を期するという理念に反するというべきである。

(イ)本訴請求は,平成16年7月3日に発生した本件事故について不法行為に基づく損害賠償を請求するものであるから,仙台地方裁判所が本件について本案の審理判断を行うのであれば,新法附則3条4項の規定に従い旧法例11条に基づいて準拠法を選択することになる。旧法例11条は,原因事実発生地の法を不法行為の準拠法としているが,本件事故は,北緯48度07分,東経154度35分の公海上で発生しているから,不法行為地法として指定すべき法は存在しない。そして,本件のように,船舶の衝突が公海上で発生した場合,両船舶の旗国法を累積適用すべきものと解されるところ,本件事故は,原告(パナマ法人)が裸傭船する原告船(パナマ船籍)と被告(ロシア法人)が所有する被告船(ロシア船籍)が衝突したものであるから,パナマ法とロシア法を累積適用すべきことになる。したがって,仙台地方裁判所が本件について本案の審理判断を行う場合には,ロシア及びパナマの不法行為法について調査し,これを適切に解釈適用しなければならないこととなるが,上記外国法の調査には多大な時間と困難が伴うばかりでなく,日本法を解釈適用する場合と比較すれば,その適正性の確保にも限界があることは明らかである。したがって,本件について仙台地方裁判所が本案の審理判断を行うことは,当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反するというべきである。

原告は,原告船が便宜置籍船であること等を理由に,法廷地法あるいは最密接関連地法を準拠法とすべきであると主張する。しかし,仮に,原告船の運行管理が日本法人であるフェイス・マリン社によって行われているとしても,原告がその本店をパナマに置き,原告船をパナマ船籍としたのは,原告や原告船に対する日本法による厳しい規制や制約を免れ,規制や制約の緩やかなパナマ法に従うことを良しとしたからにほかならないのであるから,その本店所在地及び船籍選択の時点において,原告は原告船に対する日本法による保護を放棄したに等しいといわなければならない。それにもかかわらず,船舶衝突という非常事態が生じた場合に限って日本法による保護を求めるという原告の主張は,身勝手に過ぎる主張というべきであって,採用することはできない。

(2)以上のとおりであるから,その余の点を判断するまでもなく,本件訴えは不適法というべきであって,却下を免れない。

2  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 潮見直之)

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