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仙台地方裁判所 平成17年(ワ)836号 判決 2007年9月27日

主文

1  被告は、原告に対し、965万1617円及びうち875万1617円に対する平成14年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し、その2を被告の、その余を原告の負担とする。

4  この判決の第1項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、3322万6312円及びこれに対する平成14年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は、被告が設置管理する塩竈市立○○中学校の剣道部での活動中に、他の生徒が横に振った竹刀が原告の右眼部分にあたり、その結果、原告が右眼視力の低下、右眼内斜視などの障害を負ったことについて、原告が、被告に対し、部活動における指導監督義務違反などを主張して、国家賠償法1条1項に基づいて、損害賠償の支払いを求めた事案である。

2  争いがない事実等(証拠によって認定した事実は、事実ごとに後掲)

(1)  原告(昭和○年○月○日生)は、平成13年4月、塩竈市立○○中学校(以下、「被告学校」という。)に入学した。原告は、小学1年生のときから、塩釜神社境内にあるa道場(以下、「a道場」という。)において、剣道を習っており、平成14年4月当時、被告学校の剣道部に所属していた(〔証拠省略〕)。

その後、原告は、平成16年3月、被告学校を卒業し、同年4月、b高等学校に入学し、平成19年3月、同校を卒業し、同年4月、愛媛県の4年制大学に入学している(〔証拠省略〕)。

被告は、被告学校の設置管理者である。

A1(平成○年○月○日生、以下、「A1」という。)は、平成14年4月、被告学校に入学した。A1も、小学校1年生のときからa道場において、剣道を習っており、平成14年4月20日から同月23日まで、被告学校の剣道部に仮入部した(〔証拠省略〕)。

(2)  平成14年4月23日(以下、平成14年の出来事については、年号を省略する。)は、被告学校の剣道部の練習日であった。剣道部は、被告学校の体育館が狭く、練習場所として1日置きにしか利用できないため、同日の活動は、屋外である被告学校のピロティーにおいて行われた。

原告は、同日の部活動に参加し、午後4時前から午後5時ころまでの予定で、他の正式部員と共に、仮入部生の指導を行っており、A1は、仮入部生として、友人のA2(以下、「A2」という。)と共に、その練習に参加していた。同日の剣道部の参加者は、3年生3名(男子2名、女子1名)、2年生2名(男女1名ずつ)、1年生(仮入部生)約7名であった。上級生5名は、それぞれ1年生(仮入部生)を1、2名受けもって、竹刀の握り方、構え方、竹刀の素振りについて指導していた(原告2頁、19頁、〔証拠省略〕)。

当日は、職員会議があり、剣道部顧問のA3教諭(以下、「A3教諭」という。)は、部活動の練習に立ち会っていなかった。

(3)  同日、午後4時40分ころ、A1が野球のバットのように横に振った竹刀が原告の顔面右眼部分に当たった(以下、「本件事故」という。)。原告は、すぐに3年生の女子部長に付き添われ、保健室に行ったが、鍵がかかっていたため、事務室に行き、養護のA4教諭(以下、「A4教諭」という。)を呼んでもらった。原告は、A4教諭が来るまで、事務室の事務官に、冷たいタオルで顔を冷やしてもらった(〔証拠省略〕)。

原告の学級担任であるA5教諭は、本件事故発生の知らせを受け、同日、午後5時過ぎ、原告の自宅に架電し、原告の母親であるA6(以下、「A6」という。)に対し、剣道の部活動中、原告の目に竹刀が当たり、原告が怪我を負ったので、すぐに迎えに来るよう伝えた。

A6は、かかりつけのc眼科医院に架電し、すぐに原告を連れて行くので、診療時間を過ぎても待っていて欲しいと伝え、保険証などを準備して、被告学校に向かった。

A6が被告学校に到着したころ、原告は、片目で目に当てたタオルを押さえており、原告の眉間から右目の上を通り右頬に至るまで竹刀の跡がクッキリと付いていた。A6は、そのまま原告を連れてc眼科医院に向かった。

原告は、c眼科医院のA7医師(以下、「A7医師」という。)による診察を受け、視力検査、眼球・眼底検査などを受けた(〔証拠省略〕)。

なお、A1は、本件事故の発生は午後4時55分以降であったと供述する(A1頁)が、A1の供述によれば、午後4時55分ころに原告からあと5分あるからまだ練習をやるかと尋ねられてから、本件事故が発生するまでには、一定の時間がかかるはずであり、事故発生後、A3教諭、A4教諭などの教諭に事故発生の事実を伝え、被告学校の方で事情を把握し、A6に連絡をするまでにさらに時間がかかったはずである。そうすると、c眼科医院への到着はさらにその後のこととなるが、c眼科医院の検査記録(〔証拠省略〕)に午後5時3分の記載があることに照らし、A1の上記供述を採用することはできない。

(4)  仮入部とは、新入生が5月からの部活動への正式入部に先立ち、4月中に種々の部活動を見学・体験して、自身の適性にあった部活動を選択できるようにとの目的で設けられた制度である。練習時間は、概ね午後3時30分ころから始まり、仮入部生は午後5時まで、その他の部員は午後6時までとなっていた(〔証拠省略〕)。

(5)  剣道部の顧問は、平成12年4月から平成14年3月まで、A3教諭とA8教諭(以下、「A8教諭」といい、A3教諭とA8教諭とを併せて「顧問教諭ら」という。)の2人であったが、同年4月からは、他の部活動の顧問が不足したことにより、部員の少なかった剣道部の顧問がA3教諭1人とされた(〔証拠省略〕)。A3教諭は、小学校6年生から大学卒業までの間、剣道をしており、3段を持っている(〔証拠省略〕)。

3  争点

(1)  国家賠償法1条1項に基づく被告の責任

(2)  損害の発生及び数額並びに本件事故と原告の視力低下との相当因果関係

(3)  心因的要因の寄与による過失相殺の類推適用

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)について

ア 原告の主張

(ア) 本件事故は、被告学校の部活動中に起きた事故である。学校の部活動は、教育活動の一環に位置付けられているのであるから、学校教諭の部活動における指導やその実施計画の作成は、教育活動の一環として実施されるべきものである。

したがって、部活動に関する学校教諭の実施計画の作成及び指導監督は、学校教育活動に関わる職務を行うについてなされたものであるから、国家賠償法1条の要件に該当する。

(イ) 部活動は、それが必修であろうと課外のものであろうと、学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施について、顧問の教諭を始め学校側に、生徒を指導監督し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるし、危険から生徒を保護するために常に安全に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。この注意義務の程度は、部活動の性質・危険性の程度、生徒の学年・年齢、生徒の技能・体力などを考慮して判断するべきである。

(ウ) 剣道の竹刀を振り回せば、周囲の人に怪我を負わせる危険性のあるものであるから、素振りの練習をさせるときには、部員間の間隔を十分に空け、振り回した竹刀が周囲の部員に当たらないように配慮する必要がある。もちろん、部員が竹刀を横に振るなどという危険な行為は厳に禁じ、そのような行動に出ないよう指導監督する必要がある。特に中学生の間は成長期にあり、身体面と精神面にアンバランスが生じがちであり、中学生が振り回した竹刀が、他の生徒に危害を加える可能性は高い。

したがって、剣道部の練習において、素振りなど竹刀を用いる練習をさせるときは、原則として、顧問の教諭が練習に立ち会い、事故の発生を未然に防止する注意義務を負うというべきである。

特に、本件事故は、仮入部期間中の仮入部生に対し、「竹刀の握り方」や「素振り」の練習をさせていた際に生じたものであるところ、仮入部期間中は、精神的にも危険性に対する認識も未熟な1年生が多数参加することが予定されている。本件事故当日も、正式部員5名に対し、仮入部生が約7名参加していた。また、仮入部生は、正式部員と異なり、剣道の経験や習熟度が様々で、かつ、部に対する帰属意識が低く、顧問の教諭による防具などに関する具体的指導を受けた経験が乏しく、上級生の指導のみでは対処し得ない事態もあり得るのであるから、教諭などの大人が練習を統率する必要が高い。

したがって、本件のように、仮入部期間中に人に危害を与える危険のある竹刀の素振りの練習をさせる場合は、普段の練習以上に、顧問の教諭が立ち会って、危険発生防止のため指導監督する必要性が高い。

しかるに、顧問教諭らは、練習に立ち会って指導監督することを怠り、また、仮入部生に対する具体的指導をすることなく、上級生のみの指導に委ねて仮入部生に素振りの練習をさせ、本件事故の発生を未然に防ぐことをしなかった。顧問教諭らは、部長などの生徒らに対し、全く指示をせず、本件事故当日も職員会議への出席を優先させて、立ち会わなかった。

(エ) 顧問教諭らによる指導状況などについて

顧問教諭らは、練習メニューの作成に全く関与せず、生徒にそれを丸投げしている状態であった。

本来であれば、剣道部の顧問は、具体的な練習計画を作成するだけではなく、練習メニューの実施方法を決める際であっても、素振りの練習であれば、竹刀が相互に当たらないよう部員を適正に配置し、部員が安全に練習メニューをこなせるように配慮する義務があるというべきである。

しかるに、顧問教諭らは、練習メニューの作成ですら、生徒に丸投げをしており、全く関与していなかった。

また、顧問教諭らは、1か月近くも練習に顔を見せないこともあった。

他方、本件事故後、被告学校においては、職員会議、研修などで教職員が指導につかない場合は、原則として部活動は全て中止とする方針を採用している。

イ 被告の主張

(ア) 本件事故は、中学生の部活動中における事故である。部活動は、正課授業とは異なり、本来生徒の自主性を尊重すべきものであって、学校側に生徒の全ての行動に目を配るべき注意義務までは課されない。したがって、部活動中に生じた事故に関しては、そのような事故が発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情がある場合を除いて、顧問教諭が個々の活動に常時立会い、監視指導すべき義務までを負うものではない。

(イ) 顧問教諭らは、剣道部員に対して、竹刀(特にいわゆる竹刀の「ささくれ」)や防具の扱い方について、竹刀の持つ一般的な危険性を説明、注意するとともに、素振りは常識的に安全な間隔をとって行うことを随時指導し、生徒同士が安全な間隔を保っていなければ、もっと間隔を開けるように注意していた。

また、仮入部期間中は、初歩的な「素振り」を体験させること、剣道部の雰囲気に親しませることを主眼としていたので、仮入部生に体験させることは、「構え方」と「素振りの仕方」などの基本的所作に限られていた。したがって、練習内容は、格別危険を伴うものではなく、顧問教諭らの立ち会いの必要性を高めるものではない。

(ウ) ところで、本件事故の発生経緯は次のとおりである。

まず、原告が、事故当日の部活動中に、竹刀を野球のバットのように横に振っていたところ、A1とA2とが、原告の所作を目撃し、それに触発されて、A1が竹刀を横に振り、A2がしゃがんでよけるという遊びを始めた。そこに、原告が来て、音が鳴るように竹刀を振ってA2の頭上で止めてみせ、「よく鳴るでしょ」と言った。

その後、原告が2人から離れたとき、A1は、自分も竹刀で音を鳴らしてみようと考え、竹刀を横に振ったところ、ちょうど原告が、A1の方を振り向き、A1が振った竹刀の先端が原告の右眼付近に当たり、その結果、原告の右眼付近から出血した。

(エ) 上記発生の経緯のように、剣道の練習中に音を出すためだけに竹刀を横に振るという動作は、通常はない状況であること、中学生ともなれば自分が行う行動の一般的な危険性の有無は十分に判断できること、本件が仮入部生による一時的な体験学習の場であって、仮入部生には構え方、素振りの仕方、竹刀の握り方といった基本的所作のみが許されていたこと、顧問教諭らは、竹刀の扱い方について危険が生じないように常日頃から部員に注意を行っていたこと、仮入部期間中もそれ以前の通常の部活動においてもこれまで顧問教諭らは、生徒が竹刀を横に振って遊んでいるような光景を目にしたことはなく、剣道部長などから、部活動中に竹刀を横に振るなどの危険行為があった旨の申告はなかったこと、被告学校において、仮入部期間中の部活動で事故が発生したことはなかったこと、顧問教諭らは事故当日職員会議への出席が要請されていたことなどを勘案すれば、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情はなかったというべきである。

したがって、本件において、顧問教諭らには部活動に立ち会う義務はなかった。

(オ) 顧問教諭らによる指導状況について

剣道部の練習メニューは、体育館が使える日は防具をつけて稽古をし、体育館が使えない日は外で素振りなどを行うということがおおよそ決まっていた。防具をつけての稽古も、①基本練習(面打ち・1本打ち・2段打ちなど)、②懸かり稽古、③その他の練習と、練習の原則的内容は確立していた。

そして、顧問教諭らは、少なくとも週に1回程度は、直接部活動の指導を行い、大会が近いときには顧問教諭自ら防具をつけて技などの指導を行っていたものである。

顧問教諭らが、練習メニューの作成ですら生徒に丸投げをして関与していなかったということはない。

ウ 原告の反論―本件事故の発生経緯について

原告は、1年生に素振りなどの指導を行っていたが、その手を休め、ふとグラウンドの方を眺め、左後方に振り返ったところ、A1が、竹刀を野球のバットのように横方向に思いっきり振った。その結果、A1の竹刀が、振り向きざまの原告の顔面右眼部分を殴打し、これにより原告は斜め後方に倒れた。

被告が主張する発生経緯は、本件提訴前の調停時になって、A1側がはじめて主張したものであり、調停前の交渉においては、学校側はおろかA1も主張していなかった。本件事故当時の被告学校長であるA9(以下、「A9校長」という。)が作成した、塩竈市教育委員会委員長A10宛の平成14年4月26日付の報告書にも、原告が竹刀を横に振って遊んでいたなどという記載は一切ない。

(2)  争点(2)について

ア 原告の主張

(ア) 逸失利益 3542万4670円

ただし、症状固定日は、平成19年2月3日である。

a 全年齢平均給与額の年相当額 442万9000円

原告は、4年制大学に進学したので、平成17年女子大学卒業全年齢平均の賃金センサスによる。

b 労働能力喪失率 45%

(a) 後遺症障害等級9級1号(両眼の矯正視力が0.6以下)

原告の視力は、裸眼視力(右0.01、左0.15)矯正視力(右0.08、左0.4)である。

(b) 後遺症障害等級12級1号(1眼の眼球に著しい調節機能障害)視野狭窄、内斜視

(c) 13級以上に該当する身体障害が2つ以上存在することにより、1級繰り上げとなり、後遺障害等級併合8級となる。

c ライプニッツ係数 17.7741

症状固定日における原告の年齢が18歳であること、原告は、4年制大学に進学していることから、22歳から67歳までの45年間のライプニッツ係数である。

d 合計

442万9000円×0.45×17.7741=3542万4670円

(イ) 後遺症及び入通院慰謝料 500万円

原告は、本件事故に関し、1か月以上入院し、2年以上通院している。

(ウ) 治療費 183万1580円

(エ) 災害共済給付金 40万6902円

(オ) 既払い金 250万円

原告は、平成17年6月2日、仙台簡易裁判所において、A1の両親であるA11及びA12から、本件事故の解決金として、250万円を調停の席上において受領した。

(カ) 小計 3934万9348円

(キ) 弁護士費用 300万円

(ク) 合計 4234万9348円

イ 被告の主張

否認する。特に、逸失利益に関しては、本件事故と原告の視力低下との間には、相当因果関係が認められず、仮に、相当因果関係が認められたとしても、症状固定日は、平成14年6月3日とすべきである。具体的には、以下のとおりであり、この主張は、塩釜市立病院(以下、「市立病院」という。)眼科のA13医師の見解に沿うものである。

(ア) 事実経過

原告の右眼視力は、平成8年度D(0.2以下)、平成9年度B(0.7~0.9)、平成10年度C(0.6~0.3)、平成11年度D、平成12年度A(1.0以上)、平成13年度Aと、AからDまでの間で、各年度ごとに変化していた。

本件事故発生当日、原告の右眼視力は、0.3(矯正視力0.5)であった。

原告は、6月3日、東北大学医学部A14教授(以下、「A14医師」という。)の診断を受けた、外傷性視神経症を疑わせる所見はなく、右眼視力0.1(矯正視力0.2)と診断された。その際、traumatic neurosis(外傷性(賠償)神経症)の疑いで精神神経科への紹介を受けたが、原告及びその両親は、ともに精神科受診に対し非常に抵抗があり、受診しないままであった。

原告は、9月8日、風呂場で倒れ、2、3分意識を失った。

原告は、9月、食欲不振と嘔吐を繰り返すため、市立病院小児科に1か月半入院した。

原告の右眼視力は、平成15年1月から次第に低下し、同年2月は0.1(矯正不能)、同年3月0.03(同)、同年4月0.04(同)となった。

(イ) 原告の右眼視力が本件事故から9か月も経過した平成15年1月ころから次第に低下していること、原告の右眼には他覚的異常所見はみられないことに照らせば、原告の視力低下は精神神経症状に起因していることが明らかであり、原告は、6月3日、A14医師から精神科を紹介されたにもかかわらず、自ら同科の受診を拒んだのであるから、原告の心因性視力障害と本件事故との因果性は相当希薄というべきであり、相当因果関係は存在しない。

(ウ) 仮に、相当因果関係が認められたとしても、上記診療経過などを勘案すれば、遅くとも6月3日の段階では原告の症状が固定し、それ以後の視力の変動は本件事故との相当因果関係の範囲に入らないものというべきである。

そうすると、本件事故と相当因果関係のある損害としての後遺障害は、原告の視力につき、右眼視力0.1(矯正視力0.2)の範囲で認定されるべきであり、後遺障害等級は13級1号(1眼の視力が0.6以下になったもの)となり、その労働能力喪失率は9%と評価されるべきである。

ウ 原告の反論

仮に、原告の視力低下について心因的要因が関係しているとしても、それは本件事故による精神的ショックや事故後の学校の対応を原因とするものというべきであり、因果関係は認められるはずである。

(3)  争点(3)について

ア 被告の主張

上記4(1)イ(ウ)で主張した本件事故の発生経緯によれば、本件事故の発生につき原告の側にも過失があり、また、(2)イ(ア)で主張した事実経過によれば、原告の視力低下には、原告の心因的要因が寄与しているというべきであって、原告の損害額は、民法722条2項を適用して、減額されるべきである。

イ 原告の主張

争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  事実経過について

ア 証拠(事実ごとに後掲)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 平成12年度、13年度における顧問教諭らによる指導状況について

a 顧問の立会による指導・監督の有無、頻度、内容

剣道部は、平日、毎日練習をしていた(〔証拠省略〕)。

A3教諭は、中学校総合体育大会(以下、「中総体」という。)などの大会が近いときには、平日の練習のうち少なくとも1日以上は練習に立ち会い、それ以外のときには、2週間に1日程度立ち会うだけになるときもあったので、平均すると、平日の練習のうち週に1日程度は、練習に立ち会って部員達に直接指導していた。(〔証拠省略〕)。他方、A8教諭は、A3教諭よりも多く、剣道部の練習に立ち会っていた(〔証拠省略〕)。

顧問教諭らは、剣道部の練習に立ち会っているときには、素振りや稽古で部員同士がぶつかるような危険性が予想されるときには声をかけ、練習で使える広さを考えて練習の指示を与えていた。顧問教諭らのうち、A3教諭は主に技術面の指導を、A8教諭は主に精神面の指導を担当し、練習中に怪我が発生してしまったような機会をとらえて、具体的な再発防止の指導を行っていた(〔証拠省略〕)。

顧問教諭らは、入試時期など剣道部の練習に立ち会えない場合は、予め、剣道部の部長等に練習に立ち会えない旨を伝え、練習が終わったときは、部長が顧問教諭らに報告し、顧問教諭らが練習場所に向かい、挨拶や話をし、顧問教諭らが練習場所に行くことができないときは、部長から練習の様子を聞き、部長に連絡事項を伝達させ、「終わりにしていいよ」と言って、終わらせていた。特に、生徒主導による練習がしっかりとできているときには、その頑張りを褒めるなどして指導していた(〔証拠省略〕)。

他方、剣道部の部員は、顧問教諭らが練習に立ち会えないときは、生徒主導により練習に取り組んでいたが、その際、顧問教諭らから、練習に関する具体的な注意事項について、指導を受けたことはなかった(〔証拠省略〕)。

A3教諭は、生徒に対し、竹刀の危険性について、特に防具をつけた状態では、竹刀の竹のささくれがとれて目に直接刺さり、失明してしまうなどの話をし、剣先のゆるみ、竹のささくれ、弦の緩みなどの点検をさせるようにし、生徒自身で竹刀の整備ができないときは、顧問教諭らが練習時間の合間や練習の終わりに、竹刀の点検、整備を行っていた。特に、中総体や新人大会の前日には、用具入れの整備や竹刀の整備を重点的に行わせるようにした。A8教諭は、竹刀の扱いについて、「体の一部なので、扱いを粗末にするな」という指導を行っていた(〔証拠省略〕)。

また、防具についても、生徒に対し、点検・整備するように促し、場合によっては顧問教諭らが点検していた(〔証拠省略〕)。

剣道部では、週に1回程度休日の練習が行われており、その際、顧問教諭らは、一番最初に体育館を使うときには、生徒より早く出勤し、体育館の開錠などを行い、練習に立ち会うようにしていた(〔証拠省略〕)が、生徒が顧問教諭らより早く来る日もあり、A3教諭が遅れたために生徒が外で待っていた日もあった(〔証拠省略〕)。

本件事故後、A3教諭は、しばらくの間、週に2、3日程度は部活動に立ち会っていたが、間もなく、事故前の頃のようにあまり立ち会わないようになった(〔証拠省略〕)。

b 練習メニューの作成

A3教諭は、平成12年7月ころ、剣道部練習計画を作成した(〔証拠省略〕)。それによると、剣道部での稽古には、練習の流れ(掃除、準備体操、基本稽古、応用稽古、整理体操)が決まっていた。これに加えて、速さを求める練習など、より具体的な課題を解決するための練習内容が必要であると判断した場合には、顧問教諭らが、練習を追加し、具体的に手本を見せて指導していた(〔証拠省略〕)。

(イ) 本件事故の発生状況について

a 仮入部制度について

被告学校では、入学式の翌日ころに、生徒会行事である対面式が行われ、その際に、各部活動の紹介がされるとともに、校務分掌の部活動担当教諭から、仮入部期間の意義や正式入部までの流れ、仮入部期間の練習参加時間などについて説明される。その後、新入生は、4月末ころまでの仮入部期間を経て、5月の部活動集会で入部届けを提出し、正式入部となる(〔証拠省略〕)。

仮入部期間中は、仮入部届けのようなものはなく、新入生が自由に、また1日に複数の部活動を見学・体験できるので、当日の仮入部生が何人来るかということを予め把握できる制度にはなっていなかった(〔証拠省略〕)。

b 仮入部期間中の顧問教諭の指導状況

A3教諭は、平成14年度の仮入部生徒に対する指導内容について、対面式のころ、部長や原告を含めた上級生に対し、初歩的な「素振り」を体験させること、剣道部の雰囲気に親しませることを主眼とし、「構え方」と「素振りの仕方」を仮入部生に教えるように指導した。この際、A3教諭は、これまでの指導経過や生徒達の練習の状況に照らし、生徒が安全な間隔を取って練習することをわきまえていると考え、特に間隔をあけて素振りをするようにと注意することはなかった(〔証拠省略〕)。

また、A3教諭は、剣道部員が少なかったので、仮入部生には、剣道部に入りたいという気持ちを持たせようと考え、春休みから新学期にかけて、部長や部員に対し、剣道部員が少ないので、多くの新入生が入部するよう、接し方なども考えるようにと話した(〔証拠省略〕)。

4月に入り、A3教諭は、本件事故の発生当日まで、会議等が続いたなどの理由により、仮入部の時間に、部活動に立ち会うことがほとんどできず、仮入部生に対し、竹刀の取扱い方や危険性について、直接話をしたこともなかった(〔証拠省略〕)。A3教諭は、部活動に立ち会うことができないときは、剣道部の部長であるA15(以下、「A15」という。)や原告に対し、事前に、「自分は行けないから、自分たちでやっておくように」と伝えていた(〔証拠省略〕)。

c 本件事故当日の練習状況

当日は、午後3時ころから午後5時ころまで、職員会議があり、A3教諭を含め全職員が会議に参加したため、他の部活動の顧問教諭も部活動には立ち会わず、職員会議中、部活動の巡視体制は採られていなかった(〔証拠省略〕)。そのため、A3教諭は、A16に対し、遅くとも練習の前に、「今日も行けないから、いつもどおり自分たちでやりなさい」と指示した(〔証拠省略〕)。

練習中は、A16と原告とが、剣道経験者であったことから、その両名が中心となって練習を進め、2、3年生の生徒が、仮入部員に対して、素振りや構えの指導をしていた(〔証拠省略〕)。竹刀は、剣道部の部室の横にある竹刀立てに管理されており、仮入部期間中も、正式部員が、竹刀を取り出し、各仮入部生に対し、握り方や、横に振り回したりしないようにとの注意事項を伝えたうえ、手渡していた(〔証拠省略〕)。

(ウ) その他の事情について

a 顧問教諭らは、本件事故までに、剣道部の活動中に、生徒が竹刀を横に振って遊んだり、竹刀を音が鳴るように振って頭上で止めたりするような光景を目にしたことはなく、また、剣道部長などから、部活動中に竹刀を横に振って遊ぶなどの危険行為があった旨の申告を受けたこともなかった(〔証拠省略〕)。

b 被告学校では、本件事故を契機として、職員の会議、研修会などで教職員が部活動に付けない場合は、原則として部活動はすべて中止とし、中総体・新人大会などの強化期間中における職員会議の際にも、必ず教職員2から3名が校内の巡視を行い、全部活動の状況把握を行うとともに必要に応じて安全確保にかかわる指導を行う方針を採用した(〔証拠省略〕)。

(2)  国家賠償法1条の責任について

以上の事実を前提として、被告の責任を検討する。

学校管理者たる校長や指導担当教諭は、教育活動の一環として行われる部活動において、部活動に参加する生徒の安全を図る義務を負っているが、部活動が、本来生徒の自主性を尊重すべきものであることに鑑みると、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合を除いては、顧問の教諭において個々の活動に常時立会い、監視指導すべき義務までを負うものではないと解するのが相当である。

前記認定の事実関係に照らすと、本件事故は仮入部期間中に発生したものであるところ、仮入部制度とは、被告学校において、毎年度4月ころ、正式入部に先立って、1年生が自由に種々の部活動を見学・体験して、自身の適性にあった部活動を選択するための制度である。仮入部生として各部活動を体験する者は、中学1年生になったばかりの生徒であり、その中には部活動の経験者もいれば未経験者もおり、仮入部届けなどはないから、各部において、事前に何人仮入部するかを把握することはできない。仮入部期間中は、不慣れな仮入部生による部活動中の事故発生の危険が高い期間であるから、各部の顧問教諭にとって、正式入部後の部活動と比べて、各練習日にどのような仮入部生が入部しても危険のないような練習を計画した上で、当日の仮入部生の入部状況に関心を持ち、部活動中の事故が発生しないよう適宜指導することが必要であったということができる。平成14年度の剣道部における仮入部期間中の仮入部生に対する練習内容は、竹刀の握り方、構え方、素振りの仕方といった剣道の基本を内容としているが、竹刀を用いた練習であり、竹刀はその形状に照らし、用い方次第では危険な結果を生じうる用具であるところ、仮入部生の中には剣道未経験者や未だ竹刀の持つ危険性に対する理解が不十分な者もいることは容易に想定できるところである。

A3教諭は、仮入部期間中の仮入部生に対する指導について、構え方と素振りの仕方を仮入部生に教えるよう剣道部の上級生に指示したのみで、竹刀の取扱い方、間隔の取り方などについて指導するような指示はしていなかったのであるから、A3教諭に本件のごとき事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能とされる特段の事情があったものというべきである。

なお、これまで顧問教諭らにおいて、生徒が竹刀をバットのように横に振って遊んでいる様子を見たことがなく、生徒からもそのような報告を受けたことがなかったこと及び竹刀をバットのように横に振ったことによる事故がこれまで剣道部で生じたことがなかったことは前記認定のとおりであるが、本件事故は、正式入部前の仮入部生らも参加する練習において発生したものであるから、正式入部後の通常の練習時の状況と同様に考えることはできず、本件事故の発生が予測不可能であるとまではいえない。これらの事情は、本件において、前記の特段の事情があったとの認定判断を左右するものではないというべきである。

被告は、本件事故は、もともと原告が竹刀を野球のバットのように振っていたことに触発されて、A1とA2とが竹刀を横に振る遊びをし始め、原告が、A1とA2の遊びに加わったうえ、ヒュッと音を出しながら竹刀を振ってA2の頭上で止めた(以下、「寸止め」という。)ことがきっかけとなって発生したのであるから、なおさら予測不可能であったと主張し、A1も、本件事故の当日は、原告がA1とA2を指導し、竹刀をバットのように振っていたと被告が主張する事実にそう供述をしている(〔証拠省略〕)ので、以下検討する。

A1は、本件事故発生直後、寸止めなどの事実経過について、A3教諭などの教諭に報告しておらず、A23校長が4月26日付けで作成した、塩竈市教育委員会の教育長A10宛の、「生徒の過失事故について(報告)」と題する書面には、原告が他の新入生に素振りの指導を行い、振り向いた時、その後ろで竹刀の素振りをしていたA1の横に振った竹刀に右眼部分を殴打されたと記載され、そのような事実経過は記載されていなかった(〔証拠省略〕)。本件訴訟における原被告の主張及び各証拠(〔証拠省略〕)によれば、A1がこのような事実経過を教諭などの第三者に報告したのは、原告とA1との間で本件事故の解決を巡る調停が始まった平成16年夏ころであると認めることができる。

他方、被告学校においても、本件事故の調査は行われており、実際、本件事故発生から約10か月経過した平成15年2月までの間に、A1に対して3回、A2に対して2回、それぞれ事情聴取している(〔証拠省略〕)。そうすると、A1にとって、本件事故の経過について、A1自身又はA2を介して、教諭などの第三者に報告する機会は少なくとも5回あったことになる。

A1は、本件事故が原因となって剣道部を休部するなど(〔証拠省略〕)、A1自身本件事故の責任に苛まれた日々を送っており、そのために本件事故の経過についてA1自身の認識するところを教諭などの第三者に報告できずにいたということも十分に考えられるが、原告が、A1又は被告に対し、本件事故に関し、損害賠償請求事件を提起する可能性は、平成15年1月の時点で明らかであったのであり(〔証拠省略〕)、本件事故から2年以上も経過した平成16年夏ころになって、突如として本件事故の経過についてA23校長の教育委員会に対する報告書と異なる事実を語った合理的な理由を認めることができない。

また、A1は、本件事故の発生状況について説明する図面を作成している(〔証拠省略〕)が、この図面は、A1が原告との間で調停をしている際に、その当時の担当の弁護士に依頼されて作成したものであるから、重要な図面といえるのに、A1は、その作成にあたり、A2に確認した事実に自分の記憶を併せただけであり(〔証拠省略〕)、安易に作成されたものであるから、直ちに信用することもできない。

これに対し、原告は、竹刀のあたる距離にいたはずのA1とA2の動静について曖昧な供述をしているが、原告は、仮入部生1ないし2名に対して、剣道部への勧誘も兼ねて指導していたのである(〔証拠省略〕)から、A1やA2の動静に気づかなかったとしても不自然ではない。

したがって、本件の証拠関係の下では、A1の供述を採用することはできず、被告の主張する本件事故発生の事実経過(原告が竹刀をバットのように振り回していたことに触発されてA1が竹刀を横に振った)を認めることができない。

部活動は、これに参加する生徒の自主性に委ねられるところが大きいといっても、仮入部期間の時期は、新入生がこれから学校生活に適応していく時期であるから、部活動の取り組み方についても教師が指導、監督する必要性は大きいということができる。また、剣道は、防具を着用して行われる競技であるところからしても、竹刀の有する打撃力は大きいものであり、顧問教諭らは、竹刀の用法上の危険性については十分に生徒を指導、監督するべきであったというべきである。A3教諭は、仮入部期間中の練習について、できる限り練習に立ち会い、仮入部生に対して、可能な限り直接に指導にあたり、竹刀を持たせる前には竹刀の危険性と用い方などの注意事項を説明して目的外の使用をすることを禁じ、練習する際には、各自がぶつかり合わないように適切な間隔を保っていることを確認し、適切な間隔が保たれていない場合には適宜間隔を保つように指導、監督したり、仮に、仮入部生が竹刀をバットのように横に振るなど本来の用法とは異なる用い方をしているのを発見したならば、直ちにこれを中止させるとともに、以後、このような行為を厳禁することを部員を含め練習参加者に周知徹底すべき義務があった。職員会議への出席等、A3教諭において直接仮入部生を指導監督することに差し支えがあるときには、予め部長に上記の内容を徹底するよう指示しておくべき義務があったというべきである。

ところが、A3教諭は、仮入部期間中の練習について、対面式のころに、部長や原告を含めた上級生に対し、初歩的な「素振り」を体験させること、剣道部の雰囲気に親しませることを主眼とし、「構え方」と「素振りの仕方」を仮入部生に教えるように指導したのみで、竹刀の用法上の危険性や目的外使用の禁止を仮入部生に対して徹底させるようには指導しておらず、竹刀を使用する際の相手や周囲との間隔についてもこれまでの指導経過や生徒達の練習の状況に照らし、生徒が安全な間隔を取って練習することをわきまえていると考え、特に間隔をあけて素振りをするようにと注意することはなかった。A3教諭は、仮入部期間中の練習にはほとんど立ち会わず、仮入部生に対し直接指導することもせず、部長や原告を含めた上級生に練習の実施をほぼ任せ上記のような指導監督を怠っていたのであるから、これらの点において、A3教諭には前示の注意義務を怠った過失があるというべきである。

2  争点(2)について

(1)  事実経過について

ア 証拠(事実ごとに後掲)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 4月23日、c眼科医院にて、視力検査、眼球・眼底検査等をした結果、眼球、眼底、視野には異常はなく、右眼視力0.3(矯正視力0.5)であった。また、翌24日の診断では、右眼視力0.3(矯正視力0.5)であり、左眼視力1.2(矯正視力1.2)であった(〔証拠省略〕)。

また、c医師は、4月24日付で、レントゲンその他の検査を依頼するため、原告を市立病院へ紹介した。同病院の非常勤医師であるA13医師が検査した結果、原告の眼球に異常所見は認められず、視野欠損もなかった。また、視力検査にて、裸眼視力右0.5、左1.5であり、右に-0.50Dのレンズを入れ矯正視力を測ったところ(0.7)であり、また、-0.50Dのレンズに+0.50Dのレンズを入れて、±0.00D(裸眼と同じ状態)にしたところ(0.8)まで視力が改善したので、A13医師は、心因性の視力障害と推察した(〔証拠省略〕)。

(イ) 原告は、4月26日、c医師の紹介により、医療法人社団d病院脳神経外科(以下、「d病院」という。)を受診し、A17医師の診断を受けた。d病院では頭蓋底、眼窩のCT検査、視神経管撮影によっても骨折が認められなかった。そこで、A17医師は、同月30日、原告を、視力の回復が悪いとして東北大学医学部附属病院眼科へ紹介した(〔証拠省略〕)。

(ウ) 原告は、5月1日、A17医師の紹介により、東北大学医学部附属病院眼科を受診した。A18医師は、診察の結果、外傷性視神経症と診断し、プレドニン(抗炎症)、メチコ(ビタミン剤)、バファリンを処方し、d病院において、視神経の腫れの有無を確認するためMRIを受診することと、c眼科医院において、視力と視野とを定期的に検査することを指示した(〔証拠省略〕)。

(エ) d病院でのMRI検査によっても、視神経の腫れの有無ははっきりとはせず、A17医師は、プレドニンの漸減を指示し、5月30日で中止した。また、5月7日、c眼科医院での診断では、右眼視力0.4(矯正視力0.5)であり(〔証拠省略〕)、c医師は、6月1日付けで、原告を、東北大学医学部附属病院眼科へ視力障害が残るか否かの診断のため再度紹介し(〔証拠省略〕)、原告は、同月3日、同科を受診した。同日の診察の結果、原告の右眼視力0.15(矯正視力0.3)、左眼視力1.2(矯正不能)であり、視神経、中心フリッカーに左右差はなく、精神的なものも考えられるとされた(〔証拠省略〕)。

(オ) 同科における6月7日の診察では、原告の右眼視力0.1(矯正視力0.2)、左眼視力1.2(矯正不能)であった(〔証拠省略〕)。また、PR―VEP(パターン変換視覚誘発電位)試験によると、右眼のみでパターンをみると、全体がかすんでみえる、外傷性であればもっと下がるとの分析結果であり、視野には求心性視野狭窄がみられ、外傷性とは異なっていた(〔証拠省略〕)。

A19医師(以下、「A19医師」という。)は、同日、原告の父A20(以下、「A20」という。)に対し、たしかに右眼視力は低下しているが、いろいろな検査をすると右眼視力の低下とは一致しない結果が出てきている、部活動で人間関係のトラブルはないか?、視野も外傷性というよりは、むしろ、心因性にみられる結果を示しており、受傷が4月23日なので、外傷性視神経症であったとしても、入院して、ステロイド大量療法を行っても、副作用のみで効果は出ないと思われる、念のため大学でMRIを再検してみるようにと、説明した(〔証拠省略〕)。

(カ) 原告は、6月24日、MRI検査を受けたところ、その結果は、眼球、眼窩内に明らかな異常は認めない、視神経にも左右差はなく、視神経の信号異常や、腫脹、萎縮などを認めない、頭蓋内に出血や挫傷を示唆する所見は認めないとの内容であった(〔証拠省略〕)。

(キ) 7月4日の診察では、原告は、毎日、起床時より、頭痛、吐き気があり、頭痛薬を内服していると訴えた。

同日の診察では、右眼視力0.1(矯正不能)、左眼視力1.5であり、対光反射に対し両眼ともまぶしがり、左右に差はなかった(〔証拠省略〕)。

A19医師は、同日、原告、A20、A6(以下、「原告ら家族」という。)に対し、相対的入力系瞳孔反応障害(RAPD)はなく、MRIを含めて考えうるあらゆる眼科的検索をしたが他覚的所見はない、視力、視野の自覚的検査では、たしかに右眼の視力低下がある(同日付の院内紹介・依頼書には、「求心性の視野狭窄がみられ、心因性がうたがわれます」とも記載されていた、〔証拠省略〕)が、それを裏付けるものがないため、眼科的に治療の施しようがない、剣道を始めて頭痛がひどくなったなどのエピソードを考えると、外傷によるショックからくる災害神経症が疑われ、神経精神科への紹介を勧めた(〔証拠省略〕)が、原告ら家族は、精神科受診に非常に抵抗があり、精神科を受診しなかった(〔証拠省略〕)。

また、A19医師は、c医師に対し、同日付の診療情報提供書により、原告ら家族に対する説明と同様の内容を伝え、引き続き、c眼科医院にて、2週間ごとの診察を行って経過観察するように指示した(〔証拠省略〕)。

(ク) その後の、視力の変化と症状等(〔証拠省略〕)

a 8月28日 右眼0.04(矯正視力0.3)、左眼1.2(矯正視力1.0)

b 9月8日 原告に、風呂場で倒れ、2、3分意識がない症状が現れた。9月10日にMRI検査をしたが異常はなかった(〔証拠省略〕)。

c 10月7日 市立病院小児科を受診したが、血圧が少し低かった外、脳波に異常はなかった。右眼0.03(矯正視力0.08)、左眼0.9(矯正視力1.0)

d 10月26日 頭痛が毎日のようにあった。右眼0.09(矯正視力0.1)、左眼0.8(矯正視力1.0)

e 12月17日 食欲不振、嘔吐が続くため、11月5日から12月16日まで市立病院に1か月半入院したが、検査の結果異常所見は認められず、除々に症状が軽快したので退院した。右眼0.3(矯正不能)、左眼0.4(矯正視力0.9)

f 平成15年1月7日 頭痛がたまにあり、時々嘔吐と微熱があった。右眼0.2(矯正不能)、左眼0.5(矯正視力0.7)

g 同年2月12日 右眼0.1(矯正不能)、左眼0.1(矯正視力0.1)

なお、原告は、平成15年2月10日付けで、c医師から、右眼球打撲、右視力障害(矯正不能で、0.2)、外傷性心身症に陥っており、右視力に関し、本件事故による右眼受傷後現在までの全経過から判断して、眼球打撲が心因となっている可能性が大きいと思われると診断された(〔証拠省略〕)。

h 同年3月14日 たまに頭痛があった。右眼0.03(矯正不能)、左眼0.5(矯正視力0.7)

i 同年4月21日 ずっと頭が痛く、夜後頭部がずきずき痛んだ。右眼0.03、左眼0.05(矯正視力0.6)

j 同年5月19日 2~3日前にひどい頭痛があった。右眼0.04、左眼0.7

k 同年8月11日 頭痛はなくなった。右眼0.3、左眼1.0

l 同年12月13日 右眼0.04(矯正不能)、左眼0.6(矯正視力0.9)

m 平成16年9月10日 右眼0.03(矯正視力0.06)、左眼0.5(矯正視力0.7)

(ケ) 原告は、5月28日から、並行して、本件事故による視力低下や差明などが残り、身体的には、嘔吐、めまい、頭痛、心窩部痛、食欲不振などの症状が続いていたことを訴え、市立病院への通院を始めた。

初診時の理学的診察の結果、原告に異常は見当たらず、市立病院のA21医師(以下、「A21医師」という。)は、頭痛に関し、脳波検査を行ったが異常所見はなかった。A21医師は、原告に対し、鎮痛剤や漢方薬を処方したが、原告の諸症状は改善せず、食欲不振、嘔吐が続いたため、9月、市立病院への入院を指示した。

原告は、11月5日から市立病院に入院し、輸液などの治療を受けたが、胃腸症状が続いていたため、胃カメラ検査を受けたが、異常所見はなかった。その後、徐々に症状が軽快し、12月16日、市立病院を退院した。原告の傷病名は、本件事故による右眼の外傷に基づく心身症であった(〔証拠省略〕)。

(コ) 医療法人社団e記念眼科診療所のA22医師(以下、「A22医師」という。)は、A23校長に対し、平成16年2月10日付で、原告の視力障害に関し、次のように返答している。

①他覚的異常がないにも拘わらず右眼視力が十分でないこと、②らせん状視野狭窄を呈すること、③極度の調節緊張を伴う事を指摘でき、これらの事実は心因反応の際、特徴的に認められる所見であるから、心因性視力障害と診断した。

心因反応を引き起こす理由にはいろいろな原因が挙げられるが、多くの場合に心理的ストレスをもたらす事項が存在するとされ、本例の場合では「剣道の竹刀が右眼にあたったこと」および「事故に引き続く加害生徒保護者・学校とのこじれた関係」など、本事故およびそれに続くさまざまなことが、心理的ストレスの原因となっていると考えられる(〔証拠省略〕)。

また、原告は、平成17年4月20日当時、A22医師から、右眼調節緊張、心因性視力障害に罹患しており、その原因として、外傷による心理的ストレスが考えられ、当時の視力は、VD=0.01(0.4×-6.5D)であり、回復の見込みは不明であると診断された(〔証拠省略〕)。

(サ) 原告は、平成19年2月31日、医療法人f眼科医院のA24医師から、右眼視力0.01(矯正視力0.08)、左眼視力0.15(矯正視力0.4)であり、右目内斜視と弱視の症状により固定したと診断された(〔証拠省略〕)。

(シ) 本件事故後、原告ら家族とA1及びその両親との間で、本件事故についての話し合いがまとまらず、原告は、A1及びその両親に対し、調停を申し立て、A1の両親から解決金として250万円を支払う調停が成立した(〔証拠省略〕)。

(2)  相当因果関係と症状固定日について

上記認定の事実によれば、CT検査やMRI検査などにより、原告の頭蓋底や眼窩に骨折はなく、視神経に腫れた箇所がないなど、原告の右眼視力の低下を他覚的所見により説明することが困難であること、本件事故発生当時、A13医師が原告の視力を測定した際、裸眼と同じ状況に設定したときでも右眼視力が0.8まで改善しており、その後の原告の視力は漸減的に推移していること、原告には、視力低下の他に嘔吐、めまい、頭痛、心窩部痛、食欲不振などの症状が続いていたこと、本件事故後の対応を巡り、被告学校やA1との間で関係がこじれたことなどの各事実に照らすと、原告の視力低下は、上記の諸要因が関連した心因性のものであると認めることができる。ところで、被告は、原告が東北大学医学部附属病院眼科の紹介を受けた神経精神科の受診を拒んだことにより、心因性の視力障害が進行したのであるから、相当因果関係はなく、また、症状固定日は6月3日であると主張する。しかしながら、6月3日当時は、事故発生から約1か月半後であるところ、心因性であるとの診断は、外面的、器質的な原因ではなく原告本人の内面的、精神的なところに原因があるという診断であるから、本件事故により視力障害に罹患した原告及びその両親にとって、本件事故後間もなくの時期において心因性であるとの診断を受け入れられなかったとしても、それは因果関係の有無を判断するに際して特別な事情とはいえず、その後の、原告と被告学校やA1との間のこじれなどの事実も併せ考慮すれば、被告の過失と平成19年2月3日における原告の視力障害等の症状との間に相当因果関係を認め、症状固定日も同日と認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  損害について

以上の事実を前提とすると、原告には、以下の損害を認めることができる。

ア 治療費 183万1580円(〔証拠省略〕)

イ 入通院慰謝料 c眼科医院、e記念眼科診療所、市立病院、東北大学医学部附属病院、f眼科医院への実通院日数は約100日と認めることができ(〔証拠省略〕)、市立病院へ42日間入院したことが認められるから、入通院慰謝料は、150万円と認めるのが相当である。

ウ 逸失利益 原告には右眼視力低下(矯正視力0.08)、左眼視力低下(矯正視力0.4)の後遺症(自賠責等級9級相当)及び、右眼内斜視、弱視の後遺症(自賠責等級12級相当)が残った事実が認められ、自賠責等級13級以上に該当する身体障害が2以上あるから、自賠責等級8級に相当し、労働能力喪失率は45%となる。

ところで、本件において、原告の視力障害が心因性によるものであると認めることができることは前述のとおりであるから、本件の後遺障害により原告の労働能力の一部が将来にわたって失われたとしても、回復の可能性も十分考えられ、その期間を10年を相当と認める。そうすると、原告は、平成19年4月に、愛媛県の4年制大学に進学しているから、大学卒業後10年間の逸失利益につき、賃金センサス平成14年女子大学卒業22歳から31歳までの平均賃金を基礎年収(378万2820円)とし、ライプニッツ方式に従い、年5分の割合による中間利息を控除して本件事故時における現価を算定すると、その額は779万9285円(円未満四捨五入)となる。

378万2820円×0.45×(11.6895-7.1078)=779万9285円

エ 後遺障害慰謝料 830万円

以上、アからエまでの合計は、1943万0865円となる。

3  争点(3)について

上記第3の1及び2において認定した事実を前提として検討する。

まず、被告は、本件事故の発生経緯について、原告による落ち度を主張するが、前記認定のとおり、本件の証拠関係の下では、原告が寸止めなどをした事実を認めることはできず、また、原告が仮入部生に対する指導を熱心に行っていたとしても、そのことをもって原告の落ち度と認めることはできず、これらの点で、原告の側に相殺すべき過失を認めることはできない。

次に、損害の拡大に関して検討するに、身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる(昭和63年4月21日最高裁一小法廷判決昭和59年(オ)第33号民集42巻4号243頁)ところ、上記認定の事実関係を前提とすれば、視力障害の進行については、原告の心因的要因が寄与しており、また、原告は眼科から受診を勧められた神経精神科の受診を拒み、適切な治療を受ける機会を自ら放棄して、現在その症状が固定したのであるから、原告に生じた損害の4割を減ずるのが相当である。

よって、上記損害の合計額は1165万8519円(円未満四捨五入)となる。

4  損害の填補

原告が、本件事故につき災害共済給付金として40万6902円を、また、A1の両親であるA11及びA12から、本件事故の解決金として250万円を、それぞれ受領した事実は当事者間に争いがないから、これを上記損害額から控除すると、875万1617円となる。

5  弁護士費用

弁護士費用については、本件に顕れた諸般の事情を考慮し、90万円を相当額と認定する。

6  結論

以上検討したところによれば、原告の主張は、965万1617円及びうち875万1617円に対する平成14年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 伊澤文子 小川貴紀)

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