仙台地方裁判所 平成17年(行ウ)1号 判決 2008年12月16日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 第1事件
(1) 請求の趣旨
ア 被告石巻市長は,A及び国に対し,連帯して金6000円を石巻市に支払うよう請求せよ。
イ 訴訟費用は,被告石巻市長の負担とする。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
2 第2事件
(1) 請求の趣旨
ア 被告石巻市長は,B及び国に対し,連帯して金6000円を石巻市に支払うよう請求せよ。
イ 訴訟費用は,被告石巻市長の負担とする。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
3 第3事件
(1) 請求の趣旨
ア 被告東松島市長は,C及び国に対し,連帯して金9500円を東松島市に支払うよう請求せよ。
イ 訴訟費用は,被告東松島市長の負担とする。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
4 第4事件
(1) 請求の趣旨
ア 被告石巻市長は,D,E及び国に対し,連帯して金6000円を石巻市に支払うよう請求せよ。
イ 訴訟費用は,被告石巻市長の負担とする。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
5 第5事件
(1) 請求の趣旨
ア 被告石巻市長は,F及び国に対し,連帯して金3000円を石巻市に支払うよう請求せよ。
イ 訴訟費用は,被告石巻市長の負担とする。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
6 第6事件
(1) 請求の趣旨
ア 被告石巻市長は,G及び国に対し,連帯して金3000円を石巻市に支払うよう請求せよ。
イ 訴訟費用は,被告石巻市長の負担とする。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2事案の概要
本件は,旧宮城県桃生郡河北町(以下「河北町」という)・宮城県石巻市(以下「石巻市」という)・旧宮城県桃生郡矢本町(以下「矢本町」という)・旧宮城県桃生郡桃生町(以下「桃生町」という。)・旧宮城県桃生郡河南町(以下「河南町」といい,河北町,石巻市,矢本町,桃生町,河南町を併せて「本件各自治体」という。河北町,桃生町,河南町は石巻市に,矢本町は宮城県東松島市にそれぞれ再編された。)の首長らが,航空自衛隊松島基地で開催された自衛隊イラク人道復興支援の派遣要員壮行会(以下,1月に開催された壮行会を「1月壮行会」,4月に開催された壮行会を「4月壮行会」,6月に開催された壮行会を「6月壮行会」といい,併せて「本件各壮行会」という。)に出席して,参加費用を公費から支出したところ(以下「本件各支出」という。),そもそもイラク人道復興支援と銘打った「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(以下「イラク特措法」という。)及び自衛隊の海外派遣行為が違憲・違法であるため,本件各壮行会において会費を集めること及び会費を公費から支出することのいずれも違憲・違法であり,本件各自治体は,国及び出席した首長らに対し不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有すると主張して,本件各自治体の住民である原告らが,被告らに対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,国及び出席した首長らに対し,会費相当額の金員の支払を請求するよう求める事案である。
このうち,第1事件は,河北町の町長であったA(以下「A町長」という。)の代理としてH助役が4月壮行会及び6月壮行会に出席したことに関するもの,第2事件は,石巻市の市長であるB(以下「B市長」という。)の代理としてI総合政策課長が4月壮行会及び6月壮行会に出席したことに関するもの,第3事件は,矢本町の町長であったC(以下「C町長」という。)が本件各壮行会に出席したことに関するもの,第4事件は,河北町の町議会議長であったD(以下「D議長」という。)及び同副議長であったE(以下「E副議長」という。)が6月壮行会に出席したことに関するもの,第5事件は,桃生町の町長であったF(以下「F町長」という。)の代理としてJ助役が4月壮行会に出席したことに関するもの,第6事件は,河南町の町議会副議長であったG(以下「G副議長」という。)が6月壮行会に出席したことに関するものである(以下,A町長,B市長,C町長,D議長,E副議長,F町長,G副議長らを併せて「本件首長ら」という。)。
1 前提事実(証拠を援用した部分を除き,争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告について
(ア) 第1・4事件の原告らは,石巻市(河北町)の住民である。
(イ) 第2事件の原告らは,石巻市の住民である。
(ウ) 第3事件の原告らは,宮城県東松島市(以下「東松島市」という。矢本町)の住民である。
(エ) 第5事件の原告らは,石巻市(桃生町)の住民である。(弁論の全趣旨)
(オ) 第6事件の原告らは,石巻市(河南町)の住民である。(弁論の全趣旨)
イ 被告について
(ア) 第1・2・4・5・6事件の被告は石巻市の市長である。
(イ) 第3事件の被告は東松島市の市長である。
(2) 本件各壮行会について
「イラク人道復興支援の派遣要員壮行会」が下記要領で実施された。
ア 1月壮行会について
日時:平成16年1月15日(木)午後5時から午後6時
場所:航空自衛隊松島基地内
会費:1人3500円
イ 4月壮行会について
日時:平成16年4月7日(水)午後5時30分から午後7時
場所:航空自衛隊松島基地内 隊員クラブ
会費:1人3000円
ウ 6月壮行会について
日時:平成16年6月7日(月)午後5時30分から午後7時
場所:航空自衛隊松島基地内 隊員クラブ
会費:1人3000円
(3) 本件首長らによる本件各壮行会出席及び本件各支出
ア A町長は4月壮行会及び6月壮行会の会費を河北町の公費から支出した。
イ B市長は4月壮行会及び6月壮行会の会費を石巻市の公費から支出した。
ウ C町長は本件各壮行会の会費を矢本町の公費から支出した。
エ D議長及びE副議長は6月壮行会の会費を河北町の公費から支出した。
オ F町長は4月壮行会の会費を桃生町の公費から支出した。
カ G副議長は6月壮行会の会費を河南町の公費から支出した。
(4) 監査請求
ア 第1事件
第1事件原告らは,平成16年12月13日,河北町が国及びA町長に対して,会費相当額の損害賠償もしくは不当利得返還を求めるよう,河北町監査委員に対して地方自治法242条1項に基づく監査請求をした(受理日は同年12月13日)。
ところが,河北町監査委員は,平成17年1月31日付けで監査請求を棄却し,監査結果は同年2月1日に原告ら代理人に送達された。
イ 第2事件
第2事件原告らは,平成16年12月10日,石巻市が国及びB市長に対して,会費相当額の損害賠償もしくは不当利得返還を求めるよう,石巻市監査委員に対して地方自治法242条1項に基づく監査請求をした(受理日は同年12月10日)。
ところが,石巻市監査委員は,平成17年2月2日付けで監査請求を棄却し,監査結果は同年2月3日に原告ら代理人に送達された。
ウ 第3事件
第3事件原告らは,平成16年12月10日,矢本町が国及びC町長に対して,会費相当額の損害賠償もしくは不当利得返還を求めるよう,矢本町監査委員に対して地方自治法242条1項に基づく監査請求をした(受理日は同年12月13日)。
ところが,矢本町監査委員は,平成17年2月8日付けで監査請求を棄却し,監査結果は同年2月10日に原告ら代理人に送達された。
エ 第4事件
第4事件原告らは,平成17年1月13日,河北町が国,D議長及びE副議長に対して,会費相当額の損害賠償もしくは不当利得返還を求めるよう,河北町監査委員に対して地方自治法242条1項に基づく監査請求をした(受理日は同年1月13日)。
ところが,河北町監査委員は,平成17年3月4日付けで監査請求を棄却し,監査結果は同年3月7日に原告ら代理人に送達された。
オ 第5事件
第5事件原告らは,平成17年1月17日,桃生町が国及びF町長に対して,会費相当額の損害賠償もしくは不当利得返還を求めるよう,桃生町監査委員に対して地方自治法242条1項に基づく監査請求をした(受理日は同年1月19日)。
ところが,桃生町監査委員は,平成17年3月9日付けで監査請求を棄却し,監査結果は同年3月10日に原告ら代理人に送達された。
カ 第6事件
第6事件原告らは,平成17年1月12日,河南町が国及びG副議長に対して,会費相当額の損害賠償もしくは不当利得返還を求めるよう,河南町監査委員に対して地方自治法242条1項に基づく監査請求をした(受理日は同年1月13日)。
ところが,河南町監査委員は,平成17年3月10日付けで監査請求を棄却し,監査結果は同年3月11日に原告ら代理人に送達された。
(5) 権利承継
ア 第1事件
河北町は,平成17年4月1日,合併により消滅し,石巻市は河北町が国及びA町長に対して有していた不法行為に基づく損害賠償請求権並びに不当利得返還請求権をいずれも承継取得し損害賠償等の請求をすべき地位を承継した。
イ 第3事件
矢本町は,平成17年4月1日,合併により消滅し,東松島市は矢本町が国及びC町長に対して有していた不法行為に基づく損害賠償請求権並びに不当利得返還請求権をいずれも承継取得し損害賠償等の請求をすべき地位を承継した。
ウ 第4事件
河北町は,平成17年4月1日,合併により消滅し,石巻市は河北町が国,D議長及びE副議長に対して有していた不法行為に基づく損害賠償請求権並びに不当利得返還請求権をいずれも承継取得し損害賠償等の請求をすべき地位を承継した。
エ 第5事件
桃生町は,平成17年4月1日,合併により消滅し,石巻市は桃生町が国及びF町長に対して有していた不法行為に基づく損害賠償請求権並びに不当利得返還請求権をいずれも承継取得し損害賠償等の請求をすべき地位を承継した。
オ 第6事件
河南町は,平成17年4月1日,合併により消滅し,石巻市は河南町が国及びG副議長に対して有していた不法行為に基づく損害賠償請求権並びに不当利得返還請求権をいずれも承継取得し損害賠償等の請求をすべき地位を承継した。
2 争点及び主張
(1) 争点1 自衛隊イラク派遣の違憲・違法
(原告らの主張)
ア 自衛隊イラク派遣の違憲性
(ア) イラク特措法の憲法9条違反
政府はこれまで「自衛権は主権国家にとって当然認められる基本権であり,『自衛』のための『必要最小限度の実力』は許される」として,①急迫・不正の侵害に対する「自衛」であること,②その侵害に対する「必要最小限度の実力」であることの二要件を最低限満たす限りにおいて,自衛隊は憲法9条に違反するものではないと主張してきた。
また,自衛隊はあくまでも「自衛」のための存在であるから,日本が直接武力攻撃を加えられたわけでもないのに自衛隊を海外へ派遣することは,政府の従来の見解からも違憲であった。現に,昭和29年6月2日の参議院本会議において採択された「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」において,海外出動の目的や性格のいかんを問わず,一切の自衛隊の海外出動が禁止されていた。
ところが,イラク特措法は「人道復興支援活動及び安全確保支援活動」を「派遣」の目的としている(同法1条)。これは,前述した「自衛」の目的を超えて自衛隊の海外出動を許すものであり,政府見解や国会決議を前提としても憲法9条に違反することは明らかである。
(イ) 重火器等を携行している自衛隊イラク派遣の憲法9条1項違反
a イラク特措法に基づく基本計画で定められた「安全確保支援活動」とは,CPA(連合暫定施政当局)の傘下において,その指揮の下,米英軍の軍事的掃討作戦の後方支援活動を行うことを意味し,これが国際法上も憲法上も「武力の行使」に当たることは明らかである。
b また,基本計画に定められた「人道復興支援活動」を行っている際に起こりうる「武器の使用」が憲法9条1項の禁止する「武力の行使」に当たることも明らかである。
この点,政府は,基本計画に定められている「武器の使用」について,あくまで自衛隊員が自己の身体を守るための「正当防衛行為」すなわち,「自己保全のための自然的権利」であるとして許されるものと主張する。しかし,もともと我が国に対する急迫・不正の侵害がないのに自ら「自衛」の範囲を超えて米英軍の違法な占領に重装備で参加しながら,その場での自衛隊員の個別的防衛行為を取り上げて「武力行使」ではないとするのは詭弁である。また,「自己保全のための自然的権利」として「正当防衛」が認められるためには,自己すなわち自衛隊に対する急迫・不正の侵害があった場合に限られるのであって,そのような場合を想定しているならば,それは自衛隊が派遣される場所が「現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。)が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる次に掲げる地域」(イラク特措法2条3項,以下「非戦闘地域」という。)でないことを認めることに他ならず,そもそもイラク特措法に基づく自衛隊派遣の前提を欠くことになる。
c したがって,自衛隊のイラク派遣は憲法9条1項に違反する。
(ウ) 自衛隊イラク派遣の憲法9条2項違反
憲法は9条2項において「交戦権」の行使を禁止している。
憲法が禁ずる「交戦権」の意味について,政府は,「戦時国際法における,交戦国が国際法上有する種々の権利の総称」とし,その中には「相手国兵力の殺傷及び破壊,相手国の領土の占領,そこにおける占領行政など」も含まれると解している(1970年政府答弁)。したがって,「相手国の領土の占領,そこにおける占領行政」に加担することは,「交戦権」の行使に当たる。
前述のとおり,自衛隊は,CPAの指揮下に入り,占領軍の一員として占領支配の一翼を担っていたのであり,イラクの領土の占領行政に加担したと認められる。したがって,自衛隊のイラク派遣が政府の意味している「交戦権」の行使に当たることは明らかである。
よって,自衛隊のイラク派遣は憲法9条2項にも違反する。
(エ) 自衛隊イラク派遣の憲法前文・憲法9条の趣旨違反
自衛隊のイラク派遣は,国際法上も明らかに違法な「侵略」への加担であり,憲法前文及び憲法9条の趣旨に反する。
すなわち,今回の米英軍により始められたイラク戦争は,国際連合憲章及び国際法に反する違法なものであるところ,その違法な戦争にともない米英軍が行った軍事占領も国際法上違法なものである。このような違法な侵略や占領に加担する自衛隊派遣は,「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」た憲法前文及び憲法9条の趣旨に反することは明らかである。
イ 自衛隊イラク派遣の自衛隊法違反
(ア) 自衛隊法3条1項は,自衛隊の任務として,「自衛隊は,我が国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし,必要に応じ,公共の秩序の維持に当たるものとする。」と規定し,その主たる任務は自国の防衛であることを明記している。
ところが,政府は,今回の自衛隊のイラク派遣にあたり,イラク特措法に基づいて,物品の提供や部隊等に任務の提供を行わせることができるとする自衛隊法附則の一部改正を行い,これを同法上の自衛隊員派遣の根拠とした。
しかし,これは本文が規定する「主たる任務」に違反する任務を形式的に附則で定めて取り繕うとするもので,自衛隊法の趣旨を潜脱するものである。
(イ) また,自衛隊法は,「自衛隊は,その任務の遂行に必要な武器を保有することができる。」と定め(87条),防衛出動の場合には「わが国を防衛するため,必要な武力を行使することができる」とするが(88条),治安出動や自衛隊施設の警護等の場合には一定の要件(89条~91条の2,警察官職務執行法,海上保安庁法の準用)の下に「武器の使用」を認められるに止まる。
しかるに,イラクに派遣された自衛隊は,無反動砲や個人携帯対戦車砲など重装備の武器を携行し,交戦規則(ROE)を定めて臨んでいる。これは,自衛隊法が予定する「武器の使用」概念を明らかに逸脱するものであり,「武力の行使」に他ならない。
ウ 自衛隊イラク派遣のイラク特措法違反
(ア) 非戦闘地域の要件
a イラク特措法はア(ア)で述べたとおり憲法に違反する法律であるが,この点を置いたとしても自衛隊のイラク派遣はイラク特措法にも違反する。
イラク特措法2条3項は,人道復興支援活動又は安全確保支援活動は非戦闘地域において実施することを定めている。
b しかるに,現在のイラクはいまだ全土が戦闘状態から脱しておらず,自衛隊が派遣されているサマワ市を中心としたイラク南東部ムサンナ州も例外ではない。すなわち,内閣総理大臣が,現時点においてすら,サマワはもとよりイラク国内に誰一人としてイラク復興支援職員を派遣できていないこと,イラク特措法17条により,自衛隊の部隊等の自衛官は,自己又は自己と共に現場に所在する他の自衛隊員,イラク復興支援職員の生命又は身体を防衛するため,武器使用を認められていること,サマワに派遣されている自衛隊員の中の複数の者は,ポケットの中で銃の引き金を指にかけたことがある旨述べており,生命にかかわる危険な状況が出現していること等の事実からすれば,自衛隊が派遣されているサマワも戦闘状態から脱していないどころか,むしろ戦闘状態が悪化しているものと認められる。
c したがって,自衛隊が駐留しているサマワ周辺地域も,非戦闘地域であるとは認められない。よって,自衛隊イラク派遣はイラク特措法にも違反する。
(イ) 「施政を行う機関の同意」の要件
a イラク特措法2条3項1号は,「外国の領域」で対応措置を実施する場合には,「当該対応措置が行われることについて当該外国の同意がある場合に限る」とし,イラクにあっては「国際連合安全保障理事会決議第1483号その他政令で定める国際連合の総会又は安全保障理事会の決議に従ってイラクにおいて施政を行う機関の同意によることができる」と定めている(以下,国際連合安全保障理事会を「安保理」という。)。
b 安保理決議1483号は,加盟国に対しイラクに対する支援を訴えるとともに,8項において「事務総長に対し,イラク特別代表を任命するよう要請する」とした上で,9項では「国際的に承認された代表政府が,イラク国民により樹立され当局の責任を引き受けるまでの間,イラク国民が,当局の支援及び特別代表の協力を得て,自ら運営する移行行政機関としてのイラク暫定行政機構を形成することを支援する」と規定している。
すなわち,同決議は,イラクの「施政を行う機関」として,①イラク特別代表→②イラク国民が自ら運営する移行行政機関としてのイラク暫定行政機構→③国際的に承認された代表政府の3段階を予定しているのである。
c しかし,政府は,自衛隊がイラク国内で対応措置を実施するにあたり,前記「施政を行う機関の同意」は得ていない。
すなわち,平成16年6月28日の主権移譲前における「施政を行う機関」は「イラク特別代表」であるが,その同意はなかった。なお,連合暫定施政当局(CPA)という機関があるが,この機関は戦争当事国である米英軍の私的な機関という性格の強い機関であり,イラク特措法の予定する国連決議に基づいて施政を行う機関と評価することはできない。
したがって,平成16年6月28日までの自衛隊イラク派遣は,「施政を行う機関の同意」なくしてなされたものであって,イラク特措法に違反する。
(ウ) 「イラク特別事態」の不存在
a イラク特措法1条
イラク特措法1条は「この法律は,イラク特別事態(安保理決議第678号,第687号及び第1441号並びにこれらに関連する同理事会決議に基づき国際連合加盟国によりイラクに対して行われた武力行使並びにこれに引き続く事態をいう。以下同じ。)を受けて,・・(中略)・・人道復興支援活動及び安全確保支援活動を行うこととし,もってイラクの国家の再建を通じて我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的とする。」と規定している。
すなわち,イラク特措法は,「イラク特別事態」の存在を前提として自衛隊のイラク派遣を認めた法律であると認められる。したがって,「イラク特別事態」が存在しなければ,そもそもイラク特措法の適用場面とは言えず,自衛隊のイラク派遣もその法的根拠を欠くことになる。
b 「イラク特別事態」と言えるための要件
また,イラク特措法1条によれば,「イラク特別事態」が存したというためには,国連加盟国(具体的には米英)によるイラク攻撃(武力行使)が安保理決議第678号等に基づいたものであることが必要である。
c この点,政府は,安保理決議第678号及び同決議第687号は現在も有効であり,米英のイラク攻撃のケースに同決議の効力が及ぶことは同決議第1441号からも明らかである,アメリカ等によるイラクに対する武力行使は安保理決議第678号,第687号及び第1441号を含む関連決議に合致し国連憲章に則ったものであるので国際法上認められたものであると考えると主張する。しかし,政府の主張は安保理の有権解釈に沿ったものではなく,独自の見解に過ぎないし,国連安保理決議第678号,第687号,第1441号から米英のイラク攻撃及びイラク占領を正当化することはできず,「イラク特別事態」は不存在であったというほかない。
エ 航空自衛隊のイラク派遣の違憲性・違法性
(ア) 非戦闘地域の要件
a 「イラク特措法に基づく対応措置に関する基本計画」(以下,「基本計画」という。)は,「航空機による輸送については,クウェート国内の飛行場施設及びイラク国内の飛行場施設(バスラ飛行場,バグダッド飛行場,バラド飛行場,モースル飛行場等)」と規定する。したがって,航空自衛隊はこれらイラク国内の4カ所等の飛行場において対応措置を実施しているものと解されるが,これらの対応措置も,イラク特措法2条3項により非戦闘地域でしか行うことはできない。
b しかし,別紙1「航空自衛隊の活動状況及び航空自衛隊の活動場所の治安状況」(以下,「別紙1」という。)記載のとおり,航空自衛隊が対応措置を実施している飛行場のある場所は長期間にわたり激しい戦闘が繰り返されている地域である。
c したがって,航空自衛隊の派遣地域が非戦闘地域ではないことは明白であり,本件航空自衛隊の派遣も,イラク特措法違反にとどまらず,憲法9条に反する行為であるといわなければならない。
(イ) 航空自衛隊による安全確保支援活動自体の違憲性
a イラクに派遣された航空自衛隊が実施する対応措置には,陸上自衛隊がサマワで実施する人道復興支援活動に関連する輸送業務等のほかに「安全確保支援活動」が含まれている。
「安全確保支援活動」は,「(略)国際連合加盟国が行うイラクの国内における安全及び安定を回復する活動を支援するために我が国が実施する措置」(イラク特措法3条1項2号)と定義され,その具体的業務として,「医療,輸送,保管(備蓄を含む。),通信,建設,修理若しくは整備,補給又は消毒(これらの業務にそれぞれ附帯する業務を含む。)」(同条3項)があげられている。
b 航空自衛隊が実施する安全確保支援活動の中心が,イラク国内における安全及び安定を回復するために米軍等が実施する軍事行動を支援するための輸送,補給等にあることは明白である。憲法との関係における自衛隊のイラク派遣の最大の問題は,航空自衛隊の実施するこの安全確保支援活動にあると言っても過言ではない。かかる米軍等の軍事活動は,明白に憲法9条1項の禁止する「武力による威嚇又は武力の行使」に該当するものであり,その遂行のための人員や物品の輸送及び補給も,憲法が禁止する「武力による威嚇又は武力の行使」に含まれるからである。
c 上記のとおり,航空自衛隊による安全確保支援活動は違憲行為そのものであるので,政府はその実態(輸送補給の具体的日時,輸送補給経路,輸送補給した物品の種類,数量など,輸送した人員の内容人数,輸送補給目的など)を明らかにすることを頑なに拒否している。
d 別紙1の平成15年12月15日の事実(この石破長官の発言は,航空自衛隊が連合軍(米軍等)と一体となっていることを認めたものである。),同平成16年4月8日の事実(武器を携行した米兵の輸送は,武力による威嚇または武力の行使に含まれる違憲な行為である。),同平成16年6月17日の事実,同平成16年12月2日までの事実,同平成16年12月8日の事実,同平成17年12月2日までの事実(その具体的内容は公表させていない。)からみても,航空自衛隊の実施している安全確保支援活動の実態は,イラク国内で武力行使・武力による威嚇を行っている米軍の兵士の輸送や軍事行動に必要な物資の輸送補給であることは明らかである。米軍は,この航空自衛隊の活動に支えられながら,イラク国内で戦闘行為を行い,その結果,多くのイラク市民が殺傷されているのである。このような航空自衛隊の活動を憲法が認めていないことは明らかである。
以上より,航空自衛隊のイラク派遣は違憲である。
オ 主権移譲後の自衛隊駐留・派遣の違憲性・違法性
(ア) 多国籍軍への参加
平成16年6月28日,連合暫定施政当局(CPA)からイラクに主権が移譲された。これに際して,政府は国会審議も国民的論議もないまま,イラクに派遣している自衛隊をイラクに駐留している多国籍軍に参加させる決定をした。
従前の自衛隊のイラク駐留の法的根拠は,イラクの占領行政組織であるCPAの同意にあった。しかし,CPAは平成16年6月28日のイラクへの主権移譲によって占領を終了し,同月30日をもって解散した。したがって,CPAの解散と同時に,自衛隊のイラク駐留の法的根拠もその基礎を失い消滅した。よって,自衛隊のイラク駐留には法的根拠がなく違法となる。
(イ) 多国籍軍参加の違憲性・違法性
これに対して,政府は,国連安保理決議1546号によってイラク駐留を認められた多国籍軍に自衛隊が参加することによってその法的根拠を確保しようとした。
しかし,イラクに派遣されている自衛隊が多国籍軍に参加することによっても,その違憲性・違法性は変わらず,むしろますます違憲性は強くなる。
a イラク多国籍軍はイラクでの武力行使を中心任務とする連合軍である。
イラク多国籍軍が武力行使を中心任務とする多国籍軍であることは,平成16年6月8日に可決された国連安保理決議1546号からも明白である。同決議は,「イラク情勢は国際の平和と安全への脅威である」と認定し,「国連憲章第7章に基づいて行動」すると規定している。国連憲章第7章は,同憲章第6章で定める平和的手段によって解決できない国際紛争について,武力行使などの強制措置で対処すると決めている。また,同決議は,「多国籍軍は,・・・治安維持に貢献するために必要なあらゆる措置を取る権限を有する」としており,多国籍軍の任務に「人道・復興」が含まれているとしても,それは武力行使を含む「治安維持」と切り離されるものではない。同決議の主眼はあくまで「治安維持」「武装集団に対抗するのに必要な活動」「イラク軍の訓練と配備」なのである。
同決議の付属文書であるパウエル米国国務長官の安保理議長宛書簡は,この点をより明確にしている。同書簡は,「旧(フセイン)政権構成者,外国人戦闘員,違法民兵を含む暴徒」をイラクへの挑戦者と描いている。その上で,多国籍軍の任務として,暴力を通じてイラクの将来に影響を及ぼそうとする勢力による脅威への対処,これらの勢力との戦闘,イラク治安部隊の訓練等を列挙している。しかし,人道援助については「人道援助供与の準備もする」と補足的に述べられているだけである。さらに,同書簡と対応するアラウィ・イラク暫定政府首相の安保理宛書簡も,イラクの「政治的移行にとって安全と安定は最も重要だ」とし,多国籍軍の任務として人道支援は挙げていない。
さらに,イラク特措法の安全確保支援活動に基づき,航空自衛隊は他国の軍隊の兵員や弾薬を輸送することが可能となり,現にそれを実施している。この自衛隊機で輸送された他国の軍隊や弾薬によりイラク住民を殺傷すれば,自衛隊のかかる行為は武力行使と密接に関連するものであり,「武力行使と一体」なものと評価される。そして,これが憲法違反となることは明白である。
b 自衛隊は独自の指揮権を維持できない。
政府は,自衛隊は我が国の指揮下にあって「多国籍軍司令部の指揮下に入るわけではない」と説明している。
自衛隊は,イラク主権移譲後,米軍を主力にした「多国籍軍統合司令部」の「統一指揮」下に入っていることは明らかであり,かかる自衛隊が「独自の指揮権を維持する」ことは現実的にはあり得ない。
すなわち,多国籍軍という連合軍である限り,それに参加するということは,各国の部隊に対する母国政府による指揮が一定程度は尊重されつつも,最終的には多国籍軍の「司令部」の「指揮権」=作戦統制権に服することを,各国が承認することを意味する。実際,米国国防総省の多国籍軍活動の指針である「多国籍作戦のための統合ドクトリン」は,多国籍軍に参加する各国部隊が,各国政府の指揮を受けつつ,多国籍軍司令官の指揮下におかれることを当然の前提とした上で,「明確に定義され,すべての参加国に理解された使命,任務,責任,権限に関し,(多国籍軍)参加諸国は最大限可能な範囲で,作戦指揮の統一の達成に努力すべきだ」と強調している。マクレラン米国大統領報道官も平成16年6月15日の記者会見において,多国籍軍に参加する各国部隊は各国の指揮下に入りつつ,「多国籍軍全般は米国の指揮によって統括される」と明言している。
したがって,自衛隊が多国籍軍へ参加した状態で独自の指揮権を維持し,多国籍軍の指揮を受けないということはあり得ず,武力行使と一体化するものとして憲法違反となることは明白である。
c 政府自身これまで多国籍軍への参加は憲法違反であるとしてきた。
以上のように,多国籍軍へ参加することが憲法違反であることは従前政府も認めていたところである。それ故,自衛隊はこれまで海外に出動することがあっても,多国籍軍には一度も参加していなかったのである。
したがって,今回の多国籍軍参加はこれまでの政府の説明と矛盾するものであり,多国籍軍参加の正当な理由も何ら有さないものである。
(被告東松島市長の主張)
ア 自衛隊イラク派遣が違憲との主張に対して
(ア) 派遣の目的と憲法9条について
a 原告らは,イラク特措法において「人道復興支援活動及び安全確保支援活動」を目的として自衛隊を海外派遣すること自体が憲法9条違反であると主張している。しかしながら,平成4年に国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(以下「PKO法」という。)が制定され,PKO法の審議に当たって,政府は自衛隊の海外派遣は海外派兵とは違うという解釈を採った。平成4年4月28日参議院国際平和協力特別委員会において示した見解は次のとおりである。「海外派兵につきまして一般的に申し上げますと,武力行使の目的を持って武装した部隊を他国の領土,領海,領空に派遣するということというふうに従来定義して申し上げているわけでございます。今回の法案に基づきますPKO活動への参加,この場合には,ただいま申し上げましたとおり我が国が武力行使をするとの評価を受けることはございませんので,憲法の禁ずる海外派兵に当たるものではない,かように考えております。」。このように政府は,海外派兵を武力行使の目的を持った部隊派遣と捉え,平和活動の目的を持った部隊派遣は,憲法上可能であるとの解釈を示したのである。同法2条2項には「国際平和協力業務の実施等は,武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。」との文言が入れられていた。
b イラク特措法も2条1項において「政府は,この法律に基づく人道復興支援活動又は安全確保支援活動を適切かつ迅速に実施することにより,前条に規定する国際社会の取組に我が国として主体的かつ積極的に寄与し,もってイラクの国家の再建を通じて我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に努めるものとする。」として海外派遣の目的が国際社会の平和及び安全の確保であることを明らかにし,その一方,同条2項において「対応措置の実施は,武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。」と規定しており,この点ではまさにPKO法と同じ状況であり,政府見解も憲法9条に違反しないことを当然の前提としているものである。
(イ) 憲法9条1項について
a 原告らは,イラク特措法における安全確保支援活動とは連合暫定施政当局(CPA)の傘下において,その指揮のもと米英軍の軍事的掃討作戦の後方支援活動を行なうことを意味するとし,それ故に「武力の行使」に当たると主張している。しかしながら,平成15年6月24日衆議院本会議において内閣総理大臣及び外務大臣が答弁しているとおり,「いずれにせよ,我が国の活動は,米英軍や連合暫定施政局の指揮下に入ることはありません。」ということが当然の前提とされており,武力の行使に当たるものではない。また秋山内閣法制局長官も平成15年7月3日衆議院イラク特措法特別委員会において次のような見解を示している。「本法案におきまして我が国が行います支援活動につきましては,政府側から累次説明しておりますとおり,安保理決議1483に従い,イラクにおいて行われているいわゆる当局の施政につきまして,この決議に基づき,当局の指揮下に入るものでなく,我が国として独自の立場で支援を行うものであります。また,武力の行使を行ったことがなく,これに当たる行為を行うこともない我が国がこのような活動を行ったといたしましても,国際法上我が国が交戦国の立場に立つことはなく,したがいまして,我が国が交戦権を行使するという評価を受けることはないものと考えております。」
b 原告らは,人道復興支援活動における武器の使用が憲法9条1項の武力の行使に当たると主張している。これについては石破防衛庁長官が平成16年1月26日の記者会見において次のとおり回答している。「これは法律上明記をしていますように,武力の行使,武力による威嚇であってはならないということで,まず我々の行動が憲法に反するものであってはならないということを担保いたしております。もう一つは今ご指摘がありましたように,自衛隊自身は武力の行使を行なっていないけれども,武力の行使と一体化したという評価を受けることがないように,現に戦闘が行なわれていない地域,また活動の期間を通じて戦闘行為が行なわれないと認められる地域というものを規定しているわけです。そして,そのようなことが仮にも起こった場合に,私どもが行ないますのは正当防衛,緊急避難を危害許容要件とした武器の使用であって,それが憲法9条によって禁止されている国際紛争を解決する手段としての武力の行使という評価になるとは全く考えておりません。」
(ウ) 憲法9条2項について
原告らは,自衛隊が連合暫定施政当局(CPA)の指揮下に入り占領軍の一員として占領支配の一翼を担っていたとして,自衛隊のイラク派遣が憲法9条2項で規定する交戦権の禁止に違反すると主張している。しかしながら先に紹介した内閣総理大臣等の答弁のとおり,イラクに派遣された自衛隊は連合暫定施政当局(CPA)の指揮下に入ることはない。また,自衛隊の支援活動が占領行政と無縁であることについて,平成15年7月17日参議院外交防衛委員会で秋山内閣法制局長官は次のような見解を示している。「この交戦権の議論,過去に何回かお答えしてございますけれども,憲法九条二項において否認されております交戦権とは,いわゆる占領行政を含む,交戦国が国際法上有する種々の権利の総称を意味するものであります。したがいまして,過去においてはもちろん,将来においても武力の行使に当たる行為を行うことがなく,国際法上のいわゆる交戦国に該当しない国が交戦権の行使としての占領行政を行うということは法論理上はあり得ないことでございます。したがいまして,こういう法論理からいいましても,我が国が今回の法案によって行う支援活動は,我が国が交戦国として交戦権の一内容である占領行政を行うものではございません。
また,今回の法案について申し上げますと,現在,米英がイラクにおいて暫定的な施政を行っているのでございますが,これは,安保理決議1483が,米英の統合された司令部,いわゆる当局の下にある占領国としての権限,責任及び義務を認識するとともに,当局に対して領土の実効的な施政を通じたイラク国民に対する福祉の増進に関する権限などを付与しているところでございまして,我が国は今回の法案によりまして,このような当局と協力しながら安保理決議1483に基づきまして法案に定める対応措置を実施し,イラクの復興に貢献することになりますが,これはあくまでも同決議に基づきまして国際社会の取組に我が国として主体的,積極的に寄与するために武力の行使に当たることのない活動をするものであって,我が国が米英軍の指揮下に入るものでもございません。
したがって,我が国が今回の法案によって行う支援活動は,我が国が交戦国として交戦権の一内容である占領行政を行うというものではない。また,当局がイラクにおいて行っている統治的行為と一体化するようなものでもございませんし,当局との関係において実質上その統治的行為の一部を分担したりするというような性格のものではなく,御指摘のような心配は当たらないものと考えております。」
(エ) 憲法前文及び憲法9条の趣旨について
a 原告らは,自衛隊のイラク派遣が国際法上の明らかに違法な侵略への加担であり,憲法前文及び憲法9条の趣旨に反すると主張する。しかしながら,イラク特措法に基づく自衛隊のイラク派遣は侵略に加担するといったものではなく,安保理決議1483号を踏まえたものである。衆議院本会議において内閣総理大臣は次のように答弁している。「5月22日の決議1483の採択など,イラク復興への国際社会の取り組みが具体化する中で,我が国にふさわしい貢献の在り方につき幅広い見地から検討を行なってきた結果,速やかに自衛隊及び文民による人道復興支援等の活動が必要と考え,法案を提出したものであります。」不幸にしてイラクにおいて亡くなられた外務省の奥克彦参事官も,安保理決議1483号の採択によって国際社会全体でイラクの復興に取り組む環境が整ったことを指摘している。
b なお原告らは,米英軍のイラクに対する武力行使や占領が国際法上違法な侵略であると主張するが,政府は平成15年8月5日付の質問主意書に対する答弁書において,安保理決議との整合性を回答している。「今般のアメリカ合衆国等によるイラク共和国に対する武力行使は,国際の平和及び安全を回復するという目的のために武力行使を認める国際連合憲章第7章のもとで採択された国際連合安全保障理事会の決議第678号,第687号及び第1441号を含む関連する決議に合致し,国連憲章に則ったものであるので,国際法上認められたものであると考える。」また,湾岸戦争時に武力行使を認めた安保理決議678号及び687号と1441号の関係について,政府は平成15年4月1日付の質問主意書に対する答弁書において次のように回答している。「安保理の決議第687号及び決議678号は,決議1441において引用されているとおり現在も有効であり,ご指摘の今回のケースに決議687及び678の効力が及ぶことは決議1441の文言からも明らかである。アメリカ合衆国のブッシュ大統領も本年3月17日に行なった演説の中で決議1441に言及した上で,現在でも有効である決議678及び687の下で,米国とその同盟国は武力を行使しイラクの大量破壊兵器を排除する権限が与えられている旨述べていると承知している。」
イ 自衛隊法違反の主張に対して
(ア) 自衛隊の任務とイラク派遣について
a 原告らは,自衛隊法3条1項において自衛隊の主たる任務は自国の防衛であると明記しているにもかかわらず,イラク特措法に基づいて自衛隊をイラクに派遣することが自衛隊法の趣旨を潜脱すると主張している。
b しかしながら,平成2年の湾岸戦争をきっかけとして,国際連合の国連平和維持活動に協力する目的で,平成4年にPKO法が制定され,それ以降,国際平和維持活動及び国際緊急援助活動として数々の自衛隊の海外派遣が行なわれ成果を上げている。また平成11年には「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律(いわゆる周辺事態法)」が制定され,周辺事態が生じた場合,自衛隊が後方地域支援と後方地域捜索救助活動を行うことが認められた。さらに,平成13年にはアメリカにおける同時多発テロを受けて「テロ対策特措法」が制定され,自衛隊が協力支援活動,捜索救助活動及び被災民救援活動を行うことが認められた。このような立法化に伴い,自衛隊法においても第8章において各種の自衛隊の海外派遣を基礎づける規定が置かれている。例えば平成18年法律118号による改正前の100条の6では国際緊急援助活動を,同じく100条の7では国際平和協力業務を,同じく100条の8では在外邦人等の輸送を,同じく100条の9では周辺事態法の後方地域支援を,同じく100条の10では合衆国軍隊に対する物品又は役務の提供が規定された。このように現在の自衛隊には国際社会の平和と安定のために寄与するという役割が期待されているものである。
c イラク特措法は附則5条において自衛隊法を一部改正し,自衛隊法附則19項及び20項として,①対応措置としての物品の提供,②部隊等に対応措置としての役務の提供を認めることとしたものであり,国際社会における自衛隊の任務を規定したものとして何ら自衛隊法の趣旨と矛盾するものではない。
(イ) 装備と武力の行使について
a 原告らは,イラクに派遣された自衛隊が重装備の武器を携行し,交戦規則を定めて臨んでいることは,自衛隊法が予定する武器の使用概念を逸脱し,武力の行使に他ならないと主張している。
しかし,基本計画における陸上自衛隊の装備によれば,安全確保に必要な数とした上で無反動砲や個人携帯対戦車弾を装備に加えているが,これらは隊員が単独で持ち運べる大きさ・重量でもあり,防衛的な武器の範疇にとどまるものである。又,武器を使用できる場面を明らかにする目的で,一定の基準が定められたようであるが,これはイラク派遣に限ったわけではなく,前述したPKO活動の際にも武器使用基準が策定されていた。
b イラク特措法2条2項は,「対応措置の実施は,武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない」と定め,対応措置を行なうに際しての当然の制約を課している。また同法17条1項は,「自己の管理の下に入った者の生命又は身体を防衛するためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で,基本計画に定める装備である武器を使用することができる」と定め,武器が使用できるのをあくまでも正当防衛的な場合に限定している。以上のことからしても,イラク派遣の装備が自衛隊法に違反することはない。
ウ イラク特措法違反の主張に対して
(ア) 原告らは自衛隊が派遣されているサマワ周辺地域においては戦闘行為が行われていることを理由にして,イラク特措法違反であると主張している。しかしながら同法2条3項によれば「戦闘行為」とは「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう」とされているのであり,ある行為がこれに該当するかどうかは,当該行為が国家又は国家に準ずる組織の間において生ずる武力を用いた争いの一部を構成する「人を殺傷し又は物を破壊する行為」であるか否かによって決せられる。そしてその判断を行なうに当たっては,当該行為について,その計画性,組織性,国際性を総合的に勘案することになる(2004年6月11日の質問主意書に対する答弁書)。
(イ) 原告らはサマワ市街に迫撃弾が複数回撃ち込まれたりした等の事実を表面的に捉えて「戦闘状態」にあると主張するが,前述したとおりその判断は多面的かつ総合的になされる必要があり,政府は現時点までサマワ地域において戦闘行為が行なわれているとは判断していない。したがって原告らが問題とする3回の壮行会開催時において,イラク派遣がイラク特措法に違反するという状況は生じていなかったものである。なお,現実にイラクへ派遣された自衛隊の隊員を交えた特別企画座談会「日本がイラクで成し遂げたこと」(外交フォーラム掲載)においては,現実のサマワの状況や自衛隊の活動の様子が紹介されている。
(ウ) また,「施政を行う機関」(イラク特措法3条3項1号)はCPAであり,CPAの同意を受けて自衛隊は対応措置を行うものである。
平成16年6月11日に開催された衆議院の外務委員会において,増田好平内閣官房内閣審議官が次のように政府見解を示している。
「先生が今御指摘のただし書きの部分につきましては,1483号が条文の中に例示として出ておりまして,政令で1483号とそれから1511を定めているところでございます。その政令,そういうふうに定めておる政令の今の現状からいたしますと,『施政を行う機関』というのは,いわゆるCPAというものがそれに当たります。」
また,イラクにおいて施政を行う機関であるCPAの同意は平成15年12月12日付のブレマー長官から在イラク日本国大使館公使宛の書簡によって正式になされたものである。これは平成16年1月21日に開催された衆議院本会議における内閣総理大臣の答弁や平成16年12月7日付の小宮山泰子衆議院議員の質問主意書に対する内閣総理大臣の答弁書においても明らかにされている。
(エ) 「イラク特別事態」は存在する。
エ 主権委譲後の違憲・違法の主張に対して
原告らは連合暫定施政当局(CPA)からイラクに主権が移譲された平成16年6月28日以降の自衛隊駐留・派遣についても違憲性・違法性を縷々主張している。しかしながら本件訴訟において原告らが違法な公金支出であると指摘する3回の壮行会が開催されたのはいずれも主権移譲以前の時期であって,壮行会後の事情は本件訴訟には関連のない事柄である。
(被告石巻市長の主張)
原告らの主張はいずれも否認ないし争う。
(2) 争点2 本件首長らの不法行為責任(本件各壮行会への公金支出の違憲・違法)
(原告らの主張)
ア 争点1において述べたとおり,イラク人道復興支援と銘打った自衛隊の海外派遣そのものが違憲・違法であるため,違憲・違法な派遣のための本件各壮行会は開催そのものが違憲・違法である。すなわち,違憲・違法な海外派遣を鼓舞するための壮行会はいわば違憲・違法状態の継続を幇助・助長するものであり許されない。よって,そのような壮行会の会費を公費から支出することは違憲・違法である。
そして,本件首長らはこのような違法な本件各支出を故意又は過失によって行い,本件各自治体に会費相当額の損害を負わせたものとして不法行為に基づく損害賠償義務を負う。
イ 裁量論(社交儀礼論)に対する反論
(ア) そもそも本件に関して社交儀礼論は問題にならない。
違法な目的を持った集会への公金支出はいかなる理由があっても許されない。したがって,違法な目的を持った集会への公金の支出は,社交儀礼論を持ち出そうとも適法化することはできないのである。
すなわち,社交儀礼論とは,社会通念上許容される範囲内にとどまる場合に限り,社交的儀礼の行為としての公金支出も認められるというものであるが,それは,公金支出の対象である祝賀式典などの行事目的それ自体が適法なものであることを当然の前提にしているのである。しかし,本件各支出の対象である本件各壮行会は,いずれも「自衛隊の海外派遣という違憲・違法な行為を壮行する」という違法な目的の集会であり,社交儀礼論が適用される前提を欠いている。
(イ) 本件各壮行会への公金支出は社交儀礼の範囲を大きく逸脱している。
a 本件各壮行会の位置づけ
本件各壮行会が開催された平成16年1月から同年7月までのイラクは別紙2「各壮行会の前後におけるイラクを巡る状況」(以下「別紙2」という。)のとおり,非常に危険な状況であった。かように,イラクが非常に危険な地域である中で,自衛隊は,自衛隊のイラク派遣を推進しなければならず,自衛隊のイラク派遣を推進する気運を高める必要があった。また,危険な状況にあるイラクに自衛隊員を派遣する以上,自衛隊としては,派遣される隊員を壮行し,激励する必要があった。
このように自衛隊のイラク派遣を推進する気運を高める必要があった中で本件各壮行会が開催されたのであるから,自衛隊は,本件各壮行会に開催するにあたって,周辺自治体の首長らに形式的・儀礼的に本件各壮行会に出席してもらい,派遣される自衛隊員を送って欲しいと考えていただけではなく,自衛隊のイラク派遣を推進する気運を高める契機として,本件各壮行会を開催したのである。
したがって,本件各壮行会は,形式的,儀礼的なものにとどまるものではない。
b 本件各壮行会の実態
(a) 広範な自治体関係者らを招いている。
本件各壮行会に招待された者は,石巻市,矢本町,旧鳴瀬町,河南町,河北町,桃生町の首長や議長,議員であり,そのほか,自衛隊のOB関係者,松島基地OB会の関係者,父兄会役員などである。また,壮行される隊員の同僚や上司も出席している。
さらに,松島基地は,松島基地周辺自治体連絡協議会に入っておらず,これまで密接な関係を保っていなかった桃生町にまで案内状を出して出席を得ている。
つまり,本件各壮行会は,今までに招いたことのない,さほど密接でもない,騒音問題もなく,関係円滑化の必要もない自治体の関係者をも招いて,隊員を盛大に激励するために執り行ったのである。
(b) 参加者層が首長,議長などで,多人数であり,派遣隊員の家族はいなかった。
上記のとおり,本件各壮行会への出席者は,石巻市,矢本町,旧鳴瀬町,河南町,河北町,桃生町の首長や議長,議員などの要人と自衛隊関係者ばかりであり,派遣隊員の家族は招待もされていないし出席もしていない。その人数も50人から60人の多人数である。
この点から評価すると,少数精鋭のために地域の要人を招いて盛大に激励しつつ,派遣隊員の家族は排除して,隊員に里心を付けないようにする意図があるといえる。
(c) 他の壮行会や催し物とは質が違う。
証人Kは,本件各壮行会が,隊員を体育の大会や基地の外などに送り出すときと同様であるかのごとき弁解をし,体育の大会などの壮行会の場合も1市6町の首長を招いていたかごとき証言をした。しかし,質的に本件各壮行会がそれらと異なることは明らかであるし,体育の大会などの壮行会の場合も招待状を出すなどと言う証言は信用できないというべきである。
また,証人Iなどは,本件各壮行会が観桜会,観藤会,餅つき大会,紙飛行機大会と大差ないかのごとき証言をしたが,本件各壮行会がそれらと質的に異なることは明らかである。それらは近隣の住民をお呼びして,隊員との懇親を深めるという趣旨であるところ,多数の市民も招いていた。他方,本件各壮行会は激励が目的であり,住民など招待も参加もしていない。
(d) イラク派遣の正当性や活躍の華々しさを世間にアピールしたかった。
本件各壮行会は合計で3回繰り返し開催されている。イラク派遣の人員が交代するごとに,繰り返し壮行会を開催したもので,ここには主催者の開催への強い意思を見て取れる。
この点,隊員を海外に派遣するケースはイラクだけでなく,例えば地対空ミサイル(パトリオットミサイル)の年次射撃のための派遣もあるが,その場合は壮行会を開くことが多いものの,首長や皆さんに招待状を出すことまではやっていない。これに対して,本件各壮行会では3回とも繰り返し首長や議長に招待状を出している。つまり,本件各壮行会を開催するにあたって,地対空ミサイル(パトリオットミサイル)の年次射撃派遣とは比較にならないほど,イラク派遣の正当性や活躍の華々しさを繰り返し世間にアピールしたかったのであり,証人Kはそうアピールする必要性を感じていたというわけである。
(e) 目的・意図は隊員を激励し盛大に祝福するものであり,その効果もあった。
本件各壮行会の目的・意図は少なくとも派遣される隊員を盛大に祝い励ますためであった。そして,本件各壮行会の内容は実質的に,派遣隊員を盛大に激励し,祝福するものであり,その効果が十分にあった。本件各壮行会は単なる社交儀礼的なものではなく,隊員を激励し祝福し鼓舞して士気を高揚させるという強固な目的・意図を有した催しであり,その効果も十分大きかったことは疑いがない。
(f) 本件各壮行会の内容と実質
式次第に沿って見ると,基地司令の挨拶で激励され,来賓の激励の言葉でさらに鼓舞され,乾杯で盛大に祝福され,多数の来賓の紹介を受け,来賓と歓談し,最後に万歳三唱で盛大に送り出されたことがわかる。
また,派遣隊員も来賓の前で紹介され,派遣の決意(返礼)を述べた。
これらの内容からして,これを単なる社会的儀礼と評価することなどできない。むしろ,わずか2人から4人の派遣隊員に対し,多くの要人が繰り返し激励や祝福の言葉を贈り,鼓舞された隊員が任務遂行の決意を述べさせられて送り出された。そのような実質を備えた充実した壮行会だったのである。
(g) 全国的に開催された壮行会の一環である。
全国各地でイラク派遣隊員のための壮行会や激励会が開催されている。そうであれば,イラクへの自衛隊派遣実施を受けて,自衛隊本部から何らかの開催促進の働きかけがあったとみるべきであり,これに呼応した壮行会が全国各地で開催されたものである。
これらの開催によって,対外的にイラク派遣への反対意見を封殺しつつ,派遣を推進する気運を高め,対内的にも隊内のすべての隊員の士気を高めようとしたものである。イラク派遣という国家的政策を推し進めるために各地の壮行会は重要な意義を有し,世論形成のために,相当大きな効果を果たしたのである。
よって,本件各壮行会の開催・参加によって憲法9条の平和主義に反する状況を具体的に助長・促進させたことが明らかである。
(h) 会費の金額の問題ではない。
社交儀礼の範囲内かどうかの判断においては,壮行会の目的・意図,効果,内容・実質こそ重要である。目的・意図が強固で,内容や実質が充実し,効果も大きい壮行会の場合は,たとえその会費が少額であっても,単なる社交儀礼とはいえないはずである。むしろ,そのような壮行会に参加しやすくするために,会費を低額に抑えるという手法をとったものとも評価され得る。
よって,会費の額は問題ではないというべきである。
c 結論
以上のように,非常に危険な戦闘地域に隊員を派遣するにあたって,対内的には隊内のすべての隊員の士気を高める必要があり,対外的にもイラク派遣への反対意見を封殺しつつ,派遣を推進する気運を高める必要があり,それらの目的のために,わずかな派遣者のために周辺自治体の首長らを招いて盛大に壮行会を催したものである。
このような本件各壮行会の目的・意図,効果,内容・実質からすると,本件各壮行会の開催・参加によって憲法9条の平和主義に反する状況を助長・促進させたことは明らかである。
したがって,本件各壮行会への公金支出が社交儀礼の範囲を大きく逸脱しており,違法であることは明らかである。
(被告東松島市長の主張)
ア 矢本町と松島基地の関係
(ア) 松島基地は,昭和17年に旧海軍航空隊基地として発足し,終戦により米軍に接収された後,昭和30年までに防衛庁に返還され,昭和35年からは航空自衛隊戦闘航空団として防空の任務に当たっている。基地は矢本町の中南部に位置し,その総面積は373万8327m2という広さであり,その大部分が地域的に矢本町に所在していた。
(イ) 隊員数は約1300名であり,隊員及び家族のほとんどが矢本町に居住し,住民票をおいていた。矢本町の人口は平成17年3月時点で3万2000人であり,世帯数は1万1000であったことから,自衛隊員及びその家族の占める割合が大きいことは一目瞭然である。また,矢本町は行政面でも基地との連携協調を図り,共存共栄を基本的な立場としていた。財政的な面でも,いわゆる基地交付金で固定資産税の減収補てんを受けるなど,基地と矢本町の結びつきは他の地方公共団体とは比較できないほど強いものがあった。
(ウ) また,毎年7月には「航空祭」が松島基地内で開催され,多くの町民がこれに参加している。祭りの中でもブルーインパルスの曲技飛行は,一番の人気を集めていた。この航空祭は松島基地の全面的な協力を得て,矢本町の商工会により主催されていた。基地内で春に毎年開かれる観藤会(基地内で「藤」を眺める会)では隊員と町民が藤棚の藤を眺めながら語らい,春の1日を共に過ごした。また,町の総合防災訓練ではヘリコプターなども出動し,松島基地の協力を得て極めて実践的な訓練が行われていた。
(エ) このように矢本町は,松島基地と物的にも人的にも密接な関係を続けてきたのであり,自衛隊員の中からイラクへ派遣される隊員が出てくることは,町や町民にとっても極めて大きな関心を持って受けとめられる事柄であった。このような中で,イラクに派遣される隊員が決まり,その壮行会に町長が公費をもってこれに参加し,他の出席者とともにイラクへ出発する隊員の任務の遂行を願い,安全無事に帰還することを祈念することはまさに社会的儀礼の範囲内の行為であるというべきである。
イ 壮行会の開催状況とその目的・意義
(ア) 本件各壮行会に関する事実関係
① 壮行会の開催は防衛庁からの要請ではなく,K元基地司令(以下「K司令」という。)の発案であった。
招待者には連絡協議会を通さずに,直接K司令名の書面で案内していた。
② 派遣された自衛隊員は1回につき2ないし3名であった。
③ 松島基地は航空自衛隊の基地であるが,輸送機であるC-130Hの操縦者はおらず,派遣された隊員の役割は整備,会計,補給,調達,基地業務であった。
④ 壮行会の会費は1回につき3000円ないし3500円という飲食分の実費であった。
⑤ 松島基地ではイラク派遣以外の海外派遣の際にも壮行会を開催していた。また国内への派遣であっても大きな規模の大会の場合には壮行会を開いていた。壮行会において飲食を提供する場合には3000円くらいの会費を徴収していた。
⑥ 毎年春に開催している観藤会においても会費として3000円くらいを徴収していた。
⑦ 壮行会において案内状を出したのは,近隣の自治体の首長,議長,議員,松島基地OB会及び父兄会役員であった。派遣隊員の家族は招待していない。
⑧ 壮行会は基地内の隊員クラブで開催され,その収容規模からしても毎回の参加者数は50ないし60人であった。
⑨ K司令が行った挨拶の内容は,外部からの参加者には松島基地の隊員がイラクの復興支援・国際貢献のために派遣されることを紹介し,派遣される隊員に対してはしっかり任務を果たして,無事に帰ってきなさいという激励をするというものであった。
(イ) 壮行会の開催状況・目的・意義とその適法性
a 本件各壮行会の開催の目的・意義は,主催者側のK司令にとっては,①対外的には航空自衛隊の隊員も国際貢献のために派遣されているということを近隣の市町村の皆さんに知って頂くことであり,②対内的には派遣される隊員に対して,任務を全うし,無事に帰還することを願うということであった。松島基地ではイラク派遣以外にも隊員の海外派遣や国内派遣の際に壮行会を開催することが行われており,本件各壮行会もその延長線上に位置づけられるものである。場所も基地内の隊員を対象とした食堂のようなものである隊員クラブにおいて立食で行われ,参加者数も50ないし60名と小規模であった。会費として徴収した金額も1回当たり3000円ないし3500円という参加者の飲食の実費分に相当するものであり少額であった。
b 一方参加者側のC町長の参加の目的・意義は,①矢本町と松島基地との深いつながりを背景として,本件各壮行会に参加することがこれまでの両者の経緯からしても極めて自然な流れの一環であったこと,②派遣される隊員の多くが矢本町民であり,その国際的な平和への貢献を期待するとともに,無事な帰還を本件各壮行会において祈念することであり,それは極めて常識的な町と松島基地・隊員との交流の一環であった。
c 以上のとおり,本件各壮行会の開催及び参加は,派遣される隊員の国際平和への貢献という任務の全うと無事な帰還を祈念し,松島基地とその周辺自治体との理解・交流を一層促進することを目的として行われたものであり,開催場所,会の規模,会費の金額の少なさ,またそれまでの矢本町と松島基地の交流の経緯からすると,町民の多くが違和感を持つような会ではなく,社会的な儀礼の範囲内にあることは明らかである。またこの壮行会の式次第や,K司令,来賓としてのC町長の挨拶内容からしても,この開催・参加によって憲法9条の平和主義に反する状況を具体的に援助・助長・促進するといった効果を生じさせていないことも明白である。
したがって,本件各壮行会の開催・出席は社会的儀礼の範囲内に属するものとして,そもそも違憲・違法の問題は生じないというべきである。
ウ その余の不法行為の要件
(ア) 「故意又は過失」について検討する。
a 本件において原告らはC町長の故意・過失の内容につき,必ずしも明確な主張を行なっていない。もっともその文脈からすると,本件各壮行会への参加費用が違法な公金支出という結果になるという原告らの主張について,「その結果を認識しながらそれを容認して行為する心理状態」を故意と捉え,又「その結果を予見し得るにもかかわらず回避義務を怠り結果を発生させた心理状態」を過失と捉えているものと考えられる。しかしながらC町長にとって,本件各壮行会への参加費用が違法な公金支出という結果になるという原告らの主張について,故意も過失も持ち得ないことは明らかである。本件各壮行会の憲法適合性・適法性がイラク人道復興支援自体の憲法適合性とは全く別の次元の問題であり,開催の目的や矢本町と松島基地との永きにわたる緊密な関係からしても,開催したとされる国が,違憲・違法な本件各壮行会を開催したとは全く思いもよらず,疑いを持つことすらなかった。本件各壮行会が違憲・違法であるなどということを予見することもおよそ困難であって,過失が存しなかったことも明らかである。
b さらに,イラク人道復興支援のための自衛隊派遣の憲法適合性・適法性の評価を前提として本件各壮行会の問題を考えてみても,そこには故意・過失は存していなかった。すなわちイラク特措法は国際社会の要請を受けて成立した法案であり,衆参両院においては様々な質疑がなされ,政府は詳細な答弁をし,明確な政府見解を示している。その政府見解を受け入れる形で国権の最高機関である国会が法案を成立させる決議を行なったのである。この決議に基づいて政府は基本計画を策定し,具体的な自衛隊派遣が実現したものである。このような一連の流れの中で,C町長はイラク人道復興支援のための自衛隊派遣が違憲・違法と評価される可能性があるなどとはおよそ考えたことはなく,そこに注意義務違反がないことも明らかである。即ちこの点においてC町長に故意・過失の成立する余地など全く存しない。
(イ) 本件においては,「損害」も発生していない。本件各壮行会の会費は矢本町の公費から支出されているが,C町長は本件各壮行会に出席して前述した目的のために町長としての職務を遂行し,ときにはイラクに派遣される自衛隊員とも杯を交わし合ったのである。基地内の厚生施設である防衛弘済会からの食事も提供されており,会費の支出は対価性が十分に認められるものである。したがって,矢本町にはそもそも損害が全くないのである。
(ウ) 以上のとおり,C町長において,不法行為の構成要件の充足がないことは明らかである。
(被告石巻市長の主張)
ア 社会通念・社交儀礼論
地方公共団体が,自然人・私法人・企業などと同様な社会活動の一環として他の者との間で社会通念上相当と認められる範囲内で公金を支出した場合,この支出は許されるべきであり,この場合の程度及び内容の決定は支出権限を有する者の自由裁量権に委ねられている。
そして,社会通念上相当かどうかの判断基準は,公金支出の趣旨,態様,金額,人員等を総合的にみて判断されるべきものである。
イ 本件各支出は社会通念上相当な範囲内のものであること
(ア) 本件当時の石巻市,河北町,河南町及び桃生町なる各地方公共団体は,いずれも「自然人,私法人,企業などと同様な社会活動」をなしていたところ,その一環として,案内状を出した航空自衛隊松島基地と従来から長期間にわたり,松島基地周辺自治体連絡協議会や桃生町自衛隊父兄会等を通じて格別に密接な交際関係にあった。
(イ) また,一人あたりの支出金額が3000円と僅少であること,支出対象となった出席人数が1名又は2名にすぎなかったこと,その態様も「開会の辞・基地司令挨拶・来賓代表謝礼の言葉・乾杯・来賓紹介・歓談・万歳三唱・閉会の辞」程度で所要時間も約1時間半であったこと等を総合すれば,本件各公金支出は社会通念に照らし社交儀礼の範囲内に該当するものである。
(ウ) また,自衛隊のイラク派遣問題に対する法的評価ないし見解は,本質的に統一されなければならないものではないし,かつ,決してそうあってはならない性質のものである。本件各支出の支出権限者は,自衛隊のイラク派遣問題を違法・違憲ではないとの見解に基づいて金員を支出し得る内容にかかる自由裁量権を有していたものである。
(エ) 以上のことからすれば,本件各支出は何ら違法性を有しないものである。
ウ また,その余の不法行為責任の要件については否認ないし争う。
(3) 争点3 本件首長らの不当利得返還責任
(原告らの主張)
争点1で述べたとおり,イラク人道復興支援と銘打った自衛隊の海外派遣そのものが違憲・違法であるため,違憲・違法な派遣のための本件各壮行会は開催そのものが違憲・違法である。そうであれば,会費の支出は法律上の原因に基づかないものであるから,本件首長らは本件各自治体に対して,それぞれ会費相当額の不当利得返還責任を負う。
(被告東松島市長の主張)
ア 「損失」について
本件においては,まず「損失」が発生していない。矢本町は3回にわたって開催された本件各壮行会への参加費9500円を支出しているが,前述したとおりC町長は本件各壮行会に出席して町長としての職務を遂行し,時にはイラクに派遣される自衛隊員とも杯を交わし合ったのである。基地内の厚生施設である防衛弘済会からの食事も提供されており,会費の支出は対価性が十分に認められるものである。したがって,本件において矢本町には損失が生じていない。
イ 「利得」について
C町長に利得は現存していない。C町長は松島基地と極めて緊密な関係にあった矢本町の代表者として前述した目的を達成するために本件各壮行会に出席したものであり,その出席は当時の町長としての職務である。原告らが何をもってC町長が利得したと主張するのか判然としていないが,少なくとも民法703条による返還すべき現存利益は存在していない。
ウ 「法律上の原因なく」について
本件各壮行会は違憲・違法なものではない。また,原告らが主張する本件各壮行会の前提となるイラク人道復興支援自体の憲法適合性・適法性については,争点6で後述するように,国際社会の中での高度な政治問題であって,司法審査の対象とならないというべきである。
エ 以上のとおり,どのような視点からも不当利得の要件を充たす事実は存在しない。
(被告石巻市長の主張)
原告らの主張は否認ないし争う。
(4) 争点4 国の不法行為責任(本件各壮行会の開催等の違憲・違法)
(原告らの主張)
争点1において述べたとおり,イラク人道復興支援と銘打った自衛隊の海外派遣そのものが違憲・違法であるため,違憲・違法な派遣のための本件各壮行会は開催そのものが違憲・違法である。すなわち,違憲・違法な海外派遣を鼓舞するための壮行会はいわば違憲・違法状態の継続を幇助・助長するものであり許されない。
それにもかかわらず,国はこのような違法な本件各壮行会を主催し,首長を招けば公費から参加費用が支出されることを予見しながら,本件首長らに出席を働きかけて違法な会費を本件各自治体に負担させ,会費相当額の損害を与えた。よって,国は不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(被告東松島市長の主張)
ア 争点2において述べたように,本件各壮行会の開催は社会的儀礼の範囲内に属するものであり,違憲・違法の問題は生じない。
イ また,(2)ウ(ア)(イ)でC町長について述べたことは国についても同様に当てはまり,「故意又は過失」及び「損害」は認められない。
(被告石巻市長の主張)
原告らの主張は否認ないし争う。
(5) 争点5 国の不当利得返還責任
(原告らの主張)
争点1において述べたとおり,イラク人道復興支援と銘打った自衛隊の海外派遣そのものが違憲・違法であるため,違憲・違法な派遣のための本件各壮行会は開催そのものが違憲・違法である。そうであれば,会費の支出は法律上の原因に基づかないものであり,国は本件各自治体に対し,不当利得返還責任を負う。
(被告東松島市長の主張)
ア (3)ア,ウで述べたことは国の不当利得返還責任についても同様に当てはまり,矢本町には「損失」がなく,また,本件各壮行会も違憲・違法なものではない。
イ 「利得」について
国は案内状を送付し,基地内の厚生施設である防衛弘済会に食事会場を設営し,同会から飲食を提供して本件各壮行会を開催しているのである。本件各壮行会の会費はそれらと対価性を有しているし,最終的には防衛弘済会に支払われていることからも国に利得は生じていない。
(被告石巻市長の主張)
原告らの主張は否認ないし争う。
(6) 争点6 統治行為論
ア 争点6-1 統治行為論の採否
(被告東松島市長の主張)
(ア) 原告らが問題とする,イラク人道復興支援のための自衛隊派遣の憲法適合性・適法性は,いわゆる高度な政治問題であり,司法審査にはなじまないというべきである(統治行為論)。
(イ) 最高裁判所は,いわゆる砂川訴訟において,日米安全保障条約について次のように判示し,司法審査における統治行為論による限界を認めている(最高裁判決昭和34年12月16日)。
「ところで,本件安全保障条約は,前述のごとく,主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであつて,その内容が違憲なりや否やの法的判断は,その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点がすくなくない。それ故,右違憲なりや否やの法的判断は,純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には,原則としてなじまない性質のものであり,従つて,一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは,裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて,それは第一次的には,右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく,終局的には,主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきものであると解するを相当とする。そして,このことは,本件安全保障条約またはこれに基く政府の行為の違憲なりや否やが,本件のように前提問題となつている場合であると否とにかかわらないのである。」
(ウ) 上記砂川訴訟最高裁判決が,統治行為論を採用する前提として日米安全保障条約の成立につき次のとおり言及していることに留意すべきである。
「右安全保障条約は,その内容において,主権国としてのわが国の平和と安全,ひいてはわが国存立の基礎に極めて重大な関係を有するものというべきであるが,また,その成立に当つては,時の内閣は憲法の条章に基き,米国と数次に亘る交渉の末,わが国の重大政策として適式に締結し,その後,それが憲法に適合するか否かの討議をも含めて衆参両院において慎重に審議せられた上,適法妥当なものとして国会の承認を経たものであることも公知の事実である。」
(エ) 本件のイラク特措法が成立した背景には,イラクが国際社会の平和と安全に与えている脅威を取り除くための最後の手段として米国等が武力行使を行なったことによって,その後主要な戦闘は終結し,国際社会として同国の復興支援のために積極的に取り組まなければならないという要請が存していた。イラク特措法はまさに国際社会の要請を受け,人道復興支援活動及び安全確保支援活動を目的として第156回国会において内閣により提出された法案である。衆参両院においては様々な角度から質疑がなされ,多くの質問主意書も出され,政府はそれらに対して詳細な答弁をして政府見解を示している。その結果,衆参両院の審議を経た上で成立し,平成15年8月1日に公布されている。国権の最高機関である衆議院・参議院という国会が政府見解を受け入れて,法案を成立させる決議を行なったことの意味は極めて大きいものと考えることができる。その意味では,国際的かつ高度に政治的な問題であり,直前に衆参両院において真摯な議論を経て決定された事柄に関する司法審査の限界という点で,本件は砂川事件と極めて類似した構造であることを指摘しなければならない。
(オ) そのほかの事件においても,これまで裁判所は,安全保障体制や自衛隊等といった高度に政治的な問題に関しては,統治行為論を採用して司法審査を控えるという対応を行なってきている。これは司法審査の限界として,①政治部門の活動や判断の在り方について裁判所として一定の配慮を示さなければならないという認識,②裁判所としてその問題について判断するには十分な情報に接し得ず,若しくは自信を持って依拠すべき判断基準が欠けているという認識を基にしたものと考えられる。そうであれば,本件のイラク人道復興支援のための自衛隊派遣の憲法適合性・適法性は,これまでに主張してきたとおりまさに統治行為論の妥当する問題であるというべきである。
(原告らの主張)
(ア) 統治行為論の論拠の欠如
a 統治行為論を採用することは,法律上の争訟の要件を具備し裁判所による判断がなされるべき事件について,何ら明文の根拠なく憲法判断を回避し,憲法81条により裁判所に付与された職責を放棄するものである以上,その根拠は明確かつ適切に示されなければならない。また,憲法32条に基づく国民の裁判を受ける権利の保障を実現するためにも,明確かつ適切な根拠の指摘なくして裁判所が憲法上の職責を放棄することは許されないというべきである。
b しかるに,砂川事件最高裁判決は,統治行為論を採用したと捉えるとしても,採用するに際して明確かつ適切な根拠が明らかにされたとは到底言えない。なぜなら,同判決は「高度の政治性」を持つ国家行為の違憲性の法的判断は「純司法的作用をその使命とする司法裁判所」の審査にはなじまないというが,結論しか述べられておらず,裁判所の審査になじまないという理由が何ら明確には述べられていないからである。
また「高度の政治性」,あるいは「国家統治の基本」という判断基準も極めて曖昧である。違憲審査権の行使は,いかなる場合においても,法律,命令,規則,処分について憲法に違反すると判断するものである以上,ある程度政治的機能は営むものであり,重要な憲法問題であればあるほど,政治的機能は大きくなる。また,その法令等が少なくとも「国家統治の基本」と無関係なものは存在しない。
そうすると,「高度の政治性」あるいは「国家統治の基本」ゆえに違憲審査権が及ばないとすると,重要な憲法問題であればあるほど違憲審査権が及ばないということになってしまい,憲法81条が裁判所に対して違憲審査権を付与し,憲法の番人として法律等による憲法破壊を防止する役割を与えた意味が失われてしまう。
c さらに,砂川事件最高裁判決において展開された統治行為論は,以下のようにその判決理由内において論理的に破綻しているというべきである。
砂川事件最高裁判決において,安保条約が高度の政治性を有すると判断されたのは,安保条約が平和条約と密接不可分の関係にあると認められたからのようである。
確かに,政治的には安保条約が平和条約と一体のものとされたこと,この講和が片面講和として成立したゆえんが安保条約にあったことから,政治的には二つの条約は密接不可分であったといえる。
しかし,法理上は,平和条約は安保条約の締結を国際法的に許容しているという意味で関連を持つだけであって,決してその間に密接不可分の関係などといえるものはない。条約締結の際の政治的特殊事情も,本来,条約の規定内容とは無関係であり,条約内容の高度の政治性はその規定内容自体から認められなければならないはずである。
そこで,上記判決も条約内容に関する根拠を述べている。安保条約は我が国の平和と安全,ひいては我が国の存立の基礎に極めて重大な事柄を規定内容としているという判断である。しかし,そうだとすれば,憲法9条も我が国の平和と安全,ひいては我が国の存立の基礎に極めて重大な事柄を規定内容としていると考えられるのであるから,裁判所による解釈,判断の対象とすることを回避することはできないというべきである。
d また,砂川事件最高裁判決は,「統治行為」の原理に対して「一見極めて明白に違憲無効」の場合の例外を設定し,「例外」に該当しないと判断するために判決理由一において憲法9条を解釈し,判決理由三において安保条約=米軍駐留は専ら我が国及び我が国を含めた極東の平和と安全を維持するためのものであり,平和主義を目指しているものとであるとうかがえると推測している。
しかしながら,そもそも例外を設定する意義とその当否が,統治行為論そのものの容認根拠と概念内容との関係で論証されなければならないが,同判決にはそれが示されていない。仮に,統治行為論の容認根拠が消極的な司法権の政治的中立にあるのであれば,あえて憲法上の実質的判断を述べて一方の政治的立場の代弁を引き受けなければならなくなるような例外を設定すること自体が矛盾である。また,仮に,積極的に法的事態の変動に対する順応を目指すということにあるのであれば,統治行為の原則と例外という方法ではなく,解釈操作の方式とその限界内で果たされるのが妥当である。
e 以上の点から,砂川事件最高裁判決は,その判決理由内において破綻しているというほかなく,かかる判決を引用して,本件において統治行為論を用いることはできないというべきである。
(イ) 自衛隊イラク派遣も違憲審査権の対象事項であり判断も可能である
a 一般論として統治行為論が認められるとしても,本件訴訟ではその採用は許されない。
すなわち,本件におけるイラクでの自衛隊の活動の根拠は,イラク特措法及びそれに基づく基本計画,並びにそれに基づく防衛庁長官による実施要綱及び派遣命令であるところ,憲法81条は国家行為についての違憲審査権を裁判所に付与している以上,紛争解決のために裁判所はこれら国家行為の違憲性について判断をすべきこととなる。
しかるに,イラク特措法及びイラク自衛隊派遣が高度に政治的な性格を持つという漠然とした理由で,裁判所が憲法81条によって認められた職責を放棄し,憲法判断を回避するというのであれば,憲法81条の違憲審査権は形骸化してしまうことは必定であるし,しかもその歯止めはないに等しいことになってしまう。これでは,憲法81条が違憲審査権を裁判所に付与し,法律等による憲法破壊を防止しようとした趣旨は全く実現されないことになる。
本件訴訟で,裁判所が統治行為論を用いて憲法判断を避けるというのであれば,憲法81条が明文をもって裁判所に付与した憲法の番人としての職責を放棄するということになり,憲法の番人たる裁判所の存在意義を自ら放棄することになる点に想いを致すべきである。
b この点,自衛隊イラク派遣については政治情勢,国際情勢の変化を考慮する必要があり,それは裁判所の審査にはなじまないとの反論があり得る。しかし,本件訴訟で問われているのは政策としての自衛隊イラク派遣の適否ではなく,自衛隊イラク派遣が戦力を保持せず,国の交戦権を否定した憲法9条に適合するか否かである。そして,それは裁判手続の中でイラクに派遣されている自衛隊の規模,装備,活動内容等その実態を一定範囲で明らかにすることができる程度で主張立証が尽くされれば,国際情勢その他諸般の状況を審理検討することなく,容易に検討できるのであって,裁判手続に随伴する何らの問題も存在することなく司法審査をすることが可能である。
したがって,本件訴訟において裁判所が自衛隊イラク派遣の違憲性を審査することは十分に可能である。
c また,被告東松島市長は,イラク特措法が成立した背景には,イラク戦争終結後の復興支援についての国際社会としての要請,様々な国会審議を経て法案が可決したことを挙げて,国際的かつ高度に政治的な問題として砂川事件と極めて類似した構造である旨主張する。
しかし,この点については前記の反論がそのままあてはまる。また,およそ法律は国会審議を経て成立するものであり,また国際的な立法事実に基づき立案されるものもあるところ,被告東松島市長の立論によればこれらの法律はすべて「高度の政治性」を有するものとして違憲審査の対象外となってしまい,極めて不当であることは明白である。さらに,砂川事件で問題となった安保条約は,最高裁判決によれば,それと同日に締結された平和条約と密接不可分の関係にあり,それ故主権国たる日本の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を持つものであって,本件訴訟で問題となっているイラク特措法及び自衛隊イラク派遣とは全く構造が異なる。
したがって,被告東松島市長の上記主張は失当である。
イ 争点6-2 一見極めて明白な違憲性
(原告らの主張)
(ア) 本件においては,以下に述べるように,自衛隊イラク派遣の根拠法であるイラク特措法それ自体が「一見極めて明白に違憲無効」であり,さらに,イラクに派遣されている自衛隊の活動実態も「一見極めて明白に違憲無効」である。
したがって,本件は,統治行為論を用いて,司法審査を避けることはできない事案である。
a 政府解釈の不合理な変遷
政府は,憲法9条に関する解釈を次々と変遷させて,当初の限定的な解釈から拡大させていき,自衛隊の海外派遣を許容し,平成15年8月,イラク特措法を制定し,同年12月から自衛隊をイラクに派遣するに至った。
すなわち,憲法9条2項は「戦力」の保持を禁止しているところ,憲法制定当時の政府解釈は自衛のための戦力保持も禁止していた。しかし,警察予備隊が発足した後,自衛権に基づく戦争を許容するに至り,警察予備隊が保安隊に改組された際には,「戦力とは近代戦争遂行に役立つ程度の装備,編成を具えるもの」として保安隊は近代戦争遂行能力を有さず「戦力」ではないとした。そして,自衛隊が発足して以降はその合憲の根拠を「自衛隊は,自衛のための必要最小限度の実力(自衛力)」であり,9条2項で禁止された「戦力」には当たらないという論理で,世界有数の軍事力を誇る組織にまで発展させ,また,同じく合憲の根拠としていた「専守防衛」から,「他国による武力と一体とならないものは武力の行使とはいえない」という国際的には全く通用しない解釈まで作り上げて,他の軍隊の後方支援活動まで行うようになった。
かかる政府の憲法9条の解釈の変遷は,憲法9条本来の趣旨から乖離させていくものであって,それ自体憲法に違背する不当な解釈といわざるを得ない。
したがって,かかる不合理な解釈を前提に制定されたイラク特措法は,憲法9条に違反する法律である。
b イラク特措法と政府解釈の矛盾
また,そのことを置くとしても,イラク特措法をめぐる政府解釈は,少なくとも以下の点において,現在の政府解釈にすら反している。すなわち,
① イラク特措法(17条,2条3項)は,自衛隊は専守防衛のために限りその必要最小限度の実力行使が憲法9条に違反しないとする現在の政府解釈にも明らかに矛盾する。
② 「憲法9条1項は侵略戦争及び国際紛争を解決する手段として,武力による威嚇と武力の行使は放棄する」との解釈を取り続ける政府解釈にも明らかに矛盾する。イラク特措法及びそれに基づく自衛隊イラク派遣は,明らかな国際法違反の侵略戦争であるイラク戦争に起因するものであり,国際紛争を解決する手段として制定・実施されているからである。
③ 交戦権に関する政府解釈とも明らかに矛盾する。
イラクにおいては,戦争状態の終結を意味する講和条約の締結や降伏文書の調印がなされておらず,国際法上はいまだに「戦争状態」ということになる。石破防衛庁長官も,アメリカによる戦闘終結宣言がなされた平成15年5月1日後の同年6月20日に,「(イラクでは)降伏文書の調印がなさたわけではない。したがって,戦争状態は継続しているというのは,法的に見ればそういうことだと思う。」と述べている。
イラク特措法は,いまだ「戦争状態」が続く国へ重装備の自衛隊派遣を認めるものであり,またその対応措置も現地の占領軍司令部の指揮の下で行われ,さらに自衛隊員にはイラクやクウェートでの裁判権が免除されるという,軍事要員的特権が付与されている。
したがって,イラク特措法及びそれに基づく自衛隊イラク派遣は,交戦権に関する政府解釈に照らしても,憲法9条2項によって禁止される「交戦権」の行使に該当することが明らかである。
④ 最も看過できないのは,イラク特措法が「安全確保支援活動」の名目で,現在の政府解釈でも禁じられている集団的自衛権の行使を事実上認めていることである。
すなわち,イラク特措法によれば,自衛隊の対応措置は単なる後方支援(例えば,水や食糧の支援等)に限られず,米軍等のための武器・弾薬,兵員の輸送も認められている(3条3項。なお,8条6項では対応措置から武器の提供が除外されているが,「輸送」は除外されていない)。この条項は,米軍等の行なう武力行使を「安全確保活動」という言葉に置きかえ,それと必然的に一体化せざるを得ない武器・弾薬の輸送,兵員の輸送等を「安全確保支援活動」として許容し,米軍等の武力行使(安全確保活動)に積極的に関与しようというものである。この「安全確保支援活動」は,他国の武力行使と密接に関連する活動であり,それを実施しようとすればどうしても他国の武力行使と必然的に一体とならざるを得ない。イラク特措法は,かかる内容の「安全確保支援活動」を自衛隊が一般的・包括的に実施することを認めたものであり,憲法9条が禁ずる集団的自衛権の行使を事実上認めたものである。したがって,「安全確保支援活動」に関する条項は,現行憲法下ではいかなる解釈をとろうとも絶対に認められない条項である。
c このように,イラク特措法,特にその「安全確保支援活動」に関する規定は,現在の憲法9条に関する政府解釈,特に集団的自衛権の禁止と明白に相容れない条項であり,イラク特措法が一見極めて明白に違憲な法律であることは明白である。
(イ) 上記のようにイラク特措法自体が一見極めて明白に違憲な法律であるが,仮にイラク特措法の存在は認めたとしても,以下に述べるように,実施された自衛隊のイラク派遣行為も一見して極めて明白に違憲であり,かつ,イラク特措法にも違反するものである。
a 非戦闘地域の判断基準・判断要素
イラクにおける対応措置(自衛隊の人道復興支援活動・安全確保支援活動等)は,非戦闘地域に限定して実施できることになっている(同法2条3項)。
政府においては,「国際的な武力紛争」とは,国又は国に準ずる組織の間において生ずる一国の国内問題にとどまらない武力を用いた争いをいうものであり(平成15年6月26日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁),戦闘行為の有無は,当該行為の実態に応じ,国際性,計画性,組織性,継続性などの観点から個別具体的に判断すべきものであること(平成15年7月2日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁),全くの犯罪集団に対する米英軍等による実力の行使は国際的な武力紛争における武力の行使ではないが(平成15年6月13日衆議院外務委員会における山本内閣法制局第二部長の答弁,同月10日参議院外交防衛委員会における秋山内閣法制局長官の答弁),個別具体的な事案に即して,当該行為の主体が一定の政治的な主張を有し,国際的な紛争の当事者たり得る実力を有する相当の組織や軍事的実力を有する組織体であって,その主体の意思に基づいて破壊活動が行われていると判断されるような場合には,その行為が国に準ずる組織によるものに当たり得ること(上記秋山内閣法制局長官の答弁),国内治安問題にとどまるテロ行為,散発的な発砲や小規模な襲撃などのような,組織性,計画性,継続性が明らかでない偶発的なものは,全体として国又は国に準ずる組織の意思に基づいて遂行されているとは認められず,国又は国に準ずる組織についての具体例として,フセイン政権の再興を目指し米英軍に抵抗活動を続けるフセイン政権の残党というものがあれば,これに該当することがあるが,フセイン政権の残党であったとしても,日々の生活の糧を得るために略奪行為を行っているようなものはこれに該当しないこと(平成15年7月2日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁),非戦闘地域イコール安全な地域を意味するわけではなく,米軍が指定するコンバットゾーンが戦闘地域と同義でもないこと(平成15年6月25日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁,平成18年8月11日衆議院特別委員会における麻生外務大臣の答弁)等の見解が示されている。
b 自衛隊が派遣された地域
① 平成15年12月9日に閣議決定された基本計画は,自衛隊のイラクへの派遣地域を下記のとおり定めた。
記
2 (3) 人道復興支援活動を実施する区域の範囲
ア 自衛隊の部隊による人道復興支援活動を実施する区域の範囲
a 医療,給水及び学校等の公共施設の復旧・整備
・ ムサンナー県(ムサンナ州)を中心としたイラク南東部
b 人道復興関連物資等の輸送
・ 航空機による輸送については,クウェート及びイラク国内の飛行場施設
・ 車両による輸送については,ムサンナー県(ムサンナ州)を中心としたイラク南東部
・ 艦艇による輸送については,ペルシャ湾を含むインド洋
3 (1) …
安全確保支援活動を実施する区域の範囲は,自衛隊の部隊が人道復興支援活動を実施する区域の範囲とする。
② 基本計画に基づき,同年12月26日,航空自衛隊先遣隊がイラクに派遣され,平成16年1月9日に陸上自衛隊先遣隊,同月22日に航空自衛隊本隊,同年2月3日には陸上自衛隊本隊がそれぞれイラクに派遣された。
その後,陸上自衛隊はサマワのあるムサンナ州を中心としたイラク南東部で,また航空自衛隊は前記地域及びイラク国内の飛行場などで対応措置を実施している。
c 自衛隊が派遣された地域は非戦闘地域ではない
本件各壮行会は,平成16年1月15日,同年4月7日及び同年6月7日に開催されているが,以下の諸点をみれば,その当時自衛隊(陸上,航空自衛隊)が派遣されていたイラクの地域が非戦闘地域でなかったことは一見して極めて明白である。
① 派遣地域の治安状況
別紙2によれば,平成15年5月1日のブッシュ米国大統領の戦闘終結宣言後も,イラク各地で大規模な戦闘が継続しており,一般市民を含む多数の死傷者が発生している。
第1回壮行会が開催されたのは平成16年1月15日であるが,その前後の派遣地域の状況は,陸上自衛隊がサマワに到着した同年2月8日以前にも,サマワで職を求めて県施設前に集まった市民ら約300人が暴徒化し5人が負傷するという事件が発生(同年1月3日)しており,同月24日には,エジプト最大のイスラム政治勢力「ムスリム同胞団」の最高指導者,ムハンマド・アキフ団長が,朝日新聞社の会見に応じ,日本がイラクに自衛隊を派遣したことを「この時期に米国の占領に協力するのは,誤った決定」と語り,自衛隊を含む外国の軍隊に対するイラク民衆による攻撃はイスラム教が認める「聖戦」との考え方を示した。またアキフ団長は日本が自衛隊の任務を人道復興支援活動としていることについて,「日本が占領軍であることに変わりはない。日本の主張は政府間では通用するかもしれないが,民衆にとっては日本であれ,他国の軍隊であれ区別はない」と言い切っている。このように,自衛隊派遣時,すでにサマワは非戦闘地域ではなかったといえる。
さらに,自衛隊が到着した後は,サマワの自衛隊宿営地自体を目標とする迫撃砲などによる攻撃が続いている。同年2月12日にはサマワ市中心部で迫撃砲による攻撃があり,迫撃弾は日本のメディアなどが拠点を置くホテル近くの路上と,サマワ警察署に近い民家の屋根に落下した。
第2回壮行会が開催されたのは同年4月7日だが,翌4月8日には,サマワの自衛隊宿営地から約300メートルの砂地に迫撃砲と見られる砲弾2発が撃ち込まれた。同月17日には,サマワに駐留するオランダ軍がイラク人グループと武力衝突し銃撃戦が行われ,イラク人1人が負傷し,さらに,同月22日には,サマワのオランダ軍宿営地付近に迫撃砲が着弾し,このため,オランダ軍宿営地と約6キロメートルの距離にある陸上自衛隊宿営地でも,陸上自衛隊隊員が宿営地内で退避壕あるいは装甲車に一時退避を余儀なくされている。同月29日には,サマワの陸上自衛隊宿営地から500メートル離れたところに2発の砲弾が着弾した。同年5月10日には,サマワに駐留するオランダ軍兵士2人が手榴弾による攻撃をうけ死傷し,その後,オランダ軍とサドル師派民兵組織「マフディ軍団」との間で銃撃戦が交わされ,同月19日には,サマワの陸上自衛隊宿営地近くで地雷が発見された。更に,翌々日の21日には,サマワの陸上自衛隊宿営地から南東に約50キロメートルのところにあるタリル空港に砲弾が着弾した。同空港は,航空自衛隊がクウェートから物資を輸送している空港であり,航空自衛隊はしばらく活動を見合わせることとなった。同月27日にはサマワ市内で3回にわたり爆発音がし,その翌日の28日には,オランダ軍がサマワ近郊をパトロール中,発砲を受け,3人の兵士が負傷している。
このように,イラクへの主権移譲前においても,サマワは戦闘状態が続いており,サマワの治安維持にあたっているオランダ軍とサドル師派民兵組織との間で激しい銃撃戦が交わされ,自衛隊の宿営地に対する組織的な砲撃(威嚇攻撃)が頻繁に発生している。しかも,自衛隊(員)に向けられた武器は,刃物や拳銃等の小火器ではなく,迫撃砲(口径が大で砲身が短い軽便な火砲。近距離で遮蔽内の敵陣に弾丸を曲射するのに適する(広辞苑))や地雷(地中に埋め,これに触れた兵や戦車を破壊・殺傷する爆薬(広辞苑)である。また,サマワのオランダ軍は,自衛隊の活動する地域の治安を担当する部隊であるから,オランダ軍に対する攻撃は自衛隊に対する攻撃と同視できるのである。
第3回壮行会が開催されたのは,同年6月7日であり,同月28日,連合暫定施政当局(CPA)からイラクに主権が委譲されたが,サマワの治安状況はその後も改善していない。
主権移譲直後の同月30日,サマワの陸上自衛隊宿営地から数キロメートルの所で車爆弾が爆発し,警察官3人,市民1人が負傷し,車3台が炎上した。その約1か月後の同年8月2日には,サマワの陸上自衛隊宿営地の南2キロメートルの地点でロケット弾装てん発射台4基が発見された。イラク警察がイラク消防署の爆弾処理班に通報し,処理されたが自衛隊には動揺を招くといけないという配慮により通報されなかった。同月10日にはサマワ・陸上自衛隊宿営地から100メートル内に数発の砲弾が着弾した。砲弾は3ないし5発であり,迫撃砲弾の可能性が高いとされた(この事実は防衛庁が明らかにしたものである)。他方,イラク警察筋によると,同日に,同陸上自衛隊宿営地内に迫撃砲弾2発が着弾した。1発は,82ミリ迫撃砲弾であり,隊員のいるテントから50メートル内に着弾した。これに対し,防衛庁は宿営地外の着弾であると発表し,宿営地内着弾を報じた朝日新聞社に対して抗議した。同月13日から,ムサンナ州警察によりサマワ,アンダハル,ルメイサにおいて夜10時から朝6時までの外出を禁じる夜間外出禁止令が出された。翌8月14日には,サマワの北隣のルメイサで,オランダ軍の夜間パトロール車2台が武装勢力による小型ロケット砲や機関銃の攻撃を受けた。オランダ兵1人が死亡し,5人が負傷した。オランダ軍と武装勢力の攻防は4時間近く続けられ,駆けつけた救援部隊にも激しい銃撃が行われ,オランダ兵重傷者は救援に駆けつけた米軍のヘリコプターによって救出された。同月21日には,陸上自衛隊宿営地から南へ約2キロメートルのところに砲弾が1発着弾し,陸上自衛隊と地元警察が着弾地付近を捜索した。翌々日の8月23日にも,陸上自衛隊宿営地付近で数回爆発音が起こり,その翌日(24日)にも自衛隊宿営地付近で爆発音がしたのを宿営地内の隊員が確認した。宿営地から北へ数キロのところに砲弾が1つ着弾していたのである。
この間,航空自衛隊は,平成16年3月から同年12月9日まで輸送業務を99回おこなった。輸送した物資の量は約190トンであり,中には,米軍の休暇中にタリル空港からクウェートへ移動する私服米兵を搭乗させたこともあった。
以上詳述したように,本件各壮行会開催当時,自衛隊が派遣されたイラクの地域は組織的で計画的な戦闘行為が継続的に続いており,その攻撃対象は,米軍,英軍,オランダ軍,オーストラリア軍,イラク警察等だけでなく,攻撃の矛先は自衛隊にも向けられていた。
このような状態にある地域は,上述した判断基準・判断要素に基づいても,国際的な武力紛争の一環として人の殺傷や物の破壊行為が行われている地域であり,非戦闘地域に該当しないことは明白である。
② 派遣されている自衛隊の客観的実態-装備・軍事的組織
イラクに派遣された自衛隊の装備等をみても,派遣先が非戦闘地域でなかったことは明白である。
例えば,陸上自衛隊がイラク派遣に配備した九六式装輪装甲車は,戦場において兵員を輸送するためのもので,時速100キロメートルで走行することができる。これには通常40ミリ自動擲弾銃が装備されており,12.7ミリ重機関銃を装備することもできるが,これにより,戦車や戦闘装甲車に匹敵する兵器になる。この装備は,明らかに護身用の範囲を超え,相手を制圧するための攻撃兵器である。また,陸上自衛隊は,小火器として,84ミリ無反動砲・110ミリ個人携帯対戦車弾を装備している。無反動砲は,歩兵が携帯し戦車あるいは装甲車輌を攻撃するためのものであり,110ミリ個人携帯対戦車弾は,対戦車戦闘,低空攻撃するヘリコプター攻撃に使用する強力な武器である。
航空自衛隊は,輸送機C-130Hを使用してクウェートからイラク各地に米兵の物資や兵員を輸送している。英軍のC-130Hは攻撃されて多数の死者を出している。航空自衛隊隊員は,かかる攻撃に備えて,9ミリ機関銃という護身用を超えた強力な機関銃も携行している。
このような物々しい装備の実態をみれば,自衛隊の派遣先が非戦闘地域でないことは明白である。
③ 自衛隊を守る軍隊の存在
自衛隊が対応措置を実施する地域が非戦闘地域であるならば,その地域の治安維持に必要な実力は,警察力で十分であり,軍事力(軍隊)までは不要である。換言すれば,治安維持に軍隊が必要な地域は戦闘行為が行われている地域にほかならない。
自衛隊が派遣されたサマワは,派遣時にはオランダ軍が治安の維持にあたっており,サドル師派の民兵組織「マフディ軍団」などと激しい戦闘行為を展開していた。オランダ軍がなければ,サドル師派民兵組織の攻撃は,直接自衛隊に向けられたのであり,自衛隊は,このオランダ軍の「防波堤」の下で対応措置を実施していたのである。
オランダ軍撤退後のサマワの治安維持は,当初英軍が600人の増派をして行うことになっていたが,それでは治安確保に不十分だったので,これに加えて,オーストラリア軍も治安維持を行うことになった。
オランダ,イギリス及びオーストラリアの軍隊に守られながら対応措置を実施していたことは,自衛隊派遣地域が「非戦闘地域」でないことを端的に示しているのである。
④ イラク派遣自衛隊員の自殺の深刻化
報道によると,イラクからの帰還自衛隊員の自殺率は0.07%(自殺者3名/帰国隊員約4500名)で自衛官全体の自殺率0.04%の2倍近くに上っており,「強いストレスから職場に順応できなかったり,自殺を図ったケースも報告されている」という。自殺した「元中隊長の部隊は現地でしばしば危険にさらされ,宿営地がロケット弾などの攻撃を数回受けたほか,市街地を車両で移動中,部下の隊員が米兵から誤射されそうになったこともあった」,「元中隊長は1昨年に帰国後,(略)昨年あった日米共同訓練の最中に,『彼ら(米兵)と一緒にいると殺されてしまう』と騒ぎ出したこともあった。」とのことである。
前記のとおり,陸上自衛隊が駐留した南部サマワでは,ロケット弾などの宿営地攻撃が12回以上あったほか,平成17年6月には路肩爆弾で車両が被害を受けた。群衆のデモで投石を受けたこともある。
自衛隊の派遣地域が戦闘地域であるがゆえに隊員の精神的緊張が極限状態に達し,精神的疾病から自殺へと追いやられているのである。このような自衛隊員の悲惨な実態が,自衛隊派遣地域が非戦闘地域などではないことを端的に証明しているのである。
⑤ 小泉元首相等の答弁不能
政府の国会答弁は,自衛隊派遣地域が「非戦闘地域」であることを具体的かつ客観的な事実に基づいて論証することを放棄し,ただ乱暴に「非戦闘地域である」と強弁するのみである。
その典型が,小泉元首相の国会での答弁である。
平成15年7月23日の衆議院国家基本政策委員会合同審査会において,当時の小泉首相は,民主党菅直人代表のイラクにおける非戦闘地域はどこを指すのかという旨の質問に対し「どこが非戦闘地域でどこが戦闘地域かと今この私に聞かれたって,わかるわけないじゃないですか」という無責任な答弁をしている。さらに,イラクに自衛隊が派遣された後の平成16年11月10日の同審査会においては,民主党岡田克也代表(当時)が,サマワは非戦闘地域である旨の首相答弁に関してその判断根拠を質問したのに対して,小泉元首相は「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域なんです」と答えた。この小泉首相の答弁によって,政府においては,自衛隊派遣が前提にありきで「非戦闘地域」の判断自体が全くなされていないことがはしなくも露呈したのである。
d このように本件各壮行会が開催された期間においても,自衛隊が派遣された地域が「非戦闘地域」ではないことは明らかであり,本件自衛隊イラク派遣が極めて明白に違憲・違法であることは明白である。
(被告東松島市長の主張)
(ア) イラク特措法は平成15年8月1日に衆参両院の議決を経て公布されている。一見極めて明白に違憲無効の法律を国権の最高機関である国会が成立させる,という事態は容易には想定することができない。国会における審議の過程においても法案の問題点について様々な角度から活発に質疑,議論がなされたことは周知のことであり,憲法に関わる問題として審議の上,合憲であるとの政府答弁がなされ,それを受けた両院がそれぞれ法律案を可決したのであるから,成立過程からしてもイラク特措法が「一見極めて明白に違憲無効」であるなどということはあり得ないことである。
(イ) 次に,原告らは本件についてイラク特措法の適用の場面(対応措置の実施)において,要件を欠くとの主張をしているが,被告東松島市長は政府見解と同様,それらを具備しているものと認識している。原告らの主張する非戦闘地域の問題及び施政を行なう機関の同意の問題についての政府見解を検討してみると,それらの要件が一見極めて明白に欠如しているなどという状況でないことが容易に理解できる。
即ち,対応措置に関する基本計画が策定されたのは平成15年12月9日であるが,それ以降の石破防衛庁長官の記者会見における発表や質疑応答において,非戦闘地域の問題に関する公式な政府見解が示されている。また,施政を行なう機関の同意の問題については,イラク特措法が成立した第156回衆議院本会議において内閣総理大臣及び外務大臣が明確に答弁している。さらに,自衛隊のイラク派遣が承認された第159回国会において,質問主意書に対する内閣総理大臣の答弁書という形で回答がなされている。
第3当裁判所の判断
1 前提事実,証拠(甲全A176ないし186,188ないし190,甲A1,4,甲B1,6,甲C4,8,甲D1,甲E1,甲F1,3,5,乙全1,2,乙A1,4,乙B1,4,乙D1,3,乙E1,4,乙F1,3,丙全1,5,6,7,8,9,10の1・2,12,13の1・2,19,20,21,23,24,25,27,29,31,34,38,39,40の2,45,47,56,証人I,証人C,証人D,証人J,証人G,証人K(ただし,以下の認定と異なる部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 平成15年3月から平成16年6月までの,サマワを巡る状況等は別紙3「サマワを巡る状況等」(以下「別紙3」という。)のとおりである。
また,別紙3のほか,平成15年8月から平成16年6月にかけて,バグダッドやファルージャにおいて,爆弾テロ等が繰り返し起こっていた。
(2) 自衛隊イラク派遣をめぐる事実経過
ア 平成15年6月24日に開催された第156回衆議院本会議において,民主党の中川正春議員のイラク特措法案についての質問に対し,内閣総理大臣は,イラク特措法案に基づく我が国の活動は米英軍の指揮下に入るものではなく,また,同法案に基づく自衛隊の活動は武力の行使に当たるものではないこと,非交戦国である我が国が同法案に基づく活動を行ったとしても,交戦権を行使することにはならず,憲法9条に違反するものではないこと,活動地域の指定は,我が国が独自に収集した情報や諸外国等から得た情報に基づき,いわゆる非戦闘地域の要件を満たすよう厳格に行うこと等を答弁した。
また,施政を行なう機関の同意の問題については,中川正春議員の質問を受けて内閣総理大臣及び外務大臣が次のように答弁した。
「イラクの領域において活動を実施する際に必要とされる同意については,決議1483において米英の統合された司令部の権限とされている範囲内で,当該機関より取得することとしています。他方,我が国の活動は米英軍の指揮下に入るものではなく,また,本法案に基づく自衛隊の活動は武力の行使に当たるものではありません。非交戦国である我が国が本法案に基づく活動を行なったとしても,交戦権を行使することにはならず憲法9条に違反するものではありません。」(内閣総理大臣)
「総理からもご答弁ございましたように,イラクの領域において活動を実施する際に必要とされる同意については,本法案に基づく活動のように決議1483において米英の統合された司令部の権限とされている範囲内であれば,当該機関から取得することで,問題ありません。現時点においては連合暫定施政局がこれに当たると考えています。」(外務大臣)
イ そのほか,平成15年7月3日衆議院イラク特措法特別委員会,平成15年7月17日参議院外交防衛委員会において,上記と同趣旨の政府見解が示された。
ウ 平成15年7月26日,第156回国会において,イラク特措法(平成15年8月1日号外法律第137号)が可決され,同年8月1日,公布,施行された。
エ 平成15年12月9日,基本計画が閣議決定された。基本計画を抜粋するとその内容は下記のとおりである。
記
…
2 人道復興支援活動の実施に関する事項
(2) 人道復興支援活動の種類及び内容
ア 自衛隊の部隊等による人道復興支援活動
自衛隊の部隊等による人道復興支援活動の種類及び内容は,次のとおりとし,活動の性格,態様等も考慮した安全対策を講じた上で,慎重かつ柔軟にこれらの活動を実施することとする。
(ア) 医療(イラク特措法3条2項1号に規定する活動)
病院の運営・維持管理について,イラク人医師等に対して助言・指導を行うとともに,状況に応じ,地域住民等の診療を実施する。
(イ) 給水(イラク人道復興支援特措法第3条第2項第5号に規定する活動)
河川等の水を浄水し,生活用水の不足する地域の住民に配給する。
(ウ) 学校等の公共施設の復旧・整備(イラク人道復興支援特措法第3条第2項第3号に規定する活動)
学校,灌漑用水,道路等の公共施設の改修を実施する。
(エ) 人道復興関連物資等の輸送(イラク人道復興支援特措法第3条第2項第5号に規定する活動)
航空機により人道復興関連物資等の輸送を実施する。
また(ア)から(ウ)までに掲げる活動に支障を及ぼさない範囲で,車両及び艦艇により人道復興関連物資等の輸送を実施する。
(3) 人道復興支援活動を実施する区域の範囲及び当該区域の指定に関する事項
ア 自衛隊の部隊等による人道復興支援活動を実施する区域の範囲及び当該区域の指定に関する事項
(ア) 自衛隊の部隊等による人道復興支援活動は,現に戦闘行為が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域において実施されるものである。また,当該活動の実施に当たっては,自衛隊の部隊等の安全が確保されなければならない。
このため,防衛庁長官は,自衛隊の部隊等が人道復興支援活動を実施する区域を(イ)に定める範囲内で指定するに当たっては,実施する活動の内容,安全確保面を含む諸外国及び関係機関の活動の全般的状況,現地の治安状況等を十分に考慮するものとする。その際,治安状況の厳しい地域における活動については,状況の推移を特に注意深く見極めた上で実施するものとする。
(イ) 自衛隊の部隊等が人道復興支援活動を実施する区域の範囲は,次に掲げる場所又は地域に,我が国の領域からこれらに至る地域に所在する経由地,人員の乗降地,物品の積卸し・調達地,部隊の活動に係る慣熟訓練のための地域,装備品の修理地及びこれらの場所又は地域の間の移動に際して通過する地域を加えたものとする。
…
a 医療,給水及び学校等の公共施設の復旧・整備
ムサンナー県を中心としたイラク南東部
b 人道復興関連物資等の輸送
航空機による輸送については,クウェート国内の飛行場施設及びイラク国内の飛行場施設(バスラ飛行場,バグダッド飛行場,バラド飛行場,モースル飛行場等)
車両による輸送については,ムサンナー県を中心としたイラク南東部
艦艇による輸送については,ペルシャ湾を含むインド洋
(4) 人道復興支援活動を外国の領域で実施する自衛隊の部隊等の規模及び構成並びに装備並びに派遣期間
…
3 安全確保支援活動の実施に関する事項
(1) 安全確保支援活動に関する基本的事項,同活動の種類及び内容,同活動を実施する区域の範囲及び当該区域の指定に関する事項並びに同活動を外国の領域で実施する自衛隊の部隊等の規模及び構成並びに装備並びに派遣期間
ア 我が国は,1に定める基本方針のとおり,人道復興支援活動を中心とした対応措置を実施することとするが,イラク国内における安全及び安定を回復するために国際連合加盟国が行う活動を実施するため,人道復興支援活動を行う2(4)アに掲げる自衛隊の部隊は,その活動に支障を及ぼさない範囲で,イラク人道復興特措法第3条第3項に規定する医療,輸送,保管,通信,建設,修理若しくは整備,補給又は消毒を行うことができる。
イ 安全確保支援活動を実施する区域の範囲は,2(4)アに掲げる自衛隊の部隊が人道復興支援活動を実施するものとして定めた2(3)アに掲げる区域の範囲とする。
自衛隊の部隊による安全確保支援活動は,現に戦闘行為が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域において実施されるものである,また,当該活動の実施に当たっては,自衛隊の部隊の安全が確保されなければならない。
このため,防衛庁長官は,自衛隊の部隊が安全確保支援活動を実施する区域を上記の範囲内で指定するに当たっては,実施する活動の内容,安全確保面を含む諸外国及び関係機関の活動の全般的状況,現地の治安状況等を十分に考慮するものとする。その際,治安状況の厳しい地域における活動については,状況の推移を特に注意深く見極めた上で実施するものとする。
(2) その他安全確保支援活動の実施に関する重要事項
安全確保支援活動を実施する区域の指定を含め,当該活動を的確に行うことができるよう,我が国は,国際連合,人道復興関係国際機関,関係国,イラクにおいて施政を行う機関等と十分に協議し,密接に連絡をとるものとする。
… 以上
オ 同日,内閣総理大臣の談話において,人道復興支援活動を担う自衛隊は,武力行使をするものではないこと,自衛隊や復興支援職員をイラク等に派遣し支援活動を行うにあたっては,現地の治安情勢等の関連情報を分析し,それぞれの活動に対応した十分な準備と細心の注意を払うなど万全を期すこと等が述べられた。
カ 平成15年12月18日に開催された臨時記者会見において,記者から,戦闘行為を早期に発見するための具体的な努力について質問され,石破長官は次のように答えた。
「それは,現に戦闘が行われておらず,かつ活動の期間を通じて戦闘が行われることはないと認められる地域という規定が設けられた趣旨は,改めてご説明するまでもないと思います。その兆候というものを,早くつかむということは,極めて大事なことだと思います。また判りにくいというご指摘をいただくかもしれませんが,そのような規定を設けることによって,結果とし隊員の安全に資するということもあるのです。」「どのようにそのことを確保するのかといいますと,これはやはり多くの情報というものを集める,そしてまた,比喩的に言えば神経を研ぎ澄ませて,このようなことがないように早くその兆候をつかむために努力をする。それは情報収集の手段はいろいろございます。持っていくものもいろいろございます。安全確保に資するためにそういうものを最大限に活用し兆候を早くつかむことがこの法の趣旨を生かすことになるという意味だと私は理解をしています。」
キ 平成16年1月20日に開催された臨時記者会見においては,記者から戦闘地域の判断について質問され,石破長官は次のように答えた。
「それは非戦闘地域かどうかということは国会でも答弁を申し上げているところでありますけれども,安全か安全でないかということと重なる部分と重ならない部分があります。重なる部分もあるということは答弁をしているところでございます。加えて申し上げれば,自衛隊の権限,能力,装備を持ってして安全が保たれることがないというような判断になった場合というのも当然あるのだろうと思います。条文的にどこで読むかというと,『現に戦闘が行われておらず』というところでそれを読むというのはストレートには読めません。条文上のどこで読むかというと,防衛庁長官は派遣される隊員の安全を配慮しなければならないという第9条から読むのだろうと思っております。その場合にどういうような状況をもって能力,装備,権限を持ってして対応できない状況というはどういう状況であるのかについては具体的な事象に接してみなければ分からないことでありますけれども,法律的に言えば,9条の義務の履行というものが難しくなるというような状況も入るのだろうと思います。したがって,2つしかないと断定するよりも,法律に定められた要件を満たさなくなった場合とお答えした方がより正確だろう思います。」
ク 第159回国会においては,イラク特措法に基づく現実的な自衛隊のイラク派遣に関し,国会の承認を求める議案が提出された。
平成16年1月21日,同国会において,内閣総理大臣は,自衛隊のイラク派遣について,現在の現地の治安情勢は,必ずしも予断を許さない,安全とは言えない状況ではあるものの,自衛隊は,これまでの調査や各種の情報を踏まえて,非戦闘地域の要件を満たす区域において人道復興支援を行うものであるし,万が一活動の場所において戦闘行為が発生した場合などには,法の定めるところに従い,実施区域の変更や避難等の措置を行うこととしていること,現地において自衛隊員等に危険が迫った場合に武器を使うことは,正当に自分の身を守る行為であって,憲法で禁じられた国際紛争を解決する手段としての国家意思の発動である武力行使ではないこと,連合暫定施政当局命令第17号及びブレマー長官の書簡は,イラクに派遣される自衛隊が,我が国の排他的管轄権に服し,イラクにおいて裁判権免除等の特権免除を享受することを確認したものであって,武力紛争当事者に適用される戦時法規の適用を受ける軍隊であるとしたものではないこと等から,イラク特措法に基づく自衛隊の活動は憲法との関係では問題がないと述べた。
また,同国会において,平成16年1月28日付の質問趣意書に対する内閣総理大臣の答弁書においては,次のように答弁した。
「お尋ねの『占領行政の主体』及び『占領軍』がどのようなものを想定しているのか必ずしも明らかではないが,米国及び英国は,安保理決議第1483号において,占領国としての関係国際法の下での権限,責任及び義務を有することが認識されるとともに,領土の実効的な統治を通じたイラク国民の福祉の増進に関する権限を付与されている。連合暫定施政当局(CPA)は,このような責任,権限及び義務に基づき,イラクにつき,安全で安定した状態を回復し,イラクの人々が自らの政治的将来を自由に決定することができる状態を創出するために,暫定的に施政を行う機関である。
米国及び英国は,同決議において認識されているとおり,占領国としての地位を有しており,イラクに現在展開する米国及び英国の軍隊は,そのような地位を有する国の軍隊である。」
「イラク人道復興支援特措法に基づく自衛隊の派遣は,安保理決議第1483号及び第1511号におけるイラク国家再建のための努力への支援の要請を受け,我が国が主体的かつ積極的に寄与することを目的として,連合暫定施政当局(CPA)の同意を得て実施するものである。」
上記のような答弁を受けて,同国会において,自衛隊のイラク派遣が承認された。
ケ 平成16年1月9日,同月26日に,防衛庁長官は,自衛隊イラク派遣は現地調査団や先遣隊等から得た多くの情報に基づいて違憲・違法ではないと判断している旨述べた。
コ 平成16年3月2日に開催された記者会見において,記者からサマワ近郊で移動中にイラク人に発砲して死亡させるという事件があり反米デモが起こっているなど,現地の治安について質問され,石破長官は次のように答えた。
「サマワ自体の治安が安定しているという我々の認識を変更するようなそういう事態が生じたというふうな認識は現在いたしておりません。私どもとしても現在情報収集中でありますけれども,今回のことをもってサマワにおける治安状況が変化したというふうな認識を我々としては持っていないところであります。移動中に事故が起こったということでありますから,詳しい情報は現在収集中でありますし,我々としても分析をしなければいけないと思っております。繰り返しになりますが,現在のところ治安状況について我々の活動に支障を与えるような,あるいは判断に変更を必要とするような大きな変化が起こったというような認識を持っていないところであります。」
サ 平成16年4月9日に開催された記者会見において,記者からサマワの宿営地の近くに二夜連続着弾したということを踏まえて,サマワの治安について質問され,石破長官は次のように答えた。
「今までサマワの治安は比較的安定をしていると申し上げてまいりました。現状において治安そのものが悪化したというふうに判断をするかどうか,その点についても現地と緊密な連絡を取りつつ情勢の正確な認識というものに努めてまいりたいと思っているところです。」
シ 平成16年4月16日に開催された記者会見において,記者からサマワがまだ非戦闘地域であるのかと質問され,石破長官は「もちろんです」と答え,次のように説明した。
「それは,法的にきちんとそういうことになっておりますわけで,いつも申し上げていることですけれども,それは民間の方々にとって危険というものと,自衛隊の権限,装備,能力を持ってして招来されるあるいは回避される危険というものは違う訳ですから,もしその報道陣の方々が自衛隊と同じ権限,装備,能力を持っておられるとすれば,そのようなご議論も成り立つかと思いますけれども,危険という点でお答えをすればそういうことになります。他方,戦闘地域かどうかというのは,危ないか危なくないかという概念ではございませんから結果としてそれが事象面として重複する部分はあると致しましても,それは危ないということではなく,戦闘地域かどうかというのは国又は国に準ずる組織による国際的な武力紛争の一貫としての組織的,計画的な武力を用いた争いということです。それで,緊急事態であるということと,戦闘行為であるということは勿論別の概念であるということでございます。」
ス 平成16年4月23日に開催された記者会見において,記者からオランダの宿営地に対する攻撃を踏まえてサマワの安全についての認識を質問され,石破長官は次のように答えた。
「これは報道で発表されている通りです。昨日砲弾が着弾したと,オランダのキャンプ地にでしょうか,着弾をしたというふうに報じられております。オランダ国防省が発表いたしましたところでは,現地時間22日午前3時頃,サマワのオランダ軍キャンプに迫撃砲弾数発が発射され,そのうち1発がキャンプ内に着弾した。被害はなかったというふうに報告があり,私どももそのように認識をしているところでございます。現地サマワにおきます陸上自衛隊部隊におきましては速やかな避難措置をとったということですが,同日午前6時30分に退避措置を解除しており,隊員等には異常はないということを確認しております。現地部隊はオランダ軍とも連絡を取りつつ,引き続き情報の収集を続けておるということであります。そのことについてサマワの状況はどうであるかということですけれども,情勢というのは日々刻々変わるものではありますが,私が現在掌握,理解をしておりますところでは,サマワにおいて全体的に治安は安定をしているという認識に変化はございません。かつまた,需要といいますかニーズは引き続き存在をしているということ,そして自衛隊が活動します際のいろいろな安全を満たす要件,これにも変化がないと考えています。さわさりながら,オランダに砲弾が着弾をしたということを,もちろん等閑視をするつもりはありませんし,テロの危険というものはあるということは今回の事案発生以前から,すなわちサマワに自衛隊を送ります時から治安は,比較的というのは,他地域に比べてという意味です。比較的安定をしているが,このようなテロの危険は排除されるものではない。これはサマワに自衛隊を出すということを決めました時から申し上げている通りのことでございます。情勢には引き続き注視をしていく必要がある。決して甘くは見ないということです。」
セ 平成16年6月1日,防衛庁長官は,同年5月31日,自衛隊が活動しているサマワの幹線道路で乗り合いバスが爆破して怪我人が出ていることを受けて,現地が戦闘地域となり,非戦闘地域の要件を満たさなくなったという認識はなく,また,自衛隊の権限,装備,能力を持って危険が回避できない状況になったという認識もない旨述べた。
ソ 平成16年6月25日に開催された記者会見において,記者から主権移譲を前にして大規模なテロが発生していることを踏まえて,現地の治安情勢について質問され,石破長官は次のように答えた。
「円滑な主権移譲を阻害する目的を持って大規模なテロが発生していることは事実ですが,我々自衛隊が活動しているサマワ地域において格段治安が悪化したという印象や認識は持っていません。」
「サマワの地域から毎日連絡を取っているけれど,特に状況が悪化したという報告は受けておりません。サマワの地というのは,統治評議会の場でサマワ出身の方や,日本に来られたサマワの方々が言っていたように,イラクの中で最も安定し平和な地であるということです。」
タ 平成16年6月29日に開催された記者会見において,記者から治安の安定について質問され,石破長官は次のように答えた。
「なぜサマワで平穏な状況が保たれているかということは,決して偶然の賜物でも何でもないのであって,我々とオランダが緊密な連絡を取りながら,もちろん,イラク国内にあって比較的治安の安定した地域である,あるいはイラクの中で最も平和な地であるということを配慮して実施区域を定めたと言うことは従来から申し上げているとおりでございますが,治安の安定と民政の回復ということを車の両輪としてきちんとやっていくことは必要なことではないだろうか。」
(3) 本件各壮行会に関して
ア 案内状
4月壮行会に際しては,K司令から,河北町長,石巻市長,矢本町長,桃生町長,河南町議会議長宛に案内状が送付された。それぞれ4月3日ないし5日の間に到達した。
6月壮行会に際しては,K司令から,河北町長,石巻市長,矢本町長,河北町議会,河北町役場,河南町議会宛に案内状が送付された。それぞれ5月29日ないし31日の間に到達した。
4月壮行会及び6月壮行会の案内状に記載されている内容は下記のとおりである(なお,《 》で囲んだ部分は4月壮行会と6月壮行会で記載内容が異なる部分について,6月壮行会について記載したものである。)
記
謹啓 春暖《新緑》の候,貴台におかれましては,ますます御清栄のこととお慶び申し上げます。
平素から,航空自衛隊松島基地に対し,格別の御厚誼を賜り深く感謝申し上げます。
さて,基地では「イラク人道復興支援の派遣要員壮行会」《「イラク人道復興支援の派遣(第3期)要員壮行会」》を下記により行うこととなりました。
つきましては,新年度何かとご繁忙中とは存じますが,御来駕のうえ派遣要員に激励を賜りますよう御案内申し上げます。 謹言
平成16年4月《5月》吉日
航空自衛隊松島基地司令 K
1 日時
平成16年4月7日(水)《6月7日(月)》 午後5時30分から午後7時
2 場所
航空自衛隊松島基地内 隊員クラブ
3 会費
お一人様 3,000円
4 次第
(1) 開会の辞
(2) 基地司令挨拶
(3) 来賓代表激励の言葉
(4) 乾杯
(5) 来賓紹介
(6) 歓談
(7) 万歳三唱
(8) 閉会の辞
5 その他
(1) 準備の都合上,同封の葉書により4月5日(月)《6月2日(水)》までに御出席,御欠席につき,お知らせ下さい。
(2) 御来臨の際は,本状を受付に御提示下さい。《御来臨の際は,同封の「壮行会ご案内券」を受付に御提示下さい。》
(3) 入門の際に車両ステッカーを車両フロントガラス前面に貼付し,正門から入門をお願いいたします。《6月壮行会はこの記載なし》
(4) 駐車場の関係上,飲酒をされる方を問わず来基される方は,あらかじめタクシー等をご利用いただき,飲酒運転防止等によろしくご協力をお願い致します。《6月壮行会は(3)として記載されていた。》
問い合わせ先:第4航空団司令部監理部総務班
(電話番号) 以上
イ 本件各壮行会の内容
(ア) 本件各壮行会は,K司令が,松島基地における自衛隊の活動を地元の人に認識してもらい,また,松島基地の航空自衛隊もイラクに派遣されて任務を果たしていることを認識してもらった上で,激励してもらいたいと考えて開催したものである。防衛庁から開催についての指示があったものではなかった。
(イ) 本件各壮行会は,松島基地内の基地クラブで開催された。基地クラブとは隊員用の食堂のような場所である。本件各壮行会は立食形式で行われ,ビール等の飲み物及びサンドイッチ・フライドポテト等の軽食が出された。
(ウ) 本件各壮行会の会費は,3000円から3500円であり,いずれも本件各壮行会における食べ物,飲み物の代金であり,松島基地を通じて基地クラブを営業している業者に対して支払われたものであった。なお,壮行される隊員に対する花束贈呈や餞別等はなかった。
(エ) 本件各壮行会の参加者は,派遣される隊員,そのほかの隊員,隊員OB,各町町長,助役,議会議長,同副議長,自衛隊父兄会等であり,およそ50から60名程度の規模であった。派遣される自衛隊員の家族は参加していなかった。本件各壮行会において派遣される隊員の人数は,2から4名であった。
(オ) 本件各壮行会の式次第は,(1)開会の辞,(2)基地司令挨拶,(3)来賓代表激励の言葉,(4)乾杯,(5)来賓紹介,(6)歓談,⑺万歳三唱,⑻閉会の辞というものであった。(2)基地司令の挨拶や(3)来賓代表激励の言葉等においては,健康で病気をしないようにしっかり任務をして無事に帰ってきなさいという趣旨の激励がなされたが,自衛隊のイラク派遣の憲法適合性に関する話はされなかった。
ウ 本件各壮行会に関するその他の事情
(ア) K司令は平成14年8月1日に松島基地司令に着任し,平成16年8月30日に退官した。K司令が在任中においては,広く地元の人に自衛隊の活動を理解してもらいたいという基本的考え及び指示に基づいて,各種の行事等が開催されており,その関係で,本件各壮行会においても,松島基地周辺自治体連絡協議会のメンバーではない桃生町にも案内状が送付された。
(イ) 松島基地においては,基地司令主催で,桜を観賞して楽しむ会である観桜会,藤の花を観賞して楽しむ会である観藤会が開催されていた。これらの会の趣旨は,近隣の住民と隊員との懇親を深めるというものであり,近隣の市町村の町長,市長等,議長,議員等に招待状が出されていた。参加者は約200から300人という規模で,一般市民も参加していた。
(ウ) 航空祭は松島基地外の観光協会もしくは商工会が主催しており,松島基地が主催していたわけではないが,松島基地が場所を提供して航空機を飛行させる等の形で全面的に協力していた。
(エ) 松島基地においては,隊員を体育大会,弁論大会等で基地の外に出すような場合,地対空ミサイルの年次射撃でアメリカに派遣するとき等海外に派遣する場合には壮行会を開催しており,その大会の規模によって,周辺自治体の首長に招待状を出す場合もあった。
(オ) 自衛隊のイラク派遣にあたっては,各地の駐屯地において壮行会が催されていた。
(4) 松島基地と本件各自治体との関係
ア 松島基地周辺自治体連絡協議会(以下「協議会」という。)
協議会は,石巻市,矢本町,鳴瀬町,河南町,河北町の首長及び議会議長をもって組織されており,松島基地との間で,従前から,航空機の騒音等を中心とした諸問題の具体的解決に取り組んできた。定例の総会等,松島基地と自治体関係者の間で行われる協議が年2回程度あった。
協議会では会則が定められており,2回にわたって一部改正がなされているが,改正前の会則は,昭和57年7月17日から施行するとされている。
イ 松島基地と矢本町との関係
松島基地は矢本町に存在し,自衛隊員の多くが矢本町民であった。矢本町には協議会の事務局があり,松島基地と協議会との間で実施される行事等については,矢本町が中心となって松島基地との間で準備を行っていた。また矢本町関係者は,観桜会,観藤会等の松島基地が主催する行事に参加していた。
ウ 松島基地と石巻市との関係
石巻市は,松島基地との間で,協議会を中心として,災害のときだけでなく,子どもたちを対象とした餅つき大会,紙飛行機大会といった数々の催しを共催で実施していた。また,騒音問題を中心とした意見交換会や勉強会,観桜会,観藤会等の行事にも参加していた。さらに,石巻市は松島基地が存在する関係から,教育施設等の防音にかかる費用について補助金の交付を受けている。
エ 松島基地と河北町との関係
河北町は,協議会の一員として,航空機の事故問題や騒音問題について,松島基地との間で協議等を行っていた。また,河北町関係者は観桜会,観藤会等の行事に参加するなどしていた。
オ 松島基地と桃生町との関係
桃生町には,桃生町自衛隊父兄会という団体があり,当該団体は,自衛隊に勤務する子弟を激励すると共に,家庭と自衛隊のつながりを強めることを目的とした活動を行うものとされていた。この桃生町自衛隊父兄会の規約は昭和34年4月1日から施行されていた。
カ 松島基地と河南町との関係
河南町は協議会の一員として,航空機の事故問題や騒音問題について,松島基地と長期間にわたって交流があった。また,教育施設等の防音にかかる費用について補助金を受けている。
2 争点2について
(1) 本件各支出が違憲・違法であるかどうかについての当裁判所の考え方
ア 原告らは,自衛隊のイラク派遣が違憲・違法であるため,それを鼓舞する本件各壮行会の開催も違憲・違法状態の継続を幇助・助長するものであり違法であり,本件各壮行会の会費を公費から支出することも違憲・違法である旨主張する。
イ そこで検討するに,本件において問題とされているのは,本件各壮行会の会費を公費から支出したことの違憲・違法性であるところ,地方公共団体も一つの社会的な実体を有する地域団体として活動しているのであるから,周辺団体等との交流活動等の社交儀礼上の活動のために社会通念上相当と認められる範囲において公費を支出することは許容されるべきであり,その公費の支出が社会通念上相当な範囲を超えたと認められる場合に限って裁量権を逸脱した違法なものとなると解するのが相当である。
本件の場合,原告らが上記公費支出の違憲・違法性を肯定する根拠とする憲法9条,憲法前文,自衛隊法,イラク特措法(以下「憲法9条等」という。)には,本件各支出を直接規制する規定は存在しない。したがって,本件各支出が違憲・違法であるかどうかは,その支出が社会通念上相当な範囲を超えたと認められるかどうかという観点から検討しなければならないのであり,自衛隊イラク派遣が憲法9条等に反して違憲・違法であるかどうかの判断と直結するものではないというべきである。
また,後述するように,本件首長らが自ら自衛隊イラク派遣の憲法・法律適合性について判断することには,その役割やその情報量等の事情から来る限界があるのであって,本件各支出の違憲・違法性を検討するにあたっては,この点についても十分な配慮が必要とされる。
(2) 本件各支出は社会通念上相当な範囲内か否か
ア 以上に述べたことを前提に検討するに,前記前提事実及び上記認定事実によれば,以下の事実が認められる。
a イラク特措法は,第156回国会において内閣が法案を提出し,衆議院及び参議院の審議を経た上で成立し,平成15年8月1日に公布された。国会における同法の審議では,イラク特措法の憲法9条適合性について,幾多の質疑がなされ,憲法9条に反するものではない旨の政府見解が示されていた。
b また,自衛隊イラク派遣については,先遣隊等から収集した情報に基づいてイラク特措法の要件について検討したところ問題がないと判断した旨の政府見解が示されていた。
c 平成16年1月から6月にかけて,自衛隊が派遣されているサマワにおいては,発砲事件,爆発事件が起きる等,治安が悪化傾向にあったが,「戦闘行為」に該当するか否かは,当該行為の計画性,組織性,国際性を総合的に勘案するものであるところ,防衛庁長官からは自衛隊が活動しているサマワ地域において非戦闘地域との要件を満たさなくなったわけではないとの政府見解が示されていた。
イ 上記アの事実によれば,本件各壮行会が開催されたころ,国権の最高機関である国会において憲法適合性について議論がなされた上で,イラク特措法が成立し,これに基づいて自衛隊のイラク派遣が行われていたのであり,平成16年6月時点においても,当初派遣当時と変わらずイラク特措法の要件を満たしている旨の政府見解が示されていたのであって,このような状況においては,本件各壮行会(特に4月壮行会,6月壮行会)開催当時,イラクをめぐる状況が従前より悪化し,自衛隊の派遣されているサマワ地域等の治安が悪化していたこと等の事情にかんがみても,本来的には国家政策の憲法・法律適合性判断をその職責とはしていない本件首長らに対して,本件各支出の際に,政府見解とは異なる立場から自衛隊イラク派遣の憲法・法律適合性を独自に検討することを要求することは必ずしも現実的ではないといわざるを得ない。また,自衛隊イラク派遣のイラク特措法適合性は,イラク情勢,自衛隊の活動内容及び装備,諸外国の動静等の多種多様かつ機密事項にかかわる情報を踏まえ,専門的・多角的・国際的知見をもって総合的に検討することを要するものであり,このような判断を本件首長らに要求するのは,地方自治体の立場で収集可能な資料には自ずから限界があること及び上記検討を可能とする専門職員を抱えていないこと等の観点から見ても困難を強いるものというべきである。本件各支出の違法性を検討するにあたっては,この点を十分に考慮に入れる必要がある。
ウ 本件各支出が社会通念上相当か否か
その上で,本件各支出が社会通念上相当と認められる範囲を超えたものかどうかについて,本件各壮行会の内容,主催者側の意図,地方自治体と松島基地との従前の関係等の具体的事情に基づいて検討する。
(ア) 前提事実及び上記認定事実によれば,本件各壮行会は,時間的には1時間から1時間30分程度,場所は松島基地内の隊員用の食堂である「隊員クラブ」で立食形式で行われるという簡素なものであり,会費も3000円から3500円と少額で,この会費は本件各壮行会において提供されたビール等の飲み物及びサンドイッチ・フライドポテト等の軽食の代金に対応するものであった。参加者も,派遣される隊員(2ないし4名),そのほかの隊員,隊員OB,各町町長,助役,議会議長,同副議長,自衛隊父兄会等のおよそ50ないし60名程度であり,さほど大きな規模ではなく,式の内容も,(1)開会の辞,(2)基地司令挨拶,(3)来賓代表激励の言葉,(4)乾杯,(5)来賓紹介,(6)歓談,(7)万歳三唱,(8)閉会の辞という一般的な式次第に従ったものであった。各挨拶の内容も,隊員が無事に任務を果たすよう激励するものであり,自衛隊のイラク派遣の憲法・法律適合性に触れた挨拶はされなかった。
(イ) また,本件各壮行会は,K司令が,松島基地の自衛隊員もイラクに派遣されて任務を果たしてくることを広く周辺自治体に認識してもらいたいとの考えから開催したものであり,協議会に参加していない自治体にまで案内状を送付したのも,K司令在任中の,広く地元の人に自衛隊の活動を理解してもらいたいという基本的考えに基づくものであった。
(ウ) 松島基地においては,本件各壮行会以前にも,観藤会,観桜会等の行事に加え,自衛隊員を体育大会,海外等基地の外に派遣する際の壮行会等を開催しており,規模にもって異なるが,周辺自治体の関係者に招待状を送っていた。
(エ) 本件各壮行会開催にあたって各自治体に送られてきた本件各壮行会の案内状は,「イラク人道復興支援の派遣要員壮行会」の開催及び参加の案内,日時,場所,会費,式次第,そのほか事務的な事項を記載しただけの一般的なものであり,自衛隊のイラク派遣の憲法・法律適合性に関連する内容は一切記載されていなかった。
(オ) 本件各自治体は,松島基地周辺の自治体であり,協議会,自衛隊父兄会等その程度に差はあるものの,従前から何らかの形で松島基地と関わりを持っていた上,松島基地に所属する自衛隊員の多くが本件各自治体の住民でもあること,航空機事故の防止や騒音問題の軽減等について住民の切実な要望を松島基地に伝えること等,将来にわたって松島基地と円滑な関係を築いていくことが自治体の活動として日常必要とされる立場にあったのであり,このような各自治体と松島基地との関係に照らすと,本件各壮行会の案内がなされた場合には特段の不都合がない限り参加するのが自然な流れであった。
(カ) 以上に述べたことからすれば,本件各壮行会の趣旨は,主催者であるK司令が意図したとおり,松島基地からイラクに派遣される隊員が無事に任務を果たせるよう松島基地関係者及び周辺自治体関係者が激励するというものであったのであり,開催時間,規模,会費等の本件各壮行会の内容からしても,松島基地がこれまで行ってきた行事等と同様に社交儀礼の範囲にとどまるものであったと認められる。
また,本件各壮行会の案内状も一般的なものであり,本件各壮行会が社交儀礼の範囲にとどまるものであることをうかがわせるものであったことからすれば,公費で本件各壮行会に参加するにあたって,政府見解とは異なる立場から自衛隊イラク派遣の憲法・法律適合性を独自に検討することを要求することが困難な状況にある本件首長らに対し,自衛隊イラク派遣の憲法・法律適合性について事前に検討すべきであったということはできない。
そして,上記のとおり,本件各壮行会が松島基地がこれまで行ってきた行事等と同様に社交儀礼の範囲にとどまるものであったこと,本件各自治体の松島基地との関係に照らし,本件首長らが本件各壮行会に出席することは何ら不自然であるとは言えないこと等の事情を総合すると,本件各支出は地方公共団体の日常活動として社会通念上相当と認められる範囲内の支出と認めるのが相当であって,違憲・違法なものとまでは認め難いというべきである。
(キ) したがって,その余の点について検討するまでもなく,争点2に関する原告の主張は理由がない。
3 争点3について
(1) 原告らは,自衛隊イラク派遣が違憲・違法であるから,そのための本件各壮行会の開催も違憲・違法であり,本件各支出は法律上の原因に基づかないものである旨主張する。
(2) そこで前提事実及び上記認定事実に基づいて検討するに,憲法9条等には,本件各壮行会の開催自体を直接規制する規定は存在しない上,上記認定事実によれば,本件各壮行会は社交儀礼の範囲にとどまるものであったのであるから,本件各壮行会における会費の授受が憲法9条等の趣旨に反するものとして無効であると認めることは困難である。本件全証拠に照らしても,本件各壮行会における会費の授受が憲法9条等の趣旨に反して無効であることを裏付ける事情はうかがわれない。
以上のことからすれば,本件各壮行会における会費の授受が無効として法律上の原因を欠くものとは認められないから,その余の点について検討するまでもなく,争点3に関する原告らの主張は理由がない。
4 争点4について
(1) 原告らは,自衛隊イラク派遣が違憲・違法であり,これを助長・促進する本件各壮行会の開催も違憲・違法であるとしたうえで,国が,このような違憲・違法な本件各壮行会を主催し,本件首長らを招けば公費から参加費用が支出されることを予見しながら,本件首長らに出席を働きかけて違法な会費を負担させたことが不法行為に当たると主張する。
(2) そこで,前記前提事実及び上記認定事実に基づいて,本件各壮行会の開催及び周辺自治体に案内状を送付したK司令に上記行為を行うにあたって故意又は過失があったか否かについて検討する。
原告らは自衛隊イラク派遣が違憲・違法である等主張するが,仮に客観的に自衛隊イラク派遣が憲法9条等に反して違憲・違法であり,本件各壮行会が憲法及び法律の趣旨に反するようなものであったとしても,このことは内心の問題である故意・過失の判断には直結しないというべきであるから,仮に自衛隊イラク派遣が違憲・違法であっても,上記K司令の行為に不法行為が成立しない場合があり得るというべきである。
そこで検討するに,K司令は,松島基地からイラクに派遣される隊員が無事に任務を果たせるよう松島基地関係者及び周辺自治体関係者に激励してもらいたい等考えて本件各壮行会を開催したに過ぎず,自衛隊イラク派遣及び本件各壮行会の開催等が違憲・違法であると考えていたものとは認められず,故意は認められない。また,自衛隊イラク派遣はイラク特措法が国会において成立し,それに基づいて決定された事項である上,自衛隊イラク派遣は合憲・合法であるという政府見解が示されていたのであるから,このような状況の下において,K司令が,自衛隊イラク派遣が違憲・違法であり,本件各壮行会が違憲・違法なものであると予見すべきであったということは困難であり,過失があったとも認め難い。
以上に検討したことからすれば,K司令には,仮に自衛隊イラク派遣が違憲・違法であったとしても,故意・過失が認められないのであるから,その余の点について検討するまでもなく,争点4についての原告らの主張には理由がない。
5 争点5について
(1) 原告らは,自衛隊イラク派遣が違憲・違法であるから,そのための本件各壮行会の開催も違憲・違法であり,会費の支出は法律上の原因に基づかないものである旨主張する
(2) しかし,上記3において検討したとおり,本件各壮行会における会費の授受が無効なものとして法律上の原因を欠くとは認められないのであるから,その余の点について検討するまでもなく,争点5に関する原告らの主張は理由がない。
6 以上のとおり,その余の争点について検討するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 潮見直之 裁判官 近藤幸康 裁判官 高橋幸大)
(別紙省略)