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仙台地方裁判所 平成17年(行ウ)12号 判決 2006年7月19日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が原告に対して平成17年4月27日付けでした「平成11年度宮城県警刑事部,交通部,警備部の報償費支出に関する一切の資料」に係る行政文書の部分開示決定処分についての審査請求に対する裁決のうち,審査請求を棄却した部分を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,宮城県警察本部長(以下「県警本部長」という。)に対し,宮城県情報公開条例に基づき宮城県警察の報償費支出に関する文書の開示請求をしたが,部分開示決定を受けたため,上級行政庁である宮城県公安委員会(以下「公安委員会」という。)に対し,行政不服審査法に基づき審査請求をしたところ,公安委員会は一部の不開示部分を取り消したものの,その余の審査請求を棄却する裁決をしたことから,その裁決のうち審査請求を棄却した部分の取消しを求めた事案である。

1  前提事実(括弧内に証拠を示した事実のほかは,当事者間に争いがない。)

(1)  原告(行政の不正を監視,是正することなどを目的として設立された権利能力なき社団である。)は,県警本部長に対し,平成14年5月20日,宮城県情報公開条例(平成14年宮城県条例60号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)に基づき,平成11年度の宮城県警察刑事部,交通部,警備部の報償費支出に関する一切の資料について開示請求をした。

(2)  県警本部長は,平成14年6月20日,上記開示請求に対応する行政文書を「平成11年度の刑事部,交通部の犯罪捜査協力報償費の支出に関係する行政文書」と「平成11年度の刑事部,交通部,警備部の犯罪捜査協力報償費を除く報償費の支出に関係する行政文書」から特定した(以下,この特定した文書を「本件行政文書」という。)上,その一部を除いて開示する部分開示決定をし,一部を開示しない理由を付して原告に通知した(以下「本件原処分」という。)。

(3)  原告は,県警本部長の上級行政庁である公安委員会に対し,平成14年7月23日,行政不服審査法5条に基づき,本件原処分を不服として審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。

(4)  公安委員会は,宮城県情報公開審査会(以下「審査会」という。)に対し,平成14年9月13日,本件条例14条1項に基づき諮問をした(年月日につき甲7)。

(5)  審査会は,公安委員会に対し,平成16年9月30日,上記諮問に対する答申をした。

審査会は,答申の中で,附帯意見として,大要次のとおり記述した。

本件の諮問事案の一部について審査会の審議には限界があり,審査会として十分な心証を形成できないまま答申せざるを得ないことは甚だ遺憾である。本件の諮問実施機関である公安委員会は,実施機関の上級行政庁であり,警察本部を管理する権限と責任に基づき,捜査上の秘密に属する事項についても十分に精査し得ることは当然であり,とりわけ,全国各地の警察本部において報償費の不適正支出の問題が噴出している昨今の状況に鑑みると,本件の報償費についても調査及び審理を尽くした上で適切な裁決を行うべきである。審査会は,公安委員会に対し,「本件行政文書に記録されている情報提供者等が実在し,本件行政文書に記録されているとおりに報償費が支出されていたこと」について,例えば,犯罪捜査協力報償費を支出した事実の有無をしかるべき方法により直接確認するなど,実施機関の上級行政庁として,その検証に最大限の努力を払い,その検討経過をつまびらかにした上で裁決を行うことによって,県民の知る権利に応えて,公金支出についての説明責任を果たすことを望むものである(甲7)。

(6)  公安委員会は,平成17年4月27日,本件原処分が開示しないとした部分のうち一部を取り消し,その余の審査請求を棄却する裁決をし,同日付けで原告にこれを送達した(以下「本件裁決」という。)。

公安委員会は,本件裁決の中で,答申に記載された附帯意見に対し,大要次のとおり記述した。

当委員会は,本件審査請求に対する裁決を行うに当たり,「宮城県警察の会計監査に関する訓令(平成16年宮城県警察本部訓令第18号)」に基づき実施された会計監査結果(監査対象には本件で請求されている平成11年度の犯罪捜査協力報償費も含まれている。)の報告を受けたほか,処分庁職員に対し必要な説明を求めるなどの調査を行い,本件行政文書どおりに犯罪捜査協力報償費が支出されていたことの心証を得た上で,本裁決を行ったものであることを付言する(甲9)。

(7)  本件条例は,要旨以下のとおり規定している。

ア 審査会への諮問等

開示決定等について行政不服審査法による不服申立てがあった場合は,当該不服申立てに対する決定又は裁決をすべき実施機関は,当該不服申立てが不適法であるためにこれを却下するときを除き,審査会に諮問しなければならない(14条1項)。

イ 答申の尊重

諮問実施機関(14条1項による諮問をした実施機関)は,14条1項の規定による諮問に対する答申があったときは,その答申を尊重して,同項の不服申立てについての決定又は裁決を行わなければならない(16条)。

ウ 審査会の設置等

14条1項の規定による諮問又は情報の公開に関する事項についての諮問に応じ不服申立て等について調査審議するため,審査会を置く(22条1項)。

2  本件の争点は,本件裁決には取り消すべき違法があるか否か,具体的には,原告が主張する次の(1)又は(2)の手続上の違法の有無である。

(原告の主張)

(1) 公安委員会は,本件裁決をするにつき,審査会が答申において要望した,「公安委員会の権限と責務に基づき『本件行政文書に記録されている犯罪捜査協力報償費の支出の有無を検証する作業』をした上で裁決をする」ことをしていない。このことは,本件条例の定める答申尊重義務に違反するばかりか,公安委員会が県警本部長を通じて県警察を管理するとの権限と責務を放棄し,県民に対する説明責任を果たさず,審査会への諮問義務を定めた本件条例の趣旨を没却させるもので,本件裁決を取り消すべき手続上の違法に当たる。

(2) 審査庁が審査手続においていかなる証拠収集手続をとるかは基本的には裁量に属する事柄であるが,裁決の実体判断の前提となる証拠収集手続がなきに等しく,およそ類型的に適正な実体判断を期待し得ないようなずさんな手続がとられた場合には,裁量権の濫用あるいは逸脱として手続上の違法となる。

本件裁決における証拠収集手続は次のとおりであって,なきに等しくずさんである。すなわち,①捜査報償費についての会計書類の原本を全く見ていない。②捜査報償費を実際に執行したとされる捜査員からの事情聴取を全く行っていない。③宮城県警察の平成16年度会計監査(内部監査)の結果について裁決のわずか2週間前に,たった1度だけ会計課長からごく簡略な説明を受けたのみである。④定例会の要旨記載の質疑以外に処分庁職員に対し説明を求めていない。⑤審査会が答申において要望した捜査報償費を支出した事実の有無をしかるべき方法により直接確認する方策を検討すらしていない。⑥決裁の2週間前までは捜査協力者の名前が会計書類に記載されているのかいないのかすら知らず,また平成15年,16年の捜査費が平成10年から12年に比べて非常に少なくなっている事実も知らないままであった。⑦捜査報償費の1件当たりの単価について5000円程度という全く誤った認識でいた。⑧定例会,臨時会の後に行われたとされる15回の「審理」の大部分は極めて短時間のものであって,客観的に見て審理とは呼べないものであった。⑨裁決案は公安委員の起案に係るものではなく,宮城県警察県民応接課情報公開係事務吏員がその作成を委ねられ,公安委員は,(裁決案の全文を読んだか否かは不明であるが)少なくとも公安委員としてその内容について具体的な検討をしないままに裁決書とすることを承認した。

(被告の主張)

(1) 公安委員会は,審査請求を審理する審査庁として,行政不服審査法の規定に基づき,独自の判断と責任において適法に本件裁決をした。

(2) 「公安委員会の権限と責務」に関する原告主張の事由は,本件裁決を争う上で直接の根拠となるものではない上,実体的判断にかかわる問題であり,裁決固有の違法事由の判断を左右するものではない。

(3) 「尊重」とは「尊いものとして重んずること」であり,命令とは意味を異にし,法的な拘束力を生ずるものではない。地方自治法上の附属機関として条例により設置された審査会の意思は,執行機関の行政執行の際に尊重されることはあっても,執行機関の意思を拘束するものではない。

(4) 原告が審理不尽や理由不備を主張するものであるとしても,いずれも単に本件裁決中の実体的判断を不服としたり,あるいは公安委員会がした事実認定を非難したりするものにすぎないから,かかる主張は行政事件訴訟法10条2項の趣旨から許されない。

(5) 原告は,本件裁決に関し,「裁量権」の濫用・逸脱があると主張するが,裁決の判断内容の当不当を論ずるものにすぎず,手続の違法とはならない。

第3当裁判所の判断

1  原告の主張(1)について

本件条例は,行政不服審査法による不服申立てを審理する実施機関が審査会に諮問をすべきこと及び諮問をした実施機関が諮問に対する答申を尊重して不服申立てについての裁決等をすべきことを定めている(14条1項,16条)が,これらの規定は,当該不服申立てを判断する諮問実施機関に答申どおりの裁決等をすべき義務を負わせるものでないことはもちろん,答申が不服申立ての審理における事実調査の内容や方法に及ぶ場合にこれに従った事実調査をすべき義務を負わせるものでもない。

そうすると,諮問実施機関である公安委員会が答申の要望する事実調査を実施しないまま本件裁決をしたとしても,それによって裁決の手続が答申尊重義務に違反して違法になると解することはできない。また,公安委員会が審査庁として答申に沿った事実調査を実施するか否かと公安委員会が県警本部長を通じて県警察を管理する権限と職務を全うすることや県民に対する説明責任を果たすこととは別途の事柄であり,公安委員会が独自の判断から上記の事実調査をしないまま不服申立てについての裁決をしたとしても,その手続が審査会への諮問義務を定めた本件条例の趣旨を没却させるものとして裁決を取り消すべき違法に当たると解することもできない。

したがって,原告の主張(1)の手続上の違法はこれを認めることはできない。

2  原告の主張(2)について

本件裁決には,答申に記載された附帯意見に対する付言として,「『宮城県警察の会計監査に関する訓令(平成16年宮城県警察本部訓令第18号)』に基づき実施された会計監査結果の報告を受けたほか,処分庁職員に対し必要な説明を求めるなどの調査を行い,本件行政文書どおりに犯罪捜査協力報償費が支出されていたことの心証を得た上で,本裁決を行ったものである。」との記述があるところ,この事実に,原告がその主張(2)で指摘する①ないし⑨の事項の性質,内容等を考慮すると,原告が本件裁決の証拠収集手続がなきに等しくずさんであるとして主張するところのものは,結局のところ,その実質において,原告の指摘する①ないし⑨の事項について更に審理を尽くしていれば犯罪捜査協力報償費の支出の有無についての心証が別異になったはずであるとの審理不尽の違法の主張であると解される。

そうすると,原告の上記主張は,情報の内容の真否という,考え方によっては非開示情報か否かの判断に影響し得る事実についての実体判断を非難することにより,結局は,本件原処分の一部維持を内容とする裁決の結論を非難するものであって,原処分自体の違法を主張するのと異ならないこととなるから,本件裁決の取消しを求める本件訴えにおいては,行政事件訴訟法10条2項により,主張することができないものというべきである。

したがって,原告の主張(2)は失当である。

3  以上より,本件裁決にはこれを取り消すべき違法はなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 畑中芳子 裁判官 中丸隆 裁判官 松本英男)

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