仙台地方裁判所 平成18年(わ)220号 判決 2006年10月03日
主文
被告人を懲役7年に処する。
未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
第1 被告人は,平成18年4月2日午前3時33分ころ,宮城県名取市a字bc番地のd付近道路において,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で,普通貨物自動車を時速約70キロメートルで走行させ,もって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させたことにより,そのころ,同市a字be番地のf付近道路において仮眠状態に陥り,同市a字gh番地のi付近道路において,自車前方に赤色信号の表示に従い停止していたA(当時36歳)運転の軽四輪貨物自動車に気付かないままその後部に自車前部を追突させ,A運転車両を炎上させるなどし,よって,そのころ,その場において,Aを焼死させた。
第2 被告人は,第1記載の日時ころ,同市a字gh番地のi付近道路において,前記普通貨物自動車を運転中,第1記載のとおり,Aに傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して,Aを救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。
(危険運転行為を認定した補足説明)
弁護人は,危険運転行為の存在及び認識を争い,その理由として被告人は,本件事故直前,仮眠状態には陥っておらず,携帯電話のメールを見ていて前方を見ていなかったため衝突したもので,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にはなく,かつ,その認識もなかった旨主張し,被告人も,公判廷において,これに沿う供述をするので,以下検討する。
第1本件危険運転行為に至る経緯等について
1 関係各証拠によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 被告人は,本件前日,友人と飲酒するため,名取市j地内にある自らが勤務する運送会社の車両置場から本件トラックを運転するなどして多賀城市内に向かい,午後9時30分ころから本件当日午前1時30分前ころにかけて,友人とともに飲食した。被告人は,最初のスナックにおいて,生ビールの中ジョッキを3杯(1杯約262ミリリットル)及び焼酎の水割りを4杯(1杯に焼酎約38ミリリットル)飲酒し,その後,付近の飲食店に立ち寄り,焼酎の水割りをコップに2杯(1杯に焼酎約51ミリリットル)飲酒し,さらに付近の別のスナックにおいて,ビールをグラス1杯(1杯約173ミリリットル)飲酒した。
被告人の本件衝突前の飲酒量は,ビール合計約959ミリリットル,焼酎合計約254ミリリットルであった。
被告人は,2軒目の飲食店では,ソファーに両足を伸ばして座るなど酒に酔っただらしない態度を取り,3軒目のスナックに行った記憶はなかった。
(2) 被告人は,元の交際相手とカラオケに行くことを約束したため,本件当日午前1時30分前ころ,友人と別れ,一旦車両置場に戻ることとし,県道塩釜亘理線を走行したが,途中3回にわたりセンターラインをまたぐなどした。
(3) 被告人は,車両置場に到着後,被告人の普通乗用自動車に乗り換え,本件当日午前2時過ぎころ待ち合わせ場所のカラオケ店に向かったが,途中仙台市道柳生名取川堤防線を走行中にガードレールに衝突しそうになった。
(4) 被告人は,本件当日午前3時過ぎころまでカラオケ店で元の交際相手を待っていたところ,元の交際相手から携帯電話のメールで,行けなくなった旨の連絡があり,車両置場に戻ることとしたが,途中県道仙台館腰線を走行中,窓を開けて顔を車外に出した。
(5) 被告人は,車両置場に戻ったが,本件当日の午前11時までに仙台市k区内の現場まで積載した貨物を届ける必要があったため,予め現場に行って仮眠することとし,本件トラックの運転を開始したが,通常は,ペダルが汚れないようにするため,運転をする際には車内に置いているサンダルに履き替えるのに,このときは履き替えずにスニーカーを履いたまま運転した。
(6) 本件当日の午前7時10分における被告人の呼気中のアルコール濃度は,呼気1リットルにつき0.15ミリグラムであった。
2 危険運転行為に至る経過についての被告人の捜査段階の供述
被告人は,捜査段階において,(1)の多賀城市内で飲酒していた際,トイレに行ったとき,足元がふらつく感じがあったとし,(2)の多賀城市内から車両置場へ帰る際には,酒の酔いのために頭がボーッとして意識が飛んだような状態になり,ハンドル操作をちゃんとしなかったことからセンターラインをまたぎ,センターラインの凹凸の振動が伝わって危ないと思ったとし,(3)の車両置場からカラオケ店に向かう際には,酔っていて注意力が散漫となりガードレールに衝突しそうになり,(4)のカラオケ店から車両置場へ帰る際には,あくびがでたり目がしょぼしょぼしてきて強い眠気を感じたことから,窓から顔を出したとし,(5)の本件トラックで出発する際には,習慣となっていたことさえ忘れるくらい酔っていたためサンダルを履かずにスニーカーのまま運転を開始した旨供述するが,酒の酔いについては,アルコール濃度による裏付けがあること,その内容自体において自然で合理的なものであること,具体的で一貫していることから信用することができる。
ところで,被告人は公判供述において,(2)について,携帯電話の画面を注視していたため及び前車を追い越した際になしたとし,(3)については,カーブを一つ思い違いしていたためであるとし,(4)については,空気の入れ換えのつもりであるとし,(5)については,雨も降っていなかったので今日くらいいいかという感じでしたとして酒の酔いの影響ではないとするが,いずれも理由自体があいまい,あるいは,不自然,不合理なものであって信用できない。
以上によれば,被告人は本件危険運転行為に至る以前の段階で,すでに,いずれも酒の酔いの影響により,意識が飛んだ状態で(2)の運転を,注意力が散漫となり(3)の運転を,強い眠気を催したため(4)の行為を,さらに(5)の行為をしたと認められる。
第2本件危険運転行為について
1 関係各証拠によれば以下の事実を認めることができる。
被告人は,本件当日午前3時30分ころ,元の交際相手に対して携帯電話でメールを作成しながら本件トラックを運転して車両置場を出発したが,車両置場から約466.3メートルの地点で前方の名取市a字lm番地のn付近交差点(以下「l交差点」という。)の対面信号機が黄色から赤色表示に変わったことに気づき,あわててブレーキを踏んだが,停止線を約3メートルほど過ぎて停止した。
その後,被告人は,発進後約100.3メートルの地点で元の交際相手に対し,携帯電話でメールを送信した。
被告人は,上記の交差点から約1040.9メートル走行し,判示のとおり,信号待ちのため停止していた被害車両に本件トラックを衝突させ,被害車両を炎上させた。その際被害車両は停車位置から約79.8メートル押し出された。被告人は,事故交差点の中央付近まで本件トラックが進んだ時点でブレーキをかけた。
2 本件危険運転行為についての被告人の捜査段階の供述
被告人は,捜査段階において以下のとおり供述する。
被告人は,元の交際相手に対して携帯電話のメールを作成しながら本件トラックを運転して車両置場を出発したが,出発したときから酒の酔いのため眠気がしていた。l交差点で停車中もメールを作成していたが,眠気が強くなり,目がしょぼしょぼしてきてメール画面が見えにくくなった。発進後約100.3メートルの地点でメールを送信し,さらに,送信後約93.7メートルの地点でメールが届いたことを確認し,携帯電話を携帯電話スタンド代わりに置いていたイアーウォーマーに入れた。その後名取市a字bc番地のd付近道路で,酒の酔いのため眠気が強くなり,意識が半分くらい飛んだ状態となり,その後字be番地のf付近道路で仮眠状態に陥った。その後本件衝突現場において,「ドガーン,ガーッ」という音が聞こえるとともに,体が前のめりになるほどの大きな衝撃を感じ,我に返ると目の前に車の白い屋根が見え,押すかたちで前に進んでいた。
被告人の本件危険運転行為についての捜査段階の供述は,内容自体自然で合理的なものであり,詳細で,被告人の心境等が述べられており,概ね一貫していること,検察官から,公訴提起に当たって重ねて危険運転致死罪の罪責を説明され,携帯電話を操作していなかったか否かを確認された上でも供述していること,他の関係証拠とも符合しており,第1で認定した本件危険運転行為に至る経過とも合致するものであり,信用性を認めることができる。
3 本件危険運転行為についての被告人の公判供述
被告人は,公判廷において以下のとおり供述する。なお,本件トラックで発進後,元の交際相手に携帯電話のメールを送信し,届いたことを確認し,携帯電話をイアーウォーマーに入れるまでの状況については,眠気があったとすること以外の点で捜査段階の供述と同じである。
被告人は,字bc番地のd付近道路でギヤチェンジを行い,4速にし,字be番地のf付近道路までに5速にした。字be番地のf付近道路を過ぎてメール受信を知らせる音楽がなり,元の交際相手から携帯電話にメール送信があった。そこで,被告人は,画面を注視していたところ,追突した。
しかしながら,被告人の公判供述は,捜査段階において酒の酔いにより仮眠状態になったと供述した理由について,当初は罪が軽くなれば良いと思って供述し,その後は罪が重くなれば良いと思って供述したとするなど不自然,不合理な内容であり,また,元の交際相手から被告人に宛てた「了解。ありがとう。また機会があれば会いたいね。B(被告人)ちゃんお仕事頑張ってね。」とのメールがサーバーを通過した時刻は,本件当日午前3時34分31秒であり,被告人と特段の利害関係のない,消防官及び本件事故の119番通報者の供述によれば,119番通報を受理した時刻は,通報者が本件事故の衝突音を聞いてから少なくとも30秒以上経過した,同日午前3時34分34秒であるから,当該メールは本件衝突後に受信したものと客観的に認められ,これに反する被告人の公判供述は到底信用できない。なお,弁護人は,119番通報の入電時間に関する証拠の信用性を争うが理由がない。
4 弁護人の主張について
(1) 弁護人は,被告人の捜査段階の供述について,携帯電話のメールを作成する作業は細かい作業であるから,意識が飛んだりする状態になることは考えられず,また,意識が飛んだり,注意力が散漫になったとしながら,走行経路や自らの行動について記憶しているのは不自然であると主張する。
しかしながら,メールを作成後に意識が飛ぶことはありうることであり,また,被告人は,本件当日のメール作成において,「俺」と打つべきところを「男」と打つなどの間違いをしている。さらに,走行経路や行動を記憶していながら一部の意識がないこともありうることであるから,走行経路等の記憶があることと意識が飛ぶことは矛盾しない。
(2) また,弁護人は,①飲酒後,長時間,長距離に及ぶ自動車の運転をしているが,本件事故以外事故を起こしていないこと,②本件事故直前まで携帯電話のメールのやりとりをしていること,③飲酒の際も高度の酩酊状態になかったこと,④カラオケ店に立ち寄り利用していることなどを理由として本件事故現場の1キロメートル手前の地点までは高度の酩酊状態にあったと推測されないと主張する。
しかしながら,①の点については,第1で認定したとおり危険な状態に何度か陥っているのであり,②の点については,(1)で指摘したとおりであり,③の点については,被告人が飲酒した店の経営者の供述を前提としているが,店の経営者は,被告人が酔っていたことが分かれば自らの責任を問われかねない立場にあり,その供述の信用性には疑問があり,④の点については,被告人自身供述しているとおり,以前,元の交際相手と一緒にカラオケ店に行った際,問題行動があり,今回は元の交際相手と会う予定のため,意識をしっかりとしたとしており,カラオケ店を利用していたからといって酩酊状態になかったとはいえないのであり,以上のとおり,弁護人が高度の酩酊状態になかったとする理由はいずれも根拠がなく,弁護人の主張は理由がない。
5 以上のとおりであって,第1で認定したとおり,被告人は多賀城市内で相当量のアルコールを摂取し,その後の運転行為において,何度か酒の酔いの影響により事故を起こす危険性のある運転をしていること,本件衝突の際に携帯電話のメールを見ていたとの被告人の弁解は虚偽で不合理なものであること,本件衝突の際,衝突交差点の途中までブレーキをかけていなかったことなどを総合すれば,被告人は,l交差点を発進し,元の交際相手にメールを送信後に,酒の酔いの影響により意識がもうろうとなり,前方注視が困難な状態で危険運転行為をしたものと推認することができる。
そして,被告人の捜査段階の供述によれば,判示の事実を認定することができる。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,運転開始前に飲酒したアルコールの影響により正常な運転が困難な状態にありながら,普通貨物自動車を運転走行させた危険運転行為により,仮眠状態となり,交差点に停止していた被害車両に衝突して炎上させ,被害者を焼死させ,その際,救護義務及び報告義務を怠ったという危険運転致死及び道路交通法違反の事案である。
被告人は,飲酒後,寝過ごして仕事に穴を開けないよう,予め仕事先に移動してから睡眠を取ろうとして本件に及んでいるが,そもそも,被告人は,前日から本件当日の午前1時30分ころまで,3軒の飲食店で,生ビールを中ジョッキ3杯及びグラス1杯,焼酎の水割りを約6杯と相当量飲酒していたのであり,当初は,飲酒先付近に置いた本件トラック内で睡眠を取ることにしていたものの,元の交際相手と会えるとなるや,飲酒後,途中道路のセンターラインを踏み越えながら,本件トラックを約21.7キロメートル運転して車両置場に戻り,そこで普通乗用自動車に乗り換えて約7.5キロメートル運転して,途中ガードレールに衝突しそうになりながらカラオケ店に赴き,交際相手と会えずに車両置場に戻る際にも,途中睡魔を催しているのであり,元の交際相手と会うため約37キロメートルにわたり何度も飲酒の影響で事故を起こす危険な状態となりながら運転してきたもので,被告人は,職業運転手でもあるから,本件トラックを運転するには,自己の身体の状態が極めて危険な状態であることを十分認識しえたものであり,本件危険運転行為に至る経緯について酌量の余地はない。
走行した道路は幹線道路の県道であり,交差道路や信号表示も多数あったが,制限速度を約20キロメートル超える約70キロメートルもの速度で総重量8トン弱の本件トラックを走行させたもので,重大な事故につながりかねない,極めて危険な運転であった。
その結果,被告人は,ついに仮眠状態に陥り,そのまま,時速約70キロメートルで,赤色灯火の信号表示をしていた交差点内に接近し,交差点手前の停止線で停止していた被害車両に衝突し,被害車両を約80メートル弱押し出して炎上させ,被害者を焼死させたもので,結果は極めて重大である。
被害者は,赤色灯火の信号表示に従い,交差点手前の停止線で停止していたところ,突如,被告人の運転する本件トラックに衝突されたもので,もとより何らの落ち度もない。
被害者は,被害車両に閉じこめられたまま,36歳の若さで焼死したもので,死亡するまでの間,味わったであろう肉体的,精神的苦痛には想像を超えるものがあり,また,被害者は,高校卒業後,結婚して二女を設け,離婚後趣味のバレーボールをしながら縫製会社で働き,内縁の夫とともに二人の娘を養育していたもので,成長盛りの娘らを残して死亡した無念さは察するに余りある。
したがって,被害者の父親が公判廷において,無惨に変わり果てた被害者の姿を見た精神的ショック,被害者を失った深い悲しみの念,被告人に対する激しい怒りの感情を述べるのをはじめ,遺族らの処罰感情が極めて厳しいことは当然である。
しかるに,被告人は,遺族に対し,なんらの被害弁償をしていない。
また,被告人は,被害車両が炎上するのを目撃しながら,飲酒運転の発覚をおそれて,被害者の救護措置等何らの救命措置を取ることなく,現場から逃走し,救護,報告義務違反を犯しているのであり,犯情は極めて悪い。
近時,飲酒運転行為による死亡事故が多発し,これに対する社会的な批判が高まっている中,被告人は,これを教訓とし得ずに,月に二,三回飲酒運転をして,本件に至ったもので,累犯前科を含む服役前科を有すること,複数の交通違反歴を有することを併せ考慮すると,被告人の交通法規を含む順法精神の欠如は著しく,再犯も心配される。
以上からすれば,被告人の刑事責任は重大である。
一方,被告人が被害者の遺族に対し謝罪文を作成し,また,毎日,被害者の冥福を祈るなどして本件につき反省している面もうかがえること,本件トラックは自賠責保険に加入しており,今後遺族に対し,一定の賠償が見込まれることなど,被告人に有利に考慮すべき事情も認められるので,主文のとおり量刑した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑―懲役8年)
(裁判長裁判官 卯木誠 裁判官 鈴木信行 裁判官 浅海俊介)