仙台地方裁判所 平成18年(ワ)1123号 判決 2007年12月19日
主文
1 本訴被告(反訴原告)は,本訴原告(反訴被告)に対し,11万3325円及びこれに対する平成18年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 本訴原告(反訴被告)のその余の本訴請求,本訴被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,本訴反訴を通じてこれを5分し,その1を本訴原告(反訴被告)の負担とし,その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 本訴
本訴被告(反訴原告,以下「被告」という。)は,本訴原告(反訴被告,以下「原告」という。)に対し,308万5360円及びこれに対する平成18年8月18日(支払督促送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴
原告は,被告に対し,1000万円及びこれに対する平成19年6月14日(反訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告がドイツ連邦共和国のドレスデン(以下「ドレスデン」という。)所在のインターネットカフェや宿泊中のホテルで被告から暴行を受けて傷害を負ったことによる治療費等3万8620円及び慰謝料300万円並びに原告と被告が韓国・ソウルに旅行に行った際に,原告が立て替えた旅行代金4万6740円の合計308万5360円とこれに対する支払督促送達日の翌日(原告は,平成18年8月18日を主張するが,支払督促送達日の翌日は同月26日であることは記録上明らかである。)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を請求(本訴)し,被告が,原告は,被告の勤務先や関係者に被告の名誉を毀損する手紙を書き送り,これは,被告に対する名誉毀損であるとともに業務にも悪影響を及ぼしたとして,慰謝料900万円と弁護士費用100万円の合計1000万円及びこれに対する反訴状送達日の翌日である平成19年6月14日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を請求(反訴)した事案である。
第3争いのない事実等(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがないか明らかに争わない。)
1 原告は,フリーのアナウンサーで,式典などのアナウンスの仕事をしている
(原告本人)。
被告は,独立行政法人A大学(以下「A大学」という。)大学院の国際文化研究科の教授(国際文化言語論専攻,多元言語文化社会論講座)である。
2 原告は,被告と平成16年5月ころ,原告がパソコン上の英語の勉強サイトの広告で知った「出会系サイト」に,原告のプロフィールを登録していたことから,被告が原告にアクセスすることにより知り合うこととなった。
3 原告は,被告の誘いで,被告の海外の学会と,国内の会合に同行するような関係になったが,原告の旅費はすべて原告自身が負担し,平成16年10月に東京で開催されたアジア太平洋社会学協会の会合から始まり,本件訴訟に至るまで原告は約10回程度被告が参加する学会に同行した(甲1)。
4 原告は,被告の国際コミュニケーション協会の学会に同行するということで,平成18年6月16日から同月22日まで,ドレスデンの町に滞在することになった。
5 原告と被告は,同月20日の夜,ドレスデン所在のインターネットカフェに立ち寄り,原告は,背もたれのない丸い椅子に座ってパソコンを操作し,メモをとろうとしていたところ,口論となった(甲63)。
原告は,椅子から床に転げ落ち,右腕に打撲を負ったが,椅子に座り直した。
6 原告は,右手全体と小指が非常に痛み,痛みが激しかったので,同日,午後9時40分タクシーでドレスデンの救急病院へ行き,右手肘下全体を湿布,包帯で巻き,打撲の応急処置をしてもらった。
7 原告と被告は,平成18年2月3日から同月6日まで,韓国・ソウルに旅行した。
原告と被告2名分の航空券の額は,合計9万3480円であった。
原告は,上記航空券代金を平成18年1月30日,旅行会社に支払った。
原告は,被告に対し,平成18年7月5日付内容証明郵便にて,4万6740円の支払いを請求したが,被告はその支払いをしない。
8 原告は,平成19年2月5日及び同年5月25日に被告の勤務先関係者に別紙1,2記載(別紙省略)の内容がある手紙を送付した。
第4争点及び争点に対する当事者の主張
1 ドレスデンにおいて,被告は,原告に暴行を加え,傷害を負わせたか(本訴)。
(1) 原告
ア 原告は,被告が新しくプロフィールを乗せたサイトのページを見せるという目的で被告とインターネットカフェに入った。
被告は,これに応じず,被告が日本を離れた後に受信した4,5通のメールを見ながら話をしている間に,新しいメールを受信した。その文面がアダルトサイトからのもので,原告が被告の新たに作ったプロフィールの名前をメモしようとしたところ,被告はそのメモをひったくり,原告に対して自分のプロフィールを見せろと迫った。原告が自分のプロフィールを開けるためのパスワードを思い出せず,開けることができないでいたところ,被告は,原告に対して罵声を浴びせ,いきなり原告を突き飛ばしたので,原告は,椅子から崩れ落ちるように転げ落ちた。
原告は,椅子に座り直してパスワードを入力したが,正しいパスワードの入力ができず,結局,開くことができなかった。
被告は,原告が故意にプロフィールを見せようとしないと逆上し,座っている原告の腕や肩を持って引っ張り上げるようにして揺さぶり,原告をつかんで投げ飛ばした。原告は,隣の机にぶつかるなどして床に倒れ,尻や肘などを強く打った。被告は,座り直そうとして中腰になっている原告の上腕付近をつかんで持ち上げるようにし,今まで自分のことをだましてきたんだろうなどと言いながら,再度,力一杯原告を投げ飛ばした。原告は,尻から床に落ちてぶつかり,尻,肘,背中,頭などを強く打った。被告は,原告が座っていた丸椅子を頭上に高く持ち上げていたので,原告は,丸椅子をぶつけられると思った。
イ 原告は,右手の小指から肘の上部にかけてひどい痛みがあり,ショックもあった。
原告が6月20日夜,甲病院で診察を受けたところ,前腕のその他及び部位不明の挫傷との診断を受け,塗り薬を塗ってもらい,包帯をされた。
原告は,6月23日昼ころ,日本に帰国し,自宅に戻ったが,24日深夜になって痛みが増したので,乙第二中央病院(以下「第二中央病院」という。)整形外科を受診し,両肘部,両大腿部,腰部,仙骨部,臀部打撲及び血腫との診断を受けたが,この傷害は,原告が被告の暴行によって受傷したものである。
(2) 被告
ア 被告は,原告が主張する暴行の事実をいずれも否認する。6月20日の夜,ドレスデンのインターネットカフェにおいて,原告が右前腕にけがをしたことは認めるが,それは被告の暴行によるものではなく,被告が椅子から立ち上がったところ,そのはずみで,原告が背もたれのない椅子からそのまま後ろに転倒したことによって負った傷害であった。
イ 原告が主張するような暴行の態様を目撃したBはおらず,原告の傷害については,多くの診断書等が提出されているが,当日の夜の診断書が最も信用性が高く,帰国後の診断書には,その後の他の事情が介在した可能性がある。当日の夜の診断書である6月20日の診断書によれば,原告の受傷部は,右前腕部のみであり,打ち身で軽傷であった。
2 原告に生じた損害
(1) 原告
ア 原告には,両腕,打撲血腫があり,右腕の痛みのため,重い物が持てない,仙骨周囲と両臀部に激しい打撲血腫があり,痛みで夜十分に睡眠できない,大腿,打撲血腫があり,歩行時の鈍痛が激しい,頭痛がある,睡眠障害があり,薬を飲んでも熟睡できない,鬱状態で精神的に不安定であるなどの症状がある。
イ 原告は,平成18年9月13日現在,第二中央病院の整形外科と神経科に通院中である。
暴行後の精神状態は極めて不安定で,夜も眠れなくなり,現在,神経科に通院し,投薬治療を受けている。
ウ 原告は,被告の暴行によって負傷し,通院を余儀なくされ,治療費2万5665円(第二中央病院1万7515円,丙病院8150円),薬代(丁薬局7180円),文書代(5775円)の合計3万8620円の損害を被った。
エ 慰謝料300万円
原告は,被告の暴行により負傷して,アのような症状となり,精神的苦痛を被った。金銭に換算すると少なくとも300万円を下らない。
(2) 被告
原告の被った損害については不知。
3 立替金請求
(1) 原告
原告と被告は,平成18年2月3日から同月6日まで韓国・ソウルに旅行した。
原告と被告2名の航空券は合計9万3480円であり,同年1月30日に原告は,同額を旅行会社に支払った。
被告は,原告に対し,平成18年1月20日ころ,被告の航空券4万6740円を支払うことを約した。
原告は,被告に対し,平成18年7月5日付内容証明郵便にて4万6740円の支払を催告した。
(2) 被告
原告と被告が,平成18年2月3日から同月6日まで韓国・ソウルに旅行し,原告と被告2名の旅行代金9万3480円を同年1月30日に原告が旅行会社に支払ったことは認める。
原告と被告との間では,同年1月末ころ,原告がツアー代金を被告の分を含めて支払うが,被告は,原告に対し,現金2万円を支払う外,ソウルにおける飲食代,交通費,娯楽費等を原告の分も含めて負担するので双方に債権債務はないことを合意し,被告は,原告に対し同年2月3日,2万円を支払い,ソウルにおける飲食代,交通費,娯楽費等を原告の分も含めて負担した。
よって,被告が原告に対し,ソウルの旅行代金残金を支払う理由はない。
4 反訴(名誉毀損)
(1) 被告
原告は,平成19年2月5日及び同年5月25日,被告の勤務先関係者不特定多数に宛てて,手紙を書き送った。その手紙における名誉毀損の内容は,別紙1及び2記載のとおりである。いずれも事実無根のねつ造であって,被告の名誉は毀損された。また,この手紙の内容は,被告の業務妨害にも当たるものであるから,原告の故意の不法行為である。
これによって,被告は甚大な無形的損害を被ったが,その損害は,金銭に換算すると金900万円を下らない。
被告は,弁護士に反訴の提起を余儀なくされ,報酬の支払いを約した。原告の負担すべき弁護士費用は100万円である。
(2) 原告
原告は,平成19年2月5日及び同年5月25日,被告の勤務先関係者に手紙を送付したことは認めるが,原告自身が体験した事実及び被告から聞かされた内容であって,事実無根ではない。
第5当裁判所の判断
1 認定事実
上記争いのない事実等及び証拠(甲1,2,10ないし12,63,83,104,乙1の1,1の2,2及び3の各1ないし3,4,5,10,27,33,原告本人,被告本人)によって認めることのできる事実は,以下のとおりである。
(1) 原告と被告は,平成16年5月31日に,インターネットの出会系サイトで知り合い,メールの交換をするようになった。
同年10月末に,仕事で東京に来た原告は,学会に参加するために東京に来た被告と出会い,肉体関係を持つようになった。同年末ころ,原告は,被告に妻子があることを知ったが,原告と被告は,肉体関係を伴う親密な交際を始め,平成17年から平成18年6月にドレスデンに行くまで,原告は,被告の出席する海外で開催された研究会や学会等にも同伴するようになった。
(2) 原告と被告は,互いの異性との交友関係に関心があり,平成18年4月ころには,原告が被告の所属する運動部や被告の子供らに対し,被告を誹謗中傷するような手紙を送付したため別れ話がでたことなどもあって,相互に不信感があり,インターネットに送信されるメールを相互に確認したいと考えていた。
原告と被告がドレスデンに滞在していた平成18年6月20日,ドレスデンのゲームセンターが併設されたインターネットカフェに午後7時ころ赴き,原被告が知り合ったサイトにある被告のプロフィールを開いたり,被告の受信していたメールを確認するなどし,そのメールを見ながら話をしていたところ,被告が受信していたメールのメモを取ろうとした原告と,原告が被告の受信していたメールのメモまでとることに立腹し,これをやめさせようとした被告との間で口論となった。
被告は,大声で原告に罵声を浴びせて原告を突き飛ばし,原告は,椅子から床に転げ落ち,臀部を打った。
騒ぎを聞きつけて,店の客やマネージャーが様子を見に来たが,しばらく様子を見た後に帰って行った。
その後,被告が原告に原告のメールアカウントを見せるよう要求したところ,いったんは原告がこれを拒否したが,結局見せることとなり,原告がパソコンを操作したものの,原告は,パスワードを思い出すことができず,サイトを開くことができなかった。
(3) 原告は,右手小指から肘の上部にかけて痛みを感じていたが,被告と共に電車に乗り,ホテルに帰った。ホテルに帰った被告は,原告にひたすら謝罪したが,原告は,右手に痛みを感じていたので,被告と共に甲病院に行き,右前腕挫傷と診断され,塗り薬を処方され,包帯を巻いてホテルに帰った。病院での治療には35.49ユーロの治療費を要したが,被告がこれを支払った。
原告と被告とは,病院からホテルに戻ったが,被告は原告に謝罪し,関係の修復をしようとしていた。
翌日,被告は学会に出席し,原告はインターネットカフェに行くなどし,翌22日早朝に原告は,帰国し,日本時間の23日昼頃に到着した。
原告は,打撲の痛みが増してきたので,24日深夜に第二中央病院を受診し,両肘部・両大腿部・腰部・仙骨部・臀部打撲及び血腫との診断がされた。第二中央病院のa医師は,診察の結果,原告の仙骨周囲及び臀部の打撲並びに血腫を認めた。第二中央病院では,25日に原告の右肘部,骨盤のレントゲン写真を撮影しているが,診療録では特段異常があった旨の記載はない。診療録には,右肘と仙骨周辺に挫傷が認められる記載があり,両大腿部,左上腕,四肢,腰,背部は、原告が痛みを訴えたとの記載がある。
(4) 被告は,上記(2)で認定したような原告に対する暴行を否認し,乙10,被告本人尋問においても,原告がインターネットカフェでけがをしたのは,原告が被告が右手で操作していたマウスに手を伸ばしてきてもみ合い,被告がマウスを押さえて椅子を回転させ,腕も回転させたために,原告がバランスを崩して座っていた腰掛けから落ちたので,右腕を後にあった壁,または椅子か,あるいは,床に打ち付けたのであろうと述べている。乙10には,最初のもみ合いで被告が立ち上がったところ,原告が床に転んでいて何が起こったか被告は理解できなかったと述べる部分がある。
原告の右前腕に挫傷があったことは6月20日の甲病院で診断されているから,被告とのもみ合いで生じたことは客観的に明らかな事実である。また,原告は,日本に帰国後の6月24日深夜に第二中央病院を受診し,上記(3)のとおり,右肘と仙骨周辺に挫傷がある,血腫があるという原告が医師に訴えた痛覚以外の客観的な状況が診察されている。4日経過後も体表に客観的な症状が残存していたのであるから,原告の受けた傷害はある程度強い衝撃によるものであったということができる。
上記認定のとおり,被告は,上記もみ合いの後,原告とホテルに帰った後にも原告にひたすら謝罪を続けている。甲35によれば,被告が6月22日に原告に発信したメールでは,被告が原告を心身共に傷つけたこと,被告が原告をつかみあげて地面に投げつけたことを謝罪する内容の文面を記載している(被告は,この部分についての和訳に関して,被告が原告のプロフィールを出会系サイトの塵の山のようなデータの中から拾い出して,あなたのプロフィールと誹謗中傷の手紙を最初の人アダムが地面の塵から創造され,反逆したために死によって塵として戻されたところの地面に投げ捨てた時,あなたは私の愛と憎しみに気付きましたとの意味であると主張し,乙9,被告本人尋問の結果では聖書の比喩であるとの部分があるが,甲64の翻訳に照らして採用することができない。)し,甲37によれば,6月22日及び同月23日のメールで,被告が原告に対し,原告を被告が傷つけたということについて謝罪しており,甲45,46,48によれば,被告は,同月25日,26日のメールで原告との関係を修復したいとの内容を原告に送信している。
甲77,79,81,乙2の1,2,によれば,原被告間の争いは,当時インターネットカフェ内にいた他の客が店のマネージャーを通報装置によって呼び出し,様子を見に来て欲しいと申し入れた程度のものであり,マネージャーも,客から呼び出され,店に行くようになったのは,強い口論があった(乙2の2)ことによるということであった事実を認めることができるから,通常の男女間のいさかいという程度を超えるもめ事であったということができる。さらに,マネージャーらは,被告が原告に暴行した事実について,目撃はしていなかったものの,原被告が激しく口論をしていたということでは,認識が一致している。
また,甲77,乙2の1,2によれば,原告は,6月21日にインターネットカフェを再度訪れ,原告は,けがをしたし,被告と離婚したい,被告が原告に暴力をふるったという証言に署名してほしいと要求し,被告が原告の腕を強く握ったなどと言ってきた事実を認めることができる。
これらの事実を考慮すると,被告が乙10,被告本人尋問で述べるように,被告が椅子から立ち上がり,左に向きを変えたところ,原告が床に倒れていたという状況は不自然であって採用することができず,被告が原告との口論の際,腹立ち紛れに原告を突き飛ばしたために,原告が椅子から床に転倒したと認めるのが相当である。乙16で被告が再現している状況は,上記の証拠に照らして採用することができない。
もっとも,原告は,本人尋問において,被告に椅子から突き飛ばされたことを除いても2回床に投げつけられたとか,被告が原告の座っていた椅子を頭の上に両腕で持ち上げて威嚇したとか,床に倒れて脳しんとうを起こしたとか供述し,甲62にもそのような様子が再現されているが,これらの事実を認めることができる客観的な証拠はなく,これを認めるに足りる証拠はない。
2 原告の損害
(1) 原告は,被告の暴行により,上記1(3)の傷害を負ったことは上記認定のとおりである。甲2,13,14によれば,原告は,平成18年6月25日,同月26日,同月30日に第二中央病院整形外科を受診した後は,病院を受診しておらず,その後,同年7月19日に丙病院を受診し,同月21日に外傷後ストレス障害との診断を受け,同月25日から第二中央病院神経科を受診し,同年8月8日まで通院している。
原告が被告の暴行により受けた傷害は,打撲による受傷であり,甲103によれば,打撲による受傷後,疼痛は,経時的に軽減することが多いこと,疼痛は,主観的なものであり,PTSDなどで精神状態が悪化すれば疼痛が増大することもあることが認められる。また,甲7,8によれば,原告が精神症状を訴えて丙病院に通院するようになった7月19日は,原告から同月5日に治療費,慰謝料,立替金の合計31万0065円を請求する内容で被告に差し出した内容証明郵便に対し,同月13日付の内容証明郵便で,被告代理人から暴行の事実を否認され,治療費,慰謝料,立替金を支払う理由はないとの内容証明郵便を受領した後である。
(2) 乙15の1ないし46,23の1ないし137によれば,原告は,被告と出会系サイトで知り合った後に,被告のプライベートなメールアドレスを知りたいとのメールを送信し,自らの携帯電話番号を送信し,被告との出会を望むなど,被告との交際を積極的に望んでいたという経過があり,平成16年10月に出会ってから,原告は,被告と親密な交際を継続し,平成18年6月にドイツに旅行する直前においても原告から被告にメールか電話をくれるよう要求するメールを送信していること,平成17年11月には,原告が被告の携帯電話に送信したことや,原告からの電話があったため,子供らも混乱しており,被告から原告と別れる必要があるなどの内容のメールが送信され(乙23の85),平成18年3月には,被告から原告に宛てて,自宅には電話をしないよう要求するメールが送信されている(乙23の28)。
被告本人尋問の結果によれば,原告と被告は,原告が傷害を負った翌日である同年6月21日のドレスデン滞在中に,被告が妻子を捨てて原告と一緒になることを拒否したことが原因で原告から別れたいとの別れ話を長時間にわたってしており,従前どおりの関係を原告と継続したいと望んでいた被告との間で意見が一致せず,同月22日に原告がホテルを出て日本に帰国した事実を認めることができる。
これらの事実と上記(1)認定の事実を考慮すると,原告が被告の暴行により受けた傷害について,第二中央病院整形外科で訴えた疼痛や,丙病院で訴えた精神症状及び第二中央病院神経科で訴えた精神症状には,平成16年5月ころに原告と被告が出会系サイトで知り合ってから,親密な交際を始め,ドレスデンでのやりとりまでに至る原被告間の従前の交際の経過が大きく影響を与えているものと認めるのが相当である。
上記1認定のとおり,原告と被告は,被告に妻子があることを原告が知った後においても親密な関係を継続し,原告から被告の所属する運動部や被告の子供らに対し,被告を誹謗中傷するような手紙を送付したことがあって,被告から別れ話が出たりしながらも交際を続けており,その結果,原被告の関係が本訴に至るまでの経過をたどったことには,原告被告の双方に原因があったということができる。
被告による上記認定の暴行によって原告に精神的苦痛が生じたとしても,原告の受傷の程度に照らして,そのほとんどは,原被告間の男女関係のもつれによって生じたものというべきである。
平成18年6月25日から同月30日にかけて原告が第二中央病院整形外科で受けた治療については,被告による暴行によって受けた傷害を治療するためのものであるから,被告の不法行為との間に因果関係を認めることができるが,その後の治療については,相当因果関係を認めることはできない。甲15ないし20によれば,当該期間の治療費及び文書料は1万3325円であると認める。
被告による暴行によって原告は傷害を被ったことは上記認定のとおりであるが,その精神的苦痛を慰謝するについては,本件に顕れた諸般の事情を考慮し,10万円をもって相当と認める。
なお,原告は,本人尋問において,被告との交際中,被告から暴行を受け続けたとか,マインドコントロールをされていたとか主張し,甲75,83,90,原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分もあるが,ドレスデンに至るまでに被告が原告に対して暴力をふるった事実についてはこれを認めるに足りる客観的な証拠はなく,マインドコントロールとの点については,上記認定の乙15の1ないし46,23の1ないし137に記載されたメールのやりとりからすると,甲93に記載されているようなメールが被告から原告に送信されていることを考慮しても,原告の方からも積極的に被告との交際を望んでいたことがあったと認められることや,原告と被告が京都と仙台にそれぞれ生活の本拠を有し普段は離れて生活していたことが認められることに照らすと,原告の主張に沿う甲75,83,90の記載部分及び原告本人尋問の結果を採用することができない。
3 立替金請求
(1) 原告が,原被告の韓国旅行の旅行代金9万3480円を平成18年1月30日に旅行会社に支払ったことは当事者間に争いがない。
原告は,同月20日ころに被告が原告に対し,被告の航空券代金4万6740円を支払うことを約したと主張し,原告は,甲85,原告本人尋問において,これに沿う供述をするが,乙11によれば,韓国旅行中の原被告間の食費等の費用を被告のカードで支払っている事実も認められることに照らして直ちに採用することができず,他に原告の主張する事実を認めるに足りる証拠はない。
(2) 原告は,平成18年3月3日に被告に対して2万円を貸し渡したと主張するが,その時期に関する原告の陳述には変遷があるから,甲85の記載を直ちに採用することはできず,他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 原告の被告に対する立替金の請求には理由がない。
4 反訴(名誉毀損)
(1) 乙42,43の1ないし5によれば,原告がA大学留学生センター副所長,A大学大学院国際文化研究科に宛てて別紙1,2のような記載のある書簡を送付した事実を認めることができる。
被告は,原告が送付した書簡によって原告の名誉が毀損されたと主張するが,書簡に記載された文書の内容は,被告に対して,本件訴訟が原告によって提訴されていることや,訴訟を提起している原告が被告の性的素行の悪さを記載した書簡であることが明記されている。書簡の受け手は,被告の勤務先であるA大学の関係者であるから,文章の理解力がある者らであり,かかる書簡を読めば,原被告間に男女間の交際を巡る紛争があり,それが原因で被告を誹謗中傷するような書簡が勤務先に送付されたことは,容易に理解できたと認めることができる。
乙44によれば,書簡の内容について調査が行われたことが認められるから,かかる書簡の受け手は,原告が記載した書簡の内容を直ちに事実であると受け止めたとは認めることができず,同号証によって,これら書簡の送付が被告の周囲を混乱させたとは認めることができるものの,被告の社会的評価を低下させたと直ちにいうことはできない。被告が主張するように被告の名誉が毀損されたものとは認めることができない。
被告は,この書簡によって被告の業務が妨害されたと主張し,乙44によれば,被告や書簡に記載された関係者が,原告の送付したこれらの書簡について,A大学内に設けられた委員会によって事情聴取を受けるようになった事実を認めることができる。
ところで,被告には妻子がありながら,原被告間には,約2年間に及ぶ婚姻外の男女の交際期間があったことは,上記認定のとおり,事実として認めることができる。この期間,婚姻外の男女関係を原告と継続してきた被告が,原告とこれまで同様の関係の継続を望み,被告との婚姻を望んでかかる関係の継続を断った原告との男女関係を巡る紛争から原告による上記書簡の送付に至ったのであるが,かかる紛争を生ぜしめたことには被告にも責任がある。上記書簡の内容には,被告と学生との関係が指摘されているのであるから,原告が上記書簡に記載した内容を,A大学が,大学の関係者で構成された委員会によって,被告自身を含めた関係者らに事実関係を確認するために事情聴取を実施したことは,大学にとっては正当な手続であったと評価できるものであり,被告がA大学による調査の対象になったことで被告の業務が妨害されたということはできない。原告が送付した書簡によって,このような事情聴取を被告や関係者らが受けたことをもって被告の業務が妨害されたと評価することはできない。
(2) 被告の原告に対する反訴請求にはいずれも理由がない。
5 よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 小野洋一)