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仙台地方裁判所 平成18年(ワ)1296号 判決 2008年5月13日

主文

1  被告B株式会社は,原告A1に対し3047万5126円,原告A2,同A3及び同A4に対し各1014万1708円,原告A5及び同A6に対し各160万円並びにこれらに対する平成17年4月2日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らの,被告B株式会社に対するその余の請求及び被告C市に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告らに生じた費用の10分の9と被告B株式会社に生じた費用を被告B株式会社の負担とし,原告らに生じた費用の10分の1と被告C市に生じた費用を原告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告らは,原告A1に対し,連帯して3500万円及びこれに対する平成17年4月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告らは,原告A2,同A3及び同A4に対し,それぞれ連帯して1170万円及びこれに対する平成17年4月2日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被告らは,原告A5及び同A6に対し,それぞれ連帯して350万円及びこれに対する平成17年4月2日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は,被告らの負担とする。

(5)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  被告B株式会社

ア 原告らの請求をいずれも棄却する。

イ 訴訟費用は,原告らの負担とする。

(2)  被告C市

ア 原告らの請求をいずれも棄却する。

イ 訴訟費用は,原告らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,平成17年4月2日,Eが被告B株式会社(以下「被告会社」という。)から賃借した普通貨物自動車を運転中,C市内の歩行者専用道路を走行し,歩行中のDに衝突して死亡させた交通事故(以下「本件事故」という。)について,亡Dの相続人及び両親である原告らが,被告会社に対しては,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,被告C市に対しては,国家賠償法2条1項に基づき,本件事故によって,亡D及び原告らが被った損害の賠償及びこれに対する本件事故の日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める事案である。

2  前提事実(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告A1は,亡D(当時44歳)の夫として亡Dの損害賠償請求権の2分の1を相続し,原告A2,同A3及び同A4は,いずれも亡Dの子であって,亡Dの損害賠償請求権を6分の1ずつ相続した(甲1)。

イ 原告A5は亡Dの父親であり,同A6(原告ら6名を併せて「原告ら」という。)は亡Dの母親である(甲1,30の1,35)。

ウ 被告会社は,自動車のレンタル等を目的とする株式会社である。

エ 被告C市は,本件事故が発生したC市内の歩行者専用道路(市道F通り線,以下「本件歩道」という。また,本件歩道のうちG通りとの交差点からH通りとの交差点までの区間を「I」ともいう。)を所有し,管理する者である。

(2)  被告会社は,平成17年4月1日,Eに対し,被告会社J営業所において,Eの免許証を確認した上で,被告会社の保有する4トントラック(以下「本件車両」という。)を,以下の約定で貸し渡した(以下「本件レンタカー契約」という,乙1の1及び2,乙2の1ないし4)。

賃料 3万0345円

出発 平成17年4月1日午前9時50分 J営業所

帰着予定 同月2日午前10時 J営業所

CDW(車両・対物事故免責額補償制度)加入

EAC(ワイドエクストラ補償制度)加入

条件 借受人は,別に定める貸渡約款並びにレンタカー契約書記載の貸渡条件を承諾してレンタカーを借り受けるものとする。

(3)  Eは,本件車両を運転し,平成17年4月2日午前9時4分ころ,C市K区FL丁目M番N号先の本件歩道とG通りとの交差点(以下「本件交差点」という。)に設置された横断歩道上において,歩行者2名と衝突した(以下「前件事故」という。)後,車両通行禁止の規制のある本件交差点東側のIに進入して東進した。

亡Dは,そのころ,IをG通り方面からC駅方面に向けて歩行中,C市K区FL丁目O番P号付近(以下「本件事故現場」という。)において,G通り方面から進行してきたEが運転する本件車両に衝突され(本件事故),同日午前10時20分,本件事故に基づく頭蓋底骨折により死亡した(甲1ないし3,17ないし20,丙3の15・16)。

(4)  本件歩道は,宮城県公安委員会(以下「公安委員会」という。)により,道路交通法4条1項に基づき,車両が通行すること及び本件歩道との交差点等において,本件歩道に右折,左折等することが禁止されているが,公安委員会による通行禁止の適用除外を受けた自動車車両であれば進入が可能である(甲19)。Eが運転する本件車両は,通行禁止の適用除外を受けた自動車車両に該当せず,本件歩道に進入して通行することは,違法である。

また,本件事故当時,IがG通りと接する本件交差点においては,G通りから本件歩道に右左折することが禁止され,円形青地に垂直上方を指し示す白色矢印という指定方向外進行禁止の標識が設置され,また,本件交差点東側のIへの入口部分には,円形青地に手をつないだ大人と子供の図柄が白色で描かれた歩行者専用道路の標識が設置されていた。

その他の設備については,Iの内部にいくつかの植栽が互い違いに置かれ,その中心部に点字ブロックが設置されていたのみで,自動車の進入を防止する堅固な防護柵等は設置されていなかった(丙2)。

(5)  被告C市は,本件事故を受けて,本件歩道への車両の進入を防止するために,本件交差点東側のIへの入口部分にプランターを設置し,その後,平成18年4月には,上記部分を含む本件歩道と車道との交差点に車止めポールを設置した(丙2)。

(6)  仙台地方裁判所は,平成19年3月15日,Eに対する刑事裁判において,Iを通行中の亡Dが死亡する危険があることを認識しながら,あえて本件車両を時速約60キロメートルで走行させて衝突させて,亡Dを殺害した旨を認定した有罪判決を言い渡した(甲20)。

3  争点

(1)  被告会社は,本件事故につき,自賠法3条に基づく損害賠償責任を負うか。

(2)  被告C市は,本件事故につき,国家賠償法2条1項に基づく損害賠償責任を負うか。

(3)  原告らの損害額

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(被告会社は,本件事故につき,自賠法3条に基づく損害賠償責任を負うか)について

ア 原告らの主張

被告会社は,本件車両の保有者であるから,自賠法3条に基づき,原告らに対し損害を賠償する責任がある。

(ア) 仙台地方検察庁は,本件車両の運転者であるEの故意による殺人事件として起訴したが,Eは殺意を抱いて本件車両の運転による殺傷行為を行ったわけではない。すなわちEは,本件事故発生直前の平成17年4月2日午前9時過ぎ,G通りを,本件車両を運転して南から北に向けて走行していた際,横断歩道上で訴外Q及び同Rをはねとばす交通事故(前件事故)を起こしたことで気が動転し,パニック状態に陥り,その状態のまま,横断歩道上でバックして切り返し,本件車両をIに進入させ,時速60キロメートルで走行した過失により亡Dに衝突したものであり,本件事故は過失による事故である。したがって,本件事故を一般の交通事故とことさら区別して論じる必要はない。

なお,Eに対する刑事第一審判決は,本件歩道において衝突した亡Dらに対する未必の故意による殺人罪を認めたが,理由がない。

(イ) 原告らは,予備的に本件事故がEの未必の故意による殺人であることを主張する。

仮に本件事故が殺人事件であっても,そのことにより,被告会社の自賠法上の責任を否定する事由とはならない。Eに対する刑事事件の判決において,本件事故がEの確定的故意又は未必的故意によるものであったと認められたとしても,被告会社の運行供用者責任は阻却されない。

(ウ) Eが,被告会社から不法に本件車両の占有を奪取した事実はない。Eは,被告会社のJ営業所において,24時間分の貸渡料金3万0345円を支払って借り受けたもので,この事実をもって占有の奪取とすることは到底無理であり,被告会社は,本件車両に対する占有を喪失しておらず,本件車両の保有者としての責任を免れない。

(エ) Eの利用目的は,被告会社の運行供用者性に影響を与えない。Eが本件事故を起こさなければ,本件車両が返還される可能性は十分にあったのであり,運行支配の有無については,利用者の利用目的で判断するのではなく,貸渡期間内であるか等の客観的事実により判断されるべきである。

また,被告会社は,本件車両を賃貸して利益を上げており,たまたま車両が返還されなかったことをもって運行利益を否定する理由にはならず,本件は,被告会社がEに対して有償で本件車両を貸し渡した期間内に起きた事故であるから,運行供用者性は否定されない。

(オ) 本件レンタカー契約の締結に際し,Eは,申込書に,現住所を「S県T市」,利用目的を「引越し」と記載していたのであるから,被告会社の従業員が申込内容の確認に最善を尽くしたのであれば,引越しのためにCでレンタカーを借りる必要があるのかという点に疑問を抱き,その説明を求めるはずである。

このように,被告会社は,Eの内心を見破るだけの情報を有していながら,申込内容の確認を怠ったのであるから,落ち度は重大である。

(カ) 本件は,Eが生じさせた損害を,原告らが負担するのか,被告会社が負担するのかが問題なのであって,保険会社から保険金の支払が受けられないとの点は,被告会社と保険会社間の問題であり,原告らには関係がない。

運行供用者責任が,「利益の存するところに損失も帰せしめるべきという報償責任の原理」と「危険物を保持する者は,その危険がもたらす損害について,危険を支配する者として賠償責任を負わなければならないという危険責任の原理」に基づくものであることからすれば,原告らと被告会社との関係において,被告会社が運行供用者責任を負担することは何ら公平性に反しない。むしろ,レンタカーである本件車両の運行に全く関与しておらず,一切落ち度のない原告らに負担させることの方が公平に反する。

(キ) 運行供用者の運行支配は,諸般の事実関係を総合した結果,客観的・外形的にみて,自動車の運行に対し支配を及ぼすことのできる立場にあり,運行を支配,制御すべき責務があると評価される場合には,その運行支配が肯定されるべきである。また,運行利益の帰属についても,客観的・外形的に観察して,法律上又は事実上,何らかの形でその者のために運行がなされていると認められる場合には,その運行利益が肯定されるべきである。

本件事故についてみると,①Eは本件車両を有償で被告会社から借り受けたこと,②本件事故はその貸渡期間内に発生していること,③本件レンタカー契約において,出発地及び帰着予定地はいずれもC市内のJ営業所とされ,走行区域が事実上制限されており,本件事故現場もC市内であること,④貸与目的は不自然ではないこと,⑤被告会社は,借主であるEに対し,事故の場合に報告義務を課しており,かかる義務違反の場合には本件レンタカー契約を解除できるものとされていること,⑥被告会社は本件車両の維持費用を負担し,点検整備のされた本件車両をEに貸与していることなどからすれば,本件事故発生時において,客観的・外形的にみれば,被告会社は本件車両の運行支配及び運行利益を有していたというべきである。

また,運行支配及び運行利益は,客観的・外形的に考察されるべきであり,仮にEがその内心において本件車両を自殺に用いる目的で本件車両を借り受け,返還意思を有していなかったとしても,それはEの主観的な意思に過ぎないのであり,これを運行供用者性の判断を決定する基準とするのは不合理である。また,Eが自殺行為とも評価しうる具体的な行動に出たのは,本件事故を起こした後のことであり,本件レンタカー契約上本件車両の返還が予定されており,かつ,本件事故が貸渡期間内に発生していることを併せて考えれば,本件事故当時,客観的・外形的にみて,Eに本件車両の返還意思がないことが明らかであったとは言い難いのであり,被告会社の運行支配及び運行利益が失われていたとはいえない。

(ク) Eが本件車両を運転すること自体は,本件レンタカー契約において当然予定されていることであり,Eが一定程度の確率で本件車両により交通事故を起こすことも,被告会社は予見可能であった。

(ケ) 原告らがEを被告としなかったのは,Eに損害をてん補するだけの支払能力が見込めないと判断したに過ぎないのであり,かかる原告らの事実上の判断をもって,「加害行為者に対する宥恕免責の意思表示」と評価されるいわれはない。

イ 被告会社の主張

(ア) 本件事故を発生させたEに対して,原告らが支払を求める必要はないと考えた以上,これを加害行為者に対する宥恕免責の意思表示と解するほかはなく,本件請求の根拠を欠いている。

(イ) 本件において,被告会社は,自賠法3条の運行供用者には当たらない。本件は,被告会社が,自賠法3条を根拠として,車両保有者としての運行供用者責任が問われる場面ではない。本件事故は,Eが被告会社から不法に占有を奪取した本件車両により惹起したものであるから,被告会社には,Eが本件車両の占有を奪取した以降の責任はない。

Eは,引越しに使用すると言って本件車両を借り受けたが,本件レンタカー契約の当初から引越しの目的はなく,本件車両を自殺に用いる意図で,返還する意思がないにもかかわらず,約束の時間内に返還するかのように装って被告会社を欺いて本件車両を借り受けたものである。

すなわち,Eは,平成17年3月28日に焼身自殺を決意し,同年4月2日午前9時過ぎに,本件車両の運転席で焼身自殺を決行するまで,自殺目的を終始持ち続け,焼身自殺をするために必要な軽油と発火装置である発煙筒を取得する目的で本件レンタカー契約を締結して本件車両を借り受けており,本件車両内で焼身自殺をすれば,本件車両を返還できなくなることは明らかであり,Eには本件レンタカー契約の当初から本件車両を返還する意思がなかったことが認められる。

被告会社は,本件レンタカー契約に際し,引越し目的とのEの説明を信じ,運転免許証で本人であることを確認し,Eに対し,利用目的を引越しと記載したレンタカー契約書及び貸渡約款を交付した上,貸渡条件を遵守して運転するよう念を押して本件車両を貸し渡した。なお,貸渡約款の17条には,本件車両の所有権侵害行為及び法令又は公序良俗に反する本件車両の使用が禁止行為として規定されている。被告会社は,Eの本件事故にいたる使用方法を容認した事実はない。

Eの上記使用目的からすれば,契約時間の長短は本件車両の運行支配とは無関係であり,Eが本件車両を借りた当初から被告会社の運行支配を完全に排除していることは明らかである。

したがって,被告会社が貸渡料金として3万0345円を受領しているとしても,Eが被告会社を騙して本件車両を受領したときに,被告会社による本件車両の運行支配はEにより排除されて,Eの支配下におかれており,被告会社はEに対して何らその運行につき指示,制御,排除しうる立場になかったことは明らかで,管理可能性が失われており,被告会社に運行利益は認められない。

なお,Eが,本件車両の運行支配から被告会社を排除した後,自殺することを断念したと解するに足る証拠は一切存しないのであり,現に本件車両は返還されなかった上に炎上毀損されている。

したがって,被告会社は,自賠法3条の運行供用者にあたらない。

(ウ) 被告会社は,本件レンタカー契約に際して最善を尽くしており,本件事故を予見することは不可能であり,また,被告会社の本件車両に対する運行支配が排除されている状況下においては,本件事故を回避することは不可能であった。

Eが,住居地から離れた場所での「引越し目的」として本件車両の借用申込をしたのみでは,Eの内心を見破る情報とはなり得ず,被告会社に重大な落ち度はない。

(エ) 本件車両については,任意保険契約が締結されているが,自賠法14条は,保険会社は保険契約者又は被保険者の故意によって生じた損害については責任を免れるとされ,本件における任意保険の約款においても同様の約定があることからすれば,被告会社にのみ損害賠償責任を負わせることは,被告会社に無過失責任を負担させるに等しく,公平を欠き,著しく正義に反する。

本件においては,Eが本件車両の運行支配及び運行利益を被告会社から排除してしまっている以上,被告会社には,本件車両に関する報償責任,危険責任を負担させられなければならない理由は存しない。

(オ) 被告会社のようなレンタカー業者(自動車貸渡業者)から自動車を借り受けた者の運行による事故について,レンタカー業者に自賠法3条による運行供用者責任を認めた判例の事案は,レンタカー業者から車両を借り受けた者がそれを運転中に交通事故を起こしたという通常みられる事案であり,本件事故とは事実関係が基本的に異なっている。

(カ) 自賠法3条の運行供用者責任について,自動車が他人に貸与された場合においては,その運行が専ら借受人のため排他的に行われたというような特段の事情があるときは,貸主の自動車に対する支配が失われ,運行供用者責任は否定されることになる。

Eの本件車両の運行は,排他的に専らE本人のために行われたものであることは明らかである。

(2)  争点(2)(被告C市は,本件事故につき,国家賠償法2条1項に基づく損害賠償責任を負うか)について

ア 原告らの主張

(ア) 被告C市は,本件事故が発生した本件歩道を所有し,管理している者であるところ,本件歩道は歩行者専用道路であるから,被告C市は,所有者・管理者として歩行者の生命,身体の安全を確保すべき安全防護措置を講ずるべきであったにもかかわらず,これを怠ったものであり,国家賠償法2条1項に基づき,原告らに対し損害を賠償する責任がある。

仮に本件事故が殺人事件であり,Eに未必の故意があったとしても,被告C市の国家賠償法上の責任を否定する事由とはならない。

(イ) 被告C市は,本件歩道に自動車車両が進入することを予見していたのに,結果回避義務を怠った。すなわち,本件歩道のうち,Iの入口部分には,車両進入禁止の標識が設置され,いくつかの植栽を互い違いに置くに止めており,実際上は自動車車両の進入が可能であるから,被告C市は,本件歩道に自動車車両が進入することを予見していたはずであり,車両が進入する際の歩行者の安全を確保する義務があるにもかかわらず,安全防護措置を講じていなかった。この場合,自動車車両が本件歩道に進入する客観的な行為に対して,歩行者の安全を確保する義務が問題となるのであるから,本件歩道に進入する車両の運転手が誤って進入するのか,故意に進入するのかは関係がない。

(ウ) 本件歩道が通常有すべき安全性

本件歩道は,公安委員会により車両の通行が規制されていたとはいえ,許可車両であれば,本件歩道に進入して走行することが可能である以上,本件歩道の歩行者が事故に遭う可能性が存在していた。

また,本件歩道が,歩行者用道路とされた以上,その管理者である被告C市は,歩行者が事故に遭わないように「必要な道路上の柵又は駒止め」を設置しなければならなかった。

被告C市は,車両進入禁止の交通規制をするだけでは足りず,交通規制にもかかわらず進入走行してきた車両から歩行者の生命,安全性を確保する物理的な措置を講じることが必須であり,本件歩道の入口に,車両の進入を確実に阻止しうる堅固な車止めの防護柵を設置すべきであった。現に,被告C市は,平成18年4月28日にいたり,ようやく,Iを含む本件歩道と幹線道路の交差部に,金属製の堅固なポールによる恒久的車止めを設置した。

このような事実経過をみれば,本件歩道が通常有すべき安全性を具備していなかったことは明らかである。

なお,札幌市,神戸市,横浜市においては,歩行者専用道路又は車両通行止めの規制をしている道路について,可動式の衝立や金属製のオブジェなどの車両の進入を阻止し,歩行者を防護するための設備が施されている。

また,本件歩道において,①昭和60年4月,②昭和61年1月,③平成元年4月,④平成4年10月に,車両の進入による事故があったことが報道されている。

(エ) 被告C市の予見義務

本件で問題とすべきは,被告C市が「Eの本件歩道への進入及び暴走」を予見すべきであったかどうかではなく,「本件歩道に車両が進入して走行し,歩行者が受傷すること」を予見することができたか,また,かかる結果を回避することができたかどうかである。

この点,本件歩道は,許可車両であれば法的にも進入・走行が可能であり,交差する道路との交差部分で車両の通行が許されている部分があることなどからすれば,被告C市は,「本件歩道に車両が進入して走行し,歩行者が受傷すること」を予見することができた。

イ 被告C市の主張

(ア) 被告C市の道路の管理責任者としての責任が,Eの刑事上の責任に左右されないとの点,及び本件事故が刑事裁判において殺人事件と評価されることが,被告C市の国家賠償法上の責任を否定する事由にならないとの点は争う。本件は,刑事裁判の第一審において殺人事件と認定されており,一般の交通事故は区別すべきである。

仙台地方裁判所の刑事第一審判決は,本件事故について,Eの未必の故意に基づく殺人罪の実行行為と認定している。

(イ) 被告C市に,殺人事件である本件事故の予見可能性はなく,したがって結果回避可能性もない。

被告C市は,Eが運転する本件車両が暴走行為を行い,違法に本件歩道に侵入することまで予見しており,このような暴走車両が違法に進入する際の歩行者の安全を確保する義務があるとの点は争う。

許可を受けた車両が本件歩道へ進入する行為と,Eの違法行為を同列に論ずるのは荒唐無稽以外の何ものでもない。

(ウ) 本件歩道に自動車車両が進入することが物理的に可能であったことは否定しないが,実際に違法に本件歩道に進入することとは別問題であり,直ちに本件歩道の設置及び管理に瑕疵があることに結びつくものではない。

最高裁昭和45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁は,営造物の設置又は管理の瑕疵について,「営造物が通常有すべき安全性を欠いていること」としている。また,最高裁昭和53年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁は,瑕疵の有無の判断基準につき,「当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して個別具体的に判断すべきものである」とした上で,事故が営造物の設置管理者において通常予測することのできない行動に起因するものであったときは,「営造物につき本来それが具有すべき安全性に欠けるところがあったとはいえず,…通常の用法に即しない行動の結果生じた事故につき,…その設置管理者としての責任を負うべき理由はない」旨判示している。

本件事故について,Eの違法行為が,被告C市にとって通常予測することのできない行動であることは明白であり,本件歩道につき,本来それが具有すべき安全性に欠けるところはなかったというべきである。

(エ) 本件交差点においては,G通りから本件歩道に右左折することが禁止され,円形青地に垂直上方を指し示す白色矢印という指定方向外進行禁止の標識が設置されている。また,本件交差点東側のI入口には,円形青地に手をつないだ大人と子供の図柄が白色で描かれた歩行者専用道路の標識が掲示されている。

Eは有効な運転免許を有しており,有効な運転免許を有する者であれば,これら2つの規制標識により,G通りからIへ右折できないことは容易に認識することが可能である。

このように,本件歩道は,誤って車両が進入することのないように二重の規制措置が講じられており,通常,この二重の規制措置は,通行禁止の適用除外に該当しない車両(以下「一般車両」という。)が本件歩道に進入することを防止するに十分といえる。

これに加え,本件歩道は,その路面にタイルが敷き詰められ,アスファルト舗装の一般の車道とは一見して大きな相違があるとともに,歩道・車道の区別がなく,歩行者は道路の中央部を自由に歩いていること,本件歩道の中央部に点字ブロックが設置されていることから,一般車両の通行を予定していないことは明らかである。

本件歩道が,平成5年8月に全車両通行規制の道路となって以来,これまで一般車両が進入したとの情報が警察に報告されたことはない。

このような事情を総合的に考慮すれば,本件歩道の設置管理者たる被告C市において,一般車両が本件歩道に進入し,暴走することを予測することは到底できるものではない。

(オ) 被告C市は,本件事故を受けて,本件歩道への車両の進入を防止するために,本件歩道がG通りと接する本件交差点の東側に2基のプランターを設置し,その後,平成17年12月25日に,本件事故を模倣した暴走事件が再び発生したため,同月28日に本件交差点の東側に2基のプランターを追加設置し,平成18年4月には,本件交差点を含む8か所の交差点に車止めポールを設置した。

しかしながら,本件事故後にプランター等を設置したことは,今後の模倣犯的な事件に対する対応等,市民の安全・安心に資するという総合的な行政判断を行った上で設置したものであり,本件事故発生時の営造物の設置管理に瑕疵があったことと直ちに結びつくものではない。

原告らの主張によれば,全て車両と歩行者等の通行する区分が隔離されない限り,およそ道路には設置管理の瑕疵があることになり,かかる主張は失当である。

なお,被告C市以外の全車両の通行規制を実施している政令指定都市9都市の全てにおいて,出入口に規制標識のみを設置し,固定式車止めは設置していない。

(カ) 原告らは,本件歩道において,一般の進入車両による事故が発生したと主張するが,これらの事故はいずれも,アーケードが現在と同じ全蓋式の状態となった平成5年8月以前のものであり,これらの事故があったとしても,直ちに本件事故当時,本件歩道の設置管理に瑕疵があったことを基礎づけるものとはならない。

(キ) Eは,C市内で稼働していることなどからすれば,本件歩道が歩行者専用道路であることは十分に認識していながら,本件歩道に進入したのであり,歩行者専用道路であることを認識している者を対象として,その者がかかる道路に進入することを防止する措置を講ずることまで道路の設置管理者が責任を負担しなければならないというのは行き過ぎであり,設置管理者に過度の負担を強いるものである。

(3)  争点(3)(原告らの損害額)について

ア 原告らの主張

原告らの損害は,以下のとおりである。

(ア) 亡Dの損害

a 逸失利益 5593万4296円

592万3800円(平成16年の大卒女性44歳の賃金センサス)×(1-0.3〔生活費控除割合〕)×13.489(労働可能期間23年に対応するライプニッツ係数)=5593万4296円

b 慰謝料 3000万円

亡Dは,A家の精神的・経済的な大黒柱であり,その精神的損害を慰謝するために必要な金額は3000万円を下らない。

c 葬儀費用 792万8450円

(a) 墓石・墓地外柵費用  220万5000円

(b) 献香料  130万円

(c) 墓地永代供養料  100万円

(d) 仏壇・仏具代  53万5000円

(e) 位牌代  5万円

(f) 葬儀一式  171万2550円

(g) 供養品  111万0900円

(h) ノーブル代  1万5000円

d 医療費 1万8030円

治療費1万4880円及び診断書費用3150円

e 損害のてん補 -3000万円

上記aないしdの合計は9388万0776円であるが,本件事故に関し,自動車損害賠償責任保険から死亡保険金として3000万円の支払を受けて損害の一部がてん補され,これを控除すると,亡Dの損害は,6388万0776円となる。

(イ) 相続

原告A1の相続分は,亡Dの損害の2分の1(3194万0388円)であり,原告A2,同A3及び同A4の相続分は,亡Dの損害の各6分の1(各1064万6796円)である。

(ウ) 原告A5及び同A6の慰謝料 各300万円

原告A5及び同A6は,本件事故により,両名の子である亡Dが死亡したことにより著しい精神的苦痛を受けた。かかる精神的損害を慰謝するために必要な金額は各300万円を下らない。

(エ) 原告らの弁護士費用

a 原告A1が支払う弁護士費用のうち,被告らが負担すべき弁護士費用は305万9612円を下らない。

b 原告A2,同A3及び同A4が支払う弁護士費用のうち,被告らが負担すべき弁護士費用は各105万3204円を下らない。

c 原告A5及び同A6が支払う弁護士費用のうち,被告らが負担すべき弁護士費用は各50万円を下らない。

したがって,原告A1の損害額は3500万円,原告A2,原告A3,及び原告A4の損害額は各1170万円,原告A5及び原告A6の損害額は各350万円である。

イ 被告会社の主張

不知。

ウ 被告C市の主張

否認する。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(被告会社は,本件事故につき,自賠法3条に基づく損害賠償責任を負うか)について

(1)  当裁判所は,被告会社は,自賠法3条の運行供用者に当たり,同条に基づき,原告らの被った後記人身損害を賠償すべき責任を負うと判断する。その理由は,以下のとおりである。

ア 本件事故は,前記第2の2(2)(3)記載のとおり,Eが被告会社から有償で借り受けた本件車両を運転中,その貸渡期間内に亡Dに衝突して亡Dを死亡させた交通事故であるため,本件車両の保有者である被告会社が,本件事故につき自賠法3条の運行供用者責任を負うかが問題となる。

自賠法3条において,自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)は,その運行によって他人の生命又は身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責に任ずるとされているところ,同条にいう運行供用者とは,自動車について支配権(運行支配)を有し,かつ,その使用により享受する利益(運行利益)が自己に帰属する者を意味するものと解される。

そして,運行支配とは,必ずしも自動車の運行に対する直接的・具体的な支配の存在を要件とすることを意味するものではなく,諸般の事実関係を総合し,これを客観的・外形的に観察して,社会通念上,自動車の運行に対し支配を及ぼすことのできる立場にあり,自動車の運行を支配,制御すべき責務があると評価される場合には,その運行支配が肯定されるものと解すべきである。また,運行利益の帰属についても,必ずしも現実的・具体的な利益の享受を意味するものではなく,事実関係を客観的・外形的に観察して,法律上又は事実上,その者のために運行がなされていると認められる場合には,その運行利益が肯定されるものと解すべきである。

イ 上記アの観点からすれば,いわゆるレンタカーの借主が,レンタカーを運転中に交通事故を起こし,他人の生命身体を害したときに,レンタカーの貸主が自賠法3条の運行供用者責任を負うかどうかについての判断は,客観的・外形的にみて,貸主の支配が借主の運行に及び,また,貸主に運行利益が帰属する関係があると評価できるかどうかによって決められるべきであり,その際の具体的は判断は,貸主と借主の人的関係,貸与の目的,対価の有無,運行費用の負担関係,運行に対する貸主の指示の権限,貸与の期間・距離等の諸事情を総合的に考察することによりなされるべきである。

ウ 本件事故についてこれを判断すると,前記第2の2の事実及び証拠(乙1の1・2,2の1ないし4)によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 借主であるEは,平成17年4月1日午前9時50分,被告会社から,本件車両を翌2日10時までの約24時間分の貸渡料3万0345円(消費税込み,各種補償制度加入料込み)を支払って借り受けており,本件事故はその貸渡期間内に発生したものである。

(イ) 本件レンタカー契約において,走行区域についての限定が付されているとは認められないものの,出発場所及び帰着予定場所はいずれもJ営業所であり,貸渡期間は約24時間であるから,事実上走行区域が制約されており,本件事故現場もC市内であった。

(ウ) 被告会社は,本件レンタカー契約に際し,借主であるEが運転資格を有していること,すなわち運転免許証を確認した上,Eの住所及び携帯電話番号についても把握していた(乙2の1・3)。

(エ) 本件レンタカー契約の貸渡約款(乙1の1・2)によれば,被告会社は,Eに対し,交通事故が発生した場合,車両故障が発生した場合等の報告義務を課しており(同約款20条,22条),義務違反の場合には本件レンタカー契約を解除することができるとされている(同約款5条)。

また,借主であるEは,貸渡期間中のガソリン代等を負担し,日常点検整備を行うこととされているが(同約款15条,27条),車両の定期点検整備といった本件車両の維持管理費用は被告会社において負担するものとされ,このような点検整備の行われた本件車両がEに貸し渡された(同約款11条,14条)。

エ 上記ウの事実関係によれば,本件事故発生当時,客観的・外形的にみれば,被告会社は,本件レンタカー契約に基づいて,Eに対して指示することが可能であったといえ,運行支配及び運行利益を有していたというべきである。

オ 被告会社は,Eが本件車両を自殺に用いる目的で,返還意思がないにもかかわらず借り受けたものであり,被告会社の運行支配及び運行利益は失われていた旨主張する。

しかしながら,前述のとおり,運行支配及び運行利益は,客観的・外形的に判断すべきであり,借主が主観的には返還意思を有していなかったとしても,そのことから直ちに貸主の運行支配及び運行利益が否定されるものではない。

本件事故発生当時においては,本件レンタカー契約上,本件車両の返還が予定されており,また,本件事故が発生したのは貸渡期間内のことであり,その間,Eに被告会社の指示に従う意思がなかったと認めるに足りる事情は見当たらない。

また,Eが,本件車両内において自己の着衣に軽油をかけて着火するという,自殺行為とも取りうる行為に出たのは,本件事故が発生した後のことなのであるから(甲20,丙3の1・2),本件レンタカー契約の際,仮にEが被告車両を自殺に用いる目的を有していたとしても,それは単なる主観的意思に過ぎず,本件事故当時,客観的・外形的にみて,Eに返還意思がなかったと認めることはできないのであり,被告会社の運行支配及び運行利益が失われたとは認められない。

カ 被告会社は,本件事故を予見することは不可能であり,また,被告会社の本件車両に対する運行支配が排除されている状況下においては,本件事故を回避することは不可能であった旨主張する。

しかしながら,貸主の自賠法3条の運行供用者責任を判断するについて,貸主に交通事故が発生することについての具体的・現実的な予見可能性及び回避可能性を必要とするという要件を課すことは,自動車事故により人的損害を受けた被害者の保護を図るという自賠法の趣旨からすれば,相当とはいえない。

被告会社とすれば,Eが本件車両を運転すること自体は,もともと本件レンタカー契約が予定していることであって予見可能であり,一定の確率で交通事故が発生することもまた当然に予見可能であって,そのため,被告会社において,各種自動車損害保険や,本件レンタカー契約における各種の補償制度を設けてその危険を回避しているものということができる。

キ また,そもそも運行供用者責任を判断するにあたっては,運行支配及び運行利益の有無を客観的・外形的に判断すれば足りるのであって,借主である運転者の故意・過失の別,過失の軽重といった主観的事情を考慮することにより,運行支配又は運行利益の有無が異なるとすることは相当ではないと解される。

加えて,前述のとおり,本件事故当時,仮にEが自殺目的を有していたとしても,それはEの主観的意思に過ぎないから,被告会社の運行供用者責任には影響しないというべきであるし,本件全証拠を検討しても,本件事故が,Eが自殺するためのものであったとは認めることは困難である。

したがって,本件事故が,刑事第一審判決において,未必の故意による殺人罪と認定されたことは,被告会社の運行供用者責任の認定において,その結論を左右するものではない。

ク さらに,被告会社は,被告会社が運行供用者責任を負担する一方で,任意自動車保険によるてん補を受けられないということになれば,公平を欠き,著しく正義に反する旨主張する。

しかしながら,被害者である亡Dは,何らの落ち度もなかったにもかかわらず本件事故により死亡したのであり,レンタカーである本件車両の運行に何らの関わりもなかったのであるから,かかる者に本件事故の損害を負担させるよりも,本件車両の運行に関与しうる立場にあった被告会社にその損害を負担させることの方が,むしろ公平に資するのであり,正義に適うというべきである。

ケ なお,原告らが,Eを被告として訴えを提起しなかったことをもって,加害行為者であるEに対して宥恕免責の意思表示をしたと認めることはできない。

(2)  したがって,自賠法3条の運行供用者責任を否定する被告会社の主張は採用できない。

2  争点(2)(被告C市は,本件事故につき,国家賠償法2条1項に基づく損害賠償責任を負うか)について

(1)  当裁判所は,被告C市は,本件事故につき,国家賠償法2条1項に基づく損害賠償責任を負わないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

ア 原告らは,本件歩道は,公安委員会により車両の通行が規制されていたとはいえ,許可車両であれば本件歩道に進入して走行することが可能であり,本件歩道の歩行者が事故に遭う可能性が存在していたのであるから,被告C市において,許可車両による事故や車両進入禁止の標識を見落として誤って進入する車両による事故を防ぐため,本件歩道の入口に,現在設置されているような金属製の堅固な恒常的な車止めを設置すべきであり,これを怠った被告C市は,国家賠償法2条1項に基づき,原告らに対し損害賠償責任を負う旨主張する。

イ 国家賠償法2条1項は,道路,河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは,国又は公共団体はこれを賠償する責に任ずると定めているところ,営造物の設置又は管理の瑕疵とは,客観的に,営造物が通常有している安全性を欠いていることをいい,これに基づく国又は公共団体の賠償責任については,その過失の存在を必要としないものと解される(最高裁判所昭和45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁)。

ウ そこでまず,本件歩道が通常有している安全性を欠いていたかについて検討するに,上記第2の2(4)記載のとおり,本件歩道は,公安委員会により,車両が通行すること及び本件歩道との交差点等において本件歩道に右折,左折等することが禁止されており,本件事故当時,IがG通りと接する本件交差点においては,G通りから本件歩道に右左折することが禁止され,円形青地に垂直上方を指し示す白色矢印という指定方向外進行禁止の標識が設置され,また,本件交差点東側のIへの入口部分には,円形青地に手をつないだ大人と子供の図柄が白色で描かれた歩行者専用道路の標識が設置されており,Iの中心部には点字ブロックが設置されていたというのである。

エ 本件事故当時,本件歩道において取られていた上記の措置を前提とすると,G通りを進行してきた通常の運転者であれば,本件交差点においては,直進のみ可能であり,Iに右左折することは禁止されており,また,I入口の歩行者専用道路の標識及びIの中央部分に設置された点字ブロック等により,本件歩道が歩行者専用道路であり,車両の通行は禁止されていることを十分に認識することが可能であったと認めることができる。

したがって,本件歩道は,仮に誤って本件歩道に進入しようとする車両が存在した場合であっても,通常の運転者であれば歩行者専用道路であることが十分に認識可能であり,許可車両以外の車両が進入することを防止するために必要な措置が取られており,歩行者専用道路である本件歩道が通常有すべき安全性を欠いていたとは認められない。

オ 原告は,被告C市において,車両進入禁止の交通規制をするだけではなく,交通規制にもかかわらず進入してきた車両から歩行者の生命,安全性を確保する物理的な措置を講じることが必要である旨主張するが,道路管理者は,道路の安全・円滑な交通を確保しなければならないが,道路の整備の程度については,必ずしも完全無欠のものとしなければならないものではなく,当該道路の環境,交通状況等に応じて支障が生じない程度で整備すれば足りるものと解される。

すなわち,上記のとおり,本件歩道は,仮に誤って本件歩道に進入しようとする車両が存在した場合であっても,運転者において歩行者専用道路であることが認識できたのであるから,許可車両以外の車両が進入することを防止するために必要な措置が取られていると言えるし,そもそも運転者は交通法規に従って運転する義務を負っているのであるから,本件事故当時,被告C市において,本件歩道が車両進入禁止であることを認識しつつ,故意に本件歩道に進入する車両に対してまで,車止めのポールを設置するなどの措置を取ることにより,これを防止すべき義務を負うものではない。本件事故におけるEの行動は,上記のとおり,運転者において歩行者専用道路であることが十分に認識できたはずの本件歩道に無許可車両である本件車両を乗り入れた上,Iを通行中の歩行者が死亡する危険があることを認識しながら,あえて本件車両を時速約60キロメートルで走行させたというものであり,本件事故は,本件歩道の設置管理者である被告C市において通常予測することのできない行動に起因するものであったと言えるから,本件歩道につき本来それが具有すべき安全性に欠けるところがあったとは言えず,本件歩道の通常の用法に即しないEの行動の結果生じた本件事故につき,被告C市は,その設置管理者としての責任を負うべき理由はないというべきである。

原告らの主張を前提とすると,およそ歩行者と車道とを完全に隔離し,衝突を防止する措置を講じない限り,全ての道路について,その設置又は管理に瑕疵が存在することになってしまい,極めて不合理といわざるを得ない。

カ 以上からすれば,本件歩道の設置又は管理について,営造物が通常有すべき安全性を欠いているとはいえないから,その設置又は管理に瑕疵はなく,被告C市は損害賠償責任を負わないというべきである。

(2)  したがって,被告C市の国家賠償法2条1項に基づく責任を肯定する原告らの主張は採用できない。

3  争点(3)(原告らの損害額)について

(1)  亡Dの損害

ア 亡Dの逸失利益 5593万2223円

亡Dは,本件事故当時44歳の女性で,大学卒業後は,主婦・母親としての家事労働のほか,ピアノ教室・声楽教室の教師やホテルの結婚式の介添の仕事に従事するなど,単身赴任中の夫原告A1に代わって家族の生活を精神的・経済的に支えていたものであるから(甲13,29),得べかりし利益算定の基礎となる収入額は,平成16年賃金センサス第1巻第1表大卒の女性労働者の40歳ないし44歳の平均収入額である592万3800円を下らないと認めるのが相当であり,生活費控除率を30パーセントとし,就労可能年数を67歳までの23年(ライプニッツ係数13.4885)としてその逸失利益を求めると,以下のとおりとなる(1円未満切捨て)。

592万3800円×(1-0.3)×13.4885=5593万2223円

イ 慰謝料 2800万円

本件事故は,車両の通行が禁止されていた歩行者専用道路,いわゆるアーケード街において,Eが本件車両を暴走させ,そのアーケード街を歩行中の何の落ち度もない亡Dがこれに衝突して死亡するに至ったという極めて悲惨な態様の事故であること,亡Dは,上記アのとおり,家族を精神的・経済的に支える一方で,地域のボランティア活動にも積極的に関わるなど生き甲斐に溢れた人生を送っていたものであり(甲13,29,31の1・2,32の1・2,33,34の1・2),その前途を一瞬にして奪われた無念さには計り知れないものがあると推察されること,良き妻,良き母であった亡Dを突然奪われた夫・子の悲しみも深刻であること(甲13,29)に鑑みると,亡Dの慰謝料としては2800万円が相当である。

ウ 葬儀関係費用 合計300万円

証拠(甲4ないし11)によれば,原告らは,葬儀費用,墓石費用等として,合計792万8450円を支出したことが認められるところ,上記イのとおりの本件事故の態様,亡Dの生前の活動状況,亡Dの年齢等に鑑みると,このうち300万円を本件事故と相当因果関係のある損害として認めるのが相当である。

エ 医療費 1万8030円(甲40の1・2)

オ 損害のてん補 -3000万円

原告らは,本件事故に関し,自動車損害賠償責任保険から亡Dの死亡保険金として3000万円の支払を受けたところ,これを亡Dの損害の元本に充当することに異議がない(弁論の全趣旨)。

(2)  相続

亡Dの損害は5695万0253円であり,原告A1の相続分は,亡Dの損害の2分の1(2847万5126円,1円未満切捨て)であり,原告A2,同A3及び同A4の相続分は,亡Dの損害の各6分の1(各949万1708円,1円未満切捨て)である。

(3)  原告A5及び同A6の慰謝料 各150万円

上記の本件事故の態様に加え,良き娘であった亡Dを突然奪われた父母の悲しみは深刻であること(甲30,35)に鑑みると,原告A5及び同A6の慰謝料としてはそれぞれ150万円が相当である。

(4)  原告らの弁護士費用

ア 原告A1が支払う弁護士費用のうち,本件事故と相当因果関係が認められる弁護士費用は200万円である。

イ 原告A2,同A3及び同A4が支払う弁護士費用のうち,本件事故と相当因果関係が認められる弁護士費用は各65万円である。

ウ 原告A5及び同A6が支払う弁護士費用のうち,本件事故と相当因果関係が認められる弁護士費用は各10万円である。

(5)  したがって,原告A1の損害額は3047万5126円,原告A2,原告A3及び原告A4の損害額は各1014万1708円,原告A5及び原告A6の損害額は各160万円である。

4  よって,原告らの請求は,被告会社に対し,原告A1に対し3047万5126円,原告A2,同A3及び同A4に対し各1014万1708円,原告A5及び同A6に対し各160万円並びにこれらに対する本件事故発生の日である平成17年4月2日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し,被告会社に対するその余の請求及び被告C市に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮見直之 裁判官 近藤幸康 裁判官 浅海俊介)

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