仙台地方裁判所 平成18年(ワ)327号 判決 2007年9月05日
原告
甲野花子
訴訟代理人弁護士
吉岡和弘
同
千葉晃平
同
山田いずみ
被告
F証券株式会社
代表者代表取締役
黒田明男
被告
白井治夫
被告ら訴訟代理人弁護士
安部光壱
主文
1 被告F証券株式会社は,原告に対し,595万1916円及びこれに対する平成17年6月7日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の3分の2,被告F証券株式会社に生じた費用の2分の1,被告白井治夫に生じた費用を原告の負担とし,原告に生じたその余の費用と被告F証券株式会社に生じたその余の費用を被告F証券株式会社の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,各自,金904万6916円及びこれに対する平成17年6月7日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告F証券株式会社(以下「被告会社」という。)との間で,外国為替証拠金取引を行った原告が,外国為替証拠金取引は,賭博であり公序良俗に違反する無効な取引であること,適合性原則違反(不適格者の勧誘),虚偽説明・説明義務違反,断定的利益判断の提供,手仕舞義務違反,消費者契約法違反があることを理由に,不適格者である原告を取引に引き込んで多額の金員を詐取したという被告らの詐欺的不法行為を理由とする損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等(段落ごとに証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがないか,明らかに争わない。)
(1) 原告(昭和22年3月*日生)は,昭和42年3月,岐阜女子短期大学を卒業し,小学校の教員を経て,昭和47年結婚し,昭和49年に長男,昭和51年に長女を出生した。結婚後は,産休等の代替教員,弁当屋のパート,新聞配達,通信教育の添削等の仕事をしながら,自宅で2人の中学生に数学,英語を教えていた。現在は無職であり,平成17年10月に会社を退職した夫(62歳)と成人した子供2人の4人暮らしである。
原告は,被告会社と本件取引を行うまで,外貨預金取引,株取引を行ったことがあった(甲27,原告本人)。
(2) 被告会社は,証券業務,商品先物取引受託業務,外国為替証拠金取引業務を事業内容とする株式会社であり,被告白井治夫(以下「被告白井」という。)は,被告会社仙台支店課長であり,平成16年8月24日から平成17年6月7日まで原告との取引を担当していた。
(3) 被告会社の取引は,外国通貨の売買取引の総取引金額に対し定める一定の証拠金を担保として行われる取引で,顧客の指示により反対売買による差金決済を行う外国為替証拠金取引で,被告会社がインターバンク市場を参考にして定めるレートに基づいて取引がなされる。この取引は,物理的取引所が存在しない相対取引であり,投資元本の約10パーセントの証拠金での取引が可能で,レバレッジ(「てこ」を意味する。)効果により,短期間の間に委託証拠金に比して相当高額の損益が生じる可能性が高いものである。
(4) 本件取引の経過
ア 平成16年8月10日午前8時37分ころ(乙1),赤木雪子(以下「赤木」という。)が,原告方に架電し,外国為替証拠金取引の案内をして,原告の投資取引についての関心を尋ねた。原告は,赤木に対し,現在の銀行金利は安いこと,外貨預金の経験があることなどを話し,赤木がオーストラリアドル一口80万円で1日当たり約1100円のスワップポイントがついてくることなどを話をしながら,「一度ご自宅に伺う」「話を聞いてみませんか」「私は北海道出身ですが,転勤で札幌支店から仙台支店に来たばかりで,仙台で一人暮らしをしている」「上司らを尊敬している」「みんなとてもいきいきとしてがんばっているし,とてもやりがいのある会社だ」「話だけでも聞いてくれませんか」などと述べたことから,原告が「若い女性が会社を尊敬しているというのは珍しい」「いきいき仕事をしている感じがして一生懸命にやっているのは素晴らしい」と応答した。赤木は,「銀行に預けるより有利です」「銀行に預けているよりいいです」などと約76分間繰り返し,資料の検討を勧めると,原告は,自宅への資料の送付について同意したので,赤木は,原告に資料を送付した(甲27,乙1,9,証人赤木,原告本人)。
イ 被告白井は,赤木が作成した新規予定及び訪問予定という文書(乙1)に基づき,同月18日,19日,23日午後にそれぞれ原告方に架電した。同月23日に,被告白井が,原告に架電した際には,原告の投資経験や資産運用の状況などを聞き,赤木が送付した資料の説明などをして,「当社は,赤木が言うように若い社員がのびのびとがんばっている会社で,いい会社だ」「当社の取引について詳しい話を聞いてみないか」などと1時間ほど話し,翌24日,原告宅を訪問する約束を取り付けた(甲27,乙1,2,証人赤木,原告本人,被告白井)。
ウ 同月24日午前11時ころ,被告白井が原告宅を訪れ,午後4時ころまで以下のやりとりを行った。
被告白井は,原告に対し,「一口80万円で10万ドル買うことになる」「今1オーストラリアドル78.22円だから,例えば3円上がって1ドル81.22円になれば26万円,2円上がれば16万円,1円しか上がらなくても6万円の利益が出ます」「スワップポイントは金利差から受け取れる利息のようなものだ」などと述べながら,赤木が既に送付していた資料に基づいて,外貨預金と外国為替証拠金取引の比較を中心にして説明し,オーストラリアドルを例にとり,追加証拠金(以下「アラーム」という。)の通知,スワップポイントなどの説明もした。原告は,被告白井の説明を受けて,被告会社と外国為替証拠金取引をすることを承諾し,外国為替取引口座開設申込書(乙10)の必要事項欄に必要事項を記載して,外国為替証拠金取引約諾書(乙11),外国為替証拠金取引の「重要事項確認書」(乙12)とともに署名捺印した。外国為替取引口座開設申込書には,原告が塾を経営していること,年収が300万円以上,預貯金,有価証券が各1000万円以上,平成13年1月から証券取引があること,投資可能額が1000万円であることなどが記載されていた。原告の取引申込については被告会社の管理担当者である青山大雄が同日審査をし,取引の投機性とリスクについて改めて説明し,取引の開始を承認した。
被告白井は,原告を車に乗せて七十七銀行岩切支店に赴き,原告から被告会社に400万円の振込をさせ,被告白井がオーストラリアドルは85円付近まで上昇するのではないかと原告に伝えたこともあって,原告は,オーストラリアドル50枚の買いを建てた(甲9の1ないし5,27,乙2,10ないし13,原告本人,被告白井)。
エ 同月25日午前8時30分ころ,被告白井は原告に架電し,オーストラリアドルの価格が下がっていたので,被告白井から原告に対し,将来価格が上昇する見込みや私は買ってもいいと思うなどの話をした上で,買値の平均値を下げる難平を提案し,「あと600万円の枠があるから7口はなお可能である」などと申し向けたところ,原告は,郵便貯金から7口分である560万円を下ろし,午前11時ころ原告宅を訪問した被告白井に560万円を交付した。被告白井は,預かり証を交付することなく,自ら七十七銀行岩切支店に赴き,被告会社に振込をし,その後,原告宅で原告に振込書を渡し,この560万円でオーストラリアドル70枚の買いを建てた(甲10の1ないし6,27,乙2,12,23,被告白井,原告本人)。
オ 同月27日午前8時30分ころ,被告白井は,電話で原告に対し,オーストラリアドルの値が下がっていることを話し,「アラームが近づいている」などと告げ,74円台付近まで下がってもアラームがならないようにするため300万円くらい保険の意味で入金してはどうかともちかけた。被告白井は,原告宅に説明に赴き,アラームになったときの対処方法などを「予測が外れた場合の対処法」(乙12)を使って話した。
同月30日午前8時30分ころ,被告白井が電話で原告に対し,オーストラリアドルの価格が下がったことを告げると,原告は,入金はなるべくしたくないが,アラームもかかりたくないし,損もしたくないとして,同日,原告宅を訪問した被告白井に300万円を交付し,被告白井は,原告から交付された300万円を七十七銀行岩切支店より被告会社に振り込んだ。これによって,オーストラリアドルのアラームラインが74.78円から72.28円に下がった(甲11の1ないし4,27,乙2,12,14,原告本人,被告白井)。
カ 同年9月1日,被告白井は,電話で原告に対し,アラームには問題がないこと,値段に動きもないこと,スワップポイントが9万6220円貯まっている状況を報告し,翌2日,スワップポイント9万6220円の振込みがされた。
同日ころ,原告は,8月31日付残高照合通知書に対し,「貴社の営業マンを信用して始めたものですが,評価損益の大きさに驚き不安です。この後最良の方法を指導下さいますように願っております。」と回答した(甲12の2,乙2,原告本人,被告白井)。
キ 原告は,同年11月22日のアメリカドルの取引で手数料を含め148万円の損を出した(甲13,乙2,21,被告白井)。
ク 同年11月30日付残高照合通知書に対し,同年12月2日ころ,原告は,「8/24〜11/26期間における取引手数料合計が349万円となります。それに対して,利益は現時点でどのくらいあれば証券会社としてお客様に良いとお考えなのでしょうか?3か月にて月平均110万以上の手数料利益を貴社は得たと思います。貴社の会社方針というものをお聞かせ願いたいものです。私自身の取引きは貴社の言われるままに近く悲しいです。」と記載し,平成17年1月31日付残高照合通知書に対し,同年2月2日ころ,原告は,「回答書に証拠金率の算出方法の意味するところが知りたい」と記載し,被告会社に回答した(甲14の2,15,27)。
ケ 原告は,「外国為替証拠金取引のお取引についてのアンケート」(乙14)を平成16年10月14日付で被告会社に提出したが,当初,損益計算ができない,売りポジションの場合,スワップポイントの支払が生じることについて説明を聞き逃していたのではないか,アラームについて,理解していたつもりでも実際には理解できていなかったかもしれない,そんなに起こることではないという説明にそう思っていたのだと思うなどの回答を記載したので,平成17年1月7日,被告会社仙台支店内部管理責任者課長の緑川正夫(以下「緑川」という。)が原告宅を訪問し,緑川が原告に対し,原告が理解できていないとした上記各項目や上記手数料などについて改めて説明をし,理解できたという原告の訂正印を上記書面に押捺させて,改めて同日付で原告の署名押印を求め,原告はこれに署名押印した(乙14ないし17,原告本人,被告白井)。
コ 平成17年1月31日午後1時ころ,被告白井が原告宅を訪れ,アメリカドルの価格が下がっていたので,前年の11月に損切りした残りのアメリカドル50枚について両建とすることを協議し,原告の了承を得たが,原告から被告会社に両建の申出書が出されたのは同年3月4日であった(甲16,27,乙2,原告本人,被告白井)。
サ 原告は,平成16年9月29日からユーロについても被告会社との間で取引を開始していたが,平成17年3月に,被告白井からユーロが高値水準にあるので取引を広げてはどうかと提案され,同月11日,原告は,ユーロの売りを建てるため,投資可能額をそれまでの1000万円から2000万円に変更する旨の投資可能額変更申請書を被告会社に提出し,同日付でその承認を得た。原告は,同日,原告宅を訪れた被告白井に350万円を交付し,被告白井は,七十七銀行岩切支店に赴き,原告から交付を受けた350万円を被告会社に振り込んだ(甲19の1ないし5,27,乙2,18,19,原告本人,被告白井)。
シ 同月31日付残高照合通知書に対し,原告は,「3/25米ドル仕切時期を何度もせかされ(3/22にも電話あり)106.40でということで電話を切りましたが,その後連絡なく我々(私)には,106.40になったかどうかは確かめることが不可なので,連絡がないことは仕切はなかったものと思っておりました。ところが,3/29に売買計算書が届き仕切られていることがわかった次第です。3/27(日)のラジオから今週は105〜108を上下するという情報を得て,円安になって利益が出るものと思いました。この助言はプロという方々の適切な助言だったのかという点とまた仕切られた時点で連絡がなかったことは不快です。」と回答書に記載した(甲20)。
ス 同年6月7日には,被告会社仙台支店外国為替事業部店長である紫村昭哉(以下「紫村」という。)が原告に対し,電話で,アラームが約840万円発生したことを告げ,同日昼頃までにアラームとして706万6510円を入金すれば1円の損も出さずに維持することができるが,入金するのか損切りをするのかの回答を求めた。アラームの入金は同日午後5時が期限であったので,昼頃までに入金する必要があるという紫村の説明は虚偽であった。紫村は,その後,一部入金してそれに見合う分の枚数を決済する方法もあるが,入金がなければ140枚のうち60枚くらいは損切りしなくてはならないと話した。原告は,紫村の電話に対して,入金も損切りもしたくないという回答をしたために,紫村との間で口論となったが,結局原告は,500万円をアラームとして入金することにし,同日,被告会社に対して500万円を振込送金した(甲21,27,乙29ないし32の各2,証人紫村,原告本人)。
セ 被告会社は,同月7日に原告の担当を被告白井から被告会社仙台支店課長灰原和也(以下「灰原」という。)に代えた。
同年10月末日,受託業務管理規則が変更になり,灰原は,被告会社の内部管理責任者から取引継続確認書を提出しないと取引が継続できなくなる可能性があると言われ,原告に対し,その旨を伝えたが,原告からは書きたくないとして提出されなかった。
同年11月2日には,原告が灰原に電話し,取引をやめさせてくれないかと述べたが,灰原は今少しずつ良くなってきているので,増やす方向で考えていただきたいなどと回答してこれに応じなかった。
同月14日には,原告から取引を止めるにはどうしたらよいのか,どれくらい損が出るのかという質問があり,灰原からひととおりの説明をしたところ,原告は一晩考えさせて欲しいと述べ,翌15日,取引を止めることにするとの電話があったが,同日は決済せず,翌16日,原告及び原告代理人弁護士から灰原に電話があって,原告と被告会社の取引は終了した(甲27,33,34,乙3,証人灰原,原告本人)。
ソ 原告は,被告会社との間で,アメリカドル/日本円(平成16年11月12日から平成17年8月22日まで,手数料130万円,売買差損251万4000円),ユーロ/日本円(平成16年9月29日から平成17年8月9日まで,手数料297万5000円,売買差益417万3000円),オーストラリアドル/日本円(平成16年8月24日から平成17年11月16日まで,手数料411万円,売買差損194万9000円),英ポンド/日本円(平成16年10月20日から平成17年7月29日まで,手数料167万5000円,売買差益280万8500円),スイスフラン/日本円(平成17年9月6日から同月12日まで,手数料132万円,売買差益237万6000円),カナダドル/日本円(平成17年8月11日から同年11月2日まで,手数料124万円,売買差益217万8000円),ニュージーランドドル/日本円(平成17年10月14日から同年11月16日まで,手数料139万3500円,売買差益168万円)で,平成16年8月24日から平成17年11月16日までの全銘柄の取引の合計は,手数料1401万3500円,売買差益875万2500円,売買損益が526万1000円の損という結果であった(乙20)。
2 争点と当事者双方の主張
(1) 外国為替証拠金取引は,賭博,公序良俗違反であるか。
ア 原告
外国為替証拠金取引,とりわけ,インターバンクレート・銀行レートを参考にし,公の取引所を通じないで行われる外国為替証拠金取引は,① 業者が当事者が変動を予見し得ないインターバンクレートを参考にして定める為替レートの変動に伴う差金決済であるから,手数料及びスワップ金利徴収の実質的根拠がない公正性に疑問のある取引であること,② 外国為替市場に反映することを予定していない相対取引で,会社と顧客との間に構造的利害相反関係のある取引であること,③ 顧客の委託した証拠金の10倍ないし20倍の外国為替時価物取引が可能であり,取引通貨の最小取引通貨単位は,各通貨の1万倍とされていることから,総額が多額に上る極めてハイリスク,ハイリターンの商品であること,④ 証拠金による取引であり,ロールオーバーが原則であって,実際は,反対売買による差金決済による財産的取引を目的としている取引であること,短期間の間に委託証拠金に比して相当高額の損益が生ずる可能性が高い射倖性の高いものであること,⑤ 現実に外国為替の受渡決済は予定されていないことなどから,顧客と会社が相互に財産上の利益を賭け,偶然の勝敗によってその特質を決めるもので,賭博の構成要件に該当し,公序良俗に違反する違法行為に該当する。
これを被告会社の取引でみると,被告会社の取引は,インターバンクレート・銀行レートを参考にし,公の取引所を通じないで行われる外国為替証拠金取引であること,外国通貨の売買取引の総取引金額に対し定める一定の証拠金を担保として行われる取引であること,顧客の指示により反対売買による差金決済を行う外国為替証拠金取引であること,被告会社がインターバンク市場を参考にして定めるレートに基づいて取引がなされること,物理的取引所が存在しない相対取引であること,投資元本の約10パーセントの証拠金での取引が可能であること,レバレッジ効果により,短期間の間に委託証拠金に比して相当高額の損益が生じる可能性が高いものであることが認められ,被告会社の取引において,現実の外国為替の受渡決済は想定されていないから,本件取引は,賭博の構成要件に該当し,公序良俗に反する違法行為である。なお,被告らは,カバー取引の具体的内容等,具体的違法性阻却事由を明らかにしておらず被告らが主張する取引の正当性は存しない。
イ 被告ら
(ア) 外国為替証拠金取引は,各インターバンク市場に参加している金融機関等が直接発信している外国為替の取引価格またはここから情報を得ている通信社等(時事通信社,ロイター,ブルームバーグ等)が発信している外国為替の取引価格をもとに,同取引を業とする会社が提示した価格に基づき,顧客がその会社との間で,相対で証拠金取引により行う外国為替の売買取引である(プリンシパル型)。
顧客は,反対売買による外国為替取引をして,差金の授受による精算を目的としている。外国為替証拠金取引は,差金決済取引ができることが一つの特徴である。また,差金決済取引をして差金を確定させるまでの間,通貨国の金利差に基づくスワップポイントを発生させて,取引当事者間でその授受を行っている。
したがって,外国為替証拠金取引は,為替を原資産とする金融派生商品(デリバティブ取引)の1つであり,外国為替の価格の変動を利用して,差金決済による差損益金の発生及びスワップポイントの授受を目的として行う経済的取引行為である。
香港,ヨーロッパ,アメリカなどの海外では,古くから証拠金を担保にレバレッジを効かせた外国為替取引が行われていた。日本でも平成10年の外国為替及び外国貿易法の改正で,国内での外国為替業務が自由化され,それまで制限されていた外国為替の取引を一般人も自由に行えるようになって,同年8月,外国為替証拠金取引を開始した会社があり,その後,証券会社を始めとして多くの会社が外国為替証拠金取引を対面取引やネット取引で取り扱うようになり,多数の一般人が取引を行うようになった。
外国為替証拠金取引自体は,金融デリバティブ取引として既に認知されており,取引する一般人は増加している。一般人の行う利殖行為として,経済的意義を有する経済的取引として捉えられるものであって,賭博行為として捉えるべきものでは決してない。
被告会社は証券会社であるところ,証券会社については金融庁が,外国為替証拠金取引を証券取引法34条2項5号に該当する取引として,証券会社の兼業業務として認めたことから,被告会社は,平成15年12月15日に同条項の届出を行った。被告会社が実際に外貨オープン取引の業務を開始していたのは平成13年3月からであり,届出が平成15年12月15日になされた。
被告会社の行っている外国為替証拠金取引は,証券会社としての法令に基づく取引であって,賭博行為の議論の対象となるべきものではない。
(イ) カバー取引をしていること
顧客が被告会社との間で行う外国為替証拠金取引は相対取引である。相対取引であること自体は,金融先物取引所が行う取引所為替証拠金取引も相対取引であるように,法的に問題となるような取引形態ではない。
相対取引は,顧客の利益が被告の損失,顧客の損失が被告の利益となるから,対面で被告会社からの勧誘による取引の場合には,不明朗さと被告会社の信用リスクの回避が必要である。
被告会社は,顧客からの注文と同内容で,カウンターパーティとの間で相対でカバー取引をすることによりヘッジをしている。顧客の利益は被告会社の損失であるが,カバー先との間では利益となっており,顧客の損失は被告会社の利益であるが,カバー先との間では被告会社は損失となっているので,実質的には,顧客と被告会社間は利益相反関係にない。その結果,被告会社から顧客に対する取引勧誘行為について,被告会社は,透明性を確保している。本件についても,被告会社は,原告との取引について,カバー取引をしており,原告と被告会社間には実質的に利益相反関係はない。
(2) 適合性原則違反
ア 原告
外国為替証拠金取引は,仮に公の取引所を通してなされるとしても,少額の委託証拠金で数百ないし数千倍もの取引を行うことが可能になる取引であり,わずかな値動きで多額の損失が生じるというきわめて投機性が高い賭博類似行為,かつ,複雑難解な仕組みであることから,顧客,とりわけ初心者や年金生活者等の保護のため,不適格者の勧誘は禁止される。
被告会社は,有職者であることを対象者の要件としているにもかかわらず,電話勧誘をしていた赤木は認識しておらず,無職と回答した原告に電話勧誘を継続した。被告らは,当初から,原告には株取引はじめ投機的取引の経験がないこと,原告の資金は,勤労によって貯めた金員を原資とするもので,老後の生活費の目的・使途であったことなどを把握し,原告が外国為替証拠金取引を行う主体として不適格者であることを十分熟知していたにもかかわらず,あえて原告を本件取引に引き込んだ。
イ 被告ら
原告が不適格者であることは否認する。適合性の原則とは,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適合と認められる勧誘を行ってはならないことを指すが,原告は,平成16年8月10日,赤木から外国為替証拠金取引の特色,仕組み,リスク等の説明及び勧誘を受けた後,同月24日,被告白井から原告の自宅において委託のガイドに基づき2時間ほど外国為替証拠金取引の仕組み,リスク,スワップポイント等の説明を受け,口座開設申込書のとおり答えて署名押印している。また,被告会社の管理担当者である青山大雄は,直接原告に電話して,予測が外れた場合の対処方法,元本保証がないこと,売買単位と取引証拠金の計算方法,取引の結果については損も利益も自己責任であることを確認している。
原告は,受託契約当時57歳,塾の経営者であるが,元教師であり,外貨取引も本件外国為替証拠金取引と同時に行っている有資産家である。不動産経営も行っている。本件取引で得た利益で旅行に行ったり買い物をしたりする余裕もある。マンションを他人に貸して利益を得ているところから,契約の重要性,重要事項説明の重要性(自己責任原則)及び署名押印の重大性については人一倍理解があるといえる。
適合性の原則違反が不法行為であるというためには,明らかに過大な危険を伴う取引であること,積極的に勧誘すること,著しく逸脱することという要件が必要であるが,本件取引はこの原則違反には当たらない。
(3) 虚偽説明・説明義務違反
ア 原告
外国為替証拠金取引は,難解複雑であり危険性の極めて高い取引であるから,委託者は,専門家たる外務員から外国為替証拠金取引の仕組み・危険性などを十分に説明され,正確な情報を与えられなければ,外国為替証拠金取引の仕組み・危険性を理解することができず,不測の多大な損害を被りかねない。
外国為替証拠金取引の外務員は,委託者保護のために,正確な情報に基づき十分な説明を行わなければならない。特に,インターバンクレート・銀行レートを参考にし,公の取引所を通じないで行われる外国為替証拠金取引は,賭博行為に該当するのであるから,外務員は具体的かつ正確に説明を十分行わなければならない。
被告会社の外務員には,外国為替証拠金取引委託仲介契約に基づく当然の義務として説明義務が課され,虚偽説明が禁止されている。
被告会社外務員らの原告に対する虚偽説明は以下のとおりである。
赤木は,電話勧誘の際,「銀行より良い商品がある」などと述べるのみで,元本保証についての説明をしておらず,被告白井は,原告に対し,「銀行に預けるより有利です」「危険性はない」「大丈夫です」などと述べ,元本保証についての説明をしていないし,契約時にもアラームは起こることはないと虚偽の説明をしている。
同月23日,被告白井は原告に対し,「一口80万円で1日8000円の利益が出る」「今は銀行金利が安いから,普通預金や定期よりずっと得です」と述べた。
同月24日,被告白井は原告に対し,「アラームが鳴ることはあり得ない」「元本を失うことはない」などと述べた。
同日,被告白井は原告に対し,日本の金利と外国の金利差からスワップポイントという大きな利益を取得できると述べた。
同日,被告白井は原告に対し,本件取引を外国為替の売買を行う取引であるように述べた。
また,被告会社は,原告から,残高照合通知書に対し,被告会社の方針,証拠金率の算出方法の意味するところを知りたいと申し入れたのに何らの返答をせず,平成17年8月31日付残高照合通知書に対して説明を求めたのに,被告会社の担当者は,原告が理解できるような説明をしなかった。
同年6月7日,紫村は,アラーム発生日の午後5時までに入金がなければ自動決済になるところを,お昼までに入金がなければ自動決済になるなど虚偽の説明をし,虚偽説明に基づく入金の要請を短時間の内に繰り返しなした。原告は,紫村の虚偽説明に応じて500万円を入金した。
イ 被告ら
被告白井を始め,被告会社の外務員らが虚偽説明を行ったという証拠は全くない。
外国為替証拠金取引が難解,複雑な取引であることは否認する。国民が金融自由化,規制緩和の潮流の中で,銀行等しか行えなかった外国為替証拠金取引を安い手数料で参加できるようになったもので,決して難解ではない。そのもとになるのは毎日の為替レートであり,国民誰もが知らないはずはない。相場の値動きの読みは難しいが,取引自体は難解ではない。
原告が被告会社に残高照合通知書に対する説明を申し入れたことは認めるが,被告会社はそれに対して回答している。原告が被告会社の回答を受けないままで取引を継続するほど原告は軽率ではない。
(4) 断定的利益判断の提供
ア 原告
外国為替証拠金取引は,複雑難解であるがゆえ,仮に公の取引所を通してなされるとしても,顧客が相場の推移及びその判断材料を予測ないし入手し判断することすら困難であるから,専門業者またはその外務員が断定的利益判断の提供をするときは,それが相当な根拠をもつものと誤信して,盲従する危険性が極めて高く,顧客が甘言に乗せられて誘導され,次々に金員を出させられ,多額の損失を被る危険性が極めて高い。
被告会社の外務員らは,原告に対し,平成16年8月19日ころから平成17年11月15日までの間,断定的利益判断の提供を重ねた。
イ 被告ら
断定的利益判断の提供が許されないものであることは理解できるが,断定的利益判断の提供によって個々の取引が違法となるのは,その判断の提供によって,当該顧客が錯誤に陥り,取引の注文をなすことであって,一つの参考資料としてあるべき事実を述べたに過ぎない場合は取引上の違法を惹起しない。
被告白井ほか被告会社の外務員らは,「絶対にもうかる」「元本は保証する」など言っていない。原告は外国為替証拠金取引が元本保証のないリスク商品であることを認識して本件取引を始めていた。原告が被告会社に対し「絶対もうかる」と言ったではないかと苦情を述べたことは一度もない。
(5) 手仕舞義務違反
ア 原告
外務員の善管注意義務・誠実公正義務からは,委託者の指示に従うのは当然である。仕切拒否,仕切回避は,委託者にさらなる手数料の提出をさせ,委託者の損害を増大させるから,委託者が仕切を指示しているのにこれに従わないのは違法である。
被告会社の外務員らは,平成16年9月29日から同年11月22日にかけて仕切を回避させ,同月24日ころ,平成17年1月7日,同年7月から同年11月までの間,それぞれ仕切を拒否し,同年11月には,2日,14日,15日,16日のいずれも仕切を拒否し,同日,原告代理人弁護士からの手仕舞要求によって本件取引は終了するに至った。
被告会社外務員らの上記一連の行為は,社会通念上許容された域をはるかに超えた重大な違法行為であり,詐欺行為や背任行為に該当し,一体として詐欺的不法行為を構成する。
イ 被告ら
委託者(顧客)が仕切を指示しているのに,これに従わないことが違法であることは認める。
原告は,自分の思っていること,不安,不満はすべて被告会社の外務員に述べ,残高照合通知書に対する各回答書に文章で記載しているが,それには仕切るとは一言も記載していない。原告提出の平成17年3月31日の残高照合通知書の顧客記載欄には何度もアメリカドルの仕切時期をせかされたとあり,原告に仕切る意思はないのに被告会社から仕切をせかされたと読める。同年6月7日に紫村から仕切るか追証を入れるかどちらかにして欲しいと質問されたのに,原告は仕切る意思がないことを明確に述べている。同年11月2日の灰原に対する電話でも明確に仕切るとの意思を表示していないし,その後,同月14日に至るまで仕切の意思表示をしていない。同月2日の意思表示が仕切の意思表示であったとしてもそのこと故に原告が被った損害については主張立証されていない。
残高照合通知書の回答書の文面は,原告が取引経過をきちんと把握しており,なおかつ,損が発生しているので,取引をやめる意思が全くなかったことへの証拠である。
(6) 消費者契約法違反
ア 原告
上記被告らの行為は,消費者契約法の不実告知,断定的利益判断の提供,威迫困惑行為に該当し,それ自体取り消されるものである。被告らは,詐言を用いて原告を勧誘し,取引名下に多額の金員を詐取したもので,消費者契約法に違反する重大な違法行為である。
イ 被告ら
原告の主張する不実告知,断定的判断の提供,威迫,困惑行為はない。
(7) 損害
ア 原告
原告は,平成16年8月24日,400万円,同年8月25日,560万円,同月30日,300万円,平成17年3月11日,350万円,同年6月7日,500万円の合計2110万円を入金し,平成17年11月16日の取引終了により,同月17日に被告会社から1574万8084円の返還を受けたから,残額535万1916円が原告の被った積極損害である。
原告は,勤勉な労働によって蓄えてきた金員を根こそぎ奪われるなどの精神的苦痛を被った。この苦痛を慰謝するには200万円を下らない賠償が必要である。
本件のごとき特殊な事案には弁護士が不可欠であり,原告は,原告代理人らに着手金56万5000円,報酬金113万円の合計169万5000円を支払うことを約した。
イ 被告ら
原告の主張する損害はすべて否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点に対する判断
(1) 外国為替証拠金取引について
ア 外国為替証拠金取引は,平成10年の外国為替及び外国貿易法の改正による外国為替取引の自由化を契機に,それまで制限されていた外国為替取引を一般人も自由に行えるようになって扱われるようになった取引で,約定元本の一定率の証拠金を取扱業者に預託し,差金決済(現物の授受を行わず反対売買による差額の授受により決済を行うもの)による外国為替の売買を行う取引である(甲5)。
被告会社が原告に交付したパンフレット(甲1),被告会社の開設したホームページ(甲2)によれば,外国為替証拠金取引の取引要綱として,取引形態は相対取引(外国為替市場で取引を行っている銀行から提示されたレートに基づいて被告会社が独自に定めたレートで取引するため,顧客がテレビや新聞で知る為替レートと実際の取引レートは異なる場合がある。)であること,取引通貨はアメリカドル/日本円,ユーロ/日本円,オーストラリアドル/日本円,英ポンド/日本円,スイスフラン/日本円,であること,売買取引単位(1枚)は,それぞれの取引通貨について1万通貨単位であること,倍率は1万倍であり,1円の値動きで1万円の損益となること,値幅制限がないので急激な相場変動等によって思わぬ損失を被る場合があること,新規売買取引をしたときと反対売買の仕切取引を行ったときにそれぞれ取引金額に応じた取引手数料が証拠金から差し引かれること,決済期限の最長は6か月(ロールオーバー方式)であること,総取引額に比べ約10パーセントの証拠金で取引を行うことができる(1アメリカドルが110円の時に1万アメリカドルの取引をする際の例として,8万円の保証金を預託すれば110万円の取引が可能であることが挙げられている。)こと,売買を行う2種類の通貨の金利差相当額についてスワップポイントが発生し,高金利通貨を買い,低金利通貨を売ればスワップポイントを受け取ることができるが,逆の場合にはスワップポイントを支払わなければならないことなどが記載されている。また,受渡決済についても記載されているが,受渡は100枚単位であり,別途受渡手数料と振込手数料がかかることが記載されていて,被告白井は,本人尋問において,受渡決済を経験したことはないと述べている。また,被告白井は,本人尋問において,本件取引のレートをUBSのレートで決めていると述べるが,客観的な証拠はなく,直ちに採用することができない。
イ 平成16年2月4日に改訂された金融庁の「いわゆる外国為替証拠金取引について(取引者への注意喚起等)」という文書(甲5)には,外国為替証拠金取引がこれまでにない新しい取引であり,その内容,仕組みが難しく,取引による損益は,為替相場の価格変動等により発生するものであるから,外国為替相場等の知識・理解が十分でなく,また,こうした取引の経験がない者にとっては非常にリスクの高い取引であって,一般的には不向きであるとの記載がある。
本件の外国為替証拠金取引は,相対取引であって,物理的な取引所は存在せず,被告会社が外国為替市場におけるインターバンクレートを参考にして一方的にレートを定める取引であり,被告会社がどのようにそのレートを定めていたかの基準について客観的な証拠がないことは上記認定のとおりである。
被告会社の定める為替レートの変動は,本件取引とは無関係の偶然の事情によって変動するものであり,証拠金の約10倍の取引をすることができることと,値幅制限がないことを考えると,本件取引は,顧客が預託した証拠金に比して高額の損益を生ずる取引であって,著しく射倖性が高い取引であるということができる。
また,外国為替証拠金取引には,相場変動リスク,金利変動リスク,流動性リスク,業者の信用性リスク等の種々のリスクがある(甲5)。
被告らは,本件取引が相対取引で,顧客と被告会社の間を考えると,顧客の利益は被告会社の損失であり,顧客の損失は被告会社の利益となるが被告会社が,顧客からの注文と同内容でカウンターパーティとの間で相対でカバー取引をすることによりヘッジ(危険回避)をしているから顧客と被告会社間に利益相反関係はないと主張するものの,カバー先を明らかにしたり,その取引の具体的内容を開示したりする必要はないと主張し,これを何ら立証しない。
ウ 上記の事実を総合して考えると,本件の外国為替証拠金取引は,為替取引の裏付けがない差金決済取引であり,インターバンクレートを参考にすると言うものの,その基準自体明確ではなく,被告会社が一方的に定め,かつ,予測することのできない為替レートの変動によって,証拠金の約10倍という高額の損益が生じるという著しく射倖性が高い取引である。
被告会社は,外国為替証拠金取引は,証券会社としての法令に基づく取引であって,賭博行為の議論の対象となるべきものではないと主張するが,外国為替証拠金取引が証券取引法34条2項5号に該当する取引として,証券会社の兼業業務として認められていることから直ちに本件取引が適法であるということにはならない。
被告らは,外国為替証拠金取引が一般人の行う利殖行為として,経済的意義を有する経済的取引として捉えられるものであると主張するが,乙5ないし7で大手の証券会社が外国為替証拠金取引を取り扱っていることを立証するものの,取引の経済的合理性等については何ら立証をしない。乙5には,カバー取引先を明示し,顧客から預かった証拠金の預託先も明示した記載があるが,被告会社は,これについても明示の必要性がないとして,何ら明らかにしない。
本件取引が経済的合理性を有する取引であったことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,本件取引は,顧客である原告と被告会社間の賭博性を有する取引であるといわざるを得ず,公序良俗に違反する取引であるということができる。
(2) 被告白井について
原告は,被告白井の詐欺的不法行為を主張するが,上記第2の1(4)記載のとおり,原告を本件取引に勧誘する際に,被告白井は,外貨預金との比較で外国為替証拠金取引の説明をしたり,原告が利益を得る場面を中心に勧誘するなど,本件取引が難解なものではなく,得られる利益が大きいことを重点において話しをしているものの,原告が被告白井から説明を受けた資料である甲1,乙10ないし12には本件取引のリスクについての説明がしてあり,被告白井が被告会社の従業員で被告会社の履行補助者であることや,上記第2の1(1)で認定した原告の経歴,能力,上記第2の1(4)で認定した本件取引の経過などを考慮すると,被告白井が顧客に対するセールストークとして上記のような話し方をしたとしても,原告を欺罔する意思があったとか,原告が被告白井に欺罔されたとは認めることはできないから,被告白井に原告が主張するような詐欺的不法行為が成立するということはできない。
原告の被告白井に対する請求には理由がない。
(3) 慰謝料について
ア 本件取引の経過は上記第2の1(4)記載のとおりであるが,上記認定の原告の経歴,能力からすれば,原告は,被告会社の担当者らから,本件取引が大きな利益を生むことができると言われる一方で,予測が外れた場合には損失を被る危険性が大きい取引であることの説明を受けているのであるから,利益を得ることができる点を強調する被告白井らの説明があったとしても,本件取引のリスクの面についてもこれを十分理解できたと考えられるところ,1年3か月の間,総額で2110万円にも及ぶ資金を投下して取引を行い,取引の開始から約7か月後の平成17年3月には取引可能限度額を2倍に拡大をするなど,自己資産の運用を考えて積極的に利益を獲得しようと本件取引に関与したということができる。
本件取引が無効あるいは不法行為になることによって,原告は,被告会社に入金した2110万円と被告会社から返還を受けた1574万8084円の差額である535万1916円を受け取ることができることになるのであり,本件取引における原告の積極的な関与を考慮すると,本件取引によって被った損失の回復を超えて原告に精神的損害が発生したことを認めることはできない。
イ 平成17年6月7日に紫村が原告にアラームとして500万円を入金させた際に,入金の期限が午後5時までのところを昼までには入金する必要があるなど虚偽の説明をしたことは上記認定のとおりであるが,原告は,当日,紫村のアラームの入金と損切りの選択を迫る電話に対して,当初その双方を拒否しており,結局,紫村との電話によるやりとりの中で,損切りとアラーム入金の選択の中から,損切りを嫌ってアラームとして500万円を入金することを承諾し,被告会社との取引を継続したのであるから,紫村の違法行為と500万円の入金との間に直ちに相当因果関係があるということはできず,紫村の虚偽説明に対する精神的苦痛に対する慰謝料を認めるのは相当ではない。
2 結論
そうすると,被告会社は,原告との外国為替証拠金取引が,賭博性を有する取引で,公序良俗に違反する取引であるということを知っていたか,容易にこれを知り得たのに原告を本件取引に勧誘し,契約を締結させたのであるから,本件取引は,原告に対する不法行為であるということができ,原告が本件取引によって被った損失である535万1916円を賠償すべき責任がある。
原告が原告訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起及び遂行を委任したことは明らかであり,本件事案の難易,認容額等諸般の事情を考慮し,弁護士費用として60万円を相当と認める。
原告の被告らに対する請求は,主文の限度で理由がある。
(裁判官 小野洋一)