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仙台地方裁判所 平成18年(ワ)797号 判決 2009年2月26日

原告

シャロン・アブラハムことSHARON ABRAHAM

同訴訟代理人弁護士

石田憲司

被告

甲野春子ことシャロン春子

(登記簿上の氏名)

シャロン春子

同訴訟代理人弁護士

小島妙子

井野場晴子

草場裕之

松井恵

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の各不動産について,財産分与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(2)被告は,原告に対し,2000万円及びこれに対する平成18年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)訴訟費用は,被告の負担とする。

(4)第2項につき仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)原告の請求をいずれも棄却する。

(2)訴訟費用は,原告の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,原告が,被告に対し,財産分与の合意に基づき,別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)について所有権移転登記手続を求めるとともに,慰謝料等の支払約束に基づき,2000万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成18年7月28日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実

(1)原告(国籍イスラエル,1968年(昭和43年)4月*日生)と被告(国籍日本,昭和49年7月*日生)は,平成6年9月29日に婚姻し,長男夏男(平成10年7月*日生),長女秋子(平成13年3月*日生)及び二男冬男(平成15年3月*日生)の3人の子をもうけたが,平成17年8月18日,上記子供らの親権者を父である原告と定めた上で協議離婚した(以下「本件離婚」という。甲1,2,6)。

(2)本件不動産のうち,別件物件目録記載1及び2の土地(以下「本件土地」という。)には,いずれも平成12年4月20日付け売買を原因とする被告名義の所有権移転登記が,同目録記載3の建物(以下「本件建物」という。)には,平成13年6月22日付けの被告名義の所有権保存登記がなされている(甲3ないし5)。

(3)平成17年8月24日付けで,被告の署名・押印のある下記文書(以下「本件財産分与合意書」という。)が存在する(甲7)。

「私,甲野春子は SHARON ABRAHAMに 夏男・秋子・冬男の子供3人を渡し 頼み お願いします。

又,居宅が売れた金額を全て,売れた時点で SHARON ABRAHAMにお渡しします。

私甲野春子が浮気した事で 家族を崩壊し 別の国で暮すことになるので 自分のした事に対して責任を取ります。

下記の不動産について,この権利を SHARON ABRAHAMにお渡し致します。

<土地>

宮城県仙台市青葉区<以下略>(743.73㎡)

宮城県仙台市青葉区<以下略>(660.78㎡)

<建物>

宮城県仙台市青葉区<以下略>

居宅 194.18㎡」

(4)平成18年2月8日付けで,被告の署名・押印のある下記文書(以下「本件慰謝料等支払約束書」という。)が存在する(甲8)。   記

「私は おととしの12月からウソをつき始めました。

昨年の3月から7月にかけて二人の男性と浮気をし,

家族にウソをついて,なおかつ 家族を捨てようとしました。

浮気をしたのはもちろんのこと,長い間ウソをついてきたことにより,ABRAHAMと子供たちへの計り知れない精心的なダメージを与え苦しめ,家族を崩壊し,ABRAHAMの経営する会社へも大きな損害をもたらしました。

私はその責任として,金二千万円を 10日以内にお支払い致します。」

3  争点

(1)原告の主張

ア 本件不動産の移転登記手続請求(下記(ア)又は(イ)の選択的請求原因)

(ア)原告の所有権の取得

a 原告は,平成11年4月28日,訴外乙山太郎(以下「乙山」という。)から,本件土地を代金700万円で買い受けた(以下「本件土地売買契約」という。)。ただし,当時,原告は日本国籍を有していなかったため,妻である被告の名義で本件土地売買契約の契約書を作成し,被告名義で所有権移転登記をした。

b 本件土地の代金700万円のうち,70万円は,平成11年4月28日,原告が現金で支払い,残りの630万円は,平成12年4月27日,原告が当時経営していた会社である「グッピー」名義の預金口座(ただし,グッピーは当時まだ会社として成立していなかったので,実質は原告の預金口座であった。)から引き出し,乙山名義の預金口座に振り込む方法で支払った。

c 原告は,平成12年11月8日,被告の親戚が経営する訴外有限会社丙川工務店(以下「丙川工務店」という。)との間で,本件建物の建築請負契約を代金3800万円で締結した(以下「本件建物請負契約」という。)。そして,本件建物は,平成13年6月ころ完成し,そのころ,原告一家は本件建物に引っ越し,現在も原告と3人の子供達は本件建物に居住している。ただし,本件建物請負契約も,原告が日本国籍を有していなかったため,妻である被告の名義で契約書を作成し,被告名義で本件建物の所有権保存登記をした。

d 本件建物請負契約の代金のうち,2117万2180円は,平成12年12月18日から平成13年3月13日まで,4回に分けて支払った。原告は,その際,被告の預金口座に原告の資金から代金を入金し,被告の預金口座から丙川工務店の預金口座に振り込む方法で支払った。請負残代金は,平成13年7月3日,被告の名義で,住宅金融公庫から借り入れて支払った。この住宅ローン(毎月約16万円)の支払は,借入当初から平成18年1月分までは,グッピー名義の預金口座から一旦被告名義の預金口座に入金し,同口座から毎月自動振替の方法で支払ってきた。そして,平成18年2月分からは,原告が父からの送金の中から15万~16万円を被告名義の預金口座に入金し,同口座から自動振替の方法で返済を続けている。

e 以上のように,本件土地売買契約及び本件建物請負契約の実質的当事者は原告であり,その代金もすべて原告が支払ってきたから,原告は,本件土地及び本件建物の所有権を原始的に取得した。

f よって,原告は,被告に対し,本件不動産の所有権に基づき,本件不動産について,所有権移転登記手続をすることを求める。

(イ)財産分与の合意

a 原告と被告は,本件離婚の原因が被告の不貞にあったことから,協議の結果,平成17年8月24日,被告が被告名義の本件不動産を離婚に伴う財産分与として原告に譲渡することを合意した(以下「本件財産分与」という。)。

b よって,原告は,被告に対し,本件財産分与に基づき,本件不動産について,本件財産分与を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

イ 慰謝料等の請求

(ア)原告と被告は,本件離婚の原因が被告の不貞にあったことから,協議の結果,平成18年2月8日,被告が原告に対し,原告の精神的被害及び原告の経営する事業の損害として2000万円を10日以内に支払うことを約束した(以下「本件慰謝料等支払約束」という。)。

(イ)よって,原告は,被告に対し,本件慰謝料等支払約束に基づき,2000万円及びこれに対する支払期限経過後(本訴状送達の日の翌日)である平成18年7月28日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)被告の主張

ア 本件不動産の移転登記手続請求について

(ア)原告が,平成11年4月28日,乙山から,本件土地を代金700万円で買い受けた事実(本件土地売買契約)は否認する。原告は,被告が永住権を取得するための書類を用意しているにもかかわらず,本件土地を購入する段になっても永住権を取ろうとせず,このため本件土地の売買契約の当事者となることができなかった。そのため,被告が本件土地の売買契約の当事者となって本件土地を購入したものであり,本件土地の所有者は,実質的にも被告である。

グッピーは,原告と被告の共同経営であり,その収益は実質的に原告と被告の共有であるから,本件土地の購入代金は原告の固有財産から出捐されたものではない。

(イ)原告が,平成12年11月8日,丙川工務店との間で,本件建物の建築請負契約を代金3800万円で締結した事実(本件建物請負契約)は否認する。原告は,被告が永住権を取得するための書類を用意しているにもかかわらず,本件建物を建築する段になっても永住権を取ろうとせず,このため本件建物の請負契約の当事者となることができなかった。そのため,被告が本件建物の請負契約の当事者となって本件建物を建築したものであり,本件建物の所有者は,実質的にも被告である。グッピーは,原告と被告の共同経営であり,その収益は実質的に原告と被告の共有であるから,本件建物の建築代金は原告の固有財産から出捐されたものではない。

(ウ)本件財産分与合意書は,後記ウのとおり,原告が,被告に対し,度重なる暴力を振るった上で作成させたものであり,被告は,原告の暴力により完全に意思の自由を失った状態で作成したものであるから,本件財産分与は当然に無効である。

仮に,有効であるとしても,本件財産分与は強迫による意思表示であるから,被告は,原告に対し,平成18年8月24日の本訴第1回口頭弁論期日において,本件財産分与を取り消す旨の意思表示をした。

イ 慰謝料等の請求について

(ア)本件慰謝料等支払約束書は,後記ウのとおり,原告が,被告に対し,度重なる暴力を振るった上で作成させたものであり,被告は,原告の暴力により完全に意思の自由を失った状態で作成したものであるから,本件慰謝料等支払約束は当然に無効である。

(イ)仮に,有効であるとしても,本件慰謝料等支払約束は強迫による意思表示であるから,被告は,原告に対し,平成18年8月24日の本訴第1回口頭弁論期日において,本件慰謝料等支払約束を取り消す旨の意思表示をした。

ウ 本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書の作成経緯について

(ア)原告は,自分の不貞行為等については,全く顧みることなく,何事に付けても被告を責める態度に終始し,被告の不貞行為が判明すると,被告に対する暴力を繰り返し,離婚届提出後も被告との同居生活を継続しながら被告に対する暴力を繰り返し,被告を自己のコントロール下に置いた上で,被告をして本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書を作成させたものである。

(イ)原告は,平成17年中ごろ以降,被告に対して激しい暴力を頻繁に振るうようになり,原告と被告間ではもはや対等な立場で冷静な話し合いができる状態ではなくなっており,離婚及び離婚に伴う財産分与,慰謝料の協議などが原告と被告との間でなされたことは一切ない。原告は,被告に対して激しい暴力を振るい,被告を畏怖させ,自分の言うとおりに書面を作成するよう命じて書面を作成させたのであり,このような経緯でなされた被告の意思表示は当然無効というべきである。仮に,当然無効でないとしても,被告の意思表示は原告の強迫によるものであるから,取り消し得べきものである。

(3)被告の主張に対する原告の反論

ア 原告が,被告に対してたびたび暴力を振るったという事実はない。唯一,原告が被告に対して暴力を振るったのは,平成17年7月下旬ころ,被告が一番下の子供を車の前の座席に座らせたまま,後部座席で不倫相手とカーセックスをしていた事実を知ったとき,被告の顔を平手で殴ったことがあるだけである。

イ 本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書を作成したときも,原告が被告に対して暴力を振るった事実はない。これらの書面は,二人の冷静な話し合いの結果作成されたものである。したがって,上記書面においてなされた被告の意思表示はいずれも有効であるし,取消原因も存在しない。

第3  当裁判所の判断

1  本件不動産の所有権の取得経緯について

(1)原告は,本件土地売買契約及び本件建物請負契約の実質的当事者は原告であり,その代金もすべて原告が支払ってきたから,原告は,本件土地及び本件建物の所有権を原始的に取得したと主張するが,当裁判所は,上記主張事実を認めるには足りないと判断する。その理由は以下のとおりである。

ア 原告はイスラエル国籍を有する者である(前提事実)が,本件土地売買契約及び本件建物請負契約の締結当時,日本の永住権を取得すれば,金融機関からその取得代金の融資を得ることは可能であったにもかかわらず,これをせず(原告が永住資格を取得したのは平成16年12月28日である。甲6),いずれの契約についても,妻である被告の名義で契約書が作成され,被告名義で所有権移転登記がなされ,本件建物の所有権保存登記がなされた。後記2のとおり,上記各契約締結当時,原告と被告との間の夫婦関係は円満に推移しており,原告が,日本国籍を有する被告に本件不動産を実質的に取得させる意思であったことは十分に考えられるところである。

イ 後記2のとおり,本件不動産の取得代金の大部分の出捐原資となっていたグッピー(アクセサリー小売業)は,その代表者は原告ではあったものの,妻である被告も実質的に関与し,実質的には原告と被告との共同経営と見るのが相当であるから,本件不動産の取得の対価という観点から見ても,これを原告の単独所有と見るべき合理的根拠はないというべきである。

ウ 前記前提事実及び後記2のとおり,原告は,平成17年8月24日,被告に命じて,本件不動産の所有権が被告に帰属していることを前提とする本件財産分与合意書(甲7)を作成させており,この時点においては,原告自身も,本件不動産の所有権が被告に帰属していたことを認めていたと推認するのが合理的である。

(2)したがって,原告が本件不動産の所有権を原始的に取得したとする原告の主張は採用できない。

2  本件財産分与及び本件慰謝料等支払約束の効力如何について

(1)前記前提事実に証拠(<証拠等略>)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書の作成経緯について,以下の事実が認められ,この認定に反する原告本人の陳述(甲18,36,39,44,49)及び供述は採用することができず,他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

ア 原告と被告は,平成5年12月ころ,被告が,仙台市青葉区クリスロードでアクセサリー販売の露天商をしていた原告の店に客として立ち寄ったことをきっかけに交際するようになった。平成6年3月ころ,原告から被告に結婚の申し込みがあった。被告は,当時19歳で,白百合短大に在学しており,まだ結婚は早いと考えていたが,原告が結婚できないなら別れると言い出したため,被告は,20歳になったら結婚すると話した。同年5月ころ,被告は,原告を両親に紹介し,結婚したい旨を伝えたが,被告の両親は,原告がきちんとした職についていないため,原告との結婚に反対し,その場で大喧嘩となった。被告は,同年6月,家出をし,仙台市太白区向山のアパートで原告と同棲を始め,同年9月29日,被告は両親の承諾を得ることなく入籍した。

イ 平成7年3月,被告は短大を卒業し,同年6月,被告は,原告とともにシルバーアクセサリーの卸業を始めた。平成8年8月ころ,原告と被告は,仙台市青葉区中央二丁目にテナントを借り,シルバーアクセサリーの小売業を始めた。

ウ 平成9年1月ころ,原告は,店の客である女性と親しくなり,男女関係を持つようになり,家に帰らない日が続いた。被告は,原告を失いたくないという気持ちから,何事も原告の言うとおりにするように努め,自分の意見を言わないようになった。被告は,このことのショックのため,体重がかなり落ちてしまった。同年4月ころ,被告が上記女性に対し,夫を愛しているからあなたにとられたくない旨を伝えたところ,ようやく原告は家に帰ってくるようになった。

エ 平成9年12月ころ,原告は,仙台市青葉区本町に新店舗をオープンさせた。平成10年4月ころ,原告は,女性スタッフとともに店の内装をするため,毎晩午前2時,3時ころに帰宅するようになった。同年6月ころ,内装を手伝っていた女性スタッフが突然辞めたいと言い出したため,被告がその理由を尋ねたところ,原告からわいせつ行為をされた旨を訴えてきた。被告が,原告に問い質すと,原告はこれを否定し,被告が原告を疑ったことに腹を立て,「私たちに何かあったら,被告には絶対子供は渡さない。」と怒鳴りつけた。

オ 平成10年7月,被告は長男を出産した。被告は,退院後,実家で1か月ほど静養する予定であったが,原告はこれに不満を持ち,被告が帰省して2日目の夜には「子供だけ連れて帰る。」と怒鳴るなどしたため,被告は,やむなく翌日長男を連れて家に戻った。被告は,長男をかわいがる一方,長男が夜泣きをすると「うるさい」と被告を怒鳴りつけた。被告は,長男が夜泣きをするたびに恐怖を感じるようになり,産後の体調不良もなかなか回復しなかった。原告は,体調の芳しくない被告にも仕事をするように命じ,被告が仕事に集中できないでいると,「被告はスタッフと同じだ。頼んだ仕事もできない。」「被告に仕事は任せられない。」などと責め立てた。

カ 平成10年8月,本町の新店舗の売上は芳しくなく,わずか8か月余りで閉店することになった。

キ 原告は,長男が生まれてから,無免許運転を繰り返すようになった。平成10年9月ころ,原告が違法駐車をして警察に出頭しなければならなくなった際には,原告は被告が違法駐車をしたことにし,そうするのが妻として当たり前という態度であった。原告は,その後も約7年間無免許運転を続けた。被告は,このような状態で大事故でも起きたら,保険も下りないといつも心を悩ませていたが,原告は,被告が免許を取って欲しいと話しても一向に気に留めず,逆に怒り出す始末であった。また,原告は,勝手に40万円をかけて車を改造したり,友人と飲みに行くといって出かけたまま朝方まで帰ってこないことが頻繁にあった。

ク 平成12年4月,仙台市青葉区新川に土地を購入し,家を建てることになった。従前から,被告は,原告が永住権を取るのに必要な書類を取り寄せていたが,原告は,「まだいい。」と放置して取ろうとせず,家を建築する段になっても永住権を取ろうとしなかった。そのため,原告は住宅金融公庫の融資を受けることができず,被告が借り入れることになった。家の建築は大工をしている被告の叔父に依頼したが,原告は,叔父たち大工との間でもトラブルを起こし,争いが絶えなかった。

ケ 平成13年3月,被告は,長女を出産した。

同年6月ころ,原告と被告は新川の新居(本件建物)に転居したが,原告は,自分の頼んだとおりにできていない,見積に入っていたはずだなどと理由を付けては建築代金を叔父に支払わず,毎月請求書が送られてくるようになった。また,原告は,近隣の住民が草刈りや雑草を燃やすことが気に入らず,怒鳴り込んだりして大騒ぎすることがしばしばあった。被告が,ここは田舎なんだから仕方がないんだよと諭すと,原告は,「被告は誰の味方なんだ。どんなときでも夫の味方をするのが妻なんだ。」と被告を怒鳴りつけた。被告は,このとき,また原告を怒らせてしまったと後悔した。

原告は,無免許で,幼い子供を乗せているにもかかわらず,スピードを出したり,追い越し禁止区域で追い越しをするなど危険な運転をするため,被告が,「標識は分かっているの?」と尋ねると,原告は,激怒し,「これから楽しい思いをさせてやろうとしているのに,被告は何を考えているんだ。もう行くのは止めた。全部被告のせいだ。」と怒鳴りつけた。

被告は,このように,原告に責められてばかりいるため,何事においても自信が持てなくなり,情緒不安定となり,スプレー缶で両足を叩き付けるといった自傷行為を行ってしまった。これを見た原告は,被告の母を呼びつけ,「見ろ,この馬鹿な娘を。何をやっているんだ。こんな女母親じゃない。仕事もできない無能な女だ。私は子供を連れてイスラエルに帰る。」と被告の母を怒鳴りつけた。

被告は,子供たちのため,何とか原告との生活を立て直そうと必死であったが,原告は,被告が自分の気に入らない人と会うことを許さず,このため,被告は,誰にも相談できない状態が続いた。

コ 被告は,平成15年3月,二男を出産した。原告は,家事育児を全く負担しない一方,被告に対しては,家事の外,4歳,2歳,0歳の子供の育児の外仕事もやるように要求し,仕事ができていないと被告を怒鳴りつけた。

サ 平成16年11月,原告が頻繁に高級車を乗り換えるため,被告は,原告に対し,余りお金がないことを伝えた。原告は,被告が子供たちの前でお金がないと言ったことに激怒し,それまで,被告が管理していた預金通帳などを自分で管理するようになった。

被告は,家計をやりくりしつつ月2,3万円ずつ貯めた預金80万円と,被告の生命保険を解約した返戻金70万円があることを原告に伝えていなかった。これは,原告の父が体調が悪いと聞いていたため,いざというときの渡航費としてとって置いたものであった。しかし,原告は,被告がお金を隠し持っていたと激怒し,子供たちのパスポートも持っていってしまった。被告は,原告が子供たちを連れてイスラエルに行ってしまうのではないかという不安を抱えながら生活するようになった。

シ その後,原告は,「飲み屋を開きたい。」と言い出し,友人とリサーチと称して遅くまで出かけるようになった。原告は,飲食関係の仕事をしている友人Mにも出店について相談した。原告は,友人Mに夫婦仲のことも相談したらしく,この友人Mから被告に夫婦仲を心配する電話がかかってくるようになった。被告は,原告が夫婦仲について話していたことに気を許し,友人Mに悩みを相談するようになった。そして,平成17年3月ころ,被告は友人Mと交際するようになった。

ス 平成17年6月,原告は,山形市に新店舗を開店し,経費節減のため,被告が店に出るようになった。

同年6月12日夜,原告は,被告に対し,「正直に話して欲しい。浮気しているんだろう。」と尋ねてきた。被告が,「好きな人がいた。」と答えると,原告は怒り出し,不貞の相手に電話をかけるよう怒鳴りつけた。原告は,電話の相手が友人Mだと分かると,Mを呼び出した。その後,M夫人も呼び出せとMに命じた。

同日夜12時ころ,自宅にMが来ると,原告は,いきなり金属バットでMに襲いかかり,Mが乗ってきた車のガラスもたたき割り,大声で怒鳴り,Mにバットで殴ったり蹴ったりといった暴行を加えた。後から自宅にやってきたM夫人は,この様子を見て逃げ出し,近隣の人に助けを求めた。同月13日午前8時過ぎころ,パトカーが臨場し,原告は,傷害罪の現行犯で逮捕された(以下「本件傷害事件」という。)。

セ 原告は,本件傷害事件を被疑事実として勾留された。勾留中,原告は,毎日のように被告に「愛している。」と手紙を書いてきた。被告は,原告に対する恐怖心を抱えながら,家事,育児の傍ら,仙台と山形の店,警察,検察庁,弁護士事務所を走り回った。Mとは,原告が200万円の慰謝料を支払うほか,同年9月30日までにイスラエルに帰国し,再入国しないことを約束し,示談した。被告は,学資保険の解約金とバイクの売却代金で慰謝料を捻出した。

ソ 被告は,原告が勾留中,山形店の隣のテナントの社長が親身になって話を聞いてくれたことから,同人と性関係を持ってしまった。

平成17年7月1日,原告は,罰金30万円の刑に処せられ,釈放された。原告は,自宅に戻って来るなり,結婚10周年の記念に植えた木を根こそぎ抜き放り投げ,被告の下着をはさみで切り刻む一方,被告の両親に対しては,「申し訳なかった。自分が悪かったので直していきたい。」と謝罪した。

原告は,被告に対しては,「被告の不貞行為について,正直にすべてを話して欲しい。」と問い質した。しかし,被告は,原告の暴力が恐ろしくて話せないでいた。被告は,「子供たちを連れて先にイスラエルに帰国して欲しい。」と頼んだが,原告は,「新しい生活を始めるなら,家族みんな一緒じゃないと駄目だ。」と帰国を拒んだ。

タ 原告は,感情の起伏が激しく,一旦怒りの感情が吹き出すとこれを自制できない性格であったが,上記の傷害事件を起こした後,一層その傾向が激しくなり,被告に対して優しく接することもある一方,被告に対する不信感が増幅されると,被告を一方的に問いつめ,暴力を振るうという行動を繰り返すようになった。

平成17年7月中旬ころ,原告が夫婦だけで旅行に行きたいと希望したため,原告と被告は,子供たちを被告の実家に預け,韓国に旅行に行った。しかし,旅行先で,原告は,被告の手帳をバラバラに壊し,「まだ,浮気相手のことが好きなんだろう。」と怒鳴りまくったり,ホテルの部屋で被告を突き飛ばしたりした。原告は,被告に対し,Mのことを正直に話すよう執拗に求め,被告がやむなく本当のことを言うと,被告を突き飛ばし,顔を平手打ちにし,蹴りつけた。

帰国後も,原告は,常に被告が不貞をしたことが頭から離れない様子であり,ちょっとした会話からも目の色を変えて,被告を追及し,暴力を振るうようになった。原告は,子供たちの前でも被告を怒鳴りつけ,髪をわしづかみにして,「こんなママは最悪だ。嘘つきだ。こんなママいらないよな。」と子供らに尋ねたり,「何も不自由なく生活してきたのに,ご立派な生活をしていたのに,今では,子供たちまでおかしくなってしまっている。全部被告のせいでこうなってしまっている。本当のことを知りたいだけなのに,何でこんなことにならなければならない。」等と言って,被告の頭や顔を殴るなどの暴力を振るった。

チ 平成17年8月初旬ころ,原告は,子供たちの親権者を原告とする離婚届を作成させ,被告の両親に「離婚するかどうかまだ分からないが,そうなったときのためにお父さんたちに保証人になってもらいたい。被告は,嘘ばかり言って,私はもう疲れた。被告次第だ。」と言って,保証人欄への署名を求めた。被告の両親は,これに応じ,保証人欄に署名した。

同月18日,原告は,被告と子供たちを車に乗せ,離婚届を提出するため,仙台市青葉区宮城町支所に出かけた。原告は,離婚届を提出することを躊躇したのか,被告と子供たちを車中に待たせた後,突然,被告に対し,自分が勾留中メールをしていた相手は誰なのかと怒鳴りだした。被告が,山形のテナントの社長と一緒にご飯を食べたことを告白すると,怒り狂い,そのまま被告を窓口に連れて行き,「こんな安いまんことは離婚してやる!ばかたれ!ここにいる人たち皆に顔を見せてやれ!こいつは安いまんこだ!」と周囲の人に聞こえるように大声で怒鳴り,財布で被告の頭を叩いた。さらに,原告は,入口の陰に被告を連れて行き,頭と顔を殴りつけた後,駐車場の裏の茂みに被告を連れて行って被告の臀部と太ももを何度も蹴りつけた。その後,原告は,子供たちの親権者を原告とする離婚届を提出した。

帰宅する車中でも,原告は,被告の髪を引っ張ったり,頭や腕を殴りつけた。原告は,「何でそんなことをした。何であんなやつに話した。メールで何を話したんだ。ご飯を食べに言った後どうした。」などと詰問し,自宅に着くと,被告をガレージの方に連れて行き,被告の臀部と太ももを蹴りつけ,その後被告を家の2階に連れて行き,「たたけば本当のことを言うのか。」と,髪を掴んで振り回したり,頭や顔を殴ったり床に叩き付けたりした。被告は,原告の暴力を受けながら,やっていないことも問われるままに認めてしまった。被告の顔は腫れ上がり,太ももと臀部は,紫色になってしゃがむこともできないほどであった。

ツ その後も,原告は,「離婚届を出したのは間違いだった。」と後悔する一方で,被告の不貞について詰問しては暴力を振るうことを繰り返した。

平成17年8月24日,原告は,被告に対し,不貞について執拗に事細かく問いつめ,被告の髪をむしり,頭部を殴り,突き飛ばすという暴力を振るった後,紙とペンを被告に渡し,「今から私の言うとおりに書け。」と命じた。被告が,原告の言うとおりに書かなかったところ,原告は,「言ったとおりに書けと言っただろう。」と被告を怒鳴りつけ,書いたものを破り散らした。被告は恐怖で抵抗することもできず,原告の言うままに書き入れて書面にした。これが本件財産分与合意書である。

原告は,翻訳会社で同書面を英訳してもらった書面も作成した。

テ 平成17年8月末ころ,友人Mとの約束もあり,原告は,イスラエルに引っ越すことになった。原告は,「新しい生活を始めるのなら,家族みんなで,被告を愛しているから一緒に来て欲しい。」と言ってきた。被告は,子供たちと離れられず,一緒に行くことにした。しかし,原告は,イスラエルに行く道中でも,被告が夕食の際,隣に座っているカップルが楽しそうにしているのを見れば,「前,浮気していたときのことを思い出していたんだろう。」「こうやって,あいつと二人で食事していたんだろう。」と邪推し,ホテルの部屋で被告の髪を掴んで引きずり回したり,臀部や脚を蹴りつけたりし,被告が黙っていれば,「嘘を考えているところだな。」と,被告の胸や腕を殴りつけたり,床に踏みつけたりした。被告は,原告の暴力で,体中に青あざや擦り傷ができ,顔を殴られたことで口を開けることもできない状態であった。

ト 平成17年9月,原告と被告と子供たちはイスラエルに着き,原告の父の家で生活するようになった。原告は,当初は落ち着いていたものの,しばらくすると,被告を愛しているという一方,毎日本当のことを話すよう詰問し,被告は,原告に対する恐怖心から,原告の言うことにうなずき,してもいないことを認めるようになった。被告が「日本に帰りたい。」と話しても,原告は,「おまえにそんな自由を与えるようなことをしたくないからだめだ。」「被告の親がイスラエルに迎えに来るときは死んだときだぞ。」と帰国を許さなかった。

その後も,原告は,被告を詰問し,被告が本当のことを言っているにもかかわらず,「その目は嘘の目だ。本当のことを言え。この前もしていないと言ってたことがしてただろう。だから本当のことを言え。」「嘘をついている。」等と被告の顔や頭を殴り,髪の毛をわしづかみにして引き抜いたりした。

ナ 平成18年1月,原告は,イスラエルでは職もなく,生活できないため,日本に帰国することにした。帰国する数日前,原告は,「日本に帰る前に本当のことを言え。あとから絶対本当のことがばれるぞ。そのときは大変なことになるからな。」と脅してきた。被告は,やむなく山形のテナントの社長と関係を持ったことを話した。すると,原告は,被告を殴る,蹴る,突き飛ばす,髪の毛を掴んで振り回す,コンクリートの壁や床に頭を打ち付けるといった暴力を振るった。原告は,被告に対し,「今度もし被告がまた不貞を犯したり,嘘をついたり,子供が欲しいと言ってきたら,これを使って裁判を起こせるから。」と,日本で作成した英訳した書面に再度署名押印させた。

同年1月10日,原告は,日本に帰国する機内でも,被告の腕が紫色に腫れ上がるほど強く握りしめたり,爪を立てたりした。

ニ 日本に帰国後,原告は,被告に対し,山形のテナントの社長夫人にあったことをすべて話せと強要したことから,被告は,やむなく同夫人に会い話をした。原告は,その帰途の車中で,被告が夫人と話していたときの態度が気に入らないと,被告の髪を掴んでハンドルに何度も叩き付けたり,髪の毛を引き抜いたり,胸を殴ったりした。

その後も,原告は,毎日のように本当のことを言えと被告を責め,その都度「嘘をついている。」と被告に暴行を加えた。

ヌ 平成18年1月末ころから,原告は,被告と性関係を持つと被告が浮気をしている姿を想像してしまうと言って,風俗を利用するようになった。同年2月初旬ころからは,原告は毎晩風俗に通うようになり,一晩で10万円ぐらい使って,夜中過ぎや朝方8時ころに帰宅するようになった。

ネ 平成18年2月7日,原告は,被告に本を読むことを禁じていたが,被告が原告の留守中本を読んだことを知ると,「何で被告は私の言ったことを守れないんだ。私の見えないところでまた本を読んだのか。私のことがそんなに馬鹿に見えるか。」と怒鳴り,ダイニングテーブルの上にあった醤油のトレーやティッシュなどをすべてなぎ払い,テーブルを持ち上げてひっくり返そうとしたり,椅子を蹴り飛ばしたりした。リビングでテレビを見ていた子供たちは恐怖に怯え,長男は「パパ止めてー」と言ったが,原告は「うるさい!」「泣くな!」と長男の髪の毛をむしるように引っ張った。子供らはリビングの隅で固まって怯えていた。

被告が,子供たちをかばおうとしたところ,原告は,「おまえは子供たちに触るな!」と被告の胸ぐらを掴み,頭部を殴って突き飛ばし,髪の毛をむしり取った。原告は,台所から包丁を持ち出し,「これで私を殺せ。」と怒鳴りつけ,自分ののど元に刃先を当てたが,幸い切れない包丁だったため,刃先が食い込んだ跡がついただけであった。

原告は,目の色が変わっており,「何でおまえは今まで自殺していないんだ。」「自分が悪いと思っているんなら,何でもっと前に自殺しないんだ。」と怒鳴り,被告の髪の毛をわしづかみにして何度も振り回し,リビングの3段ほどある階段から突き落とし,倒れた被告を蹴りつけ,髪の毛をむしった。被告はあまりの恐怖に失禁してしまった。原告は,それでも暴行を止めず,「おまえは汚いやつだ。」「気持ち悪い。」と言いながら被告を裸にし,無理矢理性交した後,「気持ち悪い。」と被告を蹴りつけ,裸のままの被告の髪をむしり続けた。被告の髪は,原告にむしり取られたことにより頭頂部がはげ,結んでも人差し指の太さにもならないほど少なくなってしまった。原告は,被告を鏡の前に連れて行き,「おまえは安いまんこだから,体を売る仕事が似合う。」「今から風俗の社長に電話しておまえを働かせるようお願いするから,体を売る仕事をしろ。」と命じた。

原告は,夜中中,被告にいろいろと詰問しては暴力を振るい,「おまえのせいでこんなことになったんだ。」「おまえには子供たちは絶対渡さない。」「子供を育てるのに一人1000万円かかるから,私は一人分は自分の力で払えるけど,被告はあと二人を育てるお金2000万円を払え。」「親に頼んで出してもらえ。」「親に被告のしたことを全部話せ。」「被告の実家がどうなろうと私には関係ない。何とかしろ。」と怒鳴りつけた。

ノ 平成18年2月8日朝方,ようやく原告は暴力を振るうことを止め,「そのまま寝ろ。」と被告に命じた。しかし,被告は,いつまた原告の暴力が始まるのか恐ろしく,眠ることができなかった。

同日午前8時ころ,被告は,実家に電話をかけ,被告の母に2000万円を用意してくれるよう頼むとともに,「お母さんいつ迎えに来てくれるの。助けて,殺される。」と告げた。このとき,被告の母親は,2000万円貸付の件は断わったが,被告の漏らした上記言葉を心配し,宮城県の女性相談室に電話をし,被告の件について相談した。

原告は,被告が実家からお金を用意することを拒否されたことを知ると,被告に対し,「ここに座れ。今から,私の言うことを,自分の気持ちとして書け。」と命じ,2000万円を10日以内に支払うという内容の念書を作成することを求めた。被告は,原告から暴力を振るわれ,その作成を拒絶するとまた暴力を振るわれ,殺されるのではないかという恐怖心から,やむなく原告の言うとおりに書面を作成し,署名押印した。これが,本件慰謝料等支払約束書である。

ハ それ以降,被告は,2000万円を調達しなければならないと思い詰め,毎日のように,両親や金融業者,銀行などいろいろなところに電話をかけ,2000万円を借り入れようとした。原告は,「早くお金を何とかしろ。」「Mを殺して,おまえもお父さんの前で自殺しろ。」等と言って被告を連日責め立てた。

ヒ 平成18年2月10日,原告にむしられて薄くなってしまった被告の頭頂部を見て,原告は,「その髪の毛は一度坊主にした方がいい。」と言った。被告は,頭部全体が腫れていたため,バリカンをあてると痛みが伴ったが,原告の言うとおりに6ミリほどの坊主にした。

フ 平成18年2月13日,被告の両親が原告らを訪ねた。原告は,風俗に行っており留守であった。被告の両親は,被告を実家に連れて帰ろうとしたが,被告は,「子供だけ置いていけない。」とこれを断った。

原告は,帰宅すると,被告の父に子供二人分の養育費として2000万円を支払うよう求めてきた。被告の父が,2000万円は養育費として妥当な金額ではないこと,弁護士に相談すると話したところ,「私はこのお金を遊ぶために使うのだ。こうなったのはすべて被告のせいなのだから,親が責任を取るのは当たり前のことだ。」「暴力団を使って復讐する。」「弁護士を付けるならば3000万円にしよう。」等と暴言を吐いた。

これに対し,被告の父親は支払を拒絶し,被告を連れて帰ろうとしたが,原告が「動くな。」「約束を守れ。」「2000万円すぐに用意しろ。それまでここを出さないからな。」と被告の近くで指を指して命じ,被告もこの命令を守らなければならないと思い込んでいたことから,被告は,両親とは一緒に行かず,自宅に残った。

ヘ 平成18年2月14日,原告は,昨日,被告の両親が自宅を訪ねてくると約束していなかったにもかかわらず,被告の両親に原告が約束を忘れたと言われても,被告が原告を全くかばおうとしなかったとして怒り出し,「自分のことばっかり。」「親の前で昨日はぶるぶる震えていたのに,何で今は震えていないのだ。」「人を馬鹿にしたな。」と言って被告をはり倒した上,短くなった被告の前頭部の髪を掴むようにして引っ張り,髪が思うように掴めずに,今度は被告の左耳を掴んで振り回したため,被告の左耳は裂けて出血した。原告は,手についた血を被告の顔にこすりつけ,台ふきんで被告の傷口をごしごしと拭いた。被告が抵抗して原告の顔を平手で叩いたところ,原告は,更に足で被告の顔と頭を蹴り,首を絞め,壁に押しつけた。そのため,被告は,呼吸ができなくなり,その場に倒れ込んだ。被告の耳は原告のこのときの暴行で変形してしまい,元に戻らなくなった。

ホ 被告は,何とか2000万円を借り入れなければと必死となり,サラ金や銀行などに毎日のように電話をかけた。そのような被告の様子を見ていた原告は,被告に対し,「被告が借入をするとシャロンの名前に傷が付くので父親に借りろ。」と命じた。被告は,原告の暴力によって正常な判断力がなくなっており,どうにかして2000万円を用意しなければならないと思い詰め,何度も父親に連絡を入れたが,被告の父親は,そんな養育費は妥当ではないし,遊ぶために使うのだから一銭も出すつもりはないとして貸してくれる様子を見せなかった。

原告は,被告がお金を用意できないと怒り,連日暴力を振るったり,被告に「風俗で働け。」と命じたりした。

マ 平成18年2月27日,被告が,原告に対し,父親がお金を貸してくれないことを伝えると,「明日実家に行って親と話してこい。」「2000万円何とかしろ。」「親にすべてを話して相談すれば,親も責任を感じて絶対払うはずだから。」「もし,それでも払わないと言うんだったら,おまえがまた嘘をついたことになるからな。」と命じた。

ミ 同月28日,被告は,銀行でローンを組むためのパンフレット,タウンページで調べた消費者金融業者の情報,風俗で働くための雑誌等を持参して自宅を出て,実家に向かい,被告の両親と話をしに行ったところ,被告の母親に役所の福祉課に連れて行かれ,女性センターに保護された。それ以降,被告は,原告と別居生活を続けている。

(2)上記(1)の事実に照らすと,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書は,いずれも,原告が,被告の不貞行為を責める態度に終始し,被告に対する暴力を繰り返し,被告を自己のコントロール下に置いた上で,被告をして原告の指図どおりの内容で本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書を作成させたものであって,被告の自由意思に基づいて作成された文書ではないと認めるのが相当である。したがって,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書に表示された被告の意思表示は,意思表示としての効力を有さず,いずれも無効というべきである。

(3)原告は,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書を作成したときも,原告が被告に対して暴力を振るった事実はなく,これらの書面は,二人の冷静な話し合いの結果作成されたものであると主張する。

しかし,上記書面には,いずれも,被告の不貞行為が家族崩壊の原因であることを被告において自認し,家族崩壊の責任が一方的に被告にあることを認める内容や,子供たち3人を原告に全面的に任せる内容の記載が見られるところ,上記(1)の事実経過に照らし,上記記載内容は客観的な事実に反し,被告において到底受け入れ難い内容のものであることが認められるのであって,その文面内容自体から,原告による強制があったことが窺われる。また,本件慰謝料等支払約束書が作成された当時,被告には10日以内に2000万円を支払えるような資金調達の目途はなかったことが認められる(乙10,11,証人甲野花子,被告本人)ところ,それにもかかわらず,本件慰謝料等支払約束書には2000万円を10日以内に支払う旨の履行不可能な内容が記載されているのであって,この点から見ても,本件慰謝料等支払約束書が原告の強制によって作成されたものであることが十分に窺われるというべきである。

さらに,本件傷害事件に現れた原告の暴行の態様(乙16ないし19,20の1・2,21ないし34)や被告の受傷状況を撮影した写真(乙1の1ないし3,8の1ないし4)に加え,被告本人尋問の実施時,被告本人が原告から暴行を受けた状況を供述した際の恐怖の表情等を総合すると,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書が作成された当時,被告が原告から苛烈な暴行を受けていたことは明白と言うべきであり,これを否定する原告本人の陳述(甲18,36,39,44,49)及び供述は採用することができない。

(4)そうすると,本件財産分与及び本件慰謝料等支払約束はいずれも無効というべきであって,これに基づく原告の被告に対する本訴請求は,いずれも理由がないというべきである。

3  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 潮見直之)

別紙 物件目録<省略>

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