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仙台地方裁判所 平成18年(ワ)875号 判決 2007年9月26日

原告

甲野次郎

訴訟代理人弁護士

鈴木覚

被告

乙山春夫

被告

Y運輸株式会社

同代表者代表理事

丙川夏夫

訴訟代理人弁護士

袴田弘

主文

1  被告は,原告に対し,金339万8970円及びこれに対する平成16年1月5日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決の第1項は,仮に執行することができる。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告らは,原告に対し,金576万8082円及びこれに対する平成16年1月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者の主張

1  請求原因

(1)  事故の発生

原告及び被告乙山春夫(以下「被告乙山」という。)間において,下記の交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。

日  時 平成16年1月5日午前4時5分ころ

場  所 宮城県岩沼市大昭和<番地略>の信号機により交通整理が行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

原告車両 自転車

被告車両 被告乙山運転,被告Y運輸株式会社(以下「被告会社」という。)所有の大型貨物自動車(宮城100か****号,以下「被告車両」という。)

事故態様 被告乙山は,被告車両を運転して国道4号線を仙台方面から白石方面に向かって進行し,本件交差点において左折しようとしたが,左前方不注視により,歩行者用信号機が青色になったため,上記交差点内にある横断歩道を自転車により横断していた原告に気が付かず,被告車両左前面部分を原告に衝突させた(以下「本件事故」という。)。

(2)  責任原因

被告乙山は,被告車両を運転し,被告会社は,被告車両を所有し,ともに自己のために運行の用に供していた者であることから,いずれも自動車損害賠償保障法3条により,本件事故によって生じた原告の人身損害を賠償する義務がある。

また,被告乙山は,被告会社の従業員であり,かつ,業務中の事故であったことから,民法709条により,被告会社は民法715条により,原告が被った全ての損害を賠償する義務を負う。

(3)  損害額

ア 積極損害

(ア)

治療関係費

金393万8178円

原告は,平成16年1月5日から同年3月7日まで63日間入院し,同月8日から同年9月7日まで通院し(実通院日数7日間),平成17年3月30日から同年4月10日まで12日間入院した。

(イ)

入院雑費

金11万2500円(日額1500円×(63日+12日))

(ウ)

通院交通費

金1220円(平成16年3月18日仙台福祉タクシー)

(エ)

近親者交通費

金4万1990円(原告入院中の母甲野花子の通院タクシー代)

(オ)

近親者交通費

金2万5012円(父見舞いのための交通費)

(カ)

その他

金13万9300円(事故当時の着衣,自転車,時計等の損害)

(キ)

入学費用

金1万6800円(事故のために受験できなかった大学入試センター試験受験料)

(ク)

予備校受講料

金67万円(事故によって浪人を余儀なくされたため,納入した予備校)

(ケ)

その他交通費

金2万9900円(予備校通学等のために要したタクシー代)

(コ)

その他交通費

金13万6460円(予備校通学のために要した地下鉄代等の交通費)

イ 消極損害(休業損害または慰謝料) 金317万4900円

原告は,本件事故にあった高校3年生当時,具体的な志望大学はなかったが,大学入試センター試験(以下「センター試験」という。)の結果によって,できるだけ国公立で入れるところに入るつもりだった。本件事故によって,平成16年のセンター試験を受けることができなくなり,浪人生活を余儀なくされた。原告は,東京大学理科Ⅱ類を目指して3年目の浪人生活に入っていたが,原告が東京大学を目指したのは,本件事故でセンター試験を受けられなくなり,入院生活を送っていたときに志したものである。本件事故に遭わなければ,平成16年のセンター試験の結果によって,いずれかの国公立大学に進学していたはずである。平成17年春には進学はしなかったが,東北学院大学工学部に合格している。原告が1年間の就労が遅れたことによる平均賃金の1年分(賃金センサス平成14年男子労働者大卒20〜24歳年収)は,原告の就労遅延による損害であり,その額は,金317万4900円である。

仮に,就労遅延による休業損害として認められないとしても,1年間を失う結果になったことについての原告の失望ないし苦痛に対する慰謝料として,平均賃金1年分程度の金額が原告の損害として認められるべきである。

ウ 慰謝料(傷害慰謝料) 金142万円

入院2か月半,通院は実通院日数7日間×3.5=24.5日

エ 既払額 393万8178円

オ 差引損害額 576万8082円

2  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1),(2)の事実を認める。

(2)  請求原因(3)のうち,治療費(393万8178円),入院雑費(11万2500円),入学費用(1万6800円),予備校受講料(67万円),傷害慰謝料(142万円)及び既払額(393万8178円)は認めるが,その余は争う。

原告は,1年間の就業遅れによる休業損害として,317万4900円を請求するが,認めることができない。受験に合格しなければ大学卒業は遅れるのであり,遅れた1年分の休業損害を請求するのであれば,本件事故がなければ原告が希望する大学に合格する蓋然性がなければならない。原告が本件事故に遭わなければ希望する大学に合格する蓋然性があったとは言えず,実際に合格しなかったのであるから,入学遅れによる休業損害は本件事故との相当因果関係がない。

3  抗弁(過失相殺)

原告が走ってきた歩道は,道路交通法63条の3が定める自転車道の交通区分帯ではないので歩道を通行することはできず,軽車両である原告の自転車は路側帯または車道を通行しなければならない。また,本件交差点を横断する場合は,自転車に乗ったまま横断歩道を通行することは道路交通法17条1項違反である。

本件事故発生における過失割合は,自転車が10,被告車両が90となるところ,原告の自転車は歩道上を走ってきたこと,左折しようとしていた被告車両を認めながらその動静に注意をしなかったのであるから,原告の過失を15,被告車両の過失を85とみるのが相当である。

4  抗弁に対する認否

抗弁は否認する。被告の主張は,甲13の2の実況見分調書に基づくものであるが,この調書は,救急車で搬送された原告の立会なく作成されたもので事実と異なっている。原告車両と被告車両とが実際に衝突した部位は,被告車両の運転席前面の左側である。原告は,本件交差点の手前で一旦停止してから青信号に従って横断歩道を自転車に乗って渡り始め,原告車両の右真横に被告車両が信号待ちの停止をしないで左折して衝突した。被告乙山は,本件交差点に横断歩道がありながら,原告車両に全く気付かなかった。原告車両は,被告車両に先行しており,横断歩道上の事故であるから,原告に相殺されるべき過失はない。

理由

1  請求原因(1),(2)の事実は,当事者間に争いがない。

2  損害について

(1)  請求原因(3)の事実中,治療費(393万8178円),入院雑費(11万2500円),入学費用(1万6800円),予備校受講料(67万円),傷害慰謝料(142万円)及び既払額(393万8178円)については,当事者間に争いがない。

(2)  交通費について

ア  原告入院中の母甲野花子の通院交通費等

甲1の3,3によれば,原告は,右大腿骨骨幹部骨折,右脛骨骨幹部骨折,左鎖骨骨折で,同年1月5日に観血的接骨術を,同年2月5日には左鎖骨骨折の抜釘をして,同年1月16日からリハビリを開始し,同年3月7日まで仙台市立病院整形外科に入院し,退院後は,同年3月18日,4月22日,5月20日,7月8日,7月20日,8月4日,9月7日に同病院に通院していた事実を認めることができる。

原告は,本件事故当時,高校3年生であったから,入院期間中,原告の母甲野花子の付添の必要性を認めることができ,その期間中の交通費(タクシー代)は本件事故と相当因果関係のある損害と認める。甲4の①からfile_5.jpgまでは,入院期間中のタクシー代であると認めることができるから,この合計金額である4万1990円を損害と認める。また,甲4のfile_6.jpgは,3月18日のタクシー代1220円であり,原告の仙台市立病院への通院日と一致するから,本件事故による損害であると認める。

イ  父見舞いのための交通費

原告は,原告の父甲野太郎見舞いのための交通費を請求するが,父親の付添の必要性を認めるに足りる証拠はなく,本件交通事故との間の相当因果関係をみとめることができない。

ウ  原告は,予備校通学のために要した交通費(タクシー代)を請求しているが,原告は,予備校通学のための交通費として,甲8で,平成16年4月から平成17年3月までの地下鉄代13万6160円も請求しており,この地下鉄代は,本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができるから,これ以外に予備校通学のためのタクシー代の必要性を認めるに足りる証拠はない。

エ  そうすると,原告の損害としての交通費は,17万9370円となる。

(3)  休業損害について

甲14,原告本人尋問の結果によれば,原告は,本件交通事故に遭遇したことによって平成16年1月に実施されたセンター試験を受験することができず,浪人することになり,予備校に通うようになったこと,平成17年春の受験に際し,原告は,進学を希望していた大学の受験に失敗したため,合格の決定していた大学には進学せずに再度浪人を選択したこと,平成18年春の受験においても進学を希望していた大学の受験に失敗したため,再々度浪人を選択し,平成19年春の受験で,希望とは異なる大学であったが,試験に合格した首都圏の大学に進学したことを認めることができる。

原告は,具体的な志望大学はなかったが,センター試験の結果によって,できるだけ国公立で入れるところに入るつもりだったと主張し,甲14,原告本人尋問の結果にはその旨の供述もあるが,平成17年から平成19年にかけての上記原告の受験の状況からすると,原告は,希望していた大学への進学を強く志望していたと認めることができるから,入れるところに入るつもりであったとの上記供述を採用することができない。

原告が本件交通事故に遭遇したことと,1年間就業が遅れることととの相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。

(4)  慰謝料について

原告が請求する傷害慰謝料142万円については当事者間に争いがない。

原告がセンター試験を受験することができなくなったことと,1年間の就業の遅れとの間に相当因果関係がないことは上記説示のとおりであるが,甲14,原告本人尋問の結果によれば,原告は,本件交通事故によって,センター試験を受験することができず,浪人生活を余儀なくされたことで,失望ないし精神的苦痛を被った事実を認めることができ,その精神的苦痛を慰謝するには100万円を相当と認める。

(5)  その他の損害について

原告は,本件事故当時の着衣,自転車,時計等の損害を請求するが,客観的な証拠の提出がなく,これを認めるに足りる証拠はないということができる。

3  過失相殺

ア  甲10,13の1ないし8,14,18の1及び2,乙2,4,5,7,原告本人尋問の結果によれば,次の事実を認めることができる。

(ア)  本件交差点は,国道4号線バイパスと西側に市道西大町線,東側に日本製紙岩沼工場の構内道路が交差する十字路交差点で,両道路ともに直線道路で国道4号線の両側には歩道が設置されており,前方の見通しは良好である。

(イ)  被告は,日本製紙に古紙を運搬するため,被告車両を運転し,国道4号線の第1通行帯を名取市方面から大河原町方面へ時速約60キロメートルで進行し,本件交差点手前で交差点の信号が赤色だったことから時速約20キロメートルに減速して進行した。本件交差点手前約40メートルのところで信号機が青色に変わったので,そのままの速度で進行し,ハンドルを左に転把して左折を開始したところ,横断歩道上を左から右に走行中の原告車両と衝突し,被告は,原告車両との衝突後,すぐにブレーキをかけた。

(ウ)  原告は,大学受験の合格祈願とストレス解消のため国道4号線の歩道上を原告車両を走らせていたが,前方の歩行者用信号機が青色だったため,原告車両のペダルをゆっくりこいで横断歩道上を直進した(原告が横断歩道手前で一時停止したかどうかは明確でない。一時停止したとの甲14,原告本人尋問の結果は,甲13の3に照らして採用することができない。)。原告は,横断歩道上を走行中に右方から接近する被告車両を認めていたが,被告車両が停止するものと思いそのまま横断歩道上を走行したところ,停止せずに左折してきた被告車両と衝突した。

イ  そうすると,被告は,原告車両と衝突するまで原告車両に気付かなかったのであるから,本件事故は,もっぱら被告の前方不注視によって発生したものと認めることができる。原告は,左折する被告車両に気付いていたが,被告車両は停止するものと思っていたというのであるが,上記証拠によれば,本件事故当時,本件交差点付近は交通量が閑散としており,歩行者も通行しておらず,自転車が横断歩道上の進行をしてはならない事情はなかった。原告が,大型貨物自動車である被告車両が停止すると思ったとしても,これを原告の過失と評価することはできず,他に原告の過失を認めるに足りる証拠はない。被告の過失相殺の主張を採用することができない。

4  損害の填補

393万8178円が治療費として支払われたことについて当事者間に争いはない。

5  結論

原告の損害額の合計は,733万7148円であり,393万8178円が損害の填補として支払われたことに争いがないから,原告の本訴請求は,339万8970円とこれに対する本件事故発生の日である平成16年1月5日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 小野洋一)

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