仙台地方裁判所 平成18年(行ウ)18号 判決 2009年3月02日
主文
1 参加事件原告らの訴えを却下する。
2 訴訟費用は参加事件原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 参加事件被告は,A(元宮城県警察本部生活安全部生活保安課長)に対し,55万4497円を請求せよ。
2 参加事件被告は,B(元宮城県警察本部生活安全部鉄道警察隊長)に対し,29万0704円を請求せよ。
第2事案の概要
本件は,参加事件原告らが,平成12年度に宮城県警察(以下「県警」という。)本部生活安全部生活保安課(以下「生活保安課」という。)及び県警本部生活安全部鉄道警察隊(以下「鉄道警察隊」といい,生活保安課と併せて「2課隊」という。)が支出したとされる犯罪捜査報償費(以下「報償費」という。)は,当時の2課隊の長が正当な公金支出を装って着服したものであるところ,参加事件被告(被参加事件被告。以下「被告」又は「本訴被告」という。)は当該長2名に対する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の行使を怠っているとして,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,これら請求権を行使するよう求めて,同様の請求をする住民訴訟である被参加事件に共同訴訟参加した事案である。
なお,被参加事件は,後記1(4)イのとおり,被参加事件原告らがそれぞれ訴えを取り下げ,被告がこれらに同意したことにより,訴訟係属が消滅した。
1 前提事実(証拠等を掲げる他は,当事者間に争いがない,又は,明らかに争いがない。)
(1) 当事者等
ア 参加事件原告らは,いずれも宮城県の住民である。
イ 被告は,宮城県の長である。
ウ A(以下「A」という。)は,平成12年度当時,生活保安課長の職にあった者である。
エ B(以下「B」という。)は,平成12年度当時,鉄道警察隊長の職にあった者である。
(2) 平成12年度報償費の支出
県警本部の2課隊に係る経理上,平成12年度報償費として支出があったとされる金額は,生活保安課について55万4497円,鉄道警察隊について29万0704円であった。
(3) 平成12年度報償費を巡る住民監査請求及び住民訴訟の経緯
ア 後に被参加事件原告となる仙台市民オンブズマン(以下「オンブズマン」という。)ないしその支援組織の構成員25名(以下「第1次訴訟原告ら」という。)は,平成13年7月18日付けで,宮城県監査委員(以下「監査委員」という。)に対し,被告に平成12年度報償費の違法,不当な支出行為による損害を補てんするため必要な措置を講ずるよう勧告することを求める旨の住民監査請求をした(以下「第1次監査請求」という。)が,監査委員は,平成13年8月31日付けで,これを却下した。
なお,第1次訴訟原告らには,後に被参加事件原告となるC(参加事件原告ら訴訟代理人。以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)が含まれていた。
イ 第1次訴訟原告らは,平成13年9月27日,当庁に対し,平成12年度当時の県警本部総務室会計課長(以下「会計課長」という。)等を被告として,宮城県に平成12年度に支出したとされる報償費相当額1954万2594円を支払うこと等を求める住民訴訟を提起した(当庁平成13年(行ウ)第18号。以下「第1次訴訟」という。)ところ,当庁は,平成17年6月21日,第1次訴訟につき,第1次訴訟原告らの請求を棄却する判決をしたが,その理由中には,平成12年度報償費の支払の相当部分が実体がなかったものと推認する余地があり,県警本部刑事部鑑識課(以下「鑑識課」といい,2課隊と併せて「3課隊」という。)についてはすべてについて実体がなかった疑いが強く,鉄道警察隊についても実体がどの程度存在したのか疑わしい旨の判示があった。
ウ オンブズマン,後に被参加事件原告となるE(参加事件原告ら訴訟代理人。以下「E」という。)及びF(参加事件原告ら訴訟代理人。以下,これら3名を「第2次訴訟原告ら」という。)は,平成17年12月2日付けで,監査委員に対し,平成12年度報償費の執行手続に違法があり,返還すべき金額が返還されず違法な精算が行われたとした上で,県警本部長が,平成12年度の報償費について違法な支出を計画,実行し,それを着服した3課隊の長に対する報償費の返還請求権を行使しようとしないのは法242条1項にいう怠る事実に該当するとして,これにより宮城県が被った損害を補てんするために必要な措置を講ずべきこと等を求める住民監査請求をした(以下「第2次監査請求」という。)が,監査委員は,平成17年12月19日付けで,これを却下した。
なお,第2次訴訟原告らは,第2次監査請求において,怠る事実を対象事項とする住民監査請求については,監査請求期間の制限を定める法242条2項の適用はない旨主張した。
エ 第2次訴訟原告らは,平成18年1月13日,当庁に対し,県警本部長を被告として,3課隊の長に対し平成12年度報償費相当額を請求することを求める住民訴訟を提起し(当庁平成18年(行ウ)第1号。以下「第2次訴訟」という。),その後,同年2月22日,第2次訴訟の被告を県警本部長から本訴被告へと変更する旨を求めて行政事件訴訟法15条1項に基づく申立てをしたが,同年6月30日,却下され,同年7月6日,訴えを取り下げた。
オ 被参加事件原告らであるオンブズマン,C,D及びEは,平成18年5月18日,監査委員に対し,平成12年度報償費の執行手続に違法があり,返還すべき金額が返還されず違法な精算が行われたとした上で,被告が,平成12年度の報償費について違法な支出を計画,実行し,それを着服した3課隊の長に対する報償費の返還請求権を行使しようとしないのは法242条1項にいう怠る事実に該当するとして,これにより宮城県が被った損害を補てんするために必要な措置を講ずべきこと等を求める住民監査請求をした(以下「第3次監査請求」という。)が,監査委員は,平成18年6月13日付けで,これを却下した。
なお,被参加事件原告らは,第3次監査請求において,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法,無効であることから発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象事項とする住民監査請求には同項の期間制限が及ぶが,第3次監査請求の対象事項とされる怠る事実に係る請求権は,3課隊の長が資金前渡された報償費を着服したことにより発生したものであるところ,報償費の着服は財務会計上の行為ではないし,報償費の各種犯罪の捜査に伴う情報提供者ないし捜査協力者(以下「協力者等」という。)に対する支出の実体はないから,個別の支出自体が財務会計上の行為であるとの解釈も成り立たず,第3次監査請求には法242条2項の期間制限は適用されない旨主張した。
カ 被参加事件原告らは,平成18年6月27日,当庁に対し,被告に3課隊の長に対し各課隊が平成12年度に支出した報償費相当額を請求することを求める住民訴訟である被参加事件を提起した。
(4) 参加事件原告らによる住民監査請求と共同訴訟参加
ア 参加事件原告らは,平成18年9月19日付けで,監査委員に対し,第3次監査請求と同旨の住民監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)が,監査委員は,同年10月13日付けで,県警の課長等が報償費を支出する行為は,法242条1項にいう「公金の支出」に該当すると解されるところ,仮に3課隊の長に対する返還請求権が発生しているとしても,それは,3課隊の長の公金支出行為の違法に起因するものであるから,本件監査請求には法242条2項の期間制限が及ぶとして,これを却下した。
イ 参加事件原告らは,平成18年11月2日,被参加事件に共同訴訟参加して本訴を提起した(当裁判所に顕著な事実)。
なお,被参加事件原告らは,オンブズマン及びEにつき平成18年9月25日,C及びDにつき平成19年10月3日,それぞれ訴えを取り下げ,被告は,順次,平成18年10月6日及び平成19年10月4日,各訴えの取下げに同意した。また,参加事件原告らは,当初,平成12年度当時(平成13年3月25日まで)の鑑識課長に対する報償費相当額の返還請求権の行使も求めていたが,同人が既に死亡していたため,平成19年10月3日,この部分を取り下げ,被告は,同月4日,これに同意した。
(5) 県警本部における報償費(乙19,丙3の2,18,弁論の全趣旨)
ア 報償費の意義等
報償費は,協力者等に対する謝礼金及びこれに関連して必要となる諸雑費(接触費,通信費等)であり,資金前渡の方法により支出がされるが,その性質上,特に緊急かつ秘密を要し通常の手続による支払では捜査活動上支障を来すとの理由により,一般の資金前渡金とは異なる取扱いがされている。
イ 報償費の支出手続等
県警本部における報償費の支出手続等については,宮城県財務規則その他の関係法令等によって,次のとおり定められている。
(ア) 報償費は,県警本部関係課の次長,副隊長等の資金前渡職員に概括的な金額が資金前渡され,資金前渡職員は,その所属する部署の長(以下「所属長」という。)の指示を受けて,毎月の所要額につき,支出負担行為及び支出命令の権限を有する会計課長に対し,資金前渡伺により合議をする。
(イ) 会計課長は,支出負担行為兼支出命令決議書により支出を決定し,出納執行者である宮城県出納局長(以下「出納局長」という。)に通知し,出納局長は,資金前渡職員の管理する金融機関の口座に資金を振り込んで送金し,これにより資金が交付される。
(ウ) 資金前渡職員は,資金の交付を受けたときは,現金出納簿に受入記入した上,金融機関に振り込まれた資金を引き出して現金を保管する。
(エ) 所属長は,捜査員から報償費の交付申請を受け,その必要性を認めたときは,資金前渡職員に捜査費支出伺の作成を下命し,その決裁をするなど所要の手続を経て,資金前渡職員をして捜査員に対し現金を交付させる。
(オ) 捜査員は,交付を受けた現金の支払を完了したときは,支払精算書を作成し,資金前渡職員を通じて所属長に精算報告をする。捜査員は,債主に支払をした場合は,領収書を徴取することとされるが,領収書が得られなかったときは,支払精算書にその理由を付記して,資金前渡職員を通じて所属長の確認を受ける。
(カ) 資金前渡職員は,毎月末日をもって現金出納簿を締め切り,所属長の確認を受けるとともに,その残高について犯罪捜査協力報償費支払明細兼残高証明書の交付を受け,当該月の報償費の支出に関して作成された支出関係書類をとりまとめ,精算通知票兼精算票を添付して会計課長に提出する。
(キ) 会計課長は,資金前渡職員から提出を受けた支出関係書類によって精算確認をして精算通知票を作成し,精算通知票及び犯罪捜査協力報償費支払明細兼残高証明書を出納局長に提出して精算通知をする。
(ク) なお,一般に,資金前渡職員は,資金前渡により交付された資金の支払を完了したとき,又は,支払の必要がなくなったときは,債主の領収書その他必要な書類を添付した精算票を支出命令者に提出し,支出命令者は出納執行者にこれを通知しなければならないが,報償費については,支出関係書類は県警本部長及び各警察署長において保管することが認められており,そのため,精算通知票には,「領収書等関係書類は警察本部会計課又は○○警察署に保管」旨記載されるとともに,会計課長の私印が押印され,出納局長には精算通知票及び犯罪捜査協力報償費支払明細兼残高証明書を除く支出関係書類は提出されない。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本訴の争点は,①本件監査請求の監査請求期間徒過の有無(本案前の主張。争点1),②本訴提起の信義則違反ないし権利濫用該当性(本案前の主張。争点2),③本訴の第1次訴訟の蒸し返し該当性(本案前の主張。争点3),④A及びBによる報償費着服の有無(本案の主張。争点4)であるが,これに関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1) 争点1(本件監査請求の監査請求期間徒過の有無)
ア 被告の主張
本件監査請求は,被告が,3課隊の長が前渡された平成12年度報償費を着服したことによって発生した返還請求権を行使しないことが違法,不当であることを監査対象事項とするものであるが,3課隊の長は報償費の支出権限を有するから,上記事項の監査のためには,その前提として,3課隊の長の財務会計上の行為が適法か否かを監査する必要があり,本件監査請求は,いわゆる不真正怠る事実についての住民監査請求であり,上記返還請求権の発生原因たる行為のあった日又は終わった日を基準として法242条2項の期間制限に服する(最高裁昭和62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁)。
そして,本件監査請求は,平成12年度報償費の支出に係る行為のあった日又は終わった日から5年以上を経過した後にされているから,本訴は,適法な住民監査請求の前置を欠き不適法である。
イ 参加事件原告らの主張
法242条2項が監査請求期間を制限しているのは,実体的判断又は手続を誤り結果的に財務会計法規上の義務に違反した財務会計上の行為について早期に確定させることが行政事務執行上必要であるとの配慮に基づくものであり,地方自治体が財務会計上の行為と関わりなく有する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の行使を怠っている場合については上記の趣旨は及ばないから,同項により監査請求期間を制限する必要はない。
本件で,会計課長から3課隊の長に対し資金前渡された報償費は,その目的に従った支出,すなわち,財務会計上の行為としての支出がないままいわゆる裏金としてプールされ,費消されたものであるから,支出を装って着服されたものと評価されるべきであって,被告が3課隊の長に対する損害賠償請求権ないしは不当利得返還請求権を行使しない不作為は,いわゆる真正怠る事実に当たるから,監査請求期間の制限は及ばない。
(2) 争点2(本訴提起の信義則違反ないし権利濫用該当性)
ア 被告の主張
参加事件原告らは,いずれもオンブズマンの構成員であり,本件において被参加事件原告らと一体となって訴訟を遂行していたというべきであり,参加事件原告らと被参加事件原告らとの間には,訴訟当事者としての実質的同一性が認められる。
そして,被参加事件原告らのうちオンブズマンは,これまで,複数の住民訴訟において,自ら,民事訴訟法29条の当事者適格を有することを主張してこれが肯定された一方,平成12年度報償費について,自ら又はその構成員等をして住民監査請求及び住民訴訟を反復してきたが,参加事件原告らは,このうち,4回目の住民監査請求である本件監査請求をした上,3回目の住民訴訟である被参加事件に共同訴訟参加したものである。
こうした経緯にかんがみれば,オンブズマンは,団体と構成員個人を使い分けて住民訴訟を反復し,二重の住民監査請求の禁止(前記最高裁昭和62年判決)その他の法定の禁止ないし制限を免れようとしているのであり,かかる行為は,民事訴訟法上の権利を濫用し,信義則に違反するものであり,オンブズマンの構成員である参加事件原告らによる本訴の提起も信義則違反ないし権利濫用にほかならない。
イ 参加事件原告らの主張
第1次監査請求は,当時のオンブズマン及びその支援組織の各構成員が個人としてしたもので,第2次監査請求は,真正怠る事実に係るものとして,オンブズマン及びその構成員ではなかった個人2名がしたものである。
第2次訴訟は被告を間違っていたため,正しい被告に対し住民訴訟を提起するため,オンブズマンとその構成員ではない個人3名が第3次監査請求をした上,被参加事件を提起した。
第2次監査請求が真正怠る事実に係るものであることを前提とすれば,これが不適法として却下されたとしても,再度の住民監査請求ができ,被告を間違った住民訴訟を提起したことを理由に,再度の住民監査請求が不適法となる法的な根拠もない。ただ,無用な議論を避けて早く本論に入るため,第2次監査請求をしたオンブズマン等は訴えを取り下げることとし,第2次監査請求当時にオンブズマンの構成員となっていなかった参加事件原告らが,本件監査請求をした上で被参加事件に共同訴訟参加した。
このように,参加事件原告らの本訴提起が信義則違反ないし権利濫用である旨の被告の主張は,根拠がなく,本件監査請求が,真正怠る事実に係る住民監査請求であるか否かの点のみが問題とされるべきである。
(3) 争点3(本訴の第1次訴訟の蒸し返し該当性)
ア 被告の主張
オンブズマン及びその構成員は,上記(2)アのとおり,実質的に訴訟当事者としての同一性が認められるところ,オンブズマンは,第1次訴訟において,3課隊の長をその被告として追加することも可能であったのに,かかる手続をしなかった。
そして,オンブズマンが,第1次訴訟において,適切な主張立証をしていれば,被参加事件ないし本訴を提起するまでもなく,容易に本訴の請求の趣旨と同旨の判決を得ることが可能で,そのことについて何の支障もなかったのであるから,被参加事件及び本訴は,第1次訴訟の蒸し返しである。
イ 参加事件原告らの主張
(ア) 第1次監査請求は,平成12年度報償費について公金の違法,不当な支出がされていることを理由としてされたものであり,第1次訴訟は,財務会計上の行為の責任者として支出をした会計課長を被告として,違法支出による損害賠償を求めたものであるところ,第1次訴訟の判決は,公金支出という財務会計上の行為の違法性が問題ではなく,財務会計法規に従って適法に支出された公金を受領した県警本部関係各課及び警察署がこれを違法,不当な目的に費消し,宮城県に損害を与えた旨判示しているのであって,かかる判決を受けて,被告は,不法行為の存在等を知ったのであるから,不法行為をした相手方らに対し損害賠償請求をすべきところ,これを怠っていたのであり,この損害賠償権の行使を求める本訴は,真正怠る事実に係る請求である。
参加事件原告らは,このような怠る事実を捉えて,本件監査請求をしたのであるから,第1次監査請求と本件監査請求とは内容は関連しているが全く別個のものであり,本訴は第1次訴訟の蒸し返しに当たらない。
(イ) 前訴の蒸し返しとなる訴訟提起が信義則上許されないとされるのは,相手方に二重の応訴の負担をかけさせないとの趣旨であるところ,第1次訴訟と本訴とでは被告が異なり,本訴で訴訟告知を受ける者に第1次訴訟の被告たる会計課長は含まれないから,二重の応訴の負担の問題は生じない。
(4) 争点4(A及びBによる報償費着服の有無)
ア 参加事件原告らの主張
A及びBは,それぞれが所属長としての地位にあった生活保安課及び鉄道警察隊において,平成12年度報償費が適正に支出されたかのように装い,その全額を裏金に回して費消し,着服した。
イ 被告の主張
生活保安課及び鉄道警察隊の平成12年度報償費は,いずれも,財務会計法規に従い適法に支出されたものであって,A及びBがこれを着服したことはない。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,参加事件原告らの訴えは,争点1につき,前提となる本件監査請求が監査請求期間を徒過しているため,不適法であり,これを却下すべきと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 法242条1項は,住民監査請求の対象事項のうち財務会計上の行為については,当該行為があった日又は終わった日から1年を経過したときは住民監査請求をすることができない旨規定するが,上記の対象事項のうち怠る事実については,このような期間制限は規定されておらず,怠る事実が存在する限りはこれを制限しないこととするものと解されるところ,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実(不真正怠る事実)を対象として住民監査請求がされた場合には,当該行為が違法とされて初めて当該請求権が発生したと認められるのであるから,これについて上記の期間制限が及ばないとすれば,本件規定の趣旨を没却することとなり,したがって,このような場合には,当該行為のあった日又は終わった日を基準として同項を適用すべきものである(前記最高裁昭和62年判決)。しかしながら,怠る事実については監査請求期間の制限がないのが原則であることにかんがみれば,監査委員が怠る事実の監査をするに当たり,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にない場合には,当該怠る事実(真正怠る事実)を対象としてされた住民監査請求に上記の期間制限が及ばないものと解すべきである(最高裁平成14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁)。
2(1) これを本件についてみるに,参加事件原告らは,本件監査請求において,被告が,平成12年度報償費に関して,3課隊の長に対する返還請求権の行使を怠っているとして,これにより県が被った損害を補てんするために必要な措置を講ずることを求めるとともに,3課隊の長に対し行使すべき請求権について,報償費の前渡それ自体は違法でも無効でもなく,前渡された報償費の着服により発生したものであり,報償費の着服は財務会計上の行為ではなく,協力者等に対する個々の支出は存在しないから,この支出自体を捉えて財務会計上の行為と解釈することもできない旨主張し,本訴においても,2課隊の長であるA及びBが正当に支出されたことを装って支出関係書類を偽造し,前渡に係る報償費を裏金に回して費消した旨主張する。
(2) ところで,資金前渡の方法により資金前渡職員に資金が支出される場合,支出命令とそれに基づく支出(報償費の場合は,会計課長による支出命令と出納局長による支出)がされるところ,資金前渡の方法による資金の支出は,本来,地方公共団体の経費の支出は債権額が確定された上で正当な債主に対してされるのが原則であるところ,報償費の性質上,このような原則的な支払方法によることが困難なため,個別の支出に先立って資金前渡職員に概括的に資金を交付した上で,資金前渡職員にその管理を委ね,所属長の決裁等の下,これが予定する使途に支出させることとしたものであるから,会計課長による支出命令と出納局長による支出によって報償費が資金前渡職員に交付されたとしても,これにより公金の支出が完了したわけではなく,その後の所属長の決裁,資金前渡職員による支出等の一連の行為もまた財務会計上の行為であり,かつ,このような一連の行為によって企図された報償費の使途が報償費が本来的に予定したものか否かは,そのような財務会計上の行為の適法性ないし有効性を決する極めて重要な要件というべきである。
(3) すると,参加事件原告らが主張するところは,取りも直さず,報償費の支出を目的とする資金前渡職員の所属長であるA及びBの決裁等の手続がとられていることを前提として,そのような財務会計上の行為が,報償費の本来の使途以外への支出,具体的には,裏金として費消するという支出を企図するものであり,財務会計上の行為の極めて重要な要件を欠いて,違法性が著しく,効力を有さないというにほかならず,換言すれば,そのような違法な支出に至る一連の財務会計上の行為をもって着服と評価しているにすぎないと解される。
(4) 結局,参加事件原告らが,本件監査請求の対象とし,本訴において被告に行使を求めるA及びBに対する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権については,その存否の判断に際し,A及びBがした決裁その他の一連の財務会計上の行為が裏金としての費消という報償費の本来の使途以外への支出を企図としたものとして違法か否かの判断が不可避であって,被告のこれら請求権の不行使は不真正怠る事実に該当するから,当該財務会計上の行為の終わった日を起算日として,法242条1項の監査請求期間の制限に服するというべきであり,すると,本件監査請求は平成12年度報償費に係る財務会計上の行為が終わった日から1年を経過してされたことが明らかであり,このような不適法な本件監査請求を前提とする参加事件原告らの訴えも不適法であるといわざるを得ない。
3(1) 以上のとおり,参加事件原告らの訴えは,その余の争点につき判断するまでもなく,不適法であるが,参加事件原告らの主張は,A及びBが財務会計上の手続を形式的にすらとることなく資金前渡職員が保管する報償費として使用すべき公金を着服し,事後的に,これを隠蔽する意図が生じ,財務会計行為に関する内容虚偽の支出関係書類を作成したとの趣旨とも解されないではなく,そうであれば,被告が損害賠償請求権等を行使しないことは真正怠る事実に該当するので,以下,本訴の経緯にもかんがみ,その余の本案前の主張に対する判断はさておき,念のため,そのような財務会計行為とはおよそ無関係な着服行為があったか否かについて検討する。
(2) 参加事件原告らは,A及びBが報償費を着服したことについて,概要,警察組織における不正経理の常態化及び警視庁における捜査費架空支出,全国の各都道府県警察における報償費に関する架空経理,カラ出張等の不正経理疑惑の噴出を背景事実とした上,県警における報償費の支出が架空である根拠事実として,①元北海道警察警視長Gが第1次訴訟において北海道警察で行われている報償費の不正経理は全国的に行われているとみるのが一般的である旨証言したこと,②県警における平成11年度及び平成12年度の報償費について,各部署とも月々の配分額のほぼ全額が当月中に執行され,年間執行率も100パーセントないしこれに近く,月ごと又は年ごとの犯罪発生件数の増減と関係部署の執行額に相関関係がないこと,③県警本部長が,平成11年度及び平成12年度の報償費について,当時,被告(宮城県知事)の職にあったH(以下「H」という。)及び監査委員に対し,協力者等の氏名を明らかにすることを拒み続けたり,H,監査委員及び宮城県情報公開審査会に対し,報償費を執行したとされる捜査員からの聴き取り調査を拒み続けたりしたこと,④県警の元警視なる者が新聞社の取材に対し報償費等による組織的な裏金作りを語り,同一人物が当時のオンブズマン代表者であったCにも同旨の手紙を送付したが,この内部告発者は,手紙の筆跡,発信元の郵便局の消印及び内容(Aの定年前退職に至るまでの経歴,生活保安課に特徴的な報償費の支出単位及び平成15年3月ないし4月ころの所属長が招集された会議への不招との一致)に照らし,Aであること,⑤Hが,別訴控訴審(仙台高等裁判所平成15年(行コ)第7号)において,報償費の執行につき不正な支出であるとの深い疑義をもっている旨の「所感」と題する文書を提出するとともに,他の別訴第一審(当庁平成17年(行ウ)第18号)において,県警の元幹部職員がHに対し報償費の支出の98ないし99パーセントは架空であり裏金になっていたと語った旨証言したところ,この元幹部職員は,同人がHに交付した資料の内容が生活保安課における平成12年度報償費の執行内容と完全に一致していること等から,Aであること,⑥宮城県情報公開審査会が,オンブズマンがした宮城県情報公開条例に基づく平成11年度報償費に関連する資料の開示請求の審査請求に関して,審査庁である宮城県公安委員会に対し,非開示とされた文書につきインカメラ審査をした上で,協力者等に対する報償費の1件当たりの支出額が課ごとにほぼ定額であり,一般に報償費を支払ってまで情報を得る必要がないと考えられる捜査活動に報償費が支払われており,協力者等からの領収書が一部の課を除きほとんどないなどから,支出関係書類に記載されたとおり協力者等に対し報償費が支出されているとの心証形成には至らなかった旨答申したことを挙げ,これら主張に沿う証拠(丙1の2,3ないし8,10,11,13ないし18,20。丙3以下は各枝番を含む。)を提出する。
(3) そして,被告は,参加事件原告らが主張する事実ないし援用する証拠の証明力について,種々主張する(例えば,上記(2)のうち,①につき,Gは,県警に勤務したことがなく,県警の報償費に関する証言内容は憶測にすぎない,②につき,報償費は事件状況と予算状況に応じて支出の抑制に努めたり留保されていた継続案件に使用したりするので,予算を100パーセント近く消化しても不自然ではない,③につき,協力者等を保護する必要性がある等)が,概していえば,確かに,これらを個別にみると,被告の主張を一概に排斥できないもの,あるいは,最終的な要証事実との関係でさほど証明力が強くないものもあるものの,これらを全体としてみると,平成12年度ころ,県警において報償費が裏金として費消されていたことをうかがわせるものであり,とりわけ,「告」と題する「匿名希望」名義の内部告発文書(丙10)の作成者及びHが面談した元幹部職員がAである根拠として参加事件原告らが指摘するところが証拠(乙19,丙7,8,9の1,10,11,13ないし17)に裏付けられていることからすると,上記内部告発文書の作成者等はAであると認めるに難しくなく,上記内部告発文書には県警本部の言動及び自らの人事上の処遇に対する不満から定年前に自主的に退職した旨の記載があり,その内容に誇張等がある可能性があることを考慮しても,生活保安課において,平成12年度報償費の相当部分が裏金として費消された蓋然性は高いというべきであり,また,鉄道警察隊においても,同様の実態があったとの疑念を払拭することはできない。
(4) しかしながら,本件全証拠によっても,A及びBが,財務会計上の行為とはおよそ無関係に平成12年度報償費を着服した事実を認めるには足りず,かえって,報償費の執行状況を直接証することとなる上記内部告発文書の内容は,県警本部の事件主管課等において,資金前渡職員が所属長の了解を得て,報償費支出の正規の手続と同様の手続を装い,あたかも協力者等に現金が交付されたがごとく支出関係書類を作成することによって裏金を捻出し,交際費,慶弔費,懇親会費,接待費等に支出していたというものであって,参加事件原告らが報償費の着服と主張するところの実態は,所属長が報償費の本来の使途以外への支出を企図して財務会計上の行為をしたものにほかならず,すると,A及びBが平成12年度報償費につきそのような財務会計上の行為をしていたとしても,被告がA及びBに対する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の行使を怠っていることは,不真正怠る事実に該当するというべきである。
(5) 結局,念のため検討しても,A及びBが財務会計行為とはおよそ無関係に平成12年度報償費を着服した事実を認めることは困難である。
4 よって,参加事件原告らの訴えは不適法であるから,主文のとおり判断する。
(裁判長裁判官 畑一郎 裁判官 廣瀬孝 裁判官 遠藤啓佑)