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仙台地方裁判所 平成19年(わ)59号 判決 2007年9月21日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中150日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

第1  被告人は,平成19年1月1日午後3時15分ころ,宮城県名取市ab丁目c番d-e号所在のAf号のB(当時36歳)方の6畳居間において,不倫関係にあったBと口論となり,その左頬を手けんで殴るなどしてもみ合い,床面に倒れたBが失神するや,Bを殺害しようと決意し,Bの頸部を両手で絞め,さらに頸部にベルトを巻き,その一端を引っ張って絞め付け,そのころ,その場で,Bを頸部圧迫による窒息により死亡させた。

第2  被告人は,Bを殺害したことから,Bが,被告人とBとの子であるC(当時3か月)と無理心中したかのように偽装するため,Cを殺害しようと決意し,同日午後3時25分ころ,B方の6畳寝室において,Cがいたキャリーバスケットの上に,タオルケット及び四つ折りに畳まれた大人用掛け布団を重ねて置き,Cの呼吸が困難な状態にし,そのころ,その場で,Cを窒息により死亡させた。

(補足説明)

第1争点について

本件の争点は,①C(以下「被害乳児」という。)殺害につき,被告人がキャリーバスケット内の被害乳児の上に大人用掛け布団及びタオルケットを置いて殺害したか否か,その前提として②被告人がB(以下「被害女性」という。)が自殺したかのように偽装したか否か,③被害女性殺害に至る経緯として,被告人が被害女性の存在を疎ましく思っていたか否か,④被害女性殺害の直前に,被告人が被害女性の顔面を殴ってもみ合いになったのか,それとも,被告人が帰ろうとしたところ,被害女性から首に手を掛けられたためその手を振り払った際に,被告人の手が被害女性の顔面に当たったためもみ合いになったか否かである。

第2争点②について

1  争点①に先立ち,その前提となる争点②について検討する。

2  現場の状況

関係証拠によれば,被害女性は,浴室で,首にベルトが巻かれて先端が輪になり,洗い場に頭を向けてうつ伏せの状態で発見された。浴室の北側壁の化粧板に取り付けられたシャワーフックは,上方のネジが化粧板から1.5cm抜けて下方に曲がっており,シャワーホースのシャワーヘッドが外れたままシャワーフックに取り付けてあった。

3  被害女性の首に巻かれたベルトの先端が輪になっていたこと及びシャワーフックやシャワーヘッドの状況からすれば,被告人は,被害女性の首に巻き付けたベルトに輪を作り,その輪をシャワーフックに掛けたが,被害女性の重みにより,シャワーフックのネジが下方に曲がり,シャワーヘッドが外れ,被害女性は浴室の床にうつ伏せの状態になったと合理的に推認することができる。

そして,被告人が,被害女性の遺体を浴室まで運び,浴室において,ベルトの輪を作り,その後,もみ合いの際に動いた家具の位置を直し,被害女性を運ぶ際に台所に付着した血痕を拭き取り,被害女性の携帯電話から自分とのメール及び通話の履歴を消すなどした旨供述し,犯罪の形跡を隠滅していることからすれば,被告人は,被害女性が首吊り自殺したかのように偽装するため,被害女性の遺体に巻き付けたベルトをシャワーフックに掛けたものと認めることができる。

被告人は,公判廷において,被害女性の首に巻き付けたベルトをシャワーフックに掛けて首吊り自殺に見せかけようと思ったが,していない旨供述するが,客観的状況に符合せず,到底信用することはできない。

なお,被告人は捜査段階において,首吊り自殺の偽装工作をした状況を再現している。

第3争点①について

1  関係証拠によれば以下の事情を認めることができる。

① 被害乳児は,被害女性方6畳寝室のベット上に置かれたキャリーバスケット内で仰向けになり,キャリーバスケット上には畳まれたタオルケット及び四つ折りにされた大人用掛け布団(以下「大人用掛け布団等」という。)が,バスケットの縁が完全に見えない程完全に覆い被さった状態で発見され,死因は窒息であった。

② 被害女性は,平成18年9月20日被害乳児を出生し,退院後は被害女性方で被害乳児と2人で暮らし,以後一貫して被害乳児のために生活してきたもので,メール,日記,関係者に対する言動からすれば,被害女性は時に育児にいらつくことは有るものの,被害乳児を非常に慈しんでいた。また,被害女性は,前夫に対し,本件前日の平成18年12月31日午後8時40分ころ,今年も世話になったこと,春から被害乳児を保育園に入れる予定であり,職を探していることを携帯電話のメールで伝えているのであり,これらの事情からすると,被害女性は被害乳児に大人用掛け布団等を覆い被せたとは考えがたい。

③ 被告人は,捜査,公判を通じて,本件当日,被告人が被害女性方を訪ねた際,被害女性が被害乳児に布団を覆い被せたなどの危害を加えたと被害女性から聞いておらず,その兆候もなかったと供述しているが,その供述内容は関係人の証言とも符合し信用できる。

④ 被害女性方の合鍵を所持しているのは,被害女性,大家及び被告人であり,被告人が被害女性を殺害後被害女性方を立ち去ってから,被害女性の親族が立ち入るまでの間,被害女性方に立ち入った人物がいることをうかがわせる形跡はない。

⑤ 被告人は,被害女性を殺害後,被害女性が自殺したと見せかけるため,被害女性の遺体を浴室に運び,首に巻き付いたベルトの先端を輪にしてシャワーフックに掛け,6畳居間の家具の位置を直し,被害女性を運ぶ際の台所に付着した血痕を拭き取り,被害女性の携帯電話から自分とのメール及び通話の履歴を消した。

2  以上の事実関係によれば,被害乳児の遺体発見時,キャリーバスケット上に,大人用掛け布団等が完全に覆い被せられており,被害乳児を大切にしていた被害女性が,被害乳児に大人用掛け布団等を覆い被せるとは考えられず,本件当日被告人が被害女性方を訪れた際にもそのような兆候はなく,被告人が被害女性方を立ち去ってから,被害女性方に立ち入った者はうかがえないところ,これが可能であったのは被告人であるから,被告人が大人用掛け布団等を被害乳児に覆い被せたと推認することができる。そして,被害女性と被害乳児の死亡時期が同一のころであること,被告人は被害女性を殺害し,被害女性が自殺したとの偽装工作をしていることからすると,被告人は,被害女性が被害乳児と無理心中したと偽装するため,被害乳児を殺害するため大人用掛け布団等を被害乳児に覆い被せたと認めることができる。

3  被告人は公判において,本件犯行当時,被害乳児の存在を認識しておらず,したがって大人用掛け布団等を被害乳児に掛けていないと供述するが,被害女性を殺害後,居間,台所,浴槽と場所を移動しながら,家具のかたづけ,遺体の首吊りの偽装工作,血痕の拭き取り,携帯電話のメール等の履歴の削除をしているのであり,被害乳児を認識していなかったとするのは極めて不合理で到底信用できない。

なお,被告人は,捜査段階及び公判前において被害乳児に大人用掛け布団等を覆い被せたと供述している。

第4争点③について

1  被告人と被害女性の関係

関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人と被害女性は,平成15年8月ころから交際を始め,被告人から離婚すると聞かされて,被告人との結婚を希望し,以後不倫関係を継続していた。被害女性は,平成18年2月,被告人の子である被害乳児を妊娠し,被告人の胎児認知を受けて同年7月ころ,区役所に胎児認知届け出をし,同年9月20日被害乳児を出産した。被告人は,被害女性との関係を浮気であるとし,結婚するつもりはなく,平成18年ころからは,5歳の長男を溺愛し,仕事休みの際は,家に帰って長男と遊ぶなどしていた。

2  被害女性作成の被告人宛のメール等について

被害女性と被告人の携帯電話のメールのやりとりからすると,被害女性は,平成18年8月ころから一貫して,被告人に対し,養育費を請求し,借金の返済を求め,家に文書を送る,あるいは行く,さらには裁判を起こすと要求し,同年11月になり,被告人が11月10日に払うとのメールを送ったものの,「どろぼう,金返せ,カギ返せ,てめーの家と車売れ」などと要求し,11月10日に,被告人が自動車事故を起こし相手方が重体だと嘘のメールを送り,支払を逃れようとすると,同年12月には,養育費,慰謝料を要求し,「お金返して,裁判しかない,全部ぶち壊してやる,あなたにもあなたの家族にも復讐したい」とのメールを送っているのであり,被害女性の被告人に関する日記を合わせ考慮すると,被害女性は被告人と暮らしたいと思いながら,被告人の度重なる嘘から,被害乳児の生活のことを考えて,被告人に養育費等を請求していたものと認められる。

3  以上のとおり,被告人は,被害女性から電話やメールで借金の返済等を強く求められていたことからすれば,被告人は,被害女性のことを疎ましく思っていたと推認することができる。

なお,被告人が被害女性に返済すべき金額は,被害女性方から発見された被告人の署名指印のある金銭借用書(甲26)及び署名のある念書(甲27)等によれば,50万円であることが認められる。被告人は,借金の残額は20万円で,金銭借用書等には白紙に署名をしたと供述するが,極めて不合理な内容であって,到底信用できない。

第5争点④について

1  被告人は,検察官調書において,被害女性からののしられるうち腹が立ち,帰ろうと立ち上がったところ,被害女性から早く金を払うようにののしられ,興奮して右手のこぶしで対面する被害女性の左頬あたりを1回強く殴った,被害女性は倒れず,掴みかかってきたので両手首を掴んで押し返そうとしたところ,バランスを崩して両名とも倒れ込み,被害女性が仰向けに倒れ後頭部を打ち付け失神したと供述する。この供述は,被害女性の左頬骨部の表皮剥脱は鶏卵大で鈍体の打撲等により生じたとする鑑定書の鑑定内容と合致しており,取調警察官によれば,警察の取調において信用性を疑わせるような事情がなかったというのであるから,その内容が同一である検察官調書の供述は,信用することができる。

2  被告人は,公判廷において,被害女性に大声を出され,帰ると言って立ち上がったところ,被害女性が後から「ぶっ殺してやる」と言って首に手を掛けてきたので,右手の肘で振り払ったところ,右手が顔に当たったかもしれない,その後もみ合いになって,足がもつれ,一緒に倒れ込み,被害女性は後頭部を打った,その他暴行は加えていない,と供述する。しかしながら,右手で振り払って左頬に表皮剥奪ができるはずもなく,被告人のこの部分の供述は信用できない。

3  そうすると,被害女性殺害直前の状況として,被告人と被害女性が口論となり,被告人が被害女性の顔面を殴ってもみ合いとなった事実を認めることができる。

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,不倫関係にあった被害女性方において,被害女性と口論の末その顔面を殴るなどしてもみ合いとなり被害女性が失神した際,被害女性を殺害しようと決意し,被害女性の首を両手及びベルトで絞め付けて殺害し(判示第1),次いで,被害女性が被害乳児と無理心中したかのように偽装するため,被害乳児が居たキャリーバスケットの上にタオルケット及び掛け布団を置いて被告人の実子である被害乳児を殺害した(判示第2)という殺人の事案である。

2  被告人は,口論の末被害女性の顔面を殴るなどしてもみ合いとなり,被害女性が失神すると,かねてより,被害女性から借金返済等を強く求められるなどして疎ましく思っていたことから,被害女性を殺害し(判示第1),その後,被害女性が被害乳児と無理心中を図ったように見せかけるため,被害乳児をも殺害した(判示第2)もので,本件各犯行の動機は,いずれも短絡的かつ身勝手極まりないものである。特に,被害女性殺害の事実を隠し,無理心中の偽装工作のため,まだ年端のいかぬ幼い我が子の生命までも奪ったことは人倫にもとる所業というべきもので,被告人の身勝手さ,人命軽視の態度は甚だしく,その非難の程度には極めて大きいものがある。

3  犯行の態様は,失神した被害女性に馬乗りになり,その頸部を両手で思い切り絞め,その顔が赤黒くなり,両手がびくびくっと動くなどしたにもかかわらず,確実に息の根を止めようと紐を探し,これが見つからなかったことから,被害女性がズボンにはめていたベルトで,被害女性の耳から血が出るほど頸部を絞め上げたというもので(判示第1),犯意は強固であり,被害女性に対する一遍の畏敬の念もなく,執拗かつ残忍で,極めて悪質である。

また,被告人は,キャリーバスケット内にいた,わずか生後3か月の,言葉を発することも身動きもできない被害乳児に対し,四つ折りにした掛け布団等をキャリーバスケットの上に置いて窒息させており(判示第2),幼い我が子に対する親の愛情などみじんも感じられない,冷酷非道な犯行で,同様に極めて悪質である。

4  被告人は,36歳の前途ある被害女性の生命及び生後わずか3か月で無限の将来に満ちた被害乳児の生命を奪ったのであり,その一事をもっても結果は極めて重大である。

しかも,被害女性は,交際相手である被告人の子供を身ごもったことを喜び,被告人の不誠実な態度に苦しみながらも,なおも被告人の名前にちなんで名付けた被害乳児を一生懸命に育てていたが,その被告人から殺害されたもので,無念さは察するに余りある。被害女性が借金返済及び養育費等の支払を強く求め,被告人を責めていたことも,支払を引き延ばし,その場しのぎの弁解を繰り返すという無責任極まりない被告人の態度からすれば,無理からぬことであり,被害女性に非難されるべき点は全く存在しない。

被害乳児は,生後3か月で,母親である被害女性や親族ら周囲の人々の愛情を受けてすくすくと成長し,可愛い盛りであったが,本来養育されるべき被告人から,突然,窒息死させられたのであり,その精神的,肉体的苦痛は筆舌に尽くしがたい。

そのため,遺族らが受けた精神的苦痛も極めて甚大である。被害女性は,被告人との不倫関係に基づくものであるが,被害乳児を出産し,生活保護という厳しい生活の中でも被害乳児と共に明るく前向きに生活していこうとしていたのであり,また,被害乳児は,被害女性がようやく授かった子であり,遺族らにおいてもその成長を楽しみにしていたところであったが,2人とも凄惨な姿となって遺族らと対面することになったもので,遺族らの受けた苦しみ,悲しみは計り知れず,被害女性の母親及び姉を初めとして,遺族らが被告人に対し,絶対に許すことはできない旨述べ,口々に極刑を望むなど,峻烈な処罰感情を有するのは至極当然である。にもかかわらず,被告人は,遺族らに対してなんら慰謝の措置を講じていない。

5  被告人は,被害女性が被害乳児と無理心中したかのように偽装するため,被害女性の遺体を浴室に運び,シャワーフックに被害女性の首に巻き付いたベルトを掛けるなど偽装工作をしており,犯行後の事情も極めて悪い。また,被告人は,公判廷において,被害乳児を殺害していない旨述べるなど,極めて不合理な弁解に終始しており,真摯に反省する態度にも欠けている。

6  したがって,被告人の刑事責任は極めて重大である。

7  一方,被害女性を殺害したのは計画的とまではいえないこと,前科がないことなど被告人にとって有利な事情も認められるので,これらの事情を考慮して,被告人に対しては,主文の刑に処するのが相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑―無期懲役)

(裁判長裁判官 卯木誠 裁判官 宮田祥次 裁判官 浅海俊介)

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