仙台地方裁判所 平成19年(ヨ)72号 決定 2007年6月01日
債権者
X
債務者
テーデーエフ株式会社
同代表者代表取締役
A
同代理人弁護士
佐藤明夫
同
田中達也
主文
1 本件仮処分命令の申立てを却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
債務者の平成19年5月18日付け取締役会決議に基づく第三者割当による新株発行を仮に差し止める。
第2事案の概要
本件は、債務者の株主である債権者が、申立ての趣旨記載に係る新株の発行(以下「本件新株発行」という。)が会社法(以下「法」という。)210条1号及び2号に該当し、これにより不利益を受けるおそれがあると主張して、債務者に対し、同新株発行の差止めを求めている事案である。
1 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、疎明資料及び審尋の全趣旨により容易に認めることができる。
(1) 当事者等
ア 債務者は、鍛工品(自動車部品)の製造及び販売等を業とする株式会社であって、東京証券取引所第二部に株式を上場している(乙13)。
平成19年5月18日現在、債務者の資本金は11億9986万7424円、発行可能株式総数は2760万株、発行済み株式総数は1305万7928株である(甲1、審尋の全趣旨)。
イ 債権者は、平成19年5月22日現在、債務者株式を66万9000株保有している(甲3、4)。
ウ いすゞ自動車株式会社(以下「いすゞ自動車」という。)は、平成19年3月31日現在、債務者株式を307万2332株保有しており、債務者の筆頭株主である(甲1)。
(2) 本件新株発行の概要等
ア 債務者は、平成19年5月18日開催の取締役会において、次の要領による本件新株発行を決議した(以下「本件取締役会決議」という。甲1)。
(ア) 発行新株式数 普通株式 282万8000株
(イ) 発行価額 350円(以下「本件発行価額」という。)
(ウ) 発行価額の総額 9億8980万0000円
(エ) 資本金組入額 4億9490万0000円(1株につき175円)
(オ) 申込期間 平成19年6月4日まで
(カ) 払込期日 平成19年6月4日
(キ) 新株券交付日 平成19年6月5日
(ク) 割当先 いすゞ自動車
イ 債務者は、本件新株発行に係る上記要領等について、株主総会の決議を経ていない。
2 当事者の主張
債権者の主張は、平成19年5月22日付け新株発行差止め仮処分申立書、同訂正分及び同月31日付け「新株発行差止め申立書 追加趣意書(有利発行の疑いについて)」と題する書面のとおりであり、債務者の主張は、同月29日付け答弁書、同日付け及び同月30日付け各主張書面のとおりである。
3 主要な争点
(1) 争点1
本件発行価額が法199条3項所定の「特に有利な金額」に該当するか(本件新株発行に係る要領について株主総会の決議を経ていないことが法令違反となるか。法199条2項、201条1項、210条1号参照)。
(2) 争点2
本件新株発行が会社法210条2号所定の「著しく不公正な方法により行われる場合」に該当するか。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実、疎明資料(乙13のほか、後掲のもの)及び審尋の全趣旨によると、以下の事実を一応認めることができる。
(1) 本件新株発行が決議された経緯について
ア いすゞ自動車は、債務者の主要取引先であるが、平成18年11月、海外を中心とした商用車及びディーゼルエンジンの販売拡大を計画しているとして、債務者に対し、鍛造生産能力を増強してほしい旨要請した。その際、いすゞ自動車は、債務者に対し、今後の販売目標やそれに伴う課題等を記載した書面(乙4)を交付したが、同書面には「一部すでに限界点にある(鋳造・鍛造等)生産能力が不足するのは確実」であるとの記載がある。
イ 債務者は、いすゞ自動車の上記要請を受け、生産能力の増強を図ることとし、平成18年12月1日、社長、専務、技術担当常務及び生産担当常務らが集まり、生産能力の増強に必要な設備投資(以下「本件設備投資」という。)について検討を行い、おおよそ16億4000万円の資金が必要であると試算した(乙5)。
ウ 債務者は、平成18年12月7日、内部ミーティングを行い、本件設備投資に係る資金の調達方法等について次のような方針を定めた。
(ア) 資金調達の方法については、借入によることは債務者の自己資本比率を悪化させて財務体質を脆弱化させるおそれがあるからこれを避け、資本注入による財務体質の強化、事業安定性改善を図る意味からも増資によることとする。なお、債務者の自己資本比率は、平成18年3月期において28.4%、同19年3月期において30.5%であり、東京証券取引所第一部及び同第二部に株式を上場する自動車部品会社の平均値(平成18年3月期において44.4%、同19年3月期において45.5%)を下回っていた(乙12)。
(イ) 増資の方法については、公募増資による場合には時間がかかり、目標の金額を確実に調達できるか否かの予測も困難であるが、第三者割当増資による場合にはこれらのデメリットを回避することができ、本件設備投資に要する程度の金額であれば特定の者から募ることも可能であるから、第三者割当増資の方法によることとする。
(ウ) 第三者割当増資を行う場合の新株の割当先については、債務者に対して生産能力増強を要請しているいすゞ自動車であれば、本件設備投資の必要性について理解を得やすく、機動的に資金調達を行うことが可能であるから、同社に対して依頼する。また、債務者の生産能力が増強された場合には受注額が増加する可能性のあるトヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ自動車」という。)に対しても依頼する(乙6)。
エ 債務者は、上記方針に基づき、平成18年12月20日前後、いすゞ自動車に対して、第三者割当増資に係る新株の引受けを依頼した。その際、債務者は、いすゞ自動車に対して「第3者割当増資のお願いについて」と題する書面(乙7)を交付しているところ、同書面には、生産能力増大のための設備投資の必要性、必要な設備の内容及び金額、自己資本比率との関係で借入では補えず増資を行う必要があることなどが記載されている。
また、債務者は、平成19年1月ころ、トヨタ自動車に対しても新株の引受けを依頼したが、最終的に同社から承諾を得ることはできなかった。
オ 債務者は、平成19年1月22日、上記アのいすゞ自動車の要請に対する回答として、同社に対し、同社の要請に対応するために債務者において必要な設備とその金額を記載した書面(乙8)を提出した。
カ 債務者は、平成18年11月27日から平成19年4月23日までの間に、社内の投資委員会ないし取締役会において、生産能力増強に資する複数の設備投資計画(総額約10億円)について承認し、その一部について業者に発注をした(乙10、11)。
キ 債務者は、平成19年4月ころ、本件設備投資に要する資金額についてさらに詰めた検討を行い、これを13億0300万円と試算した(乙14)。
債務者は、上記13億0300万円の内約10億円を本件新株発行により調達し、これを上記カの設備投資計画等に係る費用に充てることとした。
ク 債務者は、平成19年5月18日、前記前提事実(2)記載のとおり、取締役会において本件新株発行について決議した。
(2) 本件発行価額等について
ア 日本証券業協会が新株の引受販売を行う協会員(証券会社)向けの自主ルールとして定めた平成18年5月1日付け「第三者割当増資等の取扱いに関する指針」(以下「日証協ルール」という。)は、「会員は、上場銘柄、登録銘柄及び店頭管理銘柄並びに外国の発行会社が本邦において特定の第三者に割り当てる会社法第199条第1項に規定する募集株式の発行等(以下、「第三者割当増資等」とします。)を行う場合には、当該第三者割当増資等が次に定める内容に沿って行われるよう要請する。」として、「払込金額は、当該第三者割当増資等に係る取締役会決議の直前日の価額(直前日における売買がない場合は、当該直前日からさかのぼった直近日の価額)に0.9を乗じた額以上の価額であること。ただし、直近日又は直前日までの価額又は売買高の状況等を勘案し、当該決議の日から払込金額を決定するために適当な期間(最長6か月)をさかのぼった日から当該決議の直前日までの間の平均の価額に0.9を乗じた額以上の価額とすることができる。」と定めている(乙1)。
イ 債務者株式の平成18年1月から同19年5月までの間の市場価額及び出来高の推移は、別紙のとおりである(乙2)。
債務者株式の市場価額は、本件取締役会決議の直前日である平成19年5月17日における終値が367円、同日までの直近3か月間における終値の平均価額が376.3円であった(甲1、乙2)。
ウ 債務者は、本件取締役会決議の直前日までの直近3か月間における債務者株式の終値の平均価額を参考として、本件発行価額を350円とした(甲1)。
本件取締役会決議の直前日までの直近3か月間における終値の平均価額を参考とした理由は、債務者株式が、平時における一日当たりの取引高が極めて少なく、そのために主要取引先であるいすゞ自動車の動向や多少の需給関係の変化によって取引価額が大きく変動するものであることに鑑み、価額決定日前日の市場価額を参考にするのではなく、ある程度の期間の平均価額を参考にすべきものと考え、直近の市場価額の動向や他社の事例を考慮してこの期間を3か月としたというものである。また、新株発行の実務においては、新株が発行される場合に市場価額が下落することがあり得ることから、市場価額から一定の値引きが行われているところ、かかる実務に従い、日証協ルールが定める範囲内で、直近の市場価額、既存株主の利益、債務者における資金調達の実現その他の事情を総合考慮して、値引きを行ったものである。
2 争点1について
(1) 法199条3項所定の「特に有利な金額」とは、公正な発行価額に比べて株式引受人に特に有利な金額をいうものと解される。そして、いわゆる上場会社が第三者割当の方法により新株を発行する場合の公正な発行価額は、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものであるが、発行価額の算定方法が合理的であり、かつ、発行価額が価額決定直前の市場価額に近接している場合は、当該価額は、上記「特に有利な金額」に当たらないというべきである。
(2) これを本件発行価額についてみると、上記認定事実(2)のとおり、債務者は、債務者株式の市場価額の騰落習性等を考慮して、本件取締役会決議の前日までの直近3か月間における終値の平均価額を基準とし、日証協ルールを踏まえ、新株を発行した場合に予想される市場価額の下落、本件取締役会決議の直前日における終値、債務者の資金調達の必要性等を総合考慮して値引きをし、本件発行価額を決定したというのであり、かかる発行価額の算定方法は合理的なものであるということができ、また、本件発行価額は、本件取締役会決議の直前日における終値の約0.953倍に当たり、価額決定日直前の市場価額に近接しているものということができるから、法199条3項の「特に有利な金額」には当たらないということができる。
(3) 債権者は、本件発行価額が平成19年3月期末時点における一株当たり純資産額である459円を大幅に下回るものであることを根拠に、これが公正な発行価額に比べて新株引受人に特に有利な金額である旨主張するようであるが、独自の見解であって採用できない。
また、債権者は、債務者は本件取締役会決議がされた日に1株当たり3円の復配を発表しているところ、復配は株価の上昇要因であるから、それ以前の平均市場価額を基準として本件発行価額を決定したのは不当である旨主張する。しかし、債務者が上記復配に係る事実を具体的にどのように考慮したのかは明らかではないものの、上記(2)によれば、債務者は、本件取締役会決議後において予測される債務者株式の市場価額の変動をも考慮要素として本件発行価額を決定しているものと解され、また、債権者の主張によると、具体的な価額は明らかではないものの、債務者株式の市場価額は本件取締役会決議の前後でほとんど変動していないというのであるから、債務者による本件発行価額の算定方法が不当であったとは認められない。
3 争点2について
(1) 法210条2号所定の新株発行が「著しく不公正な方法により行われる場合」とは、不当な目的を達成する手段として新株発行が利用される場合をいうと解され、資金調達の必要性がないにもかかわらず、会社支配権の維持又は争奪を目的として新株発行が行われる場合や、資金調達の必要性はあるが、会社支配権の維持又は争奪を主要な目的として新株発行が行われる場合などがこれに該当するというべきである。
(2) これを本件についてみると、上記認定事実によれば、債務者に本件設備投資に係る資金調達の必要性があることは明らかであるが、債務者が調達を必要としている資金の額、債務者の自己資本比率の状況、債務者株式の出来高の状況、資金調達を必要とするに至った経緯、債務者といすゞ自動車の関係等を考慮すると、債務者が当該資金調達を本件新株発行により行うことには相応の理由があるというべきであり、本件新株発行が不当な目的を達成する手段として利用されているとは認められない。
(3) 債権者は、本件新株発行はいすゞ自動車の債務者に対する支配権の強化を主要な目的として行われるものであり、他方、本件設備投資は手元資金ないし借入により行うことが可能であるから、債務者に本件新株発行を行うまでの資金調達の必要性はない旨主張するが(甲5参照)、債権者がそのように主張する根拠は必ずしも明確ではなく、上記判断を左右するものではない。
なお、債権者は、本件新株発行が行われた場合にはいすゞ自動車の持株比率が33.3%を超えることになるから、株式公開買付けの手続を踏むべきであるなどと主張するが、同主張は、結局のところ、本件新株発行がいすゞ自動車の債務者に対する支配権の強化を目的として行われるものであることや、債務者に本件新株発行を行う資金調達の必要性がないことを前提とするものであるから、前提において失当である。
第4結論
以上によると、その余の点について判断するまでもなく、債権者の本件仮処分命令の申立てに理由がないことは明らかであるから、主文のとおり決定する。
(裁判官 及川勝広)
<以下省略>