大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成19年(ワ)1800号 判決 2008年10月29日

主文

1  被告らは,原告Aに対し,連帯して,3972万5008円及びこれに対する平成19年5月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Bに対し,連帯して,3922万5008円及びこれに対する平成19年5月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

3  原告らのそのほかの請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,その4分の1を原告ら,4分の3を被告らの負担とする。

5  この判決は,第1項,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告Aに対し,連帯して,5280万3165円及びこれに対する平成19年5月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Bに対し,連帯して,5390万3165円及びこれに対する平成19年5月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,交通事故により死亡した被害者の両親である原告らが,その当事者である被告Cに対しては,民法709条に基づき,その使用者である被告株式会社Dに対しては,民法715条1項,自動車損害賠償保障法3条に基づき,その代理監督者である被告E,被告Fに対しては,民法715条2項,719条1項前段に基づいて,被害者,原告らが被った損害の賠償を求めた事案である。

2  前提事実(認定に用いた証拠などは末尾に掲げる。)

(1)  本件事故の発生(甲1~5)

Gは,以下のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)に遭った。

日時  平成19年5月29日午前4時5分ころ

場所  仙台市宮城野区ab丁目c番d号の先にある国道4号仙台バイパスと仙台市道岩切鶴ヶ谷1号線の交差点(以下「本件交差点」という。)

被害車両  Gが運転する普通乗用自動車

加害車両  被告株式会社Dが所有し,被告Cが運転する中型貨物自動車

事故態様  国道4号仙台バイパスを若林区方向から泉区方向に加害車両を運転していた被告Cが,疲労で居眠りをしていたため,本件交差点に設置されていた対面信号が赤信号だったのに気づかないで,本件交差点に進入し,さらに,青信号に従って,仙台市道岩切鶴ヶ谷1号線から本件交差点に進入していた被害車両にも,その直前まで気づかなかったため,避けきれず,被害車両の右側部に加害車両の左前部を衝突させ,Gに傷害を負わせた。

傷害結果  Gは,本件事故により,脳挫傷などの傷害を負い,同日午前8時26分ころ,搬送先の病院で死亡した。

(2)  責任原因

ア 被告Cは,本件事故の当時,疲労で眠気を感じていたのであるから,運転を中止すべき注意義務があった。ところが,この義務を怠り,そのまま運転を続けた過失により,本件交差点の手前で居眠りをしたため,本件交差点に赤信号で進入するのみならず,青信号で進入していた被害車両に直前まで気づかなかったため,本件事故を引き起こした。被告Cには,民法709条に基づいて,原告らに対し,本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

イ 被告株式会社Dは加害車両の保有者であるから,自動車損害賠償保障法3条本文に基づいて,原告らに対し,本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

また,被告株式会社Dは被告Cの使用者であり,本件事故は,被告Cが被告株式会社Dの業務である貨物運送中に生じたものである。したがって,民法715条1項に基づいても損害を賠償する責任がある。

ウ 被告Eは,被告株式会社Dの代表取締役であり,この会社に代わって,現実に被告Cの選任,監督をしていたから,代理監督者に当たる。したがって,民法715条2項に基づいて,原告らに対し,本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

また,被告Eは,被告株式会社Dの配車係としてこの会社での配車を直接指示する地位にあった被告Fと互いに意思を通じて,被告Cが過労により正常な運転ができないおそれがある状態で加害車両を運転することを認識しながら,被告Cに対し,平成19年5月28日午前9時30分ころから同月29日午前7時ころまで,加害車両の運転をするよう指示し,その結果,本件事故を引き起こした。したがって,民法709条,719条に基づいても損害を賠償する責任がある。

エ 被告Fは,前記の地位にあったから,代理監督者に当たる。したがって,民法715条2項に基づいて,原告らに対し,本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

また,被告Fは,前記のとおり,被告Eと同じく,民法709条,719条に基づいても損害を賠償する責任がある。

(3)  相続(甲6)

原告らは,Gの両親であり,Gの権利義務を各2分の1ずつ相続した。

(4)  刑事事件(甲8,10)

ア 被告Cは,本件事故について,業務上過失致死罪で起訴され,平成19年8月1日,仙台地方裁判所から禁錮3年,5年間執行猶予の判決を宣告された。

イ 被告株式会社D,被告E,被告Fは,本件事故について,道路交通法違反罪(過労運転の下命)で起訴され,平成19年8月2日,仙台簡易裁判所からそれぞれ罰金30万円の略式命令を受けた。

3  原告らと被告株式会社D,被告E,被告Fとの争点は原告らが被った損害の額である(Gが,本件事故により,被害車両を廃車にせざるを得なくなり,被害車両の時価相当額,廃車費用の合計62万1000円の負担をしたことは争いがない。)。この争点についての主張は以下のとおりである。

(1)  逸失利益

(原告らの主張)  5738万5331円

Gは,本件事故の当時,汐見交通株式会社でタクシー運転手として働いていて,平均して1か月当たり約13万4000円の収入を得ていた。しかし,平成19年の秋には高齢者,障害者の介護を目的としたタクシー会社を設立する確実な予定があった。したがって,その基礎収入はタクシー会社設立後の収入額とみるべきである。その年額は,少なくとも賃金センサス平成17年第1巻第1表男性労働者学歴計40~44歳の653万1600円を下回らない。

また,Gは,本件事故の当時,独身で,両親である原告らと同居していたが,その収入のすべてを生活費として家庭に入れるとともに,身体障害者である原告Bの介護の中心的役割を果たしており,一家の支柱であったから,その生活費控除割合は40パーセントにとどまる。

したがって,Gの逸失利益は,以下の計算式のとおり5738万5331円とみるべきである。

(計算式)

653万1600円(基礎収入)×14.6430(就労可能期間である27年間に対応したライプニッツ係数)×(1-0.4〔生活費控除割合〕)=5738万5331円(1円未満四捨五入。以下の計算でも同じ。)

(被告株式会社D,被告E,被告Fの主張)

Gが,本件事故当時,H株式会社でタクシー運転手として働き,平均して1か月当たり約13万4000円の収入を得ていたことは認めるが,この当時,平成19年の秋には高齢者,障害者の介護を目的としたタクシー会社を設立する確実な予定があったことは知らない。基礎収入,生活費控除割合が原告ら主張のとおりとみることは争う。

タクシー会社を設立した後に,その額は賃金センサス平成17年第1巻第1表男性労働者学歴計40~44歳の653万1600円程度の収入が得られる見込みがあったとみるのは相当ではない。タクシー業界は,規制緩和により,タクシー会社の乱立,タクシー台数の増加で,過当競争となっており,タクシー会社の収益,タクシー運転手の収入が減っていることは公知の事実である。特に,仙台市周辺ではこの傾向が顕著である。

(2)  死亡慰謝料  3000万0000円

(原告らの主張)

本件事故は,被告株式会社D,被告E,被告Fから,過労運転を強いられた被告Cが,高速度のまま,居眠り運転を続け,加害車両を本件交差点に進入させた結果,引き起こされたものである。本件事故での結果,被告Cの過失は重大であるし,被告株式会社D,被告E,被告Fの運転指示行為の悪質さは顕著である。

また,Gは,平成19年の秋にはタクシー会社を設立する確実な予定があったのに,このような事故に遭い,志半ばで夢を断ち切られたのであり,その無念は察するに余りある。

このような事情を考慮すると,Gが,本件事故により,被った精神的苦痛は多大なものであるから,その苦痛を慰謝するための慰謝料は3000万円を下回らない。

(被告株式会社D,被告E,被告Fの主張)

争う。

(3)  葬儀費用

(原告らの主張)

原告Aは,費用を負担して,Gの葬儀を執り行った。本件事故により生じたものとして被告らに負担させるべき費用は150万円を下回らない。

(被告株式会社D,被告E,被告Fの主張)

争う。

(4)  原告ら固有の慰謝料

(原告らの主張)

原告Bは,自分たちと同居し,身体障害者である自分の介護の中心的役割を果たしていたGが死亡したことで,十分な介護を受けられなくなっただけでなく,心療内科への通院を余儀なくされるほどの精神的苦痛を被った。原告Aも,Gが死亡したことで,原告Bを介護する負担が増えるなど,精神的苦痛を被った。本件事故後,被告らが誠実さを欠いた対応をしていることも考慮すると,その苦痛を慰謝するための慰謝料は,原告Bについては500万円,原告Aについては250万円を下回らない。

(被告株式会社D,被告E,被告Fの主張)

争う。

(5)  弁護士費用

(原告らの主張)

原告らには,本件事故により生じた損害の賠償を求めるため,弁護士に委任し,本件訴訟を提起する必要があった。そのための弁護士費用は原告Aについては480万円,原告Bについては490万円を下回らない。

(被告株式会社D,被告E,被告Fの主張)

争う。

第3被告Cに対する請求についての判断

被告Cは,請求原因事実を争うことを明らかにしないので,これらの事実を自白したものとみなす。

したがって,被告Cには,原告らに対し,民法709条,710条,711条に基づいて,本件事故により生じた損害(その額は第4で判断する。)を賠償する責任がある。

第4被告株式会社D,被告E,被告Fに対する請求についての判断

1  逸失利益  4282万9017円

(1)  関係証拠(甲11〔枝番を含む。〕)によると,Gが,本件事故当時,H株式会社でタクシー運転手として働き,平均して1か月当たり約13万4000円の収入を得ていたことが認められる。

しかし,関係証拠(甲12~20,31,32,36,37,証人I,原告A〔枝番を含む。〕)によると,Gは,平成17年ころから,高齢者,障害者の介護を目的としたタクシー会社(株式会社J)を設立しようと考え,東北運輸局宮城支局の担当職員から指導を受けて,駐車場の確保,事務所の新築に向けての準備,乗務員の募集,会社設立費用の調達など,平成19年9月上旬ころに会社を設立するとともに,一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受け,この事業を営むための準備を整え,同年6月1日(本件事故の3日後)ころには一般乗用旅客自動車運送事業許可申請書を提出するまでになっていたことも認められる。

そうすると,Gには,本件事故当時,平成19年の秋にはタクシー会社を設立する確実な予定があったと認められるから,逸失利益を算出するに当たっては,この当時務めていたH株式会社からの給与収入の額ではなく,このタクシー会社から支払われたと見込まれる役員報酬の額をその基礎収入の額とみるのが相当である。

(2)ア  関係証拠(甲33)によると,Gは,設立するタクシー会社では,1年当たり1億1880万円の営業収入が得られ,その50パーセントの賃金,1リットル当たり80円の割合による燃料費,そのほかの固定費(合計3334万3000円)を支払い,自分に対する役員報酬を600万円としても,515万7000円の営業利益が確保できると見積もっていたことが認められる。また,関係証拠(甲34,35,39,証人I)によると,仙台市周辺では介護タクシーを利用すると見込まれる高齢者の数が増加しているほか,介護タクシーの料金は通常のタクシーよりも高く設定されていることも認められる。

しかし,関係証拠(乙2,3)によると,仙台市周辺では,タクシーの台数が,平成19年3月には平成14年の1.5倍に増えていること,国土交通省は,平成19年1月,仙台市について,タクシーの新規参入,増車を禁止することができる緊急調整地域に指定したこと,新規に参入したタクシー会社の中には,営業不振により,1年足らずで,すべての従業員を解雇せざるを得なかったところもあることも認められる。

イ  これらの事情をもとに検討すると,Gが,タクシー会社を設立できたとしても,仙台市周辺では,本件事故の当時,緊急調整地域に指定されるほど,供給が過剰の状態になっていた。さらに,新規参入が禁止される前に,Gと同じように,介護タクシーを利用する高齢者を当て込んで,別のタクシー会社も参入する可能性もあった。そうすると,介護タクシーを利用すると見込まれる高齢者の数が増加しているし,その料金は通常のタクシーよりも高く設定されているからといって,その設立の当初から,その見積もりのとおりの営業収入を得られたとまでは認められない(Iも,尋問で,このことを認めている。)。

このほかに,Gが,タクシー会社を設立できたとしても,その燃料費,固定費が,その見積もりのとおりでとどまるとまでも認められない(例えば,燃料費が1リットル当たり100円に上がったときには,その額は1650万円に増加する。)ことや,このタクシー会社から支払われたと見込まれる役員報酬はそのすべてが労働の対価ではなく,利益配当の部分も含まれていることや,年齢や男女の違いでこの報酬の額に目立った違いが生ずるとは考えにくいことも考慮すると,Gは,本件事故がなければ,就労可能な67歳までの27年間を通じて,賃金センサス平成17年第1巻第1表の産業計企業規模計学歴計全労働者全年齢の平均収入額である487万4800円を得ることができたとまでは認められるが,それ以上に,この表の男子労働者学歴計40~44歳の平均収入額である653万1600円を得ることができたとまではみることはできない。

(3)  そして,関係証拠(甲36,37,証人I,原告A)によると,Gは,本件事故の当時,独身で,両親である原告らと同居していたが,その収入のすべてを生活費として家庭に入れるとともに,身体障害者である原告Bの介護の中心的役割を果たしており,一家の支柱であったことが認められる。そうすると,その生活費控除割合は40パーセントにとどまるとみるのが相当である。

(4)  以上によると,Gの逸失利益は,以下の計算式のとおり4282万9017円とみるのが相当である。

(計算式)

487万4800円(基礎収入)×14.6430(就労可能期間である27年間に対応したライプニッツ係数)×(1-0.4〔生活費控除割合〕)=4282万9017円(1円未満四捨五入。以下の計算でも同じ。)

2  慰謝料  2400万0000円

関係証拠(甲4,8~10,22~28〔枝番を含む。〕)によると,本件事故は,被告株式会社D,被告E,被告Fから,過労運転を強いられた被告Cが,高速度のまま,居眠り運転を続け,加害車両を本件交差点に進入させた結果,引き起こされたものであることが認められる。また,Gには,前記認定のとおり,平成19年の秋にはタクシー会社を設立する確実な予定があったのに,このような事故に遭い,この予定をかなえることができなくなった。

このような事情を考慮すると,Gが本件事故により被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は2400万円とみるのが相当である。

3  物損  62万1000円

Gが,本件事故により,被害車両を廃車にせざるを得なくなり,被害車両の時価相当額,廃車費用の合計62万1000円の負担をしたことは争いがない。

4  相続

原告らがGの両親であることは争いがない。

したがって,原告らはGの被告らに対する損害賠償請求権の2分の1ずつ3372万5008円を相続した。

5  葬儀費用  原告Aについて150万0000円

関係証拠(甲37,原告A),弁論の全趣旨によると,原告Aが,費用を負担して,Gの葬儀を執り行ったことが認められる。本件事故により生じたものとして被告らに負担させるべき費用は150万円とみるのが相当である。

6  原告ら固有の慰謝料  原告Aについて100万0000円

原告Bについて200万0000円

関係証拠(甲37,40,乙1,原告A)によると,原告らは,自分たちと同居し,身体障害者である原告Bの介護の中心的役割を果たすとともに,一家の支柱であったGが死亡したことで,精神的苦痛を被ったことが認められる。原告Bは,十分な介護を受けられなくなっただけでなく,心療内科への通院を余儀なくされている。原告Aも,原告Bを介護する負担が増えたり,被告らとの示談交渉が思うように進まないこともあって,やはり心療内科への通院を余儀なくされている。このような事情のほか,被告E,被告Fが,原告らからみて誠実さを欠いているとみられるような対応をしていることも考慮すると,その苦痛を慰謝するための慰謝料は,原告Aについては100万円,原告Bについては200万円とみるのが相当である。

7  弁護士費用  原告らについて各350万0000円

弁論の全趣旨によると,原告らは,本件事故による損害の賠償を求めるため,弁護士に委任し,本件訴訟を提起する必要があったことが認められる。そのための弁護士費用は原告らについて各350万円とみるのが相当である。

8  合計額  原告Aについて3972万5008円

原告Bについて3922万5008円

第5結論

以上によれば,原告Aの請求は3972万5008円及びこれに対する本件事故の日である平成19年5月29日から支払済みまで民法で定める年5パーセントの割合による遅延損害金の各自支払を求める部分はいずれも理由があり,そのほかの部分はいずれも理由がない。

原告Bの請求は3922万5008円及びこれに対する平成19年5月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金の各自支払を求める部分はいずれも理由があり,そのほかの部分はいずれも理由がない。

よって,訴訟費用の負担について民事訴訟法65条1項,64条本文,61条,仮執行の宣言について同法259条1項を適用して(相当ではないから,訴訟費用の負担を求める部分には,この宣言を付さない。),主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤幸康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例