仙台地方裁判所 平成19年(ワ)1895号 判決 2008年10月22日
主文
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して2502万4579円及びこれに対する平成19年1月22日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して2521万7333円及びこれに対する平成19年1月22日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告らの負担とする。
5 この判決は,第1及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して3514万0536円及びこれに対する平成19年1月22日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して3752万2285円及びこれに対する平成19年1月22日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,原告らの子であるC及び原告Bが被告X運転車両と接触する交通事故に遭遇したことから,Cを相続した原告らは,被告Xに対して不法行為責任に基づき,被告Yに対して使用者責任ないし自賠法3条の運行供用者責任に基づき,Cにおいて生じた損害賠償金を,加えて,原告Bは自己の受傷にかかる損害賠償金を,それぞれ被告らに対し,上記各金額及びこれに対する事故当日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を請求した事案である。
2 争いのない事実等
(1) 本件事故の発生
別紙事故目録記載の交通事故が発生した。
(2) 当事者
原告AはCの父,原告BはCの母であり,被告Xは,本件事故当時,加害車両を運転していたものであり,かつ,被告Yの被用者であったものである。
(3) Cの死亡
本件事故により,Cは本件事故の現場において脳損傷によりごく短時間で死亡した。
(4) 被告Xの過失
被告Xは,平成19年1月22日午後2時21分ころ,業務として加害車両を運転し,本件事故現場の信号機により交通整理が行われている交差点を文化町方面から荒町方面に向かって右折進行するにあたり,同交差点右折方向出口には横断歩道が設けられていたのであるから,同横断歩道の横断歩行者の有無に留意し,その安全を確保して右折進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,横断歩行者はないものと軽信し,同横断歩道の歩行者の有無に留意せず,その安全確認を欠いたまま漫然時速15キロメートルで右折進行した過失により,折から同横断歩道を青信号に従い,右方から左方に向かい横断中のC(当時2歳)及び原告Bを右前方約1メートルないし約1.4メートルの地点にそれぞれ発見し,急制動の措置を講じたが及ばず,C及び原告Bをそれぞれ路上に転倒させるなどし,よって,そのころ同所においてCを脳挫傷により死亡させ,原告Bに加療約4週間を要する両足挫傷等の障害を負わせた。
(5) 被告らの責任
① 被告X
被告Xは,上記(4)記載の過失によりCに対して上記(4)記載の損害を被らせたのであるから,不法行為責任(民法709条)に基づき損害賠償責任を負う。
また,被告Xは,原告A及び原告Bに対し,民法711条により損害賠償責任を負う。
② 被告Y
本件事故当時,被告Yは被告Xの使用者であり,被告Xは被告Yの業務として加害車両を運転中であったものであるから,被告Yは使用者責任(民法715条)を負うとともに,加害車両は被告Yが所有し,その運行利益及び運行支配が被告Yに帰属するものであるから,被告Yは運行供用者責任(自賠法3条)を負う。
(6) 損害・金銭評価(後記3の主たる争点に関する損害・金額を除く。)
① C関係
ⅰ 治療費 6万4842円
ⅱ 葬儀関係費用 150万円
ⅲ 死亡によるC固有の慰謝料 2400万円
ⅳ 既払金 6万4842円
② 原告B関係
ⅰ 治療費 4万6055円
ⅱ 通院費 9680円
ⅲ 既払金 5万5735円
3 主たる争点(損害とその金銭評価)・当事者の主張等
(1) 原告ら
① Cの逸失利益
Cは本件事故(死亡)当時2歳の女児であり,男女共同参画社会の到来といった社会情勢や男女雇用機会均等法施行等の法制度の変化によって男女の収入格差が解消ないし縮小することに照らせば,Cが将来において全労働者平均賃金相当額の収入を得る蓋然性が高いことから,平成17年全労働者に関する賃金センサスによる年収487万4800円を基礎収入とすべきであり,これに30パーセントの生活費控除をしたうえ,中間利息控除については2歳から67歳までのライプニッツ係数19.161から2歳から18歳までの同係数10.838を控除した後の係数8.323を乗じて求められる2840万1072円をもって,本件事故によるCの逸失利益とするのが相当である。
② 原告らの固有の損害
ⅰ 原告ら共通
Cは原告Aが44歳,原告Bが39歳のときに妊娠したこともあって,原告らにとっては待望の子であり,かけがえのない宝物としてすべての愛情を注いで大切に育ててきたものであり,まさにCは原告らの生き甲斐であり人生のすべてであったが,本件事故により原告らはこのような幸せを一瞬にして失ったものである。しかも,原告Bは,自らの受傷とともに,Cが交通事故に遭遇して死亡するという残酷な現場を目の当たりにしたことにより甚大な精神的苦痛を被ったものであり,原告Aにおいても,今もって愛娘の死亡という事実を受け入れがたく,信じたくないとの思いに駆られており,このような不条理な事態に対しやり場のない怒りと悲しみでいっぱいであり,さらに,慰謝料の増加要素として,被告Xが原告らに対して誠意ある謝罪をせず,本件事故によって負った罪を償うための社会奉仕活動等も口先だけのことであり,被告Yも,本件事故後に原告らに対して約束した新聞等への謝罪広告も実行せず,加えて,被告らにおける示談代行者であった保険会社の担当者も誠意ある対応が示されず,原告らの不信感を増加させた等の諸事情も考慮されるべきであり,原告らにおける精神的衝撃をあえて金銭評価するならば,原告らの慰謝料はそれぞれに500万円を下ることはない。
ⅱ 原告B
a 事務手続費用 1万2600円(診断書の取付け費用)
b 付添看護費 1万8000円(原告Bは本件事故により精神状態が不安定で通院に際して原告Aの付添が必要であった。)
c 休業損害 6万3042円(原告Bは原告Aの専従者として稼働していたほか,主婦としても稼働してことから,平成17年度42歳女子平均賃金383万5100円をもとにした休業日数6日に相当する金額)
d 逸失利益 83万0107円(平成17年度42歳女子平均賃金383万5100円,14級相当の労働能力喪失率5パーセント,5年間につき,ライプニッツ係数4.329による中間利息控除をもとにした休業日数6日に相当する金額)
e 傷害慰謝料 18万円
f 後遺障害慰謝料 105万円(両足に圧挫の跡と思われる圧痛及び知覚異常が残っており,後遺障害等級14級9号に相当する。)
③ 弁護士費用
ⅰ 原告A
上記のCから相続した損害賠償請求権(弁護士費用を除く。)と原告A固有の慰謝料の合計額3195万0536円の1割程度である319万円が本件での相当な弁護士費用である。
ⅱ 原告B
上記のCから相続した損害賠償請求権(弁護士費用を除く。)と原告B固有の損害の合計額3410万4285円の1割程度である341万8000円が本件での相当な弁護士費用である。
(2) 被告ら
① Cの逸失利益について
ⅰ 基礎年収
Cは幼児・年少者として,その逸失利益の算定にあたっては,被害者の性別に応じて,賃金センサスによる男女別平均賃金を基礎収入とするのが相当である。
この点で,原告らは賃金センサスの全労働者平均賃金に基づくべきであると主張するが,逸失利益の基礎収入につき,現実の収入がない者については,できる限り蓋然性のある額を算出するように努め,これに疑いが持たれるときは,被害者側にとって控えめな算定方法をとるべきである。なぜなら,そのようにしないと,あらゆる者にとって将来の所得は大きく変わる可能性が相当高いことから,結局,すべての事案において,全労働者平均賃金によるべきこととなりかねず,損害の公平な分担という損害賠償の理念に反する結果を招来することになるからであり,本件でも,Cが賃金センサスの全労働者平均賃金と同水準の賃金を得られた蓋然性が認められるまでの証拠はない。
ⅱ 結論
平成18年女子学歴計全年齢平均年収343万4400円を基礎収入,生活費控除率30パーセント中間利息控除に関してライプニッツ係数8.323により算出される2000万9158円がCに関する逸失利益となる。
② Cと原告らの固有の死亡慰謝料について
Cは2歳の幼児であること等からその死亡による慰謝料は2400万円が相当であるが,原告らが主張する親族としての固有の慰謝料については,死亡した本人の慰謝料額との相関関係において算定されるべきであるところ,幼児が被害に遭遇した本件においては,親族の慰謝料を含めた総額として上記金額が相当である。
また,原告らは慰謝料算定の基礎事情として,被告Xが原告らに対し謝罪していないことをあげる(上記3(1)②)が,被告Xは,刑事裁判の公判廷において原告らに対する謝罪の意を表明し,同裁判終了後には何度も原告らの自宅を訪問して謝罪を行おうとしたものであって,上記原告らの主張は事実と齟齬している。
③ 原告Bの固有の損害について
ⅰ 事務手続費用
その損害の事実及び金額の何れも不明であるから,これを損害として算定することはできない。
ⅱ 付添看護費
原告Bの精神的負担については,前項②記載のとおり,Cの慰謝料において包括的に評価されるものであり,原告Bが負った傷害に鑑みれば,付添看護費の必要性を認めることはできない。
ⅲ 休業損害
専業主婦としての休業損害を算定する場合には,年齢によって基礎となるべき金額(年収)が変動するのは相当でないから,全年齢平均(平成18年女子学歴計全年齢平均・343万4400円)により導かれる日額を前提として6日間の休業損害を算出するべきであり,これによれば本件では5万6454円が休業損害となる。
ⅳ 逸失利益
後遺障害の残存が認められないから,逸失利益を認めるのは相当でない。ちなみに,原告Bは,頚椎捻挫について通院治療をしておらず,左足の怪我についても後遺障害診断書中に醜状障害の記載があるのみで,原告が主張するような障害はみられない。
ⅴ 傷害慰謝料
本件事故による原告Bの実通院日数は6日であることから,通院期間を3週間(実通院日数の3.5倍)と評価して傷病の状態に照らすと,傷害慰謝料としては11万円が相当である。
ⅵ 後遺障害慰謝料
原告Bには,後遺障害慰謝料の対象となる後遺障害が残存していると認めることができない。
第3判断
1 上記第2,2のとおり,本件事故の発生,当事者,Cの死亡,被告Xの過失,被告らの責任,損害・金銭評価の一部(C関係での治療費6万4842円,葬儀関係費用150万円,死亡によるC固有の慰謝料2400万円,既払金6万4842円,原告B関係での治療費4万6055円,通院費9680円,既払金5万5735円)についてはいずれも当事者間に争いがなく,本件事故の内容及び結果ないし損害の状況に照らせば,上記各金額は上記の各損害項目に関し,本件事故による損害の金銭評価として相当ということができる。
2 Cの逸失利益について
原告らは,Cの逸失利益の算定にあたっての基礎収入としては賃金センサスの全労働者平均賃金に基づくべきであると主張する。
そこで検討するに,たしかに近時において男女共同参画社会や男女雇用機会均等法施行といった社会情勢や法制度等に変化が生じてきていることは原告らの主張を待つまでもないところではあるが,死亡被害者の逸失利益については,原則として事故前の収入を基礎として算出するべきであり,仮に被害者に収入がなかった場合には賃金センサスにより同人が得る蓋然性のある収入を基礎にこれを算出するのが相当というべきであるところ,本件事故発生当時の労働市場において賃金格差が存在しており,その格差が将来のどの時点において完全に解消されるかということについての予想が不可能であるとすれば,少なくとも交通事故における被害者の逸失利益の算定にあたって,賃金センサスによる男女別平均賃金を基礎収入とするのが相当である。
したがって,本件におけるCの逸失利益は,平成18年女子学歴計全年齢平均年収343万4400円を基礎収入とし,生活費控除率について30パーセント,中間利息控除に関してライプニッツ係数8.323によって算出すると2000万9158円となる。
3 Cと原告らの固有の死亡慰謝料について
(1) Cは2歳の幼児であること等に照らせば,その死亡による慰謝料は2400万円が相当である。
(2) これに加えて,原告らはCの親族としての固有の慰謝料を主張するとともに,慰謝料の加算的事情として,被告Xが原告らに対して謝罪を実行していないことを主張するので検討する。
まず,原告らの固有の慰謝料についてであるが,原告らが本件事故によって受けた精神的衝撃の強さはその心情において計り知れないものがあることは容易に窺えるものではあるが,損害賠償として死亡被害者に関する慰謝料を検討するにあたっては,民法711条所定の者及びそれに準ずる者の分も含めた総額とするという手法により損害額の算定方法が形成されているものであり,本件事故の態様及び被告Xの過失の内容及び死亡したCの慰謝料額等に鑑みれば,上記(1)で認定した慰謝料額は同人の親族である原告らの慰謝料を含めた総額とするのが相当である。
また,原告らは慰謝料算定の基礎事情として,被告Xの原告らに対しする謝罪いかんについても言及しているが,証拠(甲30,甲31,原告A,原告B)及び弁論の全趣旨によれば,被告Xは,刑事裁判の公判廷において原告らに対する謝罪の意を表明していること,同裁判終了後に何度も原告らの自宅を訪問し謝罪を行おうとしたことが認められ,他に同認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると,原告主張の上記事情を基礎に慰謝料額を加算的に修正することは相当でない。
4 原告Bの固有の損害について
(1) 事務手続費用
証拠(甲1,甲32ないし甲34)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bが本件事故による損害として主張する事務手続費用は,本件事故による受傷に関する診断書(甲33)と後遺障害診断書(甲34)の各発行に関する費用であると認められるところ,後記認定のとおり,本件において原告Bについて損害賠償の対象となるほどの後遺障害を認めることができないから,上記後遺障害診断書(甲34)の発行分に関する費用は本件事故との間で相当因果関係がなく,上記診断書(甲33)についてのみ損害の対象とすることができるというべきであり,納付通知書(請求書)兼領主書(甲32)記載の文書料のうちの半額である6300円をもって本件での損害額とするのが相当である。
(2) 付添看護費
上記3(2)で認定説示したとおり,損害賠償額を検討するという観点からすると,原告Bの精神的負担については,Cの慰謝料において包括的に評価されるものであり,かつ,原告Bが負った傷害の状況等に鑑みれば,原告Bの治療に際しての付添看護費を本件事故と相当因果関係のある損害とすることはできないというべきである。
(3) 休業損害
原告Bは,その休業損害を算定するにつき,平成17年度42歳女子平均賃金をもって基礎収入とするべきであると主張する。
しかし,専業主婦としての休業損害を算定する場合においては,その主婦としての稼働内容に照らせば,年齢いかんによって直ちに基礎収入額が変動するというのは相当でないから,全年齢平均(平成18年女子学歴計全年齢平均・343万4400円)により導かれる日額を基礎収入としたうえで,本件における6日間に関する休業損害を算出するべきであり,これによれば本件では5万6454円が休業損害となる。
(4) 逸失利益
原告Bは,その両足に圧挫の跡と思われる圧痛及び知覚異常が残っており,後遺障害等級14級9号に相当すると主張し,提出証拠(甲19,甲33,甲34,原告B)中には,上記主張に沿う部分もみられる。
原告Bの本人尋問の結果によっても,いまだ日常生活に対する支障が生じるまでの後遺障害が存在しているとまで認めることはできず,また,頚椎捻挫についての通院治療は実施されておらず(原告B),さらに,後遺障害診断書(甲34)をみても,醜状障害のみが記載されているにとどまり,左足指の関節機能障害等について全く記載がないことからすると,原告B自身に感覚上の違和感が残っている可能性はあるとしても,少なくとも損害賠償における損害項目としての後遺障害までを認めるには至らないといわざるを得ない。
したがって,この点に関する原告Bの主張は採用することができない。
(5) 傷害慰謝料
本件事故による原告Bの傷病の状態及び実通院日数(6日)及び通院期間等に照らせば,傷害慰謝料としては11万円が相当である。
(6) 後遺障害慰謝料
上記(4)で認定説示したとおり,原告Bには,後遺障害慰謝料の対象となる後遺障害が残存しているとまでは認めることができないから,この点での原告Bの主張は採用することができない。
5 原告らの各損害額
以上によれば,既払金控除後の損害賠償額は,原告Aが2275万4579円,原告Bが2292万7333円となる。
6 弁護士費用
本件の事案の内容,上記認容した損害額及び本件審理の経過等,一切の事情に照らせば,本件での弁護士費用は,原告Aにつき227万円,原告Bにつき229万円とするのが相当である。
7 原告らの各損害額
以上によれば,原告らの損害賠償額は,原告Aが2502万4579円,原告Bが2521万7333円となる。
8 結論
そうすると,原告らの請求はそれぞれ上記認定の限度で理由があるから認容することとし,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 沼田寛)