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仙台地方裁判所 平成19年(ワ)2063号 判決 2008年12月24日

主文

1  被告は,原告に対し,447万7325円を支払え。

2  原告のそのほかの請求を棄却する。

3  訴訟費用は,その4分の3を原告,4分の1を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,1790万9300円を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告から解雇されたとする原告が,この解雇は客観的で合理的な理由を欠き,社会通念上,是認し得ないものであり,民法上違法であるとして,被告に対し,不法行為に基づいて,この解雇により被った損害の賠償を求めた事案である。

2  前提事実(認定に用いた証拠などを末尾に掲げる。)

(1)  当事者

原告は,昭和30年12月22日生まれの男性であり,平成12年8月16日から平成19年6月15日まで,被告に雇用されていた者である。被告では,平成12年8月16日から平成17年3月までは営業部次長,同年4月からは営業部長を務めていた。平成19年5月1日には統括事業部長を兼務する取締役に就任した。

被告は,建設機械器具の賃貸などを業とする会社である。

(2)  就業規則(甲6)

被告は,就業規則で,以下のとおり定めている(文章の意味を損なわない程度に,言葉づかいを改めたところがある。)。

① 欠勤

やむを得ない理由により,欠勤することを事前に申し出ることができないときは,始業時刻(午前8時30分)までに上司に電話などで連絡しなければならない。始業時刻後1時間以内に連絡がないときは無断欠勤とすることがある。  (13条2項,16条3項)

② 自己都合退職

自己の都合により退職を申し出て,被告が承認したときは退職とする。自己の都合により退職しようとするときは,少なくとも30日前までに退職願を提出し,被告の承認を受けなければならない。  (32条1号,34条1項)

③ 普通解雇

被告は,精神,身体の虚弱,障害などにより業務に耐えられないと認めたとき(1号),技能,能率又は勤務状態が著しく不良で,就業に適さないときは(2号),解雇することがある。  (35条1項)

④ 懲戒解雇

被告は,就業規則及び各種の規程・取決事項にしばしば違反したとき(1号),業務上の命令・指示に従わず,又は違反したとき(2号),正当な理由がなくしばしば遅刻・欠勤をしたとき(3号),職務を利用して不当に自己の利益を図り,又は図ろうとしたとき(11号),被告の名誉又は信用を傷つけたときは(13号),訓戒,減給,出勤停止,懲戒解雇をする。  (41条)

懲戒解雇は,即時解雇とし,退職金を支給しない。  (42条4号)

(3)  本件欠勤

原告は,平成19年6月4日,全日の欠勤(以下「本件欠勤」という。)をした。この日は,午前9時から,取引先であるB株式会社の担当者との打ち合わせをすることになっていた。

(4)  本件解雇通知(甲3)

原告は,同月11日,被告から,被告の都合により同月15日付けで解雇するとの通知(以下「本件解雇通知」という。)を受けた。

(5)  原告の給与収入(甲5,8,9)

原告が被告から受け取っていた賃金の額は,平成19年6月分で,56万6750円であった。被告から受け取っていた給与収入の額は,平成18年分で781万9920円,平成19年分で392万0180円であった。

(6)  労働審判(顕著な事実)

原告は,平成19年8月1日,仙台地方裁判所に対し,被告からされたとする解雇が民法上違法であるとして,不法行為に基づいて,この解雇により被った損害の賠償を求める労働審判の申立て(当庁平成19年(労)第21号事件)をした。

労働審判委員会は,同年12月10日,労働審判の告知をしたが,当事者からの異議の申立てにより,同年8月1日に本件訴訟の提起があったものとみなされた。

3  争点及び主張

(1)  本件解雇の有無

(原告の主張)

ア 原告は,平成19年6月11日,被告から,本件解雇通知を受け,同月15日付けでの解雇(以下「本件解雇」という。)をされた。

イ 原告は,これまで,被告を退職したいと述べたことはない。同月4日,電話で,被告代表者であるA社長に対し,被告を退職するとの申出をしていない。この日は,無断欠勤をしていないし,そもそもA社長と電話でのやり取りをしていない。同月5日,被告の本社事務所に出勤すると,A社長から,退職願を提出するよう求められたことはあったが,その求めには応じていない。

(被告の主張)

ア 原告は,これまでも,自分の意見が通らないときなどに,被告を退職したいと述べていた。A社長が,同月4日の夕方,原告が被告に無断で本件欠勤をしたため,自宅に電話をかけると,原告から「もう僕なんかクビにしてください。辞めさせて下さい。」と退職の申出を受けたので,同月5日,取締役会の承認を得た上で,その申出を了承した。

被告は,再就職までの原告の生活を慮って,退職に当たって,同月分の賃金全額,同月8日に支給される賞与の全額,退職金,餞別を支給した。原告は,異議をとどめないで,これらを受け取った。

以上のとおり,原告は,自己の都合により,被告を退職したのであって,本件解雇により退職を余儀なくされたのではない。

イ 被告が原告に対して本件解雇通知をしたのは,再就職までの原告の生活を考慮して,雇用保険を受給しやすくするため,原告からの申出に応じたからにすぎず,本件解雇をしたからではない。

(2)  本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上,相当して是認し得ないものであり,このことが不法行為になるか。

(被告の主張)

ア(ア) 原告は,雇用された当初から,重い糖尿病にり患していたほか,昼夜を問わず飲酒を止めることができないほどのアルコール依存症に陥っていた。原告の勤務態度には,その影響で,酒に酔った状態で出勤してきたり,勤務時間中に居眠りをしていたり,職場を放棄して,ほかの従業員を誘って,温泉施設で,昼間から飲酒をしたり,取引先を接待する際に,酒に酔って,被告の信用を落とすような振る舞いをしたり,勤務時間後にほかの従業員に長電話をするといった,被告での正常な職場機能,秩序を乱す問題があった。

また,原告は,アルコール依存症の影響で,しばしば体調不良を訴えて,病院への通院を繰り返しただけでなく,平成19年3月ころからはうつ病の影響で,欠勤が多くなっていた。

被告には,このような原告の勤務態度や飲酒癖について,従業員,取引先から苦情が寄せられていた。

原告は,A社長から,再三にわたって,訓戒を受けても,この勤務態度や飲酒癖を改めなかった。

(イ) 原告は,平成19年6月4日,取引先であるB株式会社の担当者との打ち合わせをすることになっていたのに,酒に酔って,昼まで寝過ごした挙げ句,被告に無断で欠勤し,A社長の電話での指示に反し,出勤してこなかった。

(ウ) 以上のとおり,原告には,就業規則で定める解雇事由があり,A社長から,再三にわたって,訓戒を受け,自分の勤務態度を改める機会も与えられていたのに,勤務態度を改めないどころか,無断で本件欠勤をして,業務に支障を来しており,被告には解雇以外に講ずる措置がなかった。

したがって,仮に,本件解雇通知をしたことで本件解雇をしたと認められるのであっても,この解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上,相当と認められるから,有効である。

イ 本件解雇は有効であるから,被告には,この解雇をしたことを理由に,不法行為に基づいて,原告がこのことで被った損害を賠償する義務はない。

(原告の主張)

ア(ア) 原告は,雇用された当初から,糖尿病にり患しており,アルコールの分解能力が健康な人より低かった。アルコール依存症に陥ってはいない。同行訪問の際に,昼食を摂りながら,ビールをジョッキで1杯程度飲んだり,アルコールの分解能力が低いことの影響で酒に酔った状態で出勤したり,長時間労働を強いられていたことから勤務時間中に居眠りをしていたことはあったが,職場を放棄して,ほかの従業員を誘って,温泉施設で,昼間から飲酒をしたり,取引先を接待する際に,酒に酔って,被告の信用を落とすような振る舞いをしたり,勤務時間後にほかの従業員に長電話をするといったことはしていない。その勤務態度には問題はなかった。

また,原告が病気を理由として取った休暇の日数は,平成19年3月ころまでは,ほかの従業員と比べて,取り立てて多くはない。同月以降,病気休暇を多く取るようになったのは,業務の多忙,被告での人間関係がきっかけになってうつ病にかかり,体調不良になったからである。アルコール依存症の影響ではない。

原告は,A社長から,午前7時以前,午後9時以降の電話や,健康のため飲酒を控えるよう言われたくらいで,それ以上に,被告から懲戒処分はもちろん,勤務態度や飲酒癖を改めるよう注意や指導も受けていない。

(イ) 原告は,平成19年6月4日午前6時30分ころに起床したが,体調が不良だったため,部下であるC次長に,電話で,この日に予定していた業務を代わってもらうことを頼むとともに,体調が回復しなければ欠勤すると伝えた。また,D常務にも,電話で,B株式会社の担当者との打ち合わせを代わってもらうことを頼むとともに,体調が回復したら出勤すると伝えている。この日は,A社長と電話でのやり取りをしていない。

(ウ) 以上のとおり,原告には就業規則で定める解雇事由はない。

したがって,本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上,相当として是認し得るものではないから,無効である。

イ 本件解雇は無効であるが,原告は,この解雇により,被告で働くことを断念させられ,被告との労働契約を終了させることを余儀なくされた。本件解雇は,私法上違法であり,原告に対する不法行為になる。

原告は,本件解雇をされなければ,被告から,少なくとも2年間は,1年当たり895万4650円(月額賃金56万6750円の12か月分と,月額賃金の1.8か月分の夏期賞与,月額賃金の2か月分の冬期賞与の合計)の割合による給与収入を得られたはずなのに,この解雇をされたことで,この収入を得ることができなくなった。

被告には,不法行為に基づいて,原告が得ることのできなかった逸失利益1790万9300円を賠償する義務がある。

第3裁判所の判断

1  認定事実

前提事実,関係証拠(甲1,3,4,7,8,10,乙1~3,6,証人D,原告本人,被告代表者〔枝番を含む。認定と異なる部分を除く。〕)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。

(1)ア  原告は,当時務めていたファイナンスリース会社を退職して,平成12年8月16日,被告に雇用された。被告では,平成12年8月16日から平成17年3月までは営業部次長を務め,同年4月からは営業部長を務めていた。平成19年5月1日には,ほかの部長職にある幹部従業員とともに,統括事業部長を兼務する取締役に就任した。

イ  原告は,被告では,債権回収,稟議規定の作成などの業務を担当していた。被告は,原告には,業務に取りかかると,手早く処理をできる集中力があり,その法的知識,債権回収能力も優れていると評価していた。

(2)ア  原告は,被告に雇用された当時から,糖尿病にり患していた。また,この当時から,アルコールの分解能力が健康な人より低かった。医師からは,飲酒を控えるように指導されていた。しかし,原告は,酒好きであり,1日当たり2,3合程度の焼酎を毎日飲んだり,休日には昼間から缶ビールを飲んでいた。

イ(ア)  原告は,酒に酔った状態で出勤したり,勤務時間中に居眠りをしたり,同行訪問,社外での打ち合わせと称して,嫌がる部下を連れて,温泉施設で,昼間から飲酒をしたり,展示会の会場で,取引先の担当者がいるのに,ろれつが回らなくなるほどに酔ってしまったり,酒に酔った状態で勤務時間後にほかの従業員に長電話をすることがあった。

(イ)  原告は,平成18年4月以降,かぜ,体調不良,うつ病などを理由に,1か月に1日ないし4日の割合で,病気休暇を取るようになっていた。うつ病にかかった平成19年3月ころには,D常務に対し,体力的につらいと述べることがあった。

原告は,体調不良を感じたり,うつ病にかかっても,健康や勤務への支障を考慮して,飲酒を止めたり,控えることはなかった。

ウ  被告には,部下,取引先から,前記のような原告の勤務態度や飲酒癖について,従業員,取引先から苦情が寄せられていた。

しかし,A社長は,原告に対し,午前7時以前,午後9時以降の電話や,飲酒を控えるよう注意したり,居眠りをしていたときは,本社事務所の2階にある社長室で寝るよう言ったことはあるが,それ以上に,勤務態度や飲酒癖を改めるよう注意や指導をしていなかった。

(4)ア  D常務は,同年6月4日の朝,B株式会社の担当者が被告の本社事務所に来ているのに,原告が出勤していないことに気づき,原告に対し,電話で,打ち合わせには間に合わないだろうけれども,出勤するよう指示をした。このとき,D常務に対し,この日が日曜日だと思っていたと弁解した。

イ  原告は,その後,C次長に対し,電話で,この日に予定していた業務を代わってもらうことを頼んだ。このとき,C次長から,出勤するよう求められたが,「とてもじゃないけど,恥ずかしくて行けない。」と答えた。

結局,原告は,この日,被告には出勤しなかった(本件欠勤)。

ウ  A社長は,原告に代わって,B株式会社の担当者との打ち合わせをして,この会社との間では,リース契約を締結しないことにした。

A社長は,この打ち合わせの後,被告の大口取引先であり,B株式会社の紹介元でもあるE株式会社の代表者から,原告を解雇するよう求められた。

エ  原告は,同日の夜,A社長に対し,電話で,(「自分を)辞めさせたらどうですか。」と述べた。

このことばを聞いたA社長は,苦情を寄せている従業員,取引先から原告をかばいきれないと考え,原告に対し,退職願を提出するよう指示して,原告に退職してもらうことにした。

このとき,原告は,酒に酔った状態だった。

(5)ア  A社長は,同月6日の朝,取締役会を開催し,原告から退職の申出があったと説明した。取締役会では,原告を弁護したり,慰留する取締役がいなかったため,そのまま退職の承認がされた。

出勤した原告は,取締役会が終わるのと入れ違いに,社長室で,A社長から,退職願の提出を求められたが,その求めを拒んでいると,「首にする。」と言われた。

イ  原告は,同月11日,A社長に対し,「辞めたくはないので退職願は提出しない。」と述べるとともに,解雇理由を明らかにした解雇通知書の交付を求めた。

A社長は,その求めに応じ,本件解雇通知をした。

ウ  被告は,再就職までの原告の生活を慮って,退職に当たって,同月分の賃金全額,同月8日に支給される賞与の全額,退職金,餞別を支給した。原告は,異議をとどめないで,これらを受け取った。

エ  被告代理人弁護士は,同月28日ころ,原告に対し,原告には就業規則35条1項2号で定める普通解雇事由があったので,解雇予告手当を支給した上で,普通解雇をしたとの回答書を送付した。

2  争点(1)についての検討

(1)  前記認定のとおり,原告は,平成19年6月4日,同月5日に,A社長から退職願の提出を求められたのに,その求めに応じていない。同月11日にも,「辞めたくはないので退職願は提出しない。」と述べている。A社長は,同月5日,求めに応じない原告に対し,「首にする。」と述べている。同月11日には,原告の求めに応じて,本件解雇通知をしている。被告は,原告に対し,解雇予告手当を支給している。被告代理人弁護士は,同月28日ころ,原告に対し,原告を普通解雇したとの回答書を送付している。

これらの事情からすると,被告は,同月11日,原告に対し,本件解雇通知をすることで,本件解雇をしたとみるのが相当である。

(2)  被告は,「原告は,自己の都合により,被告を退職したのであって,本件解雇により退職を余儀なくされたのではない。」と主張する。

前記認定のとおり,原告が,平成19年6月4日の夜,A社長に対し,電話で,「(自分を)辞めさせたらどうですか。」と述べたことは認められる。しかし,原告は,このとき,酒に酔った状態であったし,その言葉づかいは,「辞める」ではなく,「辞めさせる」である。その翌日以降,A社長から求められているのに,就業規則で定める退職願の提出を拒んでいることも合わせてみると,このやり取りだけで,自分から退職する意思があったとまでは認め難い。せいぜい,あったとしても,その場限りのもので,酔いが覚めた翌日には撤回したとみるのが相当である。

したがって,被告の主張は採用できない。原告が,異議をとどめないで,平成19年6月分の賃金,賞与,退職金,餞別を受け取ったからといって,そのことで,自分から退職したとみることはできない。ほかに本件全証拠を検討しても,この認定を覆すほどの事情は見当たらない。

3  争点(2)についての検討

(1)  被告は,「原告には,被告での正常な職場機能,秩序を乱す勤務態度や飲酒癖がみられた。平成19年6月4日には,取引先であるB株式会社の担当者との打ち合わせをすることになっていたのに,酒に酔って,昼まで寝過ごした挙げ句,被告に無断で本件欠勤をした。原告には,就業規則で定める解雇事由があり,A社長から,再三にわたって,訓戒を受け,自分の勤務態度を改める機会も与えられていたのに,勤務態度を改めないどころか,無断で本件欠勤をして,業務に支障を来しており,被告には解雇以外に講ずる措置がなかった。仮に,本件解雇通知をしたことで本件解雇をしたと認められるのであっても,この解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上,相当と認められるから,有効である。」と主張する。

(2)ア  原告には,前記認定のとおり,酒に酔った状態で出勤したり,勤務時間中に居眠りをしたり,同行訪問,社外での打ち合わせと称して,嫌がる部下を連れて,温泉施設で,昼間から飲酒をしたり,展示会の会場で,取引先の担当者がいるのに,ろれつが回らなくなるほどに酔ってしまったり,酒に酔った状態で勤務時間後にほかの従業員に長電話をするとの勤務態度がみられていた。その勤務態度は,従業員からだけでなく,取引先からも苦情が寄せられるほどであった。

このように問題とされる勤務態度は,原告の飲酒癖,深酒によるものがほとんどである。原告は,飲酒を止めたり,控えることで,勤務態度を改善することができたはずであるし,そうすべきであった。原告は,本件解雇当時,事業統括部長を兼務する取締役という幹部従業員であり,A社長から飲酒を控えるよう注意されたり,アルコールが増悪因子になる糖尿病にり患していた上に,アルコールの分解能力が健康な人より低かったのであるから,なおさらである。

ところが,原告は,体調不良を感じたり,うつ病にかかったり,D常務に対して体力的につらいと述べるようになっても,飲酒を止めたり,控えることはなかった。

イ  また,原告は,前記認定のとおり,平成19年6月4日,B株式会社の担当者との打ち合わせをすることになっていたのに,本件欠勤をした。A社長やD常務に対し,この日が日曜日だと思っていたと弁解したり,酒に酔った状態で「(自分を)辞めさせたらどうですか。」と投げやり,無責任な対応をするだけで,真剣に反省したり,連絡,引継ぎを十分に行い,打ち合わせに支障を来さないような配慮をした様子はうかがわれない。

ウ  これらの事情からすると,本件解雇の時点では,幹部従業員である原告にみられた,本件欠勤を含めた勤務態度の問題点は,被告での正常な職場機能,秩序を乱す程度のことであるし,原告が自ら改める見込みも乏しかったとみるのが相当であり,就業規則35条1項2号で定める普通解雇事由に該当する。

(3)ア  しかし,被告も,原告の勤務態度に問題がみられるのは,その飲酒癖,深酒によることにあると把握できていたはずである。

そうであれば,被告は,原告に対し,自分の問題点を自覚させ,自らの勤務態度を改める機会を与えるため,はっきりと,その飲酒癖,深酒,そのことにより勤務態度に問題が生じていることを注意,指導したり,そのことが解雇の理由になり得ることを警告したり,そのことを理由とする懲戒処分をすることで,改善が図られるか見極めることはできたはずであるし,そうすべきであった。被告は,原告には,業務に取りかかると,手早く処理をできる集中力があり,その法的知識,債権回収能力も優れていると評価しており,勤務態度の改善が図られれば,この能力を十分に発揮させることができたのだから,なおさらである。

ところが,A社長は,本件欠勤まで,原告に対し,午前7時以前,午後9時以降の電話や,飲酒を控えるよう注意したり,居眠りをしていたときは,本社事務所の2階にある社長室で寝るよう言ったことはあるが,それ以上に,勤務態度や飲酒癖を改めるよう注意や指導をしていなかった。かえって,営業部次長,営業部長,統括事業部長を兼務する取締役と昇進させている。このような対応は,A社長の原告に対する温情,配慮の表れとみることはできるが,原告に自分の問題点を自覚させることができておらず(このことは,尋問での原告の供述からも看て取れる。),自らの勤務態度を改める機会を与えていたとはみることはできない。

イ  また,被告は,本件欠勤の後も,取締役の解任,統括事業部長職の解職,懲戒処分など,解雇以外の方法で,勤務態度の改善が図られるかどうかの見極めはできたはずであるし,これまで自らの勤務態度を改める機会を与えていなかったのであるから,そうすべきであった。ところが,被告では,これらの手段を講じることなく,本件解雇をしている。

(4)  このような事情からすると,原告の勤務態度には,前記判断のとおり,就業規則35条1項2号で定める普通解雇事由に該当する問題点はあったけれども,そのことを理由としても,本件解雇は,社会通念上,相当として是認するまではできない。

そうすると,本件解雇は無効であるし,原告は,この解雇により,被告で働くことを断念させられ,被告との労働契約を終了させることを余儀なくされたのだから,この解雇は原告に対する不法行為になる。被告には,原告に対し,本件解雇をされなければ得られたはずの収入に相当する額を賠償する義務がある。

前提事実,弁論の全趣旨によると,原告は,本件解雇当時,月額賃金56万6750円,月額賃金の1.8か月分の夏期賞与,月額賃金の2か月分の冬期賞与の各収入(1年当たり895万4650円の収入)を得ていたことが認められる。

そして,原告の勤務態度には,前記判断のとおり,就業規則35条1項2号で定める普通解雇事由に該当する問題点はあった。被告から,はっきりと注意,指導されたり,そのことが解雇の理由になり得ることを警告されたり,そのことを理由とする懲戒処分をされても,飲酒を止めたり,控えなければ,本件解雇をされなくても,そのことを理由とする解雇をされる可能性があった。また,原告は,平成18年4月以降,1か月に1日ないし4日の割合で,病気休暇を取るようになっていたし,うつ病にかかった平成19年3月ころには,D常務に対し,体力的につらいと述べており,健康状態が業務に耐えられなくなる可能性もあった。

このような事情からすると,原告は,本件解雇をされなければ,被告から,少なくとも6か月間は,1年当たり895万4650円の割合による給与収入を得られたはずなのに,この解雇をされたことで,この447万7325円の収入を得ることができなくなったとみるのが相当である。

第4結論

以上によれば,原告の請求は,損害賠償金447万7325円の支払を求める部分は理由があるから認容し,そのほかの部分は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤幸康)

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