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仙台地方裁判所 平成19年(ワ)2175号 判決 2010年9月09日

主文

1  被告は,原告Aに対し,686万2500円及び別紙2(請求金額目録1)の元本欄記載の各金額に対応する同目録の遅延損害金起算日欄の各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,1676万7700円及び別紙3(請求金額目録2)の元本欄記載の各金額に対応する同目録の遅延損害金起算日欄の各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告Cに対し,414万1600円及び別紙4(請求金額目録3)の元本欄記載の各金額に対応する同目録の遅延損害金起算日欄の各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告Dに対し,264万6100円及び別紙5(請求金額目録4)の元本欄記載の各金額に対応する同目録の遅延損害金起算日欄の各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  この判決は,第1項ないし第4項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要等

1  本件は,被告が,別紙6(物件目録・添付省略)記載の各倉庫(以下,これらを併せて「本件各倉庫」と総称する。)につき,冷凍倉庫用の建物に係る経年減点補正率を適用して固定資産税及び都市計画税(以下,これらを併せて「固定資産税等」と総称する。)を徴収すべきであったところ,誤って一般倉庫に係る経年減点補正率を適用した結果,原告らから固定資産税等を過大に徴収したことを理由として,原告らが,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,別紙2ないし5に各記載された過大徴収税額及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに本訴に係る弁護士費用相当額の支払を求めた事案である。

なお,以下において,地方税法を「法」と表記する(特に断らない限り現行の地方税法を指す。)。

2  関係法令の定め

(1)  固定資産税等の課税標準は,基準年度に係る賦課期日(1月1日)における固定資産の価格であり(法349条1項),この価格は「適正な時価」をいうものとされている(法341条5号)。

さらに,総務大臣は,「固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(以下「固定資産評価基準」という。)を定め,これを告示しなければならない」とされ(法388条1項),市町村長は,「固定資産評価基準によって,固定資産の価格を決定しなければならない」とされている(法403条1項)。

(2)  固定資産評価基準の概要

ア 再建築価格方式

固定資産評価基準における家屋の評価方法は,再建築価格を基準として評価する方法(再建築価格方式)が採用されている。

再建築価格方式とは,評価時において家屋の新築に必要とされる建築費を求め,損耗の状況による減価等を行って,当該家屋の価格(評価額)を求めるものである。

イ 家屋の評価ないし評点数の付設

家屋の評価は,木造家屋及び木造家屋以外の家屋(以下「非木造家屋」という。)の区分に従い,各個の家屋について評点数を付設し,当該評点数に評点一点当たりの価額を乗じて各個の家屋の価額を求める方法による。

各個の家屋の評点数は,当該家屋の再建築費評点数(評価しようとする家屋を評価時点で新たに建築する場合に必要となる建築費に相当する金額を点数で表したものをいう。)を基礎とし,これに家屋の損耗の状況による減点を行って付設する。この場合において,家屋の状況に応じて必要があるものについては,さらに家屋の需給事情による減点を行う。

ウ 非木造家屋の評点数の算出方法

非木造家屋の評点数は,当該非木造家屋の再建築費評点数を基礎として,これに損耗の状況による減点補正率を乗じて付設するものとし,原則として,次の算式によって求める。

[算式]評点数=再建築費評点数×経過年数に応ずる減点補正率

エ 損耗の状況による減点補正率の算出方法

非木造家屋の損耗の状況による減点補正率は,原則として,「経過年数に応ずる減点補正率」(以下「経年減点補正率」という。)による。

(ア) 経年減点補正率は,通常の維持管理を行う場合においてその年数の経過に応じて通常生ずる減価を基礎として定めたものであって,非木造家屋の用途及び構造に従い,「非木造家屋経年減点補正率基準表」(別表13)」に示されている経年減点補正率によって求める。

(イ) 経年減点補正率基準表は,木造家屋,非木造家屋の別に作成されており,経過年数及び経年減点補正率から構成されている。

(ウ) 本件各倉庫の評価に用いられた非木造家屋の経年減点補正率基準表における「7 工場,倉庫,発電所,変電所,停車場及び車庫用建物」(以下「基準表区分7」という。)には,次の①ないし③の細区分がある。

① 「(1) 一般用のもの((2)及び(3)以外のもの)」(以下「基準表区分7(1)」という。)

② 「(2) 塩素,塩酸,硫酸,硝酸その他の著しい腐食性を有する液体及び気体の影響を直接全面的に受けるもの,冷凍倉庫用のもの及び放射性同位元素の放射線を直接受けるもの」(以下「基準表区分7(2)」という。)

③ 「(3) 塩,チリ硝石その他の著しい潮解性を有する固体を常時蔵置するためのもの及び著しい蒸気の影響を直接全面的に受けるもの」

オ 上記の基準表区分7(1)ないし(3)の細区分は,それぞれ最終残価率0.20に到達するまでの経過年数が相違し,さらに,鉄筋コンクリート造や鉄骨造等のいわゆる主体構造の種類に応じて,それぞれ5つの区分がなされており,各主体構造毎に経過年数が異なる。

たとえば,現行の評価基準における基準表区分7(1)については,鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造の場合に経過年数45年以上,鉄骨造(骨格材の肉厚が4mmを超えるもの)の場合に経過年数35年以上となっており,同(2)については,それぞれ,経過年数26年以上,経過年数22年以上,同(3)については,それぞれ,経過年数35年以上,経過年数28年以上となっている。

カ 経過年数は,国税や火災保険等における一般的な考え方としての建物の「耐用年数」に類似する概念であり,一般に「建物が使用に耐えなくなるまでの年数」と定義されているが,耐用の判定要因により次のように分類できる。

(ア) 物理的耐用年数:劣化の進行による性能の低下等

(イ) 機能的耐用年数:技術革新等による陳腐化等

(ウ) 経済的耐用年数:収益性の悪化,維持管理経費の増大等

(エ) 社会的耐用年数:都市計画事業や都市再開発事業による撤去等

そして,固定資産評価基準においては,物理的耐用年数を基礎としながら,機能的耐用年数,経済的耐用年数についても一定の考慮を行って,一般的な効用持続年数を設定し,損耗分を考慮する。

3  前提事実(争いがない事実並びに後記各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告らは,いずれも冷凍倉庫業を営む株式会社であり,昭和62年1月1日以前から,別紙6(物件目録・添付省略)に記載されたとおり本件各倉庫を所有している。

イ 被告は,普通地方公共団体であり,その区域内に本件各倉庫が所在している。[上記ア,イにつき弁論の全趣旨]

(2)  本件各倉庫の概要

ア 本件各倉庫は,いずれもマイナス20℃以下の冷蔵能力を有しており,倉庫業法施行規則運用方針における「F級」に該当する。

イ 本件各倉庫は,少なくとも本件に関連する昭和62年から平成18年において,実際にF級倉庫として使用されていた。[上記ア,イにつき甲25の1及び2,弁論の全趣旨]

(3)  被告による固定資産税等の賦課処分

被告は,少なくとも昭和62年度から平成18年度において,本件各倉庫に係る固定資産税の課税標準である固定資産の「価格」(法341条1項,341条5号,403条1項)を算定するに当たり,基準表区分7(2)の「冷凍倉庫用のもの」ではなく,基準表区分7(1)の「一般用のもの」に該当するものであると判断し,基準表区分7(1)に定める経年減点補正率を適用して本件各倉庫の価格を決定して固定資産税等の賦課処分(本件訴訟でその違法性等が争われている昭和62年度ないし平成7年度(原告Dについては平成6年度)の各固定資産税等の賦課処分を以下「本件係争処分」と総称する。)を行った。[争いがない事実]

(4)  原告らによる固定資産税等の納付

原告らは,本件各倉庫に係る昭和62年度から平成18年度の固定資産税等について,いずれも被告が定めた納付期限までに納付した。[弁論の全趣旨]

(5)  被告による還付(平成8年度から平成18年度の固定資産税等について)

ア 被告は,平成18年に至り,基準表区分7(2)の「冷凍倉庫用のもの」に係る被告の解釈について疑義を受けたことから,担当部局において検討を行った結果,倉庫業法施行規則運用方針における「F級」に該当し,かつ,当該機能が現に使用されているものについては,基準表区分7(2)の「冷凍倉庫用のもの」に該当するものとして取り扱うことにした。[弁論の全趣旨]

イ 被告は,上記アの見解をもとにして本件各倉庫の価格の見直しを行った結果,平成13年度ないし平成18年度分として徴収した本件各倉庫に係る固定資産税等につき,法417条1項に基づく固定資産税台帳登録価格の修正による減額の賦課決定を行い,法17条に基づき,原告らに対し,過大に徴収した部分を還付した。[争いがない事実]

ウ また,被告は,平成8年度(ただし,原告Dについては平成7年度)ないし平成12年度分として徴収した本件各倉庫に係る固定資産税等につき,「E市固定資産税・都市計画税に係る返還金の支払要綱(平成6年2月17日市長決裁)」に基づき,原告らに対し,過大に徴収した部分を還付した。[争いがない事実]

(6)  原告の本訴に至る経緯(行政不服審査の手続を経ていないこと)

ア 固定資産税の納税者は,その納付すべき当該年度の固定資産税に係る固定資産について固定資産課税台帳に登録された価格について不服がある場合においては,原則として価格の公示の日から納税通知書の交付を受けた日後60日までの間において,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ(法432条1項本文),同委員会の決定に不服があるときは,その取消しの訴えを提起することができる(法434条1項)。

同委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税の納税者は,同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる(同条2項)。

なお,都市計画税の賦課徴収に関する不服申立て及び出訴についても,固定資産税の例による(法702条の8第2項)。

イ 原告らは,本件各倉庫に関し,固定資産課税台帳に登録された価格に不服があることを理由としてE市固定資産評価審査委員会に対して審査の申出をしたり,固定資産税等に関する処分に不服があるとしてE市長に対して審査請求(法19条,行政不服審査法3条1項)をしたことはなく,本件係争処分に係る固定資産税等の課税について,行政不服審査の手続を経ていない。[弁論の全趣旨]

4  争点

(1)  原告らが,本件各倉庫に係る固定資産税等の課税に関し,地方税法の定める不服申立手続(法432条1項本文,法434条1項,2項,法702条の8第2項)によることなく,国家賠償請求を行うことが認められるか(争点1)。

(2)  本件各倉庫に関し,基準表区分7(2)の「冷凍倉庫用のもの」に該当するものとして固定資産税等に係る価格を決定すべきであったにもかかわらず,同(1)の「一般倉庫用のもの」に該当するものと判断して固定資産税等に係る価格を決定し,過大に固定資産税等を徴収していたことについて,被告に国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任の要件である違法性及び過失が認められるか(争点2)。

5  争点に関する当事者の主張

主張の要旨は以下のとおりであり,その詳細は別紙7「争点・主張整理表(添付省略)」記載のとおりである。

(1)  争点1について

ア 原告らの主張

行政処分には公定力が認められるが,これは行政処分の違法性を治癒するものではない。

したがって,課税処分が違法である場合には,被告が国家賠償法による責任を負うことは当然である。

イ 被告の主張

課税処分の違法を主張する場合において,本件係争処分のように国家賠償法に基づく請求と過納金の還付請求が同一内容である場合にも直ちに国家賠償請求が可能であるとすると,実質的には当該課税処分を取り消すことなく過納金の返還請求を認めるのと同一の効果が生じることになり,不服申立期間の制限等により課税処分の早期安定を図ろうとする法の趣旨を害する。

したがって,課税処分が無効である場合は別として,同処分が取り消し得べきものにとどまる場合には,同処分を取り消した上でなければ国家賠償請求をすることはできないと解すべきである。

(2)  争点2について

ア 原告らの主張

租税法律主義は,租税法規の解釈につき,原則として文言解釈の範囲を逸脱しないことを要請していると解されるところ,基準表区分7(2)の「冷凍倉庫用のもの」についての被告の解釈は不当な縮小限定解釈であるから,このような解釈を行って本件係争処分を行ったことには違法性及び過失が認められる。

イ 被告の主張

被告は,使用状況の違いによる損耗劣化の進行の度合いによって基準表区分が分類されているとの理解から,基準表区分7(2)の「冷凍倉庫用のもの」とは「冷気又は低温の著しい悪影響を直接全面的に受ける倉庫」を指すと解釈していた。これは,基準表区分の趣旨に合致し,文言上も基準表区分7(2)における他の二類型に関する「影響を直接(全面的に)受けるもの」という記載に準じていて無理がないものである。

被告は,このような解釈に従って,個々の倉庫につき損耗劣化の実態を調査した上で,実質的に「冷凍倉庫用のもの」に該当するか否かを判断していたのであるから,本件係争処分を行ったことについて違法性及び過失は認められない。

第3当裁判所の判断

1  争点1について

(1)  行政処分は,たとえ取消事由に当たる違法があっても,原則として,適法に取り消されない限り完全な通用力(公定力)を有するものと解される。そして,公定力が認められる趣旨は,行政処分が処分の名宛人だけでなく,第三者の法律関係の前提となり,その効力をいつでも否定できるとすれば法律関係の早期安定を害することにかんがみ,法が出訴期間その他の訴え提起の要件を定めた取消訴訟制度を設けた以上,行政処分の効力は取消訴訟によってのみ争うことができるとすること(いわゆる取消訴訟の排他的管轄)に求められる。

そうであるとすれば,公定力は,行政処分の法律効果を覆すことを否定するものとして,行政処分の法的効果に及ぼせば足りると解されるから,処分の取消しの訴えとは要件及び効果の異なる国家賠償請求において当該処分が違法であると判断したとしても,公定力には抵触しないというべきである。

また,憲法17条及び国家賠償法1条1項において,当該行政処分の取消し又は無効確認の判決を得ることは要件とされていないところ,当該処分について公定力の存在を理由に国家賠償請求を否定することは,明文の根拠なく,上記憲法及び国家賠償法によって保障された国民の憲法上の権利を失わせることにもなりかねない。

したがって,行政処分が違法であることを理由として国家賠償請求をする場合において,あらかじめ当該行政処分について取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではないというべきである(最高裁判所昭和36年4月21日第二小法廷判決・民集15巻4号850頁参照)。

(2)  この点につき,被告は,行政処分が金銭を納付させることを直接の目的としており,その違法を理由とする国家賠償請求を認容したとすれば,結果的に当該行政処分を取り消した場合と同様の経済的効果が得られる場合(以下このような場合を「金銭給付義務を課する行政処分の場合」と総称する。)には,法が不服申立前置や取消訴訟の出訴期間を定めた意味が没却されるとして,このような場合に限り取消訴訟を経ない国家賠償請求を否定すべきであると主張する。

しかしながら,上記(1)における説示は金銭給付義務を課する行政処分の場合においても等しく当てはまるのであって,このような場合のみ別異に解釈すべき理由は見当たらない。

また,法は,固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税等の納税者は,同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる旨を規定しているが,これは,固定資産課税台帳に登録された価格自体の修正を求める手続に関するものであって,国家賠償責任を否定する根拠とはなり得ない。

そして,他に違法な固定資産の価格の決定等によって損害を受けた納税者が国家賠償請求を行うことを否定すべき法的根拠は見当たらない。

(3)  したがって,固定資産の価格の決定及びこれに基づく固定資産税等の賦課決定に無効事由が認められない場合であっても,公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定したときは,これによって損害を被った当該納税者は,地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでもなく,国家賠償請求を行い得るものと解すべきである(最高裁判所平成22年6月3日第一小法廷判決・裁判所時報第1509号208頁参照)。

(4)  以上によれば,原告らは,E市固定資産評価審査委員会に対する審査の申出等,地方税法の定める固定資産税等の課税に関する不服申立手続を経ていなくても,本件訴訟を提起することができる。

2  争点2について

(1)  国家賠償法1条1項にいう違法性の判断基準

行政処分取消訴訟における違法性は,行政処分の法的効果発生の前提である法的要件充足性の有無を問題にするのに対し,国家賠償請求訴訟における違法性は損害の公平な分担という見地から行政処分の法的要件以外の種々の要素を考慮して総合的に判断すべきものであるから,両者はその性質を異にするものと解される。

そして,上記のとおり,国家賠償法1条1項は,国又は地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,個別に国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は地方公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。

そうであれば,本件のような課税処分において,課税要件事実の認定や課税実体法規の解釈に誤りがあったとしても,それをもって直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく,当該課税に関与した担当職員において職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったと認め得るような事情がある場合に限り,違法の評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁判所平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。

(2)  本件における職務上尽くすべき注意義務の内容

ア 法は,総務大臣が固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続を定めて告示しなければならないとし(法388条1項),市町村長は固定資産評価基準によって固定資産の価格を決定しなければならないと定めている(法403条1項)。

これらの法の規定は,固定資産の評価の適正化と均衡化等を図ることをその目的とするものであり,そのため,市町村においては,総務大臣の定める固定資産評価基準により家屋の評価を決定しなければならず,他の方法によることはできないものと解されることから,固定資産の評価に関する事務に従事する市町村の職員においても,総務大臣の定める固定資産評価基準に依拠して固定資産の評価を行うために,法で認められた実地調査及び納税者に対する質問等の調査の権限(法403条2項,508条等)を行使すべき責務を課されているものと解される。

そして,固定資産評価基準は,固定資産の価格の決定が専門的・技術的性格を有していることから,評価を行う者の主観的な判断に基づく個人差をできるだけ排除し,評価における全国的な統一と市町村間の均衡を維持するため,総務大臣が法律の委任を受けて告示するものであり,それ自体租税法規の一部を構成するものである。

これらの規定の趣旨・目的及び固定資産税評価基準の性質に照らせば,固定資産の評価に関する事務に従事する被告職員(以下「被告担当職員」という。)には,課税対象となる物件について適正に現況等を調査するとともに,適正に固定資産評価基準を解釈,適用した上で固定資産の価格を決定すべき職務上の注意義務が課されているというべきである。

イ 本件では,基準表区分7(2)にいう「冷凍倉庫用のもの」に関する被告担当職員の解釈が問題となっているので,以下,この点について具体的に検討する。

(ア) 租税法律主義(憲法84条)の下においては,法律等により課税要件及び租税の賦課・徴収に関する定めを置く場合,その定めは一義的で明確でなければならない(課税要件明確主義)。そして,課税要件明確主義から導かれる当然の帰結として,租税法規の解釈に関して課税庁の自由裁量は否定されることになるから,課税庁が租税法規をみだりに類推解釈や拡張・縮小解釈をすることは許されない。

また,固定資産評価基準は,固定資産の価格の決定が専門的・技術的性格を有していることから,評価を行う者の主観的な判断に基づく個人差をできるだけ排除し,評価における全国的な統一と市町村間の均衡を維持するため,総務大臣が法律の委任を受けて告示するものであり,それ自体租税法規の一部を構成するものであるから,同基準において定められた経年減点補正率基準表も,法定された課税要件の一内容を構成するものということができる。

したがって,被告担当職員は,固定資産評価基準に定められた経年減点補正率基準表について,みだりに類推解釈や拡張・縮小解釈をすることなく,可能な限り文言に従って厳格に解釈を行わなければならない。

このような見地からみると,一般に市販されている辞書によれば,「冷凍」とは,食品等を新鮮に保存するため人為的に凍結させること,「倉庫」とは,貨物を貯蔵・保管するための建造物をいうとされていることは公知の事実といえるから,基準表区分7(2)の定める「冷凍倉庫」の意義についても,言葉の通常の意味に従えば,「食品等を人為的に凍結させて貯蔵・保管するための建造物」(以下「文理解釈に従った冷凍倉庫」という。)をいうものと解するのが自然であり,その文言について殊更に限定して解釈すべき理由は見当たらない。

この点,基準表区分7では(1)ないし(3)の細区分があり,それぞれの使用用途に応じて異なる経過年数が定められているところ,これは,基準表区分7(1)の一般用のものに比べて,同(2)ないし同(3)は特殊な蔵置物等から家屋が受ける化学的・物理的影響により,その損耗,腐食ないし劣化が通常のものと比べて著しいため,経過年数についても同(1)の一般用のものに比べて短い年数が用いられているものと解される。

このような規定の文言及び趣旨にかんがみると,基準表区分7(2)のうち「冷凍倉庫」の文言に何らの限定も付されていないのであるから,「冷凍倉庫」に当たることによって,当該家屋が受ける化学的・物理的影響により損耗,腐食が通常に比べて著しいという特質は既に考慮されているものと解することができる。

そうだとすれば,被告担当職員は,本件係争処分に際し,基準表区分7(2)にいう「冷凍倉庫用のもの」について,言葉の通常の意味に従い,文理解釈に従った冷凍倉庫をいうものと解釈することが求められていたというべきである。

(イ) 加えて,被告が固定資産税等の賦課処分等を行う際の行政内部の運用指針として定めた固定資産評価事務取扱要領等(以下,これらを併せて「取扱要領」と総称する。)において,用途構造別の経年減点補正率を記載した「経年表」には,「冷凍倉庫」に関して下記のとおり記載されている。

① 固定資産税(家屋)電算異動処理要領(昭和50年8月)(乙17の1)

「経年表」中の用途(7)において「工場・倉庫・発電所・変電所・停車場・車庫,(8),(9)以外のもの」,用途(8)において,「(7)のもので塩素・塩酸・硫酸・硝酸・腐食性・液体又は気体の影響を全面的に受けるもの(冷凍倉庫等)」と記載されている。

② 固定資産評価事務取扱要領(家屋評価編)(昭和57年12月)(乙17の2)

「経年表」中の用途(7)において「工場・倉庫・発電所・変電所・停車場・車庫(営業用)および(8),及び(9)以外のもの」,用途(8)において,「(7)のもので塩素・塩酸・硫酸・硝酸・腐食性・液体または気体の影響を全面的に受けるもの(冷凍倉庫など)」と記載されている。

③ 固定資産評価事務取扱要領(家屋評価編)(昭和63年3月)(乙17の3)

「経年表」中の用途(7)において「工場・倉庫・発電所・変電所・停車場・車庫および(8),(9)以外のもの」,用途(8)において,「(7)のもので塩素・塩酸・硫酸等,著しい腐食性を有する液体又は気体の影響を全面的に受けるもの(冷凍倉庫等)」と記載されている。

④ 固定資産(家屋)電算異動処理要領(平成6年3月)(乙17の4)

「経年表」中の用途⑦において「工場・倉庫・発電所・変電所・停車場・車庫及び⑧,⑨以外」,用途⑧において,「⑦のもので塩素・塩酸・硫酸等腐食性の影響を受けるもの」と記載されている。

これらの取扱要領は,固定資産評価基準に関する被告の運用の統一を図る趣旨で定められた被告内部の通達であるから,固定資産の評価事務に従事する被告担当職員としては,基本的に,これらの取扱要領に従って職務を行うことが要請されるものと解される。

このように,取扱要領においては,昭和63年度の固定資産税の課税の以前から,記載された文言に若干の違いはあるものの,冷凍倉庫という文言については何ら修飾語句が付されないことを前提とした解釈,運用を行う方針で一貫していたといえるから,本件係争処分当時,被告担当職員においては,取扱要領によっても,文理解釈に従った冷凍倉庫と異ならない解釈及び運用を行うことが職務上要請されており,また,そのような運用を行うことは容易であったといえる。

ウ 以上の検討によれば,被告担当職員には,本件係争処分当時,基準表区分7(2)にいう「冷凍倉庫用のもの」を,文理解釈に従った冷凍倉庫と解釈した上で,課税対象物件の現況を調査し,社会通念上,文理解釈に従った冷凍倉庫として実際に使用されていると判断された建物については,基準表区分7(2)に定められた経年減点補正率を適用すべき職務上の注意義務が課されていたというべきである。

(3)  本件における被告担当職員の注意義務違反

前提事実(2)で認定したとおり,本件各倉庫はいずれもいわゆるF級の冷凍倉庫であり,本件係争処分の対象となった期間,実際に冷凍倉庫として使用されていたのであるから,客観的にみて,文理解釈に従った冷凍倉庫に該当することは明らかであったといえる。

そして,被告担当職員は,本件各倉庫について,その完成前後を通じて現況を調査し,その外観や設計図書と現実の施工の差異などについて確認をしているのであるから(乙22-資料7及び資料8,証人G12頁ないし14頁,弁論の全趣旨),本件係争処分当時,文理解釈に従えば,本件各倉庫が冷凍倉庫であると認識することは容易であったと認められる。

ところが,被告担当職員は,本件各倉庫について,基準表区分7(2)に定める「冷凍倉庫用のもの」を「冷気又は低温の著しい悪影響を直接全面的に受ける倉庫」であると解釈した上,同区分の定めを本件各倉庫に適用して本件係争処分を行ったものであり,これらの処分は,課税要件明確主義及び法の趣旨に反する不当な縮小解釈によるものというべきであるから,上記(2)ウで説示した職務上の注意義務に違反した違法があるとの評価を免れない。

以上によれば,被告が原告に対し,本件係争処分を行うについて,国家賠償法1条1項の定める違法性があったものと認められる。

(4)  被告担当職員の過失

国家賠償法1条1項における過失は,職務執行に際して,当該公務員の地位において職務を果たすために通常客観的に要求される注意義務の懈怠をいうものと解される。

したがって,前記(1)で説示した解釈及びこれを踏まえた前記(3)における検討によって,被告担当職員に過失が認められることは明らかである。

(5)  被告の主張についての検討

ア 以上に対し,被告は,損耗劣化の進行の度合いによって基準表区分が分類されていると考えていたところ,昭和50年代前後に建築された冷凍倉庫は,それ以前に建築されたのものと比べて性能が格段に向上していたことにかんがみ,基準表区分7(2)に定める「冷凍倉庫用のもの」を「冷気又は低温の著しい悪影響を直接全面的に受ける倉庫」であると解釈し,本件各倉庫はこれに該当しないと判断したことから基準表区分7(1)を適用したのであって,これは課税庁に許容された裁量の範囲内であるから,違法性ないし過失は否定されると主張する。

確かに,被告が主張するように,昭和30年代に既に存在していた冷凍倉庫と昭和50年前後に建築された冷凍倉庫を比較すれば,技術の進歩によって耐熱性能や凍害防止に関する性能が大きく向上した事実は否定し難い(乙18,乙22,弁論の全趣旨)。

そして,本件各倉庫は,いずれも昭和40年後半以降に建築されていることからすれば(甲37の1及び2,弁論の全趣旨),昭和30年代に既に存在していた冷凍倉庫と比較して,耐熱性能や凍害防止に関する性能に優れていたものと推認できる。

しかしながら,他方において,現代において建築された冷凍倉庫においても,常時低温で管理され続けているという特質から,依然として一般倉庫と比べて損耗劣化の進行の度合いは早いとされていること(甲44ないし甲51,甲56及び甲57)にかんがみれば,被告が主張するような基準表区分7(2)の解釈をしなければおよそ公正な課税が実現できないというほどの状況に至っていたとは考え難いのであって,あえてそのような解釈をする必要性ないし合理性があったか否かについては疑問であるといわざるを得ない。

また,上記(2)で説示したとおり,租税法律主義は憲法上要請される基本原理であるから,課税庁の自由裁量を排除すべき必要性は他の行政処分に比して相対的に大きいというべきである。もとより法律等によって課税要件の全てを明確に規定することは困難であるから,実質解釈がおよそ否定されると解することもまた相当でないが,そのような場合であっても,上記のような租税法律主義の要請に照らせば,実質解釈の範囲は,法律等の文言から一般人が通常予測可能な範囲に限定されるというべきである。

このような見地から,基準表区分7(2)をみると,「塩素,塩酸,硫酸,硝酸その他の著しい腐食性を有する液体及び気体の影響を直接全面的に受けるもの,冷凍倉庫用のもの及び放射性同位元素の放射線を直接受けるもの」と記載され,「冷凍倉庫用のもの」が他の2つの「(前略)の影響を受けるもの」と並列して記載されていることに照らせば,被告が主張するように「冷凍倉庫用のもの」について「冷気又は低温の著しい悪影響を直接全面的に受ける倉庫」と特に限定を付して解釈することは,一般人にとって容易に予測し難い内容の解釈であるといわざるを得ない。

仮に,被告担当職員において,基準表区分7(2)に定める「冷凍倉庫用のもの」を文理解釈に従った冷凍倉庫と解釈することが現実にそぐわないと判断したとしても,そのような場合には,課税庁としては,まず当該法規を改正するよう検討すべきであって,課税庁限りの解釈,運用により課税の範囲を限定ないし拡張することは,租税法律主義に反するとともに,専門的・技術的見地から総務大臣に固定資産評価基準の作成を委任した法の趣旨を没却するものとして容易に許容できない。

なお付言するに,被告の主張の前提とされた考え方から推及すれば,基準表区分7(2)に定める「冷凍倉庫用のもの」についてのみならず,全ての固定資産の評価にあたって,その使用実態や建築の際に用いられた技術水準,化学的な影響を考慮した損耗劣化の程度等を調査ないし評価し,それに対応した基準表区分を適用することになると考えられるところ,固定資産の評価に物理的,時間的な制約があることは公知の事実であるから,はたしてそのような調査及び評価を行うことが現実的に可能であったかという点についても,甚だ疑問といわざるを得ない。

以上の検討によれば,被告の上記主張は採用することができない。

イ また,被告は,全国の約8割の課税団体において被告と同様の解釈を採っていたことから,「冷凍倉庫用のもの」を「冷気又は低温の著しい悪影響を直接全面的に受ける倉庫」であると解釈することは合理的な判断であったと主張する。

この点,被告の主張するとおり,冷凍倉庫が立地している市町村の約80パーセントで冷凍倉庫に対する固定資産税等の過大な徴収が発生している(甲1)。

そして,国家賠償法1条1項にいう違法性は,職務行為時における注意義務違反が問題にされるのであるから,実務的に法律等の解釈が統一されていた場合や,法律等の解釈が分かれている場合において,職務上通常要求される程度に調査を尽くしたといえる場合には,違法性ないし過失が否定されることもあり得ないではない。

しかし,冷凍倉庫が立地している市町村のうち約15パーセントは,冷凍倉庫に基準表区分7(2)の定める「冷凍倉庫」について,文理解釈に従った冷凍倉庫を意味するものとして解釈,適用し,適正に固定資産税等を課税していたのであるから(甲1,甲24の1及び2),「冷凍倉庫用のもの」を「冷気又は低温の著しい悪影響を直接全面的に受ける倉庫」とする被告の解釈が実務的に統一されていたとは評価し難い。

また,本件各冷凍倉庫について固定資産税等の過大な徴収が問題となった平成18年度以前において,被告が,その上記解釈について国や他の自治体に問い合わせた事実はないこと(乙23,乙25,乙26,証人G17頁ないし22頁)に照らせば,被告担当職員が職務上通常要求される程度に調査を尽くしていたとも評価し難い。

かえって,被告担当職員の間では,実務において基準表区分7(2)が適用される場合はごくまれなケースに限られるという認識があったというのであるから(乙25),調査の結果,文理解釈上,冷凍倉庫に当たる倉庫として使用されている事実を認識したにもかかわらず,本件各倉庫がそのまれなケースに当たるとは考えずに,漫然と基準表区分7(1)を適用した可能性もあながち否定できないところである。

以上の検討によれば,被告の上記主張も採用することができない。

3  損害について

(1)  過大徴収税額

本件各倉庫につき,原告らが実際に納付した税額と,基準表区分7(2)を適用した場合における税額の差額である過大徴収税額は,別紙2ないし5の請求金額目録1ないし4に記載された「課税年度欄」に対応する「元本(過大徴収税額)欄」のとおりであると認められる(乙12,弁論の全趣旨)。

(2)  遅延損害金の起算日

不法行為に基づく損害賠償債務は損害の発生と同時に遅滞に陥るものであるところ,本件における損害は当該課税年度における原告らの実際の納税額が基準表区分7(2)を適用した場合における税額を超過した時点で発生する。

そして,被告における固定資産税等は各年度について年4期に分けられて納付を求められるところ,原告らは,少なくとも第4期の納付期限となっている課税年度の翌年1月4日頃までに,被告から納付を求められた固定資産税等を全額納付していることが認められる(弁論の全趣旨)。

したがって,少なくとも,別紙2ないし5の請求金額目録1ないし4に記載された「課税年度欄」に対応する「遅延損害金起算日」欄記載の日から遅延損害金が発生すると認めるのが相当である。

(3)  弁護士費用相当額

これまでの検討によれば,原告らが被告に対し,過大徴収税額の返還を求めるため,弁護士に訴訟委任をして本件訴訟を提起することは,事案の性質及び経緯等に照らし,社会通念上相当と認められ,本件事案の性質その他一切の事情にかんがみると,本件訴訟に係る弁護士費用相当額のうち,以下の金額の限度で,被告による違法な固定資産税等の過大徴収と相当因果関係のある損害と認められる。

ア 原告Aについて

62万3000円

イ 原告Bについて

152万4000円

ウ 原告Cについて

37万6000円

エ 原告Dについて

24万円

第4結論

以上によれば,原告らの請求はいずれも理由があることからこれを認容することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を,仮執行宣言につき同法259条1項を各適用の上,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 本多哲哉 裁判官 佐藤雅浩)

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