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仙台地方裁判所 平成19年(ワ)250号 判決 2009年1月27日

主文

1  被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成18年3月2日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを16分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,5312万9600円及びこれに対する平成18年3月2日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

(3)  仮執行免脱宣言

第2事案の概要

本件は,被告が設置管理するA病院(以下「被告病院」という。)に入院中の亡B(昭和10年3月22日生まれ,死亡時70歳)が,平成18年3月2日(以下,特に断らない限り,平成18年中のことなので年の表記を省略する。),急性胆道感染症による多臓器不全によって死亡したのは,主位的には,被告病院の医師が亡Bの急性胆管炎に対する適切な治療を怠った過失によるとして,予備的には,2月24日までの間に適切な治療を行うか適切な治療をなし得る他院に転送すべきであったのにこれを怠った過失によるとして,亡Bの相続人である原告が,被告に対し,民法715条に基づき,死亡慰謝料,逸失利益等の損害賠償金5312万9600円及びこれに対する平成18年3月2日から支払済みに至るまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。

1  前提事実(末尾に証拠等を掲げたもの以外は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 被告は,被告病院を設置管理する医療法人である。

イ 原告は,被告病院入院中に死亡した亡Bの長男であり,遺産分割協議により亡Bの被告に対する損害賠償請求権を相続した。(弁論の全趣旨)

(2)  診療経過

ア 1月13日,亡Bは脳梗塞のため救急車で被告病院に搬送され,そのまま入院となった。当初は,被告病院の循環器科のC医師が診察にあたっていた。C医師からは,失語は来さない,1~2日は左手の麻痺が増悪するが来週には徐々に軽減し,リハビリテーションに移行する旨の説明があった。

イ 1月28日,亡Bに38.6度の発熱がみられたため,翌29日,抗生剤としてフルマリンが投与された。

ウ 1月30日,亡Bの血液検査の結果は,白血球数11900(基準範囲3500-10000),CRP22.4(基準範囲0.5未満),血清ビリルビン2.4(基準範囲0.1-1.2),ALP307(基準範囲70-353),ALB2.9(基準範囲3.8-5.2)であった。そこでC医師が胆道系の炎症を疑い,被告病院の消化器科のD医師に胆嚢炎に関してコンサルトし,D医師が亡Bを診察した。D医師のカルテには,胆嚢炎の可能性は低いと思われる旨の記載がある。

エ 同日,被告病院の脳神経外科のE医師は,亡Bにみられた発熱及びCRPの上昇の原因は,胆道系に炎症があるためと考えた。

オ そこで,1月31日,E医師は,亡Bの家族に対し,胆嚢炎の可能性があることを説明した。

カ 2月1日からもフルマリンによる保存的治療が継続された。

亡Bの血液検査の結果は,2月1日は,CRP11.1,白血球数6400,血清ビリルビン2.1,2月4日には,CRP6.2,血清ビリルビン1.9,ALB2.9,2月9日には,白血球数9900,CRP1.9,GOT41,GPT62,γ-GTP155(基準範囲0-48),ALP408,血清ビリルビン1.1,ALB3.0であった。

2月13日には,C医師が,2月16日の血液検査のデータによっては,抗生剤を中止することを予定し,その旨カルテに記載し経過観察とした。

キ 2月16日,亡Bの血液検査の結果は,ALP1689,γ-GTP206,白血球数15900,CRP13.8,血清ビリルビン6.7,BUN28.8(基準範囲7.4-19.5),ALB2.4であった。

午後4時30分,亡Bに対して,腹部X-p,腹部超音波検査が施行された。そして,E医師がC医師・D医師に対して,亡Bの病状について相談した。

ク 2月17日,E医師からD医師に正式にコンサルトがなされたので,D医師が亡Bを診察し,同日午後4時前後にかけて,亡Bに対してCT検査及びMRCP検査が実施された。

CT検査では,「胆嚢は著明に腫大し,壁肥厚を認める。」「総胆管の拡張は指摘できないが,腫大した胆嚢による圧排のためか,肝内胆管は拡張している。」「胆嚢管合流部付近の腫瘤でもこのような画像になるので,胆管腫瘍も否定できない。」との所見が得られた。

MRCP検査では,「肝内胆管,上部胆管,胆嚢の拡張を認める。」「胆嚢管合流部以下の胆管影は不明瞭である。」「腫瘍による閉塞を否定できない。」との所見が得られた。

ケ 2月18日,D医師から,被告病院の外科のF医師に対して,急性胆嚢炎・急性胆管炎の治療として胆道ドレナージについて相談がなされた。相談の結果,まずは,抗生剤を胆汁移行性のよいスルペラゾンに変更し,保存的治療とし,経過観察とされた。

コ 2月21日,F医師により,内視鏡的逆行性胆膵管造影(ERCP,以下「本件造影」という。)及び内視鏡的逆行性胆管ドレナージ(以下「本件ドレナージ」という。)が行われた。

サ 2月24日,亡Bの全身に黄染が著明に見られた。D医師より原告と亡Bの家族に対して,「胆管がんの可能性が高い。現在ステントというチューブを挿入し胆汁を流している状態。手術をする場合,患者の年齢,体力,既往(脳梗塞)を考えると難しいと思われる。手術をせずステント留置のままであれば閉塞することもあり,交換は当院では困難。専門施設が望ましい」との説明があった。

シ 3月1日,亡Bの血圧,酸素飽和度が低下し,昇圧剤,酸素投与を開始した。

ス 3月2日午後1時17分,亡Bが死亡した。死亡診断書には,死亡原因として,順に「胆管がん」「急性胆道感染症」「多機能不全」と記載されている。

セ 上記のほか,本件における診療経過は,別紙診療経過一覧表のとおりである(ただし,争いのある部分は除く。)。

2  争点及び主張

(1)  争点1 急性胆管炎に対する治療の懈怠

(原告の主張)

ア 「急性胆管炎・胆嚢炎の診療ガイドライン」(以下,「本件ガイドライン」という。)の位置づけ

本件ガイドラインは,学会が慎重な討議を経て策定したものであって,実際の診療にあたって治療指針となるものであるし,その治療指針は臨床医学上の標準的治療が行われたかどうかの判断基準として機能するものである。

もちろん診療は個々の患者の状況に合わせて行われるべきであるから,本件ガイドラインの示す診療指針と異なる治療を選択すべき場合もあろうが,その場合には異なる治療を選択すべき具体的かつ合理的な根拠が示されなければならない。それが示されない場合,診療指針に満たない治療がなされたときは臨床医学上の標準的治療がなされなかったものと判断されるべきである。

イ 急性胆管炎の診断

(ア) 本件ガイドラインによれば,急性胆管炎の診断基準は,A「1.発熱,2.腹痛(右季肋部または上腹部),3.黄疸」,B「4.ALP,γ-GPT上昇,5.白血球数,CRP上昇,6.画像所見(胆管拡張,狭窄,結石)」のうち,Aのすべてを満たすかあるいはAのいずれか及びBすべてを満たす場合に確定診断とするとされている。

(イ) 2月16日には,亡Bには急性胆嚢炎が再燃しているところ,急性胆嚢炎の最も典型的な症状は右季肋部痛であり(最大93パーセント),右季肋部痛はあったと推認しうる。

また,看護記録に同日午前10時以降皮膚,眼球黄染の記載があり,その後継続して黄疸を示す記載がある。

同日の血液検査の結果も,白血球数15900,CRP13.8と炎症反応の著しい高値を示し,血清ビリルビン6.7,ALP1689,GOT257,γ-GPT206と肝機能値も著しく悪化していた。

そして同日の超音波検査によって肝内胆管の拡張が認められており,これは急性胆管炎の所見の1つである。また,2月17日のCT,MRCPを含めた画像所見では,総胆管の拡張は指摘できないが,肝内胆管の拡張,上部胆管の拡張を認めるとされている。

したがって,急性胆管炎と診断される。

ウ 急性胆管炎の重症度判定基準

(ア) 本件ガイドラインによれば,急性胆管炎の重症度判定基準は,「ショック,菌血症,意識障害,急性腎不全のいずれかを伴うものは重症」,「黄疸(血清ビリルビン2より高値),低アルブミン血症(ALB3より低値),腎機能障害(クレアチニン1.5より高値,BUN20より高値),血小板数減少,39度以上の発熱のいずれかを伴うものは中等症」,「それ以外を軽症」とするとされている。

(イ) 本件では,2月16日,亡Bは血清ビリルビン6.7,ALB2.4,BUN28.8であり,中等症と診断しうる症状の3つを合併しており,明らかに「中等症」であった。

エ 急性胆管炎の診療指針

(ア) 急性胆管炎の診療指針は,中等症では「初期治療とともにすみやかに胆道ドレナージを行う」である。その上,亡Bは当時70歳であり高齢者であったから,早期のドレナージが望ましい。しかも本件ではすでにフルマリンが投与中であり,保存的治療は行われていたのであるから,更に経過をみる必要はなかった。

したがって,2月16日の時点で胆道ドレナージ実施を決定し,CT及びMRCPを実施することを考慮しても,翌日には胆道ドレナージを実施すべきであった。具体的には被告病院でも行えた経皮経肝胆管ドレナージを行うか,内視鏡的胆管ドレナージをなし得る施設への移送を決めて受入先を探すかするべきであった。

仮に,抗菌薬を変更してその効果をみることが許されるとしても,抗菌薬などによる保存的治療の反応をみるのは12~24時間であって,16日の午後5時から保存的治療を開始していれば遅くとも18日には保存的治療では不十分であることを認識できたはずであり,その時点で胆道ドレナージを実施すべきであった。

ところが,D医師は,2月16日の午後5時ころ,E医師から亡Bの症状について相談をうけ,その内容は,黄疸あり,血液検査の結果いくつもの項目で異常が認められていたというものであったにもかかわらず,その場で画像を検討せず,診察もせずに帰宅した。17日も午後3時か4時ころになってようやくCT,MRCPのオーダーをしており,画像を見たのも18日であり,抗生剤の指示をしたのは18日の午後4時である。そして,本件ドレナージが実施されたのは2月21日であった。

(ウ) 以上のとおりであり,被告には急性胆管炎の治療を怠った過失がある。

(被告の主張)

ア 本件ガイドラインの位置づけ

胆道感染症の診断基準・治療方針や診療パターンには,国内でも国外でも大きなバリエーションがある。本件ガイドラインは急性胆道炎診療に関する初めてのガイドラインであるし,本件治療行為が行われたわずか4か月ほど前の平成17年9月28日に第1版が発行されており,本件治療当時,本件ガイドラインが医師の間に普及していたとは言い難い。また,本件ガイドラインは実際の診療行為を決して強制するものでもないとされている。

したがって,本件ガイドラインと異なる診療が行われたとしても,直ちに法的医療水準に達しない治療行為と評価することはできない。

イ 急性胆管炎の診断

2月16日の超音波検査の結果が出た時点では,急性胆管炎の確定診断をすることはできない。

急性胆管炎は胆管内に急性炎症が発症した病態である。炎症の有無は,血液検査による炎症反応(白血球数及びCRP)で判断することができるが,胆嚢炎によっても白血球数及びCRPは上昇する。そのため,胆嚢炎を発症している本件においては,白血球数及びCRP上昇が胆管炎によるものであるということはできないのである。

さらに,ALP及びγ-GTPは閉塞性黄疸でも上昇するため,超音波検査の結果,肝内胆管の拡張が認められ,閉塞性黄疸が疑われている本件では,ALP及びγ-GTPの上昇が必ずしも急性胆管炎によるものということはできないのである。

また,超音波検査の結果,肝内胆管の拡張が認められてはいるが,肝内胆管の拡張は,胆管のいずれかの部分で狭窄等を起こしていることが疑われるにすぎないのであって,胆管が炎症を起こしているか否か,及び胆汁感染の有無については,そもそも画像所見から判定することはできない。

ウ 急性胆管炎の治療

2月16日の超音波検査の結果,肝内胆管の拡張を認めて胆道感染症が疑われた。亡Bの状態からすれば,この時点において腹部CT,MRCP及び造影検査を緊急に実施する必要性(緊急性)はなかった。

2月17日,胆道感染症の原因と程度の評価のために腹部CT及びMRCPが行われた。胆管ドレナージを実施する前に腹部CT,MRCP及び造影検査を行うことは必要不可欠であり,これを実施する前に胆管ドレナージを実施することはできない。その結果,肝内胆管,上部胆管の拡張を認め,胆道感染症と閉塞性黄疸を認め,胆管がんの可能性も考えられた。

2月18日,D医師は,CT及びMRCPの結果をみて,直ちにF医師に急性胆管炎の治療(胆道ドレナージ等)について相談した。

腫瘍による閉塞の場合,完全閉塞はまれであり,胆管ドレナージが不要となる場合もある。そこで,同日,まずは抗生剤を胆汁移行性のよいスルペラゾンに変更し,保存的治療がなされた。本件ガイドラインにも,中等症胆管炎であっても,抗菌薬投与などによる保存的治療が奏功せず状態に改善が認められなければ,可及的速やかに胆管ドレナージを行うべきであるとされており,中等症の胆管炎に対するドレナージの適応は,保存的治療を試みて保存的治療には反応しない場合に認められる。この保存的治療の効果の有無を判断する期間は1~2日間必要であるとされている。また,それ以前に投与されていたフルマリンは胆嚢炎を前提にした抗生剤で,胆管炎を念頭において投与したものではなく,胆管炎の場合には胆汁移行性を重視して抗菌薬を投与する必要がある。

ところが2月20日,血液検査の数値に改善はみられなかった。そのため,保存的治療が功を奏していないと判断し,翌21日には本件造影を施行した。その際,上部胆管に狭窄を認めたため,本件ドレナージを施行した。

以上のとおりであり,被告はすみやかにかつ適切な診療を行っている。

(2)  争点2 2月21日以降の治療の懈怠

(原告の主張)

本件ドレナージは留置したステントがうまく機能しておらず,亡Bの状態は悪化していた。内視鏡的胆管ドレナージの成功率は86から96パーセント,有効率は94から100パーセントと非常に高いにもかかわらず,本件ドレナージ実施後のビリルビン値は20日に11.2だったのが,22日10.6,23日10.2,3月1日8.5であり,ビリルビン値の基準範囲が0.1~1.2であることからすれば,ステントがほとんど機能していないことは明らかである。そして,本件では少なくとも2月24日頃までは血圧も尿量も保たれていて未だ重症急性胆管炎ではなかった。

よって予備的に,2月24日までに再度胆嚢ドレナージ,胆嚢摘出術,胆管ドレナージを行うか,あるいは行い得る他院に移送すべきであったのにこれを怠った過失を主張する。

(被告の主張)

2月21日に本件ドレナージが実施された後は,2月27日まで発熱も治まり,総ビリルビン値も,本件ドレナージ実施前には11.2まで上昇していたが,実施後の22日は10.6,23日には10.2,3月1日には8.5と下がっていた。ステントが機能していない場合にはビリルビン値は悪化するはずである。減少の程度が低いのは本件ドレナージを実施した部位が上部胆管というドレナージが難しい部位であることによる。したがって,留置したステントが十分機能していたことは明らかである。また,炎症反応を示すCRP値及び白血球数も減少しており,炎症が改善傾向にあったことを示している。本件ドレナージ前の20日には血小板数が11.2万と低下していたが,本件ドレナージ後は30万台に回復し,敗血症やDICへの移行の可能性がみられなくなっている。以上のことからすれば,24日までに,胆嚢ドレナージ,胆嚢摘出術,胆道ドレナージ,または他院への転送を行う必要はなく,24日までにこれらの行為を行わなかった被告に過失は認められない。

(3)  争点3 因果関係

(原告の主張)

ア 過失1との関係

急性胆管炎の死亡率は1980年以後の報告では2.5~27.7パーセントである。(1)エで述べたとおり,本件ドレナージは本来2月18日に実施されるべきであったにもかかわらず,実際には21日に実施されているところ,この2日半の遅れは胆管内の胆汁うっ滞の遷延を意味する。うっ滞の時間が長ければ長いほど胆汁は濃縮され粘着質な胆汁ができるのである。それによって胆汁はステントから排出されずらくなり,ステントは詰まりやすくなる。一般的に内視鏡的逆行性胆管ドレナージは,成功率86~96パーセント,有効率94~100パーセントと非常に高い胆汁うっ滞効果を有するのであるから,上記2日半の遅れがなければ,本件ドレナージは奏功し胆汁うっ滞は解消されたはずである。

したがって,上記過失がなければ救命し得た高度の蓋然性がある。

イ 過失2との関係

本件では少なくとも2月24日頃までは血圧も尿量も保たれていて未だ重症急性胆管炎ではなかった。したがって,2月24日までに他院に転送して胆嚢摘出術と再度ERCPを行ってステントの入替えを行っていればなお救命し得たはずである。

ウ 被告は胆管がんが胆管炎の原因であると主張するが,超音波検査でもCT検査でもMRCP検査でも腫瘍は描出されていない。仮に腫瘍だとしても良性腫瘍の可能性もあり,細胞診も組織診もせずに胆管がんと診断することはできない。画像診断上結石が確認されてはいないが,小結石の場合には描出されない場合も少なくないのであって,一般的な胆管炎の原因に占める割合からいっても結石が原因であった可能性は高い。

また,仮に胆管がんであったとしても本件は胆管がんで死亡したのではない。胆管がんによる胆管の狭窄によって胆管炎を発症し,それが悪化して多機能不全となって死亡したのである。その原因は適切な時期に適切な胆道ドレナージによる減圧がなされなかったからである。胆管がんが仮に進行がんで切除不能であったとしても,適切な胆道ドレナージによって1年程度の生存は可能であり,実際に死亡した時点での死亡はあり得なかったのであり,その時点での死という結果との間の因果関係は否定されない。

(被告の主張)

ア 過失1との関係

(ア) 閉塞の原因となった腫瘍が,2月17日または同18日の時点で,同21日よりも小さくて胆管ドレナージがしやすい状況にあったということはないため,同17日,18日に胆管ドレナージを実施しても,本件と同じ結果であった。

(イ) また,本件においてステント留置にミスがあったわけではないので,仮に2月17日または18日にステント留置をしたとしても,閉塞の原因や閉塞部位などからすると,本件と同じ結果となり,ビリルビン値の減少速度が速まった可能性は極めて低い。

(ウ) 本件ドレナージがなされた後,いったんは改善傾向にあった上に,約9日間生存していることから,胆管ドレナージの時期が遅すぎたから死亡したとはいえない。

イ 過失2との関係

(ア) 2月21日に実施されたステント留置にミスがあったわけではないので,仮に2月22日から24日の間にステントを交換したとしても,本件と同じ結果となり,ビリルビン値の減少速度が速まった可能性は極めて低い。

(イ) また,2月22日から24日までの間に,胆管ドレナージ等をする必要性が認められない以上,仮に転院したとしてもこれらの治療方法が実施された可能性は極めて低い。

ウ そのほか

①腫瘍マーカーであるCA19-9が高値であること,②CT及びMRI(MRCP)で腫瘍による閉塞を否定できないとの所見があることに加えて,③超音波検査で結石を示す所見が見られないこと,及び,④本件造影で狭窄の形が腫瘍によるものであることを示していることから,狭窄の原因は胆管がんであることは明らかである。

エ 以上のことから,因果関係は認められない。

(4)  争点4 損害

(原告の主張)

ア 死亡慰謝料 2600万円

イ 逸失利益 2082万9600円

亡Bは死亡時株式会社Gの代表取締役として稼働していた。年収は600万円であった。同人は昭和10年3月22日生で死亡時70歳であるからそのライプニッツ係数は5.786。生活費控除は40パーセントが相当である。

ウ 葬儀費用 150万円

エ 弁護士費用 480万円

(被告の主張)

すべて否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  前提事実,証拠(甲B2,16,乙A2,4,5,6,9,B1,3,6,10,証人E,証人D,証人F)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  本件ガイドラインについて

ア 本件ガイドラインは,急性胆道炎の診療にあたる臨床医に実際的な診療指針を提供することを目的として作成されたものであり,平成17年9月28日に第1版が発行されている。

イ 本件ガイドラインは急性胆道炎診療に関する初めてのガイドラインであり,本件ガイドラインが策定される前には,急性胆道炎に関して世界共通の診断基準や重症度診断基準も存在せず,急性胆道炎の種々の診断,治療手技について客観的な評価はなされておらず,標準化がなされていない状態であった。

ウ 本件ガイドラインはあくまでも最も標準的な指針であり,実際の診療行為を決して強制するものではなく,施設の状況(人員,経験,機器等)や個々の患者の個別性を加味して最終的に対処法を決定すべきものとされる。

(2)  急性胆管炎の診断について

ア 急性胆管炎の診断基準について

(ア) 本件ガイドラインによれば,急性胆管炎の診断基準は,A「1.発熱,2.腹痛(右季肋部または上腹部),3.黄疸」,B「4.ALP,γ-GPT上昇,5.白血球数,CRP上昇,6.画像所見(胆管拡張,狭窄,結石)」のうち,Aのすべてを満たすかあるいはAのいずれか及びBすべてを満たす場合に確定診断とする,ただし,急性肝炎や他の急性腹症が除外できることとする,とされている。

(イ) 急性胆管炎の診断時に鑑別を要する疾患として,上部消化管疾患,急性肝炎,急性膵炎や急性胆嚢炎などの消化器疾患等があげられている(閉塞性黄疸は鑑別疾患として挙げられていない。)。

急性胆管炎と最も鑑別が難しい疾患は急性胆嚢炎であるとされる。急性胆嚢炎では血液検査上,白血球数の上昇は認められるが,急性胆管炎や胆管結石などの合併を除けば,肝・胆道系酵素(ALP,γ-GTP,AST,ALT)の上昇は軽度であるとされる。しかし,一般に臨床徴候や血液検査だけでは,急性胆嚢炎と急性胆管炎の鑑別が困難な場合が多く,胆道系の画像検査が鑑別診断に有用であるとされている。

そのほか,本件ガイドラインには急性胆管炎の鑑別疾患が挙げられているが,急性胆嚢炎を除いては,本件で疑われた疾患はない。

(ウ) 急性胆管炎における画像診断の意義は,主として胆道閉塞の有無,並びにその原因となる胆管結石や胆管狭窄などを証明することにあり,胆管炎では,肝外胆管とともに肝内胆管の拡張が大多数でみられるとされる。そして,胆管拡張は,胆管のいずれかの部分で狭窄を起こしていることを意味する画像所見である。

成因診断に関しては,ERCPが最も優れており,急性胆管炎は重症化すれば急速に敗血症へと進展し致命的となる緊急性の高い疾患であるから,中等症,重症の急性胆管炎と診断されればドレナージ治療を前提としたERCPを優先させるべきとされている。

イ 急性胆管炎の重症度診断基準

本件ガイドラインによれば,急性胆管炎の重症度判定基準は,「ショック,菌血症,意識障害,急性腎不全のいずれかを伴うものは重症」,「黄疸(血清ビリルビン2より高値),低アルブミン血症(ALB3より低値),腎機能障害(クレアチニン1.5より高値,BUN20より高値),血小板数減少,39度以上の発熱のいずれかを伴うものは中等症」,「それ以外を軽症」とするとされている。

ウ 亡Bの状態

2月16日の亡Bの血液検査の結果は前提事実1(2)キのとおりである。また,同日午前10時,午後8時のいずれの時点においても眼球,皮膚黄染がみられた。同日午後4時30分に腹部超音波検査が実施され,その結果,肝内胆管の拡張がみられていた,また,胆嚢炎の疑いがあるとされた。

2月17日に実施されたCT検査の結果,「胆嚢は著明に腫大し,壁肥厚を認める。総胆管の拡張は指摘できないが,腫大した胆嚢による圧排のためか,肝内胆管は拡張している。胆嚢管合流部付近の腫瘍でもこのような画像になるので,胆管腫瘍も否定できない。少量の胸水と胸膜下の炎症性変化を認める。」との所見が得られ,MRI(MRCP)検査の結果,「肝内胆管,上部胆管,胆嚢の拡張を認める。胆嚢管合流部以下の胆管影は不明瞭である。腫瘍による閉塞を否定できない。」との所見が得られた。

(3)  急性胆管炎の診療指針について

ア 急性胆管炎等について

(ア) 急性胆管炎は重症化すれば急速に敗血症へと進展し致命的となる緊急性の高い疾患であり,迅速な診断,治療が必要とされている。

(イ) 急性胆管炎の死亡率は,1980年以後,2.5~27.7パーセントである。

(ウ) 急性胆管炎の死因は,大半が非可逆性のショックによる多臓器不全で,急性期を生存した患者の死亡原因も同様に多臓器不全,心不全,肺炎などとされている。

(エ) 急性胆嚢炎患者の死因については,近年では悪性腫瘍や呼吸不全・心不全などの多臓器不全による死亡が大半を占めているとされている。

イ 急性胆管炎の治療指針

(ア) 中等症例の場合には,初期治療(原則として,胆道ドレナージ術の施行を前提として,絶食の上で十分な量の輸液,電解質の補正,抗菌薬投与を行う)とともにすみやかな胆道ドレナージを行う,とされている。また,初期治療に反応しない場合,胆道ドレナージができない施設では対応可能な施設にすみやかに搬送/紹介する,とされている。

そして,中等症や軽症例でも緊急的な胆管ドレナージ術を考慮しつつ,初期治療に反応するかどうか12~24時間慎重に経過観察を行うとされている。そして中等症~軽症胆管炎であっても,抗菌薬投与などによる保存的治療が奏功せず状態に改善が認められなければ,可及的速やかに胆管ドレナージを行うべきであるとされる。

(イ) 保存的治療のみでは急性胆管炎の多くを救命できないのは明らかである。胆管ドレナージは,急性胆管炎の原因である胆汁うっ滞を解除する根本的な方法であり,本疾患治療の核となるものである。

(ウ) 胆管ドレナージ法の選択については,内視鏡的ドレナージ法の安全性と有効性は多くの研究から確認されており,開腹ドレナージよりも死亡率,合併症発生率ともに有意に少なく,前者が安全かつ有効であるとされている。経皮経肝的ドレナージもretrospectiveな症例集積研究による報告では有用性が広く認められている。内視鏡的ドレナージと経皮経肝的ドレナージの優劣に関しては明確な結論は出ておらず,合併症等の関係から内視鏡的ドレナージを優先すべきであるとされているものの,現時点では施設毎に確実にドレナージできる方法を採用すべきとされている。

被告病院においては,F医師が経皮経管的ドレナージを実施することができた。

(4)  診療経過

ア 2月16日,E医師が亡Bの血液検査の結果をみて,肝機能が破壊されていることを意味するGOT,GPTがかなり高値であること,CRPが高値でありかなり強い炎症反応があると判断したことから腹部の写真と腹部エコーをオーダーした。そして,同日5時過ぎ,D医師のもとに血液検査の結果と腹部エコーの画像を持参し,肝機能障害があり炎症反応が進んでおり,もともと胆道系に問題があるかもしれないと疑われていたので,診察をお願いしたい旨相談した。D医師はE医師から白血球数,CRP値,ALP,γ-GTP,黄疸があること等を聞いて急性胆嚢炎の再燃及び閉塞性黄疸を疑ったものの,発熱がなくひどい腹痛がないことから緊急性はないと判断し,翌日診察する旨回答した。なお,D医師には超音波検査結果を読影する能力がある。

イ 2月17日,E医師がD医師に対して,亡Bについて正式にコンサルトした。D医師は超音波検査の結果や血液検査の結果をみて,急性胆嚢炎,閉塞性黄疸及び急性胆管炎を疑った。そこで,急性胆嚢炎の重症度や閉塞性黄疸の原因について詳細な所見を得るため,同日の昼頃,CT検査及びMRCP検査を金医師に依頼した。そして,同日午後3時頃から午後4時頃にかけて,CT検査及びMRCP検査が行われた。D医師は,発熱がないこと,明らかな圧痛がないこと,血圧の低下,意識障害の進行といったものがないことから,緊急性はないと判断して,同日にはCT検査及びMRCP検査の結果を見なかった。

ウ 2月18日,D医師はCT検査,MRCPの結果を見て,閉塞性黄疸が,胆嚢腫大による圧排によって生じているか,胆管腫瘍による狭窄によって生じているかの2つの可能性を疑い,F医師に対して胆道ドレナージについて相談した。その結果,抗生剤を胆汁移行性のよいスルペラゾンに変更し,保存的治療によって経過観察することとなった。そして,同日午後4時ころ,スルペラゾンが投与された。

胆管炎であれば通常みられる発熱すらなく,血圧も安定し,日曜日は医師が休みであることなどから,採血は20日(月曜日)午前6時頃に行うこととし,1日強経過観察することにした。

エ 2月20日の血液検査の結果,ビリルビン値11.2,CRP値5.8,白血球数19700,血小板数11.2等であったことから,2月21日,本件造影が行われた。造影検査の結果,上部胆管に狭窄が認められたため,本件ドレナージが実施された。

オ 2月22日の血液検査の結果は,ビリルビン値10.6,CRP値4.1,白血球数15000,血小板数31.7等であり,同23日の血液検査の結果は,ビリルビン値10.2,CRP値3.9,白血球数13600,血小板数31.8等であった。

カ 2月28日,亡Bには38~9度の発熱がみられ,急性胆嚢炎及び急性胆管炎が再燃しており,その後抗生剤等の投与にもかかわらず改善傾向はみられないまま多臓器不全となり,3月2日死亡した。

(5)  意見書

日本内科学会認定内科専門医,日本循環器学会認定循環器専門医,医学博士H医師の意見は,要旨以下のとおりである。

ア 2月16日時点における急性胆管炎の診断について

本件ガイドラインによれば急性胆管炎と確診できるように思われる。

しかし,本件では,①胆管が閉塞しているので胆管炎を合併していなくてもALP,γ-GTPの上昇が見られること,②本件では胆嚢炎を発症していることが明らかであるため,白血球数及びCRPの上昇は胆嚢炎によるものであるとも考えられること,③胆管拡張の画像所見は,胆管炎を合併していなくても胆管が閉塞していればみられること,からすれば,胆管炎の確定診断までには至らない。

イ 急性胆管炎の治療について

胆管炎の確定診断ができないからといって,放置してよいというものではない。もっとも,本件でも胆管炎を念頭においた治療が必要であるというレベルの診断はしており,胆管炎を念頭においた治療(スルペラゾンへの変更,胆管ドレナージ)を行っており,問題があるとは思われない。

ドレナージを行うにあたって大事なことは「胆管がどこの部位で,何によって閉塞しているのか」を確認することであり,CTやMRCPを行って,閉塞の部位と何による閉塞かを確認することは必要なことである。

また,CT及びMRCPにて,胆嚢管の起始部付近に閉塞があることは確認され,胆管ドレナージを考慮すべきであるというのは正しいが,この時点で,中等症の胆管炎であり,しかも全身状態があまりよくない亡Bに対して,胆管ドレナージをするべき絶対的適応(必要性)があったとまではいえない。胆管ドレナージ術は消化器内科・外科の分野でも一部の医師しか行えない特殊な手技であり,技術が不十分な医師が行うことによって,症状をさらに悪化させたり,致死的な合併症を引き起こすことがあるからである。

胆道閉塞を伴う胆管炎で,ショック,意識レベル低下,臓器不全など敗血症への移行を疑う所見がある急性閉塞性化膿性胆管炎が疑われた場合には他院に転送して緊急ドレナージを行うべきであるが,17日,18日の時点ではそのような状態でもなかった。

ウ 再度の胆管ドレナージ等について

亡Bは,2月20日,血小板数が11.2万に低下しており,これは,感染がコントロールされずに,敗血症,DICへと移行しつつある可能性を示唆するものである。しかし,ERCPによる胆道ドレナージを施行された亡Bは,2月24日の時点では発熱もなく(21日にERCPの影響と思われる37度台の発熱が一度見られたのみ),2月22日,23日のデータでも血小板数も30万台に回復し,総ビリルビン値の上昇はまだ残るものの増悪は見られていない。GOT,GPTもピークより低下してきている。これらは21日に施行した内視鏡的ドレナージが効いていることを示すものである。したがって,この時点までに再度の胆管ドレナージ等を実施すべきであるとはいえない。

(6)  亡Bの死亡機序に関して

ア 亡Bの死亡診断書には,死亡原因として,順に,胆管がん,急性胆道感染症,多臓器不全との記載がある。

イ D医師記載の亡Bの退院抄録には,診断として,(1)急性胆道感染症,(2)胆管がん,(3)脳梗塞,(4)多臓器不全との記載があり,経過及び検査成績として要旨以下のとおりの記載がある。

2月21日,本件造影を施行し,上~中部胆管に狭窄が認められ,胆管がんと思われた。内視鏡的ステント留置術を行い,少し落ち着いたように感じたが,2月28日発熱,その後敗血症性ショックと多臓器不全となり,抗生剤を投与するが改善せず,3月2日血圧低下,同日12時46分に呼吸停止,その後に心停止となり,午後1時17分に死亡が確認された。

ウ 本件造影で見られた狭窄は両方から圧迫されているものであり,胆管がんによる狭窄の場合と酷似した状態であり,また上記造影によっても結石はみられなかった。本件造影の所見でも胆管がんとの記載がある。

エ D医師によれば,急性胆管炎を発症した原因は,胆管がんによって胆管が閉塞したため,胆汁うっ滞状態が生じたことによるとされている。

オ 胆汁が肝内胆管に流れないでうっ滞していると,粘着質な胆汁ができて,ステントによる胆汁の排出量を減少させる原因となる。F医師によれば,うっ滞の時間が短い間にドレナージをしてステント留置をしておけば,もう少し流れがよくなった可能性があるとされる。

2  争点1について

(1)  原告は,遅くとも2月18日の時点で,被告病院において経皮経肝胆管ドレナージを実施するか,内視鏡的逆行性胆管ドレナージを実施できる施設への移送を決めて受入先を探すべきであったのに,被告病院の医師らはこれを怠った旨主張する。そこで,前提事実及び上記認定事実に基づいて,被告病院の医師らに上記治療を怠った過失が認められるか検討する。

(2)  医療水準としての本件ガイドラインの位置づけについて

本件ガイドラインは急性胆道炎の診療に当たる臨床医に実際的な診療指針を提供するものであり,臨床医学上の標準的治療が行われたかどうかの基準となるものである。

そして,急性胆道炎に関して,本件ガイドラインが初めてのガイドラインであり,それ以前には,共通の診断基準や重症度診断基準も存在せず,治療方法も標準化されていなかったという事情はあるものの,2月16日の段階では本件ガイドラインが発行されてから4か月経過していたのであるから,少なくとも被告病院のような総合病院において消化器科を担当するD医師や消化器を含む外科手術を実施するF医師にとっては,本件ガイドラインの内容は医療水準であったというべきである。

もっとも,実際の治療にあたっては,施設の状況や個々の患者の状態等から医師が最終的な対処法を決定するものであるから,合理的理由がある場合には,本件ガイドラインと異なる治療等が行われたとしても,医療水準に従った治療等がなされなかったということにはならないというべきである。

(3)  急性胆管炎の診断について

本件ガイドラインによれば,急性胆管炎の診断基準は,A「1.発熱,2.腹痛(右季肋部または上腹部),3.黄疸」,B「4.ALP,γ-GTP上昇,5.白血球数,CRP上昇,6.画像所見(胆管拡張,狭窄,結石)」のうち,Aのすべてを満たすかあるいはAのいずれか及びBすべてを満たし,急性肝炎や他の急性腹症が除外できた場合に確定診断とするとされ,黄疸(血清ビリルビン2より高値),低アルブミン血症(ALB3より低値),腎機能障害(クレアチニン1.5より高値,BUN20より高値)等のいずれかを伴う場合は中等症とするとされている。

そして,2月16日の時点において,亡Bには,基準値を大幅に超えるALP,γ-GTP,白血球数,CRPの上昇,黄疸が見られ,超音波検査の結果,肝内胆管の拡張も見られており,Aのいずれか及びBのすべてを満たしていた。また,本件では亡Bには急性胆嚢炎の発症が疑われていたが,急性胆嚢炎のみの場合は,肝・胆道系酵素(ALP,γ-GTP,AST,ALT)の上昇は軽度とされるが,本件ではALP,γ-GTPの値が大幅に基準値を超えていたから,上記状態は急性胆嚢炎のみによるものではないとの判断が可能であった。さらに,閉塞性黄疸も疑われているが,これは本件ガイドライン上鑑別の必要のある疾患とはされておらず,そのほかの急性肝炎,急性腹症は疑われていなかった。

以上のことからすれば,2月16日の亡Bの状態は,本件ガイドラインによると,急性胆嚢炎とともに急性胆管炎を発症している疑いがあると診断することが十分に可能な状態であったといえる。

そして,亡Bには黄疸(血清ビリルビン6.7),低アルブミン血症(ALB2.4),腎機能障害(BUN28)が見られており,本件ガイドラインによると,亡Bが急性胆管炎を発症しているとすれば,その重症度は中等症であったと認められる。

(4)  治療指針について

中等症の急性胆管炎の場合,初期治療とともにすみやかな胆道ドレナージを行うとされている。そして,急性胆管炎が緊急性の高い疾患であること,急性胆管炎の治療の核は胆管ドレナージであり,本件ガイドライン上,軽症~中等症の急性胆管炎においては,初期治療に反応するかどうか12~24時間慎重に経過観察を行い,抗菌薬投与などによる保存的治療が奏功せず,状態に改善が認められなければ,可及的速やかに胆管ドレナージを行うとされていること等の事情からすれば,「すみやかな」とは,遅くとも保存的治療から24時間後に改善が認められなかった段階で可及的速やかに胆管ドレナージを実施することを指すというべきである。この場合の胆管ドレナージは当該病院ごとに実施できるドレナージ方法によるとされているところ,被告病院の医師であるF医師は経皮経肝的胆管ドレナージを実施することができた。

本件においては,2月16日には亡Bが中等症の急性胆管炎を発症している疑いがあると診断することが可能な状態であったのだから,被告病院の医師らは,2月16日には急性胆管炎に対する保存的治療(スルペラゾンの投与)を開始し,遅くとも2月18日には経皮経肝的胆管ドレナージを実施すべきであった。

(5)  ところが,D医師は,2月16日午後5時過ぎにE医師から亡Bの診察を依頼され,血液検査の結果を認識したにもかかわらず亡Bの診察をしなかった。その結果,2月16日に急性胆管炎の保存的治療は開始されず,同18日になってもF医師による経皮経肝的胆管ドレナージは実施されなかった。

したがって,被告病院の医師らには,本件ガイドラインに従った診療等を怠った過失があることが推定されるというべきである。

(6)  以上の認定・判断に対しては,H医師の意見書に,①胆管が閉塞しているので胆管炎を合併していなくてもALP,γ-GTPの上昇が見られること,②本件では胆嚢炎を発症していることが明らかであるため,白血球数及びCRPの上昇は胆嚢炎によるものであるとも考えられること,③胆管拡張の画像所見は,胆管炎を合併していなくても胆管が閉塞していればみられることからすれば,胆管炎の確定診断までには至らないとの記載があり,被告もこれと同趣旨の主張をする。

しかし,急性胆管炎は,胆管内に急性炎症が発生した病態であり,その発生には①胆管内に著明に増加した細菌の存在,②細菌又はエンドトキシンが血流内に逆流するような胆道閉塞による胆管内圧の上昇の2因子が不可欠であること,胆道系は解剖学的に胆道内圧の上昇による影響を受けやすい特徴があり,胆道内圧上昇により細胆管が破綻,類洞への胆汁内容物の流出と血中への移行が起こりやすく,炎症の進展により肝膿瘍や敗血症などの重篤かつ致死的な感染症に進展しやすいことが認められ(甲B1),そのために,急性胆嚢炎とともに急性胆管炎を発症している患者がある場合,その重症度が同程度であれば,急性胆管炎に対する治療を優先すべきことが認められる(甲B1,証人D)。そうであるならば,上記のとおり,2月16日の亡Bの状態は,急性胆嚢炎とともに急性胆管炎を発症している疑いがあると診断することが十分に可能な状態であった(H医師の意見書は,急性胆管炎を発症している疑いを否定できないという意味において,上記認定と矛盾するものではない。)のであるから,致死的な感染症に進展しやすい急性胆管炎に対する治療(少なくとも,胆道ドレナージ術の施行を前提とするスルペラゾンの投与による保存的治療)を優先的かつ速やかに行う必要性があったといわなければならない。

また,被告は,18日まで保存的治療を開始しなかったことについて,胆管ドレナージを実施するに際しては,腹部CT,MRCP及び造影検査を行うことが必要不可欠である旨主張するところ,胆管ドレナージを実施するにあたって上記検査が必要であることはそのとおりではあるものの,保存的治療を実施するにあたって上記検査をする必要はないのであるから,スルペラゾンの投与による保存的治療が遅滞したことについて,合理的理由があるということはできない。

(7)  以上のとおりであるから,亡Bの状態からすれば,2月16日に保存的治療を開始し,遅くとも2月18日には経皮経肝的胆管ドレナージを実施すべきであったにもかかわらず,被告医師らはこれを怠っているから,この点において,被告医師らには亡Bに対する診療上の過失があったと認めるのが相当である。

3  争点2について

前提事実及び上記認定事実に基づいて,被告病院の医師において2月24日までに再度の胆管ドレナージ等を行うか,行い得る他院に移送すべきであったかについて検討するに,亡Bは2月20日には血小板数が11.2万に低下しており,敗血症及びDICが疑われていたところ,本件ドレナージ実施後の2月22日・23日には,30万台にまで回復しているし,炎症反応を示す白血球数,CRP値も減少している。また,ビリルビン値をみると,20日に11.2だったのが,上記ドレナージ実施後の22日には10.6,23日に10.2であり,ビリルビン値の基準範囲が0.1~1.2であることからすれば,減少の度合いは少ないが,ビリルビン値はそれまで16日に6.7,20日に11.2と急激な上昇傾向にあったことからすれば,改善傾向にあったというべきである。以上のことからすれば,上記ドレナージの効果は相当程度あったというべきであるから,被告病院の医師らにおいて,2月24日までの間に,再度の胆管ドレナージ等を行うか,行い得る他院に移送すべきであったということは困難である。

したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。

4  争点3について

(1)  以上のとおりであるから,被告病院医師には2月16日に保存的治療,遅くとも同18日に経皮経肝的ドレナージを実施しなかった過失が認められる。そこでこの過失と亡Bの死亡との間に因果関係が認められるかについて検討するに,前記前提事実及び上記認定事実によれば,以下の事実を指摘することができる。

ア 亡Bの死因

(ア) 急性胆管炎の成因に関して最も優れている内視鏡的逆行性胆膵管造影(本件造影)によっても結石がみられなかったこと,上記造影によってみられた狭窄が胆管がんを示していること,胆管がんは急性胆管炎の原因の一つであり,D医師が亡Bの急性胆管炎は上記胆管がんによる胆管閉塞によって起きたものであると診断していること等の事情からすれば,亡Bは胆管がんにより胆道狭窄を起こし,その狭窄から急性胆管炎を発症するに至ったものと推認される。

(イ) また,急性胆嚢炎及び急性胆管炎は多臓器不全を引き起こす疾患であり,D医師の記載した退院抄録等にも亡Bは急性胆嚢炎・急性胆管炎から多臓器不全になって死亡した趣旨の記載があること等の事情からすれば,亡Bは急性胆嚢炎,及び胆管がんから発症した急性胆管炎により多臓器不全となって死亡したとみるのが合理的である。

イ 機序

(ア) 本件では亡Bに対して2月18日にスルペラゾンの投与,同21日に本件ドレナージが実施されたにもかかわらず,亡Bは3月2日に死亡している。

(イ) 本件ドレナージによって,亡Bの症状は改善傾向を示していた。すなわち,亡Bは,2月21日にERCPの影響による37度台の発熱が一時的に見られるが,同月24日の時点では発熱は収まっていたこと,本件ドレナージ実施後の2月22日・23日には,血小板数も30万台にまで回復し,炎症反応を示す白血球数,CRP値も減少していること,ビリルビン値をみると,20日に11.2だったのが,上記ドレナージ実施後の22日には10.6,23日に10.2であり,ビリルビン値の基準範囲が0.1~1.2であることからすれば,減少の度合いは少ないが,ビリルビン値はそれまで16日に6.7,20日に11.2と急激な上昇傾向にあったことからすれば,改善傾向にあったと評価でき,少なくとも本件ドレナージ直後に急激に亡Bの状態が悪化した事実は認められない。

そして,亡Bは,本件ドレナージから1週間後の2月28日に急性胆嚢炎・胆管炎が再燃し,そのまま改善することなく本件ドレナージから9日後に多臓器不全によって死亡した。

ウ 胆汁のうっ滞

(ア) 2月16日には超音波検査結果で胆管拡張が見られており,既に胆管がんによる胆道狭窄が存在し,16日以降はこの胆道狭窄による胆汁のうっ滞も生じていたことが推認される。胆管がんによって胆道狭窄が生じている場合,ステントとを留置することによって胆道を広げる効果には限界がある(甲B1,証人D)。そのために,本件ドレナージによる胆汁のうっ滞解消の速度が遅れた可能性がある。

(イ) 胆汁うっ滞が続くと粘着質な胆汁ができて,ステントによる胆汁の排出量を減少させる原因となる。F医師によれば,胆汁うっ滞の時間が短い間にステント留置をしておけば,もう少し胆汁排出の流れがよくなった可能性があるとの意見がある。

エ 急性胆管炎

(ア) 急性胆管炎は重症化すると急速に敗血症へと進展し致命的となる緊急性の高い疾患であり,迅速な治療が必要とされている。

(イ) 急性胆管炎の治療としては,胆管ドレナージが胆汁うっ滞を解消する根本的な方法であり,経皮経肝的胆道ドレナージも有用性が広く認められている。

(2)  上記(1)の事実に基づいて被告医師の過失と亡Bの死亡との間の因果関係について検討するに,亡Bの死因は急性胆管炎・急性胆嚢炎による多臓器不全であると推認されるところ,亡Bには2月18日の時点で胆汁うっ滞が生じていたのであるから,本件で胆管ドレナージが実施された21日までの間の3日間に粘着質な胆汁が形成され,これがステントによる急性胆管炎の治療効果を減少させた可能性は否定できない。そうであれば,18日の時点で経皮経肝的胆管ドレナージが実施されていれば,胆汁排出の治療効果はより高かった可能性がある。また,急性胆管炎は迅速な治療が要求される疾患であるし,経皮経肝的胆管ドレナージは有効性が広く認められた治療方法である。以上の事実からすれば,2月18日に経皮経肝的胆管ドレナージが実施されていれば,亡Bの急性胆管炎は本件機序よりも更に改善傾向を示し,亡Bは本件死亡時点においてなお生存していた相当程度の可能性はあるというべきである。

もっとも,上記のとおり,亡Bの症状は本件ドレナージが実施された後は改善傾向を示していたのであって,本件ドレナージが遅れたことにより急性胆嚢炎・急性胆管炎が再燃し多臓器不全になったと推認するには,本件ドレナージと急性胆嚢炎・急性胆管炎の再燃との間の間隔(1週間)が長すぎるという合理的な疑問が残るといわねばならない(乙A5,証人D)。上記再燃の原因は必ずしも明らかではないが,亡Bには胆管がんによる胆道狭窄が存在したことからすれば,そのために本件ドレナージの効果が限定的となり,胆汁うっ滞の解消が遅れて再燃を招いた可能性も相当程度あるというべきである。そうだとすれば,仮に18日に経皮経肝的胆管ドレナージが実施され,急性胆管炎が本件機序よりも改善傾向を示したとしても,28日までには本件機序と同様に急性胆嚢炎・急性胆管炎が再燃し同じ経過をたどったのではないかという疑念を払拭することはできない。

そうすると,18日に経皮経肝的胆管ドレナージが実施されれば,亡Bが本件死亡時点においてなお生存していた高度の蓋然性があるとはいえないといわざるを得ない。

したがって,被告病院の医師の過失と亡Bの死亡との間には相当因果関係があるとは認め難いというべきである。

(3)  患者の診療に当たった医師が本来行うべき診療等を怠った場合には,その注意義務違反と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されなくとも,患者が適切な検査を受けていたならば,患者が死亡しなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき義務があるというべきである(最高裁判所平成15年11月11日第三小法廷判決・民集57巻10号1466頁参照)。

本件では前述のとおり被告病院の医師らの過失がなければ亡Bは本件死亡時点においては生存していた相当程度の可能性は認められるのであるから,被告病院の医師らを医療業務に従事させていた被告は,亡Bが上記可能性を侵害されたことによって被った損害,すなわち医療水準に基づいた適切な治療を受けられなかったことによる精神的苦痛を賠償する義務があるというべきである。

そして,上記認定事実によれば,D医師は,2月16日,E医師から亡Bの診察を依頼されたにもかかわらず,診察せずに帰宅し,同17日もCT検査・MRCPを依頼するにとどまり保存的治療を開始せず,同18日は保存的治療を開始しているが,本件ドレナージを実施したのは同21日であった。この経過は,本件ガイドライン上の治療方針に比べて全体的に遅れており,その遅延に合理的理由がうかがわれない以上,迅速な治療がなされていれば結果は変わっていたかもしれないと思う亡Bの心情は十分に酌む必要があるというべきである。そして,そのほか本件に現れた諸般の事情を勘案すれば,亡Bの精神的苦痛を慰謝するには300万円をもってするのが相当である。

また,本件と相当因果関係のある弁護士費用は30万円をもって相当とする。

5  以上のとおりであるから,原告の請求は330万円及びこれに対する平成18年3月2日から支払済みに至るまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し,その余の請求については理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について民訴法64条本文,61条を適用して(仮執行宣言については相当ではないからこれを付さない。),主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮見直之 裁判官 近藤幸康 裁判官 高橋幸大)

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