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仙台地方裁判所 平成19年(ワ)417号 判決 2008年8月21日

主文

1  被告は,別紙1物件目録記載2の物件を撤去せよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,それぞれを各自の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,別紙1物件目録記載2及び3の各物件を撤去せよ。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

(3)  第1項について仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,被告に対し,被告に賃貸している別紙1物件目録記載1の建物(以下「本件建物」という。)の所有権に基づき,被告が本件建物に取り付けた別紙1物件目録記載2の物件(以下「本件内照式看板」という。)及び同3の物件(以下「本件クロス」という。)の撤去を求めた事案である。

2  前提事実(証拠援用部分を除き,争いがない。)

(1)  原告は,不動産の賃貸を業とする会社である。

(2)  被告は,語学の教授及び研究を主たる業とする会社である。

(3)  訴外A株式会社は,平成4年9月22日,被告に対し,被告仙台駅前校の英会話教室として利用する目的で,訴外A株式会社所有の本件建物を賃貸し,被告はこれを賃借した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

(4)  訴外A株式会社は,平成11年7月3日,商号を株式会社Bと変更し,平成14年7月11日,原告と合併した。

(5)  本件賃貸借契約には,以下のような各条項が存在する。

第14条

被告が,次の行為をするには,予め文書により原告の許可を得ることを必要とし,その費用は被告の負担とする。

(イ) 物件内の造作,間仕切り,建具等の新設または模様替えをするとき

(ハ) 物件の外部(出入口扉,外壁,窓硝子,スクリーン,ブラインド,シャッター等を含む)に商号,商標その他のものを表示するとき

(ヘ) 看板および広告並にこれに類する設備をするとき

第25条

本契約の条項に基づく通告,申し出,承諾,その他意思表示はすべて書面によらなければ,その効力を生じない。

(6)  被告は,本件建物内に,平成17年12月18日に被告のロゴマークを記載した本件クロスを貼付し,同月25日に,本件内照式看板を取り付けた(以下「本件工事」という。)。この際,本件工事にあたって,原告から被告に対する書面による事前許可はなされていない。

(7)  原告は,これまで,被告に対し,再三にわたり,本件内照式看板と本件クロスの撤去を要請してきたが,被告はこれに応じない。

3  争点

(1)  原告の主張

ア 訴訟物

よって,原告は,被告に対し,本件建物の所有権に基づき,本件賃貸借契約14条に反する本件内照式看板と本件クロスの撤去を求める。

イ 被告の主張に対する原告の反論

(ア) 原告の許可について

平成17年12月当時,被告仙台駅前校のスクール・マネージャーであったCからは,本件建物内のクロスの模様替えを行う旨の話はあったが,工事図面や資料の提出はなく,被告のロゴマークを記載したクロスであることや内照式の看板であること等具体的な説明はなかった。通常は,口頭説明の後に書面による具体的な説明が行われるため,口頭説明の段階では特に断らなかっただけであり,これをもって書面による事前許可と同視できる許可があったということはできない。

(イ) 権利濫用について

本件内照式看板と本件クロスの撤去が認められないときは,本件ビルの他のテナントが同様の窓枠広告物を設置する虞が大きく,駅前の都市景観を著しく害することになることは明らかであり,原告がこれまで他のテナントを説得して窓枠広告物の撤去をお願いしてきた努力が水泡に帰する。

また,原告は,本件ビルに外壁電飾帯看板,袖看板を設置し,被告に対し,他のテナントよりも大きなスペースを確保する等の配慮をしてきた。

以上の事情に照らせば,原告の撤去請求は権利の濫用には当たらない。

(2)  被告の主張

ア 原告の許可

(ア) Cは,原告の施設管理部長であるDに対し,本件工事に先立ち,同月10日及び14日,工事図面に基づいて本件工事の内容を説明し,Dから本件工事の許可を得た。

(イ) 上記(ア)の際,Dから許可書面は受領していないが,工事図面を示した上で口頭の説明をし,Dから口頭で許可を得ているのであるから,書面による事前許可があったのと同視されるべきである。

イ 権利濫用

仮に書面による事前許可があったのと同一視することができないとしても,以下の事情に照らすと,原告の撤去請求は権利の濫用に該当する。

(ア) 上記ア(ア)のとおり,CはDから実質的に本件工事の事前の許可を得ている。

(イ) 原告の撤去請求が仙台駅前の都市景観向上に寄与するという原告の考えに基づくものであるとしても,本件内照式看板と本件クロスが駅前の都市景観を著しく害するものとはいえない。

(ウ) 本件内照式看板と本件クロスを撤去することによる社会経済的損失は,その撤去によって得られる駅前の都市景観保護の利益と比して著しく大きい。

第3当裁判所の判断

1  原告の事前許可の有無について

(1)  前記前提事実に証拠(甲3ないし6,12,乙1ないし5,証人C,同D)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められ,この認定に反する証人Dの陳述(甲12)及び供述部分はこれを採用することができず,他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

ア 平成17年12月ころ,被告仙台駅前校のスクール・マネージャーとして,同校の生徒へのカウンセリング,講師の人事管理,学校の会計業務等同校の管理事務全般に携わっていたCは,同校の内装を一新することを計画し,訴外Eに同校の内装工事のデザインを委託し,複数のデザイン案を受け取った。Cは,その複数の内装デザイン案から,一つのデザイン案(同校の壁紙を被告のロゴ入りの壁紙(本件クロス)に張り替えるとともに,従前,プラスチック製の正方形の被告のロゴ入りのサインボード(以下「旧サインボード」という。)が設置されていた壁に,内照式のアンドンサイン(アクリル製のサインボードの内側に750ワットの照明を入れ,内側から乳白色のボード表面に記載された被告のカラーロゴを浮かび上がらせる方式の看板)を設置し,本件建物の外側窓ガラス全面に曇りガラス様のスモークシートを貼り付けてその中央を丸く抜いて透かすタイプの案(別紙5の案))を選択した。

イ Cは,平成17年12月10日ころ,原告の施設管理部長であったDに対し,別紙5のデザイン案の図面を示して工事内容を説明した上,工事実施の許可を求めた。このとき,Cは,上記アンドンサインについて,内側に照明が入る内照式の看板であるという説明はせず,旧サインボードも新しいアンドンサインに替えますという趣旨の説明をしたにとどまった。これに対し,Dは,丸抜きのスモークシートは良くないと答えた。そこで,Cは,スモークシートのデザインを変更し,窓ガラスの中央よりやや下の部分のみをスモークシートで覆う仕様としたデザイン案(別紙6の案)を作成した。このとき,Cは,アンドンサインに記載するロゴも,英字の商号と商標の表示のみから日本語の表記を主としたロゴにに変更した(本件内照式看板)。そして,Cは,同月14日ころ,Dに対し,別紙6のデザイン案の図面を示した上,スモークシートを外側窓ガラスの下面のみに貼り付けることとしたこと,アンドンサインのデザインも日本語表記を主としたものに変えたことを説明した上,工事実施の許可を再度求めた。これに対し,Dは,外側窓ガラスにスモークシートを貼り付けることは止めるよう指示したが,アンドンサインにはクレームを付けなかった。そこで,Cは,スモークシートの貼り付けは止めることとしたが,それ以外の内装工事については原告の許可が得られたものと判断した。

ウ Cは,平成17年12月17日ころ,本件ビルの地下の管理事務所に対し,同月18日と25日の両日にわたり,本件建物に被告のロゴマークを記載した本件クロスを貼付し,本件内照式看板を取り付ける工事(本件工事)を行う旨を事前に届け出た上,本件工事を施工した。本件工事の施工にあたっては,原告側から何らの苦情も出されず,本件工事は予定どおり施工された。

エ 旧サインボードと本件内照式看板は,外形に関しては,本件内照式看板の方が内部に照明設備を備えるためにやや厚みがあることを除き,ほぼ同じ大きさである。したがって,本件建物の外の方が明るい昼間においては,本件ビルの外からあまり目立つことはなく,旧サインボードと本件内照式看板との間に違いはほとんどない。

しかし,本件建物の外が暗くなる夜間においては,事情が全く異なる。旧サインボードは,本件建物内のスポットライトによって照らされていた(外照式看板)ものの,本件ビルの外からあまり目立つことがなかった。これに対し,本件内照式看板は,内側から750ワットの照明でアンドンサイン全体を明るく浮き立たせるため,乳白色のボード表面に記載された被告のカラーロゴがはっきりと浮かび上がり,本件ビルの外からも,本件ビルからかなり離れた位置から窓ガラスを通じてそのカラーロゴをはっきりと視認できる。

上記のような夜間における視認度の違いは,CがDに対して示したデザイン図面(別紙5及び6)や上記イのCの説明内容のみからこれを認識することは困難であり,Dも,上記デザイン図面を示されて,壁紙の張替のついでに旧サインボードを新しいものに取り替えるに過ぎないという程度の認識しか持ち得なかったものと推認するのが合理的である。

なお,証人Dは,Cから,上記デザイン図面を示されたことはないし,工事内容を具体的に説明された上で本件工事の許可を求められたこともない旨陳述(甲12)・供述する。しかし,被告が訴外Eから受領したデザイン案は,すべて外側の窓ガラスの一部にスモークシートを貼り付けるものとなっている(乙1ないし4)のに対し,実際にはスモークシートを貼り付ける工事は行われていない(甲3)ことに照らすと,Dが拒絶したために当該工事を行うことができなかったとする証人Cの証言内容は客観的事実に符合し十分信用に値するというべきであり,これに反する証人Dの上記陳述・供述は,採用することができない。

(2)  上記(1)の事実に照らすと,被告は,本件クロスの貼付につき,デザイン図面を用いて原告に具体的な説明をした上で本件工事を行ったものと認められ,これに対して原告から特段の異議が述べられた事実は認め難いから,原告は,本件クロスの貼付につき,事前に口頭でこれを承諾したものと認めるのが合理的である。しかし,前記前提事実のとおり,本件賃貸借契約25条には,本契約の条項に基づく通告,申し出,承諾,その他意思表示はすべて書面によらなければ,その効力を生じない旨規定されているところ,本件賃貸借契約14条に基づく許可が,上記規定の趣旨に反して口頭で足りるとする明示ないし黙示の特約が成立していたとは認め難い(被告自身,平成9年10月までは書面により建物看板の変更許可を申し出ていた。甲13の1)。したがって,上記の口頭による承諾をもって,本件賃貸借契約上,原告が本件クロスの貼付を許可したものとは言えないと認めるのが相当である。

これに対し,本件内照式看板の取付については,原告がこれを事前・事後に口頭で承諾した事実も認め難い。その理由は以下のとおりである。

ア 上記(1)エのとおり,旧サインボードと本件内照式看板は,昼間と夜間では,本件ビルの外からの視認度に大きな違いがある。したがって,本件内照式看板の取付について原告の許可を得たというためには,それが内照式のものであるため,旧サインボードと比較して,夜間には本件ビルの外部から目立つものになることを詳細に説明する必要があったというべきである。特に,原告は,平成15年ころから,仙台駅前の都市景観の向上に貢献するという立場から,被告に対し,本件建物の建物窓枠表示看板の撤去を求めてこれを実施していた一方,被告は,上記建物窓枠表示看板の撤去により予想外の生徒数の減少を招いたとして,その復活を原告に要請していた(甲7)。したがって,被告としては,原告が,本件建物の窓面への広告物の掲出又はこれと同視できるような窓面近くへの広告物(本件ビルの外観上窓に掲示しているように見える広告物)の掲出に対して極めて神経質になっていたことを十分に認識していたと推認するのが合理的である(甲8の2,乙3,証人C)。

それにもかかわらず,Cは,上記(1)イのとおり,旧サインボードを新しいアンドンサインに替えるという趣旨の説明をしたにすぎないものであり,この程度の口頭説明のみから,旧サインボードと本件内照式看板の夜間における視認度の違い(夜間は,本件ビルの外部から本件内照式看板が非常に目立ち,あたかも本件建物の窓に本件内照式看板を掲示しているように見えること)を認識することは困難であったというべきである。したがって,Dが本件内照式看板の取付に特段の異議を述べなかったことをもって,その取付を事前に許可したと認めることは不合理である。

イ 原告の元の常務取締役Fは,本件工事完了後,Cに対し,本件内照式看板と本件クロスを見て,「色も本件ビルのイメージであるグリーンにうまく調和し,本件ビルの外観が良くなった。」旨の発言をした(乙3,証人C)。しかし,この発言は,本件内照式看板と本件クロスの昼間の状況を前提とした発言であったと認められる(本件工事の当時,本件ビルは耐震工事の施工中であり,本件ビル全体に防音シートがかけられていたため,本件内照式看板の本件ビルの外からの視認度を確認することはできなかった。証人D,同C)から,この発言をもって,本件内照式看板の取付を原告が事後的に承諾したと認めることも不合理といわざるを得ない。

2  権利濫用の成否について

(1)  当裁判所は,原告が,被告に対し,本件内照式看板の撤去を求めることは権利濫用には該当しないが,本件クロスの撤去を求めることは権利の濫用に該当すると判断する。その理由は以下のとおりである。

ア 上記1(2)のとおり,本件クロスの貼付については,原告は,事前に口頭でこれを承諾していたものと認められる。これに対し,本件内照式看板の取付については,原告が事前又は事後にこれを口頭で承諾した事実は認め難い。

イ 上記1(2)のとおり,原告が,本件内照式看板と本件クロスの撤去を求める実質的理由は,仙台駅前の都市景観の向上に貢献するという立場から,本件ビルの建物窓枠表示看板を撤去・整理するということにあるところ,本件クロスは,昼夜を問わず,本件ビルの外部から目立つことはなく(甲3,証人D),本件ビルの外観上,あたかも本件建物の窓に本件クロスを掲示しているように見えることもない。したがって,本件クロスの貼付が都市景観を害しているとは認め難い。

これに対し,本件内照式看板は,夜間,本件ビルの外部から非常に目立ち,あたかも本件建物の窓に本件内照式看板を掲示しているように見える(甲3)。そして,その存在態様は,夜間における都市景観を害していると言える。

ウ 本件内照式看板は,被告仙台駅前校の存在を地域に宣伝するという被告の広告宣伝の目的で設置されたものであり,それ以上の存在意義を持つものではない。したがって,本件内照式看板を撤去することによる社会経済的損失は被告自身の損失に過ぎず(しかも,その損失は,上記のとおり,被告自身の説明不足によって発生したものである。),その撤去によって得られる駅前の都市景観保護の利益と比して大きいとは言えない。

(2)  したがって,原告の本訴請求は,被告に対し,本件内照式看板の撤去を求める限度で理由があるから,これを認容すべきであるが,その余の請求は理由がないから,これを棄却すべきである。

3  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 潮見直之)

別紙1物件目録

1 下記の建物(以下「本件ビル」という。)のうち,3階214.5m2(別紙2 図面の斜線部分)

(省略)

2 上記1の建物内に設置された内照式看板(別紙3の写真に撮影のもの)

3 上記1の建物内に貼付されたクロス(別紙4の写真に撮影のもの)

以上

(別紙2ないし6省略)

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