仙台地方裁判所 平成19年(ワ)517号 判決 2009年6月26日
主文
1 被告は,原告に対し,2383万1496円及びこれに対する平成14年8月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のそのほかの請求を棄却する。
3 訴訟費用は,その6分の5を原告,6分の1を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1億4915万0505円及びこれに対する平成14年8月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,じん芥収集車にごみを積み込んでいるときに,回転板に右腕を巻き込まれる事故に遭った原告が,この事故に遭ったのは,被告の従業員の過失によるとして,被告に対し,民法715条,709条に基づいて,この事故で被った損害の賠償を求めた事案である。
2 前提事実(認定に用いた証拠〔枝番を含む。〕などは末尾に掲げる。)
(1) 当事者など(甲2,3,8,乙9,14~16)
原告は,後記の本件事故に遭った者であり,この事故に遭った当時,A株式会社の専務取締役を務めていた。Bは,原告の父であり,後記の本件事故の当時,A株式会社の代表取締役を務めていた。
被告は,廃棄物の収集などを業とする中小企業団体の組織に関する法律で定める中小企業団体である。C,Dは被告の従業員,Eは株式会社Fからの派遣従業員であり,いずれも,後記の本件事故の当時,後記の本件事故現場で,ごみの収集業務(G市卸売市場早期待機収集業務)に従事していた。
(2) 本件事故の発生
ア 概要(甲8,乙6,9,12~16,原告本人)
原告は,平成14年8月10日午前5時50分ころ,G市卸売市場内のごみ処理場(以下「本件事故現場」という。)で,A株式会社が保有する保冷車(以下「別件車両1」という。)に積んで,かごに入れていた貝殻を,被告が保有し,Cが運転するじん芥収集車(以下「本件車両」という。)のホッパー(ごみ投入口)に投入していたとき,作動していた回転板に,右前腕部を巻き込まれて,右前腕挫滅開放骨折などの傷害を負う事故(以下「本件事故」という。)に遭った(詳しい態様には争いがある。)。
別件車両1は,本件事故当時,その前部をG市卸売市場の立体駐車場,後部を本件車両に向けて,停車していた。また,本件事故現場では,いずれもその後部をこの立体駐車場に向けて,北側から順に,本件車両,被告が保有し,Eが運転するじん芥収集車(宮城88そ・291,以下「別件車両2」という。),被告が保有し,Dが運転するじん芥収集車(宮城800さ5628,以下「別件車両3」という。)も停車していた。
イ 本件車両の仕様,積込作業の方法(乙6,8,11,12,34)
本件車両は,テールゲート(積込装置)のホッパーに投入されたごみを,テールゲート底部にある回転板でかき上げるとともに,上部にある積込板で押し込む動作をすることで,ボデー(荷箱)に積み込む方式のじん芥収集車(パッカー車)である。
回転板は,テールゲートの左側にあるテールゲート操作盤の「積込」ボタンを1,2秒押し続けると回転が始まる。この操作盤の「積込」以外の「緊急停止」,「回転板逆転」,「押込板押込」,「押込板戻り」の各ボタン,テールゲートの右側にある「緊急停止」ボタンを押すか,ホッパーの下部に取り付けられた機械式緊急停止装置(停止バー)を押すと回転が停止する。
本件車両のホッパーの幅,地上高は,それぞれ1600ミリメートル,785ミリメートルである。また,回転板が1回転する時間,ホッパーの手前にあるガイドテーブル(ステップ)に置いたかご(縦43センチメートル,横62センチメートル,高さ31センチメートルのもの)の上に到達する時間,一番下に到達する時間は,それぞれ約11.40秒,2.92秒,約3.71秒である。
(3) 原告の治療経過
ア(ア) H病院(乙18)
入院 平成14年8月10日から同月12日までの3日間
(イ) I病院(乙19,20)
入院 平成14年8月13日から同年10月12日までの61日間
(ウ) J病院(乙21~28)
入院 平成15年1月9日から同月11日まで3日間
平成15年3月17日から同年5月2日まで47日間
通院 平成14年10月15日から平成18年6月16日までに189回
イ 原告は,平成16年8月13日,J病院のK医師から,同日に右前腕挫滅開放骨折などの傷害による症状が固定し,身体障害者福祉法別表で定める障害等級4級に相当する左上肢機能障害が残ったと診断された。
原告は,同月26日,仙台市から,障害名を弛緩性麻痺による右上肢機能障害,身体障害者等級表による級別を4級とする身体障害者手帳の交付を受けた。(甲4,12,13)
(4) 原告と被告とのやり取り
ア 原告と被告は,平成15年1月30日,本件事故での過失割合について,原告が9割,被告が1割とする同日付けの示談書(以下「本件示談書」という。)を作成した。(乙1)
イ 被告は,平成17年5月20日までに,原告に対し,本件事故により生じた損害のてん補として,合計304万0005円(H病院,I病院,J病院での治療費相当額)を支払った。(乙2)
3 争点及び主張
(1) 本件事故の態様
(原告の主張)
ア 被告の従業員には,積込作業をするに当たっては,従業員以外の者がホッパーにごみを投入するのを制止するとともに,「積込」ボタンを押して,回転板を作動させる前には,周囲の安全を確認する義務があった。
ところが,C,E,Dは,この義務に違反して,原告がホッパーにごみを投入するのを制止しなかった。さらに,Eは,周囲の安全の確認を怠って,原告がごみを投入しているのに気づかないで,「積込」ボタンを押して,回転板を作動させた。
原告は,かごに入れていた貝殻を,本件車両のホッパーに投入しようとしていると,自分の右後ろから,「痛い。」との叫び声を聞こえたので,投入しながら,右側に振り向いたとき,右前腕部を,作動していた回転板に巻き込まれる事故(本件事故)に遭った。
以上のとおり,原告は,被告の従業員の過失により,本件事故に遭い,損害を被ったのであるから,被告には民法709条,715条1項に基づいてその損害を賠償する義務がある。
イ 本件事故の態様は,前記のとおりであり,原告は「積込」ボタンを押していない。
原告がこれまで「積込」ボタンを押したことはなかった。「積込」ボタンを押すのと,ごみの投入の前後にかかわらず,「積込」ボタンを押した本人が,回転板に巻き込まれるとの事故態様は想定できない。自分で「積込」ボタンを押したのであれば,作動しているのに気がつかないはずがない。Eは,原告が本件事故に遭ったときには,まだ,別件車両2で,段ボールの積込作業をしていなかった。
これらの事情からすると,「積込」ボタンを押したのが原告ではなく,Eであることは明らかである。原告が本件示談書を作成したのは,原告が本件事故で負った傷害の治療について,健康保険から療養の給付を受けられるようにするとともに,社会保険事務所から被告に対する求償の額を最小限にするためだけにすぎず,「積込」ボタンを押したのが原告であることを認めていたとか,本件事故で被った損害の額の90パーセントを控除するとの示談をしたためではない。
(被告の主張)
ア 原告は,本件車両のガイドテーブルに,貝殻を入れていたかごを置いて「積込」ボタンを押した後に,ホッパーにごみを投入しようとしたか,ごみを投入した後に,かごをガイドテーブルにおいたまま,「積込」ボタンを押して,回転板を作動させたとき,誤って,右前腕部を,作動していた回転板に巻き込まれる事故(本件事故)に遭った。
イ 本件事故の態様は,前記のとおりであり,Eは「積込」ボタンを押していない。
原告が,かごに入れていた貝殻を,本件車両のホッパーに投入しようとしたときには,本件車両のホッパーは既に一杯になっていた。原告は,本件事故に遭った位置からでも,「積込」ボタンを押すことはできた。原告が,投入しながら,右側に振り向いたときに,本件事故に遭ったのであれば,右腕だけが巻き込まれるはずはない。Eは,原告が本件事故に遭ったときには,別件車両2で,段ボールの積込作業をしていた。Eが,「積込」ボタンを押した後も,そのままテールゲートの左側に立っていたとは考えにくいし,本件事故に気づいたときに,押したのは,テールゲートの左側にある操作盤のボタンではなく,テールゲートの右側にある「緊急停止」ボタンである。原告は,本件事故での自分の過失割合を9割とする本件示談書を作成している。
これらの事情からすると,「積込」ボタンを押したのがEではなく,原告であることは明らかである。
(2) 原告が被った損害の額
ア 入院雑費,入院付添費,付添人交通費
(原告の主張)
原告は,本件事故により,ガス壊疽を発症し,その切断の可能性があったほどの重篤な,右前腕挫滅開放骨折などの傷害を負い,その治療のため,H病院,I病院,J病院で合計114日間の入院と,J病院に189回の通院を余儀なくされ,入院期間のうち111日は近親者に付き添ってもらう必要があった。
原告は,この入院のため,入院1日当たり1500円の割合での入院雑費17万1000円,付添い1日当たり6500円の割合での入院付添費72万1500円,付添いに来るための交通費19万6300円を負担した。
(被告の主張)
争う。
イ 休業損害
(原告の主張)
原告は,本件事故当時,A株式会社の専務取締役を務め,1年当たり1294万4384円の収入を得ることができていたのに,本件事故に遭った平成14年8月10日から症状が固定した平成16年8月13日までの735日間,100パーセントの割合で,その営業を休まざるを得ず,2606万6088円(1294万4384円÷365日×735日)の損害を被った。
A株式会社は,本件事故当時,従業員が24ないし25名程度の小規模な会社であった。原告は,リーダーの立場で,従業員たち以上に,仕入れと営業の各業務に従事していた。このような事情のほか,その報酬の額が,原告の年齢,従事していた業務と比べて,さほど高額ではないことからすると,A株式会社から受け取っていた役員報酬は,その全額が労働の対価であり,休業損害を算出するに当たっての収入とするのが相当である。
(被告の主張)
原告がA株式会社から受け取っていた役員報酬の額は,平成8年から平成13年までに限ってみても,600万円から960万円とばらつきがあるし,平成14年には8月10日までの期間だけで,前年よりも高額になっているし,この年だけ賞与の支給を受けている。このような事情からすると,原告が,実際に,A株式会社で,第一線の戦力であったことを考慮しても,この報酬には,労働の対価の部分だけではなく,利益配当などの実質をもつ部分も含まれているとみるのが相当である。したがって,休業損害を算出するに当たっての収入の額は,A株式会社から受け取っていた役員報酬から,利益配当などの実質をもつ部分を控除した額とするのが相当である。
仮に,利益配当などの実質をもつ部分が明らかにならないのであれば,賃金センサス記載の平均賃金の額とするのが相当である。
ウ 逸失利益
(原告の主張)
原告は,本件事故に遭わなければ,就労が可能な67歳まで,前記イで主張したとおり,1年当たり1294万4384円の収入を得る機会があった。
ところが,原告には,平成16年8月26日,本件事故で負った傷害による症状が固定し,左上肢機能障害障害が残った。その障害は自動車損害賠償保障法施行令別表第2(以下「自賠責等級」という。)7級9号に該当する「1上肢に仮関節を残し,著しい運動障害を残すもの」か,併合すると自賠責等級7級に定めるものに相当する,①平成16年政令第315号による改正前の自動車損害賠償保障法施行令別表第2(以下「旧自賠責等級」という。)8級4号に該当する「1手のおや指及びひとさし指の用を廃したもの」と,自賠責等級12級5号に該当する「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」に当たるから,少なくともその労働能力の56パーセントが失われている。
したがって,原告は,本件事故により,前記の後遺障害が残ったことで,以下の計算式のとおり,症状が固定したときから就労が可能な67歳までの28年間にわたって,1億0799万5617円の収入を得る機会を失った。
〔計算式〕
1294万4384円(基礎収入の額)×0.56(労働能力喪失割合)×14.8983(労働能力喪失期間28年に対応するライプニッツ係数)=1億0799万5617円(1円未満四捨五入)
(被告の主張)
原告が,症状が固定したときから就労が可能な67歳までの28年間にわたって,得る機会があった収入の額は,前記イで主張したとおり,A株式会社から受け取っていた役員報酬から,利益配当などの実質をもつ部分を控除した額に限られるし,利益配当などの実質をもつ部分が明らかにならないのであれば,賃金センサス記載の平均賃金の額にとどまる。
また,原告に残った障害は,併合すると自賠責等級8級に定めるものに相当する,①自賠責等級9級13号に該当する「1手のおや指を含み2の手指の用を廃したもの」と,自賠責等級12級5号に該当する「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」に当たるから,原告が失った労働能力は45パーセントにとどまる。
エ 傷害慰謝料
(原告の主張)
原告は,本件事故により傷害を負い,前記のとおりの入院,通院を余儀なくされたことで,精神的苦痛を被った。その苦痛を慰謝するための慰謝料は400万円を下回らない。
(被告の主張)
争う。
オ 後遺障害慰謝料
(原告の主張)
前記ウで主張したとおり,原告には,本件事故により,少なくとも,自賠責等級7級9号に相当する障害が残った。原告は,このことで精神的苦痛を被った。その苦痛を慰謝するための慰謝料は1000万円を下回らない。
(被告の主張)
前記ウで主張したとおり,原告に残った障害の程度は自賠責等級併合8級に相当する程度にとどまる。
(3) 過失相殺の有無,程度
(被告の主張)
本件事故は,前記(1)で主張したとおり,原告が「積込」ボタンを押して,回転板を作動させたことにより生じた自損事故である。このような事故態様や,本件示談書が作成されていることを考慮すると,損害賠償の額を決めるときには,その損害額の90パーセント程度を控除すべきである。
(原告の主張)
本件事故の態様,本件示談書を作成した趣旨は,前記(1)で主張したとおりであり,被告の主張は前提が違っている。
第3裁判所の判断
1 認定事実
前提事実,関係証拠(甲2,3,5,8,乙1,4~6,9,10,13~17,証人B,証人C,証人E,証人D,証人L,原告本人〔枝番を含む。認定と異なる部分を除く。〕),弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) 本件事故の状況
ア G市卸売市場早期待機収集業務では,①被告の従業員が,別件車両1のような持込車両を,後退で,ホッパーの手前まで誘導する,②持込者は,自分で,持込車両から,ごみを搬出し,ホッパーの前で待機している被告の従業員に渡す,③被告の従業員は,渡されたごみをホッパーに投入し,積込作業をする,との手順が定められていた。
イ C,E,Dは,平成14年8月10日午前5時ころ,いずれもその後部をG市卸売市場の立体駐車場に向けて,北側から順に,本件車両,別件車両2,別件車両3を停車させた。
これら車両のうち,本件車両と別件車両3が燃えるごみ,生ごみ,別件車両2が段ボールの収集を担当することになっていた。
ウ 原告は,Eの誘導で,その後部を本件車両に向けて,別件車両1を停車させた。このとき,別件車両2の後部には持込車両がまだ停車していなかった。
エ 原告は,自分で,別件車両1の荷台から,ごみが入ったかごを搬出し,別件車両1と本件車両の間で待機していたEに渡した。
Eは,渡されたごみをホッパーに投入したが,別件車両2の後部に持込車両が近づいてきたので,本件車両での積込作業を止めて,別件車両2に向かった。
このとき,Cは,別件車両1の後部で,原告からごみを搬出するのを待っていた。
オ 原告は,Eが別件車両2に向かった後は,別件車両1の荷台から,別件車両1と本件車両の間で待機していたCに,2,3回,ごみが入ったかごを渡した。
Cは,その都度,渡されたごみをホッパーに投入していた。ホッパーに投入されたごみは,あと1,2回で,回転板を作動させ,ボデーに積み込まなければ,もう投入できないほどの量であった。
このとき,Eは,別件車両2で,段ボールの積込作業をしていた。
カ 原告は,ごみが入ったかごを持って,別件車両1の荷台から降りて,本件車両のホッパーに向かった。
Cは,このとき,原告が,自分で,ホッパーに投入するのだろうと思ったが,制止しなかった。そして,原告に代わって,ごみを搬出するために,別件車両1の荷台に乗り込んだ。
キ Eは,原告の叫び声を聞いて,本件車両のホッパーを見ると,原告の右前腕部が回転板に巻き込まれているのに気づいた。急いで本件車両に駆け寄って,「緊急停止」ボタンを押すとともに,これ以上巻き込まれないように,原告の体に抱きついた。さらに,別件車両3で積込作業をしていたDを呼んで,テールゲート操作盤の「回転板逆転」ボタンを押させて,右腕を引き抜いた。
原告は,ホッパーの中心よりやや右寄りのところで,本件事故に遭った。
また,C,E,Dは,原告が回転板に巻き込まれてからの様子しか見ておらず,どのようなかごを,どのように持って,回転板に巻き込まれたのかは見ていない。
(2) 原告の勤務状況
ア 原告は,高校卒業後の昭和58年4月から,A株式会社に勤めていた。本件事故当時は,専務取締役を務め,リーダーの立場で,仕入れと営業の各業務に従事していた。
原告が,A株式会社から,受け取っていた給与所得の額は,平成8年分が810万円,平成9年から平成12年分が960万円,平成13年分が600万円,平成14年分(平成14年1月1日から本件事故の日までの分)が787万3023円であった。これらの期間のうち賞与が支給されたのは平成14年だけである。また,平成13年分の所得が減ったのは,A株式会社の経営成績が悪く,役員報酬に見合う分を減額したことによる。
A株式会社は,本件事故当時,従業員が23ないし24名程度の会社であり,仕入れた海産物,魚介類を調理したり,さばいてホテル,旅館,飲食店に小売りすることを業としていた。
イ 原告は,平成16年ころから,A株式会社の代表取締役を務めている。本件事故で負った傷害により残った障害のため,それまでできていた鮮魚のさばきができなくなった,右手で箸を持てないといった不自由を蒙っている。
(3) 被告での対応
ア C,E,Dは,前記認定のとおり,原告が回転板に巻き込まれてからの様子しか見ておらず,どのようなかごを,どのように持って,回転板に巻き込まれたのかは見ていなかったが,本件事故の当日,L一般廃棄物事業部長(当時)に対し,「原告が,長いひもの付いたかごを,そのひもを右手に絡めて持って,ごみを投入した後に,『積込』ボタンを押して,回転板を作動させたとき,かごが巻き込まれたので,それを取り出そうとしたが,右腕まで巻き込まれた。」との報告をした。
L部長は,その報告をもとに,平成14年9月30日ころまでに,被告の理事長,仙台市環境局に対し,本件事故の態様はこの報告のとおりであるとの報告書を提出した。この報告書を作成するに当たっては,この当時の原告の容態が重篤であったこともあり,原告から本件事故の態様を聴き取っていない。
イ 被告は,平成15年1月30日,原告が本件事故で負った傷害の治療について,健康保険から療養の給付を受けられるようにするとともに,社会保険事務所から被告に対する求償の額を最小限にするために,本件示談書を作成した。被告のM総務部長(当時),L部長は,この示談書を作成するに当たって,原告,Bに対し,追って最終的な示談をしたいと述べるだけで,「積込」ボタンを押したのが原告であるとか,本件事故はC,E,Dが報告したとおりの態様であるとの確認をしていない。
ウ 被告では,「安全作業マニュアル」を作成し,積込作業をするときには,従業員以外の者を作業範囲に入れない,ほかの従業員及び周囲の安全を確認してから,「積込」ボタンを押すなどのテールゲートの操作をするとの手順を定めていた。また,G市卸売市場早期待機収集業務でも,前記認定のとおりの手順が定められていた。
ところが,被告では,本件事故前には,従業員から,従業員以外の者がホッパーにごみを投入しているとの報告を受けていた。また,G市卸売市場でも,従業員以外の者がホッパーにごみを投入することがあった。
被告は,本件事故の後は,「G市卸売市場早期待機収集手順書」を作成し,従業員に対し,積込作業をするときには,テールゲートの周囲に,ポールとコーンで囲いをするとともに,コーンに「持込・一般の方は中に入らないで下さい」との標識を付けて,従業員以外の者がホッパーにごみを投入するのを制止する措置を講じさせている。この措置を講じた後には,従業員から,従業員以外の者がホッパーにごみを投入しているとの報告は受けていない。
2 争点(1)についての検討
(1) 原告は,「被告の従業員には,積込作業をするに当たっては,従業員以外の者がホッパーにごみを投入するのを制止するとともに,『積込』ボタンを押して,回転板を作動させる前には,周囲の安全を確認する義務があった。ところが,C,E,Dは,この義務に違反して,原告がホッパーにごみを投入するのを制止しなかったし,Eは,周囲の安全の確認を怠って,原告がごみを投入しているのに気づかないで,『積込』ボタンを押して,回転板を作動させ,本件事故を引き起こした。被告には民法709条,715条1項に基づいて原告が被った損害を賠償する義務がある。」と主張する。
(2)ア しかし,前記認定のとおり,原告が,本件事故に遭ったときには,別件車両2の後部には持込車両が停車していた(原告も,尋問で,このことは認めている。)。Eが,別件車両2の後部に持込車両が停車しているのに,そのまま本件車両での積込作業を続けていたとは考えにくい。また,Eが押したのは,テールゲートの左側にある操作盤のボタンではなく,テールゲートの右側にある「緊急停止」ボタンである。木元卓実は,テールゲートの左側ではなく,右側にいたときに,本件事故に気づいたとみるのが相当である。このような事情からすると,「積込」ボタンを押したのがEであるとみることはできない。
イ 原告が,かごに入れていた貝殻を,本件車両のホッパーに投入しようとしたときには,ホッパーに投入されたごみは,あと1,2回で,回転板を作動させ,ボデーに積み込まなければ,もう投入できないほどの量であった。原告が,「積込」ボタンを押して,ホッパーを空にしようと考えたとみてもおかしなことではない。また,本件車両のホッパーの幅は1600ミリメートルであり,ホッパーの中心よりやや右寄りのところにいた原告にも,「積込」ボタンを押すことはできた。さらに,本件車両のホッパーの地上高は785ミリメートル,回転板がホッパーの手前にあるガイドテーブルに置いたかごの上に到達する時間が約2.92秒であり,かごに入っていたごみが重量のある貝殻であることを含めてみても,かごを置いて「積込」ボタンを押した後に,ホッパーにごみを投入しようとしたことで,あるいは,ごみを投入した後に,かごをガイドテーブルにおいたまま,「積込」ボタンを押すことで,本件事故に遭うことはあり得ることである(原告は,自分で「積込」ボタンを押したとは述べていないが,陳述書で,普段から,急いで,ごみ捨てを終わらせて,ほかの業務をやりたかったと述べている。別件車両1の荷台には,まだごみが積んであったし,本件事故が起きた日が,週末で,お盆時期であり,繁忙期であったことも合わせて考えると,早くごみ捨てを終わらせるために,深く考えずに,あるいは何気に,普段では押すはずのない「積込」ボタンを押したことは十分に想定できる。)。そして,原告は,本件事故で,右腕を巻き込まれている。原告が尋問,陳述書で述べるとおり,投入しながら,右側に振り向いたときに,本件事故に遭ったのであれば,体の左側がホッパーに近づくのであって,右腕だけが巻き込まれるとは考えにくい。かえって,原告は,操作盤の「積込」ボタンがある左側に振り向いたときに,本件事故に遭ったことをうかがわせる。最後に,本件全証拠を検討しても,Eのほかにも,原告以外の第三者が「積込」ボタンを押したとうかがわせる事情は見当たらない。
ウ このような事情からすると,本件事故は,本件示談書が作成された趣旨にかかわらず,原告が,本件車両のガイドテーブルに,かごを置いて「積込」ボタンを押した後に,ホッパーにごみを投入しようとしたか,ごみを投入した後に,かごをガイドテーブルにおいたまま,「積込」ボタンを押して,回転板を作動させたとき,誤って,右前腕部を,作動していた回転板に巻き込まれたとの自損事故であったとみるのが相当である。本件全証拠を検討しても,この認定を覆すほどのものは見当たらない。
したがって,「Eには,周囲の安全の確認を怠って,原告がごみを投入しているのに気づかないで,『積込』ボタンを押して,回転板を作動させた過失がある。」との原告の主張は採用できない。
(3) 他方で,本件事故の前から,G市卸売市場では,持込者がホッパーにごみを投入することがあったし,被告では「安全作業マニュアル」が作成され,積込作業をするときには,従業員以外の者を作業範囲に入れないとの手順が定められていたし,G市卸売市場早期待機収集業務でも,被告の従業員が,渡されたごみをホッパーに投入し,積込作業をするとの手順を定められていたのであるから,Cには,持込者が積込作業をすることで事故に遭うのを防ぐため,積込作業をするときには,持込者がホッパーにごみを投入するのを制止する義務があったとみるのが相当である。
ところが,Cは,前記認定のとおり,原告が,ごみが入ったかごを持って,本件車両のホッパーに向かったのに気づき,自分で,ホッパーに投入するのだろうと思ったのに,制止しないで,そのまま別件車両1の荷台に乗り込んで,ごみの搬出を続けた。Cには,原告がホッパーにごみを投入するのを制止する義務を怠った過失があるから,その使用者である被告には民法715条1項に基づいて原告が被った損害を賠償する義務がある。
3 争点(2)についての検討
(1) 入院雑費,入院付添費,付添人交通費 合計108万8800円
前提事実,関係証拠(甲4,5,7,乙18~28,証人B,原告本人),弁論の全趣旨によると,原告は,本件事故により,ガス壊疽を発症し,その切断の可能性があったほどの重篤な,右前腕挫滅開放骨折などの傷害を負い,その治療のため,H病院,I病院,J病院で合計114日間の入院と,J病院に189回の通院を余儀なくされ,入院期間のうち111日は近親者に付き添ってもらう必要があり,この入院のため,入院1日当たり1500円の割合での入院雑費17万1000円,付添い1日当たり6500円の割合での入院付添費72万1500円,付添いに来るための交通費19万6300円を負担したことが認められる。
(2) 休業損害 1031万9202円
ア 基礎収入
原告は,前記認定のとおり,本件事故の当時,A株式会社の専務取締役を務め,リーダーの立場で,仕入れと営業の各業務に従事していた。
A株式会社は,本件事故当時,従業員が23ないし24名程度の小規模の会社であった。
原告が,A株式会社から,受け取っていた平成8年分から平成14年分(平成14年1月1日から本件事故の日までの分)までの給与所得の額は,前記認定のとおりであり,A株式会社の経営成績に応じて,役員報酬に見合う分が大きく増減していた。これらの期間のうち賞与が支給されたのは平成14年分だけであった。
このような勤務状況,収入金額の推移を踏まえると,この給与所得には,労働の対価の部分だけではなく,利益配当などの実質をもつ部分も含まれているとみるのが相当である。したがって,休業損害を算出するに当たっての収入の額は,この給与所得から,利益配当などの実質をもつ部分を控除した額とするのが相当であり,前記の勤務状況,収入金額の推移のほか,賃金センサス記載の平均賃金の額(賃金センサス平成14年第1巻第1表・産業計・男性労働者・高卒・35~39歳の平均年収の額は514万8800円である。)を考慮すると,その額は727万1598円(平成9年分から平成14年分までの合計額6544万4384円〔平成14年分は,実際に受け取った金額をもとに,平成14年1月1日から同年12月31日までに受け取ったと推測される1294万4384円〕の1年分当たりの平均額1090万7397円〔1円未満切捨て〕の3分の2に相当する金額〔1円未満切捨て〕)とみるのが相当である。
イ 休業割合
原告は,本件事故により負った傷害を治療するため,H病院,I病院,J病院で合計114日間の入院と,J病院に189回の通院を余儀なくされている。
この入院期間,通院回数,前記認定のとおり,平成16年になってからの通院頻度や,同年中にはA株式会社の代表取締役に就任していることからすると,本件事故の日から平成15年12月31日までの509日間は100パーセントの割合で,平成16年1月1日以降は通院日18日について1日ごとに50パーセントの割合で,勤務を休まざるを得なかったとみるのが相当である。
ウ まとめ
以上の検討結果をまとめると,原告は,その勤務を休まざるを得なかったことで,以下の計算式のとおり,1031万9202円の損害を被ったと認められる。
〔計算式〕
(727万1598円×509日間÷365日)+(727万1598円×0.5〔休業割合〕×18日間÷366日〔閏年〕)=1031万9202円(1円未満切捨て〔以下の計算式でも同じ。〕)
(3) 逸失利益 5416万6497円
ア 基礎収入
原告は,本件事故に遭わなければ,就労が可能な67歳まで,前記(2)で判断したとおり,1年当たり727万1598円の収入を得る機会があった。
イ 労働能力喪失割合
原告には,平成16年8月26日,本件事故で負った傷害による症状が固定し,左上肢機能障害障害が残った。その障害の中には,①旧自賠責等級8級4号,自賠責等級9級13号に該当する「1手のおや指及びひとさし指の用を廃したもの」と,②自賠責等級12級5号に該当する「骨盤骨に著しい奇形を残すもの」(腸骨移植による骨盤骨の変形)がある。そのほかにも自賠責等級に該当しない肘関節の回外運動制限,右前腕の短縮,下肢・腹部の瘢痕・醜形が残っている。関係証拠(甲4,13,乙32)によると,以上の事実が認められる。
原告は,前記認定のとおり,本件事故の当時,海産物,魚介類を調理したり,さばいてホテル,旅館,飲食店に小売りすることを業とするA株式会社で,仕入れと営業の各業務に従事していたのに,これらの障害のため,それまでできていた鮮魚のさばきができなくなっている。
他方で,原告は,平成16年ころから,A株式会社の代表取締役を務めており,それまでと比べて,仕入れと営業の各業務に従事する割合は少なくなっていると推測される。また,関係証拠(甲13)によると,腸骨採取部分の感覚障害があることは認められるが,そのことが腸骨移植による骨盤骨の変形が原告の勤務にどのような支障を及ぼしているかがはっきりしない。
このような事情を考慮すると,原告に残った障害によって失われた労働能力は50パーセントとみるのが相当である。
ウ まとめ
以上の検討結果をまとめると,原告は,本件事故により,前記の障害が残ったことで,以下の計算式のとおり,症状が固定したときから就労が可能な67歳までの28年間にわたって,5416万6497円の収入を得る機会を失ったと認められる。
〔計算式〕
727万1598円(基礎収入の額)×0.5(労働能力喪失割合)×14.8981(労働能力喪失期間28年に対応するライプニッツ係数)=5416万6497円
(4) 傷害慰謝料 300万0000円
原告は,本件事故により傷害を負い,前記のとおりの入院,通院を余儀なくされたことで,精神的苦痛を被ったと認められる。その苦痛を慰謝するための慰謝料は300万円とみるのが相当である。
(5) 後遺障害慰謝料 900万0000円
原告には,本件事故により,前記のとおりの障害が残った。原告は,このことで精神的苦痛を被ったと認められる。その苦痛を慰謝するための慰謝料は900万円とみるのが相当である。
(6) 前記合計額 7757万4499円
4 争点(3)についての検討
(1) 前記認定のとおり,本件事故は,原告が,本件車両のガイドテーブルに,かごを置いて「積込」ボタンを押した後に,ホッパーにごみを投入しようとしたか,ごみを投入した後に,かごをガイドテーブルにおいたまま,「積込」ボタンを押して,回転板を作動させたとき,誤って,右前腕部を,作動していた回転板に巻き込まれたとの自損事故であったとみるのが相当であり,このことが本件事故の大きな原因になっている。
このような本件事故の態様のほか,Cは,原告が,ごみが入ったかごを持って,本件車両のホッパーに向かったのに気づき,自分で,ホッパーに投入するのだろうと思ったのに,制止しないままでいたとの落ち度の度合いや,本件示談書が社会保険事務所から被告に対する求償の額を最小限にするために作成したにすぎないことを合わせて検討すると,損害賠償の額を決めるときには,その損害額の3分の2を控除するのが相当である。
(2) 不法行為に基づく1個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に,過失相殺をするに当たっては,損害の全額から過失割合による減額をし,その残額が請求額を超えないときはその残額を認容し,残額が請求額を超えるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである(最高裁判所昭和48年4月5日第一小法廷判決・民集27巻3号419ページ)。
(3) 前記3で認められた損害の合計額は7757万4499円である。
関係証拠(乙2,18~28)によると,原告は,本件事故により負った傷害を治療するため,H病院,I病院,J病院での治療費合計304万0005円を負担したことが認められる。これらの合計額は8061万4504円である。
前記の合計額8061万4504円から3分の2の控除をすると,その控除後の金額は2687万1501円となる。
5 原告が賠償を求めることができる額
原告は,前提事実記載のとおり,被告から,合計304万0005円の支払を受けている。原告が賠償を求めることができる額は,前記4(3)での控除後の金額から,このてん補された額を控除した残額である2383万1496円である。
第4結論
以上によれば,原告の請求は賠償金2383万1496円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成14年8月11日から支払済みまで民法で定める年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し,そのほかの部分は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文,61条,仮執行の宣言について同法259条1項を適用して(相当ではないので,訴訟費用の負担を求める部分には,この宣言を付さない。),主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤幸康)