仙台地方裁判所 平成19年(ワ)807号 判決 2007年12月26日
主文
1 被告は,原告に対し,20万円及びこれに対する平成19年5月13日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のそのほかの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,その10分の9を原告の,10分の1を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
(第1事件)
被告は,原告に対し,140万円及びこれに対する平成19年5月13日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
(第2事件)
被告は,原告に対し,60万円及び平成19年5月13日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 第1事件は,被告が,勝手に,原告の名義で郵便局に転居届を提出して,自分宛ての郵便物を受け取り続けたとして,原告が,被告に対し,不法行為に基づいて,慰謝料の支払を求めた事案である。
第2事件は,被告が,勝手に原告の名義で保険契約を締結したことにより,精神的な苦痛を被ったとして,原告が,被告に対し,不法行為に基づいて,慰謝料の支払を求めた事案である。
2 前提事実(末尾に認定に用いた証拠などを掲げた。)
(1) 原告は,平成10年3月ころから平成17年2月10日ころまで,仙台市e区f字gh-i(以下「本件旧住所」という。)で,当時の妻であるC,Cの父である被告,Cの母であるD,Cと原告の子であるE,F,Gと同居していた。
(2) 原告は,平成17年2月10日,j郵便局に対し,本件旧住所から仙台市a区kl-mn(以下「本件新住所1」という)に転居し。たので,同月11日から,自分宛ての郵便物を本件新住所1に転送することを希望する転居届(以下「別件転居届1」という。)を提出した。(第1事件の甲3)
(3) 原告は,平成17年8月22日,a郵便局に対し,本件新住所1から仙台市a区bc番地d(以下「本件新住所2」という。)に転居したので,同月29日から,自分宛ての郵便物を本件新住所2に転送することを希望する転居届(以下「別件転居届2」という。)を提出した。(第1事件の甲9)
(4) 被告は,平成18年5月16日,j郵便局に対し,原告が本件旧住所に転居したので,原告宛ての郵便物を本件旧住所に転送することを希望する転居届(以下「本件転居届」という。)を提出した。
しかし,原告は,このとき,本件旧住所に転居していない。この転居届は,被告が勝手に原告の名義を使って提出したものであった。(第1事件の甲3)
(5) 第一生命保険相互会社は,平成6年1月1日,契約者を原告,被保険者をEとする保険契約(以下「本件保険契約1」という。)を締結したものと取り扱った。また,平成10年4月1日には,契約者を原告,被保険者をFとする保険契約(以下「本件保険契約2」といい,本件保険契約1とまとめて「本件各保険契約」という。)を締結したものと取り扱った。
これら契約は,被告が原告の名義を使って締結の手続をしていた。第一生命保険相互会社は,本件各保険契約を締結したものと取り扱うに先立って,原告の意思確認をしていない。(第2事件の甲4)
3 争点
被告は原告に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うか。
(1) 第1事件
(原告の主張)
原告は,被告が勝手に本件転居届を提出して,自分宛ての郵便物を受け取り続けたことで,精神的な苦痛を被った。この苦痛を慰謝するための慰謝料は140万円を下回らない。
被告には,不法行為に基づき,この慰謝料を支払う義務がある。
(被告の主張)
被告は,平成18年5月ころ,第三者から,電話で,「原告宛てに郵便物を郵送しても返送されるので,対応してもらいたい。」と相談を受けた。そこで,Cを通じて,原告に連絡を取ろうとしたが,連絡が付かなかったので,深い考えなしに本件転居届を提出し,原告宛ての郵便物を郵送してもらっていた。その後も,原告と連絡が付かなかったので,これらの郵便物を手元に置いていた。
転居届に基づく郵便物の転送期間は1年であるから,宛て所を本件旧住所とする原告宛ての郵便物は,別件転居届1を提出して1年が経過した平成18年3月以降は,差出人に返送される。したがって,原告がこれらの郵便物を受け取れなくなったのは,転送期間が過ぎたためであり,本件転居届が提出されたからではない。
(2) 第2事件
(原告の主張)
原告は,本件各保険契約を締結していない。これらの契約は,被告が勝手に原告の名義を使って締結したものである。原告がこれらの契約を追認したこともない。
したがって,これらの契約は無効であり,被告がこれらの契約を締結したことは,民法,保険業法に違反する。
原告は,自分を契約者とする本件各保険契約が締結されたことになっていることで,旧姓で記載された契約証書などの書類の受取りや,解決策を見出すために時間・労力を費やすことを余儀なくされ,精神的な苦痛を被った。この苦痛を慰謝するための慰謝料は60万円を下回らない。
被告には,不法行為に基づき,この慰謝料を支払う義務がある。
(被告の主張)
被告は,自分の孫であるE,Fの将来の学資金に充てるため,本件各保険契約を締結し,保険料の支払をしていた。原告の名義を使ったのは,契約者を自分ではなく,E,Fの父である原告にした方が被告の家族感情からみて自然だったからにすぎない。このことで,被告が利得を図ったり,原告に金銭的な損失を及ぼすものではない。
また,原告は,本件各保険契約締結の直後に,Cを通じて,これらの契約を締結したことを説明され,これらの契約を追認している。被告が原告の名義を使って本件各保険契約を締結したことの違法性は阻却された。
被告には,不法行為に基づき,慰謝料を支払う義務はない。
第3裁判所の判断
1 第1事件について
(1) 認定事実
前提事実,関係証拠(第1事件の甲4,証人C,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア 原告は,平成17年2月10日ころ,本件旧住所から本件新住所1に転居して,C,被告,D,E,F,Gと別居した。
イ 原告とCは,平成17年10月13日,仙台家庭裁判所で,離婚調停を成立させた。この調停調書には,この当時の原告の住所(本件新住所2)が記載されている。
ウ 被告は,平成18年5月ころ,第三者から,電話で,「原告宛てに郵便物を郵送しても返送されるので,対応してもらいたい。」と相談を受けた。そこで,Cに,原告への連絡を頼んだ。
Cは,原告の携帯電話に電話をかけたが,原告が電話に出なかったため,連絡を取ることができなかった。
エ 被告は,Cから連絡を取れないと聞いて,とりあえず自宅で保管しようと考え,本件転居届を提出した。
被告は,このとき,原告がHに勤めていることを知っていたくらいで,どこの部局に勤めているかとか,原告の住所,電話番号は知らなかった。離婚調停の調書で原告の住所を確認したり,自分で原告の携帯電話に電話をかけていない。
オ 被告は,本件転居届を提出した後,原告宛ての郵便物を郵送してもらった。これらの郵便物を原告に渡していない。原告に連絡を取ってもいない。
カ 原告は,本件旧住所から本件新住所1,本件新住所2に転居した都度,自分が知り得る限りの相手方に転居通知をしていた。
(2) 検討
ア 原告は,「被告が勝手に本件転居届を提出して,自分宛ての郵便物を受け取り続けたこと」を理由として,被告に対し,慰謝料の支払を請求している。
イ 被告が勝手に原告の名義を使って本件転居届を提出し,原告宛ての郵便物を郵送してもらったことは争いがない。
郵便物はプライバシーに関わるものであり,差し出された郵便物をどうする(そのまま返送させる,本件旧住所に郵送してもらう,本件新住所2に転送してもらう)かは,原告の意向で決めることである。第三者から,電話で,「原告宛てに郵便物を郵送しても返送されるので,対応してもらいたい。」と相談を受け,原告と被告がかつては同居の家族であったからといって,原告の意向を確認しないで,原告宛ての郵便物を受け取ることが許される理由にはならない(そのまま,返送させれば済むことである。)。本件全証拠を検討しても,原告の意向を確認しないで,原告宛ての郵便物を受け取ることが許される事情は見当たらない。ところが,被告は,Cに連絡を試みてさせているが,原告の意向を確認しないで,本件転居届の提出をしている。同居しているCのもとには原告の住所が記載された調停調書があり,Cは原告の携帯電話番号を知っていた。被告が,原告の意向を確認することができなかった事情は見当たらない。
仮に,原告の意向を確認しないで,原告宛ての郵便物を受け取ることが許される事情があったとしても,受け取った郵便物をどうするか原告に確認すべきであった。ところが,被告は,本件転居届を提出した後も,原告の意向を確認しないまま,郵便物を手元に置き続けた。
ウ したがって,被告が勝手に本件転居届を提出して,原告宛ての郵便物を受け取り続けたことは,原告に対する不法行為に当たる。被告には,このことで原告が被った損害を賠償する責任がある。
関係証拠(証人C,被告本人,原告本人)及び弁論の全趣旨によると,原告がこのことで精神的な苦痛を被ったと認められ,原告が転居通知をしており,本件旧住所に郵送された郵便物は,ダイレクトメールなど原告にとってそれほど重要ではないものが中心だったとうかがわれることや,被告がCを通じて原告の意向を確認しようとしていたことや,被告に郵便物を悪用する意図まではうがわれないことなど,本件でうかがれる事情を総合すると,その苦痛を慰謝するのに足りる慰謝料は20万円とみるのが相当である。
2 第2事件について
(1) 認定事実
前提事実,関係証拠(第1事件の乙2の1,乙3,第2事件の甲7,証人C,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
ア 被告は,自分の孫であるE,Fの将来の学資金に充てるため,本件各保険契約を締結した。原告の名義を使ったのは,契約者を自分ではなく,E,Fの父である原告にした方が被告の家族感情からみて自然だったからである。
本件各保険契約の保険料を支払っていたのは被告だった。
イ 被告は,本件各保険契約を締結するのに先だって,原告の意向を確認していない。
ウ Cは,これらの契約を締結した直後,被告から,原告の名義を使ってこれらの契約を締結したことを説明され,そのことを原告に伝えた。このとき,原告は,これらの契約を締結したことに不満を述べたり,反発する様子をみせなかった。
エ 本件旧住所には,第一生命保険相互会社から,保険料控除に必要な書類を含めて,本件各保険契約に関する書類が郵送されていた。これら書類は原告が受け取ることもあった。また,Cは,毎年,本件各保険契約に関するものを含めて保険料控除に必要な書類をまとめて,原告に渡していた。このとき,原告は,これらの契約を締結したことに初めて気づいた様子をみせたり,このことに不満を述べたり,反発する様子をみせなかった。
オ 原告は,平成12年8月17日ころ,本件保険契約1について,名義変更請求書兼改印届,保険証券再発行請求書を作成し,第一生命保険相互会社に提出した。このときも,原告は,これらの契約を締結したことに初めて気づいた様子をみせたり,このことに不満を述べたり,反発する様子をみせなかった。
カ 原告は,平成18年5月2日ころ,第一生命保険相互会社に対し,本件各保険契約を締結したことがないのに,締結されたことになっているので,調査してもらいたいと申し出た。それまで,原告はこのような申出をしていない。
キ 第一生命保険相互会社は,平成19年2月19日,本件各保険契約を解消する取扱いをした。
(2) 検討
ア 原告は,「被告が勝手に原告の名義で本件各保険契約を締結したこと」を理由として,被告に対し,慰謝料の支払を請求している。
イ しかし,原告は,本件各保険契約が締結された直後から,Cの説明や第一生命保険相互会社からの郵便物で,被告が原告の名義でこれらの契約を締結したことを知っていたと認められる。第一生命保険相互会社に対し,本件各保険契約を締結したことがないと申し出たのは平成18年5月2日ころになってのことである。
ところが,それまでの間,被告が原告の名義でこれらの契約を締結したことについて,不満を述べたり,反発する様子をみせていない。本件保険契約1については,名義変更請求書兼改印届,保険証券再発行請求書を作成している。
このような経過をみると,原告は,被告が原告の名義でこれらの契約を締結したことについて,事後的に承諾したとみるのが相当である(被告は,契約者を自分ではなく,E,Fの父である原告にした方が被告の家族感情からみて自然だと考えて,原告の名義を使い,本件各保険契約の保険料を支払っていた。契約の効果が誰に帰属するかは別として,このような理由から,保険料の負担者が,自分の近親者を契約者として保険契約を締結することが取り立てて珍しいことではない。このことからしても,このようにみるのが相当である。)。
第一生命保険相互会社は,前記認定のとおり,これらの契約を解消している。しかし,それは,第一生命保険相互会社が,本件各保険契約を締結したものと取り扱うに先立って,原告の意思確認していなかったし,本件保険契約1については,名義変更請求書兼改印届,保険証券再発行請求書の提出を受けたほかは,前記の経過を把握していなかったため,承諾したとまでは確認できなかったことによると推測される。これらの契約が解消されたからといって,この認定を覆すほどの事情とまではみることはできない。
ウ そうすると,被告は,本件各保険契約を締結するのに先だって,原告の意向を確認していないが,その後に原告の承諾を受けているから,これらの契約を締結したことが原告の権利や法律上保護された利益を侵害したものとは認められない。そのほかの要件を検討するまでもなく,原告は被告に対して損害の賠償を請求できない。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,第1事件での請求のうち20万円及び弁済期が経過した後である平成19年5月13日から支払済みまで民法で定める年5パーセントの割合による遅延損害金を求める部分は理由があるから認容し,そのほかの部分と第2事件での請求は理由がないからいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文,61条,仮執行の宣言について同法259条1項を適用して(相当ではないから訴訟費用の負担を求める部分には付さない。),主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤幸康)