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仙台地方裁判所 平成19年(ワ)844号 判決 2009年10月26日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  原告が,Aの死亡につき防衛省の職員の給与等に関する法律27条1項により準用される国家公務員災害補償法による遺族補償年金を受ける地位を有することを確認する。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

(1)  本案前の答弁

ア 本件訴えを却下する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

(2)  本案の答弁

主文同旨

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,陸上自衛隊員であった亡Aが,平成13年9月21日午前2時ころ,くも膜下出血ないし脳出血により死亡した事故(以下「本件事故」という。)に関し,亡Aの妻である原告が,公務上の災害にあたるとして,防衛省の職員の給与等に関する法律27条1項により準用される国家公務員災害補償法(以下「補償法」という。)による遺族補償年金を受ける地位を有していることの確認を求めた事案である。

2  当事者間に争いのない事実

(1)  亡Aは,平成13年9月21日午前2時ころ,甲分屯地通信室内において,くも膜下出血ないし脳出血(以下「本件疾病」と総称する。)により死亡した。

(2)  補償事務主任者である○○駐屯地業務隊長1等陸佐Bは,原告に対し,平成15年3月3日,一次判断として,本件疾病は公務非該当であるとの結果を通知した。

(3)  原告は,平成15年4月3日,東北方面総監に対し,本件疾病は公務上の災害である旨の申出を行ったところ,東北方面総監は,同年7月3日,本件疾病は公務上の災害とは認められない旨の認定を行った。

(4)  原告は,平成15年8月26日,防衛庁長官に対し,本件疾病は公務上の災害であるとして,災害補償審査申立てを行ったところ,防衛庁から防衛省への組織変更を経た後,防衛大臣は,平成19年3月22日,同申立てを棄却した。

3  争点

(1)  本件訴えに確認の利益が認められるか

(2)  亡Aが従事した公務と本件事故との間に公務起因性(相当因果関係)が認められるか

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(確認の利益の有無)

ア 被告の主張

国家公務員が,公務上あるいは通勤による災害を受けた場合,補償法所定の要件を充足すれば,法律上当然に災害補償請求権が発生する。したがって,公務上又は通勤における災害について補償を受けるべき者は,補償法の定める要件に客観的に該当する事実の存在により,当然に具体的な受給権を取得し,行政庁の特段の行為を待つまでもなく,直ちにその権利を行使できるのであって,給付の訴えによることが可能であることから,請求権の存在や給付を受ける権利を有する地位にあることの確認を求める利益はない。

イ 原告の主張

確認の利益は認められる。

(2)  争点(2)(公務起因性の有無)

ア 原告の主張

(ア) 公務起因性の判断基準

人事院が定める「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定指針」によれば,くも膜下出血や脳出血等の脳血管疾患,心血管疾患の場合,業務に関連してその発生状態を時間的・場所的に明確にしうる異常な出来事・突発的な事態に遭遇したことにより,または,通常の日常の業務に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務に従事したことにより,医学経験則上,心血管疾患及び脳血管疾患等の発症の基礎となる病態を加齢,一般生活などによるいわゆる自然的経過を超えて著しく増悪させ,当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的負荷を受けていた場合について公務災害として扱うこととされている。

そして,上記の通常の日常の業務に比較して特に質的に若しく量的に過重な業務とは,例えば,業務上の必要により,発症前1か月間に正規の勤務時間を超えて,100時間程度の超過勤務を行った場合であって,その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であるとき等が具体例として想定されている。

(イ) 亡Aの被災前1か月間の勤務状況

① 超過勤務時間

a 算出方法

正規の勤務時間とは,週40時間の勤務時間を指すことから,超過勤務時間は,月間の総実労働時間-当該月の暦日数/7×40という計算式で算出されなければならない。自衛官の公務災害の認定において,超過勤務時間を上記の計算式で算出された時間としない理由はない。これは,「隊員の勤務時間及び休暇の細部取扱いに関する達」の規定(乙20)からも明らかである。

したがって,平成13年8月21日から同年9月21日までは31日間であるから,亡Aの正規の勤務時間は178時間ということになる。

b 被災1か月前における亡Aの超過勤務時間

(a) 防衛大臣の認定(甲1)によれば,被災1か月前における亡Aに正規に割り振られた勤務時間は239時間である。

また,平成13年8月29日午後に実施された特別健康診断への参加は,当然に公務とされるべきである。

さらに,同年9月16日の勤務について,被告は,午前10時までの勤務時間しか認めていないが,実際には,同日午後6時30分まで警備強化のため日勤業務に従事していた。

なお,被告は,平日における日・夜勤勤務の勤務時間について仮眠時間6時間と食事時間2時間を差し引くべきであると主張している。しかし,単独の通信待受業務であれば,緊急事態等が発生した場合,即時に一人で行動しなければならない。また,実際に6時間仮眠を取れていたとは考えられない。仮に,実際に仮眠を取れていたとしても,熟睡できるような施設はなかったのであり,十分に休息を取れる状態にはなかった。同様に,食事時間についても,一人で食事をしている以上,通信作業が必要な場合にはいつでも食事を中断しなければならないのであって,安穏と食事をすることが保障されているわけではない。したがって,平日における日・夜勤の勤務時間も,24時間として計算すべきである。

(b) 事務室等に残っていた時間の評価

防衛大臣の認定(甲1)において,事務室に残っていた時間とされる約70時間が,亡Aに正規に割り振られた勤務時間ではないとされているが,全く公務と関係なく残っていたという趣旨ではないことは明らかであるから,これらの時間は,少なくとも公務災害認定においては,公務に従事していた勤務時間であるとすべきである。

亡Aは,多種多様な先任業務に従事していたのであり,仕事の分量も多かった。それらの仕事の成果物は,整理された書類簿や報告書類,日々の円滑な部隊活動である。被告は,亡Aが事務室等に残っていた時間でテレビを観たり雑談をしていたと主張するが,仮にそのようなことがあったとしても,いずれも取るに足らない程度であったことは明らかである。自衛隊員は休業を取ることも規律として求められているのであるから,漫然と公務終了後に事務室等に残っていたのであれば,当然,上官から帰宅を促されるはずである。

また,除草作業は,法に根拠のある自衛隊員の公務であり,亡Aは先任陸曹として環境の整備が任務であったことから,割り振られた区域について除草作業が行われていない場合には,亡A自身が除草作業を行わざるを得なかった。

c 小括

以上の検討によれば,亡Aの超過勤務時間は,132時間を優に超える時間となることは明らかである。

② 被災前の1か月間における勤務体制等

亡Aは,被災前の1か月間において,平成13年8月21日午前8時30分から翌22日午後6時,同月24日午前8時30分から翌25日午後0時,同月27日午前8時30分から翌28日午後6時30分,同年9月12日午前8時30分から翌13日午後0時,同月15日午前8時30分から翌16日午後6時までの計5回,夜勤勤務に続く日勤勤務に従事した。

また,亡Aは,同月20日午前8時30分から死亡時である翌21日午前2時頃まで夜勤勤務に従事しており,被災前8日間で計3回の夜勤勤務に従事したことになる。

さらに,同月10日から被災日である同月20日までの間に,休日は1日も無かった。

(ウ) 亡Aが従事していた公務の内容

① 先任業務

亡Aが従事していた先任業務は,自衛隊の組織として必要な事柄の全てを行うものである。具体的な業務内容には,勤務割出表の作成,特殊勤務命令簿の記載及び夜間特殊勤務実績簿の整理,隊務定例報告,給食業務,定期異動に伴う処置,来簡文書整理,保全業務,各種運動参加の成果報告,各人毎の休暇簿等の整理,隊長の補佐,環境の整備,営内者の指導等があった。通常,先任業務の業務量は通常の自衛隊員の公務の仕事量と同等以上に存在することから,先任業務担当者は他の係業務や部隊業務を行っていない。しかし,亡Aは,後述のように通信業務や係業務を担当せざるを得ない状況であった。

また,先任業務担当者は,陸曹などの経験者から選任されるにもかかわらず,最初の3か月は前任者とともに仕事を行い,見習いとして業務に従事することからしても,先任業務が最初からこなせるような業務でないことがわかる。亡Aも平成13年4月に初めて先任業務を担当し,前任者の見習いをしていたが,長期間の出張と,前任者が同年6月で退官したことにより,引継期間を十分に確保することができない状況であった。

② 通信業務

通信業務には,電報の発着信,資料信についての業務のほか,電話交換の業務があった。甲派遣隊の定員は9名であるところ,定員は必要に応じて定められることからすれば,9名の定員に見合うだけの業務量が存在していたと考えられる。通信は,現代の国防において重要な位置を占めるのであって,いつでも迅速な対応を行うべく準備しているのであるから,それ自体が純然たる労働である。

甲派遣隊は,一人の隊員が全ての通信業務を担当するため,当該隊員は休憩を取ることができなかった。また,これらの通信業務に加え,自衛隊員として当然に行うべき仕事も存在していた。

亡Aは,先任業務への職種変更に加えて,通信業務という専門部隊の仕事を余儀なくされた。通信業務への従事は,通信機材の使用やコンピューターでの通信作業など,初めての作業が多かったことから神経を使う仕事であったことは明白である。

③ 係業務(部隊業務)

各部隊には,部隊に不可欠な内容を行う係業務が存在しており,甲派遣隊には部隊補給係,通信補給係,武器・化学・燃料係,訓練陸曹係,保全補助者係,文書係,健康係,厚生係,会計係,曹友会幹事係があった。

亡Aは,先任業務に従事していたにもかかわらず,甲派遣隊に着任した平成13年4月当初から,副係長として保全補助者係,文書係,健康係,厚生係を担当していた。また,亡Aの前任者が退官した後は,保全補助者係,健康係の係長になっている。

なお,係業務には通常は副担当者が配置されないところ,副担当者が定められるのは正担当者に何らかの問題がある場合である。亡Aが副担当者になっていた係のうち,文書係と厚生係は正担当者の身体に障害があったことから,歩行を要する業務について,亡Aが仕事をしていたものと考えられる。

④ その他の業務等

亡Aは,被災1か月前において,非常呼集,射撃訓練,体力検定等に従事した。

(エ) 甲派遣隊の構成

甲派遣隊は,主として通信業務を行う部隊であったが,亡Aだけは,主として事務業務を内容とする本部業務を行う人員として配属されていた。

また,甲派遣隊は,本来は定員が9名であるところ,もともと1名が欠員であり,亡Aの前任者が退官したことから,平成13年9月には,7名しか隊員がいなかった。さらに,7名のうち1名は女性であり,その他に筋ジストロフィーの症状がある者と高血圧症のため通院を余儀なくされている者がいた。

亡Aは,本部業務を行う人員として配属されていたことから,通信業務の職務である夜勤については予備的に業務に就くのが通常であったが,甲派遣隊では,上記のように人員が不足していたため,同年8月頃から恒常的に夜勤のローテーションに組み込まれることになった。そして,本部業務の仕事は,亡A以外の者は担当しないため,夜勤明けであっても亡Aが本部業務を担当しなければならない状況にあった。

(オ) 平成13年9月11日にアメリカ合衆国で発生したいわゆる同時多発テロ(以下「9.11事件」という。)の影響

9.11事件により,自衛隊東北方面でもテロに対する警戒を強化した。9.11事件以降,陸上自衛隊は,建物外への移動にもヘルメット等の着用を義務づけられた。また,毒ガスによるテロ対策のため,常に防毒マスクの携行が義務づけられた。甲派遣隊においても,土曜日及び日曜日の昼間に勤務員を増員することになり,亡Aは,勤務割の変更作業を行わざるを得なかった。

国家を防衛する組織である自衛隊員においては,具体的なテロ行為を現実のものとして具体的に想定しなければならず,生死の危険に直面していたものであり,相当強い精神的負担がかかっていたことは想像に難くない。

(カ) 本件事故当時の状況

亡Aは,平成13年9月20日午前8時30分頃から夜勤勤務に従事していたところ,同日午後10時頃に○○の通信所から甲派遣隊に電報が打たれたが,その電報の所在が確認できないというトラブルが発生した。亡Aは,電報を紛失したことを電話で問い詰められたため,少なくとも翌21日午前0時20分まで電報を捜索した。

9.11事件から10日も経っていない臨戦態勢の中,テロに関する電報が届いていないという事態は,異常な出来事であることは明らかである。しかも,上記のように異常な出来事であるにもかかわらず翌朝にならないと解決しないことが判明した。

亡Aは,普段は声を荒げることがないにもかかわらず,このトラブル時には,通話をしていた隊員の印象に残るほど高い声を出していたのであるから,常日頃にないほど緊張していたことは明らかである。

なお,実際には,アドレスが付されていなかったため,上記電報は甲派遣隊には最初から届いていなかった。

(キ) 亡Aの素因等

亡Aには,被災当時,自然的経過でくも膜下出血や脳出血を発症させるに足りる重篤な基礎疾患は存在しなかった。

亡Aの血圧検査結果は,昭和62年から平成13年まで,ほぼ正常値から軽症高血圧で推移しており問題はなかった。また,一般的なメタボリックシンドロームは,将来的な危険,成人病の一般予防の観点から警告されている概念であり,本件事故時に,亡Aが,くも膜下出血ないし脳内出血を自然発症するという医学的知見は存在しない。

(ク) 総括

以上の事情を総合考慮すれば,本件事故が,亡Aが従事した公務に起因することは明らかである。

イ 被告の主張

(ア) 公務起因性の判断基準

補償法に定める国家公務員災害補償制度は,国家公務員が公務上の災害又は通勤による災害を受けた場合に,国が,使用者として,その職員又は遺族に対し,その災害を補償し,併せて被災職員の社会復帰並びに被災職員及びその遺族の援護を図るために必要な福祉事業を行うことを目的とした制度である。

同制度においては,職員が公務上死亡した場合に遺族補償を行うこととしているところ,この職員の公務災害に対する補償は,国が職員を自己の支配下に置いて公務を提供させるという公務員関係の特質に鑑み,公務に内在している危険が現実化して職員に傷病等を負わせた以上,国に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものと解される。

そして,国が無過失の補償責任を負担する以上,公務と疾病の間には条件関係のみならず,相当因果関係が必要であるところ,脳・心臓疾患の場合においては,その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変が,加齢や一般生活等における種々の要因によって長い年月の間に徐々に進行・増悪して発症に至ることがほとんどであるから,脳・心臓疾患は基本的に私病に属するものといえるのであり,公務に特有の疾病とまではいえない。

このように,脳・心臓疾患の発症には,複数の原因が競合しており,その複数の原因が,結果の発生に対して相互に影響しあっていることが通常である。

そこで,複数の原因が競合している場合,公務と脳・心臓疾患の発症の間にどの程度のつながりがあれば相当因果関係が肯定されるかを検討するに,相当因果関係が認められるためには,脳・心臓疾患の発症が,公務に内在する危険の現実化と評価できる場合でなければならないことから,①当該公務に危険が内在していると認められること(危険性の要件)が必要であり,さらに,②当該脳・心臓疾患が,当該公務に内在する危険の現実化として発症したと認められること(現実化の要件)が必要であると解される。

① 危険性の要件

当該公務が危険であるか否かは,当該公務の内容や性質に基づいて客観的に判断されるべき事柄であり,本人の基礎疾患は,判断対象である公務に内包されない公務外の要因であるから,本人の基礎疾患の程度によって公務の危険性が左右されるのは不合理である。

したがって,公務の危険の程度は,日常業務を支障なく遂行できる公務員を基準とすべきである。

そして,現実に,何らかの基礎疾患を有しながら支障なく就労している中高年公務員も多数存在することから,当該公務の危険性は,当該公務員と同程度の年齢・経験等を有し,基礎疾患を有していても通常の公務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者を基準として,当該公務による負荷が,医学的経験則に照らし,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められるか否かによって決するのが相当である。

② 現実化の要件

また,仮に,脳・心臓疾患の発症に公務が何らかの寄与をしていることが認められる場合であっても,公務外の要因がより有力な原因となって脳・心臓疾患の発症をもたらした場合には,当該疾病は,公務に内在する危険が現実化して発症したものではなく,公務外に存在した危険が現実化して発症したものであるから,相当因果関係は認められない。

したがって,当該脳・心臓疾患の発症が,公務に内在する危険の現実化といえるためには,当該発症に対して,公務による危険性が,その他の公務外の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められることが必要である。

そして,この現実化の要件は,当該公務員に係る公務外の要因の内容及び程度によって左右されるものであることから,危険性の要件とは異なり,当該公務員本人の事情を基礎に,個別・具体的に判断すべきである。

③ 「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について(通知)」(乙8,以下「本件指針」という。)

具体的事案において公務起因性の有無を適正に判断するためには,危険性の要件及び現実化の要件をさらに具体化する必要がある。

本件指針は,公務起因性の法的判断枠組み及び脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書(乙7)が,最新の医学的知見に基づいて具体化した評価要因を踏まえ,脳・心臓疾患の発症が公務上生じたものと認定されるための具体的な基準を定めたものであるから,危険性の要件及び現実化の要件の各該当性の判断基準としては,本件指針に依拠することが最も適当である。

(イ) 危険性の要件が充足されないこと

① 亡Aは業務に関連して本件疾病の発症の原因と認められるほどの異常な出来事ないし突発的な事態に遭遇していないこと

亡Aは,平成13年9月20日,通常の日・夜勤業務に従事していたところ,日・夜勤業務は従前から一定の期間をおいて通常行われているものであり,それ自体をもって,異常な出来事ないし突発的な事態とはいえない。

また,亡Aは,同日午後11時10分ころ,甲弾薬支処総務科長から警備に関する電報が届いていないとの確認の電話を受け,届いていない旨の回答をした。同総務科長は,亡Aに対し,電報の発信元である東北方面総監部に文書の再送を要求したので配信されたら連絡するように伝えた。亡Aは,同月21日午前0時17分,○○駐屯地通信所に対し,電報の配信について問い合わせたところ,同通信所の担当者は総監部の発信元担当者に問い合わせ,同担当者から翌朝処理するとの回答を得て,その旨を同日午前0時23分に亡Aに伝えた。上記のような電報に関する問い合わせ及びそれに対する対応は,一般的通常的な通信業務の範疇に属するものであり,ましてや長年通信業務に携わっている自衛隊員にとって,一般的に異常な出来事ないし突発的な事態と評価されるものではない。

さらに,発症前1週間の勤務状況をみても,業務に関連して異常な出来事ないし突発的な事態に遭遇したとの事実はない。

② 亡Aが通常の業務に比較して特に質的にもしくは量的に過重な業務に従事していないこと

a 亡Aが従事した公務の内容

(a) 先任業務

甲派遣隊の先任業務の内容は,①勤務割出表の案を作成すること,②特殊勤務命令簿の記載をすること,③隊務定例報告をすること,④通常時において給食業務をすること,⑤来簡文書を整理すること,⑥来簡文書のうち秘密文書等につき保全業務をすること,⑦各種運動参加の成果報告をすること,⑧各人が記載した休暇簿に決裁の押印をすること,⑨隊長の補佐をすること,⑩隊長の命を受けた場合に各隊員による除草作業等を指示・監督し,その成果を隊長に報告すること,⑪営内者の指導をすることを内容とし,部隊の庶務的な業務に該当するものである。

他の部隊の先任業務と比較して,業務項目自体に大きく異なる点はないが,○○派遣隊に比べて業務量は若干少なかった。なお,○○派遣隊は,一般的な自衛隊の中の業務量からみると極端に業務が過多であったりしたことはなく,ごく普通のレベルに位置するものであった。

(b) 通信業務及び日・夜勤

甲派遣隊における通信業務の量は,電報が中規模部隊の約4分の1かつ大規模部隊の約10分の1,電話が中規模部隊の約5分の1かつ大規模部隊の約40分の1程度である。夜間の通信業務取扱量も,大規模・中規模部隊では1日当たり240ないし290件程度に及ぶのに対し,甲派遣隊では1日数件程度しかないのが実情であった。また,夜間あるいは土曜日及び日曜日における甲派遣隊の通信業務のほとんどは待機のみであった。

通信器材は事務室に設置されており,事務室が通信室を兼ねている状態であった。電話交換又は電報を受信した場合にはベルが鳴る仕組みとなっていることから,常時通信器材を監視する必要はなかった。勤務員は,自席において本人に割り当てられた係業務に専念しつつ,電話交換あるいは電報が入った際には通信器材の近くにいる勤務員が処理するという状況であった。

なお,先任業務を担当しながら,夜間の勤務を担当するということは,甲派遣隊に限られた特別なことではなく,何らかの事情でクルー要員が欠けてしまう場合には,先任業務を担当する隊員が交代で夜間の勤務を担当することが他の部隊でも行われていた。

(c) 係業務

亡Aは,保全補助者係,文書係,健康係,厚生係の各係業務の副担当者に指定されていたが,係業務の副担当者は,正担当者が長期間不在にする場合や,休暇等による不在時に緊急を要する対応が必要なときに当該係業務を行うもので,そのような事情がない限り実際に業務を行うことはなかった。そして,亡Aが本件事故によって死亡するまでの間に,副担当者が業務を担当しなければならないような事態が発生したことはなかった。

b 本件事故前1週間の勤務状況

亡Aは,本件事故前1週間において,日課変更により2日間の休養日に勤務しているほか,3日間の日勤を挟み2回の日・夜勤に就いた。

この間,亡Aは,通常の先任業務に従事しているほか,体力検定の受検及び大(中)隊訓練を聴講しているが,いずれも通常の日常業務に比較して特に質的もしくは量的に過重な業務に従事していたものとは認められない。

日・夜勤については,24時間勤務であり,拘束時間の長い勤務となっているが,午後6時以降の夜勤時における通信業務はほとんどなく主に待機業務となっているほか,午前0時以降は休憩・仮眠をとることができる状況となっている。また,日・夜勤における業務内容は,電話交換業務及び電報処理業務であり,さほどの精神的緊張を伴う業務ではないし,ましてや日常は行わない強度の精神的または肉体的な負荷を伴う業務ではないことは明らかである。

亡Aは,勤務終了後も,上司・同僚から早く帰宅するように指示ないし忠告を受けていながら,帰宅することなく恒常的に事務室に残っていたところ,亡Aの担当していた業務は,恒常的に勤務時間外に業務を行わなければならないような性質・内容のものではない。むしろ,リラックスした状態で事務室内に残っていたことから,その勤務密度が通常の日常業務と比較して,かなり軽度であったことは明らかである。

c 本件事故前1か月間の勤務状況

亡Aには,本件事故前1か月間において,6回の日・夜勤及び日課変更を含めて199時間の勤務が正規に割り振られ,超過勤務時間は8時間,休養日は7日であった。なお,正規の勤務時間とも超過勤務時間とも評価できない時間が102.5時間存在した。

これは,同期間における一般の自衛隊員の標準的な勤務時間184時間と比べても特に過重であるとは認められないばかりか,その夜勤の勤務内容も専ら待機業務である。しかも,亡Aを除く甲派遣隊の隊員は,月平均5回から6回の日・夜勤業務を行っており,1か月間の勤務時間は平均210時間前後であった。以上からすれば,甲派遣隊に勤務する平均的な自衛隊員と比較しても,亡Aの勤務状況が特に過重なものでなかったことは明らかである。

なお,亡Aは,日・夜勤勤務の翌日は午前8時30分から休務となっており,亡Aが事務室にいたとしても,引き続き日勤勤務が割り振られていたという事実はない。

また,平成21年9月13日及び同月16日は,休務であったにもかかわらず,特段の業務上の必要性もなく事務室に残っていたのであるから,休日が1度もなかったわけではない。

さらに,原告は,亡A以外の隊員は先任業務等を担当しなかったため,亡Aは,夜勤明けでも先任業務等を担当しなければならなかったと主張するが,そもそも甲派遣隊の業務量は他の同種部隊に比べて少ないことに加え,特に隊全体として懸案の業務もなかった。また,先任業務等は,通常は他の隊員も担当していたのであるから,亡Aが交替制勤務に就いたことにより,先任業務等が滞るということもなかった。

そして,筋ジストロフィー症状のある隊員,高血圧症の隊員,女性の隊員は,基本的には健常者と同様の勤務をしており,日常業務に影響を与えるものではなかった。

また,亡Aは,9.11事件に起因する警備の増員要員としては勤務をしていない。また,警備の増員に伴う勤務割りの変更は,先任業務を行う亡Aの当然の職務として通常の業務の範疇に含まれるものであって過酷な業務であるとはいえない。

なお,亡Aのように特殊な業務に従事する自衛官で,通常の日課によることが適当でないと認められる者については,部隊等の長が別の日課を定めており,当該日課により定められる勤務時間が当該本人の正規の勤務時間であるから,亡Aの本件事故前1か月間における正規の勤務時間は199時間となる。

d 本件事故前6か月間の勤務状況

亡Aは,本件事故前6か月間において,他の甲派遣隊に勤務する平均的な自衛隊員と比較して特に質的に若しくは量的に過重となる業務や訓練を行っておらず,本件疾病の発症原因とするに足りる過重な負荷を受けていたとは認められない。

また,亡Aは,平成21年6月から8月上旬まではほとんど日勤業務に従事しており,その勤務密度も通常の日常業務と比較して同等以上であったとは認められないことに加え,同年8月には8日間の夏季休暇を取得していることから,本件事故前6か月間の勤務による疲労が,発症時において蓄積していたとは認められない。

③ 小括

以上のとおりであるから,亡Aが,従事していた業務により,発症の基礎となる病態を,自然的経過を超えて著しく増悪させ,本件疾病の発症原因とするに足りる程度に,強度の精神的又は肉体的な負荷を受けていたものとは認められない。

(ウ) 現実化の要件が充足されないこと

本件疾病は,脳動脈瘤等の血管病変等が進行,増悪して発症すると考えられているところ,その好発年齢は50歳前後とされている。

また,亡Aは本件事故前の血圧測定等によれば正常高値血圧から中等症高血圧で推移しており,肥満及びメタボリックシンドロームの状態にあったと考えられる。一般に,メタボリックシンドロームの状態が継続すると,動脈硬化を引き起こし,あるいは促進し,心筋梗塞のほか脳内出血やくも膜下出血などの発症率が3倍に跳ね上がるとされている。

さらに,亡Aは,死亡する約5か月前に胸が苦しいと訴え,救急扱いで病院を受診し,循環器系の医師の診察を指示されていたにもかかわらず,その指示に従わなかったこと等の事情からして,脳・心疾患の原因となる血管病変等がかなり進行・増悪していた可能性は否定しがたい。

したがって,本件疾病は,相対的にみて,亡Aの従事した業務が有力な原因となって発生したものとは認められず,むしろ,同人の私的リスクファクター等が主因となって発症したとみるべきである。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  前提となる法令の定め等

ア 防衛省の職員の給与等に関する法律27条1項

補償法の規定(第1条,第2条,第3条並びに第4条第2項及び第3項第6号の規定を除く。)は,職員の公務上の災害又は通勤による災害に対する補償及び公務上の災害又は通勤による災害を受けた職員に対する福祉事業について準用する。この場合において,補償法の規定中「人事院規則」とあるのは「政令」と,補償法第1条の2第1項第2号中「国家公務員法第103条第1項の規定に違反して同項に規定する営利企業を営むことを目的とする団体の役員,顧問又は評議員の職を兼ねている場合」とあるのは「自衛隊法(昭和29年法律第165号)第62条第1項の規定に違反して営利を目的とする団体の役員又は顧問の地位その他これらに相当する地位に就いている場合」と,補償法第4条の2第1項,第4条の3,第4条の4,第14条の2第1項及び第17条の4第2項中「人事院が」とあるのは「防衛省令で」と,補償法第8条中「実施機関」とあるのは「防衛大臣の指定する防衛省の機関(以下「実施機関」という。)」と,補償法第22条,第24条から第26条まで,第27条第1項及び第27条の2中「人事院」とあるのは「防衛大臣」と,補償法第27条第1項中「その職員」とあるのは「その命じた職員」と,同条第2項中「人事院又は実施機関の職員」とあるのは「防衛大臣又は実施機関の命じた職員」と,補償法第33条中「人事院」とあるのは「防衛省」と読み替えるものとする。

イ 補償法15条

職員が公務上死亡し,又は通勤により死亡した場合においては,国は,遺族補償として,職員の遺族に対して,遺族補償年金又は遺族補償一時金を支給する。

ウ 補償法16条1項

遺族補償年金を受けることができる遺族は,職員の配偶者(婚姻の届出をしていないが,職員の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。以下同じ。),子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹であって,職員の死亡の当時その収入によって生計を維持していたものとする。

ただし,妻(婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。以下同じ。)以外の者にあっては,職員の死亡の当時次に掲げる要件に該当した場合に限るものとする。

一 夫(婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。以下同じ。),父母又は祖父母については,60歳以上であること。

二 子又は孫については,18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあること。

三 兄弟姉妹については,18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあること又は60歳以上であること。

四 前3号の要件に該当しない夫,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹については,人事院規則で定める障害の状態にあること。

エ 補償法16条3項

遺族補償年金を受けるべき遺族の順位は,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹の順序とし,父母については,養父母を先にし,実父母を後にする。

オ 補償法17条1項

遺族補償年金の額は,1年につき,次の各号に掲げる遺族補償年金を受ける権利を有する遺族及びその者と生計を同じくしている遺族補償年金を受けることができる遺族の人数の区分に応じ,当該各号に定める額とする。

一 1人 平均給与額に153を乗じて得た額。

ただし,55歳以上の妻又は人事院規則で定める障害の状態にある妻にあっては,平均給与額に175を乗じて得た額とする。

二 2人 平均給与額に201を乗じて得た額

三 3人 平均給与額に223を乗じて得た額

四 4人以上 平均給与額に245を乗じて得た額

カ 補償法17条の2第1項

遺族補償年金を受ける権利は,その権利を有する遺族が次の各号の一に該当するに至ったときは,消滅する。この場合において,同順位者がなくて後順位者があるときは,次順位者に遺族補償年金を支給する。

一 死亡したとき。

二 婚姻(届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)をしたとき。

三 直系血族又は直系姻族以外の者の養子(届出をしていないが,事実上養子縁組関係と同様の事情にある者を含む。)となったとき。

四 離縁によって,死亡した職員との親族関係が終了したとき。

五 子,孫又は兄弟姉妹については,18歳に達した日以後の最初の3月31日が終了したとき(職員の死亡の時から引き続き第16条第1項第4号の人事院規則で定める障害の状態にあるときを除く。)。

六 第16条第1項第4号の人事院規則で定める障害の状態にある夫,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹については,その事情がなくなったとき(夫,父母又は祖父母については,職員の死亡の当時60歳以上であったとき,子又は孫については,18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるとき,兄弟姉妹については,18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるか又は職員の死亡の当時60歳以上であったときを除く。)。

キ 補償法17条の9第1項

年金たる補償の支給は,支給すべき事由が生じた月の翌月から始め,支給を受ける権利が消滅した月で終わるものとする。

ク 補償法17条の9第3項

年金たる補償は,毎年2月,4月,6月,8月,10月及び12月の6期に,それぞれその前月分までを支払う。ただし,支給を受ける権利が消滅した場合におけるその期の年金たる補償は,支払期月でない月であっても,支払うものとする。

ケ 補償法17条の4第1項

遺族補償一時金は,次の場合に支給する。

一 職員の死亡の当時遺族補償年金を受けることができる遺族がないとき。

二 遺族補償年金を受ける権利を有する者の権利が消滅した場合において他に当該遺族補償年金を受けることができる遺族がなく,かつ,当該職員の死亡に関し既に支給された遺族補償年金の額の次項(省略)に規定する合計額が当該権利が消滅した日において前号の場合に該当することとしたときに支給されることとなる遺族補償一時金の額に満たないとき。

(2)  検討

請求権につき給付の訴えが可能である場合には,その請求権自体の確認の利益は,原則として認められない。もっとも,紛争を抜本的に解決するという確認訴訟の本来的機能に照らせば,基本となる実体関係から派生する給付請求権について給付訴訟が可能であっても,基本となる実体関係を確認することにより,派生する他の紛争を抜本的に解決することが可能となる場合には,基本となる実体関係それ自体の確認を求める利益が認められるものと解される。

そこで本件を検討するに,原告は,補償法による遺族補償年金を受ける地位を有することの確認を求めているところ,要件を充足すれば災害補償請求権が法律上当然に発生すると解されていることに照らせば,確認の利益は認められないようにも思われる。

しかし,遺族補償年金は,同年金を受ける地位を有する者(以下「当該遺族等」という。)が存在しなくなるまでの間,毎年2月,4月,6月,8月,10月及び12月に,それぞれその前月分までを支払うこととされているのであって,補償法所定の要件を充足する事実があったとしても,当該遺族等が,直ちに支給されるべき年金の総額を請求しうる実体法上の権利を取得するものではない。また,当該遺族等が,死亡等によって遺族補償年金を受ける地位を喪失した場合には,次順位の遺族補償年金を受ける地位を有する遺族等に遺族補償年金を受ける地位それ自体が移転することが,法律上当然に予定されている。

そうすると,遺族補償年金を受ける地位を有することの確認によって,将来にわたって発生する可能性のある紛争を抜本的に解決することが可能となるといえる。

したがって,原告の請求している確認の訴えについては,訴えの利益があるというべきである。

2  争点(2)について

(1)  前提となる法令の定め等

ア 自衛隊法54条

1項 隊員は,何時でも職務に従事することのできる態勢になければならない。

2項 隊員の勤務時間及び休暇は勤務の性質に応じ,防衛省令で定める。

イ 自衛隊法施行規則43条

1項 自衛官の勤務時間は,防衛大臣の定める日課によるものとする。

2項 前項の規定により日課を定める場合においては,一週間当たり二日の割合の休養日を設けるものとする。

3項 職務上の必要により,自衛官に対し,前項の休養日において勤務を命じた場合には,休養日以外の日において休養させることができる。

ウ 自衛官の勤務時間及び休暇に関する訓令(以下「訓令」という。)4条1項 部隊等(海上自衛隊の海上部隊を除く。)に勤務する自衛官の通常の日課は,次のとおりとする。

起床  6時

日朝点呼  6時15分

課業開始  8時

課業終了  12時

休憩時間  12時から13時

課業開始  13時

課業終了  17時

巡検(海上自衛隊の陸上部隊及び機関に限る。)  20時

日夕点呼(海上自衛隊の陸上部隊及び機関を除く。)  21時40分

消灯 22時

2項 日曜日及び土曜日は,休養日とする。

3項 駐屯地司令等,統合幕僚学校長及び自衛隊指揮通信システム隊司令は,季節その他特別の事情により,第1項に規定する日課により難い場合には,幕僚長の承認を得て,日課時間を1時間以内繰り上げ,若しくは繰り下げ,又は休憩時間を15分以内短縮することができる。ただし,休憩時間を短縮した場合には,日課の午前及び午後の課業時間の合計が8時間となる日課を定めなければならない。

エ 訓令9条

1項 通信業務その他の特殊の業務に従事する自衛官で第4条及び第5条に規定する日課によることが適当でないと認められるものについては,幕僚長,情報本部長及び部隊等の長は,それぞれ別に日課を定めることができる。この場合において,部隊等の長は,当該部隊等の所在する駐屯地,基地等の駐屯地司令等と協議するものとする。

オ 隊員の勤務時間及び休暇の細部取扱いに関する達3条の2[乙20]

1項 訓令9条に規定する通常の日課によらないで別に日課を定めて勤務させる自衛官(以下「交替制勤務者等」という。)の勤務時間は,1週間当たり40時間とし,交替制等の勤務(交替制の勤務及び変則性の勤務をいう。以下同じ。)を命ずる部隊等の長が日課により定めるものとする。

2項 交替制等の勤務を命ずる部隊等の長は,交替制等の勤務の態様及び内容に応じて休養日及び勤務時間の割振りを定めることができる。この場合において,交替制等の勤務を命ずる部隊等の長は,4週間ごとの期間について休養日及び勤務時間の割振りを定め,当該期間内に8日の休養日を設けなければならない。

3項 交替制等の勤務を命ずる部隊等の長は,交替制勤務者等のうち,その職務の特殊性又は職務の遂行上の特別の事情により,休養日及び勤務時間の割振りを4週間ごとの期間について定めること,又は休養日を4週間につき8日とすることが困難であると認められる者については,休養日が毎4週間につき4日以上となるようにする場合に限り,前項の規定にかかわらず,陸上幕僚長の承認を得て,52週間を超えない範囲内で定める期間ごとに休養日及び勤務時間の割振りについて別に定めることができる。

カ 基地通信交替制勤務者の時間管理規則(以下「管理規則」という。)3条[乙21]

1項 交替制勤務者の対象は,中隊本部所在の通信所にあっては,中隊本部・電話隊・信務電信隊・搬送隊の隊員とし,各隊長を除く全員,その他の通信所にあっては,隊長を除く全員とする。

3項 中隊長は,あらかじめ個別命令により「交替制勤務人員」を指定するものとし,指定にあたっては,前項により恒常的に編成する勤務員(以下「クルー要員」という。)とクルー要員の代替として変則的に勤務するその他の交替制勤務員「特定回数深夜勤務員」に区分する。

キ 管理規則5条

1項 交替制勤務者の勤務要領は,「日・夜勤-休務-休養日-日勤」の4シフトとし,付紙第3の例(省略)により休養日を割り振るものとする。

2項 各通信所の勤務形態及び隊員の状況により,前項によりがたい場合は,日勤者をもって代替させることとする。

ク 管理規則6条

1項 交替制勤務者の勤務時間は,1週間当たり40時間とし,4週間毎の期間について勤務時間及び休養日の割り振りを定め,当該期間内に8日間の休業日を設けなければならない。

(2)  当事者間に争いのない事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

ア 亡Aの経歴等

亡Aは,昭和25年6月7日生まれであり,死亡当時満51歳であった。

亡Aは,昭和44年12月1日,2等陸士として陸上自衛隊第1教育連隊に入隊した。

昭和45年6月4日付けで東北方面通信群に転属となり,○○基地通信隊に配置され,信務手として電報処理業務に従事し,その後,約14年10か月間,電報,電話処理業務を行う信務手・暗号電信陸曹等として勤務した。

平成12年3月23日付けで○○基地通信中隊に配置され,部隊補給陸曹として従事し,平成13年3月23日付けで○○基地通信中隊甲派遣隊に配置され,先任陸曹として先任業務に従事した。[以上につき争いがない]

イ 甲分屯地及び甲派遣隊について

(ア) 陸上自衛隊甲分屯地は,宮城県○○郡○○○○に所在する。同分屯地の敷地面積は約140平方メートルであるが,そのほとんどを保安用地と火薬庫地域が占め,生活等に必要な管理地域を含め,大きく3つに区分される。同分屯地の所在部隊は,甲弾薬支処,○○基地通信中隊甲派遣隊等,3個部隊であるが,所属人員も100人をわずかに超える程度の小規模の分屯地である。同分屯地には,補給・厚生・衛生等の管理業務を担任する駐屯地業務隊がなく,○○駐屯地にある○○駐屯地業務隊から支援を受けている。[争いがない]

甲派遣隊は,派遣隊長以下8名(但し,現員は7名)で構成され,○○方面通信群のうち,○○基地通信大隊○○基地通信中隊(○○駐屯地)に属し,甲分屯地部隊に対する基地通信組織の維持・運営等の任務を行っている。甲派遣隊の主な任務は,電話処理,電報処理,分屯地有線回線の保守等である。なお,甲分屯地は,○○方面隊でも最も規模の小さい通信所である。[争いがない]

甲分屯地にはトイレ・洗面所,派遣隊事務室,蓄電池室,控え室,通信室があるが,通信室に事務机が置かれており,通信室が事務室を兼ねている状態である。また,控え室には仮眠用のベッドが置かれている。[乙24,乙55]

(イ) 甲派遣隊には,亡Aのほか,訴外C准尉(以下「訴外C」という。),訴外D1曹,訴外E1曹(以下「訴外E」という。),訴外F1曹(以下「訴外F」という。),訴外G3曹(以下「訴外G」という。),訴外H3曹(以下「訴外H」という。)が配置されていた[乙22,乙23]。

なお,訴外I曹長(以下「訴外I」という。)は,平成13年6月7日に付配置となり,同年9月8日に定年退官している[争いがない]。

上記の隊員のうち訴外Eは筋ジストロフィーの症状があり,訴外Fは高血圧症のため通院が必要な状態にあり,訴外Gは女性である[証人C1頁]。

また,訴外Eは,定年退職前の短期入院を伴う健康診断(定退健)のため,同年9月9日から同月14日までの間,公務に従事できなかった[乙23]。

(ウ) 甲派遣隊では,平成13年8月1日の時点で,訴外Cを除く隊員の全てが,特定回数深夜勤務要員に指定されていた[乙22]。

訴外Cを除く甲派遣隊の隊員は,同年4月21日から同年9月20日の間,平均して1か月に約5回の日・夜勤に従事した。また,1か月あたりの平均勤務時間は208時間であった。[乙52]

亡Aは,同年4月21日から同年5月20日までの間に5回,同年8月21日から同年9月20日までの間に6回の日・夜勤にそれぞれ従事しているが,同年5月21日から同年8月20日までの間に日・夜勤に従事した回数は,いずれも1か月に1回であった[乙52]。

なお,夏期休暇中である同年8月21日から同年9月20日の間を除けば,各隊員の勤務時間及び勤務シフト等において有意の差はなく基本的に平等であり,訴外E,訴外F,訴外Gについて優遇されていた事実は窺われない[乙52,証人C1頁]。

(エ) 9.11事件により,自衛隊○○方面においても,ガスマスクを携行することを指示する等,テロに対する警戒を強化した。このため,甲派遣隊においても,平成13年9月15日から,土曜日及び日曜日の午前8時30分から午後5時までの間,勤務員を従前の1名から2名に増員することになった。[争いがない事実,明らかに争わない事実]

ウ 亡Aの勤務状況等

(ア) 具体的勤務状況

① 本件事故前1週間の勤務状況

亡Aは,平成13年9月14日は,本来は休養日であったが体力検定のため日課変更となったため,午前7時に出勤し,午前8時30分から午後2時まで,○○駐屯地において体力検定を受検した[甲4,乙34]。

亡Aは,同月15日,午前7時に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後5時まで,先任業務及び通信業務に従事した。また,亡Aは,同日午後6時から夜勤業務に従事した。[甲4,乙34,弁論の全趣旨]

亡Aは,同月16日,前日に引き続いて夜勤業務に従事した後,先任業務のため,引き続き同日午前10時まで勤務した[甲4,乙34]。

なお,亡Aは,同日午後6時頃まで事務室に残っていたが,同日の日勤は訴外Eであり,9.11事件による警備強化のために増員された日勤は甲4号証の記載から訴外Hであったと考えられることから,亡Aが,同日,警備強化のために日勤に従事したとまでは認定できない[甲4,乙23,弁論の全趣旨。なお,亡Aが午後6時まで事務室に残っていた点については争いがない]。

亡Aは,同月17日から19日,午前7時に出勤し,午前8時30分から午後5時まで,大(中)隊訓練に参加した。同訓練後,同月17日から同月19日の各日とも,午後7時30分まで残務整理に従事した。なお,同月17日は,本来休養日であった。[甲4,乙34]

亡Aは,同月20日,午前7時に出勤し,午前8時30分から昼休みまで大(中)隊訓練に参加した。また,昼休み後から午後5時まで書類整理を行い,午後6時から夜勤業務に従事した。[乙34]

② 本件事故前1か月間の勤務状況(本件事故前1週間を除く。)

亡Aは,平成13年8月21日,午前7時25分に甲分屯地に出勤した後,○○に移動し,前日の勤務について報告を行った。その後,午前中は○○にて先任業務に従事し,午後からは甲分屯地に戻り,先任業務及び通信業務に従事した。また,同日午後6時から夜勤業務に従事した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

亡Aは,同月22日,前日に引き続いて夜勤業務に従事した後,文書作成等のため,引き続き同日午後6時まで勤務した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

亡Aは,同月23日は休日であった[争いがない]。

亡Aは,同月24日,午前7時30分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後5時まで先任業務及び通信業務に従事した。また,亡Aは,同日午後6時から夜勤業務に従事した。[甲4,乙35,弁論の全趣旨]

なお,同日,訴外Cは昇任試験の面接を受けたが,亡Aは同面接には関与していない。また,甲分屯地から甲派遣隊に訴外Iの退官パーティーの案内状が送付され,同パーティーへの出席の有無を確認されたが,亡Aは同案内状を作成していない。[甲4,証人C9頁]。

亡Aは,同月25日,前日に引き続いて夜勤業務に従事した後,残務整理及び除草作業のため,引き続き同日午後0時まで勤務した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

亡Aは,同月26日は休日であった[争いがない]。

亡Aは,同月27日,午前7時30分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後5時まで,先任業務及び通信業務に従事した。

また,亡Aは,同年9月3日の射撃検定に備えて行われた演習訓練に参加した。さらに,亡Aは,同日午後6時から夜勤業務に従事した。[甲4,乙35,証人C10頁,同11頁,弁論の全趣旨]

亡Aは,同月28日,前日に引き続いて夜勤業務に従事した後,書類整理・先任業務・残務整理のため,引き続き同日午後6時30分まで勤務した。また,亡Aは,同年9月3日の射撃検定に備えて行われた演習訓練に参加した。[甲4,乙35,証人C10頁,同11頁]。

亡Aは,同月29日,本来は休養日であったが,変更となったため,午前7時30分に出勤し,午前8時30分から昼休みまで文書整理及び通信業務に従事するとともに,業務指導を受けた。また,同日午後1時から午後5時の間,○○に移動して特別健康診断を受診した。[甲4,乙35,弁論の全趣旨]

亡Aは,同月30日は休日であった[争いがない]。

亡Aは,同月31日,午前7時30分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後7時30分まで先任業務,通信業務,月末点検,残務整理等に従事した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

なお,同日に総合防災訓練が行われているが,甲派遣隊は電話のみの呼集訓練であったため,同日午前5時に非常呼集がかかったものの,出勤時間は午前8時30分であった[乙30]。

亡Aは,同年9月1日,本来は休日であったが,午前8時40分から午前10時40分まで隊舎前の除草作業を行った[甲4,乙35]。

亡Aは,同月2日は休日であった[争いがない]。

なお,亡Aは,同日,翌3日の射撃検定に備えて個人的な準備を行っていたが,出勤はしなかった[乙30,証人C11頁]。

亡Aは,同月3日,午前7時に○○演習場に出勤し,午後4時まで射撃検定を行った。その後,午後7時30分まで残務整理に従事した[甲4,乙35]。

亡Aは,同月4日,午前7時25分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後7時30分まで先任業務,通信業務,残務整理等に従事した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

なお,射撃検定に使用した小火器にはガスが貯まるため,亡Aは同日午前9時から午前10時20分まで自己の小火器の整備を行った[甲4,証人C12頁]。

亡Aは,同月5日,午前7時30分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後7時30分まで先任業務,通信業務,残務整理等に従事した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

なお,亡Aは,同日,同月4日と同様,自己の小火器の整備を行っている[甲4,証人C12頁]。

亡Aは,同月6日,午前7時35分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後5時まで先任業務及び通信業務に従事した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

なお,亡Aは,同日午後6時から午後8時30分まで,○○ホテルにて行われた甲分屯地有志主催の訴外Iの退官記念パーティーに参加した[甲4,乙35,証人C9頁]。

亡Aは,同月7日,午前7時25分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後7時30分まで先任業務,通信業務,残務整理に従事した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

亡Aは,同月8日は休日であったが,午後6時から午後9時まで,○○にて行われた通信関係者主催の訴外Iの退官記念パーティーに参加した[甲4,乙35,証人C9頁]。

亡Aは,同月9日は休日であった[争いがない]。

亡Aは,同月10日,午前7時30分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後7時30分まで先任業務,通信業務,残務整理等に従事した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

亡Aは,同月11日,午前7時35分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後7時30分まで先任業務,通信業務,残務整理に従事した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

亡Aは,同月12日,午前7時30分に出勤し,午前8時30分から昼休みを挟んで午後5時まで先任業務及び通信業務に従事した。また,亡Aは,同日午後6時から夜勤業務に従事した。[甲4,乙35,弁論の全趣旨]亡Aは,同月13日,前日に引き続いて夜勤業務に従事した後,文書の点検業務等のため,引き続き同日午後0時まで勤務した[甲4,乙35,弁論の全趣旨]。

③ 本件事故前1か月間の日・夜勤業務及び休日についての小括

a 日・夜勤

亡Aは,平成13年8月21日,同月24日,同月27日,同年9月12日,同月15日,同月20日の計6回,日・夜勤に従事した[争いがない]。

日・夜勤の翌日については,同年8月22日は午後6時まで,同月25日は午後0時まで,同月28日は午後6時30分まで,同年9月13日は午後0時まで,同月16日は午後6時まで,それぞれ事務室に残っていた[乙34,乙35。なお,同月16日に午後6時まで事務所に残っていた事実については争いがない]。

b 休日

平成13年8月23日,同月26日,同月30日,同年9月1日,同月2日,同月8日,同月9日である。なお,同月1日は休養日であったが,亡Aは,午前8時40分から午前10時40分まで隊舎前の除草作業を行っている。[乙34,乙35]

④ 本件事故前6か月間の勤務状況

亡Aは,本件事故前1か月間に従事した6回の日・夜勤勤務のほか,本件事故前6か月間において,本件事故2か月前に1回,本件事故3か月前に1回,本件事故4か月前に1回,本件事故5か月前に4回(うち見習い1回),本件事故6か月前に2回(うち見習い2回)の日・夜勤に従事している。

亡Aは,平成13年3月23日付けで甲派遣隊に配置され,前任の先任陸曹が付配置になる6月7日までの約2か月間は,前任者からの申し次ぎを受けながら,先任業務及び通信業務に従事していた。

なお,亡Aは,同年8月13日から18日までの間,連続8日間の夏季休暇を取得しており,そのほかの休日を合算すると,8月は13日間の休日があった。

その他,亡Aが本件事故前6か月間に従事した具体的な業務等は別表のとおりである。[以上につき争いがない]

(イ) 本件事故前1か月間における勤務時間等[特に指摘しないかぎり甲1,乙34,乙35]

① 日勤(1回あたり8時間)

平成13年8月31日,同年9月3日ないし7日,同月10日及び11日,同月17日ないし19日(合計11回)

(計算式)

8時間×11回=88時間

② 日・夜勤(1回あたり24時間)

平成13年8月21日から22日,同月24日から25日,27日から28日,同年9月12日から13日,同月15日から16日,同月20日から21日(合計6回)

(計算式)

24時間×6回=144時間

③ 平成13年8月29日,同年9月3日,同月14日における正規の勤務時間

平成13年8月29日は休養日とされていたが,暗号現地訓練のために日課変更となり,同日午前8時30分から同日正午までの正規勤務を命じられた。また,同勤務終了後に,○○病院において特別健康診断を受診した。

亡Aは,同年9月3日,午後4時から午後7時30分までの間,射撃訓練に使用した車両の洗車等を行った[明らかに争わない事実]。

同月14日は休養日とされていたが,○○駐屯地において体力検定を受検するために日課変更となり,同日午前8時30分から同日正午までの正規勤務を命じられた[明らかに争わない事実]。

(計算式)

3.5時間+4.5時間+3.5時間+3.5時間=15時間

④ 乙34,35号証において文書整理,除草作業,残務整理等とされている時間

平成13年8月22日,同月25日,同月28日,同年9月3日ないし5日,同月7日,同月10日及び11日,同月13日,同月16日,同月17日ないし19日

(計算式)

甲1で認定された70.5時間[争いがない]-同年8月29日の○○病院における特別健康診断4.5時間-同年9月3日の射撃訓練に使用した車両の洗車等3.5時間=62.5時間

(ウ) 本件事故当日の状況等

① 午前8時30分から午後10時30分ころまで

亡Aは,平成13年9月20日午前8時30分から同月21日午前8時30分までの予定で,日・夜勤に就いていた。亡Aは,同月20日午前中は,前3日間に引き続き大(中)隊訓練に被教育者として参加し,甲分屯地通信所事務室の自席で着席した状態で,座学による訓練を受けた。また,亡Aは,同日の昼休み後から午後5時まで,通常の先任業務等に従事した。[乙34,弁論の全趣旨]

亡Aは,同日午後6時から夜勤業務に従事し,同日午後10時30分ころまでは,同僚隊員と会話をしながら勤務するなど,体調等に異常はみられなかった[乙38,乙39]。

なお,同日の取扱電報の総数は14件(うち送信1件)である[乙26の1及び2]。

② テロに関する電報についての問い合わせ

○○補給処甲弾薬支処技術科長であるJ陸尉(以下「訴外J」という。)は,平成13年9月20日午後11時10分ころ,亡Aに対し,テロに関する電報が甲分屯地に配信されているか否かを確認する旨の電話をした。亡Aは,その数分後,訴外Jに対し,同電報は甲分屯地には届いていない旨の回答をした。

亡Aは,翌21日午前0時17分ころ,同電報の発信元である○○基地通信中隊信務電信班のK2曹(以下「訴外K」という。)に対し,○○通信所から甲分屯地に同電報を送信したか否かを問い合わせた。訴外Kは,亡Aに対し,当該電報を作成した総監部の担当起案者に対して問い合わせて確認する旨伝えた。

訴外Kは,同日午前0時19分ころ,総監部の担当起案者に対し,甲通信所からテロに関する電報が甲弾薬支処に届いていないという問い合わせがあったが,○○通信所としては,総監部で甲弾薬支処の宛先を入れていなかったので,甲弾薬支処には同電報を送らなかったことを伝え,今後の対応について問い合わせた。総監部の担当起案者は,訴外Kに対し,翌朝に処理する旨を伝えた。

訴外Kは,同日午前0時21分ころ,亡Aに対し,総監部の担当起案者の翌朝処理するという回答を伝えた。訴外Kとの電話において,亡Aの声は通常よりも大きかった。[以上につき乙40(但し,上記認定に反する部分を除く。),乙41の1,弁論の全趣旨]

③ 本件事故後の事情

訴外Cは,平成13年9月21日午前7時20分ころ,甲分屯地に出勤し,同分屯地の通信所に入ろうとしたところ,玄関に鍵がかかっていたため,インターホンを鳴らしたが応答がなく,また,通信所内の電話が鳴りっぱなしであったことから,洗面所のガラス窓を壊して通信所内に入り,通信室内で倒れている亡Aを発見した。

通報により到着した○○消防署の救急隊は,亡Aに対し,気道確保等の救急措置を実施したが,蘇生不可能と判断した。その後,○○警察署検視官のM医師による検視の結果,同日午前2時ころ死亡したものと推定された。[以上につき争いがない。なお,M医師について乙1]

エ 亡Aが従事した公務の内容等

(ア) 先任業務

① 概要

先任業務は,一般的に,①勤務割出表の案を作成すること,②特殊勤務命令簿の記載をすること,③隊務定例報告をすること,④通常時において給食業務をすること,⑤来簡文書の整理をすること,⑥来簡文書のうちの秘密文書等につき保全業務をすること,⑦各種運動参加の成果報告を作成すること,⑧各人が記載した休暇簿に決裁の押印をすること,⑨隊長の補佐をすること,⑩隊長の命を受けた場合に各隊員による除草作業等を指示・監督し,その成果を隊長に報告すること,⑪営内者の指導をすることをその内容としている[争いがない]。

② 勤務割出表の案の作成

亡Aは,勤務割出表の案(乙54の様式のもの。)を作成するにあたり,各隊員の日程調整を図るため,事務室内で各隊員に適宜声掛けをして予定等を確認した[乙61]。

甲派遣隊では必ず夜勤者が配置されるため,一度に全員の都合を聞いて,勤務割出表の案を作成することはできなかった[乙61,弁論の全趣旨]。

亡Aは,各月の業務計画等を参考にして,勤務割出表の案を作成し,完成した段階で,他の隊員に指示して中隊に送信させるとともに,隣の建物にある総務課に自ら持参して提出した[乙58の14,乙58の23,乙61,弁論の全趣旨]。

③ 特殊勤務命令簿の記載

亡Aは,夜勤勤務者を確認し,その者の氏名や作業内容,勤務時間等を記入した[乙59(別紙第5),弁論の全趣旨]。

④ 隊務定例報告

亡Aは,甲派遣隊における主要行事,重視事項,成果所見等を定型のフォーマット(乙58の32,乙58の39の様式のもの。)に入力して作成した文書を,模写電報で中隊に送信した[争いがない]。

⑤ 給食業務

亡Aは,月に1回,営内者1名分の食需伝票と,その他の隊員からの有料喫食申込みをまとめた表(乙58の33の様式のもの。)を作成し,甲弾薬支処総務科に提出した。なお,演習等の訓練時においては,給食業務は中隊で行うため,亡Aは参加人員を通報するだけであった。[乙61,証人L2頁,同3頁,同8頁,弁論の全趣旨]。

⑥ 来簡文書の整理

亡Aは,甲派遣隊に来る内部的な文書を,来簡簿に記録したうえでファイリングした[争いがない]。

なお,甲派遣隊に来る来簡文書は,1日当たり多くても10件程度で,平均すれば1日に2件ないし3件であり,ときには1件も来ない日もあった[乙61,証人L8頁]。

⑦ 保全業務

亡Aは,来簡文書中で「秘密」や「取扱上の注意を要する文書」に指定された文書を秘密の保全のために接受保管簿に記録し,隊長の確認を受けたうえ,これを金庫に保管し,毎月1回以上接受保管簿と現物を照合し,点検簿に隊長から認め印を受け,破棄期日が指定された文書については,指定された期日に文書を破棄し,破棄簿に記入した[明らかに争わない事実]。

なお,甲派遣隊においては,注意文書は月に2,3件,秘文書は月に1件あるかないかであり,隊長の月1回の点検も所要時間20分程度で終了した[乙61,証人L2頁]。

⑧ 各種運動参加の成果報告作成

亡Aは,年1,2回程度の頻度で行われる各種運動につき,標語やポスター等を隊員から募集し,中隊に提出した。また,各種運動につきA4用紙1,2枚,行数にして10行程度の成果報告(乙58の21及び22の様式のもの。)を作成した[明らかに争わない事実]。

⑨ 休暇簿に関する作業

亡Aは,勤務時間管理員として,甲派遣隊の5名の隊員について,各個人が必要事項を記載した休暇簿に決裁印を押印した[明らかに争わない事実]。

⑩ 隊長の補佐

先任陸曹は,隊長が権限を行使するうえでの助言,見積,資料作成等をするところ,訴外Cは,亡Aに対し,明確かつ具体的な隊長補佐の任務を指令したことはなかった[乙61]。

⑪ 除草作業

除草作業等は,派遣隊長の命を受けて先任陸曹が各隊員に指示をして行っていたものであり,先任陸曹単独の業務ではなかった。もっとも,隊長から具体的な指示がなくとも,亡Aの判断で各隊員に指示して環境整備を実施することもあった[証人L3頁,同11頁,同13頁]。

なお,甲派遣隊が担当する除草区域は,派遣隊隊舎の東南及び東側に位置する花壇及び同隊舎南側の敷地である[乙60,弁論の全趣旨]。

⑫ 営内者の指導

先任陸曹は,営内の宿舎で生活する独身者に対し生活指導を行うべきところ,本件事故の際,亡Aが指導をすべき甲派遣隊の営内者は,訴外H1名のみであった[明らかに争わない事実]。

(イ) 通信業務

通信業務とは,電報に関する問い合わせを含む電報の接受,電話交換などの業務をその都度行うものである[明らかに争わない事実]。

平成13年当時において,夜勤時に電報を受信する件数は,1か月に1件程度であった[乙26の1]。

平成20年3月の甲派遣隊における電報の取扱件数は909件であり,うち甲派遣隊からの発信は6件であった。また,電話の取扱件数は509件であり,うち甲派遣隊からの発信は13件であった[乙56]。

なお,同月の中規模通信所における電報の取扱件数は3099件,電話の取扱件数は1912件であり,大規模通信所における電報の取扱件数は9602件,電話の取扱件数は16864件であった[乙56]。

甲派遣隊の夜勤時における電報の取扱件数は,同年6月16日は午後5時台に2件,午後6時台に1件の合計3件であり,同月17日は午後6時台に2件,午後7時台に1件,午後11時台に1件の合計4件であり,同月18日は午後5時台に1件,午後8時台に1件の合計2件であり,同月19日は午後5時台に1件,午後6時台に1件の合計2件であり,同月20日は午後5時台に1件であった[乙57]。

また,甲派遣隊の夜勤時における電話の取扱件数は,同年6月16日は午後6時台に1件,午後7時台に1件の合計2件であり,同月17日は午後5時台に2件,午後6時台に1件,午後7時台に1件,午後8時台に1件の合計5件であり,同月18日は午後5時台に1件,午後6時台に1件,午後7時台に1件の合計3件であり,同月19日は午後5時台に1件,午後6時台に1件の合計2件,同月20日は午後5時台に1件,午後8時台に1件の合計2件であった[乙57]。

(ウ) 係業務

甲派遣隊には,部隊補給係(需品,被服,厚生,出版物),通信補給係(通信電子機材,通信工事関係),武器・化学・燃料(油脂類)係,訓練陸曹係,保全補助者係,文書係,健康係,厚生係,会計,曹友会幹事係がある[争いがない]。

亡Aは,当初から保全補助者係,文書係,健康係,厚生係の副担当者になっていた。また,平成13年6月に訴外Iが退官してからは保全補助者係,健康係の正担当者に指定された。[争いがない]

文書係の正担当者は訴外Fであるところ,訴外Fは高血圧症である。また,厚生係の正担当者は訴外Eであるところ,訴外Eは筋ジストロフィー患者である。[甲3,なお訴外E及び訴外Fの疾患については争いがない]

オ 亡Aの既往歴,素因等

(ア) 亡Aの身長体重等

平成12年4月26日時点での身長は171.5センチメートル,体重は75.5キログラム,胸囲は96センチメートル,ウエストは90センチメートルであった[乙42・1頁]。

平成13年4月4日時点での身長は171.2センチメートル,体重は76キログラム,胸囲は94センチメートルであった[乙42・1頁]。

平成13年6月11日時点のBMI値は26.3,平成13年7月19日時点のBMI値は26.1,平成13年9月6日時点のBMI値は26.3である[乙47]。

(イ) 亡Aの血圧測定結果(左値が収縮期血圧,右値が拡張期血圧)

昭和62年2月18日  134/78[乙43・2頁]

昭和62年4月8日  144/82[乙46・9頁]

昭和62年8月24日  132/76[乙43・2頁]

昭和63年2月17日  136/74[乙43・1頁]

昭和63年9月28日  140/80[乙46・10頁]

昭和63年11月30日  136/70[乙46・10頁]

平成元年4月13日  132/80[乙46・9頁]

平成2年4月20日  120/78[乙42・5頁,乙46・9頁]

平成2年11月21日  132/82[乙46・10頁]

平成3年12月6日  122/80[乙46・9頁]

平成3年4月22日  128/74[乙42・5頁,乙46・8頁]

平成4年4月24日  132/78[乙42・4頁,乙46・8頁]

平成4年11月25日  130/80[乙46・8頁]

平成5年1月28日  148/96[乙42・4頁,乙46・7頁]

平成5年5月21日  136/88[乙42・4頁,乙46・7頁]

平成5年11月22日  128/70[乙46・7頁]

平成6年4月22日  132/80[乙42・3頁,乙46・6頁,なお日付につき弁論の全趣旨]

平成6年11月11日  138/82[乙46・6頁]

平成7年5月10日  146/80[乙42・3頁,乙46・5頁]

平成8年4月8日  138/90[乙42・3頁,乙46・5頁]

平成8年11月18日  128/72[乙46・5頁]

平成9年5月13日  130/82[乙42・2頁]

平成9年12月3日  140/90[乙44・3頁,乙46・4頁]

平成10年4月15日  126/80[乙42・2頁]

平成10年12月8日  130/78[乙46・3頁]

平成11年4月13日  140/80[乙42・2頁]

平成11年10月27日  138/90[乙46・2頁]

平成12年4月26日  136/96[乙42・1頁]

平成12年5月22日  142/80[乙46・1頁]

平成12年6月21日  158/92[乙46・1頁]

平成12年10月20日  134/88[乙46・1頁]

平成12年11月21日  134/82[乙46・1頁]

平成12年12月1日  138/80[乙44・1頁,乙46・1頁]

平成13年4月4日  160/92[乙42・1頁]

平成13年4月8日  130/78[乙49]

平成13年4月9日  150/89[乙49]

平成13年6月11日  150/92[乙47]

平成13年7月19日  160/92[乙47]

平成13年8月29日  130/86[乙43・1頁]

(ウ) 亡Aの循環器検診結果(脂質)

① 平成9年12月3日

TC値(総コレステロール,以下同じ。)210,TG値(トリグリセリド,以下同じ。)248であった[乙44・3頁]。

② 平成11年12月

TC値220,TG値263であった[乙44・2頁]。

③ 平成12年12月1日

TC値223,TG値972で高脂血症と診断されている。なお,二次精密検診ではTC値219,TG値238,HDL-C値(高比重リポ蛋白コレステロール,以下同じ。)33であった。[乙44・1頁]

(エ) 過去の受診歴等

亡Aは,平成10年1月23日,生活習慣病2次検診を受診した。

亡Aは,平成13年4月8日,胸の苦しみを訴えて○○病院を救急で受診した。その際,亡Aは,半年前から胸に違和感があったと担当医師に伝えている。[以上につき乙49]

なお,亡Aの母親は,糖尿病及び高血圧症である[乙46・1頁]。

(3)  後掲各証拠によれば,以下の医学的知見が認められる。

ア 一般に,睡眠不足の健康への影響は,循環器や交感神経系の反応性を高め,脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めると考えられており,1日3~4時間の睡眠は翌日の血圧と心拍数の有意の上昇を,また,これよりやや長い1日4~5時間の睡眠はカテコラミンの分泌低下による最大運動能力の低下をもたらす[乙7・95頁]。

不規則な勤務は,睡眠と覚醒のリズムを障害するため,不眠,睡眠障害,昼間の眠気などの愁訴を高め,生活リズムの悪化をもたらす。また,交替制勤務や深夜勤務は,日常業務としてスケジュールどおり実施されている場合には,日常生活で受ける負荷の範囲内のものと考えられるものの,シフトが変更されると生体リズムと生活リズムの位相のずれが生じ,その修正の困難さから疲労が取れにくいといったことが考えられる。[乙7・99頁]

仕事の要求度が高く,裁量性が低く,周囲からの支援が少ない場合には精神的緊張を生じやすく,脳・心臓疾患の危険性が高くなる。もっとも,どのようなストレスによって,どのような疾患が生じやすいかという点については,現時点においても医学的には十分に解明されていないことに加え,ストレスには業務以外にも多く存在し,その受け止め方は個々人により大きな差がある。[乙7・101頁,同104頁]

イ 脳血管疾患の発症には血管病変が前提となり,大部分は動脈硬化が原因となる。動脈瘤や動脈硬化は,短期間に進行するものではなく,長い年月をかけて徐々に進行する。その進行には,遺伝のほか生活習慣や環境要因の関与が大きいとされている。[乙7・112頁]

慢性疾患は,一朝一夕に生じるものではなく,リスクファクターへのばく露が長年続くと,心臓や血管への負担が重なり,病変が発生・進展していく。そして,病変がある程度以上に達したとき,何らかのきっかけで血管が破れて出血したり,動脈硬化病変部に血栓が生じて血管内腔を狭窄・閉塞する。慢性疾患の危険度は,リスクファクターの影響度とばく露期間に依存し,ばく露期間の目安の一つが年齢であるから,脳血管疾患も年齢が増すにつれて多くなる。[乙7・112頁]

家族の中から同じ疾患が続発しても,これだけでは当該疾患が遺伝性であることを意味するものではない。家族集積性の原因は,共通の生活習慣にある場合もある。もっとも,血圧に遺伝的影響があることもまた明らかである。[乙7・114頁]

ウ 血圧が高くなればなるほど,脳出血・脳梗塞発症率はともに有意に上昇する。また,剖検例の検討では,高血圧を有する者は正常血圧者に比べて脳動脈硬化が10年から15年早く進行していた。なお,収縮期血圧130~139または拡張期血圧85~89を正常高値血圧,収縮期血圧140~159または拡張期血圧90~99を軽症高血圧という。[乙7・114頁]

過食する者,脂肪を多く摂る者は,血液中のコレステロールや中性脂肪が高く,高脂血症になりやすい。脂肪は水に溶けないので,血液中のコレステロールは,すべて微少な脂肪粒子の表面をリポたんぱくが覆うような形をとっており,この複合体であるリポたんぱくのうち,比重の低いリポたんぱく(LDL)に含まれるコレステロールは動脈壁に取り込まれて動脈硬化を促進する。[乙7・117頁]

エ 肥満度の判定方法として,BMI指数での評価がある。BMI指数の標準値は22.0である。[乙50]

肥満の人は,通常体重の人と比べ,高血圧を発症する可能性が3.5倍高くなる[乙7・117頁]。

肥満,高脂血,高血糖,高血圧などの症状を複数併せ持っている状態をメタボリックシンドロームという。メタボリックシンドロームの診断基準は,ウエストの周囲が85センチメートル以上であることに加え,高脂血(中性脂肪150mg/dl以上もしくはHDL-C値40mg/dl未満),高血糖(空腹時血糖110mg/dl以上),高血圧(最高血圧130mmHg以上もしくは最低血圧85mmHg以上)の2つ以上に該当することである。[乙51]

メタボリックシンドロームでは動脈硬化を引き起こし,動脈硬化が起こる場所が脳の血管なら脳卒中(脳出血,脳梗塞など)を発症させる危険がある。なお,動脈硬化を加速させる他の要因として,加齢(男性45歳以上),喫煙習慣,ストレスが挙げられる。[乙51]

高血糖,高血圧等のリスクファクターを複数併せ持っていると,心筋梗塞や脳卒中などの発症率は通常の3倍になる[乙51]。

(4)  以上の各認定事実及び医学的知見を踏まえ,以下,本件事故の公務起因性を検討する。

ア 判断基準

(ア) 防衛省の職員の給与等に関する法律27条1項により準用される補償法による遺族補償年金が支給されるためには,職員の死亡に公務起因性が認められるものであることが必要である。

そして,公務災害に対する補償は,国が職員を自己の支配下に置いて公務を提供させるという公務員関係の特質に鑑み,公務に内在している危険が現実化して職員に傷病等を負わせた以上,国に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものと解される。

そうであれば,国に無過失責任を負わせる以上,公務と疾病との間に条件関係が存在するのみならず,社会通念上,公務に内在ないし通常随伴する危険の現実化として疾病が発生したと法的に評価されるという相当因果関係の存在が必要であると解すべきである。

(イ) くも膜下出血や脳内出血等を含む脳・心臓疾患は,基礎疾患である動脈瘤ないし血管病変等が徐々に進行ないし増悪するという自然的経過をたどって発症に至る疾病であり,公務に従事していない一般人にも普遍的に発症するものである。

そして,公務による負荷が,日常的な通常の負荷の範囲内に止まるといえるときは,基礎疾患の増悪があったとしても自然的経過の範囲内のものと考えるのが自然であるが,他方において,公務による過剰な負荷が加わることによって,基礎疾患が自然的経過を超えて増悪し,脳・心臓疾患の発症に至る場合があることも,医学的見地から合理性を有していると考えられる。

そうであれば,基礎疾患が,自然的経過をたどって増悪し,くも膜下出血や脳内出血を発症させた場合には,公務と発症との相当因果関係を否定すべきであるが,基礎疾患がその自然的経過により脳・心臓疾患を発症させる寸前まで進行していたとは認められない場合において,公務が,自然的経過を超えて基礎疾患を増悪させる要因となり得るような過重性を有するものであったことが認められ,かつ,公務の他に発症の危険因子が認められない場合には,本件事故と公務との相当因果関係が肯定されるというべきである。

そして,補償法の趣旨が危険責任の法理に基づくものであることに照らすと,公務の過重性は,通常の勤務に就くことが期待されている平均的な公務員を基準として,当該職員の公務が労働時間や勤務態勢,従事した公務の性質等において精神的,身体的に過重であったか否かにより判断するのが相当である。

また,公務の過重性を判断する上で,同僚の業務等との比較は,考慮されるべき一要素となりうることは否定し得ないところではあるが,他の業種と比較して,当該公務自体に強度の負荷が存すると認められる場合において,同僚と比較すれば強度の負荷がないとすることは公平を欠く上,上記のとおり,補償法の趣旨からすれば,当該傷病が公務に内在ないし随伴する危険性の発現と認められれば補償の対象とすべきであるから,同僚との比較を過大視することはできないというべきである。

(ウ) なお,公務起因性の判断基準につき,原告は,人事院が定める心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定指針に従うべきであると主張し,他方,被告は,本件指針に従うべきであると主張している。

しかし,上記の各指針は,いずれも行政の内部通達であるから,裁判所が上記の各指針の趣旨を斟酌することは格別,上記各指針にしたがって公務起因性を判断しなければならないものではない。

イ 亡Aが従事した公務の過重性の有無

自然的経過を超えて基礎疾患が増悪し,脳・心臓疾患を発症する原因として,①長時間労働等業務による負荷が長期間にわたって生体に加わることによって疲労の蓄積が生じ,それが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させて発症する,②①の血管病変等の著しい増悪に加え,発症に近接した時期の業務による急性の負荷を引き金として発症する,③急性の過重負荷を原因として発症するという場合が考えられる[乙7・87頁・図5-1参照]。

そこで,上記の趣旨を踏まえて,以下,公務の過重性について検討する。

(ア) 長期間(本件事故前6か月間)の疲労の蓄積による発症

上記2(2)ウ(ア)④で認定のとおり,亡Aは,本件事故前6か月間において,本件事故前1か月間に従事した6回の日・夜勤勤務のほか,本件事故前6か月間に9回の日・夜勤業務に従事しているところ,本件事故前1か月間の日・夜勤業務及び平成13年8月19日の日・夜勤業務を除いては,日・夜勤業務の翌日は夜勤下番・自宅静養になっており,仮に日・夜勤によって何らかの身体的・精神的負荷があったとしても,その負荷による疲労等は十分に回復しえたものと考えられる。

また,亡Aは,同年5月8日から同月13日までの間に連続6日間の休暇を取得したうえ,同年8月13日から18日までの間,連続8日間の夏季休暇を取得している。

そして,亡Aが本件事故前6か月間に従事した先任業務及び通信業務等は,後記(ウ)②で説示のとおり,質的に過重な業務であるとはいえないことに加え,亡Aが本件事故前6か月間に従事した先任業務及び通信業務以外の業務についても,それが質的に過重であることを示す証拠はない。加えて,先任業務前任の先任陸曹である訴外Iが付配置になる同年6月7日までの約2か月間は,訴外Iからの申し次ぎを受けながら,先任業務及び通信業務に従事していたのであるから,亡Aの負担は軽減されていたものと推認される。

以上の事情を総合考慮すれば,本件事故は,長期間の疲労の蓄積により血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪した結果発症したものとはいえない。

(イ) 本件事故当日における急性の過重負荷による発症

上記2(2)ウ(ウ)②で認定のとおり,亡Aは,本件事故当日,テロに関する電報が甲弾薬支処に届いていないことを発端として,訴外J及び訴外Kと電話でやりとりをしている。そして,本件事故当時,9.11事件により警備が強化されていたという事情に照らせば,テロに関する電報が届いているか否かは,自衛隊員にとって重大な関心事であると考えられ,亡Aも,全く心理的な動揺ひいては精神的緊張を感じなかったとまではいえない。

しかしながら,本件事故当日の受信電報の総数は13件にとどまるものであるうえ,そのうちには日勤時間帯に受信したと考えられるものがそれなりに含まれていることからすれば,夜勤時間帯に受信した電報は少数であったと推認される。このような受信件数の少なさ及びテロに関する電報という事柄の特異性に照らせば,それらの電報をどのように処理したかは相当程度記憶にとどまっているものと考えられるから,亡Aにおいて,上記テロに関する電報を紛失したかもしれないと思うに至る状況にはなかったものと推認される。また,仮に,電報の処理に関する記憶が曖昧であったとしても,甲派遣隊が比較的小規模であること等に照らせば,約1時間も通信室内で上記テロに関する電報等を探し廻らなければならない状況にはなかったものと考えられる。

さらに,亡Aは,上記2(2)アで認定のとおり,約14年10か月の長期にわたって電報処理業務に従事しており,過去にも重要な電報の不着や紛失等についての対応を経験したことはあるものと考えられることから,常日頃にないほど緊張を強いられたとは考えにくい。

加えて,本件記録から,訴外Jや訴外Kが当該電報に関して亡Aを叱責したような事情は窺われない。

なお,訴外Kとの電話でのやりとりにおいて,亡Aの声が大きかったとしても,それにより直ちに亡Aが強度の精神的緊張等の過重負荷を受けていたとは認定できない。

以上の事情を総合考慮すれば,上記テロに関する電報が届いているか否かによって,亡Aが強度の精神的緊張等の過重負荷を受けたとまではいえないのであるから,本件事故は,急性の過重な負荷がかかったことにより発生したものとはいえない。

(ウ) 短期間(本件事故前1か月間)の疲労ないし過重負荷による発症

① 公務の量的過重性

a 勤務時間

亡Aの本件事故前1か月間における正規の勤務時間は,上記2(2)ウ(イ)で認定のとおり247時間である。

また,文書整理,除草作業,残務整理等とされている時間(甲1,乙34,乙35)について検討するに,通常,上記の各作業を,全く必要性がないにもかかわらず行うとは考えにくい。特に,日・夜勤明けであれば通常は自宅に戻り休養を取りたいと考えるのが自然であり,あえて必要もないのに事務室に残り続けることは通常想定しがたい。加えて,亡Aは先任陸曹であったところ,上記2(2)エ(ア)で認定のとおり,文書整理や除草作業も先任陸曹の担当業務に含まれていたのであるから,上記の各作業が業務に全く無関係であるとはいいきれない。したがって,上記の各作業についての62.5時間も勤務時間と評価すべきである。

なお,訴外Hは,亡Aが夜勤者と会話をしたり,テレビを見ながら上記の各作業を行っていたと供述するが(乙32),同供述を前提としても,上記の各作業の全ての時間を通して,会話を続けたりテレビを見続けていたとまで認めることはできない。また,訴外Cは,亡Aが午後5時以降,着替えや雑談をしていたと証言するが(証人C6頁),他方において,亡Aが勤務終了後に文書整理等の仕事をしていたとも証言しているのであるから(証人C6頁,同7頁),訴外Cの証言をもってしても,上記各作業が業務と無関係であるとはいえない。さらに,○○通信大隊本部1等陸尉である訴外Nは,亡Aは家庭の事情で自宅に帰りたくなかったと考えられる旨を供述しているが(乙26の1),同供述は推測にすぎないのであって,上記のような事情を裏付ける証拠はないのであるから,これを容易に信用することはできない。

以上を踏まえて検討するに,上記2(1)オ及びクのとおり,交替制勤務に従事する自衛官の勤務時間は,1週間あたり40時間とすることが定められていることからすれば,約177時間(40×4+40×3/7)を超える勤務時間は超過勤務時間であるといえる。

そうすると,亡Aの本件事故前1か月間の勤務時間は約309時間であるから,亡Aの超過勤務時間は約132時間となる。

b 勤務体制

加えて,上記2(2)ウ(イ)で認定のとおり,亡Aは,平成13年8月21日,同月24日,同月27日,同年9月12日,同月15日,同月20日に日・夜勤に従事した。また,上記2(2)ウ(ア)で認定のとおり,亡Aは,同月10日から20日までの間に休日はなかった。

日・夜勤業務は連続して24時間の業務に従事するものであるから,その拘束時間の一点からしても,相応の肉体的負担がかかるものといえる。さらに,上記2(3)アで認定のとおり,交替制勤務のシフトが変更されると疲労が取れにくいとの医学的知見に照らせば,亡Aは上記のように不規則に日・夜勤に従事していたのであるから,全く疲労が蓄積されていなかったとは考えられない。加えて,本件事故前10日間においては休日がなかったのであるから,疲労を回復する時間としては必ずしも十分ではなかった可能性がある。

② 公務の質的過重性

a 先任業務

勤務割出表の作成は,上記2(2)エ(ア)②で認定のとおり,各隊員の予定を確認する必要があり,一度に全員の都合を聞くことはできないものの,甲派遣隊の隊員数は,訴外Cと亡Aを除けば5人であることに加え,勤務割出表の作成は月1回であるから,それ自体として肉体的精神的に負担のかかる業務とはいえない。

また,上記2(2)エ(ア)③,④,⑤,⑥,⑧及び⑨で各認定のとおり,特殊勤務命令簿の記載,隊務定例報告,給食業務,来簡文書の整理,成果報告作成,休暇簿に関する作業の内容は,いずれも文書の整理,文書への押印,短い文書の作成・入力等であり,長時間の起案や複雑困難な裁量判断はほとんど不要なのであるから,肉体的精神的に負担のかかる業務とはいえない。

さらに,上記2(2)エ(ア)⑦で認定のとおり,保全業務は自衛隊の秘密にも関わる作業であり,場合によっては相応の緊張感が伴うことも考えられるが,甲派遣隊における秘密文書等は月に数件であったのであるから,仮に肉体的精神的な負担があったとしても,その程度は低かったものと考えられる。

加えて,上記2(2)エ(ア)⑪で認定のとおり,除草作業を行うべき範囲は甲派遣隊隊舎の周囲だけであり,長時間を要する作業面積とはいえないのであるから,仮に,夏場の日中に除草作業を行ったとしても,肉体的精神的負担は小さいものであると考えられる。

なお,本件記録から,隊長の補佐及び営内者の指導によって,亡Aに何らかの肉体的精神的負担があったと認めるに足りる事情は窺われない。

b 通信業務

亡Aが従事した通信業務についてみると,上記2(2)エ(イ)で認定のとおり,甲派遣隊の電話及び電報の取扱量は他の通信所に比べて明らかに少ない。また,夜勤時における電話・電報の多くは午後5時から午後8時に取り扱われており,翌日午前0時を過ぎればほとんど通信の取扱はなくなるのであるから,仮眠が中断されることは少なかったものと考えられる。さらに,甲派遣隊の通信業務はその多くが電話・電報の受信であり,亡Aが文書を作成,送信する作業はほとんどなかったといえる。

これらの事情を総合考慮すれば,通信業務への従事は,肉体的精神的に負担のかかる業務とはいえない。

c 係業務

亡Aが従事した係業務についてみると,上記2(2)エ(ウ)で認定のとおり,亡Aは複数の係の担当者ないし副担当者になっていたものの,具体的にどのような業務に従事し,どのような負担が生じ得たのかという点については,本件記録を精査しても認定することができず,過重な肉体的精神的負担を生じていたといえる事情があったということはできない。

③ 小括

以上の事情を踏まえて検討するに,上記2(1)オ,キ,クの法規ないし規則の定めに照らせば,本件事故前1か月間における亡Aの勤務時間や勤務体制は基準を超えていたとも評価しうるのであって,平均的公務員を基準にすれば,相応の肉体的精神的負担が全くなかったとまではいいきれない。

しかしながら,本件事故前1か月間に亡Aが従事した公務の内容をみると,平均的公務員を基準としても,いずれも肉体的精神的に過重な負担がかかる業務ではないのであって,亡Aに肉体的疲労や精神的ストレスが生じていたとしても,その程度は小さいものであったと考えられる。

これは,本件記録を精査しても,亡Aが特に心身の不調を訴えた事実や,周囲の人間が亡Aの様子について違和感を感じていた事実が窺われないこととも符合するものである(なお,甲4号証によれば,本件事故前1か月間において,亡Aがソフトボールの試合に参加している事実も窺われるところである)。

したがって,亡Aが本件事故前1か月間に従事した公務は,本件事故に,何らかの影響を与える可能性があることは否定し得ないものの,自然的経過を超えて基礎疾患を増悪させる要因となりうるような過重性を有するものであったとまではいえない。

ウ 本件事故の要因となるべき危険因子の有無

仮に,亡Aが本件事故前1か月間に従事した公務が,自然的経過を超えて基礎疾患を増悪させる要因であることを前提とした場合であっても,以下のとおり,公務の他に発症の危険因子が認められる余地がある。

(ア) 亡Aの死因は,当事者間に争いのない事実(1)で認定のとおり,くも膜下出血ないし脳出血であるところ,上記2(3)ウで認定の血圧が高いほど脳出血発症率は有意に上昇し,高血圧を有する者は正常血圧者に比べて脳動脈硬化が10年から15年早く進行するという医学的知見に照らせば,上記2(2)オ(イ)で認定のとおり,亡Aは昭和62年以降,本件事故に至るまで正常高値血圧から軽症高血圧で推移していたのであるから,このような長期間の高血圧により動脈硬化が進行し,本件事故の原因となった可能性が少なからずあるものと考えられる。

(イ) また,上記2(3)エで認定の肥満及び高血圧である場合には脳血管疾患の発症率は通常の3倍になるという医学的知見に照らせば,上記2(2)オ(ア)のとおり,亡Aのウエスト周囲は90センチメートル以上,BMI値は26前後であることに加え,亡Aが慢性の高血圧であったことから,亡Aの脳血管疾患に罹患するリスクは通常よりも高かったといえる。

(ウ) 加えて,上記2(3)イで認定の年齢が増すにつれて脳血管疾患に罹患する可能性が高くなるという医学的知見に照らせば,上記2(2)アで認定のとおり亡Aは死亡時51歳であることから,上記(ア),(イ)の事情と相まって,亡Aが脳血管疾患に罹患するリスクはさらに高いものになっていたと考えられる。

(エ) そうすると,本件事故は,亡Aの高血圧,肥満,年齢等の危険因子によって引き起こされた可能性も否定できないのであって,少なくとも,これらの危険因子が本件事故と全く無関係であるとはいえない。

エ 総括

以上の検討によれば,亡Aの従事した公務は,自然的経過を超えて基礎疾患を増悪させる要因となり得るような過重性を有するものであったとはいえないことに加え,公務の他に発症の危険因子も存在していたのであるから,本件事故と公務との相当因果関係は否定される。

3  結論

以上のとおり,本訴請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沼田寛 裁判官 安福達也 裁判官 佐藤雅浩)

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