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仙台地方裁判所 平成19年(行ウ)13号 判決 2008年7月15日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成19年6月21日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

(3)  仮執行免脱宣言

第2事案の概要

本件は,原告が,取下前相被告外務大臣(以下「外務大臣」という。)に対し,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)4条1項に基づき,平成18年11月30日,別紙文書目録1記載の行政文書(以下「本件対象文書1」という。)につき,平成19年2月2日,同目録2記載の行政文書(以下「本件対象文書2」といい,本件対象文書1とあわせて「本件各対象文書」という。)につき開示請求を行ったところ(以下,本件対象文書1の開示請求について「本件開示請求1」といい,本件対象文書2の開示請求について「本件開示請求2」といい,本件開示請求1,2をあわせて「本件開示請求1・2」という。),①外務大臣が,本件開示請求1・2からそれぞれ60日を経過しても請求に係る行政文書の全部又は一部を開示するか,もしくは全部を開示しないかの決定(以下「開示決定等」という。)をしないこと,本訴提起日である平成19年5月23日に至っても本件開示請求1・2に対して開示決定等をしないことが,情報公開法10条及び11条に違反するとして,不作為の違法確認を求め,②外務大臣が,本件開示請求1・2に対して,開示決定等の時期をそれぞれ開示請求日から28か月後,24か月後と指定する旨の通知を行ったことが情報公開法11条に違反するとして,上記通知処分の取消しを求め,③上記①②の違法行為によって損害を被ったとして,被告に対して,国家賠償法1条1項に基づき,損害額合計400万8100円の一部である100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年6月21日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

その後,外務大臣が本訴係属中に,本件各対象文書全てについて開示決定等を行ったため,原告が上記①,②の請求を取り下げた上で,被告に対して,開示決定等が遅延したことによって損害を被ったとして,損害額合計400万8100円の一部である100万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成19年6月21日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるに至った事案である。

1  前提事実(証拠援用部分を除き,争いがない。)

(1)  当事者

原告は,平成5年6月24日,国及び地方の行財政の不正を監視・是正すること等を目的として結成された権利能力なき社団である(弁論の全趣旨)。

(2)  本件開示請求1・2の経緯

ア 原告は,外務大臣に対し,情報公開法4条1項に基づき,平成18年11月30日,本件開示請求1(全6件),平成19年2月2日,本件開示請求2(全27件)を行い,各同日,外務省大臣官房総務課情報公開室(以下「情報公開室」という。)がこれらを受け付けた(甲1ないし6,13ないし39)。

イ 原告の本件開示請求1に対し,外務大臣は,本件対象文書1について,平成18年12月20日付け「開示請求に係る決定期限の特例の適用について」(以下「延長通知1」という。)と題する書面で,次のような通知をした。

(ア) 本件開示請求1については,情報公開法11条を適用する。

(イ) 理由

「対象文書が含まれている可能性のあるファイル及び対象となる行政文書が著しく大量であり,担当課において他に処理すべき開示請求案件が多く,また他の事務が著しく繁忙であるため,開示請求日から60日以内にそのすべてについて開示決定等をすることにより事務の遂行に著しい支障が生ずるおそれがあるため。」

(ウ) 開示決定等をする期限

「平成19年1月29日までに可能な部分について開示決定等を行い,残りの部分については,平成21年3月31日までに開示決定等を行う予定」

ウ 原告の本件開示請求2に対し,外務大臣は,本件対象文書2について,平成19年3月5日付け「開示請求に係る決定期限の特例の適用について」と題する書面(以下「延長通知2」という。)で,次のような通知をした。

(ア) 本件開示請求2については,情報公開法11条を適用する。

(イ) 理由

「対象行政文書及び右文書が含まれる可能性のあるファイルが著しく大量であり,また関係課において他に処理すべき開示請求案件が著しく多く,他の事務が著しく繁忙であるため,開示請求日から60日以内にそのすべてについて開示決定等をすることにより事務の遂行に著しい支障が生ずるおそれがあるため。」

(ウ) 開示決定等をする期限

「平成19年4月3日までに可能な部分について開示決定等を行い,残りの部分については,平成21年3月4日までに開示決定等を行う予定」

エ しかし,外務大臣は,本件対象文書1について,開示請求日から60日目である平成19年1月29日を過ぎても開示決定等をしなかった。

また本件対象文書2についても,開示請求日から60日目である同年4月3日を過ぎても開示決定等をしなかった。

(3)  本件各対象文書の一部の開示決定等

ア 外務大臣は,本件開示請求1に関し,平成19年9月14日付け情報公開第01625号ないし第01630号をもって,本件対象文書1のうち,別紙開示決定等対象文書目録1記載の文書につき,情報公開法5条1号,3号,6号を不開示理由とする部分開示決定を行い,原告に通知した(以下「本件開示決定等1」という。乙1の1ないし6)。

イ 外務大臣は,本件開示請求2に関し,平成19年9月14日付け情報公開第01823号ないし第01831号,及び第01834号ないし第01851号をもって,別紙文書目録2の行政文書のうち,別紙開示決定等対象文書目録2記載の文書につき,不存在,情報公開法5条1号,2号,3号,4号,6号を不開示理由とする部分開示決定を行い,原告に通知した(以下,この決定を「本件開示決定等2」といい,本件開示決定等1とあわせて「本件開示決定等1・2」という。乙2の1ないし27)。

(4)  本件各対象文書の全部の開示決定等

ア 外務大臣は,本件開示請求1に関し,別紙開示決定等対象文書目録3記載のとおり,平成19年10月31日付け情報公開第02240号,第02241号,及び第02244号,同年11月2日付け情報公開第02261号ないし第02263号,さらに,同月7日付け情報公開第02288号ないし第02290号をもって,本件対象文書1のうち,本件開示決定等1にかかる行政文書以外のすべての行政文書について,それぞれ情報公開法5条1号,3号,6号を不開示理由とする部分開示決定及び不開示決定を行い,原告に通知した(以下,上記各決定を「本件開示決定等3」といい,本件開示決定等1とあわせて「本件開示決定等1・3」という。乙3の1ないし9)。

イ 外務大臣は,本件開示請求2に関し,別紙開示決定等対象文書目録4記載のとおり,平成19年11月13日付け情報公開第02300号等をもって,本件対象文書2のうち,本件開示決定等2にかかる行政文書以外のすべての行政文書について,それぞれ開示決定若しくは情報公開法5条1号,2号,3号,4号,6号を不開示理由とする部分開示決定を行い,原告に通知した(以下,この決定を「本件開示決定等4」といい,本件開示決定等2とあわせて「本件開示決定等2・4」という。乙4の1ないし17)。

2  争点及び当事者の主張

(1)  争点1-原告の主張する権利利益は国家賠償法上保護される権利利益か。

(原告の主張)

原告は行財政監視業務を団体の目的としており,その目的実現のために本件開示請求1・2を行ったものであるところ,外務大臣が開示決定等を遅延したことにより,原告の適切な時期に情報開示を得るという情報公開請求権は侵害され,国の行財政監視業務活動をする権利利益が侵害された。開示請求者が理由なく行政文書の開示を妨げられないという利益は国家賠償法上の保護の対象となるのであるから,上記適切な時期に情報開示を得るという情報公開請求権も国家賠償法上保護される権利利益である。

(被告の主張)

情報公開法が,情報公開請求権について,もっぱら行政運営の監視及び透明性の確保という公益のために付与され,この見地から行使されるべき公益的権利として位置づけていることは明らかであり,開示請求者個々人の主観的な権利利益を保護したり,そのような権利利益を付与したりするために創設されたものではない。

したがって,情報公開法3条所定の開示請求権は,原告が主張するようなその目的である国の行財政監視業務活動をする権利利益のような内容までを,各国民の主観的権利として保護しているものではなく,国家賠償法上保護されるべき権利利益ではない。

(2)  争点2-開示決定等が長時間かかったことが原告に対する関係で国家賠償法上違法と評価できるか。

ア 情報公開法11条の要件を満たさないことについて

(ア) 「開示請求に係る行政文書が著しく大量であるため」(以下「文書大量要件」という。)「開示請求があった日から六十日以内にそのすべてについて開示決定等をすることにより事務の遂行に著しい支障が生ずるおそれがある場合」(以下「事務支障要件」という。)の各要件について

(原告の主張)

a 情報公開法の背景には,「国民主権」「知る権利」という憲法上の要請があり,かかる憲法上の要請を達成するために情報公開法は10条以下で情報開示に関する厳格な期限を定めており,同法11条は同法10条でも対応できない場合の特例規定である。

このような観点からは,行政機関には,開示請求を受けた行政文書の量が通常予想されるようなものであれば原則どおり30日で開示決定等ができるような態勢をとることが義務づけられているというべきであり,かかる態勢を取っていない場合には,事務支障要件の判断において,行政機関の事務体制,他の開示請求事案の処理に要する事務量,その他の事務の繁忙,勤務日等の状況等を考慮することは許されないと解すべきである。

b そして,本件開示請求1・2で原告が請求した文書の量は「段ボール12箱」程度であり,著しく大量であるとはいえない。また,被告は,他の担当すべき業務,他の開示請求の数等について主張して事務に支障が生ずる旨主張するが,上記のような態勢を構築していない以上,かかる事情を考慮することはできず,事務支障要件も満たさない。

したがって,情報公開法11条の適用はないのであるから,外務大臣は開示請求から30日ないし60日以内に開示決定等をすべきであり,本件開示請求1・2に同条を適用して上記期間内に開示決定等をしなかった外務大臣の不作為は国家賠償法上違法である。

(被告の主張)

a 情報公開法11条は開示請求の処理と他の行政事務の遂行との適切な調和を図ったものである以上,「開示請求に係る行政文書が著しく大量」か否かは,一件の開示請求に係る行政文書の物理的な量とその審査等に要する業務量だけによるわけではなく,行政機関の事務態勢,他の開示請求事案の処理に要する事務量,その他事務の繁忙,勤務日等の状況をも考慮した上で判断され,また,「事務の遂行に著しい支障」とは,当該開示請求の処理を担当する部署が遂行すべき通常の事務に容認できない遅滞を来すことを意味する。

b 本件開示請求1・2は,のべ合計9箇所もの在外公館において保管されている,1年分又は9年分もの関係文書を近接した時期に一斉に請求したものであり,保管場所が国内ではなく海外であるという特殊事情もあって,その存在確認や該当文書の選別作業,本邦内への搬送作業だけでも困難を要するものであった。そして,これらの文書が本邦内に搬送されると,これらの文書の内容を確認しながらこれを分類整理し,本件開示請求1・2の対象文書に当たるか否かの確定をしなければならず,その上で,一つ一つの文書について情報公開法5条各号の不開示情報が記載されているか否かの審査を時間をかけて慎重に行うことが予定されていた。

したがって,本件開示請求1・2は,開示請求に係る行政文書が著しく大量である上,不開示情報の有無の審査やその準備のために長時間を要するのであるから,事務態勢及び事務の状況等を総合的に勘案して合理的に判断すれば,本件開示請求1・2が情報公開法11条で定める文書大量要件,事務支障要件を満たしていることは明らかである。

(イ) 「開示請求に係る行政文書のうちの相当の部分につき当該期間内(60日以内)に開示決定等をし」の要件について(以下「部分開示要件」という。)

(原告の主張)

a 上記(ア)aで述べた情報公開法11条の趣旨からすれば,「相当の部分」とは開示請求のうち少なくとも実質的な部分を指し,開示請求から60日経過してもこの実質的な部分につき何らの開示決定等がない場合には違法となる。

b そして,外務大臣は60日以内に上記「相当の部分について」の開示を行っていない。

c したがって,本件開示請求1・2に情報公開法11条の適用があるとしても,外務大臣は本件開示請求1・2から60日以内に何らの開示決定等もしていないのであり,7か月半ないし9か月半経ってから本件開示決定等1・2を行った外務大臣の不作為は国家賠償法上違法である。

(被告の主張)

a 情報公開法11条の趣旨は,開示請求の処理と他の行政事務の遂行との適切な調和を図るものである以上,開示請求に係る行政文書の分量や保管場所等の事情によっては,「相当の部分」を「60日以内」に開示決定等をすることを求めた同条の定めも,事案に応じた柔軟な解決がされるべきであり,開示請求があった日から60日以内に「相当の部分」の開示決定等がされなかったとしても,直ちに違法とされることはないというべきである。

b そして,本件各対象文書については60日以内に相当の部分であったとしても開示することは不可能であった上,平成19年9月14日には本件開示決定等1・2を行ったのであるから,何ら違法はない。

イ 「相当の期間」内に開示決定等をしていないことについて

(原告の主張)

(ア) 前記ア(ア)aで述べた情報公開法11条の趣旨からすれば,「相当の期間」とは,同法10条所定の期間内に情報を開示し得るような態勢をとってもなお「事務の遂行に著しい支障が生ずるおそれ」がある場合に,それを避け得る最小限の期間と解釈されねばならない。

(イ) 本件開示請求1・2にかかる文書の量から考えて,開示請求日から60日目からさらに原則である30日間を超える場合には相当の期間を経過したものと解すべきである。そして,本件開示請求1・2ではその期間を既に経過しており外務大臣の不作為は国家賠償法上違法である。

(ウ) また,90日以内に開示決定等をしなかったことが直ちに国家賠償法上の違法とならないとしても,以下に述べるように被告の事務処理は情報公開法の趣旨に反していたため,本件開示請求1については1年近く,本件開示請求2については9か月半程度要したのであるから,国家賠償法上の違法がある。

a 情報公開室・会計課の処理について

外務省大臣官房会計課(以下「会計課」という。)は,平成18年11月30日に情報公開室から本件開示請求1に関する通知を受けたにもかかわらず,11日経った平成18年12月11日になって,6公館に文書の送付について指示しているところ,その指示はわずか2枚の書面であり,記載内容もごく簡単なものであるから,速やかな起案は十分に可能であったというべきである。したがって,11日も放置していたのは行政の怠慢であり,国家賠償法上違法である。

また,会計課は,平成19年1月15日から同月29日にかけて6公館から該当文書の送付を受けてから,訴状送達があった同年6月20日までの間の処理について合理的に説明しておらず,本件開示請求1から60日が経過した同年1月29日までに相当の部分についてすら一切開示決定等をしていないのであるから,送付を受けた文書を放置してきたことは明らかであり,国家賠償法上違法である。

b 情報公開室・外務省北米局北米第一課(以下「北米第一課」という。)・外務省欧州局西欧課(以下「西欧課」という。)の処理について

情報公開室は,平成19年2月2日に本件開示請求2を受けながら,北米第一課及び西欧課への通知を同年2月19日まで遅延させている。情報公開室は会計課に対しては即日通知できており,また,上記通知の体裁からして,通知が困難とされる事情は全くうかがわれないのであるから,情報公開室が単に通知を怠ったことは明白であり,国家賠償法上違法である。

北米第一課及び西欧課は平成19年2月19日に情報公開室から通知を受けながら,同年6月27日まで在ホノルル総領事館,在イタリア大使館及び在フランス大使館への該当文書送付の指示を遅延させている。5か月弱もこの程度の文書を起案せずに放置することなど絶対に許されず,国家賠償法上違法である。

(被告の主張)

(ア) 文書の概要

a 本件対象文書1は,在サンフランシスコ総領事館,在シカゴ総領事館,在ニューヨーク総領事館,在ボストン総領事館,在ホノルル総領事館及び在ロサンゼルス総領事館の6公館において平成13年度に支出された報償費に関する支出決裁文書である。したがって,本件対象文書1には情報公開法5条3号及び6号の不開示情報が含まれている可能性があり,開示決定等を行うには極めて慎重な判断を要するものであった。

b 本件対象文書2は,在ホノルル総領事館,在イタリア大使館及び在フランス大使館の3公館において平成10年度から平成18年度までの合計9年度分にかけて行われた「国会議員に対する要人往来便宜供与の件数,1件当たりの金額,便宜供与の内容を示す文書及び決裁書,支出明細書,領収書などの支出に関する一切の文書」(以下「便宜供与文書」という。)である。これら便宜供与文書には,その性質上,情報公開法上開示してはならないとされている不開示情報を含む可能性があるため,それぞれ慎重な審査を要するものであった。

(イ) 情報公開室について

情報公開室においては,審査を始めとする開示請求処理や訴訟対応等の情報公開関連業務に従事する担当官は計4名であり,これらの者で外務省が受け付けるすべての開示請求を処理しているところ,平成19年に受理した情報公開法に基づく開示請求は928件に及び,一件当たりの請求対象文書の量が極めて大量となる請求が多いのが特徴であり,事務繁忙なのが実情である。

そのような状況であったが,情報公開室は本件開示請求1・2を受け付けた後,直ちにその事実及び内容を会計課,北米第一課及び西欧課に知らせた。

(ウ) 会計課について

a 会計課において本件開示請求1の処理にあたったが,本件対象文書1が報償費の支出に関する厳重な秘密保持が要求される文書であることを考慮すると,本件開示請求1への対応業務に実務的に従事しうる担当官は,総務室の課長補佐,審査室の課長補佐の2名であった。しかも,両課長補佐ともに,他の業務にも従事しており,情報公開関連業務に常時専従することは困難であるのが実状である。

そのような状況の下,平成18年12月11日,外務大臣は,すみやかに,前記のとおり本件対象文書1が保管されている6公館に対して,報償費の支出の決裁に際して作成・保管されている支出決裁書や証拠書類等を対象となる可能性のある文書として特定した上で,対象文書を送付するよう指示をした。

b その後,対象文書が届けられたが,通数は,合計785通にも及ぶものであった。会計課において課長補佐2名が事務補佐を行う若干名の事務官とともに検討作業を行い,最終的には会計課長において各書面を1枚ずつ確認するという作業を経て,実質的な開示・不開示の審査を行った上で,外務大臣により本件開示決定等1・3が行われた。

(エ) 北米第一課,西欧課について

a 北米第一課及び西欧課において本件開示請求2の処理にあたったが,各在外公館あてに対象文書の送付を指示したのは,開示請求があった平成19年2月2日から5か月近くが経過した同年6月27日のことである。

情報公開請求に対する対応は行政機関にとって極めて重要な職務ではあるものの,各行政機関は,本来行わなければならない重要な任務も負っている。時には本来の業務が立て込んでいる時期があることも現実であり,そのようなときに,本件開示請求2のようにその審査に当たってある程度まとまった時間をとる必要のある開示請求がされた場合には,年間のスケジュールの中で比較的余裕のある時期にその審査を当てようとすることがあったとしてもやむを得ないところである。

b 平成19年2月から7月にかけては両課とも重要な大型外交案件が毎月続いており,極めて繁忙な状況が間断なく長期間にわたって継続しており,担当者は間断なく職務の遂行にあたっていたのである。また,便宜供与文書は,訪問国会議員の訪問目的や関心事項に応じて主に担当した在外公館内の班や部において作成され,保管されており,また,予算上「便宜供与」という費目がないことから,その支出に関する文書は基本的には費目ごとに保管されている。このような保管状況であるから,開示請求対象文書の送付指示を行うことに先立ち,情報公開室やその他の関係課の意見を聴取しつつ,課内において,各在外公館の実状にあわせて開示請求の対象となる可能性があるとして送付すべき文書の範囲を特定するための協議を行う必要があった。そしてこれらの作業にはある程度まとまった時間が必要であった。したがって,重要外交案件が一段落ついて,まとまった時間がとれるようになった同年7月以降に本格的に審査を開始したこともやむを得ないところである。

c また,在ホノルル総領事館において,開示請求処理に当たって検索の対象とされたファイルの数は合計段ボール40箱相当であり,これらのファイルについて,対象文書が存在するかどうか探した上で,関連する文書をそれぞれ複写し,外務本省に送付する作業が行われた。同領事館では,これらの作業を通常業務に加えて行う必要があり,平日の通常勤務時間では足らず,勤務時間外及び休日に出勤してこれに対応した。

北米第一課において情報公開関連業務に従事する担当官は総務班員を中心とする4名であり,その4名が在ホノルル総領事館から送付された対象となる文書を一枚ずつ検討し,開示・不開示の事由の有無について検討を行った上で,本件開示決定等2・4が行われた。

d 在イタリア大使館において,開示請求処理に当たって検索の対象とされたファイルの数は合計段ボール55箱相当であり,これらのファイルについて,対象文書が存在するかどうか探した上で,関連する文書をそれぞれ複写し,外務本省に送付する作業が行われた。同大使館では,これらの作業を通常業務に加えて行う必要があり,平日の通常勤務時間では足らず,勤務時間外及び休日に出勤してこれに対応した。

そして,在フランス大使館において,開示請求処理に当たって検索の対象とされたファイルの数は合計段ボール83箱相当であり,これらのファイルについて,対象文書が存在するかどうか探した上で,関連する文書をそれぞれ複写し,外務本省に送付する作業が行われた。同大使館は,これらの作業を通常業務に加えて行う必要があり,平日の通常勤務時間では足らず,勤務時間外及び休日に出勤してこれに対応した。

e 西欧課において兼任業務として情報公開関連業務に従事する担当官は4名であり,その4名が在イタリア大使館及び在フランス大使館から送付された対象となる文書を一枚ずつ検討し,開示・不開示の事由の有無について検討を行った上で,本件開示決定等2・4が行われた。

(オ) 以上のとおり,本件対象文書1は報償費の支出に関するもの,本件対象文書2は便宜供与文書であり,両文書とも慎重な審査が求められたこと,文書の大量性や限られた人員で審査しなければならないこと等の事情からすれば,そのすべてについて開示決定等がされるまで9か月半ないし1年近くを要したからといって,これが国家賠償法上違法であるとまでいうことはできない。

(3)  争点3-原告の損害

(原告の主張)

ア 迅速な情報公開がなされれば本件のような無用な訴訟を提起することもなく,開示された情報に基づき社会にとって有益な活動をなし得たものであるから,被告の上記違法行為(以下「本件違法行為」という。)によって行財政監視業務活動を阻害されたことによる原告の無形の損害は200万円は下らない。

イ 被告の本件違法行為によって,本件開示請求1・2のための印紙代(300円×27件)計8100円が無意味な支出となった。

ウ 原告は,被告の本件違法行為により,弁護士に本件訴訟を委任せざるを得なくなり,その弁護士費用は低く見積もっても200万円は下らない。

(被告の主張)

いずれも否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実に証拠(乙5,6,7,9の1ないし9,10ないし12)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  情報公開室における経緯について

ア 情報公開室は本件開示請求1を平成18年11月30日に受け付けた後,同日,会計課に対し,その事実及びその内容を通知した。

イ 情報公開室は本件開示請求2を平成19年2月2日に受け付けた後,同月19日,北米第一課に対し,本件開示請求2のうち,在ホノルル総領事館における便宜供与文書に関する事実及びその内容を通知した。

当該通知の内容は,原告からの開示請求のあった文書の内容,受付日,審査期限等が記載され,原告からの開示請求を受け付けた旨の文書が添付されているほかは,定型的事項が記載されているのみである。

ウ 情報公開室は本件開示請求2を平成19年2月2日に受け付けた後,同月19日,西欧課に対し,本件開示請求2のうち,在イタリア大使館及び在フランス大使館における便宜供与文書に関する事実及びその内容を通知した。

当該通知の内容は,原告からの開示請求のあった文書の内容,受付日,審査期限等が記載され,原告からの開示請求を受け付けた旨の文書が添付されているほかは,定型的事項が記載されているのみである。

(2)  会計課における経緯について

ア 会計課においては,報償費の運用を含む外務省の所掌にかかる経費及び収入の予算,決算及び会計並びに会計の監査等が職務とされており,情報公開に専従する職員はおらず,開示請求には通常業務を担当しながら対応していた。

イ 平成18年11月30日になされた本件開示請求1をうけて,会計課は対象6公館に対し平成18年12月11日に,「報償費」の支出の決裁に際して作成・保管されている支出決裁書や証拠書類等の対象となる可能性のある文書を送付するよう指示を発した。

その指示文書は,秘密指定解除と題するA4用紙2枚のものであり,本件訴訟に提出された書証(乙10)には黒塗りの部分もあるものの,黒塗りされていない部分の記載内容は,本件開示請求1があったこと,対象文書の作成要領,送付期限等を記載した簡単なものである。

ウ なお,「報償費」とは,国が,国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため,当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費であり,外務省においては,公にしないことを前提とする情報収集及び諸外国との外交交渉又は外交関係を有利に展開するため使用する経費に充てている。

エ 在サンフランシスコ総領事館においては平成19年1月16日にすべての文書の発送が完了し,それらの文書は同月19日に外務本省に到着した。

オ 在シカゴ総領事館においては平成19年1月10日にすべての文書の発送が完了し,それらの文書は同月15日に外務本省に到着した。

カ 在ニューヨーク総領事館においては平成19年1月26日にすべての文書の発送が完了し,それらの文書は同月29日に外務本省に到着した。

キ 在ボストン総領事館においては平成19年1月11日にすべての文書の発送が完了し,それらの文書は同月15日に外務本省に到着した。

ク 在ホノルル総領事館において平成19年1月16日にすべての文書の発送が完了し,それらの文書は同月22日に外務本省に到着した。

ケ 在ロサンゼルス総領事館において平成19年1月12日にすべての文書の発送が完了し,それらの文書は同月15日に外務本省に到着した。

(3)  北米第一課における経緯について

ア 北米第一課は,平成19年6月27日,在ホノルル総領事館に対して,在ホノルル総領事館における便宜供与文書の写しを同年7月6日までに送付するよう指示を発した。

その指示文書は,秘密指定解除と題するA4用紙3枚ものであり,本件訴訟に提出された書証(乙11)には黒塗りの部分もあるものの,黒塗りされていない部分の記載内容は本件開示請求2があったこと,送付してもらう対象文書,当該対象文書の作成要領,送付期限等を記載した簡単なものである。

イ ホノルル総領事館から外務本省に対して,平成19年7月6日から9月18日にかけて,漸次対象文書の送付が行われた。

ウ 北米第一課においては,アメリカ合衆国及びカナダとの外交案件を担当しており,本件開示請求2がされた平成19年2月にはチェイニー米国副大統領及びクラウチ大統領次席補佐官(当時)の訪日,3月にはネグロポンテ国務副長官,シュルツ元国務長官及びキッシンジャー元国務長官の訪日,4月には安倍総理大臣(当時)の訪米,4月末から5月にかけては麻生外務大臣(当時)の訪米,5月にはボンにおける日米外相会談,6月にはハイリゲンダムサミットにおける日米首脳会談,7月初旬には日米及び日米豪戦略対話高級事務レベル会合といった外交案件を続けて担当していた。

(4)  西欧課における経緯について

ア 西欧課は,平成19年6月27日,在イタリア大使館及び在フランス大使館に対して,各大使館における便宜供与文書の写しを同年7月6日までに送付するよう指示を発した。

イ 在イタリア大使館から外務本省に対して,平成19年7月3日から10月10日にかけて,漸次対象文書の送付が行われた。

ウ 在フランス大使館から外務本省に対して,平成19年7月3日から10月31日にかけて,漸次対象文書の送付が行われた。

エ 西欧課においては,イタリア・フランスを含む西欧諸国との外交案件を担当しており,本件開示請求2がされた平成19年2月にはイタリア共和国副首相兼外相,ポルトガル外務大臣の訪日,3月にはフランス国防相,イタリア共和国副首相兼文化財・文化活動大臣,スウェーデン国王王妃両陛下,スウェーデン外務大臣の訪日,4月にはイタリア共和国首相,モナコ公殿下の訪日,5月には天皇皇后両陛下のヨーロッパ諸国公式訪問,英国外務・英連邦大臣の訪日,麻生外務大臣(当時)のG8外相会合出席(ドイツ・ポツダム),麻生外務大臣のスペイン訪問,6月にはラトビア外務大臣の訪日,安倍総理大臣(当時)のG8首脳会合(ドイツ・ハイリゲンダム)出席といった外交案件を続けて担当していた。

2  争点(1)について

(1)  原告は,適切な時期に情報公開を得るという情報公開請求権は国家賠償法上保護される権利利益であると主張するので,以下検討する。

(2)  情報公開法1条によれば,同法は行政文書の開示を請求する権利につき定めるとし,同法2ないし6条,9ないし12条等によれば,同法4条に基づく開示請求があった場合,開示請求にかかる行政文書を保有する行政機関は同法の規定に従い,一定の期間内に開示請求に係る行政文書の全部又は一部について開示決定等をしなければならないものと規定しているのであるから,開示請求者には,原則として同法10条所定の期限内にその開示請求に対する開示決定等を受ける権利が与えられているというべきである。そして,同法は,同法1条に掲げた国民主権の下行政機関の説明責任を全うするという目的を達成するため,同法3条で「何人も」文書開示を請求できるとして,自然人,法人のほか,法人でない社団等も開示請求権者にあたるとしているのであるから,原告のような権利能力なき社団に対しても,上記のような権利が付与されていると解される。

したがって,原告は,適切な時期に開示決定等を受けることのできる権利を有しているものというべきである。

(3)  しかし,その一方で,同法は,「行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により,行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資すること」を情報公開制度の目的としているのであって(同法1条),これによれば,開示決定等の期限の定めは,上記のような情報公開制度の究極の目的である適正な行政運用の監視,確保という国民全体の一般的利益の実現に資するための目的的な規制であり,上記開示請求者の権利もそのような目的的な規制と表裏の関係にあると解するのが相当である。そうすると,開示決定等に遅延があったからといって直ちに国家賠償法上保護に値する権利の侵害があったと評価するのは妥当ではなく,開示決定等の遅延の程度が情報公開制度の上記目的の実現を阻害する程度に著しいものであるため,社会通念上一般人において受忍すべき限度を超えていると評価できる場合に,初めて国家賠償法上保護に値する権利の侵害があった(国家賠償法上の違法があった)と評価するのが相当である。そして,受忍限度を超えたか否かの判断に際しては,同法10条が「事務処理上の困難その他正当な理由があるときは」延長することができると規定し,11条が「事務の遂行に著しい支障が生ずるおそれがある場合には」相当の期間内に開示決定等をすれば足りると規定することによって,開示請求の処理のみならず,他の行政事務の遂行にも配慮している趣旨からすれば,遅延期間の長短のみならず,開示請求のなされた文書の量,性質,担当する人員数,他の行政事務等の行政側の事情も考慮しなければならないと解するのが相当である(東京高裁平成18年(行コ)第10号平成18年9月27日判決参照)。

(4)  情報公開法3条所定の開示請求権は,国の行財政監視業務活動をする権利利益のような内容までを各国民の主観的権利として保護しているものではないから,国家賠償法上保護されるべき権利利益ではなく,いかなる場合にも国家賠償法上違法とされる余地はないとする被告の主張は,上記(2)のとおり,個々の国民に具体的な形で情報公開請求権を付与している情報公開法の趣旨に沿うものとはいえないから,採用することができない。

3  争点(2)について

(1)  上記2において検討した判断基準に従い,本件開示決定等1ないし4までに相当の期間が経過したことが,原告に対する関係で国家賠償法上違法と評価できるか検討する。

(2)ア  原告は,本件開示請求1について,延長通知1が情報公開法11条の要件(文書大量要件,事務支障要件,部分開示要件)を満たしていないこと,開示決定等にあたって,①会計課が6公館に通知することを11日間放置していたこと,②同課が6公館から送付を受けた文書を約5か月間放置してきたこと等の事情からすれば,外務大臣が本件開示決定等3に至るまで本件開示請求1から1年近くかかったことは,国家賠償法上の違法性があると主張する。

イ  当裁判所は,前記前提事実及び上記1の事実に照らすと,本件開示決定等1が平成19年9月14日付けで,本件開示決定等3が平成19年10月31日,同年11月2日,同月7日付けで行われたことについて,上記各開示決定等の遅延の程度は,未だ情報公開制度の目的の実現を阻害する程度に著しいものであるとはいえず,社会通念上一般人において受忍すべき限度を超えていると評価できないから,国家賠償法上の違法があったということはできないと判断する。その理由は以下のとおりである。

(ア) 報償費の性質について

前記前提事実及び上記1の事実によれば,本件対象文書1は,サンフランシスコ,シカゴ,ニューヨーク,ボストン,ホノルル,ロスアンジェルスの各総領事館における,平成13年度に支出された「報償費」に関する支出決裁文書であるところ,報償費は外務省においては,公にしないことを前提とする情報収集及び諸外国との外交交渉又は外交関係を有利に展開するため使用する経費に充てているのであるから,その支出決裁文書には,情報公開法5条3号所定の外交等関連情報が含まれる可能性が大きいことは明らかである。

情報公開法5条3号所定の外交等関連情報は,情報提供者・協力者のプライバシーや交渉相手国等の機密事項に関わるものであり,当該文書中の,開示すべきではない情報が漏洩した場合には,交渉相手国等との外交関係や情報提供者・協力者との信頼関係等に重大な影響を及ぼすおそれが大きい。他国との信頼関係の維持及び国際交渉上の利益を確保することは,国民全体の基本的な利益を擁護するための必要不可欠な要請であり,開示すべきではない情報の秘密保持の要請は極めて強い。また,外交というものが,常に変動する国際情勢を踏まえた上で,我が国の安全保障上または対外関係上の将来予測をしつつ行うものであるという性質上,開示すべきでない情報か否かの判断においては,情報開示によって関係諸国等に与える影響等を考慮しなければならず,専門的かつ多角的な知見に基づく慎重な判断が求められている。こうした外交等関連情報の強度の秘密保持の要請,専門的多角的な判断の必要性は,情報公開法5条3号が,外交等関連文書についての情報不開示の要件を,不利益等の「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」として,行政機関の裁量権を尊重し,他の情報に比して不開示要件を緩和していることにも現れている。

このような報償費を含む外交等関連情報の特殊性に照らすと,情報漏洩を未然に防ぐ必要性は極めて高く,開示請求の対象文書がいかに大量であっても,不開示要件の有無を判断するために対象文書に触れることのできる人数をむやみに増やすことができないことは見やすい道理であり,外交等関連文書についての開示請求に対する審査は,このように極めて限られた人数で行わなければならないという本質的な制約が存在するといえる。

他方,外交等関連情報が含まれる可能性が大きい文書であっても,むやみに全部不開示の判断をすることは情報公開法の趣旨に照らして許されない。特に,同法6条の定める部分開示の要否及びその範囲については,最高裁判所の幾多の判例において精緻な判断要件の設定が行われており,開示請求の対象となった一つ一つの文書について,部分開示の可能性を検討しつつ,開示請求に対する審査を行わなければならない。

(イ) 延長通知1の違法性に関して

a 前記前提事実,上記1の事実及び(ア)で検討した結果によれば,本件開示請求1については,本件対象文書1が6公館における1年分の報償費に関する支出決裁文書であり,その対象文書は多岐にわたりかつ大量であることが窺われること,各文書は外国に存在する6公館に保管されていることから取寄せの手続等に時間がかかること,審査を限定的な人数で行わざるを得ないこと,開示決定等にあたっては専門的・多角的知見を用いた慎重な判断が求められること等の事情が認められ,かかる事情からすれば,本件開示請求1に対する開示決定等を60日以内に行なうことを強いると,開示決定等にあたって慎重な判断を十分にできないおそれがあったほか,会計課において日常的に担当する事務に著しい支障が生ずるおそれがあったと認められる。したがって,文書大量要件及び事務支障要件は,いずれも満たされていたというべきである。

なお,原告は,情報公開法11条の要件の検討にあたって,行政機関が開示請求を受けた行政文書の量が通常予想されるようなものであれば原則どおり30日で開示決定等ができるような態勢をとっていない場合には,行政機関の事務の繁忙等の事情を考慮することはできない旨,また,開示請求の処理の要請が他の行政事務の遂行の要請に優先する旨主張するが,いずれも独自の見解に基づくものであり採用の限りではない。

b 部分開示要件について,外務大臣は,本件開示請求1のあった平成18年11月30日から60日経った時点においても,一切本件開示請求1に対して開示決定等を行っておらず,この点において,情報公開法11条の要件を欠くことは明らかである。

しかし,本件開示請求1については,上記(ア)で検討したように,在外公館にある大量の文書を限定的な人数で専門的・多角的知見をもって慎重に処理しなければならないといった特別な要請が存在した。その上,一つの報償費に関する支出決裁文書は,特定の外交案件の一部に関するものであることが予想されるところ,その特定の外交案件は,多くの関係者によって長年にわたり継続的に行われる性質のものであり,また,当該外交案件は他の外交案件とも有機的に密接に関連しているものであることが窺われるから,一つの報償費に関する支出決裁文書であっても,当該外交案件及び関連支出に関する支出決裁文書全体を整理・把握した上でなければ,その開示が相当であるか否かを適切に判断することは不可能といわなければならない。そうであれば,60日の期間内において,本件対象文書1全体について開示することが困難であったとしても,部分的開示ならば可能であったと評価することはできない。これらの事情からすれば,情報公開法11条所定の部分開示要件を形式的に欠いたことをもって,直ちに本件開示決定等1・3までの期間が受忍限度を超え,国家賠償法上も違法であると評価するのは相当ではないというべきである。

(ウ) 会計課が情報公開室から通知を受け取った後,6公館に通知するまでに11日間かかったことに関して,前記認定事実からすれば,上記通知はA4用紙2枚の簡易なものであり,それ自体の作成をするためだけに11日間を要するものであったとは認め難い。

しかし,秘匿性の高い報償費の性質からすれば,慎重な取扱いが求められるのであるから,通知内容自体は簡易なものであっても,通知をするにあたっては,事前に限られた人数で相応の検討が必要であることは容易に想定できる。また,担当者は他の日常的な職務も担当しており,本件開示請求1の対応に専念できるわけではない。そして,11日間というのがさほど長期間であるとまではいえないことを加味すれば,上記通知までに11日間かかったこともやむを得ない面があったというべきである。

(エ) 会計課が6公館から送付を受けた文書を約5か月間放置してきたことについては,これを認めるに足りる証拠はない。もっとも,本件開示決定等1に至るまで,文書の送付を受けてから約8か月間かかったことに関しては,情報公開法10条が開示決定等に要する時間として,原則として30日(延長を含めて60日)を予定していることに鑑みれば,長きに過ぎるとも思われる。

しかし,この点に関しても,上記(イ)で述べたような,限られた人数で大量の文書を,専門的多角的知見を持って開示相当か不相当かを慎重に検討しなければならないという報償費の性質や,会計課の担当者は情報公開業務と他の日常的な業務を並行して行っており本件開示請求1に対してのみ時間を割くわけにはいかないこと等の事情に鑑みれば,8か月かかったことが明らかに不当なものとまではいうことができない。

(オ) 以上に述べてきたことからすれば,延長通知1は情報公開法11条の要件を形式的には欠いているものの,その他の事情を併せ考えると,本件開示請求1から本件開示決定1・3まで1年弱の期間を要したことも,やむを得ない事情があったというべきであり,開示決定等の遅延の程度は未だ情報公開制度の目的の実現を阻害する程度に著しいものであるとはいえず,社会通念上一般人において受忍すべき限度を超えた場合にあたるとは認め難い。そうすると,本件開示決定1・3に至る期間の経過をもって,国家賠償法1条1項所定の違法があるということはできない。したがって,この点に関する原告の主張はその余の点について検討するまでもなく理由がない。

(3)ア  原告は,本件開示請求2については,延長通知2が情報公開法11条の要件(文書大量要件,事務支障要件,部分開示要件)を満たしていないこと,本件開示決定等2・4にあたって,①情報公開室が北米第一課及び西欧課へ通知することを17日間放置していたこと,②北米第一課が5か月弱も在ホノルル総領事館への該当文書送付の指示を遅延させていること,③西欧課が5か月弱も在イタリア大使館及び在フランス大使館への該当文書送付の指示を遅延させていること等の事情からすれば,外務大臣が本件開示決定等4に至るまで本件開示請求2から9か月半程度かかったことは,国家賠償法上の違法性があると主張する。

イ  当裁判所は,前記前提事実及び上記1の事実に照らすと,本件開示決定等2が平成19年9月14日付けで,本件開示決定等4が平成19年11月13日付けで行われたことについて,上記各開示決定等の遅延の程度は,未だ情報公開制度の目的の実現を阻害する程度に著しいものであるとはいえず,社会通念上一般人において受忍すべき限度を超えていると評価できないから,国家賠償法上の違法があったということはできないと判断する。その理由は以下のとおりである。

(ア) 便宜供与文書について

前記前提事実及び上記1の事実によれば,本件対象文書2は,在ホノルル総領事館における平成10年度から平成18年度までの便宜供与文書,在イタリア大使館における平成10年度から平成18年度までの便宜供与文書,在フランス大使館における平成10年度から平成18年度までの便宜供与文書であり,3公館における9年分の,国会議員に対する要人往来便宜供与の件数,一件当たりの金額,便宜供与の内容を示す文書及び決裁書,支出明細書,領収書などの支出に関する一切の文書が対象とされている。在外公館における便宜供与とは,一般的に,関係者が海外渡航を行うに当たり,その用務が公共性を有するものであって外務省の任務に関連し,それを支援することが外務省(在外公館)の所掌事務の遂行に寄与する場合に,在外公館がこれら関係者を支援するため種々の役務・支援を提供する活動の総称を意味するとされているところ,このように極めて広い意味を持つ言葉であって,便宜供与に関連する一切の文書が開示請求の対象とされた場合には,対象文書の特定には相当な困難を伴い,また対象文書は相当膨大な量に及ぶことが窺われる。

その上,本件開示請求2はこのような性質を有する便宜供与文書について,3公館における各9年分の便宜供与文書に関する27件の開示請求を一斉になしたものであるから,受付段階,在外公館からの送付段階,審査段階のそれぞれの手続等にも相当程度の時間を要するものであることが窺われる。

また,上記文書は在ホノルル総領事館,在イタリア大使館,在フランス大使館での便宜供与に関するものであって,その性質上,文書内には当該国における言語も含まれているのであるから,当該言語に精通したものでなければ審査ができない部分があることが認められる。

さらに,上記のような便宜供与の内容やその支出に関する情報は,公にしないことを前提とする外交活動に関するものではないとしても,その性質上,公にすることにより個人の権利利益を害するおそれのある情報,公にすることにより在外公館と特定の政府関係者や民間人などの先方関係者との信頼関係が損なわれるおそれのある情報,在外公館の行う外交事務の特質から,公にすることにより今後の外交工作活動が阻害され,外交事務の適切な遂行が妨げられるおそれや他国又は国際機関との信頼関係にも支障を来すおそれのある情報等,情報公開法上の不開示理由の存在する不開示情報が含まれる可能性があるといえる。そして,上記のうち,情報公開法5条3号所定の外交等関連情報に当たる情報については,上記(2)イ(ア)と同様に強度の秘密保持の要請,専門的多角的な判断の必要性という特殊性が肯定される上,報償費に関する支出決裁文書とは異なり,より広く開示の可能性がないかどうかを同法5条各号の不開示理由の存否の検討を通じて審査する必要があるといえる。特に,近時の最高裁判所の判例においては,同法6条の定める部分開示の要否及びその範囲について,精緻な判断要件の設定が行われており,開示請求の対象となった一つ一つの文書について,部分開示の可能性を検討しつつ,慎重に開示請求に対する審査を行わなければならない。

(イ) 延長通知2の違法性に関して

a 前記前提事実,上記1の事実及び(ア)で検討した結果によれば,本件開示請求2については,対象文書の特定に相当困難を伴うこと,対象文書が相当膨大な量であること等の事情が認められ,これらの事情に,本件開示請求2の在ホノルル総領事館に関する文書の審査を担当する北米第一課において,通常業務として,アメリカ合衆国及びカナダとの外交交渉も担当しており,特に,平成19年2月から7月初旬にかけて,両国との間における外交案件(要人の相互訪問等)が続いており,この準備のために相当程度の時間を割いていたことが窺われること,また,本件開示請求2のイタリア及びフランス大使館に関する文書を担当する西欧課において,通常業務として,上記両国との外交交渉も担当しており,特に,平成19年2月から6月にかけて,両国との間における外交案件(要人の相互訪問)が続いており,この準備のために相当程度の時間を割いていたことが窺われること等の事情をあわせ考えれば,本件開示請求2に対する開示決定等を60日以内に行なうことを強いると,開示決定等にあたって慎重な判断を十分にできないおそれがあったほか,北米第一課及び西欧課において日常的に担当する事務に著しい支障が生ずるおそれがあったと認められる。したがって,文書大量要件及び事務支障要件は,いずれも満たされていたというべきである。

b もっとも,部分開示要件については,外務大臣は,本件開示請求2のあった平成19年2月2日から60日経った時点においても,一切本件開示請求2に対して開示決定等を行っておらず,この点において,情報公開法11条の要件を欠くことは明らかである。

しかし,本件開示請求2については,上記(ア)で検討したように,文書が膨大であること,対象文書の特定には困難を伴うこと,本件開示請求2を担当した北米第一課・西欧課において重要外交案件を抱えていたこと,当該国の言語に堪能した限られた者しか審査できないこと,対象文書の性質上,同法5条各号の不開示理由の存否を慎重に検討する必要があったこと等の事情が認められ,かかる事情からすれば,部分的であったとしても,60日という期間において開示決定等をすることは極めて困難であったということができる。したがって,情報公開法11条所定の部分開示要件を形式的に満たさなかったことをもって,直ちに本件開示決定等2・4までの期間が受忍限度を超え,国家賠償法上も違法であると評価するのは相当ではないというべきである。

(ウ) 情報公開室において,北米第一課・西欧課に対する通知に17日間かかったことに関して,当該通知の内容が前記1(1)イ認定のとおりであって単に情報公開請求があったことを知らせるに過ぎないものであることからすると,通知するための検討だけに17日間要したものとは認められない。

もっとも,本件対象文書2は膨大な量であること,本件開示請求2はこのような膨大な文書にかかる27件の開示請求を一斉になしたものであって,受理から通知をするまでの一連の処理にはある程度の時間を要するものであること等の事情からすれば,17日間かかったことについてはやむを得ない面があったというべきである。

(エ) 北米第一課において,在ホノルル総領事館への該当文書送付の指示をするまで5か月弱の期間をかけていることに関して,情報公開法10条の趣旨からすれば5か月弱というのは長きにすぎ,当該指示の内容も簡易なものであってそれ自体の作成をするためだけにその程度の期間を要するものとも認められない。しかし,北米第一課においては平成19年2月から7月初旬にかけて重要外交案件が続くという事態にあったこと,本件のような膨大かつ多岐にわたる開示請求に対しては,在外公館に指示するにあたって対象文書を絞り込むため,ある程度の検討が必要であったこと等の事情が認められ,かかる事情に鑑みれば,5か月弱の期間を要したことにもやむを得ない面があったというべきである。

(オ) 西欧課において,在イタリア大使館及ぶ在フランス大使館への該当文書送付の指示をするまで5か月弱の期間をかけていることに関しては,北米第一課におけるのと同様,当該指示の内容からみて,その作成をするためだけにその程度の期間を要するものとは認められない。しかし,西欧課においても平成19年2月から6月にかけて重要外交案件が続くという事態にあったこと,本件開示請求2のような膨大かつ多岐にわたる開示請求に対しては,在外公館に指示するにあたって対象文書を絞り込むため,ある程度の検討が必要であったこと等の事情が認められ,かかる事情に鑑みれば,5か月弱の期間を要したことにもやむを得ない面があったというべきである。

(カ) 以上に述べてきたことからすれば,延長通知2は情報公開法11条の要件を形式的には欠いているものの,対象文書の量,特定の程度,他の行政事務等の事情を総合考慮すると,本件開示請求2から本件開示決定2・4まで9か月程度の期間を要したことも,やむを得ない事情があったというべきであり,開示決定等の遅延の程度は未だ情報公開制度の目的の実現を阻害する程度に著しいものであるとはいえず,社会通念上一般人において受忍すべき限度を超えた場合にあたるとは認め難い。そうすると,本件開示決定2・4までの期間の経過をもって国家賠償法1条1項所定の違法があるということはできない。したがって,この点に関する原告の主張はその余の点について検討するまでもなく理由がない。

4  以上によれば,原告の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮見直之 裁判官 近藤幸康 裁判官 高橋幸大)

(別紙添付省略)

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