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仙台地方裁判所 平成19年(行ウ)17号 判決 2008年12月01日

主文

1  被告は,別表1「請求相手方」欄に記載されたものに対し,対応する同表「請求金額(円)」欄に記載された金員及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

2  訴訟費用は,各被告補助参加人に生じたものを各被告補助参加人の負担とし,その余のものを被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

主文第1項同旨

第2事案の概要

本件は,地方行財政の不正の監視,是正等を目的とする権利能力なき社団である原告が,被告補助参加人らを含む宮城県議会議員によって構成された議会内の会派及び無会派議員が宮城県から交付を受けた平成17年度の政務調査費について,条例に基づく違法な施行規程に従い旅費として支出した金員のうち実費を超える部分に相当する額を返還しないことが不当利得を構成するとして,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づき,被告に対し,不当利得返還請求権を行使するよう訴求した事案である。

1  前提事実(証拠を付記した事実以外は当事者間に争いがない,又は明らかに争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告は,地方行財政の不正を監視,是正すること等を目的として結成された仙台市民により構成される権利能力なき社団である。

イ 被告は,宮城県の長である。

ウ 被告補助参加人らを含む別表1「請求相手方」欄に記載されたもの(以下「補助参加人ら」という。)は,平成17年度に宮城県議会における政務調査費の交付に関する条例(平成16年4月1日施行。平成16年宮城県条例第38号。以下「本件条例」という。)6条又は7条に基づく届出をした宮城県議会内の会派又は無会派議員である。

(2)  政務調査費交付等の仕組(乙1)

本件条例は,地方自治法100条13項及び14項所定の政務調査費について,2人以上の議員で構成される会派又は無会派議員に対し交付すること(2条1項),会派又は無会派議員が政務調査費の交付を受けようとするときは,議長に対し所要の届出をすべきこと(5条,6条),知事は,所要の手続を経て決定した額の政務調査費を交付すること(8条,9条),政務調査費は,調査研究費,研修費,会議費,資料作成費,資料購入費,広報費,事務所費,事務費及び人件費に充てるものとすること(10条),会派代表者又は無会派議員は,政務調査費に係る収支を議長に報告すべきところ,支出額については,実費に代えて,議長が別に定める方法により算定した額によることができること(13条1項,2項),会派又は無会派議員は,その年度において交付を受けた政務調査費の総額から,使途基準に従って行った適正な支出の総額を控除して残余がある場合,これに相当する額を返還すべきところ,知事は,この返還がされないときは,返還を命ずることができること(16条3項,4項)等を規定している。

(3)  県内旅費に関する関係規程の定め(乙2)

宮城県議会における政務調査費の交付に関する条例施行規程(平成16年4月1日施行。平成16年宮城県議会訓令甲第3号。以下「本件規程」という。)は,本件条例の施行に関し必要な事項を定めるところ,本件条例13条2項に関して,政務調査費に係る県内旅費(宿泊費を除く。)の計算については,簡便計算方法として,実費に代えて,1日の移動距離の区分に応じて,50キロメートル未満は日額7000円,50キロメートル以上100キロメートル未満は日額1万1500円,100キロメートル以上150キロメートル未満は1万6000円,150キロメートル以上200キロメートル未満は2万0500円,200キロメートル以上は2万2000円(ただし,駐車料金及び有料道路使用料を別途計上することはできない。)によることができる旨定めている(8条1項,別表第2。以下「本件簡便計算方法」という。但し,別表第2は添付省略)。

(4)  補助参加人らに対する政務調査費交付等(甲1,2,弁論の全趣旨)

補助参加人らは,平成17年度において,本件条例所要の手続をとって,政務調査費の交付を受け,その後,会派所属議員又は無会派議員自らが,政務調査活動のためとして別表2「年間走行距離(km)」欄記載の距離を旅行し,本件簡便計算方法に従って,県内旅費として同表「A年間支給総額(円)」欄記載の金員の支出があった旨収支報告をし,これに相当する金員を返還せずに保持しており,被告もその返還を求めていない。

(5)  住民監査請求,本訴提起等(甲1,2,顕著な事実)

原告は,平成19年3月22日,宮城県監査委員に対し,平成17年度の県内旅費の支出を含む補助参加人らの政務調査費の支出につき違法又は不当があるとして,住民監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)が,同委員が,平成19年5月18日付けでこれを棄却したため,同年6月15日,本訴を提起した。

なお,原告は,当初,宮城県議会議長の本件規程制定及び補助参加人らの県内旅費以外の政務調査費の支出にも違法がある旨主張し,被告に対し,この点に関する議長個人及び補助参加人らに対する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権も行使するよう求めていたが,本訴係属中に,県内旅費支出の適否につき早期に判断を得るためとして,これに関する部分のみに請求を減縮した。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

本訴の主たる争点は,本件規程8条1項,別表第2の効力であるが,これに関する当事者等の主張は次のとおりである。

(1)  原告

ア 地方自治法100条13項は,「地方議会の議員の調査研究に資するための必要な経費の一部として・・・政務調査費を交付することができる。」と規定しており,政務調査費は政務調査に必要な経費でなければ交付してはならないから,実費によるのが大原則であり,本件条例13条2項も「実費に代えて」と規定し,実費精算が原則であることを前提としている。すると,本件条例13条2項の委任に基づき議長が簡便計算方法を定めるには,実費精算が困難な特段の事情があり,かつ,限りなく実費に近い方法でなければならない。

イ ところが,本件簡便計算方法は,議員の自家用自動車関係経費(自動車購入費,冬タイヤ代,カーナビゲーションシステム代,車検費用,諸税,自賠責保険料,任意保険料等)を政務調査費で賄うことができるとの考え方に立ち,これらの費用を積算して移動距離1キロメートル当たりの単価を90円と算定し,概ね移動距離の各区分の上限の3分の2程度を1日で走行し,駐車料金及び有料道路使用料として1日当たり4000円を支出するとの前提で定められたものであり,これだけをみても,本件簡便計算方法は,実費を超える過大なものとして,その違法性は明らかである。

また,議員が公務で県内旅行をした場合,県議会議員の報酬等に関する条例(平成12年宮城県条例第95号。以下「議員報酬等条例」という。)6条3項3号,職員等の旅費に関する条例(昭和32年宮城県条例30号。以下「職員等旅費条例」という。)19条2号が定める1キロメートル当たり37円の車賃が支給されることになる(ちなみに,この規定が準じた国家公務員等の旅費に関する法律6条5号,19条が定める車賃の1キロメートル当たりの単価37円は,全国の乗合バス料金の平均を採ったものであるが,これには,燃料費の実費のみならず,人件費,車両修繕費,車両償却費,自賠責保険料,諸税等が含まれるのであり,これでも自家用自動車利用者には十分すぎるほど配慮された金額である。)が,本件簡便計算方法は,これとの均衡からしても過大である。

このほか,宮城県以外の都道府県においては,議員が都道府県内を自家用自動車で旅行した場合の旅費の簡便計算方法として,交通費(燃料費,有料道路通行料及び駐車料金)のみに限定し,1キロメートル当たりの単価も18円から37円の範囲にとどめており,本件簡便計算方法は,これとの比較でも常軌を逸している。

ウ したがって,本件簡便計算方法には実額よりも不当に高額の旅費を算定する違法があり,議員報酬等条例6条3項3号,職員等旅費条例19条2号が定める1キロメートル当たりの単価37円を超えて旅費として支出した額に相当する額は,補助参加人らの不当利得を構成する。

(2)  被告及び被告補助参加人A(ただし,アは被告のみの主張)

ア そもそも,知事たる被告は,財務会計行為として,本件条例に基づき政務調査費を支出したにすぎないところ,本件条例は,議会が知事から独立した権限に基づき制定したものであって,被告は,その制定行為に重大かつ明白な違法がない限り,これを尊重しなければならないから,被告の財務会計行為には瑕疵がない(最高裁平成4年12月15日第三小法廷判決民集46巻9号2753頁参照)。

イ また,本件条例13条2項に基づき簡便計算方法をどのように定めるかは議会の裁量に委ねられており,重大かつ明白な違法性がない限り,被告としては,本件簡便計算方法に従って支出された旅費に係る政務調査費について返還請求権を行使することはできないところ,本件簡便計算方法は,複数回開催された宮城県議会政務調査費条例等検討委員会(以下「本件委員会」という。)の検討を踏まえ,議会で全会一致で可決されたものであり,その過程も明らかにされている。

ウ なお,職員の場合には公共交通機関の利用ができない場合その他特に必要と認められたときに初めて自家用自動車による旅行が承認されるのに対し,庁用車が利用できず自家用自動車を利用することが多い議員の政務調査活動とでは前提を異にするので,職員の場合と同じ単価を定めなければ違法になるものではない。

(3)  被告補助参加人B

ア 県内旅費に関する政務調査費の支出について,実額方式によるか本件簡便計算方法によるかは補助参加人らの裁量に委ねられているところ,次のとおり,本件簡便計算方法には一定の合理性があるから,具体的な計算結果が実額に比して著しく高額である等,社会通念上,合理性を欠くものでない限り,違法にはならないというべきである。

イ すなわち,議員の政務調査活動は,1日のうちに数度にわたり様々な場所で行われるものであり,移動の都度,移動距離を測定し,実費精算をすることは事務手続が煩瑣になりかねないから,本件条例13条2項の委任を受けた本件規程8条1項が簡便計算方法を採用することには合理性があり,本件簡便計算方法が定める日額も,上記のような政務調査活動の特質を踏まえると,社会通念上,合理性を欠くような高額とはいい難い。

ウ したがって,被告補助参加人乙が,本件簡便計算方法に従って県内旅費を支出したことに違法はない。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,概要,政務調査活動の特殊性に照らすと,宮城県議会議長が本件条例13条2項の委任を受け,旅費につき職員等旅費条例19条2号所定の車賃よりも簡便な計算方法を採用すること自体には合理性があるが,本件簡便計算方法は,自家用自動車の利用を念頭におき燃料費以外にその購入費,維持費等をも積算した額等を踏まえて旅費の額を定めるものであるところ,法令上,政務調査費の交付対象は経費ないし実費とされているから,自家用自動車の性質上,政務調査活動の有無にかかわらず負担すべき自家用自動車の購入費,維持費等を考慮するのは合理性を欠き,その結果として,これにより算定される旅費の額と本来政務調査費の交付対象となる額との乖離が著しくなっており,なお,本件簡便計算方法によって算定される旅費の額がタクシーを利用した場合より安価であるとしても,現にあまり利用されず,真に必要な場合にその実額を支給すれば足りるタクシー代との比較は意味がなく,かつ,政務調査費を議員自身による運転労務の対価として交付することもできないので,結局,本件簡便計算方法は,本件条例13条2項の委任の範囲を超えるものとして,効力を有さず,したがって,補助参加人らには,証拠上推認されるその差額につき不当利得があると判断する。その理由の詳細は,以下のとおりである。

1  政務調査費は,地方議会の議員の調査研究に資するための必要な経費の一部として交付されるものである(地方自治法100条13項)から,必要な経費の額,すなわち,実額によるのが原則というべきであり,簡便計算方法を許容する本件条例13条2項が,「実費に代えて」と規定しているのもその趣旨を踏まえたものと解される。

もっとも,旅費の計算は,特に,公共交通機関を利用せずに自家用自動車を利用した場合,これを真に実費で精算することは,性質上,極めて煩瑣で,現実には困難であることは明らかであるから,一定の簡便な計算によらざるを得ず,原告が本件簡便計算方法の比較対象とする議員報酬等条例6条3項3号(甲27),職員等旅費条例19条2号(甲24)のほか,国家公務員等の旅費に関する法律6条5号,19条が車賃につき1キロメートル当たりの単価を37円と規定するのも,一種の簡便計算方法であるし,本件条例13条2項が簡便計算方法を許容すること自体も合理的であるといわなければならない。

しかしながら,簡便計算方法を採用するとしても,あくまでも,実費精算に代わる簡便な方法であるから,本来,その結果は可能な限り実額に近似するのが望ましく,どのような計算方法にするかは,実費精算の煩瑣の程度(必要性)との相関関係において,どの程度簡便にすべきか,どの程度の実額からの乖離を許容するか(相当性)を考慮しなければならず,簡便計算方法の制定に当たって,議長に裁量権があるとしても,本来考慮すべき事由を考慮せず,又は本来考慮すべきでない事由を考慮するなどした結果,必要性と相当性にかんがみ,社会通念上,合理性を欠く内容になった場合には,当該簡便計算方法は本件条例13条2項の委任の範囲を超えるものとして,効力を有しないというべきである。

2  これを本件についてみるに,証拠(甲7~21,23~25,27,丙A1,2。以上,枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

(1)  宮城県議会においては,平成16年4月1日に本件条例及び本件規程が施行される前は,県内旅費に係る政務調査費の支出について明確な基準がなく,運用上,概ね,議員報酬等条例6条,別表第3が定める議員が在勤地における会議に出席した場合の費用弁償(1日の行程陸路の区分に応じて,50キロメートル未満は日額1万0800円,50キロメートル以上80キロメートル未満は日額1万2200円,80キロメートル以上120キロメートル未満は1万4100円,120キロメートル以上180キロメートル未満は1万6900円,180キロメートル以上は2万0200円)に準じて取り扱われていたが,高額に過ぎる,旅費と費用弁償の整合性につき議論を要するとの意見もみられた。

(2)  宮城県議会では,新たに本件条例を定めるに当たり,本件委員会を設置して,その在り方の検討を進めたが,県内旅費に係る政務調査費の支出については,上記(1)の従前の運用に対する意見のほか,多くの議員が自家用自動車を利用して政務調査活動をしている実態があり,旅費につき燃料費,有料道路通行料,駐車料金等を精算することは煩瑣であり,車両購入費及び維持費も考慮に入れなければならないこと,議員は,職員と異なり,非常勤扱いで政務調査活動中の事故は公務災害にならず,物損事故及び人損事故はすべて自己負担になること,議員は,職務上の地位が部長等と同等であるにもかかわらず,課長職以上の幹部職員が日常使用している運転手付き庁用車も供されないことを踏まえ検討が進められた。具体的には,当時の全議員を対象として調査した結果である車両購入費の平均331万6230円(普通タイヤ代1セット,冬タイヤ代2セット及びカーナビゲーション等の装備品代を含む。なお,車両価格のみの平均は287万8696円であり,個別にみると,300万円を超えるものが散見される。),一般的な車両の償却期間である6年間に要する保険料(自賠責及び任意。ただし,車両保険は含まない。),諸税,車検費用その他の維持費用の平均115万9679円,1リットル当たりの走行距離の平均8.6キロメートル(レギュラー9.1キロメートル,ハイオク16.6キロメートル,軽油11.2キロメートル),1リットル当たりの燃料価格レギュラー106円,ハイオク116円,軽油84円,車両保険の年間平均保険料2万3049円を基礎とし,6年間で6万キロメートル(年間1万キロメートル)を走行すると仮定して,1キロメートル当たりの単価を約90円(なお,うち燃料費は13.3円)と算出し,本件簡便計算方法の移動距離の各区分の下限に33キロメートルを加えた距離を乗じ,さらに,いくつかの仮設事例につき有料道路通行料及び駐車料金を試算した上で133キロメートルの90パーセントを高速道路を利用したと仮定した場合の料金4000円を一律に加えた額の端数処理をした額をもって定めることとされた。

なお,本件委員会の議論では,なるべく従前の支給額を維持したいということを基本に考える旨の意見も出された。

(3)  議員報酬等条例6条3項3号,職員等旅費条例19条2号は,自家用自動車等に利用して旅行をする場合の車賃につき1キロメートル当たりの単価を37円と規定するが,これは,国家公務員等の旅費に関する法律6条5号,19条が車賃の1キロメートル当たりの単価を37円と規定していることに準じたものであるところ,その根拠は全国の乗合バス料金の平均であり,ちなみに,一般乗合旅客自動車運動事業の運賃原価は,営業費(人件費,燃料油脂費,車両修繕費,車両償却費,その他運送費及び一般管理費),営業外費用及び適正利潤を総括した額とする旨定められている。

(4)  全国都道府県議会議長会は,平成13年10月16日,政務調査費の使途の基本的な考え方について取りまとめたが,調査研究に要する自動車の交通費については,政務調査費で支出できるのは,燃料費及び有料道路通行料,駐車料金等の実費のみであり,その他の維持管理に要する費用に支出することは適当でなく,一般に自己所有の自動車は,私的活動に供されることが主であり,政務活動に使用するのは,活動の道具として整備された自動車が存在することを前提とし,それを利用するにすぎず,したがって,修繕費,車検費用,保険料等の維持管理は政務調査活動に直接必要な経費と考えるべきでないとされた。

そして,宮城県以外の都道府県は,県内旅費の簡便計算方法について,なお具体的な定めを設けていないところも多いが,原告が調査した範囲では,車賃の1キロメートル当たりの単価を18円ないし37円とし,さらに,その多くがこれに有料道路通行料及び駐車料金の実額を加えることとしている。

3  上記認定事実に基づき本件簡便計算方法の効力につき検討するに,まず,多くの議員が自家用自動車を利用して政務調査活動をしている実態があるというのであるから,自家用自動車利用に要する費用を参考にして,簡便計算方法を定めること自体は合理的であるし,政務調査活動は,性質上,職員の旅行に比して頻度が高く1日当たりの目的地が複数の場合も多いと考えられることからすると,簡便計算方法として,職員の車賃に比して,より簡便な計算方法を採用しようとすること自体にも,合理性があるということができる。

しかしながら,本件簡便計算方法が,車両購入費(普通タイヤ代,冬タイヤ代及び装備品代を含む。しかも,相当高額の車両を購入することを想定した費用),各種保険料,諸税,車検費用その他の維持費を算定の根拠とする点については,自家用自動車の性質上,これを政務調査活動の用途に利用すると否とにかかわらず負担しなければならない費用の全部又は一部を政務調査費から支出することを前提とするものであり,ちなみに,議員1人の政務調査活動のため自家用自動車の年間走行距離は平均約9000キロメートルになること(前記第2の1(4)参照)及び本件簡便計算方法の検討過程では年間走行距離が1万キロメートルと仮定されていることからすると,政務調査費によって,自家用自動車の車両購入費及び維持費の約9割を賄える計算となるが,このことは,結果として,実質的にほぼ政務調査費によって,タイヤ代及び装備品代込みで300万円を超える自家用自動車を6年に1回の割合で購入し,維持することを容認することに概ね等しくなりかねないから,そのような支出は,社会通念上,あるいは,上記2(4)に認定の全国都道府県議会議長会が示した基本的な考え方に照らしても,一般的な旅費の実費の概念からかけ離れた実質を有するといわざるを得ない。また,その結果として,1キロメートル当たりの単価を90円とする点については,本件委員会の調査結果から算定された1キロメートル当たりの燃料費13.3円はもとより,議員報酬等条例6条3項3号,職員等旅費条例19条2号,国家公務員等の旅費に関する法律6条5号,19条が定める車賃の1キロメートル当たりの単価37円あるいは他の都道府県における政務調査のための県内旅費の1キロメートル当たりの単価18円ないし37円に比しても著しく高額に設定されているのであって,厳密にいえば,自家用自動車を政務調査活動に利用することにより,車両等にそれがなければ生じなかった摩耗等が生じ,そのために多少の修理費等が必要となる場合がないとはいえないことを考慮に入れても,その合理性を肯認することは困難である。

つぎに,本件簡便計算方法が有料道路通行料及び駐車料金に相当するものとして一律4000円を加算する点については,近距離で有料道路等を利用しないものから遠距離でこれらを利用するものまで種々の旅行を繰り返すうち全体として実額に近似してくるとの考え方に基づくものとも考えられ,そのような考え方自体を直ちに不合理とまではいい難いが,本件委員会において,現実の政務調査活動における有料道路等の利用頻度,利用距離等を調査した上で実額との近似性が検討された形跡はなく,従前の運用が依拠する議員報酬等条例6条,別表第3が定める費用弁償の額に近づけるため実額との近似性につき裏付けのない4000円を加算することとしたと疑われてもやむを得ない面もある(なお,これが有料道路通行料及び駐車料金の実額をそのまま加算する方法に比して合理性に欠けることは明らかであり,かつ,そのような実額加算の方法が,政務調査活動の特殊性に照らしても,なお煩瑣にすぎるとまではいい難い。)から,結局,一律4000円を加算する点も,直ちにその合理性を肯認することはできない。

このほか,議員の政務調査活動の場合,自家用自動車利用の必要性,頻度等において,職員の場合と相違があるとしても,あるいは,議員の職務上の地位が部長等と同等であるとしても,議員と(一般の)職員とで自家用自動車による旅行に要する実費が相違することを認めるべき証拠はない。ちなみに,国家公務員等の旅費に関する法律は,鉄道賃及び船賃について,指定職の職務にある者等につき特別車両料金等を定めるが,これは職務上の地位に相応する特別車両等の利用に現に必要となる額を旅費として認める趣旨であって,指定職の職務にある者等に対し現に必要となる額を超える旅費を認める趣旨ではない。

ところで,本件委員会の委員である議員C(以下「C議員」という。)は,本訴と同一の争点を有する平成16年度の政務調査費に関する別訴において,証人として,本件簡便計算方法の合理性について,①政務調査活動に際し自家用自動車を1箇所に駐車して複数の目的地をタクシーで回る場合が多い(C議員は実費精算が煩瑣である根拠として説明するが,自家用自動車の燃料費のみを考慮するだけでは不足とする根拠にもなる可能性がある。),②民間の上場企業では車賃の1キロメートル当たりの単価は80円,90円が普通で,外資系企業には120円,130円という例もあり,また,公共交通機関の料金も様々であって,乗車率が高い地域の鉄道運賃は1キロメートル当たり17,8円だが,仙台空港アクセス鉄道の運賃は1キロメートル当たり58円程度であり,タクシーの1キロメートル当たりの料金は300円程度である(加えて,安藤議員は,自らのいくつかの事例につき,タクシーを利用したと仮定した場合のタクシー代を算定した上,本件簡便計算方法により算定した旅費がこれをはるかに下回っているとして,本件簡便計算方法は合理的であり,また,タクシーの代替として自ら自家用自動車を運転するため,緊張を強いられ,仮眠も取れないこと等も考慮すべき旨陳述する(丙A1)。),③政務調査活動のみに利用するため自家用自動車を運用している議員が多いから,車両購入費,維持費等も考慮すべきである旨証言する(甲9)。

しかしながら,①については,自家用自動車がその場にありながら,敢えてタクシーに乗り換える必要性があることが一般的とは考え難く(C議員は,他方で,タクシーによる移動は非常識と考えており,その利用はほとんどない旨陳述する(丙A1)。),かつ,タクシーへの乗換えが真に必要な場合はまさにタクシー代の実額を計上することも可能であり(本件条例13条2項は,簡便計算方法による算定を義務とするものではなく,本件規程8条1項もそのことを前提とする。),②については,民間の上場企業の車賃の支給の目的(例えば,自家用自動車利用に要する経費を支給するほかに運転労務の対価を支給する趣旨も含むか等),要件,額等の実態自体が客観的に明らかにされたわけではなく,かつ,民間の上場企業と地方公共団体の経理の在り方を同一には論じられない(むしろ,原告主張のように他の地方公共団体と比較する方が有意義である。なお,C議員は,ほとんどの地方議会は,本件簡便計算方法の適否に関する一連の訴訟の推移を見守って,条例の制定に腰が引けているのが実情であり,原告の問合せに対し職員の車賃をもって回答したにすぎない旨陳述する(丙A1)が,仮に,そのような実情があるとすれば,そのこともまた一つの参考になり得るといわなければならない。)ほか,自家用自動車の利用が多いという政務調査活動の実態を踏まえ自家用自動車利用を念頭において制定された本件簡便計算方法の適否の検討に当たって,運転手の人件費等が料金に反映されるタクシー代あるいは主として仙台空港利用者のためにJR東北本線の枝線的に建設された仙台空港アクセス鉄道の運賃と比較すること自体が説得性に乏しく(タクシー利用に関するC議員の陳述書(丙A1)の内容は,①につき説示したとおりであるが,C議員が,自家用自動車の運転に緊張を強いられ,仮眠も取れないこと等も考慮すべき旨陳述する点については,そのような疲労の金銭評価は,一種の運転労務の対価の性質を有するものであって,法令上,経費ないし実費たるべき政務調査活動に要する旅費の概念にそぐわないといわざるを得ない。),③については,一般に自己所有の自動車は私的活動に供されることが主であるとの全国都道府県議会議長会の認識する実情が,何故,宮城県について正反対であり,議員の多くが私的な利用をしていないといい得るのか,疑問を禁じ得ないし,現に,本件委員会において,人件費,事務費等については,政務調査活動と政務調査費の対象とならない政治活動及び後援会活動との共用があることを前提として,その費用の割振りにつき議論がされ(甲10の4),本件規程8条2項がこの点につき規定したこと(乙2)にも照らせば,少なくとも政治活動及び後援会活動に関しては,政務調査活動と自家用自動車を共用している例が少なくないと推認される(C議員も,平成16年度の政務調査費に関する別訴において,政務調査費の対象とならない政治活動その他の議員活動に自家用自動車を利用することがあることを自認するとともに,実費によるとどこまでが政務調査活動に要した旅費か否かのチェックは容易でない旨証言し(甲9),平成15年度の政務調査費に関する別訴においても,政党活動等に自家用自動車を利用する旨証言する(丙A2)。)から,本件簡便計算方法の合理性に係るC議員の説明を採用することはできない。

結局,本件簡便計算方法は,全体としてみて,移動距離1キロメートル当たりの単価につき,本来,考慮すべきでない車両購入費等を考慮し,また,一律4000円の加算につき,本来,考慮すべき実額との近似性を考慮していないなどの結果,実額との乖離が著しいものとなっており,その相当性につき合理性を肯認することは困難といわざるを得ず,本件条例13条2項の委任の範囲を超えるものとして,効力を有しないというべきである。

4  以上のとおり,補助参加人らが本件簡便計算方法に従って県内旅費を支出することは,政務調査費の趣旨に照らし許されないので,進んで,補助参加人らがこのような支出をして政務調査費の返還を怠ったことにより生じた不当利得の額につき判断するに,これは,本来,本件簡便計算方法に従って算定された旅費と真に必要とされた実費との差額となるが,上記1に説示のとおり,真の実費を精算することは現実には困難であり,かつ,本訴において,これを直接的に認定し得る証拠も提出されていないから,他に適当な算定方法が見当たらない本件においては,これを,上記2(3)に認定のとおり,国家公務員の車賃として広く採用されて特に不合理が指摘されることなく定着し,宮城県においても,条例で議員及び職員の車賃として定められている1キロメートル当たりの単価37円に移動距離を乗じる方法によって算定される額をもって真に必要とされた実費の額と推認することとする。

もっとも,1キロメートル当たりの単価37円に移動距離を乗じる方法のみによって算定した場合,表面的には有料道路通行料及び駐車料金の実額が計上されていないかのようでもあるが,国家公務員等の旅費に関する法律6条5号,19条等はそのような加算を予定しておらず,1キロメートル当たりの単価37円ですら既に本件委員会の調査の結果から算定された純粋な燃料費のみの単価の3倍近い額であることのほか,真に必要とされた有料道路通行料等の実額を認めるべき証拠は提出されていないところ,本件簡便計算方法は,形式的には議長が定めたものであるが,実質的には当時の各会派の代表たる議員が委員となった本件委員会で検討され,県議会において無会派議員を含め全会一致による議決を経たものであって(甲7,9,10の1~6,弁論の全趣旨),現時点において,真に必要とされた有料道路通行等の実額を確定できないことの負担を県議会を構成する会派又は無会派議員ではなく宮城県に負わせることは衡平の観点から問題があることにも照らせば,上記のような方法によって真に必要とされた実費の額を推認することは許されるというべきである。このほか,真に必要があって,自家用自動車ではなく,タクシーを利用した場合があるとすれば,その場合のタクシー料金を1キロメートル当たりの単価37円に移動距離を乗じる方法をもって算定することはできないが,上記と同様の理由のほか,先に説示したとおり,そのような場合が一般的とは考え難いことからすると,本訴において,平成17年度の1年間に真に必要とされた実費の額を算定するに当たって,上記の推認をすることは許されるというべきである。

すると,補助参加人らが宮城県に対し支払うべき各不当利得の元金は,別表2「A-B」欄記載の額となる。

また,前記2(2)に認定の本件簡便計算方法が定められた経過等に照らせば,補助参加人らは,本件簡便計算方法の具体的根拠等について知った上で,それに従って支出した県内旅費に相当する政務調査費を返還しなかったものとして,上記の各不当利得について悪意の受益者に当たるというべきであるから,補助参加人らは宮城県に対し各不当利得の元金にこれを返還すべき日である平成18年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息を付加して返還すべきこととなる。

5  なお,被告は,最高裁平成4年12月15日判決を援用して,被告の財務会計行為に瑕疵はない旨主張するが,上記最高裁判決は,財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し,職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求め得るのは,これに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られるとするものであるところ,本訴において問題とされているのは,被告の財務会計行為によって生じた被告に対する損害賠償請求権ではなく,補助参加人らが,本来,返還すべき政務調査費の残余について,本件条例の委任の範囲を逸脱して効力を有しない本件簡便計算方法を理由として返還しないために生じた補助参加人らに対する不当利得返還請求権であるから,本訴は上記最高裁判決とは事案を異にするものであって,被告の主張は採用できない。

6  よって,原告の請求はすべて理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畑一郎 裁判官 廣瀬孝 裁判官 遠藤啓佑)

file_2.jpg別紙

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