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仙台地方裁判所 平成19年(行ウ)4号 判決 2009年3月03日

主文

1  被告が,原告に対して,平成18年11月22日付けでした,別紙文書目録記載の文書を開示しないとの処分のうち,平成12年度の宮城県警察本部生活安全部生活保安課の犯罪捜査協力報償費支出に関係する別紙文書目録記載1の①ないし⑫の文書のうち同目録記載2の③の部分を開示しないとの処分を取り消す。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを3分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の主張

1  請求の趣旨

(1)  被告が,原告に対して,平成18年11月22日付けでした,別紙文書目録記載の文書を開示しないとの処分を取り消す。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,宮城県の住民を構成員とする権利能力なき社団である原告が,宮城県情報公開条例(平成11年宮城県条例第10号。以下「本件条例」という。)に基づき,情報公開の実施機関である宮城県警察本部長(以下「警察本部長」という。)に対して,平成12年度の宮城県警察本部(以下「警察本部」という。)刑事部鑑識課,生活安全部鉄道警察隊及び生活保安課の犯罪捜査協力報償費(以下「捜査報償費」という。)の支出に関する一切の文書の開示を平成18年10月19日付けで請求したところ,警察本部長が,同年11月22日,対象文書の一部を開示し,一部を開示しない旨の決定を行ったため(以下「本件処分」という。),非開示とされた部分につき,取消しを求めた事案である。

2  前提事実(証拠援用部分を除き,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は,平成5年6月24日,宮城県の住民を構成員とし,地方行財政の不正を監視・是正すること等を目的として結成された権利能力なき社団である。

イ 被告は,本件処分を行った警察本部長が所属する地方公共団体である。

(2)  本件条例の規定

本件条例には,下記のような規定がある。

第1条(目的)

この条例は,地方自治の本旨にのっとり,県民の知る権利を尊重し,行政文書の開示を請求する権利及び県の保有する情報の公開の総合的な推進に関して必要な事項を定めることにより,県政運営の透明性の一層の向上を図り,もって県の有するその諸活動を説明する責務が全うされるようにするとともに,県民による県政の監視と参加の充実を推進し,及び県政に対する県民の理解と信頼を確保し,公正で開かれた県政の発展に寄与することを目的とする。

第2条(定義)

1  この条例において「実施機関」とは,知事,公営企業管理者,病院事業管理者,教育委員会,選挙管理委員会,人事委員会,監査委員,公安委員会,警察本部長,労働委員会,収用委員会,海区漁業調整委員会及び内水面漁場管理委員会,県が設立した地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成15年法律第118号)第2条第1項に規定する地方独立行政法人をいう。以下同じ。)並びに宮城県住宅供給公社,宮城県道路公社及び宮城県土地開発公社(以下「公社」という。)をいう。

2  この条例において「行政文書」とは,実施機関の職員(県が設立した地方独立行政法人及び公社にあっては,役員を含む。以下この項において同じ。)が職務上作成し,又は取得した文書,図画,写真及びスライドフィルム(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。次項において同じ。)並びに電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。次項において同じ。)であって,当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施機関が保有しているものをいう。

3(省略)

第3条(責務)

1  実施機関は,この条例に定められた義務を遂行するほか,その保有する情報を積極的に公開するよう努めなければならない。この場合において,実施機関は,個人に関する情報が十分保護されるよう最大限の配慮をしなければならない。

2  行政文書の開示を請求しようとするものは,この条例により保障された権利を正当に行使し,情報の公開の円滑な推進に努めなければならない。

第4条(開示請求権)

何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,行政文書の開示を請求することができる。

第5条(開示請求の手続)

1  前条の規定による開示の請求(以下「開示請求」という。)は,次に掲げる事項を記載した書面(以下「開示請求書」という。)を実施機関に提出してしなければならない。

(1)ないし(3) (省略)

2  (省略)

第6条(開示請求に対する決定等)

1  実施機関は,開示請求のあった日から起算して15日以内に,行政文書の全部若しくは一部を開示する旨の決定,行政文書を開示しない旨の決定,第11条の規定により開示請求を拒否する旨の決定又は開示請求に係る行政文書を保有していない旨の決定(以下「開示決定等」と総称する。)をしなければならない。ただし,前条第2項の規定により補正を求めた場合にあっては,当該補正に要した日数は,当該期間に算入しない。

2ないし4 (省略)

第7条(開示の実施)

1  実施機関は,前条第1項の行政文書の全部又は一部を開示する旨の決定(以下「開示決定」という。)をしたときは,速やかに,開示請求者に対し,行政文書の開示をしなければならない。

2  閲覧の方法による行政文書の開示にあっては,実施機関は,当該行政文書を汚損し,又は破損するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるときは,前項の規定にかかわらず,その写しにより,これを行うことができる。

3  開示決定を受けた者は,前条第2項の規定による通知があった日から90日以内に開示を受けなければならない。ただし,当該期間内に当該開示を受けることができないことにつき正当な理由があるときは,この限りではない。

第8条(行政文書の開示義務)

1  実施機関は,開示請求があったときは,開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報のいずれかが記録されている場合を除き,開示請求者に対し,当該行政文書を開示しなければならない。

(1)  法令(条例を含む。以下同じ。)の規定により公開することができないとされている情報

(2)  個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され,若しくは識別され得るもの又は特定の個人を識別することはできないが,公開することにより,なお個人の権利利益が害されるおそれがあるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。

イ 法令の規定により又は慣行として公開され,又は公開することが予定されている情報

ロ 当該個人が公務員等(国家公務員法(昭和22年法律第120号)第2条第1項に規定する国家公務員(独立行政法人通則法(平成11年法律第103号)第2条第2項に規定する特定独立行政法人及び日本郵政公社の役員及び職員を除く。),独立行政法人等(独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号)第2条第1項に規定する独立行政法人等をいう。以下同じ。)の役員及び職員,地方公務員法(昭和25年法律第261号)第2条に規定する地方公務員並びに地方独立行政法人及び公社の役員及び職員をいう。)である場合において,当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは,当該情報のうち,当該公務員等の職,氏名及び当該職務遂行の内容に係る部分

(3)  法人その他の団体(国,独立行政法人等,地方公共団体,地方独立行政法人及び公社を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公開することにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益が損なわれると認められるもの。ただし,事業活動によって生じ,又は生ずるおそれのある危害から人の生命,身体,健康,生活又は財産を保護するため,公開することが必要であると認められる情報を除く。

(4)  公開することにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報

(5)  県の機関,県が設立した地方独立行政法人,公社又は国等(国,独立行政法人等,地方公共団体,地方独立行政法人(県が設立したものを除く。)その他の公共団体をいう。以下この項において同じ。)の機関が行う衛生,営業,建築,交通等に係る規制等に関する情報であって,公開することにより,人の生命,身体,健康,生活又は財産の保護に支障が生ずるおそれのあるもの

(6)  県,県が設立した地方独立行政法人,公社又は国等の事務事業に係る意思形成過程において行われる県の機関内部若しくは機関相互の間若しくは県が設立した地方独立行政法人若しくは公社の内部又は県の機関,県が設立した地方独立行政法人,公社及び国等,国等の機関の相互の間における審議,検討,調査,研究等に関する情報であって,公開することにより,当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障が生ずると明らかに認められるもの

(7)  県の機関,県が設立した地方独立行政法人,公社又は国等の機関が行う検査,監査,取締り,争訟,交渉,渉外,入札,試験その他の事務事業に関する情報であって,当該事務事業の性質上,公開することにより,当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなり,又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずると認められるもの

2  前項の場合において,開示請求に係る行政文書が地方自治法(昭和22年法律第67号)第180条の2の規定により,警察の職員が知事の委任を受け,又は知事の補助執行として作成し,又は取得したものであるときは,同項第4号中「支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」とあるのは,「支障が生ずるおそれのある情報」として同項の規定を適用する。ただし,実施機関が公安委員会又は警察本部長である場合で,開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報のいずれかが記録されているときは,この限りでない。

(1)  その団体又はその団体の構成員が集団的に又は常習的に犯罪を行うおそれのある団体に係る取締りに関する情報

(2)  刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)の規定による犯罪の捜査,公訴の維持又は刑の執行に関する情報

(3)  犯罪の予防,鎮圧若しくは捜査に関し情報を提供したもの,第1号の取締り(以下この号において「取締り」という。)の対象となった団体若しくは前号の犯罪の捜査(以下この号において「捜査」という。)の対象となったもの又は取締り若しくは捜査の関係者が識別され,又は識別され得る情報

(4)  犯罪の予防,鎮圧又は捜査に係る方法,技術,特殊装備,態勢等に関する情報

第9条(部分開示)

実施機関は,開示請求に係る行政文書の一部に前条の規定により開示することができない情報(以下「非開示情報」という。)が記録されている場合において,非開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは,開示請求者に対し,当該部分を除いた部分につき開示しなければならない。ただし,当該部分を除いた部分に有意の情報が記録されていないと明らかに認められるときは,この限りでない。

(3)  本件訴訟に至る経緯

ア 原告は,平成18年10月19日,本件条例に基づき,警察本部長に対し,「平成12年度鑑識課・鉄道警察隊・生活保安課の犯罪捜査報償費の支出に関する一切の文書」について開示請求をした(以下「本件開示請求」という。)。

イ 警察本部長は,本件開示請求に対応する行政文書として,別紙文書目録1の文書(以下「本件文書」という。)を特定した上で,平成18年11月22日,本件文書のうち①ないし⑪の各文書については同目録2の①ないし③の部分を非開示とし,その余の部分を開示し,本件文書のうち⑫の文書についてはその全部を開示しない旨の本件処分をした。

警察本部長が非開示とした理由は,非開示とした情報は本件条例8条1項2号(以下「2号」という。),同条2項本文により読み替えられた同条1項4号(以下「旧4号」という。),同条2項ただし書の規定による同条1項4号(以下「新4号」という。)の非開示情報に当たるというものであった。

ウ 原告は,平成19年2月28日,本件訴訟を提起した(本件記録上明らかである。)。

(4)  本件訴訟の対象文書とその性質

本件文書は,平成12年度当時の宮城県警察本部生活安全部生活保安課,宮城県警察本部生活安全部鉄道警察隊及び宮城県警察本部刑事部鑑識課(以下,これら所属について,それぞれ「生活保安課」,「鉄道警察隊」,「鑑識課」といい,あわせて「本件各課(隊)」という。)における捜査報償費の支出に伴い作成・取得した行政文書である。

また,本件文書は,実施機関である警察本部長の指揮監督権限に属する職員が組織的に用いるものとして警察本部長が保有している行政文書(本件条例2条2項のもの)である(乙6,7の1ないし17,8,9の1ないし3,10ないし12,13の1ないし3,14,15,16の1ないし3,17の1・2,18の1・2,19,20,弁論の全趣旨)。

(5)  本件文書に記載されている非開示情報の内容と非開示の根拠

ア 被告が主張する本件文書に記載されている非開示情報,各非開示情報ごとの本件処分の根拠,被告の主張する情報の有無についての原告の認否については,別紙「平成12年度捜査報償費支出関係文書に係る非開示情報一覧表」(以下「本件一覧表」という。)に記載のとおりである。

イ 被告が主張する本件文書に記載されている非開示情報は,大別すると,①捜査協力者情報,②金額情報,③時期情報,④事件等情報及び⑤捜査員情報,⑥預金口座情報であり,各類型に属する情報の内容は以下のとおりである。本件文書に記載されているそれぞれの非開示情報が上記各類型のどれに該当するかは,本件一覧表に記載のとおりである。(弁論の全趣旨)

① 捜査協力者情報(類型①)

支払精算書,領収書に記録されている捜査協力者の住所,氏名等の直接かつ確定的に捜査協力者が特定される情報,並びに事件名,捜査員との接触場所(支払精算書備考欄),領収書の有無(同確認書欄),受領金額及び受領年月日の捜査協力者ないし捜査協力の事実に係る情報である(以下,上記類型に属する情報を「捜査協力者情報」という。)。

② 金額情報(類型②)

精算通知票,犯罪捜査協力報償費支払明細兼残高証明書,現金出納簿,月分捜査費総括表,捜査費支出伺,支払精算書及び領収書に記録されている個別の支払額に関する情報である(以下,上記類型に属する情報を「金額情報」という。)。

③ 時期情報(類型③)

犯罪捜査協力報償費支払明細兼残高証明書,現金出納簿,捜査費支出伺,支払精算書及び領収書に記録されている個別の支払時期を特定し,及び同時期を特定し得る情報である(以下,上記類型に属する情報を「時期情報」という。)。

④ 事件等情報(類型④)

現金出納簿,捜査費支出伺及び支払精算書に記録されている捜査協力者ないし捜査協力にかかる事件名,支払事由に関する情報である(以下,上記類型に属する情報を「事件等情報」という。)。

⑤ 捜査員情報(類型⑤)

現金出納簿,捜査費支出伺,支払精算書及び領収書(領収書に係る奥書証明書及び支払報告書)に記録されている特定の捜査員の所属係,階級,氏名及び印影に関する情報である(以下,上記類型に属する情報を「捜査員情報」という。)。

⑥ 預金口座情報

支出負担行為兼支出命令決議書(債権者内訳書を含む。),施行伺(別紙を含む。)及び資金前渡職員普通預金通帳に記録されている口座番号(お客様番号)に関する情報である(以下,上記類型に属する情報を「預金口座情報」という。)。

(6)  捜査報償費の性格及び正規の支払の流れ等(乙5,弁論の全趣旨)

ア 捜査報償費とは,捜査協力者からの情報提供等に対する現金又は物品による謝礼のほか,捜査協力者との接触や連絡等に伴い必要となる飲食費,通信費の総称である。

イ 捜査報償費は,その性質上緊急かつ秘密を要するため,通常の手続による支払では捜査活動上支障を来すことから,現金によって管理され,一般の資金前渡金とは異なる手続により執行される。

ウ 都道府県警察において犯罪の捜査等に要する経費は,政令の定めによって国庫が支弁する経費(国政選挙に関する犯罪,破壊活動防止法に規定する犯罪,覚せい剤等薬物に関する犯罪のほか,数都道府県の地域に関係する重要な犯罪等の捜査に必要な経費)と,その余の都道府県が支弁する経費に大別される。本件文書の作成・取得に係る捜査報償費は,後者の都道府県が支弁する経費に当たる。

エ 捜査報償費に係る予算編成及び正規の支払の流れの概要は,以下のとおりである。

(ア) 宮城県の警察費予算は,上記ウの都道府県が支弁する犯罪の捜査等警察活動に要する経費のほか,人件費その他管理的経費を含む県警察の運営に要する経費として編成され,県議会の議決により成立する。このうち,捜査報償費予算の要求は,事件担当所属が,当該所属の所要額と当該所属の所掌する犯罪捜査につき警察署が行う同経費の合計額を要求し,警察本部会計課が,すべての事件担当所属からの要求をとりまとめ,警察費予算の一部として財政当局に対して要求書を提出して,所要の予算審査を経た上で編成され,県議会の議決により成立する。議決された予算は,県総務部長(財政当局)から警察本部に配当され,配当された予算について,警察本部会計課長が事件担当所属に対して所要の予算を配当する(警察署の所要予算を含めて四半期ごとに配当する。)。

(イ) 事件担当所属の長は,配当された四半期予算に基づき,当月分の所要見込額を決定し,これを受けて,当該所属の管理官等の次席の職にある資金前渡職員は,会計担当職員に資金前渡施行伺をさせるなどの支出手続を行わせる。捜査報償費の取扱において,事件担当所属の長である課長等は取扱者となり,管理官等の次席の職にある職員が取扱補助者及び資金前渡職員となる。資金前渡職員の普通預金口座に振り込まれた捜査報償費は,これを現金化し,取扱者が確認した上で,資金前渡職員が現金出納簿に記帳し,当該現金を金庫に保管する。

(ウ) 犯罪の捜査等を行う職員(以下「捜査員」という。)は,捜査の過程等において,捜査協力者に対する謝礼を支払うなどの必要が生じた場合に,その旨を直近上司の課長補佐等に申し出る。申出を受けた課長補佐等は,個々の必要性等を判断した上で,取扱補助者を経て,取扱者に対して捜査報償費の交付について申請する。

(エ) 申請を受けた取扱者は,必要と認めた場合に,捜査報償費の支出の決定を行い,取扱補助者が起案した捜査費支出伺を決裁して,資金前渡職員に対し現金出納簿への記帳と現金の交付を指示する。捜査員は,交付を受けた現金により,捜査協力者に対する謝礼等の支払をする。

(オ) 謝礼等の支払をした捜査員は,支払精算書を作成(領収書を徴した場合は,領収書を添付)して,取扱者(取扱補助者経由)の決裁を受ける。このとき,交付額に過不足が生じたときは,取扱者の指示により資金前渡職員が過不足額の返納・交付を行い,現金出納簿に記帳する。

(カ) 資金前渡職員は,毎月末日をもって現金出納簿を締め切り,取扱者の確認を受ける。取扱者は,現金出納簿を確認した上で,犯罪捜査協力報償費支払明細兼残高証明書を資金前渡職員に作成させ,これを証明する。資金前渡職員は,精算票に関係書類を添付して,警察本部会計課長に提出する。警察本部会計課長は,精算票及び関係書類により精算確認を行い,精算通知票により出納局に精算の通知をする。精算完了後の関係証拠書類は,出納長からの特別扱いにより,警察本部長及び各警察署長において保管することが認められている。

第3争点及び当事者の主張

1  本件の争点

(1)  争点1-本件文書に記載されている本件一覧表の非開示情報のうち,「本件条例8条2項(公共安全情報)」の「ただし書の規定による1項4号」欄に記載の情報(以下,これらを「新4号問題情報」という。)を新4号に該当するとして非開示とした本件処分の適法性如何

(2)  争点2-本件文書に記載されている本件一覧表の非開示情報のうち,「本件条例8条2項(公共安全情報)」の「本文の規定による1項4号」欄に記載の情報(以下,これらを「旧4号問題情報」という。)が旧4号に該当するとして非開示とした本件処分の適法性如何

(3)  争点3-本件文書に記載されている本件一覧表の非開示情報のうち,「本件条例8条1項2号(個人識別情報)」欄に記載の情報(以下,これらを「2号問題情報」という。)が2号に該当するとして非開示とした本件処分の適法性如何

(4)  争点4-本件処分の部分開示は違法か否か。

(5)  争点5-本件処分は本件文書に係る捜査報償費(以下「本件捜査報償費」という。)の支出が架空であることを隠ぺいする目的でなされたものか(他事考慮)。

2  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1について

ア 新4号該当性を争う取消訴訟の審理・判断のあり方と立証責任

(被告の主張)

新4号に該当するとしてされた非開示処分が違法となるのは,実施機関の第一次的な判断が合理性のある判断として許容される限度を超える場合,すなわち,当該処分が裁量権を逸脱し,又は濫用したと認められる場合に限られるというべきである。

そして,当該裁量権の逸脱又は濫用を基礎付ける具体的事実の主張立証責任は,新4号該当性を争う原告にあるというべきである。

新4号該当性の判断に際し,守秘義務の問題を持ち出し,実質秘性の3要件の充足が必要であるとする原告の主張には何らの根拠もない。

(原告の主張)

裁判所は,新4号に該当するかどうかについての実施機関の第1次的な判断を尊重し,その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるか(「相当の理由」があるか)どうかのみを審理・判断すべきであるが,これと当該処分に社会通念上著しく妥当性を欠くなど裁量権を逸脱,濫用したと認められる点があるかどうかを審査するということとは同義ではない。

そして,非開示事由として「相当の理由」の存在を要求しているのであるから,公安委員会又は警察本部長の判断を尊重すべきではあるとしても,開示拒否の根拠が具体的に示されているかどうかをきちんと審査すべきであり,公安委員会又は警察本部長の判断に合理的な疑問がありさえすれば,「相当の理由」がなかったと判断する余地が残されているというべきである。「相当の理由」があったかどうかは,守秘義務について問題とされる実質秘性の3要件(第1:非公開とすべき情報が未だ公知の事実ではないこと,第2:非公開とすべき必要性,第3:行政文書に記載されている行為が適法であること)を充足するか否かによって判断するのが妥当である。

また,「相当の理由」についての主張立証責任は,実施機関にあると解すべきである。ところが,新4号該当性に関しては,少なくとも,目的外支出されたものではないかとの合理的な疑いを差し挟む余地が十分あり,そして,警察本部長は,違法な目的外支出ではなく,適法な支出であることについて十分な主張立証をこれまで何ら行ってきていない。

イ 新4号該当性の判断

(被告の主張)

(ア) 捜査協力者情報

捜査協力者情報は,捜査協力者ないし捜査協力の事実に関する独立した一体的な情報をなすものであって,これを開示して,直接に捜査協力者を表す情報や,当該捜査協力者ないし捜査協力の事実に関わる時期等の情報が公になった場合,捜査協力者個人が特定されるばかりでなく,捜査協力の時期,内容,関係者等の事実が特定されることとなる。

その結果,捜査協力者や捜査員等の関係者に対する圧力や危害を加えるなどの攻撃や妨害工作が行われて,捜査協力者についても,このような攻撃等をおそれて警察に対する協力を渋るなどの萎縮的効果が生じたり,あるいは,捜査協力者ないし捜査協力の事実を秘匿し,一般に公表しないという前提条件(約束)に基づく信頼関係が損なわれるなどして,警察における将来の捜査活動に支障を来すおそれがあるから,新4号に該当する。

(イ) 金額情報

金額情報は,捜査活動を費用面から表すものとして,捜査活動と密接に関わる情報であり,一の執行に関する情報それ自体が犯罪捜査に関する情報であるばかりでなく,捜査協力者が特定又は推定されるおそれがあるから,新4号に該当する。

また,これらを事件ごとに一連のものとしてとらえれば,事件ごとの捜査体制,捜査方針,捜査手法,捜査の進展等の各種捜査情報を反映しているといえるのであるから,当該情報を開示することによって,捜査協力者の生命,身体等に危害が及ぶおそれがあり,さらには,当該情報を公刊情報のほか,被疑者等の事件関係者が保有し,又は入手し得る情報と照合・分析することにより,捜査状況等の事実が推察されることとなり,被疑者等の事件関係者等が逃走や証拠隠滅を図るおそれがあることからも,新4号に該当する。

(ウ) 時期情報

時期情報は,捜査報償費を捜査協力者に交付した時期,すなわち当該捜査協力者と捜査員が接触した確定的な時期や,その直近の時期を表すものであり,当該情報を開示することにより,公刊情報のほか,被疑者等の事件関係者が保有し,又は入手し得る情報と照合・分析することによって,捜査協力者が特定又は推定されるおそれがあるほか,個別具体的な事件や捜査の事実が明らかとなる。

その結果,捜査協力者の生命,身体等に危害が及び,又は被疑者等の事件関係者が逃走や証拠隠滅を図るおそれがあることから,新4号に該当する。

(エ) 事件等情報

事件等情報は,捜査報償費を支出した個別の犯罪捜査に係る具体的な事件の内容に関する情報であり,当該情報を開示することにより,特定の所属で取り扱われた特定の事件が明らかとなるばかりでなく,捜査協力者及び当該事件を担当する捜査員が特定又は推定されるおそれがある。その結果,捜査協力者の生命,身体等に危害が及ぶおそれがあり,さらには,被疑者等の事件関係者が捜査活動の進展状況等を推察し,逃走や証拠隠滅等を図るおそれがあることから,新4号に該当する。

(オ) 捜査員情報

捜査員情報は,これを開示することにより,特定の捜査員が識別され,事件関係者等が,当該捜査員やその家族に対して,工作や圧力を加えるなどの妨害工作を企て,あるいは逆恨み等による襲撃が行われるおそれがあるほか,確定的な捜査員情報から,捜査協力者が特定又は推定され,及び個別の事件や捜査に関する事実が特定又は推定されるおそれがあることから,新4号に該当する。

(カ) 各情報の関連性

以上のとおり,前記各情報は,それぞれが密接に関連した情報であって,捜査報償費の個別の支出ごとに,①捜査協力者情報,②金額情報,③時期情報,④事件等情報及び⑤捜査員情報の関係記載部分が,その捜査報償費にかかる捜査活動に関する独立した一体的な情報をなすものである。そして,これら情報のいずれかが開示されることとなれば,捜査協力者ないし捜査協力の事実が特定又は推定されるなど,当該捜査協力者が被疑者等事件関係者から報復等され,あるいは,捜査協力者がそのような事態をおそれるなどして,以後の捜査協力に影響を及ぼし,警察における捜査活動に支障が生じることは明らかである。

(キ) 架空支出の主張について

これまでの監査等において,宮城県警における捜査報償費の支出に関し一点たりとも架空であることが指摘され,あるいは明らかになったというような事実はないのであるから,捜査報償費が不正支出されているとする原告の主張は,何らの根拠も有さないものであり,これを認めるに足りる証拠も皆無であり,失当というほかない。

したがって,本件文書に捜査協力者や実際に捜査活動に伴って支出された金員の支払に関する情報が記録されているのであるから,この点に関する実施機関としての被告の判断に事実誤認はなく,判断の前提となる事実の基礎を欠いているとはいえない。原告の主張は失当である。

(原告の主張)

(ア) 本件捜査報償費の支出は,架空かつ不正な支出であるから,新4号の「犯罪の予防,捜査等公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれ」など生じ得ず,「相当の理由」を認める余地はないというべきである。本件捜査報償費の支出が架空であるとする根拠は,以下のとおりである。

a 北海道警察元警視長Aの別件訴訟の仙台地方裁判所における法廷証言(北海道にあることは他の都道府県にもある)

Aは,北海道警察には捜査報償費を正規に支払って運営している捜査協力者なる者は存在せず,捜査報償費に関する会計書類は全部偽造であり,捜査報償費は全額裏金に回されていたこと,捜査報償費を支払う協力者等が多数存在しているのであればその身の保全と協力者等から得られる情報の管理・有効活用を図るシステムが存在しなければならないが,それはないこと,各都道府県警察は組織,予算,人事の仕組みはほぼ同じであり,犯罪の捜査についても大きな違いはないので,捜査報償費の不正経理に関しては,全国の警察で同じようなことが行われているのではないかとみるのが一般的であり,宮城県警も同様であると推測されることなど証言した。また,前の宮城県知事B(以下,「B前知事」という。)とも会談し,警察組織内には情報を得るために金を支払う文化はない,自身の経験では協力者の存在はゼロに近い等述べている。

b 宮城県警における平成11年度及び平成12年度における捜査報償費の支出額における年度毎及び月別支出における不自然な支出状況

平成11年度及び平成12年度の年度ごとの捜査報償費の支出状況,並びに月ごとの捜査報償費の支出状況を分析の結果,不自然な使い切り状態となっており,犯罪発生件数との間に相関関係が見られない。捜査報償費は犯罪発生件数と相関関係があってしかるべき変動経費のはずであるし,いかに「予算の範囲内で効率的に執行することに努めている」としても,月ごとの残高が使い切りの状態となっているのは,どのように考えても不自然である。

c 宮城県警における裏金作りの内部告発

(a) 内部告発の手紙の驚くべき内容

宮城県警の署長や所属長を歴任した元警視が,平成14年4月16日,新聞社の取材に対し,「旅費や捜査報償費などで組織的な裏金作りをしていた」と証言し,捜査報償費では捜査員が領収書を勝手に作成するなどの手口で裏金を工面しており,こうした裏金が所長や所属長の交際費,捜査員の慰労費,懇親会費などに使用され,北海道警などと同様,署では副署長や次長が,県警本部各課では管理官が管理していたと述べた等と報道されている件について,報道のソースとなった内部告発の手紙が甲76号証の1(後出の告発文書),2(後出の告発文書の入っていた封筒)である。これらは,原告に送付されてきたものであるが,同じ内容の手紙はマスコミ2社にも送付された。

告発文書は,宮城県警の元幹部職員であったという人物が,ワープロではなく,手書きで作成してきている点に留意すべきである。送付元のa郵便局の消印まで押されている。この手紙には,宮城県警において,組織ぐるみで捜査報償費及び旅費等の不正経理を行い裏金作りをしていたこと,不正裏金は県警本部の管理官又は次長が管理保管していること,不正経理がなされている部署は県警察本部と各警察署であり,不正裏金は所属長の個人の運営費(いわゆる小遣い),職員の冠婚葬祭費,会議の懇親会費等に使われていたこと,不正経理の手法としてはあたかも協力者等に捜査費が交付されたように装い,精算書に添付する領収証の協力者等の氏名は本人の申し出と称して捜査員がペンネームを勝手に記入するがほとんどは領収証の添付はしていないこと,等の驚くべき事実が述べられている。

(b) 告発文書を作成したのは,証人Cに間違いない。

① 筆跡が一致している。

② 住所が一致している。

証人Cの住所は「宮城県黒川郡a町b丁目c番d号」である。

内部告発書はa郵便局から投函されている。

③ 経歴が一致している。

④ 生活保安課の体験を基に内部告発書が作成されている。

C証人は平成11年3月から平成13年3月までの間,2年間,生活保安課の課長の地位にあった。平成12年度の生活保安課の捜査報償費執行状況は,1日ごとの支出額が1万円,2万円,3万円の3ランクに分けられている。しかるに告発文書には「謝礼金の基準額 3段階 協力者等1名につき,1万円,2万円,3万円」との記載がある。また,同年度の生活保安課の捜査報償費の領収書の添付はゼロであるが,内部告発書でも「殆どは領収証の添付はない」と語られている。

⑤ 平成15年3月末(4月始め)頃の全ての所属長が集められた会議に呼ばれていないことでも一致している。

d 警察本部長の不合理な対応

警察本部長は平成11年度及び平成12年度の捜査報償費については,情報提供者名や捜査協力者名をB前知事や監査委員に明かすことを拒否し続けたり,捜査報償費を執行した捜査員からB前知事,監査委員及び情報公開審査会が聴き取りをすることも拒み続けた。

e B前知事が,別件訴訟の証人として,B前知事自身が捜査報償費につき不正支出があるとの心証を抱くに至ったことやその根拠・経緯について,宮城県警から提示された捜査報償費に関する執行関係文書を閲覧した際,捜査協力者の氏名と印影の文字が違うものがあったことや,宮城県警の元幹部職員から平成12年度の宮城県警の捜査報償費の支出の多くが架空であったと聞いたことなどを具体的に証言している。

(イ) 捜査協力者情報

上記(ア)のとおり,捜査報償費は,架空・虚偽なのだから,当然捜査報償費の支払い対象となっている捜査協力者は実在しない。したがって,捜査協力者情報を開示することによる捜査協力者への影響などは一切ない。

捜査協力者情報は,仮にこれを公開したとしても関係者に対する圧力や危害が生じるおそれは全くない。また,将来の捜査に及ぼす影響もない。

(ウ) 金額情報

捜査報償費自体架空の出費であり,本件行政文書に記載された情報は虚偽の情報だから,金額情報を開示しても何ら不都合は生じない。

金額情報は,仮にこれを公開したとしても将来の捜査活動や関係者らに影響を及ぼすおそれはない。

(エ) 時期情報

捜査報償費自体架空の出費であり,本件行政文書に記載された情報は虚偽の情報だから,時期情報を開示しても何ら不都合は生じない。

金額情報は,仮にこれを公開したとしても関係者らに影響を及ぼすおそれはない。

(オ) 事件等情報

捜査報償費自体架空の出費であり,本件行政文書に記載された情報は虚偽の情報だから,事件等情報を開示しても捜査関係者らが特定又は推定されるおそれはない。

情報公開審査会は,ほとんどが定型的な犯罪類型の限度しか記載されていないことから支払事由などの事件等情報を開示したとしても何ら不都合はなく,新4号に該当しないと判断している。なお,支払事由が具体的に記載されている場合は新4号に該当すると答申に記載されているが,具体的に記載されていることを主張・立証するべきなのは被告である。したがって,抽象的な事件情報しか記載されていない以上,新4号には該当せず,開示すべきである。

(カ) 捜査員情報

捜査報償費自体架空の出費であり,本件行政文書に記載された情報は虚偽の情報だから,新4号に該当することはない。

情報公開審査会は,捜査員情報が新4号に該当しないと判断している。なお,捜査員の名前など具体的な情報が記載されている場合は新4号に該当すると答申には記載されているが,具体的な情報が記載されていることを主張・立証するべきなのは被告である。したがって,捜査員情報は新4号に該当しない。

(2)  争点2について

ア 旧4号該当性を争う取消訴訟の審理・判断のあり方と立証責任

(被告の主張)

「支障が生ずるおそれのある情報」とは,支障が生じる具体的蓋然性があることまで要するものではなく,社会通念に照らし,類型的にみてそのようなおそれがある情報をいうと解される。

(原告の主張)

旧4号にいう「公共の安全と秩序に支障が生ずるおそれのある情報」とは,「おそれ」が主観的・抽象的に認められるだけでは不十分であり,「おそれ」が客観的・具体的に認められることが必要であるというべきである。

単に抽象的な可能性があれば足りるものではなく,本件費用支出の目的,対象等にかんがみて犯罪の予防,捜査等公共の安全と秩序に対し具体的な支障が生ずるおそれがある場合でなければならない。

イ 旧4号該当性の判断

(被告の主張)

(ア) 警察業務は,その特殊性から,被疑者やその関係者,過激派,暴力団等からの反発や反感を招きやすく,全国において,警察職員や警察施設の襲撃事案や警察職員情報が収集される事案等が現に発生している。

これは,宮城県も例外ではない。つまり,そのような警察を敵視する個人や組織は,常日頃から警察業務の混乱や組織力の衰退を図ることを企図しているのである。

(イ) 預金口座情報について

上述した警察業務の特殊性に照らすと,預金口座情報は,これを公開することにより,警察を敵視する個人や組織が,不正入金や不正引出しなど預金口座情報を悪用するなどして,警察業務の混乱等を招くおそれがあることは否定できない。また,現実に,不正引出しや不正入金を行うことは可能であるし,預金口座に巨額の金銭の入金を繰り返す手口による業務妨害事犯が発生し,これに,警察を敵対視する暴力団の関与が疑われているのである。

そうすると,預金口座情報を公開することは,預金口座に巨額の金銭の入金を繰り返す手口による業務妨害の犯罪を企てる者に対し,犯罪の対象となる預金口座番号を開示することにほかならず,その実現を容易にする危険があることは明らかであるし,また,このような犯罪を企図していない者であっても,預金口座情報の公開により,同種犯罪を企図する可能性が生じることも明らかである。その上,このような犯罪に,警察を敵対視する暴力団という犯罪集団の関わりも認められることからすれば,その結果,警察活動が阻害され,犯罪の予防又は捜査等の円滑な遂行が不可能となることは必至である。

したがって,預金口座情報を公開することは,「社会通念に照らし,類型的にみてそのようなおそれがある情報」に該当するから,旧4号所定の非開示情報に該当する。

(ウ) 捜査員情報

捜査員情報については,これを公開することによって,警察を敵視する個人や組織が警察職員やその家族の私生活を侵害したり,当該職員に襲撃,工作等を行い,それにより当該職員が萎縮し,警察業務の停滞につながるおそれがある。

すなわち,捜査員情報を公開することによって,それが広く一般に知れ渡った場合,警察組織を敵視し,警察活動の妨害を企て,又は警察職員個人に対する攻撃,襲撃を企てる人物や団体等による上記犯罪発生の可能性が高まり,若しくは同種事件の敢行を容易にさせることは詳述するまでもなく明らかである。また,そのような可能性が高まることは,警察職員本人はもとより,その家族をも対象とした攻撃,報復,嫌がらせ又は襲撃等の被害を受けるのではないかとの危惧を抱かせ,その結果,当該職員が萎縮,動揺して職務を躊躇するなど警察業務に支障を来す可能性を否定することができない。

また,警察活動を実地で行う者は,主に,警部補(同相当職)以下の警察職員であり,当該職員は,前述のとおり被疑者を始め,暴力団や過激派の構成員等と直接対峙することが多く,それだけ反発や反感を招きやすいことから,様々な実力行使や抗議,牽制が当該職員に対して行われ,更にこれらの警察職員の活動内容を把握することは,警察の動きを把握することと同様の効果があり,その結果,犯罪組織等が具体的な警察活動を妨害する行動に出るなどして,本来の警察活動が阻害されるおそれがある。

したがって,捜査員情報を公開することは,「社会通念に照らし,類型的にみてそのようなおそれがある情報」に該当するから,旧4号所定の非開示情報に該当する。

(原告の主張)

(ア) 預金口座情報について

仙台高裁平成17年10月27日判決において,普通預金通帳の口座番号は旧4号にはあたらないとの判断がされており,預金口座情報は,旧4号にあたらない。

(イ) 捜査員情報について

警察職員のうち,警部(同相当職)以上は宮城県職員録又は新聞の人事異動記事により氏名が公表されている。上記以外の警察職員についても,当該所属部署に赴けば名札を付けて一般市民と対応し,あるいは所属及び氏名を名乗って職務を遂行しているのであるから,それらから警察職員の氏名や所属は容易に判明する。

ところが,警部(同相当職)以上の警察職員について,被告が主張するような「襲撃,工作等」は生じていないはずである。そして警部以上の警察職員と,それ以外の職員とを区別する合理的な理由はないはずであり,むしろ,被告が主張するような「襲撃,工作等」が存在するのであれば,警部以上の方がそのようなおそれは高いとも考えられるが,実際には生じていない。

また,被告は警察業務の特殊性を強調するが,警察業務のみがとくに反発・反感を受けているものではないし,かつ「常に」反発や抵抗にさらされているものでもない。

被告は全国的に警察官あるいは警察施設が襲撃された事例等を指摘するが多発しているものはないし,警察がいかにも常に反発や抵抗にさらされているかのように強調するのは,誇張である。

(3)  争点3について

(被告の主張)

2号は,個人識別型として個人情報の非開示規定を定めたものである。

捜査協力者情報は,いずれも特定の個人を識別できる情報として本件条例8条1項2号本文に該当し,かつ,同号ただし書イ又はロのいずれにも該当しないから,2号所定の非開示情報に該当する。

また,金額情報及び時期情報は,それのみで捜査協力者を特定し識別することができる記述とはいえなくとも,これが犯罪者等の捜査対象者らや同僚,親族等に伝わった場合,彼らが有する情報と照合され,捜査協力者が特定される可能性がある(モザイクアプローチ)から,当該情報は,個人識別情報として同号本文に該当し,かつ,ただし書イ又はロのいずれにも該当しないことから,2号所定の非開示情報に該当する。

(原告の主張)

捜査協力者情報は,警察職員によって,電話帳などから無作為かつ無断に使用した第三者や,全くの架空人の住所や氏名を使用し,偽造して作成されたものであり,全く実体のないものであるから,2号に該当しない。

(4)  争点4について

(被告の主張)

本件条例9条は,1個の行政文書に複数の情報が記載されている場合において,それらの情報のうちに新4号,旧4号の非開示情報に該当するものがあるときは,当該情報を除いたその余の情報についてのみ,これを開示することを実施機関に義務づけているにすぎないと解され,同条が,非開示情報に該当する独立した一体的な情報を更に細分化して,その一部を非開示とし,その余の部分を開示することまでをも実施機関に義務づけているものと解することはできない。

そして,捜査協力報償費の個々の支払に係る捜査協力者情報,金額情報,時期情報,事件等情報及び捜査員情報の本件対象となる各情報については,当該捜査報償費を,「いつ」「どこで」「誰に」「誰が」「何(いくら)を」「どのような理由で」交付したのかといった情報であって,これらの情報は,事象,事柄についての一まとまりの知らせを形作ったと社会通念上評価される情報であるというべきである。そうであれば,これらの情報は,社会通念上独立して一体的なものとなっている一個の情報であって,これらの情報をさらに細分化して開示することまでは求められていない。

(原告の主張)

従前から,文書中の独立した一体的な情報の中に開示情報と非開示情報とが混在している場合に,その中から開示情報のみを取り出して部分開示すべきか否かという点が議論されていたが,最高裁平成19年4月17日第三小法廷は,愛知県の食糧費支出に関する予算執行文書等について,その文書中に記載された懇談会出席公務員の氏名や所属名,職名等の出席公務員が識別される部分は,公務員の本件各懇談会出席に関する情報としてすべてこれを公開すべきであると判示した。この判断は,いわゆる独立した一体的情報論から実質的に決別したものと評価すべきであり,端的に非開示情報に当たるものを除き,残りは全部開示すべきとしたものである。

したがって,被告の独立した一体的情報論に基づく部分開示の主張は,その法的根拠を失っており,被告の部分開示に関する主張は失当である。

(5)  争点5について

(原告の主張)

非開示処分は,本件条例が認めた非開示処分の本来の目的を実現するためにのみ認められるべきものであり,本来の目的以外の目的のためになされた非開示処分は違法となる。

ところが,上記のとおり,本件捜査報償費の支出は架空かつ不正な支出であり,本件処分は,本件捜査報償費の架空かつ不正な支出を隠ぺいするという本件条例が是認する非開示処分の本来の目的以外の目的のため(他事考慮)に行われたものである。

したがって,本件処分は違法である。

(被告の主張)

上記のとおり,捜査報償費が不正支出されているとする原告の主張には何らの根拠もなく,これを認めるに足りる証拠も皆無であるから,本件処分が捜査報償費の架空かつ不正な支出を隠ぺいする目的のために行われたものであるとする原告の主張も失当というほかない。

第4当裁判所の判断

1  本件条例の趣旨及びその構造について

本件訴訟においては,本件文書に記載されている本件一覧表の非開示情報が,それぞれ2号,旧4号,新4号が適用される非開示情報に該当するか否かが争われているところ,これらの各条項の規定の趣旨及び構造等についての当裁判所の見解は,以下のとおりである。

(1)  2号について

2号は,「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され,若しくは識別され得るもの又は特定の個人を識別することはできないが,公開することにより,なお個人の権利利益が害されるおそれがあるもの」に該当する情報が記録されている行政文書を除き,実施機関は,行政文書の開示をしなければならないと規定し,いわゆる「個人識別型」を採用している。これは行政文書の開示による当該行政文書に記載されている個人の権利利益の侵害を確実に回避し,個人の尊厳及び基本的人権を最大限に保護するため,個人が特定できる情報を包括的に非開示として保護することとしたものであると解される。また,本件条例3条1項後段において,実施機関に個人に関する情報が十分保護されるよう最大限の配慮をすることを義務付け,その保護の徹底を図っている。

そうであれば,2号の「個人に関する情報」とは,個人の思想,信条,健康状態,所得,学歴,家族構成,住所等の私事に関する情報に限定されるものではなく,個人にかかわりのある情報であれば,氏名,住所等のその情報から直接的に特定の個人が識別されるもののみならず,他の情報と組み合わせることにより間接的に特定の個人が識別され得るものも,原則として,すべてこれに当たると解するのが相当である(仙台高裁平成15年(行コ)第7号・平成17年10月27日判決参照)。

(2)  本件条例8条1項4号

本件条例8条1項4号は,非開示情報の一つとして,「公開することにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」として定め,当該情報が記録されている行政文書については,これを開示しないことを規定している。これは,県が,公共の安全と秩序の維持に努め,県民の安全を確保するという基本的な責務を有しており,公開することにより,公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報が記録されている行政文書については,実施機関の第一次的な判断を尊重し,行政文書を開示しないことと定めているものであると解される。

(3)  本件条例8条2項

本件条例8条2項は,同条1項4号に規定する公共の安全と秩序の維持に支障が生じるおそれがある情報が記録されている行政文書が,地方自治法(昭和22年法律第67号)第180条の2の規定により,警察の職員が知事の委任を受け,又は知事の補助執行として作成し,又は取得したものであるときは,「支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」を「支障が生ずるおそれのある情報」と読み替えることとし(2項本文),実施機関が公安委員会又は警察本部長である場合で,当該行政文書に本件条例8条2項ただし書1号ないし4号に掲げる情報のいずれかが記録されているときは,当該読替えをせず,8条1項4号の「実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」として適用することとしている(2項ただし書)。

(4)  本件条例8条1項4号及び同条2項の趣旨等

前述の非開示規定のうち,本件条例8条1項4号及び同条2項の規定は,平成13年4月1日に施行された情報公開条例の一部を改正する条例(平成12年宮城県条例第131号)により,公安委員会及び警察本部長(以下本項において「県警察」と総称する。)を条例の実施機関に加える本件条例2項1項ほかの改正と同時に改正されたものであり,当該改正の趣旨等は以下のとおりである。

ア 改正前の条例8条4号の改正趣旨等

改正前(平成13年4月1日施行前)の8条4号の規定は,「公開することにより,犯罪の予防又は捜査,人の生命,身体又は財産の保護その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある情報」と規定されており,他方,県警察は実施機関とされていなかったことから,改正前の本件条例の下では,県警察が保有している行政文書は開示請求の対象とならないと解され得るものであった。しかし,上記改正によって,県警察が条例の実施機関とされ,県警察が保有している犯罪の予防,捜査等に関する文書についても開示請求の対象となり得ることが明記されたことから,これら機関が保有する文書ないし情報を情報公開(開示請求)の対象とする場合には,犯罪捜査情報の秘匿性や,犯罪捜査の密行性等を考慮したものとする必要があるとの立法上の判断から,この規定が,現行の「公開することにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」という規定(条文)に改められた。

イ 本件条例8条2項の趣旨等

本件条例8条2項の規定は,同条1項4号の公共安全情報につき当該情報が県警察の予算執行に関する行政文書に記録されている場合の特別の規定として,前述の同条1項4号の規定の改正と併せて新設されたものである。

この規定の新設の趣旨は,前述した8条1項4号の「支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」という表現による実施機関の裁量を尊重する規定を適用することについて,予算の執行に関する行政文書に限り,一定の制限を置くと同時に,当該行政文書に記録されている情報の内容や性質に応じてその特殊性を考慮するという立法上の判断から創設されたものである。

この規定では,開示請求に係る行政文書が「地方自治法第180条の2の規定により,警察の職員が知事の委任を受け,又は知事の補助執行として作成し,又は取得したもの」という表現で規定されたいわゆる「予算執行関係文書」である場合に,条例8条1項4号の規定を「犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報」に読み替えて同号の規定を適用することが規定されている(8条2項本文による8条1項4号(旧4号))。

そして,旧4号にいう「支障が生ずるおそれのある情報」とは,社会通念に照らし,類型的にみてそのようなおそれがある情報といい得ることをもって足りるというべきである。この点,原告は,旧4号にいう「支障が生ずるおそれのある情報」とは「おそれ」が主観的・抽象的に認められるだけでは不十分であり,「おそれ」が客観的・具体的に認められることが必要であると主張するが,採用することはできない。

(5)  新4号該当性を争う取消訴訟の審理・判断のあり方と立証責任

ア 新4号の規定は,犯罪捜査情報の秘匿性や犯罪捜査の密行性等の特殊性を考慮する必要があるとの立法上の判断から,「公開することにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」とされるものであり,行政機関情報公開法5条4号の規定と同様の趣旨であると解される。

イ すなわち,新4号に規定する情報を非開示情報と定めたのは,公共の安全と秩序を維持することが,県民全体の基本的利益を擁護するために県に課せられた重要な責務であって,情報公開法制においても,これらの利益は十分に保護する必要があるという立法上の判断によるものであり,同号が特に「実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」という定め方をしたのは,公共の安全と秩序の維持に関する情報の開示又は非開示の判断については,その性質上,犯罪等に関する将来予測として専門的,技術的判断を要するなどの特殊性があることから,このような情報に該当するか否かについては実施機関の第一次的な判断を尊重するという趣旨によるものである。

ウ 以上の趣旨に照らすと,新4号に該当するとしてされた非開示処分が違法となるのは,実施機関の第一次的な判断が合理性のある判断として許容される限度を超える場合,すなわち,当該処分が裁量権を逸脱し,又は濫用したと認められる場合に限られるというべきである。そうすると,新4号該当性を争う取消訴訟の審理においては,実施機関の認定判断の過程に即して,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があり,その判断が事実の基礎を欠くかどうか,事実に対する評価が明白に合理性を欠くなどにより,その判断が社会通念に照らし,著しく妥当性を欠くかどうか(その立証責任は,裁量権の逸脱・濫用を主張する原告にあると解する。)を審査する方法によるべきであり,それが認められる場合に限り,当該処分は裁量権を逸脱・濫用したものとして違法となると解するのが相当である。

エ 原告は,新4号について相当の理由があったか否かについては守秘義務に関する3要件を充足するか否かによって判断すべきである等を主張するが,上記の見解に反する原告の主張は採用の限りではない。

(6)  以上の検討結果を踏まえて,以下,各争点について検討する。

2  争点1について

(1)  原告は,本件文書に係る捜査報償費(本件捜査報償費)の支出は,すべて宮城県警察が裏金作りのために実際には存在しない協力者等に対して支払ったように装った架空支出であり,したがって,本件文書に記載された協力者等の情報は虚偽であって,本件条例が非開示とすることによって保護しようとした利益は何ら存在せず,いずれも非開示情報には当たらないと主張している。

仮に,本件文書に係る本件捜査報償費がすべて架空のものであったとすれば,本件文書は犯罪の捜査や治安の維持といった本来の警察活動に関する文書ではないことになり,本件条例が非開示とすることによって保護しようとした利益は存在しないことになるといえるが,本件捜査報償費の支出が架空支出であるか否かを判断する上でも,本件で争われている非開示情報の内容との検討が必要であるから,まず,本件捜査報償費の支出が架空のものではないことを前提に,本件文書に記録された新4号問題情報が本件条例に規定する非開示情報に当たるか否かを判断し,その後に本件捜査報償費の架空性等について判断することにする。

(2)  争点1にかかる情報は,前記第3,1(1)の新4号問題情報であり,証拠(甲16,58,乙9の1ないし3,13の1ないし3,14,16の1ないし3,17の1・2,18の1・2,19,20)及び弁論の全趣旨によれば,支払精算書,領収書(奥書証明書及び支払報告書を含む)には「捜査協力者情報」が,精算通知票,犯罪捜査協力報償費支出明細兼残高証明書,現金出納簿,月分捜査費総括表,捜査費支出伺,支払精算書,領収書(奥書証明書及び支払報告書を含む。)には「金額情報」が,犯罪捜査協力報償費支払明細兼残高証明書,現金出納簿,捜査費支出伺,支払精算書,領収書には「時期情報」が,現金出納簿,捜査費支出伺,支払精算書,領収書には「事件等情報」が,施行伺(別紙を含む。),現金出納簿,捜査費支出伺,支払精算書,領収書(領収書に係る奥書証明書及び支払報告書)には「捜査員情報」がそれぞれ記載されていることが認められる。

そして,これらの文書は,警察本部長が知事の委任を受け,又は補助執行として作成・取得した予算執行関係文書であり(弁論の全趣旨),上記事実によれば,これらの文書に記載された情報はいずれも犯罪の捜査に関する情報といえるから,本件条例8条2項ただし書による同条1項4号の適用が問題となる情報ということができる。

(3)  そこで,これらの新4号問題情報が新4号の非開示情報に該当する否かを検討するに,以下に述べることからすれば,新4号問題情報はそれぞれ新4号の非開示事由(「公開することにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」)に該当するというべきである。

ア 協力者等情報

協力者等ないし捜査協力の事実に関する情報であり,これを公開することにより,協力者等の個人が特定されるばかりでなく,捜査協力の時期,内容,関係者等の事実が特定されることになり,協力者等や捜査員等の関係者に対する圧力や危害を加えるなどの攻撃や妨害工作が行われるおそれがあるし,協力者等においてもこのような攻撃等を恐れて警察に対する協力を渋るなどの萎縮的効果が生じたり,協力者等ないし捜査協力の事実を秘匿し一般に公表しないという前提条件(約束)に基づく信頼関係が損なわれたりするなどして,警察における将来の捜査活動に支障を来すおそれがある。

イ 金額情報・時期情報

捜査活動を費用面から表すものとして捜査活動と密接にかかわる情報であり,本件各所属において,捜査報償費を支出した捜査が行われていることを示すものであり,事件ごとの捜査態勢,捜査方針,捜査手法,捜査の進展等の各種捜査情報を反映する情報といえる。したがって,これを公開すれば,被疑者等の事件関係者によって,捜査状況等の事実が推察され,被疑者等の事件関係者等が逃走や証拠隠滅を図るおそれがないとはいえない。また,時期情報は,事件の関係者が警察の取調べを受けたり,捜査員と接触したりした場合にはだれが捜査に協力したかを知る手掛かりになるおそれもないとはいえず,そうなっては,協力者等の生命,身体等に危害が及び,又は被疑者等の事件関係者が逃走や証拠隠滅を図るおそれもある。

ウ 事件等情報

捜査報償費を支出した個別の犯罪捜査に係る具体的な事件の内容に関する情報であり,犯罪の捜査に関する情報であるから,これを公開することにより,特定の所属で取り扱われた特定の事件が明らかとなるばかりでなく,協力者等及び当該事件を担当する捜査員が特定又は推定されるおそれがあり,協力者等の生命,身体等に危害が及ぶおそれがあり,さらには,被疑者等の事件関係者が捜査活動の進展状況等を推察し,逃走や証拠隠滅等を図るおそれがある。

エ 捜査員情報

これを開示することにより,特定の事件に関わった特定の捜査員が識別され,事件関係者等が当該捜査員やその家族に対して,工作や圧力を加えるなどの妨害工作を企て,あるいは逆恨み等による襲撃が行われるおそれがある。また,捜査員情報と時期情報,金額情報などを組み合わせると,協力者等が特定又は推定されるおそれもある。

(4)  これに対して,原告は,本件捜査報償費の支出は,架空かつ不正な支出であるから,新4号の「犯罪の予防,捜査等公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれ」など生じ得ず,「相当の理由」を認める余地はない旨主張する。また,「相当の理由」についての主張立証責任は,実施機関にある旨主張する。

そこで検討するに,上記情報が架空のものである場合には,形式的に非開示事由に該当する情報であっても,本件条例が非開示情報とすることによって保護しようとした利益は存在しないというべきであるから,実質的には非開示事由に該当しないというべきであるが,情報公開訴訟において,ある情報が架空であって非開示事由に当たらない旨を主張する者は,対象文書の情報全部又は特定の情報が架空であることについて立証責任を負うというべきである。なぜなら,こう解さないと,架空であるとして争った場合,常に相手方が文書に記載された情報の根拠となる実体の存在について立証しなければならないことになり,本件条例の趣旨,目的に沿わないこととなるからである(仙台高裁平成15年(行コ)第7号・平成17年10月27日判決参照)。

そこで,以下,本件捜査報償費の支出が架空支出であるか否かについて検討する。

ア 宮城県警の捜査報償費に関する事実関係

原告は,本件捜査報償費は架空かつ不正に支出されていると主張し,その根拠として,北海道警の元警視長の証言,捜査報償費の不自然な支出状況,内部告発文書の存在,県警本部長の不合理な対応,B前知事の証言等を挙げている。

そこで検討するに,前記前提事実に証拠(甲43の1ないし8,44ないし46,48の1ないし3,49の1ないし53,52,53の1・2,54,56,57,61,63の1ないし14,64の2,65,70の1ないし19,71,73,76の1・2,79,84の1・2,乙5,7の3・5,証人D,証人C,証人E(ただし後記認定と異なる部分を除く。))及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。

(ア) 北海道警察の元警視長の証言

北海道警察で約38年間勤務し平成7年に退職したAは,別件訴訟における証人尋問及びその陳述書において,警察のすべての仕事には.協力者というのは必ず必要であるが,北海道警察では,組織として正規に管理運用して捜査報償費を支払うような協力者はいなかったこと,現場の捜査員が個人的に管理運用する協力者は存在したが,この協力者に対する謝礼金も裏金から支払われていたこと,北海道警察においては,犯罪捜査報償費に関する限り,90パーセントは架空であったこと,全国の警察は,人事,組織,予算の仕組みはほぼ同じで,犯罪捜査についても犯罪捜査規範(国家公安規則)などで全国一律に行われているので,全国で同じようなことが行われていると見るのが一般的であること等を証言した。

(イ) 宮城県警における捜査報償費について

平成12年当時,宮城県警においては,捜査報償費について取扱要領(以下「取扱要領」という。)が定められていたが,これによると,捜査報償費は犯罪捜査の過程において必要となる経費であり,特に緊急かつ秘密を要するため,通常の支払では捜査活動に支障を来すことから一般の資金前渡金とは異なる取扱いをするものとされ,概括的な金額の資金前渡により取り扱い,所属長は捜査員に現金を概算交付して支払うとされている。捜査報償費の支出事務は,計画的な支出が予定されている一般的な事務経費の支出とは異なり,突発的に発生する事件捜査に常時対応する必要があることや,予算執行事務の適正管理及び捜査の効果的遂行を実現する必要があることから,現金管理や随時の資金前渡等を行っているものである。そして,捜査報償費は,協力者等に対する謝金と謝金支払に関して必要とする諸雑費(交通費・接触費等)に分けられている。また,捜査報償費の資金前渡職員は,警察本部にあっては関係課の管理官(次長・副隊長),警察署にあっては副署長(次長)の職にある者が指定されている。そして,取扱要領は,捜査報償費の具体的な事務処理の手順を定めている。

(ウ) 捜査報償費の支出状況等

a 平成11年度において捜査報償費は,宮城県警全体で3696万0500円の予算措置が講じられ,本件各課(隊)である生活保安課には52万円,鉄道警察隊には31万円,鑑識課には139万5000円が配分された。そして,本件各課(隊)が執行した金額は,生活保安課が51万9562円,鉄道警察隊が30万9910円,鑑識課が139万5000円であった。

b 平成12年度の捜査報償費は,宮城県警全体で3664万3000円の予算措置が講じられ,これが警察本部の9課2隊と管内の25の警察署に配分された。本件各課(隊)である生活保安課には56万円、鉄道警察隊には31万円,鑑識課には124万円が配分された。そして,本件各課(隊)が執行した金額は,生活保安課が55万4497円,鉄道警察隊が29万0704円,鑑識課が123万円であった。平成12年度において,宮城県警察全体の各所属に配分された捜査報償費は各所属において毎月の受入額,支払額が平均化されている上,協力者数が特定数に集中している傾向が見られる。また,協力者一人あたりに支払われる額の単価は,生活保安課においては約2万円以上,鉄道警察隊においては約5000円,鑑識課においては1万円であった。さらに,生活保安課においては,平成12年度の捜査報償費(県費)の前渡金は56万円,捜査費(国費)の前渡金は1027万円である。

c 平成13年度の捜査報償費は,宮城県警全体で3559万6000円の予算措置が講じられ,本件各課(隊)である生活保安課には75万円、鉄道警察隊には24万円,鑑識課には57万円が配分された。そして,本件課(隊)が執行した金額は,生活保安課が73万4480円,鉄道警察隊が23万7300円,鑑識課が55万6615円であった。

d 平成14年度の捜査報償費は,宮城県警全体で3633万4000円の予算措置が講じられたが,本件各課(隊)である生活保安課には72万円が配分されたものの,鉄道警察隊及び鑑識課への配分は0となった。そして生活保安課が執行した金額は,71万2485円であった。

(エ) 告発文書について

a 告発文書の内容

平成16年4月に,「匿名希望」から,「仙台市民オンブズマン小野寺信一代表殿」に宛てられた,「告」と題する書面(以下「告発文書」といい,同文書の作成者を「告発者」という。)には要旨以下の事実が記載されている。

(a) 宮城県警においても,全国複数の県警と同じく,各所属において,捜査費及び旅費等の不正支出・経理による裏金作り(以下「不正支出」という。)が代々組織ぐるみで行われている。

(b) 不正支出の対象は,捜査費及び旅費が中心であるが,そのほか,交際費,職員日当(ここ数年はかなり減少),厚生補助金のピンハネ等多岐にわたっている(以下,まとめて「捜査費及び旅費等」という)。特に,事件捜査を主管する県警本部の所属課及び警察署において特権的なものとして継続的に行われている。

(c) 国費についても例外ではなく,国費にかかる不正支出は,大規模な操作手法や裏金額の多額さの点で県費以上である。

(d) 宮城県警で不正支出が行われる事由と背景

捜査費及び旅費等については,県の予算執行により令達予算額が容認されているのに対して,所属部署の運営にあたり,予算措置が採れない事件捜査対応,職員の冠婚葬祭事・激励,公務の伴う交際・諸会議,所属主催の諸行事(飲食会等)等々にかかる諸経費は膨大である。そこで,不正支出でストックされた所属運営費により,これらの諸経費がまかなわれる。

(e) 不正裏金の管理・運用方法

① 宮城県警の管理官又は次長(警察署であれば副署長又は次長,課長,庶務担当係長)(以下「管理官等」という。)が裏帳簿である市販の「現金出納帳」に支出入の都度記載し,同人らが管理保管している。

② 管理官等は,当該「現金出納帳」の収支決算について,月末に県本部課長及び警察署長の決裁を受ける。

③ 県本部課長及び警察署長が異動等で代わった場合,同人らと管理官が協議し,残金の一部を両者で分配受領(個人収入となる)し,その残額のみを新しい「現金出納帳」に一行のみ記入し,残額現金と共に新県本部課長及び新警察署長に引き継ぎをする。管理官等が代わった場合には,旧現金出納帳と残金をそのまま新管理官等に引き継ぐ。古い出納帳は即廃棄される。

(f) 不正支出がなされている部署

県警察本部事件主管課において,事件捜査に便乗して捜査費及び旅費等の不正支出が大々的に行われている。この不正支出が日常的に行われている県本部事件主管課は,①刑事部(捜査一課,捜査二課,暴力団対策課,機捜隊など),②生活安全部(生活安全企画課,生活環境課(旧生活保安課),銃器薬物対策課,少年課)③交通部(交通指導課,高速隊など)である。

(g) 裏金の主な使途

多岐にわたるが,大別すると以下のとおりとなる。

① 所属長運用

ⅰ 当該月の個人運営費(いわゆる小遣い)

告発者自身,県本部事件主管課長当時は毎月6万円,警察署長当時は毎月5万円を受け取っていた。

ⅱ 所属職員及び他部署の職員等の冠婚葬祭費

ⅲ 公務に関する交際費

ⅳ 署長会議及び各種会議(部内・外)後の懇親会費用

ⅴ 警察本部長及び警務部長等警察庁異動者に対する餞別

ⅵ 警察署督励の際の激励費,各種懇親会等の祝儀等々

② 所属課運用

ⅰ 各係の月毎運営費

ⅱ 課主催各種慰労会・懇親会費用

ⅲ 職員夜食代

ⅳ 冠婚葬祭費

ⅴ 警察本部長への臨時上納費

ⅵ 一般捜査費

ⅶ 警察庁からの来客に対する接待費・土産代等々(ここ2~3年自粛されている。)

(h) 捜査費(=犯罪捜査報償費,県費)支出の正規の手続(流れ)と不正支出の手法

① 捜査費の内容(正規)

ⅰ 捜査等に関する情報提供者又は協力者に対する諸経費(謝礼金)

ⅱ 捜査員の活動経費(接触費,交通費,通信費等)

② 正規の手続(流れ)

別紙「告発文書別紙」のとおり

③ 不正支出の手法

ⅰ 取扱補助者は取扱者の了解を得て,別紙「告発文書別紙」の正規の手続を装い,あたかも協力者等に捜査費(現金)が交付されたかのごとく,所定の概算交付,精算手続の書類作成等を行い(不正支出)裏金を捻出する。その間,現金の動きはない。

架空の協力者については捜査員に一任される。取扱者・取扱補助者・中間交付者及び捜査員は不正経理の共犯関係となる。

ⅱ 具体的不正経理の内容

告発者が事件主管課長当時の内容(別所属課もほぼ同様)

(ⅰ) 謝礼金の基準額 3段階 協力者等1名につき,1万円,2万円,3万金

(ⅱ) 証拠発覚防止のため,謝礼金は直接渡しで,銀行口座振込みはあり得ない。

(ⅲ) 協力者等は捜査員個々の自己管理(架空者等,実際の協力者を持たない捜査員が多い)を原則としており,したがって,取扱者・取扱補助者等は協力者等の実態は把握できない。協力者一覧表の存在はあり得ず,捜査員も協力者等については一切語らないし語れない(ここに不正支出経理のカラクリの余地がある。)。

(ⅳ) 架空精算手続に際しては,精算書に添付する領収証の協力者等の氏名は,本人の申し出と称して捜査員がペンネームを勝手に記入する(まれに実在名もある。)。しかし,ほとんどは領収証の添付はない。領収証の添付がないことについては,協力者が公表されると困るとして提出を拒否した,と説明される。

ⅲ 証拠資料から見た不正支出経理の実施

告発者が事件主管課長であった当時の不正支出経理の内容について,告発者が現在所持している証拠資料綴りによれば,ある年の年間不正捻出総額は,30数事件について80数万円,事件名を見ると協力者等に謝礼金の交付はあり得ないものが多くある,30数事件についてすべて領収書なしとなっている,また全事件について実名となっているがこれらはペンネームであると推察される,とされている。

b 告発文書の作成者等に関して

(a) Fが作成した平成20年6月2日付け筆跡鑑定書によれば,告発文書(全12頁)及び告発文書が封入されていた封筒の筆跡と,証人Cが記載した通勤届の筆跡(要旨を縦長横書式に使用したその冒頭に「通勤届」と印字され,平成10年3月24日との日付の記載があり,職名,氏名,通勤方法の別,区間,などの空欄にボールペン様の筆具を用いてそれぞれ必要事項が執筆されたその筆跡)は同一人の筆跡であると認められるとされている。

また,Fが作成した平成20年8月25日付け筆跡鑑定書によれば,告発文書(全12頁)及び告発文書が封入されていた封筒の筆跡と,証人Cが記載した宣誓書の筆跡(氏名欄にボールペン様の筆具を用いて執筆された「C」文字の署名の筆跡),Cが記載した出頭票の筆跡(氏名欄にボールペン様の筆具を用いて「C」文字の署名や生年月日・住所などの欄に全4行にわたって必要事項が執筆された筆跡),Cが本訴証人尋問中に記載した文書の筆跡(ボールペン様の筆具を用いて「平成16年4月仙台市民オンブズマン」と始まり,全14行に亘って執筆された文章や単語などの筆跡)は同一人の筆跡であると認められるとされている。

(b) 告発文書との関係

① 告発文書には以下の事実が記載されている。

ⅰ 告発者の経歴について

告発者は宮城県警在職30数年の後,近年(0~3年の間)に至り,退職まで若干年を残して途中自主退職した。

自主退職の理由は,警察本部長の独断専行・常識外れの言動及び不公平かつ不誠実な人事異動の発令などに嫌気をさしたことにある。

告発者の在職中の後半(警視階級10数年の間)の経歴は,県警本部参事官,課長及び警察署長の所属長を通算して約10ポストを10数年歴任したというものである。それ以前は,警察署の次長及び課長職に就いている。

ⅱ B前知事の要求による特別監査が実施された際,平成15年4月6日か同年3月30日の日曜日に,県警本部のほとんどの所属長が名取市の県警察学校に招集され,対応会議が開催されたが,告発者は出席しなかった。

② 証人Cの経歴は以下のとおりである。

昭和44年 4月 1日     宮城県巡査拝命

昭和47年 8月14日     任巡査部長

昭和52年 3月25日     任警部補

昭和55年 3月19日     任警部

平成 3年 3月14日     任警視

平成 4年 5月 1日現在  生活安全部通信指令課通信司令官

平成 5年 9月 1日現在  警務部監察官室監察官

平成 7年 5月 1日現在  生活安全部鉄道警察隊隊長

平成 9年 5月 1日現在  桶谷警察署長

平成10年 5月 1日現在  警務部留置管理課課長

平成11年 3月11日     生活安全部生活保安課課長

平成13年 3月26日     生活安全部参事官兼地域室地域課長

平成15年 3月13日     交通部参事官兼運転免許課長

平成15年 4月11日     任警視正

辞職

③ 証人Cは,主管課の幹部から,免許課長さんは今回の会議に出席しなくても結構ですよ,といわれ,上記の平成15年4月6日か同年3月30日の日曜日に開催された対応会議に出席しなかった。

(c) 告発文書が入っていた封筒には,「宮城a」との消印が押してあるところ,証人Cは20数年前から宮城県黒川郡a町に住んでいる。

(オ) 平成14年9月13日付け官公委第399号における警察本部長の対応等

a 平成14年6月20日付けで警察本部長が行った平成11年度の刑事部,交通部,警備部の報償費の支出に係る行政文書部分開示決定について,原告が審査請求をした。

b 情報公開審査会は,インカメラ手続で本件文書を審査したところ,協力者等の領収書が一部の課を除いてほとんどなく,真実捜査報償費が協力者等に支払われているとの心証を形成することができなかったため,捜査報償費を交付したとされる捜査員からの事情聴取を警察本部長に申し入れたが,警察本部長は,①本件文書は,協力者等に関する情報や犯罪捜査に伴う情報収集の時期等に関する情報が記載され,犯罪捜査等の実態たる事実を記録しているものであること,②情報公開審査会の審査は,警察本部長の第一次的な判断が合理性を持つものとして許容されるか否かを審査するものであるから警察本部長の行った判断について個々の捜査員が説明し得るものではなく,むしろ警察幹部等の適当な者から説明させることが妥当と考えられること,③情報公開審査会のしようとしている聴取の内容は,個別の捜査に関する事項にわたらざるを得ないものであり,捜査の具体的な手法等捜査の秘密に関わるものであること,④捜査員は,協力者等に対して情報提供の出所や協力の事実について外部に明らかにしないことを約束して協力してもらっており,捜査員が情報公開審査会に事情聴取に応じたことが明らかになれば,そのこと自体で捜査員と協力者等の信頼関係を損なうこととなり,現在の協力者等を失うおそれがあるばかりでなく,以後情報提供を始めとする各種協力を得ることが一層困難となるおそれがあることなどから,捜査員が事情聴取に応じると今後の治安維持に重大な支障を来すおそれがあるとして,捜査員の事情聴取には協力することができないと回答した。

(カ) B前知事と警察本部長の文書開示をめぐる対立

a B前知事は,平成12年3月17日,仙台高等裁判所が,警察本部長が保管,管理している予算執行関係文書につき,知事を実施機関として認める判決を言い渡したことから,警察本部長の保管,管理している予算関係執行文書,特に捜査報償費の実態について,捜査報償費を執行する捜査員から説明を聞きたいと考え,何回かにわたって警察本部長にその旨を申し入れた。これに対して,警察本部長は,捜査の秘密等の理由を挙げて現場の捜査員からの事情聴取には応じなかった。

b 原告は,平成11年度の宮城県警の捜査報償費に関する文書について,知事を実施機関として,仙台地方裁判所に別件訴訟(同庁平成13年(行ウ)第3号事件)を提起したところ,同裁判所は,平成15年1月,原告の請求を一部認容し,月別の捜査報償費執行額の開示を認める旨の判決を言い渡した。

この判決に対し,警察本部長は,B前知事に控訴をするよう要請したが,B前知事は,控訴をする前提として,捜査報償費の具体的な使途を知る必要があるとし,捜査員からの聴き取り調査を警察本部長に求めた。これに対して,警察本部長は,必要ない,捜査上支障があるとして捜査員の聴き取り調査に応じなかった。そのため,B前知事は,上記の判決につき,一部を除き控訴をしなかった。

c 警察本部長が捜査員からの聴き取り調査を拒み続けていることから,B前知事は,平成15年3月25日,監査委員に対して,平成12年度から平成14年度までの宮城県警察の捜査報償費の執行につき違法,不当な行為があるか否かの監査をするよう要求した。

そこで,監査委員は,監査を実施することにし,宮城県警察に対し,捜査報償費の支出関係証拠書類の提出を求めた。これに対して,宮城県警察は,捜査上の秘密,協力者等の保護を理由に,すべての支出関係証拠書類につき,具体的な事件名,協力者等の住所,氏名,接触場所の事項に黒テープを貼付した形で提示した。そのため,監査委員は,具体的な事件名,協力者等の住所,氏名,接触場所を知ることはできなかった。

この監査においては,執行状況を確認するため,平成14年度の支出関係証拠書類と勤務関係書類との突き合わせや各所属長,管理官(次長,副署長),課長補佐等からの聴き取り調査も行われた。なお,個々の捜査員に対する聴き取り調査には宮城県警察が応じなかった。

監査委員は,平成15年9月5日,支出関係証拠書類については必要とされる書類の作成,必要事項の記載がされていて,取扱要領や経理の手引きに定められた手続を経て捜査報償費が執行されている状況は確認したものの,協力者等に直接接触することができなかったため,捜査報償費が実際に協力者等に支払われたか否かを確認することはできなかった旨の監査報告をB前知事に提出した。

d B前知事は,平成16年4月16日,警察本部長に対し,捜査報償費文書の閲覧と捜査員の事情聴取を要請した。

警察本部長は,B前知事の上記要請に応えることにし,同月22日,求められた文書をB前知事に提示し,B前知事は,同日午前10時30分ころから提示された文書に目を通した。これらの文書には捜査員,協力者等の氏名・押印,日時,場所,金額などが黒塗りされることなく記載されていた。また,会計課の職員が,協力者等の氏名をメモしていた。文書に目を通したB前知事は,同日午後,報道関係者に対し,提示された文書には黒塗り部分はない,文書を提示されることにつき警察本部長から条件は付されなかったなどと述べた。

警察本部長は,B前知事が文書の内容を報道関係者に話したことや協力者等の氏名をメモさせたことを知ると,同日午後1時30分ころ,文書の提示を中断するとして,提示した文書を持ち帰り,その後予定されていた捜査員の事情聴取にも応じなかった。また,その際,会計課の職員がした協力者等の氏名のメモも回収した。

文書の提示を中断したことについて,警察本部長は,同日午後5時20分ころ,記者会見を行い,その中でB前知事の要請に応えるにつき①捜査上の秘密の保持と協力者等の保護の徹底,②文書や聴き取りの内容を一切公表しない,③聴き取りは警察本部長側が指定した捜査員に対して行い,これには幹部職員が立ち会う,との3条件を出し,B前知事側もこれを了承していたはずなのに,報道関係者に文書の内容を話すなどし約束を破ったからであると説明した。

これに対して,B前知事は,同日,報道機関に対し,警察本部長が記者会見で述べた3条件は文書で交わされたものではなく,会話の中のことであり,報道関係者に話した程度のことは約束違反にならないと思った,また,協力者等の氏名をメモしたことは文書を提示した警察本部長側も織り込み済みであると思ったなどと説明した。

e その後,B前知事は,平成17年度の捜査報償費につき2300万円(一般捜査報償費400万円,捜査諸雑費1900万円)しか予算計上せず,平成17年6月24日,同月27日以降の捜査報償費の予算を一切執行しないようにとの通知を警察本部長に対して行った。

これに対し,警察本部長は,B前知事が要求する協力者等に関する情報は開示することができないが,捜査報償費は必要であり,これを捜査員個人に負担させるわけにもいかないので,幹部職員からのカンパによってしのぐなどと表明した。

捜査報償費の予算執行停止の措置は,同年11月にB前知事の任期が終了し,新知事が就任するまで続いた。

f 上記のようなB前知事と警察本部長の対立は,平成15年以降,捜査報償費の不正疑惑問題とからめて,宮城県内で大きく報道された。

(キ) 平成12年度随時監査

a 原告が仙台地方裁判所に提起した捜査報償費の返還を求める別件損害賠償代位訴訟(同庁平成13年(行ウ)第18号事件)につき,平成17年6月21日,同裁判所は,原告の請求を棄却する判決を言い渡したが,その理由中で,平成12年度の宮城県警察の捜査報償費の支払の相当部分は実態がなかったものと推認する余地がある,特に鉄道警察隊及び鑑識課の捜査報償費について実態がなかった疑いが強い旨の判示をした。

b そのため,監査委員は,平成17年10月26日から平成18年3月23日までの間,警察本部の9課2隊の捜査報償費の執行につき違法,不当な行為の有無を監査するため,平成12年度の宮城県警察の捜査報償費について地方自治法199条5項に基づく随時監査を実施した。この監査は,支出関係証拠書類や関係帳簿の書面調査や捜査員が協力者等と接触場所として利用した飲食店及び謝礼品を購入した店舗(以下「飲食店等」という。)の調査,捜査報償費の執行責任者である課長,管理官等や捜査報償費を執行した捜査員,関係人からの聴き取り調査などによりされることになった。なお,宮城県警察は,平成16年度の定期監査からは捜査員からの聴き取り調査に応ずるようになり,平成17年度の定期監査から協力者等の接触場所を一部を除き開示するようになっていた。

監査委員は,警察本部長に対して,支出関係証拠書類の全面開示を強く求め,警察本部長と協議を重ねたが,結局,警察本部長は,協力者等とは住所,氏名を部外に明らかにしないと約束していること,監査委員が協力者等に接触する可能性は払拭し得ないことを理由に,協力者等の住所,氏名は開示できないとし,これらの情報は開示しなかった。

c 書面調査の結果によると,警察本部9課2隊が執行した平成12年度の捜査報償費は合計1954万2594円であったが,このうち,協力者等への謝礼(現金,菓子折等)が1907万6636円,815件であり,このうち1907万円,812件が現金で支払われた形となっており,そのうち領収書のあるものは148万5000円,135件のみであった。なお,菓子折等6636円の3件については領収書があった。また,接触費は45万8608円,323件であり,そのうち,領収書のあるものは28万0967円,115件であった。

また,捜査報償費の月別支払件数,支払金額は,件数が89件(3月)から105件(9月)の間,支払金額が156万1124円(11月)から175万8901円(9月)の間とほぼ同程度の件数,同程度の金額で推移していた。謝礼金の支払単価は,鉄道警察隊ではすべて5000円,鑑識課ではすべて1万円となっており,5万円以上の執行は暴力団対策課に限られていた。謝礼金についての領収書(135件)は,鑑識課の123件についてはすべて領収書が徴取され,交通指導課では59件のうち10件が,少年課では29件のうち1件が,捜査第一課では158件のうち1件が領収書が徴取されていたが,上記4課を除く各所属では全く領収書が徴取されていなかった。領収書が徴取されていない677件については,取扱要領に基づき,いずれも支払報告書に所属長の確認を受けていた。

d 協力者等との接触のために利用した飲食店に支払った接触費323件のうち,領収書があるものは115件であり,残り208件は領収書がなかったが,取扱要領で領収書の徴取を省略することができるのは1000円程度までとされていたところ,208件はすべて1000円未満であった。領収書のある飲食店115件と協力者等へ交付した菓子折等3件,合計118件のうち,捜査の必要上非開示とされた4件と領収者の住所,氏名が不明な4件を除く100件につき,領収書記載の日時に営業をしていたか否か,当該領収書を発行したか否か,当時使用していた領収書の種類などにつき,照会文書を送付して調査したところ,回答の得られた店舗は72店舗であり,回答を得られなかった28店舗のうち21店舗はすべて倒産等により店舗がなくなっており,7店舗は所在が確認され,この7店舗については電話で照会したものの協力を得られなかった。回答した72店舗のうち,領収書記載の日時に営業をしていたと回答したものは61店舗であり,その他は分からない,又は回答なしであり,営業していなかったとの回答はなかった。当該領収書を発行したか否かについては,発行したとの回答が36店舗からあり,分からないとの回答が29店舗からあった。また,発行したものではないとの回答が1店舗から,発行したかどうか分からないが領収金額が控えの金額と異なると回答した店舗が1店舗あった。領収書の種類については,平成12年当時に使用していた領収書と同じであると回答した店舗は55店舗であり,異なると回答した店舗は5店舗であって,その他は分からないか,回答なしであった。

監査委員は,調査対象となった領収書のうち,平成12年当時使用していたものと異なると回答した5店舗,当該領収書を発行したことはないと回答した1店舗,発行したかどうか分からないが領収金額が控えの金額と異なると回答した1店舗の合計7店舗と,監査対象機関以外の6機関が接触場所として利用した6店舗の合計13店舗について,実地調査をしたところ,平成12年当時使用していた領収書と異なると回答した5店舗については,いずれも当該店舗が使用していたものであるとの回答があった。また,当該領収書を発行したことはないと回答した1店舗についても当該店舗が発行したことに相違ないとの確認がされた。領収金額が控えの金額と異なると回答した1店舗も当該店舗で発行した領収書であることが確認された。また,監査対象機関以外の6機関が接触場所として利用した6店舗についても,各領収書がそれぞれの店舗で発行されたものであることが確認された。

e 監査委員の聴き取り調査は,各所属の所属長か,それに次ぐ地位にある管理官,次長,副隊長等合計16名と各所属の捜査員合計52名,退職者1名(B前知事)について行われた。

聴き取り調査に対し,所属長や管理官等は,犯罪捜査においては情報提供や捜査協力を得ることが必要であり,有用な情報提供や捜査協力を得るためには謝礼金品の交付や飲食を伴う接触は不可欠であって,これが事件の早期解決,精度の高い捜査,迅速かつ的確な捜査につながると捜査報償費の必要性を訴えたほか,以下のとおり述べた。すなわち,捜査報償費の支払について,支払の要否や金額は捜査員の申出や事件捜査の過程における捜査方針などにより所属長が情報の内容,協力者等の職業・地位のほか,捜査報償費の予算状況などを総合的に判断して決めている,捜査員の申出があった場合でも捜査報償費の予算枠の関係で計画的に執行しなければならないことから断ることもある。捜査報償費の執行が件数,金額とも各月平均的になっているのは予算を有効に,かつ,計画的に執行した結果であり,年間予算を基に四半期ごと,各月ごとに計画を立てて執行している。捜査報償費の執行が特定の捜査員に集中しているのは,それぞれの所属で捜査報償費を執行する捜査員が限られている結果である。また,複数の捜査員が協力者等に接触するときは上位の者が執行しているのでこれも特定の捜査員に執行が集中する原因となっている。所属長が謝礼金の支払を決定したときは,管理官等に指示し,管理官等から捜査員に現金を交付しているが,その際,捜査員には領収書用紙を渡し,領収書の徴取を指示しているが,協力者等の情報収集が大事であることから無理をしてまで徴取するよう指示はしていない。領収書が徴取できなかったときは,捜査員から協力者等から得た情報の内容や交付時の状況等の報告を受け,支払の事実を確認している。捜査員に交付した謝礼金が交付不能などにより返戻された例はない。捜査報償費について不適正な取扱いは行われていない。

f また,鉄道捜査隊の所属長である証人Dは,聴き取り調査に対し,当時,鉄道警察隊は列車内に乗り込み犯罪の未然防止を図る「警乗」と,鉄道施設内での盗撮,すり,置き引きなどの「施設内捜査」を主な業務としていたが,捜査報償費が特定の捜査員に限られていたのは,当該捜査員2名が施設内捜査を担当していたからであり,それ以外の捜査員は警乗業務を担当し,警乗業務を担当する捜査員は捜査報償費を使用しなかったからである,謝礼金が定額であったのは,施設内捜査で扱う事件がすりや置き引きであり,これに関する情報に大差がなかったことから1件5000円としていたためである,領収書については,徴取を指示していたが,持ってこなかった,対象者が素人であることから徴取できないと説明されていた等説明した。また,同証人は上記に加えて,鉄道警察隊においては,規則上は初動活動を行うことになっているが,引き継ぎを受けた警察署が何ら手を加えることなく送致書だけ付けて送致できるまでやっていた等証言した。

鑑識課の所属長である証人Eは,聴き取り調査に対し,当時の鑑識課の業務として,事件現場での鑑識活動のほか,関係者の指紋採取,似顔絵の作成や関係者からの情報の収集などの事件現場を離れての活動があった。これらについては,協力者等に謝礼金を支払っていた,平成13年度から鑑識課の捜査報償費の予算が半減したが,その代わり関係者からの情報収集は主務課や所轄警察が行うことになったので,鑑識本来の業務に影響はなかった,謝礼金が1件1万円と定額であったのは限られた予算の中で広く情報と協力を得るためであった,などと説明した。また,同証人は証人尋問において上記趣旨のことを証言した。

g 捜査員52名に対する聴き取り調査は,捜査報償費の支払の関係,支払精算書の作成等の関係,領収書の徴取の関係について行われた。その結果,捜査員らからは,協力者等から得られた情報として,問題とした店舗への出入り状況,被疑者の身辺関係や生活実態,被疑者の住所,所在地,勤務先,被疑者の性格や資産,生活情報などが多く回答された。また,謝礼金を必要とした理由については,「今までの情報提供に対するお礼と今後の協力」,「情報に対するお礼と今後の情報を得るための糸口が半々」との回答が多かったが,「情報について調書をとったのでその協力に対するお礼」や「被疑者を特定する情報に対する謝礼」という回答もあった。なお,すべての捜査員が謝礼金の額は「情報の内容や重要度により上司が決定すると回答した。また,多くの捜査員が「協力者等とは何回か接触している中で信頼関係を築いた。」と述べ,謝礼金支払の時期については,「聴取過程もあるし最後に支払う場合もある。」,「事前に情報を得ており,ある程度捜査ができたところで謝礼金を渡す。」との回答が多かった。接触費の執行は,主として軽食又は飲み物であるが,アルコールを伴う食事の場合もあった。飲食店の領収書を一部開示しなかったのは,当該飲食店の経営者が協力者等を知っているもの,逆に協力者等が当該飲食店の人間を知っているもの,当該飲食店が接触場所として常に使っているものであるとの説明があった。支払精算書については,すべての捜査員が自分の筆跡であることを確認し,記載事実に誤りはないと述べた。支払精算書と通勤届等の筆跡が異なる捜査員に確認したところ,業務が多忙なため通勤届等を所属の事務職員に記載してもらったと述べた。領収書については,すべての捜査員が管理官等からもらってくるように指示されたと回答し,領収書不徴取の理由については,ほとんどの捜査員が「被疑者から仕返しを受けることを恐れて拒否された。」とか,「かかわりたくないし,領収書を書かなければならないなら協力しないと言われて断念した。」とかと回答したが,一部の捜査員は,「領収書がないと私がねこばばしたと思われるので説得して書いてもらった。」との回答もあった。また,多くの捜査員が捜査報償費の自己負担について,「タクシー代やビール券代を払ったことがあった。」,「喫茶店の支払や飲み代を払ったことがあった。」,「携帯電話代は自分で負担していた。」などと述べていた。

h 監査委員は,B前知事が在任中,記者会見や県議会答弁などで,宮城県警察の現職警察官から「内部告発」の手紙をもらっているとか,不正経理の確証を握っているとかいった発言を繰り返していたことから,B前知事に対して関係人調査を行う必要があると判断し,B前知事に対する聴き取り調査を行った。その結果,B前知事から現職警察官の手紙の内容や宮城県警察の捜査報償費の使途に不正があると思う理由のついての説明はあったものの,監査の決め手となるような直接的かつ具体的な情報は得られなかった。

i 以上のような調査の結果,監査委員は,平成18年3月23日,随時監査結果報告書を県公安委員会宛に提出したが,これには,書面調査の結果として,支出関係証拠書類には,必要とされる書類の作成及び必要事項の記載がされており,取扱要領に定められた手続に基づき捜査報償費が執行されていた,このすべての支出行為につき勤務関係書類と突き合わせを行ったが,おおむね適正に執行されていることが確認された,捜査報償費の執行件数及び金額が各月平均的になっていることについては,予算を有効に,かつ,計画的に執行した結果であり,また,捜査報償費の執行が特定の捜査員に集中していることについては捜査報償費を執行する捜査員が限られているので,結果的に特定の捜査員になっているとの説明を受けた,しかし,領収書を徴取したものは全体の21.8%にすぎず,また,協力者等の住所,氏名がすべて非開示とされたため,支払事実の最終確認はできなかったとした。また,飲食店等の調査については,領収書があり,かつ,文書による照会に対して72店舗から回答があり,その回答等から実地調査が必要と判断した13店舗について実地調査をしたところ,飲食店等の利用については領収書の記載どおりであることが確認されたものの,協力者等の住所,氏名が非開示とされたため,当該飲食店が協力者等との接触に利用されたか否かは確認し得なかったとした。また,聴き取り調査については,所属長,管理官等からは捜査報償費の必要性や全般的な執行状況について,捜査員からは個別の支出状況等についてそれぞれ説明を受け,その説明はおおむね納得し得るものであったが,すべての捜査員が協力者等の住所,氏名を明らかにせず,また,一部の捜査員は執行の細部については記憶がないと述べるとか,捜査員間で状況説明に違いがみられるなど,必ずしもすべての説明が納得し得るものではなかった。したがって,個々の執行が適正であると認めることはできなかったが,反面,不当であると判断すべき根拠も見当たらなかったとした。

(ク) B前知事は別件訴訟において,所感と題する陳述書,証人尋問等で以下の趣旨のことを述べている。

a 平成16年4月22日,警察本部長から捜査報償費に関する執行関係文書を提示され,3時間程度見たが,そのときに,ある協力者の手書きで書かれた氏名の氏の部分と印鑑の印影に押されている氏の部分が異なっていたこと(B前知事は例として,「小渕」と「小淵」を挙げる。),ある課では謝礼金を渡した場所について,すべて仙台市内の公園となっているが,そのすべてが異なった公園となっていたこと,ほかのある課では毎月同じ額の謝礼金が支出されていたこと等から,おかしいと考えた。

b 平成16年6月7日月曜日,午後8時02分から同時50分までの間,宮城県警の元幹部職員と面談し,捜査報償費の支出は98パーセント,99パーセント架空であること,協力者とは会っても年に1回くらいであること,協力者と路上,喫茶店,駐車場等で会うことはあり得ず県警の管理する密室内で会うこと等の話を聞いた。

c 同年9月末ころ,同元職員と面談し,ある所属の平成12年度の捜査報償費の予算執行状態についての一覧表(甲62の1)を受け取ったが,これは架空であるということであった。

d B前知事は,県職員に指示し,上記一覧表に記載された協力者等23名について,事件場所から住所を推察して電話帳に当たる方法で,該当する可能性のある電話番号を割り出し,数人へ電話を入れたが,謝礼金受領の事実を確認することはできなかった。

イ 以下,前記前提事実及び上記アの事実をもとに本件捜査報償費の支出が架空支出であると認められるか否かを検討する。

(ア) 全国の状況及び北海道警の元警視長の証言

a 原告は,警視庁や全国の各都道府県警察において捜査報償費不正支出疑惑が噴出していることや,Aの証言によれば,宮城県警における本件捜査報償費も架空である旨主張する。

b そこで検討するに,上記アの事実によれば,全国の各都道府県警察において,捜査報償費の架空支出が問題とされ新聞報道がなされていること,Aが北海道警における捜査報償費は90パーセントが架空であった等証言していることは指摘できる。もっとも,仮にこれらの架空支出に関する事実が真実であり,全国の警察が人事,組織,予算の仕組みや犯罪捜査の点でほぼ同じであるとしても,このことから,宮城県警において同様に架空支出が行われているということにはならず,上記事実から宮城県警の捜査報償費が架空に支出されていることを推定することは困難である。

(イ) 捜査報償費の支出状況

a 原告は,本件各課(隊)の捜査報償費支出状況からすれば,毎月の受入額と支払額がほぼ同じであり,ほとんど使い切り状態となっていること,協力者数が特定の人数に集中する傾向があること,県警本部の各課(隊)の捜査協力者への支払単価の開きが大きいこと,月別の犯罪発生件数と受入額,支払額,協力者数には何らの相関関係もないこと等の各点が指摘でき,これらを総括すれば,本件各課(隊)の捜査報償費はすべて架空である旨主張する。

b そこで検討するに,上記アの事実によれば,平成12年度の捜査報償費について,本件各課(隊)いずれにおいても毎月の受入額及び年の受入額がほぼ使い切られていること,同年度の本件各課(隊)の毎月の協力者数が特定数に集中しており,受入額や支払額においても月ごとのばらつきが見られず,月別犯罪発生件数(月ごとに異なることは容易に想定できる。)との間に相関関係が認められないこと,本件各課(隊)における支払単価に開きがあること(例えば鉄道警察隊においては一人あたり5000円程度であるが,生活保安課においては一人あたり2万円以上となっている。)等が指摘できる。

c 上記の各点のうち,本件各課(隊)において支払単価に開きがあることについては,本件各課(隊)ごとに所掌事務が異なり,それに応じて,情報の内容,情報を提供する協力者の性質,情報を提供することに対する協力者の抵抗感(これに応じた協力費による動機付けの必要性)等が異なるのであるから,支払単価が異なることは不自然なことではなく,捜査報償費の支出が架空であるということに結びつくような事情ではないというべきである。

もっとも,協力者数が特定数に集中していることや,受入額や支払額が平均化されており月別犯罪発生件数との間に相関関係がみられないことについては,捜査報償費の性質に照らして考えると,不自然な事態であるといわざるを得ない。すなわち,捜査報償費は,計画的な支出が予定されている一般的な事務経費の支出とは異なり,突発的に発生する事件捜査に常時対応する必要があることや,予算執行事務の適正管理及び捜査の効果的遂行を実現する必要があることから,随時の資金前渡等を行っている経費である,そうであれば,犯罪が多く発生した月には多額の出費があることが予想され,年度末の犯罪発生件数によっては,予算を使い切らないことがあることも当然想定されるが,上記のとおり本件捜査報償費の支出にはそういった傾向は見られないのである。

これについて,D証人及びE証人は,捜査報償費が毎月平均的に執行されていたり,年度末に使い切られているのは,限られた予算の中で効率的に支出するために,犯罪件数が多い月であっても執行を制限したり,未解決になっている過去の案件についても執行したからである等証言しており,随時監査における監査委員の聴き取り調査においても,捜査報償費の執行が件数,金額とも各月平均的になっているのは予算を有効に,かつ,計画的に執行した結果であり,年間予算を基に四半期ごと,各月ごとに計画を立てて執行しているとの説明が得られている。確かに,上記のように捜査報償費を計画的に執行すれば,毎月平均的に執行し,年度末に使い切ることも可能ではある。しかし,そうはいっても,月別犯罪発生件数との間に相関関係が認められないのは,本件各課(隊)のみではなく,捜査報償費が前渡しされている宮城県警察の9課2隊25署のすべてにおいてであることを考慮すれば,計画的に執行した結果である,との抽象的な説明がなされただけでは首肯し得るものではなく,なお,捜査報償費が架空のものではないかとの疑念を払拭することはできない。

(ウ) 告発文書に関して

a 原告は,告発文書の作成者は,平成12年度において生活保安課の課長の地位にあった証人Cである旨主張するので検討するに,証人Cが記載した通勤届,宣誓書,出頭票及び証人Cの証人調書添付文書の筆跡と,告発文書の筆跡を比較対照すると,両者の特徴が酷似していることが認められ,これに加えて,前提事実及び上記認定事実によれば,F作成の筆跡鑑定書において,告発文書の筆跡と証人Cの筆跡は同一人の筆跡であるとされていること,告発文書に記載されている告発者の経歴と証人Cの経歴は,宮城県警に30数年在職後,近年(平成16年4月から0~3年の間)自主退職した点,警視階級に10数年在職した点,警視階級の間に県警本部参事官,課長及び警察署長の所属長を10数年歴任した点で合致していること,告発文書が入っていた封筒の「宮城a」との消印と証人Cの住所(宮城県黒川郡a町)が合致していること,平成15年4月6日か3月30日の日曜日に警察学校で開催された対策会議に出席していない点で合致していることの各事実が指摘でき,これらの事実を総合すれば,告発文書を作成したのは証人C自身であると認めるのが合理的である。証人Cは,告発文書は自分が書いたものではないと告発文書の作成を否定する供述をしているものの,証人Cが,宮城県警退職後も,警察業務と密接に関係する自動車学校に勤めており,告発文書を記載した平成16年4月ころにもなお在職中であったことからすれば(証人C),警察組織内部の要因に基づいて告発文書作成後に何らかの心境の変化があったものと考える余地があり,現時点において証人Cが告発文書の作成を否定していることは,同人が告発文書を作成したとの認定を覆すに足りる事実ということはできない。

b そうであれば,告発文書は,平成12年度において生活保安課の課長の立場にあった者が,県本部事件主管課長当時は毎月6万円,警察署長当時は毎月5万円を受け取っていたことを自供しつつ,宮城県警においても他の県警と同じく,各所属において捜査費及び旅費等の不正支出・経理による裏金作りが行われてきていたことを告発したものであり,その記載内容は,不正支出がなされる背景,不正支出の手法,不正支出により作成した裏金の管理・運用方法,裏金の用途等が極めて具体的に述べられたものであるから,証人Cが作成の事実を否定しているため,尋問によって告発文書の細部にわたる正確性について検討できないことを考慮しても,その信用性は高いということができる。そして,告発者が平成12年度において生活保安課の課長であった(上記のとおり,Cは,平成11年3月11日から平成13年3月25日まで生活安全部生活保安課課長の地位にあったものであり,本件文書の一部として被告から提出された書証(乙12,13の1ないし3,14,16の1ないし3,17の1・2,18の1・2)にも,同人の記名・押印がなされている事実が明らかである。)ことを加味すれば,告発文書に記載されている事項のうち,少なくとも生活保安課に関する事実については,同証人自らが実際に体験した事実を記載したものであると推認されるから,生活保安課に関する事実の記載部分に関する限り,平成12年度における生活保安課における捜査報償費の支出実態を明らかにしたものとして,その内容の信用性は相当高いと評価できる。

c そして,告発文書には,生活保安課に関する事実として,生活保安課において捜査費(捜査報償費と同義)の不正支出が日常的に行われていたこと,国費にかかる不正支出は裏金額の多額さで県費以上であること,捜査報償費(県費)の不正支出の手法は,取扱補助者が取扱者の了解を得て,所定の概算交付,精算手続の書類作成等を行って裏金を捻出しており,架空の協力者については捜査員に一任されており,精算書に添付する領収書の協力者等の氏名は本人の申し出と称して捜査員がペンネームを勝手に記入すること,ある年の年間不正捻出総額は30数件について80数万円であること等の事実が記載されている。

d これらの事実からすれば,平成12年度において,宮城県警察本部生活安全部生活保安課においては,捜査報償費の支出手続において取扱者の立場にある事件担当所属の長(生活保安課課長)自らが関与する形で,組織的に捜査報償費の架空支出が相当の件数及び相当の金額にわたって敢行されており,これに伴って領収書の偽造等の行為が行われていたものと認められる。

もっとも,告発文書によれば,ある年の年間不正捻出額は80数万円であるとされているところ,上記認定事実によれば,平成12年度の生活保安課における捜査費は県費が56万円,国費が1027万円であり,国費にかかる不正支出は裏金額の多額さで県費以上であるとされているのであるから,県費の56万円すべてが架空支出であるとまでは認めることができないというべきである。すなわち,仮に架空支出額が80数万円とされる「ある年」が平成12年度であったとしても,それが全て県費からの不正捻出であるとすると,県費からの不正支出が56万円,国費からの不正支出が30万円程度となり,国費にかかる不正支出が裏金額の多額さで県費以上であることと整合しないこととなるのである。したがって,告発文書によって,生活保安課においては組織的に相当の件数捜査報償費からの架空支出が行われており,それにかかる関係書類も相当程度偽造であることが認められるものの,本件捜査報償費及びその関係書類がすべて架空支出にかかるものとまでは認めることはできない。

(エ) 宮城県警の不自然な対応

a 原告は,警察本部長が捜査報償費に関して情報提供者や捜査協力者名をB前知事や監査委員に明かすことを拒否し続けたりしたことは不合理であり,本件捜査報償費が架空であることを裏付ける旨主張する。

b そこで検討するに,前提事実及び上記認定事実によれば,平成12年度の捜査報償費については,平成15年3月25日のB前知事の要求により監査委員による監査が行われたほか,平成17年10月26日から平成18年3月23日までの間,随時監査が実施されたところ,この随時監査の結果,警察本部9課2隊が執行した平成12年度の捜査報償費は合計1954万2594円であったが,このうち,協力者等への謝礼(現金,菓子折等)が1907万6636円,815件でありこのうち1907万円,812件が現金で支払われた形となっており,そのうち領収書のあるものは148万5000円,135件のみであったことが明らかとなったことが指摘できる。

また,警察本部長による捜査の秘密等を理由に協力者等に関する情報の開示や捜査員からの聴き取り拒否の事例として以下の事例を指摘できる。

(a) 宮公委第399号の審査において,情報公開審査会が,インカメラ手続で該当文書を審査したところ,協力者等の領収書が一部の課を除いてほとんどなく,真実捜査報償費が協力者等に支払われているとの心証を形成することができなかったため,捜査員からの事情聴取を警察本部長に申し入れたが,警察本部長は捜査の秘密や協力者との信頼関係に与える影響等を理由に捜査員の事情聴取には協力することができない旨回答した。

(b) 平成11年度の捜査報償費に関する文書についての訴訟で,原告の請求を認容する一部認容する判決が言い渡されたことに対して,警察本部長はB前知事に控訴するよう要請したが,B前知事が捜査員の聴き取り調査に応じなければ控訴できないとして聴き取り調査を求めたところ,警察本部長は協力者等への影響を理由として応じなかった。その結果,B前知事は一部を除き控訴しなかった。

(c) 随時監査においては,捜査員からの聴き取り調査には応じるようになったが,警察本部長は,協力者等とは住所,氏名を部外に明らかにしないと約束していること,監査委員が協力者等に接触する可能性は払拭し得ないことを理由に,協力者等の住所,氏名は開示できないとし,これらの情報は開示しなかった。

c 以上のことからすれば,平成12年度の捜査報償費支出に関しては,現金で支払われた謝礼金1907万円のうち,148万5000円しか領収書が存在せず,残りの1758万5000円については領収書が存在していないのであるから,実際には協力者に対して謝礼金が支払われていないのではないか疑念を抱かせるものである。被告は捜査協力者が領収書に名前を記載することを拒むため,領収書を徴取できなかった旨主張するが,金額にして92パーセント強の部分についてすべて領収書の作成を拒まれたというのは,にわかに首肯できるものではないというべきである。

そして,実際に協力者に対して謝礼金が支払われていることについては,領収書がない以上,実際に謝礼金を支払った捜査員や謝礼金を受け取った協力者の供述というものが重要な証拠となるというべきであるが,警察本部長は上記のとおり,情報公開審査会や裁判所において,捜査報償費の支出が架空であるとの疑いがあるという趣旨の判断がなされた状況においても,捜査の秘密等を理由に捜査員に対する事情聴取を拒んでおり,捜査報償費の支出が適正になされていることを証明したいと考えるであろう警察本部長の対応としては不自然というべきである。また,その後警察本部長は態度を改め,捜査員に対する事情聴取には応じるようになったものの,なお,協力者に関する情報を不開示とする方針は従前どおりであるところ,宮城県警が,個々の協力者に対して,謝礼金を受け取った旨供述してもらうよう何らかの努力をしたという形跡がうかがわれず,これも前記警察本部長の立場からすると不自然な状況ではある。以上のことからすれば,捜査報償費は実際には協力者には支払われなかったものもあるのではないかとの疑念を抱かせる事情が存在するとは言える。

d もっとも,捜査報償費の協力者等に対する謝礼の中には,情報提供者からの情報提供に対する謝礼とそれ以外の犯罪捜査に必要な協力に対する謝礼とがあるところ,情報提供は,通常は知ることが困難な情報の提供を,事件関係者の近くにいて当該情報を知り得る者から受けるものであるから,これが事件関係者に知られれば,情報提供者が報復等を受けるおそれがあるものといえる。また,情報提供ではない形で捜査に協力したにすぎない場合であっても,協力した者が事件関係者から逆恨みを買うなどして思わぬトラブルに巻き込まれる可能性がないとはいえない。

したがって,情報提供者はもちろんのこと,それ以外の協力者においても,犯罪捜査につき警察に協力したことを知られたくないと思うのはやむを得ないことであり,協力者等の情報を開示するとなると,犯罪捜査につき一般人からの捜査協力を受けることが困難になることは十分に予想されるところである。また,宮城県警が個々の協力者に対して,謝礼金を受け取った旨供述してもらうよう依頼する,情報を開示することについて了解を得るといったことは,それ自体が,個々の協力者に対して宮城県警が自分たちの情報を開示するのではないかとの危惧を抱かせるものというべきであり,上記のとおり犯罪捜査につき警察に協力したことを知られたくない協力者等の心情にかんがみれば萎縮効果を招くおそれが強いものであるというべきであるから,宮城県警が上記行動をとらないこともやむを得ない面があるというべきである。

e 以上に述べたことからすれば,宮城県警が捜査の秘密等を理由に情報開示を拒む態度は,必ずしも納得できる部分ばかりではないが,やむを得ない面もあるというべきであり,このことが本件捜査報償費の支出の不適切さを窺わせるに足りる事情であると評価することは困難であるというべきである。

(オ) B前知事の所感及び証言

a 原告は,B前知事の所感と題する陳述書や別件訴訟における証言内容からすれば,本件捜査報償費の支出は架空であると主張する。

b そこで検討するに,前提事実及び上記認定事実によれば,B前知事が警察本部長から提示された捜査報償費に関する執行関係文書には,手書きの氏と印影の氏とで文字が異なるものがあったこと,ある課においては,謝礼金を渡した場所がすべて仙台市内の異なる公園であったこと,ほかのある課では毎月同じ金額を執行していたこと等の事実を指摘できるところ,これらの事実は不自然といえば不自然ではあるが,必ずしも想定できない事態ではなく,犯罪捜査報償費の支出が架空であることを窺わせる事情とみることは困難である。

c また,B前知事は,宮城県警の元幹部職員から,犯罪捜査報償費の支出は98~99パーセントは架空であるとの話を聞いたこと,架空のものであるとして一覧表(甲62の1)を受け取った旨証言していることが指摘できる。そして,一覧表(甲62の1)は平成12年度の生活保安課における犯罪捜査報償費の支出額の合計,協力者数,月別執行数,月毎の執行額の点で合致しており,平成12年度の生活保安課のものであることが窺われるから,B前知事に情報提供した元幹部職員は平成12年度に生活保安課の課長であったCであると推認する余地がある。もっとも,証人Cは,前述のとおり,告発文書において,平成12年度の犯罪捜査報償費の支出がすべて(又は98~99パーセント)架空であることとは整合しない内容を記載しているのであるし,B前知事への情報提供は,抽象的に,すべて(98~99パーセント)架空である旨の発言があったというものに過ぎないのであるから,信用性の点で告発文書に相当程度劣るというべきであり,仮に上記元幹部職員が証人Cであるとしても,B前知事の上記陳述及び別件訴訟における供述を根拠として,犯罪捜査報償費の支出がすべて(98~99パーセント)架空であると認めることはできないというべきである。

(カ) 捜査報償費の支出をうかがわせる事情

上記認定事実によれば,平成12年度随時監査では,取扱要領により領収書の徴取が必要とされる接触費115件についてはすべて領収書があり,この115件と協力者等に謝礼として交付した菓子折等の領収書3件などにつき監査委員が調査した限り,調査に応じた飲食店等の領収書はいずれも当該飲食店等が発行したものであったことが確認されたというのであるから,平成12年度の捜査報償費の接触費のうち領収書があるものについては,実際にその支出はあったものと認めるのが相当であり,したがって,架空の支出とはいえない。

(キ) 以上に検討したことからすれば,本件捜査報償費については,生活保安課において,生活保安課課長自らが関与する形で,組織的に捜査報償費の架空支出が相当の件数及び相当の金額にわたって敢行されており,これに伴って関係書類も相当程度偽造されていたことは認められるものの,他方で,適正に支出されたものもあることが窺われるから,本件全証拠を子細に検討しても本件捜査報償費の支出がすべて架空であるとは認め難い。また,本件全証拠に照らしても,本件捜査報償費のどの部分が架空支出であり,どの部分が正当に支出されたものであるかは判然としないというほかない。

(5)  そうであれば,本件捜査報償費の全部又は特定の部分が架空であるとまでは認め難い以上,本件文書記載の各情報が架空であることをもって,非開示情報に該当しないということはできず,この点に関する原告の主張は採用できない。

(6)  ところで,新4号に該当するとしてされた非開示処分が違法となるのは,当該処分が裁量権を逸脱し,又は濫用したと認められる場合に限られると解されることは前記のとおりであるところ,これは,新4号に該当するか否かの判断にあたっては,公共の安全と秩序の維持に関する情報の開示又は非開示の判断が必要となり,その性質上,犯罪等に関する将来予測として専門的,技術的判断を要するなどの特殊性があることから,このような情報に該当するか否かについては実施機関の第一次的な判断を尊重するという趣旨によるものである。そして,新4号が実施機関の第一次的な判断を尊重することとしたのは,公共の安全と秩序の維持に関する情報については,実施機関が犯罪捜査情報の秘匿性や犯罪捜査の密行性等の特殊性を考慮した専門的,技術的判断に精通しており,しかもその専門的,技術的判断を誠実に履行するであろうという実施機関に対する制度的信頼が前提にあるからにほかならない。

ところが,本件捜査報償費については,生活保安課において,生活保安課課長自らが関与する形で,組織的に捜査報償費の架空支出が相当の件数及び相当の金額にわたって敢行されており,これに伴って関係書類も相当程度偽造されていたというのである。このように,新4号に該当するかどうかが争われている複数の情報の中に,架空支出にかかる捜査報償費に関する情報と適正に支出された捜査報償費に関する情報が混在する場合,実施機関としては,まず,当該情報が架空支出にかかる捜査報償費に関する情報なのか,それとも適正に支出された捜査報償費に関する情報なのかを調査,選別し,その後,適正に支出された捜査報償費に関する情報であることを確認した後に,新4号に規定する非開示事由があるかどうかを専門的,技術的観点から判断するという過程,順序を経るべき義務があり,前記調査,選別の作業過程を省略し,非開示事由があるかどうかを判断するのみでは,上記専門的,技術的判断を誠実に履行したものとはいえないというべきである。なぜなら,本件文書に係る本件捜査報償費のうち架空支出にかかる捜査報償費に関する文書は,犯罪の捜査や治安の維持といった本来の警察活動に関する文書ではないことになり,本件条例が非開示とすることによって保護しようとした利益は存在しないことになる一方,実施機関である警察本部長としては,既に,本件処分に先立つ平成17年6月21日の時点において,仙台地方裁判所平成13年(行ウ)第18号事件の理由中で,平成12年度の宮城県警察の捜査報償費の支払の相当部分は実態がなかったものと推認する余地がある旨の指摘を受けていたのであるから,上記のように生活保安課課長自らが関与する形で,組織的に捜査報償費の架空支出が相当の件数及び相当の金額にわたって敢行されていた場合,その実態を調査することは容易であるはずであり,しかも,その実態を調査し把握できる立場にある者は,生活保安課課長という事件担当所属の長の直属の上司の立場にある警察本部長以外に存在しないからである。それにもかかわらず,実施機関である警察本部長が,当該情報が架空支出にかかる捜査報償費に関する情報なのか,それとも適正に支出された捜査報償費に関する情報なのかを調査,選別する作業過程を省略したと認められる場合には,実施機関の第一次的な判断を尊重するという新4号の規定の趣旨の前提として存在する実施機関に対する制度的信頼が失われたといわざるを得ず,上記調査,選別の作業過程を省略した上でなされた実施機関の第一次的な判断には,裁量権の逸脱又は濫用が認められ,「公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある」とは認められないというべきである。

これを本件について見るに,実施機関である警察本部長が,本件処分の前提として,本件文書に記載されている非開示情報が架空支出にかかる捜査報償費に関する情報なのか,それとも適正に支出された捜査報償費に関する情報なのかを調査,選別する作業を経たかどうかについて,被告からは何らの主張・立証がなされていないのみならず,被告の本訴における主張内容に鑑みると,本件文書に記載されているすべての非開示情報について,上記作業を経ていないことが明らかというべきである。その理由は以下のとおりである。

ア 被告は,本件訴訟において,一貫して,架空支出にかかる捜査報償費は微塵もないと主張している。

イ 上記説示に照らし,本件文書に記載されている非開示情報の中には架空支出にかかる捜査報償費に関する情報が相当数含まれていると推認されるにもかかわらず,本件処分においては,架空支出にかかる捜査報償費に関する情報であるがために新4号には該当しないとされた(開示された)情報が全く存在しない。

(7)  そうすると,本件処分において,実施機関である警察本部長は,生活保安課課長自らが関与する形で,組織的に捜査報償費の架空支出が相当の件数及び相当の金額にわたって敢行されていたにもかかわらず,当該情報が架空支出にかかる捜査報償費に関する情報なのか,それとも適正に支出された捜査報償費に関する情報なのかを調査,選別する作業過程を省略したと認められるから,本件処分は新4号該当性の判断において実施機関に認められる裁量権の範囲を逸脱したものであると認められ,新4号にいう「公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある」とは認められないというべきであって,本件処分のうち,平成12年度の生活保安課の捜査報償費支出に関係する別紙文書目録記載1の①ないし⑫の文書のうち同目録記載2の③の部分を開示しないとの処分は,違法との評価を免れないというべきである。

3  争点2について

(1)  争点2にかかる情報は,前記第3,1(2)の旧4号問題情報であり,証拠(乙8,12,15)及び弁論の全趣旨によれば,支出負担行為兼支出命令決議書(債権者内訳書を含む。),施行伺(別紙を含む。),資金前渡職員普通預金通帳には「預金口座情報」が,施行伺(別紙を含む。)には「捜査員情報」が記載されていることが認められる。

そして,旧4号問題情報は,警察本部長が知事の委任を受け,又は補助執行として作成・取得した予算執行関係文書である(弁論の全趣旨)。

(2)  そこで,旧4号問題情報の旧4号の非開示事由該当性について,1で述べた判断基準に従って検討する。

ア 捜査員情報について

警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもってその責務としており(警察法2条1項),我が国において,犯罪の予防,鎮圧及び捜査等において中心的な役割を果たすことが予定されている。警察業務は,その特殊性から,被疑者やその関係者,過激派,暴力団等からの反発や反感を招きやすく,証拠(乙3の1ないし6)によれば全国において,警察を敵視する個人や組織による,警察職員の情報収集が行われていることが認められる。そうであれば,捜査員情報は,これを公開することによって,警察を敵視する個人や組織が警察職員やその家族の私生活を侵害したり,襲撃,工作等を行い,それにより当該職員が萎縮し,警察業務の停滞につながるおそれが類型的に認められる情報というべきである。

したがって,捜査員情報は,旧4号の非開示情報に該当するものと認められる。

イ 預金口座情報

ここで問題となっているのは,資金前途職員の普通預金通帳の口座番号等であるところ,証拠(甲56)によれば,取扱要領には,受領・保管として「資金前途職員は,捜査報償費の交付をうけたときは,現金出納票により,受入記帳し,現金は金融機関に預金して保管する。ただし,経費の性格上,必要な限度の現金を手もとに保管することができる」とされている。そうであれば,実際の運用はともかくとして,取扱要領上,捜査報償費は,基本的には,金融機関に預金して保管するものとされているというべきである。

そして,前述した警察業務の特殊性に照らすと,預金口座情報は,これを公開することにより,警察を敵視する個人や組織が,不正入金や不正引出しなど預金口座情報を悪用するなどして,警察業務の混乱等を招く恐れがあることは否定できない。また,証拠(乙23,24の1ないし8,25,26の1ないし3)によれば,預金口座情報から現実に不正引出しを行うことはその他の状況次第ではあるが可能であることがうかがわれるのである。

そうであれば,預金口座情報が開示されると,基本的には金融機関に預金して保管するとされている捜査報償費が不正引出しの対象となり,警察活動が阻害され,犯罪の予防又は捜査等の円滑な遂行の妨げになるおそれが類型的に認められる情報というべきである。

したがって,資金前渡職員の普通預金通帳の口座番号,お客様番号は,旧4号の非開示情報に該当するものと認められる。

(3)  また,上記のとおり,本件文書について全部もしくは特定の情報が架空であるとまでは認められない以上,架空であるから非開示情報には該当しない旨の原告の主張には理由がない。

(4)  さらに,旧4号該当性に関しては,開示するかどうかについて警察本部長による裁量権が入り込む余地がないないから,上記2において検討したような裁量権の逸脱・濫用による本件処分の違法という問題は生じる余地はない。

(5)  以上のとおりであるから,旧4号問題情報が旧4号に該当するとして非開示とした本件処分は,適法なものと認められる。

4  争点3について

(1)  争点3に係る情報は,第3,1(3)の2号問題情報であり,証拠(甲58,乙18の1・2,19,20)及び弁論の全趣旨によれば,支払精算書及び領収書(奥書証明書及び支払報告書を含む。)には捜査協力者情報,金額情報及び時期情報が記載されていることが認められる。

(2)  そこで上記2号問題情報の2号の非開示事由該当性について検討するに,2号問題情報の,支払精算書及び領収書に記載されている捜査協力者等の住所,氏名,印影等の捜査協力者情報は,協力者等が個人である限り,個人にかかわりのある情報であるから,2号の非開示情報に該当する。また,支払精算書及び領収書に記載されている金額情報・時期情報も個人にかかわりのある情報であるから,2号の非開示情報に該当する。

(3)  これに対して原告は,捜査協力者情報等は架空の情報であるから,2号問題情報は非開示情報に該当しない旨主張するが,本件においては,全部もしくは特定の情報が架空であるとまでは認められない以上,この点についての原告の主張は理由がない。

(4)  また,2号該当性に関しては,開示するかどうかについて警察本部長による裁量権が入り込む余地がないから,上記2において検討したような裁量権の逸脱・濫用による本件処分の違法という問題は生じる余地はない。

(5)  以上のとおりであるから,2号問題情報について,2号に該当するとして非開示とした本件処分は適法なものと認められる。

5  争点4について

(1)  本件条例9条は,その文理上,1個の行政文書に複数の情報が記録されている場合において,それらの情報のうちに非開示情報に該当するものがあるときは,当該情報を除いたその余の情報についてのみこれを開示することを実施機関に義務付けているにすぎず,非開示情報に該当する独立した一体的な情報を更に細分化してその一部を非開示とし,その余の部分を開示することまでをも実施機関に義務付けているものではないと解すべきである。そして,ここにいう一体的な情報とは,個々の構成要素が,ある事象,事柄の伝達のために人為によって統合され,構成され,一体的で,他と独立した知らせとなっていると社会通念上いえるものをいうものと解される(仙台高裁平成20年(行コ)第16号,第18号・平成21年1月29日判決)。

(2)  これを本件についてみるに,協力者等情報,金額情報,時期情報,事件等情報及び捜査員情報は,具体的な捜査報償費をいつ,どこで,だれが,だれに,いくらを,どのような理由で交付したのかに関する情報であって,これらの情報は,事象,事柄について一体的な情報を成すものといえるから,警察本部長において,更に細分化して開示部分と非開示部分とは分けて開示しなければならないものではない。この点において,警察本部長がした部分開示が違法ということはできない。

これと異なる原告の見解は,採用することができない。原告が引用する最高裁平成19年4月17日第三小法廷判決は,本件に適切ではない。

6  争点5について

本件捜査報償費の支出のすべてが架空であるといえないことは前記のとおりであるから,本件処分が架空支出を隠ぺいする目的でされたものと認めることはできない。他に,原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって,争点5についての原告の主張は採用することができない。

7  よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮見直之 裁判官 近藤幸康 裁判官 高橋幸大)

(別紙「平成12年度捜査報償費支出関係文書に係る非開示情報一覧表」及び別紙 「告発文書別紙」 省略)

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