大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成2年(ヨ)252号 決定 1992年2月28日

債権者

一條正作

外四二〇名

右訴訟代理人弁護士

青木正芳

増田隆男

債務者

三浦七郎

右訴訟代理人弁護士

東海林行夫

村上敏郎

主文

一  債務者は、宮城県伊具郡丸森町耕野字袖山三番山林二八〇七八平方メートルに設置した産業廃棄物最終処分場を使用操業してはならない。

二  別紙第二及び第三記載の債権者らの申請をいずれも却下する。

理由

第一事案の概要

本件は、債務者が宮城県伊具郡丸森町耕野字袖山三番山林二八〇七八平方メートル(以下「本件土地」という。)に設置し、使用操業を予定している産業廃棄物最終処分場(以下「本件処分場」という。)の周辺に居住する債権者らが、水質汚濁、地盤崩壊、交通事故発生、農道路肩崩壊の各差し迫った危険性の存在を理由に、生活環境権、人格権若しくは財産権に基づく差止請求権又は不法行為の差止請求権を被保全権利として、本件処分場の使用操業差止めの仮処分を申請した事案であり、債務者は、債権者ら主張の右差し迫った危険及び差止請求権の存在をいずれも争っている。

第二当裁判所の判断

一水質汚濁を理由とする差止請求について

1  認定事実

本件においては、次の各事実を認めることができる。

(一) 本件処分場の概要

(1) 位置

本件処分場は、宮城県南部の福島県との県境に近接した伊具郡丸森町耕野地区内に存する債務者所有(昭和六三年九月二三日付け売買により所有権取得)の本件土地に設置されている。同地区は、福島県から宮城県を流下する阿武隈川が、階段状に東西方向から南北方向に方向を変えながら大局的に北東方向へ流下している左岸側にあたる。この左岸側には、東西方向に連なる稜線があり、東縁部には標高二六三メートルの登花山があるが、本件処分場は、その西方数百メートル足らずの位置にある標高二五六メートルの無名峰の頂部付近の南側緩斜面標高約二二〇ないし二五〇メートルの地点に位置する。この稜線は、東西方向で阿武隈川に流入する緩勾配の支沢に南北を境され、南東方向は阿武隈川と接していて、西方は緩やかな鞍部をなしており、本件処分場を中心とした約四キロ平方メートルの独立山体様をなしている。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)

(2) 構造及び廃棄物処分の方法

本件処分場は、債務者から宮城県知事(仙南保健所扱い)に対し、廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くず並びに建設廃材(いわゆる安定五品目)を埋立処分する産業廃棄物最終処分場(以下、「安定型処分場」という。)として廃棄物処理及び清掃に関する法律(昭和四五年法律第一三七号、以下「廃掃法」という。)一五条一項に基づく設置届が提出され、平成元年八月二一日付けで受理されたものである。(<書証番号略>)

その届出によれば、本件処分場は、設備としては、埋立場所を掘り下げ、その周囲に擁壁・えん堤を巡らせた上、集水管・調整池等の付属施設を設けることとされており、処分場設置工事は、平成元年一二月に着手され、既に完了している。また、埋立方法及び工法は、エリア方式・サンドイッチ(層状)埋立方式であり、要するに素掘りの穴に廃棄物を投棄しその上に覆土するというものである。埋立処分を行う廃棄物量は、一日当たり、最大三〇トン、最小一〇トン、平均二〇トンであり、結局、一年度当たりでは、六〇〇〇トンの廃棄物を一二〇〇トンの覆土で埋立処分する予定である。本件処分場全体の埋立期間は八年の予定であり、本件処分場南側から、一ないし三期に分けて、一期2699.99平方メートル、二期3240.31平方メートル、三期2837.61平方メートルを埋め立て、埋立面積合計8777.91平方メートル、埋立容量57825.683立方メートルに至るものとされている。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)

(3) 排水設備等

本件処分場の排水計画によれば、処分場内に降った雨水で埋立処分された廃棄物の間を通過したものは、そのまま地下に浸透させることになっており、処分場の内壁面や底面に水の地下浸透を遮断するための設備を設けることは何ら予定されておらず、現実に完成した結果においても内壁面・底面に遮断設備はない(<書証番号略>。疎明資料中には、内壁面の一部に青色ビニールシートが敷かれている様子が写っている写真がある(<書証番号略>等)が、全体の極く一部の壁面に敷かれているにすぎないことと、破損ないしは風でめくれあがっている状況から見て、遮断目的で敷かれたものとも遮断効果があるものとも到底認められない。)。本件処分場付近の地質は、透水性のある地盤であり、排水性は良いので、廃棄物の間を通過した水が長時間を要せずに土中に浸透することは、確実である。(<書証番号略>)

これに対し、本件処分場には、周囲の山に降った雨が処分場内に流入しないようにするための設備が計画され、これに沿って処分場の周囲に側溝を巡らせるとともに、本件処分場より下の南側斜面に新たに素掘りの調整池を掘って、両者をコンクリートヒューム管で接続する工事が施工済みである。この調整池には、将来埋立完了後は、処分場内の覆土の上に溜まる雨水をヒューム管で流入させることも予定されている。しかしながら、右調整池で蒸発・地下浸透させることができない水の処理に関しては、計画では、右調整池と隣接の溜池(債権者小野善司所有)をコンクリートヒューム管で接続し、最終的には、この溜池に放水する予定であったところ、右小野が自己の溜池に水を流入させることを承諾しなかったため、債務者は右調整池と溜池の接続を断念し、調整池の南側にさらに素掘りの遊水池を設けた。この遊水池が溢れた場合の放流先は不明であるが、地形と距離等から、その場合は、結局、前記小野所有の溜池に事実上流入してしまうことが避けられないと予測される。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)

なお、廃掃法及びその付属法令上、産業廃棄物処理施設の技術上の基準においては、安定型処分場につき、埋立地からの浸出液による公共の水域及び地下水の汚染を防止するための措置を講じることは必要とされていないが(廃掃法一五条二項、一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令(昭和五二年総理府・厚生省令第一号)二条一項一及び三号、一条一項一、三及び四号)、廃掃法一四条一項の産業廃棄物処理業の許可を受けた者が、その処理を行うに際し従うべき基準においては、埋立処分の場所からの浸出液によって公共の水域及び地下水を汚染するおそれがある場合には、そのおそれがないように必要な措置を講ずることとされていることは(廃掃法一四条四項、一二条一項、廃掃法施行令(昭和四六年政令第三〇〇号)六条一号ハ、三条四号ロ)、当裁判所に顕著である。

(4) 産業廃棄物処理業の許可

債務者は、平成三年四月一日付けで、宮城県知事に対し、廃掃法一四条一項に基づく産業廃棄物処理業の許可申請をし、同知事は、同年一二月二六日付けで、「事業所の所在地」を本件土地内、「事業の区分」を「収集・運搬(保管、積み換え行為を除く。)」及び「最終処分」、「処理する産業廃棄物の種類」を最終処分については、「廃プラスチック類、ゴムくず、ガラスくず及び陶磁器くず、金属くず、工作物の除去に伴って生じたコンクリートの破片その他これに類する不要物(以上五種類、①有害物質を含むものを除く。②申請者の下請け事業所から排出される廃電線被覆類及び宮城県内で施工される建設関係工事により発生するものに限る。)」、「許可期間」を「平成三年一二月二六日から平成八年一一月三〇日まで」、許可条件を「(1)営業の区域」が「仙台市を除く宮城県内」、「(2)最終処分場の所在地」が本件土地内として、これを許可した。(<書証番号略>)

(二) 債権者らの飲用・生活用水の現状とその水源

(1) 債権者らの内、別紙第一及び第二記載の債権者らは、飲用水及び洗濯・風呂等の生活用水に、井戸水や沢水を用いている。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)

(2) 右井戸水・沢水中には、後記「水質基準に関する省令」により定められた水道により供給される水の水質基準に不適合とされるものも含まれる(宮城県が、民間会社に、別紙第一記載の債権者らの内六戸及び同第二記載の債権者らの内三戸、計九戸の井戸水・沢水等について、平成二年一〇月に調査させたところでは、七戸分が不適合であり、特に別紙第一記載の債権者ら六戸分はすべて不適合であった。)。しかしながら、別紙第一及び第二記載の債権者らの居住する地域には、現在、水道は簡易水道を含め全く敷設されておらず、将来についても、地元自治体である丸森町では敷設計画を持っていない。したがって、右債権者らは、今後も飲用・生活用水を右井戸水や沢水から得るしかない実情にある。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)

(3) 右債権者らの内、別紙第一記載の債権者らの利用する井戸水・沢水には、本件土地に降った雨水が含まれるものと認められる。

すなわち、前記のとおり、本件処分場は、独立山体様をなす地形部分の殆ど頂部の部分に位置するのであるから、経験則に照らすと、この独立山体様をなす地形部分の中腹から裾野部分に存在する井戸・取水口における湧水・沢水等は、本件土地部分を含んだ右独立山体様をなす地形部分の頂部に降った雨水が、より下方に降った雨水と合わさることにより生じたものである可能性が高いと見るべきところ、この地域を調査した東北大学理学部の中川久夫は、「登花山への降水は頂上から放射状に発達している小河谷に集中して排水される。旧期の崩壊堆積物の基底にある谷も、おそらく、同様な排水系をなしているであろう。頂部の風化物に浸透した水の一部は、風化物の下底で滞留し、側方へ湧出し、一部はさらに霊山層中に浸透し、下位の花崗閃緑岩の表面で滞留してから側方へ湧出する。湧出水は旧期の崩壊堆積物を通って、山麓で地表へ流れ出し、阿武隈川へ流れ去る。花崗閃緑岩の風化部の深さとその形態は不明であるが、地下水の一部はその部分を経て阿武隈川へ流れ去っているであろう。」、「頂部の地盤改変が地下水に影響した場合、その影響は放射状の排水系に従って全域に波及し、とくに南麓の兜渡付近への湧水への影響は大きい。」と判断している(<書証番号略>、なお、審尋の全趣旨に照らすと、中川が「登花山」としている地域に本件土地が含まれていることは明らかである。)。また、宮城県が民間業者に調査をさせて作成した本件土地の地質調査報告書では、本件土地付近のボーリング調査により取得した水と各地区の井戸水・沢水の水質検査結果の対比及び地質分布との関連を検討した結果、「本地区の場合には、風化岩と新鮮岩境界および不整合面沿いに地下水の流動が推定され、地下水の流下方向は斜面傾斜方向及び不整合面の傾斜方向である南西方向に流下している可能性が大きく、埋立て予定地の地下水は、長瀞方向に流出していると推定される。」、「埋立て予定地からの浸透水の一部は」前記債権者小野善司所有の「溜池に流入しているものと考えられる。」との結論に至っている。(<書証番号略>)

そして、さらに、別紙第一記載の債権者は、本件処分場が設置される前から兜渡・長瀞地区周辺に居住し、その住居の付近に井戸・取水口を有し、そこから飲料水や生活用水を使用しているものであるところ(<書証番号略>、審尋の全趣旨)、その内以下の債権者らについて、①債権者小野寿久の自宅裏にある井戸では、元々湧水を貯水し使用していたが、本件処分場の建設のための伐採が始まってから貯水量が少なくなったため、沢からパイプで水を引き、井戸の回りに浸透させ貯水するようになった(<書証番号略>)、②債権者小野善司方では自宅庭先にある井戸の水と自宅裏に貯水した沢水を使用しているが、本件処分場の工事が始まってから、処分場直下から流れる沢水は、少し白く濁るようになり、工事終了後は少しの日照りでも水が枯渇してしまうようになった(<書証番号略>)、③債権者小野栄方では、沢の上流にヒューム管の貯水槽を設置し、そこから自宅まで水を引き飲料水に使用している外、自宅近くの沢水を引き常時水を出したままの状態で洗い物等に利用しているが、本件処分場の工事が始まってから、右沢水を常時流している水槽に青い草のような細かい藻様のものが溜まるようになった(<書証番号略>)、④債権者小野正幸方は、本件処分場からの距離が約四〇〇メートルで最も近い位置にあり、木の根と葉の隙間から絶えず湧出する水を貯め飲料水として使用しているが、本件処分場が建設される以前は、右湧水がかなり勢いよく流れ出ていたのが、建設後は枯渇はしないが量が減った(<書証番号略>)、⑤債権者宍戸仁方では、自宅裏から一〇〇メートルぐらい山を登り、上が畑地となっているところの下の岩場からの湧水をコンクリート枡に貯水しこれを自宅に引き飲料水として使用しているが、本件処分場の工事のため樹木を伐採したときに水が枯れた(<書証番号略>)、⑥債権者斉藤孝男方では、自宅から約五〇メートル離れたところで地下伏流水が沢水のように流れているところから引水しているが、この水は、本件処分場の工事が行われてから、以前と異なり、少しの雨水でも三〇分位して濁るようになり、また、雨が降ると水の中に砂が混じるようになった(<書証番号略>)ことが認められる。このように本件処分場建設工事以降は降雨の後すぐに水に変化が現れるなどの水に関連する異変が生じたことは、本件処分場周辺の土地の水の浸透性が高いこととこれらの債権者らの井戸・取水口の水に本件土地に降った雨水が含まれることを裏付けるものと理解すべきである。

以上の諸点と審尋の全趣旨を総合すると、少なくとも兜渡・長瀞地区周辺に井戸・取水口を有する別紙第一の債権者らの利用する井戸水・沢水には、本件土地に降った雨水が含まれるものと認められる。

この点に関連して、宮城県作成の前記地質調査報告書(<書証番号略>)中には、地下水の浸透速度を一日当たり0.6ないし0.8センチメートルと見積り、本件処分場の南西にある民家の地下水に影響が現れるまで数十年ないし数百年を要する計算となるとしている部分があるが、この部分は、右報告書自体仮定の計算であり、「岩盤内の浸透のように開口した割れ目等の弱線が存在する場合には、これらの弱線を介して比較的急速な浸透が行われることも考えられる。」との保留が付されているものであることに加え、右に摘示したように、本件処分場建設工事以降、別紙第一記載の債権者らの内の井戸等の水に変化が現れていることに照らすと、直ちにこれを採用することはできず、右認定に影響を与えるものではない。また、本件処分場に最も近い位置にある債権者小野正幸方と本件処分場との間に標高二三五メートルの山があることが認められる(<書証番号略>)が、前記地質調査報告書によると、本件処分場が存在する地域は、緩く南西方向に傾斜する風化岩と新鮮岩境界及び不整合面が存在する地質構造であり、地下水がこの傾斜方向に流下している可能性が高いと指摘されていることは既に摘示したとおりであり、これに照らすと本件処分場と小野正幸方との間に前記のような山が存在することをもって、前記認定が影響を受けるとは言い難い。さらに、本件疎明資料中には、東北工業大学の盛合禧夫の「地下水汚染問題に関しては水質の検証がなければ言及できない。本地域では、地下水の水位が低く、飲用水として住家は数百米のところにあるので、その影響は殆んど無いと思われる。また、この検証は極めて困難で不可能に近いであろう。」との見解があるが(<書証番号略>)、同人自身が他の書面(<書証番号略>)で、本件処分場の「今後の問題点と結語」において、「湧水、地下水の変化は常に点検し異常の時は直ちに専門家に見てもらう」ことを指摘している点や、既に摘示した水質検査の結果等をデータとした県の調査の内容、本件処分場建設工事以降に生じた水に関する異変の発生の事実に照らすと右認定に影響するに足りるものではない。また、債務者は、債権者らの一部について、沢水使用の事実に疑問を呈し、これに関する疎明資料を提出しているが(<書証番号略>)、疎乙九の写真の撮影場所が債権者らの取水口とどのような位置関係にあるのかが不明である点や他の疎明資料の内容と対比すると、右疑問を容れることはできない。

(三) 他の安定型処分場の実情

(1) 仙台市青葉区芋沢にある安定型処分場は、昭和六三年一二月に操業を始めた処分場であるが、平成二年六月、地下に埋設した集水管の排水口から異臭を放つ黒い水が付近の栗木沢に流出し、これと合流する広瀬川を汚染していることが明るみに出て問題となり、既に搬入済みの廃棄物の中から汚染物質を特定して除去することが不可能に近く汚水処理で対処するしかないため、結局、同年秋、営業を一時停止して浄化槽を設置することになった。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)。

仙台市衛生研究所の右安定型処分場の水質検査の結果によれは、平成二年一月の検査時、埋立処分場放流口の水については、生物化学的酸素要求量(BOD)が一一五mg/l、化学的酸素要求量(COD)が80.2mg/l、浮遊物質量(SS)が六〇mg/lであり、四塩化炭素抽出物質、一―一―一トリクロロエタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンが検出され、下水臭があり、濁度二〇〇度、色度二度であった。また、同一時点の栗木沢への放流水については、BODが43.7mg/l、CODが48.6mg/l、SSが一九mg/lであり、四塩化炭素抽出物質、一―一―一トリクロロエタン、テトラクロロエチレンが検出され、下水臭があり、濁度一四〇度、色度一〇度であった。その後、埋立処分場放流口でのデータはないが、栗木沢への放流水については、平成二年六月においては、BODが28.9mg/l、CODが二七mg/l、SSが8.5mg/l、腐敗臭があり、濁度一二〇度、色度二度であり、平成三年一月においては、BODが49.8mg/l、CODが16.7mg/l、SSが8.5mg/l、油様臭があった。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)

なお、①公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二号)九条に基づく水質汚濁に係る環境基準(昭和四六年環境庁告示第五九号)においては、「生活環境の保全に関する環境基準」として、同告示別表2で、利用目的が水道である場合、高度の浄水操作を行う水道3級(水道利用目的の中では最も基準が緩い。)でも、基準値が、河川の水は、BOD三mg/l以下、SS二五mg/l以下、湖沼の水は、COD三mg/l以下、SS五mg/l以下とされていること、②右処分場に関する水質検査で検出された物質のうち、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンが、いずれも、廃掃法一二条五項一号の「人の健康に係る被害を生ずるおそれがある物質として政令で定める物質」に該当するとともに(廃掃法施行令(昭和四六年政令第三〇〇号)六条の三第一項、別表第三中九、一〇)、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(昭和四八年法律第一一七号)二条三項の「第二種特定化学物質」(その化学物質自体又はそれが自然的作用による化学的変化を生じやすいものである場合には自然的作用による化学的変化により生成する化学物質が、自然的作用による化学的変化を生じにくいものであり、かつ、継続的に摂取される場合には人の健康を損なうおそれがある化学物質であって、その製造、輸入、使用等の状況からみて相当広範な地域の環境において当該化学物質が相当程度残留しているか、又は近くその状況に至ることが確実と見込まれることにより、人の健康に係る被害を生ずるおそれがあると認められる化学物質で政令で定めるもの)であること(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律施行令(昭和四九年政令第二〇二号)一条の二第一、二号)、③水道法(昭和三二年法律第一七七号)四条一項、二項、水質基準に関する省令(昭和五三年厚生省令第五六号)によれば、水道により供給される水は、臭気が異常でなく、濁度が二度以下、色度が五度以下でなければならないとされていることは、すべて当裁判所に顕著である。

(2) 千葉県君津市にある安定型処分場では、平成二年二月に営業許可が下りてから約一ヶ月後には処分場から流れる水のCODが四〇ppmに達し、同年一一月には、この処分場のすぐ下の沢の水からシアンとひ素が検出されるに至った。(<書証番号略>)

水道法四条二号で水道により供給される水にはシアンが含まれてはならないとされていること、前記廃掃法施行令六条の三第一項、別表第三中六及び七において、ひ素、その化合物、シアン化合物が、いずれも廃掃法一二条五項一号の「人の健康に係る被害を生ずるおそれがある物質として政令で定める物質」として定められていることは、当裁判所に顕著である。

(3) 長野県飯山市周辺では、昭和六一年に安定型処分場が設置された年から、千曲川の市内を流れる部分の年平均BODが二倍の5.3ppmになり、検査地点の数値の比較から、汚染源は、この安定型処分場であると言われている。この処分場を経営する会社の役員は、平成元年の新聞の取材に「安定型処分場でも水処理は必要だ」と述べ、その施設を作る予定を明らかにした。(<書証番号略>)

(4) 関東知事会は、昭和六三年一〇月、「特に安定型処分場が問題を起こしている。安定型処分場の見直しを国が行うべきだ」と厚生省に申し入れた。(<書証番号略>)

(5) 長野県では、県議会生活環境委員会で、平成二年三月、安定型処分場に排水処理を義務づける方針を県執行部が明らかにし、同年六月から実施した。長野県がこのような措置をとったのは、平成元年に県が安定型処分場の排水処理の改善指導をしなければならなかったケースが五件に上ったためである。(<書証番号略>)

(6) このように安定五品目だけが処分される安定型処分場において、本来生じない筈の問題が生じている理由としては、本来許されない安定五品目以外の物が搬入・処分されるケースがある外、現実には、どうしても分別できない混合物が安定型処分場に入ってくるケース(建設廃材に薬剤が付着していたり、容器に内容物が残存付着していたりする例等)が多いことが指摘されている。また、安定五品目自体についても、金属くずに、防災用スプリンクラーなどに用いられるカドミウム合金や水道管の鉛が含まれること、廃プラスチックに重金属が含まれることといった問題点を指摘する意見がある。右(1)の仙台市の事例では、市当局及び業者とも、右黒い汚水が生じた原因としては、安定五品目以外の物質が廃棄物に混入していたのではないかとの見方を示しており、業者は、抜き打ち検査をする等しても、安定五品目以外の物の混入を発見・防止することが実際には極めて難しい旨述べている。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)

(7) ちなみに、平成三年一〇月五日に廃棄物の処理及び清掃に関する法律及び廃棄物処理施設整備緊急措置法の一部を改正する法律(平成三年法律第九五号)が公布され、廃棄物処理施設に係る規制が強化され、産業廃棄物処理施設を設置しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならないとの規定(改正後の廃掃法一五条)と、産業廃棄物処理施設の設置者は、当該施設に係る周辺地域の生活環境の保全及び増進に配慮するものとするとの規定(同法一五条の四、九条の四)が設けられたことは、当裁判所に顕著である。

(四) 本件処分場における水質汚濁防止策等

(1) 債務者が、これまで、本件処分場設置届や債権者らとの交渉の機会、さらには本件審理の過程において明らかにした水質汚濁防止策等は次のとおりである。(<書証番号略>、審尋の全趣旨)

① 安定五品目以外が搬入されることを防止するため細心の注意を払う所存である。搬入にあたって、マニフェストシステム(廃棄物の性状、取扱上の注意事項等を記載した積荷目録を完備させ、その管理を通じて廃棄物の流れをチェックする制度)を採用する。営業時間内には、従業員一ないし二人を配置し、夜間・休日には門を閉め鍵をかけて管理する。

なお、県職員による立入検査や県知事による措置命令の制度(廃掃法一九条、一九条の二)も存する。

② 定期的に年三回、県、町、住民立会いの下で、水質検査を行う。

③ 井戸水が不安定であれば、代わりの井戸のボーリングを行うとともに、債務者が掘った井戸の水を供給する。

④ 埋立中の事故については、保険に加入し、これにより補償する。

⑤ いつでも、住民側と、行政機関立会いの上、公害防止協定を締結する用意がある。

(2) しかしながら、①のマニフェストシステムについては、これが現在行政指導によって実施されているマニフェスト方式であり、これが行われるとした場合でも、この制度には、既に、処理業者にとって産業廃棄物の分別自体が困難であること等の実情に照らして、産業廃棄物の不適正処理防止のための有効な方策として機能していないといった疑問が提起されている(<書証番号略>)。また、このマニフェスト方式によるチェックは、廃棄物の排出者に対する心理的規制によって不適正処理を防止しようとするものであるから、水質汚濁防止の見地からは、間接的方策であることは否めない。より直接的なチェックは従業員によるものであるが(但し、これにも限界があるとの指摘がなされていることは既に摘示したとおりである。)、営業時間中に配置される従業員は処分場作業に従事するとされているだけで、分別・チェック作業を含むのか否か、明らかではない。(<書証番号略>)。

県の立入検査、措置命令等の県の監視が事後的なものに止まらざるを得ないことは、制度自体から明らかである。

②については、その結果どういう対応をするのかが明らかではないし、前記の他の安定型処分場の例を踏まえると、事後的に異常が判明しても、汚染を除去するのは不可能に近いと考えられるので、汚濁防止策としての実効性には問題がある。

③については、債務者が井戸の掘削をしたことが認められるが(<書証番号略>)、右井戸の水深は明確ではなく、また、本件処分場に近接した地域であるから、債権者らの井戸水・沢水が汚染された場合には、右井戸も同様に汚染されているものと考えられ、代替手段とならない可能性が強い。

④及び⑤は、いずれも汚濁防止の見地からは、間接的なものか事後的なものにすぎないし、具体的内容も不明である。

(3) このように、債務者が、本件審理の過程で明らかにした水質汚濁防止策等は、その実効性に疑問があるほか、その具体性な方策が明らかではない。

2  検討

(一) 被保全権利について

(1) 債権者らは、本件差止請求権の根拠として、まず、その実定法上の根拠とする憲法一三条及び二五条に依拠して生活環境権を主張する。しかしながら、これら憲法の規定は、いずれも国の施策の基本的方針を定めたいわゆるプログラム(綱領)規定と解するべきであるから、これらを根拠として私法上の具体的権利が生ずるとする所論は採用できない。現在の法体系の下では、生活環境権の実定法上の根拠となると思われるものは見い出し難いと言う外ない。もとより、すべての人間にとって、良い環境の下で生活を送ることが望ましいことは言うまでもないが、そこから直ちに一人一人の個人に良い環境を享受すべき私法上の具体的権利(しかも、債権者らの主張によれば、それは本件のような差止請求をもなし得る排他的権能を有する権利である。)が認められるかどうかは別論であって、実定法上の根拠がない以上、生活環境権を根拠とする差止請求権を被保全権利と認めることはできない。

(2)  債権者らは、本件差止請求権の根拠として、次に、人格権を主張する。もっとも、その実定法上の根拠については特段の主張はなく、債務者は、生活環境権と同様に実定法上の権利として認められないと主張している。

そこで、この点について判断するに、人格権は、民法の規定を実定法上の根拠として、具体的権利として認められるものというべきである。すなわち、民法七〇九条は、すべての権利が侵害から保護されることを規定し、同七一〇条は、右七〇九条で保護される権利には、財産権のみならず、身体・自由・名誉が含まれることを規定している。これらの規定は、すべての人が、人格を有し、これに基づいて、生存し生活をしてゆく上での様々な人格的利益を有することを前提に、民法が単に財産権だけではなく、そのような様々な人格的利益をも保護しようとしていることを宣明している趣旨と理解される。したがって、そのような「人格に基づく、生存し生活をしてゆく上での様々な人格的利益」の帰属を内容とする権利を包括的に「人格権」と呼ぶならば、人格権は民法の右条項を実定法上の根拠として具体的権利として認められるものと言うべきである。

そして、このような意味での人格権の意味を踏まえるならば、人格は人の生活の全ての面で法律上の保護を受けるべきであるから、民法七一〇条に明示されている人格権としての身体権・自由権・名誉権は人格権の内容の例示と理解するのが相当であって、それぞれの生活の場面に応じてそれに相応する権利(例えば、精神的苦痛や睡眠妨害を味わわない平穏生活権等)が、右民法の規定を実定法上の根拠として、人格権の一種として認められるものと解される(東京高等裁判所昭和六二年七月一五日判決、判例タイムズ六四一号二三二頁以下参照)。

また、このような人格権の重要性に鑑みれば、人格権を侵害された者が、民法七〇九条、七一〇条、七二二条により損害賠償請求をなすことができるのはもとより、物権の場合と同様に、排他性の現れとして、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁以下参照)。

これを本件との関係で見れは、まず、人は、生存していくのに飲用水の確保が不可欠であり、かつ、確保した水が健康を損なうようなものであれば、これも生命或いは身体の完全を害するから、人格権としての身体権の一環として、質量共に生存・健康を損なうことのない水を確保する権利があると解される。また、洗濯・風呂その他多くの場面で必要とされる生活用水に当てるべき適切な質量の水を確保できない場合や、客観的には飲用・生活用水に適した質である水を確保できたとしても、それが一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用に供するのを適当としない場合には、不快感等の精神的苦痛を味わうだけではなく、平穏な生活をも営むことができなくなるというべきである。したがって、人格権の一種としての平穏生活権の一環として、適切な質量の生活用水、一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用に供するのを適当とする水を確保する権利があると解される。そして、これらの権利が将来侵害されるべき事態におかれた者、すなわちそのような侵害が生ずる高度の蓋然性のある事態におかれた者は、侵害行為に及ぶ相手方に対して、将来生ずべき侵害行為を予防するため事前に侵害行為の差止めを請求する権利を有するものと解される。

(3)  そこで、本件において、そのような高度の蓋然性が認められるかどうかについて検討する。

前記認定事実によれば、本件では、①別紙第一記載の債権者らは、本件処分場が設置される以前から本件土地の周辺に居住し、本件土地に降った雨水を含む井戸水・沢水を飲用水・生活用水として利用してきており、将来も他に飲用水・生活用水の入手方法がないところ、本件処分場は、水の浸透性の高い地質の山の頂付近に設置されており、埋立処分された廃棄物の間を通過した雨水を、そのまま地下に浸透させる方式であるから、結局、右債権者らは、本件処分場の操業が開始されると、本件処分場に埋立処分された産業廃棄物の間を通過した雨水を含む水を飲用・生活用水として利用せざるを得なくなること、②これまで他の安定型処分場では、法令上健康を損なう物質とされている物質を含んだり、各種指標から見て極めて汚れ、中には異常な臭気を伴ったりもしている水が排出された例が複数あり、このような事態の発生を完全に防止することの困難さが指摘されていること、③本件処分場の産業廃棄物の間を通過した地下浸透水に同様の事態が生じれば、希釈・ろ過されることを考慮しても、右の他の安定型処分場での排水の実情から見て、別紙第一記載の債権者らの使用する井戸水・沢水が、健康を損なう物質を含む或いは汚れ・臭気を伴う等の理由で飲用・生活用水に供することができないか、一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用水に供するのが不適当な状態になる蓋然性があり、一旦汚染されれば、その汚染を除去するのが困難であること、④債務者がこれまでに呈示した本件処分場からの侵出液汚染防止方策は、どれも決め手を欠く内容のものであることが認められる。

思うに、本件のように、一般の住民が、専門業者を相手として、業者の営業に関して生じる健康被害・生活妨害を理由に、操業差止めを求めている事案においては、証明の公平な負担の見地から、住民が侵害発生の高度の蓋然性について一応の立証をした以上、業者がそれにもかかわらず侵害発生の高度の蓋然性のないことを立証すべきであり、それがない場合には、裁判所としては、侵害発生の高度の蓋然性の存在が認められるものとして扱うのが相当である。

そこで、本件において、右①ないし④の事情が認められることにより、別紙第一記載の債権者らについて、侵害発生の高度の蓋然性につき一応の立証があったと言い得るかという点については、本件が最終的な権利関係の確定は本案にまたざるを得ない仮処分申請事件であり、立証の程度が証明ではなく疎明で足りることを考慮すれば、これを肯定すべきである。そして、本件では、債務者が、それにもかかわらず侵害発生の高度の蓋然性のないことを疎明していないので、結局、侵害発生の高度の蓋然性の存在が認められるものとして扱い、別紙第一記載の債権者らについては、その余の被保全権利の存否に関する法的検討をするまでもなく、人格権に基づく差止請求権について被保全権利の存在が疎明されたものと認めるのが相当である。

(4) ところで、本件において、債務者は、産業廃棄物の処理が公共的な課題であり、廃掃法の基準を満たしている本件処分場の操業が許されないとしたら、全国に千数百箇所稼働している安定型処分場の存在全てが否定されることになる旨を主張している。本件のようにその施設を民間業者が設置するものであっても、産業廃棄物処分という性質に照らすと、一定程度の公共性が認められると解される。しかしながら、既に述べたとおりの本件における人格権の内容、特にそれが身体権という重要な利益に関係するものを含むことに照らすと、本件においては、右の公共性よりも人格権の保護を優先して扱うべきであり、右公共性の存在は、被保全権利の存否に影響しないと言うべきである。

また、本件処分場は、債務者が所有する本件土地に設置されたものであり、操業差止めが認められると、債務者は自己の所有物を使用できないことになるが、この点については、土地所有権と言えども他人の権利との調和の上でなければ行使することは許されず、他人が正当に主張しうる権利によって土地利用行為は制限を受けざるをえないのであって、別紙第一記載の債権者らは、前記のとおり本件処分場設置以前から居住し、本件における人格権を正当に主張しうる立場にあること、そして右債権者らの本件人格権の内容が身体権という重要な利益に関するものを含むこと、債務者としては立地段階において十分調査をすれば今日の事態を避けられたと予想されること、債務者は、既に摘示したとおり、本件処分場の浸出液によって地下水を汚染するおそれがある以上、産業廃棄物処理業者として、そのおそれがないように必要な措置を講ずる法令上の義務を負っている立場にあること等を考慮すると致し方ないと言うほかはない。

なお、債務者には、前記のとおり、本件処分場を用いて行う産業廃棄物処理業の許可が与えられているが、右許可は廃掃法関係法令の一定の基準に合致することをもって与えられるものであり、これがあるからといって本件処分場に地下水汚染のおそれ等がないと認めるべき根拠になるものではないから(前記廃掃法一四条四項、一二条一項、廃掃法施行令六条一号ハ、三条四号ロ参照)、前記被保全権利の存否に影響するものではない。

(5) 以上に対し、別紙第二記載の債権者らについては、井戸水・沢水を用いていることは認められるものの、それぞれの井戸・取水口と本件処分場の位置関係、両者の間の地形構造、前記宮城県が作成した前記地質調査報告書の内容等に照らすと、それらの井戸・取水口における湧水・沢水等に本件土地に降った雨水が含まれているとは、直ちには認め難いと言わなければならない。また、別紙第三記載の債権者らは、井戸水・沢水を用いていること自体認められない。そうすると、別紙第二及び第三記載の債権者らの水質汚濁の危険性を理由とする差止請求については、人格権に基づくもののみならず、物権的請求権、不法行為に由来すると主張する部分も含めて、法的可否の検討を加えるまでもなく、被保全権利の存在を認め難い。

(二) 保全の必要性について

本件においては、前記認定のとおり、既に債務者に対して産業廃棄物処理業の許可がなされていること、別紙第一記載の債権者らは、債務者の操業により、生存に最も根本的に必要な水につき、高度の蓋然性をもって汚染による被害を受けることが予想され、一旦操業が始まってからでは侵害が生じた後汚染を除去するのが困難であり、侵害が永続的に継続するおそれがあること等の事情が認められ、これらを総合すると、別紙第一記載の債権者らについて、前記被保全権利について保全の必要性が存することが認められる。

二地盤崩壊・交通事故発生・農道路肩崩壊の危険を理由とする差止請求について

別紙第二及び第三記載の債権者らについては、さらに、これらを理由とする差止請求の可否を検討する必要がある。

地盤崩壊に関して、平成二年七月と平成三年一〇月の二度にわたって、本件処分場のえん堤が崩壊したことが認められる(<書証番号略>)。しかしながら、その規模等が明らかではなく、侵害の発生の高度の蓋然性があるものとすることはできず、またその余の点についても、本件全疎明資料をもってしてもその侵害の発生の高度の蓋然性を認めることはできないから、差止請求権の法的根拠の検討をするまでもなく、これらの点を理由とする差止請求は理由がない。

三結論

そうすると、債権者らの本件申請の内、別紙第一記載の債権者らの申請は理由があるので、保証を立てさせないで、主文一項のとおり決定し、別紙第二及び第三記載の債権者らの申請は理由がないので、主文二項のとおり決定する。

(裁判長裁判官伊藤紘基 裁判官合田悦三 裁判官青山智子)

別紙第一ないし第三<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例