仙台地方裁判所 平成2年(行ウ)10号 判決 1993年8月10日
仙台市青葉区二日町一三番二二-七〇三号
原告
阿部連造
右訴訟代理人弁護士
川原悟
同
川原眞也
仙台市上杉一丁目一番
被告
仙台北税務署長 佐藤健治
右指定代理人
小林元二
同
阿部洋一
同
千葉嘉昭
同
大沼長四郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が平成元年六月二七日付けで原告に対してなした、昭和六三年分所得税に係る重加算税の賦課決定処分(ただし、平成五年一月一三日付け変更決定によって変更された後のもの)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
【請求原因】
一 原告の昭和六三年分の所得税について、原告のした確定申告(以下「本件確定申告」という。)及び修正申告(以下「本件修正申告」という。)、これに対して被告のした重加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)、同決定に対する原告の異議申立てと被告のした異議決定、及びこれらを前提とする原告の審査請求と国税不服審判所長の裁決、並びに本件修正申告に対する被告の更正及び本件賦課決定にかかる重加算税額の変更決定の経過は、別表記載のとおりである。
二 しかしながら、本件賦課決定は、国税の課税標準等又は税額等の基礎となるべき事実を原告において故意に隠ぺい又は仮装した事実がないのにされた点において違法である。
三 よって、原告は、本件賦課決定(ただし、平成五年一月一三日付け変更決定によって変更された後のもの)の取消しを求める。
【請求原因に対する認否】
請求原因一の事実は認め、二の主張は争う。
【抗弁】
原告の本件賦課決定に係る譲渡所得金額及び税額等の明細は、別表記載のとおりであるところ、その算出根拠となった事実は以下のとおりであるから、本件賦課決定に違法はない。
一 本件確定申告
1 原告は、昭和六三年一月ころ、原告の所有する仙台市青葉区台原三丁目五番四二宅地三八一・六九平方メートル及び同所五番六九の宅地一九一・六〇平方メートル(右二筆の土地は相隣接する一体の土地である。以下一括して「本件土地」という。)を袰岩直に譲渡し、平成元年二月一六日、被告に対し、別表の「確定申告」欄記載のとおり分離長期譲渡所得の金額を三五七〇万七九六一円、納付すべき税額を七〇〇万九四〇〇円とする昭和六三年分の所得税の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)を提出し、本件確定申告を行った。
なお、原告は、本件確定申告において、分離長期譲渡所得の金額を左記のとおり算出している。
記
ア 譲渡収入金額 八六七一万円
イ 取得費 一七八七万八三三九円
ウ 譲渡に要した費用 三一二万三七〇〇円
エ 特別控除額 三〇〇〇万円
オ 分離長期譲渡所得の金額 三五七〇万七九六一円
(アの金額からイウ及びエの金額を減じたもの)
2 右1イに記載した本件土地の取得費には、原告が小笠原組にさせた整地及び囲壁工事一式の代金九五〇万円分が含まれていた。
3 また、右1エに記載した特別控除額は、原告・袰岩直間の本件土地の譲渡は譲渡所得の特別控除に関する租税特別措置法(以下「法」という。)三五条一項の適用がある前提で算出されていた。
二 本件修正申告
1 原告の昭和六三年分の所得税について、平成元年五月から同年六月にかけて、井上常雄上席国税調査官(以下「井上上席」という。)が調査を行ったところ、以下の事実が判明した。
(1) 小笠原組こと小笠原陽孝(以下「小笠原組」という。)が行ったとして原告が取得費の根拠としている九五〇万円の整地及び囲壁工事は、現実には行われず、したがって、また右九五〇万円は現実には支払われておらず、原告が本件確定申告において分離長期譲渡所得の金額算定に当たり譲渡収入金額から控除した取得費一七八七万八三三九円のうち九五〇万円は、架空である。
(2) 原告がその居住の用に供していたという家屋は本件土地上に存在したことはない。
2 井上上席が原告に対し右1の各事実を指摘したところ、原告は、右各事実が真実であることを承認し、九五〇万円の架空の工事費については「仕事をしてもらっていません。必要経費として申告しましたが取り下げします」との内容の確認書を提出した。
3 原告は、右2の承認に基づき、平成元年六月二二日、被告に対して別表の「修正申告」欄記載のとおり分離長期譲渡所得の金額を七四二〇万七九六一円、納付すべき税額を一六三八万六五〇〇円とする修正申告書を提出して本件修正申告を行った。なお、原告は本件修正申告において、分離長期譲渡所得の金額を左記のとおり算出している。
記
ア 譲渡収入金額 八六七一万円
イ 取得費 八三七万八三三九円
ウ 譲渡に要した費用 三一二万三七〇〇円
エ 特別控除額 一〇〇万円
オ 分離長期譲渡所得の金額 七四二〇万七九六一円
(アの金額からイウ及びエの金額を減じたもの)
三 本件賦課決定
1 原告は、真実は前記二の1(1)のとおりであるにもかかわらず、小笠原組に依頼して、整地及び囲壁工事をしたものとし、かつ、その代金の額を九五〇万円とする架空の領収証(乙八、以下「本件領収証」という。)を発行させ、これを平成元年二月一〇日及び同月一三日に仙台北税務署員に示すとともに、右税務署員に対して、本件領収証は実際に小笠原組に整地及び囲壁工事をしてもらい、かつ、九五〇万円を現実に支払ったことによって発行してもらった真実のものであるなどと申し述べ、もって、原告において納付すべき昭和六三年分の所得税額の計算の基礎となるべき事実を仮装した。
2 また、原告は、真実は前記二の1(2)のとおりであるにもかかわらず、本件確定申告にあたって、本件土地とは異なる住所地に係る住民票の写しを添付し、仙台北税務署員に本件土地に原告が居住していたかのように誤信させて、本件土地の袰岩直への譲渡が法三五条一項の特別控除を受け得るものであるかのごとく装い、もって、原告において納付すべき昭和六三年分の所得税額の計算の基礎となるべき事実を仮装した。
3 原告は、右1及び2の仮装に基づいて本件確定申告書を提出したもので、これは国税通則法六八条一項に規定する「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」という重加算税の課税要件に該当するところから、被告において本件賦課決定を行ったものである。なお、原告が本件修正申告により新たに納付すべき税額は九三七万円(一万円未満切り捨て)となるので、本件賦課決定によって賦課される額は右九三七万円に一〇〇分の三五の割合を乗じて得られた金額である三二七万九五〇〇円となったものである(別表参照)。
四 更正処分及び重加算税の変更決定
1 被告は、本件修正申告書に記載された分離長期譲渡所得に一部計算誤りが認められたところから、平成五年一月一三日、別表の「更正及び加算税の変更決定」欄記載のとおり、分離長期譲渡所得の金額を七三八七万〇八二五円、納付すべき税額を一六三〇万二五〇〇円とする更正処分及びこれに伴い重加算税の額を三二五万一五〇〇円とする変更決定をした。なお、被告は、右更正処分において、分離長期譲渡所得の金額を左記のとおり算出している。
記
ア 譲渡収入金額 八六七一万円
イ 取得費 八七一万五四七五円
ウ 譲渡に要した費用 三一二万三七〇〇円
エ 特別控除額 一〇〇万円
オ 分離長期譲渡所得の金額 七三八七万〇八二五円
(アの金額からイウ及びエの金額を減じたもの)
2 そこで、原告に対して賦課される重加算税の額は、国税通則法六八条一項の規定により、右1の納付すべき税額一六三〇万二五〇〇円から原告の本件確定申告による納付すべき税額七〇〇万九四〇〇円を控除した金額九二九万円(一万円未満切り捨て)に百分の三五を乗じた三二五万一五〇〇円となる。
【抗弁に対する認否】
一 抗弁一(本件確定申告)について
全部認める。
二 抗弁二(本件修正申告)について
1 抗弁二の1は、井上上席が原告の昭和六三年分の所得税につき被告主張のころ調査を行った点は認め、その余は否認する。
2 抗弁二の2は、原告が被告主張のような確認書を提出したことは認めるが、原告が井上上席の指摘事実を承認したとの点については否認する。
3 抗弁二の3は、本件修正申告が井上上席の指摘事実を原告が承認したことに基づくとの点は否認し、その余は認める。
三 抗弁三(本件賦課決定)について
1 抗弁三の1は、小笠原組に依頼して小笠原組が工事を行い、かつ、小笠原組に対し九五〇万円を支払ったとする架空の領収証を発行させたことは認め、その余は否認ないし争う。
2 抗弁三の2は、本件土地とは異なる住所地に係る住民票の写しを添付したことは認め、その余は否認ないし争う。
3 抗弁三の3は、計算関係の点は認めるが、その余は争う。
四 抗弁四(更正処分及び重加算税の変更決定処分)について
1 抗弁四の1は認める。
2 抗弁四の2は争う。
【原告の反論】
重加算税が賦課されるためには、納税者において、納付すべき税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部につき故意に隠ぺい又は仮装をしたこと、及び過少申告・無申告又は不納付がその隠ぺい又は仮装に基づいている場合であることが必要であるところ、以下の事実のもとでは、原告は納付すべき税額の計算の基礎となるべき事実につき故意に隠ぺい又は仮装をしたものとはいえない。
一 本件土地についての九五〇万円相当の宅地造成工事の存在
1 原告は、本件土地を昭和四五年ころから所有していたが、当時その現況は国有地に接した山林で、直ちにこれを宅地として利用することは不可能であった。そこで、原告は、同年ころから一〇か年の間、数回にわたって整地工事・囲壁工事及び樹木の植栽工事等を行って本件土地を宅地に造成した。
2 右の諸工事に要した費用は、合計して九五〇万円を下らない。
3 本件領収証は、右1の諸工事の事実を直接証明する領収証類等が長年月の間に散逸したこと、当時右諸工事を行った業者との連絡が十分にとれなかったことなどから、やむを得ず原告の知り合いである小笠原組に依頼して発行してもらったものである。
二 本件土地上の居住用家屋の存在
1 原告は、昭和三〇年ころ以来、妻及び子らとともに、仙台市青葉区台原三丁目三八番七号所在の建物(以下「台原の家」という。)に居住し、同地に住民登録をしていた。
2 原告は、家族の増加成長に伴い台原の家が手狭になったため、昭和五八年ころ、本件土地上にプレハブ住宅一棟床面積約三九・〇〇平方メートル(以下「本件プレハブ」という。)を建築所有するようになり、そのころ原告の二男夫婦を台原の家に残して、妻と二人で本件プレハブに寝泊まりして居住するようになった。
3 本件プレハブには、電気及び水道が敷設されていた。
4 原告及びその妻は、本件プレハブに居住しながらも日常の食事は台原の家でとっていたが、それはその方が便利であったからにすぎない。
5 原告は、本件土地上に本件プレハブを建築後、住民登録を移転していないが、それは、本件土地が台原の家の所在地から約三〇メートルという至近距離にあったこと、原告夫婦が日中しばしば台原の家に出掛けていたことなどから、住民登録を移転することには考え及ばなかったからにすぎない。
三 被告の強力な指導とこれに基づく本件修正申告
1 原告は、本件確定申告につき、仙台北税務署員から九五〇万円相当の宅地造成工事及び本件土地上の居住用家屋に関し、種々の調査を受け、右署員は、原告に対し、原告の主張(<1>九五〇万円相当の取得費の控除と<2>本件土地の譲渡はいわゆる居住用財産の譲渡として法三五条一項の適用があること)を撤回し、修正申告をするように、強力に指導した。
2 その結果、原告は、極めて不本意ながらも、修正申告さえすれば万事が終了するものと考えて、自らの主張は一応留保したうえで、本件修正申告をしたものであり、本件確定申告時に自らが納付すべき税額の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺい又は仮装したものであるとは毛頭考えていなかった。したがって、本件修正申告をしたことは、本件確定申告にあたって納付すべき税額の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺい又は仮装したことを承認したものでは全くない。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因一の事実、抗弁一の事実(本件確定申告の内容)、同二3の事実(本件修正申告の内容)、同三の事実(本件賦課決定の内容)、同四の事実(本件修正申告に対する更正処分及び重加算税の変更決定の内容)は、いずれも、当事者間に争いがない。そこで、以下では、本件賦課決定に原告主張の違法が存するか否かについて判断する。
二 九五〇万円相当の宅地造成工事の存否について
1 証拠(乙八、一一ないし一四、二三、証人井上、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、仙台北税務署の関係者が、原告の昭和六三年分の所得税の申告相談から本件修正申告に至る過程で原告と接触し、九五〇万円相当の宅地造成工事の存否について対応した経緯は、次のとおりであったと認めることができる。
(1) 原告は、平成元年二月一〇日、昭和六三年分の所得税の申告相談のために仙台北税務署を訪ねたが、その際、本件土地の譲渡に関する書類とともに、本件領収証(乙八。昭和五〇年八月一日付、金額九五〇万円、発行者小笠原組、但書として「整地及び囲壁工事代金として」と記載されている。)を面接した菅原幸夫統括国税調査官(以下「菅原統括官」という。)に提示し、「昭和五〇年当時に本件領収証記載の工事を小笠原組にさせた」旨申し述べたが、本件領収証の記載に相当する工事を小笠原組にさせた事実はなく、本件領収証は、原告が小笠原組に対してその実体がないのに発行を依頼したものにすぎなかった。
(2) 菅原統括官が右の際本件領収証を検討したところ、本件領収証の用紙は、その様式等からみて昭和五三年以降に印刷販売されたものであることが判明した。そこで、菅原統括官は、本件領収証の作成時期及び工事内容に疑問をもち、原告に説明を求めたところ、原告が当初の申述を繰り返すのみであったので、菅原統括官は、なお検討することを指示して、その日の相談を了した。
(3) 原告は、その三日後の同月一三日、再度同税務署を訪れ、菅原統括官に対し、検討した結果として「本件領収証は小笠原組に再発行してもらったものである」旨申し述べて前回の申述を訂正したものの、「しかし、小笠原組にこの金額の工事をしてもらったことは絶対間違いない」旨を申し述べた。
(4) 菅原統括官において本件確定申告書を受理した後の平成元年五月三〇日、井上上席が本件確定申告書に住所地として記載されている仙台市二日町一三番二二-七〇三号のマンション(以下「二日町のマンション」という。)に臨場し、原告に対し本件領収証につき質問したところ、原告は、菅原統括官に対する回答と同様「小笠原組に工事をしてもらい、代金九五〇万円を支払った。領収証をなくしたので、再発行してもらった」旨申し述べた。
(5) そこで、井上上席は直ちに小笠原組事務所に臨場して本件領収証の発行者である小笠原組の小笠原陽孝と面接し、本件確定申告書に添付されていた本件領収証を含む小笠原組発行の三枚の領収証を示した上で、これらを発行した経緯、記載されている工事の存在、内容等について質問したところ、小笠原陽孝は、以下のとおり申し述べ、その要旨を記載した書面(乙一一)を提出した。
ア 昭和六三年一二月に原告に頼まれて、原告が持参した用紙を用いてこれらの領収証を作成し、原告に交付した。
イ 三枚とも原告の言うとおりに日付・金額・工事名を記入したものであり、帳簿又は書類に基づいてものではない。
ウ 本件領収証分の工事をしたことは全くなく、原告に頼まれるまま架空の事実を記載した。
(6) 井上上席は、平成元年六月三日、台原の家に臨場し(前回の調査時に今後の調査は台原の家で行うように原告から申し入れがあったため)、本件領収証に関して原告に対し質問したところ、原告は、当初、前回の回答を繰り返すだけであったが、井上上席が小笠原陽孝から提出された前記内容の書面を提示するに及んで、本件領収証が架空の事実に基づいて作成されたものであることを認めるに至った。
(7) その後すぐ、原告がさらに前言を翻して「実際に工事をやったのは小笠原組ではないが、九五〇万円くらいの工事を不特定の業者にやってもらった」旨を申し述べたので、井上上席は、再三にわたってその工事の業者名、時期、内容及び代金額等を明らかにするよう求めたが、原告は「忘れてしまい覚えていないが、工事をしたのは間違いない。領収証は当時不要と思って破棄した」旨申し述べるだけで右工事業者名等を一切明らかにしなかった。
(8) 井上上席は、以上の経過を踏まえて、本件領収証に相当する工事は存在しないものと判断し、原告にその旨を記載した書面の提出を求めたところ、原告は「本件領収証分は仕事をしてもらっていません。必要経費として申告しましたが取り下げします」との内容の確認書(乙一四。文言の起案は井上上席による。)に署名押印し、これを提出した。
(9) 右(1)ないし(8)判示の事実によれば、原告は、本件土地について、本件領収証に記載された作成時期に記載されたような工事をさせたことはなく、かつ、したがって、その工事代金として九五〇万円を支出したこともなかったと認めることができるのみならず、本件土地について九五〇万円前後相当の工事をしたこともさせたこともなかったものと認めざるを得ない。
2(1) ところが、原告は、<1>本件土地を昭和四五年ころから所有していたが、当時その現況は国有地に接した山林で、これを宅地として利用することは不可能であったこと、<2>そのためそのころから一〇か年の間数回にわたって整地工事・囲壁工事及び樹木の植栽工事等を行い本件土地を宅地に造成したこと、<3>右諸工事に要した費用は九五〇万円を下らないこと、<4>本件領収証は、右諸工事の事実を直接証明する領収証類等が散逸したり、当時右諸工事を行った業者との連絡が十分とれなかった等の理由からやむを得ず小笠原組に発行してもらったものであると主張し、原告本人尋問においてもこれに沿う供述をしているのみならず、証拠(甲八、九、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、本件土地又はその付近において、時期の点について原告の主張する昭和四六年ころであるかはともかくとして、原告主張のような宅地造成工事が行われたことのあることが窺われないでもない。
(2) そこで、原告本人の右の供述の信憑性について検討するに、本件土地についての工事の施工ないしその注文及びその工事代金の支出は原告が自らした行為であって、その内容は自らの行動として当然熟知しているはずであり、これに関する証拠も原告が保持しているのが通常であるから、原告が工事の業者、時期、内容及び代金等につき具体的に特定して主張・立証することは修正申告や異議申立ての段階でも可能であったにもかかわらず、原告は、その主張する工事の業者、日時、内容及び代金については、立証段階に至りその本人尋問においてその一部をあいまいな形で供述し、それに関連する写真等(甲八、九)を提出したにとどまり、その全容を具体的に明らかにしたとは到底いうことはできない。以上のように、原告が本件確定申告の際、架空の領収証を提出したこと、そのような領収証を提出したことについての原告の弁解が変遷し、変遷したことについて合理的な説明がないこと、結局において、九五〇万円相当の工事をしたことについてこれを裏付ける的確な資料の提出ができないことを併せ考えると、右(1)判示の事情の存在によっては、前記1(9)の認定を左右するには至らないものといわざるを得ない。
(3) そうすると、結局、原告は、本件確定申告において、九五〇万円相当の宅地造成工事を行ったことを前提として取得費を控除して申告することができない者であったにもかかわらず、右造成工事を実際には行っていない小笠原組に九五〇万円で工事を行わせた事実があるとして本件領収証を提出したものであるから、客観的には、納付すべき税額の計算の基礎となる事実の一部を仮装して九五〇万円の過少申告を行ったとものということができる。
3 ところで、原告は、本件確定申告時において自らの行為が昭和六三年分の所得税についての税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺい又は仮装したことになるとは毛頭考えていなかった旨を主張し、右2の仮装行為の故意を争うので、この点につき以下判断する。
(1) 国税通則法六八条に規定する重加算税は、同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に違反者に対して課せられる行政上の措置であるから、同法六八条一項による重加算税を課すためには、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまで必要とするものではないが、納税者が故意に標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装し、その隠ぺい又は仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであることが必要であり、ここでいう故意があるというためには、当該納税者が隠ぺい又は仮装行為と評価されるべき客観的事実を意図的に実現したことが必要であると解すべきである。
(2) 前記2において認定判示したとおり、原告は、本件確定申告において九五〇万円相当の宅地造成工事を行ったことを前提として取得費を控除して申告することができない者であったにもかかわらず、右造成工事を実際には行っていない小笠原組に九五〇万円で工事を行わせた事実があるとして本件領収証を提出し、もって、客観的には、納税すべき税額の計算の基礎となる事実の一部を仮装し、右仮装行為に基づいて九五〇万円の過少申告を行ったものであるところ、証拠(原告本人、弁論の全趣旨)及び前記1の(1)ないし(8)において認定した事実によれば、右客観的な仮装行為時において、原告は右行為を認識し意図的・積極的にこれを行ったことが認められるから、原告の右行為は故意にされたものであったことは明らかである。
三 本件土地の譲渡と法三五条一項の適用について
1 法三五条一項は、納税者がその居住の用に供している家屋について、その譲渡にあたり特別控除額として所得税の軽減を図ろうとしているところ、実務上は、通達に基づいて、その居住の用に供している家屋(その居住の用に供している家屋でその居住の用に供されなくなったものを含む。)を取り壊し、これらの家屋の敷地の用に供されていた土地等を譲渡した場合であっても、一定の要件のもとに、その譲渡についても法三五条一項の適用があるものとして取り扱われていることが認められ、かかる取扱いは同法の精神に照らして相当というべきである。
ところで、本件において、原告は、本件土地を袰岩直に譲渡する以前である昭和五八年ころより本件土地上に本件プレハブを建築所有してこれに居住しており、同プレハブを取り壊した後に袰岩直へ本件土地の譲渡を行った旨主張するので、右に述べた取扱いのもとで本件土地の譲渡が同法三五条一項の適用を受けるものであるというためには、その前提として、本件プレハブが存在していたこと、及びそれが原告の「居住の用に供している家屋」である実質を有していたことが必要とされることとなる。そこで、この点につき、以下検討する。
2 まず、証拠(甲一三、一四、乙二二、二三、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、<1>原告は本件土地のうち二二三・一七五平方メートルの部分を昭和六〇年二月ころから同年一〇月ころまで浅沼組に、また残りの三四九・八二五平方メートルの部分を同年一月ころから同年三月ころまで飛島建設に、それぞれ貸していたこと、<2>浅沼組と飛島建設が本件土地を借り受けたのは両者が請け負った地下鉄台原駅の駅舎工事にあたって本件土地を現場事務所や飯場の敷地として使用するためであったこと、<3>浅沼組が右駅舎工事終了後本件土地を立ち退くにあたり、原告に対し、本件土地上に建築所有していたプレハブの建物を無償で譲り渡したこと、<4>原告は、右プレハブの建物を譲り受けてから間もなく、これを物置として使用し始めたこと、<5>その後、原告は右物置に継ぎ足す形でプレハブの建物すなわち本件プレハブを建築したことをそれぞれ認めることができ、原告が主張する本件プレハブは、昭和六〇年一〇月ころ以降の一定期間、存在したと認めることができる(したがって、昭和五八年ころの時点で既に本件土地上に本件プレハブを建築所有していたとの原告の主張はこれを認めることができない。)。
3 そこで、本件プレハブが原告の「居住の用に供している家屋」といえるようなものであったかについてみるに、証拠(甲一八ないし二三の三、乙二三、証人井上、原告本人)によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 本件プレハブ内には水道、流し台及びガスの設備は存在しなかった。また、本件プレハブの外に水道の蛇口があり、その使用料は原告が毎月負担することになっていたが、使用していない月もあった。
(2) 本件プレハブ住宅内に電気設備はなく、外部から電気コードを引いていた。
(3) 本件プレハブ内に、便所はなかった。通常、原告は、同住宅から三〇メートル程度の至近距離にあった原告の二男信也の住む台原の家の便所を使用していた。
(4) 原告は、本件プレハブを建築所有するに至った後も、日中は台原の家で過ごし、食事も台原の家でとっていた。
(5) 本件プレハブは、原告が袰岩直に本件土地を譲渡した昭和六三年一月の半年くらい前に取り壊されたが、原告はその後昭和六三年四月二〇日付けで二日町のマンションに住民票を移した後も、台原の家に寝泊まりしていた。
(6) 本件確定申告書には、台原の家の電話番号が記載されていた。
(7) 井上上席が原告を訪ねた平成元年五月三〇日の調査の際に、原告は今後の連絡及び調査は二日町のマンションではなく台原の家にしてほしい旨を井上上席に申し入れ、井上上席は、右申し入れにしたがって、その後の原告に対する調査に際しては、台原の家に架電しあるいは臨場してこれを実施した。
4 ところで、法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋」とは、実務が依拠している通達に示されているように、その者が生活の拠点として利用している家屋(一時的な利用を目的とする家屋を除く。)をいい、これに該当するか否かは、その者及び配偶者等の日常生活の状況、その家屋の構造及び設備の状況その他の事情を総合勘案して判定すべきものであると解されるところ、右3に認定した諸事実に照らせば本件プレハブを原告の生活の拠点ということはできず、むしろ客観的にみれば原告の生活の拠点は台原の家であり、結局本件プレハブは原告の「居住の用に供している家屋」には該当しないものであったといわなければならない。この点については、原告は本件プレハブに寝泊まりして居住していた旨主張し、証拠(原告本人)上も右主張に沿う供述をしている部分があるが、本件プレハブに原告が寝泊まりしたことがあったという事実が仮に存在したとしても、そのことは本件プレハブではなく台原の家が原告の生活の拠点であったとの認定判断を妨げるものではない。
5 そうだとすると、原告は、本件土地の袰岩直への譲渡以前に本件土地上に本件プレハブを建築所有していたことをもって法三五条一項の特別控除を受けることが本来できない者であったにもかかわらず、本件確定申告をするにあたって、右特別控除を受け得る地位にあることの証明手段として、本件土地とは所在地を異にする台原の家から二日町のマンションへと転居した旨が記載された住民票の写し(乙一〇)をあえて添付している(この点に争いはない。)のであって、右の行為は、客観的には、昭和六三年分の所得税額の算定の基礎となるべき事実の一部を仮装したものといわざるを得ない。
6 ところで、原告は、前述のとおり、本件確定申告時において自らの行為が昭和六三年分の所得税についての税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺい又は仮装したことになるとは毛頭考えていなかった旨を主張し、右5で述べた法三五条一項の特別控除を受ける関係での仮装行為についても、仮装の故意を争うので、この点につき判断する。
(1) 前述のとおり、国税通則法六八条一項による重加算税を課するためには、納税者が故意に課税標準等又は、税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装し、その隠ぺい又は仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであることが必要であるとともに、ここでいう故意があるというためには、当該納税者が右隠ぺい又は仮装行為と評価されるべき客観的事実を意図的に実現したことが必要であるというべきである。
(2) そこで、原告が前記5において判示した客観的な仮装行為を意図的に実現したものであるかを検討するについて、まず、証拠(甲一二の三、乙一〇、二三、証人井上、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、仙台北税務署の関係者が、原告の昭和六三年分の所得税の申告相談から本件修正申告に至る過程で原告と接触し、本件土地の袰岩直への譲渡が法三五条一項の適用を受け得るものであるかに関して対応した経緯は、以下のとおりであったと認めることができる。
ア 原告は平成元年二月一〇日の申告相談時において、本件土地の譲渡に関する契約書等とともに、「譲渡内容のお尋ね回答書(譲渡所得計算明細書)」(甲一二の三。以下「お尋ね回答書」という。)と住民票の写し(乙一〇)を持参したので、菅原統括官がお尋ね回答書に記載されている本件土地の所在地・取引金額・所在地の略図等を参考にしながら、土地売買契約書及び住民票の写しとの照合確認を行ったところ、右土地売買契約書には譲渡物件として本件土地の地番が記載されており、また住民票の写しによると原告の現住所は「仙台市二日町一三番二二-七〇三号」、前住所は台原の家の所在地である「仙台市台原三丁目三八番七号」となっていた。
イ そこで菅原統括官がお尋ね回答書記載の略図を見ながら、原告が居住していた建物の所在を尋ねたところ、原告は略図上の本件土地の所在地を示して「そこに住居していた」旨申し述べた。
ウ 平成元年五月三〇日、井上上席が二日町のマンションに原告を訪ねて調査を実施したが、その際、原告は、当初「本件土地の上に一〇年ほど前に建てた一五ないし一六坪の平屋の建物と物置とがあり、そこに住んでいた」旨申し述べた。
エ そこで、井上上席が付近の住民に確認するなどして調査を進めたところ、右申述に相当する家屋は存在しておらず、本件土地上には隅の方に物置小屋があっただけで大部分は空き地であったとの情報を得、また、前住所地は本件土地と極めて近接してはいるものの全く異なる土地であって、右前住所地には原告の二男信也所有の家屋すなわち台原の家が建っている事実が判明した。
オ 井上上席は、右エの各事実を指摘して再度原告に対し質問したところ、原告は本件土地と前住所地が異なっていることは認めたものの、新たに「本件土地上には五ないし六坪のプレハブの物置が建っており、そこに妻と二人で寝泊まりしていた」旨申述を変更した。
(3) さらに、原告本人の尋問結果中には、「(本件土地上に)差しかけ小屋を造って、そこに仮住まいとして、二、三年そこでそれを利用しておったんです」との供述があり、また被告代理人の「プレハブには寝泊まりだけということですね」との質問に対して肯定している部分がある。
(4) 原告の本件における主張を子細にみれば、原告は本件プレハブに寝泊まりしていたことがあるということをもって、本件プレハブが法三五条一項の「居住の用に供している家屋」に該当するものと思い込んでいたものであると主張しているようにも見受けられるが、仮に原告がそのように思い込んでいたのであれば、右(2)の経過及び(3)の供述を通じてみられるような原告の態度の変化、ことに供述内容の変遷は不合理であって、当初の申告相談の時点で本件プレハブに寝泊まりしていたことを明言するのがむしろ合理的であると考えられ、当初原告が本件プレハブには寝泊まりするだけであったことを明言せず、本件土地上の建物に住んでいたことを繰り返し述べているのは、寝泊まりしていただけでは「居住の用に供している家屋」とはいえないことを慮っていたものと認めることができる。
(5) さらに、証拠(乙一、一〇、証人井上、原告本人)によれば、<1>本件確定申告にあたり、原告が本件確定申告書を提出するに際し添付した住民票の写し(乙一〇)には、原告夫婦及びその二女圭子が昭和六三年四月二〇日に台原の家から二日町のマンションに転居した旨が記載されていたが、圭子が二日町のマンションに転居したのは昭和五八年四月ころのことであった事実、及び<2>原告が二日町のマンションへの引っ越しのために運送屋を頼んだことはないことをそれぞれ認めることができ、これらの事実に併せて前に認定判示したように、<3>井上上席が原告を訪ねた平成元年五月三〇日の調査の際に、原告は今後の連絡及び調査は台原の家にしてほしい旨井上上席に申し入れた事実、<4>本件確定申告書には台原の家の電話番号が記載されていた事実、及び<5>原告は昭和六三年四月二〇日付で二日町のマンションに住民票を移した後も従前と同様台原の家に寝泊まりしている事実を考慮すれば、原告が昭和六三年四月二〇日ないしその前後はもとより、その他の時点においても、その生活の拠点たる台原の家から二日町のマンションに転居した事実を認めることはできない。原告本人は、この点について、経済的に力がなくなったので、圭子に養ってもらうために二日町のマンションに転居した旨供述しているが、容易に信じがたいといわなければならない。
そうだとすると、結局、原告において昭和六三年四月二〇日にあえて二日町のマンションに住民票を移さなければならない合理的理由は、これを見い出すことができない。
(6) 加えて、証拠(甲一二の二、乙一〇、原告本人)によれば、<1>原告は本件確定申告以前に国税庁発行にかかる確定申告のてびき他パンフレットを入手し、法三五条に規定する居住用財産の譲渡所得に関わる特別控除制度のあらましをある程度理解していたこと、<2>本件確定申告書に添付して申告した譲渡所得計算明細書中「譲渡所得申告のチェックシート」欄の「措法35条<1>一時的な目的で入居した家屋ではありませんか」と記載された部分に原告自らチェックしていること、及び<3>本件確定申告書に添付して提出した本件住民票の写しには本件土地ではなく台原の家の所在地が前住所として記載されていたが、原告は平成元年二月一〇日に仙台北税務署に申告相談に訪れて以来、自ら進んで署員に対してその事実を明らかにしたという事実は存しないことがそれぞれ認められる。
(7) 以上(1)ないし(6)に検討したところを総合すると、原告は、<1>本件土地の譲渡所得についてはそもそも法三五条一項の特別控除を受けることができないことを了解していたこと、<2>それにもかかわらず右特別控除を受けようとしたこと、<3>そのため、台原の家から二女圭子の居住する二日町のマンションに転居したかのように装って、台原の家の所在地が前住所として記載され、したがって、本来は右特別控除を受け得ることの証明手段としては意味をなさないはずの本件住民票の写しをあえて本件確定申告書に添付したものであること、<4>そのことによってあたかも袰岩直への本件土地譲渡の後に原告が本件土地から二日町のマンションへ転居したかのように仙台北税務署員を誤信させようとしたものであることがそれぞれ明らかである。そうだとすると、原告は、客観的に仮装行為と評価されるべき事実を意図的・積極的に実現したものといわざるを得ない。原告本人の供述中、以上の認定と異なる趣旨を述べる部分は、すべて信用しがたい。
したがって、この点においても、重加算税賦課の要件である仮装の故意は優に認められるといわなければならない。
四 よって、被告の抗弁には理由があり、原告の請求は理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 大島雅弘 裁判官鹿子木康は海外出張につき署名押印できない。裁判長裁判官 塚原朋一)
別表
課税の経緯一覧表
<省略>