大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成2年(行ウ)5号 判決 1997年10月27日

宮城県塩竈市北浜四丁目一五番二〇号

甲・乙事件原告

佐藤ヨシコ

右訴訟代理人弁護士

佐々木泉

宮城県塩竈市朝日町一七番一五号

塩釜税務署長

甲事件被告

熊谷与平

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号

乙事件被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

甲・乙事件指定代理人

伊藤繁

佐藤四郎

小松豊

菅野恵一

主文

甲事件被告が原告に対して平成二年八月一日付けでした酒類販売業免許の条件解除申請に対する許否処分を取り消す。

原告の乙事件請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と甲事件被告との間に生じた分は甲事件被告の負担とし、原告と乙事件被告との間に生じた分は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(甲事件)

主文第一項と同旨。

(乙事件)

乙事件被告は、原告に対し、金一五二〇万円及びこれに対する昭和六四年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要(以下、甲事件被告を「被告署長」といい、乙事件被告を「被告国」という。)

本件は、「全酒類小売」の条件付で酒類販売業を営んでいた原告が、昭和五九年二月一七日に全酒類販売業免許の「小売に限る」旨の条件解除を申請したところ(以下「本件申請」という。)、被告署長が平成二年八月一日付けで本件申請を許否する処分をしたため、被告署長に対して、その取消を求めるとともに(甲事件)、被告署長としては遅くとも昭和六〇年一二月三一日までには本件申請を認めるべきであったにもかかわらず、これを行わなかったことは国家賠償法一条一項に該当するとして、被告国に対して原告が被った損害の内金一五二〇万円の賠償を求める(乙事件)事案である。

一  争いのない事実

(甲・乙事件共通)

1 原告は、昭和二八年五月一一日から「全酒類小売」の条件付きで酒類販売業の免許を受け、「閖上屋」の屋号で酒類の小売業を営んでいる者である。

2 原告は、被告署長に対し、昭和五九年二月一七日、本件申請をした。

3 被告署長は、原告に対し、平成二年八月一日付けで、本件申請が、酒税法一〇条一一号にいう「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があると認められる場合」に該当することを理由として本件申請を拒否する旨の処分(以下「本件許否処分」という。)をした。

4 そのため、原告が本件許否処分を不服として、平成二年八月三日、仙台国税局長に対して審査請求をしたところ、同局長は同年一二月二七日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

二  争点

1  甲事件について

本件許否処分の適法性

2  乙事件について

(一) 被告署長が本件申請に対する処分を遅滞したこと及び本件許否処分をしたことが、公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについて故意又は過失によりした違法行為に該当するか。

(二) (一)が肯定された場合に原告に生じた損害額

三  争点についての当事者の主張

1  争点1及び2(一)について

(被告らの主張)

(一) 関連通達とその運用の経緯等

(1) 酒税法一一条一項は、税務署長が酒類販売業免許を付与するに当たり、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持するため必要があると認められるときは、・・・その販売方法につき条件を附することができる。」と規定し、同一一条二項は、「その必要がなくなったときは、その条件を緩和し、又は解除しなければならない。」と規定している。原告は、「全酒類の小売に限る」旨の条件が付された免許を有しており、この条件の解除を申し立てたため、被告署長は、右規定に基づき酒類の需給の均衡を維持する必要があるかどうかを判断して処理することとした。

酒類の需給の均衡を維持する必要があるかどうかは、酒類販売業免許を付与する際の判断要件の一つとなっており(以下「需給調整上の要件」という。)、需給の均衡を維持する必要があると判断された場合は免許を付与しないことができるとされている(酒税法一〇条一一号)が、「需給調整上の要件」という概念は抽象的であるから、税務署長の恣意的判断を排除し、公正かつ統一的な執行を図るため、国税庁長官は、基本通達及び取扱要領でその内容を具体的かつ詳細に定めている。

(2) 酒類販売業免許の条件解除の申立てに対する処理は、従来、昭和三八年一月一四日付け間酒二-二国税庁長官通達「酒類の販売業免許等の取扱について」(以下「三八年通達」という。)の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」(以下「取扱要領」という。)に基づいてされていたが、その後、酒類流通の合理化と企業経営の効率化を図り、もって、酒類産業の近代化及び合理化に資するため、昭和四六年七月一日付け間酒二-一四七国税庁長官通達「酒類販売業免許に付されている条件の解除または緩和に関する特別措置およびこれに関連する所要事項の取扱改正について」(以下「四六年通達」という。)が出された。

四六年通達は、三八年通達及び取扱要領の適用を排除し、特別措置として、条件緩和等を希望する者に対してはその申立てに従い、免許取消要件に該当する場合を除きすべてこれを認めることにし、免許の付与・許否の決定に当たって、免許調査・判定会議の開催、酒販売組合の意見聴取を不要とすることに改め、極めて簡易に条件緩和の処分ができるようにした。

しかし、仙台国税局管内では、四六年通達により酒類販売業免許の条件解除等の処分を行うようになったところ、卸売業を営む意思がないにもかかわらず、条件解除を受けたことを奇貨として酒類製造業者と直接取引をして仕入価格の低減を図り、過当競争を誘発するような廉価販売を行う者や、新規に酒類卸売業免許を取得することが困難なため、いったん小売免許を取得し、その後、四六年通達に基き条件解除を受けることにより卸売業免許を取得しようとする者など、右通達の趣旨を逸脱して悪用する者もあり、しかもこれらの者による廉価販売により昭和五六年当時、仙台市周辺等において、地域の弱小酒販店の倒産、経営の悪化を招来するなどの弊害を生じ、地域の酒類の需給均衡の維持に支障を来した事例がみられるようになり、酒税確保に支障が現れることが危惧されるようになった。

(3) 右のような事情の中で、昭和五六年一一月二五、二六日、仙台国税局管内の間税・間資部門統括国税調査官会議(以下「統括官会議」という。)が仙台国税局長の招集により開催された。右会議において、酒税関係については、酒類販売業免許を巡る問題が協議された結果、四六年通達は、卸売又は小売という制度上の制限を緩和することにより、酒類流通の合理化と企業経営の効率化を図ることを目的として三八年通達の特例として制定されたものであるが、その制定当時からみて現在の酒類業界周辺の状況が前述のように変化していることから、四六年通達の趣旨を十分説明し、四六年通達に基く条件解除の申立があった場合には、真に卸売業を営む意思があるかどうかについて事業もくろみ書等により検討するとともに、過去の販売数量、販売地域、事業規模、販売方法、取引先その他の具体的計画についても調査してその可否を判定する必要があるという結論になった。

そこで、塩釜税務署管内では、右会議後は、その結論を踏まえて、四六年通達を事実上凍結する方向での運用がされるようになった。

ところで、昭和四六年に改正された取扱要領には、原告のように免許を受けてから一年以上経過した者については、免許に付された条件の解除は、新規免許に準ずることなく、四六年通達によって処理すべきとする旨の規定があるが、右規定は、四六年通達が適用された際に、取扱要領の第一の12の後段に追加されたものであり、四六年通達と一体となっているから、四六年通達の停止とともに右後段の規定も適用しないこととされた。

(4) そこで、被告署長は、本件申請に対しても、三八年通達の取扱要領に従って、新規免許に準じて厳格な免許調査を行うこととし、署内の統括官等にその調査を命じた。そして、被告署長は、右のような事項を調査した結果、後述するように、本件申請は、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があると認められる場合」に該当するものと判断して、本件許否処分をしたものである。

(二) 需給調整上の要件の検討

被告署長は、本件申請に対して、取扱要領の第二の1の(1)ロの「需給調整上の要件」を検討したが、その経緯は以下のとおりである。

(1) 形式的基準

取扱要領第二の1の(1)ロは、酒税法上の要件の判定の公平かつ統一的な執行を確保するために形式的な判断基準を示しており、この基準が充たされなければ、「需給調整上の要件」が具備されたとはいえないものとし、別紙の算式(以下「免許基準算式」という。)を示している。

右算式の左辺は、仮に当該申請者に対して全酒類卸売業免許を付与した後の卸売販売場一場当たりの販売見込数量を、上段は卸売数量を基準として、下段は小売数量を基準として算出したものであり、上段と下段のいずれか少ない数量が、右辺の卸売基準数量の二倍(東京都の特別区及び大阪市の場合は三倍)を超える場合には、申請者に新たに全酒類販売業免許を付与しても、数値の上では当該卸売販売地域内の需給の均衡を破ることはないと考えられることから、免許付与の一応の基準として右算式が設定されているものであり、右辺の全酒類卸売基準数量とは、当該卸売販売地域内に存する卸売販売場の全てが健全な経営を営み、ひいては酒税を確保するために最低限必要であると考えられる販売場一場当たりの年間販売数量を算出したものである。

(2) 卸売販売地域の特定

酒類の需給の均衡を維持するということは、ある特定の地域内における酒類の需要と供給のバランスを保つことを意味するのであるから、受給調整上の要件を検討するためには、まず、卸売販売地域を特定する必要がある。とくに、原告の提出した事業もくろみ書の取引明細一覧表記載の予定販売先が広範な地域にわたって点在しているため(一四単位区域に及ぶ)、被告署長は、卸売販売地域の合理的な特定について検討する必要があった。

取扱要領の第一の1の(7)には、「卸売販売地域とは、申請販売場の予定販売先である酒類小売業者の分布等の実情に即し、一税務署の管轄区域を一単位とし、申請販売場の所轄税務署長が決定した地域をいう」との判断基準が示されており、個々の申請事案において、いずれの地域を卸売販売地域として設定するかは、申請人の事業規模、予定販売先の所在地及び申請販売場からの距離、その間に存在する既存卸売業者の数等、諸般の事情を総合考慮し、免許を付与した場合に行われるであろう御取引の実態に即して、所轄税務署長が、その合理的裁量に基き設定することができるものである。

被告署長は、まず、卸売販売地域として、申請販売場の予定販売先である酒類販売場が所在する全単位区域から、各単位区域ごとの販売見込数量が、原告の提出した総販売見込数量に対して、一〇パーセント未満であり、かつ、当該単位区域の最近一年間の酒類消費数量に対して一パーセント未満である単位区域を除外した。これは、需給均衡維持の判断の適正を図るために、原告の申請した予定卸売販売先の中から、その卸売販売数量の少ない区域については、酒類の需給均衡に与える影響が少ないと考えられるためである。本件の場合、原告が実際に見込める卸売販売数量が取扱要領所定の基準数量を大幅に下回るものであり、資金力等からみても広範囲な商圏に対して卸売を行う経済的合理性が認められないこと、予定販売先がいずれも原告の縁故者又は現在の取引先がほとんどであり、取引を予定している酒の酒類に照らしても、遠隔地にありながら原告から仕入れる必然性を認めがたいことから、右除外には合理性がある。

しかして、前記基準により除外して残った区域について検討したところ、原告には全酒類卸売免許を付与する枠(以下「免許基準可能場数」という。)がないことが判明したものの、塩釜税務署管内に免許基準算式を当てはめると、同管内には免許可能場数があること等から、被告署長としては、原則に立ち戻って、原告の申請販売場の所在する塩釜税務署管内を卸売販売地域と決定した。

(3) 実質的判断

ところで、形式的に免許基準算式に当てはまる場合でも、取扱要領第二の1の(1)ロただし書の「以上の要件に合致する場合であっても、既存の酒類販売業者の経営実態または酒類の取引状況等からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障をきたす虞れがあると認められる場合は、免許を与えないこととすること。」に該当するかどうかを検討する必要があるところ、以下のような事情が認められたので、被告署長は、本件申請を許否処分とするのが相当であるとの結論に達した。

<1> 原告の実際に見込める卸売販売数量が、取扱要領の第二の1の(1)イ(ロ)Aで定める全酒類卸売基準数量(塩竈市の場合二七〇キロリットル)を大幅に下回っていると認められる。

すなわち、原告の提出した事業もくろみ書に記載されている予定販売先の所轄署とその販売先の免許の条件を調べて、原告が卸売できるかどうかを検討し、取引承諾書の提出のないもの、免許条件から原告が卸売することが不可能と認められるもの、従来の取引実績等からしてむしろ原告の方が仕入れる側ではないかと疑われるものについては卸売販売先から除外し、原告が実際に見込める卸売販売数量を算出した結果、原告が提出した事業もくろみ書の取引明細書一覧表では、卸売販売先は一八社、卸売販売見込数量は三〇万〇二六〇リットルであるところ、実際に見込める卸売販売数量は、六社に対する合計五万〇七七〇リットルとなり、取扱要領で申請者の人的要件として定めた卸売基準数量二七〇キロリットルを大幅に下回ることが明らかとなった。

<2> 原告が酒類の廉価販売により地元小売酒販組合と反目している現状を勘案すると、原告が卸売を行うとしても、親族の経営する酒類小売店以外で取引を見込める小売業者の存在は皆無あるいは極めて少ないと認められる。

<3> 原告が昭和五七年以降、いわゆる安売りにより販売数量を急激に伸ばしており、これが塩釜税務署管内あるいは近接する他署管内の小売業者の経営に深刻な影響を及ぼしていると認められる。

すなわち、原告が酒類の安売りを開始した年の前年である昭和五六年と、原告が条件解除を申立てた昭和五九年について酒類小売販売数量を比較した場合の伸び率は、宮城県内は一〇一・九パーセント、全国では一〇二・九パーセントのところ、塩釜税務署管内は一二二・四パーセントと極端に大きく、また、近接署で検討すると、石巻税務署管内は九四・八パーセント、古川税務署管内は九四・七パーセントであるから、原告及び株式会社やまや(以下「やまや」という。)の安売りが塩釜税務署管内及び他署管内の小売業者にも多大な影響を与えていることが認められる。同様に、塩釜税務署管内の他の酒類小売販売店と比較すると、原告の販売数量は、昭和五六年と同五九年を比較するとその伸び率は一四五五・三パーセントであるところ、原告とやまやの近接小売業者一〇者の販売数量の伸び率は八四・〇パーセントであり、右近接業者は原告とやまやの安売りの影響を受けて売上不振の厳しい状況にあることが判る。

以上の傾向はその後も継続しており、原告及びやまやと近接業者との間の小売数量の伸び率の格差はますます増大の傾向を示しており、塩釜税務署管内の酒類小売販売業者は、原告とやまやの安売りにより大なり小なり影響を受け、昭和五七年から同五九年の三年間に廃業、転業、経営悪化による組織換等をした者は五者にも及んでいる。

(4) 被告署長は、以上の署事情を総合検討した結果、原告の本件申請は、真に卸売業を営むことよりも、条件解除を受けることで酒類製造業者と生産者価格での直接取引を行って、仕入金額を低減させ、現在の安売状況をより有利に進展させるためのものであり、もし、本件申請を認めれば、原告の安売りは現在より更に拍車がかかることは必至であり、塩釜税務署管内の酒類の需給の均衡に支障が出て、石巻、古川税務署管内等広域にわたって酒類の需給の均衡に支障が出るものと認められ、長期安定的な酒税確保に支障を来すことになるものと判断したのである。

そこで、前記のとおり、塩釜税務署管内を卸売販売地域とすると、本件申請は、取扱要領第二の1の(1)のロの形式的基準は充たすことになるけれども、同ロただし書の要件に該当すると認められたので、結局需給調整上の要件を充たさないものと判断して、本件許否処分をしたのであって、右判断は適法である。

(原告の主張)

(一) 四六年通達によらなかったことの違法性

四六年通達は、三八年通達の基準を著しく緩和してその裁量の内容、基準を改め、下級機関にこれを遵守するよう明示、しかも、国民に対し酒税法一一条二項の裁量の基準を公開し、基本的人権たる職業選択の自由の範囲を拡大することを宣明したものであり、法規に準ずるものであるから、これを適用しなかった本件許否処分は違法である。

すなわち、被告署長は、本件申請について、申請時に拘束力を持つ四六年通達に準拠して処分をすべきであるのに、原告が酒の安売りをするのではないかとの単純な憶測の下に、もっぱら本件申請を却下すべく、恣意的に右通達を適用せず、三八年通達に依拠して、新規免許に準ずる理由を掲げて、申請受理から六年半後に許否処分をしたものであり、公開されている四六年通達を信頼して行動した原告に対する関係で、本件許否処分は、信義則又は公報上の禁反言の法理に反するものである。

そして、四六年通達は、免許取消要件に該当している者を除き、希望者には条件解除を認めるというもので、条件解除を求める者の利益にかなう内容であるところ、被告署長は、これを原告の本件申請に先立って申請したやまやには適用し、原告にはこれを適用しなかったものであって、平等原則にも違反するものであるから、四六年通達を適用しなかった本件許否処分には法令の適用を誤った違法がある。

(二) 平成元年の通達によらなかったことの違法性

本件許否処分の時点では、三八年通達及び四六年通達は共に廃止され、需給調整上の要件が大幅に緩和された平成元年六月一〇日付け間酒三-二九五国税庁長官通達「酒類の販売業免許等の取扱について」(以下「平成元年通達」という。)が有効であったのだから、被告は、四六年通達を適用しないとしても、三八年通達ではなく、平成元年通達によるべきであったのであり、この点でも本件許否処分は違法である。

(三) 需給の均衡の維持の必要性の判断の違法性

仮に、本件申請につき、三八年通達を適用すべきであるとしても、需給の均衡の維持の要件を判定する基準の内容は極めて複雑かつ高度のものであるから、その判定にあたっては、原告に対して適切な助言指導をするとともに、職権調査を尽くし、原告に主張及び資料提出の機会を与えるべきであったのに、被告署長は、そのような措置をとらず、最初から原告の申請を封じ込めるべく、安売りを止めさせるための便乗調査に終始し、原告から別件の不作為違法確認訴訟が提起されるに至ってやむなく本件申請から六年半後に本件許否処分をしたもので、しかも、被告署長の需給調整上の要件の判断は、次のとおり具体的根拠に基づかず恣意的にされたものであるから、著しい行政権の濫用があったというべきである。

(1) 被告署長は、原告の提出した総販売見込数量の一〇パーセント未満の地域を卸売販売地域から除外しているが、原告は広範囲に取引を予定しており、右除外した地域はいずれも被告署長の主張する安売りの影響を受けない地域であり、需給の均衡の維持の必要性の判断上、全くの問題のない地域であるから、これらについても需給調整上の要件の検討をすべきであった。

また、郡山、石巻、大曲の各税務署管内について、被告署長は、三署管内の販売見込数量及び全酒類卸売基準数量を合算して判断しているが、個々に計算すると大曲署は被告の主張(二)(2)の基準う超えていたから、被告は、大曲についても需給調整上の要件を検討すべきであった。

(2) 被告署長は、取引承諾書の提出のないものや免許条件等から取引に疑問のあるものについて、取引の見込がないものとして除外しているが、本件許否処分は申請者に不利益な処分であるから、原告が取引先として具体的に示している以上、職権をもって相手方に取引の意思確認等の調査をすべきであった。

(3) 被告署長は、原告が安売りをしていると主張するが、原告の販売価格が安売りの価格であったことの具体的主張立証はないし、そもそも何をもって安売りというのか判断基準も示されていない。また、被告署長の示す、小売販売数量、売上の伸び率に関する数字は具体的な資料をもって立証されたものではなく、比較の対象とした業者の選択方法も不明であるから、これをもって直ちに需給調整上の要件の判断資料とすることはできない上、原告よりはるかに規模の大きいやまやの売上の伸び率を明らかにしないまま、原告とやまやを合わせて安売りの影響を判断するのは不当である。

2  争点2について

(原告の主張)

被告の適用した三八年通達によれば、本件のような条件解除の申請に対する処分は、申請受理後二か月内にすべきものとされているので、塩釜税務署長は、昭和五九年四月一七日までに原告に対し、条件解除の処分をすべきであったし、仮にそうでないとしても、どんなに遅くとも昭和六〇年一二月三一日までには条件解除の処分をすべきであった。

全酒類卸売業の、昭和六一年における純利益は、従業員五一人を雇用する企業において金三四〇〇万円であるから、一五人を雇用している原告においては、少なくとも金一〇〇〇万円であり、昭和六二年、昭和六三年における純利益は、従業員五二人を雇用する企業において各金三八〇〇万円であるから、一五人を雇用している原告においては、少なくとも各金一〇九六万円であり、条件解除によって右三年間において原告の得たであろう利益は金三一九二万円である。

被告が本件申請に対する処分を遅延したため、原告は、庄司捷彦弁護士に委任して、平成元年一二月二七日、被告に対し、不作為違法確認訴訟を提起し、その着手金二〇万円を支払った。

原告は、塩釜税務署長の本件処分により、右のような得べかりし利益を失い、また、右弁護士費用を負担しなければならなくなったところ、これは、公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについて故意または過失により違法に加えた損害であるから、被告には国家賠償法一条一項に基づき原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、右得べかりし利益の内金一五〇〇万円と右弁護士費用金二〇万円との合計金一五二〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和六四年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告国の主張)

原告は、塩釜税務署長の度重なる要請にもかかわらず、一貫して調査への協力を許否し、昭和六三年八月になってようやく具体的調査を受忍したことにより、平成二年八月一日に本件許否処分をすることが可能となったものであり、そもそも塩釜税務署長としては、右時点までは本件条件解除の適否を判断することができなかったのであるから、昭和六一年以前においてけれを判断することができたことを前提にする原告の主張は失当である。

また、原告の主張する逸失利益の算定根拠は、従業員数と純利益額が比例するとの前提に立って、単純に従業員五一人あるいは五二人を雇用する企業の純利益を基に、一五人を雇用する原告の純利益を推計するものであるが、事業規模、販売数量、販売方法等が異なれば利益率が変わってくることは明らかであり、これらを無視した原告の主張は失当である。

更に、原告は、従業員数を一五人と主張するが、その中には家族が名目上の従業員として含まれており、家族以外の従業員は、非常勤の従業員か短期アルバイトの従業員しかおらず、これを一五人として逸失利益額を算出することは相当でない。

第三争点に対する判断

(争点1について。なお、以下に引用する証拠は甲事件のものである。)

一  本件許否処分に至る経緯

第一の争いのない事実に、証拠(甲第一、第二号証、第七号証ないし第一一号証、第一三号証、第一五号証、第一七号証ないし第一九号証、第二五号証、第二八号証、第三一号証、乙第一五、第一六号証、第一九号証、第二一号証、第二二号証の一ないし八、第二三、第二四号証、第二六号証の一ないし三、第二七号証ないし第三四号証、第三六号証、証人小原保の証言により仙台国税局が作成した昭和五六年一一月二五、二六日の統括官会議の資料の一部と認められる乙第一三号証の一、二、証人佐藤仁一(第一回)、同小原保、同砂金正一)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和二八年から「全酒類小売」の条件付で酒類販売業の免許を受け、「閖上屋」の屋号で酒類の小売業を営んでいた者であるが、昭和五六年七月六日、近隣の酒販店であるやまやが、「小売に限る」旨の条件解除を受けて、酒の安売りを開始したのをきっかけに、自らも酒類の卸取引ができるようになるため、同月中に、被告に対し、やまやと同様に「小売に限る」旨の条件解除の申請をした。

原告は、塩釜税務署の酒井調査官と遠藤正幸調査官の指導の下、身分証明書、県及び市町村の納税証明書等を添付して申請書を提出したが、被告は、原告の販売数量が、卸売許可数量の二七〇キロリットルに達していないこと及び資金力に疑問があることを理由に右申請書を受理しなかった。

そこで、原告は、四六年通達に基づいて簡易な手続で条件解除を受けた同業者の村上商事から申請書の方式を教えてもらい、推薦状等を添付した上で、再度条件解除の申請書を提出し(本件申請)、被告署長は、昭和五九年二月一七日、これを受理した。

右申請において、原告は、予定卸売販売先として、塩釜、仙台中、仙台北、大河原、四谷、横浜中、水戸、川崎南、大東、渋谷、日立、郡山、石巻、大曲の各税務署管内所在の酒類販売場を掲げていた。

2  四六年通達は、酒類について、原料用アルコールを除き、全面的に貿易の自由化が行われたことを契機として、酒類販売業免許に付されている「卸売」又は「小売」に限る旨の条件を緩和することにより、酒類流通の合理化と企業経営の効率化を図り、もって酒類産業の近代化、合理化に資するため三八年通達の特例として制定された。すなわち、三八年通達に基づく取扱要領では、「免許の条件の緩和または解除の取扱」について、「酒類の販売業免許につき、その販売する酒類の範囲または販売方法についての条件が付けられている場合のその条件の緩和または解除する場合の取扱は、新規免許に準じ、この要領に定めるところによるものとすること。」と規定されていた(これは、法一一条二項の「卸売に限る」又は「小売に限る」旨の販売方法の条件の緩和又は解除についての「酒税の保全上酒類の受給の均衡を維持するための必要がなくなったとき」における「受給均衡維持の必要」を同法一〇条一一号のそれと同一基準で判断するものである。)ところ、四六年通達の結果、右規定に続けて「ただし、免許を受けてから一年を経過した者(小規模な卸売業者の共同購入機関としての酒類販売業者、特殊な酒類小売業者および期限付酒類小売業者を除く。)に付されている『卸売に限る。』または『小売に限る。』旨の販売方法の条件の緩和または解除については、この限りではないこと。」との規定が追加される等して、その要件及び手続が緩和されるに至った(これは、法一一条二項の販売方法の条件の緩和又は解除についての「酒税の保全上受給均衡維持の必要がなくなったとき」における「受給均衡維持の必要」を同法一〇条一一号のそれと異なる、緩和した基準で判断することに帰する。)。

ところが、四六年通達に基づく条件解除の申立の中には、申立人に真に酒類卸業を経営する意思がないにもかかわらず、卸売の免許を得て酒類販売業者と直接取引をすることにより、仕入価格の低減を図り、自己の小売における市場競争を優位にするために活用しようとする者や新規に酒類卸売業免許を取得することが困難なため、いったん小売免許を取得し、その後、四六年通達に基き条件解除を受けることにより卸売業免許を取得しようとする者などが少なからずあった。しかして、「小売に限る」との条件を付して販売免許を与えられている小売業者の条件解除の申立を四六年通達に基づいて認めた結果、卸売業の資格を有する業者数の増加と共に、仙台市周辺や福島県内の都市部においては、卸売業の免許を得て酒類製造者と直接取引をすることにより廉売を営む業者が出現し、そのあおりを受けて酒類小売業者が営業不振や倒産に追い込まれる事態も生じた。

こうした状況のもとで、仙台国税局管内の各税務署では酒税の保全に支障を生じることを危惧し、その対応に苦慮する状況となっていたことから、仙台国税局間税部酒税課長は、同課の幹部職員と協議し、右事態を打開するため、仙台国税局長が招集して昭和五六年一一月二五、二六日に開催された同国税局管内の統括官会議の議題として、「免許の条件の緩和または解除の取扱」を提案した。そして、右会議の席上、中嶋課長が「今後『昭和四六年特例通達』に基づく酒類販売業免許の条件緩和(解除)の申立てがあった場合は、ただ漫然と画一的に当該通達を運用することなく、当該通達の趣旨を十分に説明の上、真に卸売業を営む必要があるかどうかについて、事業もくろみ書等により検討するとともに、過去の販売数量、販売地域、事業規模、販売方法、取引先、その他具体的計画についても調査し、新規免許に準じた取扱いによりその可否を判定する必要があるのではないか」との国税局の考え方を示した。そして、右国税局の考えについて、参加した統括官において協議、検討した結果、最近の酒類の需要は伸び悩んでいること等、酒類業界を取り巻く環境には厳しさが増してきており、右通達制定当時からみて状況が変化してきているとして、統括官側から右国税局の考えに対して全面的な賛成が得られた。

そこで、仙台国税局の酒税課長は、会議の席上で、出席している管内間税部門統括官(税務署長の指示を受けて間接国税事務の実務的な仕事を統括する地位の国税調査官をいう。)に対し、四六年通達による運用を事実上停止し、三八年通達の取扱要領(四六年通達によって改める以前のもの。以下同じ。)に立ち返って条件解除の可否判断をすることを指示した。右協議結果は、昭和五七年一月一六日付けの仙台国税局酒税課長名の事務連絡として、管内税務署間税統括官宛に通知された。

3  ところで、三八年通達の取扱要領第二の1の(1)は、全酒類卸売業の免許の要件として次のとおり定めていた。

「イ 申請者の人的要件

(イ) 経歴及び経営能力等(省略)

(ロ) 販売能力及び所要資金等

申請販売場の所在地が、大都市(人口三〇万人以上の市制施行地、東京都及び芦屋市をいう。)又は大都市以外の地域のいずれの地域に属するかにより、その属する地域について、次に定める販売能力及び所要資金等を有している者であること。ただし、申請販売場が大都市以外の地域に所在する場合で、その所在する地域が大都市と接近しており、かつ、その卸売販売地域に大都市が相当広範囲に包含されているため、申請販売場が大都市以外の地域に所在する場合の基準数量をそのまま適用することは、他の販売場所在地の地域の基準数量との権衡上不合理であると認められるときは、申請販売場が大都市以外の地域に所在する場合の基準数量と大都市に所在する場合の基準数量との平均をもって申請販売場の所在地の基準数量としても差し支えない。

A 年平均販売見込数量(全酒類卸売基準数量)

申請販売場における年平均の販売見込数量は、次の基準数量以上であること。

申請販売場が大都市に所在する場合 七二〇キロリットル

申請販売場が大都市以外の地域に所在する場合 二七〇キロリットル

B 所要資金等

申請者は、月平均販売見込数量、月平均在庫数量、平均在庫日数、平均売上サイト及びCに規定する設備等を勘案して全酒類卸売業を経営するに十分と認められる所要資金等(資本、当座資金及び融資をいう。)を有している者であること。

C 設備

申請販売場は、販売見込数量から勘案して適当と認められる店舗、倉庫、器具及び運搬車等の販売設備を有し又は有する見込みが確実であること。

ロ 酒類の受給調整上の要件

申請販売場の卸売販売地域内に所在する既存の全酒類卸売業者の販売場(休業場を除く。)から、その地域の全酒類卸売基準数量の五倍以上の数量の販売実績を有する大規模な既存卸売販売場を除外した残りの全酒類卸売販売場の最近一か年間における総販売数量(全酒類卸小売販売場の小売数量を除く。)に酒類消費量の増減率(申請販売場の販売地域内における最近一か年間の酒類消費量の、その前一か年間の酒類消費量に対する割合)を乗じて算出される数量を、その販売場の数に申請販売場数を加えた数で除して得た数量、又は卸売販売地域に所在する既存酒類小売販売場(酒類卸小売販売場の小売部門を含む。)の最近一か年間における総販売数量に酒類消費量の増減率を乗じた算出される数量を、既存卸売販売場数に申請販売場数を加えた数で除して得た数量との、いずれか少ない方の数量が、全酒類卸売基準数量を二倍した数量以上となる場合には、免許を与えるものとすること(以上を算式で示すと別紙のとおりの免許基準算式となる。)。

ただし、以上の要件に合致する場合であっても、既存の酒類販売業者の経営実態又は酒類の取引状況等からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の受給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来す虞れがあると認められる場合は、免許を与えないこととすること。」

右ロにいう「卸売販売地域」とは、申請販売場の予定販売先である酒類小売業者の分布等の実情に即し、一税務署の管轄区域を一単位とし、申請販売場の所轄税務署長が決定した区域をいうものとされている(取扱要領第一の1の(7))。これは、受給均衡維持の要件の有無を判断するには、地域を特定して検討する必要があるためである。

4  しかして、原告の本件申請を受理した被告署長は、これに対する処理を前記統括官会議の協議結果に基づいて新規免許に準じた取扱により行うことにして、署内の統括官等にその調査を命じた。

昭和六〇年四月一九日、資金状態や設備関係等から原告に真に卸売を営む意思があるかどうか確認する実態調査を行うため、小原統括官及び関場調査官が原告の経営する酒販店の閖上屋に臨場し、販売価格等を調べたが、原告側は、四六年通達によればそのような調査は必要ないはずだと主張して、会計帳簿類を見せなかった。

同年六月一九日、小原統括官は、塩釜税務署を訪れた原告の長男である佐藤仁一(以下「仁一」という。)に対し、調査に応ずるよう申し入れたが、仁一は、免許条件を解除するのでなければ帳簿類を見せられない旨申し向けてこれを拒絶した。

同年八月二日、小原統括官は、現実の経営実態の把握のための仕入価格及び店頭価格の調査をするべく、再度閖上屋に臨場したが、原告側は、仕入先を税務署に知られると、仕入先に圧力がかけられて、取引を停止させられる旨述べて、仕入伝票等の提出を許否したため、小原統括官は、店頭に表示されている価格の調査だけを実施した。

その後、同年八月五日に佐々木調査官が、同年八月二二日、三一日、九月四日に、小原統括官が、原告側に対し、いずれも電話で調査に応ずるよう申し入れたが、原告側は、条件解除の見通しがつかなければ調査に応じられないとして拒絶した。

同年九月一七日午前九時三五分ころ、仁一が同税務署を訪ね、被告署長と面談した際、被告署長は、本件調査は申請の却下を前提を行うものではなく、実態が免許緩和の要件に合致するか否かを判断するために必要である旨の説明をしたところ、仁一は早速調査に応ずる意向を示したので、同日午前一〇時半ころ、小原統括官と関場調査官が調査に行った。小原統括官は、小売業者が備付を義務づけられている仕入台帳と仕入先からの納品書綴りの一部の提示を受けたが、その余の帳簿類は一切見せてもらえなかった。

同年一〇月八日、小原統括官は、原告とあらかじめ調査に行く約束をしていたが、仁一から都合が悪い旨の電話があり、調査は中止された。

原告に関する条件解除の調査がなかなか進展しないことを憂慮して、昭和六一年二月一二日、仙台国税局の一戸企業係長が閖上屋に調査に行ったが、十分な調査はできなかった。

その後、同年三月一七日、三月二〇日、四月一〇日、四月二三日、四月二四日、五月一九日の各日に、小原統括官が免許調査に赴くことを申し入れたが、原告側は、いずれも断ったためは、調査は進展しなかった。なお、これらの日に小原統括官と交渉に当たったのは、主として仁一であった。

結局、以上の過程で小原統括官が調査できたのは、小売業者に備付が義務づけられている仕入受払台帳、納品書の一部だけであり、また、原告側から、取引先が税務署に知られて、取引先に圧力がかかったため取引が停止させられたことがあるということで、取引先への反面調査をきつく断られたため、原告の取引先に対する反面調査も実施しなかった。

なお、以上の調査においては、閖上屋が安売りをしていたため、販売価格の底上げの指導に必要な資料を調査することも付随的な目的とされていた。

しかして、原告が右のとおり調査を許否し続けたのは、調査の初期に原告との取引につき税務署の調査を受けたことを理由に仕入先数社から取引を停止されたことがあったところ、これは被告署長の働きかけによると考えたのと、調査内容が価額底上げ指導の材料集めを目的としていると思われたこともあったが、主として四六年通達にこだわり、条件解除に調査は必要でないとの理由によるものであった。

5  昭和六二年七月、小原統括官の後を受けて、水沢統括官が本件申請についての担当となった。

原告は、昭和六三年四月三〇日付けの書面で、被告署長に対し、本件申請に対する処分を速やかに行うよう催告した。さらに、同年五月三一日には、原告の代理で仁一が弁護士を伴って水沢統括官のもとを訪れ、同様の催促をした。これに対して、同統括官は、本件申請に対する処分は三八年通達に基づいて審査するので、必要な調査に協力するよう求めた。仁一は、右弁護士の助言もあって、右調査に応ずることを約束した。そして、原告は、そのころ、卸売相手先一三者の取引承諾書を被告署長に提出した。

昭和六三年七月には、山崎統括官と砂金正一調査官(以下「砂金調査官ら」という。)に担当が替わった。砂金調査官らも三八年通達に基づいて本件申請を処理することとし、その時点までの原告の販売実績や資金の流れを調査すべく、昭和六三年八月二二日から調査を開始した。原告は、砂金調査官らの申入れにより、設備の関係で土地の賃貸契約書、所要資金の関係で融資証明書等を提出した。取引予定先ごとの詳細な取引予定内容等を記載した事業もくろみ書等を提出したのもそのころである。同年九月にも、閖上屋での調査が行われたが、結局、砂金調査官らが閲覧することができたのは、納品伝票、仕入帳、棚卸帳、単価及び数量の縦覧の一部であり、金銭出納帳や経費元帳等は見せてもらえなかった。

6  砂金調査官らは、昭和六三年一〇月、以上の調査結果をまとめた調査書に意見を付した上でこれを被告署長に提出し、調査は修了した。被告署長はこれを国税局に上申した。

その中で、取扱要領第二の1の(1)のロの「需給調整上の要件」を検討しているが、これには第二・三1の「被告らの主張」(二)(1)記載の形式的基準と取扱要領第二の1の(1)のロただし書記載の要件の厳冬が含まれていた。ところで、全社の卸売販売地域の特定について、昭和四一年三月一九日付け仙台国税局長通達「酒類の販売業免許等の取扱について」(仙局間酒第五四四号)は、申請者の予定販売先の税務署管内を一つの単位として、各税務署管轄区域ごとの販売見込数量が、予定している総販売見込数量に対して一〇パーセント未満で、かつ、その管轄区域の最近一年間の酒類消費数量に対して一パーセント未満である税務署管轄区域は、卸売販売地域から除外することとされていた。そこで、本件申請において、原告が予定している卸売販売先の酒類販売場のうち、総販売見込数量三〇万〇二六〇リットルの一〇パーセント未満で、かつ酒類消費数量の一パーセント未満に該当する塩釜、仙台中、仙台北、大河原、四谷、横浜中、水戸、川崎南、大東、渋谷の各管轄区域を卸売販売地域から除外した。これは、需給均衡維持の判断の適正を図るために、原告の申請した予定卸売販売先の中から、その卸売販売数量の少ない区域については、酒類の需給均衡に与える影響が少ないので、需給均衡維持の必要性を判断する卸売販売地域としては適当でないため、右区域を除外することとしたものである。このように卸売販売数量の少ない地域を除外することは、本件申請のみならず、他の申請についても同一の基準で行っていた。

また、日立税務署は右除外要件に該当しないが、これを卸売販売地域とする卸売販売先の第一酒類販売株式会社については、取引承諾書がなく、同会社を卸売販売先として選定することには問題があると考えて、日立税務署管内も除外した。

さらに、残った郡山、石巻、大曲の各税務署管内について、個々的にみると、郡山と石巻については、免許基準算式を当てはめて計算すると免許可能場数がないものの、大曲には免許可能場数が認められるけれども、取扱要領の第二の1の(1)のイの(ロ)ただし書の場合に当たるとして、右三単位地域の基準数量の平均値を全酒類卸売基準数量として免許基準算式に当てはめて計算した結果、いずれも卸売販売地域としては不適格と判断した。

そうすると、原告の予定販売先の卸売販売地域を販売見込数量から絞りをかけて検討する限り、原告には免許可能場数がないことになるが、原告の申請販売場の所在する単位区域である塩釜税務署管内について、取扱要領掲記の前記算式をあてはめると、卸売数量を基準とした条件付与後の卸売販売場一場当たりの販売数量の要件は満たしているものと判断された。

そこで、塩釜税務所管内を卸売販売地域に決定した(因みに、実務上、申請販売場の所在する地域の小売業者を相手に販売するのが一般的であることから、卸売販売地域は右地域とするのが通例であり、右決定はこの原則に立ち返ったものである。)。

取扱要領第二の1の(1)のロただし書には、右形式的基準に当てはまる場合でも「既存の酒類販売業者の経営実態または酒類の取引状況等からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障をきたす虞れがあると認められる場合は、免許を与えないこととすること」と規定していたことから、次に右要件について、原告の提出した事業のもくろみ書に記載された各予定販売先の所轄税務署とその販売先の免許の条件を調査した結果により、原告が卸売できるかどうかを検討した。その結果、原告が事業のもくろみ書に記載した予定販売先は、取引承諾書の提出されていない者もあり、取引承諾書の提出されている者は、原告の縁故者または現在の仕入先がほとんどであった。しかも取引承諾書の提出されている者についても、その記載内容は「貴殿が申請中の全酒類卸売販売業の免許を取得した場合、貴殿との酒類の取引を承諾しました。」というもので、原告が商品を卸売りするのか、仕入れをするのかが明記されていなかった。そこで、取引承諾書の提出されていない者や従来の取引実績等から原告が仕入れを行うものと認められるもの等を控除して販売見込数量を計算したところ、原告が提出した事業のもくろみ書では、卸売販売先は一八社、卸売販売見込数量は三〇万〇二六〇リットルであったが、検討結果では、実際に見込める卸売販売先は六社、卸売販売見込数量は五万〇七七〇リットルとなり、取扱要領で定めた卸売基準数量二七万キロリットルを下回った。また、原告が酒類の廉価販売により、地元の小売酒販組合と反目していたことから、原告が卸売業を行うとしても、縁故者以外で取引を見込める業者は皆無あるいは極めて少ないものと判断した。さらに、県内及び塩釜税務署管内等の過去の酒類の販売数量を検討した結果、原告及びやまやが、昭和五七年以降、いわゆる安売りにより酒類の販売数量を急激に伸ばしており、これが塩釜税務署管内あるいは近接する地域の小売業者の経営に深刻な影響を及ぼしていると考えた。そして、以上のような事情を勘案すると、原告が真実卸売業を営むことを企画しているとは認め難く、卸売の免許を得て酒類製造業者と直接取引をすることにより仕入価格の低減を図り、いわゆる安売りをすることにより自己の小売数量の拡大を企図しているものと判断し、本件申請を認めた場合は、原告の安売りはその当時よりも更に拍車がかかり、塩釜税務署管内の弱小小売業者の倒産を惹起し、地域の酒類の需給均衡に支障が出るものと判断した。

7  原告は、昭和六三年一一月八日付け書面により、被告署長に対し、本件申請に対する処分を速やかに行うよう催告した。さらに、右処分の遅延につき、行政相談をした。これに対して、東北管区行政監察局主席行政相談官室は、平成元年八月一九日付けの書面により、仙台国税局に照会したところ、部内検討はほぼ終了し、処理手続を残すだけであるとの回答を得た旨原告に通知している。原告は、同年一二月二七日、被告署長を相手として、本件申請に対する処分をしないことを理由とする不作為の違法確認の訴えを仙台地方裁判所に提起した。

8  被告署長は、平成二年八月一日、本件許否処分を行った。

これに先立つ平成元年六月一〇日、酒類の販売業免許の取扱について、需給調整上の要件の認定をできる限り形式基準の適用によって客観的に行うことができるようにすることなどを内容とした平成元年通達が出され、昭和三八年通達及び昭和四六年通達はこれにより廃止されているが、平成元年通達は、「平成元年六月九日までに受理した酒類販売業免許の申請は、旧取扱要領に基づき・・・免許の可否を決定すること」とする経過規定を置いている。

以上の事実が認められ、証人佐藤仁一の証言(第一回)中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  依拠すべき通達を誤った違法の主張について

1  四六年通達は、酒税法上の免許事務の処理に当たって依拠すべき同法の解釈基準等を示した三八年通達及びこれに付属する取扱要領における卸売及び小売の区分という制度上の制約を緩和する特別措置を定めたものにすきず、それ自体が法規性を有するものとはいえない。

たしかに、右通達は、同法一一条二項の条件の解除又は緩和の申請の当否を決定するにつき、新規免許に準ずるものとした三八年通達及び取扱要領を改め、需給調整上の要件等を排除し、その要件を大幅に緩和したもので、これを全国一律の判断基準として示したものであるから、これに依拠しない処理がされることは、四六年通達の目指した行政目的の実現からのみならず、公平な行政の確保の観点からも望ましいことではない。しかしながら、右要件緩和も、あくまで右条項の「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持するため必要があるとき」の会社の行政上の指針にすぎないところ、前項で認定した仙台国税局管内における四六年通達による運用の事実上の停止に至る経緯をみると、右条件解除の判断に当たって三八年通達によったとしても右要件の解釈上不合理とまではいえない実情にないでもなかったから(ただし、およそ安売り自体の防止をも目的の一つとしていたようにみられる点は、後記の理由により是認できない。)、被告署長が本件許否処分に当たって四六年通達に従わなかったとしても、そのことから直ちに右処分が違法となるものではないというべきである。

原告は、四六年通達によらなかったことをもって、禁反言の法理に反すると主張するけれども、前記のような右通達の性質からすれば、本件申請に対する判断をこれによって行うことを管轄官庁が原告に対して表明したとまでは解しがたいから、右主張は失当である。さらに、原告は、やまやに対する前記条件解除との平等原則違反をいうけれども、やまやの右条件解除の申請と本件申請との間には条件解除をめぐる状況の変化があり、取扱の変更はそれに基づくものであって、その変更に合理性がないとまではいえないことは前記説示のとおりであって、本件申請をこれと同時期にされた同種申請と異なる基準で判断したというものではないから、原告の右主張も失当というべきである。

2  本件処分時には、三八年通達は廃止され、平成元年通達が出されていたことは、前記認定のとおりであるけれども、同通達もまたそれ自体が法規性を有するものとはいえないのみならず、同通達の経過規定によれば、本件申請にはその適用はないことが規定自体から明らかであるから、右通達によらなかったことを違法とする原告の主張も失当というべきである。

三  需給均衡維持の判断の違法性

1  酒販免許制度の目的

酒税法により設けられた酒販免許制度の目的は、酒税の確保のために酒類の需給均衡の維持を図ることにある。すなわち、酒税は間接消費税の一種であり、実質的な担税者は消費者に他ならないが、徴税の便宜のため、現行法上、製造業者に課税する倉出課税方式を採用し、消費者に代わってその消費に先立って納付させているものであり、販売業者から販売代金を確実に回収できることが必要であるから、販売業者として不適格な者の算入を防止したり、既存の販売業者の経営安定を図ることにより、販売業者から製造業者への酒類代金の支払を円滑にし、もって製造業者がその納付した酒税相当額を消費者から回収するのを容易にさせ、酒税の負担を消費者へと円滑に添加させることによって、酒税収入の安定的かつ効率的確保を図ろうとしたものである。

右のような目的からすれば、所轄税務署長が酒税法一一条二項の運用にあたり、酒税徴収の確保という目的を超えて、既存の販売業者の保護を図ったり、新規参入を不当に抑制したり、また、酒税確保の目的が転じて、必然的にこれと結びつくとは限らない酒類の安売りを防止すること自体を目的とすることは、酒販免許制度の趣旨に反するとともに、憲法上の要請である営業の自由の保障、経済的自由競争の原則にも反し、許されないものというべきである。

2  三八年通達の取扱要領の第二の1の(1)のロでは、免許基準算式による免許後一場当りの販売見込数量という形式的基準を定め、卸売業免許の付与は、右形式的基準を充たす場合に限ることとしているが、需給調整上の要件を形式的基準のみによって判断することなく、そのただし書において、「以下の要件に合致する場合であっても、既存の酒類販売業者の経営実態または酒類の取引状況等からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障をきたす虞れがあると認められる場合は、免許を与えないこととすること。」としてこれを実質的に判断する規定を置いているところ、酒税法一〇条一一号の運用基準として免許取扱要領が販売見込数量という形式的な基準のみによることなく、既存の酒類販売業者の経営実態、酒類の取引状況等の諸事情を考慮して、申請人に新たに免許を付与すれば酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあるか否かを実質的に判断すべきものとしていたこと(後者の判断は、その内容が専門的技術的なものであることに鑑みれば、裁量的なものと解すべきである。)自体は、先に説示した酒税法の酒類免許制度の目的に照らせば、一概に合理性を欠くものとはいい難い。

しかしながら、右規定にいう「需給均衡維持の必要」を問題とするのは、酒類はその大半が嗜好品としての性質を有することから、販売業者の数が増加しても需要の増加には限度があるため、業者数の増加により供給が需要を著しく上廻ることになると、そのこと自体から販売価格の低下や一業者当たりの販売量の減少を招き、その結果経営が成り立たなくなることを防止しようとしたものであり、基本的に業者の「数」が問題になるのであって、業者間の価格競争による販売価格の低下には何ら関わりがないことである。そもそも、新規に免許を取得した者が一定の市場に参入した場合、当該地域の酒類の供給につき競争状態が生じ、これに伴って販売価格が変動することは避け難いところであり、その際の個別の業者の営業態様にまで介入するのは、それが販売価格が原価を下回り過当競争を誘発するような不当廉売等の不公正なものでない限り、行き過ぎであって、酒税の徴収の確保という目的を超えて、既存の販売業者の保護を図ったり、新規参入を不当に抑制したりすることに帰するものであり、営業の自由の保障、経済的自由競争の原則に照らして許されないものというべきである。前記ただし書の要件を容易に適用するのは、現代経済社会の要請である規制緩和推進の流れに鑑みても、行政権の運営に際して私人の権限を制限し、行政機関の規制裁量を拡大することにつながり、社会的要請にそぐわないものである。

しかして、取扱要領の前記ただし書の規定は、形式的要件を充たしており、本来なら条件解除の免許を付与されるべき者に対して、被告署長の裁量的判断により不利な扱いをするものであるから、右規定を適用するに当たっては、その不利な扱いをすることが相当であると認めるに足りる十分な資料、すなわち、酒類の需給の均衡を破り、酒税の確保に支障をきたす虞れがあると認めるに足りる十分な判断資料がある場合に限るべきであり、いやしくも安売り防止のためにこれを適用することは、行政権の濫用に当たり、違法というべきである。

3  被告署長が原告の卸売販売地域を塩釜税務署管内として特定し、これについて、免許基準算式を当てはめると、卸売数量を基準とした免許付与後の卸売販売場一場当たりの販売見込数量を充たしているものと判断されることは、前記説示のとおりである。

この点につき、原告は、広範囲に取引を予定していることに鑑みれば、販売見込数量が総販売見込数量の一〇パーセント未満の地域を卸売販売地域から除外したことに合理性がないと主張するが、全酒類卸売業免許は、免許付与後の販売地域を限定するものではないから、申請人の予定販売地域全部について需給調整上の要件を検討し、そのうち一場でも免許可能場数があれば申請人に免許を付与するものとすれば、それ以外の地域において需給均衡の維持に支障を来す場合が少なからず生じうる。したがって、卸売免許を付与した場合に需給調整上最も影響を与えると認められる地域を卸売販売地域に設定して右要件を検討すべきであり、申請人の予定販売地域全部について検討を行う必要はないものというべきである。そして、個別の事案においていずれの地域を卸売販売地域として設定するかは、申請人の事業規模、予定販売先の所在地及び申請販売場からの距離、その間に存在する既存卸売販売業者の数、予定販売先が取り扱っている酒の種類及び申請人が販売を予定している酒の種類などを総合的に考慮し、免許を付与した場合に行われるであろう卸売取引の実態に即して、所轄税務署長が決定する裁量的判断と解すべきであって、この観点からすれば、販売見込数量が総販売量の一〇パーセント未満の地域を卸売販売地域から除外したことは、それなりの合理性が認められるのであって、この点につき被告に裁量判断の逸脱又は濫用があったとは認め難く、原告の右主張は理由がない。

また、大曲税務署地域には免許可能場数が認められるけれども、原告の申請販売場から大曲までは約二〇〇キロメートルの距離があり、その間に多数の卸売業者が存在することから、実際の取引を想定した場合、同地域を単独で取り上げて需給調整上の要件を検討するのは相当でないこと、しかして、卸売販売地域の特定は免許付与後の販売先を特定するものではないから、右のような場合には、実際に申請者が行うであろう取引先の分布する地域の需給均衡の影響を総合的に考慮すべきであることからすれば、前記二6のように判断して、同地域を単独で卸売販売地域として特定しなかったことは特段不合理とは認められない。

4  本件申請に対する取扱要領の第二の1の(1)のロただし書の適用について

本件において、2のような観点からみて、需給均衡の調整上、原告への免許付与を適当ではないといい得るような事情が認められるか否かを検討する。

(一) まず、被告署長は、被告の主張(二)(3)<1>記載のとおり、原告の提出した取引明細一覧表及び取引承諾書等により原告の予定販売先を検討した結果、原告の実際に見込まれる卸売販売数量が、原告の販売見込数量及び取扱要領の全酒類卸売基準数量を下回ると判断しているが、証拠(甲第一三号証、乙第二八号証、証人佐藤仁一(第一回)、同砂金正一)によれば、これは、疑問のある取引について、原告に対して釈明を求めたり、予定販売先に意思確認をするなどの格別な調査をすることなく、取引承諾書の有無、販売先の免許の条件等から形式的に判断したものであるところ、(1) 原告が果実酒の取引を予定している株式会社竹下本店は、清酒酒造免許しか有しない者ではあるが、同じ敷地内に右竹下本店の社長である竹下三郎が個人名義で小売免許を有しており、原告に対して釈明を求めるなどすれば、これは、竹下三郎の小売業に対する卸売であるということが判明した可能性もないとはいえないこと、(2) また、従前の仕入先に対して特定の商品を卸売することもあり得ないのではないのに、かかる配慮をすることなく、取引承諾書の文言が「取引を承諾する」という必ずしも意味の明確でないものであるというだけで、従来の仕入先である株式会社川前商店や株式会社武田酒造店について予定販売先となり得ないと判断したこと、(3) 明利酒類株式会社はリキュールの製造免許も有していることから、原告から果実酒を仕入れてこれを原料としてリキュールを製造することも可能であるのに、そのような綿密な検討をせずに、免許条件が清酒等製造となっていることから直ちに原告の卸売先とはなり得ないと判断したことが認められることに照らせば、前記の判断方法は、それ自体独断的で合理性を欠くものというべきである。

(二) また、被告署長は、原告が地元の酒販組合と反目していることから、地元業者との取引はほとんど見込めないと判断しているが、証拠(甲第四五号証及び第四九号証の一、二)によれば、本件許否処分の後ではあるが、地元の塩釜税務署管内において原告の親類以外においても原告と取引を予定している者から取引承諾書が提出されていることが認められることからすれば、処分時においても実質的な調査すれば、そのような事実が明らかとなった可能性も否定できず、そのような調査を経ないでされた被告の判断は短絡的というべきである。

(三) 証拠(甲第二一号証、第四七、第四八号証、乙第二八号証、第三八号証、証人砂金正一、同佐藤仁一(第一回))によれば、被告署長は、塩釜税務署管内のうち、塩釜第二小学校区内から六業者、杉の入小学校区内から四業者を選んで、昭和五六年から昭和六三年までのそれぞれの販売数量の推移を検討した結果、原告の安売りが、近隣業者に相当影響を与えていると判断しているが、右比較のために選出した一〇業者の具体的内訳はおろか、その選別方法も必ずしも明確でないこと、右地域には、やまやの店舗も位置しているところ、やまやの安売りの程度及びその販売規模は原告に比してはるかに大であった(昭和六一年当時でやまやの塩釜税務署管内における販売シェアは四割にのぼる。)ことが明らかであるのに、その販売数量の推移さえ示されていないことが認められるのであって、右事実に徴する限り、原告の安売りが近隣業者の売上に与える影響を判断するためには、その前提としてやまやが単独でも与えうる影響を推量することが不可欠というべきところ、これを検討した形跡は証拠からは窺うことができないのであって、被告署長の前記判断は、十分な根拠を有するとは認め難い。

(四) 証拠(証人佐藤仁(一)(第一、第二回))によれば、原告は、やまやの安売りに対抗するため、昭和五七年初めころから自らも酒類の値段を下げていったが、これは、配達や掛売販売、空瓶の回収をしない等の手段により、人件費の節減を図り、利益を圧縮して値下げ販売を推移したものであること、昭和五七年ころから原告の販売数量が急激に伸びているが、これは、もともと薬剤師をしていた仁一が酒類販売の方に全力投球したためであること、昭和五八年ころには二女夫婦が、昭和五九年には二男夫婦が加わって、従業員と共に三六五日間休むことなく、朝早くから夜遅くまで販売活動を続けたこと、昭和六三年に隣地を確保して、駐車場や倉庫として利用できるようになったため、売場が増えたこと等の原告らの営業努力の結果でもあり、単純に安売りのためだけということはできないことが認められる。酒類卸売業の免許を得ていない原告が、数年にわたり、近隣業者に比して著しく売上を伸ばしている事実それ自体が右認定を裏付けるものである。

(五) また、被告署長の主張するように、原告の安売りが開始されたころから三年の間に塩釜税務署管内の酒類小売販売業者で廃業、転業、経営悪化による組織替えを行った業者が五者あるとしても、これらが直ちに原告の安売りの影響によるものと断じてよいか疑問が残り、他方、流通コストを軽減するなど合理的経営のための努力をして利益を圧縮し、その結果、安い価格で酒類を消費者に提供することは、まさに消費者の必要に応えるものであり、そのような経営体制の業者に客が集中することで経営難に追い込まれる業者がいるとしても、それは経済社会における自由競争の結果として容認されるべきものである。単純な安売りとして禁ぜられるべきなのは、酒類の販売価格が、当該酒類の原価を下回り、かつ、それが地域市場全体の過当競争を誘発されるおそれがあると認められる場合であり、原告の安売りの原因がかかる場合かまたは前述のような合理的経営の努力によるものかを精査することなく、単純に前述の販売量の伸び率の比較により、原告が地域の業者に影響を与えるような安売りを営んでいるとして、原告に不利な判断をすることは、酒類の販売流通の自由競争を阻害することにもなりかねないばかりか、酒類販売業免許制度の趣旨が、酒税確保のためであり、これを安易に安売り防止のために活用することが認められないことに照らしても、容認することはできない。

5  以上(一)ないし(五)に説示したところによれば、本件申請に対して条件解除を許可することが、酒類の需給の均衡を破り、酒税の確保に支障をきたす虞れがあると認めるに十分な資料に基づいて本件許否処分がされたとは認めることができず、本件許否処分に至る経緯からはむしろ原告の安売りを阻止することを意図したものであることが強く疑われるのであって、本件許否処分は被告署長の裁量権を逸脱した違法なものというべきである。

(争点2について)

一  本件許否処分が違法であり、取り消されるべきであるとしても、行政処分上の違法が、直ちに損害賠償上の違法性と認められるわけではない。なぜなら、行政処分の取消訴訟における違法性は、行政処分の法的効果発生の前提である法的要件充足の有無を問題とするのに対し、国家賠償訴訟における違法性は、損害填補の責任を誰に負わせるのが公平かという観点から、行政処分の法的要件以外の諸要素も対象として総合判断するものであり、両者の違法性の内容は同一ではないからである。すなわち、取消訴訟における違法性は、国家賠償訴訟における違法性の一部とはなっているが、国家賠償訴訟における違法性はそれのみではなく、損害填補の衡平の見地から、被害者側の事情や被害の原因、程度等も斟酌する必要がある。また、一般に処分庁である被告署長が本件申請に対して相当期間内に判断すべきことは当然であり、これについて不当に長期間にわたって処分がされない場合には、原告において、営業上の不利益が発生することは容易に予測できることであるから、処分庁である被告署長には、右不利益を回避すべき条理上の作為義務があるけれども、処分庁である被告署長が右の意味における作為義務に反し、国家賠償法上、違法との評価を受けるためには、客観的に処分庁たる被告署長がその処分をなすために手続上必要と考えられる期間内に処分することができなかったことだけでは足りず、その期間に比して更に長期間にわたり遅延が続き、かつ、その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であると解される(最高裁第二小法定平成三年四月二六日判決・民集四五巻四号六五三頁参照)

二  これを本件について見るに、本件申請の後、本件許否処分をするまでに要した期間は、約六年半と相当長期間を要しているところ、証拠(甲第二九号証、乙第九号証、第三〇号証)によれば、塩釜税務署管内の酒類販売業者鈴木佑悦は、昭和五九年一月に原告と同様の条件解除を被告署長に申請し、約三か月でこれが認容されていること、訓示規定とはいえ、昭和六〇年七月一日現在における取扱要領は、条件解除等の申請についての処理期間を申請書類(書類の追完がされたときはその書類)を受理した日の翌日から起算して最大限二か月と定め、また、平成元年通達は、平成元年六月九日までに受理した酒類販売業等免許の申請は同年八月三一日までに免許の可否を決定すべきものとしていたことが認められるのに対比すると、右期間それ自体は遅延状態にあったといわざるをえない。

しかしながら、本件許否処分の遅延の原因は、主として、塩釜税務署の職員の度重なる調査協力の要請に、原告ないしはその長男で原告の酒類販売事業を手伝っている仁一が協力的な態度で臨まず、しかも塩釜税務署の職員が取引先への反面調査をすることをも取引の停止を危惧して拒絶したことにより、被告署長が本件申請に対する処分をするための判断資料の収集ができなかったことにあること、原告が調査を許否し続けたのは、調査の初期に原告との取引につき税務署の調査を受けたことを理由に仕入先数社から取引を停止されたことがあったのは、被告署長の働きかけによると考えたのと、調査内容が価額底上げ指導の材料集めを目的としていると思われたこともあるものの、主として四六年通達にこだわり、条件解除に調査は必要でないとの独断的な理由によるものであったことは、前記一で説示したとおりである。右の点に、原告が被告署長の調査に協力するようになったのは昭和六三年八月以降であること、それも十分なものではなく、被告署長は予定取引先の免許の酒類の調査など独自の調査もして資料を収集し、判断しなければならなかったこと、平成元年八月の時点では仙台国税局において部内検討をほぼ終了し処理手続に進む段階にあったことを合わせ考えれば、一7で認定したように原告において被告署長に対して速やかな処分う促していたことを考慮しても、原告の主張する昭和六〇年一二月三一日はおろか、本件申請から原告が得べかりし利益を請求している期間の終期である昭和六三年末あるいは弁護士費用を請求する訴訟を提起した平成元年一二月二七日までに本件申請に対する処分をしなかったことをもって、客観的に被告署長がその処分をするために手続上必要と考えられる期間に比して長期間にわたり遅延が続き、かつ、その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力をつくさなかったものということはできず、本件許否処分の遅滞をもって、国家賠償法上違法であるとの評価をすることは困難というべきである。

また、本件許否処分については、違法なものとして取消を免れないことは前記のとおりであるけれども、原告の主張する損害は、すべて本件申請に対する処分がされない期間中に生じたものであって、処分の内容が違法であったことによるものではない(仮に、前記平成元年一二月二七日以後に本件申請を認容する処分がされたとしても発生したものである。)から、右損害は本件許否処分が違法であったために生じたものということはできない。

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件損害賠償請求は理由がないといわざるを得ない。

(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 深見敏正 裁判官穂阪朱美は転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 信濃孝一)

(別紙)

免許後1場当たり販売見込数量

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例