仙台地方裁判所 平成20年(わ)1号 判決 2008年6月03日
主文
被告人を懲役2年以上4年以下に処する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,少年であるが,平成19年11月14日午前1時30分ころ,仙台市青葉区内の当時の被告人方において,A(当時18歳)に対し,その背部を足蹴にし,顔面及び腹部を手拳で殴打するなどの暴行を加え,同女をして,更なる暴行から逃れるため,同室内から裸足のまま約158メートルにわたり走って逃走することを余儀なくさせ,左冠状動脈開口部の先天的位置異常を有する同女を,同区宮町の路上において急性循環不全に陥らせてその場に転倒させ,同日午前3時45分ころ,同市若林区内の病院において,同女を急性循環不全により死亡するに至らせたものである。
(補足説明)
弁護人は,被告人による判示の暴行と被害者死亡の結果との間に法的な因果関係が認められないと主張するので,以下,判示のとおり因果関係を認めて傷害致死罪を認定した理由を補足して説明する。
1 本件の事実経過
(1) 被告人と被害者は,新潟市内の中学校の同級生で,中学3年生のころから交際するようになった。被告人は同市内の高校に入学したが,被害者は,父親の転勤に伴い盛岡市内に転居して同市内の高校に入学し,遠距離恋愛の関係を続けていた。その後,一時交際が途絶えたことがあったものの復活し,平成19年4月,被害者が仙台市内の大学に入学すると,被告人も同市内に判示の被告人方アパート(以下「被告人方」という。)を借りて予備校に通うことにして,親しく交際するようになった。そして,二人は,同年9月から被告人方で同居するようになり,本件時まで同棲生活を送っていた。
(2) 被告人は,同年11月13日夜から翌14日午前1時過ぎころにかけて被告人方で被害者と過ごしていたところ,些細なことから,同女が中学校時代に通っていた学習塾の男性講師と男女の関係にあったのではないかと邪推して同女に詰め寄り,以前は被害者から,上記講師とはメールを交換し,一度だけ盛岡市内で食事をしたことがあると聞いていたのに,同講師が盛岡市を訪れる都度二人で食事をしていたことを知って逆上し,嫉妬心等から同女の携帯電話機を二つ折りに壊すなどしたが,興奮を抑え切れず,玄関から逃げ出そうとした同女に対し,玄関ドア付近でその背中を蹴飛ばして頭部を金属製の玄関ドアに打ち当てた上,反動で床に仰向けに転倒させ,立ち上がった同女に対し,「何でだよ。」などと言いながら,両手でその頭髪を掴んで同玄関ドアに二,三回後頭部を打ち付け,その際同女の頭髪が多量に抜け落ちた。さらに,被告人は,左右の手拳で同女の両頬部を殴り,続けてその腹部を殴打する暴行(以上の暴行を以下「本件暴行」という。)を加えた。
(3) 被害者は,悲鳴を上げ,裸足のまま被告人方を飛び出して逃走し,被告人方から約158メートル離れた地点まで疾走し,通行人に対し「助けてください。」と言ったが,その場に崩れ落ちるようにして倒れ,意識を失い,その後救急搬送先の病院で死亡した。なお,被告人は,被害者の逃走後も怒りが収まらず,被害者の手帳を燃やしたり,教科書を破るなどして,うっ憤を晴らした。
(4) 被害者には,左冠状動脈開口部の先天的な位置異常(以下「冠状動脈異常」という。)があり,運動等により心臓の活動が高まると血液増加により血流供給に障害が起こるおそれがあった。
上記冠状動脈異常があることは被害者も知らなかったが,被害者は,中学3年生時の平成13年の夏ころにランニング中に倒れて意識を失うなどした経験から激しい運動を控えていた。
被告人は,被害者が,小学生時代に倒れたことがあることや,中学生時代にランニング中に倒れて意識を失い,救急車で搬送されたことを知っていたほか,平成19年に仙台に来た後,電車に乗り遅れそうになり走って電車に乗った被害者から,心臓が苦しかったなどと聞かされたことがあった。
(5) 解剖時に被害者に認められた頭皮下や左頬部の皮下出血は加療約1週間程度のものであり,本件暴行が被害者の心臓の活動等にどのような影響を及ぼしたかは明らかでなく,冠状動脈異常を有していることから,上記逃走行為に基づく運動負荷により心臓の活動が著しく亢進して血流供給に障害が起こり,急性循環不全に陥って死亡したものと認められる。
2 当裁判所の判断
以上の事実経過を踏まえ,被告人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係について検討するに,傷害致死罪における致死の原因たる暴行は,必ずしもそれが死亡の唯一の原因又は直接の原因であることを要するものではなく,被害者の身体にある高度の病変と暴行とがあいまって死亡の結果を生じた場合であっても,因果関係を肯定する余地がある(最高裁判所第一小法廷昭和46年6月17日判決,刑集25巻4号567頁等)ところ,本件暴行は,密室内で自分より体が小さく力の弱い女性である被害者に対し,背後から蹴り付けたり,頭部を掴んで金属製ドアに複数回打ち付け,続けざまに手拳で両頬や腹部を殴打するなどという執拗で相当に強度の危険なものであり,そのため,被害者は,強い恐怖を感じ,大声を出して裸足のまま約158メートルもの距離を必死に走り,通行人に助けを求めている。相当強度の暴行を立て続けに加えられた被害者が,恐怖心から必死に逃走するのは当然のことであり,その逃走行為が被害者が有していた冠状動脈異常に作用して死因となった急性循環不全を引き起こしたものである。世の中には,心臓等の持病を抱えて脆弱な体質ながら通常の社会生活を送っている者が少なからず存在しており,本件のような暴行及びその後の逃走行為がその持病等に作用して死亡の結果が生じることもあり得ることであり,被告人が被害者の冠状動脈異常を認識していたか否かに拘わらず,本件暴行により恐怖を覚えた被害者が逃走し,それが被害者の冠状動脈異常に作用して急性循環不全を誘発したのであるから,本件暴行と被害者の死亡との間には因果関係があるといえる。
3 弁護人の主張に対する検討
(1) これに対し,弁護人は,①本件暴行は,加療約1週間を要する怪我を負わせる程度のもので,死亡の結果を引き起こすまでの危険性がないこと,②本件暴行による脅威は強いものとはいえず,被告人は追いかけてもいないから,被害者は被告人方から外へ出た時点で本件暴行の脅威から脱していること,③被害者の冠状動脈異常という介入事情が特殊であり,これが死亡の結果に大きく寄与していることなどを指摘して,本件暴行と被害者の死亡結果との間に法的な因果関係はないと主張する。確かに,本件暴行により被害者が直接受けた頭皮下及び左頬部の皮下出血は加療約1週間程度のものに過ぎないが,本件暴行の態様は,被害者の背後からいきなり足蹴にし,頭髪を掴んで玄関ドアに後頭部を打ち付け,両頬を左右の拳で殴打し,腹部も殴りつけるという危険かつ執拗なものである上,被告人が被害者逃走後も怒りに任せて被害者の所持品を燃やしたり壊したりした状況に照らしても,相当の強度で加えられたものと認められ,本件暴行の危険性の程度は決して小さくなく,悲鳴を上げ,裸足のまま戸外へ飛び出した被害者の恐怖が大きかったことも明らかであり,被害者が必死の逃走行為に出たことは当然というべきである。そして,被害者の逃走行為が被害者の冠状動脈異常に直接的に作用したのであるから,上記弁護人指摘の事情は,因果関係の認定を妨げる事情とはいえない。
(2) 次に,弁護人は,被害者の冠状動脈異常は,本件後初めて明らかになったもので,何人も知り得ない異常な介入事情であり,また,激しい運動をさせてはならないという具体的な認識も欠いていたから,被告人は被害者死亡の結果を予見し得なかった旨主張するが,被害者に心臓疾患のような特殊事情がなかったならば致死の結果を生じなかったと認められ,かつ,行為者が行為当時,その特殊事情を知らず,致死の結果を予見できなかった場合においても,暴行と特殊事情があいまって致死の結果を生じさせれば因果関係を認める余地がある上(前掲最高裁判決等),本件において,被告人は,前記のとおり,被害者がランニング中に倒れて意識を失ったことがあることや,仙台に来てからも同女が走って電車に乗った際に心臓が苦しかったと話すのを聞いて知っていたのであるから,本件暴行に及んだ時点で,同女が激しい運動,特に走ることに脆弱な体質であることを認識していたと認められ,被害者の脆弱な体質とあいまって生死に関わるような重篤な症状を招来することが予見できなかったとはいえない。したがって,被告人が行為当時に被害者死亡の結果を予見できる可能性が必要であるとしても,本件暴行と被害者の死亡との間の法的因果関係は否定されない。
4 結論
以上のとおり,被告人の暴行と被害者死亡の結果との間に法的な因果関係を認めることができ,弁護人のその他の主張を考慮しても,上記認定は左右されない。
(量刑の理由)
1 事案の概要
本件は,少年である被告人が,当時同棲していた18歳の被害者に対し,同女の男性関係を疑って憤激し,同女の頭部を玄関ドアに打ち付けるなどの暴行を加えたところ,恐怖の余り逃げ出した同女が,疾走中に左冠状動脈開口部の位置異常に基づく急性循環不全に陥り,死亡した事案である。
2 被告人の刑を重くすべき事情
(1) 被告人は,密室において,自分より体が小さく力も劣る被害者に対し,一方的に,その背中を足蹴にして金属製の玄関ドアに頭部を打ち当てて床に転倒させ,更に頭髪を掴んで同ドアに数回頭部を打ち付けたり,顔面や腹部を続けざまに殴るという激しい暴行を執拗に加えているが,その犯行態様は誠に危険で,被害者に対して大きな苦痛と強い恐怖感を与えた悪質なものである。
(2) 被害者は,精神保健福祉士になって人の力になりたいという夢をもち,家族に愛され,周囲の友人にも慕われ,希望を持って生きてきたのに,18歳という若さで突然全ての未来を奪われ,この世を去らなければならなかったもので,その無念さは察するに余りあり,結果は極めて重大である。
(3) 被告人は,平成19年9月から被告人方で同棲して被告人の身の回りの世話をするなどして被告人に尽くしていた被害者に対し,以前から何度も暴行を加えていた上,本件当夜は,些細なことを契機に一方的に被害者の男性関係を疑い,憤激して暴行に及び,その後も被害者の所持品を燃やしたり壊したりしているから,独善的で粗暴な性格が窺われ,本件が偶発的な犯行とはいいがたく,その動機及び経緯に酌むべき事情はない。
(4) 本件犯行によって,最愛の家族を奪われた遺族らの悲しみはあまりにも深く,被害者の母親は自責の念に駆られて憔悴し,単身赴任中の父親は仕事を辞めざるを得なくなり,姉は精神的衝撃から過呼吸症候群等を患って苦しんでいるなど,遺族らに与えた影響は甚大である。被害者の父親及び姉は,公判廷において,事件から半年以上が経過しても全く癒えることのない悲しさ,切なさ,悔しさを吐露しており,母親ともども被告人に対し厳罰を希望している。
(5) ところが,被告人は,本件犯行の動機や経緯について被害者に非があるかのような供述をしたり,被害者が応援してくれていたから大学受験をやり遂げたいと述べるなど,自己の犯した罪と正面から向き合い,真摯に反省し,被害者の無念さや遺族らの悲しみを理解しようとしているかどうか疑わしい面がある。被告人及びその母親は,遺族らに対し謝罪する意向を示しているが,具体的には未だ何らの措置も講じられていない。
3 被告人のために酌むべき事情
(1) 被告人の加えた暴行は,前記のとおり悪質であるが,それ自体として被害者を死亡させる危険は低く,被害者死亡の結果には,被害者の左冠状動脈開口部の先天的位置異常という特殊事情が大きく寄与しており,その死亡結果は被告人にとって具体的には予期し得なかった。
(2) 本件犯行後ほどなく,被害者の行方を探して自ら警察に通報し,暴行したことを当初から申述し,被告人なりの反省の弁を述べている。
(3) 被告人は,犯行時18歳,現在も19歳の少年で可塑性があり,自己の粗暴性等について正当に認識させ,内省を深めさせる必要があるが,これまでに非行歴等はなく,格別問題を起こすことなく生活してきている。
4 結論
以上の事情を総合して検討するに,本件犯行態様の悪質さや結果の重大性,被告人の反省の度合いに照らすと,被害者が死亡するに至った因果経過の特異性,被告人が少年であることなど,被告人のために酌むべき事情を考慮しても,被告人を相当期間刑務所に収容し,真摯に自己の刑事責任と向き合わせて贖罪の日々を送らせる必要があると思料される。ただ,被害者の特異な器質異常が死亡結果に大きく寄与している特殊性を考慮して,酌量減軽を施した刑期の範囲内で主文掲記の刑に止め置くこととする。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役3年以上6年以下)
(裁判長裁判官 山内昭善 裁判官 小池健治 裁判官 佐藤彩香)