仙台地方裁判所 平成20年(わ)268号 判決 2008年9月19日
主文
被告人を罰金25万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成17年5月21日から同月22日にかけ,仙台市甲区a町内の飲食店等においてAとともに飲酒したものであるが,Aが,同日午前4時ころ,同市乙区bc丁目d番e号付近道路において,上記飲酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で,普通貨物自動車を時速約60kmで走行させ,もってアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で本件車両を走行させたことにより,同日午前4時14分ころ,同区f字gh番地i付近道路において仮睡状態に陥り,同所先の宮城県多賀城市jk丁目l番m号先の信号機により交通整理の行われている丁字路交差点の対面信号機が赤色の灯火信号を表示しているのを看過したまま上記速度で同交差点に進入し,折から同交差点出口に設けられた横断歩道手前で一時停止中のB運転の普通乗用自動車右側前部に本件車両左前部を衝突させ,B運転車両を左前方に押し出して,同横断歩道上を歩行者用信号機の青色信号表示に従い左方から右方に横断歩行中又は同横断歩道付近にいたC(当時15歳),D(当時15歳)及びE(当時15歳)ほか15名に本件車両又はB運転車両を衝突させるなどしてCらをそれぞれ路上に転倒させ,よって,C及びDにそれぞれ頸椎骨折等の傷害を負わせ,即時同所において,両名を上記傷害により死亡させるとともに,Eに頭蓋底骨折等の傷害を負わせ,同日午前5時34分ころ,仙台市乙区op丁目q番r号所在のF病院において,Eを上記傷害により死亡させたほか,G(当時15歳)ら15名にそれぞれ加療約3か月間ないし全治約1週間を要する骨盤骨折等の傷害を負わせたのに先立ち,同日午前3時47分ころ,同市甲区a町s丁目t番u号所在の駐車場「H」において,同所に駐車中の本件車両の助手席に乗り込み,Aが本件車両を運転して自己を宮城県多賀城市vw丁目x番y号所在の自宅まで送り届けるよう依頼した上,本件車両の駐車料金の一部として現金600円をAに交付して本件車両を同駐車場から出庫せしめ,Aの危険運転致死傷の犯行を容易にさせたが,Aが酒気を帯びて運転することは知っていたものの,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であることまでは知らず,酒酔い運転を幇助する意思しかなかったものである。
(証拠の標目)省略
(争点に対する判断)
1 はじめに
弁護人は,①公訴事実中に本犯であるAが犯した危険運転致死傷罪の犯行内容が詳細に引用されているが,危険運転致死傷罪は道路交通法違反の罪とは罪質が異なる犯罪類型であるから,公訴事実中の当該部分は起訴状を無効とする余事記載であり,刑訴法256条6項,3項に違反する無効な公訴であり,公訴棄却されるべきである,②被告人は,Aに対して,酒酔い運転をことさら誘発する趣旨の発言をすることなく,眠くてもうろうとした意識のままAの車に半ば機械的に乗車しているのであり,Aの酒酔い運転の意思をより強固にしたといえるまでの事情もないから,被告人の行為は酒酔い運転の幇助には当たらず,被告人は無罪であると主張するので,以下検討する。
2 争点①について
検察官は,本件公訴事実は酒酔い運転を幇助する意思で正犯の危険運転致死傷行為を幇助したという訴因であると主張し,弁護人指摘の部分は正犯の実行行為として幇助犯の公訴事実に不可欠な部分であるとする。
危険運転致死傷罪は,故意に危険な自動車の運転を行い,その結果,人を死傷させた者を,その行為の実質的危険性に照らし,暴行により人を死傷させた者に準じて処罰しようとするものであり,第一次的には,人の生命,身体の安全を保護法益とするが,危険運転致死傷罪が成立するときには,交通の安全等を保護法益とする道路交通法上の罪にも当たることから,二次的には交通の安全についても保護法益とされている。
そして,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態での走行という危険運転行為は,構成要件として酒酔い運転の道路交通法違反の罪を完全に取り込んでいる上,危険運転致死傷罪の法定刑は酒酔い運転の罪のそれよりも重く規定されているのであるから,危険運転致死傷罪が成立する場合には,酒酔い運転の罪が成立することはないとされる。
したがって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態での走行を危険運転行為とする危険運転致死傷罪は,酒酔い運転の罪の範囲内で構成要件的に重なり合いがあると評価でき,酒酔い運転を幇助する意思で正犯の危険運転致死傷行為を幇助したという訴因であるときには,正犯の実行行為として危険運転致死傷の行為を記載する必要があるといえる。
この点,弁護人は,酒酔い運転を含めた道路交通法違反は抽象的には道路交通の危険を発生させる行為ということができるとしても,道路交通ないしは人の生命,身体について具体的な危険発生を要件としない単なる形式犯であり,危険運転致死傷罪の行為とでは質的に大きな相違があると主張する。
しかしながら,上記のとおり危険運転致死傷罪は二次的には交通の安全も保護法益としている上,危険運転致死傷罪の構成要件は酒酔い運転の罪を完全に取り込んでいることからすれば,弁護人の主張は採用できない。
3 争点②について
(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
被告人は,Aとともに飲酒していた国分町の飲食店を出て,Aの車を止めていた駐車場に向かった。被告人は,この時,飲食店で途中から寝ており,寝起きが悪いこともあって眠くて仕方がないという状態で,運転代行のことを考えず,Aが車に向かったので,Aが車を運転して帰ると思い,そのままAの車の助手席に乗り込んだ。被告人は,眠かったので少しでも早く帰って寝たいと考えていた。Aは,車の中で仮眠を取ってから帰ろうかとも考えたが,一緒に帰るつもりであった被告人が助手席に乗り込んできたので,車を運転して帰ることにした。
被告人とAが車に乗り込むと,Aはすぐに車を発進させた。被告人は,すぐに寝ようとしたが,車が止まってAの話し声が聞こえてきた。被告人が目を開けて見ると,Aが駐車場の係員と話をしていた。そこで,被告人は駐車料金の一部を財布から出してAに渡し,Aがその金を係員に払っていた。被告人は,車が駐車場を出てすぐに寝てしまい,次に目を覚ましたのはAが事故を起こした直後であった。
Aは,国道45号線に入り,被告人を自宅に送り届けるため,車を東に走らせて,判示の危険運転行為を行っており,事故現場は,Aの自宅に向かう道路を過ぎた場所で,被告人の自宅に向かう途中の道路であった。
(2) 以上,被告人が助手席に乗り込むことにより,Aは車を運転して帰ることを決めて車を走らせ事故現場に至っていること,事故現場は被告人の自宅に向かう途中の道路であり,Aは被告人を自宅に送ろうと車を走らせていたこと,駐車場を出る際,被告人が駐車料金の一部を支払っていることからすれば,被告人は,Aの運転行為を助けたと評価することができる(なお,被告人はAの飲酒を知った上で,Aの車の助手席に乗り込み,Aに仮眠や代行運転等の利用を勧めるなどしていないのであって,その後,Aが被告人をその自宅に送ろうとしたことからしても,被告人は,Aに対して自宅に送るよう依頼したということができる。)。
そして,Aは,結果的に事故現場付近に至り危険運転行為に及んでおり,Aの運転行為は一連の行動であるから,結局,被告人が,Aの運転行為を助けたことは,客観的には,Aの危険運転行為を幇助したと評価することができる。
(3) この点,弁護人は,上記のように,被告人は,Aに対して,酒酔い運転をことさら誘発する趣旨の発言をすることなく,眠くてもうろうとした意識のままAの車に半ば機械的に乗車しているのであり,Aの酒酔い運転の意思をより強固にしたといえるまでの事情もないと主張する。しかしながら,酒酔い運転を誘発する趣旨の発言をせずとも,上記認定のとおりAの運転行為を助けたと評価できる上,被告人が助手席に乗り込むことによりAの運転行為の意思を固めているから,弁護人の主張は採用できない。
4 結論
以上,被告人は,Aの危険運転行為を幇助したといえるが,上記認定のとおり,被告人は車が駐車場を出てすぐに寝てしまい,Aの実際の運転行為を認識していないことからすれば,その故意は酒酔い運転の幇助にとどまると認められる。
(法令の適用) 省略
(量刑の理由)
本件は,被告人が同乗していた自動車の運転者がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で,信号無視をして横断歩行中又は横断歩道付近にいた被害者らをひき,3人を死亡させたほか,15名にけがを負わせたという危険運転致死傷罪を犯したのに対し,被告人が酒酔い運転を幇助する意思で,運転者の運転行為を容易にしたという事案である。
運転者が行った危険運転行為により生じた結果は,学校行事に参加していた高校1年生3名が死亡し,15名が重軽傷を負ったもので,検察官が論告で指摘するとおり交通犯罪史上稀にみる悲惨なものである。被告人は,客観的にはかかる運転者の危険運転行為を幇助しており,被告人には交通事故を起こしたことで罰金刑に処せられた前科のほか本件犯行までに交通違反歴が2件あることも考慮すれば,その刑事責任は決して軽くない。
しかしながら,被告人は,運転者がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態であることまでは知らず,酒酔い運転を幇助する意思しかなかったのであるから,被告人の責任はその限度にとどまるとするのが相当である。加えて,被告人は,公判廷で被害者らに対する謝罪の言葉を述べるとともに,本件後は,速度違反で一度検挙されたのみであり,その際交付された交通切符を自戒のために持ち歩くなど道路交通法規に対する規範意識の醸成が図られていることなどの被告人に有利な諸事情を考慮すれば,被告人に対しては罰金刑を選択した上で,法の予定する上限の金額をもって処断すべきと判断した。
(求刑 懲役1年6月)
(裁判官 宮田祥次)